フェイス&フェイク
人生って、変わるのよ。
顔さえ変えれば…
もう誰にも私を『ブス』とは言わせない。
見ていなさいよ…
私を馬鹿にしたヤツら…
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雄介は、手紙を受け取ると、小走りで自分の教室へ戻って行った。
翌日…
登校すると、廊下に人だかりができていた。
近付いた私を取り巻くように、その人だかりは私を避けた。
“雄介君へ
私は、一年の頃から雄介君のことが好きでした。
バスケ姿の雄介君は、とても格好良くて、試合には必ず応援に行っていました。
気付いてくれていましたか?
こんな私ですが、お友達からでもいいので、付き合ってください。
園田清美”
私の手紙が
廊下に貼り出されていた…
それをむしり取るように剥がすと、教室へ駆け込んだ。
『ありえな~い、ブス美がラブレターだって~』
『速水君もいい迷惑よねぇ~』
『清美ってば、鏡見たこと無いんじゃない?』
『言えてる~、鏡見たことあったら、告るなんてありえない~』
教室中、私をあざ笑う声と会話で
私は
死んでしまいたいくらいに恥ずかしかった…
卒業式を控えた春。
『おい、園田!職員室に来い。』
担任の杉原先生に呼ばれた。
『園田、落ち着いて聞いてくれ。…お前のご両親が亡くなったと、警察から連絡があった』
会社を経営している父は、背が高くて格好良くて優しくて、自慢のお父さんだった。
私は、背が低く、小太りな上、鼻は低く瞼はぼってりとした一重。
肌はニキビの痕だらけのあばた顔で、お世話にも美人などと言えない母親に似た事を責めた。
『私、どうしてお母さんなんかに似ちゃったのよ!どうしてお父さんに似せて産んでくれなかったのよ!』
母は、いつも笑いながら
『こんなお母さんでも、お父さんは大切にしてくれるわ。人間、顔じゃないわよ』
と、すました笑顔で私に言った。
お父さんとお母さんが…
死んだ…
杉原先生の運転で、病院に駆けつけると、すでに冷たくなった父と母が霊安室に寝かされていた…。
『…園田、大丈夫か?』
先生が声をかけてくれた気がしたが、私の耳には入らない。
涙…
出なかった…。
涙も出ないほどに、私をこの世にこんな醜い姿で生み出した両親を憎んでいた…
警察が、事故の詳細を説明した。
走行中の両親が乗った車に、某大規模の会社の看板が落下して直撃した。
看板の腐食の点検を怠ったその会社の代表が、業務上過失致死罪で起訴される事になるだろう…と。
私は、そんな事に興味は無かった。
父の経営していた会社…
祖父から相続した、土地と家屋…
長野にある父名義の別荘…
それらを、一人娘の私は相続した。
未成年の私は、弁護士を後見人に付けた。
『おい、園田。お前、試験を受けなかったのか?』
『はい』
生活指導室で杉原先生が怒ったような、真剣な表情で聞いてきた。
私は、高校の受験会場には行かなかった。
『高校に行かないで、お前、卒業したらどうするつもりなんだ?』
『生きます』
予想外の私の返答に、杉原先生は言葉を失くした。
五年後…。
私は、二十歳になっていた。
カルティエの腕時計。
エルメスのスーツ。
そして、バッグはバーキン。
一流のブランドを身にまとった私は、それにふさわしく、上品な茶色のロングヘアの毛先を軽く巻き毛にして、濃くもなく薄くもないメイク。
週に一度のエステは欠かさない。
小さな顔にはくっきりとした二重の大きな瞳と長い睫。
形の整った唇。
街を歩けば、男どころか女でさえもが振り返る。
中学を卒業してからの私は、三年の歳月をかけて整形をした。
十八歳になってから、私は両親を殺した看板の持ち主である大企業に就職をした。
あの事故の遺族だという事で、採用試験などは無く、それなりのエリートコースに乗っかる事ができた。
私の噂は広まり、そして風説の流布…
私は十六歳でアメリカの大学を卒業したということになったらしい…。
勝手に噂をしていればいい。
私は、一流のブランド品と、一流の企業への就職と、一流の美しさを手に入れた。
会社への採用が決まった時には、
『あの事故の被害者のご遺族だということは、他の社員には内密に…』
と、言われた。
私は、内緒にする交換条件として、名前を詐称する事を会社と約束した。
園田清美…
あの、不細工で陰険で、誰からも好かれない女は
もう、存在しない。
私は“穂積小百合”と名乗った。
初夏のある日、取引先との打ち合わせを終えた私は、社に戻る前に、オープンカフェで遅いランチをとった。
少し離れたテーブルから視線を感じる。
『ねえ、あの人見て。モデルさんかな?』
こんな事、もう慣れた。
私は気にする事なく、スケジュールがビッシリと書かれた手帳を見ながらランチを続けた。
さあ、もう戻らなきゃ…
立ち上がった私は、男と目が合った。
速水雄介…!
