空を見上げて

レス465 HIT数 100282 あ+ あ-


2009/04/05 21:03(更新日時)

…パパ



これから
美月のもとへ
行きます


逢えるかは
わからないけれど…



お義母さんにも
美月にも
逢えるかな…?



優月をよろしくお願いします



…ごめんなさい

No.1159197 (スレ作成日時)

新しいレスの受付は終了しました

投稿順
新着順
主のみ
付箋

No.301

私が隣りにいない事でさらに火がついたように泣き続ける優月



『ゆ…づき…… ママいるよ…… 大丈夫よ』


身体に力が入らないまま転がるようにして寝室へと急いだ



『優月…… ごめんね…… ごめんね…… 情けないママでごめんね……』



火がついたように泣く優月を強く強く抱きしめて私もまた大声で泣いた



母親失格



死ぬこともできない情けない自分

優月を置いて現実にある苦しさから逃げだそうとした弱い自分

それでももう一度優月を抱きしめる事ができた喜びを噛みしめている自分

この先どうやって生きていけばいいのか分からずに不安に押し潰されそうな自分


全部がごちゃまぜになってただ泣いた




私……

この先どうすればいいんだろう………





ピンポン


数十分後

修一が帰宅した



『…おかえりなさい』

『…ただいま』



郵便受けに入っていた郵便物をドサッとダイニングテーブルに置いた



泣きはらした私の腫れた目を見ても修一は何も言わない



いつものように着替える修一


手洗い うがい



そして


チーン
チーン



『お母さんただいま…』


…修一は私に興味はない

No.302

いつものように30分ほどお義母さんに何かを語り続けると修一はテーブルに座って夕食を待つ


泣きやんでリビングをハイハイしている優月を見ても何も声をかけない



……そう


修一は私と優月の事なんて何も関心はないのだ



修一が子供を望んだのはお義母さんに孫を抱かせてあげたかったから


ただそれだけだ



ただ優月と一緒に暮らしているというだけで

自分が仕事をして優月を養っているということだけで

修一は自分が充分父親の役目を果たしていると思っている



修一は出された夕食を黙って食べ続ける


おいしいとか
おいしくないとか
そんな事も言わずに表情ひとつ変えずに食べ続ける


もっとも
個人宅配の料理に対して
美味しいとか不味いとかそんな感想を思うわけがないと以前修一に言われてから私も何も聞かなくなっていた



家族3人笑い声の聞こえる明るい食卓はもうあり得ないだろう



それも私の人生だとあきらめるしかないのかもしれない…



夕食後

修一がお風呂に入っていると私の携帯からメールの着信音が聞こえた





携帯を開くと弟からのメールだった

No.303

弟からメールがくるなんて珍しかった


前に一度

『近くに住んでいるんだから家族で遊びにきたらいいじゃん』

と言われた事があったが
修一が私の身内との付き合いを強く拒否していたので私は弟の申し出を断ったことがある


遊びに行くことだけではなく
親戚付き合いというものをしないと断ったのだ



その時の私は弟夫婦に世話になることはないと思っていたし
修一の意思を尊重してあげたいと考えていた


弟は

『なんか姉ちゃんも高森さんも考え方少しおかしいよ』

と不機嫌そうだったがその時の私はそれでいいと思っていた



大切なのは今ある家族

そう思っていたから



それから音沙汰のなかった弟からのメール



【おふくろから聞いたけど、高森さんといろいろ大変らしいじゃん。 なにかあったらすぐ連絡よこせよ】



相変わらず絵文字もないようなぶっきらぼうなメールだったけど
私はすごく嬉しかった


頼ることはないと思うが弟のその気持ちが嬉しかった



【 ありがとう😊 でも大丈夫😊】


私はそう返信した



そう言ってくれる人がいるだけで心強かった


何度もそのメールを読んだりするほど本当に嬉しかった

No.304

それから2日間は何事もなく過ごしていた


何事もなくといえば聞こえはいいが
会話はまったくなかったからケンカになることもなかっただけの話しだ


死にたい気持ちがなくなったわけではないが
それでももう少しだけ優月の成長を見ていたいと思った




…そして3日後の夜



優月が眠ったことを確認すると修一が私の身体を求めてきた



『そろそろ優月に兄弟を作らないか?』



……許せなかった


普通に求めても私に拒否され続けた修一は今度は子供をダシにして身体を求めてきたのだ


ただ欲求を満たしたいだけなのに……



『…兄弟!? 何を言ってるの!? ちゃんと育児してからそういう事を言ってくれない?』

私は修一を睨んだ


『兄弟が欲しいなんて思ってもいないくせにセックスしたいからってそんな事を言わないでよ!』



悔しくてたまらなかった


私はあなたの都合のいい女ではない


妻という名の性欲処理機じゃない


お義母さんのために美月と優月をつくり

今度は自分の性欲のために兄弟を作る…?



修一にとって

子供が欲しい

なんて自分のその時の都合でしかないのだと思った

No.305

私は当然修一の求めを拒んだ


普段一言も会話もないのになぜ修一の求めに応じなければいけないのかと思った



それに私を散々

有責配偶者

と責めたてたくせにどうして私の身体を求めてこれるのかと悔しかった



『……さわらないで』

私は修一に背を向けた


そんな私に修一は何も言わずに
黙って寝室を出ていった




翌朝


朝食の用意をしている私に


『もう離婚しよう』


修一がそう言った



私は修一の方を振り向いたが
あまりの驚きで言葉がでなかった



『セックスレスは離婚の充分な理由になるんだよ』



修一はセックスレスが理由の離婚の場合は私に全責任があるということを法律用語をまじえながら話してきた


『同意してくれないならば調停をするまでだから』



頭の中が真っ白になって言葉の出てこない私に修一は一方的に話し続けた



俺は慰謝料をもらう権利があるとか
財産分与の話しとかお金の話しをしていた


要するに今の私には私名義の貯金がないから慰謝料は払えない

でも有責配偶者である私にも少しは財産分与の権利があるから
その財産分与から慰謝料を払って相殺すればいいという話しだった

No.306

修一は自分の言いたいことを言い終えると朝食もとらずにさっさと仕事へ行ってしまった


……離婚



突きつけられた現実に頭と心はついていかない


私はパニックになった

どうしたらいいのか分からない



……私が悪いの?


……本当に私だけが悪いの?



