小島と俺
これは携帯小説で、ヒィクションです。
エリート社員、山崎に新人社員の小島が部下として配属される。呑気で陽気な小島と出会ってから変なやつと思いつつも、山崎は 自分の私生活、生き方、考え方に疑問を感じ始める。そして、小島にはちょっとした秘密があるのだ…
携帯小説初めてです。
誤字、文法、表現おかしいところあるかもしれません。
更新、遅いかもしれません。
頑張って描きますね。
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妻が浮気をしている。
多分2年位前から…。
「あなた、おはよう」
階段を降りると妻、清美がテーブルに朝食を並べていた。
大きな瞳、長いまつ毛、ととのった顔立ち。さらさらのストレートヘアー。2児の母とは思えない程、スマートでグラマーな体型。
清美は文句のつけようがない位、美しい。
「おはよう」
俺も笑顔で返す。
が、内心は
(この美貌ならいくらでも男がよってくるだろ)
と思っていた。
俺は山崎 孝弘。
自分で言うのは何だがエリートだ。
親父は社長で、有名な自動車メーカーの下請け会社を営んでいる。社員数は1000を越える。
はっきり言って金持ちだ。
東京の超有名な大学を卒業し、親父の会社へ入った。
親父の会社のさらに下請け会社、300人規模の社長の娘と見合いをし、30歳で結婚した。
結婚の決め手はやはり、容姿だった。
一目見て、心の中で(この人なら一緒に歩いても恥ずかしくない)
そう思った。
- << 11 「39だけど」 俺の年齢を聞いたところで どうしようもないのにくだらない質問だと思った。 「じゃあ僕と同じですね。」 小島は何かを発見したかのような顔して言った。 (こいつとタメか…) 「お前は39には見えないな」 (子供っぽくて) 少し嫌みも込めて言ってやった 「よく言われます、顔がというより子供っぽいんでしょうね」と言ってニヤリと笑った。 俺の言いたいことが分かるのだろうか? こいつと話してると何となく疲れる。あほか賢かわからないとはこいつの事だと思った。
清美が浮気しているのでは?と思ったここ2年。
俺は営業で帰りが遅くなる事が多々ある。
深夜に帰る事もある。
が、深夜に帰宅した時に清美はいなかった。
今、8歳の息子、6歳の娘をおいて。
俺が帰宅して1時間すると清美は帰ってきた。
「ごめんなさい、お友達が急な相談があるからって。子供たちにはきちんと説明してあるわ。」
俺は「そうか、でも子供たちを残して夜に家をあけるのは駄目じゃないか」
そう言っただけだった。
問い詰めなかった。
なぜなら俺も浮気はしてたから。
俺が久しぶりに早く帰ると早々に電話をきったり、「今日はお友達と出かけるわね。子供達は実家に預けるから」
と出かける事も多い。
そう、ここ2年だ…
自分が浮気しているのもあり、問い詰める事も怒る事もせず、ここ2年。
清美が浮気してるなら自分だって浮気してても 罪ではないとすら思えたからだ。
「じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
「パパ行ってらっしゃぁい」
いつの間にか起きてきた子供達にも見送られ家を出て、高級車に乗りエンジンをかけた。
「仮面夫婦」
俺はぽつりと呟いた。
それでうまくいってんだからそれでいい。
携帯が鳴った。最近、浮気している女からだった。赤信号で車を止めた時、携帯を開いてみると
『おはよう、お仕事頑張って』とのメールだった。
清美が浮気していると思ってからは 浮気の罪悪感がなくなった。
信号が青になった。
俺は気持ちを切り替えた。
今日は新人社員が来るとの事で俺の直属の部下になるらしい。昨日、親父に言われた。
俺は3年前、部長になり何人か直属の部下がいた。しかし、すぐに辞めてしまう者も多い。
俺の受け持つ営業は結構ハードだ。
身体がついていかないとか、精神が参ってしまい精神科に入院したまま帰ってこない奴もいた。
親父には 「今度来る奴は全面的にお前に任せる」と言われている。
いつもの事だが。
「骨のある奴だといいけどな」
会社に着き、営業部までの道のり皆が俺に大きな声で挨拶し、頭を下げる。他の部署にも部長はいるが俺は社長の息子なのもあって 他の部長とは態度が違う。
俺が社長の息子だから…。
社長の椅子は用意されているようなものだ。
俺は、社長の息子の肩書きが嫌だった。俺が社長の息子でなくても、実力でのしあがったはずだ。
営業成績も常にトップで売り上げも過去最高をたたきだした。
周りに俺の実力が 社長の息子というだけで伝わってないような気がして若い頃から悩んだものだ。
自分のデスクについて届いていたファックスに目を通していると、親父…社長が新人社員を連れて俺の所に来た。
「本日よりお世話になります。小島と申します。」
新人社員は深々と頭を下げた。
「というわけだ。よろしく」
社長はそれだけ言ってさっさと戻っていった。
今まで色々な奴が来たが、こんなに第一印象がぱっとしない奴は初めてだった。
ずんぐりむっくりの体型、四角い顔。安っぽいスーツ…。
頼りなさそうな顔つき。
(こいつもすぐ辞めるかな…)即座に心の中で思った。
朝礼が始まり、小島を皆に紹介した。
またしても「小島と申します、宜しくお願いします」と頭を下げただけで終わった。
普通は意欲を見せる為、自分の意欲や抱負を付け加え自分の存在をアピールする。
馬鹿なのか余裕なのか…。
俺は気の強いハキハキした奴を好むので、小島のような一見へらへらした奴は苦手だった。
朝礼が終わると小島に社内を案内して回った。
他の奴に案内させても良かったが、今日はとりたてて営業をせず、顧客リストなどの書類整理などをこなす予定だったので俺が案内する事にした。
案内してあれこれ回っているうち、意外と小島は喋る奴だと思った。
現場を回れば機械のプログラムの種類まで聞いてくるし、「これは何でしょうか?」の連発。
こいつにいちいち説明してたらこの会社を回るのに一週間はかかる…。
「お前は営業に入ったんだから今は工程だけ簡単に覚えろ、今はそこまで説明する暇はないんだ」
少しイライラした口調で話した。
「すいません、つい。細かい事は追々覚えていきます」
小島はそう言ってにっこりと笑った。
普通、俺に何かイライラした口調で言われると、慌てて謝り気まずそうにするのに、こいつは笑いやがった。
気にくわなかった。
午前中、一通り会社を回り昼休みに入った。とりあえず、小島を食堂に連れて行き、ここで社内の案内は終わりにしようと思った。
「じゃ、とりあえず昼飯だ。また営業部に戻ってこいよ」
と小島のもとを去ろうとすると…
「山崎部長、お昼一緒によろしいでしょうか?お話もしたいですし」
(女子高校生じゃあるまいし)
とも思ったが小島について俺ももう少し知っておいた方がいいと思った。
上司が何も知らないでは格好もつかない。
「別にかまわない」
といい食堂のはしっこのテーブルに腰かけた。
俺は定食。小島は重箱のような大きな弁当を下げてきた。
とにかく俺も質問する事にした。
「お前、どこの大学でてるんだ?」
「僕、大学は出てませんが。」とあどけない顔をして返してきた。
俺は一瞬 止まった。
「ちなみに高校は通信で卒業しました」
うちの営業部は大学出が当たり前という程当たり前なのに、こいつは何故?
大卒でない小島がこの営業部に入った事が不思議だった。
決まっていたわけではないが、大卒の者を営業部に配属する傾向があった。得意先に「どこの大学を出たんですか?」と質問される事も多い。
俺は日本人なら誰でも知っている大学を出た。大学の名を出すだけで相手の見る目がかわると確信している。
ではあと考えられるのは…
「親族が会社にいたりとかするのか?」
(こねしかない…)
「いませんよ~何故ですか?」へらへらと笑いながら答える。
「あ、いや…」
言葉につまる。こねで入社したのか?とはいくら小島でも言ってはいけない気がした。
「部長、カレー冷めますよ」
俺はまだ昼食のカレーに口をつけていなかった。小島はすでに3分の1程、たいらげていた。
俺は無言でカレーを食べ始めた。
「部長はところでおいくつですか?」
小島は口をモゴモゴさせながら聞いてきた。
>> 2
俺は山崎 孝弘。
自分で言うのは何だがエリートだ。
親父は社長で、有名な自動車メーカーの下請け会社を営んでいる。社員数は1000を越える。…
「39だけど」
俺の年齢を聞いたところで どうしようもないのにくだらない質問だと思った。
「じゃあ僕と同じですね。」
小島は何かを発見したかのような顔して言った。
(こいつとタメか…)
「お前は39には見えないな」
(子供っぽくて)
少し嫌みも込めて言ってやった
「よく言われます、顔がというより子供っぽいんでしょうね」と言ってニヤリと笑った。
俺の言いたいことが分かるのだろうか?
こいつと話してると何となく疲れる。あほか賢かわからないとはこいつの事だと思った。
昼休みに小島と話して分かった事は、
小島 達也 39才(しかも俺とタメ)何と18才の娘がいるとの事。
通信制の高校で勉強し、その傍ら町工場で働いていた。
何社か製造業を転々とし、この会社に入社。
入社した理由。
この会社の営業部に人材の募集をしているのを知り応募、面接、採用。
営業部の人材の面接なら、俺も含めて面接をするはずだが、俺が1週間ほど海外出張にでている時に面接をしたそうだ。
俺が面接のメンバーで採否に関わったなら不採用にしてたかもしれない。
小島について分かったのはだいたいそれだけで、あとは小島の質問ばかりだった。
「営業の経験がないのですが、そもそも営業とは何ですか?」
社長は何故こんなやつを入社させたのか本当に不思議だ。社長である親父は時々気まぐれな事をする事がある。
今までになかったタイプを入れてみようと思ったのかもしれない。
仕事の内容を聞くと次は俺のプライベートな事も聞いてきた。
「お子さんは何人ですか?」
(二人だよ)とか
「大学ではどんな勉強をされたのですか」
(経済学)とか
どこの大学かとはよく聞かれるが、どんな勉強をしてたかとはあまり聞かれない。
小島は俺が出た一流大学の名前を言っても驚かず、大学の名前じたいに興味はなさそうだった。おだてたりもしなかった。今まで、すごいじゃないですか!と言われいい気になった事はあったが、中にはただのお世辞や機嫌とりもあったのかもしれない。
結局、小島についてはよくわからない。やはり何となくこいつと関わると疲れる。少しイラッとくる。
午後は書類整理を小島に手伝わせ、得意先のリストのコピーを渡して頭に入れておくようにいった。
何やかんやであっと言う間に5時になり、とりあえず今日は定時で終わらせる事にした。
普段は定時で終われる事など滅多にないが…今日は初日だし、何だか小島と話すのが自分にとって疲れた気がした。
「今日は初日だからもう終わっていいよ」
「あっ、分かりました。また明日からも宜しくお願いします」あっけらかんとした口調。
何となく、気にくわない小島に課題をだしてやった。
「今日は社内を見学してどう思ったかレポートだしてくれよな」
俺は新人で何かこいつ使えそうにないなぁとか気にくわねーなと思うといつも初日にレポートの課題を出している。
「内容は社内全般ですか?現場と業務部、営業部全てでよろしいでしょうか?」
「ああ、今日の事全てを見てレポート。疑問、思った事何でもいいぞ」
大概、新人にレポートと言うとえっ!?と言う顔をする。
実際、小島にレポートを言った時点で営業事務の女性社員どうしひそひそと話をしていた。
どうせ
「部長からレポートだされてるわ、部長の気にいらなかったのね」
とか話しているのだろう。
しかし、小島は、
「レポートは手書きでもよろしいでしょうか?うちにワープロ、パソコン、プリンターないんですが…」
と活字が出来ないとの事。
「手書きでいいから」
「あ~良かった。あと何枚以上何枚以下とか制限ありますか?」
普段の俺なら気にくわない新人でも「何枚でもいいから、とにかく出せ」と言うところだが、あっけらかん、すっとんきょう、へらへらした小島にはこう言った。
「十枚以上出してくれたらそれでいいから」
(どーだ小島)
と内心思ったが顔色を変えず
「分かりました、10枚以上ですね」
小島はにやりとして言った。
「では失礼します」
何事もなかったかのように去っていく小島に言ってやった。
「パソコンとプリンターは家にもあった方がいいぞ」
「そうですね、ここの初任給頂いたら買います」
にこりと笑い 帰って行った。
今日は7時で仕事をおいて、帰る事にした。俺にとって7時は早い。
仕事を終えたあと、社長室に向かった。
「失礼します」
「はい」
と声がしたので、社長室に入った。
社長である親父は書類に目を通しながら「おお」と言った。
誰も他にいないのを確認しながら、「親父、どういう事だ」
と言った。
「何が?」
とぼけて言ったが親父は俺が言いたい事はわかっているはずだ。
「あの新人、何で入社させた?」
「面白い奴だろ?」
「うちは大卒しかとってなかったんじゃないか」
「たまたまそうなってただけだ。そんな規定はない。」
「何か、とぼけてて、何を考えてるかわからないし、営業とはなんですか?とか聞いてくるし、俺は頭が痛い。」
「小島君については私はなかなかの人材だと思っている。だから入社させた」
「どこが?」
「彼は、学業と一緒に町工場で旋盤の仕事に就いた。その技術はきっと営業にも反映される。お前は旋盤で製品を加工できるか?」
俺は大学卒業して、ずっと営業専門だ。はっきりいったら、現場の仕事はした事がない。
でも、きちんと営業をして仕事はとってきた。
得意先の機嫌をとり、土下座した事もある。
現場の知識も、それなりには取り入れて営業に繁栄させたはずだ。
「では、なぜあいつを現場に入れず、営業に入れたんだ」
むっとして言うと、
「面白いから。今にお前もわかる。あいつは表向きただのあほにしか思わないだろうがきっと役にたつ」
それ以上親父は何も言わなかった。
「清美さんはどうだ?元気か?孫達は?」
「元気だよ、琢磨(長男)は最近サッカーチームに入ったし、琴美(長女)はピアノの練習に励んでる」
二人とも俺の大事な子供達、俺も清美も仮面夫婦だが、子供への愛情は共通している。
「お前、浮気などするなよ、あんなに綺麗でよくできる嫁などおらんぞ」
どきっとしたが、
「浮気なんかしないよ」
と笑顔でさらっとながした。
俺が初めて浮気をしたのは3年前。
妻、清美とは仲が悪いわけではない。多分、表面上は夫婦円満だと思う。
しかし、見合いをし容姿を気に入っただけの状態で結婚したからか、たまらなく愛しているわけではない。
清美は容姿は良いが特に料理が上手いとか、社交的だとか、器用だとかとか、そういったものは持っていない。今でも、週に2回 家政婦を雇っているくらいだ。
しかし、清美は誰が見ても美しい。「綺麗な嫁さん」と言われて俺も悪い気はしない。
実際、自分が連れて歩くのは美人でしか、許せなかった。
清美、決して愛していないわけではない。
ただ、刺激がない。
仕事と家庭を両立する上で刺激が欲しい。両立を保つ為にも遊び感覚で浮気をするようになった。
初めて浮気をしたのは、営業事務の結婚を間近に控えた幸子という女性だった。
「部長、相談があるのですが」と、こっそり言われて居酒屋に連れて行った事がある。
普通、妻子持ちなら他の女との社外での接触は避けるべきだが、幸子の事は仕事もできるし、清美ほどではないが美人で、個人的には気に入っていた。
なんとなく野生のカンが働き、多分メインは相談ではないと思ったが、「わかった、相談にのろう」と気安くオッケーした。
案の定、相談とはマリッジブルーなんです。程度の事で、居酒屋をでた後は男女の関係になった。
幸子は実は入社当時から俺に憧れていたとの事。
「仕事もできて、優しくて、容姿も整っていて、憧れてたんです。でも部長には奥さんも子供もいて…ずっと部長とこうなりたかった」
と涙ながらに言われて、俺はとても気分が良かった。
つい、手を出してしまい、しまったかなと思っていたが、そんな風に言われて、正直嬉しかった。
親父には「お前はまだまだだ」とよく言われるが、幸子は俺の能力を心底、認めてくれる気がした。
幸子が可愛かった。
しかし、
「これで結婚にふんぎりがつきました。良い思い出をありがとうございました。」
と言われて、実はこうゆう関係をしばらく続けたいかもと思っていたが、俺はプライドが高いため深追いできず、
「ああ、頑張れよ。いい家庭をつくれ」
としか言わなかった。
お互い浮気しといて何がいい家庭だかと今では思う。
幸子とはそれ以来で、寿退社したあとは一切会っていない。
しかし、浮気は繰り返すようになった。
俺は浮気相手にも愛情はなかった。ただの遊び相手のようなものだったが、幸子の時とは違う安らぎがあった。浮気相手はたいがい仕事をバリバリこなしている人で、仕事の大変さを知っている分、仕事の愚痴も心底わかって聞いてくれてる気がした。
2年前、清美が浮気をしていると勘づいてからは、ますます罪悪感もなくなり、遊び感覚で浮気をしている。
翌日、小島はレポートを提出した。
俺は10枚以上と言ったはずだ。確かに言った。
「昨日の社内、現場含め全て思う事レポートに書かせて頂きました」
そう言って渡されたレポートは42枚…。全て手書き、まるで、ボールペン字口座の手本のような美しい字でびっしりと描いて提出してきた。
内心、(こいつはやられた)と少し思ったが「よく書いてきたな」と平静を装い、言った。
しかし、内容はまだ見ていない。くだらない事をだらだら書いているかもしれない。
小島のレポートは後で適当に目を通すとして、今日は得意先と打ち合わせがある。
「小島、出かけるぞ」
「はい!」
元気よく小島は返事をした。
得意先と先日から出荷している新製品の打ち合わせがあり、技術開発部の部長も交え、得意先に向かった。
社用車を小島に運転させる事にした。
「これから向かう得意先は小島にも一人で行ってもらう事があると思うから ちゃんと道を覚えとけよ」
「はい、了解です」
爽やかな口調で小島は言った。今日行く得意先はうちの会社から80キロはある。
ふと、こいつもしかして、昨日は寝ずにレポート書いてたんじゃないのか?運転させて大丈夫だろうか? と思った。
しかし、寝不足で運転し得意先に向かう事など多々ある事だ。
得意先との打ち合わせの内容、それは生産数の事だった。1日の出荷数をあと20パーセント上げて欲しいとの事。
出荷数が増えると売り上げも上がる。大変ありがたい事だが、生産現場のキャパがいっぱいで生産がおいついていない。
新しい機械を投資する案もあるが、いつ打ちきりになるかわからないので、下手に機械を投資すると、損になる。また新しい機械の購入は調整、テストに時間がかかり、現在生産しているラインにまで影響を及ぼす可能性がある。
上乗せ20パーセント。出来ないと言えば転注(他の会社に注文)するということにもなりかねない。それは避けたい。うちの社がだした結論は、土曜日と日曜日に交代で休日出勤をし、生産率を上げる。というもので、土日に上乗せ分20パーセント近くまで上げるというものだった。
そういう結論を伝えると得意先は、
「無理やり休日出勤までさせて生産量をあげて、確かな品質は保つ事ができますか?」
「何としても品質の維持は致します」
「品質は人の質によるものですよ、人間、無理をすれば必ず品質は落ちます。体の疲れからミス、怠慢も起こりうる。何とか、休日出勤をせずに生産をあげる方法はないのかね?」
技術開発部長の田辺により、うちの社の技術はこうなんで大丈夫です、品質は落ちませんと言って相手を納得させようとしていたが、一筋縄ではいかないようだ。
得意先にすれば新しい機械の購入をして、人も増やして生産した方が良いのでは 安心できるとの事だが、いつ打ちきりになるかわからない商品、まだ車の売れ行きも分からない状態で安易に投資出来ない。
小島は黙ってやりとりを聞いていた。ぼーっと聞いているようにも、真剣に聞いているようにも見えた。
「小島君、君は新人だがどう思いますか?」
急に話をふられ、
「御社の言うとおりだと思います。休日出勤の無理がたたったら大変な事になります。」
とたんたんと語った。
こいつバカだ。何バカな事を言ってるんだ。お前はうちの社員だろ?何をおかしな事を言うんだ。
得意先の生産管理者と営業の課長がはははっと笑い、
「そうだよねぇ」と言った。
バカにされてる…
結局、もうあと1週間、時間をあげるのでもう一度、現場、品質管理部、技術開発部と話合い結論を出してくださいとの事だった。
「お前、何であんな事を言ったんだ!?」
未解決となった打ち合わせを終え、社用車に乗り込んだとたん、小島に言った。
「どう思うかと聞かれたので、思った事を言いました」
「バカ正直に言ってどうすんだよ、まだお前は初日だったんだから、昨日入社したところで…これから勉強させて頂きますと言った方が100倍マシだ。」
「すいませんでした。」
小さな声で謝った。さすがにいつものへらへら顔ではなかった。しかし、今まで罵声を浴びさせた新人社員のような、反抗、ショック、驚きなどの顔は見せなかった。
「では、社に戻ります」
冷静に車を発信させた。
「お前、会社に着いたら今日はもう帰れ」
「わかりました」
かーーっ!今までやる気のある奴は「いえ、帰りません、仕事をさせてください」と言ってきたのに、「わかりました」だと。ふざけるな。
帰りの車内では俺は一言も話さなかった。田辺も俺の雰囲気を諭り、話かけてこなかった。
会社に着いたとたん、「失礼します」と小島は去っていった。
田辺は
「大丈夫かね、あいつ…」
と呟いた。
俺は
「知らん」
と一言。
それより、どう結論を持っていくか、休日出勤の案を通すにはかなり納得できる、具体的理由が必要になる。はたまた、機械を投資するか。(車の売れ行きがよく受注が数年安定するなら良いが…。)人材(派遣会社から期間限定で)を入れるか…。
とりあえず、夕方6時から各部署の長や責任者で会議をしようという事になり、いったん自分のデスクに戻った。
デスクの上には小島のレポートが置きっぱなしだった。
イライラしながら小島のレポートをめくった。
どうせ、ろくな事を書いていないだろう。枚数が多ければ良いと言うわけではない。
しかし、小島のレポートは完璧だった。
細部に渡り疑問、提案が書かれていた。俺はいつの間にかくいいるように小島のレポートに目を通していた。
『第2工場、MーA124のマシンについてー』
これは今日得意先に行って議題になった製品を生産している機械である。
『このマシンは製品1つにつき、加工時間をあと15秒短縮できる。 以下の理由による。
○プログラムを変更させる。
○機械、資材置き場、行程内検査台の位置を変更させる。
具体的にはー』
小島はプログラムの変更の内容まで書き現段階のプログラムの内容まで把握していた。
ほんの少しだけ、確かあの機械の説明は10分たらずだった…にもかかわらず。
配置にも気を配り、効率的、作業者の負担を軽減させるものだった。
小島のレポートの案が正しければ、得意先の要望に応え、休日出勤させずに済む。新しい投資もいらない。
小島の案でいくと、時間の余裕ができる。なら、品質に気をくばり作業者のゆとりももてる。
俺は小島のレポート、15枚目をコピーしさっそくこの案を試してみようと思った。
プリンターの前に立ちコピースタート。
「小島!」
と叫んだ。この案を試しにやってみるにしろ、小島は必要だ。
叫んだものの、小島はいなかった。なぜいない!?
