富田さくら
『富田さん。中へどうぞ』
富田さくら22歳。彼氏はいない、結婚もしていない。社会人2年生の、暇とお金を持て余した、どこにでもいるOL。
そんな私が今いるのは産婦人科。
富田さくら…実話まじりのフィクションです。性に関して不快な点が多々あると思います…
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『そっかそっか。んじゃ、今日はカップラーメンじゃなくて焼きそばをご馳走するよ』
『どうせお湯入れるだけのヤツでしょ❓』
『その通り‼コンビニ寄っていこう』
私達は笑いながらコンビニへ向かった。
『いらっしゃいませ』
私はこのコンビニに2・3度来たことがある。薬を飲む前に何か食べないとと、おにぎりとお茶を買った時。
その時はブルーな気分だったが、今日は店員さんに会釈してしまうほど気分が晴れていた。
私は雑誌コーナーでファッション誌を立ち読みし、その間に男は会計を済ませていた。
『もう買ったん❓私も何か買うから待ってて』
私はお茶とお菓子とアイス、コーヒーにタバコを買い、雑誌コーナーで待っていた男の元へ行った。
男はエロ漫画を読んでいた。
そしてそれを買おうとレジへ持っていき、会計してた。
『女連れてる時普通買うかよ❓』
『だってさ、あのコンビニ、この時間帯で男の店員って珍しいんだよ』
帰りながら男事情を語られたが、'私にはバレてもいいんかよ❓'なんてヤキモチ❓妬いていた。
家に着き、私はアイスを食べながらお湯を沸かして一服している男の後ろ姿を見つめていた。
『ご飯の前によく甘いもの食べれるね』
…そういえばそうだ。私は基本、甘い物は食事の後主義(みんなそうですよね❓)なのに、何故か食前アイス…
前回抱き付かれて寝ていた事や、別れ際この男の様子が暗かった事などがあり、私は少し緊張していて、何かしておかないと落ち着かない感じだったから、とっさにアイスに手を出していたんだと思う。
『治ったよ。クラミジア』
『君の明るい顔を見てすぐにわかったよ。よかったね』
そう言ってくれて、すごく嬉しかった。
私達は焼きそばを食べ終え、ベッドに横になった。前回と同じ、私は後ろから抱き付かれた状態だった。
なんだか安心できる場所をやっと見つけた、そんな気がして、この男との出会いに感謝した。
『そう言えばさ、初めて会った時の'やっぱり君だったんだ'ってどういう意味だったの❓』
『……💤💤』
寝てるし…
私は私の腰に置かれた男の手をそっと退け、タバコを吸いに換気扇の下に行った。
そう言えば私この男の名前知らない。携帯番号も。職業も年齢も…何もかも知らない。なんだか急に焦りだした。が、タバコを吸い終える頃には、知らなくても私はこの男に救われた事に違いはない。別に知らなくても問題ないか、と思っていた。
私は眠っている男を横目に、さっき買っていたエロ本を見てみた。
AVの紹介写真がメインだったが、私には経験のないようなプレイばかり(どんなプレイかは御想像にお任せします)なんだか気持ち悪くなり本を閉じた。
夜の10時になり、私は明日も仕事だし、そろそろ帰ろうと男を起こした。
『もう帰るね』
『ゴメン💦俺寝てたね』
別れ際って、次はいつ会えるのか、とか、また電話するね、とか、話すんだろうけど、私達のお別れの挨拶は『またね』だけだった。
それで十分だった。
病気も治ったし、いままで遅刻や休みを繰り返してきた分、仕事頑張らないと‼
私は今まで残業なんてせず、定時で真っ直ぐ帰るタイプだったが、
ちょうどこの頃、出来婚で退職する予定の二つ年上の万里子という先輩がいた。引継ぎがてら雑用なんかも全て私が引き受け、妊婦である先輩がなるべく早く帰れるように、私は2・3時間残業するようになった。
『おいさくら。最近頑張ってるな』
主任が言う。
『はい。万里子先輩妊婦なのに臨月ギリギリまで頑張るって言ってますもん。私も頑張らないと💪』
『そうだな。上原(万里子先輩の名字)がいなくなったらこの課ではお前がお局様だしな笑』
入社して二年しか経っていないが、私以外は皆一年後に入社した子達ばかりで、中には大卒での入社で私よりも年上の子もいたが、社内での態度のデカさは万里子先輩の次に私が一番だった。