離婚の言葉を思いだしたら涙がとまらなくなって
また死にたい衝動にかられた


死にたい……


死にたい………


今すぐ死にたい…………


でも私の足元をハイハイをしている優月を考えるとどうしても今すぐ死ぬことは無理だ



一緒に連れていこうか……


優月を道連れにすることも考えたが
やはりかわいそうでできない……



どうにもできない自分が悔しくてまた大声で泣き叫んだ



……誰か私を助けて



……誰か私の気持ちを聞いて



……誰か

No.307

泣きながら私はとっさに携帯のアドレス帳を開き
誰か私の気持ちを聞いてくれる人を捜し始めた


友達は無理だ


こんな状況を話せる
そこまで親しい友達がいない……



ふと弟の名前に目が止まった


数日前のメールが頭をよぎった



……雅樹


……雅樹なら聞いてくれる



泣きながら私はそのまま弟に電話をかけた



『もしもし』

弟が電話に出た



『雅樹…… どうしよう…… 修一が…… 離婚………』


後は泣いて言葉にならなかった


『姉ちゃん!? どうしたんだよ!?』


弟も突然電話をかけてきた私の状態にあわてていた


『……死にたい ……もう死にたいよ…… もうやだよ…… 』


私は優月を強く抱きしめながら電話をもって泣き叫んでいた



『姉ちゃん!? わかったから! わかったから変な事考えるなよ! 俺もう現場だから今すぐ真耶を向かわせるからすぐに出られる準備だけしておけよ!』


弟はあわてていた


『……死にたいよぉ』

ただ泣く私に


『変な事を考えるなよ! 絶対だぞ!俺達がいるから!大丈夫だから!』



その弟の言葉はすごくすごく私には心強かった

No.308

弟は

『とにかく今から真耶に迎えに行かせるから準備だけしておけよ!』

そう言って電話を切った


私は泣きながら出かける仕度を始めた



…でも
親戚付き合いを断っておきながら今さら助けてもらいたいなんて
そんなムシのいい話しはないと自分でも思った


散々存在を無視していた弟の奥さんに助けてもらうなんて申し訳ない……


仕度していた手を止めて私はまた弟に電話をかけた


『……やっぱりいいよ。 あんた達に悪いから…… 大丈夫だから…ごめんね 』


いきなり泣きながら電話をかけた事を謝り
弟の奥さんにも来てもらわなくても大丈夫だと弟に伝えた



『なに言ってんだよ! 真耶もこれから野映を幼稚園に送ったら迎えに行くって言ってたから! 俺達に気なんて遣わなくていいんだからな!』


弟はとにかく迎えに行くから仕度して待つようにと何度も言ってきた


『……だって私… あんた達との付き合いを断ったんだよ? それなのに……』

『そんな事別に俺達は気にしてねーよ。大丈夫だから。姉ちゃんももう気にすんな!なっ?』



私はこんな時に優しくしてくれる弟に申し訳ない気持ちでいっぱいだった

No.309

弟の優しさに甘える事にした私は仕度を始めた


優月のオムツなどの仕度が終わって少しした頃に見たことのない電話番号からの着信があった


『……もしもし?』


『あっ お姉ちゃんですか? 真耶です。』

弟の奥さんからの電話だった


弟の奥さんがマンションの前で待ってるというので私は優月を連れてそこに向かった



『どうぞ乗ってください。』

私達に気がついた弟の奥さんは車から降りて荷物をトランクにいれてくれた



『……ごめんね ……ありがとう 』

車の後部座席に乗りこむとチャイルドシートに1歳半をすぎた鐘が乗っていた


『あつむクン大きくなったねぇ』


そうは言っても鐘に逢うのは実際は今日が初めてだった


写メでは見たことはあったが逢うのは初めてだ


もちろん弟の奥さんにも叔母の葬儀以来逢っていなかったためかなり久しぶりだ



『よくマンションの場所がわかったね』


いくら近いとはいえ一度も呼んだこともないのに
迷いもせずにマンションにこれた事も不思議だった



『雅樹がよくマンションの前を通って“ここが姉ちゃんのマンションだ”って教えてくれてたんです(笑)』



弟の奥さんが笑いながら教えてくれた

No.310

私が親戚付き合いを断っても弟は私の事を気にかけていてくれたんだ……


そんな小さな優しさでさえ今の私には涙が出てくるほど嬉しかった


『うちに行きますね』

弟の奥さんは私達を弟夫婦の家に連れていってくれた



『ここです。』


私が思った以上に近い距離にその家はあった


『お邪魔します……』

優月を抱いてリビングに入る


初めて見る弟の自宅



……ここで生活しているんだ


なんだか不思議な感じだった



アンティークが好きなのかリビングの床は白木が少し剥げたような古い味わいを持っている


『好きなところに座ってくださいね』



弟の奥さんは優月の遊べそうなオモチャを持ってきてくれた



『あっくん よかったねぇ 優月ちゃんに“一緒にあそぼ”ってしようねぇ』


そういう弟の奥さんに鐘は優月を見て

『うーたん うーたん』

と嬉しそうにして優月に近寄ってきた


優月は初めて来る場所にとまどって私にしっかりとしがみついている



コーヒーをいれてくれた弟の奥さんは黙って優月と鐘の様子を見ていた



私もまた何を話したらいいのか分からずに無言のままだった

No.311

『午後になると野映も里桜も帰ってきて騒がしくなるけど、ゆっくりしていってくださいね』

コーヒーを飲みながら弟の奥さんはそう言ってくれた



『……ありがとう なんか…ごめんね。 突然で驚いたでしょう…?』


突然お邪魔させてもらった事がただ申し訳なくて私は謝った



『うちは全然かまわないですよ。本当に。 ……なんかよく詳しいことは私は分からないけど雅樹がすごくお姉ちゃんの事を心配してました』


私のことを心配してくれる人がいたんだ……


涙が溢れてきた



『……こんな事を言うのは恥ずかしいんだけど…… 夫婦生活がなくてね…… 離婚しようって…… 今朝言われたの……』


私は今朝修一に言われた事を話した


弟の奥さんはずっと黙って聞いていてくれた

それも嬉しかった


誰が悪いとか
そういう事は一切言わずに黙って聞いていてくれた



そして


『辛かったでしょう…』


たった一言
その一言がすごく嬉しくて私はまた泣いた



わかってくれる人がいただけで
それだけで私は嬉しかった

No.312

しばらく経つと優月も少し慣れてきたのか私から離れてオモチャで遊び始めた


『うーたん どうじょ』

鐘はオモチャを優月に渡してくれたり
優月の頭を撫でたりしてくれている



『お兄ちゃんぶってるんですよ(笑)』


弟の奥さんは笑っていた



私達は子供達の遊ぶ姿を眺めていた



……離婚


この就職難の時代に私は離婚して優月を養っていける自信がない


大学卒業なんて資格がなければ今の時代なんの肩書きにもならない事もわかっている


