それは突然…
空想を膨らませて、おもいつくままに書いてみます…
しかも気まぐれで…
すぐに閉鎖する鴨しるないけれど…
だから…目を通しても…無駄になるかもしれないよ。
がははっ!
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始まりは…本当に突然でした。
ある木曜日…行きつけのバー『e-touch』のカウンターでマスターの片桐さんと語りながら飲んでいた時のこと…
いつものように店内にはマスターの趣味で、程よい音量で心地良く流れるクラプトンのアコースティックギターの調べがシックな大人の雰囲気を醸し出し、そして決して会話の邪魔をすることもなく心地よいBGMとなっていた。
ちょうど4杯めのロックのブランデーを飲み終えようとしている時…私の左隣の席の空気がまるで陽炎のように揺れたような気がした。
マスターは何も気付かないようで、少し俯いたままグラスを磨いていた。
私は揺れる空気の中に人影?のようなものを見つけ、しばし目を凝らしていた。少しずつ…薄いブルーのワンピースを着た私よりも少し若そうな女性の姿が…鮮明になってくる。
ふとマスターに視線を移すと…相変わらずグラスを磨いて…えっ…動きが止まってる…しかもまるで時間が止まったかのように…
少し店内の温度が下がったような気もした。
隣の女性は私の方を見ることもなく、長くて少しウェーブのかかった髪をかきあげながらレモン色のカクテルを飲んでいる。
横顔しか見えないが二重で大きな瞳、長いまつげ、柔和な口元、薄いピンクの唇…スレンダーな体つきに大人の雰囲気…
心臓が一生分の拍動を使い切ってしまうのではないかと思う程の勢いで私の全身に血液を送り出している…。
壁に掛かった時計はチッチッと正確に時を刻んでいるのだが…マスターの動きは止まったままだった…。
突然彼女が私に向かいかすかに微笑みながら『私は亜矢。あなたの名前は?』と語りかけてきた。
『私の名前は真一。ありふれたどこにでもいる普通の男です。』と簡単な自己紹介をした。
彼女が『私達の今夜の出会いに乾杯してもらえませんか?』と言うので『いいですよ…では…この出会いに乾杯!』とグラスを軽く合わせた。
先程…たしかに4杯めのグラスを飲み干そうとしていたのに…少し溶け始めた丸く綺麗に削られたクリスタルアイスと注がれたばかりのブランデーが私のロックグラスの中でゆらゆらと動いている…。
『いつもは他にもお客さんがいるから…なかなか話し掛けることが出来なくて…でも今夜は珍しく真一さんが独りでいらっしゃったから…嬉しくて…』
と言いながら彼女はレモン色のカクテルを飲んだ。
『でも…真一は子供の頃から全然変わらないね…』とクスッと微笑みながら彼女は言った…。
私は今夜初めてこの店で会った亜矢と名乗る女性のことを過去の記憶というエンジンの中から検索した。
亜矢…私の小学校の頃の友人には亜矢という子はいない…中学は…高校は…と…
おぼろげな記憶を呼び起こそうとするが、アルコールに飲まれてしまった私の思考回路からは『亜矢』という名前の女性をヒットすることはなかった。
『亜矢さんの知ってる私は子供の頃はどんな感じの子に見えたの?』と…軽く探りを入れてみると…
『真一はいつも皆の人気者で、クラスは真一を中心に回ってたから真一が風邪ひいて学校を休んだ時は教育がし~んと静かで…私たち女の子は給食のパンとマーガリンを誰が真一の家に届けるか…ということでモメたこともあるのよ…』と笑った。
どうやら亜矢は私の小学生時代のクラスメートらしい……。
休んだ子の家に給食のパンを届けるなんて、私の小学生の時にしかなく、中学に入ると衛生上の理由からパンを届けることはなくなったのだ。
自分で言うのもおこがましいが、確かに私は小学生の頃は目立つ存在だったのかもしれない。3つ上の兄がいたためにクラスメートよりもやることがマセていたことと、イタズラが大好きでいつも皆を笑わせていたからだ…。
しかし…亜矢という女の子は…私のクラスにはいなかった…
当時私が住んでいたのは田園風景の続くのどかな田舎町だったので、途中で何処かの街に引っ越してしまった子もいないし…と…考えを巡らせていると…
『そうやって時々イタズラを企んでいるような横顔が…本当に昔のままだね…』と…彼女は言った。
ふと横をみると…そこに亜矢の姿は無かった。店内には私の他に3人の客がマスターと楽しげに会話をしながら飲んでいる。
分からない…
彼女はただ…私に誰か他の男の姿を重ね合わせているだけなのか…
それとも…
私の記憶の中から亜矢という女性の記憶だけが何らかの理由で消去されてしまったのか…
そんなことよりも…まず…亜矢が…実在する人物なのか、私の空想の中で私自身が造り出した想像上の人物なのか…
壁の時計は深夜の12:00になろうとしていた。
『マスター…そろそろ帰るよ。タクシー呼んでもらえるかな…』
私はマスターに声をかけ店を後にした。
次の朝…昨夜のアルコールがまだ少し残る体を目覚めさせるために少し熱めのシャワーを浴びた。
まだ頭が少しボォーっとして気怠かった。私はこんな時のシャワーは嫌いではなない。
流れ落ちるシャワーの雫と共に私の体に重くのし掛かっていた『形の無い物』を洗い流してくれるのをリアルタイムで実感出来るからだ。
徐々に体の隅々にまで鋭気がみなぎり、ミラーに写る自分と目を合わせる…
よしっ!これで完全復活だ…
タオルで髪を拭きながらテーブルの上の新聞に目を通し、コーヒーと何も付けないトーストをかじる。プレスの聞いたスラックスとYシャツに袖を通し…ネクタイを絞めて…
いつもと変わらぬ1日がまた始まった。
いつもの時間…いつもの電車…そして車外にはいつもの景色が流れ去っていく…
はずだった…
電車内から遠く見える山の上に3機連なるはずの風力発電の大きな風車が見当たらない…
移り行く街並みも…心なしか…ビルの背が低いような気がした。
地下鉄に乗り換えてからは景色が見える筈もなく、私は頭に浮かんだ先程までの小さな疑問を頭の片隅に押しやり、今日の午後に行わなければならないプレゼンテーションのことに意識を集中させた。
次は丸の内…この車内アナウンスを聞き私は地下鉄を降りた。
少し小走りに走ってきた女性が扉が閉まる寸前に地下鉄に乗り込んだ。髪の長いスレンダーな女性だ…。
気のせいか私を見て少し会釈したような…
そんな風に思えた。
あっ……
あっ…亜矢…?