『ここは大奥かい‼』
私は主任に突っ込んだ。
『んじゃ俺は殿様か❓』
『殿は戦もなく暇そうなんでコレお願いしま~す』
私は書類のファイリングを押しつけた。
『へいへい』
主任は面倒臭そうにファイリングしていた。
『そういえばさくら。女の事情のなんたら~ってヤツは治ったのか❓』
性病の事だ…
『おかげさまで✌遅刻に休みにその他モロモロすみませんでした』
心配してくれてたんだ…
主任は昔この会社の違う課にいた女性と結婚し、その女性は出産を期に退職しているから私は見た事ないが、今じゃ3人の子供と奥さんのお腹にもう一人…この少子化の時代には珍しく子沢山。主任はいつも幸せそうに子供や奥さんの話をしていた。
結婚や子供に興味無かった私に主任の話はつまらなく、右から左へ流していたが、家族を大事にしている事は分かっていた。
家族想いだし、部下にも気をかけてくれるし、会社の飲み会で二次会後、男達のお遊びにも参加しない、本当これぞ理想のパパなんだろな…なんて思いながら、せっせと書類をファイリングしている主任を見ていた。
『殿、正室がお呼びですよ‼早く帰りましょう。』
『はぁ❓何言ってんだ❓』
『奥さん、妊娠中なんでしょ❓早く帰って家事手伝ってください』
『心配しなくてもうちは同居だからな』
『いいからいいから』
そう言って主任を帰らせ、私も仕事を終え、家に帰った。
弟の剛は高校生になり、目標があるとかでアルバイトを始めていて、家には10時頃帰ってきていた。残業を始めてからの私の帰り時間は9時前後だったので、私が10時に寝てしまえば母と弟の間に気を使うこともなかったから、平日は室見川には行かず仕事を終えたら真っ直ぐ家に帰るようにしていた。
あの男の仕事情報を得た。内容は知らないが、休みは水曜と日曜。
私は月①ペースで土曜の夜から男の家に行き、日曜の夜まで二人で過ごしていた。
クラミジアが治り、半年が過ぎた。私とあの男は、相変わらず名前も連絡先も、職業も年齢も知らないままで、体の関係も無かった。ベッドで抱き合うだけで…心が満たされている…それがずっと続くと思っていた。
万里子先輩がいよいよ臨月に入り、今日は退職する日だ。
私達はお金を出し合い、素材の良いよだれ掛けやおくるみ、パンダの着ぐるみのような可愛らしい洋服、ニットの帽子などを、そして大きな大きな花束をプレゼントした。
先輩はとても幸せそうに笑っていた。
『万里子先輩‼出産ファイト‼なんなら私、立ち会いますよ❓』
『残念。立ち会いできない産婦人科ですぅ~できてもさくらには頼まないし😜』
『でも面会行かせてもらいますからね💕』
『待ってるよ~』
そして先輩は赤ちゃんグッズと、大きな花束を抱え、退職していった。
万里子先輩の影響か、少し結婚願望が目覚めてきた。
でも相手いないし…
あの男は私の理想の結婚相手ではない。
私に対して壁を作っているように思えるから…
ただ優しい表情で私を見てるあの男…何か裏があると感じていた。
それでも月に①度は会いに行ってしまう。
私は男に対して一歩踏み出そうとしていた。
男に会いに行く土曜日、私は昼過ぎ三時頃起きて、シャワーを浴び、いつもより念入りに化粧をする。
手首には毎日欠かさず付けているTの香水。
自分へのご褒美として、ボーナスで買った大きめのブランドバッグにスウェットや下着、化粧品。お泊まりセットを詰め込み、家を飛び出し電車に乗り込む。
地下鉄へ乗換えれる駅で降りて、暇潰しのウィンドゥショッピングがてら友達が働くショップに寄る。
何を買うわけでもなく、他愛もない話。
そして地下鉄に乗り、室見川へ…
いつもの場所で4・5分待ってるとあの男が迎えにくる。とてもとても優しい表情で。
いつものようにベッドの中で後ろから抱き付かれながら、正面にあるテレビを眺めていた。
私は思い切って男の方を向き、目を合わせた。
男の唇に2・3度軽くキスをし、舌を入れ、ディープキスを始めた。右手で男の太股からじょじょに股を攻め、大事なモノを触った。
勃っていた。
そして、マグロの様にじっとしていた男は、急に私の上に乗っかり、口から胸、お腹…優しく優しく全身を愛撫してきた。
