空を見上げて
…パパ
これから
美月のもとへ
行きます
逢えるかは
わからないけれど…
お義母さんにも
美月にも
逢えるかな…?
優月をよろしくお願いします
…ごめんなさい
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その週の木曜日
たけのこハウス
という支援センターへ優月を連れて遊びに行った
天然木でできた広さ20畳ほどのスペースにたくさんの遊具が置いてある
私達が行った時には10組ほどの親子が各自で遊んでいた
優月に歳が近い子もわりといる
『優月 楽しそうだねぇ』
優月に声をかけるがもともと人見知りの激しい優月は初めて来た場所に圧倒されて
私にしがみついて泣いていた
『優月ちゃん こんなオモチャもあるわよ』
たけのこハウスの先生が優月に一生懸命声をかけてくれるが
優月はしがみついて泣いたままだった
他の子はみんな楽しそうに遊んでいるのになんで…?
誰も話しかけてもくれず
ただビービー泣いている優月を抱いて
……私はここに何をしに来たんだろう
そんな切なさでいっぱいだった
先生とみんなでする手遊びも歌も踊りも一切興味を示さず
その日は結局ずっと私にしがみついたままだった
たけのこハウスの帰り道優月をおんぶして歩いていたら
ただむしょうに切なくて涙がポロポロこぼれてきた
なんでなのか分からない
…でも苦しくて悲しくて切なくてしかたなかった
泣きながら20分の道のりをただ歩いた
…孤独だった
誰かに私の本当の気持ちを聞いて欲しい
私はお義母さんなんかじゃない……
誰でもいいから
私の存在を認めて……
たけのこハウスでも
先生は初めて来た私に気を遣って話しかけてくれたが
他のお母さん達にはもうグループができていて誰も声をかけてくれなかった
私から声をかければいいだけの話しだが
そのグループに声をかけるような勇気もなかった
優月はしがみついて泣いているし
優月にそんな思いまでさせて行ったたけのこハウスになんの意味があるのかもわからなかった
優月をいろんな子供と触れ合わせてあげたい
そんな願いすら
私の自己満足なんじゃないかとすら思えてきた
もう何もかもが苦しかった
家事なんて完璧にできないよ……
育児だってどうしたら優月が喜んでくれるのか分からないよ……
家庭を太陽のように明るくなんて照らせないよ……
笑えないよ……
苦しいよ……
私のままでいさせてよ………
……でも
そんな気持ちを吐き出すことすら私にはできなかった
誰にも………
そんな苦しい胸の内とは逆に
私はただただ修一の理想の妻になるのに必死だった
お義母さんが作っていた料理を思い出して作ってみる
品数の多い食事
栄養バランスのとれた食事
でもそれをするにはいつも修一からもらっている3000円ではまったく足りなかった
3000円なんて一回の買い物でも足りないくらいだ
それを修一に伝えても
修一はまだ不満そうな顔をしていた
それでもなんとか今までの3000円から5000円にまであげてくれたのだけは嬉しかった
…でも
私の料理がお義母さんの料理にかなうわけもなく
『味が少し濃い』
『味がない』
『素材の味がしない』
とにかくいつもダメ出しばかりされていた
それでも私はなんとか修一に認められたくてただ必死だった
もともと品数も少なく質素な料理を食べて育った私と
品数も多く豪華な料理を食べて育った修一とでは
家庭環境があまりにも違いすぎたのだろう
私が
今日は頑張って作ったぞ
そう思う料理ですら修一にとっては当たり前のことだった
修一にとって当たり前の事をしている私を修一が褒めるわけもなかった
育児に関しては
平日の日中の優月の様子を見ることがなかった分だけ休日はうるさかった
私が優月を放って掃除をしていれば
『ちゃんと優月を見ていない』
優月が泣いているのにすぐに行かないだけで
『放置している』
修一は優月の面倒を見ることは一切なかった
一緒に遊んであげるとか
抱いて散歩にでるとか
そういう事は一切しなかった
ただ見ているだけ
それなのに私には口うるさくいろんな事を指摘してくる
風邪をひかせるな
ケガをさせるな
ベビー飲料の成分は何か
美月の事があって以来ただでさえ神経質になって優月を育ててきた私は
さらに神経質になりながら優月を育てた
育児書を読みあさり
マニュアル通りに育児を進めた
ただまだ心配だったので食事や飲み物など体内に入るものは
生後9ヶ月をすぎた今でさえ離乳食の初期の段階のものを与えたりしていた
修一が私に求める育児とは
いかに神経質なほどに手をかけてあげるか
だった
修一は優月のために空気清浄器を全室に用意した
修一のする育児とは
お金をかけること
それだけだった
そのふたつよりも苦手だったのが
太陽のように明るくすること
だった
私は小学生の時からずっと友達に
『村上さん』
と呼ばれていた
クラスメイトや友人からあだ名や名前で呼ばれた事なんて一度もない
どちらかといえばいつも教室の片隅や図書館で本を読んでいるようなイメージだと思う
いじめる事もいじめられる事もないような
まったく目立たない存在だった
そんな私はお義母さんのように
『~で大変だったのよ(笑)』
なんて苦労した話しを明るく笑い話しに変えるような事は難しかった
私は会話で人を笑わせたり楽しませたりするような術を持ち合わせてはいない
それでも努力はした
たけのこハウスに最初に行った日
『もぅ優月は泣いてしがみつくし、何をしに行ったのかわからないし、気疲れするし大変だったの(笑)』
本当は泣いてしまったほど辛かったあの出来事を胸にしまい
なんとか明るく伝えたつもりだった
でも
『そんなに疲れて大変ならそんな場所に行かなきゃいい』
修一の答えはそれだけだった……
なにをどうしたらいいのか
どうすれば自分が明るく変われるのか
頑張れば頑張るほど空回りしていた
一番辛かったのは
毎晩のように修一が身体を求めてくることだった
まだ優月に母乳を与えていたし
そんな神経を磨り減らしながら気を遣う毎日に心身共に疲れていて
それだけはどうしても応じることができなかった
修一の求めを拒否するその度に
『セックスに応じるのは妻の義務』
『セックスレスによって離婚になった場合の有責配偶者はキミだ』
『セックスレスは離婚の正当な理由になる』
と責められた
