富田さくら
『富田さん。中へどうぞ』
富田さくら22歳。彼氏はいない、結婚もしていない。社会人2年生の、暇とお金を持て余した、どこにでもいるOL。
そんな私が今いるのは産婦人科。
富田さくら…実話まじりのフィクションです。性に関して不快な点が多々あると思います…
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『どうされましたか❓』
一週間前の水曜の夜、知り合ったばかりの健の棒を私の中に入れた。車の中で。
その後からどうも痒いような痛いような…明らかにおかしかった。
携帯で性病について調べまくった結果、専門の人に診てもらうのが一番だと気付き、平日にも関わらず会社に遅刻させてもらい、産婦人科に来ている。
『あの…痒いし痛いんです』
『そうですか。では隣りで診てみましょう』
隣りの部屋を見てビビった。
ロボットのような椅子。その椅子には足置き場がついていた。
『下着をはずしてこの台に乗ってくださいね』
看護師さんが笑顔で言う。
その台に乗った。
『足はココに乗せてくださいね』
そう言って看護師さんは笑顔でカーテンを閉めた。
何これ…❓カーテンの向こうは私のアソコ丸出し…私今から何されるの❓
怖かった。
『では診ますね』
先生がゴム手袋のような物をつけていたのが分かった。
『少し力を抜いてくださいね』
そう言って細い筒のようなもの、その後に綿棒のようなものが入ってきた。
痛かった…
『オリモノの量も色も特に異常ありませんが、念のため検査しますので一週間後にまたおこしください』
私は先生のその言葉に安心はしなかった。私の体のことは私にしかわからない。絶対おかしいから。絶対何かなってるから。念のため、じゃなく絶対検査してよ…
痒みを止める塗り薬を処方してもらい、会社に向かった。
『すみませ~ん遅くなりました~』
私は事務所に入り、みんなに聞こえるよう大きな声で言った。
『おいさくら、お前どっか具合悪いんか❓』
主任が心配そうに話かけてきた。
『いや~女性特有の事情があってですね~また来週も来いって言われたんで遅刻させてください』
『なんじゃそりゃ❓まぁ、わかった。よくわからんがお大事にしろよ』
男である主任はそれ以上聞いてこなかった。
それから検査結果までの一週間は誰とも連絡をとらなかった。
健は、俗に言う'ヤリ友'別に彼氏でもないし好きでもなかった。
その頃、月1ペースで逢っていた智と康浩も健と同様、ヤリ友。
もし私が性病だったら、これらの男の中で、誰かが私に移した。それと、私がまた誰かに移す可能性がある。
明らかに健だとは分かっていたが…
6時、仕事を終え、家に帰るのもなんなんで、毎日室見川へ向かった。
『室見川❓ここ、私も知ってる~いつの時期だったかな❓シロウオってちいさな魚を踊り食いするんだよ~さくらも食べたい❓』
母に教えてもらった事を思いだし、1人で笑っていた。
こんな私にも初々しい恋愛経験がある。
中学2年の夏、私が通う塾に新入生が入ってきた。
その男の子は中学生の癖に靴はN○KE、今じゃ香水の火付け役とも言われてるCK-1の香りをプンプンさせていた。
私の横に座り、
『見ない顔だね』
『この塾じゃ私だけ中学違うから…』
『何何❓どこ中❓仲良くしようよ~』
押しの強い彼、渉と夏期講習の間にすごく仲良くなり、私は渉にどんどん惹かれていった。
中3の春、受験生になりたての時期。
『さくら頭悪くね❓』
『渉に言われたくないし』
『んじゃ、同じ高校目指そうぜ』
『はぁ~❓渉は無理やろ❓』
こんな感じで、二人とも同じ高校に行けるよう、目一杯勉強した。
合格ってHAPPYだけじゃないんだね…渉が呟いた。
私だけ落ちたのだ。
私立は二人とも同じ高校に受かってたから、渉はせっかく受かった公立を辞退して私と同じ私立の高校に行く、と言い出した。
私は止めた。
『何それ❓同情❓そういうの迷惑なんだけど。渉は公立受かったんだから、公立行くべきやろ❓別に一生のお別れってわけじゃないんだし…』
私は受験に失敗した事、渉と一緒の高校に行けない事、辛い気持ちを押さえ、涙をこらえながら渉に言った。
『ちょっと俺ん家来る❓』
私は初めて渉の家におじゃました。
初めて渉の部屋を見た。今時な男向けの雑誌やエロ本❓みたいな雑誌、CK-1のボトルが2本、ほかにもわんさか散乱していた。
『ま、座れ』
『いや、座るところないし…笑』
とりあえずベッドに座った。
『これ。さくらにやる。お前の名字、富田だろ❓』
綺麗にラッピングされている手のひらくらいの大きさの箱。包装をはがすと、'トミーガ○ル'の香水だった。
『私富田だからって…意味わからんし笑』
『ま、匂ってみ』
何というか…草原で紅茶を飲んでいるような…すごい爽やかな香りだった。
『ほんとは合格祝いのつもりだったんだけどさ』
すごく嬉しかった。
そして私達は初めてキスをした。キスというよりチューって感じの…ママが赤ちゃんにするような軽いキス…
それぞれ違う高校に通い始めた。
といっても地元は同じだから、通学時にバッタリ会うこともあったし放課後は遊んだりもしていた。
私はTの香水を気に入っていた。
まるで渉の代わりかのように毎日手首につけていた。
高校生活も慣れ、夏休みも近い頃、渉とは体を重ねる関係になっていた。
『エキデマッテル』ポケベル時代。渉にメッセージを送り、ベンチに座っていた。
今日は遠出をしたいらしい。
『さくらー。待たせて悪い。いくぞ』
地下鉄に乗れる駅まで電車で行った。
地下鉄のある駅で降り、20分くらいだっただろうか…しゃべりながら歩いた。目の前には大きな川。室見川。
『何この川‼メチャでかいんですけど』
それから2人でじゃれあった。あれ❓なんか渉いつもと違う…気のせいか…
2時間ほど遊んで帰ろうとした頃、
『別れよう。好きな子ができたんだ』
突然の渉の言葉。私は何も言えず、涙を浮かべながら、ただただ川を眺めていた。
そんな思い出もありつつ、とうとう明日が検査結果を聞きに行く日。
私は仕事を終えてまっすぐ家に帰り、お風呂を済ませてすぐに寝た。
朝。産婦人科の待合室。妊婦が圧倒的に多い、私は立って名前を呼ばれるのを待っていた。
『富田さん。中へどうぞ』
私は先生の前に座り、先生がカルテを広げるまでじっと先生の顔を見つめていた。
先生の顔が歪んだ。
『あらら。クラミジアがでてますね』
やっぱりね。
わかってはいたけどカナリショックを受けた。
『淋病の検査もしておきますから、隣りの部屋に移ってください』
またあのロボット台にのってあの検査❓もう苦しかった。
診察を終え、二週間分の飲み薬を処方された。きちんと飲まないと、治らないそうだ。
私は会社に休むと連絡をいれ、室見川へ向かった。
川に着いて、コンビニで買ったおにぎりを食べた。さっき処方された薬を口に入れ、お茶で流し込み、しばらく川を見つめていた。
私は健に電話をした。
『お~さくらちゃん。何で連絡くれなかったの❓今日また会おうよ~また車でさ…』
『私今性病中だから無理だよ』
健の上からかぶせて言った。
『…俺❓だよな…』
『たぶんね。健もちゃんと病院行くんだよ』
すぐに電話を切り、健と智、康浩、3人のヤリ友の番号を消去した。
私何やってんだろ…
自業自得じゃん…
私には父と母、五つ年下の弟がいる。
まだ小さな頃、母に一度だけ言われた事がある。
『さくら。ママとさくらはね、血の繋がりがないんだ。分かるかな❓でもママはね、血の繋がりなんて関係ないって思ってる。さくらも剛も、ママの子供に違いはないんだからね』
ママは産まれたばかりの剛を抱いて、涙を流しながらそう言った。
私はただママが泣いている事が悲しくて、溢れそうな涙をぐっとこらえて頷いた。
まだ5歳の私には'血の繋がり'の意味を理解していなかった。
理解していなかったわりには、あのママの言葉はずっと忘れずにいた。
でも小学生を卒業する頃にはそれなりの人間事情たる常識も身についていたので、なんとなく理解できていた。
