ハル

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2013/03/03 10:29(更新日時)


だいぶ寒さも和らいできた4月の初め、家庭支援センターの小山さんと校庭の隅で話をしていた。


たわいもない家での子どもの様子を時々、笑いながら話す。


私たちの横を校舎に向かって、歩く同年齢くらいの女性。


春休みなのに、どこに行くのかな?


後ろ姿を見送りつつ、ふと、そんなことを思った。


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No.1873997 (スレ作成日時)

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No.1



幼稚園の年少さんも終わりの頃、息子のコウタがお絵かきの紙を持ってきた。

「ねぇ、チョキチョキするものちょうだい」

私はコウタのチョキにした指を動かす様子を見て、ハサミが欲しいんだなと分かった。

「はい、ハサミ。コウタ、座って使ってね」

何気ないコウタの動作に私は慣れていたし、コウタが言いたいことはだいたい分かった。

言葉やおしゃべりもあるし、私とのコミュニケーションも成り立っていた。

だから幼稚園の先生から、

「コウタくん、ハサミって言えないんですよね。あと数も借りる絵本は3冊なのに指では4つで、本人は3つのつもりらしいです」

と言われるまで、特に何も気にしてなかった。


No.2



「集中力が短く、見通しが立たない。お友だちに手を出すとかはないけれど、静かに困ってる様子があります。あと、字や数字に興味がなく、色もときどき間違えます」

先生にそう言われても、頭の中は❓だらけ…。

「私も詳しく話ができるわけではないので、一度、家庭支援センターに行ってみませんか?」

にこっと笑う顔にいやな感じはなく、さらっとしていた。

そんな感じで紹介された家庭支援センターは、市内の小学校に併設された子ども発達支援センターだった。

とりあえず、行ってみよう…

私はあまり深く考えてなかったから、言われるまま、足を向けた。

そこで出会ったのが小山さんである。

No.3



目がくりくりっとしててショートボブで笑うと可愛くえくぼのできる小山さん。

背はそれほど高くなく、Aラインの
ワンピースが似合う小山さん。

心理士さんです。

小山さん=ニコちゃん☺!

子どもの発達のことなんて、ホントに右も左も分からない私に丁寧にあるときは根気強く、ゆっくりと教えてくれた。

小山さんに出会えたことは私も
コウタも、とても幸せ。

No.4



そんな小山さんと幼稚園の年中、年長さんの間、コウタはソーシャルスキルと言葉の訓練をしていった。


コウタは小山さんとの訓練は遊びの要素もふんだんにあったからか、どんどん教えてもらったことは吸収していった。


ただ、チョキチョキは残り、ハサミと言えるようになったのは小学校に入ってからだった。

No.5



コウタが入学する年度に、うちの市に初めて特別支援のための通級ができた。


しかも家庭支援センターが併設された小学校に。


市はこの小学校を拠点に特別支援を進め、広めていくようだ。


小山さんと話して、コウタもこの通級に行くことにした。


通級は週1程度、小集団でソーシャルスキルや個別指導を受けることができる。

No.6



コウタの小学校はわりと大規模で、どの学年も3クラスずつあり、毎年クラス編成があり、担任も変わる。


ひとクラス30人程度でも、子どもの数、先生方の数が多かった。


通級のある小学校はひとクラス同じ30人程度で1クラスで2学年ごとにクラス編成と担任が変わった。


雰囲気は大集団でない分、通級のある学校のほうがごちゃごちゃしてなくて、のんびりしているように見えて、好きだった。

No.7



小山さんとはコウタが小学生になるので、訓練は3月で一応、終了となっていた。


それでも通級がある小学校に併設されているため、通級帰りやちょっとした相談のときには顔を出していた。


やっぱり長い付き合いがある分、小山さんに会うと嬉しくて、安心した。

No.8



コウタの1年生!
すごーく嬉しかった!!


入学式は薄ら寒かった。
でも桜は散ることはなく、小学校の校門前でまだ大きなランドセルを背負ったコウタを撮った。


担任は女性で、優しそうな感じがした。


黒板には大きく
“入学おめでとう”の文字。


真新しいノート、教科書、連絡帳、お手紙といろいろ書き込まないといけない書類、そして黄色いぼうし…可愛い。

No.9



就学前検診で通級を考えてることは伝えたけれど、実際、学校に入ってからのコウタがどんな感じになるか分からなくて、

4月の当初に連絡帳に“よろしくお願いします”と書いたけれど、担任印が押されて戻ってきただけだった。


4月末に通級の保護者面談があって、5月から通級開始になっているけれど、担任の先生からは特に話は何もなかった。


担任の先生や学校との関わり方がよく分からなかった。
私たち親も1年生だった。


小山さんや幼稚園のときのような親近感は学校には持てず、1歩引いたところで、学校との距離を感じていた。


コウタは元気に学校に行き、
“今日は学校探検で理科室に行った”“お兄さんが遊んでくれた”“外が広かった”など発見や幼稚園との違いを話してくれた。


楽しそうだった。

No.10



4月末、通級での保護者面談。


小山さんのいる家庭支援センターに帰りに寄れる嬉しさのほうが強く、通級のある学校に期待もしていなかった。


その面談で会ったのは4人の先生…男性先生1人と女性先生が3人。

うちの市、初の通級。
(保護者からの期待、希望も大きいらしい)


それもあってか、これまで通級経験のある先生だった。


コウタの通級担任には男性先生…
斉藤先生、私と似た年代かな?


見た目も普通の、感じ。
話し方も。


1年生の初回通級は5月のGW明け、コウタの曜日は月曜日。


子どもからすると、土日月と3連休感覚になるらしい曜日。


3連休…か(笑)。

No.11



保護者面談の帰り、早速、小山さんのいる家庭支援センターに顔を出した。


小山さんは相変わらずのニコちゃん顔で田村さ~んと私に声をかけてくれた。

「コウタくんは元気?」

「元気です♪」

「そう。お母さんは?」

「うーん、たぶん元気」

「うん?どうかした?」

私は学校に対する気持ちを話した。


不満というか
不安?
緊張していた分、学校から何もなくて肩すかしみたいな…。


「そうね、まだ1ヶ月だものね。これから少しずつ話していけたらいいわ。通級は?」

「さっきまで保護者面談でした」

「担任は誰になったの?」

「斉藤先生です。小山さん、知ってます?」

「うーん、あまり分からないなぁ。ごめんね。新設でうちのほうでも期待の声を聞いてるから、いい先生だといいわね。曜日はいつ?」

「月曜日!」

「あは!3連休♪」

小山さんも同じことを言うから、笑ってしまった。

No.12



GW明けの月曜日。
初通級日。


通級は9時登校なので、コウタとゆっくりと朝の時間を過ごした。


家庭支援センターにはコウタも通い慣れていたから、通級にはさほど抵抗がなく、

「小山先生から斉藤先生に変わったよ」

男性先生だよと話すと、

「お兄ちゃん?」

と聞いてきた。


お兄ちゃん?
歳は知らないけど、多分年上っぽい。

「お兄ちゃんではないかな…」

コウタはふーん…と、何の期待だったのかな?


「楽しいと思うよ」

うん!とご機嫌な感じになった。

通級の出入り口は普通級の子たちとは違う。


靴箱もあり、その1つにたむら こうた とひらがなで名前が書いてあった。


コウタはぼくの場所!と靴をポンと入れると猫のシールが靴箱内面に貼ってあることに気付いた。


「お母さん、ニャンコ♪」

「あ、ホントだ。コウタの好きなニャンコだね」


私たちの声が聞こえたのか、教室から斉藤先生が出てきた。


「おはよう、コウタくん」

「おはようございますッ」

「斉藤先生です。よろしくね」

コウタは頭をペコリ。
あいさつは教えてきても、ペコリは初めて見た。でも、どこで??

「学校ではこうするんだよ」

エッヘン!とちょっと自慢げなコウタ。

へぇ、何かお兄ちゃんになったな…。

No.13



お兄ちゃん…

あ、自分が少しお兄ちゃんになったから、身近なところにお兄ちゃん先生を感じたかったのかな?

確か、コウタの隣のクラスは若いお兄ちゃん先生で休み時間には校庭で遊んでくれてるようだ。

憧れがあるらしい。
コウタは一人っ子だもんね。


「コウタくん、シール見つけたみたいですね」

斉藤先生が声をかけてきた。

「はい、大好きな猫のシールで嬉しかったみたいです」

「来週は違う場所にあると思いますよ」

斉藤先生はいたずらっ子のようにニッと笑ってみせた。


初めて来る場所に配慮して、コウタの好きなニャンコシールでお出迎え。


コウタ…お兄ちゃん先生じゃないけど、いい感じの先生だね。

No.14



13時過ぎにコウタのお迎え。


靴箱あたりで他のお母さんたちと待っていると、扉が開いて、子どもたちと先生たちが出てきた。


4人の子どもたちに4人の先生。


今はひと部屋でしているが、また子どもの数が増えて来たら、2つに分かれるらしい。


今は1対1の対応…何かぜいたく。

コウタが私にまとわりついて、ぐるぐる回る。


斉藤先生が私のところに来て、今日のコウタの様子を伝えてくれる。


「お迎えありがとうございます。今日1日でコウタくんのこと、いっぱい分かりました」


その言葉の通り、家庭→通級→学校→家庭と回る連絡帳には、
コウタの好きなことや思っていることがたくさん書いてあってすごく嬉しかった。


私も分かっていてもなかなか言葉にできなかったコウタの良いところも全部、まるごと書いてあった感じ。


反対に担任からは“火曜日にコウタくんが通級でのことをお話をしてくれました。よろしくお願いします”とあって、斉藤先生とのコウタに対する温度差を感じてしまった。

No.15



コウタの担任の先生への不満や不安が一気に不信感へと変わり、私はますます学校と距離を置く出来事があった。


あったというよりずっと続いていたのに、担任の先生は私には何も言わなかった…コウタも言わなかった。


“何かあれば教えてください”それだけの発信では、担任の先生は何も言ってくれないのだろうか?


1学期も終わりの頃、斉藤先生から“コウタくんが…”と切り出された。


いつものように通級のお迎えに行くと斉藤先生が今までも何回か口にしているセリフを言ってきた。


「コウタくん、学校は楽しく通ってますか?」


私はいつも通り、はいと返事をした。


「前も気になったんですが、コウタくん、学校で泣いているみたいですね。友だちから言われた言葉に言い返せなくて」


え!?


「今日、個別指導のときに絵を描きながら、話してくれました。ときどき、こういうときはどうしたらいいの?って聞いてきていたので学校で何かあったんだろうと思っていたのですが…担任の先生に伺っても子ども同士のトラブルでって言われて…」


コウタが私の背中に回って、ギュッと抱きついてきた。


「コウタくんからけしかけてケンカになるようだと言うんですが、自分にはコウタくんからとは思えなかった」


初回から続いていた猫シール見つけた!が今日で8回。
全部、見つけて“すごいね!”と折り紙で作ってもらった手裏剣を手に持ってる。


1学期は今日で通級が終わりの日。


頑張って学校に通っていたコウタに何も気付けず、何もできなかった私がいた。

No.16



斉藤先生から話を聞いても、私は学校には何も言わなかった。


担任の先生に不信感だけがあり、話をすることもイヤに思った。


コウタより自分の感情を優先させてしまった。


あと数週間で夏休み、そのときにコウタとゆっくり過ごそう。


楽しいことをたくさんしよう。


お出かけもして、コウタが好きなことをしよう。



…現実逃避かな?


小山さんのところにも行けないくらい、私はショックで傷ついていた。

No.17



2学期、まだ夏の日差しが強く、しばらくはプールがまだ嬉しい。


私は恐る恐る、慎重にコウタを朝、見送った。


コウタは何も言わなかった。
何日経っても、それは変わらなかった。


通級もまた通い始めたけれど、猫シールはもう見つけなかった。


…コウタが笑わなくなった。


朝、おなかが痛いと言うようになった。


学校に行きたくないと言って、泣くようになった。


布団から出なくなり、あるときは部屋のクローゼットに隠れたりした。

私はコウタに優しくしたり、叱ったり、なだめてみたり…学校は休むようになった。


それでも学校からは連絡はなかった。


“今日、休みます”
“分かりました。お大事にしてください”


それだけだった。
無気力感だけが残り、疲れたと思った。

No.18



毎朝、学校に連絡を入れることも億劫になっていた。


ある日、担任から電話があった。私は学校からの電話に身構えた。


「コウタくん、どうですか?来週から学習発表会の取り組みが始まりますが来れそうですか?通級には行けるんですよね。学校にも来れると思うんですが…斉藤先生から連絡が何回もあって、学校に来れないコウタくんがダメなのにね」


受話器の向こう側で、まだ言葉は続いていたけれど、もう聞こえず、私は何も言わないで電話を切った。


涙が落ちた。

No.19



コウタが学校を休み始めて、1ヶ月が過ぎた頃、通級の斉藤先生が少し、話しませんか?と連絡をくれた。


私の様子を見ていて、見かねたらしい。


「コウタくんはここではいっぱいお話をしてくれます。猫シールは終わりになっちゃったけど」


猫シール、懐かしい。


「お母さん、どうでしょう?今、週1の通級ですが、週2にしてみませんか?コウタくんの足が学校には向きませんが、幸いにもここには来てくれてます」


私は力なく笑った。


「コウタくんはお友だちも勉強も好きです。花や虫も大好きです。素直で優しい子です。この前、絵ハガキを作りましたが、お母さんと猫とコウタくんが笑ってる絵でした。お母さんのこと、大好きなんです」


涙が浮かぶ。


「今は先が見えないかもしれませんが、もう少しだけコウタくんと頑張って行きましょう。寄り道ありです!」


斉藤先生は絵ハガキを机の上に置いた。


さっき、斉藤先生はコウタと猫と私の絵と言ったけれど、そこには手裏剣も描いてあった。


…コウタ。


泣くこともあったけど頑張った自分と、すごいね!って折り紙の手裏剣を作って頑張りを認めてくれた斉藤先生、お母さんはこんなにニコニコしてたかな?それから大好きな猫。


コウタ。お母さん、泣いてばかりでごめんね。


前を見て、頑張るね。

No.20



私はずっと逃げていた担任の先生との面談をしようと思った。


連絡帳に…通級で使っている連絡帳に面談を申し込む内容を書いた。


担任からは日時が書かれて戻ってきた。


コウタのこと、ちゃんと話そう。


その日の夕方、学校へ向かう。


が、最悪な展開だった。


面談は応接室で行われ、


校長先生、教頭先生、養護の先生、担任、特別支援コーディネーターの先生が並んだ。


1対5…何のイヂワルなんだろうか?


守りたいものは何だったのか、、、私も学校側も。

No.21



泣きそうになるを我慢して、何とかコウタの話をする。


本当は学校に来たい
友だちと遊びたい
勉強したい

でも、コウタからではなく、冷やかしやからかい、意地悪を言ってくる子がいるため、イヤなこと

やめてと言っても殴る真似をして怖いこと

コウタの持ち物を勝手に取り、返してくれなかったり、その辺にポイと捨てられる

それを拾うのを邪魔されたり、笑って見てること


担任は私の話を聞いて、そんな事実はないと言った。


息子さんが学校に来たくないから、嘘を言ってるのでは?


その証拠に通級には通えている…。


目の前が暗くなる。


この人、何を言っているんだろう?


最後には、
学校にはいろんな子がいる。コウタくんだけを特別には見れない。


もうイヤだった。
誰とも話したくない!

No.22



身体がぐったりとした。


面談が終わっても立ち上がる力も気力もなかった。


しばらく放心状態だった。


外はもう暗くなり始め、
応接室を閉めようとした担任からひと言…


「私のせいではありませんから」


身体中の血が一気に熱くなった。私は怒りが抑え切れず、担任を睨み付けた。


担任はふんッと私をいちべつして出て行く。


電気も消された。


暗い部屋の中で私は静かに泣いた。

No.23



ふらふらと立ち上がり、帰ろうと廊下を歩く。


早く帰って、コウタを抱きしめよう。きっと暖かな温もりが、小さなコウタの手が私をなぐさめてくれる。


早く帰ろう。


私は後ろから声をかけられたのにも気付かず、よほど重い足取りだったのだろうか。


「田村さん!」


少し強めに大きな声で呼ばれて、その声にびっくりした。


振り向くと、さっき応接室にいた養護の先生と特別支援コーディネーターの先生だった。


「田村さん、大丈夫ですか?」

私は泣いた顔を見られまいと頬をなでた。


「…何とか」


変な返事だが仕方ない。


「少し話せるかしら?コウタくん、待ってる?」


「コウタは私の母に頼んであります」


「じゃ、少しいい?ここで話す?」


応接室を指差されたが、私は首を振った。


「そうよねぇ、じゃ保健室にしましょ」

No.24



保健室。


コウタが白と緑、茶色のお部屋と言っていたのを思い出した。


白い壁や薬品棚、モスグリーンの仕切りカーテンと先生の机、飾られた観葉植物ポトスやシクラメン、茶色の長いす、床板…


自分のからだとこころを知るところが保健室。


ケガや病気になったときに手当てを受けれるところ。


…そして、こころの手当ても。


「本当はダメなんだけどね、どうぞ。あったかいわよ」


コーヒーをいれてくれた。
マグカップを両手で包むと、自分の身体が冷え切っているのに気付いた。

ひと口飲むと心があったかくなった。

No.25



「時間も遅いから簡単に話すね。さっきの面談はひどかったと思う。ごめんなさい。
今日、田村さんと管理職、担任が面談と聞いて、慌てて私とコーディネーターの森先生が入ったの。田村さんからみたら多勢に無勢よね。申し訳ありませんでした」


養護の坂本先生がペコリと頭を下げた。


森先生が言葉を続けた。


「私たちが担任から聞いていたコウタくんの様子とは違っていて、私たちもお母さんやコウタくんから話を聞くことができなくてごめんなさい。
今、坂本先生とも話していたのだけれど、コウタくん、相談室登校はどうかしら」


相談室登校?


「保健室登校は分かる?」


教室に何らかの理由でいられない子が保健室で1日を過ごす?


「そうね、その子が落ち着いて過ごせるように」


私は恐る恐る聞いた。


「うちの学校に保健室登校や相談室登校ってありました?」


2人の先生は小さく笑って、


「実は相談室は9月からできたの。だから知らなくても無理もないわ。保健室登校もときどきだけどね」


「…コウタ、相談室登校?」


「コウタくんに学校に来たい気持ちがあるなら、考えてみませんか?」

No.26



もう遅い時間だったから、話はそこで終わった。


通級の斉藤先生や家庭支援センターの小山さんとも話してみてね


学校の風通しの悪い信頼できないなところを見せてしまったけど、私たちもいるから、コウタくんのこと、一緒に考えさせて


坂本先生と森先生の言葉。


とりあえず今は早く帰って、
コウタを抱きしめよう。

No.27



「相談室…できたんですね。コウタくんにどんな対応をしてくれるのかな?」


私の話を静かに聞いていた斉藤先生は言った。


「うちの通級と同じでいろいろ模索しながらだけど、頑張ってくれるでしょう」


私は小さくうなずいた。


「コウタくんが教室に戻るにはクラスの雰囲気が大事です。担任の先生があのままなら、今は難しいでしょう。コウタくんが学校で過ごせる時間が持てるのも大事なので、相談室で少しずつそういう時間が持てるといいですね」


私の中でも相談室の話はいいと思っていた。


家で過ごすにはコウタの時間はたいくつ過ぎる。
私が教えてあげられることも限られている。


そんな中、週2回の通級はありがたかった。


緊急対応で斉藤先生が見てくれていたが、相談室に行くようになったら、それも週1に戻る。


でも、私は本当に勉強不足で通級のことや緊急対応のこと、相談室(保健室登校)のことも知らなかった。
思いつきもしなかった。


周りの人にこうして助けてもらえなかったら、今も担任の先生だけで何の糸口も見つからなかった。


コウタに苦しい思いや担任の先生をただ憎しみの感情で人間不信・学校不信になっていたと思う。


そう思うと人の出会いの何たるかを奇跡と偶然の重なり合いに感じ、そして感謝したい。

No.28



斉藤先生に会ったその足で、感謝したい出会いのトップの小山さんのところに行った。


コウタのこと、面談のこと、坂本先生と森先生と相談室のこと、斉藤先生との面談のことを一気に話した。


「良かったね。大変だったけど頑張ったね。本当に頑張った」


ふわっと抱きしめてくれるように小山さんは優しく言葉をくれた。


「斉藤先生もずいぶん味方になってくれて、緊急対応ってめったにないみたいだよ。もっと学校に行けない期間が長かったりとか…お母さんの頑張りを認めてくれたのかな?」


私はいっぱい頑張ったねって言ってもらえて、照れくさくて、くすぐったかった。


今はまだコウタが相談室に行くという方向しか決まってないから手放しで喜ぶのは早いけれど、素直に嬉しかった。

No.29



「斉藤先生が…」


私は照れくさかったけれど、バッグから通級の連絡ノートを取り出した。


「さっき、斉藤先生のところに言って話したときも頑張ったねってほめていただいて…」


学校との面談日時が書いてある
ページを開いた。


そこにはコウタと同じ猫シール…。


「猫シールを貼ってくれて、、、コウタの頑張りを認めてくれたときも手裏剣をさりげなく渡してくれて…嬉しかったです」


「うんうん、応援してくれてるんだね。猫シール1枚でも、自分のことちゃんと見てくれてるって嬉しいね!」


「はい、また頑張れそう」


「斉藤先生、やるなぁ!!」


小山さんは少し体勢を崩し、先を越されてしまったか!と笑って見せた。


私も久しぶりに笑った。

No.30



11月末、だいぶ落ち着いたコウタが学校にいた。


相談室登校になったコウタは曜日ごとで違うけれど相談室に入る支援員さんやインターンの学生さんと毎日を過ごした。


相談室には他の学年の子たちもいて、賑やかだったり、みんなで楽しく過ごしたり、トラブルもありつつもコウタは元気になっていった。

No.31



そして良かったのは相談室に行き始めて少ししたら、クラスのお友だちが休み時間にコウタを誘いに来てくれたこと。


2学期の終わりには図工や音楽の専科ならクラスに入れるようになり、一緒に授業が受けれるようになった。


担任の先生が顔を出したりすると、固まるコウタがいるようだが、コウタの苦手な子からは離してもらい、常に大人は見ているぞ!の姿勢は崩さず、コウタは少しずつ学校に行くことを楽しむようになっていた。


ただ給食だけは相談室ではなく、教室だったから、コウタは行きたくないと言っていて、それは保健室だったり、たまに校長室だったりして、坂本先生が出張だったりすると、早退していた。

それぐらいは毎日、学校に行けることを思うと小さなことだった。


あと、たまに他学年の先生やコウタの隣のクラスのお兄ちゃん先生が空き時間に相談室に来てくれた。

課題プリントの他にもドリル、音読をしたり、教科書に書き込み勉強をしたり、学年を越えてそこにいる子どもたちに国語や算数を教えてくれた。


面白い話やときどき怖い話、落語や先生の話もしてくれ、私がとても嬉しかったのは、来てくれた先生たちが、ここにいる子どもたちを受け入れて、認めてくれてること。


まぁ、やんちゃやいたずらがすぎたら大きな爆弾が落ちたりしたけど…。


コウタの相談室での1日は勉強、休み時間、給食、掃除で過ごし、生活も学習も充実していた。

No.32



(´・ω・`)こんにちは。
匿名0です。

読んでくれてる方がいらっしゃるかな?

このあと相談室にて言葉の暴力が出ます(レスの最初に⚠を入れます)。

一文ですが読みたくない方は飛ばして下さい。

よろしくお願いします。

No.33



⚠(´・ω・`)注意!



順調そうだった相談室に暗雲が立ち込めてきたのは3学期に入ってからだった。


廊下の向こうから泣き声とも叫び声とも分からない声とともに、男の子が相談室に駆け込んできた。


ときどきパニック状態になったときに相談室にあるダンボールハウス(コウタも一緒に作った)でクールダウンをしていた子だった。


クラスの子に吐かれた暴言に太刀打ちができなくて泣いてしまうのだ。


担任の先生も根気強く繰り返し指導してきているが、気持ちが落ち着いてるときには言ってはいけないと分かっているのに、興奮状態やキレてしまうと自分の感情がコントロールできなくなってしまう。


それを言われて傷つく人がいることに気付くところまで、その子の成長が来ていない。


その彼が男の子を今回、しつこく追いかけ、逃げ込んだダンボールハウスに向かって捨てぜりふを吐いた…。


「ばーかばーかばーか、しねッ
お前なんかいらねぇんだよ!
しね!」

No.34



⚠(´・ω・`)注意!



一瞬、その場が静まり返り、誰もがドアで言い放った彼を見た。


彼は睨みつけるように相談室の中にいた子たちを見回し、


「お前ら、みんなばかだよな」


ドアをドンッ!と大きく叩いて、姿を消した。


そのときいた大人は曜日ごとに入ってる支援員さんだったと聞いている。


支援員さんは彼を追いかけ、相談室を出て行った。


階段のところで彼に追いつき、どうしたのか聞こうとすると、


ガッシャーン!!