こんなに嫌な思いをするくらいなら…
そう思って身をまかせようと努力したことも何度もある
でもそんな気持ちとは裏腹に
反射的に身体を守ろうと両腕で胸を隠したり
修一に背を向けてしまう自分がいた
外で済ませてきてくれたらどんなにラクだろう……
いつしか修一の浮気を願うようになった
実際本当に修一が浮気をしたらそれはそれで耐えがたい苦しみなのだが……
本能的に拒否を続ける自分自身のことについてもまた悩んでいた
拒否してしまう理由なんて悩まずともわかってはいたが
修一が変わらない今
私が変わるしか方法はなかった
それでも変えられない自分自身に対して次第に嫌悪感を抱いていった
変わりたいのに変われない
それが辛かった
たけのこハウスにもまた通った
優月はたけのこハウスに行った時だけは疲れてよく昼寝してくれたから
頑張ってたけのこハウスに通った
相変わらず優月は泣いていたけれど
ほんの少しずつオモチャに手を伸ばすようにもなっていた
よく通うようになるうちに私にも声をかけてくれる人ができた
優月と同じ月齢の女の子
寧々ちゃんのママ
そして
紗璃ちゃんのママ
2人はもともと友達らしく、たけのこハウスの中では6人グループの中にいた
2人に話しかけてもらった時
すごくすごく嬉しかった
でも会話が続かなかった
何を話したらいいのか分からないし
沈黙になる時間も気まずく感じる
会話を盛り上げられない私は
寧々ちゃんのママと紗璃ちゃんのママが楽しそうに話す会話を黙って聞いているだけだった
2人の会話の内容は本当に他愛もないような話しなのに
2人とも楽しそうにそれを話していた
ご主人やお姑さんや育児の愚痴ですら笑い話しにして話していた
私にもその暗い内容の話題も明るく笑える会話に変える術が欲しかった
ある日
たけのこハウスが終わり、帰り仕度をしている私に2人が
『これからみんなでランチに行くんだけど、もしよかったら高森さんもどう?』
と声をかけてくれた
誘われたことはとても嬉しかった
……でも
ランチに使えるような自由にできるお金が私にはない……
『…ごめんなさい 今日これから予定があって……』
そう断る私に
『いいよ いいよ! また誘うね~ 』
2人は楽しそうにみんなと一緒にランチに行ってしまった
【奥様のランチ事情】
ワイドショーのそんなコーナーを以前たまたま修一と見ていたことがある
その時
『旦那が必死に仕事してるのに妻が高価なランチなんて… 』
修一はそのテレビに映る妻達を軽蔑したように見ていた
その顔だけがすごく印象に残っていた私は修一にランチに行きたいなんて頼めなかった
たった1000円のお金も自由に使えないなんて……
なんだかすごく惨めな気持ちになりながら
帰り道を歩いた
その後2回くらいランチに誘われたが
用事をつけて断っていくうちに2人からランチに誘われる事もなくなった…
たけのこハウスの帰り道はいつも惨めな気持ちでいっぱいだった
ママ友達もできない
家事も育児も修一に認めてもらえない
明るさも空回り……
もう何もかもに疲れ果てていた
こんなに頑張っているのに…………
一番認めてもらいたい人に認めてもらえない虚しさ……
心が悲鳴をあげている
なにかあれば有責配偶者と呼ばれ
美月とお義母さんを殺したと責められ続けるうちに
いつの間にか私の存在自体が罪であるような気がしてきていた
月が美しく輝く晩
『今頃お義母さんは美月と遊んでいてくれるのかな…』
そう修一に言ったことがあった
不謹慎かもしれないけど
お義母さんは天国で美月の面倒を見ていてくれているような気がしたのだ
『お義母さんがいてくれたら…美月も寂しくないよね』
私がそう言うと
『そう思いこむことで少しでも自分の罪悪感を軽くしたいだけだろ?』
……修一は私を恨んでいるのだと思った
美月を殺して
お義母さんまで殺した憎い相手
………それが私
美月がお義母さんと一緒にいるかも
そう思えることが母親としての私の慰めだったのに
修一にとっては私には慰めなんて必要なく、“ただ逃げているだけ”と許せなかったのだろう……
そんな毎日が続いていた
私が頑張っても状況は何ひとつ良くならない
生後10ヶ月をすぎた頃優月はやっとずりばいを始めた
それでもひとつふたつずりばいで進んでは突っぷして泣いて私を呼ぶ
その度に私は泣いて私を呼ぶ優月のもとへ行き抱いていた
寝返りだけをうっていた頃の方がまだラクだったような気がした
たけのこハウスの寧々ちゃんや紗璃ちゃんはもうたけのこハウスの低いテーブルにつかまってつたい歩きをしているというのに
優月はまだずりばい……
優月の成長だけが異常に遅い気がした
『つたい歩きするから目が離せないよね~(笑)』
『寝てるだけの頃が懐かしいよ(笑)』
『最近ねバイバイするようになったの』
『うちも“いただきます”って手を合わせるようになったよ』
ママ達のそんな会話を聞くのも辛かった
優月に手をかけすぎているのが悪いのかな……
月を追うごとにさらに優月の発達が心配になり悩みは深くなった
でもそんな事は修一には言えない
また私の責任にされるのが分かっていたから……
家にこもっていれば優月は昼寝もせずに一日中ぐずっているし
たけのこハウスに行けば他の子との発達を比べてしまって私が辛くなる
もうどうしたらいいのかわからなかった
暗闇の小さな狭い部屋に閉じこめられているような圧迫感が常にあった
……もう消えてしまいたい
いつしか私の頭には
ただ消えたい
そんな感情が生まれはじめてきた
消えたいといっても
死にたいわけではなかった
まだ幼い優月を置いて死んでしまうなんて
遺された優月を想ったらそんなかわいそうな事はできないと思った
今いる自分を全て消して
新しい自分に生まれ変わりたい
そうすれば
修一も私を見てくれるんじゃないかと思った
でも今いる自分を消して新しい自分に生まれ変わる
そんな方法は私には見つけられなかった
新しい自分に生まれ変われないなら
消えたい……
消えてしまいたい………
私という存在をなかったことにしたい…………
毎日そう思った
今ある自分の存在が許せなかった
この顔も
この腕も
この身体も
この心も
全部……
全部………
明るくなる努力をしていた私も
もうその頃には笑う事すらできなくなっていた
無理に笑おうとすると涙がでてきた
笑いたいのに……
なんで涙が出てくるの………?
