音楽好き

レス68 HIT数 1592 あ+ あ-


2023/10/16 18:56(更新日時)

好きな音楽を語る

タグ

No.3739904 (スレ作成日時)

投稿順
新着順
主のみ
付箋

No.51

ボズ・スキャッグス


最初に聴いたのは、1979年18歳の時
76年のアルバム シルク・ディグリーズ
18歳の頃は、何でも聴くようになっていた。
バードロックもプログレもニューミュージック、フュージョン……
TOTOなんかもこの頃から聴くようになった。
リー・リトナーとかフュージョンを聴くようになって、ちょっと大人じゃんと思うようになり、ボズのアダルト・コンテンポラリーに俺はこういうの聴いてんだぜ感出してた
ウィアー・オール・アローンも素晴らしいが、ハーバーライツの霧にむせぶ夜感がたまらなかった。

No.52

キープ・ミー・ハンギン・オン


シュープリームスの曲だが、1967年にヴァニラ・ファッジが大胆なアレンジ、ドラマチックでプログレ的な曲にした。
僕が好きなこの曲は、77年のロッド・スチュワートのアルバム 明日へのキックオフ収録の曲だ。
重厚で荘厳なパイプオルガンから始まり、泣きのギター、ドラムが絡み、疾走する。そして静になり、ロッドのボーカル……ドラマチックに盛り上がりドラマチックに終わっていく。再び曲のメロディをピアノで奏で次の曲 イフ・ラヴィング・ユー・イズ・ロングに繋がっていく。この曲がまた泣ける秀逸なバラードだ。

No.53

ヴァン・ヘイレン


ヴァン・ヘイレンのデビューも衝撃的だった。
ハードロックが低迷してた70年代後半に、やってくれました!
キンクスのカバーであるユー・リアリー・ガット・ミーは、ヴァン・ヘイレン流のアレンジで生まれ変わっていた。
アナログA面の悪魔のハイウェイ、暗闇の爆撃、ユー・リアリー……そして
叶わぬ賭けが素晴らしい

No.54

ロング・バケーション


大瀧詠一1981年
81~82年は自分にとって一番好きな年だ。
洋楽も邦楽も好きな曲満載だ。
特に大瀧詠一のロング・バケーション
これ程聴いたアルバムはない。
40年以上経った今でもほとんど歌詞を覚えている。
僕はB面の雨のウェンズデー、スピーチバルーンが好きだった。
この2曲の歌詞はドラマを見ているようだ。情景が素晴らしい。
そして 恋するカレン
せつなくて儚いラブストーリー


No.55

テイク・イット・イージー

高3の夏休みに新島でバイトをしてサーフィンを覚え夢中になった。
1978年の事だ。
働いていた民宿のビアガーデンのオーナーがプロサーファーで僕の師匠だった。
その師匠がよく聴いていたのが
イーグルスのテイク・イット・イージーだった。
ホテル・カリフォルニアには夢中で聴いていたし全曲好きだった。
グレイテストヒッツも好きでよく聴いていたからテイク・イット・イージーもよく知っていたが、どちらかというと呪われた夜みたいなヘヴィーな曲が好きだった。
ボーカルもグレン・フライよりドン・ヘンリーの方が好きだった。
ハスキーな声のボーカルが好きだったから、ロッドとか柳ジョージみたいな声が好きだった。
でも師匠曰くグレン・フライの声がイーグルスなんだよ!カリフォルニア、アメリカなんだよ!
とよく言われた

No.56

カリフォルニア・シャワー

ナベサダこと渡辺貞夫がテレビのCMに出るようになって一躍メジャーになった
その曲がカリフォルニア・シャワーだった。1977年頃だったと思う。
高3だった僕は、この頃から音楽の幅が広がり始めた。なかでも当時はクロスオーバーと言われたヒュージョン系の音楽との出会い
まだジャズを聴くほど大人ではなかった
ライトな感覚が心地よい、そして夏のキラキラした眩しさがカリフォルニア・シャワーにあった。