ガラスの割れる音が相談室から聞こえて来た。

No.35



支援員さんが急いで相談室に戻ると、窓ガラスが割れ、パニックに陥った男の子が手から血を流し、机や壁に体当たりをし暴れていた。


すぐに相談室にいた子どもたちを廊下に出し、ドアを閉め、身体全体で暴れている男の子の前に立ちはだかった。


一瞬、動きが止まったところでぎゅっと抱きしめる。


手を見ると、ガラス片は刺さっていないが血が流れ落ちてる。


止血と保温…


支援員さんの頭にはそれが浮かんだそう。


割れた窓から離れた場所に男の子を座らせ、着ていたパーカーを着せ、自分の持っていたハンカチで傷を押さえ、腕を心臓の位置よりも高く上げる。


そこに騒ぎを聞きつけ、他の先生たちが走ってきた。


その中に坂本先生の姿を見たとき、張り詰めた緊張から一転、身体がカダガタと震え出したという。


“怖かった…”


後日、支援員さんはそのときのことをそう言った。


私ももしその場にいたら、そう思うし、悲鳴を上げて座り込んでしまうだろう。

No.36



このことがきっかけで、相談室への問題視が学校内、保護者の間から巻き起こった。


ガラスを割るというくらいの暴力的な子が学校にいるということで、危険視され、その子が野放し状態で相談室にいると、なぜか話が全く逆の方向にいってしまったのだ。


うわさは怖い。


話に尾ひれがついて、特性を持った子が暴れ、いすを投げて窓割り、誰かがケガをしたとまでに膨れ上がった…。


相談室はヘンな子が行くところ、先生の言うことがきけない子が行っていて、勉強もしないで遊んでる


そんなイメージのついた相談室になってしまった。

No.37



コウタは…というと、あの日のことが忘れられず、怖いと言って、学校には行けなくなっていた。


私だけ、相談室をのぞいて見ると、割れた窓ガラスは入れ替えられ、みんなで作ったダンボールハウスはなくなり、カーテンは新しくなっていた。


そんな相談室の中、女の子が学生ボランティアさんと一緒に、新しく置かれた丸テーブルで寄り添って、絵を描いていた。


「コウタくんのお母さん!」


私を見つけた女の子が声をかけて来た。


「こんにちは」


「ね、コウタくんは?お休み?」


「うん、ちょっとね」


私が顔を曇らせ、言葉を濁すと


「やっぱり怖かったよね」


と、こちらの思いを察したようだ。


「私も怖いよ。部屋はきれいになったけど、あそこは血の匂いする…。けどね、ヤなこと言われてカッとなっちゃったの。私も分かる」


女の子は下を向いてしまった。


私はコウタよりも大きなその子を抱き寄せた。

No.38



「…怖かったね。ガラスが割れてあの子がケガをして…」


「…うん」


「コウタも怖いって言ってたよ」


女の子は顔を上げた。


「コウタくん、もう来ない?」


「まだ分かんない。…あなたは大丈夫?」


顔をまたうつむかせ、女の子は小さな声でつぶやいた。


「行くとこないから。あたしはここしかないの」


その言葉に胸が締め付けられた。私はもう一度、今度は強くぎゅっと抱きしめた。

No.39



今日はコウタの通級日。


斎藤先生とお迎えの時間に女の子との会話の話をした。


先生は腕組みをして何か考えてる様子で、私も静かに目を伏せた。


「…うーん、相談室のことは坂本先生や森先生に今は耐えて頑張ってもらうしかないけど、その子のことは寂しいね」


「はい、苦しいです。コウタにはここや家とまだ居場所があるんだなぁって思って…」


「うん、コウタくんはお母さんから暖かなものをもらっているからいずれ回復するだろうけど。
その子は傷のままかもしれないね」


「コウタは元気になってくれるかな…?」


「大丈夫ですよ!こんなにお母さんが一生懸命なんだし、自分もそんなお母さんから元気をもらってるから」


私はちょっとドキッとした。


斎藤先生がいたずらっ子のように笑う。


胸のざわめきは先生のいつもの笑顔に消えていき、私は照れくさくて小さく笑った。

No.40



相談室がうまく機能するかどうかはやはり、それをどう受け入れるかだと思う。


相談室に来てくれている先生方は子どもたちの受け入れ間口が大きく、余裕があるのかもしれない。


でも一転、あそこは~の集まりだとか、あんなところに行ったってとか、居心地が悪い言い方をしていたら、相談室としての機能はしない。


どの子も教室でできる、分かる、認められるだったら、きっと少々のことがあっても頑張れると思う。


ただ、自分でも分からない感情や気持ちのコントロールがあるだろう。

それとどう付き合うか…


折り合いや納得、思いやり、譲り合い、すべてが教室だけで経験できるか、またはそこで感じ取れるか…


子どもたち、ひとりひとりが違うように成長や発達段階もみんなそれぞれだと思う。


そこにできるだけ寄り添い、近くにいてあげられるかを考えたら、相談室も1つの場所なんだと思う。


いいか悪いか、それを議論していたら、困っている子どもたちはどうなるのか…


時間がもったいない
でも、周りの理解なしに特別支援は成り立たない。


手間ひまがかかる


それを分かっていないと、
強引なひとりよがりなことになってしまう。


誰のためになのか、
それを今いちど、大切に考えないと……。

No.41



斎藤先生の言葉通り、コウタはまた学校に行き始めた。


相談室だったり、1時間だけ教室に入ったり、ただ教室に入った日は気疲れからか、帰って来るとぐったりしていた。


無理はしなくていいよと言うと大丈夫…との返事。


担任の先生や苦手な子のことを考えると、何が起こるわけでもないけど、気持ちが落ち着かない。


ハラハラしてしまう。


できたら、相談室で、
通級でと思ってしまう。


あのときにあの彼に言われた言葉がコウタの中で繰り返され、自分がいなくちゃいけない正しい場所をコウタは探していたのかもしれない。

No.42



学校にはとりあえず行くコウタ。


前は相談室に直行していたけれど、この頃は保健室に行くらしい。


養護の坂本先生とひとしきり話をして、その日1日の予定を決める。


さんすうがどうやらコウタにはネックらしいが授業はなるべく教室で過ごすように促される。


コウタも朝はそれでいいと思うけれど、3.4時間目あたりになると教室にはだんだん足が向かなくなり、相談室に行く。


「コウタ、無理しなくていいよ」


私の今までもかけてきた言葉に
コウタは顔を強ばらせるようになっていった。

No.43



「焦ってませんか?」


斉藤先生に何気なくコウタの様子を話すと、はっきりとした口調で返された。


私はいつもの通級のお迎えときと同じように、ちょっとした話のつもりだった。


「コウタくん、今、気持ちが不安定でどうしたらいいのか迷ってます」


「お母さん、コウタくんを見て?
コウタくんはコウタくんのままでいいんだよ」


え?
私はコウタを見てるよ?
ちゃんと考えてるよ?


コウタのこと、、、いちばん分かってるよ!!

No.44



「私、何も言ってないですよ。コウタにどうしろなんて!」


「…分かってます」


斉藤先生がじっと私を見る。私にはにらみ返せるほどの強さはなく、たまらなくなって目をそらした。


「帰りますッ。コウタ、行くよ」


廊下にある本棚に読んでいた本をささっとしまい、コウタが私の後をついて靴をはく。


こんな素直なコウタのどこを私が見てないというのだろう!?


「先生、さようなら!猫ちゃん
シールまた貼ってね」


ムッ!
先生に手を振るな!
コウタ、、、母さんは怒っているのだ!!

No.45



あれから、斉藤先生とは話していない。


3月に入り、通級も残り1回。


…コウタは相変わらずだった。


コウタが言ってた猫シールはもう一度やりたいとコウタから頼んだらしい。

猫シール、斉藤先生は部屋の中や廊下などコウタが気付きそうなところに貼ってくれてる。


コウタは見つかりやすいところに貼ってくれてると分かっていながら、あった!と見つけるのが大好きみたいだった。

No.46



コウタが小学生になって2回目の春。

私は斉藤先生の言葉などすっかり忘れ、2週間ほどの春休みをゆったりゆっくり過ごした。


2年生の初登校の日。


学校から走って帰ってきたのか、コウタが息を切らせて、


「お母さーん、聞いて聞いて。あのね、新しい担任の先生、お兄ちゃん先生!」


手にしていたプリントをバンッとテーブルに出した。


“ゆめいっぱい通信
2ー3 担任 新居(にい)圭介”


目を輝かせたコウタが私を見上げていた。


憧れのお兄ちゃん先生、
コウタ、良かったね!

No.47



コウタの前担任の先生は異動になっていて、新しいクラスにはコウタと相性のいい子もいた。


新居先生は相談室にも来てくれていて、少しは話したこともあった。


だからか、担任が新居先生と聞いて、ホッとした気持ちがあった。


実直で、明るく、活動的、
先生になって3年目…。


コウタが目を輝かせるのが分かる気がした。

No.48



通級も学校が始まるとすぐに保護者会があり、通級日と担任が知らされた。


2年目は金曜日。
また3連休(笑)。


そして、担当は……斉藤先生だった。

No.49



斉藤先生…


この前の気まずさよりも2年目と担任が続くことに変な感じがした。


新学期早々から、通級も始まり、私は何もなかったように、普通に接した。


お迎えに行って、その日の様子を聞いて帰ってくる…前と違ったのはコウタの学校の様子やそれに対する私の気持ちを話したりしなくなったことだ。


コウタはニコニコしながら、帰りに手を振る。
私は軽く会釈だけをした。

No.50



GWも過ぎた頃、新居先生から面談の話を言われた。


コウタも新居先生のクラスになり、前より明るく、家を出る。


家に帰ってくると新居先生の話を嬉しそうにしていた。


面談日、校門近くの桜の木の下を通りながら、薫る風を心地よく感じた。


葉桜の緑がいちだんと濃くなり揺れている。


子どもたちが帰ったあとの教室。

思ったよりも小さな机が並び、みんなで作った手形つきのクラス目標が後ろの壁に掲示されていた。


“みんなたのしく元気なクラス”


黒板の上には、


“学校は間違えてもいいところ。そしてそれをなおすところ”


私は自然と笑っていた。

No.51





暖かな日差しが教室の窓から差し込み、私は新居先生が来るまで、ロッカー上に子どもたちの1学期の学習.生活のめあてと4月の思い出が入ったファイルを眺めていた。

学校のどこで撮ったのだろう?

コウタも恥ずかしそうにはにかんで笑っている写真の下、1学期の学習めあては“じをていねいに書く”。
生活めあては“ともだちといっぱいあそぶ”になっていた。


4月の思い出には学校探検で1年生を案内した絵が描いてあり、これもまた、たどたどしい字で“たのしかった”と書いてあった。


さっそうと新居先生が入ってきた。


「お待たせしてすみません。こちらにどうぞ」


子どもの小さな机を向かい合わせにして、先生は私を促した。

No.52



「暖かくなりましたね。今日はお忙しいところ、学校に来ていただいて、ありがとうございます」


大学ノートを広げ、今日の日付を書き込む。


「コウタくん、休み時間は元気に外で遊んでました」


ノートの上で指を組むと新居先生は今日の面談の内容を話し出した。


2年生になって、学校は休まず、また相談室にも行かないで、教室で頑張っている

ただ、去年、相談室にいたということで学習面で遅れがあり、それを本人が周りと比べ、気にし出して来ている

友だちとは本来のコウタくんの優しい可愛いところがあって、だいたいダイチくんと一緒にゆっくりくっついて遊んでいる

ただ大人数になると、外からみんなが遊んでいるのを見ている


「それでぼくが気になるのは、周りの子たちに気を使っていて、本来のコウタくんじゃない気がします。何だか人に合わせていないとダメに思ってる」


ん?
それはコウタの性格なのでは…?


「コウタくん、相談室ではもっと怒ったり泣いたり笑ったりしていたと思うんですよね。それが激しいってことじゃなくて、もう少し、自分の気持ちを外に出していた。だけど、教室ではなんだろう…早く自分を周りと同じにしたいと焦ってる感じがします」


焦ってる?


ふいに斉藤先生が言った“焦ってませんか?”の言葉が思い出され、私は新居先生を見た。

No.53



「…焦って、る?」


私はもう一度、繰り返した。


「ぼくはもっとコウタくんが自分の気持ちを言ってくれていいと思います。最初はぼくに対して遠慮かと思いましたが、言葉に迷ってるところがあります。…もしかしたら、相談室に行かないためにはどうしたらいいのか、
コウタくんが考えているのかもしれません」


新居先生はふぅと息をついて、腕組みをした。


「コウタくんにはまだまだ周りの
サポートが必要に思います。」


私は目を伏せた。


「…相談室はコウタが行かないんですよね」


「はい、行きたいようですが、ここにいなくちゃと無理しているようです…家の様子はいかがですか?」


私は下を向いたまま、答えた。


「家では、先生の話ばかりで…
コウタは何も話してないです」


…コウタ、、、。


自分の視界がぐらりと揺れた。

No.54



私は全然、強くない。


こんな、ちゃんとコウタのと向き合っていたら、コウタのサインを受け止めれたはず…。


目が熱くなり、涙がこぼれ落ちそう。


私は手をぎゅっと握り、かたく目を閉じた。


こんなことで新居先生の話が聞けなくなる?


ねぇ、私はどうしたらいい…?

No.55



「お母さん?大丈夫ですか?」


新居先生が心配して声をかけてくれる。


私は鼻をすすって、カバンからハンカチを取り出した。


「…ごめんなさい。私、全然、気付きませんでした。コウタは楽しくて嬉しくて、学校に行っているんだと思っていて」


「いや、ぼくの力不足です。もっと早くにお母さんにも相談しなくちゃいけないのに」


私は小さく首を振った。


「コウタくんが自分の気持ちを抑えないで済むように、ぼくも見ていきますから」


「私は知らず知らずのうちに、
コウタの話を聞いてなかったのかもしれません。コウタの気持ちを無視して、私は自分の気持ちを…」


私はまたうつむいてしまった。


斉藤先生の言葉が耳の奥で響く。

“コウタくんはコウタくんのままでいい”


「コウタくんはお母さんの気持ちに応えたかったのかもしれないし、誰かの期待に応えるってその人のことを好きだからなんだと思いますよ」


私が顔を上げると、新居先生がねっ?と優しく笑っていた。

No.56



家に帰るとコウタがすぐに私のところにやってきた。


「先生と何、話したの?ボク、先生、好きだよ。先生のクラスがいいッ!」


私は力なく、コウタな頭をなで、


「大丈夫だよ。コウタは新居先生のクラスだよ」


コウタは背伸びするように、身体に力を込めて言った。


「ボク、頑張るよ!まだ難しい漢字は書けないけど、みんなとおんなじになるから!さんすうも好きになるッ。だから…お母さん、ボクを…」


…コウタの言いたいことを全部、言わせたくなかった。


私はコウタを抱きしめて、もういいよ、大丈夫だよと優しく言った。


コウタの小さな肩に顔をうずめる。コウタの身体から力が抜けて、少しすると、私の背中をポンポンッとした。


「コウタ?」


「ボク、お母さん、好き」


身体を話してコウタを見ると、照れて笑うコウタがいた。


「お母さんもコウタのこと、好きだよ」


おでこをコツンと合わせて、私も少し照れて、でも、嬉しくなって、またコウタをぎゅっと抱きしめた。

No.57



次の日、コウタが学校に行くと、私は家庭支援センターに電話した。


小山さんに話を聞いてもらおうと思ったが、あいにく出張だという。


私は気が重くなった。


昼頃まで身体が動かせず、ダルさを感じた。


もう少ししたらコウタが帰ってくる。

私は無理に椅子から立ち上がると、お湯を沸かして温かなコーヒーをいれた。


いつもはインスタントコーヒーだけれど、今日はstarbacksのコーヒーエッセンス、
バニラ…。


ぜいたくな甘い香りが部屋に立つ。


「あ、これもインスタントか」


私はちょっと笑ってしまった。

No.58



⚠(´・ω・`)注意



夕方、家の電話が鳴る。
携帯からだった。


私はため息をついた。


「はい、田村です」


受話器の向こうから、気だるい重そうな声が聞こえてきた。


「…コウタくんのお母さん?」


「うん、どうしました?」


「あのねぇ、あっくんがぁ…」


あっくんこと、横井 アツシくん。
コウタと同じ小2。


家庭支援センターで知り合った親子で、その後、引越し、今は別の市の小学校に通っている。


「学校であれやこれができないから、友だちにバカ言われて…」


小学校に入ってからどうやら苦労続きのようで、彼女から愚痴りの電話が来るようになっていた。


私もそんなアドバイスなんてできる立場じゃないけど、お互い、近況を話して、頑張ろうね!と電話が切れたらいいけれど、彼女の場合は違っていた。


「担任の先生に言ってもぉ、あっくんが悪いって。あっくんが手を出すって。それでぇ、あっくんに学校行かなくてもいいって言うんだけどー、あっくん、学校に行くんだって」


「うん」


私は聞き役に徹するだけ。


No.59



⚠(´・ω・`)注意!



「相手の親からー、電話がかかってきてぇ、いつも親が悪いだの、ふざけるなばかり言われてぇ。学校来るなって言われてー、私は行かなくていいって言うんだよ。でも、あっくんが行くって。僕は普通だって」


「うん、そんな電話やだね」


「えっ!?何?聞こえないッ」


私は少し大きな声で繰り返す。


「うん、やだぁ。コウタくんはどう!?大丈夫!?」


「うん、コウタは教室にいるよ」


「え?聞こえないよ?」


「教 室 に い る よ」


「教室にいるんだぁ。コウタくんは何も言われない?バカとかぁ死ねとかぁ」


これが延々と30分続く。


語尾をのばして話す話し方も本人は全く意識していない。


彼女の中でストレスが限界までくると精神的に不安定になる。


ストレスで耳も聞こえにくくなる。


あっくんのことで“困ってる”を通り越して、壊れてしまう。


彼女と話しているとそう感じる。

No.60



ヤバイ…


気持ちが沈む……。


今日はもう何もできない。

No.61



翌日、家庭支援センターの小山さんに電話した。


少しだけ時間があるというので、コウタの話と横井さんの電話の件を簡単に話した。


「今日、夕方、時間あるから、
コウタくんとおいで」


私の話をひと通り聞いた小山さんが言った。


「…ありがとうございます」


私は少しホッとした。


話を聞いてもらえるとやっぱり楽になる。


小山さんも忙しいだろうに…でも、ありがたかった。

No.62



寒い冬から少しずつ暖かな陽気へと移り変わり、気持ちもホンワカとしていた。


大変だったコウタの1年生が終わり、桜の咲き誇る季節にゆったりゆっくりしていた私。


斉藤先生には2月終わりに指摘されていた今回のこと。


言葉に出していなくても、コウタは私の気持ちを敏感に感じ取り、また自分の気持ちを抑えて、教室や周りと一緒にいようとしていた。


小山さんに会って、私はここ数ヶ月のことを話した。


コウタは久しぶりに支援センターの中に入って、以前、訓練に通っていたときにお気に入りだったおもちゃで出してきて遊んでいる。


「コウタくんの成長だね。
お母さんの気持ちにコウタくんが気付いたのも、周りと自分の違いに気付いたのも、コウタくんがこの1年で成長したからだよ」


いいことじゃないと小山さんは
ニコちゃんになった。


「でも、私の気持ちにコウタを振り回してるようで…斉藤先生にも
コウタをちゃんと見てって」


斉藤先生にじっと見られたとき、目をそらしたのはそんな気持ちを見透かされたような感じがしたからだろうか?


「いいのよ、斉藤先生が何て言おうと!
お母さんはよくコウタくんのことを見てるわ。斉藤先生もいろんな子どもたちを見ているだろうからね。こういうことじゃないかってパッて分かったんだと思う。でも、お母さんはコウタくんだけでしょ?
ちゃんと説明しない斉藤先生も良くないわ」


小山さんは大らかに笑い声を上げたかと思ったら、急に声をひそめ、私に小さく、おいでをした。


「ね、新居先生、若くて熱心でかっこいい先生よね」


ニカッと小山さんは私と目を合わせる。


私はポッと頬が赤らんだ。

No.63



特別、意識したわけじゃなくて、新居先生の前で、涙もろくハンカチを出したことを思い出したからだった。


「それから、横井さんにはこちらから電話します。田村さんも私に連絡するように言ってくれたんですよね?」


赤ら顔をちょっと隠すように、頬をなでながらうなずいた。


「大丈夫よ!そんなに赤くないわ(笑)」


いや~(>_<)。
小山さんてば!


何か、恥ずかしかった。

No.64





その週の金曜、コウタの通級日。


いつも斉藤先生の話を聞いて帰るだけだったけれど、小山さんの大らかな笑い声とともに“気にすることない”と言ってもらえた気がして…


「斉藤先生…1年生の終わりに先生が私に“焦ってませんか?”って言いましたよね」


「え?ああ…でも、今はコウタくん、落ち着いてきてますよね。お母さんも…新居先生が受け入れてくれてるからかな」


私は少しためらってから、


「どうしてあのときに何も言ってくれなかったんですか?」


ストレートに聞いてみた。


斉藤先生は間をあけ、何かを思い出して…優しく笑っただけだった。


きゅん…


「コウタくんもお母さんも元気になって良かったです」


斉藤先生はそれだけを言うと、それじゃ、またと一礼をして帰っていった。


きゅんって…
あれ?今の何…?

No.65



新居先生と面談してから、コウタは新居先生手作りの宿題も合わせて持って帰ってきていた。


ひらがなやカタカナ、拗音の入った言葉を使って、新居先生のオリジナルの絵に合わせて正確を書いたり、穴埋め文字や虫食い漢字、迷路やしりとり文字埋めをしたり…簡単な計算式や絵の数を数えたり、動物クイズや□○△を使って絵を書いたり…コウタは楽しみでその宿題は大好きだった。


合わせて、みんなと同じ宿題を半分以上でできるところまでと新居先生と相談したらしく、それも頑張っていた。


今日は頑張った!とコウタが思うとき、宿題でもテストでもノートでも、新居先生のオリジナルキャラの怪盗が登場する。


コウタもクラスの子もそのキャラが大好きだった。

No.66



早いもので、1学期が終わる。


コウタは新居先生のクラスで、楽しみつつ、学校生活も学習も頑張っていた。


私も背伸びせずに、コウタのできることとちょっと頑張ったらできることを少しずつ見つけ、コウタとやってみた。


コウタができたときに見せる、嬉しそうに笑う顔がたまらない!


夏休み。


今年は川遊びをめいいっぱいしよう!

No.67




2学期、それは少しずつ始まった。

コウタが朝、今日は行きたくないとためらいがちに言ってきた。


暑さが残ってるから夏バテかな?


そのときはそう思った。


が、毎週、どこかで1日休みたいと言ってきた。


特別、何がイヤというわけでもないらしい。


でも、行かない日があり、コウタに聞いてみる。


「コウタ?学校、何かイヤ?」


顔を強ばらせ、身体がかたい。一点を見つめ、私を見ずにうんとうなずいた。

No.68



「友だちのこと?」


「勉強かな?」


「学校に行くこと?」


コウタの理由はコロコロと変わった。


坂本先生や新居先生とも何度も面談し、小山さんの知恵も借りた。


通級には相変わらず、行く。
斉藤先生にも学校の様子を話すけれど、何となく新居先生のやり方とは違っていて、私もだんだん何を考えて、何をしていくのか分からなくなってしまった。

全部が理由で全部が理由ではなかったから。

No.69



そうこうしているうちに、コウタはお布団から、クローゼットから、部屋から出てこなくなってしまった。

学校をお休みするとなると、泣き止み、頭もおなかも痛くなくなり、すぅと出てくる。


励ましたり、怒ったり、なだめ透かしたり、頑張ったらねとしてみたり、、、こちらもいろんなことをした。


でも、コウタの何かが分からないうちは何も効果がなく、その何かはたくさんの理由を隠れ蓑にして、ちゃんとあった。


そこにたどり着くまで、2学期間のほとんどを費やしてしまった。

No.70





「コウタくん、どうですか?元気にしてるかな?」


私が前の人と入れ替わりで教室に入ると新居先生が言った。
今日は個人面談…。


コウタのことで、電話や新居先生の空き時間にちょこちょこ話していたので、面談と言っても、それほど話すことはない。


「って言っても、一昨日に話しましたね。何回も学校に来ていただいて恐縮です」


コウタがずっと学校を休み始めるようになって2週間ほど経った頃の面談だった。


「コウタくん、学校に来ているときは楽しく笑って、友だちとも遊ぶし学習も遅れてるわけでもなかったんですが…何かあるんでしょうね」


「私も時間と気持ちの余裕があるときに聞いてみるんですが…いつもの答えで」

No.71



新居先生はホントに頑張ってくれている。


1学期もコウタの気持ちを大事にしてくれ、コウタが思ってることをゆっくりじっくりと引き出してくれた。


優しい、けど怒るときは怖い…そして一本筋が通っていて、大事ことが分かってる新居先生。
だけど、おっちょこちょいで、よく“忘れたッ”って言ってる。


子どもに慕われて、ポケモンが好きで、ちょっと子どもっぽいところもある(笑)。


ピアノが得意で、子どもたちにもたまに弾いて聴かせていた。


子どもの気持ちに寄り添ってくれる。


コウタも大好きな新居先生。

No.72



「ゆっくりやって行きましょう。……それで、朝、コウタくんのお迎えに行こうかと思っているのですが、、、」


え?朝?


「先生、それは大変ですよ💧…朝はコウタと長々、話していて、学校にいつも連絡が遅れてしまって。…すいません」


「いえ、それは大丈夫です。ぼくこそ、お母さんに負担をかけてしまって、朝、コウタくんにぼくが声をかけたり、迎えに行ったらどうかと思ったんです…」


新居先生の通勤途中に我が家があるのは知っていた。


コウタは毎朝、調子が違っていて、確かに新居先生に声をかけてもらったら、行くと言いそうなときは今までもあった。


だけど、きっと、大変…。

No.73



「それで、いけないことなんですが…メールで朝のやり取りができたらいいかなと思っていて、メルアドの交換をと思ってます」


メール?
メルアド?


「…先生、ありがとうございます。
でも朝はやっぱり大変だと思います。力づくで連れて行こうとは思っていないし、先生が声をかけて下さったら、コウタも気持ちが揺れると思います。
けど、お迎えに来てくれた先生とコウタが急に行きたくないと思ったとき、先生にご迷惑とコウタが先生に応えられなかったって別の意味で先生と距離ができてしまう気がします」


「コウタくん、イヤかな?」


「新居先生が大好きだからですよ。先生は“学校で待ってるよ”って言って下さるのがいいと思います」


私はコウタのことをいっぱい考えてくれたことが嬉しかった。


メルアドの交換はしなかった。


…このときは。

No.74



新居先生との15分程度の面談が終わり、教室を出ようとすると、

「あ、下まで」


新居先生が下の昇降口まで送ってくれた。


「でも、いつでも何でも言ってくださいね。ぼくもコウタくんの力になりたいから」


と言って、にっこり笑ってくれる新居先生。


そう言葉で言われると、何だか恥ずかしく照れくさい。


小山さんじゃないけど、やっぱり新居先生は若くて、熱心でかっこいい人。
そして実直で素直。


お母さんたちからも人気があるのが分かる。


保護者会が終わるといつも新居先生と話をしようと列ができるのだ。


私も少しだけ、話すから同じかな(笑)。

No.75



と、ちょうど次の面談の村山さんが来たところだった。
私は軽く村山さんにあいさつ。


「もう少し、話したかったな」


それはとても小さな呟きだった。私はすぐ隣に立つ新居先生を振り返る。


「田村さん、また。ありがとうございました」


村山さんは「遅れたーッ」と新居先生にドンッと身体を軽くぶつける。


「田村さん、お疲れさま~。先生のお見送り付き?いいなぁ。先生、私も送って♪」


「え?こうして出迎えたのに?やです」


「えーッ、じゃ今度のお楽しみ会、先生の嫌いなニンジン使っちゃお!ニンジンパンケーキ(笑)」


「それはやめてください💦」


村山さんはクラス役員…。
普段から接する機会が多い分、からかい口調に新居先生をいじる。
そして、いつものじゃれあい。


ちょっとうらやましかった。

No.76



11月に入り、今度は通級の個人面談。


こちらは時間に余裕があり、30分枠。


コウタがずっと学校を休んだままのときに面談をした。


斉藤先生はいつになく冷たい雰囲気で…もしかしてご機嫌ななめ?


「今日はお忙しい中、ありがとうございます」


斉藤先生はそれだけ言って黙ってしまった。


うわー何だろ?
話しにくい…。


「先生?…何かありました?」


「あ…いえ、さっき、新居先生と電話で話したんです。少しだけ」


新居先生と電話?


「お母さんを戸惑わせないで下さいと言われました。自分がよけいなことを言ってるみたいですね」

えーッ、新居先生💦💦


「コウタくん、今、学校に行けなくなっていますよね。
友だちや学習のことで何か言ってますか?」


早口ッ…


「特には。朝、学校に向かうまでがイヤなのかな?って最近は思っていて」


「コウタくん、こちらでも学校のことは言わないのですが、案外、新居先生が苦手なのかもしれませんね」


さらっと斉藤先生は言った。


「いえ、コウタは好きですよ」


しばらく、沈黙が流れた。


流れる空気が重たかった…。

No.77



たまらない重たい空気を壊そうとあのッと声をかけようとすると、


「自分は以前、こういうときは口を出してました」


斉藤先生がおもむろに話し出した。


「前、お母さんに焦っていませんか?と言ったときもそれ以上のことは言いませんでした。
お母さんも何で何も言わなかったのかって聞かれましたね…自分は前の赴任校で…」


「前任校ですか…?」


斉藤先生がふと私を見る。
私は目をそらさなかった。


斉藤先生が先に目を伏せた。


「いえ、何でもありません。でも惑わせてるつもりはないですよ」


それからは今まで通りの面談になり、淡々とコウタの今後の話をした。

No.78



翌日、私はコウタの自学習ノートを持って学校に行き、新居先生に昨日の面談のことを話した。


新居先生はクックッと笑った。


「もうッ!私、どうしたらいいのか分からなかったですよ💦」


「すみませんでした。
でも、いつもそんな感じですよ。自分の言いたいことだけ言って、こっちだってちゃんと相談したいんです」


ん?斉藤先生はちゃんと話を聞いてくれるよ?