もちろん、雄介は私だとは気付いていない。
他の人達と同じように、羨望の眼差しで私を見ている。
雄介の向かいに座った彼女らしき女が、『ちょっと!私と一緒にいるのに他の女を見ているって、失礼だと思わない?』と、ふくれっ面でパフェを食べていた。
私は、雄介のテーブルに近付くと、口元を少しだけ上げた笑みで、
『失礼ですが、どこかでお会いしたことがありませんでしたか?』
と、聞いた。
雄介は、思いがけない私からの質問に、戸惑いながらこう言った。
『僕も…、そんな気がしていたんです』
『そうですよね。私達、どこでお会いしたのかしら…?』
『ええっと…』
考えるふりをする雄介。
会ったことなんて、あるわけないじゃない。
『僕は、慶応の二回生ですが、あなたもひょっとして同じ大学ですか?』
『いいえ。私は、勤めています』
そう言いながら、“穂積小百合”と書かれた名刺を取り出した。
『すげえ!大手の企業にお勤めなんですね』
『そんなこと…』
雄介の前に座っている女は、まるで自分の事を透明人間だとでも思っているのかと言わんばかりに、更にふてくされていた。
『それでは、私は急ぎますので、思い出したら、ご連絡くださるかしら?』
『はい!わかりました』
跳ね返ってくるような嬉しそうな声で雄介が答えた。
馬鹿な男。
さあ、なんて電話をしてくる気かしら…
一週間ほど経った日に…
『穂積さん、外線が入っています』
と、声を掛けられた。
『お待たせ致しました。穂積です』
『あの…、僕は、この前カフェでお会いした者ですが…』
『…、ああ、どこかでお会いした気がするってお話した方ですね』
雄介は、私が覚えていたことにほっとした様子だった。
『そうです!あの時の者です!』
『それで…、どちらでお会いしたのか、思い出されたのでしょうか?』
『いえ…、いいえ、それが思い出せなくて…。ほら、思い出しそうで思い出せないこと、あるでしょう?』
『ええ、映画のタイトルなんか、そうですね』
『もう一度会ったら、思い出せそうなんですけど…』
穂積さん、会議の時間です。
部下が呼びにきた。
『ごめんなさい。これから会議なの。失礼します』
電話を切った。
私は…
呼ばれてのこのこ行くような、安っぽい女じゃないのよ、雄介君。
それから、二週間ほどして
会社の帰りの私の前に雄介が現れた。
『あの…、すみません。待ち伏せなんかして』
『ああ、あのカフェの人ね』
私は、上品な笑顔で応えた。
『あの…良かったら僕と食事に付き合ってください!』
私は、ホテルの最上階にあるレストランを指定した。
雄介は、慶応大学には在籍しているものの、実家はたしか平凡なサラリーマンの父親と、パートで働く母親。
決して裕福ではないはず…。
横目で、雄介が財布の中身を確認しているのを見た。
そして
見ないふりをした。
食事の後、カウンター席に移った私達は、軽くお酒を飲んだ。
『私、マティーニ』
場慣れしていない雄介は、戸惑っていた。
『えっと…、僕は…』
『ジンライムなんてどう?』
『うん、そうするよ』
『ところで、どこで出会ったか、思い出した?』
『いや…それが…。ごめん』
『どうして謝るの?』
『僕があなたに会ったのは、あのカフェが初めてだったんだ。どうしても、もう一度会いたくて、会ったことがある気がするって、嘘をついたんだ』
『なんだ。そうだったの』
『軽蔑…した?』
『いいえ。でも、あなたには彼女がいるでしょう?彼女に悪いわ』
『ああ。冴子のことか…あなたに比べるとガキですよ』
『彼女をそんな風に言ったら悪いわよ』
『そうですね』
『ところで…あなたのお名前は?まだ聞いていなかったわ』