自分の身体と心すら思い通りにいかなくなってしまった……
……もうだめだ
私はその瞬間すべてをあきらめた
そしてその日から
消えたい
そんな思いは
死にたい
に変わっていった
どうやって死のうか
いつ死のうか
頭の中はそれだけだった
身体ももう思うように動けなくなってきて
優月の世話をするだけでもいっぱいいっぱいだった
掃除も
洗濯も
修一の食事の用意もできなくなっていた
もちろん笑うことも……
散らかっていく家の中
修一は最初
『何もしないんだったら専業主婦とは言わないな。 ただの居候だよ』
そう言っていたが
だんだんあきらめたかのように何も言わなくなっていった
修一と一言も話さない日が何日も続いた
私ももう話すこともできなくなっていた
今自分が息をしていることすら苦しかった
修一は私の母が家に遊びに来るのをずっと嫌がっていた
『キミだって本当は俺の親に逢いたくないんだろ? だから俺もキミの母親には逢いたくないんだ』
修一は
【自分のテリトリー】
であるこの家に私の母が入るのを嫌った
結婚してからというもの私は必要以外に母と連絡はとっていなかったし
実家に行ったりすることもなかった
そして母が遊びにくるのを修一が嫌となれば私と母が逢う機会なんて全くない
母との仲がもっと近ければ
もしかしたらこの私の異常な状態にもっと早く母は気がついたのかもしれないが
そんな関係だったので私の状況を母は何も知らないでいた
そして優月が1歳になる頃
死にたいと願いながらも
優月のためになんとか一日一日を生き続けている私がいた
食料品などの買い物は修一が個人宅配を頼み始め
その頃私は1000円しか持たされていなかった
もっともお金を持たされていても
とても買い物になんて行ける状態ではなかったのだが。
ある日
『優月の一歳の誕生日をお祝いするにあたってお父さんを呼ぶから』
そう修一に言われた
それは修一とのひさしぶりの会話だった
もしお義母さんが生きていたならば
修一とお義母さんで
『お祝いの食事を何にする?』
とか勝手に仲良く決めていただろう
でもお義母さんはもういない
修一はお義父さんに対して一歩ひいている部分があったから
優月の誕生日パーティの事を相談することもしなかった
だから修一は私に
『何を作る?』
『ケーキはどうする?』
と聞いてきた
たったそれだけの事なのに
その時の私はすごく嬉しかった
修一に必要とされているようで
すごくすごく嬉しかった
今まで頑張って生きていて良かった
そうとまで思えた
本当は頑張って生きていたわけではなく
ただ死ぬ気力もなかっただけだが
それでも生きていて良かったと思えた
その日から私は一生懸命にお誕生日パーティの事を考えた
部屋に飾りつけをしたいな
ケーキはまだ優月は食べられないけど初めてのお誕生日だから頑張って作ろうかな
離乳食でお誕生日メニューってできるかな
大人のメニューは何にしようかな
ひさしぶりに楽しい事を考えることができて本当に嬉しかった
お義父さんが来てくれる事もまた嬉しかった
お義父さんは厳しい人だけれどいつでも中立でいてくれたから……
もしかしたら修一に何かを言ってくれるかもしれない……
そんな期待もあった
そんな期待と
散らかった家を見せられない
そんな思いだけで私はまた家事を始めた
お義父さんが来てくれる事によって何かが変わるかもしれないという希望が見えてきたのだ
お義父さんの存在……
……それは私には最後の光りだった
そしてお義父さんが来るその日
昼頃にお義父さんはこちらに着いた
お義父さんに逢うのはお義母さんの四十九日ぶりだ
『優月~ 大きくなったなぁ』
あの厳格なお義父さんも優月にだけはいつも目を細めていた
不思議なことに
あれほど極度の人見知りの優月もお義父さんにだけは懐いていた
こんなに幼くとも血を感じるのだろうか……
『千春さんもこんなにかわいい子に恵まれて幸せだろう』
お義父さんのその言葉に
お茶を入れている私の手が止まった
『……えぇ… 幸せ……で…す……』
本当は幸せなんかじゃない……
幸せってなに……?