ただ、何故幼い私にそんな酷な事を言ったのかだけは理解できないでいた。
ママはずっと優しかったし、私が悪い事をすれば目一杯叱ってくれた。剛も私になついていた。
ただ私とママの血が繋がっていないだけで、普通の家族となんら変わりはなかった。
中学の頃、塾を終えて家に帰り着くのは22時を過ぎていた。
いつもは寝ている剛。この日だけは寝付けなかったようで、母とおしゃべりをしていたようだ。
『ただいま~』
母は私の声にビクッと反応し、とっさにキッチンへ向かった。
『さくらお帰り。お腹すいたでしょう。今支度するからね』
母は私の夜ご飯の準備を始めた。
『姉ちゃんお帰り~でさぁ母ちゃんさっきの話なんだけ…』
『さくら、今日はトンカツだよ~、さっ早くお風呂済ませておいで~』
母は剛を無視するかのように、剛の上にかぶせて私に言った。
『なんだよ…ほんと母ちゃんは姉ちゃん姉ちゃんだな』
ムスッとして自分の部屋に戻ろうとする剛を、母に気付かれないように階段で呼び止めた。
『剛、さっきお母さんと何話してたの❓』
『あのね~今日さとちゃんとみっくんとサッカーしてたらさ、みっくんがブーって屁こいたんだ~』
何だ。ただの他愛のない話じゃん。
『ほんとは剛が屁こいたんじゃないの~❓はいはい。子供は早く寝な~』
『うるせーざけんなくそ姉』
剛ったらやんちゃな顔してあんな言葉使いして…きっと友達の間であーいうしゃべり方流行ってるんだろな…
私は風呂場に行き、体を洗い流して湯船に浸かった。
この出来事から、母は私に気を使ってるんじゃないか…と思い始めた。
よく考えてみたら、母は私を中心に行動する事が多かった。その行動は凄く極端だった。
小学6年の頃の授業参観。母は授業の始めから終わりまで私のクラスにいた。剛の学年だって授業参観はあっているのに…
『今日のご飯何がいい❓』と聞いては、剛の意見よりも私の意見を優先した。毎回。
小さな事かもしれないが、この特別扱いは長女の特権とも思っていた。が、いくらなんでも極端すぎる…剛が可哀相だ。
気を使う理由はある。母と私は血が繋がっていないから。
母は私に孤独な思いをさせまいと精一杯理想の母親を努めてくれたんだと思う。
きっと子を持つ母親は、私の母を見てこう言うだろう。
『人間できた人ね。すごいわ。』
でも私はそんな母を素直に受け止めることができなかった。
まるで、職場で強い立場にいる上司にヘコヘコお世辞を言ってる部下のような…とにかく普通に接してほしかった。
でも母は私に対して悪意がある訳ではなかったから…'普通に接してほしいよ'
本音も言えなかった。
ま、ちょうどこの頃は渉と仲良くしてた頃だし、あまり深くは考えていなかったが…
渉と別れてから、放課後がぐっと暇になった私は、なんだか家に居たくないな~と思っていたし、週3回のアルバイトを始めた。
毎月の給料の半分は遊び代。半分は貯金していた。
その貯金で、高校卒業してすぐ車の免許をとった。
母が赤飯を炊いていた。たかが免許とれたくらいで笑。
高校卒業後の進路は専門学校。ビジネスマナーやパソコンの基礎を勉強し、マグレなのか誰もが知ってるくらいの大企業に就職。
ローンをくんで車を買った。
仕事が終わって、友達と約束がない日は毎日その車で室見川へ向かった。
ある日、父と母が夜中にもかかわらず口喧嘩をしていた。
詳しい内容はわからなかったが、おそらく父が風俗かなんかに行ったのが母にバレた…か、浮気❓みたいな事だったのだろう。
私は泣いている母を車に乗せ、室見川まで走らせた。
母は川に着くまで、窓の向こうで流れていく景色を無言で眺めていた。
川に着き、母は言った。
『ここ室見川でしょ~私知ってる~。シロウオって名前の小さな魚がいるんだよ~踊り食いで有名なんだって。さくらも食べたい❓』
母の目が腫れている日がしばらく続いたが、そのうち本当の笑顔も取り戻し、昔の母に戻っていた。和解したのだろう。
私にとって相変わらず居心地の悪い家。私がいなければ母も実の子、剛を思う存分可愛がってあげれるだろう。そんな遠慮から、仕事を終えても直接家に帰ることはあまりなかった。
渉以来、私の彼氏履歴は2人。2人とも渉の時のような、『他に好きな子ができた』的な理由でサヨナラしていた。
本気で惚れて後で痛い目みるくらいなら、軽い気持ちで付き合うほうがまだマシ…❓
私は'恋'の素晴らしさを見失ってしまっていた。
遊んでくれる友達はいたけど、学生だったり主婦だったりで、そう毎日遊べるわけではない。
誘われた合コンには必ず行くようにしていた。
暇潰し…いや、ただ寂しかっただけかもしれない。
合コンで出会った男に、『今度2人で会おうよ』と言われ、その男の身形が私の中の合格ラインより上回っていれば、躊躇せずほいほい付いていった。
私のアフターファイブスケジュールはどんどん充実していった。暇潰しにはなったが、心は全然満たされなかった。
一度体の関係もってそれっきりな男、『また会おう』と、体だけを求めてくる男。
中には『付き合って』と言ってくる男もいたが、軽く流すと簡単に切れた。
世間は狭い。
今まで私がかかわった男同士が偶然知り合いだった、なんて事もあった。
今の私みたいなのが世間で言う'ヤ○マン'ってやつなんだろな…
影でどんな事言われてるんだろ…
そう考えるようになってから、男の棒を抜いた後、すごく虚しく感じるようになった。
私何やってんだろ…
何が欲しい❓
快感❓…いや、好きでもない男と寝ても私は果てる事なんてない。何イキがってるのか、『俺、テクってるから』なんて言ってる男もそう対した事ない。なんでそんな男に感じてるフリしてやらなきゃならないんだ…
でも体を重ねている時、少しだけ安心感があったのは確かだった。
自分が何をしたいのか、これからどうすればいいのか、とりあえず今のままって訳にはいかない事は分かってるけど…
完全に'自分'を見失っていた。
そんな自分にピリオドを打つ事ができたのが'クラミジア感染'
誰にいつ移されたかハッキリ分からない'性病'を治す為に産婦人科に通う自分、病院に通う本当の理由を誰にも言えない事、遅刻や休みをして会社の皆に迷惑をかけている事…私、消えて無くなりたかった。自分が汚らわしくて仕方なかった。
何時間たっただろうか…夏の終わりの季節、日が沈もうとしている時間は半袖のシャツじゃ少し肌寒い。
私は薬を飲んでからずっとココにいた。
寒いしもう帰って寝ようかな……
『やっぱり君だったんだ。あの…君、いつもココにいるよね❓』
男の声。なんだろう…ナンパかな…❓
私は顔をうつむけたまま無視をした。
『ずっとココに居るつもり❓風邪ひくよ❓』
なんなの❓早く向こういけよ💢
私はカバンを手にとり、立ち上がって車へ向かった。
『ちょっと待ってよ』
そういって私の腕を掴まえてきた。
『なんなんですか❓ナンパならお断りしますけど💢』
『忘れてるよ。これ』
………私はクラミジアの薬が入った袋をカバンに入れ忘れていた。
『どうもすみませんでした』
私はふてくされたように言った。
『クスクスッッもう帰るの❓』
私はその男の顔を見た。というか見上げた。
2メートルくらいあるんじゃないかと思うくらい高い所に小さな顔、クリッと真ん丸な目、パーマがとれかかったようなくせっ毛。
すごく優しい表情で私を見てた。夕日がかって茶色に染まって見える彼の黒目がキラキラしていた。
『身長いくつ❓』
『182だよ』
なんだ。2メートルまではなかったんだ。
処方された薬を二週間飲めば治る。治れば性病とも今までのカラッポな自分ともさよならできると思って、面倒くさがりな私だったが毎日キッチリ飲んだ。
室見川には行かなかった。
たぶんあの男が居るだろうから。
すごく気にはなっていたが、会ってどうする❓それにまた緊張しそうだし…
私は暇潰し用にレンタルビデオ屋に行き、『東京ラブストーリー』を全巻借りた。
小学生の頃、夕方の再放送で何度か見た事あったが、当時の私はおそらく理解していなかっただろうし…
『かーんち‼セッ○スしよう』