私達は初めて体を重ねた。
今までの性経験では味わったことのない'イク'という快感。
セッ○スって、こんなに気持ちよくて、こんなに体も心も満たされる行為だったんだ…
初めて知った。
私は、しばらくベッドの中でボーっとしていた。
やっと一歩踏み出せた、と思っていた。
男は隣りで寝息をたてている。
私はベッドから出て、一服しながらテレビを付けたが、頭の中が男の事でいっぱいで、テレビの内容がまったく頭に入ってこない…テレビを消して、男の横に戻り、私も寝た。
万里子先輩から
『無事昨日産まれました✌』
と、メールをもらった。
会社のみんなでゾロゾロと面会に行くのも逆に失礼と思い、私と、三咲ちゃんという後輩(といっても私より一つ年上)、代表して2人で面会に行くことにした。
私達は途中、万里子先輩も絶賛していた市内で超有名なチョコショップにより、ケーキやクッキー、一粒200円くらいするチョコレートなど…お菓子に一体いくらかけるつもりだってくらい山ほど買って行った。
『まりちゃ~ん💕お疲れ様で~す』
先輩がいる個室へ入りながら小声で言った。
『さくら~‼三咲ちゃんも来てくれたんだ⤴見て見て。私の赤ちゃん💕』
……赤ちゃんってこんなにちっちゃいんだ。すごくかわいい…
私は室内に設置されている洗面所で手を洗い、赤ちゃんを抱っこさせてもらった。
小さな小さな赤ちゃんは、目を瞑っていたが、アクビをしたり、口をゆっくりパクパクしたり…とにかく一つ一つの動きがすごい可愛い。
『鼻がまりちゃんに似てる~』
『でしょ~この子は私に似て美人になるよ』
万里子先輩は、出産後で疲れが顔に出ていたが、本当に幸せそうに笑っていた。
『まりちゃんの好きなチョコ買ってきましたよ~。ケーキもあるんで、冷蔵庫入れときますね💕』
私はもっと居たかったけど、こういう時って早く帰るのが常識、と、耳にタコができるくらい主任に言われていたので、10分ほどで帰った。
先輩が退院してから、私は頻繁に先輩の家に遊びに行くようになった。
万里子先輩の旦那さんは土曜も仕事だったので、男と会わない土曜は先輩の家にいた。
ちょっと迷惑かな❓とも思ったが、私が来るから、と、手の凝った料理を振る舞ってくれる先輩。結婚には付き物という姑とのバトル内容や愚痴…育児の大変さや子供の成長などなど、'さくらが来てくれると話相手してくれるし私もストレス解消になる'と言ってくれていたので、遠慮なく遊びに行っていた。
それと同時に、男への執着心も出てきた。
体の関係をもった頃かな…
男のプライベートが気になるようになった。
私の推定だが、男の歳は30前後。仕事はおそらく頭を使う職業…なにせこの男の部屋は二つあり、一つの部屋はパソコンが設置されたデスク。難しそうな本がズラリと並ぶ本棚に壁一面占領されていたから。
それに、この辺で実家ではなく一人暮らしをしているという事は、おそらく大学に通う為に地方から出てきて、その延長でここに住んでいるのだろうと思った。
近くに県でもトップクラスの私立大学があったから。
ある土曜日の夜、私はあの男の部屋にいた。
エッチ後、スヤスヤ眠っている男の横で私は腹痛で苦しんでいた。
ヤバい…便秘してた💦
トイレにこもり、やっとこさ用をたすことが出来、腹痛から開放された私だったが、また焦った。トイレットペーパーを使いきってしまっていた。
新しいペーパーロールを探す為、トイレ内に設置されている収納棚を開けてみた。
何これ❓
その収納棚にペーパーロールのストックはあったが、それとは別に、写真立てと、一冊のノート、白い固形の何かが入っている小さな瓶。そして…私のお気に入りのTの香水が置いてあった。
📩なみえ様へ📩
楽しく見ていただいているなんて…すごく嬉しいです💕
今の生活上、レスが深夜になってしまいがちですが、毎日少しずつでもレスしていきますので最後までお付き合いよろしくおねがいします🙇
ありがとうございました❤💕
写真立てには23・4歳であろう、今より若いあの男と……横に笑顔がとても素敵な女性が写っていた。
なにこの女の人…髪型や目つき、面長な輪郭…なんとなく雰囲気が私と似てる気がした。
