白い花瓶
いつもの様に遊びに行った実家の玄関先で、白い花瓶を見つけた。
「あ、あの花瓶。こんなところにあったんだ…」
何年振りに目にしたんだろう。
最近、実家の母が兄の建てた家に同居する話が出ているらしく、実家にある使わない物やいらない物を片付け始めていた。
実家に行く度に少しずつ、部屋がスッキリしていくのは分かっていたけど…。
そのおかげで、すっかり忘れていた懐かしいあの頃の記憶が蘇ってきた。
隆からもらった花瓶。
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ただ、毎日のように…
1度でいいから、隆と2人で学校から帰ってみたいなぁ。とは思っていた。
手を繋いで、とまでは言わないけど。
他の子たちが彼氏・彼女と一緒に下校してるのを見る度、羨ましくて…私も1度でいいから、隆と並んで歩きたいな~。そう願わずにはいられなかった。
何度か誘ってみようと思ったが、思っただけで…行動に移すところまでいかなかった。
冷やかされたり、噂になったり…そのことを考えると、私には耐えられそうになかったからだ。
さすがに、そんな願望は自分の中にだけしまっておいた。
彩子にでも話そうものなら…あっという間に『隆との下校デート』がセッティングされただろう。
今思えば…それもアリだったかもしれないが(笑)
当時の私には想像だけで、お腹いっぱいな状態だったから。
隆たちが帰ってる後ろを、少し離れて帰る。それで満足していた。
優太や良介、真美や美樹。たまに合流してみんなで帰ったりするのも楽しかったから。
たわいもない事が幸せで、1日1日を楽しもう…
私は残り少ない時間を大切に過ごしていた。
周りから見れば、何の変哲もないただの友達同士だったのかも知れない…
それでも、私にとっては隆は特別な存在で。毎日が隆を中心に動いているようだった。
まず、登校して教室に入るのに深呼吸…
隆が来ているか確認して深呼吸。
それから、みんなの雰囲気がいつもと同じことにホッとした。
優太たちとじゃれている隆の横で
「おはよう。学校で会うの、今日で最後だね。」
わざわざ言わなくても良いものを…自分に言い聞かせるかのように口にした。
「本当に。早かったな~。」
笑いながら隆が答えた。
隆はもう、みんなと別れる準備ができていたのだろう。
まだ中学生の自分たちに何が出来る訳でもなく、ただ流れに身を任せるしかないから…次の場所でもまた楽しくやれるように。少しずつ、心の準備をしていたのだろう。
寂しくない筈はナイだろうけど。
隆はいつも通り、私が好きになった優しい笑顔で笑っていた。
私は、その日。
最後の日。
隆の姿を目で追い続けた。
今日、この日の隆を忘れない為に…
終業式と言っても、先生の話なんて何も耳に入ってこなかった。
その日は、隆の制服姿を目に焼き付ける為に行ったようなものだったから…
終業式の後。
クラスでお別れ会をすることになっていた。
お別れ会といっても…担任の先生も居て、学校のランチルームでする。簡単なものだった。
いつもの様に、彩子が計画してくれたものだったら…少しは隆と2人になれる時間もあったかもしれない。
だけど、クラスのレクリェーション係が企画したお別れ会だったから、その流れにのるしかなかった。
転校していくクラスメイトを送る会。
前日、私は隆に手紙を書いた。
『隆へ
話したいことや言いたいこと、沢山あるんだけど。きっと、隆を目の前にしたら何も言えなくなると思ったから…手紙にしました。
中学に入って、隆に出会って1年。あっという間に過ぎていったね。
みんなで遊んだり、楽しかったことばっかりで。本当に時間が経つの、早かった気がする。
隆が居たから、余計そう感じるんだと思うけど。
隆に会う為に学校に来てたようなもんだから。
次に学校に来る時には、隆は居ないんだよね。
想像しただけで寂しいよ。
私が告白してから、前みたいに馬鹿なこと言い合ったりするのが減ったような気がして…告白なんかするんじゃなかったって後悔したこともあったけど。
やっぱり、私の気持ち知って貰えて良かったよ。
何もできないまま、サヨナラするより…ずっと良かった。
隆が転校するって、初めて会った時から知ってたら、好きにならずに済んでたかなぁ?