今でも有名な名台詞。
大胆な台詞だけど、すごく愛があって、素敵な言葉に聞こえた。
ドラマの中の登場人物はおそらく今の私と同じ年頃だろう。一人の人に恋をして、怒ったり泣いたり笑ったりしている。たとえその恋が永遠に続かなかったとしても、いずれは'大切な思い出'として心のアルバムに綴られることだろう。
そんな恋ができるなんて、すごくうらやましかった。
私の『セッ○スしよう』とは全然ちがう。
はぁ…こんな素敵なラブストーリー見てると、どんどん自分が汚く思えてきた。
見なきゃよかったな…
薬を飲み終えた。でも多少違和感が残ってる…いや、サボらずちゃんと飲んだし、きっと大丈夫。
治ったかどうかの検査の為、またあのイスに乗った。三回目ともなれば慣れてしまっていて怖くはなかった。
『淋病には感染していませんでしたよ。今日は…少しオリモノの量が多いみたいですね。薬はちゃんと飲みましたか❓』
『❓はい。治ってないんですか❓』
『検査の結果は一週間後です。また起こしください』
……そっか。結果はすぐには出ないんだった…
一週間後の検査結果は、まだ完治していないとの事だった。
'性病'と、初めて聞かされた時と同じくらいショックだった。
また同じ薬を二週間飲み、そしてまた検査…いったいいつ終わるんだろう…
私は室見川に来ていた。あの男がいるかもしれないからって、なんで私が遠慮しなきゃならない❓
腰を降ろし、体育座りの膝の上に顔を埋めた。
治ってなかった。治ってなかった。やっとさよならできると思ってたのに、早く汚い私とさよならしたかったのにっ
涙が出てきた。
『ひさしぶり』
私はとっさに顔を上げた。
あの男だった。
男は涙を流す私を悲しそうな目で見ていた。
男は私の横に座った。
『ガムでも食べる❓』
そう言って私にガムの束を差し出した。
『……いただきます』
一枚抜こうとした時
『ペチっっ』
痛っっ
『引っ掛かってやんの~』
それはガムではなく、昔流行ってたイタズラのおもちゃだった…
『古っっ古すぎて存在すら忘れてたしっ』
イタズラに引っ掛かった恥ずかしさを誤魔化そうと、怒り口調で言った。
とくに話すこともないし、何もしゃべらずにいた。チラッと男を見ると、また優しい表情で私を見ていた。五秒ほど目を合わせたが、たえきれず私から目を反らした。
『治ったの❓』
え…❓性病の事❓私は健にしか言ってなかったからこの男が知っているわけがない。
『何の事❓』
『クラミジアだよ。薬袋に書いてあった薬の名前でわかったよ。』
この男は薬剤師なんか❓普通薬の名前見ただけで病名なんてわからんだろ。
『大丈夫だよ。クラミジアはウイルス性の菌だから、薬飲めばきれいに治るから』
『ちゃんと飲んでたのに治ってなかったしまた二週間だよ❓もう嫌だ』
『次は絶対治ってるよ。だから大丈夫だよ。』
'大丈夫だよ'
私が今凹んでいる事情を私は誰にも話してなかった。軽蔑されそうで親にはもちろん、親友にも相談できなかった。
一人で思い詰めていたせいか、この得体の知れない男の励ましでさえ救われた気がした。
いや、優しい表情で私を見るこの男だったからかな…
『君はいつも寂しそうだったよ。でも薬袋を持ってた日は泣きそうだったよ。』
『私のストーカーですか❓』
『あそこ、俺ん家。』
男が指さした先にはアパートが建っていた。
『俺の部屋からこの場所がよく見えるんだ』
『それで私をずっと監視してたってわけですか』
『君が勝手に視界に入ってきたんだよ❓』
そう言って二人で笑った。
『お腹空かない❓俺、家で何か作ってあげるよ』
『うん』
私にはこの男に下心があるようには見えなかったから着いて行くことにした。それに…もう少しこの男の事を知りたいと思ったから…
アパートに着いた。築何十年なんだろう…階段はペンキがはがれ、錆付いていた。
『うち二階だから』
階段を登り、玄関の前で表札を見たが、名前は書いていなかった。
『どうぞ。適当に座って』
私は川が見える窓を見つけた。
窓の外を見てみると…ほんとだ……私がいつも座ってた場所がよく見えた。
『おまたせ』
男はお湯を入れたカップラーメンを私に渡した。
『これ、作る、とは言わないんですけど』
『食べたくなければ食べなくていいんだよ❓』
『……いただきます。』
『はい。めしあがれ』
カップラーメンってこんなにおいしかったっけ❓私は黙って完食した。
私は処方された薬を飲もうと、薬袋をテーブルに出した。
『俺も最近同じ病気なってたよ。んで、同じ薬飲んでた。』
だから薬の名前で病名わかったんだ…
『風俗でうつされた💦それ以来風俗行けなくってさ涙』
そんな事情女の私に言うかよ…どう返せばいいかわからない私は、黙っていた。
『俺もちゃんと治ったから…君も絶対治るから』
男はずっと優しい表情で私にそう言ってくれた。
私は薬を飲み終えた。男はキッチンの換気扇の下で一服していた。私もカバンからタバコを取り出し、男の横に駆け寄った。
この背の高い男、立って横に並ぶとなんか圧を感じるな…
私はタバコに火を着けた。
たぶん男は私をみてる。優しい表情で。だから私はタバコを吸い終わるまで隣りを見上げることができなかった。
火を消し、テーブルに戻ろうとした時、後ろから優しく抱きつかれた。私は心臓が飛び出てくるんじゃないかと思うくらいドキドキしてた。
私達はベッドに行き、私が後ろから抱き付かれた状態で横になってた。
すごく安心した。今までの後悔なんて忘れることができるくらい救われた気がした。
男は何をしてくるわけでもなく、ただ私を包み込んでくれた。
しっかりアソコは起ってはいたが…笑
私のおしりに一度だけ硬いモノが触れたから分かった。
でも、男は隠すかのようにとっさに私のおしりから遠ざけた。
私は気付いていないフリをした。
今日は遅刻ではなく、前もって有休をもらっていた。私は男に包まれながら一眠りした。
夕方、目が覚めて焦って体を起こした。
そうだ…あの男の家に居たんだ…
男は換気扇の下でタバコを吸いながら携帯で誰かと話していた。
『うん。わかってる。うん。うん。ごめんなさい。また連絡するよ』
内容まではわからなかったが、なんとなく親❓と思った。
『どうしたの❓』
『ちょっとね…』
男は、まるで'君には関係ない'とでも言いたそうなオーラを出していたから、それ以上何も聞かなかった。
夜の七時。夕日が落ちて外は暗くなろうとしていた。
『んじゃ、私もう帰ろうかな…』
『あっゴメン💦』
男が電話を切ってから、なんだか居づらくなった私は帰ることにした。
家に帰るには早すぎだったから、コンビニでおにぎりとお茶を買い、室見川のいつもの場所で食べて、薬を飲んだ。
後ろを振り向くと男の家。
私が帰るまで部屋の電気は消えたままだった。
私はまた二週間キッチリ薬を飲んだ。
検査をして、一週間後の結果は無事完治。
終わった。これでやっと今までの私とさよならできる。
すごく嬉しくて、真っ先にあの男に知らせたかった‼が、携帯の番号は知らない…
遅刻や休みをもらい続けていた私は同僚達からの目が気になり、この日は産婦人科を出てまっすぐ会社に直行したが、仕事を終えてダッシュで室見川へ向かった。
川に着き、車を降りていつもの場所へ駆け足で行った。男は居ない。アパートを見ると男の部屋の電気が着いていた。
この男の存在を知ってから私が室見川に来た時は、この場所に座って4・5分たつと男は現れていた。私は座って待つことにした。
『こんばんは』
来た‼私は声のした方を見上げた。
そこには期待通りの、あの優しい表情の男が手を広げて立っていた。
は❓これは俺の胸に飛び込んでこい‼とでも言いたいのか❓
躊躇したが
恥ずかしがり屋な私は
『お腹すいた』
と言って誤魔化した。
『そっかそっか。んじゃ、今日はカップラーメンじゃなくて焼きそばをご馳走するよ』
『どうせお湯入れるだけのヤツでしょ❓』
『その通り‼コンビニ寄っていこう』
私達は笑いながらコンビニへ向かった。
『いらっしゃいませ』
私はこのコンビニに2・3度来たことがある。薬を飲む前に何か食べないとと、おにぎりとお茶を買った時。