いや、俺が帰れと言ったのだ。
いつもは冷静沈着な俺。
小島がいない事に動揺した俺は営業事務の女性社員が数人クスッと笑ったのに気がついた。
俺は小島がいない位の事でつい自分の感情をむき出してしまった。
レポートの案は小島がいないと成立しない。
はっきり言って俺はプログラムの事は多少勉強してあるものの、細かい部分までは分からない。
この案をもっていく上で小島の姿がないと、何故?という事になる。俺が小島を帰らせたのに、小島の案をひけらかすのは信頼問題にかかわる。
今から小島を呼び戻すか、今日の会議はなしにして明日、小島を交え案を試しにやってみるか…。
帰れと言った手前、呼び戻しにくい。
第一、小島の案には納得するものの本当にうまくいくかもわからない。
やはり 明日にして今日の会議はなしにした。
俺は仕事を終え、浮気相手の美保とイタリアンレストランで食事をしていた。
美保は昨日メールをしてきた女だ。ホステスで、なかなかの美人で話上手の聞き上手。職業柄だと思うが…
はっきり言って名前も本名か分からないが、別に構わなかった。癒しを求めているだけなのだから。
美保とはプライベートでも月に2回程会っている。ただお互い気が合うとの理由だ。
浮気は仕事で忙しいから出来るのだ。
残業、出張の合間にするのからだ。早い話、どさくさ紛れっていうやつ…
「今日は何か疲れてるみたい」心配そうに美保はフォークを皿に置きながら言った。
「少しな…」
俺は小島の事を一部始終話した。浮気相手には何でも話せるし、美保はプロのホステス。客のプライベートを他人に話したりしない。
「その小島さんに随分てこずってるのね」
美保は俺の顔をのぞきこみながら言った。
「ああ、見ててイライラするし、得意先で馬鹿な発言するし…」
「それなのに、レポートかかせたら抜群だったのね」
「小島の案はまだ試してもないが、多分うまくいく。俺を納得させる位、明確に書いてあったしな」
それでも、俺は小島に対してイライラが少なくなったわけではない。どころか、ますます気にくわない存在となった。
へらへらしてるくせして、知識だけはある。今回の案や他の細部にわたるレポートの内容も、素晴らしいもので、明日からでも各部署に提案したい位だ。
だが、小島の知識を素直に受け入れられない自分がいた。
「多分、小島さんに嫉妬してるんじゃないかしら?山崎さんは今まで人一倍努力してきたでしょ?誠実、真面目、真剣に取り組んできた分、小島さんみたいなのが気にくわないとか」
美保の言う通りだ。
俺は社長の息子というだけで、できて当たり前。出来ないとは許さないない事であり、相当な努力をしてきた。
現場の内容も把握し、得意先には土下座までしたこともある。まだ若かった俺を手玉に取ろうとした上司もいた。
でも俺は負けなかった。どんな奴だろうと、俺はトップに立つ。社長の息子はぼんくらだとか、ボンボンだとか出来ないとか絶対に言わせない。
実際、俺を妬んでそう言う悪口を言う奴もいた。
なら俺がその悪口をひっくり返してやる。
そう思って今までやってきた。
だから、俺は自分の部下についた奴にもかなり厳しかった。
ただ機嫌を取る奴。
いい大学出てるなと思いきや、頭空っぽな奴。
根性のない奴。
すぐ辞めて行った。今、俺の元で部下となり残った奴は何と30人に一人の割合だ。
小島は見た目、行動、発言、全て気に入らない…。
なのに、今回は小島の案をやってみる事にする自分が情けないような気にもなったのも事実。
「でも部下はなるべく知識を持ってもらってた方がいいんじゃない?小島さんの器量はこれから、山崎部長の器量となるのよ。何も気にする事はないわよ」
「そう思うと頭が痛いよ」
「小島さんは町工場で働いていたのよ。知識あって当然。山崎部長が小島さんと同様、長い事町工場で働いてたら、きっとプログラムの知識も何もかも負けはしないわよ」
美保はそう言って笑ってくれた。
美保のホステスの割に正直にズバズバとものを言う美保だが、人の顔色や機嫌を伺うような事もなく、率直な意見を言うところが気にいっている。
「また今度、小島さん、店に連れてきてみてよ」
美保は満面の笑みを浮かべて言った。
「また何で?」
「接客のプロがどんな人間か見抜いてみてあげる。」
「おいおい、俺は営業だぞ、俺だって接客だぞ。あいつにどんな人間かくそもねーよ。見たまんま知識だけの頭でっかち、へらへらした奴だよ。」
「でも、ま、一度連れてきてよ。何か面白い人っぽいじゃない?見てみたいわー」
意地悪そうに言う美保に
「興味本意で見てみる分にはいいけどな。期待するなよ~本当につまんねー奴だから。あいつが俺についてこれて辞めなきゃな。」
美保はこういう会話でなごませてくれる。
清美は冗談ぽい会話は苦手なのか、あまり話をなごませたりするタイプではない。
その分、美保と逢う事は俺には新鮮だった。
次の日、小島は普通に出社し、「昨日はすいませんでした」と頭を下げた。
「いや、俺もいい過ぎた」
小島のレポートの案を実践、試しにやってみるにあたり、小島には俺も少なからず謝らなくてはならない気がした。
気には食わなかったが…
「で、小島、昨日のレポートなかなか良かった。ところで15枚目の案なんだが、一度試してみようと思うんだ。協力頼む。」
(平静をよそおっているとは言え、俺がこいつに頼むなんて…くそっ)
ところが小島は自分の案が採用されたにもかかわらず、嬉しそうな顔もせず、ただ驚いた顔をして
「えっ、あんな簡単な案でいいんですか?」
とか寝ぼけた事をぬかしやがった。
小島曰く、あれはたいしたレポートじゃないですよ、ははは
だそうだ。
いちいち堪に触る奴だ。
「とにかく、レポートの案をすすめたいから、今から技術開発部と現場へ行って改善策として試しにプログラムを組みなおして、現場の配置を変える、早く行くぞ」
俺はかなりイライラした口調で小島に言った。
まず現場で機械や、行程内の検査の台などの配置を変えた。
現場作業者は、「かなり動きやすくなりました。動きに無駄がなくていいと言うか…」
と、作業しやすくなった事で明るい表情だった。
今度はプログラムの改善をする為、プログラムのバックアップのある技術開発部へ移動した。
小島は技術開発部部長の田辺にプログラムの改善について具体的に説明していた。
田辺は「ほぉ」と納得した声をあげた。
「なるほど、しかしプログラムを組み直すのに時間がかかるな。2時間位か…」
田辺は技術開発部でもかなりのやり手で、プログラムに関して右にでる奴はいない。
しかし俺は笑顔をつくり言った。
「小島、お前やってみろ。小島の案だからお前が一番よくわかってるはずだろ」
と小島にプログラムを任せた。
小島はレポートを出すように言った時に 家にパソコンやワープロがないと言っていた。
田辺で2時間。小島で早くて半日か…もしくはパソコン苦手で途中で田辺にバトンタッチか…。
小島の案すべてが小島の功績になるのは気にいらない。
せめて、やはりプログラムは田辺部長が一番よく分かっている。小島が案を出さずとも、田辺部長がいつかは改善してたはずだと…
そういう風に持っていこうと思った。
自分が小島の案を押したのは、得意先を納得させる改善策が急きょ必要になり利用しただけだ。
「分かりました。やってみます」
小島は口の両端を上向きに上げすんなりとこたえた。
田辺部長は小島の技量をはかりたいのか、
「おう、小島いっぺんやってみろ!」
と明るく言った。
しかし、俺は小島がすんなりやってみるとこたえた事から、
まさかこいつ…と田辺と並んで笑顔ではいたが内心は こいつ田辺を越えるかもと言う変な予感がした。
「できたら呼んでくれよ」
田辺は笑顔で小島に言った。
「了解っす」
小島もこたえる。
「俺も一旦、営業部に戻る。また来るから頑張れよ」
小島に背を向け歩きだした。
気にいらない。まさか本当にできるのか、小島。
田辺はプログラムの分野ではエリートだ。小島に負けるわけがない。
なのに、この不安、焦燥感は何だ。
「頑張れよ」とは自分を隠す為の仮の言葉だ。
小島ができるのがたまらなく嫌だった。
なぜなら、俺は田辺に昔負けた事があるから。
田辺は俺より2つ上だ。
若い頃研修という形で技術開発部に1年間配属された。
俺が配属とほぼ同時に田辺が入社した。
俺はプログラムの分野も必死に勉強し、即戦力とまでも言われた。
しかし田辺にはかなわなかった。
まわりの人間は俺も田辺もさほどかわらず、すごい技量だと言っていた。
しかし、俺は田辺の方が秀でている事を身にしみてわかっていた。
何とか田辺を越えようと努力したが、あっという間に1年が経ち俺は営業部へと再び配属となった。
それもあって、田辺を越えるのは俺にとって気にいらないのだ。
恥をかかせるつもりで、小島にプログラムの改善を命じたが墓穴を掘るかもしれない。
「部長、田辺部長から内線です」
営業事務員から言われ、電話をとった。
まだ1時間しか経ってない。
「小島はどうだ?」
「それがさ、1時間でやっちまってさ。まいったよ。すげーよあいつ。」
田辺は新しいものを発見したかのように楽しそうに話した。
「そうか、すぐ行く」
やりやがった。小島。
俺はやはり墓穴を掘った。しかし俺の胸の内を知られてはいけない。
平常心 と自分へ言い聞かせ、技術開発部へ向かった。
「小島はすごいよ。完璧だよ。」
田辺は小島のプログラムを確認し終えた後、興奮したように言った。
「そうか、小島、すごいじゃないか!さすがだな」
俺は自分の本心を隠すように言った。
「ありがとうございます」
小島は 自分の能力を誇らしくも、鼻にかける様子もなく、素直に言った。
100点満点を取って、褒められた子供のような顔をしているだけだった。
なぜか、俺はそんな小島にも苛立ちを感じていた。
田辺は小島のプログラムの出来に満足しているようだった。
田辺は悔しくはないのだろうか…。新人社員のしかも、営業に配属された奴に負けるなんて。プログラムは俺よりやり手だったくせして…
俺は心の中では爪を噛んでいた。
その後、小島の修正したプログラムを現場の機械で運転させた所、問題なく動いた。
もちろん、問題なく動かなければ、機械の加工する部品同士がぶつかって破損する。そうなれば、機械の調整に非常に時間がくう。
田辺の入念のチェックにより滞りなくスムーズに試運転された。
本当に小島の案で製品の加工は一つにつき15秒短縮できた。
機械のオペレーターは作業がやりやすいことや、加工時間短縮に喜んでいた。
「喜ぶのも結構だが、製品を加工するオペレーターが作業の改善策を上司に報告するのも義務だぞ」
優しさも込めて俺はオペレーターに言った。
俺が厳しくするのは、自分の部下になる奴だけで、その他には割と優しいほうだ。
若いオペレーターは素直に「はい」と頷いた。
小島はただうまくいった状況をじっと見つめ(ただぼーっとしてるのか)ているだけだった。
突然だが、
「田辺と俺」
前にも述べた様に、田辺は俺が研修で技術開発部に配属されたとほぼ同時に入社してきた。
ガタイがよく、自衛隊で大活躍しそうな感じだった。
はきはきものを言い後腐れがない。
俺はこう言うタイプは嫌いではない。部下にするなら田辺みたいなタイプを好む。
田辺は俺を「山崎ちゃん」と呼び、俺は年上もあって「田辺君」と呼んだ。
今ではお互いさんを付けて呼ぶ。
田辺は仕事もでき、どんどんとスキルを身につけた。
俺も負けずと勉強し、田辺に追い付くのに必死だった。
でも、俺の中では田辺には勝らなかった。
田辺をライバル視しているのは、俺だけでなく、どうやら他の奴にも妬まれてたのが見てわかった。
「あいつ田辺君の事妬んでないか?」
「ああ~、何でだろね。ま、お好きにどうぞってかんじだ。俺、あいつに何にもしてねーし」
田辺はさっぱりしていた。
俺は田辺を妬んだりはしなかったが、やはり、同期だけあり、負けたくはなかった。
田辺とは仕事帰りに二人で飲みに出かけたり、休憩時間に仕事の話をしたりと 結構楽しい時間を過ごした事もあった。
今 思えば、一番楽しかった頃かもしれない。
俺は社長の息子。嫌でも努力しないといけない。周りに馬鹿にされてはいけない。認めさせるのだ。のしあがってやる。親父が乗せたエスカレーターで上に上がるのは嫌だ。
俺は階段で、自分の足で上る。
俺にあって、田辺にないもの。出世欲。
田辺は偉いさんになりたいとか、自分の技術力を自慢したいとかそういったものがなかった。
仕事もただ 面白いから追求してやる、興味があるから奥深くという感じだった。
田辺が羨ましく思った。
しかし、疎ましくも思えた。
世の中そんなに甘くない。
やはり、男は出世せねば。
田辺には出世欲はない。
部長になったのも、素晴らしいスキルと兄貴肌で人望があったからだ。
俺は出世しなければプライドが許さない。良い社員を育てなければと、自分の部下にはかなり厳しい。
俺の部下がポンコツだと、許せない。小島のようなヘラヘラした者も嫌いだ。
俺にとって田辺はある意味憧れで、せっかくのスキルがあるのに出世欲がない事から、もったいぶってイライラする存在でもある。
しかし嫌いではないのは、やはりさばさばした性格とずばっとものを言うところ。仕事に対する向上心があるからだろう。
話はそれたが、「田辺と俺」は終わり。
「小島と俺」にもどる
その後、小島や技術開発部の者で得意先に提出する書類を作成した。
こうゆう風に改善したので、生産数に対する時間の余裕ができた。よって、休日出勤させる事なくオペレーターに時間的、精神的余裕を持たせ、品質管理も滞りなくできます。品質は落ちません。
と報告する為のものだ。
俺が思うに、この内容であれば得意先も納得するだろう。
改善2日後、得意先に 小島、田辺、俺のメンバーで出かけた。
小島には余計な事は言うなと釘をさした。
この前のように、向こう側の意見に賛成されてはこっちの面目まる潰れだ。
得意先はかなりの改善に感心していた。よく短期間でこれだけの改善をできたと感心していた。
普通はなかなかこれだけの改善は短期間では難しい。たまたま小島にレポートを書かせ、たまたま今回の製品の改善案がでていたからだ。
得意先はこの案は誰が…と聞いてきた。
「この小島です」
とはっきり言った。
自分の部下が作った案を得意先が納得しているのだから、それでいいはずだが、俺は何となく腑に落ちない気持ちだった。
「この間、我々の言っている事に賛成してくれた君か」
と相手が言ったので、俺は苦笑いをするしかなかった。
小島は「ええ、まぁ」とにごして言った。俺が釘をさしたからか、多くを語らなかった。
とりあえず、この生産数問題は解決した。
得意先に深々と頭を下げ、去ろうとした時、
「小島君はなかなか面白いね。うちの担当者になってくれよ。山崎君いい部下を持ってるじゃないか」
と相手先は言った。
相手先がそう言ってるから、嫌な顔はできない。
「ありがとうございます。それでは小島に担当させます」
と笑顔を作って言った。
なぜ、俺が営業してやっと得意先にした企業がいきなり小島の担当なのだ。
この企業は俺の担当だった。いずれ部下に担当させるつもりだったが、部署内でも一番できると思っている奴に担当させるつもりだった。
「いやぁ。僕なんかでいいんですか?」
相変わらずヘラヘラした小島に腹がたった。
違うだろ!ここは「ありがとうございます!精一杯やらせて頂きます!」と頭を下げるところだろ!
この馬鹿やろーーー!
「小島良かったなぁ!お前すごいよ、ただのバカかと思えばプログラムは完璧だわ、得意先に気にいられるは」
帰りの社内、田辺は楽しそうに言った。
「そうっすか?僕、町工場で機械やプログラムばっかりさわってたんで」
小島は何事もなかったかのように話す。
俺も笑顔を作っていたが、内心はやはりにえくりかえっていた。俺も相手先に気に入られてたはずだ。なのにあっさり小島に乗り換えるなんて。
小島はプログラムや工場の現場で経験を積んできただけだ。
何故だ。自分の部下がひいきされたのだ。喜ぶべきだ。小島でなかったら…俺の部下だから当たり前だろと思うはずだ。
小島が気にくわない。
この日、仕事が終わったのは8時。俺にしては早い時間だ。
何だか疲れた。小島に俺の得意先を取られたような気がしてならず、それについて苛立ちを感じる自分にもイライラしていた。
不倫相手の美保に言われたが、自分の部下が優秀であれば、それは上司である自分が有能という事だ。
今までそう思えたのに…
今日は美保のいる店にでも行ってみるかー
と思い会社を出たとたん、田辺にばったり会った。
[あれ、山崎さん。今日はお疲れ!]
[お疲れ。偶然だな]
田辺は俺が小島に疲れているのを知らず、小島の話題を出してきた。
[何か小島って面白いよな!最初は何かぬけてて頼りねーなぁと思ってたけど。]
[ああ、あいつね。まぁ、町工場で長い事働いてたから現場の事は詳しいみたいだね]
さらっと流すように俺は言った。
[あれ、小島の事あんまり気にいってないの?]
[いや、俺もまだよくはわからん]
俺は濁したが気に入るも何も、クビにしてーよ。疲れるよあいつは。と思っていた。
[なぁ、たまには飲みに行かねーか?]
田辺が俺を誘ってきた。
田辺と二人で居酒屋に行く。
これは今のように偶然ばったりがきっかけで、一年に一度位の割合で行っている。
今日がその一年に一回の 偶然、ばったり、飲みに行くかの日となったようだ。
美保の店に行くという自分だけの予定をキャンセルして
[たまにはいいね。じゃ行くか。今日はタクシーで帰るわ。]
と明るく言った。
田辺と飲む、イコール会社の話もする為、俺にとってもプラスになる話が聞けたりするのだ。
[悪いね、山崎さん車通勤だからな。タクシー代は俺がもつよ]
田辺は気前よく言った。
会社に近い居酒屋に行き、とりあえずビールを注文し、二人でごくごくと飲んだ。
「たまんないね~仕事の後のビール!」
田辺は中年丸出しで言った。
「家で飲むビールとは違うな。」俺も便乗して言う。
「そうそう、家に帰ったらまずビール飲みたいけど、たまに早く帰ったら息子の相手して、飯食って、息子と風呂入って…ま、息子もかわいいからいいけどな!」
「息子さん5才だっけ?」
「6才だよ!前飲みに来た時は5才だっただろ。飲んでから約1年たってるぜ。そう思うと俺たち約一年に一回の割合で飲みに来るよな」
田辺も同じ用に思ってたようだ。
田辺は俺を社長の息子だからといって特別な態度を取ったりはしない。
それが俺にとって新鮮だった。かつてライバル視していたものの嫌いではないのはそこにある。
「ところでさ、小島なんだけど、部下が小島で羨ましいよ」
(また小島の話か)
「何で?」
「だって、あんだけ能力あるからな。俺が何かいいのがあったら教えてくれよとか頼むと、早速他の改善案も教えてくれてさ…あいつ素直だし、俺は気に入ったけどな。何考えてるかわかんねーけど」
「そうだな、俺は小島は営業向きじゃないと思ってる」
「うわさじゃ山崎さんは小島が大のお気に入りになってるんだけどなー」
ブホ。
俺は飲みかけのビールを吹き出しむせた。
俺が小島を気に入ってるはずがない。なぜそんな噂が…
田辺は続けた。
「山崎さん、小島に厳しいだろ。初日いきなりレポートまでだして、有名だぜ、山崎がレポートをだす奴は期待の証。」
「いや、それは…」
期待してねーから、意地悪でだしてんだよ。
とは言えなかった。
まわりにはそんな目でうつっていたのか。
「いや、期待はしてないよ。営業は多分初めてだし、イマイチだと思う」
「そっかぁ?でもあいつの事だから、営業でも何か成績あげそうだけどな」
俺の得意先も、田辺もなぜ田辺に期待するんだ…
「話かわるけど…山崎さん、もしかして浮気とかしてないよな?」
またビールがむせそうになったが、こらえた。
「この前、俺のとこの部署の奴が見たとか見てないとか…レストランとか言ってたな。確かあの得意先に行った頃…俺は見間違えだろ、変な噂たてるなよとは言ったけど…」
田辺は心配そうに言った。
「浮気なんかしないさ」
俺は何事もなかったかのようにさらっとかわした。
内心は心臓がばくばくして、ほろ酔いが一気に醒めた。
「そうだな、ホントに馬鹿な事を言った。悪かった。」
「いやいや、別にかまわないよ。悪い噂がたつまえに教えてくれてありがとうな。誰にでも見間違いはあるしな」
俺は浮気にはかなり気をつけているつもりだったが、うかつだった。気をつけなければ。
俺が浮気をしていると変な噂がたたなければいいが…。会社の噂はすぐに広まる。
変な噂というか事実なのだが…。
その日はビール2杯を飲み田辺とはおひらきとした。
いつも田辺と飲んだ後は結構気分が良かったが、今日はなんとなく何かがひっかかる。
浮気の噂の心配と、何故かまわりに小島の評判が良い事。
しかし俺は堂々としていいればよい、あたふたしても仕方ない。浮気は気をつけようと思ったものの、辞めようとまでは思わなかった。
しかし、この時気を付けようなんて思った時はすでに遅い時期であった事は後々にわかる事となる。
ガチャピンさん、読んで頂きありがとうございます🙇
読んで下さってる方がいるとは!とても励みになります😃
最近、職場がかわり風邪をこじらせたのもあり更新が遅れてました🙇
育児の合間でまた途切れ途切れになるかもですが、頑張ります!
田辺と飲んだ後、タクシーで家に帰った頃には23時だった。子供たちも寝ているかと思い、家には静かに入った。
清美は多分テレビでも見ているだろうと思い、リビングに入ろうとした。
ドアノブに手をかけようとしたら、リビングから何やら話声が聞こえる。
電話…?
誰と…?