わからなかった
幼い頃から夫婦喧嘩を見て育った私は
仲の良い家族
それに憧れ続けていた
父親と母親が微笑みあい
その真ん中には子供がいて
親子3人手を繋ぐ……
そんな姿に人一倍憧れていたし
それが本当の幸せなんだと思っていた
お金では買えないもの……
……それが幸せ
なのに今の私と修一の姿は
昔あれだけ見たくなかった父親と母親の姿そのもののような気がした
修一がお酒を飲んだり借金をしないだけで
険悪な状況は実家の両親の姿となんら変わりはない
……幸せを求めれば求めるほど幸せは逃げていく
でも……
逃がしたくなかった
こんな状況でも私はなんとか修一とやり直したかった…
『お義父さん…お茶…ここに置いておきますね』
優月を抱くお義父さんの横顔を見たら
私には最後の望みはもうお義父さんしかいないと思った
『私…… どうしたらいいのかわからなくて……お願いします……助けてください……』
私はただその勢いだけでお義父さんの前に滑り込むように膝をつき
頭をこすりつけてそう頼んだ
優月を抱いて遊んでいたお義父さんは
私のその突然の行動にただ驚いていた
『千春さん?! 一体どうしたんだ?! とにかく顔をあげて! 』
お義父さんは何がなんだか分からないような表情をしていた
『私…… 私には無理なんです…… 私はお義母さんのような完璧な母親にも妻にもなれないんです…』
お義父さんはその言葉で私と修一の間に何かがあったと察知したのだろう
『修一に何か言われたのか…?』
お義父さんのその言い方は
“俺は千春さんの味方だから”
そう言ってくれているように私には聞こえた
一番頼りになる人が味方についてくれた気がしたその安堵感と
今まで辛い思いを抱えていた自分が次から次へと思いだされて
私はお義父さんの前で大泣きした
『…泣いていても分からないから…… とにかく話してくれないか?』
お義父さんは優しかった
私は夫婦生活の事だけを抜かして
お義母さんが亡くなってから今まであった事を全て話した
その私の話しをお義父さんは優月を抱きながら
ずっと黙って聞いていてくれた
お義父さんなら分かってくれる……
私はそう信じていた
お義父さんは私の話しを黙って最後まで聞くと
『千春さんの気持ちはよくわかった。修一がお母さんを思う気持ちは俺にも前から目に余ってたんだ』
そう言って
『とにかく優月を悲しませるような事だけはしないように2人で頑張ってくれ』
と優月の頭をなでながら言ってくれた
『お願いします……』
私は嬉しかった
お義父さんは私の気持ちがわかってくれた……
これで本当に何かが変わるような気がした
お義父さんの言葉は
私にどんなに大きな希望を与えてくれたか
言葉では言い表せないほどだった
『優月~ おじいちゃんとお散歩に行こうか』
お義父さんはそう言うと
『千春さんはゆっくり家の事をしていたらいいから』
と笑って優月を抱いて外へ出ていった
お義父さんに話すことで
今まで背負っていた肩の荷がおりたような気がした
私は心の中で本当にお義父さんに感謝していた
私にはお義父さんという味方がいる
……そう思えるだけで心強かった
その夜
修一はいつもより早めに帰宅した
お義父さんに挨拶すると
スーツを脱ぎ
カバンをしまい
手洗いにうがい
そして
チーン
チーン
『お母さんただいま…』
いつもの事
ただいつもと違ったのは
いつもなら30分は仏壇の前に座ったままなのに
今日はすぐに仏壇から離れた
『優月 ただいま~』
優月を抱き上げる
……いつもはそんな事しないじゃない
お義父が来ているからだ………
仏壇の前で30分以上座ってる
私からそう話しを聞いていたお義父さんも
えっ?!
という顔をしていた
優月の事を全くかまわない
私からそう聞いていたのに
修一は今優月を抱いている
お義父さんは私の顔を見ていた
まるで
話しが全然違うじゃないか
とでも言いたいかのように……
優月のお誕生日パーティのための食事をテーブルに並べる私に
『手伝うよ』
修一は自ら手伝いを始めた
私の話しさえ聞いていなければお義父さんの目には
仲のよい家族
なんの心配もいらない幸せな家庭
と映っていただろう
私は
私が嘘をついているとお義父さんに思われているんじゃないかと心配だった
優月のために
みんなでハッピーバースデイの歌を歌った
お義父さんはお酒を飲んだりしながら優月に離乳食を食べさせてくれた
修一もお義父さんも笑っていた
私の笑顔だけがぎこちなかった……
夕食が終わるとお義父さんは優月と一緒にお風呂に入り
優月と一緒にさっさと寝てしまい朝までまったく起きることもなかった
お義父さんが寝た事を確認すると
さっきまであんなに笑顔だった修一もさっさとお風呂に入り
おやすみも言わずに寝室へと入っていった
お義父さんはきっと私が嘘をついていると思ったんだ…
中立の立場なんて言っても所詮は親子……
嫁よりも息子がかわいいに決まってる……
何かを言ってくれると思っていたのに……
修一を叱ってくれとは言わないが
たった一言
『千春さんと優月を大切にしなさい』
そう言って欲しかっただけなのに……
……もうダメだ
私はもうこれ以上生きていたくない
優月はお義父さんには懐いているから
私は必要ない……
…もういいよね?
私は充分頑張ったよね…?