その時はブルーな気分だったが、今日は店員さんに会釈してしまうほど気分が晴れていた。
私は雑誌コーナーでファッション誌を立ち読みし、その間に男は会計を済ませていた。
『もう買ったん❓私も何か買うから待ってて』
私はお茶とお菓子とアイス、コーヒーにタバコを買い、雑誌コーナーで待っていた男の元へ行った。
男はエロ漫画を読んでいた。
そしてそれを買おうとレジへ持っていき、会計してた。
『女連れてる時普通買うかよ❓』
『だってさ、あのコンビニ、この時間帯で男の店員って珍しいんだよ』
帰りながら男事情を語られたが、'私にはバレてもいいんかよ❓'なんてヤキモチ❓妬いていた。
家に着き、私はアイスを食べながらお湯を沸かして一服している男の後ろ姿を見つめていた。
『ご飯の前によく甘いもの食べれるね』
…そういえばそうだ。私は基本、甘い物は食事の後主義(みんなそうですよね❓)なのに、何故か食前アイス…
前回抱き付かれて寝ていた事や、別れ際この男の様子が暗かった事などがあり、私は少し緊張していて、何かしておかないと落ち着かない感じだったから、とっさにアイスに手を出していたんだと思う。
『治ったよ。クラミジア』
『君の明るい顔を見てすぐにわかったよ。よかったね』
そう言ってくれて、すごく嬉しかった。
私達は焼きそばを食べ終え、ベッドに横になった。前回と同じ、私は後ろから抱き付かれた状態だった。
なんだか安心できる場所をやっと見つけた、そんな気がして、この男との出会いに感謝した。
『そう言えばさ、初めて会った時の'やっぱり君だったんだ'ってどういう意味だったの❓』
『……💤💤』
寝てるし…
私は私の腰に置かれた男の手をそっと退け、タバコを吸いに換気扇の下に行った。
そう言えば私この男の名前知らない。携帯番号も。職業も年齢も…何もかも知らない。なんだか急に焦りだした。が、タバコを吸い終える頃には、知らなくても私はこの男に救われた事に違いはない。別に知らなくても問題ないか、と思っていた。
私は眠っている男を横目に、さっき買っていたエロ本を見てみた。
AVの紹介写真がメインだったが、私には経験のないようなプレイばかり(どんなプレイかは御想像にお任せします)なんだか気持ち悪くなり本を閉じた。
夜の10時になり、私は明日も仕事だし、そろそろ帰ろうと男を起こした。
『もう帰るね』
『ゴメン💦俺寝てたね』
別れ際って、次はいつ会えるのか、とか、また電話するね、とか、話すんだろうけど、私達のお別れの挨拶は『またね』だけだった。
それで十分だった。
病気も治ったし、いままで遅刻や休みを繰り返してきた分、仕事頑張らないと‼
私は今まで残業なんてせず、定時で真っ直ぐ帰るタイプだったが、
ちょうどこの頃、出来婚で退職する予定の二つ年上の万里子という先輩がいた。引継ぎがてら雑用なんかも全て私が引き受け、妊婦である先輩がなるべく早く帰れるように、私は2・3時間残業するようになった。
『おいさくら。最近頑張ってるな』
主任が言う。
『はい。万里子先輩妊婦なのに臨月ギリギリまで頑張るって言ってますもん。私も頑張らないと💪』
『そうだな。上原(万里子先輩の名字)がいなくなったらこの課ではお前がお局様だしな笑』
入社して二年しか経っていないが、私以外は皆一年後に入社した子達ばかりで、中には大卒での入社で私よりも年上の子もいたが、社内での態度のデカさは万里子先輩の次に私が一番だった。
『ここは大奥かい‼』
私は主任に突っ込んだ。
『んじゃ俺は殿様か❓』
『殿は戦もなく暇そうなんでコレお願いしま~す』
私は書類のファイリングを押しつけた。
『へいへい』
主任は面倒臭そうにファイリングしていた。
『そういえばさくら。女の事情のなんたら~ってヤツは治ったのか❓』
性病の事だ…
『おかげさまで✌遅刻に休みにその他モロモロすみませんでした』
心配してくれてたんだ…
主任は昔この会社の違う課にいた女性と結婚し、その女性は出産を期に退職しているから私は見た事ないが、今じゃ3人の子供と奥さんのお腹にもう一人…この少子化の時代には珍しく子沢山。主任はいつも幸せそうに子供や奥さんの話をしていた。
結婚や子供に興味無かった私に主任の話はつまらなく、右から左へ流していたが、家族を大事にしている事は分かっていた。
家族想いだし、部下にも気をかけてくれるし、会社の飲み会で二次会後、男達のお遊びにも参加しない、本当これぞ理想のパパなんだろな…なんて思いながら、せっせと書類をファイリングしている主任を見ていた。
『殿、正室がお呼びですよ‼早く帰りましょう。』
『はぁ❓何言ってんだ❓』
『奥さん、妊娠中なんでしょ❓早く帰って家事手伝ってください』
『心配しなくてもうちは同居だからな』
『いいからいいから』
そう言って主任を帰らせ、私も仕事を終え、家に帰った。
弟の剛は高校生になり、目標があるとかでアルバイトを始めていて、家には10時頃帰ってきていた。残業を始めてからの私の帰り時間は9時前後だったので、私が10時に寝てしまえば母と弟の間に気を使うこともなかったから、平日は室見川には行かず仕事を終えたら真っ直ぐ家に帰るようにしていた。
あの男の仕事情報を得た。内容は知らないが、休みは水曜と日曜。
私は月①ペースで土曜の夜から男の家に行き、日曜の夜まで二人で過ごしていた。
クラミジアが治り、半年が過ぎた。私とあの男は、相変わらず名前も連絡先も、職業も年齢も知らないままで、体の関係も無かった。ベッドで抱き合うだけで…心が満たされている…それがずっと続くと思っていた。
万里子先輩がいよいよ臨月に入り、今日は退職する日だ。
私達はお金を出し合い、素材の良いよだれ掛けやおくるみ、パンダの着ぐるみのような可愛らしい洋服、ニットの帽子などを、そして大きな大きな花束をプレゼントした。
先輩はとても幸せそうに笑っていた。
『万里子先輩‼出産ファイト‼なんなら私、立ち会いますよ❓』
『残念。立ち会いできない産婦人科ですぅ~できてもさくらには頼まないし😜』
『でも面会行かせてもらいますからね💕』
『待ってるよ~』
そして先輩は赤ちゃんグッズと、大きな花束を抱え、退職していった。
万里子先輩の影響か、少し結婚願望が目覚めてきた。
でも相手いないし…
あの男は私の理想の結婚相手ではない。
私に対して壁を作っているように思えるから…
ただ優しい表情で私を見てるあの男…何か裏があると感じていた。
それでも月に①度は会いに行ってしまう。
私は男に対して一歩踏み出そうとしていた。
男に会いに行く土曜日、私は昼過ぎ三時頃起きて、シャワーを浴び、いつもより念入りに化粧をする。
手首には毎日欠かさず付けているTの香水。
自分へのご褒美として、ボーナスで買った大きめのブランドバッグにスウェットや下着、化粧品。お泊まりセットを詰め込み、家を飛び出し電車に乗り込む。
地下鉄へ乗換えれる駅で降りて、暇潰しのウィンドゥショッピングがてら友達が働くショップに寄る。
何を買うわけでもなく、他愛もない話。
そして地下鉄に乗り、室見川へ…
いつもの場所で4・5分待ってるとあの男が迎えにくる。とてもとても優しい表情で。
いつものようにベッドの中で後ろから抱き付かれながら、正面にあるテレビを眺めていた。
私は思い切って男の方を向き、目を合わせた。
男の唇に2・3度軽くキスをし、舌を入れ、ディープキスを始めた。右手で男の太股からじょじょに股を攻め、大事なモノを触った。
勃っていた。
そして、マグロの様にじっとしていた男は、急に私の上に乗っかり、口から胸、お腹…優しく優しく全身を愛撫してきた。
私達は初めて体を重ねた。
今までの性経験では味わったことのない'イク'という快感。
セッ○スって、こんなに気持ちよくて、こんなに体も心も満たされる行為だったんだ…
初めて知った。
私は、しばらくベッドの中でボーっとしていた。
やっと一歩踏み出せた、と思っていた。
男は隣りで寝息をたてている。