「でも、意外ですね。お母さんを惑わせないでって効いたんですね」


新居先生はまた可笑しそうに笑った。

No.79



「あ、斉藤先生はコウタは新居先生が苦手じゃないか?って言ってましたよ」


今度は新居先生の動きが止まり、

「…斉藤先生、何言ってるんだろう?めちゃくちゃだよ~。コウタに嫌われるのやだなぁ😢」



だけど、経験からなのか、単に斉藤先生から新居先生へのいじわるなのか…、これが当たっていたのである。

No.80





コウタが学校に行けなくなった本当の理由…。

















“新居先生に嫌われたくない”

No.81




コウタは自分の気持ちがうまく言えなかったり、伝えられなくなっていたのは何も友だちだけではなかった。


新居先生が優しく聞いてきてくれることにも、どう答えたらいいのか分からなくなってしまっていた。


新居先生のコウタを思う気持ちとは裏腹に自分の言葉が相手に通じるか、コウタは悩み、分かってもらえないと思ってしまったのだった。

No.82



私もコウタからそれを聞いたとき、ショックだった。


そして、それを新居先生に伝えるのも、困ってしまった。


斉藤先生には言いたくなかったし、私はまた小山さんに相談した。


小山さんは私の話を聞いて、


「あらら」


と、ひと言。


それから、うーんと唸って、


「新居先生にはそれは言わないで、作戦を伝えましょう!」


と、いつものニコちゃんになった。

新居先生も頑張っているのに、すべてを伝える必要はないわというのが小山さんの意見だった。

No.83



小山さんの作戦はこうだった。


「いい?コウタくんは今まで学校に行ってないわよね。
コウタくんに新居先生が待ってるから行こうと、ちょっと無理やりだけど、連れて行って。ここはお母さんの腕の見せどころよ」


可愛くウィンクをしてみせる小山さん。。。


「それで、コウタくんには“今日は帰ります”だけのセリフね。
で、新居先生は“はい、分かりました。また明日”だけ」


「それだけ?」


「そうよ♪」


あっさりしすぎた作戦で、呆気に取られている私に、小山さんはニッと笑ってみせた。

No.84



小山さんのところから帰る途中、コウタには買い物をしてくると言って出てきたから、大型モールの中にあるスーパーに寄った。


最近、はまってるコウタのお菓子を見ていると、


「田村さーん♪」


と声をかけられた。


村山さんだった。


「買い物?ねぇ、コウタくん元気?」


するりと身体を寄せてくるのはいつものことだった。


「うん、元気。コウタの好きなお菓子を見てて」


「あ、それ、おいしいんだよね。ミナミにも買っていこっと」


私が手にしていたお菓子と同じものを商品棚から取る。


「ねぇ、今度、生活科で郵便局に行くよ。コウタくん、どうかしら?」


うーん…まだ分からないなぁ。


「ミナミ、コウタくんに会いたいって。早く学校、来ないかな?って言ってる」


ちょっと苦笑い。


「でも、ホントに待ってるよ。毎日じゃないけど、新居先生もコウタくんの話をしててね。あ、ほら、あの話。面白かった!」


クックッと村山さんは思い出し笑いをした。

No.85



新居先生、何を話しているんだろう?😥


私が学校に行ったときに話してるコウタのことだよね。


面白かった話かぁ…。


村山さんはひとしきり話してから、


「コウタくんのこと、みんな待ってるから」


と言い残して、じゃあね!といなくなった。


…風みたいな人だわ。


私は少し気持ちが軽くなって、
フフッと笑った。

No.86





スーパーの買い物から帰って、冷蔵庫にしまっていると、コウタが走ってきた。


リビングのテーブルには自由帳があり、コウタはいつも自分の空想の世界をつぶやきながら描いている。


「今度、新居先生のところに行こうね」


というと、目ざとく好きなお菓子を見つけたコウタは分かりやすく、ビクンッとした。


「やだ。行きたくない」


「コウタはずっとお休みしてるよね。新居先生が会いたいって」


「やだ。ボクは会いたくない」


「新居先生、コウタのこと、学校で待ってるよ」


「………」


ちらりと私の顔を見上げた。

No.87



不安そうなコウタに優しく言う。


「大丈夫、先生にあいさつしたら帰ろう?」


「あいさつだけ?」


「うん」


「それで帰っていいの?」


「いいよ」


私はにっこり笑う。


コウタはまだ半信半疑な顔で私を見ていた。

No.88



コウタはダイニングの椅子にぺとんと座り、


「……何てあいさつするの?」


目を伏せて、お菓子の袋をいじる。


「朝だったら、“おはようございます”だよ。それで“今日は帰ります”だけ」


コウタがびっくりした顔をした。


「先生、怒るよ」


「大丈夫。先生、怒んないよ」


「先生、学校おいでって言うよ」


「言わない」


「じゃ、一緒に勉強しよって言う!」


「言わない」


つとコウタは黙った。


「…先生は何も言わないの?」


私はちょっと考えた振りをしてから、


「“分かりました。また明日”って言うかも」


「ボクの言ったことに質問しない?何も聞かない?」


コウタのネックはここだった。
そして、小山さんの作戦のポイントなのだ。


「うん」


私はニコニコした顔でうなずいた。


コウタは私の顔をじっと見つめて、


「学校に…行ってみる」


と小さな声で言った。

No.89



夕陽が傾き始める頃、私は新居先生を訪ねて、教室にいた。


新居先生には小山さんの作戦とは伝えずに、簡単に話をした。


「コウタを学校に連れて行きます。それで、しばらくは先生にあいさつをして帰ります。
先生はコウタを引き止めないでほしいんです」


「コウタくん、学校に来ますか?」


「連れてきます。まだ友だちには会えないので先生の空き時間や休み時間とかにしますね」


「はい」


「それで、コウタは今日は帰りますって言うので、先生はたとえば“分かりました。また明日”って感じでお願いします」


私はどんなお願いをしているだろうか?


たったそれだけの会話は、ようやく学校に来たコウタを逆に突き放している感じもしなくはない。

No.90



新居先生が黙っている。


「…それで、コウタくんは何か変わるんですか?学校に来れるのだったら、ぼくのところにいてほしい」


「ごめんなさい、先生。コウタは今までずっと休んでました。泣いたりわめいたり、力いっぱい私にもイヤだと言って学校に来なかったです。少しの間、コウタのリハビリだと思ってください」


新居先生はまた黙ってしまった。今度は考え込むように。


「…分かりました。引き止めません」


私はその言葉を聞いて胸をなで下ろした。


「ありがとうございます」


明日から連れて来ることを伝えて私は教室を出る。


振り返ると新居先生は窓際に寄りかかり、オレンジ色の西の空を遠くに見ていた。


「あの…コウタは新居先生のこと、好きですから」


新居先生は寂しそうに小さく会釈した。


「…ぼくがコウタくんにできることって、ないんですね」


それは消えそうなくらいの哀しい声だった。

No.91



翌日、いつも通りに起きてきた
コウタに私はいつも通りに声をかけた。


今日は学校に行く…ただそれだけのことなのに、1つのめあてができたようで、私は気持ちが楽になった。


たとえ、それがあいさつをして帰るということでも、とても素晴らしいことをするようで、今日はコウタを思いきり、抱きしめてほめてあげようと思った。


中休みに間に合うように、10時には家を出ようと支度をした。


コウタが久しぶりにランドセルを背負う。

「…何も入れてないよ?いいんだよね?」


「うん」


私は今のコウタの姿だけで、すごく嬉しくて涙ぐむ。


コウタは少し緊張した面持ちで、その場に突っ立っていた。

No.92



中休みで子どもたちが校庭で遊んでいた。


体育館入り口の対面くらいに子どもたちの昇降口と事務室がある。


コウタはそこを少し隠れるようにしてささっと通った。


新居先生は多分、職員室。


職員室は2階なので、東階段をそっと上る。


コウタは久しぶりなのに、周りを見る様子もなく、口を一文字にしたまま、少し下を向いていた。


連れてくる途中途中で、やっぱり帰る!を言われるかと思ったけれど、校門近くでも学校の中でも、その歩みは止まらなかった。

No.93



廊下をゆっくり進んでいくと、突き当たりに職員室がある。


ガラスのはまった扉から2、3歩前でコウタは止まった。


私が扉に手をかけるとコウタが私の洋服の裾をつかんだ。


私はそれをそのままに、


「こんにちは。田村ですが新居先生、いらっしゃいますか?」


扉を静かに開け、言った。

No.94



自分の席にいた新居先生は扉を開けた私を見つけ、うなずいた。

扉まで来ると、ひょいと顔を廊下に出す。


「コウタくん」


新居先生の小さな声かけにコウタはささっと私の後ろに隠れてしまった。


「こんにちは。久しぶりだね」


廊下に新居先生も出てきて、


「コウタくん」


ともう一度、声をかけた。


コウタはぎゅっと私にしがみついてきた。


「コウタ、先生にあいさつできる?」


私は身体をねじらせ、コウタを見た。


コウタはイヤイヤと頭を振る。


「ん?できそう?」


もう一回、首を振った。

No.95



新居先生は小さく小さくふっと息を吐くと、その場にしゃがみ込み、コウタに声をかけた。


「いいよ。先生、待つよ。久しぶりだから、コウタくんの顔が見たいけど、我慢する!…コウタ、手でバイバイ」


恐る恐る振り向いてる私を見上げるコウタ。


私がうんとうなずくと、コウタはまた恐る恐る手だけを出した。


…バイバイ👋。


「ん、コウタ、また明日」


新居先生が言い終わるかどうかの内に、コウタは私から離れ、一目散に今、来た廊下を走っていった。


走り去ったコウタの背中を見送りながら、小さなため息…。


それは、私と新居先生のコウタがここまで来れた安堵感とこれから先への不安感が入り混じった…小さなため息だった。

No.96



次の日、今度は3時間目の音楽の授業で、新居先生は空き時間。


2階にある教室をそぉっとのぞいてみた。


「先生、こんにちは」


声をかけるとこちらに気付いて、先生が立ち上がり、


「コウタ、こんにちは」


出入り口の端っこからちょこっとのぞいたコウタに言った。


コウタは身動きせず、ただまた手を出して、バイバイ👋をした。

No.97



次の日は金曜日、今学期、最後の通級日だった。


斉藤先生にイヂワルなのか嫌みなのか…“コウタは新居先生が苦手”と言われた面談から今回、コウタの登校トライが始まった。


斉藤先生にはどんなトライをしてるかは具体的には伝えていなかった。


言いたくないのもあったから。


私自身、新居先生の味方…ぽくなっていた。

No.98



通級のお迎えの帰りがけ、いつものように斉藤先生と今日のコウタの様子を話した。


斉藤先生が淡々と話す。私はコウタがちょこちょこと動き回っているのを目で追いつつ、聞いていた。


私、斉藤先生の顔を全然、見てない…自分でそう分かった。


気まずい?何だろう?
イヤなの?

No.99



いつもなら斉藤先生は“また来週”と言うけれど、今日で今学期はおしまい。


今度の通級は3学期…なので、


「さようなら。良いお年を」


が、先生の別れのあいさつだった。


「先生も良いお年をお迎えください」


私もペコリと頭を下げた。


コウタを呼んで帰ろうとすると、戻りかけた斉藤先生が私を呼んだ。

「お母さん、登校シールがコウタくんには向いてると思いますよ」


斉藤先生は私の顔をしっかり見て、


「手帳でもいいので学校に行けたら、あいさつだけじゃなくて、シールを張るんです。そうするとコウタくんも自分が頑張ってるのが分かりますよ」


そう言い残して戻っていった。


私は返す言葉が見つからないというより、何を言われたのか、そのときはよく分からなかった。

斉藤先生に、私が先生と話したがらないのを察しられているのも気付かれているなんて、もっと分からなかった。

No.100



シール?
手帳?


“登校手帳+シール”


そんな感じで頭にポワン💡と浮かんだ。


土日の休みに100円shopで手のひらサイズの手帳と文房具屋さんをめぐり、可愛いどうぶつたちが✨👑✨ピカピカ王冠をかぶってる
シールを見つけた。


コウタに見せたら、なかなかご満悦な様子でシールを眺めてニタニタ🎵していた。


そんなコウタを見ていて、私は通級の連絡ノートをふと思い出した。


1年生のときの担任の先生との面談を頑張ったとき、斉藤先生が連絡ノートにコウタと同じ😺シールを張ってくれたっけ…。


あのシールを見つけたとき、自分の頑張りを応援してくれて、認めてもらえて、見守ってもらえていたように思えた。


すごく嬉しかった…コウタも同じかな?そんな感じなのかも。


コウタのニタニタ🎵を見ていて、そう思った。

No.101



月曜日、コウタと中休みに新居先生に会えるように家を出た。


コウタは土日に買った手帳と折り返しに入れた👑シールを手にしていて、今日は少し嬉しそうだった。


職員室に行くと新居先生が待ちわびたように出てきてくれた。


「コウタ、こんにちは」


コウタは今度は逃げずに私の横に立って、手帳をモジモジといじっていた。


それに気付いた新居先生がしゃがんで、手帳をつんつんとした。

コウタは私の後ろにぴょんと隠れた。


「コウタ?お母さんから話してもいい?」


コウタがうなずく。

No.102



コウタから手帳をもらう。


新居先生は立ち上がって、一緒に手帳をのぞきこんだ。


近い…😳。
ちょっとドキドキ。


「先生、コウタが学校に来たらシールを貼って欲しいんです」


手帳は12月を開き、シールも見せた。

「ぴかぴか✨シール(笑)。👑もかぶって、どうぶつたちも可愛い」


新居先生はふふっと笑う。


「コウタ、このシール、よく見つけたね。乗り物や虫じゃないのがコウタらしい」


「先生、コウタも手を振るだけじゃなくて、シールを貼ってもらうことで先生とふれ合えるし、自分で頑張ってるのが分かると思います」


「…そうですね。いいと思います」


コウタが私の後ろからチョロッと顔を出した。

No.103



「コウタ、今日はどれにする?」


新居先生は屈んで、コウタにシールを見せた。


「トラ!🐯」


確かにいちばん猫っぽい(笑)。


新居先生がペタと手帳に貼って、コウタに渡す。


コウタがくしゃくしゃの顔をして、嬉しそうに手帳をぎゅっと抱きしめた。


新居先生がホッとしたように静かに微笑んだ。


コウタのくしゃくしゃの顔も新居先生の安心した顔も、どちらも私の心にキュンと響いた。

No.104



登校手帳に👑シールを張る


コウタが学校に行って新居先生に会う


先生と少しだけ話をする
(私には内緒だそうで2人で頭を寄せて話してる😏)


コウタがちょっとずつ元気になる


コウタに学校に行くエネルギーがたまってきているのが分かる

No.105



2学期の終業式の日。


子どもたちがみんな帰ったあとでコウタと学校に行った。


だいぶ寒くなり、木枯らしのように冷たい風がピュー🍂と吹くと、つい立ち止まって、身体を震わせた。


「寒いね~」


「寒いね~」


コウタと同じ言葉の繰り返し。2人顔を見合わせて、にっこり笑った。


教室に向かうと、新居先生が部屋を暖かくして待っていてくれた。


「あったかーい🎵」


コウタと今度はふふふっと笑った。

No.106



新居先生がそんな私たちを見て、笑っている。


…私は急に恥ずかしくなってしまった。


「今日で2学期はおしまいです。コウタ、お手紙と宿題のプリント」


はいっと渡され、コウタはうわぁ😱という顔をした。…笑える。


私にはコウタの成績表の“あゆみ”。今学期はコウタは学校に来ていないから評価はつかないというかもう少しの評価しかつかない。


…仕方がないね。


「田村さん、今学期はぼくの力不足で申し訳ありませんでした。3学期はコウタくんが楽しく通えるよう頑張ります」


新居先生が改まって言い、頭を下げた。


私は小さく首を振って、


「新居先生はコウタのことをいつも考えてくれてありがとうございました。登校手帳も上手くいって、コウタもどの👑シールにしようか楽しみらしくて(笑)ありがとうございます」

No.107



コウタが👑シールと聞いて、すかさず登校手帳を出してきた。


今日は🐰。


ニマニマ🎵して👑シールをなでている。そんなコウタに新居先生は松ぼっくりツリーを見せてくれた。


スプレーでコーティングした銀色の松ぼっくりに、色とりどりのビーズが飾り付けてあった。


「すごい!先生が作ったの!?」


コウタは松ぼっくりツリーに目が釘づけ。


「生活の時間にみんな自分のを作ったのですが、コウタくんはお休みだったので…コウタ、先生のでもいい?」


手のひらに乗せてもらった、松ぼっくりツリーに目が奪われているコウタ。


「先生、ありがとう」


コウタがはしゃぎまくる。


「また、3学期にね。元気で会おうね!…田村さん、3学期もよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします。ツリーもありがとうございました」


私はペコッと頭を下げた。

No.108



終業式が終わり、子どもには楽しみな冬休み…Xmasとお正月。


Xmasにはコウタが欲しがっていた
ゲームソフト。


年末は夜遅くまで起きている日が続いて、ちょっと寝不足な中、宿題をしたり、私とお正月のお買い物をしたり、大掃除まではいかなくても家のお手伝いをしてくれた。


お年始は近くのお不動さまに家族で初詣。


あとはゆっくり家で過ごし、新年になって初めて降った雪に、
コウタは喜んでいた。


そうして、3学期がそろりそろりと近づいてくる。

No.110

>> 109

おはようございます。

旦那さん…、出てきませんね。

それぐらい、子どものそういうことには関わっておりません。

家族としては子どもを可愛がってくれていますし、期待もしております。

No.111




新年のあいさつで届く年賀状。


その中には、新居先生からも斎藤先生からもコウタ宛てに来ていて、届いた日からずっとコウタが何回も新居先生の年賀状を見ていた。

3学期の始業式前日の夜。


「…明日、学校、、、行こうかな」


コウタがためらいがちにつぶやく。


夜ご飯の片付けをしている私の側に来たコウタの手には、新居先生からの年賀状があった。

No.112



翌日、朝の光がキラキラ光っていた。少し冷え込み、だけど穏やかな朝だった。


コウタは静かに起きてきて、ゆっくりご飯を食べた。


「一緒に行こうか?」


コウタは首を振った。


「…先生と行く」


家から一本、道を出ると駅から学校までの通り道になる。


駅を使う人たちが使う道でもあり、車道も2車線ある大きな通りだった。


新居先生や養護の坂本先生たちも電車通勤の人には朝の時間が合ったり、帰りの偶然だったりと、、、会うことがある。


先生たちが使う電車の朝の時間は知っているから、コウタも通りに出ていれば、新居先生に会えたりできるのだ。


「先生に会えなかったらどうする?お母さんと行く?」


コウタはそれは考えてなかったみたいで、手にしていたパンを持ったまま、止まってしまった。


新居先生の連絡先は知らないし知っていても、朝から迷惑だ。(学校メールがあり、学校やクラスからの連絡はそこからの配信で、一応、電話連絡網もあるけど、
トップは学校になっている)


それに新学期早々からこんなお願いもできないと思った。


「お母さんも行くよ。先生に会えなかったら、お母さんと行こう?」


コウタはうんとうなずいた。

No.114

>> 113

そうですね。
109さんの言われる通り、育児不参加かな?


子どもが小さいときにはよくケンカの元でしたが、大きくなった今は親子仲は普通で、スポーツ観戦やキャッチボール、休みの日に2人で出かけるのが楽しみだそうです。


子どもの特性についての深い理解はあまりありませんし、旦那さんがコウタにいつも言う根性論だけで特性が解決することでもありません。


また逆に、私が子どもの特性のところで、どっぷりハマり、落ち込んでいても助けてくれるわけでもないですが、コウタはコウタだろ?と普通の子と変わらない対応をしてくれると私も気がラクになるときも確かにあります。


話の中では出てこないですが、旦那さんはそういう一歩引いたところでコウタの特性と関わる人です。


育児に参加してくれる旦那さんを街中や旦那さんの妹夫婦の義理弟の姿を見ていると、確かにうらやましく感じます。


だけど、私は私で妻として母として家庭を守る部分で至らないところもラクをさせてもらってるところもあるのだろうと最近では思っております。

No.115



7時45分の電車…最寄りの駅から発車したのが通りから見てとれた。


「あの電車に乗っていたら、もう少ししたら、ここを通るよ」


手袋とマフラーをしてコートも着ているけれど、動かないで待っていると朝の寒さはやはり堪える。


コウタと白い息を吐きながら、待っていると、


「田村さん!おはようございます」


と養護の坂本先生が声をかけてくれた。


「おはようございます」


コウタは私の隣から走り出し、坂本先生が出した手のひらめがけて、軽くパンチ👊をした。


2人の朝のあいさつらしい…。

No.116



「あの、新居先生は?」


連続パンチ👊を繰り出してるコウタはキャッキャ、キャッキャと喜び、坂本先生は面白おかしく、それを受け止めている。


「新居先生なら今日は早めに行くと言っていたから、もう学校だと思う…コウタくん!おしまい!」


はあ~疲れたと声を出して言う坂本先生。


「新居先生と待ち合わせ?」


「あ、いえ…コウタが新居先生と一緒に行きたいと言ったので」


「そう、じゃ私と一緒に行こうか」


うんとうなずくコウタ。


意外とあっさり。
少し拍子抜け…した。


坂本先生と歩き出したコウタに手を振って、後ろ姿を見送った。

No.117



その日はコウタが帰ってくるまで、何をしててもソワソワしてた。


普段、何気なくしている家のことも手がつかず、おざなりで、気付けばため息ばかりだった。


コウタは学校へ行くと言ったけれど、教室じゃなくて、保健室や相談室にいるのかもしれない…。


何だか不安…、
何だか心配…。

No.118



そんな不安な気持ちを抱きながら、欲張りになってしまっている自分に気付く。


コウタが学校に行ってないときは、少しでも学校に行けるといいのにと思うのに、今度は学校に行けるなら、教室にと思ってしまう。


次々とコウタにこうなってほしい思いがつきなくて、コウタへの期待がふくらんでしまう。


ひとつひとつのステップを時間をかけて、、、私は“待つ”ことがあまりできないのだと思った。


コウタの気持ちを待つ、寄り添おうと思っているのに、行動が1つできると次は、次はと……。


なかなか難しいけど、私自身、“それでいい”“頑張ってる”と、コウタのことを見守ろう。

No.119




コウタが学校から帰ってきた…。


さっき、見守ろうと思った私は何も言わないで、コウタから話してくれるまで待とうかと…。


コウタはランドセルから学級便りの“夢いっぱい通信”や学校からのお手紙をテーブルに置く。


それから自由帳を出して、いつものようにお絵かきを始めた。


私は通信やお手紙を広げ、読み終えてから、お昼を作ることにした。


何だか、、、私だけが気を張ってる…?


コウタの楽しそうに遊ぶ声を背にしても、全然、気が抜けなかった。

No.120



お昼は簡単にチキンライスを作った。


チキンライスの上にコウタの好きな猫の顔。

スープはなしで、お茶を出した。


コウタがちらりと私を見る。


2人向かい合って食べ始めたけれど、私の気持ちはざわざわしたままだった。


…何で見たの!?
あ~我慢できない!
間が持たない!


「コウタ、学校どうだった?」


「うん」


うん、だけ?


「楽しかった?」


「特に」


特に…ってどっち?


「新居先生と話した?」


「うん、登校シール、貼ってもらった!」


「え!?」


私の驚いた声にコウタが私を見た。

No.121



「👑シールだよ?学校に行ったら貼ってくれたよ」


「あ、うん。良かったね」


「今日ね、クマ🐻にしたんだ。あとで見せてあげるね🎵」


コウタはまたチキンライスをパクパクッと食べ始めた。


私はいっぺんに気が抜けた。


コウタの中では、学校に行って新居先生から登校シールをもらうこと(先生も👑シールを貼ること)が普通でとても当たり前に続いていたから…。


私は自分の焦りを感じて、自分を諭し、それにも関わらず、力の入ったままの自分をバカバカしく感じた。


うん、これでいいんだよね。


「コウタ。簡単コーンスープ、いる?」


私はもう食べ終わりそうなコウタに聞いた。


「うんッ」


コウタが嬉しそうに笑った。

No.122





3学期、コウタはたまに休みたいと言いながらも、私があまり気にならないほど、朝から学校に行けた。


2学期、あれほど泣いて力いっぱい抵抗していたのが嘘のように、、、コウタの中で新居先生に対する気持ちや私の気持ちが徐々に落ち着き、コウタも学校生活が楽しみになった。


心の余裕が大事


それが分かっていても、先の見通しが立たないことに焦りと不安を感じる。


待つ心の余裕も持てなくなる。


コウタもそんな私に引き合ってしまったり、巻き込まれてしまうこともあったのだと思う。


子どもの成長はらせん状、ぐるぐる回りながら上にのびていく。

子どもが成長するときはジャンプするときと同じように一度、力をため込む。
それから、大きく跳ね上がる。


どの子も大きくなる、成長する。

どの子も変わる、変われる。


どの子も認められたい、愛されたい、ほめられたい。


そう分かっていても、私はすぐに余裕がなくなってしまうのだ。

コップからあふれ落ちる愛情や心の余裕が持てるよう、コウタも私も成長していきたい。


そう思う。

No.123



3学期の始まりから、順調にコウタは学校に行っていた。


登校シールも行ったら👑シールを貼るだけでは物足りなくなり、コウタが喜びそうなことをプラスしてくれた。


新居先生はたまに行きたくなくなるコウタの姿があったから、1週間、続けて来れたら、週終わりの金曜日、放課後に先生と2人でお話やコウタのしたいことの時間を作ってくれた。


それでコウタが頑張れたり、頑張る力がつきて、休んだりしてしまったけれど、その新居先生との10分あるかどうかの時間を、コウタはとても楽しみにしていた。

No.124



コウタの登校手帳と新居先生との
フリータイムが慣れてきた頃、家族で近くの温泉施設へ出かけた。


コウタはお父さんと入って、私は
ゆっくりしっとり温泉タイム🎵


コウタと一緒だとサウナに入れないと
ブウブウ文句を言うけれど、男同士たまにはどうぞ(・_・)と思う。

それでも2人して長風呂なのだ。


私は髪を乾かし、お食事どころで2人が上がって来るのを待つ。


お風呂あがりにビール🍺が飲みたい!と思うけど、帰りは運転なので我慢😭。


コウタが先に上がって、私を見つけるとある人の名前を少し興奮気味に言ってきた。

No.125



「お母さん、新居先生がいたよ。お風呂で会った~」


はい?