私は自分の携帯を開き
修一宛てに遺書を記し始めた
あえて手紙にしなかったのは
いつ修一にそれを見られるか分からなかったから……
私達は携帯だけはお互いに絶対にみたりしなかった
携帯を覗くのは夫婦であってもプライバシーの侵害だ
修一はそれをいつも口にしていたから
携帯だけは見られない自信があった
美月に逢えるなら死ぬことも怖くない
私が自殺すれば修一にはもちろん迷惑はかかるだろう
それについては申し訳ないと思うが
私が自殺すれば心底反省して今度は優月だけを見つめてくれるんじゃないかと思った
私の事はもういいから優月だけは愛してあげて欲しい……
私の命と引換えに優月を心底愛してくれるならばそれでいい
私は遺書を記した後
それを未送信のまま保存ボックスにいれた
これでいつでも死ねる
少し気持ちが落ち着いた気がした
次の朝
みんなで朝食を食べた修一は
『行って来ます』
そう笑顔で仕事へ出かけた
毎朝の
チーン
チーン
『お母さん今日も一日見守っていてください』
それもいつもなら仕事へ行くまでの時間の許す限り仏壇の前にいるのに
今朝はさっさ仏壇を離れて朝食までの間優月と遊んでいた
お義父さんは日中その事に関して何も言わなかった
それも苦しかった
何か一言でも言ってくれたら私も言えるのに…
『千春さんから聞いていた話しと違う』
それでも良かった
そうすれば
『お義父さんがいらっしゃってるから違うんです』
そう言える
私から
『お義父さんがいらっしゃってるから修一さんはいつもと違う』
とは言いだせなかった
所詮は親子
息子の文句を聞いて嬉しい親なんていない
私から何も言い出せず
お義父さんからも何も言わずに
ただ時間だけが過ぎた
本当に修一に言ってくれるんですか……?
心の中はそれでいっぱいだった
夜になり修一が仕事から戻ってきた
お義父さんは今日の最終電車で帰る
私達はまた一緒にご飯を食べたが
修一は昨日と変わらずお義父さんの前では
いい父親
いい夫
を演じ続けていた
今まで何千人何万人の生徒を見てきたお義父さんが
そんな仮面を被った息子の本当の姿に気がつかないのか不思議でしかたなかった
もっともお義父さんの目には優月しか見えていないから
修一のその姿に気がつこうともしなかっただけだろう
そして修一は最終電車に合わせてお義父さんを車で駅まで送りに行った
『優月~ おじいちゃんまた来るからねぇ』
最後の最後までお義父さんは優月だけしか見ていなかった
『またいつでもいらっしゃってください』
助手席の窓から手を出して
優月と握手しているお義父さんにそう声をかけると
『千春さん しっかりするんだよ』
お義父さんは私にそう言ってきた
そのお義父さんの言葉の意味が私には分からなかった
でも
『わかりました…』
とだけ返事をした
お義父さんは私のその言葉に頷き
そして修一の運転する車でお義父さんは帰っていった
お義父さん……
どうか修一に話してください……
お義父さんの
しっかりするんだよ
の言葉の真意はわからないままだったが
後はもうお義父さんにまかせるしかない
私は祈りにも似た思いで
優月を抱いていつまでもいつまでも遠ざかる車を見つめていた
冬を迎えた寒い夜空の下でずっと… ずっと……
優月は一日中お義父さんに遊んでもらったおかげでお風呂に入れている最中からウトウトと寝始めた
お風呂からあがると優月は満足したようにそのまま深い眠りに落ちた
ガチャッ
……修一が帰ってきた
『…おかえりなさい』
声をかける私に
『これ お父さんから』
修一は私に1万円を渡した
そのお金の意味がわからなかった
優月のお誕生祝いのお金は前に修一がいただいている
『……なんのお金?』
考えてもそのお金の意味がわからずに首を傾げる私に
『これで精神科にかかるようにって言っていた』
……精神科?
………私が?
悔しくてしかたなかった
私はどこもおかしくなんかない
しっかりするんだよ
ってそういう意味だったの……?
悔しくて悔しくて涙がポロポロこぼれてきた
『俺もママは一度精神科で診てもらった方がいいと思ってたよ』
泣いてる私に修一はそう言った
『それで病名をきちんとつけてもらってきてくれ。 これが病気じゃないなら俺が困る』
修一はそう言い放った
病気じゃなければ俺が困るって何…?
私を病気にしたいの?