次の瞬間…昨夜の…バー『e-touch』での記憶が鮮明に蘇った。
私は通勤ラッシュの人の流れに逆らうようにして立ち止まり後ろを振り向いたが…すでに彼女を乗せた地下鉄は最後部の車両がホームから遠ざかろうとしていた…。
その日から暫くの間…私は月末の片付け仕事に忙殺され、数少ないの楽しみの1つであり、独りの時間を誰にも邪魔されず、また誰にも気を使わずに済む隠れ家的な『e-touch』へ立ち寄ることすら出来なかった。
偶然にも次の週の木曜日…私は午後9時すぎに『e-touch』のドアを開けた。
『いらっしゃいませ。』
マスターの片桐さんはいつものように物静かな口調で言うと、私の上着を受け取り奥のクローゼットに掛けに行った。
カウンターに座りいつものブランデーを飲み始めると…
マスターが『見慣れない女性が何度かお店に来て、お客様を探していましたよ。』と…私に言った。
見慣れない?…やはりマスターは先週…この店のカウンターでの私と亜矢とのやりとりはまるで覚えてないのか…覚えてないと言うよりもマスターは時間が止まっていたために全く知らないのだ。
『どんな女性でしたか?』と聞くと…
『スラッとした細身で髪が長くて上品な感じのする女性でした。年齢で言うと…お客様よりも少し年下かと…思います。最近ではなかなかお目にかかることの少なくなった清楚な感じの女性でした。』
間違いない…亜矢だ…。
『今夜ならお客様がいるので来てくれるといいですね…』
マスターはそう言うと私の頼んだハムをスライスし始めた。
その夜…11:00過ぎまで飲んでいたが、亜矢は現れることは無かった。
今夜ならば亜矢に会えるかも…そんな期待を胸に『e-touch』にやって来ていたのでとても残念でしたが、亜矢が私のことを探していると分かっただけでも少し嬉しかった。
街は冷たい風が吹き、行き過ぎる人は皆コートの襟を立て心なしか肩に力の入ったような姿勢で歩いていた。
私の知らぬ間に駅前のロータリーには見事なイルミネーションに彩られたクリスマスツリーが出現し、残り1ヶ月を切った『聖なる夜』を迎える準備に皆…余念がないように思えた。
今年もまた…1人のクリスマスかぁ…
私は冷えきった手をポケットに入れ、中でキツく拳を握った。
そう…一昨年までは愛する美沙子と2人でクリスマスを過ごしたのに…
不意に私の頬を涙が伝わり…落ちた…。
美沙子とは私が社会人になり、まだまだ半人前でしたがようやく1人でも仕事をこなすことが出来るようになった頃に…偶然出会いました。
取引先の社員としてたまたま新商品の企画開発会議で顔を合わせたことがきっかけです。
初めは私はそういう意識を持つこともなく、言わば同じ目的に向かってアイデアを出し合う…同志のような感覚で付き合っていました。
美沙子とは不思議とウマが合い、時々2人で食事に出掛けたりすることはあったものの、私の中では女性として彼女を意識することはなく…彼女も私のことを同じように思っていた…。
新しいアイデアを発掘するために…という理由で2人で映画を見たり、繁華街を目的もなく歩き周り様々な人間模様を観察したりと…自然に2人で過ごす時間が増えていきました。
互いに1人暮らしだったのでアパートを行き来しては1人分の料理を作るも2人分の料理を作るのも手間は変わらないよねっと…自然に同居状態になっていきました。
勿論…同居した時点で私と美沙子との間に肉体関係は無く…今風に言うと男女2人のルームシェア…そんな感じでした。
美沙子は北海道で生まれ育ち…学生時代は優秀な成績を納めて、彼女なりの野心を抱いて名古屋に就職をした。そして…その夢に手が届きそうになった時…彼女の父親が病に倒れたのだ。
彼女は夢半ばで北海道に帰ることを決意し、私にそう告げた。
私はその時に初めて気付いたのだ…彼女の存在の大きさに…。
『2年後に必ず美沙子を迎えに行くよ。それまで私のことを待っていてくれるかい?』そう言うのが精一杯で…後は彼女の泣き顔が涙で霞み…『うん…』と頷く彼女の声しか私には伝わらなかった。
飛行場で彼女を見送り…そして搭乗ゲートが開くのを待つ間…私は美沙子を横に引き寄せ…彼女にキスをした。互いの唇が離れてからも暫くの間、美沙子は私の胸に顔をうずめ…声を出さずに涙した。
彼女を乗せた飛行機が離陸し、形が見えなくなるまで私は1人見送った…彼女に届くはずないのに大声を振り絞り…
『必ず…必ず迎えに行くからなっ!』
空港の上空で左に大きく旋回した飛行機は進路を北に向け…姿を消した。
1人のアパートは広すぎる…そして部屋のいたるところに確かに先程まで美沙子がここに存在していたことを証明する物であふれていた。
壁のホワイトボード、冷蔵庫に貼られたマグネットシート、下駄箱の上の花瓶…
今まで当たり前のようにそこに置いてあった様々な物が…私に訴えてくるように…。
テーブルの上に数枚のメモ書きがあった。
『レンジの中にシチューとその作り方を書いたレシピを入れておきました。風邪をひかないようにちゃんと栄養をとらなきゃダメだよ……』
そこまで読むと涙で文字が滲んで読めなくなった…。
美沙子が北海道へ帰り2ヶ月が過ぎようとしていた頃の正午前…彼女からの着信を伝えるメロディーが携帯から聞こえた。