雄介の強引な誘いで、私達は次にまた会う約束をして別れた。
再会なんてしなければ、あなたは幸せだったのにね、雄介君。
私は、青山にあるブランド店の立ち並ぶ場所で雄介と待ち合わせすると、ジュエリーショップに入った。
『これ、前から欲しかったの。ピカソの娘さんがデザインしたネックレス』
値札には十六万円とある。
『これ、買うの?』
『そうよ、どうして?』
『…、これ、僕にプレゼントさせてよ』
『いいわよ、自分で買うから』
『いや、小百合さんにプレゼントがしたいんだ』
『そう?じゃあ、ありがとう』
次に会った時に、雄介は、鮮やかな水色の小さな紙袋を持ってきた。
『どう?似合うかしら?』
早速着けたネックレスを見て、雄介は
『まるで小百合さんのためにデザインされたようだ…』
とまで言った。
それからは、フェンディの新作のバッグを欲しがったり、食事はいつも高級レストランを指定したり…
私は、とにかく雄介に貢がせた。
バイトをしている様子は無い。
どこで金を調達しているのか、そんなの興味無かった。
『ちょっと、トイレに…』
雄介が席を立った。
席を立つ時には、いつも携帯は、テーブルに置いたまま…。
私は、それを躊躇無く開いて見た。
“お父さんの容態はどうなの? 冴子”
“手術のお金、足りたかしら? 冴子”
“最近、連絡くれないけど、どうしてるの? 冴子”
“またお金?私、バイトを増やしたのよ! 冴子”
“もう、どうにもならないから、夜の仕事を始めたの。だから連絡は昼間にしてね。お父さん、早く元気になるといいね。 冴子”
“いったいどうなってんの?どうしてそんなにお金が必要なの?私に風俗で働けなんて、酷いよ! 冴子”
“わかった…。働くわ。別れたくないの。雄介、好きよ。 冴子”
なるほどね。
あの彼女からお金を引っ張ってたのね。
借金でもしてるのかと思ったら…
やっぱり薄情な男ね。
雄介がトイレから戻ってくる気配を感じて、そっと携帯を戻した。
『ねえ、小百合さん。僕達って、付き合っているんだよね?』
『何を言ってるの、雄介君には彼女がいるじゃないの』
『じゃあ、彼女と別れたら…』
『そんなの彼女に悪いわよ』
『彼女と別れたら、僕と付き合ってくれる?』
『冗談はやめてちょうだい!』
私は、椅子から立ち上がった。
『小百合さん?』
『彼女と別れたら?冗談じゃないわよ。私を口説くのなら、先に彼女と別れてからにしてちょうだい!』
『…………。』
『両天秤にかけて、うまくいく方を取るなんて、失礼だわ!』
私は、雄介を睨み付けると、カフェを後にした。
翌日、雄介から会社に電話があった。
『昨日は、ごめん。本当に失礼だったよね、許してくれるかな…』
『私こそ、ごめんなさい。言い過ぎたわ』
『今夜、会えるかな?』
『わかったわ』
雄介は、いつものように携帯電話をテーブルに置いたまま席を立った。
『ちょっと、失礼』
私は、雄介の携帯を手にした。
『今夜は…、帰りたくないわ…』
バーで雄介の肩に頭をもたれながら、上目使いで熱い視線を送った…
雄介の喉が、ゴクリと動いた。
『ホテル…、部屋を取ろうか?』
『ううん。あなたのアパートに行ってみたいな』
『散らかってるよ』
『いいの。あなたの全部が見たいの…』
タクシーに乗ると、アパートへの道順を雄介は運転手に伝えた。
雄介のアパートは、思ったよりも片付いていた。
健気に彼女が掃除に通ってるって、わけね。
私は、チラッと時計を見ると
『雄介君、先にシャワーを使わせてもらってもいいかしら?』
と、聞いた。
『ああ、ど…どうぞ!』
熱いシャワーを浴びた…