「え?新居先生がいたの?」


「うん、お父さんも会った」


お風呂で?
なんか想像したら、笑えた。


温泉施設近くの住まいなのは知っていたけど、意外なところで会って、コウタは嬉しそう。


火照った身体を冷ますように、頼んだレモンスカッシュを私が飲んでいると、グラスの中の🍒をコウタに食べられてしまった。

No.126



翌日、めずらしく朝にコウタが行き渋りを見せた。


「帰ります する~😭」


帰ります とはコウタが一度、学校に行って、新居先生に会って帰りますとひと言、言ってそのまま帰ることで、2学期の小山さん作戦の名残りが残ったものだった。


あとになって知ったことだけど、これは早退扱いになるそう。


私はずっと休みなんだと思っていた…。


時間割りを見て、新居先生の空き時間を確認する。


2時間目が空き時間だった。

No.127




匿名0です。


最近のことですが、話の中より大きくなったコウタから久しぶりに「帰ります する」と言われました。


新居先生からあとは全く使ってなかったのですが、あれは有効手段としてコウタの中に残っていたことになります。


担任の先生が変わっても親や子どもは変わりませんから、コウタにしてみれば、当たり前のことなのかもしれません。


それだけ、コウタは頑張って学校に通っていたんですね。
ただ、私はびっくりしました。


当然、担任・養護の先生からは引き止めがあり、これにはコウタがびっくりしてました。


コウタには有効手段なので、帰りますで帰りましたが…。


すいません、脱線です。

No.128



コウタの行き渋りは休み明けの月曜日だから?


久しぶりの 帰ります 。


子どもたちが移動したあとの教室を訪ねた。


新居先生にはあらかじめ電話してあったから、私たちの姿を見ると、すぐにドア近くまで来てくれた。


「コウタ~」


めずらしく先生がコウタをぎゅっとした。あまりスキンシップをとる人ではないから少しびっくりした。


「おはようございます。。。帰ります」


コウタ、早ッ💦


「コウタ、昨日、お風呂で会ったじゃないか」


コウタは照れ笑い…


先生から離れて、私の方にぴったりくっついてきた。


「裸の付き合いしたのに(笑)」


入り口付近で寄りかかっていた私と同じように先生も立って、
コウタは小さくて私の影に隠れ、廊下からは見えなくなる。


ふだんとは違う距離の近さで、そんなセリフ。


ちょっと恥ずかしかった。

No.129



新居先生はたまにドキッとするようなことを言ったり、やったりする。


たまにだから、あまり気にはしてなかったし、コウタがいるときのことだから、コウタと仲良しなんだと思っていた。


それが少し違うらしいのは、クラス役員の村山さんと話していたときだった。


私からしてみると、村山さんと新居先生はフレンドリーな感じで、冗談を言い合ったり、ふざけあいもあって仲良さそうで、楽しそうだった。


「そんなことないよ。先生は先生だし、私の調子に上手く合わせてるだけ。私より田村さんのほうが仲いいよ」


「仲がいい?そうかな?コウタのこともあるから話してるだけだと思う」


「確かにね。だけど、違うよ」


ニンマリ笑った村山さんにそんなことないよ💧と私。


村山さんが笑った意味が私にはよく分からなかった。

No.130



2月末、最後の保護者会。


3学期の子どもたちの様子から始まり、“あゆみ”の説明、春休みの過ごし方、新学期の始業式の連絡等。


それから出席した保護者からのひとりひとりの話。


ほとんどの人たちが、子どもがこの1年楽しく過ごせた新居先生の感謝とお礼で、その評価は高かった。


中には“もう1年持ってもらいたい”という人も。


保護者会が終わり、解散していく中、先生とまだ話したり、来ているお母さん同士、雑談したりして残っている人たちもいた。

私も幼稚園から一緒だったお母さんと話をしていた。


年賀状の話をしていたかな?


「先生への年賀状って学校宛てだから、ちょっと寂しいよね」


クラスや学校行事連絡等はメール配信で済んでしまうし、また先生たちの住所等は個人情報で守られ、表には出ていない。


そういう時代なのだから、仕方ないんだろうけど… 。

No.131



「ぼくもそう思います。住所くらいはいいんじゃないのかな」


ひょいと私たちが話していた話題に入ってきた新居先生。


学校に兄弟が通ってるお母さんたちの話は、以前は住所等が載った電話連絡網がどのクラスにも一応、あったという。


若い女性先生は仕方ないにしてもベテラン先生たちまで、個人情報だからなのか、学校トップの校長先生のお考えなのか、この2年ほど一切なしになってしまったらしい。


「子どもたちとのつながりは大事にしたいです」


私は新居先生は子どもたちが大好きで大切に思ってくれるんだと思った。

No.132



そろそろ帰ろうと教室を出る。


靴をはこうとしていると、後ろから村山さんが声をかけてきた。

「ね、仲いいのよ」


最初、何のことか分からなかった。


「私も2学期末に年賀状を出したいからって住所を聞いてみたんだ。そしたら、学校にお願いしますって」


村山さんも靴をはき替えて、私と一緒に歩き出した。


「さっきも先生、他の人との話が終わったら、すいって田村さんの隣だよ?」


「え?そうだった?でも、住所はさっきも特に言ってないし、私も知らないから」


「先生、異動かもね」


村山さんは前を見たまま、表情はかたく、ポツリと言った。


寒くて吐く息が白い。


「田村さんだったら、教えてくれるかもよ。住所や異動のこと」


私の身体をポンとたたいて、村山さんはじゃねーと早歩きで行ってしまった。


村山さんにそう言われても、私はやっぱりどう受け止めていいのか分からなかった。

No.133



あとからこっそり村山さんから聞いた話は新居先生に惹かれていたと。


ファン的に先生が好きで、クラス役員で話す機会はあったけれど、新居先生は先生らしい対応で、それは崩れることはなかった。


そんな中、私と話す新居先生が自分とは違う顔なのに気付いたらしい。


好きだったから、新居先生をよく見ていたからこそ、気付いたこと。


私は自分と話すときの新居先生はみんなと変わらないとずっと思っていたし、今も子どもたちへの愛情深さと思っている。


村山さんの気持ちも分からなくなかった。


新居先生はそれだけ、先生としての魅力があり、とても一生懸命で頑張ってる姿が印象に残る人だったから。


私も村山さんと同じように、そんな惹かれてしまう気持ちに…。

それはハルから始まった。

No.134



コウタは最後の日まで学校に行き、無事、2年生も終わり、春休みに小山さんの作戦成功の話をしようと思っていた。


だいぶ寒さも和らいできた4月の初め、家庭支援センターの小山さんと校庭の隅で話をしていた。


たわいもない家でのコウタの様子を時々、笑いながら話す。


私たちの横を校舎に向かって、歩く同年齢くらいの女性。


春休みなのに、どこに行くのかな?


後ろ姿を見送りつつ、ふと、そんなことを思った。

No.135



女性は学校の昇降口辺りをウロウロ…何か困っているようだった。


こちらに向かって、戻ってきて、私たちに声をかけてきた。


「こんにちは」


会釈をすると、彼女は


「すいません、通級の斉藤先生を訪ねてきたのですが、どこが受付か分からなくて…」


今日は平日といっても、春休み。学校は休みだ。


学校への出入り口はどこも鍵がかかっているし、受付もカーテンが閉まっていた。


小山さんがインターフォンのある場所を告げた。


「中にいる人に声をかけて、先生を訪ねてきた旨をお伝えください」


彼女はお礼を言って、また校舎に向かった。

No.136



「面談かな」


小山さんが少し笑った。


「違う学校の人みたいだけど、、、じゃ、田村さん、またね」


小山さんは家庭支援センターに戻った。


私は校庭で遊んでいたコウタに声をかけた。


「お母さん、ちょっと来てー」


コウタが私を呼び返す。


私たちがいたところのちょうど校庭の向かい側にコウタはいて、桜の木をじっと見上げていた。


今年はまだ寒いせいか、桜はまだ、つぼみのままだ。


今週末に入学式があるけれど、桜は咲くだろうか?


歩いていくとき、さっきの彼女を見た。


校舎の中に無事に入れたようだった。

No.137



近くに来た私をコウタが手招きして、見て!とそれを指さした。


見ると、1つだけ咲いた桜の花。


きれいなピンク色。まだ暖かいとはいえない春の日差しに負けないよう咲いている。


「桜!きれいだね」


私は嬉しそうなコウタの顔を見ながら微笑んだ。


遠くで通級側の出入り口から、斉藤先生が出てくるのが分かった。


「あ、斉藤先生」


コウタが気付き、ちっちゃく、つぶやいた。

No.138



「じゃ、帰ろうか。帰りに買い物していこう」


コウタと手をつなぐ。


私たちが校門に向かって歩き始めると、歩いていた斉藤先生が急に走り出した。


え?


何となく目で追ってしまう。


なんで走るの?
…あの人が見当たらないから?


………………………………


なんで?
面談だったら、約束でしょ?


胸がざわついた。


私はいつの間にか立ち止まって、先生を見ていた。


鼓動が早くなる。


いつも冷静沈着な斉藤先生が急いでる。…あの人の元に行く。


ただ、それだけなのに、私はとっても哀しくなった。

No.139



「…お母さん?」


コウタが不思議そうに私を見上げた。

私はハッとして、


「ごめん、ごめん。行こう」


自分の胸の痛みが残ったまま、私はまた歩き出した。


スタスタと早足で歩く斉藤先生の少し後ろを、彼女が遅れまいと急いでいる感じで、、、通級側の出入り口に戻ろうとしている。


彼女が声をかけているのに振り向きもしない、立ち止まりもしない斉藤先生に少し違和感を感じた。


…もしかして初対面?


目の端で斉藤先生の姿を追いながら、自分で感じた虚空感が大きく、心は落ち着かないままだった。


斉藤先生が誰に会ったって仕事なんだし、私が哀しくならなくたって……だけど、走って迎えに行くのにあんなそっけない態度。


校門を出るときにもう一度振り返ったけれど、そこには2人の姿はすでになかった。


…斉藤先生らしくない。

No.140



コウタ、3年生がスタート。


クラス替えがあり、担任は新任の若い女性先生。


村山さんが言った通り、新居先生は少し遠い市の小学校に異動になっていた。


人気のある先生だったから、異動を残念がる人も多く…その中でも村山さんは、いつも明るい人なのに、元気がなかった。


…通級のコウタの担任は吉野先生になる。


斉藤先生は担任じゃなくなった。

No.141



新学期が始まってすぐにどちらの学校も保護者会があった。


今年は通級の方が早く、私は春休みの一件から斉藤先生に会いたかった。


自分の胸のざわつきや先生があの人の元に走っていったときの哀しみ、斉藤先生らしくない様子やあの人のことが、全部、知りたかった。


校庭の桜は七分咲きといった程度…満開までにはいかないけれど、学校の風景が心弾む色に染まっていると、気持ちがワクワクドキドキと嬉しい気持ちいっぱいになる。


その気持ちのまま、通級の保護者会に顔を出すと、資料を並べていた斉藤先生にいきなり会った。


「田村さん、おはようございます」


ドキッとした。


いつもと何ら変わらない斉藤先生は、今日はスーツ姿。


保護者会の資料を渡され、私はちょっと戸惑いながら、声をかけようとすると、


「井上さん、おはようございます。多田さん…」


次々に来る保護者の人に資料を渡す先生。


私は声をかけるタイミングを失い、
スゴスゴと席についた。


保護者会は校長先生のあいさつから始まり、新しい先生の紹介とこれからの活動の報告があった。


斉藤先生の司会進行だった。

No.142



ひと通り保護者会の内容が終わり、最後は受け持ちになる担任ごとに集まり、曜日で変わる保護者たちが顔を合わせた。


コウタは真ん中の水曜日…学校に2日行って通級、また2日行って土日の中日タイプ。


吉野先生は20代後半くらいの可愛らしい感じのする女性で、新設通級時からいた先生。


吉野先生の隣に作ったグループは声の大きな新しくきた30代前半の男性で遠田(おんだ)先生という。


この遠田先生の声が大きすぎて、私はたびたび振り返っていた。

斉藤先生も少し離れたところに
グループを作り、同じように話をしている。


朝、会ったときにこそドキッとしたけれど、今は落ち着いていて胸のざわつきはなかった。

No.143



帰りのときに斉藤先生と話そうと思っていると、私たちより、斉藤先生のグループのほうが早く終わり、斉藤先生は遠田先生グループにいた多田さんに声をかけていた。


「帰りに職員室に寄ってください。学校に行く日を決めましょう」


斉藤先生はそれだけ言うと部屋を出て行った。


…話、できなかった。


ため息が出た。


春休みの一件にこだわる必要もないのかな?


またコウタの通級日に来たら、先生にも会えるし、いいか…。


だけど、担任が変わっても斉藤先生が学校に行くんだ。
何かあるのかな?


これから帰りに、斉藤先生と話せる多田さんをちょっとうらやましく思った。

No.144



学校の保護者会は翌日に行われ、新任でホントに若いお姉さん先生で、はきはきと明るく、名前は近藤いずみといった。


若さと熱意のあるいずみ先生の言葉から、コウタたちのクラスを応援したくなる。


が、コウタは数日行くと、教室に入れなくなった。


けれども、ここでも登校手帳が役立った。


登校👑シールを貼ってもらったあとは、坂本先生のいる保健室に向かって、1日を過ごした。


「新しいクラス、先生だから、様子をみているんじゃない?」


坂本先生はそんな風に言った。

No.145



うーん、人見知り?


「だけど、保健室にいても、いずみ先生がどんな人かは分からないんじゃ…?」


「そんなことないよ。よく顔を出してくれるし、クラスの子も声をかけてくれてる…コウタくんは新居先生が好きだったから、まだまだ時間はかかるかもね~」


からかうように笑う坂本先生に確かにそうかもしれないと納得の私。


「…離任式はいつですか?」


「25日よ。新居先生、来るって言ってたわ」


25日…私は窓の外を見た。


桜は風に花びらを舞いさせ、緑の葉が見え隠れしている。


今はハル、心弾む穏やかな季節。

No.146



通級も始まっていた。


吉野先生はこの前、ご結婚されたばかりで、前は関西地方に住んでいたようだった。


その地方のイントネーションがあり、物腰も柔らかく感じる。


「コウタくん、可愛いですねぇ」


3年生になった息子をつかまえて可愛い…最近、男の子っぽくなってきたんだけどなぁ。


私は少し苦笑いしながら、そうですかと相づちをうった。


コウタのお迎えにきていて、吉野先生からの今日の報告を聞いていた。


離れた場所で、同じように斉藤先生、遠田先生が子どもの様子について話している。


斉藤先生とは全く話していない。

私は…何となく先生の姿を目で追っていた。

No.147



斉藤先生が戻っていく。その後ろ姿を見送りながら、小さくため息をついた。


担任じゃなくなると、全然、話なんてしない。


前みたいに、先生が近くに来て話をしていたなんて遠い夢のようで、寂しかった。


コウタのこと、一緒に見守った2年なんて、まるでなかったみたい。

何でこんなに切なくなるのかなぁ…。


「吉野先生…」


「はい?」


「春休み、斉藤先生を訪ねてきた人って誰ですか?何か、初対面みたいな、それか面談?…よく分からないけど」


吉野先生は春休み…と小さくつぶやき、それから思い出したように言った。


「ああ、あの人!私もその日いたんですけど、初対面でも面談でもなかったですよ。
斉藤先生に会いに来たみたい」


会いに来た…?


「誰だったんですか?」


私の声は震えていただろうか?

No.148



離任式、当日。


コウタは分かっているはずなのに、めずらしく行き渋りをした。


分かっているからこそ、行きたくないと行ったのだろうか?


コウタは下を向いたままいたけど、


「ちゃんとバイバイしないと、次に会えないんだよね…」


ひとりごとのようにつぶやいて、行くと言った。


離任式のある5時間目に間に合うように、学校に向かった。

No.149



教室には行けないから、保健室に行くと、坂本先生がいらっしゃいと言ってくれた。


コウタがふにゃと長椅子に座る。


とそこに、新居先生と退職された田中先生と校長先生が体育館に行くため、通りかかった。


新居先生は私を見つけ、すぐに
コウタも見つけた。


コウタは狭そうな長椅子の下に慌てて逃げ込んだ。


「コウタ~、来ないのか?寂しいじゃないか。こっちは夢も見るくらいなのに」


コウタをこちょこちょとくすぐって、校長先生に促された新居先生はそのまま、体育館に向かう。


「私も先に行ってるわよ」


坂本先生は私たちに声をかけて、保健室から出ていく。


長椅子の下から出てきたコウタの洋服を直しながら、


「体育館に行こうか」


と言うと、コウタも静かにうなずいた。


大好きな新居先生とのお別れ。ちゃんとできるかな?


夢にまで見るって…ホント、子どもたちのこと、大好きなんだね。

No.150



体育館に行くと、さすがに子どもたちの数が多くて圧倒される。

後ろの壁にちょこんとコウタと並んで立っていると、隣に村山さんが来てくれた。


軽く会釈。


校長先生からのあいさつののち、子どもたちからの手紙、異動や退職された先生たちからのあいさつが順々に進んでいく。


最後の別れのとき、全校の子どもたちが作った花道を通り、子どもたちの歌う校歌が響き渡る。

体育館いっぱいの歌声に混じり、すすり泣く声も聞こえてきて、私はもらい泣きをしてしまった。


村山さんを見ると、2人して泣いていて、恥ずかしくなって照れ笑いをする。


新居先生は最後にコウタのとこに来てくれた。


「コウタ~ッ」


髪をくしゃくしゃにする。私の隣にいた村山さんに気付き、


「村山さんもお元気で」


「先生も。ありがとうございました」


村山さんは最後のあいさつを笑顔で返した。

No.151



体育館からまた保健室に戻ると、坂本先生があることを教えてくれた。


一度、校長室に戻った新居先生たちはそのあと、受け持った子どもたちの学年を訪ねてくれるという。


私とコウタはそのまま、クラスの廊下前で新居先生が来るのを待つことにした。


教室では帰りの会だろうか?
机にランドセルが用意してあったが、なぜかざわざわとしていた。


「コウタ。田村さん」


階段の方から新居先生の声。
今日のために切ったのか、髪は短くなっていた。


やっぱりカッコイイ…(笑)。


新居先生は廊下にいる私たちを見て、すぐに教室に入れていないコウタを知り、少し笑って、


「コウタ、先生の学校においで」


今度はもどかしそうに、


「あ~ホントにおいで。コウタをみたい」


それから私に向かって、


「今、特別支援級にいるんですよ。少人数で個々に丁寧に教えてあげられるから、コウタもいたら…と思ってしまいます」


……優しい優しい新居先生、
その言葉だけで、私はとても嬉しいです。

No.152



コウタは新居先生と握手をして、さよならをした。


保健室に戻り、坂本先生と少し話してから、学校を出た。


コウタがニマニマしながら、


「新居先生、また来るって」


「うん、新居先生、言ってたね。運動会に来てくれるって」


コウタは私の前に回り込み、


「ちゃんとバイバイするとまた会えるね!」


と嬉しそうに笑った。


朝も言ってたけど、それって何かのおまじない?


それが分かるのは、また後日だった。

No.153



新居先生とお別れしたコウタは、それから少しずつ教室に入れるようになっていった。


登校手帳以外に坂本先生考案の
シール帳を始めた。


教室にいれたら1シールで、朝の会から終わりの会までの学校にいる時間を細かく分けた。


これだと1日8~10シール貼れるのだ。

シール好きのコウタにしてみると、すごーくたまる感覚らしい。


毎日、保健室に行って、頑張った時間分、シールを貼ってもらっていた。


「コウタくん、喜んじゃって😁」


坂本先生がたんまり貼ってある
シール帳を見せてくれた。


「毎日、来れて、終わりまでいるし。おうちではどうかしら」


「はい、朝の行きたくないは今はありません。運動会の練習もあるから、楽しいみたいです」


それから私は苦虫をつぶしたような感じで、


「ただ…教室がうるさいって」


坂本先生に言ってみた。

No.154



坂本先生は、


「そうねぇ」


と肯定も否定もしなかった。


4月から5月と移り変わる1ヶ月の間に、特定の子たちの私語が多くなり、小さなケンカやトラブルが多くなって、先生の言葉もその子たちに届かなくなっていた。


運動会の練習は3クラス合同ということもあり、何とか成立していたが、他の専科の授業も騒ぎ放題になって、大人がもうひとりいないと学校生活が成り立たなくなっていた。


4月初めのハキハキと明るいいずみ先生からは想像できない。


コウタはそんなクラスの状況でも、特にどうと感じることはないのか?


…淡々と進む授業の合間にたびたび怒号が入って、何も見ない聞かない感じないフリーズな状態になっているのかもしれない。


コウタだけでなく、真面目に勉強したい子どもたちもフリーズに…。


だけど、困っているのは騒ぎを起こす子たちも同じだった。

No.157

>> 156

おはようございます。
匿名0です。

未熟なものを読んで下さって
ありがとうございます。

削除は私です。

自分でスレ違いをしてしまいました。

まだまだ夜はダメですね。
寂しくなります。

早く吹っ切りたいです!


これからもよろしくお願いします。

No.158



匿名0です。
いつも読んで下さってありがとうございます。


この前、自分で間違えたのですが、あれから虚しさが倍増してしまいました。


少し元気になりたいです。


「ハル」のご意見やご感想があると嬉しいので感想スレを立ててみました。


よろしくお願いします🙇🙇🙇。

No.159



運動会は雨の予想をかいくぐり、少し競技を抑えながら全競技を終わらせることができた。


10時ぐらいに校門に入ってきた新居先生を見つけ、声をかけた。

それからは校庭をぐるりと回る間、たくさんの人たちから声をかけられると立ち止まって、あいさつや話をする。


楽しく談笑や少し真剣な様子で話したり、前に学校にいたときと同じに話をしていて、変わらない新居先生に安心した。


子どもたちの席は不審者対策で保護者や一般の人は近づけないようになっていた。


けれど、新居先生は子どもたちのところへ。


競技の邪魔にならないように、順番ではない子どもたちの席を回り、そこでも人気ぶりを見せていた。


運動会が終わったあと、コウタと話すと、嬉しそうに“新居先生に会った”と言っていたので良かった。


私も会えたし、話せて、気持ちが落ち着いた。

No.160



この頃の私はあることで緊張状態がずっと続いていて、なかなか安心感が得られなかった。


5月の下旬ともなると、それがピークで、その日になると朝から胃が痛く、何も食べられなかった。

そこに一歩足が入るだけで、気持ちが悪くなる。


それが起こるのはコウタの通級日。


緊張状態がマックスになる日…。

No.161



自分でもおかしいと思うが、この頃の私は斉藤先生と話してないことがプレッシャーでストレスを感じていた。


毎週、短い時間だけ話していた私と一緒にコウタを見守ってきたハズの斉藤先生が、たった2週間程度の春休みをはさんだだけで、全く口もきかない話もしない人になったことに重圧を感じてしまったのだ。


頼りや支えといつの間にかなっていた人の喪失感…ではなく、あくまで“話ができない”ことにストレスを感じていた。


話がしたいと思うが担任ではなくなった先生は自分とは話をしない…自分から先生に声をかければいいのに、担当の子どものお母さんと話して戻っていく姿ばかりを見送り、先生もこちらを見ない。


私が吉野先生を待ってひとりでいても、斉藤先生は私の前を素通りして、お母さんと話をして戻る。


私はその間、ずっと緊張状態なのだ。

No.162



私自身、これが何なのかまだ分からなかった。


そんな中、同じようにコウタを見守ってきていた新居先生に会って、話ができて、私は安心した。


月曜日は運動会の代休。


火曜日にコウタが学校に行ったら、水曜日は通級…。


新居先生と話して落ち着いたし、前と変わらない新居先生に安心したし…通級の日にはきっと大丈夫!と自分に言い聞かせた。

No.163



運動会とはまた違って、初夏を思わせるような暑さを感じる日だった。


今日はいつもと違って、少し気持ちがラクだった。


コウタといつものように、家庭支援センターの前に車を停め、小学校の敷地に入る。


と、同時に校舎から出てきた人影が見えた。


斉藤先生だ。


ドキンとして、一気に心拍数が上がる。


「おはようございます」


斉藤先生の久しぶりの声。


私は後ろを振り返った。


私たちにじゃなく、後ろに来た誰かに言ったのだと思った。


先生が私に声をかけるハズがない!と、そのくらい本気で思っていたのだ。


重症だね(・_・;)。

No.164



後ろに誰もいないことが分かり、私も時間差で、


「…おはようございます」


コウタがてってっと斉藤先生に駆け寄る。


「運動会どうだった?雨、降らなくて良かったね」


斉藤先生が外の暑さに長袖を腕まくりする。


左手の腕時計が見えて、キュンとしてしまった…。


これまでだって何回も目にしてきた姿なのに、今日はいつもよりも新鮮で輝いていた。


「うん、楽しかった!あのね、新居先生に会えたよ。先生が教えてくれたでしょ?
ちゃんとバイバイしたら、また会えるよって」


斉藤先生がにっこり笑う。


「好きだと思う人にはちゃんとお別れするんだよ。また会えるから」

No.165



その言葉を聞いたとき、一気に、コウタのおまじないと春休みの出来事を思い出した。


コウタのおまじない
“ちゃんとバイバイしないと次に会えない”


春休み、斉藤先生に会いに来た人。


「…春休みの人もそうなんですか?」


私はつい、口にしてしまった…。

No.166



「…春休み、ですか?」


斉藤先生は何を言われたのか分からない様子で、


「春休みに先生に会いに来た人です。前の学校の保護者の人なんですよね?
もう2年も経ってるのに、どうして先生のところに来たの?」


私は早口に、でも冷静に言った。

斉藤先生は静かに黙って、私を見ている。


コウタは私と先生の雰囲気に何かを察したのか、お母さーんと足に抱きついてきた。


強張った空気が一瞬にして冷め、私はコウタと通級の出入り口に向かう。


私はなぜだか強気で先生に春休みの人のことを言ってしまった。

そのくらい言ってもいいんだと怒りにも似た感情がそのときはあった。


先生は黙ったままだった。

No.167



コウタを送り、車を停めた駐車場に向かうと、ひと組の親子と斉藤先生が一緒に歩いてきた。


…お迎えのためだったんだ


軽く会釈をし、すれ違う。


子どもの担任だったら、あんな気配りや優しさを見せるんだ。


車に乗り込み、3人の姿が敷地内に入るのを見ていた。


何でこんなに苛立つんだろう?


担任だったから、コウタのことをたくさん考えてくれて、配慮してくれて、私にも頑張ったねって😺シールを貼ってくれて…優しくて…いつも応援や声かけをしてくれて……。


担任だったから、、、。


シートに寄りかかり、窓の外を眺めていると、涙がひとつぶ、落ちた。

No.168



じゃ、あの人は何なの?
前の学校の人なのに、どうして来たの?


何で担任じゃないのに、優しさを隠してまで、どうして思いやってるの?


担任だから、
優しく接するんでしょ?


気配りや配慮をするんでしょ?


私なんて全然!
全然、担任じゃなくなったら、何もないんだよ!?


変じゃんッ


ずるいじゃんッ





私には何も………。

No.169



ハルからずっと調子が狂いっぱなしだった。


春休みの人


斉藤先生の先生らしくない態度


私は担任じゃなくなって、先生と話さなくなって……


だから、担任じゃなくなったからだと思おうとしてるのに、春休みの人のことを思うと、何で?とずっと堂々めぐりしてて…。

先生の異動があったのに、
2年も経つのに先生に会いに来るなんて。


私なんか週1で姿は見るけど、何も接点なくて、先生の後ろ姿をいつも見送っちゃうし、気になるし、だけど、全然、話せなくて、変な緊張状態が続くし…。


それなのに、先生が、
“好きと思う人にはちゃんと”なんて言うから、春休みの人のことかと思っちゃうし……。










ああ、私。
先生のこと、、、好きなんだ。


…いつの間にか、好きだったんだ。

No.170



車の窓から入る日差しに、私は目をつぶる。


いつからなんて、分かんないけど、先生に惹かれていたんだ。


気になっていたのかな?