『今朝…美沙子がお父さんを病院へ連れて行く途中で…観光客の運転する車が雪でスリップし、美沙子達の乗る車に突っ込み…
先程…2人とも息を引き取りました。』
私の中の…美沙子を迎えに行く日までをカウントダウンする時計は…
その時に止まった…
もう二度と…こんなにも女性を愛することは出来ないな…
私は漠然とそう思いながら日々の仕事人忙殺され、悲しみに浸ったり、美沙子の温もりを追い求めることさえ…少しずつしかも確実にフェードアウトしていった…。
気付けばもう…あれから2年の時が流れていた。
街の空気が凛と澄み切り、指先の感覚が麻痺する…そんな季節になると…美沙子のことを思い出し、行き交う人混みの中に姿を探してしまうのだ。
もう一度美沙子に会いたい…
叶う筈のない希望を胸にしまい…私は駅への道を急いだ。
あの夜…『e-touch』で亜矢に会って以降…今まで数回店に足を運び、私はマスターとのとりとめのない会話を楽しんでいた。
マスターの片桐さんは余計なことは一切話さない人で、あくまでも客にくつろぎの空間と時間を提供することを第一に考えている…そんなタイプの人なので、私に対しても深くプライベートに立ち入るような事は決して無かった。
勿論…私と美沙子とのことも全て知っていた。
そんなマスターが…
『この季節になると美沙子さんのあの屈託のない笑顔が思い出されます。美沙子さんが店のドアから一歩足を踏み入れたその瞬間に…ドア付近の空気が揺らいで…店内がパッと明るくなりましたからね。』
私と目を合わせることなく何気に呟いた。
美沙子…そして空気が揺らぐ………
急にスイッチを押されたように私の頭がグルグルと逆回転を始め…そして少しずつその回転スピードを上げた。
あの夜…確かに私が見たこと…左隣の席の空気が陽炎のように揺れ動いたこと、そして薄いブルーのワンピースを着た亜矢の姿が現れたこと…地下鉄ですれ違った女性…車外の風景…大きな風車…ビルの高さなどが頭の中に鮮明に浮かび上がった。
ふいに私は『マスター…ところで今でも亜矢さんって時々お店に来るの?』と尋ねると…
『えっ…お客さんのことを探していた女性のことですか?』と微笑んだ。
『彼女…亜矢さんというのですか…綺麗な方ですよね…。二回ほどここにお客さんを探しに来られましたが、それ以降来ていませんよ。』と言った。
何故私が彼女の名前を知っているのか…マスターは疑問に思った筈なのに…いつものマスターらしくそれ以上の詮索は一切しなかった。
アルコールも進み、私の体は少しずつ心地良い気怠さ包まれていった。バックに流れるレイ・チャールズのElly My LoveのBGMに合わせて自然に体が左右にスウィングした。
サザンの『いとしのエリー』をカバーした曲だ…。
私は桑田の唄う日本語の歌詞を追うと必ず涙が溢れだしてしまう…。でも不思議なことに英語の歌詞だと冷静に…しかも自然に口ずさんでしまう…。
気付けば…店内は私とマスターの2人の他には誰もいなくなっていた。
『今夜はゆっくりしていってください。でも看板はもう消しますが…。』
そう言うとマスターは奥のクローセットの方からギターを小脇に抱えて戻って来た。
BGMの音量を下げマスターがElly My Love の弾き語りを始めた…狭い店内にマスターの甘い声と切なく乾いたギターの音が響き…
私は今日2箱めの煙草を開けながら夢の世界へと…入ってしまった。
『飲みすぎたの?』
そう声を掛けられて目を開けると…私の肩にブランケットを掛けながら微笑む亜矢が隣にいた。
壁の時計はあの時と同じ様にチッチッと正確に時を刻んでいる…午前2時を過ぎたところだ。
カウンターの中ではマスターがギターを抱えたまま……
止まっている…。
私の横では亜矢が私の顔を見つめたまま何とも言えない暖かな微笑みを浮かべている…まるで私の全てを包み込むような深い瞳で…。
『真一は私のことを探してくれた?そして今夜は私に会えると思った?』
亜矢は少しはにかみながら私に聞いた。
『今夜ここで再び亜矢に会えるとは思わなかったよ。会いたいと思えば思うほど亜矢は現れてくれない…そう思っていたから…ね』
亜矢は私の前にグラスをそっと差し出して…
『私達の再開に乾杯…』と言うと私のグラスと小さくカチンと音を立てて合わせた。
不思議な女性だった…
何の根拠も無かったが…亜矢は過去から現在までの私のことを全て知っているのではないか…いつも私のことを遠くから見つめてくれいたのではないかと…さえ思えた…。
『真一は私のことを何も知らない…でも私は真一のことを知ってる…不思議でしょ?』亜矢は私の肩に顔をあずけ悪戯っぽく言った。
亜矢の温もりが伝わるとともに亜矢の長い髪から…なぜかとても懐かしく感じる香りがした。
『私…夜明け前の街を歩きながら…少しずつ明るくなる空を見上げるのが好き…。まだずっと輝いていたいと願う星達の気持ちを打ち消すように…姿は見えないけどその絶対的な存在を誇示するかのような太陽の光が、東の空から少しずつ広がって…地上に燦々と明かりを灯し始めるところが…。でもまた…夜になれば星達はキラキラと輝き始めるの…。私…お店の前の公園のベンチで待ってる。』