ひそひそと話すような声で話しているから内容は聞き取れない。
なんとなく、悩ましげな声…
清美がここ2年で何度かあやしい電話をしているのを見たが、ここの所、仕事や自分の浮気もありあまり気にとめていなかった。
久々に見たな…ま、いいけど…
「ただいま」
俺はリビングに入った。
「あ、夫が帰ったみたい、じゃまた。」
急に明るい声を出し、あわてて電話を切った。
「おかえりなさい。お友達と電話してたの。久しぶりで話しこんじゃって」
またいつもの「お友達」か…
久しぶりに友達と話込んでる感じではなかった。男だろ…
と思いつつ、自分も浮気をしているし、過去にも一夜限りも多々ある。お互い様か…
俺は夫の仮面をかぶり、
「気を使って切らなくて良かったのに」
と笑顔で言った。
「ううん、いいのよ。今日も残業だったの?」
清美も笑顔で返す。
「今日は例の田辺部長と帰りに居酒屋に寄ってきたよ」
実は田辺と飲んで来たという言い訳は何度か使っている。
年に1回がうちでは年に5回となっている。
今日は本当に田辺と飲んでいたのだが…
「あら、そうなの?晩御飯はどうする?」
「いや、つまみだけだから、ご飯食べるよ」
はたから見たら、円満夫婦だろう…
夕食を終え風呂に入った後、清美と寝室に入った。
そして清美を抱いた…
浮気をしていても夫婦の関係はあった。
清美は美しいからだ。どの女よりきれいであった。
他の女の若いとか床上手だとか関係なく、清美が一番 体の相性がいい。そのへんは俺は満たされているのかもしれない。
なら浮気しなくていいのでは…?いや違う。清美にないものを他の女に求めているのだ。
『刺激』
刺激だと思う。
清美は多分俺が浮気しているとは気付いてないと思う。
出張や、残業は親父からもいろいろと話を聞いてるし、田辺と割合 仲が良いと家族で集まった時に親父を交え会話になった事もある。
清美は何を求めて浮気しているのか…俺は容姿も悪くない、社長子息、真面目に働いている。給料もかなり良い。優しい夫、休みの日にはなるべく子供達に関わり良い父親をしているはずだ…夫婦関係の不満もないはず…足りないのか…
いろいろな考えがを頭の片隅で ちらつきながら俺は果てた。
次の日、小島を営業に一人で行かせる事にした。
田辺の話によると、俺が意地悪でレポート課題をだした奴は俺が気にいった証拠になるらしい。
俺は今まで皆、逆に思っていると思っていた。
気に入ったと思うならそう思えばいい。しかし、小島、俺は何だかお前が気にいらない。気に入ったふりして、厳しくいくぞ。お前は恥をかく事を知らない。
「おい、小島。お前今日は一人で行って来てくれないか。この前、話だけで終わった取り引き先があるんだ。」
俺はにっこりして言った。
「あ、おはようございます。」
小島はデスクで何やら取り引き先の資料や商品のリストなどを広げていた。いやいや、おはようは朝礼で済んでるからいいんだよ。てか、今から俺が説明しようとしてるんだから…間が抜けてるというか何というか…いかん、こいつに調子を狂わされては。こんな事でやきもきしていてはダメだ…
小島に行って来いと言った取り引き先は90パーセント営業しても無理だろう。
御社が新商品の車に使う部品をうちの社で作りますよ。という営業だ。
ここでいう取り引き先は取り引き先になる予定の取り引き先だ。まだ取り引きはしていない。
しかし、相手先には昔から馴染みの下請けがあり、どうやらその下請けをかなりひいきにしているらしい。今回の営業は駄目もとで営業している。駄目もとで10社営業し1社取れたらよいではないかという考えだ。
しかし、あえてそれを小島には伝えず簡単な行き先と、相手先の会社の概要だけを説明した。
小島はふむふむといった感じで聞いていた。
「じゃあ、小島、行ってこい。くれぐれも馬鹿な発言はしないように。」
「了解っす。仕事をとってきたらいいんですね?」
小島はいとも簡単に言った。
いつものへらへらした口調で。
「ああ、そうだ。」
そんなに営業は簡単じゃねーぞ。世の中のサラリーマンがどんだけ苦労して営業し仕事をとってきてるか知れ。
相手先の会社まで車で片道一時間。相手先ととりつないでもらって話をして…今は9時だから早くて帰ってくるのは昼過ぎか…。
とりつなぎにも時間がかかる事も多々ある。とりつないでもらえない事もある。俺は5分でいいから話を聞いて下さいと言って何とか仕事をとってきた事はあるが…。小島はどうだ。そこまでできるか?
小島の事だ。
「あんたんとこの商品取らなくても間に合ってるから」
と言われたら
「そうですか。わかりました。では失礼します。」
と言いそうだ。
時刻は11時。電話が鳴った。
「山崎部長、小島さんからお電話です」
何だ?まさかまだ道に迷って相手先に着いてないとか…
「どうした小島?道に迷ってるのか?」
「違いますよぉ。仕事取れたんでお電話したんですが。あれ、戻ってから話た方が良かったですか?」
俺は一瞬無言になった。
は?
この前 俺が一押し営業マン山田(初めて聞く名前だと思うが、こいつが俺の次に営業成績がよい)に行かせて駄目だった相手先…
小島が取ってきた…
何だ、何だ、何なんだ。いや本当なのか…。
それより冷静に…
「そうか小島よくやった。詳しくは戻ってから聞く」
「で、どうだった?」
小島が戻ってきて即座に聞いた。
電話で仕事を取ってきたと言っていたがこいつ、日本語間違って言ってんじゃねーのかとまだ疑いがあった。
「はぁ、うちの商品を使って頂ける事になりまして、契約書もかわしてきましたが…。とりあえず試作品の図面なりもらってきたのと、あと別件ですが下請けが不良が多くて転注したいようでかわりに商品を作って欲しいとの話を頂きましたが…」
小島はたんたんと話す。
何て事だ!?
山田の話によると
「駄目でした。かたくなに古くからの取り引き先があるからそちらにまわす。無理だ。かなり粘ったのですが頑固で…あんなに手強いところは滅多にないですよ」
と言っていたはずだ。山田の技量を俺は知っている。
だからこそ無理だろうと思っていた。
なのにあっさり仕事を取ってきて、おまけの転注の話まで持って帰って来やがった。
どんな手を使ったんだ。
小島のしゃべりでは無理なはず…
山田は今日出張でいない。
しかし、明日小島が仕事を取ってきた事で腰を抜かすだろう…
「小島、お前はよくやった。すごいぞ。」
俺は部下を褒めるよい上司を演じた。
営業事務の女性社員のデスクからもも「すごーい」との声があがる。山田が取れなかった仕事を取ってきたのだから…。
「はぁ、どうも、ありがとうございます」
小島は照れくさそうに頬をかいただけで、それこそ 上手に絵を描けてほめられた子供のような顔をしていた。
山田なら「俺はやった、やったんだ、俺が取ってきたんだ」という思いが伝わるような顔をしているだろう。俺によくやったと言われデスクに戻る時、小さなガッツポーズをする山田を何度か見た。
俺は山田のそういうところは嫌いではない。自分の功績を喜び、自信を持つ。そしてまた次なるところ、上を目指す。
小島は本当によくわからない。
その後、小島はバンバンと仕事を取ってきた。
なぜだ、なぜだ…。
小島は押しも強くないし、しゃべりもあんな感じだ。
小島を初めて連れて行った会社からはたまたま気に入られたが…。そんな簡単ではないはず…。
山田は案の定、あの次の日かなり驚いたようだったがまぐれだと他の社員にもらしていたようだ。しかし、これだけ仕事を取ってくると、まぐれではない。山田も小島に抜かされる…という思いでかなり焦っているようにも見える。
俺が小島を難しいところに回せば回すほど小島は業績をあげる。俺も山田同様、イラついていた。しかし小島は俺の部下だ。小島をないがしろにすると俺の信頼問題にかかわる。
回りからは「いい部下だ」と言われ良い上司を演じるしかなかった。
「今夜、会いたいな。どう?」
仕事を8時で終え携帯を見ると美保からメールが入っていた。
車に乗り込み、美保に電話した。
「たまには違うところで待ち合わせしようか。夜景でも見に行こう。」
この前、美保とイタリアンレストランでいる所を見られていたようだからいつもより少し遠い場所で待ち合わせする事にした。美保には浮気がバレたらかっこ悪いからとは言いにくく夜景を持ち出した。
「オッケー、夜景ね。素敵。じゃまた後でね」
「浮気バレそうなの?」
美保は会って車に乗り込んだとたん、聞いてきた。
やっぱり、ベテランホステスにはわかるようだ。俺は苦笑いし、「まぁ…そんな所かなぁ」と言い、正直に事情を話した。
「急に待ち合わせ場所変えたり、遠くにデートだもの。わかるわよ」
「お前にはかなわないよ」
「で、どうするの?」
「何が?」
「あたし達よ。浮気がバレそうな時男のとる行動の中にバレる前に切る、そんな男も過去にいたわ」
「今までと変わらないよ。ただ、少し遠くで会えばそれでいい」
「浮気がバレない自信があるのね」
美保はふふふと笑った。
「でもね…」
美保は続けた。
「あたし達、店以外で会うのはこれで最後にしましょう」
「え?」
美保はあっさり別れを切り出した。
「さっきあたし、浮気がばれそうな時の男のとる行動って言ったよね?あれ、あたしも同じなの。私ね、実は既婚者なの再婚だけどね」
初めて聞いた。
俺にとって美保と過ごす時間が癒しで刺激だった。それだけで良かったから美保の私生活にはいっさい触れなかった。
しかも俺に「今までと変わらないと」言わせた後で別れを切り出した。
「あたし、今の夫の前の奥さんに慰謝料も払ったの。それで一緒になった。でも浮気癖なおらなくて…実は今の夫には夜の掃除仕事をしてるって嘘ついてホステスやってる」
さらに美保は続けた。
「家に帰る時にはそこら辺のスーパーで買い物してるおばさんとかわりないわ。」
そんな事聞いてない…
要はもし浮気がバレて慰謝料とかになったら困る。一応家庭があるの。との事だ。
俺は、美保への今まで感じていた癒しはスーッとひいていった。ただ「今までと変わらない」と言ってしまった自分が少し悔しかった。
まぁいいか…ホステスとの浮気はもう二度としないと思った。
「そうなんだ、じゃ今日で最後にするか。」
俺もあっさり言った。
「じゃあ最後に本当の名前、年齢聞かしてよ」
「よし子、本当は45才よ」
美保…いやよし子はウインクした。
29才じゃなかったのか…俺はぞっとした。詐欺だ…
こうして美保(よし子)とは終わった。
美保…いや、よし子とは別れたが俺にはもう一人女がいた。
よし子は、確かに綺麗で話も気も合ったが、さすがはベテランホステス。
かなりの年齢のさばには参った。ま、それなりに楽しく過ごせたからいいか…
もう一人の女の名前は「早苗」
以前一人でバーで飲んでる時に隣に座った女性。
どうやら彼氏にふられたようでやけ酒だった。
隣にいた俺はからまれた。
「あら~いい男~。あ~た、女には苦労してないでしょう?」
「いえいえ。」
いい男と言われ悪い気はしないが、酔っぱらいの女は醜い。
「あたしはね、ふられたのよ。さっき。6年付き合って、結婚秒読みと思ってたのに…お前はキャリアウーマンだから、仕事に生きたらどうだって。他に好きな人ができたって。」
「それは大変でしたね。でもそろそろ、飲むのやめないと…身体にさわりますよ」
気遣い半分呆れ半分で言った言葉に対し早苗は
「じゃあ、あんた話聞いてよ!この人の分までお勘定!」
「えっ、ちょっと…」
早苗は俺の腕をつかみ勘定を済ませようとした。マスターは俺の方をちらっと見たが、早苗の強引さで二人分の勘定を済ませた。
店の外に出て、女性に優しい俺も流石に、
「いい加減にしてもらわないと困ります!初対面ですよ、ストレスたまってるのはあなただけではないんです!」
と叫んでいた。俺も少し酔っていた
すると早苗は泣き出してしまった。
うえ~ん、と声出して…
通行人はちらちらと俺を見る。
気まずくなり、俺も折れた。
「わかりました、話聞きますから…」
「ありがとう…」
俺が話を聞くと言ったら急に早苗はおとなしくなった。
この時初めて早苗の顔をじっと見た。
セミロングにはっきりした顔立ち。少し気が強そうにも見えるがなかなかの美人ではないか…涙と酒に酔って少し乱れた感じが色っぽかった。
ただの酔っぱらいかと思っていたが…
俺はだんだんと悪い気はしなくなり、
「えっと…どうしようか?どこで話を…」
と言っていた。
「気持ち悪い…」
早苗は気分が悪くなったようでウップという仕草をした。
「えっ!ちょっと待って…!」
バーから早苗のマンションまでは何と歩いて5分だった。
何とか早苗のマンションまでたどり着くと、早苗はトイレまで駆け込んだ。
トイレからはうえっうえっと嘔吐しているのが分かる…。
早苗の部屋は汚なかった。
脱ぎっぱなしの服、散らかってるキッチン…
清美なら多分こんな部屋にはしないだろうな…
清美は家事は得意ではない。家政婦を週に2回来てもらっているが、それでもきれいな家を心がけているようだ。
トイレで吐いた後、シャワーの音が聞こえた。
シャワーを終え、さっぱりした様子で出てきたがまだ酔っているのもあり、ふらふらとしていた。
「大丈夫?」
「ええ、少し楽になった。ごめんね、こんなとこまで」
「いえいえ」
「あの…あたし木下早苗。」
ここにきてようやく名のった。
「山崎といいます」
早苗はテーブルのそばに座り込み話はじめた。
自分はある商社の営業をしており、かなりハードな仕事だと。彼氏と会う約束をしても、仕事でのドタキャンが多く、彼氏に捨てられたらしい。
早苗はかなり延々と話をしたが、要は 何年もプロポーズを待っていたらしい。その後仕事を辞め家庭に入る覚悟もあった。
彼氏にしてみれば自分より働く、手取りがいい彼女より家庭的で優しそうな女にひかれたそうだ。
急にふられた為、やけ酒を飲んでしまったと
そう話した。
「でも、もういいの。仕事に生きるわ。営業しまくって、仕事バンバンとってきてのしあがるわ」
早苗の のしあがるわ! の言葉に共感がもてた。
と同時に美人な早苗に
「じゃあ、僕が忘れさせてあげますよ」
そう言っていた。
後は言うまでもない…
事が終わりお互いの携帯番号を交換し、早苗のマンションを出たのは午前1時。
清美には前もって書類整理に終われている。
そう連絡してあった。
早苗とはその後、月に1回程は会い、メールで仕事の愚痴や他愛ないない事を交換する仲になった。
よし子と別れ、早苗と会う回数は多分増えるだろう…
早苗はあなたに妻子があってもいいわよ。山崎さんだって奥さんと別れる気はないでしょ。ただお互いストレスが発散できればいいじゃない。と割りきっていた。
浮気相手にはちょうどいい女だった。
早苗は34才。もちろん、偽りではない年齢だ。
この頃の俺はまったく浮気に罪悪感がなかった。
清美だってどうせ浮気しているのだ。気にしなくてよい。こうしてストレスを発散し 良い夫、良い父親、良い社長子息、良い上司をしているのだから。
よし子と別れて1ヶ月が過ぎた。今日は早苗と会うか、仕事も早く終わりそうだ。
早苗が今日は出張から帰る日でしばらく仕事がぶっ通しだった為、やっと休みが来たわ~ とメールが入っていたからだ。
昼休み、食堂で食事をとっていると、カレーうどん定食を持った馬鹿小島が話かけて来た。
「部長~、お願いがあるのですが…いいっすか?」
と言って俺の前に座ってきた。
おい、勝手に座るな。飯がまずくなる。
「ああ。何だ?小島」
何だよ貴重な昼休みに…お前のお願いなんかに付き合ってる暇なんかねぇっての。この後早苗にメールするんだから。
「今日は仕事、早く終わりそうですよね」
「ああ、そうだな」
俺はにっこりしたが、
だから何、何かあるの?
「今日は僕に付き合ってもらえませんか?」
「は?」
何で俺が小島と仕事が終わってまで付き合わにゃいかんのだ?
「いや~僕パソコン欲しくて」
「買えばいいだろ」
「ええ、でもパソコン何買おうかわからないし山崎部長なら詳しいし、最新のやつとかアドバイス下さいよ」
「店員に聞けばいいだろ?」
俺はあきれた口調で言った。
40才を前にして、パソコンも一人で買えないのか、こいつは。よくそんなんで仕事とってくるよな。
「でも、山崎部長といろいろ話もしてみたいですし、頼みますよ。それとも今日はご予定でも?」
「いや、予定は…」
浮気相手に会いに行くとは言えずたじろいでしまった。
いつもの俺なら「予定がある」とずばっと言い切り理由など適当につけるのだが、小島のへらへらしている口調に調子がくるってしまった。
「行ってあげなよ~山崎さん」頭の後ろで声がした。
振り替えると田辺だった。
この男、このタイミングで…
田辺さん、俺は今日予定があるんだ。早苗に会いに行くんだよ。
とはさすがに言えない…
「実はさ、小島にパソコンわからないからって言われて俺が誘われてたけど、俺今日は仕事忙しくてさ。商品に設変(寸法規格などの変更の略称)がかかってプログラムいじったり図面書き直しでさ。」
小島は俺ではなく先に田辺に相談していた。田辺は小島を気にいっている。技術開発部に欲しいとまで言っている程だ。
この時俺は複雑な思いになった。小島は俺より田辺を慕っている…なぜ複雑な気になるのだ。俺は小島が嫌いだから一向にかまわないはずだ…
「それくらいひとりで行けばいいだろ?」
うんざりした様子で言うと
「山崎部長、僕の事嫌いっすか?」
悲しげに小島が言った。
馬鹿が!ああ嫌いだ!てか、子供じゃあるめーし何言ってんだこいつ!?
「別に嫌いじゃねーよ」
「じゃ行ってやってくれよな!山崎さん」
田辺が後おしした。
「俺がさ、じゃ山崎さんにたのんでみれば。って小島に言っちゃってさ」
田辺、現況はお前か…
ああ、もう何か話するのも疲れてきた。
「ああ、わかったよ」
仕方なしに言ってしまった。
「ありがとうございます!では仕事が終わったら玄関でお待ちしております」
いつの間に食べたんだが、食べた終わった食器を持って小島は去って行った。
「あいつ、食うのはえー」
田辺は呟いた。
「ごめんな、山崎さん。山崎さんもさ、小島と仲良くやって欲しくてさ。」
「別に俺は…」
言葉を濁した。
小島と仲良くしようなんて気はない。ただまわりが俺は小島に対して期待していると思いこんでいるから、良い上司を演じているだけだし、あの小島のへらへらしたところが気に要らないのは事実だ。
田辺は俺の心中をさとっているようだった。
仕事が終わると玄関で小島が待っていた。
さっさと終わらそう…そう思っていた。
「お疲れ様です!あの僕、自転車なんですよ。」
「えっ?お前自転車できてんのか?」
ここの会社は商工業地帯地帯で割合、街から離れている。
車通勤か電車が非常に多い。
確かこいつはA市から来ているから通勤に自転車でも40分かかるだろう…
「ええ、そうですが…で、すいませんが車乗っけてもらえませんか?」
小島はきょとんとして言った。
「わかった、じゃ俺の車に乗れ」
「すいません」
駐車場に着き俺の車を見るなり、
「いい車ですね、部長」
と言った。
「早く乗れ」
はー何で俺がこいつとドライブしないといけないんだよ。
一番近い電機量販店に行き小島にあれこれとアドバイスをした。
俺のアドバイスをもとに小島はパソコンとプリンターなど次々と選んだ。ついでに地デジ対応のテレビも買っていた。早く終わらせたかったので、坦々と的確にアドバイスをした。
総額60万円。かなり大きい金額だ。配達は明日にしてもらうようにし、会計をした。
驚いた事に現金だった。スーツね内ポケットから分厚い封筒を取りだし、その中からごそっと現金を取りだした。
所持金は全部で100万円位だろうか…
カードは持ってないのだろうか…。
小島が意外に金を持っていたので驚いた。
買い物も済んだし…
「さあ小島、会社まで送るから。自転車会社だもんな。」
ふーやれやれ。
あとはこいつを送って 早苗に連絡してみるか。
「ありがとうございました。部長、良かったらうちへ寄りませんか?」
「いや、遠慮するよ。奥さんにも悪いだろう?」
お前の家による程暇じゃねえっての。
断ると小島はこう言った。
「部長、宮永専務の件はご存知ですか?」
「何の事だ?」
宮永専務は俺が入社した時は営業の部長だった。社長の息子の俺を内心は馬鹿にし、手玉に取ろうとした奴だ。
「何の事だ…?」
宮永に何があるというのだ?
「賄賂の件ですよ」
知らない。そんな事初めて聞いた。何の事だ…。
「どういう事だ?」
車は会社に着いた。
「やっぱりご存知なかったんですね?余計な事言ってすいません。今日はありがとうございました」
会社に着いて、車を降りようとする小島に
「まて、小島、何の事か教えてくれ」
と言うと
「じゃ、うちに来ます?」
とにんまりした。
何だか、宮永の件でつられた気がするが…何の事か気になった。
下らない事なら承知しねーぞ、小島。
小島の家に行く事になった。
小島はなかなか宮永の事を切り出さない。
ただ道を教えるだけであった。
多分小島は俺と仕事の話などをしたいのだろう…だから俺を家に誘ったのか…
今、宮永の話をしてしまえば俺がさっさと帰るであろう事はわかっているようだ。
なかなか、駆け引きがうまいのか…営業で仕事をとってくるにも意外と頭を使っているのか?
小島が俺をどう思ってるかなんてどうでも良かったから、考えた事もなかった。俺がつらくあたる事も多いので嫌っているなら分かるが…
何だか変に慕われてる気がしたが、小島が一番慕っているのは田辺だ…
なぜ小島と田辺が良い関係な事を昼間は複雑に思ったのか…。
ぼんやり考えつつも小島の家に着いた。
小島の家はぼろっちいアパートだった。
100万円とのギャップを感じた。
「ささ、部長、ぼろっちいアパートですがどぞ」
しばらくあんぐりとしていた俺に声をかけた。
「ただいま~山崎部長をお誘いして来て頂いたよ」
「あら、よくいらして下いまして…小島が無理にお誘いしたのでは?」
はい、そうですと言いたいところだが…
「いえいえ、おじゃまします」と中に入らせてもらった。
中からでてきた小島の嫁さんは…普通の人だった。
顔も普通だが俺にしたらブスの部類に入る。小島と似たような年齢だとすると老けて見えるほうだと思う。
ぼろっちいアパートに見えたが中はリフォームしていて、割合きれいだった。3LDKで部屋も片付いていた。
パソコンを置くスペースだろうか…電話の近くがきれいに何もなかった。
「ちょっと、会社の事で相談があって僕から言って来て頂いたんだ」
「あら、やっぱり強引に来て頂いたのね。私ちょっと買い物に言ってくる」
「何もおもてなし出来ませんがごゆっくり」
俺にコーヒーを出して小島の嫁さんは出掛けていった。
会社の話と聞いて気をきかせたのだろうか…。顔はいまいちだが気のきく嫁さんじゃないか。
「で、宮永専務の事とは?」
二人になり小島に聞いた。
「あ、そうでしたね」
小島はあっけらかんと言った。
それを知りたいが為にわざわざお前んちに来たんだろ!
小島は茶菓子と言ってかっ○えびせんを俺の前にどぞ、と差し出した。
「早い話が、宮永専務、賄賂もらってますよ」
「詳しく話せ」
俺はイライラした口調で言った。なかなか話さないと思えば今度は簡単過ぎる。
疲れる…
小島の話によると、小島は先日お得意様から食事に誘われたそうだ。
そのお得意様とは初めて俺が営業に小島を連れていき、小島を気にいったという部長だ。
お得意様と食事の時トイレに行ったお酒に弱い小島は店内で迷い、お座敷の方へ行ってしまったらしい。
そこでたまたま宮永専務とある会社が密会しているのを見た… との事。
「何か漫画みたいな話だな…本当かよ。賄賂って何でわかったんだ?」
「いや~話の内容が怪しくて…二人とも…宮永専務も相手も酔ってて声でかくてよく聞こえてましたよ~」
本当ならすごい話だ。
宮永専務は会社の増築や建て直しなど工事関連の担当に関わっているが…もしかしたら業者からバックで袖の下をもらってるとも考えられる。
が、小島の話だけでは信憑性に欠ける。
「あの~一応、録音しときましたが聞きます?」
小島はポケットから携帯を取り出した。
「なっ!?お前そこまでしたのか?」
驚いた…
「やっぱりこしゃくですかね?僕も酔ってたし。この録音消した方がいいか…」
「まて!再生しろ!」
『宮永さん、これで今度の工事はうちに任せて頂けますよね!』
『ああ、申し分ないよ。当分うちの工事関連の事は任せるよ。来年は第2工場の建て直しの案もでてるからな、そっちも頼む』
『ありがとうございます』
『100万円ぽっちで頼みますよなんて言ってくる業者もあるが、君はなかなかいけとる』
『あくまでも内密に…』
『わかっとる!うちの社長ときた…』
ここで切れた。
携帯では録音が短いもののばっちりではないか!