No.57

ブレッド&バター


1978年、新島でサーフィンに夢中になった夏
2学期が始まると東京に戻った。
サーフボードを持っていないし、車の免許もない。
鎌倉まで電車で行き、由比ヶ浜まで歩いた。でもそこでサーフィンしてる人はいなかった。134号線を江ノ島の方に向かって歩いた。
稲村ヶ崎を過ぎるとサーファーがいっぱいいた。七里ヶ浜だった。
日が暮れるまでサーフィンを見ていた。
毎週、日曜日に七里ヶ浜に通った。
そして声をかけられた。
サーフショップのオーナーで1階がサーフショップで2階がカフェ
僕にオープンサンドとコーラをご馳走してくれた。
そしていろいろ話しをしてたら、中古のボードを使わせてもらえることになった。
土曜日にカフェでライブかあるから、手伝わないか?と言われ、すぐに何でもやります、と返事した。
土曜日は学校をさぼって朝から七里ヶ浜のショップに行った。
9月の終わりで、他のサーファーはウエットを着ていたが、僕はトランクスで海に入った。
楽しくてしょうがなかった。
そして夜ライブをやるカフェでウェイターの仕事をした。
新島でビアガーデンの仕事を経験してたから慣れたもんだった。
そしてライブが始まった。

ブレッド&バターのライブが

No.58

カラパナ

フュージョンを聴くようになって
ギター以外にサックスの音色にも魅せられていくようになった。
高校を卒業して社会人になって、どんどん音楽の幅が広がった。
そんな頃出会ったのがカラパナだ。
当時ハワイのロックをサーフロックと言った。
サーフィンをやってるから、カラパナを聴くのが当たり前と言えばそうだが
最初にメニークラシック・モーメンツというサーフィン映画の2枚組のサントラを買った。
その中にワイキキの熱い砂 ブラックサンドという曲があった。
テレ東のドキュメント番組のテーマ曲で知ってたから、あっこの曲!と嬉しくなった。
鮮烈のチューブライディングとかハードな曲もあったが、メロウなアコースティックな曲が好きだった。
ナチュラリー、メニークラシック・モーメンツ
虹を追う男のメローなサックスな音色はたまらない。

No.59

霧のベイカー・ストリート

ジェリー・ラファティー1978年の曲
日本でヒットしたのは79年
イントロがめちゃめちゃカッコよくて
アルバムを買った
が・・・
いいのはこの曲だけだった。
そしてよくある一発屋だった。

No.60

ロスト・イン・ラブ

エアサプライ1980年の曲
この頃は、ハワイのサーフロックとか
ウエストコースト系とか、AORとか
好んで聴いていた。
エアサプライのロスト・イン・ラブも
イントロのアコースティックギターに爽やかなコーラス、夏の海にぴったり
よくペパーミントサウンドと言われてた。
エアサプライはオーストラリアのバンドでリトルリバー・バンドと共にオージーロックの先駆者的バンド。
80年代はエアサプライの快進撃が続いた。

No.61

山下達郎


1980年、ライド・オン・タイムのヒットで初めて達郎さんの曲を知った。
名前はそれ以前から知っていたけれど。
実は達郎さんのコーラスはよく聴いていた。荒井由実のアルバムにシュガーベイブ時代の達郎さんと大貫妙子さんが参加していた。もちろん後から知った事だ。
達郎さんに夢中になったのは、81年
サントリービールのCMでラブランド・アイランドが使われてから
そしてその後、FOR YOUが発売され即購入、1曲目のスパークルのイントロのギターのカッティングにKOされた。
それから過去のアルバムも全部買った。
シュガーベイブやナイアガラトライアングルも
そして翌82年には、メロディーズ発売
名曲クリスマスイブが挿入されていた。