これから起こるだろう何かを想像すると
私の体は火照った…
『お先に…』
バスタオル一枚を巻いただけの私の姿に見とれてから、雄介もシャワーを浴びにバスルームへと入った。
私は、雄介の部屋を見渡した。
彼女と写っている写真立てが伏せてあった。
キッチンに、林檎を見つけた。
ゆっくりと林檎の皮を包丁を使って剥いた。
そうしていると、玄関の鍵の開く音…
続いて、
『雄介、帰ってるんでしょ?』
女の声…
部屋に入ってきた女は、バスタオル一枚の姿で林檎を剥いている私を見て、驚いた顔をした。
『あなた…誰?』
『あなたこそ、誰よ!』
私は言い返した。
『…ああ、カフェで会った人ね』
『そういえば、雄介君と一緒にいた方ね』
『ちょっと!雄介とどんな関係なの?』
『あなたに…関係無いんじゃない?』
『私は、雄介の彼女よ!』
『あらそう?でも、彼は今、シャワーを浴びているわ。どういう事かわかるでしょう?』
『………………。』
『あなた、鏡を見たことある?見たことがあったら、私にそんなこと言えないわよね』
冴子の顔つきが変わった。
憎悪で満ち溢れた顔…
なんて…
懐かしい…
中学二年の私が味わった屈辱…
きっと、あの時に私もそんな目をしていたのね。
“速水雄介…許さない”
そこに、呑気にシャワーを終えた雄介が、腰にタオルを巻いて出てきた。
固まる二人…
私は、喜劇でも鑑賞するようにそれを見ていた。
今日、食事の時に雄介がトイレに立った時に、私は雄介の携帯電話から冴子にメールをした。
“今夜、九時に俺のアパートに来てくれ。仕事を休んででも、必ず来てくれ。 雄介”
『雄介!どういうこと?』
『なんで、こんな時に来るんだよ!』
『こんな時って、マズいことでもあるの?』
『あのな、状況を見れば分かるだろう?帰れよ』
『雄介…、私はあんたのために風俗にまで行ってるんだよ!』
『だから何なんだよ!』
私は、飽きてきた…
『ねえ、私、面倒なことって嫌いなの。帰るわね』
『ちょっと…小百合さん!待ってくれよ。こいつとはキッパリ別れるから!』
『別れるって、どういうこと…?』
冴子の手には、私が林檎を剥いていた包丁が握られていた。
私は、包丁を握った姿の冴子を見て、声を出さずに笑った。
私が笑った顔を見て、冴子は更にカッとした表情になり、私に包丁の刃先を向けた。
『やめろ!』
一瞬で終わった…
雄介の命が…
いつもの生活に戻った。
会社では、仕事は順調。
『穂積さん、今夜食事でも…』
そういう誘いは、断った。
私は、そんなに安っぽい女じゃないのよ。
気軽に声なんて掛けないでちょうだい。
そうは口にせずに
『ごめんなさい。明日までに仕上げなきゃいけない資料があるの』
『今夜は、早く帰って寝なきゃ。明日の会議、朝早いのよ。ごめんなさいね』
その時々で、理由をつけた。
『アメリカ支社から転属になった本村です。この日本本社企画室の課長代理を任命されました。宜しくお願いします』
本村忠志。
独身。
三十代で課長代理とは、エリート中のエリート。
全独身女子社員の目が本村をロックオンした。
女子社員が本村に色目を使うのは、わかりやすい。
だが、私はそんなことは気にせず、事ある毎に本村に意見した。
『課長代理、その企画は甘すぎます。市場調査の数字をご存知ないのですか?』
『なるほど…、この資料では弱いな。助かったよ』
私は、仕事のパートナーとして、本村に近付いた。
残業を終えて、エレベーターで二人きりになった時に、本村は私を食事に誘った。
『喜んでご一緒させていただきますわ』
私は、本村について銀座にあるビストロに入った。