多分、毎週、話をしていて、いつも隣が当たり前だったから、離れてしまって、私にとって当たり前の隣に先生がいないことに腹を立ててた。


先生は私と話をしてたんだよって。


バカだなぁ……。


先生はみんなに優しい。


そして、子どもの先生。


子どもの先生なんだよ。

No.171



お昼過ぎ、コウタを迎えにいく。


私の気を張った状態はとけ、代わりに、そこの場にいたり、吉野先生と話しているとき、斉藤先生がいると神経が集中してしまう。


斉藤先生を背中いっぱいに感じて、存在を確かめ、戻る姿を見送るのが精いっぱいだった。


ドキドキはするけど、そこから斉藤先生の姿がなくなるとホッとするのだ。


恋、なのかな?


先生を好きなんだと分かったけれど、まるで中学生並みの……幼い片思いの感情だった。

No.172



コウタが帰りの車の中で、聞いてきた。


「お母さん、朝、斉藤先生とケンカしたの?」


「どうして?」


「んー、斉藤先生のおまじないの話したら、お母さん、怒ったみたいだったから…」


子どもは鋭い…


「怖かったね、ごめんね。もうしないよ」


私は作った笑みでごまかし、でも、コウタを哀しませることはしないようにしようと思った。


「ぼくね、新居先生がいなくなってイヤだったの。いて欲しかった。そしたら、斉藤先生がおまじないを教えてくれたんだ」


コウタは少し元気になって、


「先生もお別れはあるって。ずっとそれは仕方ないと思ってたって。だからいつも何もしなかったって」


コウタは身体の向きを私に向けて、


「でもね、お別れのときに先生と、ちゃんとバイバイしてくれた人がいて、それから、また会えたよって言ってた!」


なぜかコウタが自慢げ(笑)。


「だから、ちゃんとバイバイしたらまた会えるんだって」


「じゃ、また会えてコウタも先生も嬉しかったね」


「うん!新居先生、運動会来てくれた。また来るって」


コウタが嬉しそうに笑った。
私もつられる。


嬉しかった…素直な気持ち。


春休みの人も先生が好きだったんだろうね。


ずっとずっと、私よりも長く。

No.173



私の片思いの感情はおいといて、斉藤先生はよく子どもたちを見てくれていた。


当たり前だけど、通級に通ってる子たちをちゃんと大切にしてくれてる。


新居先生とはまた違って、少し分かりにくいけど、コウタや周りのお母さんたちから聞いているとそうみたいだった。


だから、私の何もしてくれないと思ってしまったのは、結局、自分の横恋慕な気持ちがあったからで、、、先生は何も変わっていない。


あれから、私は先生と話していない。


自分の先生を慕う気持ちは抑えて、むしろ消していかないといけない。


そう思ってた。

No.174



運動会以降もざわざわとしたコウタの教室で、事件は起こる。


毎年の組み替えで子どもたちのより良い関係づくりは向上していくハズなのに、コウタのクラスは荒れていた。


いっぺんでダメになるなんて言ったら、いずみ先生に失礼だけれど、ホントにそういう感じだった。


いつもトラブルを起こし、ケンカばかりをしていた子たちのそれに、女の子が巻き込まれ、肋骨を折ってしまった。


また、水の入ったペットボトルが口に当たり、口内を縫うケガや毎回のケンカに身体がぶつかり、もう我慢限界な子どもまで、やり返すようになってきていた。

No.175



授業は成り立たない
休み時間や移動でトラブル、ケンカ
言葉の暴言、暴力


それでも休む子はおらず、ただ学校でのストレスは家庭で現れていた。


朝、学校に送り出すものの、無事に帰ってくるかを心配し、家では大人しい子ほど、暴れたり、今までなかった暴言があったり、身体の変化でめいいっぱいなのをサインで出して来ていて、安全安心な学校ではないと保護者からも口をついて出た。


コウタはというと、そんな中でも学校にいく。


トラブルやケンカは教えてくれるものの、それに対してどう思うかは言って来なかった。

No.176



困ってないのかな?と思って聞くと、


「やだよ、静かに勉強したい。だけど、先生が言ってもダメなんだもん。もう仕方ないよ」


「周りの大人はみんな“来年までの辛抱”って言う。今、どうにかしてほしい!」


子どもたちの方が傷ついているのに、子どもたちの方が我慢してる。


子どもたちは学校以外のところで習い事やスポーツをしてストレスの発散、自分の居場所を確保をしているんだろうと思った


大人が子どもたちにしてあげられるのは臨時保護者会とくらいだった。

No.177



夏休み明けの臨時保護者会。


普段、仕事で来れないお母さんたちも参加できるよう、夜に行われた。


学校側は校長先生、教頭先生、いずみ先生の参加。


クラスの現状とこれからのことを話し合い…インターンや特別支援サポーターではなく、学校に配属の先生たちにクラスに入って欲しい声が多かった。


担任を悪く言う保護者はいなかったけれど、いずみ先生はこのころはホントに追い詰められていて、今日、教員を辞めますというか明日か…という状況にあった。


クラス役員をはじめ、保護者は新任のいずみ先生を応援していた。


が、それでもいずみ先生は“私が悪いですから”と暗い表情だった。

No.178



子どものクラスに保護者が見守り隊で入るのはどうかの案はあったものの、本来、学校で起きていることだから、


学校側で対策を立ててほしい。


またそれは教員があたってほしい。


家庭では家庭ですべきことを各々していく。


そんな感じで話はまとまった。


そして、1ヶ月間、教頭先生がクラスに入ることになった。

No.179



2学期が始まって、早々の通級。


お迎えのときに吉野先生が先に出てきた。


「先生、コウタは?」


「今、プレイルームで斉藤先生といます」


え?


「本を一緒に読んでますよ」


斉藤先生と一緒なんだ…。


「どうでしたか?この前、臨時保護者会があったんですよね」


私は保護者会で出た話と教頭先生が1ヶ月、クラスに入ることを告げた。


「良かったですね、少し、持ち直してくれるといいですね」


私は教頭先生を思い浮かべながら、


「どうですかね?コウタは教頭先生が苦手で…」


またひと波乱ありそうな気配があった。

No.180



話が終わり、吉野先生がコウタを呼ぶ。


コウタがぱたぱたと走ってきた。


「お母さん、帰るの?」


小脇に一緒に読んでいたのか、絵本ミッケ!を持っていた。


斉藤先生は反対の出入り口から出ていく。


コウタと一緒に来て、少し近くで会えるのかな?と思っていたのに、結局は後ろ姿だけ…。


やっぱり、こんなものだよねと小さくため息。


長い夏休みの間、物理的距離ができたら、忘れていくくらいの淡いものだと思っていたのに。


私はいつまでこんなことしてるんだろう…。

No.181



そんな気持ちでいると、コウタに声をかけてくる人がいた。


「コウタ、ミッケ!面白かったか?」


声の大きな遠田先生だった。


コウタはミッケ!を高く掲げて、面白かった!と言った。


そうかとにっこり笑ったまま、遠田先生が私を見る。


遠田先生とはあいさつをする程度で、特に話したことはなかった。


どんな先生かはあまり知らなくて、他の保護者の人と話しているときに、よく大きな声で笑うことくらいしか分からなかった。


コウタとは話をしているみたいだったけれど、私とはほとんど初対面同様だった遠田先生が、私に初めて言った言葉……。


「田村さん、ぼくのことキライでしょ?」

No.182



私は一瞬、固まり、それから吉野先生を見、遠田先生をまた見なおす。


「はい?」


「絶対、ぼくのこと、キライだよ!😤」


何か自信満々なんだけど、どこからそんな発想が?


「吉野先生、、、遠田先生が何か言ってます😱」


吉野先生は苦笑い。


違うでしょ?
ね、初対面だよ?
何でそんなこと言うの?


「ぼくがコウタの担任になったら、イヤでしょ?」


意味が分かんない😭。


「遠田先生が担任ってなるかどうかも分からないですよね?」


吉野先生、助けて~💦💦。

No.183



「なったらイヤがるよ(笑)」


「えーと、えーと、…はい?」


「ほら~」


すねてやるとばかり、遠田先生は戻っていった。


私は呆気に取られる。


「吉野先生、私、遠田先生に何かしました?」


「してないと思いますよ」


「ああいう人なんですか?」


「さあ?初めてみました」


やっぱり苦笑いをする吉野先生。

遠田先生の初対面の印象は変わった人としか思えなかった。

No.184



教頭先生がコウタのクラスに入った日、学校から帰るとコウタはプンプン💢として言った。


「ぼく、明日から教室行かない。坂本先生のところに行く!」


コウタの決心は揺るがなかった…私の予想した、ひと波乱の幕開けだった。


教頭先生とコウタは相性が悪い。


だけど、それはクラス役員をしていない保護者たちですら、コウタと同じだった。


教頭先生はひと言ひと言にトゲがあり、本人は自覚なしで攻撃と怒りをぶつけてくる人だった。


紙面上、記載してあることが正論で、そこからゆずることはなく、逆にあやふやなことには怒り、じゃ、私が間違っているんですね!とこちらが取り付くひまもない。


教頭先生と話していて、場を和ませる話やたったひと言が自分の意にそぐわないと、それだけでそっぽなのだ。


それが同僚先生や保護者、地域の方々でも同じだった。


学校のPTAや地域行事はたびたびそれで滞り、コウタがプンプン💢だったってことは今日、もう何かあったということを意味していた。

No.185



コウタの保健室登校、再び。


今回はコウタのわがままだから、理由がはっきりしていても、坂本先生に受け入れてもらえるか分からなかった。


ちょっとドキドキしながら、坂本先生に聞く。


「だって、ここがダメなら学校に来ないでしょう?それは私が許しませーん。手がかけられる範囲は限られてるけど、それでもいいかしら」


いつもの笑顔で言ってくれた。


坂本先生は本来の仕事もある中、さすがの裁量と力量を持って、コウタを受け入れてくれる。


有りがたいです。


コウタは坂本先生がOKを出す前から、勝手知ったるで、保健室の長机に自分の勉強スペースを作っていた。

No.186



教頭先生がクラスに入って数日…。


たまたま学校に行く用事があり、廊下を歩いていると、一階の階段脇から誰かの声が聞こえてきた。


ひょいとのぞくと、奥の非常口にコウタがにじり、にじりと逃げ込んでいた。


その前を教頭先生といずみ先生が並び、コウタに詰め寄っていく。


「さぁ、教室に行くよ」


どうやら、休み時間明けにコウタは保健室に行く途中で、2人の先生に見つかったらしい。


コウタが保健室登校なのは、校長先生、いずみ先生にも許可は取ってあるから、知らないはずはないんだけど…。

No.187



教頭先生は猫なで声でもう一度、繰り返した。


コウタはイヤッと全身で拒否!


私が声をかけようとあの…と言いかけると、私の声よりも大きな声で教頭先生が、


「私がイヤなの!?」


それにコウタも負けじと、


「先生がヤダ!」


と言い返した。


コウタがはっきりと自分のイヤだという気持ちを、相手に向かって言ったのは初めてだった。


私はびっくりした。


「分かりましたッ。コウタくんは私がキライなんですねッ」


教頭先生は怒り心頭のまま、クラスへと階段を上っていく。


いずみ先生も後に続くが、私の姿に気付き、会釈をしていった。

私は2人を見送り、コウタの側に行く。


コウタは泣いていた。

No.188



コウタの側にしゃがみ込んで、


「大丈夫?」


コウタはうんとうなずいた。


「坂本先生のとこ、行こうか」


またコクンとうなずく。


手をつないで保健室に行った。


私は今回のコウタの保健室登校はちょっと迷いがあって、○○先生がイヤだからって理由で教室に行かないなんてダメなんじゃないかと思っていた。


だけど、さっきの様子を見ていて、大人 vs 子どもではあまりにも差がありすぎて、また教頭先生の物言いにこれでいいのか?と思ってしまった。


教頭先生は1ヶ月…


コウタは保健室登校のままでいいと思った。

No.189



教頭先生が入って、そろそろ1ヶ月が過ぎようとしていた頃、コウタのいない休み時間に坂本先生と保健室で話をしていた。


「20日ですよね…1ヶ月期間が終わるの」


「そうね。私が心配なのは、コウタくんが教室に戻るかよね」


私もその懸念はしていた。


「ここが気に入ってますよね(笑)」


「私につつかれながら、あれやれこれやれ言われて、頑張ってやってる(笑)」


大きな窓から校庭を眺め、坂本先生は言った。


「ま、戻らないって言っても戻すけどね」


私は坂本先生の冗談ともつかない言い方が好きで、子どもたちも先生の切り返しにユーモアを含んでいるのを知っていて、よくなついていた。


コウタもそのひとり☺。

No.190



20日の夜、コウタはいつも通りの夜。

宿題をやり、明日の準備。


明日からはいずみ先生だけのクラスになる。


教頭先生が入っていたクラスはそれなりに落ち着いたようだった。


が、いずみ先生の指導の課題や問題点を子どもたちの前で言っていたらしい。


自分たちの担任の先生が教頭先生に怒られている姿はあまり見たくないだろう。


先生、可哀想の同情とダメ先生のレッテルを教頭先生が作ってしまった。


いずみ先生のこと、決してキライではない子どもたち。


ぼくを見て、私を見てのメッセージやサインにいずみ先生が上手く満たす対応や返しができなかっただけ。


今になるとそう思う。

No.191



翌日、坂本先生に電話をして、
コウタのことを聞いてみると、


「それはそれはもう、あっさりでした😁」


と返答。


朝、一緒なって学校に行き、職員用と児童用で入口が異なる昇降口の別れ道で、じゃ!と手を上げてスタスタと行ったそう。


それっきり、保健室には姿を見せなかったという。


「ありがとうもなかったわ(笑)。休み時間には元気いっぱいにいつも通り友だちと遊んで…ホント、見事よね」


コウタの分もお礼を伝えて電話を切った。


坂本先生が言った“見事”は私も同感だった。


きれいなまでに教頭先生のいなくなった途端に、教室に戻ったコウタ。


坂本先生と私の懸念はコウタの見事さに苦笑で終わった。

No.192



ある日の水曜日。


この頃になると、私は水曜日だけ気持ちが落ち着かなかった。


他の曜日はコウタや家のこと、仕事等で気持ちは紛れ、斉藤先生との接点はなかったから、妙に安心していた。


火曜日の夜、夕ご飯の片付けをし、コーヒーを淹れるまったりな時間になると、明日は斉藤先生、いるのかな?と思うくらいだった。


いつも後ろ姿を見送るだけだから、進展も発展もない。


私が先生を慕ってることも誰も知らなかった。


時々、こんなことしてても仕方ないじゃないかという思いと、ただ先生と話したいという思いが強く、夜、布団の中で泣いたりしてた。

No.193



今日は出張だったのか、斉藤先生はいなかった。


寂しいような、ホッとしたような…。


吉野先生と話して、コウタと一緒
に帰る。


今日は秋晴れで、気持ちのいい風が吹いていて、通級の部屋の窓は開いていた。


多田さんと遠田先生が面談をしている。


私をつと見つけた遠田先生が立ち上がって、窓越しに声をかけてきた。


「田村さん、今日はいい天気ですね」


きた!と思った。
私は身構える。

No.194



私はなるべく普通に


「そうですね」


「これから、どこか行くんですか?」


「行きません。うちに帰ります。ね、コウタ」


コウタがピクっと立ち止まって、


「お母さん、今日、本屋さんに行くでしょ」


えっ?


「タンタンの絵本~😢」


あ、忘れてたッ。


「うん、本屋さんね💦。行こうね💦」


遠田先生がニヤニヤしている。


「わ、忘れてませんよ😠」


「お母さん、忘れてた~」


コウタのひと言で、遠田先生も多田さんも笑ってる。


また、やられた~😫。

No.195



「田村さんからかうと面白い」


遠田先生の目的はこれなのだ。


「また、コウタから聞いていたんでしょ!?😤」


ぷんとふくれて、私はコウタと駐車場へ。


初対面のときから、ちょこちょこと私をからかってきていた。


私のほうが年上なのに!

No.196



遠田先生にからかわれて、ぷんとふくれてみても、寂しさが残ったりする。


斉藤先生とは、ちっとも、、、


やっぱり、話したい。
もう無理なのかな?


ハルに話したとき、私、失礼だったよね😔。


私には全然関係ない、あの人の話だったもの…。


冷静な口調と言いながらも、感情はとても高ぶっていたし…、今、思えば、かなり恥ずかしいし、バカなことをした。


だから、よけい先生と話せない。

けど、すごく前みたいに話したくなる。


先生と話したいなぁ。

No.197



ずっとずっとこんな気持ちを持ったまま、3学期の学校公開日を迎えた。


コウタもあれから落ち着いていたし、クラスも小さなトラブルはありつつも、3年生も後半に差し掛かると、変わらないのだろうと慣れに近い感覚になってしまっていた。

諦めモードというのか…
誰かが悪いと言ってたら、先には進めないからというと聞こえはいいかもしれないけど、手を打っても、手を尽くしても変わらない現実の前に、頑張りが利かなくなる感じ。


1日1日、頑張らせて、ごまかして、すかして、なだめて、励まして…そうして迎えた3学期。


いずみ先生も頑張っているのは分かっていたけれど、ここまでのように思い、逆に誰も何も言わなくなっていた。

No.198



学校公開日には懐かしい新居先生の顔もあった。


教室の後ろの扉付近で、じっといずみ先生の授業を見ていた。


その真剣な眼差しに、私はいくばかりか緊張を持ち、久しぶりでも声がかけられなかった。


「新居先生、…怖いね」


村上さんがそっと耳打ちしてきた。

No.199



教室の中にいた私たち。


小さく、うんと頷いて、新居先生をちらっと見た。


しばらくすると、新居先生はそこから離れ、違う教室に向かう。

私は今の新居先生が斉藤先生と重なった。


何となく、話ができない雰囲気…加えて冷たさを感じるって私が勝手に思ってるだけなんだけど、斉藤先生と話したい気持ちが新居先生にも重なる。


ただ、普通に話したいだけなのに。


前みたいに、コウタのことを話していたときのように。


たくさん話して、コウタのことを乗り越えてきたのに。

No.200



……………………………


メール、できるといいな…。


たまにコウタの話ができたら、それだけでいいんだし……。


Cメールだったら、携帯番号だけでいいんだけど、携帯会社どこだろう?
(注:このころはまだ同じ携帯会社からしかCメールはできませんでした)


新居先生の携帯番号は以前、公開連絡先でクラスの保護者はみんな知っていた。


Eメールのアドレスじゃなくて、Cメールだったら聞いてみてもいいかな?

No.201



新居先生はお昼頃、帰ってしまう。


チャンスがあったら、聞いてみようかな…。

No.202



そのチャンスは、4時間目の終わり近くになってやってきた。


また、いずみ先生のクラスを見に来ていた新居先生。


今度は前扉から…。


私は廊下に出て、新居先生がひとりなのを確認すると、小さく声をかけた。


「新居先生、あの…」


「はい?」


やっぱり、聞くの変かな💦
ううん、大丈夫、ただ携帯会社を聞いて、同じだったらCメールしていいかの確認だけ。


「え、と。お聞きしたいことが…プライベートなことなのですが、、、先生の携帯会社ってどこですか?」

No.203



ドキドキ💦💦
新居先生は急に変なことを聞かれてる!?と思ってるよねぇ😱。


先生は別段、変な顔をすることもなく、カバンから携帯電話を取り出し、


「docomoです」


と笑った。


私に携帯電話を見せられても、携帯会社まで分かんないよ😭。


「あー、docomoなんだ。じゃ、
Cメールは無理ですね。私、auだから」


少しホッとした。

No.204



私の安堵もよそに新居先生は間を置かず、


「じゃ、メアド、教えますよ。通信でいいですかね?」


えっ!?
メアドってOKなの!?
しかもそんなあっさり!?
それに通信って…!


「先生、ここで!?」


ひとたび周りを見れば、教室は授業中…、廊下や階段は保護者や家族の姿がある。


「じゃ、こっちで」


階段のすみで、それでも人の往来はある。


赤外線通信はやめて、新居先生のメアドを紙に書いてもらった。


「もう異動してるし、メールしてくださいね」


先生はメモの紙をくれて、これで帰りますとそのまま、階段を下りて行った。


…良かったのかなぁ?


ふと不安を感じた。

No.205



いずみ先生のクラス、コウタもいるクラスはそのままで、、、


坂本先生に話があった帰り、たまたま校庭で体育の時間だった。

そのまま、体育の様子を見ていると、昇降口脇の植え込みに男の子を発見。


「どうしたの?体育だよ」


「やりたくない」


「やりたくないの?」


うなずいて、小石をつまんでいじりだす。


「寒い?」


またうなずく。


「身体が暖かくなるまで、上着でも体操着の下に長袖シャツを着ていいんだよ」


男の子は、今度は首を振った。


「…足が寒い」


確かにくるぶしまでの靴下で、寒くて、身体を丸めていた。


「長い靴下でもいいんだよ」


「やだよ。女みたいだ」


…コウタは長い靴下だった(笑)。

No.206



日の当たるところで、男の子の身体をさする。


「そんなことないよ。サッカー選手だって、長い靴下だよ」


ちょっと苦しいかな💦💦。


と、ちょうど、校庭から、いずみ先生が彼を呼んだ。


男の子は顔は上げたけれど、すぐに下を向いてしまった。


いずみ先生が男の子の側まで来て、行くよ!と声をかけた。


身体ごと立たされ、背中を支えながら、校庭まで連れていく。


先生のいない校庭にいる子たちは整列して待っていたり、数人が遊具に散らばっていたりしていた。


それをまたいずみ先生はひとりひとり集めていた。


体育はいつ始まるのだろう。

No.207



ようやく、体育が始まった。


縄跳びのようで、前跳び、後ろ跳び、あやとび、交差と順々に難しくなっていく。


だいたい30回が目標で、二重跳びは10回の目安だった。


寒く、身体も冷えた中、失敗して、縄跳びがパチンと足に当たると痛くて、どの子も足をさすりさすりやっていた。


コウタもなかなかあやとびや交差が難しいらしく、


「胸の前で腕は大きく×だよ」


と教わりながら、縄はゆっくり回し、ぴょんッと跳んでいた。


リズム感なしで縄も×もタイミングもぎこちなく、とにかく頑張ってやってるといった感じだった。

No.208



チャイムが鳴り、体育の時間も終わる。


指や足首をほぐし、大きく伸びをして、深呼吸をする。


それが終わると、教室に着替えに校舎に向かって走ってくる。


おいしいお楽しみな給食の時間でもある。


コウタはすれ違いざまに小さく手を振った。私も振る。


帰ろうかと正門に向かうと、私の前をクラスの女の子が歩いていた。

体操着のままで…。


さっきの体育の時間に上手く跳べなかった気持ちはもしかしたらあるのかもしれなかったけれど、ケンカやトラブルは私が見ていた限り、なかった。


どうしたのかな?

No.209



いずみ先生が女の子に気付き、走り、私を追い越して、彼女を止めた。


「ミミさん、帰ります。給食ですよ」


彼女は表情なく、いずみ先生を見上げ、先生の言葉を聞いたのか分からないけど、素直に身体の向きを変えた。


…自分を心配して欲しい?
見つけて欲しいとか?
見捨てないで…とかの何かがあるみたいだ。


何となく、そんな感じがした。


今、コウタのクラスは善くも悪くも
“いずみ先生”が担任でないと
ダメなんだ。


ただの“学級崩壊”という括りだけでは片付かない、不思議なつながりがあると思った。

No.210



その日は水曜日。


コウタの迎えで通級に行く。


斎藤先生はとっくにお母さんと話し終えて、職員室に戻っていた。


私は背中を見送るだけ…。


それから、吉野先生と靴入れの前で話していた。


と、何も言わずに私たちの間に割り込んできた遠田先生。


「ちょッ、何ですか!?」


「え?あ、靴」


下を見ると、私の足元近くには確かに靴があった。


「いや、靴をはこうと思って」


だって靴がそこにあるからと、まるで子どもみたいに悪びれた様子もない遠田先生に、私は怒りがMaxに…


「だからって、何も言わないで、しかも話してるところを割り込んで来ないで下さい!!」


遠田先生…、大の大人がすることじゃないよ😥。

No.211



私に言われたからか、靴を手に取ろうと遠田先生はかがむ。


「もう!吉野先生、こっちで話しましょう」


と私は場所を変えようと2、3歩歩いて横にずれた。吉野先生も合わせてくれる。


「え?いいよ。すぐにどくからこっちで話して」


遠田先生に腕をとられ、引き戻された。


なッ!?
もともとは話してるところに入って来たんじゃない!
何よ(-_-#)!!


「吉野先生!もう、遠田先生に何か言ってやって下さいよッ」


私はプンスカ!なのに、吉野先生は笑ってばかり。


朗らかなのもいいけど、先輩先生として、ここはビシッ✋と指導してほしい。


コウタは私よりも遠田先生といる時間があるせいか、先生のたまにあるおふざけが面白いらしく、私と遠田先生のやり取りを笑って見ていた。

No.212



斎藤先生は…、
絶対にこんなことしない。


スマートな動きで、隣に立って話をするときも、身体がぶつからないよう、身振りがあっても手がぶつからないよう、絶対、間がある。


相手をからかうような発言もない代わりに、先生から面白い話をすることもなかった。


こちらがする笑ってしまうようなおかしかったことには、一緒に笑ってくれたけど、自分からは特になく、淡々と今日の話をして戻っていくだけだった。


フランクな感じがしていたのは、私が話す何でもないことをずっと聞いてくれたからで、斎藤先生自身はムダがないのだ。


担任だったから聞いてくれてただけで、今は関わりがなく、斎藤先生に声をかけられる術は私にはない。


フランクで明るい遠田先生と
先生としてのみの斎藤先生。
2人の中間の新居先生。










……私はどうして、斎藤先生に惹かれてしまったんだろう?

No.213



斎藤先生の“先生”として、
また、担任としての関わり。


あの人は…、どんな、、、風に、先生と一緒にいたんだろう?


先生が支えだった?
先生を頼りにしての?


コウタは新居先生のことを懐かしがることがあったけれど、だからって異動先に会いに行こうなんて思わなかった。


あのハルから、もうすぐ1年。


コウタの3年生、
いずみ先生の学級が終わりを迎えようとしていた。

No.214



新居先生にもらったメアドにメールしていた。



最初の1回は返信があったものの、月1メールするかどうかの頻度でも返信はなかった。



コウタの学校行事のお知らせだったり、コウタの頑張り💪だったり、、、近況報告だから読んでも返信はなくて、先生は忙しいんだと思った。



だけど私はコミュニケーションツールの1つと思ってメールをしていると、ただひと言もない新居先生に寂しさを覚えた。



でもね、本来なら必要のないこと。



私は誰かとつながってる糸が欲しくて、新居先生にメールしていたのかも…けれど、心のどこか寂しい気持ちは埋まらず、SMSメールを興味本位でやり出したのだ。

No.215



それは長年のパートナーへのすれ違いからくる不満か、



斎藤先生に対する片想いの切なさか、



どちらにせよ、孤独感と寂しさが心の隙間を作り、自分勝手な横道に逸れていい理由を正当化していた。



そんな言い訳を作りながら、でも、私は小心者で…、情けないほど小さな世界の中で暮らしていた。



SMSメールは毎日、数通のやり取り程度。



ただただ日常会話のみ。



私はメールすると返ってくる返信に、ホッとしていた。



それだけで良かった。

No.216



毎日のメールの相手は、SMSメールになれていて、私の他にもオトモダチはいた。


会いたいとか写メ送ってとか
本アドで連絡を取ろうとか…


そういうことは言って来なかったし、私も小心者だからなのか、そこまで相手にもSMSメールにものめり込まなかった。


“メールしてる相手と会ったことある?”