私はベッドから出て、一服しながらテレビを付けたが、頭の中が男の事でいっぱいで、テレビの内容がまったく頭に入ってこない…テレビを消して、男の横に戻り、私も寝た。
万里子先輩から
『無事昨日産まれました✌』
と、メールをもらった。
会社のみんなでゾロゾロと面会に行くのも逆に失礼と思い、私と、三咲ちゃんという後輩(といっても私より一つ年上)、代表して2人で面会に行くことにした。
私達は途中、万里子先輩も絶賛していた市内で超有名なチョコショップにより、ケーキやクッキー、一粒200円くらいするチョコレートなど…お菓子に一体いくらかけるつもりだってくらい山ほど買って行った。
『まりちゃ~ん💕お疲れ様で~す』
先輩がいる個室へ入りながら小声で言った。
『さくら~‼三咲ちゃんも来てくれたんだ⤴見て見て。私の赤ちゃん💕』
……赤ちゃんってこんなにちっちゃいんだ。すごくかわいい…
私は室内に設置されている洗面所で手を洗い、赤ちゃんを抱っこさせてもらった。
小さな小さな赤ちゃんは、目を瞑っていたが、アクビをしたり、口をゆっくりパクパクしたり…とにかく一つ一つの動きがすごい可愛い。
『鼻がまりちゃんに似てる~』
『でしょ~この子は私に似て美人になるよ』
万里子先輩は、出産後で疲れが顔に出ていたが、本当に幸せそうに笑っていた。
『まりちゃんの好きなチョコ買ってきましたよ~。ケーキもあるんで、冷蔵庫入れときますね💕』
私はもっと居たかったけど、こういう時って早く帰るのが常識、と、耳にタコができるくらい主任に言われていたので、10分ほどで帰った。
先輩が退院してから、私は頻繁に先輩の家に遊びに行くようになった。
万里子先輩の旦那さんは土曜も仕事だったので、男と会わない土曜は先輩の家にいた。
ちょっと迷惑かな❓とも思ったが、私が来るから、と、手の凝った料理を振る舞ってくれる先輩。結婚には付き物という姑とのバトル内容や愚痴…育児の大変さや子供の成長などなど、'さくらが来てくれると話相手してくれるし私もストレス解消になる'と言ってくれていたので、遠慮なく遊びに行っていた。
それと同時に、男への執着心も出てきた。
体の関係をもった頃かな…
男のプライベートが気になるようになった。
私の推定だが、男の歳は30前後。仕事はおそらく頭を使う職業…なにせこの男の部屋は二つあり、一つの部屋はパソコンが設置されたデスク。難しそうな本がズラリと並ぶ本棚に壁一面占領されていたから。
それに、この辺で実家ではなく一人暮らしをしているという事は、おそらく大学に通う為に地方から出てきて、その延長でここに住んでいるのだろうと思った。
近くに県でもトップクラスの私立大学があったから。
ある土曜日の夜、私はあの男の部屋にいた。
エッチ後、スヤスヤ眠っている男の横で私は腹痛で苦しんでいた。
ヤバい…便秘してた💦
トイレにこもり、やっとこさ用をたすことが出来、腹痛から開放された私だったが、また焦った。トイレットペーパーを使いきってしまっていた。
新しいペーパーロールを探す為、トイレ内に設置されている収納棚を開けてみた。
何これ❓
その収納棚にペーパーロールのストックはあったが、それとは別に、写真立てと、一冊のノート、白い固形の何かが入っている小さな瓶。そして…私のお気に入りのTの香水が置いてあった。
📩なみえ様へ📩
楽しく見ていただいているなんて…すごく嬉しいです💕
今の生活上、レスが深夜になってしまいがちですが、毎日少しずつでもレスしていきますので最後までお付き合いよろしくおねがいします🙇
ありがとうございました❤💕
写真立てには23・4歳であろう、今より若いあの男と……横に笑顔がとても素敵な女性が写っていた。
なにこの女の人…髪型や目つき、面長な輪郭…なんとなく雰囲気が私と似てる気がした。
そして、横に写る男の顔…私はあの男がこんな無邪気な顔するなんて知らない…
心臓が締め付けられるような…とても苦しくて手が震えてきた。
深夜12時。男は寝ている。きっと朝まで起きないだろう。
私は'いけない'と思いながらも、ノートを開いてしまった。
'平成8年6月 私と洋介は同棲を始めた。
家事頑張るぞ‼'
'平成8年9月 洋介と喧嘩した。私の気持ちもわかってよ…'
'平成9年12月 クリスマスイブ、洋介にプロポーズされた。すごく嬉しかった。'
'洋介'私はこのノートで初めて男の名を知った。
ノートにはまだまだたくさん彼女の日記が書かれていたが、その日記は平成8年から始まり、平成10年3月で終わっていた。
別れたのかな…❓いや、別れているならこのノートはここにはないはず…
小さな瓶の中の白い固形…
亡くなってるんだ‼
その固形はおそらく骨だろう。私は人間の骨を見た事なかったが、確信した。
そしてTの香水はきっと彼女が愛用していたものだろう。
量が半分以上減っていた。
なんだかとても苦しかった。心臓がカラカラに乾いたような、ドンと殴られたような…何とも表現しにくい苦しみ…
私はノートを元の位置に戻し、使い切ったロールペーパーを補充してベッドで寝ている男の横に潜り込んだ。
そして男を強く強く抱き締めた後、寝ているにもかかわらずパンツを脱がせ、大事なモノにしゃぶりついた。
男は起きてビックリしていたが、ジッと私の愛撫を受け入れていた。
男は私の口で果てた。
私はウガイをしに洗面所へ行き、涙で汚れた顔も一緒に洗いながした。
『おなかすいたからコンビニ行ってくるね』
そう言って財布を小脇に抱えてコンビニまでダッシュした。
別におなかなんて空いていない…私はコーヒーとタバコとライターを買い、室見川の、いつもとは違う、男の部屋からは見えない場所に座り込んだ。
飲み干したコーヒー缶を灰皿代わりに、もう何本目だろう…タバコの吸いすぎで気分が悪くなってきた。
男の家に戻った。
男は寝ていた。そりゃそうだろう。今日は2回も果ててるから…
私は男の顔を見つめた。小さな顔、色白で長いまつ毛、瞑ってる瞼にホクロを発見した。
見慣れていたはずの男の顔…ずっと見ているうちに、一瞬'この人誰❓'なんて錯覚し始めていて、なんか自分が怖くなってきた。
結局私は一睡もできず、朝をむかえた。
男が起きた。まともに顔を見れない…
感情を隠せない私は、ずっとうつむいていた。
言わなくちゃ…見てしまった事…でも言えなかった。
いつもは夜まで男の家にいる日曜日。
この日は用事があるから、と昼前に出ていった。
男は何を聞いてくるわけでもなく、ただ心配そうに私を見ているだけだった。なんだか悲しかった。
月曜日、また一週間仕事だ…やる気が出ない。私はミスを繰り返した。ヤバいとは思っていたが、反省もできずに、同じようなミスが続く。
木曜日。
『さくら‼いい加減にしろ‼』
主任の怒鳴り声がオフィスに響く。
『お前ちょっとこっち来い‼』
私は休憩室に呼び出された。
『お前今週ずっとおかしいぞ‼同じミス何回も繰り返すし、もう少し気合い入れんか‼だいたいお前は喜怒哀楽が激しすぎる。何があったか知らんが、プライベートを職場に持ち込むな‼』
いつも怒鳴ったりしない主任は顔が鬼になっていた。当たり前だ…
『すみません…』
ヤバい、泣きそうだ…
私はうつむいていた。
『もう今日は帰れ。どうせ有給余ってるだろ❓明日まで休んでいいから頭冷やせ。』
『明日休んだら私三連休です。』
『いいから‼とっとと帰れ‼』
私は帰る事にした。
後輩のみんなが心配そうに私を見ていた。
会社を出て、近くのネットカフェに寄ってみた。初めて来た。
登録書に個人情報を書き込み、店内の説明を受け、部屋まで案内された。
せ、狭い…
イスに座り、シーンとした店内に緊張しながら、メニューを眺めていた。
飲み物が飲み放題なんだ…
コーヒーを取りに行き、一服しながらパソコンを起動し、今の私の気持ちをワードに書き込んだ。
書き込んでいるうちに、なんだか頭がスッキリしてきた。
明後日、土曜日。男に会いにいこう。トイレの棚を見た事、ちゃんと言おう。
おそらく男は'私'ではなく、亡くなった彼女を見てる。きっと。
ちゃんと聞こう。