もし病気だとしたら
私をそんな風にしたのは一体誰よ……
ものすごい屈辱だった
『最近様子がいつもと違うし俺も心配だから一度一緒に精神科に行ってみないか?』
そう言われたのなら
私だって素直に言うことを聞く気になる
実際に私の今の状態は普通の状態ではないことくらい自分でもわかっていた
でも
病気じゃなければ俺が困る
そんな言い方をされたら
『私はどこもおかしくなんかない!』
そう大声で叫びたくもなる
『私はどこもおかしくなんかない! もし病気ならそれは誰のせいよ!』
私は修一に怒鳴った
悔しくて
悔しくて
涙がボタボタ落ちてきた
『そういうすぐヒステリーになる部分とかも見てもらった方がいいんじゃないか?』
私が怒鳴っても修一は冷静に淡々と私をバカにしてきた
『もういい!』
私は手渡された1万円札を投げ付けて
テーブルの上に置いてある携帯だけを手にとってそのまま家を出た
もう何もかも考えたくなかった
ただ修一の前から逃げ出したかった
突発的に家を出てきてしまったものの私には行くあてがない
こんな時に頼りにできる友達もいない
弟夫婦の家は歩いていけない距離ではないが
優月の出産祝いに病院に来てもらったきり連絡もとっていなかったから
こんな事になったからといって今さら頼れなかった
私は近くの公園に行った
情けないし悔しいけどこんな状況でも
もしかしたら修一が心配して捜してくれているかも…
そう期待している私もどこかにいた
お風呂からあがったばかりだった上に上着もはおらないで飛び出したから身体がひどく冷えてきた
でもお金もない
これからどうしよう…
結局私はマンションのロビーに戻った
ロビーのソファにずっと座っていると携帯が鳴った
……修一からのメール
嬉しいような悔しいような複雑な気持ちのまま受信メールを開いた
【優月が泣いてます】
…ただそれだけだった
戻りたくないけれど優月の事を思えば戻らないわけにもいかない
結局私は1時間ほど家を出ただけで家に戻っていった
家に戻ると確かに優月は寝室で泣いていた
泣いているというよりは隣りに誰もいないのが落ち着かないのかグズグズ言ってる状態だった
こんな時は身体をピッタリとくっつけて背中をトントンと優しく叩けば泣きやむのだ
修一だって私がそうしているのをずっと見ていたのだから
そうすれば泣きやむことくらい知っているはずだ
でも私が家に戻ると修一は優月をあやしもせずにリビングでパソコンをしていた
優月が落ち着いた頃を見計らって私はリビングに行き
『父親失格ね!』
そう一言だけ言ってまた寝室に戻った
それを言ったほんの一瞬だけ胸がスッとした
でもまたどうしようもなく悔しくて苛立ってなかなか寝付けなかった
修一は私の言葉になんの反応も示さずにずっとリビングにいて
私がようやくウトウトしかけた頃に寝室に入ってきた
でも何も言ってこなかった……
翌朝
修一の顔が見たくなくていつもより遅く起きると
修一はやはりすでに仕事に出かけていた
朝ご飯を食べた後もある
ふと携帯を見るとランプがついている
携帯を開けてみると修一からのメールだった
【家を出た事でママは俺が心配するかと思ったんだろうけど、俺は子供を置いて出ていけるような母親には不信感しかないから】
私はそれを読むとすぐに携帯を閉じた
やり場のない怒りや悲しみ…そして辛さ…
私はすぐにお義父さんに電話をかけた
昨日修一がお義父さんに何を言ったか知らないが
このメールは証拠になる
私の言っている事は正しいと伝えたかった
そしてもう一度修一に話しをして欲しかった
『もしもし高森です』
お義父さんが出た
『おはようございます 千春です…』
いつもならばお義父さんは必ず
『優月はもう起きたかな?』
『優月は朝ご飯を食べたかな?』
とまず一番最初に優月の事を聞いてくるのに今日だけは違った
『一家の主にむかって“父親失格”とはどういう事なんだ!』
お義父さんはもう昨日の事を知っていた……
『あの……それは……』
説明しようとするが言葉が出てこない
『優月を置いて家を出るなんて何を考えているんだ! 修一を父親失格というのならあんたは母親失格じゃないのか!』
お義父さんはひどく怒っていた
怒鳴りはしないものの
その言い方には恐ろしいほどの威圧感を感じる
『……あの ……私 ……』
恐怖で涙がこぼれて言葉が出てこない
『きちんと説明しなさい! 泣いてたってわからないでしょう!』
お義父さんは私に説明を急かすが
私は上手に説明できずに
『あの… 精神科に行くように言われて…… それで……』
『夫が妻の状態を心配するのは当然でしょう! 俺も修一が昨日の帰りにそう心配するからあんたのためにお金を出したんだ!』
……お義父さんが精神科に行くように言い出したんじゃないの?!
昨日の修一の口ぶりでは
お義父さんが私に精神科に受診するように言い出した
そんな口ぶりだったのに……
何がなんなのか
何が本当なのか
さっぱりわからなくなり私の頭はなおさら混乱していった
『修一だって悪いところはあるかもしれない。でもあんたにも原因はたくさんある! 食洗機だってあんたが家事をやらないから買わされたと修一は言っていたぞ! 修一はちゃんとあんたをサポートしてるじゃないか!』
『…あれは ……あの食洗機は……』
『サポートしてもらってるんだから妻としてもっときちんと夫をたてなさい!』
お義父さんは私に説明を求めるわりには
私の言葉をさえぎっては一方的に私を責めていた
……食洗機は違います
……あれは修一がお義母さんのために買ったんです
私のためなんかじゃありません
そう言いたかったのにお義父さんは最後まで聞いてくれなかった
『……すみませんでした 私が悪いんです』
もう理不尽な事で責められたくなくて
早く電話を切りたくて
私はただひたすら謝った
お義父さんはそれでも私を責めていたが
全部私が悪いことになってもいいから
とにかく早く電話を切りたかった
しばらくして
『うわぁぁん』
目を覚ました優月の泣き声がお義父さんにも聞こえたのか
『千春さん!とにかくしっかりね!』
優月の泣き声で冷静になったのか
そう言ってお義父さんは電話を切った
泣いている優月をあやしながら
私はもう何がなんなのかさっぱりわからなくなっていた
食洗機を私に買わされた……?
精神科の受診は修一から言い出したこと…?