趣味の良いこの店は、本村のお気に入りらしく、ソムリエが
『本村様、いらっしゃいませ』
と、テーブルに挨拶をしに来た。
『やあ、久しぶりだね。今日は、この素敵な女性に合ったワインを選んでもらえるかな?』
『かしこまりました』
私達は、コースの料理とワインに舌鼓を打ちながら、時を共にした。
『それでね…、僕の彼女がね…』
『課長代理って、お付き合いされてる方がいらしたんですか?』
『おいおい、プライベートで“課長代理”は、やめてくれよ』
『本村…さん、てっきりお一人かと…』
『アメリカ支社に転勤になる前からだから、もう五年の付き合いになる彼女がいるよ』
私は、表情を変えずに
『そうですか。帰国された事ですし、ご結婚は近いんでしょうね』
と、聞いた。
本村は、照れて笑った…
私は、その照れ笑いが…
面白くなかった。
『本村さんの奥様になられる方でしたら、きっと素敵な方なんでしょうね』
『ああ、もちろん素敵な女性だよ。見る?』
携帯を軽く持ち上げた…
『はい、ぜひ拝見したいわ』
携帯のディスプレイに映し出された映像は…
お世辞にも「素敵」とは言えない、素朴で色気の無い女だった…。
『彼女はね、決して美人では無い。でもね、とても心の温かい女性なんだよ』
本村は、携帯の中の彼女を見つめて、そう言った。
いつまで、そんな事を言っていられるかしら…
人間って、中身よりも見た目が大切なのよ。
甘い男ね…。
『あ、本村さん。良かったら携帯の番号とアドレスを交換して頂けませんか?』
それから、少しお酒を飲んだ私は、タクシーに乗り込んだ。
『ご馳走さまでした。また明日、会社で…』
『ああ、おやすみ』
マンションに帰ってから、教えてもらった本村の携帯に早速メールを送った。
“今夜は、素敵な時間をありがとうございました。また誘ってください。良かったら、未来の奥様もご一緒に…。おやすみなさい”
すぐに本村からのメールが届いた。
“こちらこそ、楽しかったよ。彼女に気を遣ってくれてありがとう。では、次の食事の時には君に紹介するよ。おやすみ”
あんな…ブスには渡さないから…。
月が変わり、本村からのメールが届いた。
“次の金曜日は空いているかな?彼女と食事に行くんだけど、良かったらご一緒に…”
“ありがとうございます。金曜日ですね。楽しみにしています”
楽しみに…
しているわ…
前に行ったビストロとは違うレストランで待ち合わせた。
何だか、少し違う感じ…
メニューも、値段も…ワインの品揃えも、この前のビストロの方が上だった。
その理由は、すぐに分かった。
現れた本村の少し後ろから付いて来た女性は、携帯の画像以上にイケてなかった。
なるほど…
彼女に合わせて、本村はこの地味なレストランを予約したのね。
『初めまして。課長代理には、いつもお世話になっております。穂積小百合と申します』
私は、華やかな笑顔を作った。
『こちらが、僕の彼女の高木利美さんです』
『初めまして。高木です…』
愛想も素っ気もない、地味な女…
本村は、心の温かい女性だと言っていたが、それだけで愛せるものなのかという疑問が生まれるほどだった。
『彼女の実家はね、華道の家元なんだ』
なるほど…ね。
実家が家元の彼女を嫁にすれば、本村にも箔が付くってことね。
納得した。
『へえ、華道ですか。素敵ですね。私には縁遠い世界だわ』
大袈裟に言うと、本村はまんざらでもない顔を見せた。
それが、この女の武器ってわけ…ね。
『ああ、そうだ。こんな時に仕事の話をしてごめんなさい』
『どうした?』
『それが、先週に仮契約を結んだ中村企画なんですが…』
私は、彼女には分からない話を始めた。