女性なんてなおさらだ……


『……離婚しても仕事が見つからないと生活していけないよね』


ポツリと不安を漏らした私に


『…医療事務とか…今から資格をとってみたらどうですか?』


弟の奥さんがそう言ってきた


弟の奥さんの友人の何人かが最近医療事務の資格をとって働いているという話しを教えてくれた


給料もそこそこいいらしい


医療事務か……


介護や医療事務には以前から少し興味があったから医療関係の詳しい内情を聞けたのは嬉しかった

No.313

お昼になるとたまたま現場が近かったために弟がお弁当を持って私の顔を見にきてくれた


私は鍋焼きうどんをご馳走になった


弟の食べているお弁当の中身を見てみると何品ものおかずがバランスよく詰めてある



『…あんた幸せだね』

そういう私に


『まぁね(笑) だって俺いい旦那だもん(笑)』

と弟は笑っていた



『パパ~ッ 』


弟にまとわりついて喜ぶ鐘

お弁当を食べ終わってから鐘と優月を相手に遊ぶ弟の姿を見ていたら

幸せってこういう事を言うんだろうな…

すごく弟が幸せそうに見えた



私が求めていた家庭のような気がした


優月も少しずつ弟に慣れてきたようで
泣きもしないで遊んでもらっていた



『修一もあんたみたいに優月と遊んでくれればね……』


優月と遊ぶ弟の姿に修一を重ねてみると
すごく幸せな家庭が見えてきたように思えた


『……何があったか知らないけど…… 今日はうちでゆっくりしていけよ。 俺今日は仕事早くあがれるから、俺が帰ってくるまで待ってろよ』



弟はそう言ってまた仕事へ出かけた

No.314

午後になると

幼稚園から野映が帰ってきて
しばらくすると小学校から里桜が帰ってきた


『あれっ おばちゃんだ! 』

野映も里桜も驚いていた


『優月ちゃんと遊んであげてね 』

弟の奥さんがそう言うと

『は~い! ゆづきちゃん遊ぼうか~』

里桜も野映も優月と遊んでくれた


優月は里桜と野映と鐘に囲まれて
最初はかなりたじろいでいたが少しずつ慣れていって一人前に3人の仲間に入って遊んでいた



……兄弟っていいな


子供達の姿を見ているとすごくそう思った


いつもは私が相手をしていないとダメな優月も子供達の中にいると私の事なんておかまいなしに遊びに夢中になっている



そんな優月の姿を見れたのもすごく嬉しかったし私もまた精神的にラクだった



『真耶さん… ありがとう』


私は弟の奥さんに頭をさげた


『あのね…… 私…実は真耶さんの事をずっと“デキ婚で弟をハメた嫁”って思っていたの…… 』


私は今までの真耶さんに対しての気持ちを少しずつ話し始めた

No.315

真耶さんは

……へっ!?

一瞬そんな顔をしていた


『それで…… 私…… 真耶さんの存在を無視したりして…… でもわかってなかったのは私の方だったんだよね…… 人を見る目がなかったのは私の方…… 本当に今までごめんなさい…… 』


私は頭を下げて真耶さんに謝った



真耶さんは

『全然気がつかなかった(笑) 』

と笑っていた



……そう人を見る目がなかったのは私の方だ


真面目で一流企業に勤めていて……
そんな修一を上辺だけで判断して中身を知ろうともしなかった


亡くなった父と違う

ただそれだけで舞い上がって結婚してしまった



真耶さんだって同じ


弟や子供達はいつでも幸せそうに笑ってるじゃない



何もわかってなかったのは私の方だ……




『雅樹はあんな人だから普段なんにもお姉ちゃんの事を言ったりしないけど… やっぱりこういう風になると心配みたいで』


沈黙を破り真耶さんは続けた


『だからいつでも何かあれば遠慮しないで頼ってくださいね』


真耶さんはそう微笑んでいた



『……ありがとう 本当にありがとう……』


すごく嬉しくて
すごく救われた気がした

No.316

真耶さんにきちんと謝れた事で
私は弟夫婦に対して一歩も二歩も歩みよれた気がした


……頼っていいよね?

その思いから
私は最初からのことをひとつひとつゆっくり話し始めた



結婚をしたきっかけ


修一とお義母さんの関わり方


美月のこと


お義母さんが亡くなってからのこと


言われ続けた嫌味……

今までの私の気持ち……


真耶さんは黙って最後まで話しを聞いてくれていた



『辛かったでしょう…… 切なかったね……』


真耶さんは涙ぐんでいた


そして

『お姉ちゃんは嫌味として高森さんの言葉をとらえているかもしれないけど……』


真耶さんは言いにくそうにして話しを続けた

『それって立派な精神的DVだと思うの… 』


精神的DV……


何度も耳にしたことのある精神的DV……


私が嫌味と思っていた言葉は精神的DV……?


『……だからね お姉ちゃんが高森さんの求めを受け入れられないのは高森さん自体に原因があるわけだから、お姉ちゃんが有責配偶者とかにはならないと思うんだけど……』



真耶さんは法律には詳しくないからよく分からないけど…と付け足した

No.317

『……もしだったら弁護士さんとかに相談してみてもいいんじゃないかな…?』


万が一本当に離婚になった時のために真耶さんは私に弁護士に相談することを勧めてきた


…でも私には弁護士に相談できるほどのお金はない


『……お金がないからね』


そう言うと


『市民団体がやっているDVとかの無料相談所もあるみたいだよ?』

そう言って携帯のサイトでその詳細を調べてくれた



……精神的DV



でも私にも責任はあると思う


美月にしろお義母さんにしろ私がもっとちゃんとしていれば2人は亡くならなかったと思う


私がちゃんと修一の求めに応じていればセックスレスにはならなかったとも思う


もし本当にこれが精神的DVだとすれば修一をそうさせたのは私だ



『……でも私にも原因はあるんだよ 』



大きな溜め息が出てきた



『……お姉ちゃんは悪くないんだよ? 』


真耶さんは何度もそう言ってくれたが
その時はやっぱり私が一番悪いとしか思えなかった

No.318

一応その無料の相談所の詳細が載っているサイトのアドレスだけは教えてもらった



夕方になると仕事を終えた弟が帰ってきた



子供達は

『パパ~ おかえりなさい~』

『パパ抱っこして~』
と弟にまとわりついている


弟も子供達と遊び始めた


優月は少し離れたところから弟達の様子をじっと伺っていたが
弟にかまわれると少しずつ嬉しそうな顔をし始めて最後はケタケタと声をだして笑っていた



……私も暖かい家庭を作りたいよ



弟と子供達が遊ぶ姿を見てすごくすごくそう思った



『里桜! 宿題したの!?』

『野映 おやつはもうやめなさい!』

『あっくん! それは危ないからやめて!』

子供達を叱る真耶さんの姿ですら羨ましかった



……私にもこんな家庭が作れるかな?