亜矢はそう言うと立ち上がりコートを着て店を出ていった。
マスターに『そろそろ帰ります。素敵なギターを聴かせてくれてありがとう』そう告げて立ち上がった。
『また…お待ちしていますよ。』
そう言うとマスターはまた先程の続きを奏で始めた…。
公園のベンチに亜矢の姿は無かった…。
『亜矢!?どこにいる?』と声を出した瞬間…後ろから亜矢に抱きつかれた…。
亜矢の両手を解き、振り返ると…亜矢は涙を一杯溜めた瞳で私に向かい…
『会いたかった…本当に真一に会いたかったの…ずっと…ずっと…』声にならない声で亜矢は私にそう言った。
私は震える亜矢の肩を引き寄せてきつく抱きしめキスをした…。
亜矢の瞳から涙が零れ…頬を伝わり落ちるのが分かった…。
私はその時初めて亜矢のことを…愛おしい…と思った。
12月初めの未明の名古屋の街は…まだ北風も強くなくただピンと張り詰めた空気が頬を刺した。
私と亜矢は少しずつ明るくなる街並みを…寄り添うように肩を並べ、あてもなく歩き続けた。
東のそらがうっすらと明るくなり…始発電車の踏切を通過する音と、小鳥のさえずりが聞こえだすと…
先程まで私の横にいたはずの亜矢の姿はどこにも無かった…。
確かに残る唇の感覚…
そして肩を抱き寄せた時の…あの温もり…
亜矢の髪からほのかに漂う香り…
私は…亜矢という想像上の女性の中に、美沙子の影を追い掛けていただけなのか…
なかなか頭の中の整理は出来なかった。
ただ…闇雲に真実のみを追い求めて亜矢に会えなくなるくらいなら、これからも…もっと沢山の時間を亜矢と過ごしたい…そう思うようになっていた。
たとえそれが…真夜中だけの愛だとしても…
仕事の途中に昼食に立ち寄った定食屋で有線から流れてきたスティービー・ワンダーの『Part time lover』…
私はこの曲の歌詞の 本当の意味は知らない。
ただ…タイトルだけから想像して…私と亜矢の2人の恋に似ているのかなと…漠然と思った。
もうすぐ街はクリスマス…
美沙子…結局俺は今年も独りきりのクリスマスみたいだよ…
俺もそろそろ新しい恋を探してみるかな…
ふと呟きながら会社への道を急いだ。
私の前に亜矢という不思議な女性が現れてから…
私の気持ちの中で確かに変わったことがある。
まるで天国の美沙子が『私のことを忘れられると寂しいけど、あなたはまだまだ沢山の恋をしていいのよ。幸せになって…そしてあなたらしい笑顔を振りまいて欲しい…』と…
私の背中を押しているような…そんな気がした。
実は美沙子の母親からの手紙にもそう書かれていた。
『真一さんはまだ若いのだから、いつまでも美沙子のことに縛られていてはダメよ。美沙子だってきっと真一さんが幸せになるのを祈っているはずだから…』と…
そうだね…俺もこれからは美沙子の分まで幸せになるよ。
ほんの一歩だけど…私は前に向かって踏み出せたことを実感した。
あれから2年の時が流れた…初冬のこと…
私は私以外の他の人達が極普通に生活する昼間の世界と、私だけが足を踏み入れることの出来る真夜中の不思議な世界…という二つの世界をこうして現実に私が生きているということを…確信していた。
きっと私がこのことを話しても、誰も信じてはくれない…
亜矢と会っている間は周りの人の時間はストップしてしまうから…。
私と亜矢の2人だけの小さな…そして密かな楽しみとなっていた。
最近では亜矢に会いたいと思えば真夜中の世界でいつでも会うことが出来るようになっていたし、亜矢の温もりを肌で感じる…そんなことも出来るようになっていた。
でも…亜矢に会えるのは『e-touch』のカウンターに限られていたことと、朝日が昇るまで…という条件付きだけど…。
>> 24
私は亜矢と初めて出会ったのが木曜日だったので毎週木曜日は特別な用事が無い限り都合をつけて『e-touch』へと足を運んだ。
木曜日の夜は普通のサラリーマンにとっては週の後半で、明日…金曜日の夜…背中に仕舞い込んでいた羽根を伸ばし、躰に溜まった一週間分のエナジーを発散するという目的のためだけに必死になって明日の分まで仕事に励むのが普通だったので、その夜の『e-touch』も例外なく客は私の他に1人もいなかった。
午後10:00を少し過ぎた頃…私はマスターに『Midnight Love』というカクテルを注文した。
このカクテルが亜矢が私の隣に現れる合図になっていた。
亜矢はほんのりと灯るカウンターの照明の下に少しずつ現れた。
いつもの髪型と違い亜矢は長い髪を後ろで一つに束ねてアップにしている。綺麗な耳と透き通るような真っ白なうなじが大人の女性の色気を発散しているかのように見えた。
『何か今夜はお疲れみたいね…』
そう言うと亜矢はいつものように私のグラスに自分のグラスを重ね合わせた。
その日…私は亜矢の言う通り少し疲れていたのかもしれない。
自分では気付かなかったが月曜日からずっと連続で残業をこなしていた。来週の月曜日の取締役会の席で進行中のプロジェクトの途中経過と今後の見通しを報告しなければならないからだ。
毎日顔を合わせるという訳ではないので亜矢は私の表情から敏感に感じ取ったのだろう…。