しかし、あんな大声でベラベラとしゃべるとはアホとしか言い様がない。いくら座敷でも誰が聞いてるかわからないのに…
「でかした、小島!」
偶然とはいえよくぞ証拠までつかんできた。
「あとこれ、ムービーっす!」
「そこまでしたのか?」
そこまでするとは探偵並だ…
「あ、やり過ぎですよね。消しましょうか?」
小島は冗談を言って笑った。
「まてまて、見せてくれよ」
ムービーには遠間しだが、確かに(はげ頭の)宮永専務が映っており、相手からもらった現金を確認するのがわかる。
ここまで証拠が揃うと、殿様風でいう「あっぱれじゃ!」というところだ。
「しかし、小島、よくこんなの撮れたな?」
「障子をすこーしだけ開けて撮りました。」
「いやいや、気付かれたらやばいぞ」
「ご心配なく、一発芸の最中でトイレに行った為ひょっとこの面を持ってたので、それを着けて撮りました。仮にバレたら僕が専務を脅迫してやりますよ。悪いのは向こうなんですから。」
小島はにっこりと笑った。
「この録音とムービーは山崎部長に渡します。あとはよろしくお願いします」
「ああ、悪いな…」
俺は小島の携帯から録音とムービーをもらった。
「やけに宮永専務の悪事につっこんで証拠を集めたな」
俺は宮永専務が嫌いなので、いつかギャフンと言わせてやると思っていたから、今回、小島の証拠はありがたかったが…
小島はぼそっと口を開いた。
「僕は宮永専務がかなり嫌いですから、徹底的にやりました。他の人ならふーんと思うくらいで、こんな手の込んだ事はしませんよ。」
そう言って小島はにっこりと笑ったが、一瞬ギラリとした表情をした。
出会って間もない宮永専務をなぜそこまで嫌いなのか、この時俺は宮永の悪事の証拠を手にした事でいっぱいであまり深く考えなかった。
40分程経って小島の嫁さんは帰ってきた。
「今から食事の準備をしますね。お口に合わないかもしれませんけど。」
「いえいえ、お気遣いなく」
小島の嫁さんはてきぱきと準備を始めた。
手際のいい手つきだ。
小島から宮永の事を聞き出したらとっとと帰ろうと思っていたが、この流れからして帰るとは言いにくい。
いやここを去って早苗のマンションへ行くはずだったのだが…
宮永の件で小島に少し親近感がわいたのは事実。
最初はさっさと帰りたかったが、なんとなく、小島の私生活をのぞいてみるのもいいか…と思った。
「ちょっと、あんたっ!かっ○えびせんなんて山崎部長さんにだして!戸棚にもっとマシなものあったでしょ!」
料理を作りながら小島の嫁さんは叫んだ。
「えー、かっ○えびせんはみんなが大好きなお菓子だろ~無難かと思って…」
「あんたが好きなお菓子でしょうが…」
何かレベルの低い会話だが、普通の夫婦の会話はこんな感じなのか…
「すいません、小島はこんな感じだからきっと呆れさせてばかりなのでしょうね…」
「そんな事ないっすよね!今日はパソコン買うのもついてきてもらったんだよ。」
「バカ!そんな事で上司を引っ張ってくるなんて…本当にすいません…」
レベルは低いがなんとなく、笑ってしまった。
俺も冗談で、
「いやいや、小島君は超優秀ですが、手がかかるのがたまに傷で…」
何て言っていた。
食卓に夕食が並んだ頃、小島の娘が帰ってきた。
「ただいま~、あれお客さん?」
「お父さんの会社でお世話になってる山崎部長さんよ」
「おじゃましてます」
「こんばんは」
小島の娘さんはぺこりと頭を下げた。満さんはたいしたことない顔だと思ったが、娘の方はなかなかの美少女だ。
誤解のないよう言っておくが、美少女だからといって、流石に高校生には興味はない。
女子高生というとミニスカや最近流行っているのかキラビヤカなメイクを想像してしまうが、小島の娘は普通の18才の女の子だった。
まぁ、小島の娘だから、いわゆるギャル系はないだろと思っていたから、予想通りかな。
夕食はアジフライ、ワカメの味噌汁、ほうれん草のごまあえ、肉じゃがなど 普通の家庭料理が並んだ。
アジは自分で開きにしていた。清美は魚をさばく事はできず、魚料理はできあいのものか、さばいたものを買ってくるか、家政婦が作るかだ。
普通の主婦はこれくらいはするのだろうか…
聞けば、満さんは昼間はパートにでてるらしい。
清美は家政婦に家事をまかせ、自分は友達と出掛けたり、お茶をしたりしているらしいが…
自分達の生活基準が上の方にあると思った。
朝は洗濯物を干し、朝食、旦那を会社に出し、娘を学校に行かせ、自分もパートに出る。夕方帰宅した後は急いで洗濯物を入れ、夕食準備…風呂を沸かし…
かなりハードではないか。
今まで、主婦をバカにしてきた自分に気付く。
夕食が当たり前のようにでてくる。服がアイロンをかけられていたり、部屋がきれいだったり…
何気ないが、誰かがやってくれているのだ。
清美は家事は得意ではないが、家政婦を雇わない週に5日は自分で飯の支度をし、掃除、俺のシャツをアイロンがけするなどして昼間を過ごしているのだ…
「たいしたものじゃないですけど、どうぞ」
満さんが声をかけてきた。
「部長、遠慮なく食べて下さいよ、嫁はこれでも料理の味は確かですよ」
「もー本当にたいしたもんじゃないのに」
と満さんは困ったように笑ったがまんざらでもなさそうだ。さりげに小島は嫁をたてているのか…
小島が味は確かと言うだけあって料理はとても美味かった。
家庭的な妻、仕事が終われば直ぐに帰る良い夫、真面目な娘…
これがドラマなんかでよくみる幸せそうな家族というやつか… 小島ならきっと浮気などしないだろう…
「小島はご両親はこの近くに住んでいるのか?」
俺は何気なしに聞いてみた。
一瞬、空気の流れが止まった。
「両親は早くに亡くなったんで…」
小島は言いにくそうに言った。
「そうか、大変だったな、悪い事を聞いた…」
「気にしないで下さいよ!山崎部長は社長と別居なんですよね!」
と話を俺の方に変えた。
「ああ、そうだ。家が一緒だと仕事の事でなんくせつけられそうでたまらんしな」
小島は通信で働きながら高校を卒業したと言っていた。
へらへらしてるようでご両親が亡くなった後、苦労してきたのか…
「山崎部長さんて、うちの小島と同じ年って聞いてますけど、全然違うわ~何かとってもダンディーで。ほらあんたは、この中年太り!」
満さんは小島の腹をぺんっとたたいた。
確かに小島はずんぐりむっくりだし、顔もイマイチだ。
しかし、口調とは別に、満さんは小島に不満はないだろう。
そう思った。
「お父さんはかっ○えびせんとか、き○この山とか食べ過ぎよ!」
すかさず娘も口を挟む。
一つの机を囲み、あたたかい会話が流れる。
時刻は夜の10時。
「ではそろそろ、おいとまします」
会話の切れ目を見つけて俺は言った。
「何にもおもてなしできずに、すいません…」
満さんが申し訳なさそうに言う。
「いえいえ。とても美味しかったですよ。小島、いい嫁さんもらったな」
「顔は普通ですがね、僕には満くらいの女房がちょうどいいっすよ」
「ちょっと、それはいい意味?悪い意味?山崎部長さん、お気をつけて帰って下さい。」
見送ろうとする満さんに
「いやいや、そのままで…ここで結構ですよ。どうも、ごちそうさまです。」
と言った。
小島は車までついてきた。
「部長、今日はありがとうございました」
頭を下げる小島に俺は聞いた。
「今日の目的はパソコンではなく、宮永専務の件で俺を誘ったんだろ?」
「ははは、バレますよね。そうですよ」
小島は笑った。
「田辺がもし小島に付き添ってたら田辺に報告するつもりだったのか?」
「いいえ、田辺部長が今日は無理なのは分かってましたから。最初から山崎部長に報告するつもりでした」
「おいおい~田辺さんに失礼だろ?」
「部長は僕の事嫌いみたいなんで、田辺部長に助け舟になって頂きました」
小島は計算ずくでもの事をすすめているのか…。
俺が小島を嫌いなのは肌で感じているだろう。
今日の事で小島に嫌いという感情より、また違う不思議な感じがした。今回、宮永の事で でかしたとは思ったものの、まだ小島には不信感、謎が多い。
まだいけすかない所がある。
ここで俺が小島に態度を一変し、好感を持ち始めたら小島に手玉にとられる、小島のペースにはまる気がした。
「宮永専務の賄賂の件はどうされます?」
小島が聞いた。
「そうだな、社長に報告するかな」
「宮永専務はまだまだ悪い事してますよ」
「そうかもしれないな」
いつものへらへらした小島とは違い真剣な目をしている小島を見てはっとした。
「まだ何か知ってるのか!?」
「ええ、でも証拠はありません」
「どんな…」
と切り出したところで小島は
「またいらして下さいよ、部長!」
と、にっこりした。
小島は口を割らずにまた次に持ち越すつもりだ。
どうやら、またうちに来いと誘っているらしい。
小島は何を考えているんだ?
こいつは何なんだろう…?
小島はなぜ俺に付きまとおうとするのか?
嫌われてると知っていながら…
宮永に対して何かあるのか?
いろいろな疑問が浮かび上がるが、聞いてもこいつは安易に口を開かないだろう…
なら、俺はお前のペースにはまったふりをしてたかみの見物をさせてもらうぞ…
「小島、宮永の件お前に任せる。お前の好きなようにしろ。この事は俺は誰にも言わない。もちろん社長にも…」
俺のこの言葉は小島には意外だったのか
「えっ?」
という表情を見せた。
しかし、すぐににやりとして
「わかりました。好きにさせて頂きます」
と言った。
「山崎部長も宮永専務の事をよくは思ってないようですね。今、宮永と呼び捨てだったので…」
「ああ、俺も宮永は好かんよ」
と正直にこたえた。
「じゃ、帰るぞ。奥さんと娘さんにによろしくな。」
「ありがとうございました。失礼します」
頭を下げる小島に軽く手を挙げ、車に乗り込んだ。
そしてエンジンをかけ、車を発進させた。
何だか異世界から乗り物に乗って現実に帰るような…変な感じがした。
さて、現実に戻ったところでコンビニの駐車場で携帯を開いてみた。
メールが3件
早苗から
『今日、良かったらうちに来て~。待ってるから。今日は早く仕事終わるんでしょ?』
清美から
『お仕事お疲れ様。残業かな?12時を回るようなら先に寝るわね。頑張って!』
早苗から再び
『メールくらい返してくれてもいいでしょ!久しぶりの休みだったのに残念!他の浮気相手のとこ行ってないよね?また会いにきてね。』
小島の話にくいついてしまい、清美にも早苗にも連絡していなかった。
メールの内容を見ると、強引で少しわがままな早苗に比べ、清美は浮気を疑うのでなく、あくまで仕事お疲れ様と気遣う内容だ。
清美は結構俺に気を使っているのか…。俺の帰りを待ち、疲れていても夜遅くまで起きているのだろうか…
その日、家に着いたのは夜の11時半。
「ただいま。遅くなって悪かった。仕事の付き合いがあったんだ。つい連絡し忘れた」
今日は浮気してない。正直に言ったので後ろめたさを感じない。
「ううん、お疲れ様」
清美は笑顔で言った。
「今日は小島ってやつに誘われてさ、パソコンを買うからついてきてくれって言われたんだ。何か小島は変な奴で…」
小島の事を話していた。
清美はいつになく笑顔でうんうんと話を聞いていた。
「小島さんて変な人だけど、あなたの事信頼してるのね」
「いや、そんなんじゃないと思うけど…俺も手を焼いてるよ。今日は茶菓子にかっ○えびせんだされてさ、小島はかっ○えびせん好きらしくて…」
清美はぷっと笑った。かなりうけたのか…
何だか久しぶりに会社での話を清美に話した気がした。
「あなた、会社の話あまりしないから今日は何だか嬉しかった」
「そうかな…」
そういえば、会社の話は浮気相手に喋り、清美にはしてなかった気がする。他の女に話した事で清美に話をする事が少なかったかもしれない。
次の日、小島に会うといつものへらへらした小島だった。
「あ、部長~おはようございま~す」
気のぬける挨拶。
小島はいつしか、女性事務員からも慕われ
「小島さんてばかっちい感じだけど、営業ナンバー1の成果だしてるらしいわよ」
「何かすごいよね。能ある鷹は爪を隠すみたいで…」
と囁かれ、
掃除のおばちゃんからは
「小島ちゃん、いつも手伝ってくれてありがとうね!これあげるよ」
とおにぎりをもらったりしている。
(もちろん、笑顔で受け取りやったーと子供のように喜ぶ小島…)おばちゃんのお気に入りと化していた。
どうやら、掃除の時に出る大量のごみを運ぶのを手伝っているらしい。
俺もだんだんと
「お前の教育がいいんだね~」
「やっぱり、山崎部長のもとで指導されると育つのね」
などと囁かれ悪い気はしなくなっていた。
それより、小島をたかみの見物…これからの小島の起こす行動に興味がわいてきた。
そんな日々が続いたが、一向に宮永の件でアクションを起こす気配がなかった。どうするんだろう…
そんな心配をしている場合ではない事態が起きる。
その日は早苗と会う約束をしていた。
小島の家に行って少しは清美に感謝し、家庭に熱を入れようと思ったものの、浮気をやめずにいた。清美だって浮気しているではないか…
そう思うと、浮気はやめる方が馬鹿らしかった。
仕事を終え、早苗のマンションに向かう。向かう途中で早苗から電話があり、少し帰りが遅くなるから、どっかで時間つぶしてて。との事。
まぁ、喫茶店でコーヒーでも飲むか。
早苗の近くの有料駐車場に車を止め、喫茶店に入ろうとした時だった。
道路の向こう側を清美が歩いていた…
俺は目を疑った。
清美と一緒に歩いている男…
いや、見間違えか…間違いだろ…
俺は呆然とたちつくす…
清美が浮気している。知っていた。わかってた。自分だって浮気しているのだからチャラにしていた。
でも、なぜあいつなんだ…
清美と一緒に歩いていたのは小島だった。
清美と小島は確かに並んで歩き、何か会話をしている。
清美は今日は子供を実家に預け、友達と出かけると言った。
だから俺は安心して(?)早苗に会いに行く予定だった。
俺は思わず携帯のカメラでシャッターを切った。
遠いから証拠になるかどうか… でも雰囲気、服装など特徴は分かる。どうだ、小島、こうやってお前は人の悪事の証拠をとったんだよな。俺も真似させてもらうぞ。
最近の携帯のカメラは随分よく撮れるじゃないか…
冷静ではないのに冷静にと思うよう暗示している自分がいた。
清美と小島は道路の先の曲がり角を曲がって消えていった。
小島とだけは許せない。
あり得ない。
この前小島の話を笑顔で聞き「あなたの事を信頼してるのね」と言った清美。
俺をわざわざ家に誘い、あたたかい家庭を感心させた小島。
俺は猛烈な怒りに達していた。
清美の浮気相手は小島だった。
俺は気が付くと早苗との約束をすっぽかし、小島のアパートへと向かっていた。
勿論、小島は今、清美と会っているのだから家にはいない。
満さんにつきつけてやる。
今撮ったこの携帯の画像を見せ、小島の家庭を壊してやる。
俺は車のアクセルを強く踏みスピードをあげる。
小島と清美はいつ出会ったのだろう?
なぜ小島はわざわざ俺の会社に入り、俺に近づいてきたのか…俺には理解できない。
しかし、どうしようもなく胸が痛い。小島でなく他の男なら別にいい。俺だって浮気してんだから。
でもなぜ小島なんだ!?
ピンポーン。
俺は小島のアパートに着き、チャイムを鳴らした。
中から
「はぁーい」
と満さんの声がしてドアが開いた。
「あら、山崎部長さん。この前は小島が失礼しました。」
「いえ」
「あいにく小島はまだ帰っていませんが…。」
「ええ、知ってます」
小島は清美と会っているのだから、ここに小島がいない事は分かっている。
「どうかされたんですか?」
満さんは心配そうに聞いた。
「ええ、お話があります」
「お話って私にですか?小島の事で?」
「はい、そうです。ぜひ奥さんに聞いて頂きたい」
俺の尋常ではない様子を悟っているらしく、満さんは不安そうな顔をする。
満さんは部屋の中をちらりと見た。夫の不在中に他の男性を家にあげるのをためらっているように見えたが、さすがに 夫の事でと言われると、
「どうぞお上がり下さい」
と言った。
「おじゃまします」
この前、上がらせてもらった部屋へと案内した。
満さんはお茶を入れ、俺の前に「どうぞ」と置いた。
俺の向かいに座り、
「お話とは何でしょうか?」
と聞いてきた。
「小島君の事で少し…」
いざ満さんを前にするとだんだんと 何をやってるんだ俺は という気持ちになってきた。
なかなか切り出せず、
「あの、娘さんは…?」
「娘はバイトに行きました。すぐそこのファミレスでバイトしてるんです」
満さんは少し微笑んで見せたが、目は不安そうだった。
満さんも俺の目をじっと見つめ、俺が話し出すのを待っていた。
満さんは確かに美人ではない。しかし、なぜか惹かれるものがあった。この前はただのおばさんに見えたが、今日はこの前よりうんと綺麗に見えた。
家庭的で、働きもの、しっかりしてそうで…今のような状況になるとふと見せる不安気でもどかしい感じ。
いろいろな思いが試行錯誤する中、俺はついに切り出した。
「小島君は浮気をしています」
満さんは一瞬目を大きく見開いて驚いた様子だったが、すぐに冷静な顔を取り戻し、
「うちの小島はそのような不貞は絶対にありません」
ときっぱり言った。
かなり凛々しい顔をしてそう言った。
「しかし、私は現に見たんです。しかも、一緒にいたのは私の妻でした。携帯のカメラにもおさめました」
そう言って、俺は携帯を取りだし満さんに見せた。
少し遠いが明らかに小島と女性(清美)が写っているのが分かるはずだ。
しかし、満さんは見たかと思うと俺に携帯を返してきた。
「山崎部長さん、この程度では何の証拠にもなりません。何度も言うように、小島に不貞はありません」
「いや、しかし…」
満さんの凛とした態度に俺はたじろいでしまった。
なぜ、そんなにきっぱり否定できるのだ。そんなに小島を信じているのか?
「この事で奥様とはお話をされましたか?」
「いいえ、まだです。」
「なぜ、奥様と話合われる前に私の所にいらしたのですか?」
「いや、それは…」
浮気現場を見てカッとなって、腹いせに小島の家庭を壊してやろうとした、衝動的な行動だ。
しかし、そんな事は言えない。
なぜ、先に清美にそれを言わず、満さんの所に来たのか…。
一つは俺も浮気しているので、正直いくら小島が浮気相手でも、問い詰めにくい…
もう一つは、俺は小島が羨ましいのかもしれない。仕事ができ、人望に厚く、誰からも好かれる…
その小島に清美を奪われた。だから小島の持っているものを壊したかったのかもしれない。
満さんの問いに戸惑いながらも、一つの結論が出た。
俺は小島の持っているものを奪いたい…
仕事のスキルも、人望も正直な所、このままいけば部下である小島に抜かれる。
俺が小島から奪えるもの、
家庭…しっかりしていてよい妻…
満さんだ。
満さんが否定する以上、小島の浮気を俺がとなえても何の効果もない。
俺は立ち上がり、満さんのそばに座りなおした。
満さんは不思議そうな顔で俺を見る。だんだんと満さんが、とても美しい女性に見えてくる。
目尻や口もとのこじわでさえ、日々家庭を支える為、一生懸命な証に見える。
荒れた手は家庭的な女をよりいっそう引きだし、飾り気のない薄化粧は控えめな女性を印象づける。
今まで俺はブスは絶対にうけつけなかった。しかし、今たいした顔でない満さんが美しく見える。
今までになかった女性への気持ち…そう内面に惹かれる。という気持ち。
俺は満さんを抱きしめた。
そして満さんの顔を見た。
満さんは驚き、困惑していた。俺は満さんの唇に迫った。
その時だった。
どかっ!
俺は満さんにパンチをくらってしまった。
しかもグーで。
俺は空中で一瞬お星さまを見た。
「てめぇ、何しやがる!血迷ってんじゃねーぞ!このすっとこどっこい!」
俺はこんなに驚いた事はない。正直ない…。
えっと、今俺を殴って暴言吐いたのは満さんだよな…
さっきまでのあのしおらしい満さんはどこに…
「あの…」
俺は何て言っていいのか言葉につまり、ただ鼻血をたらしていた。
「てめぇ、手加減してやったんだから感謝しろよ。それでもまだ血迷うってんなら、あたいも本気で相手してやるよ。」
「いえ、すいません。確かに俺は血迷いました。」
唖然としていた俺はようやく口にした。
すると満さんは急にまたあの優しい顔に戻り、
「いーえ、あら、鼻血でてしまいましたね、すぐにおしぼり用意しますね」
と言った。
「いえいえ、お気遣いなく」
そう言ったが、満さんはおしぼりを渡してくれた。
「今日の俺はどうかしていました。すいません。ご迷惑おかけしました。帰ります」
玄関まで満さんは見送ってくれた。
「一度奥様といろいろと話をされてみてはどうでしょうか?」
満さんはもとの(?)満さんに完全に戻っていた。
「ええ、では失礼します」
俺は小島のアパートから車に戻り頭の中を整理しようとした。
今日は早苗と約束があって、早苗が少し遅れるからと俺は喫茶店で時間を潰そうとした。
その矢先、小島と清美が一緒に歩いているのを見た。
逆上した俺は小島のアパートへ行き満さんに事実をつきつけたが、あっさり否定。
さらに俺は満さんがだんだんと綺麗に見えてきて、そして小島から奪ってやろうと満さんに迫るが グーでパンチ。
満さんのあの時の口調といいパンチといい、多分あの人は昔ヤンキーとかレディースとか、やくざの娘…?