『そりゃ、参ったなあ。で、穂積君はどう思う?』
『私でしたら、この企画はペンディングにして、先に森山の案を通すべきだと思います』
『なるほどな…、そうだな。じゃあ、明日の会議でそう報告しよう』
『あ…、利美さん。こんな席で仕事の話なんてしてごめんなさいね』
『いいえ…、穂積さんってすごいですね。私は頭も良くないし、穂積さんみたいに美人じゃないし…』
出た…
不細工女の卑屈な言葉。
『利美さん、良かったら、お華のこと教えてくださいね。私は仕事ばかりで趣味らしい趣味ってないんです。花嫁修行にお華を始めるのもいいかも…』
『おい、穂積君。花嫁修行って…、誰かいい相手でもいるのか?まあ、穂積君ほどの“美人”なら、彼氏の一人や二人いても不思議は無いが…』
本村の“美人”の言葉に利美が小さく反応した。
利美のコンプレックスを無視して、他の女を褒めれば、そりゃあ傷つくわよね。
ブスだった私には、その気持ちが良く分かる。
『お付き合いしてる人が一人や二人って…、私、そんなに軽くないですよ』
『ああ…、失礼』
私と本村は笑った。
利美の笑顔は
凍りついていた…。
帰宅してから、また本村にメールを送った。
“本村さん、今夜は彼女を紹介してくださってありがとうございました。大人しくて、優しそうな方ですね。私も見習わなくては…、って思いました。おやすみなさい”
“こちらこそ、失礼な事を言ってすまなかった。君には当然、彼氏がいるのだと勝手に思ったので。君のおおらかさや、女性らしさを利美にも学んで欲しいよ。それでは、また来週会社で…、おやすみ”
それからの本村は、週末毎に私を食事誘ってくるようになった。
『ねえ、彼氏がいないって本当の話かい?』
『残業ながら、本当です。ねえ、本村さん、いい方がいらしたら紹介して頂けませんか?』
そう答えた私の瞳を見つめると、本村は
『彼女がいるのに、身勝手なのは分かっている。君を…他の男に渡したくない』
『本村さん…?』
私も本村を見つめ返した。
私はその後、本村の誘いを断るようになった。
しびれを切らしたように、本村から携帯に電話があった。
『穂積君、どうして僕を避けるんだ』
『だって…、本村さんには利美さんが…』
『利美とは、別れる』
『もう五年もお付き合いされてる方なんでしょう?そんなに簡単にお別れなんて言っちゃ駄目ですよ』
『簡単なんかじゃない。僕は、君が好きなんだ。初めて会った時から惹かれていた。その気持ちを打ち消すために君に利美を紹介したんだが、やはり自分の気持ちに嘘はつけない』
『本村さん…』
情事の後、ベッドで別れを切り出した本村を酒で酔わせ、眠らせた利美は
本村を絞殺した。
すぐに利美は、逮捕された。
私と関わりのあった男が続けて殺害され、当然、警察の目は私に向いた。
それでも、雄介の彼女だった冴子も、今回の利美も自分が自分の意思で殺したと供述した。
そして、私に殺害の動機が無いことから、すぐに警察のマークは解けた。
やっぱり…
人間って、見た目なのよね。
亡くなった本村の後を引き継ぎ、私がこの会社で最年少で、しかも初の女性課長代理となった。
その頃…
派遣社員の契約切れの交代があり、新しいスタッフが派遣されてきた。
友永真由美…
忘れもしない、あの女。
“鏡を見たことあったら、告るなんてありえない~”
私は、鏡を見るのが嫌だった。
そこに映し出される私は、とても醜かった。
ねえ、真由美…
あなたは、私がこうして別人として生まれ変わるきっかけとなった女なのよ。
『課長代理、コピー終わりましたぁ。』
『ああ、ご苦労様。次は、この伝票を入力しておいてくれる?詳しい事は、係長の森山に訊いてね』