『さっきね…北の空に流れ星を見たの。それがね…キラキラと光る星に向かって 一直線に長い光の尾を引いてスゥーっと…あと少しで星に手が届きそうな所で見えなくなってしまったんだけど…。まるで今すぐにでも真一に会いたいと思っても会えない…そんな私の気持ちと同じみたいだと…その流れ星を見て思ったの…』
少し寂しげに俯きながら亜矢が言った。
私はそっと亜矢を引き寄せて唇を重ね合わせた。
『俺…今夜…亜矢を抱きたい…』
不思議と私が思ったことがそのまま言葉になっていた…。
『いいよ……』
そう言う彼女の手を引いて私達は店を後にした。
暫く間…私達は無言のまま寄り添い夜の街を歩いた。
冬の空は綺麗に澄み渡り、満天の星空が私達の頭上に煌めいていた。
『あの角のホテルでいいかい?』そう問いかけると亜矢は黙ったまま小さく頷いた。
部屋に入り照明を灯すと亜矢はコートを脱ぎ私に熱いコーヒーを入れてくれた。
そして『先にシャワーを浴びてくる…』と言うと浴室へと向かった。
浴室の脱衣場は薄い磨り硝子になっていて、私の座っているソファーからは亜矢の細くくびれたウェストラインとそのウェストには少し不釣り合いにも見える見事な躰のラインが逆光に写されてほのかに見える。
まるで綺麗で幻想的な影絵を見ているようだった。
コーヒーを飲みながら私は携帯電話の電源を切り、腕時計を外して横に置いてあるセカンドバッグにそっとしまった。
ジャケットとネクタイを脱ぎ、シャツのボタンを上から順に外していると亜矢がバスタオルを躰に巻き付けて浴室から出てきた。
『温かくて気持ちいいよ…早く真一も温まってきなよ…バスダブにお湯も溜めてあるから…』
『ありがとう。亜矢も湯に浸かりしっかり温まったかい?シャワーだけじゃ寒いだろ?』そう言うと…
『私もしっかり湯に浸かったよ。泡の入浴剤も入れて…まるでお姫様のような気分でね…』と少し上気し、ほのかにピンク色の顔をして照れながら亜矢は言った。
私が浴室から出て来た時…亜矢はベッドの布団の中から私に向かい微笑んだ。
『恥ずかしいから先に布団に入っちゃった…。布団の中は気持ちよくて…眠ってしまいそうになったけど…真一が戻ってきて私が寝てたら…きっと真一はガクッとなるかな…なんて考えていたんだよ。』と…照れ隠しをするように言った。
私はベッドの側に立ちもう一度タオルで髪の水分を拭き取り布団の中へと入っていった。
『もう少し照明を落とそうか…』そう言いながら枕元のスイッチを左に回し少しずつ暗くすると…
天井に見事な星空が現れた。
『2人だけの星空だね…』そう言って私は亜矢にキスの雨を降らせた…。
私は唇から頬…そして…首筋へとゆっくり移動しながら亜矢の体にキスをした。
亜矢は瞳を閉じ、うぅ…と小さな声を洩らしながら私に全てを委ねていた。
左手で亜矢の耳たぶから首筋辺りを軽く撫でながら形の良いツンと上を向いた胸に舌を這わせ…少し硬くなったピンクの乳首を口に含み優しく舌で転がす…右手は同時に膝の裏から太腿の内側を優しく撫で上げると…亜矢は切なくなるような甘い吐息を洩らす…
はぁ…ぁ……気持ちいぃ…………
亜矢の両足を左右に広げてその中に割って入ると…そこはもうしっとりと湿り気を帯びている…
プクッと膨らむ小さなく敏感な蕾に舌先をあて…亜矢の雫とともにそっと舐め上げる…
ああぁ…
はっきりとした喘ぎ声をあげて体を一瞬ビクッとさせた亜矢は…両足の先をピンと伸ばしながらも…そっと足を広げた…
私はそんな亜矢の全てが心から綺麗だと思った。
少し粘りを帯びて溢れ出した亜矢の雫は…そのまま深いクレバスを伝わり後ろにひっそりと隠れるように咲く…百合の花をも充分に潤していた。
※ゴホン…いいところですが…ここらで少しCoffee breakを…
私(作者?)はこのような小説もどきの拙い文章を書くのは恥ずかしながら初めてのことで…このストーリーが今後暫くは続くと思うのですが、これからの展開については単にひらめきに頼っているのでどうなるかは書いている私にもわかりません。(笑)
ただ…🔞アダルトな表現がすでに描かれていますが、気分を害する方がおられましたら遠慮なく読むことをお止め下さい。
私の今までの少ない人生経験と限りなく豊富な妄想に基づきストーリーを展開していくことになると思います。
多分に支離滅裂になることもあるかと…思いますが軽く読み捨てる位の気持ちでお付き合い頂ければ嬉しいです。
麦ちょこm(_ _)m
私は躰を上に移して再び亜矢の唇にキスをした。重ね合わせた唇が少しヌメりを帯びてくると…亜矢は積極的に舌を私の唇を押し開くかのようにして入れてきた。互いの舌を激しく吸い合い…舌を絡ませた…。
キスを続けながら右手で亜矢の敏感な股間の蕾を雫とともに細かく振動させた中指で愛撫する…
荒い吐息とともに…
いぃ…あぁ…ん…
と声にならない切ない声を出して亜矢は感じてくれている…。
立てた中指を入り口に添えてゆっくりと差し込むと…
『まって…お願い…初めは指じゃなくて…真一が…欲しいの…』と懇願するように亜矢は言った。
私はそっと指を抜き再び蕾を指先で弄んだ。
暫くすると亜矢は全身の筋肉を硬直させ…
イ…イキそう……
いいの?イッてもいい?