そして、横に写る男の顔…私はあの男がこんな無邪気な顔するなんて知らない…
心臓が締め付けられるような…とても苦しくて手が震えてきた。
深夜12時。男は寝ている。きっと朝まで起きないだろう。
私は'いけない'と思いながらも、ノートを開いてしまった。
'平成8年6月 私と洋介は同棲を始めた。
家事頑張るぞ‼'
'平成8年9月 洋介と喧嘩した。私の気持ちもわかってよ…'
'平成9年12月 クリスマスイブ、洋介にプロポーズされた。すごく嬉しかった。'
'洋介'私はこのノートで初めて男の名を知った。
ノートにはまだまだたくさん彼女の日記が書かれていたが、その日記は平成8年から始まり、平成10年3月で終わっていた。
別れたのかな…❓いや、別れているならこのノートはここにはないはず…
小さな瓶の中の白い固形…
亡くなってるんだ‼
その固形はおそらく骨だろう。私は人間の骨を見た事なかったが、確信した。
そしてTの香水はきっと彼女が愛用していたものだろう。
量が半分以上減っていた。
なんだかとても苦しかった。心臓がカラカラに乾いたような、ドンと殴られたような…何とも表現しにくい苦しみ…
私はノートを元の位置に戻し、使い切ったロールペーパーを補充してベッドで寝ている男の横に潜り込んだ。
そして男を強く強く抱き締めた後、寝ているにもかかわらずパンツを脱がせ、大事なモノにしゃぶりついた。
男は起きてビックリしていたが、ジッと私の愛撫を受け入れていた。
男は私の口で果てた。
私はウガイをしに洗面所へ行き、涙で汚れた顔も一緒に洗いながした。
『おなかすいたからコンビニ行ってくるね』
そう言って財布を小脇に抱えてコンビニまでダッシュした。
別におなかなんて空いていない…私はコーヒーとタバコとライターを買い、室見川の、いつもとは違う、男の部屋からは見えない場所に座り込んだ。
飲み干したコーヒー缶を灰皿代わりに、もう何本目だろう…タバコの吸いすぎで気分が悪くなってきた。
男の家に戻った。
男は寝ていた。そりゃそうだろう。今日は2回も果ててるから…
私は男の顔を見つめた。小さな顔、色白で長いまつ毛、瞑ってる瞼にホクロを発見した。
見慣れていたはずの男の顔…ずっと見ているうちに、一瞬'この人誰❓'なんて錯覚し始めていて、なんか自分が怖くなってきた。
結局私は一睡もできず、朝をむかえた。
男が起きた。まともに顔を見れない…
感情を隠せない私は、ずっとうつむいていた。
言わなくちゃ…見てしまった事…でも言えなかった。
いつもは夜まで男の家にいる日曜日。
この日は用事があるから、と昼前に出ていった。
男は何を聞いてくるわけでもなく、ただ心配そうに私を見ているだけだった。なんだか悲しかった。
月曜日、また一週間仕事だ…やる気が出ない。私はミスを繰り返した。ヤバいとは思っていたが、反省もできずに、同じようなミスが続く。
木曜日。
『さくら‼いい加減にしろ‼』
主任の怒鳴り声がオフィスに響く。
『お前ちょっとこっち来い‼』
私は休憩室に呼び出された。
『お前今週ずっとおかしいぞ‼同じミス何回も繰り返すし、もう少し気合い入れんか‼だいたいお前は喜怒哀楽が激しすぎる。何があったか知らんが、プライベートを職場に持ち込むな‼』
いつも怒鳴ったりしない主任は顔が鬼になっていた。当たり前だ…
『すみません…』
ヤバい、泣きそうだ…
私はうつむいていた。
『もう今日は帰れ。どうせ有給余ってるだろ❓明日まで休んでいいから頭冷やせ。』
『明日休んだら私三連休です。』
『いいから‼とっとと帰れ‼』
私は帰る事にした。
後輩のみんなが心配そうに私を見ていた。
会社を出て、近くのネットカフェに寄ってみた。初めて来た。
登録書に個人情報を書き込み、店内の説明を受け、部屋まで案内された。
せ、狭い…
イスに座り、シーンとした店内に緊張しながら、メニューを眺めていた。
飲み物が飲み放題なんだ…
コーヒーを取りに行き、一服しながらパソコンを起動し、今の私の気持ちをワードに書き込んだ。
書き込んでいるうちに、なんだか頭がスッキリしてきた。
明後日、土曜日。男に会いにいこう。トイレの棚を見た事、ちゃんと言おう。
おそらく男は'私'ではなく、亡くなった彼女を見てる。きっと。