いろいろな事を頭の中でぐるぐると回る。
とにかく、もう家に帰ろう…
家に着き、電気の消えた家に入る。
誰もいない…
清美もまだ帰ってはいない。
夜の10時をまわったところだ。
俺は清美の浮気相手が小島だった事に相当ショックを受けていた。
そして、血迷って満さんにパンチをお見舞いされた事もかなりの衝撃だった。
満さんは芯の強い女で、たとえ俺が迫ったとしても拒否されるはずだ。
いや、俺は自分が迫れば女は必ず落とせると思っていたのか…
清美と小島への怒りと満さんに対する恥ずかしさで俺は叫びたいような、穴に入りたいような何ともいいようのない気分だった。
ふと携帯を開くと着信が5件。
メールが2件。
着信履歴
1、早苗 20時32分
2、早苗 21時03分
3、早苗 21時36分
4、親父 21時45分
5、社長 21時47分
1、2、3 の早苗はマンションに帰っても俺に連絡が取れず、怒っているのだろう…
メール2件も早苗からで文句の内容だった。
4、は親父プライベート用携帯
5、は親父が社長としての仕事用携帯。仕事でトラブルがあったらこの携帯でよくかけてくるが、今回の様に先にプライベート用携帯でかけてきた後に会社用携帯でかけてくる時は「電話出ろよ」という事だ。
今日はもう誰とも話たくない気分で着信音が鳴っても無視していた。
俺はため息をつき、とりあえず早苗に電話した。
電話はワンコールでつながった。
「ちょっとどういう事!すっぽかすのは仕方ないとして、なんで連絡も取れないのよ!」
「すまん、急に会社でトラブルがあって呼び出されたんだ。」
「でも、連絡くらい取れるでしょ!」
「忙しかったんだ…本当に悪かった」
「あたしだって仕事三昧だから忙しいのは分かるわ!でも恋人との約束を果たせないならせめて連絡くらいはできるでしょ!」
恋人って…ただの遊び相手に思っていたのに早苗はそう思っていたのか…
謝っているのにずけずけと言ってくる早苗にだんだんと腹がたってきた。
「確かに俺が悪かった。でも、お前が気に入らないのなら、俺たちしばらく会うのやめよ」
俺はイライラを抑えながら早苗に言った。
「え、どういう事?何でそうなるのよ!」
あーめんどくせぇ!俺が求めてるのは癒しと刺激。なのにこんなにイライラさせられるならもう終わりにしたい。そういう事だ…
「だから、もう別れよ…」
「ちょっと待ってよ…!だから何でそうなるのよ!私に飽きたの?」
早苗は急に心配そうな声で聞いてきた。
「飽きたんじゃない。ただお互い仕事で忙しい中、プライベートな時間をさいて会ってるけど、お互いイライラしたりしてたらせっかくの時間が無駄になる。自分達は仕事に生きる人間だ。今までとは何も変わらない。ただ会わなくなるだけだ…」
俺はたんたんと早苗に言う。
ふと、美保…いや、よし子にも 「何も変わらない」と言ったのを思い出した。
意味合いは全く違うが…
これでもかなり抑えて言ったつもりだ。早苗のわがままや性格のきつさ、強引さに疲れた。
いいきっかけかもしれない。
「嫌…」
「え?」
「嫌よ!私は絶対別れない!」
美保は電話の向こうで叫んでいた。
「いや、だからもうお前も俺の仕事の時間とか気にしたり自分の休みとの調整きついだろ?」
「そんなの理由にならないわよ!いいじゃない、別にあたし達結婚するわけでもないんだし!別れる必要なんてない」
早苗は別れに同意しない。
早苗の事だ。
別れると言ったら
「あっそう!わかったわ、じゃあね、後で後悔したって知らないから。」
とか言うと思っていた…。
早苗も
「あなたの家庭は壊さないし、割りきったお付き合いしましょ」
とか言ってたのだが…
困った…
まさか早苗が別れてくれないとは…。
今まで浮気はわりと軽い付き合いで2、3回のデートで終わったり、よし子(美保)のようにあっさりした付き合いだった。
早苗もその類いだったはず…
とにかく、もうそろそろ電話を切りたい。清美がいつ帰ってくるかわからない。
やはり自分の浮気はバレると困る。
早苗は一度言い出したら聞かない。
「わかった、また会おう。いろいろと話し合おう」
と早苗を納得させる言葉で言った。
「必ずね…」
「ああ、また連絡する」
そう言って電話を切った。
俺は深いため息をついた…。
疲れた。
あと親父にも連絡しなければならない。
めんどくせぇな…
とか何とか思ってると親父から電話だ。
「あーもしもし。親父どうした?」
「用がなけりゃ電話したらいかんのか?電話くらい取れ。」
「悪い。」
「なんか疲れてるようだな?」
「いや、別に…」
親父はするどい。
「小島はどうだ?いい人材だろ?」
「ああ…そこそこ」
今日はもう小島の話はしたくない。適当に言った。
「そうか…」
そして、話は変わって…
「お前、浮気してるのか?」
親父は何の前触れもなく俺に聞いてきた。
いきなりの親父の問いに俺は
「いや、してないよ」
しらを切った。
「悪い噂が流れてる。お前が女性のマンションに入ってるのを見たとか食事してたとか…」
親父の言う噂は当たっている。が…ここで認めるわけにはいかない。
「人違いだろ…この前、田辺部長にも同じ事言われたよ」
「そうか…ならいいんだが…田辺君に言われたのはいつ?」
「んー、2、3ヶ月前くらいかな?」
「俺に相談するべきだったな。」
「なぜ?」
「噂は持ちきりだぞ」
親父の耳に入るほど噂が広がっているとはまずい…
「しかし俺に不貞はない。気にはしないよ」
「そうか、お前がそう言うなら…」
「ああ、噂なんて気にせず仕事するから大丈夫だ」
「まぁ、明日は仕事も休みだ。ゆっくりしろ」
「わかった、じゃあまた」
電話を切った。
俺は心臓がバクバクと脈打つのが頭にまで響く。
そんなに噂が広まってたなんて…俺のこけんに関わる。
そしてあっさり嘘を言う俺。
いつからこんなに嘘をつく人間になったのだろう…
清美が小島と浮気…
満さんに告げ口し、手を出そうとした俺。
早苗のわがままに疲れて別れを告げた俺。
自分の浮気をしていないと嘘を言った俺。
怒りと、苛立ちと、罪悪感。
今まで俺は罪悪感をあまり感じた事はない…
なのに罪悪感でいっぱいだった。
また携帯が鳴った。
誰だ…次から次へと…
知らない番号から…
「もしもし…」
「夜分遅くにおそれいります。小島でございます。」
満さんだった。
「小島のアドレス帳を見て電話させて頂きました」
俺は今日、満さんに手をだそうとした事で少し気まずかった。
「あの…今日はすいませんでした」
「いいんですよ。私のパンチもお見舞いしたし、チャラです」
と、電話の向こうで笑っていた。
「今日の事は私、誰にも言いません。どうか一度奥様と話合われて下さい。」
「…」
俺は言葉が出なかった。
「山崎部長さんにも、何か奥様に隠している事があるはずです」
「…」
「夫婦は話をする事。上面だけ良くたって駄目。喧嘩して、お互い思いをぶつけてみてはいかがですか?」
「私は小島を信じています。では、失礼します。元ヤンのおせっかい、すいませんでした」
「どうも…」
電話が切れた。
満さんはやっぱり元ヤンだったのか…
いやいやそこは重要ではない。
やはり清美と話すべきか…しかし自分にも不貞がある。
そうこう思っているうちに清美が帰ってきた。
「ただいま~遅くなってごめんね」
「お帰り」
「やだ、顔どうしたの…」
「あ、ああ、酔っぱらいに絡まれてな」
「ええっ!大丈夫?警察には…」
「いや、いいんだ。向こうも謝ってた」
部下の妻に手を出そうとして殴られたとは言えない。
「とにかく、冷やして!」
慌ててタオルを冷やしにキッチンに行く。対面のカウンターごしに清美に、
「今日は誰と会ってた?」
ついに俺は清美に聞いた。
頭の中で奥様と話合われては?という満さんの声が浮かぶ。
「お友達よ」
「嘘だろ?」
「…何で?」
「今日は見た。男と一緒だった。浮気だろ?」
清美の顔色は変わっていた。
俺は続ける。
「お前、小島と浮気してるんだろ?確かに見た。携帯に証拠の写真も撮った」
清美はキッチンから俺のいるリビングまでゆっくりと近づいた。
「違うわ。浮気じゃない」
「浮気だろ。友達だと嘘までついて…ほら、証拠」
俺は携帯を清美に手渡し小島と歩いている写メを見せる。
しかし、清美は静かに携帯をテーブルの上に置き、口を開いた。
「飯塚幸子、佐野美幸、田中よし子…今一番のお気に入りは早苗さんね」
絶句…
知ってたのか…名前まで把握して…しかも幸子とは一回きりだ。
「まだいたわよね。もうご縁がないようだけど」
清美は美しい悪魔のような…でも菩薩のような顔をしていた。
冷静でしかし悲しげな顔。
しかし俺は言った。
「お前も浮気してるだから同じだろ」
と開き直った。
俺達は同等だ。
「私は浮気じゃないわ。」
そう言うと自分の携帯を取りだし電話し始めた。
「おい、なにこんな時に電話なんか…」
しかし、清美は俺を無視して
「もしもし、夫が私達二人歩いているのを見たそうなの…今から来てくれるかしら?」
と小島に電話していた。
どうも、どうやら山崎部長が僕と清美の事を疑ってるようですね…困った困った。
僕と清美が歩いてるとこを見られるとはタイミングよすぎですね。計算外でした。
途中ですいません。
あらためまして、僕は小島達也です。
山崎部長が浮気したり、宮永専務の事とかすっとこ分かってないんで、僕が出てきちゃいました。
あくまで山崎部長が主人公ですよ~。
清美の事や宮永専務の事を話すにはまず僕の生い立ちから説明する必要がありますね…
本当に清美とは浮気ではありません。
しばし、僕の話を聞いて下さい。
僕はある冬の日、深夜に産まれた。孤児の母に身寄りはなく、一人で産んだそうだ。
この時、母は未婚だった。
母は僕を産んだ時、
「私はひとりぼっちじゃない。この子がいる。産まれてきてくれて良かった」
そう思ったと後で聞いた時、僕は未婚で産んでくれた母に心から感謝したもんです。
僕がそれを聞いたのは5才の時でしたが、僕は沢山勉強する。そして、母の為に絶対に楽にしてやると思いました。
母の勤めていた工場の社長息子からプロポーズされたのです。
母はいかなりの申し出にただ驚き、
「からかわないで下さい」
と言ったそうです。
しかし、社長息子は諦めませんでした。しつこくアタックするわけではありませんでしたが、度々、母子家庭で身寄りのない母を気遣い、僕が熱を出した時は病院まで車で送ってくれたりしました。
母は真面目で一生懸命働く社長息子にだんだんとひかれていきました。
ついに母は社長息子に恋をしてしまいました。
僕4才。
母と社長息子は結婚しました。
僕は嬉しかった。
「うまれてはじめてのお父さん」
僕にも母にも優しい真面目で働きもののお父さん。
母も夜の内職を辞め少し体が楽になったようでした。
幸せな時間が流れました。
母は結婚した後は工場の事務員として働きました。働きものの父と母。社員やパートさんにも評判が良く、ご近所からも良い職場と言われていました。
父はたまに仕事が早く終えると僕を肩車してくれたり、父の絵を描いて見せると、
「これ、俺か!上手だな、さすが父さんの息子だ!」
と髪の毛がぐちゃぐちゃになるくらい頭をなでてくれました。
僕は父にも心底感謝しています。本当の息子ではない僕をこんなに可愛がってくれるなんて!
母も父の会社を助けながらだったので大変だったとは思うけど、母子家庭の頃、昼も夜も働いた事を思えばへっちゃらだったようだ。
何よりも、
僕達は幸せだった。
もう1つとても良い事がありました。
僕6才。
妹ができました。
父と母は
『清美』
と名前をつけました。
清らかに美しく。
妹は可愛かった。幸せな家庭がもっと楽しく、もっと明るくなった。
僕は良い父と母のおかげで、6才の頃からいろんな勉強をするようになった。
ジャンル問わず。興味のあるものは何かにつけて調べたり、勉強したり。
恥ずかしくて言わなかったけど、父の小さな工場を継ぎたかった。父の助けになりたかった。
僕は中学生になっていた。相変わらず楽しい家庭。
勉強も楽しかった。成績は常にトップだった。
「家庭教師つけてるの?」
「どこの塾?」
と良く聞かれたがそんなのは僕には必要なかった。
必要な事は全て本にかいてあった。そして、あえて言うなら家庭教師は父だった。
父は頭が良く、いろんな事を教えてくれた。
幸せな家庭は僕が14才の時に終わった。
父が自殺したのだ。
父が自殺する少し前、僕は事務所で誰かに土下座しているのを見た。
母も土下座していた。
僕は家に戻るように言われたので、戻った。
この時は会話までは知りませんでした。
ちなみにここに僕が述べているのは母の日記をたよりにお話しています。
父は元請けから仕事が来なくなったのです。土下座しても受け入れてくれませんでした。
母は清美に似ていて、とてもきれいだったと思います。
元請けの担当から大変気にいられていたようです。
しかし、母には夫である父一筋。相手にしませんでした。
それが勘にさわったのでしょうか。元請けの担当部長は父の工場(この時、父は社長になっていました)への注文を全てきりました。
おまけに他の得意先にも根回しし、そちらからも仕事が来なくなりました。
会社は潰れました。
多額の借金を残して。
僕は後悔しています。なぜもっと父の取りうる行動を予測し、防ぐ事ができなかったのかと…
そして後追い自殺した母をどうして止める事ができなかったのかと…
僕は母の残した日記を読み、ある人物の名を知りました。
宮永部長…
み、や、な、が
こいつが父や母を自殺においやったんだ!!!
『復讐』
この言葉が僕の頭に浮かびました。殺しに行こうと思いました。
が、生かしてやる事にしました。
僕はまだ14才。子供だ。知識も足りない。他の会社の奴に根回しする程の奴。
僕は知識をつけ、全てを調え宮永を地獄に落とす。
命ではない。地位も名誉も何もかも奪ってやる。
そう決意しました。
僕と清美は施設に入りました。借金で自殺した夫婦の子供、しかも僕は連れ子。
そんな僕達を引き取ってくれる人はいませんでした。
会社の経営がうまくいっている時はあんなに良くしてくれたのに…
僕は人間は裏切る事をする生き物だと痛感しました。
清美は父と母を失い、精神的にまいっていました。清美はまだ8才。清美がかわいそうで仕方ありませんでした。
あの日、父と母が土下座していたのは宮永部長…(今は専務だが)だった。
その事を胸に秘め僕はいつか復讐する事で頭がいっぱいだった。
施設でも、僕は相変わらず勉強に明け暮れました。
母の遺書の一文に
『あなた達を残して逝く母の勝手な言い分ですが、もしあなた達、兄妹を受け入れてくれる家族があるのなら、甘えなさい。そして、その家族に必ず恩を返しなさい。』
というのがありました。
僕は15才中学3年生。
清美9才。
僕達を受け入れてくれるという家族がいました。
僕達 兄妹は品行方正、勤勉だったからだと思います。
とてもありがたいお話でした。
会社の社長さんの家で、偶然にも宮永部長の会社の下請けの社長さんでした。
こちらの会社の社長さんは宮永部長の担当ではないのか、母の日記にも記されていない会社でした。
社長も社長の息子夫婦も良い人でした。
社長の息子夫婦に子供はできず、年齢相応の子供を受け入れる事にしたそうです。
ちなみに、この社長一家の名字は藤永といいます。
僕は母の遺言どおり、受け入れてくれるこの家族への養子に
なりませんでした。
僕は15才。法律的にだって自分の親を選べる年齢です。
清美は引き取ってもらいました。僕もそうした方がいいと思っていたからです。
☆にゅさん、誤字の多い中、読んで頂き大変ありがとうございます🙇
応援のレスとても励みになり、心強いです✨
感想スレは立ててないですが、立ててみようと思います。
良ければまたご意見下さい🙇
もうしばらく続きます。
宜しくお願いします🙇
「お兄ちゃんも来て!」
清美は僕に泣きすがり、藤永家へ一緒に養子に行くよう説得しました。
「清美、お兄ちゃんはしなきゃいけない事がたくさんあるから、だから…一緒には行けない。大丈夫。手紙も書くし、時々は会って話をしような」
そう、僕には『復讐』という目的がある。どんな形の復讐になるかわからない。
万が一の事を考えると清美だけを藤永家にお願いし、僕は離れて暮らした方がいい。
僕は施設の人、藤永夫妻にも、養子にぜひとすすめられたが、
「僕は一人で一からやってみたいんです。母がたった一人で一から僕を育ててくれたように…また父がよく僕に言っていたんです。自分の思う道をまっすぐにすすめと…云々カンヌン…」
何とか施設の人と藤永夫妻を説得し、僕は一人の道を歩みはじめました。
まずは住み込みで新聞配達を始め貯金を貯める事にした。
母の残したもの…
母の日記、遺書、現金50万円。50万円は母のヘソクリだと思います。毎晩こつこつと内職にあけ暮れ貯めた貯金だと僕は想像しましたし、母の日記にもそう書いてありました。
母の日記には僕の復讐に有利になる事が沢山書いてありました。
また後にもあかしますけど…
母は僕が復讐するのを望んでわざわざ日記を置いていったのか、それとも僕達 兄妹の幸せを願っていると言いたかったのか…
僕の中では、両方だと思いました。もしくは、僕に前者、妹に後者とも取れますが…。
僕は少なくとも、清美には幸せになって欲しいと願っています。
僕はアルバイトをしながら通信で高卒の資格をとりました。
その間、新聞配達は辞め、ある程度貯金がたまれば工場でアルバイトをしました。
沢山の技術を身に付けたかった。父のあとは継げないけれど、工場の鉄の匂いや、機械の油の匂いは幸せだったあの頃を思い出しました。
その頃、やたらと派手でヤンキーチックな女の子と出会いました。
同じ職場でつなぎをきて、溶接をしていました。
僕がじぃっとその女の子を見ていると…
「ああ?何か用かよ?」
「いやいや、女の子なのに溶接うまいね」
僕は褒めたつもりなのに
「女が溶接やってちゃ悪ぃのかよ!」
と言われてしまいました。
その女の子は満(みちる)
後の僕の嫁さんです。
僕はヤンキーはもっと仕事もだるそうで、適当だと偏見をもってましたが、満は仕事も真面目で一生懸命でした。
口が悪いのがたまにきず。
僕は度々満に話かけました。
「おめーいつも話かけてくっけど、あたいの事好きなのかよ?」
満はしつこくつきまとう僕を困らせようとして言ったんだろうけど、僕は
「うん、好きだよ」
とストレートに伝えました。
まぁそれから僕と満は付き合い始めたわけです。
おっと、僕ののろけ話は本編に関係ありません。
満は僕にするどい事を言った事があります。
「おめー、憎んでる奴いるだろ?へらへらしてっけど、あたいには分かる。」
と言った事があります。
僕は満にだけはこの時すべてを打ち明けました。
満に話すと、満は
「そっか、わかった。あたいはたっちゃんを応援するよ。ただし、殺しは辞めな」
「ありがとう。僕は殺さないよ。」
満とは僕が二十歳の時に結婚しすぐに娘もできた。
明るい家庭を築いたと思う。
満も娘が生まれた事でしおらしい女に変わっていった。
幸せな家庭に身を沈める中、僕の復讐の2文字は常に片隅にあった。
清美が24才になった時、結婚が決まりました。
清美がある会社の御曹子を気に入り、藤永夫妻にお願いし見合いをしたらしい。
藤永夫妻は実に清美によくしてくれた。本当の娘のように…
清美は我が儘もなく、すくすくと清らかな女へと育っていました。
優しくて、育ての両親に気を配り清美も藤永夫妻に感謝していると言った。
普段、おねだりをしたりしない清美のお願いに藤永夫妻は相手先に頭を下げ見合いをセッティングしました。
結果、相手の御曹子も清美を気に入り、結婚…
この御曹子はまさに山崎部長…男前で、仕事ができ、有名大学をでている…。
女なら結婚したがる男性そのもの…でも僕は喜びませんでした。
この結婚が決まった時、僕は清美に聞きました。
「本当に相手の事を気に入ったのか?」
「ええ」
「嘘だな…、清美、母さんの日記を読んだんだね」
僕は内容が内容だから清美には見せる事ができずにいたが、盗み見していたらしい。
「読んだわ」
「清美、お前…」
「お兄ちゃん、復讐するんでしょ」
清美は静かに言った。
「なぜ、そんな事…」
「ずっと、お母さんの日記を読んでから思ってたわ、きっとお兄ちゃんは復讐するだろって」
「清美は普通の家庭を築いて欲しい。今からでも遅くない!断れ!」
僕には珍しく清美に怒鳴りました。
「嫌よ。決めたんだから。」
清美は普段おとなしいが、自分が決めたら絶対に曲げない。
清美はまっすぐに僕を見て言いました。
「私も宮永を憎んでる。首を吊ったお父さんの姿を見た私は幼いながら許せなかった。分かるでしょ、お兄ちゃん」
僕は何も言えませんでした。清美も復讐にこだわっていたなんて…
「宮永のいる会社の御曹子と結婚なんて…」
「お兄ちゃん、情報があれば流してあげるわ。お兄ちゃんが復讐するなら協力する」
「清美…」
「でもね、本当に気にいったというか気になったの。会社主催のお食事会ではじめて見た時、学歴もあって、お金の苦労もない。社長の椅子も用意されているのに寂しそうだったの。何とかしてあげなきゃと思って…」
清美は山崎部長と結婚しました。
山崎部長と清美が結婚するには少し危険でした。
清美は復讐以外の目的で山崎部長と結婚しました。
それが何かはのちに誰かが直接山崎部長に伝えるでしょう。
山崎部長は清美や自分の子供に優しく接していましたが、どちらかというと家庭には冷めていたようでした。
清美は優しくて、美人ですが、大人しくて不器用でした。
多分、山崎部長は清美の内面より容姿をとったのでしょう…
僕は清美から家庭の相談をよく受けました。
よく電話がかかってきました。
山崎部長の冷めた心を溶かしてやろうとしたものの、安易ではなかったようです。
浮気にも気づいたらしく、とりあえず探偵を雇い浮気相手だけでも把握するよう僕は言いました。
清美は浮気を知らないフリをして、とにかく家庭を円満に過ごしたかったようです。
子供に心配かけない為にも…
まったく、山崎部長は何をやってんだか…
僕の妹を大切にしてもらわないと困るよ。
僕と満の夫婦はとことんうまくいってました。子供はあと2人位欲しかったですが、授かりませんでした。
おっと、僕ののろけは置いといて…
僕と満は一生懸命働き貯金をためました。ボロいアパートも思い入れが強く長い事住んでいます。家賃安いし。
僕は幸せな家庭を満喫しているようで、宮永への復讐は忘れませんでした。
いろんな工業技術を身につけ、勉強しました。
いろんな策略を練りました。
時には清美も手伝ってくれました。それが裏目に出て、山崎部長に誤解を招いたようですね…
さて、いろいろと話をしましたが…
僕と清美はこんな感じで育ちました。
生きてきました。
まだまだ言いたい事はあるんですが、あくまで山崎部長が主人公なんですよ。
僕がでしゃばるのはここまでです。
最後にどうでもいいことなんですが…かっ○えびせん。
父が好きでよく僕に買ってくれました。思い出の味なんです。
今じゃ、僕も大好きでよく食べてます。
小島達也の話に付き合って頂きありがとうございました。
何だか長い間、小島に俺の存在を薄くさせられた気がするが、俺が主人公の山崎孝弘だ。
「小島と清美が兄妹!!」
俺は叫んだ。
清美が小島に電話した後、小島は俺の家に戻り、俺にいろいろと話をした。
「本当はまた今度僕の家で話をする予定でしたが…かわいい妹が疑いを持たれては困ると思いまして…おじゃましました。」
そう言って小島は生い立ちやいきさつなど話をした。
俺は強烈な小島の話にショックを受けた。
俺はようやく、
「すまん、俺の勘違いだ…」
と言った。
小島が清美の兄貴とは想像を越えていた。
小島の話だとつじつまが合いすぎてよけい清美と小島を疑った事が情けなかった。
そして、宮永専務への見方が変わった。俺はただうっとおしいじじいだとか、俺を潰して次期社長にのしあがりたいのかとか想像するに過ぎなかったが、小島の話では半端ではない。
「なぜ、もっと早くに話してくれなかった」
俺は小島と清美に問いただした。
『目的が復讐だから…』
二人はほぼ同時に同じ事をこたえた。
「いや、それでも…清美は復讐の為、俺と結婚したのか?」
復讐の為だてしたら俺は利用された身ではないか…
清美は真剣な顔をして言った。
「いくら復讐の為でも、好きな相手じゃないと結婚はしないわ」
「…」
清美は潔白だった。
浮気を疑い、さらに拍車をかけ浮気した俺…
浮気するのは妻に足りないものを補う為だと、理由をつけて浮気を重ねた。
「この際だから言わせて頂きますが、部長。僕は清美の幸せを願っているんです」
「それはわかった」
「いやいや、わかったじゃなくて、清美は真剣に山崎部長をいたわろうとしてたのに浮気だなんてヒドイじゃないですか!?」
「う…すまん…」
「僕に謝ったって仕方ありません!」
俺は小島に責められ情けなくなり、胸が痛い…
「清美、悪かった」
「…」
清美は何も言ってはくれなかった。
そこへすかさず小島が
「そんな言い方じゃ伝わりません!」
小島が入ってきた。
小島は普段へらへらしているが、熱くなるととことん熱いようだ。
俺は土下座し、清美に謝った。これはどんな得意先に土下座して謝った事よりも情けなかった。
「清美、本当に悪かった。俺の自己中から浮気をした。許してくれ…」
清美はようやく口を開いてくれた。
「わかった。顔を上げて。もう浮気しないで、早苗とも縁をきってね。私もながい間黙っててごめんなさい。」
清美は優しく言った。
俺は自分の生き方を間違えていたのだろうか…
なんとなく、そんな気になった。
あたたかい空気が流れるかと思った瞬間、小島が口を開いた。
「山崎部長、僕はどうしても部長が許せません」
「お兄ちゃん、もういいのよ」
「違う!満に手を出そうとしたでしょう!」
「何それ…?どうゆう事?」
清美が怪訝な顔をする。
満さん!誰にも言いませんとか言ってたのに!