と私を見つめながらそう言って…私が大きく頷くと…
亜矢は数回躰をビクンビクンとさせながら全身を硬直させたかと思うと…急にガクッと力が抜けたように…躰を横たえた。
はぁ…はぁ…と肩を上下させながら私に抱きつき…私の胸に顔をうずめた。
とても綺麗な横顔を私に見せながら…
まるで枝葉につかまり羽根を休める小鳥のように…亜矢は私の胸に顔をうずめていた…
さっきまでのハァハァ…と肩を揺らす激しい呼吸が少し落ち着きを取り戻したようにも見える。
亜矢はすっと起き上がると『今度は私がしてあげる…』と言い…私の体に跨るようにして上から唇を重ねてきた。
私は先程の亜矢と同じ様に亜矢に全てを委ねることにした。
亜矢の舌は私の上半身をくまなく滑り落ち…私の乳首をチロチロと先を尖らせて舐め上げたり、ジュジュっと音を立てて吸い込むと私は思わず声を洩らしてしまった。
『ううぅ……』
亜矢は『気持ちいい?』と私の顔を見て確かめるように言った。
『不思議な感覚だけど…すごく気持ちいいよ。』
と答えると…『嬉しい…』と言いながら手を私の熱く燃える物に静かに添えた…
『すごく固い…』と言いながらそっと口に含み、舌を絡ませて顔を上下にゆっくりと動かし始めた。
私は天井に散りばめられた綺麗な星空を眺めながらこの幸せがいつまでも続いて欲しいと思った…。
私は静かに目を閉じ…まるで水面に落ちた木の葉が風に吹かれて上下に揺れ動くように…快感という波間を漂っていた。
私は不意に早く亜矢と一つになりたい…亜矢の温もりを直に感じたいという衝動に駆られ…そっと肩を抱き寄せて私の横に静かに寝かせた。
『お願い…来て……』そう言う亜矢の言葉を合図に私は亜矢の躰の中に身を沈めていった…。
亜矢の躰はまるで聖なる大地のように私の全てを温かく包み込み、優しく…そしてきつく…私を締め付けた。
少しずつ体を上下に動かし…2人の呼吸が一つに重なり合うように…優しくそして激しく愛を確かめ合った…。
2人同時に昇りつめて…
亜矢を腕枕しながら心地良い眠りの世界に入っていった。
いったいどのくらいの時間が経ったのだろう…
私は左腕の痺れで目が覚めた…もうろうとした頭が昨夜の記憶を遡る…
昨夜…亜矢と2人で一緒に眠ってしまったのだ。
遮光カーテンの隙間から朝の優しい光が細い筋となって部屋の中に差し込んでいる…
私はドキッ!として我にかえり恐る恐る隣を確かめると…
かすかに寝息をたてたあどけない顔をした亜矢が…確かに私の横にいる!
枕元の時計に目をやり時間を確かめると朝の7:20を過ぎたところだ…
亜矢は…私の愛する亜矢は…今も確かにここにいるっ!
急に私の体の奥深くから熱いものがこみ上げてきて亜矢の横顔の輪郭が滲んだ…
亜矢をきつく両腕で抱きしめ…絶対に亜矢を離しはしない…この亜矢のあどけない寝顔は俺が絶対に守る!…と1人心に誓った。
私の頬を伝わり零れ落ちた涙の雫が亜矢の頬に落ちた時…
う…ん…と大きく伸びをしながら『もう起きてたの?私の方が寝坊してしまったのかな…』と亜矢は笑った。
そう…まるで私の横で一緒に朝を迎えることが当たり前のような顔をして…
※《読んで下さった方々へ》
書き始めて僅か3日というのに…このストーリーは終わりを迎えてしまいました。
私はこの短い物語の中の登場人物である真一と亜矢という2人のこれから…という展開にも大変関心がありますが…私の感覚で今後の2人を決定してしまうよりも、この物語を読んで貰い私が伝えたかった《何か》を感じ取って頂けた人によって、これからの真一と亜矢のことを決めて頂いた方が夢があるのではないかと…そう思い、完結した方が良いと結論を出しました。
言い換えれば…読んでくれた人の数だけこれからのストーリーの展開も多岐に及ぶと…。
ハッピーエンドに終わるも良し、そして悲しい結末を迎えるも良し…
真一、亜矢、美沙子、マスターの片桐さん…わずか4名の登場人物しかいませんが、書き足りない部分はそれぞれが勝手に色付けして頂き… これからのストーリーを展開して頂けると嬉しいです。
最後まで私の拙い駄文にお付き合いして頂き心から感謝します。
有難う御座いました。
また気が向いた時に別の物語を書き綴ってみたいと思います。
麦ちょこ
真夜中の世界に生きる亜矢と…昼間の世界に生きる真一を巡り合わせたもの…そもそも一体それは何だったのだろう…
今まで綴ってきたストーリーの中で浮かび上がる疑問点を以下にあげると…
☆亜矢はなぜか真一の幼い頃をよく知っている。
☆不慮の交通事故で若くして尊い命を失った美沙子は…真一が社会人に成ってから出会ったので真一の幼い頃のことは知る由もない。(真一が事細かに美沙子に話していれば別かもしれないけど、クラスの女の子達が、風邪ひいて休んだ真一の家に誰がパンを届けるか…ということでモメたことを美沙子が知る訳が無い。)
☆亜矢が現れた時…真一以外の人の時間が止まること…
☆電車から見える風景がタイムマシンに乗り過去に戻ったように見えたこと…
☆真一の記憶の中から何らかの理由で亜矢の存在だけが消去されてしまった可能性…
以上のことについて考えながらこの物語はリスタートします。
(^_^;)ニガワライ…
《続編》それは突然…~Midnight Love~