なんとかもう一度初心に戻って頑張っていきたいと感じている自分がいた



夕方になると
私がここに来ている事を弟から聞いた母も駆けつけてくれた



『優月を連れて戻ってきてもいいんだからね』


母もそう言ってくれた

No.319

その日の夕食は弟の家でご馳走になった


『人間食べれば元気になるからしっかり食えよ(笑)』


弟は私にどんどん食べるように勧めてきた



『すごいごちそうだね。あんた毎日こんなにたくさんの品数を食べさせてもらってるの?』

その食事は高森の実家のような食事だった



『そうだよ。ほら俺達は質素な食事で育ったからおかずなんて一品だったじゃん。 杉本家は全然違うんだよ。そこで育った真耶はこれが普通なんだよ。』

弟は少し自慢気だった

質素な食事


そう弟に言われた母は

『私だって頑張ってましたけどね!』

とヘソを曲げてしまったが


『ふりかけご飯のみはいくらなんでもねぇ(笑)』

『おかずがカマボコだけの時はマジ泣きたくなったよ(笑)』


私と弟は私達が育った食事の話しで盛り上がっていた


ひさしぶりにたくさん笑った


心から笑ったのなんてどのくらいぶりだろう……


家族ってやっぱりいいね……



夕食が終わってから母に自宅まで送ってもらうことにした



『何かあったらいつでも連絡くださいね』


玄関で真耶さんも弟もそう言ってくれた



『…本当にありがとう』


私は深く頭をさげた

No.320

車の中で

『優月がいるんだから千春も頑張らないと』

母がそう言った


……私頑張ったんだけどな


そんな思いで胸が締めつけられそうだった



…でも

今日の真耶さんを見ていたら確かに私自身が甘かった気がしたのは確かだ


3人子供がいて家事と育児に時々パート…


『適当に育ててるから(笑)』


真耶さんはそう笑ってむしろきちんと丁寧に優月を育てている私の方を尊敬すると言ってくれたがでもやはり私が甘かったんだと身にしみて実感していた



遊びつかれて私の胸に抱かれている優月を見ていたら
やっぱり父親は必要だと思う


弟みたいな子供とたくさん遊んでくれる父親ではなくても
優月にとっては集合はたった1人の父親……


私が努力することで少しでも改善できるなら優月のために努力したい……


そう
この愛しい優月のために……



『そうだね。 もう少し頑張ってみるよ』


私は母にそう言った



『どうしても無理ならば戻ってきてもいいからね』



私の言葉に母は優しくそう言ってくれた




…頑張ろう


心底そう思った

No.321

家に着いた私は真耶さんにお礼のメールをした


自分がいかに甘かったかということ

もう少し頑張って暖かい家庭を築いていこうと思うという決意

そしてお礼の気持ちをメールにこめた




……そうこれから頑張らなきゃいけないんだ


私は修一の帰りを待った


きちんと話しをしよう

しっかりと向き合わなきゃいけないんだ


私だけじゃなく
修一にも変わってもらいたい


幸せになりたい……





それからしばらくして修一が帰ってきた



いつもと変わらずお義母さんの仏壇に向かう修一



……そうこれがまず私のストレスの大きなひとつ

No.322

修一が食卓についたのを見計らって私はゆっくり切り出した



『……今朝の話しだけど…… 』


修一は私の方も見ることもなく黙って夕食を食べていた



『……優月のためにも離婚の事はもう少し考えてもらいたいの…… 私にも悪かった部分はたくさんあるから…… これから頑張るから……』


修一の無言の圧力に私はそれだけを言うので精一杯だった



『……具体的に何を頑張るの?』


修一は私の方をチラッと見た



『……家事とか育児とか……』


そういう私に


『具体的に何を改善するかきちんと教えてくれよ』


修一は顔も声も無表情のままだった



『……だから家事も育児も……』


……押し潰されそうな感覚がまた甦ってきてうまく話せない



『そんな抽象的な言葉じゃ分からないよ。ママが考える改善点をきちんと言わないとね。』


ボソボソと修一が話す


『………… 』


黙りこむ私に


『じゃあ改善点を書面にしてくれよ。ママとは話し合いにならないよ。』


修一はごちそうさまも言わずに食事を途中でやめて席を立った

No.323

……………


『待って!』


私は私の横を通りすぎようとする修一の腕をとっさに掴んでいた



『私も変わるように頑張るから…… パパだって……』


泣きながら腕を掴まえていた


『……俺だって? 俺だって何?』


修一は私の行動と言葉に驚いていたようだった


『パパだって変わってくれなきゃ私達は何も変わらないよ………』


私はさらに強い力で修一の腕を掴んでいた



『……ちょっと 痛いんだけど… 離してくれないかな』


修一はもう片方の手で私が掴む手を無理矢理離した



『……ママの求める俺の改善点ってなに?』

修一の声は静かだったがあきらかに語尾は強い口調だった



『……私はお義母さんじゃないよ ……私を見てよ 』


心の中のコップが満タンになって水が垂れ落ちていくように
私の気持ちもまた涙と一緒に少しずつ言葉になって修一を責め始めていた



『……私はお義母さんの代わりなんかじゃないのよ? いつになったら私を見てくれるの? そんな状態でセックスなんてできないわよ……』


大粒の涙が私の手を濡らしていた

No.324

『セックスレスは俺が原因だとでも言いたいの?』


修一はあきれたような口ぶりで聞いてきた


『俺は仕事だって真面目にしてる。仕事が終わればまっすぐ帰ってきてる。ギャンブルだってしない。夫の義務はきちんと果たしているじゃないか。』


修一は自分がいかに夫として真面目なのかを修一の同僚達と比較して細かく説明してきた


『妻としての義務を果たしてないくせに責任転嫁するのはやめてくれよ』


…修一は俺は何も悪くないと思っているのだ


『……義務とか役目とか…… そういうのでセックスを考えるっていうのが嫌なの!』


私は義務とか役目とかではなく
“愛されている”
そう感じられた時点で夫婦のセックスは成り立つと思っていたし、今だってそう思っている



でも修一にとってはセックスは妻の義務であり妻の役目

そこに私の気持ちなんていうものは無駄なものにしかすぎないのだ


その考え方の違いはあまりにも大きすぎた


結婚すれば妻に愛情をかけずとも自分の欲求のままに妻を使って自動的に性欲を処理できる


しかも法律では拒否する私が悪いとなれば修一が考え方を変えるわけもない



話し合いにもならない状態だった

No.325

『じゃあ聞くけど… なんで修一は私とセックスしたいの?』


私にとってのセックスは快楽を求めるものではない


心の結びつきを強くするものがセックスだと思っている


だから修一がセックスをどう捉えているのかを知りたかった



『…夫婦だからだよ』

……私の求める答えと修一の答えとではまったく次元が違いすぎて悲しくて涙がまた出てきた