土曜日。いつものように3時過ぎに起きて準備した。
Tの香水はつけなかった。
お泊まりグッズも持っていかない。
車で室見川まで向かった。
6時頃、私はいつもの場所で待っていた。
男は5分後に迎えにきた。
部屋に入り、話を始めた。
『あのさ、この前トイレの中のヤツ見ちゃったよ』
『…。』
『ごめんなさい。見るつもりなかったんだけど…』
それから男はまるで準備していたかのようにペラペラ話始めた。
私が想像していたとおり…写真の女性は男と婚約していたが、交通事故に遭い亡くなってしまった。まだ結婚していなかったから葬式は女性の実家で、もちろん墓も。男は女性の両親に頼み込み、骨をひとかけらだけ分けてもらい、瓶に入れた。
Tの香水、女性が愛用していたもので、そのにおいをかぐと、女性がそばにいる感覚に陥るという。
悲しくて悲しくて立ち直れない…そんな時、室見川を歩いていると同じ香りがして、その香りの元をずっと探していた。
ある日、窓の外を眺めていると、女性そっくりの女が座っているのが見え、一瞬生き返ったのかと思い、その女の元へ行こうとしたが、そんなわけはない、と、我に返り、ジッと窓から見るだけに止どまっていた。
寂しさを紛らわせる為に風俗に通うが、のち、性病をうつされ、通うのを辞めた。
完治した頃、よく窓から見かける女性そっくりの女に思い切って近付いてみようと思い、声をかけた。
その女からはTの香水の香り。'やっぱり君だったんだ'
よく見ると顔は全然違うが、髪型や輪郭、背丈や体の肉付、一番に同じ香りがする…
後ろから抱き付いているとまるで女性が生き返ったようだ…
つまり、男は'さくら'を、亡くなった彼女の替え玉として愛していた。
婚約者を亡くした息子を想い、田舎の両親は見合いを勧める。早く田舎に帰ってこい、と、催促の電話が、たまにかかってくるそうだ。
まだ男にはこの町を離れられない。彼女との思い出を捨てきれないのだと。
今の私に男の気持ちなんて考えれる訳がなかった。
私は男の話に、少しでも私自身を見てくれているという証しがあるか探したが、そんなもの一つもなかった。
『私は富田さくらだから。あなたの亡くなった彼女とは違うから』
そう言って家を飛び出し、ここにはもう2度と来るまいと誓った。
優しい表情で、私を、さくらを見てくれていると思ってた…その表情の奥には亡くなった彼女を思う切なさが隠されていたなんて…
私…とんだ勘違いしてたんだ…
車に乗り込み、とにかく走らせた。涙で前がぼやける…腕で涙を拭き取った。何回も、何回も。
車内はコンポにセットしてあるリルキムのHip Hopのビートに包まれていた。私は音量を最大にした。心臓の音に近いこの低音で、勘違いしていた自分を書き消す為に。
ヤバい…ここどこ❓
一時間くらいだろうか…何も考えずに車を飛ばしていたせいか、全然知らない場所に来ていた。ただでさえ方向音痴なのにどうしよう…
海水浴場❓ちょうどいい。時季外れだから誰もいない。
私は車から降り、履いていたミュールを手に持って裸足で浜辺を歩いた。
誰もいない事をいいことに、砂浜をベッド代わり、腕を枕代わりに、仰向けに寝てみた。
夜8時を過ぎている。真っ暗な空だ。
波の音しか聞こえない。
この地球に私一人しかいないのかと思わせるくらいに、視界には空以外何もない。
私は一つの星をずっと見ていた。
『星はゴミの固まりなんだよ』
いつか誰かに聞いた事があるが、そんな陰口に対抗するかのようにキラキラと輝いていた。
お腹空いた…
今までの失恋の数々の中でも一番苦しくて食べ物も喉を通らないくらいだ…とか思っていたが、やはり人間、腹が減っては戦はできぬ。こんな時でもお腹がグーグー鳴っていた。
コンビニでも探そうと車に戻り、エンジンをかけるとスピーカーから爆音。
音量上げてたの自分なのに、すごいイライラした。
コンビニが無い…ってか、ここら辺、山と海しかない…暗いし車通りも少ないし、帰り道わからないし…どうしよう💦
私はまた適当に車を走らせた。
とりあえず栄えた感じの道に出ればなんとかなるだろう。
落ち着いて運転する事にした。
やっぱり私の恋なんて上手くいかないんだ…あの男には期待していなかったが、いつかは夢見た'お嫁さん'私には一生無理な気がした。
走らせる車はのち、明るい街に出てなんとか知ってる道にたどり着いた。
男のアパートが建つ室見川を右に横切る。
辛いけど、本当に苦しいけど…今までありがとう。さようなら…
次の日、私は髪型を変えた。ロングで縮毛矯正をかけたストレートのワンレンだったが、前髪をバッサリ切った。デジパをあて、雑誌でハヤリの'神戸巻き'にしてみた。茶色にカラーリングしていた色も、もっと明るい茶色に。
茶色のカラコンを買った。
なんだか不思議な目になった。
そして…私に似合う香りを探しにCKの香水専門店に行った。
『お客様の雰囲気に合う物をお持ちいたしました。』
綺麗なお姉さんが勧めてくれたエタニティは、少し苦手な香りだったが、このお姉さんがせっかく私に勧めてくれたから、買った。
家に帰るなり、母に抱き付かれる。
『さくら~どうしたの❓スッカリ変身しちゃって。あら、香水も変えた❓』
『似合う❓』
『バッチリ👍可愛いわよ』
よかった。
お風呂に入り、ベッドにもぐり込んだ。
結構ハードな一日だったのに、寝付けない…浮かぶのはあの男…身形を変身させたくらいじゃ忘れられない…
私の手は自然と自分の大事な部分を触っていた。あの男に愛撫された一つ一つを思い出しながら…丁寧に…優しく…体を慰めるように。
初めての自慰行為だった。
翌朝、今日は月曜日。いつもより早く目覚めた。昨夜の自慰行為がよかったのか、不思議と前向きだった。
私には働く場所がある。仕事頑張ろう。仲間もいる。友達も、同僚も。まだ22歳だし(もうすぐ23だけど)これから出会いもたくさんあるはず。ゆっくりでいいから…素敵な彼を探そう。
無理に立ち直ろうとしているわけではなく、素直にそう思っていた。
職場にはいつもの顔ぶれ。
『おはようございまーす』
いつも始業時間ギリギリ出社の私は、今日もいつもの時間に出社し、いつものように挨拶をした。
同僚達は『さくらちゃんおはよ~‼何何❓イメチェン❓可愛い~し💕』なんて言ってたけど、'もう大丈夫なの❓一体何があったの❓'とでも言いたそうな顔をしていた。無理もない。先週の私…ミスは繰り返すは主任に怒鳴られるは木曜日早退したっきりで金曜日は休んでいたのだから。でも、主任だけはいつもの主任でいてくれた。
『なんだその髪は~❓チョココロネか❓』
『違いますよ~神戸巻きで~す』
ハヤリにうとい主任は、しばらく私をチョココロネと呼んだ。
『さくらさん、ひさしぶりっス』
ある日、高校生の頃地元のファミレスでバイトしていた時の後輩、エミから電話があった。
エミ…金髪に、普段着はカナイのジャージ上下、金のネックレス、口にはピアスの穴が2個開いた、いわゆるヤンキー…でも、中学も同じで、面識があったせいか特に仲良くしていた。人懐っこくてとても可愛い。
『たまには遊んでくださいよ~』
会社勤めするようになってから、合コン三昧だった私は、エミの誘いを断りがちだった。
『そーだね。夜ならいつでも暇してるから誘ってよ』
『マジっスか❓なら明日迎えいきますから』
エミはマジェをヤン車風に改造している。しかも運転が荒い。少し抵抗あったが、迎えに来てもらうことにした。
当日、会社から帰り、シャワーを浴びてカラコンを入れ、メイクをした後、エタニティを手首につけた。
この香り、やっぱり苦手だな…と思いながら。
私は近くのコンビニでエミを待った。
『さくら❓』
男の聞き覚えのある声…
そして懐かしいCK1の香り。
『渉❓』
私にとって初彼の渉だった。
最後に見たのは、高校2年の夏。渉と別れて1年が経とうとしていた頃、放課後地元で彼女を連れて歩いてるのを見たっきり。
あの時、バレないようにサッと隠れてしまった私。後で悔しさでいっぱいになったのを覚えている。
『すっかり姉ちゃんになってから~』