亜矢は自分でも分からなかった…どうして夜が開けても真一の胸の中で眠っていられたのか…どうして真夜中の世界を抜け出して、真一の住む昼間の世界に自分が舞い降りることが出来たのか…そして、そもそも『e-touch』のカウンターで二つの世界を行き交っていたことも…不思議な過去の出来事のように思えたのだ。
人間の意識の中にさえ存在しない生活時間帯によって分けられた二つの世界…その壁を乗り越えるための術すら知らない…
ただ…藤堂真一という男性のことをずっと真夜中の世界から 見てきた…見守っていた…そんな気がしていた。
今までの真夜中の世界と昼間の世界の決定的な違いは…生活する時間帯が逆ということ…その1点にしか思いつかない。
明るい昼間に睡眠をとり、夕方太陽が西の山に沈む頃に目覚める…それが真夜中の世界の日常であり当たり前のことだった。皆、産まれた時から本能の部分で神によりインプットされていたかのように…
そしてそれぞれの世界に住む人々は決して交わる接点が無かったので互いにもう1つの世界の存在すら認識したことがないとしたら…
それは神様が1つしかない地球上に決して交わることのない世界を2つ作ることで、より多くの人間が生活する事が出来るようにと…得意の気まぐれで考えたことなのかもしれない…。
初めて亜矢と2人で朝を迎えた。
その日は週末の金曜日だったが私は迷うことなく仕事を休むことにした。会社には少し体が熱っぽいと連絡して…。
本当はまた亜矢が突然…私の目の前から消えてしまうのではないかという不安があったからだ。
週末の3日間金曜日~日曜日まで…ずっと亜矢の側にいたかった。そう思いながら…私は隣の亜矢の躰の上に覆い被さり、その存在を再確認するように唇を重ねた…。
昨夜…私達は一糸纏わぬ生まれたままの姿で眠りに落ちてしまったので、すぐに互いの温度を感じることができた。亜矢の首筋はほのかに甘く優しい匂いがした。
その香りは香水ともボディソープとも違う…紛れもなく亜矢自身の躰からほのかに放たれる体臭で…不思議と私の気持ちを安らぎの世界へと導いていく…。
カーテンが開け放たれ明るくなった部屋からはすぐ近くにオフイスビルがあり、窓からはネクタイをしめた男達がせわしなくフロアのセクションを行き交い、いつもと変わらぬ朝の慌ただしさが垣間見える。
いつもは私自身がその中の1人なのに今日は全く別世界のことのように思えた…。
私の少し伸びた無精ひげに『チクチクしてくすぐったいよ…』と言いながら亜矢は体をくねらせ私の方を向くと…その細く小さな手をすっと下の方に移動させて硬くなった私自身をそっと包み込んだ。
亜矢の躰もすでに準備は整っていた。薄紅色の泉からは粘りを帯びた雫が溢れ出し、プクっと小さく膨らんだ蕾は恥ずかしげに顔を出していた…。
明るくなったこの部屋のベッドの上で、私と亜矢は全てを隠すことなく互いの目の前にさらけ出し…
そして昨夜以上に濃厚に…激しく…体の奥底から湧き上がる感情を何度も何度もぶつけ合った…。
私と亜矢は心地良い疲労感にそのまま再び浸り眠ってしまった…。
目覚めると10:00になろうとしていた。
私達は身支度を整えホテルをチェックアウトした。2人とも昨夜と同じ服を着ている…そういえば…亜矢は着替えなど持ち合わせてないのではないか…
そう思い私は亜矢の手を引いて駅前のツインタワーの中にある女性用のブティックへ行こうと誘い、亜矢の好みに合う服を揃えることにした。
店の店員の子をそっと呼び『この女性に似合う服を数着選んで貰えますか?』と頼んだ。
店員さんは『はい…お客様はどんな感じの服がお好みですか?』と…亜矢に微笑みながら話し掛け、亜矢の希望に合うような服を数着ハンガーごと持ってくると…器用な手付きで一枚ずつ重ね合わせて『こんな感じも素敵だと思いますよ…』と見せながら言った。
『素敵…こんな色合わせや着こなしは自分ではなかなか出来ないから…でも…』と言いながら少し遠慮がちに私を見る。『1度試着させて貰えばいいよ。見たイメージと実際に着てみた感じは違うかもしれないからね。』と言うと『じゃあすみませんが試着させて下さい。』と言いながら…
『こちらへどうぞ…』と店員さんに促され2人で試着室へと歩いて行った。
私は亜矢の着替えが終わるまでの間…私の他に男性の客は1人もいない慣れない女性ブティックの中で、自分の居場所を見つけられずに…ただ綺麗になって出てくる亜矢を想像しながら待っていた。
ガチャッとドアが開き…
少し照れながら亜矢が細く開いたドアの隙間から顔だけ私の方に出した。
『出てきなよ。靴を履いてこちらの鏡で自分を見てごらん。とっても似合ってる』
私はお世辞ではないけど…暫く鏡の前でさり気なくポーズをとる亜弥に見とれてしまっていた…。
このツインタワーに来るまでの間、すれ違うサラリーマンの何人かが亜矢の方をチラチラと目で追っているのに気づいたけど…今、目の前に立つ亜矢を見ればその気持ちが同じ男としてよ~く分かる気がした。
結局このブティックでは4通りの服を購入した。
全てスーツのような服ではなく、様々な着こなしに合わせることが出来るように と亜矢が選んだものだ。
合計額も思っていたよりも少なく、それでいて亜矢らしいセンスの良い買い物をすることが出来た。