……愛とか恋とかそんなのでセックスを考えていた私が甘かったのかな…………


なんだか私の考えの方がおかしいような感覚に陥っていた



『有責配偶者になりたくないからってセックスレスの原因が俺にあるような事を言わないでくれ』


修一はそう吐き捨てるとさっさとお風呂に入りに行ってしまった



……私が悪いのかな



妻が夫に愛情を求めることがそんなに悪いことなのか
私にはわからなかった


修一が私を愛してくれれば私だって喜んで修一の求めに応じられるのに……


修一は
セックスがうまくいってこそ家庭がうまくいく
そう考える人だから愛情よりもまずセックス

セックスの後に愛情がついてくるという修一の考え方は私とは正反対の考えだった

No.326

結局その日はそれ以上何も言えないまま終わってしまった


頑張ろう
そう思っていてもいざ修一の顔を見ると押し潰されそうな感覚に襲われて
思っている事の半分も言えなかった



私だけが変わっても意味はない


やり直すためにはやっぱり修一にも変わってもらわないと意味がない



亡くなった父の事を思い出す


あんな父親でも亡くなる瞬間は悲しかった


酒を飲んで
借金して
人に迷惑ばかりかけて
そんな大嫌いな父親だったけど
やっぱり亡くなった時は切なかった……



修一は優月をかまうわけではないが
でも父親として最低限の義務は果たしていると確かに思う


虐待しているわけでもない
ちゃんと養ってくれている
そんな父親としての修一を私達の勝手で優月から奪うわけにはいかない


私1人だけならば
こんなに辛い思いをするなら離婚に応じていただろう



……でも子供が絡んでくれば話しは別だ



一番大切で優先すべきは子供



私はその言葉を強く噛みしめた



……明日はもっとちゃんと話し合おう



そう心に誓って目を閉じた

No.327

それでも次の日も次の日もやっぱり何も話しは進展しなかった


自分は一切悪くない


そう思っている修一を変えることなんて一生かかっても無理な事なのかもしれない



私も朝は今までよりも30分以上早く起きて家事をして朝食もしっかり栄養バランスのとれた食事を作った



でもそれで育った修一はそれが当たり前


『こんな事は妻なら当然だろ?評価するまでもないよ。
それ以上の事をしてこそ初めて評価するに値するんだよ』


修一は私の努力を絶対に認めようとしなかった



こんな風になってしまう少し前に修一が独身時代から使っていた掃除機が壊れてしまったので買い換えることになった



私は毎日使うものだから小さくて小回りのよくきく軽量でコンパクトな掃除機がいいと言った


でも修一は優月のためにと空気もきれいになるとかホコリをまきあげない有名メーカーのものを推した


でも修一の推す掃除機は今までの掃除機よりも大きく重い



『掃除するのは私だから私が使いやすいものにしてくれないかな』


そう頼んでみたところ

『じゃあ俺が毎日掃除機かけるから』


と私の意見は勝手に却下されて修一は仕事帰りに修一の推す掃除機を買って帰ってきた

No.328

自分でそう宣言した手前修一は確かに掃除機を毎日かけていた


でもそれは自分がそう宣言したから


それなのにいつの間にか

『食洗機は買わされて掃除機も俺が毎日かけさせられている』

そう話しは変わっていた


自分がやる

というのと

やらされている

というのでは意味合いはまったく違う


いつの間にか掃除機をかけさせられている事になって
私はそれも修一に責められた


『食洗機も買わされて毎日掃除機をかけさせられているって同僚に話したら“奥さんちょっと考え方が甘いな。俺ならキレるな”って言われたよ』


修一は
ほら俺は何も悪くないだろ?
と言わんばかりの口ぶりだった



私の事がそこまで憎いのかそこまで嫌いなのか……


やり直すために頑張っている自分がすごく惨めに思えてきた



それでもやはり優月を見ていると父親を奪うのはかわいそうに思えてくる



……優月
どうしたらパパとママ仲良くなれるのかな
……


ハイハイする優月を見つめながらずっとそれだけを考えていた

No.329

その週の土曜日


修一は午前中から1人でどこかに出かけてしまっていた


『どこに行くの?』


そう聞いても


『ちょっと』


それしか言わなかった


せっかくの土曜日
天気もいい


優月を連れてどこかにドライブでも行きたかったのに……


しかたなく私はいつものように家で優月と遊んでいた


そこに母から亡くなった叔母の法事の日取りが決まったと連絡がきたので
私はその電話ついでに修一が勝手に出ていってしまったと愚痴をまたこぼしていた



『まったく修一さんも困ったものね…… じゃあせっかくの天気だからドライブがてら美味しいお蕎麦でも食べに行く?』



母は気を回して私と優月を外に連れ出してくれた



……そしてそれが最悪な日の始まりだった

No.330

美味しいお蕎麦を母にご馳走になり
いろいろドライブをして家についたのはもう夕方だった


『今日はありがとう 少しうちにあがっていかない?』


母にそう言うと

『じゃあせっかくだから少しお邪魔するわ』

私達は家に向かった



……部屋の電気がついている


修一は先に帰ってきていた


修一はずっと前から母や私の身内が自宅に入るのを嫌がっている


もちろん私もそれは知っている


でも今日行き先も告げずに勝手に出かけた修一に対しての腹立たしさもあって私はそのまま母を自宅へ連れていった



『……ただいま 』

『お邪魔します』


玄関を開けるとリビングの扉は開いていて修一から私と母の姿が丸見えになっている



母の姿を見ると修一は一瞬驚いた顔をしてそして露骨に嫌な顔をしてみせた



『お母さんにお蕎麦をごちそうしてもらったの』


修一に今日の事情を話しても修一は無言だった


母も修一の不機嫌な態度に気がついて

『お母さんやっぱり帰るわ』

そう言って帰っていってしまった



『……ごめんね お母さん……』


私は母に謝って駐車場まで送ったが
修一は玄関にすら見送りはしないままだった

No.331

母を見送り自宅に戻った私に修一の第一声は

『お腹空いてるんだけど』


だった


『……今から作るから』

バタバタと私は用意を始めた


優月をあやすわけでもなくダイニングテーブルに座る修一の突き刺さるような視線を背中に感じた


急いで夕食を作らなきゃ……


無言のプレッシャーに私は焦っていた


『俺の文句でもキミの母親に話してきたの?』

『どうせ2人で俺の悪口を言っていたんだろ?』

『家庭の主婦を夕食の時間にやっと帰すなんてやっぱりキミの母親は非常識だよな』


急いで夕食作りをしている私にはそんな嫌味に答えている余裕はまったくなかった



『…自分の都合が悪くなると無視?』


修一のその言葉に包丁を持って野菜を切る手が止まった



『話し合いたいなんて言うわりには自分の都合が悪くなるとキミはすぐ黙るんだよね。明るさもない、話し合いにもならない…… たかが食事を作るだけでテンパるって一体どれだけ家事能力が低いんだよ(笑)』