「すまん、俺は清美と小島が歩いているのを見て動揺し、血迷った」
「僕の愛妻に血迷うなんて…!」
「本当にすまん!」
「まぁ、満が、『山崎さんには私のミラクルパンチをお見舞いしてやったから許してやって!』ってメールがきたから今回は許しますけど!」
俺は穴があったら入りたかった。
「満姉さんに手を出そうとするなんて…」
清美は呆れていた。
ちなみに小島と清美が歩いていたのは、お世話になった施設の施設長さんが入院し、二人でお見舞いに行くところだったらしい。
たまたま早苗のマンションの近くの病院だったとの事。
俺は勘違いと、小島の話のショックと、満さんがあっさり小島にミラクルパンチ事件の事を話した事で、小さく小さくなっていた。
いつも堂々として、はつらつな俺はちっぽけな男へと化していた。
そこへ、車のエンジン音が聞こえた。誰だこんな深夜に。
時刻は深夜1時。しかし、うちの前にとまったようだ。
「来たみたいだね」
小島は言った。
誰が…?
俺はさらにこの後、衝撃を受ける事となる。
家のチャイムが鳴る。
俺は玄関へと向かう。
「親父…」
「よう!元気か!」
深夜の来客は親父だった。
「どうして…」
「小島君から連絡をもらった。何かややこしい事になってると。」
もう俺はちんぷんかんぷんだ。
なぜ小島が親父に連絡を…?
わからない。
誰か俺を助けてくれ!
そして、親父は語り始めるのだった。
主人公の孝弘には悪いが、わしがついに語る時がきたようだ…。
しばし、話させてもらうよ。
わしは社長の山崎 達弘。
孝弘はわしの息子だ。
さて、どこから話そうか…
わしの年齢は66才。
まぁ、年の話はさておき。
わしは会社の御曹子の2代目だ。1代目が社長の時は戦前の話。何やら車の部品といっても自転車やら、農機具の部品何かをつくっている会社だった。
戦後は自動車メーカーの下請けとして、企業を拡大していった。
わしは次期社長の椅子は用意されとった。
思い上がっていた。
自分は素晴らしい人間だと。
社長の椅子が用意されていたわしは、のらりくらり…
わしが若い頃、どちらにしろ、将来は約束されたものだと確信し、仕事に一生懸命打ち込む事もなかった。
それでも人には偉そうで傲慢だった。
わしの父親は、特に厳しいわけではなかった。自分は良くできるから、自分の息子だから、特別厳しくしなくても良いとでも思っていたのか…
わしの父親、1代目も傲慢だったんだろうな。
わしの父親は仕事を自分の手で築き上げたから、たいした奴だったとは思うが。
わし、実は大学は裏口入学だったしのぉ。
わしは、たいして努力もせず、人に指図する事だけに長けていた。何も自分が動かなくても、人に命令すれば動く。
そんな事だけを学習していた。
さて、わしは今はこんな老いぼれになってきたが、昔はわりとダンディーだったと思う。
女の子をとっかえひっかえ…
今思えば盛りのついた、犬、蛙のようだった。
もちろん、わしの好みはべっぴんさんのみだった。
ある時、わしは下請け工場でべっぴんさんを発見した…
下請けに監査に行った時だった。
事務員を勤める若い社員だった。
ストレートの長い髪を後ろでまとめ、少し顔にかかる遅れ毛が色っぽい…
わしがほおっておくわけがない…。
わしは名刺を渡した。今のように携帯もなく、家に固定電話がないうちもある時代…
名刺の裏にはわしの自宅の番号を記入して渡した。
が女性社員はきょとんとした顔をして、
「どうも」
と言っただけだった。
わしは、そのべっぴんさんに一目惚れした。
他に付き合っている女性すべてを失ってもいい。
そう思える程、熱が入った。
べっぴんさんはガードがかたくというか…男性が苦手な感じがした。
こうなったら、長期戦だ!
わしはべっぴんさんをおとす為あれこれと作戦を考えた。
その下請けに用事があるという奴がいれば、
「俺が行って来るよ」
と仕事をぶんどってまでその工場に行った。
下請けに出向くなんてめんどくせーというオーラをだしていたわしが急に変わったのを見て、他の社員はきょとんとしていた。
べっぴんさんから電話がかかってくる事はなく、こちらから
「連絡先教えてよ」
と言うと、
「弊社の番号にかけて頂ければ、担当のものがお繋ぎ致します」
と返ってきただけだった。
最初は
「俺が男前過ぎて照れてるのかな」
とかあほな勘違いをしたが、どうやらまったく相手にされていないようだった。
しかし、それがまたわしのはーとに火をつけた。
わしは、べっぴんさんにあつーいラブレターを書いて送った。
それはもう、情熱的な文章で一字一句に気を使い…
仕事でも勉強でもこんなに必死になった事はなかった。
しかし、べっぴんさんから返ってきた手紙の内容は丁寧にわしの気持ちを断り、しかし、わしの女性へのだらしなさ、仕事への入れ込みの足りなさまで指摘してあった。
こうなったら、今度はわしの魂に火がついた。
全ての女をたち、仕事に熱意を…
わしはこれでもかと仕事に熱を入れた。今まで、人任せにしていた仕事にも自分が率先してやった。
みるみるとわしは仕事人間になり功績もできた。
女にだらしないという噂もなくなった頃、べっぴんさんにもう一度アタックしてみた。
ついにべっぴんさんはわしが誘ったデートに応じてくれた。
初デートで、べっぴんさんは頑張ってるわしを
「とても頑張っていらっしゃるのですね」
と誉めてくれた。
わしはますますやる気になり、仕事で功績をあげ、一生懸命するようになった。
べっぴんさんにほめてもらう事は、先代の社長にほめられるより、得意先にほめられるよりずっと励みになった。
わしには珍しく、べっぴんさんに手は出さなかった。身体を求めると逃げていってしまいそうだった。
べっぴんさんといい感じになってきた頃、わしに見合いの話がきた。
早い話、政略結婚に近い…
お互いの企業が親戚になる事で会社が有利になる。
というか、お互いが裏切られないというメリットがあるというものだが…
わしはこの見合いに、親父にかなり反対した…
が…無理だった。
会社を運営させる為手段を選ばない父親。
わしはべっぴんさんを連れて失踪しようとした。
べっぴんさんを連れて、遠い街へと出掛けた。
そして、べっぴんさんを初めて抱いた。
抱き終わったあとにわしは見合いの事を打ち明けた。
そして、わしと一緒に逃げてくれと頼んだ。
大の男が吐くには情けないセリフ…。
しかし、わしはべっぴんさんにどうしても一緒に来て欲しかった。
べっぴんさんは、優しくわしを抱きしめてこう言った。
「ありがとう」
それ以外は何も言わず、ただ優しく頭をなでてくれた。
そのままわしは眠った…
「ありがとう」
の一言でわしを受け入れてくれたものだと思っていた。
しかし、わしが起きた時、べっぴんさんはいなかった。
一通の手紙を残して…
『達弘さんへ』
『達弘さんと過ごした、1年間、とても楽しかったです。私を選んでくれて、ありがとう。でも、あなたは次期社長となる人。私は孤児…違い過ぎます。どうか、次期社長という椅子に座り、会社を益々繁栄させて下さい。それは、きっと風の便りで私の耳にも入るはず…どうか、奥さんになる方とお幸せに…さようなら』
『君子』
わしはべっぴんさん、君子を失った。
君子は会社を辞め、行方はわからない状態…
わしは苦しんだ。自分の生い立ちを呪った。
金も、社長の椅子も、名誉もいらない。ただ君子と一緒にいたかった。
しかし、君子はいない…
わしが悩み、苦しみ、もがき倒した結論。
君子の最後の手紙の通り、見合いを受け入れ、会社を繁栄させる事。見合い相手と結婚し、幸せにする事。
君子がどこかでわしの噂を聞いた時、喜んでもらえるように…
視点は変わって俺、山崎孝弘は驚いた…
清美と小島が兄妹というだけでも驚いたのに…
ということは…
「俺と小島は血の繋がりのある兄弟だったのか?」
「そう言う事です、山崎部長」
「なら、清美と俺も兄妹?」
「いやいや、血はつながっていません。僕が清美と山崎部長と半分ずつつながっているんですよ」
「ああ、そうだよな…」
俺は驚きで、正常な判断が鈍っている。思わず汗をふいた。
そうだ。親父とお袋の子供が俺、親父と君子さんの子供が小島、君子さんと自殺された社長の子供が清美。
俺、小島、清美の順で3人4脚した状態で考えると、俺と清美の足は結束されていない。
「でも、3人で兄妹みたいなもんですよ、部長」
小島が口を開いた。
「ああ、そうだな…」
そうか、小島は俺の兄弟だったのか…清美の兄が小島だから、俺は小島の弟か…
どうせなら、兄の方が良かった。
「部長、一応僕の方が兄貴なんですよ!」
「兄さんとは呼べないな…」
「どっちにしたって、あなたは弟でしょ、3月生まれなんだから…」
3人でわいわいやっていると親父が口を挟んだ…
「あー、盛り上がってる所、悪いのだが、違うんだよ…」
親父は気まずそうに、言った。
「何が違うんだよ?わけわかんねーよ。親父」
「あなたは僕の実の父親じゃないんですか?」
「確かにお母さんの日記にも、書いてあったはずなんだけど…」
口々に質問する俺たちに親父は困惑し、
「んー、わしから言う事ではないんだな…」
「まだ何かあるのかよ!?」
俺は小島と清美の過去、親父の過去の恋愛の末にできた、俺の兄…兄とは呼びたくはないが、小島の話に、驚き、感嘆したというのに、まだ何かあるのか…
しかも、小島も清美も知らない…
まだ何か隠してやがるのか…
「小島君…いや、達也。初めてわしを訪ねてきたのは清美さんと孝弘の結婚が決まってすぐだったね」
「ええ、そうです」
「あの時、わしは達也に言ったよな、時が来るまで素性を明かすな、誰にも。と…」
「僕が40才になる頃にお父さんの会社に入れて下さいと頼んだ時にですよね?」
「ああ、そうだ。それにはわけがあってな…ある人の許可がないと言えないんだよ。」
また俺の知らない会話が飛び交う…
小島や清美や親父の話を聞いていると、衝撃的過ぎて、俺がエリートで大学も出て…仕事ができ…なんだか、とても馬鹿らしく思えてきた。
「でな、明日…てかもう今日か…もう3時を回っているな。わしの家に皆で来い。清美さん、子供逹も連れてきていいぞ。飛山が喜んで相手するだろう」
ちなみに飛山とは親父の家の執事的管理人のような人だ。年は58。俺の息子、娘を自分の孫のように可愛がり、よく遊んでくれる…
ちなみに飛山はこのストーリーに全く関係ない。
関係ないのにわざわざ名前を出してすまない。
混乱しないでくれ。
「達也は満さんと娘さんと一緒に来なさい」
「何だよ、今言えばいいだろ!」
俺がせかすと、
「わしはもう眠い。寝る。今日は久しぶりの休みだ。皆に会えるのを楽しみにしてる。夕方位に来い。デナーしよう。では、わしは帰る」
「ちょっと、親父!ディナーって…」
(ちなみに親父はディナーとは言わずデナーと言う。)
「お父さん…!」
「義父さん…!」
俺達が呼び止めたのにもかかわらず親父はすたこらさっさと帰って行った。
「僕も帰ります。清美、車貸して」
小島も清美の車を借りて帰って行った。
続きは明日のディナーって事か…
清美と二人になり、しばらく沈黙が続いたが、清美は急に笑いだした。
「何がおかしいんだよ?」
「だって、あの満さんに手を出そうだなんて、あなた無謀過ぎるわよ」
「…血迷ったんだよ…」
「兄さんでもお嫁さんにするまで手を出さなかったのに」
「満さんて、何者?」
「普通の人よ。ただ熱いだけ。どこかにスイッチがあるのかも」
清美は満さんとは随分と親しいようだ。
「兄さんも満さんも今でもラブラブよ。夫婦の絆はかなり強いわ。」
「そうなんだ…」
夫婦の絆と聞いて俺は気まずくなった。
「清美、悪かった…」
俺はもう一度謝った。
どかっ!
俺は突然、清美に殴られた。
また俺はお星さまを見た。
「あなたが繰り返した浮気の事を思えば何てない痛さよね?」
「…ああ…」
俺は鼻血を流しながらこたえた。
何も言えない。
俺が悪い…
「あなた、そういうしゅんとした自分もたまには人、特に妻には見せた方がいいわよ。」
「ああ、これからはそうする」
俺は、今まで人によく見せようと気取り過ぎていたかもしれない。
ひとつ清美に聞きたい事がある。
「そのパンチはまさか…」
「満姉さんから教えてもらったの」
やっぱり…
そして清美は語りだした。
清美という名前は私の母がつけた。
今からの事は母の日記より、捕捉事項として。
夫もイマイチ全ては把握できてないようだから…
私の母は心底好きになった人がいた。母はできればその人と一緒になりたかったけど、政略結婚させられかけていた。
母のところに高級なスーツを着たおじさんが来て、「息子と別れてくれ」と手切れ金を差し出した。
でも、母は手切れ金は受け取らず、
「次に会うのを最後にする」
と約束した。
母は社長子息の彼と駆け落ちしても、きっと幸せにはなれない…心のどこかで何かがひっかかり、ただ逃げてきて身を隠しながらの生活にはきっと亀裂が入る。そう思ったらしい。
それで最後に会った日に、契りを交わした。
たった一度きり…。
でも…母がその人と別れ、少し遠い町で生活を始めた頃、お腹に赤ちゃんができている事に気づいた。
それが私の兄さん、達也。
母は心底愛した人の子を生むことに何のためらいもなく、苦労しながら育てた。
母は再婚し、私が生まれた。幸せだった。本当に。
でも宮永という存在がいたが為に私逹は壊れた。
父も母も自殺した。
母の首を吊った姿を見た私はしばらく動けなかった。何日も何も食べられなかった。
ただ兄さんは私にとって心強かった。兄さんは私に涙ひとつ見せず、励まし続けた。
私は、兄さんが復讐をしようと思ってる事が分かった。
私も宮永が憎かった。
ただ、私も復讐する!と言うと兄さんが止めるのが分かってたから、言わなかった。
私が養女として引き取ってくれた藤永家は私を本当の娘のように育ててくれた。
だからあえて、養女という事も公開しなかった。
私は父の会社の元請け先のパーティーで、ある人を好きになる。それが孝弘だった。
好青年でとても感じが良かった。
もちろん、孝弘が宮永の勤める会社の御曹司とは知っていたけど…
パーティーでたくさんの取り引き先に挨拶し、好感を見せる。
しかし、会場を離れひとりで煙草を吸っている孝弘を見かけた時、孝弘はただ一点を見つめぼんやりとしていた。
一目見て、私は孝弘はうつ病ではないかと思った。
御曹司として縛り付けられた人生…
私は孝弘が心配で仕方なかった。
孝弘を気にかけているうちに好意へとかわっていった。
藤永家の両親に頼み、孝弘と見合いをセッティングしてもらい、結婚する事ができた。
目的は孝弘と幸せな家庭を築く事。
兄さんの復讐に協力し、見守る事…
でも、不器用でなかなか家事もできないし、孝弘は浮気をしてしまうし…
私はよく兄さんに相談していた。
でも兄さんには 「僕の素性はあかすな」
藤永家の両親からは「私逹は本当の娘だと思ってる。養女だなんて言わなくていい」
って言われてたもんだから、孝弘には内緒で兄さんと連絡をとってたし、孝弘も私が養女だなんて気がつかなかったみたい。
宮永の情報といっても、しょせん私が勤める会社ではなく、孝弘は仕事の話も愚痴も一切話してくれない。
おまけに、私が浮気してると疑われて…
宮永への復讐は私の中では継続している。兄さんは私にどんな復讐をするか、話さない…
きっと殺したりはしないと思うけど…
「だから、浮気の件は本当に悪かった。早苗とも別れてくれと告げた…」
俺は清美の話を聞き終えた後言った。
「もういいの…でも兄さんと仲良くなれそう?」
「ん…ああ…」
俺は曖昧な返事をした。いきなり小島が俺の腹違いの兄と言われてもしっくりこない。
「仲良くなってくれるといいな…」
清美はなんだか子供みたいに言った。
「まぁ、普通だよ。でも小島への嫉妬は薄れた」
「兄さんに嫉妬してたの!?」
俺は清美に初めて心の中の正直な気持ちを述べた。
人への嫉妬などカッコ悪くて誰にも言えなかったが、言えた。
「嬉しい、あなたがそんな事口にするなんて…」
「もっと早くに言えば楽だったかな…」
「これからは何でも話して…」
「ああ…」
「殺してもいいかな?」
急に清美が呟いた。
殺したいのはもちろん、宮永だ。俺は清美の顔をじっと見た。
美しい整った顔。口元に少し髪がかかり、色っぽい。上品さが漂う…しかし、美しい悪魔にも見えた清美の真剣な表情に俺はぞっとした。
あのおとなしい清美がこんな事を言うとは…。
清美が幼い時に見た、母親の首を吊った現場は衝撃的で今も脳裏に焼き付いているのだろう…。
でも、
「それだけは駄目だ…」
「嘘、冗談」
急に清美は笑顔を作り言った。
「当たり前だろ」
俺も笑顔で言った。
「清美、辛かったな…お前…清美も何でも話せばいい。俺に甘えればいい…きっと、藤永家の人はいい人で、でも清美は気を使ってずっと過ごして来たんだな…。俺には気を使うな」
俺は清美を抱きしめる。
今になってようやく、清美が愛しくて守ってやりたくなった。
「ありがとう」
「そろそろ寝るか…もう日が上りかけてっけど少しは寝ないとな」
俺が目が覚めたのはもう昼前だった。俺がリビングに行くと清美は先に起きて昼食の準備をしていた。
「おはよう」
「おはよ、」
挨拶をかわす。
何だかいつもの会話が照れ臭い。
俺は40才を出前にして、甘い恋をしているような気分がした。
今まで社長の息子として恥ずかしくないようにと、努力して努力して、プライドが高く、負けず嫌い…
浮気を繰り返したものの、本来の癒しはこんなに近くにいた。
「私の実家に行って、子供を迎えに行って義父さんの家に向かう。今日の予定ね」
清美に言われ、
「ああ、そうだった。まだ何か隠してやがるからな親父。」
「本当に何かしら?」
清美と小島が兄妹。
俺と小島が兄弟。
でも違う…?
何なんだろう…?
『良かったら藤永夫妻もお招きしなさい』
親父からメールが入った。
親父は簡単な用で俺相手ならメールで伝えれ。
「清美の(義理の)両親も良かったら来て下さいって」
「じゃあ、向こう着いたら誘ってみる。」
うちの両親と清美の両親は仲がいい。お互い企業ぐるみの付き合いから始まっているのもあるが…。
清美の作ったオムライスを食べ終え、身支度をし俺逹は出掛けた。
俺はけじめの為、ある事を決心していた。
藤永家へ着くなり、俺は出迎えた藤永夫妻の前で土下座した。
「申し訳ありません。僕は、清美という妻がありながら浮気をしました。清美を傷つけてしまいました。大事な娘さんを傷つけてしまいました!」
いきなりの俺の行動に、藤永夫妻も清美もびっくりしていた。
清美のお父さんは
「孝弘君、頭をあげなさい。正直に言ってくれてありがとう、清美は心が広い。きっと許してくれる。後は君次第だ」
清美のお母さんは
「知っていましたよ。今噂になってるから…でも、孝弘さんの頑張り次第で悪い噂も消えるでしょう」
そう言ってくれた。
二人とも器が広い。
自分の浮気の噂が予想以上に大きい事も知った。自分が自信ありげにバレやしないとたかをくくっていた罰だ…
宮永夫妻と俺達の子供2人を誘い合わせ、親父の家へと向かった。
親父とお袋が出迎えた。
「まぁよくいらして下さいました」
「いえ、お招きありがとうございます」
両家の親同士は丁寧に挨拶を交わした。
大広間には豪華な食事が並んでいた。お袋は料理が好きで今日も腕をふるったのだろう…
「どうぞ召し上がって下さい」
お袋の合図で食事会は始まった。
わいわいと楽しく盛り上がる。
しかし、俺は内心親父が言っていた「違うんだよ…」が気になって仕方がなかった。
皆いつもどおりに見えた。
俺だけが嫌な胸騒ぎがしているのか…
俺も皆に混じり、会話を楽しむ素振りをしたが、何を聞いて何を話ているのか…よくわからない。
やっと食事が終わり、お袋がお茶を入れ始めた。
飛山が子供逹に
「よし!おっちゃんとショッピングセンターへ行こうか!二人とも勉強に習い事に頑張ってるって聞くから、何かおっちゃんがプレゼントしよっかな!」
と誘いをかけた。
子供逹は嬉しそうに飛山についていった。
いよいよあの話か…
さて、メンバーは…
俺。
清美。(俺の妻)
小島。(俺の部下、俺の兄…でも違う?)
満さん。(小島の妻)
親父。(社長)
お袋。(もちろん親父の妻)
義父さん。(清美の育ての父親)
義母さん。(清美の育ての母親)
お袋がお茶を入れ終えた。
親父は切り出した。
「今日集まってもらったのはある話をする為なんだ。妻から話がある」
え?お袋から…
わたくしはこの物語で初めて登場しますね。やっと出番が来ました。今さら…ですが失礼しますね。
名前は 『山崎 京子』といいます。
わたくしは某車メーカーの下請け会社の娘として育ちました。言えば、夫、山崎と同じ規模の会社です。
わたくしは、お茶にお花、ピアノにバイオリンなどお稽古事漬けで育ちました。
別にストレスなどは溜まりません。それが当たり前と思ってましたので…
わたくしが山崎と結婚する事は、見合いをする5年も前から親同士の話し合いで決まっていたようです…
どうやら、お互いに協力会社として手を結びたかったようで…
と、いうわけで…わたくしは親の会社ではなく、山崎の会社に入社致しました。
山崎の会社の受付をしておりました。
もちろん、社長息子である山崎の事は入社した時から知っています。
両親からは
「将来は社長婦人。品よくしなさい。良い印象を与えなさい」
そう言われました。
親の言う事を忠実に守り、親の敷いたレール通りに走る…わたくしはただの純粋な娘でした。
もちろん、将来のお婿さん。山崎を意識しました。好きとか、恋とかそういう感情が生まれるかと思いきや…
山崎の評判は悪く、将来社長になるのがわかりきってか仕事には不真面目。遅刻はする…まだ社長でもないのに社長出勤…
しゃきしゃきとは歩かず、いつもポケットに手を突っ込んでだらだらとしていた。
極めつけは女性にだらしが無いこと…
自分が気に入った女性は手当たり次第声をかけていました。
わたくしも…研修を終え、受付に立たされた時
「あれ、新入社員?きれいだね。よろしく!」
と電話番号の書いた紙を渡された。
わたくしは腹が立ちました。
入社初日、すれ違った時に山崎に会釈をし、
名前を告げ、自己紹介し今日からお世話になりますと挨拶をしたのに…
屈辱でした。
この人は将来わたくしが妻になるのを知らないのかしら?