ちゃんと聞こう。
土曜日。いつものように3時過ぎに起きて準備した。
Tの香水はつけなかった。
お泊まりグッズも持っていかない。
車で室見川まで向かった。
6時頃、私はいつもの場所で待っていた。
男は5分後に迎えにきた。
部屋に入り、話を始めた。
『あのさ、この前トイレの中のヤツ見ちゃったよ』
『…。』
『ごめんなさい。見るつもりなかったんだけど…』
それから男はまるで準備していたかのようにペラペラ話始めた。
私が想像していたとおり…写真の女性は男と婚約していたが、交通事故に遭い亡くなってしまった。まだ結婚していなかったから葬式は女性の実家で、もちろん墓も。男は女性の両親に頼み込み、骨をひとかけらだけ分けてもらい、瓶に入れた。
Tの香水、女性が愛用していたもので、そのにおいをかぐと、女性がそばにいる感覚に陥るという。
悲しくて悲しくて立ち直れない…そんな時、室見川を歩いていると同じ香りがして、その香りの元をずっと探していた。
ある日、窓の外を眺めていると、女性そっくりの女が座っているのが見え、一瞬生き返ったのかと思い、その女の元へ行こうとしたが、そんなわけはない、と、我に返り、ジッと窓から見るだけに止どまっていた。
寂しさを紛らわせる為に風俗に通うが、のち、性病をうつされ、通うのを辞めた。
完治した頃、よく窓から見かける女性そっくりの女に思い切って近付いてみようと思い、声をかけた。
その女からはTの香水の香り。'やっぱり君だったんだ'
よく見ると顔は全然違うが、髪型や輪郭、背丈や体の肉付、一番に同じ香りがする…
後ろから抱き付いているとまるで女性が生き返ったようだ…
つまり、男は'さくら'を、亡くなった彼女の替え玉として愛していた。
婚約者を亡くした息子を想い、田舎の両親は見合いを勧める。早く田舎に帰ってこい、と、催促の電話が、たまにかかってくるそうだ。
まだ男にはこの町を離れられない。彼女との思い出を捨てきれないのだと。
今の私に男の気持ちなんて考えれる訳がなかった。
私は男の話に、少しでも私自身を見てくれているという証しがあるか探したが、そんなもの一つもなかった。
『私は富田さくらだから。あなたの亡くなった彼女とは違うから』
そう言って家を飛び出し、ここにはもう2度と来るまいと誓った。
優しい表情で、私を、さくらを見てくれていると思ってた…その表情の奥には亡くなった彼女を思う切なさが隠されていたなんて…
私…とんだ勘違いしてたんだ…
車に乗り込み、とにかく走らせた。涙で前がぼやける…腕で涙を拭き取った。何回も、何回も。
車内はコンポにセットしてあるリルキムのHip Hopのビートに包まれていた。私は音量を最大にした。心臓の音に近いこの低音で、勘違いしていた自分を書き消す為に。
ヤバい…ここどこ❓
一時間くらいだろうか…何も考えずに車を飛ばしていたせいか、全然知らない場所に来ていた。ただでさえ方向音痴なのにどうしよう…
海水浴場❓ちょうどいい。時季外れだから誰もいない。
私は車から降り、履いていたミュールを手に持って裸足で浜辺を歩いた。
誰もいない事をいいことに、砂浜をベッド代わり、腕を枕代わりに、仰向けに寝てみた。
夜8時を過ぎている。真っ暗な空だ。
波の音しか聞こえない。
この地球に私一人しかいないのかと思わせるくらいに、視界には空以外何もない。
私は一つの星をずっと見ていた。
『星はゴミの固まりなんだよ』
いつか誰かに聞いた事があるが、そんな陰口に対抗するかのようにキラキラと輝いていた。
お腹空いた…
今までの失恋の数々の中でも一番苦しくて食べ物も喉を通らないくらいだ…とか思っていたが、やはり人間、腹が減っては戦はできぬ。こんな時でもお腹がグーグー鳴っていた。
コンビニでも探そうと車に戻り、エンジンをかけるとスピーカーから爆音。
音量上げてたの自分なのに、すごいイライラした。
コンビニが無い…ってか、ここら辺、山と海しかない…暗いし車通りも少ないし、帰り道わからないし…どうしよう💦
私はまた適当に車を走らせた。
とりあえず栄えた感じの道に出ればなんとかなるだろう。
落ち着いて運転する事にした。