私はちょっと興味本位で聞いてみた。


“あるよ”


そっか、やっぱりこういうところから出会う人もいるんだ。


実際、相手とは近場で、お互いの住んでいるところの様子は分かっていたし、メールでも話が出れば容易に想像できた。

No.217



会う気があればいつでも会える距離…でも、いつまでも、お互いに顔も名前も知らないまま。



毎日、ただのあいさつや日常会話くらいで、楽しいのかな?



私はこのまま、普通にメールだけで十分に満足だけど、、、



“聞いてもいい?”



“どうかした?”



“私とメールしてて楽しい?”



“うん”



“会うとか考える?”



“会いたいの?”



“そうじゃないけど、、、なんでメールしてるのかな?って”


No.218



“寂しいんでしょ、みんな…
メールしてても。会うんならオレ、OKだよ”



“うーん、ごめん。会うとかなしで。変なこと聞いてごめん”



“いいよ。みんな同じだよ。気にしない”



SMSメールの相手とのやり取りで、ああ、みんな、そんなものなんだと思った。



寂しいからメールしてて
メールしてても寂しい
心の隙間は埋まらない


No.219



私はSMSメールをやめた。



結局、心の隙間は埋まらず、新しい出会いがあれば、また違ったのかもしれないが、私自身それは望んでいなかった。



孤独感と寂しさ、、、
耐えきれず、自分の殻に閉じこもる。



コウタの幼稚園時代のママ友、学生時代の友人、仕事仲間、そして小山さん…私は距離を置き、会うことも連絡も絶った。



誰とも会いたくない
誰にも見られたくない



私は自分の存在を消したかった。


コウタがいたから、
コウタを通じてだけ、外とつながっていた。



私の唯一の光だった。

No.220



コウタ、4年生になる。



在籍校担任 藤原 恵
通級担任 遠田 大地
転出 養護教諭 坂本 優子
転入 養護教諭 久保田 ひかる
(特別コーディネーター兼任)



ハルの光はいつも穏やかで、何かが起こる期待と不安を感じさせながら、“はじめまして”から始まる出会いを暖かく包んでいた。

No.221



私が以前の私じゃなくて、何もかもから一歩引いたところからぼんやり見ているのを最初に気付いたのは、遠田先生だった。



「どうしたの?何かあった?」



一連の動作になっていた斎藤先生の後ろ姿を見送るそれに、遠田先生がひょいと顔をのぞき込んできた。



ちょっとびっくりして、後ろに退いた。



「最近、変じゃない?」



「え?何もありませんよ」



「そうかな?」



私、変…?



「元気ないよね?…旦那さんと
ケンカしたって感じでもなさそうだけど」

No.222



旦那さんとケンカ?



ケンカなんかしないよ。
快適な暮らしがあれば、あの人は文句ないもの。



コウタの相談や私の話は、
“俺は仕事してるんだ!”
で、終わり。



帰ってきた家がきれいで、席につけば温かな食事が用意され、清潔な服やタオルがあり、ベットメイキングされた寝心地のいい部屋に、
自分の価値を見出してる。



そして静かにTVが見れたら、それでいい。



自分の世話を賄ってくれる誰かがいたら、それでいい。



逆に言ったら、それが充たされていたら、コウタや私が何をしててもいいということ。



だから、ケンカなんてしない。

No.223



夫婦のかたち
家族のかたちっていったい、
どんな形なんだろう?



みんな、どんな形?

No.224



5月の運動会。



学校で運動会の練習が始まると、コウタが新居先生、来てくれるかな?とソワソワし出した。



クラス替えもあり、去年とは違い、クラスは落ち着きを取り戻していた。


藤原先生はよく通る声で、学習と生活をサバサバとした口調だけど子どもたちをほめ、クラスを盛り上げていった。



よくしゃべる よく話す よく動く、とにかく小さい身体ながらどこからそんなパワーが!?といった感じで、保護者も去年とは打って変わり、安心していられた。


「コウタ、新居先生に運動会来てねってお手紙を書いてみる?」



「うん、書く~♪」



コウタはやったー!とバンザイしながら、返事をした。

No.225



コウタに無地のハガキを渡すと、ちょっと考えてから、何か思いついたように書き始めた。



私はホッとした。



新居先生にもうメールはしたくなかったから、コウタがニコニコと書き始めた様子を見て、はじめからこうすれば良かったと思った。



私はワインをグラスにそそぐ。



さあ、ご飯の支度…。



この頃の私は、アルコールがないと何もできないでいた。



キッチンドリンカー。



もう頑張れない。
疲れた。
何も考えないで眠りたい。

No.226



コウタは色えんぴつを持ち出し、えんぴつ削りまで並べ、何やら細かく忙しく、真剣に描いていた。


宿題プリントもこうだといいのに…私は小さく笑う。



「できた!」



コウタが自信満々に見せてくれた
ハガキには…



これからピクニックにでも行こうとしているのか、草原をあるいているダチョウと背中に乗った猫、
虫取り網を持った小さな男の子、その後ろをクマの親子(立って歩いてる)。
森からつる草をつかんだサルが2匹、仲良く並び、
鳥も飛んでいた。

No.227



それぞれが持つピクニックカバンやリュックの中身もユニークで、
ダチョウは穀物飼料(点てんがいっぱい)、
猫はサンドイッチと猫缶、水筒。
男の子は赤いリンゴ。
クマの親子は目が×になった魚。
サルたちはバナナいっぱい。
鳥は可愛いひなたち。一緒にお出かけ!



色がまた鮮やかで丁寧にぬられていた。



コウタの心象風景がこんな楽しげで穏やかで…良かった。



ホントに良かった。

No.228



「太った?」



はい?(-_-#)
遠田先生をジロリと見ると、視線を泳がせながら、



「…いえいえ、あー最近、何かありました?」



いい直してきた。



「何もないですよ」



「疲れてません?」



「遠田先生と話すのが疲れますよ(-_-)」



少しイヤミっぽく言っても、何も堪えていない様子で、むしろ笑いながら、



「いや~、それ言ったらおしまいでしょ(´・_・`)」



その遠田先生と言葉がかぶるように、



「話すことは何もありません」

No.229



私の心の声が言葉になって出たのかと思ってびっくりした。



遠田先生にそこまでは思っていないものの、今までが今までだった分、警戒と牽制があるのだ。


そう簡単にあなたのペースには持ち込ませないわよ😤みたいな…。


「話したくありませんッ」



でも、その声は私ではなく、違うお母さんだった。



周りにいた人たちもつい、様子をうかがってしまう。



「ちゃんと話しましょう」



斎藤先生が一歩、踏み出すとそのお母さんは一歩下がり、子どもと一緒に駐車場へ向かって早足で歩き去る。



私には何がなんだか分からず、残った斎藤先生を見てしまった…。

No.230



斎藤先生のため息ひとつ。



ふいに目が合い、慌ててそらす。ちょっとドキマギ…。



「あー、ちょっと待ってて」



遠田先生がさっきの親子を追いかけ、走っていく。



え?
私たちは!?



周りの人たちは今日の報告がすみ、またひとりと子どもと一緒に帰っていく。



待っててと言われても…私も話はないから、、、帰ろうかな。そうそう、コウタの描いたハガキを見せたかったんだけど。



「お母さーん、遠田先生は?」



「うーん、ちょっと行っちゃった」



「話終わった?」



「まだ?かな…でも帰ろうか」



「うん」



私もコウタと並んで歩きだした。



斎藤先生とひさかたぶりに目が合った…。



それだけだけど、ほんのりとした暖かさを胸に感じた。

No.231



駐車場に向かうと、先ほどのお母さんと遠田先生が車の脇に立ち、何やら話をしていた。



子どもは車の中だろうか。



遠田先生はいつもの豪快な笑い声はなく、私は見たこともない真剣な顔つきで、、、こちらに背を向けてるお母さんの様子は見えなかったけれど、泣いているようだった。



数台離れた場所に車を停めていたから、迷ったけれど、小さく



「さようなら」



と声をかけた。



遠田先生がこちらに気付き、軽く手を上げた。

No.232



私は何だかショックだった。



お母さんが泣いてる。
(涙をこらえているのかもしれないけど)



斎藤先生と何かあった?
(あの優しい先生が?)



遠田先生は何で?
(コウタの担任なのに…)



事情や理由は分からないけれど、私はひどく混乱した。



やたらとちょっかいを出してきていた遠田先生もあんな風に他の人のフォローに入って、私とコウタは放っておかれて、、、なんだ…やっぱり、こんな程度。



斎藤先生は私のときには、いい顔してただけで、ホントはもっと感情的な人だったのかも。

No.233



……………………………



何を言ってるんだ、私は。



いつの間にこんなに自己中で、構ってちゃんになったんだろう?



バカだ…
“先生”たちは仕事じゃないか。


なんで、私を見て!になってるのかな。



私は、はあぁ⤵と大きなため息をついた。

No.234



気持ちが不安定…なのかな?



遠田先生が言ってたけど、私、変?







冷蔵庫から冷えた黒ビールと、
昨日、作ったキャベツのピクルスを出す。



「ん、おいしッ」



キャベツのピクルスをつまんで味見。
コウタがその声に顔を上げ、



「お母さん、今日のご飯なーに?」



「えーと、今日はチキンチリビーンズにしようかな。ピクルスあるし」



「えーッ、カレーがいい😚。カレーが食べたい!」



ぶーぶーとコウタの抗議にあう😣。



「よし!じゃ今日はカレー。ねぇ、お母さんの作ったピクルス食べてよ」



「やだー😁」



今度は私がぶーぶーだ😚。

No.235



コウタがリクエストしたカレーを作り、テーブルに並べる。



サラダにしようかと思ったけれど、今日はやめて具だくさんスープにした。



コウタは生野菜はあまり好きじゃない。



残されるのもイヤだけど、食べなさいと言うのもイヤだった。



コウタの食べる姿を見ながら、私は黒ビールを缶のまま、飲む。



時々、ピクルスを食べる。



「お母さん、お父さんと食べるの?」



「お父さん、遅いよ。お父さんが帰ったら温めて出すから」



「違う。お母さんはいつご飯を食べるの?」



「え?」



カレーを完食して、スープの中の人参を苦手~とつついて、コウタはもう一度、言った。



「お母さん、ご飯、食べてないよ。お酒ばっかり飲んでる」



えいッとばかり、人参をパクリと食べたコウタを見て、ちょっと大きすぎたかなと思った。

No.236



ぼんやり、ぼんやりした世界。



昨日、何をしたのか
今日、何を食べたのか
明日、仕事なのか……。



夢うつつな毎日。

No.237



夜19時前、家の電話がなった。


ディスプレイ表示された番号に覚えはなかったけれど、市外局番からこの辺りからの電話だった。



私は黒ビールを飲んでいたから、ちょっとふわふわしていた。



「ボク、TV見ていい?」



コウタが言ってくる。



「じゃ、お母さん、向こうで電話取るね。TVが終わったらお風呂だよ」



「んー…」



ソファに座り、すぐにTVをつけたコウタにきっと私の声は届いていないだろう。

No.238



私は少し急いで寝室で子機を取った。



「はい、田村です」



「夜分遅くにすみません。通級の遠田です」



遠田?
一瞬、誰か分からなかった。
アルコールのふわふわ感が抜けない…。



「遠田、先生?どうしたんですか?」



私はベットに座る。



「今日、話ができなかったのですみませんでした」



「それで、電話をかけて下さったのですか?わざわざ、ありがとうございます。じゃ、また」



「あ、ちょっと話したいんですが時間、今、大丈夫ですか?」



電話を切ろうとする私に、遠田先生はそう聞いてくる。



…時間、、、お父さんの今日の帰宅時間は8時だから少しあるかな。



「はい、少しなら」



遠田先生の、電話を通した耳障りのいい声に気分が高揚した。

No.239



遠くから、誰かが私を呼ぶ声がする。



「ー…さん。お母さん、ねぇ、起きて」



コウタの声?
私はうっすらと目を開けた。



コウタが私をのぞき込んでいた。



あれ?
私、何をしてるんだろう?
さっきまで気持ち良かったのに。


「コウタ?どうしたの?」



コウタはもうッと怒っている。



「さっき電話してたんでしょ!それから携帯に遠田先生から電話ッ!!
もう、なんで寝ちゃってるの!?
TV、見れなかったじゃん」



はいとコウタから私の携帯電話を突き出され、私はベットからゆっくりと起き上がった。


No.240



え?寝ちゃった?
遠田先生と電話中だったのは覚えてるけど…



時計を見ると、19時20分過ぎ。



「お風呂に入ってくる!!」



コウタはバンッとドアに不満をぶつけた。



手に冷たいものが触れる。
通話中の薄みどりのランプがついた子機だった。



携帯電話と子機……。



とりあえず、携帯電話に出た。



「もしもし?」



「あー💦💦もう。田村さん、大丈夫ですか?」



遠田先生だった。

No.241



さっきもコウタに遠田先生からッと言われたけど、携帯電話と子機の両方が遠田先生とつながっているのが不思議だった。



だから、つい子機にも



「もしもし‥」



と言ってみた。



「田村さん、遊ばないで😭」



「あはは。どっちも遠田先生だ♪」



「…携帯のほう、切りますよ」



「はーい」



私も携帯電話を切る。
改めて、子機を持ち直し、



「何かよく分からないけど、すみませんでした」



と謝った。

No.242



「大丈夫そうですね。急に何も言わなくなるから、びっくりしましたよ。何回、呼びかけても返事ないし。携帯に電話したら、コウタが出てくれて」



あー…
それでコウタが私を起こしてくれたんだ。



「酔っぱらいはこれだから😤」



遠田先生がめずらしく息巻いてる。



「すいません…でも、そんなに飲んでないですよ」



「どのくらい?」



「缶ビール1本」



「弱ッ…」



電話の向こうで遠田先生の笑い声が聞こえた。

No.243



私はその笑い声に慌てて、



「いつも酔いませんよ。ほろ酔い気分の気分を味わう程度…今日は何でか分からないけど、遠田先生の声が気持ちよくて…」



自分で言って、しまった!と思った。



ニヤリと遠田先生のしてやったり顔が浮かんだ。



「田村さん、オレの声で酔ったの?それはそれは光栄です(笑)」



いや~😭
それは絶対、違う~💧

No.244



「このまま話していたいけど、時間がなくなったので、すいませんが切ります。また来週のときにでも、話しましょう」



「はい、すみません」



「それから、さっき携帯に自分の携帯からかけたから、履歴が残ってると思います。登録して、いつでもかけてきて」



「はい」



「素直な田村さんって怖い…」あと、メアド教えましょうか?」



メアド、



「いらないです😤」



「なんで拒否る😨」



「いらないから」



「多田さんも知ってるし、三浦さんも知ってるから」



遠田先生が元担任の2人。
誰かれにも教えてるの?

No.245



私の心の声が聞こえたのか、



「多田さんは卒業した大学の教授を紹介してもらうため。その教授のゼミのサマーキャンプに参加したかったから。三浦さんは自治会幹事で引越した先に住まれてたので…郷に入れば郷に従うですよ😁」



「こちらに引越したんですか」



「子どもも生まれるし、そろそろ安住の地をと思いまして」



そうなんだ…。



「Cメールで送るから」



「メールはしません」



私は新居先生のことが引っかかっていた。

No.246



「まぁ、いいや。とりあえず送っておくから。それから…」



遠田先生が咳払いをして



「さっき、寝ちゃったのか気を失ったのか、ちゃんと考えて。アルコールも控えて、コウタが心配するからご飯も食べて」



コウタが何気なく話してきて、今日のお迎えのときに話そうと思ってたと言われた。



「こんなんじゃ、オレも心配になる…」



私はおとなしく、はいと返事した。

No.247



電話を切った後、ふぅとため息…自分の身体を頭から指先からさわって確かめてみる。



どこかぶつけた様子も痛みもない。



気を失ったのか
寝ちゃったのか…。



そんなに飲んでないし、ホントにほろ酔い気分の気分を味わう程度でやめている。



どっちにしてもおかしいね。



ご飯を食べる気にはならない…ただ間食は以前より増えてる。



食べなきゃ元気にならないなんて言われても、それに興味はない。



遠田先生の“太った?”は、でもホントなのだ。



だけど、飲まないとダメ。
不安が増す。



何の不安?
なんで、記憶がない?



おせっかい焼きの遠田先生がいても、私はダメ?

No.248



夜遅くに遠田先生からのCメールが入った。



私は開いて確認して、、、
それから削除した。



メアドはいらない。

No.249



遠田先生の携帯の履歴はそのままにした。



…登録せず。



しばらくすれば、古い日付の履歴から消えていくし、遠田先生に用件があれば、通級に電話すればいい。



それに週1で通級には行くのだから。

No.250



運動会も近づいてくると、家の中でコウタが応援歌を歌う。



ごきげんな証拠だ。



単純なだけに耳につき、こちらも覚えてしまう。



♪ゴーゴーゴー
白、白、白、(赤、赤、赤)
燃えろよ、燃えろよ、
白組 (赤組)



…でも、繰り返しはイヤだった😭。



「高学年になると、応援団員にもなれるんだよ♪」



コウタはふふんっいいだろ~😁と笑ったけど、私は何も言いたくなかった(-_-)。

No.251



運動会前日、
夕方に1件メールが入った。



『ご無沙汰してます。コウタくんからのお手紙、ありがとう。嬉しかったです。明日の運動会、行きます。楽しみにしてます』



新居先生からのメールだった。

No.252



コウタにそのメールを見せると、大はしゃぎ。



「やった!新居先生来るッ」



素直に嬉しい♪と表現できるコウタがちょっとうらやましかった。



私は………何だか複雑だった。



メールでの返事をもらえて、それだけで嬉しくなってしまう自分がいて、これだけでごきげんになってしまうなんて、、、
今までただ、すねていただけ。



大人なのに……ね。

No.253



よく晴れた日の運動会。



帽子は必須、薄手の長袖で十分、少し動けば汗をかくくらいの陽気だった。



新居先生は早めの時間に姿を見せてくれ、また人だかりを作りつつ移動する様子は相変わらず。


新居先生の子どもたちからや保護者たちからの慕われ方、人気ぶりは異動して2年経っていても健在だった。



そんな様子を遠くから眺めていると、村上さんが私の身体を思い切り、バンバン叩いてくる。



顔が高揚してた。



「ねぇ、知ってたの!?新居先生来るって!?」



「え?あ、うん…」



「もうッどうして教えてくれないの!?私、日焼け対策でこんな格好だよ😭😭😭」



いえ、、、それでも十分、素敵ですが…ボーイッシュな感じがまた村上さんに合ってます💨💨💨

No.254



私もそんな村上さんの気持ちは分かった。



憧れの人(年下だけど)と久しぶりに話ができるって…嬉しいよね。



「ミナミの競技までまだ時間あるよね。少しだけ声をかけてくる。
2年目なんて来てくれないと思ってた(^∀^)」



「そうだね。良かったね」



私がにっこり笑うと、村上さんはチロリと横目で見てくる。



「ねぇねぇねぇ、メール、してるの?」

No.255



一瞬、言葉に詰まる私…



「いいなぁー。いつメアド交換したの?」



「あ、えーと…異動後だよ。でもそんなにしてないし、先生、忙しいから返信ないし」



「えー…それでも、うらやましッ。私も先生のメアド、知りたい」



村上さんはちょっといたずらっぽく笑って、でも、と言葉を続けた。



「やっぱり、知らなくていい。私、憧れだけでさ。ミナミがいるし、旦那も好きだし✨」



とノロケられた。



「だけど、今日は話してくる~♪」



帽子を押さえて、新居先生のところにダッシュしていく村上さんは、やっぱり素敵だった。

No.256



コウタの競技近くなると、それまで喫煙所(学校の外)にいたお父さんが姿を見せた。



「コウタは次?」



私がうんと頷くと、じゃとビデオカメラとプログラムを手にコウタがよく見れる(撮れる)場所に移動する。



今いる場所でも十分、コウタが見れるけれど、本人にしてみると撮るフレームにこだわりがあるらしい。



こういう場所に夫婦で来ていても、2人一緒にいることはなかなかない。



そういうことにも、月日が経つとだんだん慣れた。

No.257



「田村さん」



後ろから声をかけられ、振り向くと新居先生が立っていた。



私は数歩、後ろに下がり、新居先生の隣にいく。



「コウタからの手紙ありがとうございました。あと、メールの返信できなくてすみません」



新居先生に言われたのはそれだけなのに、言われたかったことを見透かされたようで、私は畏縮してしまい、小さく首を振った。



「コウタたちの競技、もう少しで始まりますね」



何気なく、新居先生を見上げるとはにかんで笑っている。



ああ、そうか。
私は新居先生のメールに一喜一憂してたんだ。
だからか新居先生からそう言われただけなのに、もう大丈夫になってきてる。
気持ちが落ち着いてくるのが分かる。


と、突然、周りがざわめき出した。

No.258



ざわざわとした周りを見ると、みんな、空を見上げている。



中には指を差したり、カメラを向けたり…



そのうち、競技待ちをしていた子どもたちまで空を見上げ、幸せそうな顔になった。



「虹だ」



新居先生が小さくつぶやく。



私も空を見上げた。



「…虹」



きれいなの虹色が晴れた青空にかかり、少し小さいけれど、そこには幸せな空が広がっている。



「きれいですね」



私は幸せな空にときめいた。

No.259



ふと、



斉藤先生とあの人はメールのやり取りをしていたのだろうかと思った。



あの人が斉藤先生に聞いたのかな?



あの人は2年間、メールだけでつながっていたのかな……



会いたかった、よね。ずっと。



私だったら、そんな長く会わないでいて話さないでいて、ずっと想っていられる?



新居先生は、こうして学校行事等に来てくれて会えて話せたりできるけど、それでも、メールの返信がなかったら寂しくてすねてしまって…。



それに一応は私は斉藤先生に会えてる(姿がある?)。



まだ会えているのだ。

No.260



新居先生にも会え、虹がかかった幸せな空も見れた運動会が終わった。



コウタは少し興奮気味に今年の運動会を思い出深く胸に刻んだようだった。



私は新居先生にも会え、話もできて落ち着いたかのように思ったが、それでもキッチンドリンカーのままだった。



何がそうさせているのだろう?



遠田先生でも
新居先生でも心に空いた穴が埋まらないのか?



それとも私はそこまで斉藤先生が好きなのだろうか?



その想いが叶うことはないのに(伝えることもできないのに)心の寂しさがそこから生まれているのなら、私はこのままずっと…孤独感と虚無感とを抱えて…満たされないままなのだろうか?

No.261



ただバカな想いだ。



斉藤先生に気持ちを伝えることもなく、まして想い合うこともなく、完全な私の一方通行…。



片想いなのだ。



しかも1年くらい、話していない。先生の後ろ姿を見送るだけ。



これは私が心のブレーキをかけながらしている恋なのか?



それとも執着心…?



何もない相手にずっとずっと想いを寄せている。



あの人は…?
いったいどんな想いを斉藤先生に持っているのだろう?

No.262



それとも、、、



あの人と先生はお互い想い合っている?



どうして?
どうやって?



私のほうが近くにいるのに、私はダメなの?

No.263



この前の出来事があってから全校で運動会の練習があり、通級はお休みしていた。



夜に電話をもらってから、2週間ぶりの通級。



午後、お迎えに行くと、校庭に下りる階段のところで遠田先生が座っっていた。



「こんにちは」



私が声をかけると、ああ…といった感じで物憂げで、いつもの元気な様子はなかった。



「お疲れですか?」



「本が…」



?本?



「本が読めなくて…」



読めなくて?



「寝ちゃったんですよ😭」



「はい?」



「研修課題なのに、1ページも読めなくて、提出期限が迫ってるのに😭😭😭」



「あ~、頑張ってください」



なんだ…💦心配しちゃったよ。いつもの元気ないから。

No.264



だけど、よくよく話を聞くと、そんな単純なことじゃなくて…



通級に配属されてから、特別支援や発達障害のことをちゃんと勉強しようと思ったらしい。



確かに書籍には必要な最低限のことは書いてあった。



けれど、当たり前だけど、そこにはコウタや他の子たちのことは書いてない。



マニュアルのような本に吐き気がするようになって、読めなくなったという。



無理に読もうとすると、身体も心も受け付けず、シャットアウトしてしまう。つまり、寝る。



「やっぱり、その子を前にして関わって、お母さんたちと話して…、そういうところなんじゃないかな」



特別扱いという子はいない。
みんな、special(スペシャル)。

No.265



遠田先生をちょっとだけ見直した…(失礼だけど)。



「惚れ直したじゃないの😚」



「惚れてない、惚れてない」



私が笑っていうと、



「今日は元気だね。良かった。何かいいことあったのかな😊」


いいこと…、
新居先生に会ったこと?



「運動会、晴れたし気持ち良かったですね。虹も見ました?」


私は話を変えた。



「あー、見た見た!あんな晴れてたのにな、きれいに出てた。でしたよね、斉藤先生」



どこから来たのか、遠田先生が私の後ろを通り過ぎようとしていた斉藤先生に声をかけた。



私は緊張する間も振り返ることもできず、、、斉藤先生は私たちの横で歩みを止めた。

No.266



ちょっと不機嫌そうな顔の斉藤先生。



この間のことをまだ引きずっているのかな…。



「同じ日に運動会だったんですよね。自分も虹、見ましたよ。あんなに晴れていたのに、はっきりとした虹色で」



久しぶりの声。少し弾んだ声。
近くで動いて話してる…うわぁ、なんかドキドキしてくる。



「幸せな空ですよね、虹がかかった空って」



ポツリと続けて言った言葉に、私はびっくりして斉藤先生を見た。私と同じ“幸せな空”って言った。


優しく笑う斉藤先生は以前の、私の隣にいて話していたときと全く変わっていない。



私が虹のかかった空を幸せな空と思ってときめいたように、斉藤先生も幸せな空って。



どうしよう……好きな気持ちがあふれ出そう。

No.267



「…お元気そうですね。遠田先生に心配かけさせない方がいいですよ。
何かあれば自分にも話してくださいね」



え?何…?