少なくともわたくしは山崎を意識していたのに…
将来この人の妻になるのかと思うととてもやりきれない気持ちでした。
親の敷いたレール…忠実でしたが初めて泣きついて、山崎の妻になるのは嫌だと言いました。
が…即却下されました。
もう決まっているから…でした。
「夫をうまく立ててやる気を出させるのも妻の役目」
終了。
わたくしは今やけばけばしいマダムとなりましたが、当時は若かったし、それなりに美人だったと思います。
なのに…受付で電話番号の書いた紙を渡して以来、わたくしには興味を示してもくれませんでした。
気合いを入れてお化粧をしてみましが山崎が受付を通る時
「化粧、濃いねぇ~気合い入れて嫁ぎ先でも探してるの?」
キィィィィ~!
何ですって!?許せない。
わたくしは次の日から化粧をせず出勤しました。
あなたと結婚する位なら生涯独身で結構!
まわりからかなり怒られ化粧はまたするようになりましたが…
入社して3年が過ぎた頃…わたくしは山崎の許嫁という噂が流れはじめました。
噂というか事実なのですが…
と同時に山崎が取り引き先の事務員の女性に熱を入れているという噂も流れました。
噂というか事実なのですが…
わたくしは立場がなかった。
許嫁がいるというのに他の女性に夢中だなんて…
わたくしは特に山崎を愛してたり、結婚に期待を持ったりはしていませんでした。
結婚すると同時にわたくしは墓に入るのだと思っておりました。
が、いくら何でもわたくしだってプライドがあります。
話を聞くと山崎が熱を入れている女性は山崎に興味を示していないとか…
そりゃそうでしょ!
あんないい加減な糸の切れたタコを誰がまともに相手しますか!
相手したら、ただの淫乱女ですわ。あんなのと付き合ったら脳ミソ溶けて耳から出てきて、おかしくなってしまいそうだわ。
上品だったはずのわたくし…身も心も清らかだったはずのわたくしはいつの間にか、こんな下品な事を心の中で思ってしまうようになるなんて…
わたくしが嫁に入った暁には、ご飯に鼻くそ混ぜてやるわ!靴底にガムでも着けてやるわ!
日々、山崎への嫌がらせを想像していました。
しかし、ある日を境に山崎は変わった。
朝、山崎が受付の前を通る時、
「おはようございます」
嫌々ながら挨拶をするわたくし。
いつもの山崎なら
無視。
声がかかるとすれば…
「今日はすっぴん?寝坊か?」
(社長出勤のあなたに言われたくはないわよ!)
「受付さん、いい女いたら紹介してね」
(いい加減、名前ぐらい覚えたらどうなの。誰が紹介しますか!わたくしのこけんにかかわる)
こんな感じなのに…
「戸川さん(わたくしの旧姓)おはようございます。朝早くからご苦労様です」
は?
何が起こったのかしら…?
わたくしは大変、山崎が…不気味でした。
そろそろ地球が滅亡するのかしら…?
山崎が豹変した謎はすぐにとけました。
例のお気に入りの事務員に本格的に腰を入れたようでした。
山崎は一人の女性にみそめてもらうため、魂を入れかえたようでした。
人間が変わってもとことん分かりやすい男でした…
しかし、山崎は仕事に無我夢中になり、人一倍…2倍も3倍も努力し、成功を修めていきました。女性へのふしだらもなくなり、女の影もなくなりました。
ただ一人の女性をのぞいて…
山崎が豹変し、わたくしは見る目がかわりました。
仕事の為、必死で駆けずり回る山崎がとても素敵に見えてきたのです。
例え、わたくしではない誰かの為であっても…
わたくしはついに山崎に恋をしていました。
朝、受付で挨拶すると、
「今日も頑張りましょう」
とか
「戸川さんは品があり対応が良いと評判ですよ」
とか
いつの間にかわたくしを誉めたり、やる気にさせる言葉に変わっていました。
例え、社員にやる気を出させる為の言葉だとしても…
わたくしは朝、山崎が受付を通るのが待ち遠しくて…
わたくしは山崎の慕う女性がとても気になりはじめました。
『滝川君子』
山崎が熱を入れている女性の名前はすぐにわかりました。
何て言ったって有名ですもの…許嫁のわたくしそっちのけで、下請け会社の事務員に熱を入れていると…
わたくしは君子さんに嫉妬していました。
どんな女性なのかしら…?
わたくしはとても気になり、ついに会いに行ってしまいました。
君子さんの会社まで行き、君子さんを直接呼びつけました。
わたくしは初めて会った君子さんを見て、びっくりしました。
何て綺麗な方…
いやいや、人は容姿だけではないわ…。山崎は容姿だけを見て惚れ込んだに違いないわ…
「いつもお世話になっております。滝川でございます」
君子さんは丁寧に挨拶した。
「戸川です。はじめまして」
わたくしは少々高飛車に挨拶してしまったかもしれません。
「この近くになんやらかんからという喫茶店がありましたわね?わたくしそこでお待ちしておりますので…お仕事が終わり次第、来て頂けるかしら?」
「あの…只今1時半ですので…業務が終わるまで4時間程ありますが…」
はっ!しまったわ!わたくし焦ってこんな時間に来て何て事を…ただ少し顔を見て適当に業務内容を見学させて頂けるかしら?で済ませるはずだったのに…
君子さんが綺麗過ぎて、ついあら探しをしてやろうと変な事を言ってしまったものの…
あとにはひけず
「いいえ、4時間でも何時間でもお待ちしてますので…残業などあってもかまいませんので、業務が終わりましたらおいで下さいね」
と言った。
わたくしはプライドが高かった。
君子さんは
「わかりました。業務が終わり次第行かせて頂きます」
と、あっさり答えた。
まぁ!やっぱり!せっかく訪ねてきた人間に4時間も待たせるだなんて…根性悪いのね!
自分で言っておいて、君子さんを悪い人だと決めつけた。
「では、確かにお待ちしておりますので!」
わたくしは喫茶店に入りコーヒーを注文しました。
あと4時間は待たないといけない…
そう思っていると君子さんがやってきました。
「今日の業務は終わりましたので…お話とは何でしょうか?」
君子さんはすぐにやって来た…業務は終わっただ何て嘘ばっかり…
わたくしに気を使ったみたいだけど、かえって気にくわなかったのを覚えているわ
「わたくし、山崎の許嫁と言えばお分かりになるでしょうか?」
単刀直入にわたくしは切り出した。
「ええ、でも私、山崎さんとお付き合いはしていません」
「知ってます」
「ではどんなご用件でしょうか?」
「…」
わたくしは言葉につまった。
そうよ!よく考えたら、わたくし特に用はないのよ!
ただ君子さんがやたら綺麗だったからつい呼びつけてしまって…今日は物色するつもりで…
わたくしが悶々としていると…君子さんが口を開いた。
「山崎さんからは何度か交際の申し込みがありましたが…私、断ってますし、お付き合いするつもりもありません。誤解なさったなら謝ります」
「あなた山崎の事どう思ってるの?」
「いえ、山崎さんとはすむ世界が違います」
「そうじゃなくて、男として好きかどうかという事!」
わたくしは君子さんがもどかしくてついきつく言ってしまう。しかし、
「好きです」
「なっ…!」
君子さんははっきりとこたえた。
「でも、先ほど言ったように住む世界が違います。素敵な婚約者がいるのに、私には出る幕はありません」
わたくしは何て言ったらいいかわからなくなりました。君子さんの瞳は澄んでいて、そして少し悲しげでした。
「戸川さんは山崎さんがお好きなんですね」
君子さんはにっこりと笑った。わたくしは君子さんが羨ましかった。
山崎が必死になり駆け回っているのは君子さんに振り向いてもらう為。素敵な笑顔。美しい顔…わたくしが勝るものは何もない…
わたくしは悲しくなり、
「失礼するわ」
席をたってしまいました。
「ちょっ…戸川さん!」
わたくしは喫茶店を出て走りました。
悔しい!もっと根性の悪い女を想像してたのに!わたくしでは勝てないわ!
わたくしは走ったものの、すぐに息をきらし、歩道にへたりこんでしまいました。
涙が出てきました。
すると、
「戸川さん!」
君子さんが追いかけて来てくれました。
「何よ!あなたは何もわかってない!わたくしより綺麗で、山崎はあなたに夢中で…同情してるんでしょ!あなたはどこのいいお嬢様だか知らないけど、いい人ぶるのはやめて!」
わたくしは君子さんに言い放しました。
「戸川さん、私の家近くなんです。いらして!」
君子さんはわたくしの手を無理に引っ張り、自分の家まで連れて行きました。
何、自分の家の自慢かしら!
と思いきや…
ボロいアパートに着きました。
「ここ…?」
わたくしは唖然としました。
ここに本当に人が住んでるのかしら…?
「さあ、入ってください!」
…
…
…
わたくしと君子さんはお友達になりました。
君子さんは孤児でした。わたくしは大変君子さんに失礼な事を言ってしまい、詫びると、
「忘れました」
とにっこり笑ってくれました。
二人で山崎のだらしなかった頃の悪口をいったり、仕事の愚痴を言ったり…
楽しくおしゃべりしました。
わたくしは初めて心を許せる親友に出会いました。
この人になら、山崎を譲ろうと思いました。
君子さんとは手紙のやり取り、一緒にご飯を食べに行ったり…本当に楽しかったわ…
ずっとお友達でいたい、初めて心許せる友達に出会ったと思った。
でも…
わたくしと山崎の結婚がついに間近に迫りました。
両親がわたくしと山崎の結婚をすすめていたのです。
山崎はもちろん君子さんにぞっこん。わたくしは君子さんに山崎をゆずるつもり…
しかし、両家はわたくし逹の結婚をすすめるばかり…
わたくしがもやもやしているところ、ひとりの男性に告白されました。
その男、宮永 という男でした。
宮永は営業部の社員。若手ではよく仕事もできるエリートでした。シブイ感じが若い女性社員に人気でした。
山崎を君子さんにゆずるつもりなわたくしは、宮永の告白に少しときめきました。
宮永どわたくしが付き合えば、君子さんも心おきなく山崎と…
そうゆう気持ちもありました。
わたくしは宮永とお付き合いする事にしました。
そして、君子さんに 宮永と付き合ってる事を告げ、
どうか、山崎と付き合ってあげて!山崎を幸せにしてあげて!
と言いました。
君子さんは
「ありがとう」
と涙まじりに言い、山崎と付き合いました。
わたくしは二人の幸せを願いました。例え両家の圧力があっても、きっと君子さんなら成就できると信じていました。
わたくしはわたくしで宮永と付き合い、初めて男性と付き合うという事にときめいていました。
宮永は優しく、わたくしを包み込むような感じ…
初めて交わしたキスや抱かれた事、一つ一つに幸せを感じていました。
しかし、幸せは長くは続きませんでした。
わたくしと山崎がなかなか結婚に応じない事から両家はしびれをきらし始めたころ…
山崎は君子さんを連れて失踪したものの、じきに帰ってきたようです。
そして、わたくしに君子さんから一通の手紙が…
『私はあなたが好きでした。お友達になれて良かった。山崎以上に好きでした。ありがとう。私はやはり、あなたは山崎さんと結婚すべきと思うのです…。お二人の幸せをずっと祈っています。』
『追伸…宮永に気をつけて』
わたくしは、どうしていいかわかりませんでした。
山崎はわたくしとの結婚をいきなり受け入れ、君子さんは失踪してしまいました。
きっと君子さんがそのように山崎に釘をさしたのでしょうね…婚約者のわたくしと結婚するように…
でも、わたくしには宮永がいる。わたくしは宮永を愛していましたし、君子さんの最後の手紙も気になります…
宮永に気をつけて…ともかいてあるし…
悶々とわたくしが悩んでいるうち…だんだんと宮永が冷たくなっていきました。
なぜ?
宮永はわたくしを愛してはいないの?
冷たくなり、最後には別れを告げられました。
プライドの高いわたくしは宮永にすがりはしませんでしたが、ひとつ問題が…
わたくし、妊娠していました。
宮永に別れを告げられるは、妊娠するわで困ったわたくし。
宮永はわたくしを愛していたのではなく、山崎を疎ましく思っていた為、山崎から何かを取り上げようとしたのでしょう。
なんてちっぽけな男…
君子さんは宮永が山崎を良く思っていない事を知りわたくしに忠告してくれたのでしょう…
わたくしは山崎に相談しました。面と向かって話をし、プライベートで会うのは初めてでした。
山崎は優しくわたくしに言いました。
「今まであなたをないがしろにしてすまなかった。結婚しましょう」
山崎からのプロポーズでした。
「家の方に言われたからでしょう。君子さんのかわりなんでしょう」
わたくしが涙まじりに話すと
「いいえ、あなたはあなたです。君子さんの事、正直愛しています。しかし、俺はあなたを幸せにする事。君子さんを愛する前にあなたを愛さないといけないのです。結婚してはくれませんか?」
「でも、わたくしお腹に宮永の赤ちゃんが!」
「その赤ちゃんは俺の子だ!何も心配しなくていい。せっかく授かった命だから、自分の体を大切にして元気な子を生んでくれ!」
もちろん、山崎の子ではありません。宮永の子に間違いないのです。
でも、心配するなと背中をさすってくれる山崎にわたくしは心を打たれました。
山崎はすぐに結婚をすすめました。
家族には結納の前にわたくしに手をだしてしまい妊娠させたと報告しました。
跡継ぎが欲しい両家ですが、順番を間違っては恥だと、結婚するまでは妊娠を隠しました。
それは山崎の思惑どおり…
宮永にわたくしの妊娠を悟られては、いけなかったからです。
宮永はやり手でエリートだが、地位や名誉、金を狙う男。その男の子だと宮永が知ると後で何を脅されるか…
わたくしは予定どおり赤ちゃんを生みました。
が、まわりには早産との報告をしました。両家もそのように振る舞い、まだ保育器に入っているとまわりにもらしたり、皆、自作自演に大変でした。
わたくしはひっそりと山崎が少し遠くに借りてくれたアパートで、赤ちゃんと2ヶ月程過ごしました。山崎は毎日アパートに来て、赤ちゃんをあやしたりして、慣れないおしめを代えてくれたりと、良い父親っぷりでした。
わたくしは涙がでてきました。本当の父親ではないのに…こんなにこの子の事を…
そんなわたくしの心中を悟ってか
「こいつは良く泣くなぁ!俺みたいにやんちゃになるかな!ははは、でも元気が一番!もうすぐ皆で暮らせる。いっぱい遊ぼうな」
と、赤ちゃんに話しかけてくれました。
「こうして孝弘は生まれたの」
お袋は静かに言った。
お袋の話を聞き、また俺が視点に戻るぜ。
「じゃあ、俺は本当は宮永の子供…」
ショックだった。ずっと親父の子供だと思ってた。いや、当たり前過ぎて考えもしなかった。
「いや、わしの子供だ」
すかさず親父が言う。
「達也君のお父様だって、本当はこの人の子供なのに、本当に愛して、達也君を育てたのよ。血のつながりだけが、家族ではないわ」
「さて。達也君、あなたも聞いてびっくりでしょう」
お袋の問いかけに
「ええ」
小島は険しい顔で頷く。
なんていっても復讐の相手が俺の実の父親だから…
「復讐をするの?」
さらに問われ
「やはり、気付いてらしたんですね。今はわかりません。複雑過ぎて…」
藤永夫妻も心配そうな顔をしている。
清美も、複雑そうな顔だ。
「わたくしは今はまったく宮永を愛していません、まして孝弘の父親とも思っていません。わたくしがなぜ話したかは、事実のみを知ってもらいたいからだけ」
「俺も宮永が父親とは思えない」
すかさず俺も言う。実際そうだ。
会社の金を横領したり、地位も狙っているだろう…
そんな父親いらない。
小島はうつむいたままだった。
満さんは心配そうに小島を見ていた。
「孝弘、ごめんなさいね。今まで隠してて。でもあなたのお父さんはね、本当にあなたを息子だと思ってるわ。だから、言う必要はないと思ってた」
お袋が口を開いた。
「いや、気にはしてない」
確かに親父と血はつながっていないが、気にはしなかった。驚きはしたが…
宮永の息子というのは気にいらないが…
小島が血の繋がらない父親に愛情を受けて育ててもらったと聞き、感動したが俺は自分の父親もそうだと思うと、感謝でいっぱいだった。
じゃあ、俺は小島と血は繋がらない。
何だか残念な気はした。
ん、なぜ残念なんだ?
俺の中で小島は特別な存在になっていたのか…
「ところで、達也。宮永が会社で悪さをしてるのは薄々気付いていた。確証はあるのか?」
親父は小島に聞いた。
「賄賂をもらっているのは証拠をつかんでます」
あの、初めて小島の家に行った時に見せてもらったものの事か…
「宮永はかなりのやり手だ…会社でも悪さをかくして表面ではかなりの信頼も得ている。得意先の評判もいい。だが、会社で悪さをされては困るな…」
「僕は、父親と母親を自殺に追い込まれて…宮永を地獄に落としたいと思っていました。でも…」
小島は言葉をつまらせる。
小島はどんな復讐を宮永にするつもりなのだろうか…
しかし、俺の本当の父親と聞いてためらっているのだろうか…
宮永がやり手、つまり会社にとって宮永がいなくなると困る事も沢山あるのだ…
宮永の悪さが浮かび上がってしまうと、今まで信頼を得ていた得意先から一気に信頼を失う。つまり、宮永の失脚は会社の信頼も失ってしまう。
小島はそれをふまえ、証拠までつかんでいるのに表沙汰にはしなかったのだろう…
「宮永の事は達也にまかせる」
親父は言った。
藤永夫妻も頷く。
藤永夫妻は小島と清美がどんな目にあったかよくわかっているからか、お義母さんの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「お兄ちゃん…」
「たっちゃん…」
清美も満さんも心配そうだが、あなたが決めていいよという顔をしている。
「君子さんは本当にいいお友達だった。わたくしも宮永を恨んでいます。でも、孝弘を授かった。複雑だわ…」
お袋は宮永に情のかけらもないものの、俺が生まれた事により宮永との行為は帳消しにはできないようだ。
俺も…
「小島、すべての事実は全部皆わかってる。だから俺やみんなに気にせず、自分で考えたらいい。何も心配しなくてもみんな家族だ。血のつながりがなくてもここにいる全員が家族だ。」
そう言ってやるのが精いっぱいだった…
小島は
「わかりました。」
と静かにこたえた。
はたして、小島は宮永に復讐するのか…
するならどんな復讐か?
誰にもわからないが、この雰囲気からして、宮永がどんな目に合おうが、ここにいる全員が黙認する事。
たとえ死んだとしても…
そんな雰囲気だった。
「さて!話は終わりだ!今日は来てもらってありがとう。」
親父が重い空気をどうにかしようと切り出した。
「ここにいるみんなが家族だ。何も心配ない。わしは皆が好きだ」
その言葉に皆はほのかに笑った。
ただ一人小島は、らしくもなく作り笑いをしているように見えた。
食事会は終わり、皆解散の時間となった。
「また、明日から仕事だな。大変だけど頼むぞ」
親父は俺の肩を叩いた。
「親父…」
「何だ?」
「ありがとう、すまん、育ててくれて…」
俺は本当の父親でない父親に礼を言った。何となく照れくさかったが…
「実の息子を育てて何も礼を言われる必要はないぞ。今さらこんな話しても仕方ないと思ったが、母さんと話し合って今日は話した。何もそれは重要ではない。ほんの小さな事だから別に隠す事もなかったんだよ」
ほんの小さな事…
そういう親父が大きく見えた。
皆で挨拶を交わし、家路についた。
「お兄ちゃんと血の繋がった兄弟ではなかったわね、残念」
帰りの車の中で清美は呟いた。
「いや、別に…」
本当に別にどうだって良かった。小島が、育ての父親にどれだけ感謝し、自分が努力をしたか…
今になって本当によくわかった。
社長子息の立場が嫌だとか、自分がエリートだとか傲慢になっていた。
エリートなのは勉強する環境がすべて整えられ、まわりがそれに気を使う…
俺は恵まれていたのだ…
いつの間にか、自分が偉いと信じ込み部下の気持ちや立場を汲み取ってやった事があるだろうか…
あの精神科行きになった奴に「大丈夫か?」の一声もかけななかった…
思いやりに欠けていた。
次の日、俺が出社したら、みないつもと態度が違っていた…
え?
なんで…?
何が起こったのだ…?
何と、早苗とホテルへ入る写真が通路の掲示板に貼られているではないか…
変な噂が流れてると親父は釘をさしたが、誰がこんな事を…
俺は人だかりをかきわけ、写真をはぎとった。
俺は心臓がバクバクしていた。
噂ならごまかせる。
がこのように証拠をさらされると、ごまかす事は不可能だ…
俺は冷や汗をじっとりとかいていた。
後ろを振り向けない…
人だかりは俺が登場したのをきっかけに去って行くのがわかる…
俺は動けない…
浮気なんてばれなきゃいいとたかをくくり、やってきた罰か…
でも一体誰が…
呆然と立ち尽くす俺に話かけた奴がいた。
小島だ…
「おはようございます、部長!」
いつもの小島の声だ…
「…」
「な~に沈んでんすか?あのいかつい部長はどこに?」
「…」
俺は何も言えずにまだつったっていた。
「すいません、僕がもう少し早く来たら先にそんなやらせ写真はがしてたんですがね」
もちろんやらせじゃない。知ってる写真だ…だって、事実だから。
もう、信頼も、面目もない…
穴があれば入りたい…
「部長、自分が被害者と思わないで下さい。傷ついた清美の為にも…今こそ堂々としてたらどうなんです。いつもは必要以上にえらそうなくせに…」
小島はへらへらした口調で胸に突き刺さる言葉を吐いた。
「てめ…」
「ああ、そうだな。どうせ部下から嫌われてるんだ。気にする事もないか」
俺はそう言って気をとり直す。そうだ。いつも俺は堂々としてた。
何も気にする事はない…
「よし、朝礼の時間だ。いくぞ!小島!」
「はい!」
営業部に足を向けた。
「部長、その写真、拝借していいですか?」
「は?」
なぜ俺が自分の失態写真を小島に渡さなければいかんのだ?
しかし、小島は意味のない事はしない。
俺は小島と目を合わさずにさっと渡した。
朝礼が始まり、今週の予定を読み上げる。
小島のお陰で、自分を取り戻す事ができた。
えらそうと人に指摘されたのは初めてだが、みんな多分そう思ってんだな…
いいか…ヒールで…
朝礼が終わり、みな自分の業務に就く。
小島が俺のデスクに来てこっそり言った。
「部長、いい事…いや悪い事かな?教えますんで、一緒に帰りましょう。家まで送って下さいね。晩飯はうちで食べて下さい…んじゃ、ちょっと得意先に用事あるんで出てきます!」
小島は去って行った。
いいこと?悪い事?
なんじゃそら?