そして


『俺の未来にキミは必要ない』


修一はハッキリと強い口調でそう言い放った

No.332

『俺の未来にキミは必要ない』


その言葉は私の心をバッサリと切りとった



……………


私はその瞬間持っていた包丁を修一に向けて振り向いた



別に修一を刺そうとか自分を刺そうとか
そんなつもりはまったくなかった


ただ誰も味方のいないこの空間に

刃物

というものを味方につけたかっただけだ


『これだからキミは……包丁で俺を刺すつもり? これは立派なDV行為になるよ? また有責配偶者としての理由がひとつ増えただけだね』

修一は呆れたようにフンと鼻を鳴らした



……誰か


………誰か



私はそのまま携帯を手にとり泣きながら弟に電話をかけた



『もしもし?』


『雅樹…… もうやだよ…… 死にたいよ…… 死にたい…… 』


弟の声を聞いた私は安心からか何があったのかとか事情も言わないまま自分の気持ちだけを泣き叫びながら話した


『姉ちゃん!? また何か言われたのか!? 』

弟は何があったのかと一生懸命聞いてきていたが
私はもう言葉すら話すこともできずに携帯を持って泣き叫んでいた


苦しくて
切なくて
全身をかきむしってしまいたい程の表現しがたい感情にかられていた

No.333

泣き叫んでいる私に


『姉ちゃん、俺もう酒飲んじゃったからこれから真耶に迎えに行ってもらうから! とにかくすぐに仕度をして優月を連れて出てこいよ! すぐに行くから』


『……わかっ……た もう嫌だよ…… 死にたいよ……』


もう自分という理性はきかず何がなんなのか分からないまま泣き叫んだ



私が弟の名前を電話で呼んだことで
修一は私が弟に電話をしたと気付いたのだろう


電話を切って泣きながら家を出る仕度をしている私の横で修一もどこかに電話をかけ始めた


トゥルルル
トゥルルル
トゥルルル……


修一はわざとその電話をスピーカーにした



『はい 高森です』


……しばらくして電話に出たのはお義父さんだった

No.334

修一はわざとダイニングテーブルの上に受話器を置いて話し始めた


『千春がまたヒステリーを起こしてしまって…… 今日は俺に包丁を向けたんだよ』


……またヒステリー?

修一にとって私が泣くことはヒステリーにしか映っていなかったのだ


『精神科には行ったのか?』

お義父さんの声も聞こえてくる


『いや… まだ行ってない。早く診断してもらった方が俺としてもラクなんだけどね』


2人は私を精神科に行かせる話しをしていた


……私は病気なんかじゃない


悔しくて
惨めで
情けなくて
ただ涙が溢れてきて私はまた泣き始めた


『聞こえる? こうやっていつも泣くから話し合いにならない』


修一は淡々と話しを続けていた



『ちょっと千春さんを出しなさい』


お義父さんは私と話しをさせるようにと言ってきた



……いやだ


……話したくない



黙って首を横に振る私に


『原因を作ったのはキミなんだからお父さんと話すべきだ』


修一は私の耳元でそうつぶやいた

No.335

私は受話器に向かって

『……千春です』


と話した


『修一から聞いたけど包丁って自分がした事がどういう事をしたのかわかっているのか!?』


お義父さんの声は前と同じく私を威圧する


『それは…… 別に修一さんを刺そうとか……そういうことでは……』


私の話しを最後まで聞き終わらないうちに


『そういう問題じゃないだろ! 包丁を持ち出すなんて異常な行動だよ!』


お義父さんの話し方は私を萎縮させていく


私が黙っていると私の携帯が鳴った


真耶さんだ


『もしもし? 今マンションの前についたんですけど』


あれから10分くらいしか経っていないから
あの電話の後すぐに駆け付けてくれたのだろう


でも私はまだ仕度も終わっていないし
お義父さんとの話しもまだ終わっていない



『悪いんだけど部屋まであがってきてもらってもいいかな?』


車で待っていてもらうのも悪い気がして私は自宅にあがってもらうように言った


『わかりました』



そしてそれからすぐに自宅のチャイムが鳴った

No.336

『すみません お義父さん今弟の奥さんが来たので一度電話を切らせてもらえますか?』

そう言ったものの


『弟の奥さんなんて関係ないだろう!』


お義父さんは電話を切るつもりはまったくない


外は雪が散らついている…


『すぐにかけ直しますから』


『いや今じゃなきゃダメだ』


この押し問答が5分くらい続いた後に高森の実家のチャイムの音がした


『……じゃあ後でこっちからかけ直すから』

お義父さんはそう言って電話を切った



チャイムが鳴ったのだから修一が玄関のドアを開けてくれたらいいだけなのに
てっきり弟が来ると思っていた修一は私とお義父さんの押し問答中も玄関に近寄ることすらしなかった



電話を切った後すぐに玄関のドアを開けた



『……ごめんね 寒かったでしょう? 中に入って……』


真耶さんは
お風呂あがりにすぐにこっちに来てくれたようで髪はまだ濡れていた


『もう化粧しないと絶対に外には出ないんです(笑)』

先日そんな話しを聞いていたのに
化粧もせずに髪も濡れたまま私のために飛んできてくれていた



そんな状態なのに雪の中待たせてしまった事がただ申し訳なかった

No.337

『……あの私こんな格好なので玄関で待ってます(笑)』


真耶さんはそう遠慮していたが
リビングから弟ではなく真耶さんが来たことを確認した修一が


『散らかってますけどあがってください』


にこやかにそう声をかけてきた



……母への態度とはまったく違うことに私はただただ呆気にとられていた


もともとそうではあったが
こんな時まで違うのかと私はもう呆れを通りこして笑えてきた



『修一もそう言ってるから…… ね? 入って?』


真耶さんは


『じゃあ…… すみません こんな格好で』

と恥ずかしそうにしながら部屋にあがった



『どうぞここに座ってください』


修一は修一の隣りの椅子を引いてそこに座るように勧めた



3人無言の時間がすぎる


『なんかすみません ご迷惑をおかけしてしまって』


口火を切ったのは修一だった


『いえいえ あの…… 私ここにいてもいいんでしょうか?』


真耶さんもいきなりの展開にとまどっていた


『もしなら客観的な意見を聞かせてもらえますか?』



修一はそう切り出した

No.338

『私で良ければ……』

真耶さんのその言葉で修一は話しを始めた


『俺にも今千春がこんな情緒不安定になっている状況の原因がわからないんです』


最初に修一はそこから話しを始めた


『俺はこんな事を言うのは恥ずかしいけどもう2年もセックスレスで…… なんで拒否されるのかがわからないんです』


修一はボソボソと真耶さんの方を向いて話した


『……あの それは……女性ならっていうか私なら…の話しですが……』

真耶さんは修一にそう前置きをして話し始めた


『女ってその行為を“愛されてる”と実感してこそ初めて受け入れられるんですよね。妻だからとか義務とかそんなんじゃなくて…… 男の人にはわかってもらえないかもしれないけど、女ってそういう生き物なんですよ。男の人からしたら面倒かもしれないですけどね(笑)』


…そうそう! そうなのよ!