「あはは~酔っぱらい💡」




私はカッと顔が赤くなったのが分った。
と同時にコウタが背中にドンッとぶつかってきた。



「お母さん、お話まだ~?」



「あ、うん。もう、行こうか」



斉藤先生がじゃと会釈して、戻っていく。



コウタと一緒に斉藤先生にさよならをした。それも久しぶりだった。


遠田先生にもあいさつしようとすると、そこまでと駐車場の方に向かって歩き出した。

No.268



「田村さん、河合さん知ってる?河合 睦人(りくと)くんのお母さん」



「河合さん…?」



その名を繰り返してもちょっと覚えがない。



「ううん、分からなかったらいいや」



「もしかして、この前、斉藤先生とモメた人ですか?」



「そう」



泣いてたんだっけ。



「ちょっとこじれちゃって、これからは陸人とコウタ、2人をオレが見ます」



「え?2人?…斉藤先生は?」



「担任外れます…ない話ですけどね。河合さんが落ち着いたら戻りますがそれまで。
よろしくお願いします」

No.269



私は斉藤先生と話せた余韻を楽しむ間もなく、河合さんと斉藤先生の間で何が起きたのか、気になった。



今まで通級で1人の担任の先生に2人の子どもはなく(コウタの通っていた曜日がたまたまかもしれない)、これからどうなるのか予想がつかない。



家に帰るまでドキドキが落ち着かなかった。



そして、この日を境に私のキッチン
ドリンクは終わりを迎える。



斉藤先生は虹を見たときの私と同じときめきを感じたのだろうか?



虹がかかった幸せな空…



ー…などと考える余裕はなかった。



恋のパワーはアルコールには勝てたが、親が子どもを思う気持ちのほうがはるかに強かったのだ。

No.270



夕刻、家の電話がなる。



「田村です」



在籍校の担任、藤原先生だった。


「今、お時間ありますか?」



18時過ぎ、コウタはDSをしていた。夕ご飯はできていたが、お父さんの帰るコールが普段より早かったから、平日、久しぶりにみんな一緒に食べようと思っていた。



時計を見て、まだ大丈夫と確認した。



「はい」



と返事する。

No.271



「コウタくんのことでお話がありまして、どうでしょうか…来週、学校の方に来れますか?」



来週、、、



「通級の日だったら、大丈夫です」



「良かった。じゃ16時くらいにお願いしてもいいかしら」



藤原先生の落ち着いたはきはきした声…だけど私は不安になる。


「はい、16時ですね…あの、コウタの話って?」



「デリケートなことなので、お会いしてからにしましょう」



デリケートな…
コウタのこと
私に話



それだけで、ざわざわとしたものが胸いっぱいに広がっていった。

No.272



藤原先生の話、いったい何だろう?



コウタのことで思い当たることはないんだけど、デリケートなことって言ったらやっぱり、、、。



ため息が出た。



今日、会ったばかりなのに、私は遠田先生に会いたくなった。



話したい。



この不安な気持ちを落ち着かせたい。



遠田先生の声が聞きたい。



私は深呼吸をするように大きく息を吸って、ゆっくり吐いた。

No.273



待ちに待った通級日…



大した話じゃないかもしれない、でも…と思いながら、家でも仕事先でも悶々としながら、平静を装っていた。



1日1日、我慢させていた。
押し寄せる不安の波を誰かに聞いて欲しいのを。



それを我慢してた。



…我慢って表現はおかしいかも。


耐えてた、かな。



大した話じゃないかもしれない、だから聞いてもらわなくても大丈夫…と繰り返して。



私は遠田先生に私の不安な気持ちを聞いて欲しかった。

No.274



私がコウタのお迎えに行ったとき、私の見た光景は遠田先生と河合さんが2人で話してる姿だった。



雑談でもしてるのか、何だか楽しそう。



遠田先生の笑い声が続く。



河合さんもこの前、泣いてた人?と思うほど、リラックスして柔らかな表情をしていた。



私は2人の話が終わるのを待つ。



…待つ。



……待つ。



なるほど、こういうことなんだ。担任1人に2人って…。



ため息が出る。



20分ほど待って、、、なんか、どうでもよくなってきた。



「コウタ、帰ろうか」



私も話したかったな…少し気持ちが弱くなっていたね。涙が、目がうるうるしてくる。



私は涙をこぼすまいと唇を噛みしめた。

No.275



職員室に顔を出して、藤原先生に声をかけた。



「今日はありがとうございます。教室で話しましょう」



きびきびと動く藤原先生について教室まで行く。



教室の大きさは変わらないのに、少し大きくなった机と椅子。



子どもたちがいなくなった教室だとそれがしみじみ分かる。



2つの机をくっつけ、藤原先生が私をどうぞと促した。



「運動会はどうでしたか?コウタくん、頑張ってましたね」



「4年生になってできることが増えて、どの子も頑張ってましたね。ご指導ありがとうございました」



頭を下げてお礼を言う。



「今日、来ていただいたのは、
コウタくんのお母さんだからお話をしようと思いまして……
コウタくん、固定級はどうでしょうか?」

No.276



夜、遠田先生から電話がかかってきた。



面倒見がいいなと思った。



「今日はすみませんでした。話ができなくて。ずいぶん、待っていたんじゃないですか?」



「大丈夫です…先生1人に2人って大変ですね」



大丈夫ですよと遠田先生の声。



前のときはふわふわと気持ちが良くなった。
けど、今日はならないみたい。


そうだよ、私は大丈夫。
頑張らなくていい
無理しなくていい
焦らなくてもいい



だから、
遠田先生はいなくて、平気。

No.277



私は藤原先生の話は保留にした。


今はまだ、その話を受け止められない。



だけど、頭には入れて置いた。



新居先生がこの学校にいたら、また話ができて、雑談しながらでもコウタことが話せたのに。






あれから通級も6月が過ぎて、7月も半ば、1学期の最終日。



相変わらず、河合さんと遠田先生が話し、笑い声が聞こえて来ていた。



順番に、と遠田先生は言ってくれたけど、陸人くんが待てず、やはり私が後だった。



話をせずに帰るようになったのは、そうなってから1ヶ月したくらい。



遠田先生は夜に電話をくれたけれど、私は忙しいからと早々にに切る。



コウタのことをしっかり見てくれているならそれでいいと思った。

No.278



2学期に入る…。



学校に行く用事があり、ついでに久保田先生のところに寄った。


坂本先生の次に来られた養護教諭。



坂本先生がベテランなら久保田先生は若かった(笑)。



ホントに保健室のお姉さんという感じ。そして坂本先生に怒られそうだが華がある感じ。



「久保田先生、最近、コウタ、来てますか?」



1学期に藤原先生に固定級を勧められ、その一因にはコウタは苦手教科あるいはやりたくないと思ったときには保健室に行くという。


新学期が始まってどうだろう?と思って尋ねに来たのだ。

No.279



可愛い猫のエプロンをつけた久保田先生がくるりとこちらを向いた。


「コウタくん、来てないですよ。まだ2学期が始まったところですから」



私はコウタの苦手な教科のときには取り出しかひとり付けて欲しいことを学校側にお願いしてきていた。



“毎回はひとがいないから難しい”とは言われていたから、絶対にとは思っていない。



コウタからも何曜日には○○先生と言っていて、週2回ほどクラスに学生ボランティアさんや支援員の人が入ってるらしかったし。



私はそれで十分だと感じていたけれど…。

No.280



藤原先生は、コウタが頑張って努力してもできないよりは、少し頑張ったらできた・分かった体験を積んで自信につなげていったほうがいいのでは?と言うのだ。


今のそのサポートや支援が十分ではないし(コウタに合っているかも疑問)、また高学年に向けて学習も難しくなっていく。



藤原先生自身もコウタのところには付くけれども、なかなか思ったようには付けないし、申し訳ないけど、コウタだけにも付けない。



そんな話を面談でされ、私も藤原先生の言いたいことも分かる…けれど、私は、コウタにここで頑張って欲しい。



そう、私が久保田先生に尋ねているのは、教室でコウタが頑張れている裏付けを探してるようなものだった。

No.281



9月に入ってすぐに通級も始まる。


いつも通り、朝にコウタを通級に送り、この曜日は仕事を入れてないから、買い物したり家のことをしたり、たまに自分のリラックスタイムにしていた。



藤原先生に固定級では?と言われた6月の頃よりざわついた気持ちは落ち着いていて、キッチンドリンカーだった頃よりは更に人とのつながりは拒絶していた。



拒絶していたというか、誰にも声をかけられない、かけないといったことで、仕事先で少し誰かと話をするだけで十分に思えた。



遠田先生と河合さんを拒絶していたかもしれないけど、、、。

No.282



今日は本屋さんで探していた本を見つけ、私はご機嫌だった。



つい嬉しくて、コウタの好きなタンタンの冒険シリーズも一緒に購入する。



そのまま通級のある学校に向かい、コウタを出迎えた。またいつものように河合さんが遠田先生と話し出して、私は会釈して帰ろうとした。



「田村さん」



名前を呼ばれて、振り向くと斉藤先生が私を手招きする。



斉藤先生?



遠田先生が河合さんと話すようになってから、斉藤先生は帰りのときに顔は出していなかった(なので私の斉藤先生の後ろ姿を見送る儀式もなかった)。

No.283



私はご機嫌だったからか、あまり緊張せず、斉藤先生のところに行く。



「何ですか?」



「遠田先生が話があるんだって。だから、ちょっと待っててもらえる?」



「帰ります。遠田先生たち、話、長いから待ちたくないです」



斉藤先生が笑う。



「じゃ、ぼくが一緒にいる。コウタくん、さっきの本、読む?」



コウタはやった!とまた部屋に戻った。



くつをぬいで、私も斉藤先生の後に続く。



斉藤先生と一緒なんて、どれくらいぶりだろ…ちょっとウキウキ♪した。

No.284



コウタたちグループが使う部屋に通され、斉藤先生は椅子を出してくれた。



「田村さんと話をするの、ずいぶん久しぶりだ」



斉藤先生にそう言われると照れてしまう。ずっとずっと話したくていた私からしたら、今日は何て素晴らしい日だろう!



コウタは別部屋で本を読んでいるらしい。



「田村さん、コウタくんのことで困ってることないですか?例えば、担任の先生から何か言われたとか…」



何か言われた…?
何だろう?固定級のことかな?



私は首をかしげた。



私、困ってるかな?
確かに最初に言われたときは、心がざわついたけど、今はどうしていこうか考えているし。
いや、考えてないかな?

No.285



私は静かに口を開いた。



「…6月に藤原先生に固定級はどうか?って言われましたが、実際、実感がわきません。コウタは今のままでも大丈夫に思うし、固定級もよく分からないです…」



「…聞いたときには胸のざわつきや不安があったけど、今は落ち着いてます」



斉藤先生は間を開けずに、



「どうしたいですか?」



と聞いてきた。



どうしたいってまだよく分からないよ……。

No.286



私は下を向いて、



「まだ分かりません。決めてないです」



「うん、コウタくんはそんなに急ぐことはないだろうけど、やっぱり現場の先生たちがよく分かっているからね。
検討委員会の日は決まっているから、早めに答えを出した方がいい。
藤原先生もコウタくんを見ていて、田村さんに伝えたのだと思うから。コウタくんにとって大事なことだよ」



矢継ぎ早にいっぺんに言われた。


「誰かに相談した?」



…相談?
誰に?



「お父さんや他のお母さん、小山先生や遠田先生とか」



私はうつむいたまま、小さく首を振った。



斉藤先生は私に聞こえるくらいのため息をついた。



ホントは小さな小さなため息だったのかもしれない。
だけどそれは“困ったもんだ”とつかれたため息に聞こえた。

No.287



さっきまで、ご機嫌な日。



素晴らしい日だとも思った。










だけど…………最低最悪な日。










斉藤先生はコウタのことを思って言ってるのだろうが、私はとてもそうは受け止められない。



「もう、やだ。……たくない」



私がボソッと言った言葉に、斉藤先生はえ?と聞き返す。



「もう話したくありません!」



あの日、河合さんが口にした言葉だった。
そして、あのとき泣いていた理由も分かった。

No.288



しばらくの沈黙の後、斉藤先生は静かに部屋から出て行った。



涙をふいて、コウタのいる部屋に行く。



「コウタ、終わったよ」



コウタは私を見て、それから部屋から外を見た。



「先生、あそこにいるよ?」



と河合さんと話してる遠田先生を指差す。



「ううん、もう斉藤先生と話したから」



コウタは分かったと読んでいた本を棚へしまった。

No.289



「今日ね、本屋さんで探していた本があったの」



「空の写真集?良かったね」



斉藤先生が担任だった頃に比べ、背が高くなったコウタ。
私の胸あたりの身長。これからもどんどん大きくなっていくんだろうなぁ。



「空のいろんな表情があるんだよね。虹もでしょ」



そう。
5月に見た晴れた青空にかかる虹がもう一度、見たかった。



斉藤先生も同じように言った
“幸せな空”が見たかったんだ。


だけど、それももういい。
私は目を伏せた。



「コウタにはタンタンを買ったよ」



「やった!ありがとう。お母さん、ご機嫌だね♪」



残念、ご機嫌だったのはさっきまでだったよ。

No.290



くつをはいていると、ようやく遠田先生が戻ってきた。



いつもこんなに話しているんだ…やっぱり待てないなぁ。



「え?田村さん、帰っちゃうの?まだ話をしてないよ」



私は座ったまま、遠田先生を見上げて、コウタがそこにいても少し乱暴に言い放った。



「固定級の話でしょ。もう斉藤先生と話しました。終わったから帰ります」

No.291



「ちょっと待って。斉藤先生は…?」



私は立ち上がって(遠田先生は関係ないのに)、いちべつして



「知りません。それから、もう自宅に電話しないでください。ここで話ができないと意味がないでしょ」



完璧、八つ当たり…それは分かったけれど、自分の気持ちは止められなかった。



「田村さん、ホント、待って。話をして」



私はコウタも置いてきてしまいそうな勢いで、駐車場まで走った。



さっきまで私はご機嫌だったんだよ、ホントに。
どうしてくれよう、この感情。

No.292



お父さんにメールする。



『今日、頭痛くて早くに休みます。悪いんだけど外でご飯を食べてきてもらえる?』



少しすると、『了解』の文字。



私は携帯を放り出して、ベットにもぐり込んだ。



頭が痛いのは嘘ではない。
ガンガンしていた。



気持ちの修復も回復も今は無理。


コウタに少し眠ると伝えて、私は身体を丸めて、眠りに落ちた。

No.293




♪~トゥルル、トゥルル、トゥルル…





身体のスイッチが切れたように眠り、目が覚めたときは閉め忘れたカーテンの向こうに月が見えた。



ん、何時?



携帯を手探りで探し、見ると19時だった。3時間くらい寝たらしい。



ぼーっとしながら、ベットに座り込み、ほの白く光る携帯がまぶしかった。



さっき電話がなったように思ったけど、、、耳を澄ましてもかすかなTVの音だけ。

No.294



♪~
メールの着信音。



見るとCメールだった。



多分、遠田先生…。
いいや。

No.295



また携帯を放り出すと、ベットから抜け出し、リビングに向かった。


そこにはコウタがいて、アニメ番組を見ていた。



「お母さん、起きた?頭痛いの大丈夫?」



「うん、寝たら少し楽になった。おなかすいた?」



「うん、簡単なものでいいよ」



小4の男の子のセリフだろうか?
ちょっと笑ってしまった。



「さっき、遠田先生から電話があったよ」



手を洗う水の音と重なり、それは聞こえづらかったけれど、、、ちゃんと心には響いていた。



「……そう」



ただ流れ落ちる水を見つめ、しばらくして、それを止めた。

No.296



私は簡単にラーメンを作り、きっとそれだけじゃ足りないから、おにぎりも作った。



「お母さん、タンタンの本は?」



「カバンの中だよ」



コウタが私のカバンをがさがさとあさり、本を取り出す。



タンタンの本を片手に、コウタは席についてラーメンを食べ始めた。



「ねッ!お行儀悪いよ!」



「え~、早く読みたい」



「本が汚れる。食べてから!もうテーブルに置いて」



しぶしぶ、コウタは本を置いた。



「お母さん、機嫌悪い~」



コウタがぶーぶー😚言った。



違うよ、コウタ。
ほんのちょっぴり、ご機嫌が直ったんだよ。
ほんのちょっぴりだけどね。

No.297



コウタが食べ終わり、私は洗い物を済ませ、ソファに座ってひと息ついた。



コウタはさっき私に言われたのがイヤだったのか、本を持って自分の部屋に逃げ込んだ。



もう少ししたら、お風呂だよって言わなくちゃ。
またコウタ、ぶーぶー言うのかな?



不意にさっきのCメールを思い出した。



私は寝室に取りに行く。



♪~
またメール着信音。



ディスプレイ画面が明るくなり、携帯番号が表示される。



携帯を手に取り、Cメールの受信ボックスを開いた。



2件来ていて、どちらも遠田先生だった。

No.298




1件目/今日はすみませんでした。まだ学校にいるので、何時でもいいから電話してください



2件目/身体の具合、大丈夫ですか?すみませんが帰宅します。携帯の方に電話ください



私は時計を見た。
もうすぐ21時。
こんな遅くまで、学校にいたんだ。



私はその場で携帯から通級に電話した。



いつまでも続く呼び出し音。



…もう、帰ったよね。
そう思い、電話を切る。



遠田先生の携帯にかける?



でも、やっぱりそこまではできない。



小さく息をはき、コウタにお風呂だよって声をかけようとすると手の中の携帯が鳴った。

No.299



「はい」



「通級の遠田です。さっき電話してくれましたか?」



「しました。遠田先生、帰ったんじゃないんですか?」



「くつをはこうとしたら、電話の音が響いて…夜、廊下にまで聞こえる電話って怖いんですよ。びっくりしました」



私はちょっと笑って、



「恐がりですねぇ(笑)」



「えー😫田村さんも真っ暗な中、電話が鳴り響いていたら絶対怖いですって!」



「あはは。先生、もう帰るでしょ?また、明日とかでいいですよ」



「うん、21時半までに出ないと守衛さんに怒られる」



慌てて時計を見ると、もう、22分だった。



「怒られるんだけど、田村さんと話しないと。…ずっと話してないから」



その言葉に私も、んとうなづいてしまった。

No.300



携帯から聞こえてくる遠田先生の声は静かで心地よく…ふわりとした気持ちになる。



「今日はすみませんでした。お待たせもしちゃったのに話ができなくて。
それから斉藤先生からも話を聞きました。それもすみませんでした」



遠田先生が謝る。



「実は今日はその話ではなく、来週の通級日、嫁さんを実家に届ける予定がありまして、お休みをいただくんです」



「あ、里帰り出産?」



「そう」



「どちらに?」



「四国です」



四国…また遠い。



「そっか。元気な赤ちゃんが生まれますように…」

No.301



「ありがとうございます。それでその日は斉藤先生が代わりで…」



穏やかだった感情が一気に嫌悪に変わる。



「えーと、お休みします。遠田先生がいないなら」



「もう、河合さんと同じことを言わないでください😭」



はぁとため息をついた遠田先生は続ける。



「斉藤先生だって、熱いひとなんですよ?言葉のやり取りのところでストレート過ぎて誤解されやすくて。ホント、優しいんですから」



…知ってる。
好きだもん。



「田村さんなら、分かりますよね?」



分かりますよね、じゃない!
知ってても分かってても、好きでも絶対にやだ。

No.302



「先生ってそんなことで待っててと言ったり、電話してってメールしたの!?」



何だかムカムカしてきた。



「違う、違う。ちゃんと話を聞くから、田村さんの思ってること話して。ひとりで抱え込まないで。…オレはここにいるから」



ストレートっていうのはこういうことなんじゃないだろうか…



遠田先生の言葉は私の心にまっすぐ届いた。

No.303



私は黙ってしまった。



「…田村さん?田村さん?聞こえてますか?おーい!」



電話の向こう、小さな声で、



「やだなーオレの声にまた聞き惚れちゃったかな?」



「違うからッ!!」



「何だ、大丈夫なら返事してくださいよ(笑)。
あーごめんなさい。タイムアップ!
守衛さんに睨まれた(笑)。
ホント、どんなことでもいいから話して。電話でもメールでも」



ん、先生、ありがと。
心の中でお礼を言った。










そうなんだよね、思ってることはちゃんと相手に言わなきゃ…伝わらないんだよね。

No.304



私、遠田先生に助けてもらって、癒やされてる。



どんッと構えて、いつでもいいよ、話してって…何かあるたび不安や心配が出てきてしまう私にはホントにそこにいてくれるだけで安心する。



そう思うのは私だけじゃなくて、頼りにしていて、遠田先生に声をかけてもらっている人はきっとたくさんいるはず。



どうか、遠田先生に元気な赤ちゃんが生まれますように。

No.305



「…えっ?」



小山さんが私の言葉に驚いた。



「藤原先生が言ったの?」



コウタを通級に送ったあと、久しぶりに家庭支援センターに顔を出してみた。



小山さんはちょっとなら時間あるわと待合い室の長椅子に私と並んで座る。



「だってコウタくんは…」



それから黙ってしまった。信じられないといった様子。



私は小山さんの言葉の続きが容易に想像できた。



「通級の先生は?」



「まだ何も話してません」



私は目を伏せた。



小山さんが私の顔をのぞき込む。

No.306



「…大丈夫?」



何となく目をそらしながら、大丈夫ですと答えた。



そう?と小山さんは身体を戻した。



「どうするの?このままだってコウタくんにはいいんだよ」



私は軽くうなづいてから、



「私、固定級のことや今のコウタのこと、よく分からなくて」



「苦手な教科はあるのは分かっているし、絶対、満点取ってなんて思ってない。
コウタに好きな教科があってそれが頑張れていたらいいかな」



そして、友だちと遊んで笑って学校に楽しんで通える。



…それじゃ、ダメなのかな?

No.307



「そうねぇ‥コウタくんに必要な
サポートや支援って難しいわね」



小山さんはちょっと考え込む。



と、



「小山さん、外線入ってます」



受付の人から呼ばれた。



はい、行きますと元気に答えた小山さんはあっと思い付いたように、



「そうだ💡新居先生!…確か今、特支の先生だったわよね。
先生に話を聞いてもらったらどう?」



小山さーん!とまた呼ばれた。



小山さんはごめんねと立ち上がって、走っていく。



私は小山さんに言われ、初めて気付いた。



…そうだ。新居先生。



そして、運動会の時に見上げたあの空も思い出した。



晴れた空にかかる虹を…。

No.308



あの頃の私は…なんていうと、もうずいぶんと昔のように感じるけれど、まだ数ヶ月しか過ぎていない。



あの頃はまだ斉藤先生が好きだった。



“幸せな空”



虹がかかる空を同じように感じていたんだと思って嬉しかったんだよ。



………斉藤先生。

No.309



今日の午後には斉藤先生に会う。


妙な緊張感がだんだん近づいてくる時間とともに高まり、お昼は食べられなかった。



先週のこと、コウタこと…



斉藤先生が担任だった頃は、確かにぷりぷり💨と怒ったことはあったけれど、今みたいな切羽詰まった緊張感はなかった。



どちらが悪いとかいいとか言えない、抱えてる思いからくるすれ違い…。



気まずさじゃなくて、会わねばならない緊張感。



遠田先生のときのように、先生を前にしても、もう💨と怒っていられる気楽さはなかった。



あの人は苦手、、、そんな感じ。

No.310



好きだったのにね。



ううん、多分、今も好き。



だけど、何か……、穏やかではない。



洗面台の鏡の前で、私はため息ひとつ。



遠田先生や新居先生なら……、小山さんや吉野先生なら…、
坂本先生や久保田先生、
多田さんや村山さんになら、



……こんな私じゃないのに。
















斉藤先生は好きだけど…キライ。

No.311



「こんにちは。今日は遠田先生の代わりです」



私の張り詰めた緊張はよそに、斉藤先生は普通だった。



ー…何とも思わないんだ。
それとも先週のことなんて簡単にスルーなの?



遠田先生にだったら、文句のひとつも言えるものを、斉藤先生を前にだと怒りや不機嫌さを出してもスルーされ、斉藤先生は淡々と何も感じず、思わず、仕事をしているようだ。



やっぱり、私の好きな気持ちなんてまぼろし…。



ようやく暑い夏から朝晩の涼しさを感じる秋に移り変わる季節。


私のこの想いもハルから移り変わっていってるのかもしれない。

No.312



「田村さん?」



私は明らかに別の事を考え、斉藤先生の話は聞いてなかった。



名前を呼ばれても、視線は足元のまま、先生を見ない。



私がどんな態度でも、この人は何も思わない。
それは誰にでもなんだろう。



ひと通りの話が終われば、帰ればいい。



私はそう思った。



この人に相手を思う感情など…ないのだ。

No.313



キライ、好き、キライ…揺れ動く気持ち。


でも、好きだったのは何かの間違いだね。










ハルのあの人って斉藤先生のどこが良かったのかな?



私みたいな気持ちにはならなかったのかな?



それとも特別、優しかったとか?



そうだ。
1年生のときの連絡ノートにコウタと同じ猫シール、嬉しかった。



手裏剣やコウタに対する気遣い、
いたずらっぽく笑ったり、私へのさりげない応援、頑張りを認めてくれたり……やっぱり担任だったからかな。



ハルのあの人にはどんな斉藤先生だったんだろう?



なぜだか涙がポロリと落ちた。

No.314



あーあ、涙なんて、この人にはいちばん意味の分からない感情なんだろうな…



そう思って、静かに目を閉じるとまたポロリ。



だけど、これ以上はこの人の前で涙をこぼしたくなかった。



斉藤先生を想う涙など、、、
伝わらないのに、ひとしずくも。

No.315



私は何も言わないで、リュックから
ミニタオルを取り出し、顔を隠した。



涙をこらえ、気持ちをしずめて、ゆっくり、息を吐く。



もう何も言わない先生に一礼をして、そこから離れた。



もういい。



先週、手に入れたあの本と同じ。もう開くこともないまま、棚奥深くしまわれ、私の感情も心の、奥底に。そしてさっさと、



消えて、消えて、消えて…
消えて、消えて、消えて。



泡のようにプチンッと…………。

No.316



頭がぼーッとして、その夜は何をしたのか、覚えていない。



日常的なことを無難にこなし、お風呂に入って、先に休んだ。



こんこんと眠って、夢も見なかった。

No.317



斉藤先生に対する叶わない想い叶えてはいけない想い。



届かない
届いてはいけない想い。



だけどその前に何かが違う。



ひとりひとりが抱えた思いからのすれ違いからじゃなく、



斉藤先生が何を考えているのか、全く分からない。



ちゃんと向き合えない。
話ができない。



だから、キライ。
苦手な人…。

No.318












どうして
好きになったんだろう?