やっぱり私の恋なんて上手くいかないんだ…あの男には期待していなかったが、いつかは夢見た'お嫁さん'私には一生無理な気がした。
走らせる車はのち、明るい街に出てなんとか知ってる道にたどり着いた。
男のアパートが建つ室見川を右に横切る。
辛いけど、本当に苦しいけど…今までありがとう。さようなら…
次の日、私は髪型を変えた。ロングで縮毛矯正をかけたストレートのワンレンだったが、前髪をバッサリ切った。デジパをあて、雑誌でハヤリの'神戸巻き'にしてみた。茶色にカラーリングしていた色も、もっと明るい茶色に。
茶色のカラコンを買った。
なんだか不思議な目になった。
そして…私に似合う香りを探しにCKの香水専門店に行った。
『お客様の雰囲気に合う物をお持ちいたしました。』
綺麗なお姉さんが勧めてくれたエタニティは、少し苦手な香りだったが、このお姉さんがせっかく私に勧めてくれたから、買った。
家に帰るなり、母に抱き付かれる。
『さくら~どうしたの❓スッカリ変身しちゃって。あら、香水も変えた❓』
『似合う❓』
『バッチリ👍可愛いわよ』
よかった。
お風呂に入り、ベッドにもぐり込んだ。
結構ハードな一日だったのに、寝付けない…浮かぶのはあの男…身形を変身させたくらいじゃ忘れられない…
私の手は自然と自分の大事な部分を触っていた。あの男に愛撫された一つ一つを思い出しながら…丁寧に…優しく…体を慰めるように。
初めての自慰行為だった。
翌朝、今日は月曜日。いつもより早く目覚めた。昨夜の自慰行為がよかったのか、不思議と前向きだった。
私には働く場所がある。仕事頑張ろう。仲間もいる。友達も、同僚も。まだ22歳だし(もうすぐ23だけど)これから出会いもたくさんあるはず。ゆっくりでいいから…素敵な彼を探そう。
無理に立ち直ろうとしているわけではなく、素直にそう思っていた。
職場にはいつもの顔ぶれ。
『おはようございまーす』
いつも始業時間ギリギリ出社の私は、今日もいつもの時間に出社し、いつものように挨拶をした。
同僚達は『さくらちゃんおはよ~‼何何❓イメチェン❓可愛い~し💕』なんて言ってたけど、'もう大丈夫なの❓一体何があったの❓'とでも言いたそうな顔をしていた。無理もない。先週の私…ミスは繰り返すは主任に怒鳴られるは木曜日早退したっきりで金曜日は休んでいたのだから。でも、主任だけはいつもの主任でいてくれた。
『なんだその髪は~❓チョココロネか❓』
『違いますよ~神戸巻きで~す』
ハヤリにうとい主任は、しばらく私をチョココロネと呼んだ。
『さくらさん、ひさしぶりっス』
ある日、高校生の頃地元のファミレスでバイトしていた時の後輩、エミから電話があった。
エミ…金髪に、普段着はカナイのジャージ上下、金のネックレス、口にはピアスの穴が2個開いた、いわゆるヤンキー…でも、中学も同じで、面識があったせいか特に仲良くしていた。人懐っこくてとても可愛い。
『たまには遊んでくださいよ~』
会社勤めするようになってから、合コン三昧だった私は、エミの誘いを断りがちだった。
『そーだね。夜ならいつでも暇してるから誘ってよ』
『マジっスか❓なら明日迎えいきますから』
エミはマジェをヤン車風に改造している。しかも運転が荒い。少し抵抗あったが、迎えに来てもらうことにした。
当日、会社から帰り、シャワーを浴びてカラコンを入れ、メイクをした後、エタニティを手首につけた。
この香り、やっぱり苦手だな…と思いながら。
私は近くのコンビニでエミを待った。
『さくら❓』
男の聞き覚えのある声…
そして懐かしいCK1の香り。
『渉❓』
私にとって初彼の渉だった。
最後に見たのは、高校2年の夏。渉と別れて1年が経とうとしていた頃、放課後地元で彼女を連れて歩いてるのを見たっきり。
あの時、バレないようにサッと隠れてしまった私。後で悔しさでいっぱいになったのを覚えている。
『すっかり姉ちゃんになってから~』
どこのおっちゃんのセリフだよ❓と思いながらもなんだかひさびさの渉のノリが嬉しくてたまらなかった。
『渉のほうこそ。今何やってんの❓』
『俺パパになったんだぜ‼アレ、嫁とガキ』
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