エルメスの“ナイルの庭”の香りが漂った…
この香水も、真由美がつけると下品な香りになるのね。
『はい、分かりましたぁ~』
相変わらず、馬鹿っぽい喋り方。
喫茶室にコーヒーを飲みに行った時に、真由美の大声が外まで聞こえてきた。
『ええ~、穂積課長代理って、殺された前の課長代理とデキてたんですかぁ~?』
どうやら、私の噂話の真っ最中らしい…
『へぇ~、普通ならクビか左遷ですよねぇ。それが昇進なんだ。しかも、学歴なんか誰も知らないなんて、穂積課長代理って、謎多き女ですよねぇ』
『はっきりとは分からないけど、アメリカで十六歳の時に大学を卒業したらしいわよ。それから、この会社の取締役の愛人の子…、なんて噂もあるのよ』
『なるほど。それならクビにならないのも納得ですよねぇ』
勝手な想像ね。
その逞しい想像力を企画に役立てることは出来ないものかしら…
私は、喫茶室には入らず、デスクに戻った。
『課長代理~、みんなでカラオケに行くんですけど、ご一緒にどうですかぁ~?』
『ありがとう。でも、帰って新企画をまとめなきゃいけないの』
『ええ~、帰ってからも仕事してるんですかぁ?…なんか、寂しい女って感じですよねぇ~』
『うふふっ、そうかも、ね。それじゃあ、また明日。お疲れ様』
『お疲れ様でしたぁ~』
寂しい女…?
私が?
その言葉を無礼だと思わない真由美が憎たらしく思えた。
『友永さん、この書類は何?桁が一つ間違っているわよ!』
『ああ~、ホントだぁ』
『最近、こういった単純ミスが多いわね。こんな事が続いたら、派遣を打ち切ってもらうことになるわよ!』
『はぁい…、すみませ~ん』
真由美は、振り向きざまに小声で
『なによぉ。更年期じゃないのぉ…』
と、呟いた。
『友永さん、今なんて言ったの?』
『なぁんにも言ってませ~ん』
真由美は、事ある毎に私をイライラさせた。
『部長、派遣の友永さんの事ですが…』
『何かね?』
『ミスは多い、勤務時間中は喫茶室に入り浸り…、使えません!』
『君が言うくらいだったら、よっぽどなんだろうね。私から派遣会社に交代を申請しておくよ』
これで私の精神面は保たれた。
真由美が辞める日、大きな声でこう言った。
『あたし、わかんないんだけど課長代理に嫌われちゃったみたぁい。まぁ、私も課長代理が嫌いだったんだけどね。“私は出来ます!”みたいな顔しちゃってさぁ。声は中学時代のいじめられっ子にそっくりだし。でも、気持ち悪いくらい美人だしぃ~』
好きな事を言いなさい。
もうあなたに会うことは無いのだから…
私は、そう思っていた。
それから数日後…
『課長代理、お手紙を置いておきます』
『ありがとう』
いつものように届く手紙の束。
どこかの企業の創立記念パーティーの招待状、結婚披露宴の招待状、新企画の持ち込みなど…。
一通の封筒に目が止まった。
差出人が書かれていない。
表には“企画部 課長代理 穂積小百合様”とだけワープロで印字されている。
封筒をペーパーナイフで開くと、中には…
『何?これ!』
思わず声を出した私に、近くにいた部下が
『どうかされましたか?』
と、声を掛けた。
『いいえ、何でもないの』
『ですが、顔色が…』
『大丈夫だから!…気にしないで…』
『…わかりました』
封筒の中には、醜かった頃の私の写真が入っていた。
それと一緒に“明日 十六時 渋谷 喫茶キーマ”と同じくワープロで印字されたメモが入っていた。
誰が、こんな事を…。
とにかく、私をゆすってお金にしようと思っているのね。
行かないわ。
行ったら認めることになる…
それにしても…
誰が…?