No.62

べティ・デイビスの瞳

キム・カーンズ1982年の大ヒット曲
僕にとって1981年~82年って、好きな曲満載で一番好きな時だった。
ちょうどベストヒットUSAが始まりPVがよく見られるようになった頃だった。
当時、女ロッド・スチュワートと呼ばれ独特のハスキーボイスとポップセンスが抜群な曲でした。

No.63

プライベート・アイズ

ホール&オーツ1981年のヒット曲
この曲もベストヒットUSAでPVを見てハマった曲だ、
ホール&オーツは、この曲以前から知ってはいたが、この曲から好きになった。
AOR風な叩き込むような電子ピアノ
効果的な手拍子
80年代前半、ホール&オーツは
一大旋風を巻き起こした。

No.64

ショッキング・ビートルズ33


スターズ・オン45というグループの
1981年のヒット曲
いわゆるメドレーもののはしり
ディスコビートに乗せて、ビートルズを筆頭とする往年のポップヒットをそっくりそのまま再現し、メドレーで聞かせる。ボーカルはもちろん、バックのサウンドの細部にまで徹底的にこだわった物真似ぶりが大いに受けた。
この後、便乗企画でストーンズやアバなどもあった。
日本ではアルフィーが覆面バンドになり、吉田拓郎の曲をメドレーでやっていた。

No.65

サーフィン・ミュージック・ブーム


1981年頃
突然サーフィン・ミュージックが再来した。
CMでジャン&ディーンのサーフ・シティ
ビーチ・ボーイズのアイ・ゲット・アラウンドが流れて、企画物のレコードが大ヒットした。
そして僕も夢中になった。
今までビーチ・ボーイズには目もくれなかった。
サーフィンUSAなど、オールディーズっぽく今まで小馬鹿にしていた。
バラードなど見事なコーラス
スペクターサウンド
山下達郎、大瀧詠一も影響されていた

この年、日本でもワイルド・ワンズも
復活して、おもいっきり湘南サウンズしてましたねぇ

No.66

エスケイプ


1981年はジャーニーの年でもあった。
出す曲出す曲が全部ヒット
ドント・ストップ・ビリーヴィン
クライング・ナウ
オープン・アームズ
これらが入ったアルバム
エスケイプは600万枚以上のセールスを記録した。

No.67

マイケル・ジャクソン


マイケル・ジャクソンを最初に
聴いたのは
ベンのテーマかな?
まだ子供のマイケル
大人のマイケルを聴くようになったのは
オフ・ザ・ウォールあたりからかな
まだアフロヘアーで平べったい鼻の頃
でもその頃の顔の方が好きだったな

その後スリラーが大ヒット
スリラーのビデオは何回見たかわからない
どのPVもカッコよかった
ビリージーン
ビートイット

その後のバッドもよかった

しかしマイケルの顔はどんどん変わっていった。

No.68

谷村新司さん


ご冥福をお祈りします。

初めて谷村新司の歌を聴いたのは
中学生の時に
アリスの青春時代だった。
これといって好きでも嫌いでもなかった

それから何年かして、高校生の時に
今はもう誰も がヒットした。
友達とかがギターでよく弾いていた。

その友達がアリスⅤのレコードを買い、録音させてもらった
僕は堀内孝雄の方が好きだった。
遠くで汽笛を聴きながら
音の響き
夏の終わりに

谷村新司とは対照的だった。
谷村新司は仰々しく映画、舞台、演劇のような芝居がかった感じがした。
堀内孝雄はアコースティックでウエストコーストっぽい
これはその後にお互いのソロアルバムを聴いてから感じた事だが

でもアリスⅤに入っていた
谷村新司の
雪の音
は大好きな曲だ。

投稿順
新着順
主のみ
付箋
このスレに返信する

日記掲示板のスレ一覧

携帯日記を書いてみんなに公開しよう📓 ブログよりも簡単に今すぐ匿名の日記がかけます。

  • レス新
  • 人気
  • スレ新
  • レス少

新着のミクルラジオ一覧

新しくスレを作成する

サブ掲示板

注目の話題

カテゴリ一覧