昨日の夜の事を今朝もうお義父さんが知っているという事は
昨日の夜中に修一がお義父さんにメールでもしたのだろう
それも自分にはまったく非のないように伝えたのだろう…
溜め息しか出てこなかった
もう疲れた……
結局誰も私の味方になんてなってくれない……
そうやってみんなで私を悪者にしたらいい
私はもうこの世からいなくなるんだから……
私は泣きながら今夜自分の命を絶つことを決心した
修一の帰ってくる直前の時間に飛び降りよう……
修一に一番最初に見つけてもらいたい……
たとえそれが私の人生の最期の姿だったとしても
修一が私を見てくれるならそれでいい
…私を見てくれればそれでいい
死を決意した私は実家の母に電話をすることにした
最後に話しておきたかった
私が命を絶つ理由をそれとなく気づいてくれるだけでいい
お母さんのせいじゃない
修一との関係が悪かったせいだと知ってくれたらそれでいい
私は母に電話をかけた
『もしもし』
何も知らない母は普通だった
『お母さん? 今何してた?』
私も普通にふるまった
泣いたりしないで
よくある夫婦の愚痴のように普通に私は母に修一の事を話した
泣いたりすれば
私がこれからしようとすることを気付かれてしまうんじゃないかという警戒もあった
『じゃあ優月と千春と私で気分転換に今度どこかに出かけようか(笑)』
私のそんな思惑通りに母もまた普通だった
『……お母さんありがとうね』
私は母に今まで育ててくれた感謝の気持ちを伝えた
『いいわよ~(笑)』
もっとも母はそんな私の気持ちにはちっとも気がついてはいなかったのだが
お母さんごめんね……
私がいなくなっても悲しんだりしないでね……
優月のおばあちゃんでいてあげてね……
優月をよろしくお願いします………
私は涙を最後までこらえて電話を切った
その日
私はとにかく優月とよく遊んだ
しばらく行ってなかったたけのこハウスにも行った
優月は1歳になってやっとハイハイをするようになった
ひさしぶりに逢う寧々ちゃんと紗璃ちゃんはもうヨチヨチと歩いている
今までなら他の子と発達を比べて苦しくなったりしていたが今日はそんな事はちっとも思わなかった
優月は優月のペースでいいんだよ
ゆっくりゆっくりでいいんだよ……
何度も抱きしめた
家に戻ってからは一緒に昼寝もした
昼寝をしてからまた遊んで
何度も抱きしめて
何度もキスをした
ごめんね……
ママを許してね……
ママがいなくなっても悲しんだりしないでね……
明るく毎日を過ごしてね………
ママはお空でずっと見守っているからね………
涙で優月の顔がぼやけて歪んでいる
『ゆ…づき…… ママをゆるしてね…… 』
涙があふれてとまらない
私のこの命に未練があるとすれば
それは優月のことだけ……
ごめんね……
ごめんね………
優月を強く抱きしめてたくさん泣いた
夕方
私は修一にメールをした
【今日は何時くらいに帰宅しますか?】
ただそれだけのメールを送信した
私にとって心配なのは優月のこと
いつ泣いて私を捜すかわからない
私を捜す優月の姿を想像するだけで辛かった
修一が帰ってくる時間に命を絶てば
優月が1人の時間は少しで済む……
それに私はやっぱり誰よりも先に修一に私のことを見つけて欲しかった
こんな状況でも
やっぱり私は修一に私だけを見て欲しい
……だから修一の帰ってくる直前に命を絶ちたかった
しばらくすると修一からメールがきた
【8時半です】
送られてきたメールもただそれだけのメール……
……後2時間半
私は優月に夕食を食べさせた
今日は優月の大好きなかぼちゃの煮物と軟飯に茶碗蒸し
それにデザートにはバナナもある
優月は喜んでパクパク食べていた
……これからもたくさん食べて大きくなるんだよ
……たくさん食べて風邪ひいたりケガしたりしないようにね
ママの味覚えていてね……
そんな思いをこめて
優月が一口食べるごとに優しく頭をなでていた
夕食の後
お風呂にもゆっくり入った
優月はお風呂が大好きだったが
いつもは優月をのぼせさせるのが怖くて身体があたたまったと感じたらすぐにお風呂からあげていた
でも今日は優月の気の済むまでお風呂にいれてあげた
アヒルのオモチャで遊んだり
背泳ぎのマネごとをさせてみたり
優月もキャッキャと声をあげて笑っていた
この笑い声にどのくらい慰められて励まされただろう……
この笑い声は
どんな素晴らしい音楽より
どんな為になる講演よりも
私に希望を与えてくれていた
泣いていても不思議と笑顔になれる
イライラしていても一瞬で笑顔になれる
そんな魔法の笑い声
この笑い声を聞けただけで私は幸せだ
…ありがとう優月
……生まれてきてくれてありがとう
ママの分も幸せになってね
いつも笑顔で明るくいられるようにママお空から見守っているからね………
上機嫌でお風呂に入る優月を私はずっとずっと見つめ続けた
お風呂からあがると
優月は私のおっぱいを吸いながら幸せそうに眠りにおちた
……ごめんね
……弱いママでごめんね
……ママ頑張ったんだけど無理だった
……ママみたいな奥さんを“ゆうせきはいぐうしゃ”って言うんだって
なんなんだろうね
わかんないよね……
弱いママでごめんね…………
私の胸に顔をうずめながら眠る優月の頬が私の涙の雫で濡れる
……ごめんね
……ごめんね
お空からお姉ちゃんとおばあちゃんと一緒に優月を見守っているからね……
許してね………
私の涙に頬を濡らしても目を覚まさない優月を寝室へ連れていく
時計を見ると8時少し前
天使のような寝顔
柔らかい髪を撫でる
……何が悪かったんだろうね
……ママ頑張ったんだけどな
……優月のお姉ちゃんが死んでしまってからママずっと自分を責めていたの
……でもそれだけじゃパパは許せなかったんだね
……優月のおばあちゃんとお姉ちゃんを殺したママが憎いんだって…
………悲しいね