どこのおっちゃんのセリフだよ❓と思いながらもなんだかひさびさの渉のノリが嬉しくてたまらなかった。
『渉のほうこそ。今何やってんの❓』
『俺パパになったんだぜ‼アレ、嫁とガキ』
渉が指差す方には、華奢で色白な女の子と、その女の子に抱っこされている子供。
私を見て軽く会釈している。
『そっか~渉がパパにね~へぇ~』
なんだかテンションが一気に引いた。
祝福できる余裕がなかった。
タイミング良くエミの車が来たので『頑張ってね』とだけ言い、逃げるようにマジェの助手席に乗り込んだ。
『さくらさんひさしぶり~。何か雰囲気変わりましたね』
ひさしぶりなエミと喋りながら、渉に祝福の言葉もかけれなかった自分の小ささになんだか情けなく思えてきてならなかった。
『そーいえばさくらさん、智って知ってるッしょ❓』
智…❓何だったっけ❓
『だいぶ前の話なんだけど、あいつ、さくらさんの事'すぐ股開く女'って仲間内の男にヤれる女紹介するとか言いふらしてましたけど』
思い出した…ヤリ友だ…
『それで❓』
『それっきりさくらさんと連絡とれなくなったとか言ってましたけど…』
本当世間は狭い。智は確か市外の人間だったはずなのに…
『私そんな男知らないよ~』
嘘ついて誤魔化した。
エミは『ふ~ん』とだけ言った。
エミの車は埠頭で止まった。
『さくらさんちょっと待っててね~』
エミは車から降り、なんだか質の悪そうな集団の元へ走り出した。
なんか嫌だな…外を見ると、スポーツカーや、エミの車と似たような車がドリフトをしていた。
『さくらさ~ん、うちの彼氏がいるんスよ。さくらさんも一緒降りてきてよ』
え゛っ…と思いながらもエミの後ろから着いて行き、その集団の中へ入っていった。
人見知りからか…怖かったからか、私はエミの彼氏にだけ会釈し、集団から離れた。
磯臭い埠頭には、海の上に大きな船が3船ほど集まっていた。
私は海に浮かぶ船を眺めながらタバコに火をつけた。
エミ、ずっとココにいるつもりなのかな…❓なんか嫌だな…帰りたい…
そんなことを考えているとエミとエミの彼が集団から抜け、私の所に近付いてきた。
『さくらさん飯食い行こっっ』
エミの車に向かう途中、その集団の人達にジロジロ見られていたのがすごい嫌だった。
中に女が2・3人いたが、完全に私を睨んでいた。
『さくらさんすみません。実はあの中に智の女がいるんス。さくらさんは智の事知らないって言ったけど、アイツらはさくらさんの事知ってるし…男遊びもいいけど気をつけないとですね…』
は❓いつの話してんだ❓しかも智なんて名前忘れてたほどの男なのに…
こんな所に私を連れてきて偉そうに説教するエミに、すごいイライラしてきた。
『半年以上も前の話だよ❓智の事忘れてたし。好きとかじゃなかったし、別に今だに関係あるわけでもないから』
笑いながらエミに言った。
『ならいいですけど…』
エミは違う話題に切り換えたが、なんだかシコリが残った。
私達はファミレスに着き、エミとエミの彼氏が隣りに並んで座り、私は向かいに座った。
エミの彼氏の名前はミノル。このミノルがこれからの私の人生を大きく変えるキッカケとなってくれた。
ファミレスで、この3人で、一体何を話せと❓
とりあえずエミ達2人の出会いとか、何で付き合うようになったか、とか…そういう話題しか振れないから、2人のノロケ話を聞いていた。
なんか人の恋愛って本当純粋というか綺麗というか…輝かしく思える。幸せそうに話す2人を見て、おなかいっぱいになった笑。
『どうも御馳走さまでした。んじゃ、私もう帰るから』
そう言って私は'送るよ'と言うエミにいいからいいから、と宥め、タクシーに乗り込んだ。
家に着き、自分の車をとめている駐車場に向かい、車に乗り込んだ。
今日は渉が結婚していた事を知った。エミとミノルのラブラブぶりを見た。なんだか自分だけ独りで寂しくてたまらなくなった。
私はエンジンをかけ、車を室見川へと走らせた。あの男'洋介'を忘れたかったはずなのに…逢いたい。すごく逢いたい。もう二度と行くまいと誓ったのに。室見川に行きたくてしょうがなかった。
一か月ぶりの室見川。私はあの洋介の部屋から見える場所で座って待った。
こんなことをしても無意味なのに…
洋介が来てくれる事を期待して…
『ひさしぶり』
洋介は期待通り迎えに来てくれた。
両手を広げて。
もう前の彼女の替え玉でも何でもいい。この孤独感から開放されるのなら。
私は洋介の胸まで走った。
変わっていない洋介の優しい表情。すごく切なくなる。でも私は髪型も香水も変えてるのに、洋介は私を受け入れてくれた。
洋介の胸はすごく暖かくて、ホッとした…
手を繋ぎ、洋介の家まで歩いた。
ココに戻ってその場しのぎのように洋介に頼るような事しても、意味がないのはよくわかっているのに…
そう考える自分。
洋介は部屋に入るなり何も言わずに私を抱き締めた。
『君には本当失礼な事してしまったと思ってる。でも俺、どうしても君にそばに居てほしかったんだ。定期的に姿を表す君を見失わないように毎日窓から見てた。あの日からはもう来てくれないと思ってたけど、来てくれる事願ってたよ。ちゃんと謝りたかった。』
その謝りの言葉にも私を愛している証しは無い。
でも、もういい。こうやって洋介に抱かれるだけでホッとするのは確かだから…。
私の意味の無い恋愛が始まった。
私は髪型を元に戻した切った前髪は元には戻らないけど、チョココロネ部分にストレートをあてた。香水もTに戻した。
洋介はきっとこれから先、私を'さくら'として見てくれる事はないだろう。
せめて髪型と香りだけでも亡くなった彼女と同じにしてあげよう。
後ろからだと亡くなった彼女と似てるんだから。
エッチだって後ろからしかしない。
それでいいよ。
十分だよ。
一緒に居てくれるだけで私は独りじゃないと思えるから…
ある日、洋介が後ろから入っている時
『…美香…』
と呟いた。亡くなった彼女の名前だろう。
複雑な気持ちになったが、不思議と悲しくはなかった。
とうとう私の感情は腐ってしまったのかと思った。
洋介はヤった後すぐ寝てしまう。
寝ている洋介を見つめている時が一番好きだった。まるで洋介の寝顔が自分だけの物な気がしたから。
私の携帯はよく知らない番号からの着信がある。
ほとんどは取らない。
当時着信拒否機能が無かったのか…面倒でしていなかったのか忘れたが、取らなければ十分拒否できてるだろう、という考えだった。
ある日、友達へのメールを作成している最中に着信があった。
誰からの着信か確認する間もなく通話になっていた。
『…はい❓』
『あ~さくらちゃんだよね❓』
『誰❓』
『俺ミノルで~す』
『あぁ、エミの彼氏の…どうしたの❓』
エミはミノルと仲良しやってるのかと思っていた。
でもミノルはあの埠頭にいた集団とエミとの事で別れようと思っているくらい悩んでいたようで、集団とあまり関係のない人に相談したくて、エミの携帯から私の番号を勝手に調べたのだと。
ミノルは埠頭集団から抜けたいけど、エミはミノルに合わせるつもりが無く、ミノル抜きで毎晩のように埠頭集団と遊んでいる事に理解できないとか言っていた。
エミが居ない所でこういった話を持ち出されても何と言っていいかわからなかった私は、とりあえず'エミに言ってみるよ'と電話を切った。
ミノルとの電話を切ってすぐにエミの携帯に電話した。
『もしも~』
電話の向こうのエミはテンション高く、賑わった場所にいるようだ。おそらくまた集団と一緒なのだろう。
『さくらだけど。今ミノル君から電話あってさ』
ミノルとの電話の内容を説明し、とりあえずミノルとよく話し合うよう説得した。
『なに人の男とコソコソ連絡とってんだよ❓テメェみたいなヤリ○ンが説教してんじゃねぇよ‼ヤりてぇだけだろ。ダチの男寝とるような趣味の悪い事してんじゃね~』
…は❓何言ってんの❓
元々エミは口が悪かったが、人の話まともに聞かずにこんな悪口言う子なんて知らなかった。
『酷い事言う子なんだね』
そう言って私は電話を切った。