しかし、小島の言う事は大概約にたつこと…
聞いてやろうじゃね~か
仕事が終わったのは夜の8時…
俺は車で小島を待っていた。
その時、着信が入る…
早苗だ…
すっかり、忘れていた。いや、もう忘れたい…
って今度また話をしようとか言ったっけ?もう蹴りをつけたいが…やっかいだな…
電話に出ないといくらでもかかってきそうだ…
早苗からの着信はあの喧嘩して別れ話をした時から何件もあったが…無視していた。
もうめんどくせぇ!今から出て、うざい別れると言ってやる。
「あーもしもし!」
俺は勢いよく電話に出る。
「もしもし、この前はごめんなさい。私、わがままだったわ…」
いつもならなかなか電話に出ないと、何で電話の一本もしてこれないの!
と怒鳴るくせにやけにしおらしい…反省したのか…いやいや…
同情は禁物。もう別れるんだから。
「この前も言ったように、お前とはもう別れる。妻にも本当の事を言ったんだ…」
「だから…あたしはまだあなたが好き。一方的過ぎるわ」
そら来た。がんとして動かない。
「もう、早苗には飽きたんだ。そもそも、俺は好きじゃない。ただ癒しだからいただけだ。やはり、妻が一番なんだ」
「奥様、綺麗だものね…」
「知ってるのか…?」
早苗が清美を知ってる?あとをつけた事があるのか?
「ええ、知ってるわ。ねぇ、知りたくない?色々と…」
「何の事だ…」
「知りたかったら今からきて…」
「おい、だからなん…」
電話は切れた
一体、小島といい早苗といい、どちらもどうしたんだろう…
小島の言い分はまだ分かる。小島は無意味な事はしない。何かあるから俺を誘ったんだろう…
早苗は…俺と繋ぎ止める為か…何かあるのか…?
しかし、この後、小島との約束がある。先約だ。
早苗の件はもうしばらくほっておこう…
「部長~!」
小島が俺の車に乗り込んだ。
「お疲れ」
「お疲れ様です。誰かと電話してたんですか?」
「ああ、いや、たいした用事じゃない。行くぞ。」
この時、小島に 早苗とこんなやり取りをした。と正直に話すか、もしくは早苗に会えば良かったと後で後悔する事になるとは…
思わなかったんだよ
あたし、木下早苗。
みんな知ってるだろうけど、「俺」山崎の愛人。
この中じゃ 我が儘で傲慢な女になってるけど、実はそうじゃないの…
一途で純粋な女…
あたしの事知ってもらわなくちゃ、「小島と俺」の話が進まないから…
語らないとね…
あたし、キャリアウーマンって事になってるけど、違うのよね。
生い立ちは…
両親が、私を置いて出て行っちゃって、5才の時からひとりぼっち。とりあえず両親帰って来るの待ってたんだけど…何日待っても帰って来なくて…
ついにお隣のおばちゃんに「お父さん、お母さんが帰ってこない。お腹が空いたので何か食べさせて下さい」
って泣きついて、その後は施設で育った。
両親なんて知らない。家族なんて知らない。
施設ではいじめ、一部の職員からは虐待され、あたしは完全に人間不信になってた。
もう、誰も信じない。
施設では食べ物には困らないからいたけど、15才になって中学を卒業した時に施設を飛び出して働き始めた。
仕事…っていうか援交。
大人はあたしを捨てた。愛はいらない。お金があれば生きていける。
あたしは身体を差し出す事に抵抗はなかった。あたしなんてもともと捨てられたゴミ同然。
抱かれる間、死んだと思えばいい。
警察に捕まったってよし、相手が悪い奴で殺されてもよし。
あたしは自分を捨ててた。
命があるから生きてるだけ。命をとられたら、死ねばいい。
援交をしてても不思議と警察には捕まらなかった。
あたしは、援交をするとき必ず相手に要求する事がある。
避妊。
自分でも病院へ行きピルは処方してもらっていたが…万一と病気を考えていた。
病院の先生の言う事を素直に聞いた。ピルだけをあてにしてはいけない、病気の心配もあるからと…
今思えば、10代。人の言う事を聞く素直さが残っていたのかしら。
命を宿すのが怖かった。
命を宿して、殺す…それは自分がされた事と同じ。
もちろんだけど、この頃あたしに家はなかった。未成年だし。病院で出した住所名前もでたらめ。
保険証もなし。
援交して、お金もらって、安いホテルに泊まる。
そんな毎日。
そんなのが2年続いて、あたし18才。
運命が訪れる。
ある日の援交の相手。
おじさん。
まぁ、普通のサラリーマンのような中堅クラスか少し上の…
おじさんはホテルに入ってもあたしに触れてこない。
「…」
なんで?
「おじさんはね、援交なんて初めてなんだ」
「そうなの?」
だから何?さっさと済ませてお金ちょうだいよ。
「今日はお話しようか」
「はぁ、でも」
「お金は渡すから…」
話だけでお金もらえるのか…だったらラッキー。
「君はどうしてこんな事をしてるのかな?」
「お金欲しいから」
何あたり前の事聞いてんだか…
「違う、君はね、あ、早苗ちゃんだったかな。お金じゃなくて、愛に飢えてるんだよ」
「は、何言ってるの?」
愛って…恥ずかしげもなく…
親の愛情も知らない。
友達の友情も知らない。
施設では同情すらなかった。
異性の愛情なんて、援交やってて何だけど汚らわしいだけ。
「じゃあ、私は君をお金で買った。話してくれるかな?お話してお金渡す。OK?」
お金もらうんだからいっか…
あたしは生い立ちを話した。
おじさんに話していくうち、嫌な事や悔しい事がよみがえり、普通の女子高生や、幸せそうな家族連れ、若いカップルを見る度に腹がたつことまで語ってしまった。
おじさんはただ聞いていた。
そして、
あたしの目から涙が溢れた。
あたしはもう泣かない、涙はでないと思っていたのに。
本当はもう嫌。
誰かに優しくされたい、包みこんで欲しい。あたしの体ではなく心を求めて欲しい。
誰でもいい。大人でも子供でも、男でも女でも…いっそ宇宙人でいい。
あたしを包んで欲しい。
おじさんは泣きじゃくるあたしの頭をなでてくれた。
大きなあたたかい手。
そしておじさんは言った。
「おじさんが、早苗ちゃんを守ってあげよう。まずは住むところだね」
「えっ?」
「おじさんは何千万もするマンションは買えないけど、アパートを借りる位はできるから」
「いいの?」
「いいよ。今までつらい思いをしてきたし、頑張ってきたからこれくらいのご褒美はいるだろ?」
このおじさんとの出会いがきっかけで、あたしは愛に生きる女になる。
おじさんは本当にあたしに賃貸マンションを借りてくれた。
しょっちゅう様子を見に来てくれた。
毎月お小遣いもくれた。それは1ヶ月十分生活できるお金。
あたしは援交しなくてよくなった。
おじさんも、「もうやめなさい」と言ってくれた。
おじさんは、あたしに手を出さなかった。
よく見るとおじさんは結構ダンディーで素敵だった。年は40過ぎた頃。
いつしか、あたしはおじさんを「パパ」と呼んでいた。
それは世間一般でいう、父親意外の役割を示す呼び名と一致。
でも、あたしは頭をなでてくれたり、手を握って優しい言葉をかけてくれるパパに父親のような錯覚もあった。
父親の愛情なんて知らなかったけど…
あたしは初めて人を愛した。
パパ…
あたしから誘ってパパに抱いてもらった。抱かれて初めて幸せだと思った。
パパにはもちろん家庭がある。
でもかまわない。愛人だって、なんだって…あたしが愛してるからそれでいい。
あたしは初めて自分に優しさをくれたパパの為なら何でもしようと思った。
あたしはパパを愛してた。
パパはある日あたしに言った。
「パパはね、嫌いな奴がいるんだ」
「誰?」
「…社長だよ。俺の欲しいものみんな持ってるんだよ」
「パパの欲しいものってなあに?」
「パパは昔好きな女がいてね…でもその、社長と付き合って女の人捨てたんだよ…ひどい振り方して女の人自殺したんだよ」
「え~ひどい」
パパの好きな人と聞いてもあたしは傷つかない。パパが好きならあたしも応援する。あたしは2番目でも3番目でもいい。
ほんの少しでも愛してくれたら…
「それに、仕事もいまいちなのに親が社長だからそいつも社長になったんだ。」
「ふ~ん、パパは社長になりたいの?」
「社長は無理だね。でも、ちょっと痛い目にあわせたいだけだよ」
そう言ってパパはあたしの頭をなでた。
「じゃあ、あたし協力してあげるよ。」
「本当かい?じゃあ時がきたら頼むよ」
パパは抱きしめてくれた。
あたしはパパが喜ぶなら何でもするよ…
さて、ここらへんで…わかったかしら。
あたしのパパは宮永専務。当時は部長。
あたしは宮永専務の愛人として生きていた。
馬鹿なあたしは、宮永のほんの少しの愛に酔いしれ週に1度マンションにやってる宮永を待ちわびた。
今思えば、本当に馬鹿なの…
宮永の言いたい事はよくわかった。
つまり…自分の嫌いな相手を陥れたいとの事だ。
その為に協力して欲しい…
と言いたかったんだろうけど、宮永に酔ったあたしは自分から
「パパの嫌なものはあたしが排除してあげる。できる事があれば何でもするよ!」
なんて言った。
「ありがとう。いいこだね…愛してるよ、早苗…」
愛してる、嘘か誠かわからなくても…その言葉だけでいい。
あたしは宮永の人形でも便利屋でも良かった。
あたしは宮永に言われた通りに、会社の取り引き先の男をくどき落とし、裏の情報を聞き出したり、あるいは書類を盗んでとんずらしたり…
などかなり宮永に貢献した。
宮永の
「よくやってくれたね」
「いいこだ」
極め付けの
「愛してる」
の言葉だけを頼りにし、ただひたすら宮永に尽くした。
宮永と出会い、十数年たった昨今…
宮永からある男を口説いて欲しいと言われた。
まさに宮永の会社の社長子息。
山崎 孝弘…
山崎孝弘は簡単におちた。
酔っぱらいのフリをして、からんで自分ちまで引っ張り込み、ふられてかわいそうな女を演じた。
すぐに孝弘はあたしを抱いた。
作戦成功。
宮永は孝弘とあたしを不倫させ、会社のスキャンダルにしたかったらしい。
あほくさいけど、社長子息の孝弘と社長にとったら 痛手よね?
最初は計算通りにあたしと不倫関係になろうとする孝弘がおかしくて仕方がなかった。
しかし、孝弘は意外に好い人だった。
あたしのウソっぱちに真剣に耳を傾けてくれた。キャリアウーマンを気取りすぎえらそうな事を言うと諭す。
勿論、孝弘はあたしに対して遊びだとは知っていた。
本気にはしてないだろうし、本気になられても困る。
適度にわがままを言いイラつかせ、はまらないようにはした。
宮永に聞いた孝弘は…
傲慢、だらしない、いい加減、すかたん…
の割にはいいやつで…
でもあたしは宮永一筋…
宮永の為に尽くす。
何がなんでも。
そう思っていた。
孝弘をはめる為の不倫…
でもいつの間にか…
あたしがはまっていた。
宮永の事は愛してる。これに間違いはないわ。
でも純粋にあたしと不倫をする孝弘を悪くは思えなかった。
孝弘をはめる事に抵抗を感じつつ、孝弘にも愛情が芽生えていた。
孝弘、仕事の合間に来てくれる。あたしに安心し、会社の情報まで話す。
あたしに癒しを求める孝弘にいつの間にか愛しさが込み上げてきた。
あたしの中で宮永と孝弘の板挟みになった…。
宮永に捨てられるのは嫌。でも孝弘といるのも心地よい。
どちらをとるかというと宮永だ。生活の基盤も…お金も…
あたしはふと気づいた。
今のあたしは身の回りの生活の為に宮永といるのかと…
宮永はあたしを愛してるのではなく、ただ利用しているだけだ。
あたしを人形に育てあげたのだ。
愛ではない…と分かってはいたが、客観的にとらえられるようになった。
あたしは孝弘を愛しはじめている事に気づいた。
孝弘から会社の情報を仕入れても、宮永に全てを話さず、どうでもよさそうな情報を報告した。
勿論、宮永もあたしが孝弘に本気になってるのを気づいただろうが…そもそも孝弘や孝弘の親、社長にギャフンと言わせればいいのだからあたしが本気になって相手の家庭を壊せばよいのだ…
何て考えは甘かった。
宮永は独占欲の強い男。
たとえ、偽りの愛だとしても自分の飼い犬が自分より他の人間になつくのは許せなかったようだ。
あたしが隆弘に好意を持ってる事を宮永は悟った。
宮永はあたしを殴った。
「お前には俺がいりのだから、他の男なんていらないよ」
優しく言い放つ割には…
何度も殴った。
「俺の言う事だけ聞いてたらいいからね…」
今度は蹴り…
痛みに耐えながらあたしは
じゃあなぜあたしを他の男に抱かせるように仕向けたの…?
あたしはあなたを愛してたのに…
本気で…
隆弘は遊びと割りきりつつも…あたしの嘘話にも真剣に応え、うなずき、嘘話の時に出る涙をふいてくれた…
もう戻れない。
宮永はあたしを愛していない。
だって、愛してたらどうして痛い目にあわすの?
殴られるのは初めてではない。
会社の情報をうまく聞き出せないといつも暴力をふるった。
あたしは完全に宮永の人形。
痛みを抑えながらあたしは孝弘に電話を入れた。
最近は会っていない。
何度も孝弘に電話するがでない…
今日は約束してあったのに…
仕事で遅れるから、待っててと言っておいた後から連絡が取れない。
もちろん、仕事ではなく宮永が家にいるから待っててもらったんだけど…
宮永はあたしを殴るだけ殴り、そして優しく抱きしめた後帰って行った。
やっと連絡が取れたのは夜遅くだった。
会いたい…
会いたい…
それだけだった。
やっと孝弘から着信が入り、あたしはワンコールで出る
「ちょっとどういう事!?」
あたしは全てをぶつけるように孝弘に怒鳴る。
でも孝弘は仕事で忙しいとか悪かったとだるそうに返す…
孝弘は遊びと割りきってあたしと関係を持ってるのはわかってる。あたしもそんなフリをしてたけど…
好き…
本当に…愛してる…
しかし、孝弘からでた言葉は別れだった…
あたしは必死で孝弘にすがる。
でも孝弘はもううざいと言った感じだ…
とりあえずまた連絡するからという事で電話を切った。
偽物でもいい。形だけでいい。宮永に愛情がない自分は愛の対象が必要なの。
でも、もう宮永にすがって生きるしかない自分。
あたしは長年宮永に頼り生きてきた。今逃げ出せば、命の危険すら感じる。
会社の情報や宮永の実態を知り尽くしたあたし。
「一人でやってく」
なんて許されるわけがない…
あたしは泣いた。
一晩泣き続けた。
夜が明け、あたしはなぜかぴたりと涙がとまった。
夜明けと共に騒がしくなる外の音が、やけに静かにすーっと頭に響く…
いつも通り朝食をとり部屋を片付ける。
あたしはかつてこんなに部屋をきれいにした事があったかしら?
夕方近くあたしはシャワーを浴び、化粧をし、洋服に着替える。
あたしが向かった先。
孝弘の自宅。
孝弘の奥さんの顔が見たい…
タクシーに乗り孝弘の自宅付近で止まる。
しばらく停まってもらうように運転手さんに言った。
少し戸惑った運転手さんだけど、自前のすがるような目で…何とかOK。
さて、奥さん見れるかな…
なんて思ってると、タイミングよく孝弘と奥さんが家から出てきた。
何て綺麗な人…
年齢もあたしとそんなにかわらないはずなのに…
なぜか嫉妬は感じなかった。
孝弘の奥さん…
純粋にごめんねと心の中でつぶやいた。
奥さんにしたらあたしは憎い相手…
二人して車ででかけるようだ…
「すいません、あの車追って!つけてるとわからないように…」
運転手さんにお願いする。
「はいはい。つけてどうするの?」
「ただ見たいだけ…もうこれで最後だから…」
「は?」
首を傾げる運転手さん。
本当に最後。
できれば孝弘にもう一度会いたいけど…
奥さんの実家に行ったりして、たどり着いたのは…
でっかい豪邸。
どうやら孝弘の実家のよう…
子供も一緒に降りて行くし…
孝弘の家族が家に入って行くのを見届け、あたしもタクシーを降りた。
さて、どうしたものか…
結局、あたしは孝弘の実家の付近で2時間近くうろついた。
誰か出てきた。
何だかよくわからないおじさんと子供二人…
あれ、おじさん鍵閉めずに出てった…
あたしはおじさんと子供達が立ち去るのを待って、家の中に入った。
勿論、不法侵入。
でも、もうどうでも良かった。
!!!!!!!…★★★
あたしは、皆が集まる部屋にたどり着いて、ドアの外で身を潜めていた。
何やら話をしてるようで一部始終聞いてしまったのだ…
孝弘の実の父親は宮永…
その事実を知り、あたしは呆然とする。
父と息子両方と関係を持ったのね、あたし…
まぁ、いいんだけど…
もういいけど…
会話を聞いてたけど宮永が言うような憎いような人達には思えなかった。
話が終わりに近づく頃、あたしはそっと家を出た。
何て無用心な家…
あのおっちゃん、鍵しめなきゃ…
少しぷっと笑えた。
あたしは実の親に捨てられた。
だから血の繋がり何て何とも思っちゃいない。
でも、あたしの思い描くような、あたたかさがあそこにはあった。
悪いのは社長じゃなくて、宮永じゃん…
いや、途中からわかってた。
でも…初めてふれた父のような存在、宮永…
だから騙されたふりした。
ほんの少しの愛があれば十分だったけど、宮永はあたしにほんの少しの愛もなかった。
今思えば…
さてと…そろそろ行くか…
あたしは、とぼとぼと歩き始めた。
あてもなく…
もうこれで十分だ…
あたしは、何で生まれてきたのかな…
辛い事たくさんあったけど…
何だか今はあたたかいようなさみしいような変な感じ。
ネットカフェで一夜を明かし、次の日 孝弘にもう一度電話をした。
「ねぇ、知りたくない?」
何て言って孝弘を誘う…
でも、どうやらもうあたしと会う気はないみたい。
せっかく、宮永の実態を教えてあげようと思ったのに。宮永の悪事もね。
あの小島さん、復讐するのかしら?
材料はあたしが一番持ってるのに…
いきさつはこんな感じです。
不法侵入してしまい申し訳ありません。
本当は本当に愛していました。
孝弘はほんの少しだけ、愛をくれました。遊びでも、ほんの少しは愛、あったと信じています。
この資料は宮永の悪事の証拠。よければどうぞ…
今まで騙してごめんなさい。キャリアウーマンでもなく、宮永の愛人でもなく、ただの…あたしに戻ります。
ありがとう。
さようなら。
早苗
分厚い封筒に全てを詰める。
そして、もう一通の手紙。
孝弘の奥様へ
私、早苗は孝弘さんを誘惑し不倫をさせました。
申し訳ございません。
出すぎた事を申し上げますが…私がどんなに頑張っても孝弘さんは私に本気にはなりませんでした。
それは孝弘さんが奥様を愛しているから…
お詫びのしようもありません。本来なら慰謝料をお支払いしないといけないのですが…
それも出来なくなってしまいました。
もう二度と孝弘さんに近づきません。
本当にごめんなさい。
どうか孝弘さんと末長くお幸せに…
早苗
あたしは最後に孝弘の奥さんへの手紙を入れ、封をした。
郵便局へ行き送ってもらう…
明後日には着くそう…。
明後日か…
「あら~部長さん、先日はどうも!」
満さんは満面の笑みで迎えてくれた。
小島がトイレにいった隙に…
俺はさっそく
「あの、私、誰にもいいませんとか言ってたの言っちゃったんですね」
とつつく…
「すまねぇな、あたい…んふっ、私に手を出そうとしたの腹たって…たっちゃんにちくっちゃった。」
何だか微妙な口調だが満さんらしい。
さて小島の話を聞こうか…
トイレから出てきた小島は俺に
「部長~部長の浮気相手、これ宮永の女っすよ」
「はっ?」
小島はパソコンを開き、宮永と早苗がマンションに入ってる写真を見せる…
どういう事だ…
「はめられましたね、部長」
小島は冷静に言った…
最初から仕組まれたと…
俺のスキャンダルを取る為に…会社の情報を手にする為に…
俺は血の気が引いた…
「さて、どうします?部長…」
どうしたらいい?どうすればいい?わからない…早苗には会社の事も喋ってしまっている…
「どうすればいい?」
俺は弱々しく小島に聞く。
こいつならいい打開策があるかも…しれ…
「僕にもこれはお手上げです」
小島の復讐で…宮永を殺して欲しい…
ふと頭の片隅に浮かんだ…
勿論、小島の復讐は両親のかたきを取る為…
俺の失態とは関係ない…
小島は宮永をどんな風に地獄に落とすのか…
そもそも宮永は俺の実の父親… それを知った小島は復讐すらためらっているかも…
いろんな事が頭をよぎる…
そうだ…思い出した
「小島、ここに来る前に早苗から電話があった。いいことを教えるからと…この前、早苗に別れ話をだしたんだけど、早苗は別れるのが嫌だと…で俺を誘う為にそんな事言ってるのかと気にしなかった。どう思う?」
「早苗は多分、部長の事を本気になってますね…そんな気がします…早苗を見方につければ…打開策があるかもしれませんね」
「そうか…でも…」
清美はどうなる?不倫相手にこびるなど、清美が傷つく…
「清美には僕から話します。そして、決して早苗とは関係を結ばず、金で解決して下さい」
小島は厳しい口調で言った。
俺の考えてる事はお見通しか…
「とりあえず、早苗に連絡を取って会う約束をして下さい。まだ何も言わずに…」
「わかった。今すぐに電話してみる…」
俺は早苗に電話をかける。
が、出ない…
その後何度も携帯を鳴らしたが出なかった…
小島を連れて自宅に戻り、清美に事情を話す。
清美は呆れていたが、
最後には
「とにかく、あなたのスキャンダルを遠ざけて、早苗さんには協力してもらうしかないわね」
と言ってくれた。
早苗には幾度となく連絡を取った。
しかし、電話には出なかった。
というか…
もう会う事もできなくなった。
警察がうちに来た。
早苗が亡くなったと…
河原で遺体になって見つかったと…
調べによると、自分で腹に包丁を刺した自殺によるものとの事。
携帯の履歴から俺のところに来たらしい…
俺は…これ程後悔した事はない…
早苗…
すまなかった。
すまない。
何と言っていいかわからない…
俺は警察で事情聴取を受けた。
すべてを正直に警察に話した。
俺は早苗と不倫関係にあった。それしか言い様がない。
宮永の事も警察に話した。
宮永も事情聴取があるだろう…
事情聴取が終わり、家に帰ると大きな封筒が届いていた。
早苗からだ…
清美は中身を開けず…ただ俺に静かに渡した。
早苗を守れなかったと悔いている自分をあまり悟られないよう、俺は気丈にふるまい清美に接した。
「何だろ、開けてみる」
封筒には長い手紙…それは早苗の一生を綴ったものだった。
そして宮永の悪事の証拠。
清美への手紙…
清美は早苗の生い立ちの手紙を読んで泣いた…
なぜ泣くのか…自分の夫を寝とった女の為に…
やはり清美は優しい女だった…
俺も泣きたかった。
でも泣いてはいけないと思った。
早苗はほんの少しの愛にしがみつき、ただ純粋に愛に欲しがっていただけなのに…
俺は遊びと割りきり、ただの癒しにしか過ぎなかった。
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