寝ている優月の背中を優しく叩きながら
ずっとずっと涙をぬぐっていた
何が悪かったのか
どこから歯車が狂ってしまったのか……
それを考えてももうどうにもならないし
考えることすら疲れていた
『優月…… ごめんね…… パパとおじいちゃんにかわいがってもらうんだよ…… 幸せに……誰よりも幸せに…なるんだよ……』
この愛しい優月を抱きしめていると
もっと生きて優月の成長を見守っていきたいという感情が湧いてくる
『優月…… ごめんね…… ごめんね…… 愛しているよ……』
寝息をたてている優月の頬にキスをした
ふと
“自殺をすると地獄に行くよ”
幼い時に祖母から聞いた言葉を思い出す
幼い頃祖母に読んでもらった絵本
題名は忘れたが天国と地獄の様子が書いてあった
幼い私には絵本に書いてあった地獄の様子が恐ろしくてたまらなかった
その絵は鬼が大きな鎌や棒をもって釜の中に閉じ込められている人間を見張っていた
そして地獄にいる人間はみな苦しそうな顔をしていた
強烈なその絵は大人になった今も脳裏にこびりついている
……私は地獄に行くのかな
……地獄に行くのは嫌だな
今さらだけどこの状況になっても
それを思いだして恐怖を感じる自分がいた
……生きていても地獄
…死んでも地獄
幼い頃から夢見ていた暖かい家庭
私なりに努力はしてきたつもりだった
贅沢したいわけじゃない
多くを望んだわけでもない
ただ私は明るく暖かい家庭を築きたかっただけなのに…
私を優しく見つめる修一
修一を心から信頼する私
小さな手を繋いで歩く私達……
そんなささやかな幸せが欲しかっただけなのに……
そんな小さな幸せすら手にできなかった
優月に与えてあげることができなかった…
……このまま生きていても地獄の日々からは抜け出せない
それならいっその事
美月に逢えるかもしれない
まだ見ぬ世界にそのわずかな希望を抱いて死んでしまった方がいい……
生きていても何も希望は見えない……
何も……
あるのは暗闇だけ……
私は眠っている優月からそっと腕を抜いた
『愛しているよ…ずっと…ずっと』
優しく頬にキスをして
涙をぬぐってベッドを降りた
…もう行かないと
テーブルに置いた携帯を持って
静かにリビングの窓をあけた
ベランダに出ると真っ暗な空から無数の粉雪が舞い降りている
まるで花びらのように……
首が痛くなるほど私はその花びらのような粉雪を見上げていた
美月……
今行くよ……
やっとあなたに逢える……
あなたと同じ魂となって
永遠にあなたのそばにいるよ……
天国と地獄
もし住む場所が違っても
いつの日かママは美月の近くにいけるように頑張るから……
空を見上げたまま
目を閉じて
美月に想いを伝えた
……修一
あなたは私がいなくなって何を思うんだろう……
お義母さんが亡くなった時のように悲しんでくれますか?
それとも
優月を置いて逝った私を恨みますか…?
私はあなたに愛されたかった
ただそれだけだった
…でもあなたが愛したのはお義母さん
お義母さんに求めることのできない欲求だけを私に求めていたんだよね……
それがあなたが私と結婚した本当の理由……
あなたもそれにだけは気づかなかったよね……
それを知ってしまった私は
あなたの求めに応じることができなくなってしまった……
でもそれもあなたにとっては
私に責任があると思い続けるんだろうね…
修一……
私はあなたに恨まれてもいい
でも……
優月の事だけは大切にしてあげてください
優月は私達の希望の光……
その光を消さないで……
修一…
優月をよろしくお願いします……
私は携帯の未送信のメールを開いた
後はもうこのメールを修一に送信してしまえば
私は飛び降りるだけ…
送信のボタンをひとつ押してしまえばいいだけ……
私は大きく深呼吸をした
美月……
今行くよ……
覚悟はしているつもりなのに
いざとなると指が震えてとまらない
“ママ 死んじゃダメだよ… 頑張って ”
一瞬
ほんの一瞬だけど確かに心の中で声がした
それは多分美月ではない
自己防衛が働いているだけ……
それをいかにも美月の言葉のように言っているだけ……
……でも
美月の声だと思いたかった
だから何度も何度も心の中で格闘しても送信ボタンが押せなかった
“ママ 絶対に死んじゃダメ”
また心に広がるその声……
私の決心が揺らげば揺らぐほど
私の心にたたみかけるようにその声は頻度を増していく
“ママ 死なないで”
“ママ 死んじゃダメ”
“ママ…”
“ママ………”
その声は私の思いが入り込む余地もないくらいに心の全てに広がっていく
ボタン押さなきゃ…
早く……
早く……
………押せない
………押せないよ
早く送信のボタンを押して飛び降りなきゃと焦りを感じる自分
美月の声であるはずもないのに美月の声だと信じて飛び降りるのをとめている自分
6階から地上までの高さに恐怖を感じる自分
一体どの自分が本当の自分なのか
どの自分の気持ちを選択すればラクになれるのかわからなくて苦しかった
どのくらいの時間ベランダにいただろう
早く飛び降りなきゃ………
怖い………
死にたくない………
美月………
優月………
『うわぁぁん』
優月の顔が私の瞼に浮かんだ瞬間
寝室から優月の泣き声が聞こえてきた
『………!』
その泣き声で私は我にかえった
雪の中ベランダにいたせいか身体は冷えきっておもうように身体が動かない
自分のしようとしていた事の現実に恐怖すら感じた
泣いている優月のもとにすぐに行きたいのに私は腰をぬかしたようにヘナヘナと座りこんでしまった
情けなかった
死ぬことすらできない意気地のない自分も
こんなに幼い優月を置いて自ら命を絶とうと考えた自分も
情けなくて許せなかった
お義父さんの言ったように私は……
………私は母親失格だ
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