『荷物は俺が持つから、気になる服があれば手に取って見ていいよ。時間はたっぷりあるから。』と私が言うと…
『自分で持つ。一度にこんなにも服を購入するなんて初めてだから嬉しいの…』と大きな紙バッグを2つ重ねて両手で袋を持っている。
じゃあ…あとは…下着類と普段着と部屋着くらいかな?と思っていると…
すれ違う女性を見て『私もあんな感じの服装がしてみたい…』と言った。
振り返り見てみると…なんてことのないジーンズにスニーカー、上はスウェット地のパーカーにダウンベストというカジュアルな服装をしていた。
今まで私の知る亜矢は、いつもシックな大人の女性の…どちらかと言えばエレガントな雰囲気のする服装だったので、なかなかカジュアルな服装の亜矢をイメージすることは出来なかった。
『この近くにジーンズショップってある?』
と亜矢に聞かれて、私は地下鉄に通じる地下街のショッピングモールに何軒か入っていることを思い出した。
でもそこの客は高校生や大学生が多かったかな…と思いながらも…
『よしっ!レッツゴーッ!!』
と笑いながら地下街へ続く階段を降りていった。
左右をキョロキョロと見ながら『さっきのお店よりもこっちの方が値段が全然安いのね…こんなにも違うなんてびっくり…真一に無理させてしまったみたい…ごめんなさい…』
と俯きながら言う亜矢に私は『いえいえ…私の大切なお姫様がお召しになる服ですから…私めにお任せ下さい。』と少しおどけた声で言うと…
『ありがとう。何から何まで…。でも次からはこの地下街で買うことにしようよ。安くて質の良い服をセンスよく着こなすのが本当のお洒落なんだから。こう見えても私…センスいいのよっ!』と亜矢は笑いながら言った。
私の目的とするジーンズショップの『Funny Days』に着くと
『いらっしゃいませ。何かお探しですか?』と若い男性店員さんが近寄って来た。
亜矢は『すみません…男性の店員さんは苦手なので…女性店員さんをお願いします。』と言った。
私は亜矢の意外な一面を見たような気がした。
『いらっしゃいませ。どのような物をお探しですか?』とアルバイトの女子大生のような娘が声を掛けてきた。
『私に合う細めの少しだけダメージの入ったジーンズと、薄手のインナー、その上にラフに着ることの出来るチェックのワークシャツとダウンベスト…を見せて下さい。』と言った。
店員さんが探している間…亜矢はメンズコーナーに行き、シャツやジーンズを手に取り、何かイメージを膨らませているようだった。
『真一はウエスト何インチ?29インチくらいなの?』
亜矢はどんピシャリと私のサイズを言い当てた。
『よく分かったね…俺のサイズ…』と言うと
『壁に掛けてあるあのマネキンの履くジーンズのサイズを見たら29インチだったから…。』と笑った。
亜矢はジーンズとその上に着るパーカーを手に私の所へ来ると『う~ん…やはり似合う!』と嬉しそうにカゴの中に入れた。『あっ!いけない…真一も一度試着してみなきゃ…』と言いながら私の背を押して試着室へと向かった。
着てみると…今までの自分とはイメージの違う自分がそこにいた。
いつも上下揃ったスーツか少しラフなツィードのジャケットにスラックス、ネクタイ…その幾つかの組み合わせを変えるだけだったので鏡に映る自分の姿はとても新鮮に見えた。
『真一はどちらかと言えば童顔だからこういう服装は似合うのよ。でも、童顔の人は老けることがないからラッキーなんだよ。』と笑いながら言った。
『お客様…奥様は…?』
とさっきの女性店員さんが私に声を掛けてきた。
奥様…という言葉に少し戸惑いながら私は亜矢に聞こえるように『奥様!亜矢奥様!』とふざけて呼ぶと…
亜矢も少し照れたように『なぁにアナタ…すぐに行くからまってて!』と…返してきた。
このママゴトのような会話のやり取りを聞いた店員さんは…
『素敵なご夫婦ですねっ。私もそんな夫婦になりたいです。』と言った。
『いや…私達は本当はまだ付き合いはじめて間もないんだよ。』と言うと『えっ…そうなんですか?お二人がとても自然な感じがして…素敵なご夫婦だなぁって思いました。とてもお似合いですね。』と言ってくれた。
私はその何気ない店員さんの言葉がとても嬉しかった。
亜矢は店員さんの揃えてくれた服を見て…『ちょっと私には可愛すぎないかな…このワークシャツ…』と言いながらメンズコーナーへ行き、気に入ったシャツを一枚手にして戻ってくると『こんな合わせ方は可笑しいかな?』と店員さんに問いかけた。
店員さんは『本当だ!この合わせ方も素敵です。奥様ならこの上下を上手に着こなすことが出来ると思いますよ。試着してみて下さい。』と言うや亜矢を案内していった。
亜矢はスラッと伸びた細く長い脚が強調された見事な着こなしで出てきた。
『ボーイッシュな格好もとてもお似合いです。』と店員さんは言うと亜矢は『本当は私…ボーイッシュな格好しかしたことが無かったのよ…』と亜矢は言った。
『ここの支払いは私にさせて下さいね。私が無理やり真一の服を選んでしまったから…』そう言うと亜矢はカウンターで支払いを済ませて戻ってきた。
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