隆のこと好きだって自覚してから、この日が来るの分かってたけど。
自分の気持ち、止められなかったよ。
隆にとっては迷惑なことばっかりだったかもしれないけど。
私は隆に会えて良かった。
私の知らない場所に行ってしまうのも、もしかしたら二度と会えないかもしれないのも。
とても寂しいし、悲しいけど…
隆なら、新しい学校でも優太や良介みたいなイイ友達できると思うし、すぐに慣れると思うよ
好きな人だって、できると思う
それが私以外の女の子だっていうのは間違いないけど…
それでいいと思う。
私は隆が毎日が楽しくて幸せに過ごせるなら、それでいいから。
それだけを祈ってます。
最後になったけど。
結局、何が伝えたかったのか自分でも分からなくなっていたけど。
とにかく一生懸命、隆を好きだったことを伝えたくて。
夜遅くまでかかって手紙を書いた。
お別れ会が終わって、みんなが帰り出した時。
彩子に頼んで、隆を体育館横の非常階段に呼んでもらった。
1人で待っていると、少し照れたように隆が来た。
「こんな呼び出し、ベタベタだよね」
強がってそんなことを言ってみたが、隆が目の前に立った途端…涙が溢れ出した。
隆が慌てているのは分かったが、どうしようもなかった。
「ごめん。絶対に泣きたくなかったんだけど。これ渡したくて。」
声にならないような声で、それだけ言うのが精一杯だった。
押し付けるように隆に手紙を渡した。
「ありがと。」
と、隆は手紙を受け取ってくれた。
それから、何か言いたげに私の顔を見ていたが…
私は最後に泣き顔を見られるのも嫌だったし、隆を困らせるのも嫌だったから。
「優太たち待ってるんじゃない?」
そう言って、隆の背中を押した。
表情で、私のことを心配してくれているのは充分すぎるぐらい分かったから…
私も必死に笑顔を作って、
「大丈夫だから」
と、隆に手を振った。
ちょっとためらって、隆はその場を離れて行った。
私は涙でよく見えない隆の後ろ姿を見送った。
少し経って、真美が様子を見に来てくれ、2人で教室まで戻った。
もうみんな下校していて、教室にはいつものメンバーだけが残っていた。
「隆、さっき優太たちと帰ってったよ。」
浩子が教えてくれた。
私は廊下に出て、窓からグラウンドを見てみた。
隆の優太と良介と帰って行く姿があった。
いつもみたいに男3人でじゃれあいながら、校門に向かって歩いていた。
私はその光景を、泣きながら見送った…
少しずつ遠く小さくなっていく隆の後ろ姿。
小さく
「バイバイ。」
と、つぶやいた。
そのまま、春休みに入り、胸に穴が開いたような…何か物足りないような毎日を送っていた。
3月30日。
隆の引っ越しの日だ。
優太に聞いていて、見送りにも誘ってもらっていたが、私は見送りには行かなかった。
隆の家族にも会うことになるだろうし、また泣いてしまうことは分かりきっていたので。
もう、そんな顔は見せられないっていう気持ちの方が大きかった。
ただ、その日。
隆の家に電話を掛けた。
午前中に1度。
何回かコールして、隆のお母さんらしき人が出た。
「あ、すいません。間違えました。」
そう言って、私は電話を切った…。
隆と話す為の電話じゃなかった。
隆がまだ、この町に居る…それを確かめる為に電話をしたのだ。
隆がこの町からいなくなった…
それを教えてくれる音声が流れたのだ。
きっともう隆には会えない。
受話器の奥から聞こえる、コンピューターの音声が妙にリアルで…
反対に、隆が引っ越してしまったという現実を冷静に受け止めることができたような気がする。
それから…
本当に、隆に会うことはなかった。
中学3年生の夏休み『隆が遊びに来ていた』というのを、休みが明けてから聞いた。
優太が連絡してくれたみたいだったが、そんな時に限って留守にしていたようで…
夏休み明けに、その話を聞くまで隆が帰ってきていたことは知らないままだった。
私は高校生になり、初めのうちは隆のことを引きずっていたけど。
二年生に上がる頃には、すっかり思い出になっていた。
あんなに好きだったのに…
時間と共に隆への気持ちや記憶は薄れていって。
あの頃のように…隆とは違う、別の人を見つめていた。
高校生になっても相変わらずで。
好きな人ができても、友達って距離を保ったまま仲良くしてる方が私には合っていた。
あれでも、隆が初めての『彼氏』になるのかな??
まだ、その気持ちは大切にしたかったから…
その頃好きだった人とは、手を繋いで下校するとか、休みの日に2人で遊ぶとか?
そういうリアルな「彼氏・彼女」って関係にはなりたくなかった。
今、思えば…本気じゃなかったのだろう。
隆への気持ちが鮮明に記憶に残っていたから。
なかなか、その思いをかき消せる程の出逢いがなかった。
それでも、やっぱり…高校を卒業して社会に出ると、学生の頃とは違う出逢いがあったりして。
『それなり』の恋愛をするようになっていった。
そんな時間と共に、隆のことは思い出として流せるくらいになっていた。
慌てた様子の声で浩子が言った。
「郁のとこにも連絡あった?隆…死んだんだって。」
「は?」
一瞬、浩子が何て言ったのか分からなかった。
ふざけた冗談を…
そう思ったけど。冗談じゃなかった。
冗談なら良かった…
隆は引っ越した先の街で大学に通っていた。
その大学でサークルに入っていて、そのサークルの合宿に行く為にバスに乗っている時…そのバスが事故に遭ったらしい。
浩子もそれ以上の詳しい事は分からないようだった。
隆と同じ小学校に通っていた子にだけ、その事が連絡網で回ってきたのだという。
それを浩子が聞き、すぐに私に連絡してきたのだった。
すぐには信じられなかったが、小学校の同級生の中に隆のお葬式に参列した子がいて…
隆が交通事故に巻き込まれて亡くなっていたのは、紛れもない事実だった。
隆が本当に、二度とは会えない人となってしまった。
葬儀にも参加していないし、線香をあげに行ったた訳でもない。そんな私は、なかなか隆の死がリアルに受け止められなかった。
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