私は黙って何度も頷いた


『うーん…… 女性って難しいんですね(笑)』


修一も笑いながら話しを聞いて考えている



私の時には考えることすらしてくれなかったのに相手が違うとこうも態度が変わるものなのか……

No.339

『……でも“さわらないで”とかって言われるとさすがに俺も落ち込むというか、もう触れることもできないですよね』


修一は拒否され続ける俺も被害者だと言わんばかりだった


でも
“さわらないで”
と言ったのには理由がある。
理由も何もない状態でそう言われたかのように被害者ぶる修一が許せなかった


『それは! 何日も会話もない状態でいきなり求めてきて、あげくに“優月に兄弟を”とか“有責配偶者”とかって言うからでしょ!』


私は反論した


いつもなら反論できないが
今は真耶さんがいてくれるという安心もあってきちんと反論できた


『でも俺だって家事とかちゃんと手伝ってるじゃない? “大変だろう”と思って食洗機だって買ったし、掃除機だって毎日かけているじゃん』


修一は今度は家事の事に話題を向けてきた


それだって本来の話しと随分違う


『食洗機はお義母さんのために買ったんじゃない! それがいつの間にか私のために買ったとか買わされたとか話しが変わっていったんでしょ? 掃除機だって自分がかけるから大きいのにするって言ったんじゃない!』



私は今までの気持ちをぶつけ始めた

No.340

『それに“こんなんだったら家政婦を雇った方がマシだ”って言ったじゃない!』


修一は黙っていた


『……高森さん それは言っちゃいけない言葉ですよ?』


真耶さんが修一に話し始めた


『主婦って365日休みがなくて、やってもお給料をいただけるわけでもない。 そこに育児が加わると息が詰まりそうになったりするんです……』


真耶さんは修一に主婦の大変さを修一にわかりやすいように一生懸命に説明してくれた


しばらくその話しを聞いていた修一は


『……それは俺が悪かったと思います。謝ります』


意外なほど素直に自分の非を認めていた


私と2人の時は

俺は悪くない

その一点張りだったのに……


そう言った修一に対して


『高森さん。 “謝ります”って言うのは謝ったことにならないですよ? “ごめんなさい”ってちゃんと言いましょう?』


真耶さんは修一にそう言ってくれた


修一も少し照れたようにして


『ヒドい事を言ってごめんなさい』


頭を下げて私に謝ってくれた



もちろん私にもいたらない点はたくさんあったから私も


『私こそごめんなさい』

そう謝った


そして2人でひさしぶりに笑った

No.341

不思議なほど穏やかに話し合いは進んでいった


亡くなったお義母さんに対しての様々なこととかも
私の意見に真耶さんがフォローを入れてくれるような状況で
時には3人で笑いながら話し合えた



こんな風に話し合えたなら私達はうまく行くかもしれない……


そう思った矢先に家の電話が鳴った



……お義父さんだった


真耶さんへの手前か修一もあえて今回はスピーカーにはしなかった


でもお義父さんの声はもともと大きいのに加えて少し怒っているような感じだったので
修一とお義父さんの会話もこちらには丸聞こえだった



『今千春の弟の奥さんが来ているんだ』


『弟の奥さん? なんで弟の奥さんがいるんだ?』


その声は全て聞こえてくる


私と真耶さんは電話の会話を聞かないように優月をあやしたり
違う話しをしたりしていた



でも少しすると


『……電話にかわれって言ってるから』


修一が私に受話器を差し出した

No.342

私は何度も首を横にふった


その度に修一は今は弟の奥さんが来ているから電話にでられないとお義父さんに言ってくれていたが
お義父さんは納得しなかったようだった


『少しでも電話に出ないと納得しないから…』


修一にそう言われて私はしかたなく電話に出た


『もしもし……』


『千春さん! なんで包丁なんて持ちだしたんだ? 最初から説明しなさい!』


お義父さんの声が口調が
さっきまで穏やかだった私の心をみるみるうちに萎縮させていく



『あの……… あの…… それは……』


『ハッキリ言いなさい! ちゃんと言わなきゃわからないだろう!』


『ですから……』


『ほら! 早く言いなさい! 』


大きな声と怒ったような口調で急かされるとなおさら私は何も言えなくなっていた



『あの…… 私が夕食の準備をしている時に修一さんが話しかけてきて……… それで……』


自分でも何を言っているのかわからない状態だった


夕食作りをしていた時に後ろからどんどん嫌味を言われたことが原因

そう言いたかったのに
心の中がグチャグチャになってうまく説明できなかった

No.343

『夕食の準備の時に修一が話しかけてきたのが嫌だった!? 何を言ってるんだ! 夫婦なんだから話しをするのは当たり前じゃないか!』


お義父さんの口調はますます厳しくなっていく


『……その言い方が怖くてっていうか…… 私には……嫌な風に感じたんです…… 』


少しずつ話したい事を整理していくが


『修一はそんな言い方はしないよ! 修一は穏やかな優しい子だよ! 千春さんの被害妄想だろ!』



……あんなに冷静で周りを見ていつも中立的立場だったお義父さんですら
お義母さんが亡くなった事で変わっていってしまった………


お義母さんが亡くなった事で全てが狂ってしまったのだ



電話を持ったまま黙ってうつむく私に


『きちんと説明しなさい!』

『黙ってたってわからないだろう!』


お義父さんは容赦なかった


『……お姉ちゃん大丈夫?』


小声で真耶さんが私に声をかけてきた


修一にも真耶さんにもお義父さんの声は当然聞こえていたと思う



私を心配する真耶さんに


『真耶さんみたいに千春とも会話のキャッチボールができるといいんですけどね』



修一は少し笑っていた

No.344

『……あの 今……私の弟の奥さんが来てくれていて、今は穏やかに話し合えているのでまた後で電話をかけなおします』


私は勇気をふり絞ってそう言った


修一にもお義父さんにも思った事をきちんと伝えないと………


自分自身が変わりたい

その一心だった



でも私のその言葉はお義父さんをより一層激昂させてしまった



『弟の奥さんなんて関係ないだろう!』

『関係ない人を巻き込むんじゃない!』

『そもそもあんたがもっと優しい気持ちを持っていれば修一もそんな事は言わなかった』


お義父さんは私を責め続けた


『明るさと思いやりを持ちなさい!』

『妻として母としてもっと学びなさい!』

『修一の気持ちも考えなさい!』




………私が悪いの?


………私に思いやりが足りないの?