翌日、私は喫茶キーマには行かず、社内で仕事をした。
あのメモの事は考えないようにした。
そして、また次の日。
『おはよう』
フロアに入ると、スタッフが一斉に私を見て、そして今度は一斉に目を逸らした。
何かしら…?
デスクに着くと、パソコンの電源を入れた。
そこに映し出された映像は…
あの写真と同じものだった。
【企画部 課長代理 穂積小百合 本名 園田清美 真実の姿】
とも書いてあった…
『どういうこと!森山!セキュリティーはどうなっているの!ハッキングされてこんな根も葉もない中傷を書き込まれるなんて!IT部にすぐ連絡して措置させなさい!』
『は…はい!わかりました!』
昨日、喫茶キーマへ行かなかった報復ってわけね…
数日が、何事も無く過ぎた。
そして、また、一目で分かるあの封筒が届いた…。
この前と同じ写真。
今度は“五百万円”と、一言書かれたメモが同封されていた。
五百万…
それぐらい、簡単に支払える。
でも、払ってしまったら認めることになる。
そして、一生ゆすられるだろう…
私は…
屈しない。
メモを丸めて捨てようとした時に…
かすかに…
“ナイルの庭”の香りがした。
真由美…ね。
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仕事が終わり帰宅した夏至が近いせいもあるがまだ真っ昼間のように明るい季…(小説家さん0)
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仮名 轟新吾へ(これは小説です)
無銭飲食?😂 頭の悪い男が言いそうな文句ですね、、 何度も来て…(匿名さん72)
221レス 3255HIT 恋愛博士さん (50代 ♀) -
神社仏閣珍道中・改
【毘沙門天】さま 本日は『寅の日』。 金運に縁がある日と言われ…(旅人さん0)
371レス 12640HIT 旅人さん
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🌊鯨の唄🌊②
4レス 152HIT 小説好きさん -
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人間合格👤🙆,,,?
11レス 174HIT 永遠の3歳 -
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酉肉威張ってマスク禁止令
1レス 214HIT 小説家さん -
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また貴方と逢えるのなら
16レス 490HIT 読者さん -
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今を生きる意味
78レス 540HIT 旅人さん
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また貴方と逢えるのなら
『貴方はなぜ私の中に入ったの?』 『君が寂しそうだったから。』 『…(読者さん0)
16レス 490HIT 読者さん -
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🌊鯨の唄🌊②
母鯨とともに… 北から南に旅をつづけながら… …(小説好きさん0)
4レス 152HIT 小説好きさん -
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人間合格👤🙆,,,?
皆キョトンとしていたが、自我を取り戻すと、わあっと歓声が上がった。 …(永遠の3歳)
11レス 174HIT 永遠の3歳 -
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酉肉威張ってマスク禁止令
了解致しました!(小説好きさん1)
1レス 214HIT 小説家さん -
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おっさんエッセイ劇場です✨🙋🎶❤。
ロシア敗戦濃厚劇場です✨🙋。 ロシアは軍服、防弾チョッキは支給す…(檄❗王道劇場です)
57レス 1434HIT 檄❗王道劇場です
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子供いるから無職になって生活保護
うちの子は学童とか養護施設なんて行きたくなくてそんなところに行くより一人だけでも家で過ごしたり外出し…
24レス 905HIT 教えたがりさん -
🔥理沙の夫婦生活奮闘記😤パート2️⃣😸ニャ~ン
🎊パンパカパーン🎉 🎉パパパーパンパカパーン🎉(*≧∀≦*)ヤホーイ😸ニャー …
494レス 5221HIT 理沙 (50代 女性 ) 名必 年性必 -
本当にしょうもないと分かっているんですけど
私は、身長158cm、体重45.7kgです。身長154cm、体重42.9kgの友達がいます。その子に…
22レス 498HIT 学生さん (10代 女性 ) -
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8レス 206HIT 聞いてほしい!さん (30代 女性 ) - もっと見る