No.319



翌日、久保田先生のところに顔を出した。



「先生、コウタはどうですか?」



猫のエプロンが新しくなっていて、湯たんぽの可愛いカバー・ひつじやカエルをつけていた。



「田村さん、こんにちは。
コウタくん、さっきまでいましたよ。算数だったかな」



「そうですか…国語とかは?」


「うーん、来てるけど、授業の内容によるみたい」



「音読かな」



「藤原先生に聞いてみたらいいと思う」



確かに、、、聞いてみようかな。

No.320



5分休みになり、次の授業は何か分からなかったけど、私はコウタの教室に行ってみた。



前扉近くに先生の机があった。藤原先生の姿も見えた。



「先生…こんにちは」



私に気付き、藤原先生が廊下に出てきてくれた。



「お母さん、こんにちは。今日はどうしました?」



「さっきの授業、抜け出したみたいで…」



「ああ、ちょっと新しいところに入ったから難しかったようですね。お家で見てもらえますか?お母さんのご負担がふえてしまいますがお願いします」

No.321



「はい…あと国語なんですけど
コウタが苦手なのは音読ですか?」



「音読は少し苦手で頑張れるときと頑張れないときがあって、でもクラスの子どもたちはコウタくんに好意的です」



チャイムがなる。



「もし、時間があれば見ていきますか?次は国語で漢字をやります」



私は急に言われ、えっ!?と思い



「あ、いえ。今日はやめておきます」



とお礼を言って、帰ることにした。



「ありがとうございました。いつでも来てくださいね」



藤原先生はにこにこしていた。

No.322



そっか…学校公開以外でも授業風景を見ていいんだ。



何となく、公開以外の日は入れない気がしていた。



今日はちょっとドキドキしちゃったけど、改めて仕事がない日に入ろう。



コウタの様子が分かるもんね。



家に戻り、ひと休みでコーヒーを淹れた。



コーヒーの香りがマグカップから立ち込める。



少しリラックスしてから、リュックから携帯を取り出し、あることを検索する。



「10/20…」



壁掛けのカレンダーで予定を確認。特に何もなかった。



携帯をマグカップの横に置き、しばらくそれを見つめた。

No.323



夜、1件、メールを打つ。



“今度ある学校公開にコウタと行きます。よろしくお願いします”



新居先生に送った。



昼間、検索していたのは新居先生の学校のこと。



小山さんに言われて、新居先生のことを思い出して、とにかく特別支援級を見てこようと思った。



何も知らないで、モヤモヤしていたり、コウタを頑張らせてしまうのは良くないように思う。



動いていこう。
偏見なしに。

No.324



幼稚園時代、コウタの様子を聞いたとき、また家庭支援センターを紹介されたとき、私の中にそれに対する感情はなかった。



詳しく説明を求めることも、コウタの将来への展望を悲観することもなかった。



いちばん最初に小山さんに出会えたことも大きかったのかもしれない。



小山さんは私の小さな質問や疑問にいつも丁寧に答えてくれ、私の気持ちの安定をいちばんに考えてくれた。



“受容のプロセス”というものがある。



私の場合はコウタの発達の受容の
プロセスだ。

No.325



【受容のプロセス】



・ショック期
事実を知ってショックを受け、なすすべもなく呆然とする。



・否認期
「そんなわけない!」などと強く否定し、認めたくないという気持ちになる。



・混乱期
否認できない事実と受け止め、怒りや悲しみで心が満たされ、強く落ち込む。



・解決への努力期
感情的になっても何も変わらないと知り、前向きな解決に向かって努力しようとする。



・受容期
価値観が変わり、困り感を持って生きる子どもを前向きに捉えるようになる。

No.326



【受容のプロセス】



事実を知った後はしばらくの間、複雑な感情が激しく噴出する。しかし、その感情を十分に経験した後に、冷静になって現状を受け入れるように変わっていく。



冷静さは、感情を吐き出し、その感情をまるごと受け止めてもらうことで取り戻すことができるのだ。



簡単にまとめるとこうなる…。



小山さんや遠田先生には感情の吐き出しができ、受け止めてもらえ、斉藤先生にはできなかった。



たんに私が斉藤先生を信頼できなかったのか、斉藤先生に複雑な感情を見せることができないくらい私のプライドが高かったのか。



それとも、
解析不可能な恋のメカニムズか…。

No.327



新居先生にメールした数日後、めずらしく新居先生から返信があった。


“お久しぶりです。来ていただくのは嬉しいのですが、時間を取って話ができないと思います。それでも良かったら、お待ちしてます”


新居先生は私たちが行く理由を聞いて来なかった。
Cメールのときと同じ。
何で?じゃなくて、そのまま受け入れてくれた。



私なんかすぐにコウタに何で?どうして?って言ってしまう。



何も聞かないで受け入れるって案外、簡単なようで難しい。

No.328



また新居先生は正直に時間を取れないとも書いていて、私もそれは分かっていた。



けれど、近くの固定級のある小学校の学校公開等に行くには、私にはまだまだ勇気がいった。



何となくは分かっていても、やはり、何も知らない。

No.329



今度、コウタの授業風景や友だちとの関係も見てこよう。



少しのキッカケやアドバイスがあると何となく動ける。



自分で上手く気持ちの切り替えや動くことは難しいけれど、小山さんや遠田先生と少しずつ話しながら、コウタのこと、頑張ってみよう。



あまり人との付き合いや誰かと会うのを避けたりしていたけれど、私の中でむくむくと動いていけるエネルギーが充電されていくのが分かった。



人との出会い・縁は何もプラスなことばかりじゃない。



マイナスなこともある。
(相手と自分の相性や性格などもある)



私にとって斉藤先生との出会いは、負のエネルギーだったのだろうか?

No.330



10月に入り、朝晩の涼しさに初秋を感じ、家の近くのスーパーに出かけた。



散歩と思って、少し歩く。



歩道にそこだけピンク色が散らばっていて、何かと思い、拾って見ると小さな小さな花。



見上げると、私の背より高い石垣の上にピンクの小さな豆のような蝶形花の萩を見つける。



もう散りかけだったけれど、それはきれいで、私は立ち止まって風に揺れる萩を見ていた。



私はこんな風に季節を感じたり、萩の花をきれいと思う心の余裕もなくしていたことに気付いた。

No.331



あれから通級は在籍校訪問で、
1週間お休みだった。



遠田先生とはこの前から会わず、3週間ぶりに。



週1の通級はこういうときがタイム
ロスを感じる。



お迎えに行くと遠田先生がニコニコしながら、コウタと何か話していた。


河合さん陸人くんの姿がない。…お休みなのかな?



「お久しぶりですね」



私に気付いた遠田先生が言った。


「こんにちは」



私も久しぶりだに思った。
遠田先生とここでこうやって話をするのはどれくらいぶりだろう?



私もニコニコしてしまった。

No.332



「奥さん、お元気ですか?」



「元気元気。久しぶりの実家なんで、ゆっくりしてるみたい…毎日、電話するけど、食べたものに厳しいチェックが入って😭」



「先生のこと心配なんですね。優しい奥さんですね」



「もう、自分にはできた嫁さんでありがたいです😂」



奥さんに頭があがらない様子で話すけど、だけど、ちゃんと愛しい感じが伝わってきて、幸せそうだなと思った。



「あ、そうそう。おみやげ」



え?



ポンと渡されたのはデコポンのハイチュウだった。



「向こうで買った😤(スゴイだろ)」



え!?

No.333



デコポン味…確かコンビニで見たなぁ。黙ってよ😏。



「ありがとう、先生。…コウタ。
コウタ!」



校庭に下りてたコウタを呼び、ハイチュウを渡した。



「先生からおみやげだって。良かったね」



「デコポンだ♪コンビニにあー…」



「あーッ…と。コウタ、もう少し、先生と話すね」



慌てて、コウタの背中を軽く押し、遊んでおいでと言う。



うんとコウタはまた校庭に下りていった。

No.334



遠田先生を前に改めて、6月に藤原先生に言われた話を最初からしようと思った。



「先生、あのね…」



と言いかけたとき、通級用昇降口に斉藤先生の姿が見えた。



一瞬で、私の身体に緊張が走る。


あれ?私、大丈夫になったんじゃなかったっけ?



そのまま、斉藤先生がまっすぐこっちに歩いてくる。



私は言いかけたまま、遠田先生の背中越しに見える斉藤先生を見てしまっていた。



「田村…」



遠田先生が黙った私を不思議に思い、声をかけたそれと同時に、斉藤先生が



「田村さん」



と私を呼んだ。遠田先生が振り返る。

No.335



「斉藤先生…どうかしましたか?」



遠田先生が軽めにそう言うと、斉藤先生はちょっとと私を見る。


目をそらしたくなるけど、頑張って強く、斉藤先生を見返した。


「田村さん、ちゃんと話しませんか?」



私は何も言わず、口をつぐんだ。



「…話してください」



その声には強い語尾は感じない。私は斉藤先生を見たまま…。



何で“今”なんだろう?



そして、何て不器用な人なんだうと思った。

No.336



「ちょっと待ってください!」



遠田先生には話が見えないけれど、斉藤先生と私の様子がおかしいのは読み取れたらしい。



「話すって何のことですか?コウタのこと?」



「…私は遠田先生に話します。斉藤先生にじゃない」



「田村さん、前にも言ったけど、現場にいる自分たちがよく分かるんです。だから、ちゃんと話しましょう」



この人、私の言ったこと、聞いてた!?



「だから!遠田先生と話します!」



私はありったけの勇気を出して言った。



「斉藤先生は確かに通級でのご指導は長いでしょう。今まで、見てきた子どもの数もたくさんで、先生のお言葉もごもっともだと思います。…けど!」

No.337



「相手の心を動かすのは経験やその現場の長さじゃない。
言葉に寄り添うことや相手を思いやる気持ちでしょう?」



私は興奮しきっていた。



「先生はたくさんの親子を見てきてる。だけど、私はコウタが初めてで、コウタの親を10年してきただけです。4年生だって初めて。同じような悩みや考えが親や子どもから出るかも知れない。けど、その人たちだって、初めてなんです。
…いつだって、ちゃんと話を聞いて欲しいのはこっちですよ」



涙声になって、鼻をすする。

No.338



「…田村さん、」


遠田先生が何か言おうとするが、斉藤先生が手で制した。


「田村さん、見立てができるのは経験です。そんな甘いものじゃない。その子のこれから先に続く人生を考えたら、強く伝えないといけないこともある。
嫌われたり恨まれたり、そんなこともたくさん。
だけど、その子が頑張んなきゃいけないときに何でも親が肩代わりするの?」



「ぼくは今の話をしているんじゃない。子どもたちの何十年後を考えて話をしてる」

No.339




「泣いたって怒ったっていい。それをどれだけぶつけてもいいから、、、話すことをやめないで。ひとりで抱え込まないで」



いつか聞いた言葉…。



“…ちゃんと話を聞くから、田村さんの思ってること話して。ひとりで抱え込まないで”



夜に遠田先生と携帯で話したときだ。



ストレートに私の心に届いたあのとき、私は暖かいものを感じた。



今日は…?
斉藤先生の言葉は……



ただ、ただ衝撃的だった。

No.340



10月20日、新居先生の学校公開日。



しとしとと雨が降っていた。



先生の学校には電車で1時間近くかかり、最後はバスに乗る。



雨の車窓から流れていく見慣れない街並みや幹線道路に圧倒され、私は少し落ち着かなかった。


コウタは新居先生の学校ということもあって、私とは反対にウキウキ♪していて、時々、鼻歌が出たりしていた。

No.341



コンクリートの塀に囲まれたいかにも古めかしい学校で、建物の壁には窓をよけながらいくつもの配管やチューブが蔦のように這っている。


学校はL字型の造りで、校庭は小さく、外の体育倉庫やプールも端に寄せて作られ、何とも不思議な感じがした。


教室の中は木の優しい雰囲気で、後ろの壁は黒板になっており、恐らく、担任の先生による全然似てないドラえもんが書いてあって、なんだかほんわかする。


ロッカーも一見、手作り?と思うような木の箱が3段ほどで横並びし、誰が塗ったの?と笑ってしまうような塗り方で優しいパステルカラー。



車窓から見えていた圧倒されてしまうくらいの都会化された街並みからは想像できず、近代的なものは後からくっつけたような学校だった。

No.342



受付近くの壁に、校舎内の見取り図があり、新居先生のいる学級の場所を確認した。



学校公開だけあって、たくさんの保護者や地域の人が来ている。


私とコウタはあちこちの教室を廊下からちらちら見ながら、歩き、ようやく新居先生の学級についた。



教室は3つあり、その1つにみんな集まっていた。



全学年の子どもたちが20人ほどだろうか?



朝学活のようだ。



何となく、教室に入りづらく、廊下から見ていた。

No.343



と別室から出てきた人がいて、私を見つけると、中にどうぞと扉を開けてくれた。



ひゃー😫
ドキドキと心臓が大きく早く動いた。



中にも学校公開を見にきた保護者の方は何人もいて、教室の後ろから、朝学活の様子を見ていた。



私とコウタもその並びに立った。



窓際近くに新居先生がいたのを見つけた。



コウタがちっちゃく、胸の前で手を振る。



新居先生はニコッと笑って、会釈してくれた。



ものすごく久しぶりに、新居先生の“先生”をしている姿に会った。



何だか、くすぐったい。

No.344



朝学活、



今日の予定とその質問。
お休み調べ。
また、給食の献立。



それが終わると全体国語で、全学年で学習。



次の時間は3つのグループに別れて、算数だった。



私とコウタはよく分かっていないから、新居先生の指導グループのところに移動した。



まずは今日の算数は何をやるかから始まり、バラバラな学年の子たちが6人ほどいて、学習に入った。



大筋の目当てはあり、個々に合わせた学習段階でプリントをしている。



プリントが終われば、新居先生が確認して、その次のステップ。
分からないところや上手く行かないところは新居先生がその子について、丁寧に指導していた。

No.345



時間がゆっくり流れている感じ。


横目でコウタを見ると、新居先生の姿を見ていたり、プリントの内容を後ろからコソッと見ていたり…。



お母さん、ぼくアレ、できるよと小さな声で耳打ちしてきた。



だいたいの子がその日のめあてを達成した頃、チャイムがなる。



当番の子が終わりのあいさつをして、中休みに入った。



休み時間なので、中で見ていたお母さんたちのところに子どもたちが来たりしていたけど、授業中はちらちら後ろを見たりせず、集中して学習に取り組んでいたのが印象的だった。

No.346



次の授業の準備をした新居先生が来てくれた。



「今日はありがとうございます。どうでしたか?」



「ありがとうございました。
先生の指導されてる姿は久しぶりでした。なんか嬉しかった」



「(笑)こちらも照れてしまいますねー」



「1時間目の国語のときは雰囲気よくて、先生たちも子どもの言葉に素直に笑っていたり、いいね!ってほめていたり良かったです。
2時間目の算数は個々でプリントが違って、でも新居先生がひとりひとり丁寧に見られていたのがすごいなぁって」



「コウタはどうだった?」



「先生、かっこよかった♪」



ニコニコ元気にコウタが言うから、新居先生も私も笑ってしまった。

No.347



新居先生と少し話して、先生は仕事に戻った。



私とコウタは雨で外では遊べないから、教室内で静かに本を読んだり、おしゃべりをしたり、先生たちと話したりしている様子を見ていた。



暖かい優しい雰囲気に私の緊張もとけ、笑いのある穏やかさに安心感が持てた。



…自分の肌で感じるって大事だわ。



今回の目的はもう達成したように思えた。



「コウタ、帰ろうか」



うんとうなづくコウタと2人で新居先生にあいさつをして、廊下に出る。



さっきより、廊下には人があふれていた。

No.348



帰りかけて、新居先生に相談したいと伝えてなかったことを思い出した。



コウタに待っててと言うと、私は人の間をぬって戻る。



教室の中に新居先生を見つけると、先生は保護者の人と話していた。



ニコニコ笑って、話す新居先生。
子どもに声をかけられ、今、話しているからね、待っててと答える。



保護者の人と話が終わると、さっきの子どもに声をかける。



そんな様子を見ていて、新居先生は1つ1つのことを丁寧に対応していると思った。



私も少しの間、待つことにした。

No.349



子どもとの話が終わり、新居先生が私に気付く。



スッと私の隣に来た。



「田村さん」



「すいません…あの、相談がありまして、できたら新居先生に相談にのっていただきたいのですが」



「いいですよ。今日ですか?」



「今日はお忙しいと思いますので、改めて…先生のご都合で構いません」



新居先生はちょっと考えて、



「すいません…ちょっと今は分からないです。あとから連絡しますね」



「ありがとうございます。よろしくお願いします」



私は先生にお礼を言って、教室を後にした。

No.350



コウタが遅いッと怒っていた。



「ごめんごめん…さ、帰ろう」



と歩き出すと、メガネをかけた可愛らしい女性があのう…と声をかけてきた。



私はドキリとする。



「この学校の人ですか?」



うわ😫何か怒られちゃうのかな。


「えと、いえ。違います💦」



私は慌てていて、しどろもどろになる…。



「新居先生の前の学校の人?」



…え?



私は驚いて、相手の女性をじっと見てしまった。

No.351



私が戸惑っていると、コウタが投げやりに、



「ぼくの担任だったよ」



と言った。そのまま、私の袖を引っ張り、早く行こ!と歩き出した。



「あの人、さっきぼくたちが話してるときにずっと見てたよ」



ヤダとコウタは不機嫌…。



コウタに言われて、そっと振り向くと彼女の姿は人影に紛れて、もう分からなかった。



…新居先生が担任なのかな?

No.352



新居先生が異動して、2年…。



在任中のときも学校行事で来てくれるときも、新居先生の人気は高い。だから、きっとこの学校でもそうなのだろう。



「新居先生って人気者だね」



カサをさしてバスを待っているときに、ポツリつぶやくとコウタは、



「また、ぼくの学校に来ないかなぁ」



とカサをくるくる回す。しずくがとんで冷たかった。



「コウタは新居先生がいちばんなの?」



手でコウタのカサを止め、聞いてみる。うーん…と考えてから、



「新居先生も好き。遠田先生も好きだよ」



近代的な街並みの角を曲がって、バスの姿が見えた。



「でも…先生っていなくなっちゃうから」



私たちの前にバスが停まる。カサを閉じ、しずくを払う。
…少しうつむいていて、コウタの表情は分からなかった。

No.353



この前は斉藤先生の登場で遠田先生と話ができなかった。



週明けの月曜日、コウタの通級日ではなかったけれど、夕方、遠田先生に電話を入れる。



新居先生の学校公開に行ったときの安堵感を忘れないうちに話したかった。



「先生、コウタと一緒に新居先生の学校公開に行ってきました」



明るく報告できるときは声も弾む。



「新居先生ってコウタの担任だった先生ですよね」



「2年生のときです。今、異動されて特別支援級にいます」



「ああ、それで見に行かれたんですね。どうでしたか?」



「はい、良かったです。
子どもたちを暖かく見守ってて、そんな雰囲気を肌で感じられました」



「コウタは?」



「新居先生、かっこいいって(笑)」



「コウタ(笑)」

No.354



「コウタは新居先生が好きだから」



「そうかー。…田村さん、コウタの固定、考えてるの?」



遠田先生が聞いてくる。



「うーん、正直、まだ考えてません。ちょっと見ておきたいと思って」



…まだ分からない。



ホントにまだ…コウタの今しか分からないから。



「学校の方も少し見に行ってきます。また相談させてくださいね」



「いつでもどうぞ。また通級日に」



「はい、ありがとうございました」

No.355



電話だと楽だなぁ。



面と向かうと、緊張したり言葉に迷う。



斉藤先生のことも気にしなくていいし。



この前のことを思い出す。



私、もう無理…。
コウタのことを思って言ってくれてるのが分かっていても、心がついていかない。



もうちょっとゆっくり、、、話ができたら違っていたかも。



今は全身で斉藤先生を拒んでいる。

No.356



その週、藤原先生の許可をもらって、仕事休みのときにコウタのクラスに入った。



教室の後ろから、授業とコウタの様子、また休み時間の様子を見させてもらった。



4年生になったコウタは家では特に何も話さない。



私はぶなんに過ごしているのだろうと思って、何も聞かなかった。



この1日、給食までの時間を教室にいてみて、家の姿のコウタからはまるで想像できなかった。



4年生、10歳。
私の目には、コウタは幼く映った。

No.357



あれができないこれができないというわけではない。



おしゃべりや不満や苛立ちから何かいじったり、音を出して注意を引こうとしているわけでもない。



コウタはそれなりにそこにいた。



友だちと楽しく話したり、笑ったりふざけっこもしてる。



係の仕事や先生のお手伝い、友だちにも優しく接していた。



ごめんねもありがとうも言えてる。












ただコウタは自信がなく、拠り所がなく、どことなく不安げだった。

No.358



…コウタ。



算数の時間はそれが顕著だった。


緊張感と怖々が伝わってくる。



分からないより、これでいいのかな?合ってる?と同じプリントやノートに書き込んだ計算の答えや図形を隣をチラッと見ているのが後ろからでも分かった。



回ってくる先生や支援員さんは
コウタのところで足を止めて、OK!と頭を撫でたり、ゆっくりと確認しながら教えてくれていた。



少人数でその子に合わせた単元学習をしていた新居先生の学級を思い出す。



そして、藤原先生の言葉も。
“コウタくんにできた!分かった!という自信を”

No.359



それから友だち関係。



元気な子、マイペースな子、おとなしい子、はきはきしてる子、甘えん坊、あまり笑わない子…
いろんな子がいるのは分かっている。



コウタは2年生のときに新居先生に言われた自分を出さず、相手に合わせるところは変わっていなかった。



そして、今までも何回かあったこと。私は❓に思いながらも、
コウタがいい?と聞いてきたり、
コソッとしていたこと。

No.360



例えば、ガチャポンで買っためずらしい昆虫のキーホルダー。



学校に持って行って友だちに見せていた。



スゲーだろ!とか自慢で持って行って見せびらかしているわけではない。



ただ友だちがそれに気付いたり、コウタが仲良しの子にそろっと見せたりしているだけ。



きっと何気ないどこでもある光景…。



だけど、コウタはそれを友だちの中のぼくの存在確認としていた。



私はショックだった。

No.361




何度かコウタのクラスに行ったり、遠田先生にそのことはまだ言えず、ひとりでもやもやとしていたそんな中…新居先生からメールが届いた。



“今度、出張でそちら近くまで行きます。遅くなったらすみません”



話をする場所は家の近くの公園で、だんだん寒くなってきていたけれど、そうしてもらった。



駅近くには喫茶店やファミレスもあったけれど、何となく避けたほうがいいのかな?と思った。



新居先生もそれでいいと言ってくれた。



もし、遅くなるような時間だったら今回は見送ろう。

No.362



その日、16時前に今から向かいますと連絡がきた。



コウタももう少ししたら、帰ってくる。



私は身支度を済ませ、新居先生に相談したいことを考えた。



藤原先生から言われた固定級の話。
新居先生の特別支援級のこと。
コウタの様子。



あまり話が長くならないようにしないと。



それから、、、泣かないように。

No.363



コウタが帰ってきて、入れ替わりで私が外に出ることを伝えた。



「どこに行くの?」



「公園。少ししたら、コウタもおいで。新居先生が来てくれてるから」



「新居先生?なんで?」



「お母さんが相談があって、出張がこっちだから、寄ってくれたの」



「ふーん…相談ってぼくのこと?」



え?
リュックを背負い、もう出ようとしていた私はドキリとした。



「…うん、そうだよ」



「ぼく、新居先生の学校に行くの?」



そう言って、コウタは私を見た。

No.364



私は首を振った。



「新居先生の学校には行かない。けど、新居先生のクラスみたいなところかな。…コウタはどう思った?」



今度はコウタが首をかしげて、



「うーん、分かんない」



そうだよね…私も分からない。



「お母さんも分からないから、新居先生と話してくるね。でも、今すぐ、どうこうってわけじゃないよ?」



うん、とコウタ。



「少ししたら、公園においで。
カギをかけて来てね」



うん。とコウタはもう私を見てなかった。

No.365



公園に行くと、新居先生が入り口で待っていた。



コウタと話していたタイムロス分…私は慌てて、走り、先生のところへ。


「すいません、お待たせしました」



「いえいえ、大丈夫です。あれ?コウタは?」



「さっき帰ってきて、もう少ししたら来ます」



「そっか…どこで話します?」



あ、ここでってわけにもいかないよね…



「中に座るところがあるので、そこでもいいですか?」



2人で、公園入り口近くの木の
ベンチに座った。
ここなら、コウタが来てもすぐ分かる。

No.366



「先生、今日はありがとうございます」



「ちょうど、こっちに出張で、意外に早く終わったので、寄れました」



ニコッと新居先生が笑う。
今日はスーツ姿。私服(?)もいいけれど、スーツ姿も似合っていた。



「田村さん、コウタ、支援級を考えているんですか?あ、ここは固定級になりますね」



「まだ、どうしようかは考えていません。というかよく分かってなくて。先生のお話も聞いてから、また考えようかと」



そうですかと新居先生は私から視線をずらした。

No.367



「ぼくはまだ2年しか経験していませんが、今の学級は好きです。大変なことやまだまだぼくが勉強しなきゃいけないこともありますが、子どもたちは可愛いし、子どもたちからいろんなことを教えてもらってます」



間があいて、



「ぼくの視野はぐんと広くなったと思います。最初はえ?と戸惑うことがありましたけど、小学校から中学校、高校、就職や進学を考えると、小学校なんてまだまだその子が歩き始めた頃ですよね。
先過ぎて、将来を遠く感じますが、今も大事にしながら、やっぱり、その先の社会に出て、周りから可愛がられるような子になってほしいです」



「というか、可愛がられる子をめざしてでしょうか…」



新居先生は優しく笑う。それは私も好きな笑顔だった。

No.368



コウタがひょっこり、公園入り口に姿を見せた。



私は手招きする。



コウタが歩いてくる間、私はひとり言みたいに、



「コウタが学校公開の帰り道、
“先生はいなくなる”と言ってました」



新居先生は少し笑って、歩いてくるコウタを見つめながら、



「確かに、いなくなってしまいますね。
だから、地域でつながる、人同士がつながる、いいものは残す・受け継ぐでしょうか。
そういうつながりや人との出会いを大切にしたいですね」



私は新居先生の言葉に静かにうなずいた。

No.369



それから………。



私はいまだにコウタのことは考えてる。



コウタが弱音を吐くと、支援級の方がいいのかな?とも思うが、少し順調になると大丈夫と思ってしまう。



心の振り子が揺れたままで、何かあればいいことでも悩むことでもその揺れが大きくなる。



しばらくすれば、また落ち着く。その繰り返し。



親はずっと子どもが心配なのだ。親が子どもを思う気持ちは海よりも深く、けれども、子どもが親を思う気持ちは更に深い。



ずっと以前、養護教諭の坂本先生に言われたことがある。

No.370



コウタのことで悩んでいたとき…



“結局は何を取るかだと思う。
コウタくんに何を求めるか。コウタくんはそれに応えようと一生懸命なんだと思うよ。お母さんのこと、大好きだから”



“選択をするのは保護者、私たちは何も言ってあげられない。苦しかったり悩んだり、毒出しや気持ちを吐き出したいよね。そういう話を聞くくらいしかできないけど、いつでも話して”



私はまだ揺れてる。
…それはこれからも同じかも。



たくさんの人の出会いや支えや言葉を大事に、コウタのことも家族のこと、周りの人たちも大切にしていきたい。



出会えた多くの人たちに
支えてくれた人たちにたくさんの感謝の気持ちでいっぱい、
本当に、ありがとう。

No.371



春休みにあの人が来た年は、桜は遅咲きで、入学式頃でも満開にはならず。



4月も半ば、満開な桜が急ぐように風に花びらを舞させていた。



コウタのお迎えで吉野先生を待っていたとき、また優しい風が吹いて花びらが……。



「今ごろ…」



話を終えた斎藤先生が戻りかけていて、それを目で追いながら、何気につぶやき…私はどうしたのか尋ねてみた。



「いえ、ここの桜を見たいと言った人がいたから」

No.372



今にして思えば、斎藤先生を訪ねてきたあの人が言っただろう。


そして、そのとき斎藤先生も桜を見て、思い出した。



あれから、斎藤先生は東日本大震災の被災地への派遣要請に応え、1年間の出向ののち、昨年、異動となり…いなくなった。



今年もまた桜が咲くだろう。



ハル、心弾む季節。
そして、ちょっとセンチメンタルな心模様。



あの人と斎藤先生がいつか同じ桜を見れたらいいな。



……そんな願いをこめて……




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