…………私が全部悪い


…………全て私のせい


………………



…………………

No.345

『……私が全部悪いんです………』


……そう悪いのは私だ

……美月を死なせたのも
お義母さんを死なせたのも
全て私のせい


セックスも私が拒んだから悪いんだ


妻の義務も役目も果たさない私が悪い


私がもっと明るくておおらかなら家庭はうまくいく



それができない私が悪い………



『あんたに思いやりがないから修一が怒るんだ!』


……そう全て私の責任


『申し訳ありませんでした…… 私の責任です…… 』


私は謝った


何度も何度も謝った



『他の家庭を巻き込んだりして恥ずかしくないのか!』



私が謝ってもお義父さんは許してくれない



ごめんなさい……


もう許してください………


それ以上責めないでください………


もう許して………



お願い…………



お願い…………………




自分の主張が否定され
私自身の存在という炎が小さく小さくなって消えかけたその瞬間
私は自分がわからなくなっていた



ただ上を向いて叫び続けた



自分が自分でなくなった瞬間だった

No.346

受話器を握りしめ発狂する私



『お姉ちゃん……!』

真耶さんが飛んできて私を強く抱きしめる



『大丈夫! 私達がついてるから!』


何度も何度もそう言ってくれた


『私が悪いの! 私が思いやりがないから! 全部私が悪いの!』


真耶さんの言葉にも私は冷静になれずただ叫んだ



修一は私の手から受話器を取り
お義父さんと話しを始めた


私がこんな状況になっていても修一はまったく動じない


叫び続ける私と
私を抱きしめる真耶さんを横目に淡々とお義父さんと話しをする



『もう死にたい! 死にたいよ! 』


そう泣き叫ぶ私にただ真耶さんは

『大丈夫だから……』

と背中を撫でてくれる

『巻き込めないよ…… 雅樹や真耶さんを巻き込めない…… 』


『私と雅樹は巻き込まれてなんていないよ? 大丈夫だよ?』



どのくらいそんなやり取りが続いただろう…



真耶さんの言葉によって私の心にほんの少しだけ静かな空間が流れたその一瞬


『…俺の未来に千春はもう必要ないんだ』




お義父さんに話す修一の言葉が私の耳に響いた

No.347

その言葉を聞いた私はただもう自分の存在を消したかった


なにもかも消したかった


『……死にたいよ ……もういいよね? ……私……頑張ったよね?』


私は真耶さんに問いかけた


『お姉ちゃん… 死んじゃダメだよ…… もう頑張らなくてもいいから…… だから……ね? うちに一緒に行こう?』


真耶さんは私をずっと抱きしめてくれていた


修一はそれからもしばらく何かをお義父さんと話した後にやっと電話を切った



私にはもう修一には憎悪しか感じられなかった


『もう死んでやるよ! そうじゃなきゃ殺してくれよ!』


今までの人生こんな言葉使いなんてしたことは一度もない


でもなぜかその時はそんな口調でしか言葉を話せなかった



その私の口調に修一はかなり驚いている


『……だから俺の改善点とかを教えてもらえば俺も直す努力をするよ』

『環境の違うところで育った俺達だからちゃんと冷静になって話し合わないと解決できないよ』



……修一は真耶さんの前だから猫をかぶっているだけ



私には分かっていた

No.348

『なんでいつも客観的とか改善点とかそんな言い方しかできないんだよ! 離婚? いいよもう離婚でもなんでもしてやるよ!』


私は怒鳴りながら家を出る仕度を始めた


『……そんな感情的になっていても何も解決しないよ…』


修一は真耶さんの手前なのか私をなだめるような言い方をしてくる


『有責配偶者? なんだか知らないけど、いいよそれでも! そうやって私に全部責任を押しつけたらいいじゃない!』


ハイハイしながら私の足元にやってくる優月を抱きながらそう言った


『……そんな ……全部がママのせいだなんて俺一言も言ってないよ?』


家を出る仕度をする私の手を止めるわけでもなく
私から少し離れた場所から修一は言い訳ばかりをしていた


『美月のことだって“俺の言うことを聞かなかったから死んだんだ”って言ったじゃない! お義母さんも美月も私が殺したって言ったじゃない!』


修一は黙っていた


『そんな事修一に言われなくたって私はずっと今まで自分を責め続けてきたわよ! 責めて責めて責めて………』


私ももう言葉にならなかった

No.349

泣きながら荷物を詰める私を見て


『高森さん しばらくうちでお姉ちゃんと優月ちゃんを預かりますから』


真耶さんは修一にそう話していた


『わかりました…… お願いします』


修一もそう言ってペコリと頭を下げた



そして私は自宅を後にした




弟の家につくと里桜も野映も鐘も

『やった~ 優月ちゃんだぁ』

と大喜びしてくれた


優月も少し嬉しそうにしている



『姉ちゃん しばらくうちでゆっくりしていけよ! うちは大丈夫なんだから遠慮するなよ!』


弟や真耶さんの気持ちが本当に嬉しかった



嬉しくて何かお礼がしたかった


……でも財布には1000円しかない



あるのはスーパーでポイントを貯めてもらったそのスーパーのみで使える商品券1000円分と何かでもらった全国共通のデパート券2000円分……



……惨めだった


……情けなかった


現金はいつも1000円しか持っていなくて
何かお礼をしたくてもスーパーの商品券とかしかないなんて……


普通じゃない


その時やっと現実が見えた気がした

No.350

私は

『こんなもので申し訳ないけどこれ受け取って……』


商品券を差し出した



『姉ちゃん! いいって! いらねーよ!』

弟は受け取らなかったがそれでは私の気持ちが済まない


『お願いだから受け取って? そうじゃないと私……お世話になれないから……』


受け取ってくれるようにそう頼むと


『じゃあこのスーパーの商品券だけありがたく戴きますね。 デパートの商品券は優月ちゃんに何か買ってあげてください』


そう言って真耶さんはスーパーの商品券だけを受け取った


『……でも 』


とまどう私に


『うちはこれで充分です』


弟も真耶さんも微笑んでいた



その好意に甘えることにした私は弟夫婦と他愛もない話しをして笑った



……夜も遅くなり弟家族や優月が寝た後も私はなかなか眠れなかった



……これからどうすればいいんだろう



……これからどうやって生きていけばいいんだろう



……やっぱりもう離婚しかないのかな



……もうやり直せないのかな



現金をまったく持っていないこの状態で
この先のことを考えると不安しかなかった

投稿順
新着順
主のみ
付箋

新しいレスの受付は終了しました

小説・エッセイ掲示板のスレ一覧

ウェブ小説家デビューをしてみませんか? 私小説やエッセイから、本格派の小説など、自分の作品をミクルで公開してみよう。※時に未完で終わってしまうことはありますが、読者のためにも、できる限り完結させるようにしましょう。

  • レス新
  • 人気
  • スレ新
  • レス少
新しくスレを作成する

サブ掲示板

注目の話題

カテゴリ一覧