エミに電話する前までは、どうにか2人がうまくいくように思っていたが、エミにあんな酷い事言われた今、もうどうでもよくなっていた。
しばらくしてミノルに電話するため着信履歴を開こうとした時、ミノルから電話がかかってきた。
『さっきエミから電話かかってきた。さくらちゃんエミに何言ったの❓』
エミがミノルにどう言ったのかは知らないが、ありのままの会話をミノルに伝え、協力する気は無いと言った。
『そうだったんだ…エミはそう思い込むと絶対に聞く耳もたなくなる所あるんだよね。俺もう疲れた。エミはあの集団の中の男との噂もあるし…もう別れる』
ミノルは決心したようだ。私も別れたほうがいいと思ったから止めなかった。
『俺ってエミの何だったんだろ…』
電話の向こうで落ち込むミノルに純粋さを感じながらも
『所詮恋愛なんてそんなもんだよ。ハマるが負け。傷つくくらいならハマらないほうがマシだよね』
なんて冷たい言葉をかけてしまった。
それ以来、ミノルはエミと別れて寂しいのか、私に頻繁に電話してくるようになった。
別に嫌じゃなかったし、ミノルとの電話は結構楽しかった。趣味や仕事、今の生活の事、いろんな事を話すようになった。
『さくらちゃんって彼氏いないの❓』
ミノルに聞かれた。
『彼氏はいないけど男はいるよ~』
私は洋介の彼女ではない。でも、友達でもない。洋介の存在を表現できる言葉が見つからなかったから'男'と呼んだ。
『さくらちゃんってさ、男関係どうなってんの❓智の事とかもあったし…やっぱアレなの❓』
智の事に関しては昔の事だから話さなかった。
私はミノルに洋介との関係を話した。
私は洋介に亡くなった彼女の代わりとしてしか思われていない。でも私は洋介と一緒に居れるだけでホッとするからそれで十分なんだ、と。
初めて他人に話した。反応は気になったが、別に他人にとやかく言われる筋合いは無い、くらいに思っていた。
『へぇ~恋愛っていろんな形あるからね~』
ミノルは当たり障りのない言葉で返してきた。
『電話ばかりだと飽きるよね~今度さ、会わない❓』
今まで散々電話してきたのに別に会ってまで話す事ないだろ、と思ったが、『あ~今度ね~』と曖昧な返事をしておいた。
それからしばらくミノルからの電話は無かったが、最後の電話から五日後、
『明日夜8時にこの前のファミレスで会おうね』
と、連絡が来た。
正直会いたくなかった。もしエミに見られたら、『やっぱり人の男狙ってたんだ』とか勘違いされそうで嫌だった。
断ったが、ミノルは私が来るまで待つと言った。
待つと言ってるミノルを無視するのも酷だし、仕方なく行くことにした。
行くからには時間は守ろう。
8時丁度にファミレスに着いた。
『さくらちゃ~んこっちこっち』
一度しか会ったことのないミノルの顔をうる覚えだったが、あぁ、こんなだったな、と記憶がよみがえる。
ミノルが座っているボックス席にはミノル以外に男と女がいた。
『これら、俺のダチ』
あぁ、
人見知りがちな私は『どぅも』と小さめな声で挨拶した。
私は、友達の友達、とか、彼氏の友達、とかって何故か苦手だった。
合コンだったら結構オープンになれるのに…苦笑。
それどころかミノルですらあんまり面識ないのに…
雰囲気が悪くならないよう、笑いながら『この面子は一体どういう事❓』
とミノルに聞いた。
『まぁいいからいいから』
何がいいのかわからん。ミノルは私に彼らを紹介し始めた。
『コイツは俺のダチで将太、んでこの女は香織。よろしくしてやってね~』
なんだかよく意味がわからなかったが、とりあえず仲間に入れてもらった。
将太との出会い…現在から五年前の出来事。私はこの日の将太への第一印象を今でも鮮明に覚えている。
日頃は無口で硬派ぶってるだろ❓と突っ込みたくなるような将太。
初めて会ったこの日、さほどしゃべってもいないのに、別れ際照れ臭そうに私に携帯番号を聞いてきた。
それからはミノルと入れ替わりのように将太からの電話が絶えなかった。毎日かかってきてはいろんな話をした。
何と表現すればいいかわからないが、将太の物事の捉え方や、発想、将太の声から出てくるすべての言葉に嘘偽りがまったく無いのが伝わる。きっと生まれてこのかた嘘なんて一度もついた事ないだろうな、と思えるくらい将太は'純粋'だった。
そんな将太と電話で話すたびに、私の心まで純粋にしてくれているように感じた。
後で聞いた話だが、ミノルは彼女と別れたばかりの将太に女を紹介しろ、と言われ、香織と私を呼び付け、好きな方を選べ、と言わんばかりに将太に会わせたそうだ。
私はミノルに、彼氏は居ないと言ったが、洋介の話をしている。
しかも香織はミノルの事が好きで猛アタックしていた子だった。
ミノルはテキトーな奴だと判明した笑。
でも、そんないい加減なミノルに私は今でも感謝している。これからもずっと…。
『2人で会わない❓』
将太から言われた。
とくにためらう事もなく
『いいよ~』と返事をした。
土曜日の夜と言われ、一瞬洋介の事が頭によぎった。洋介の家に泊まりに行くつもりだったが、将太を優先した。
洋介とは会うのに約束なんてしない。今だに携帯番号も知らない。
私が洋介の部屋の窓から見える場所に行かない限り、会う事はない…このスタイルは洋介と出会ったころのままだった。
私は洋介への後ろめたさを少しだけ感じたが、将太と会う土曜日を楽しみにしていた。
小学生の頃の遠足の前夜のように…
まちに待った土曜日、私は昼過ぎに起き、シャワーを浴びてストレートの髪を念入りにブローする。
夜まで時間はたっぷりある。指先に短めのネイルチップを初めて付けてみたが、どうも違和感があり、全部取った。
メイクにも気合いが入り、マスカラを塗るのに10分間ほどかけた。
初めて2人で会う。気合いが入っているのを悟られないよう、ジーンズで行こう。
最後にTの香水をつけ、約束の場所まで電車で向かう。
10分前に着いた。将太は車で来ていた。
車の助手席側のドアをノックすると、不機嫌そうな将太の顔がコロっとニッコリ顔に変わり、ドアを開けてくれた。
私は無言で運転する将太の横で何を話そうか考えていた。
車内には私の好きなリルキムの音楽が鳴り響く。
いつか電話で私の好きな音楽を聞き出した将太。わざわざ用意してくれていたようだ。
『『どこ行く❓』』
2人同時に同じ言葉を発し、吹き出すように笑った。
『将太に任せるよ』
将太はまた無言になり、車を走らせた。
着いた場所はカフェだった。
店内は暗めの照明。インドをイメージしているのか、ガネーシャのような象の神様みたいなデカいのが建っていた。
向かい合って座る。電話での将太の声を今はリアルで聞ける。
将太の垂れた目は優しさを意味しているようだ…将太が発している渋い声はリラックス系の音楽でも聞いているようだ…将太がどんな事をしゃべっていたのかまったく覚えていないが、なんだか癒されたのは覚えている。
最初は無口だった将太。カフェを出る頃には電話でペラペラしゃべる将太と同じになっていた。
車は見覚えのある道を通る…
まさか…
『どこ行くの❓』
『室見川だよ‼知ってる❓』
やっぱり…あ゛~洋介にでくわしたくない…
『川よりも夜景が見たいな』
そう言うと、将太は車の方向を変えた。
ホッとしたが、なんだか大きな嘘でもついたかのような気分になった…
私は一体何考えているのか…この様子だと将太から告られるのも時間の問題だろう。
もし告られたらどうする❓断らない。でも洋介は❓もう逢わない❓それは嫌…
まぁ、告られてから考えるか…
少し軽く考えてしまってた。このときハッキリさせておくべきだった。
案の定三回目のデートで告られ、付き合う事になったが、将太にハマッてしまうのが怖いのか、余裕がほしいのか、私は洋介との関係も継続していた。
でも、将太と会う日を重ねるたびに、あんなに愛しかった洋介に会う事が億劫になり、自然と洋介に会いに行く回数は減った。
将太は一人暮らしをしていて、私は仕事を終え自分の家に帰り、将太の迎えを待つ。そして2人で将太の家に行く。毎日だった。
『俺、毎日会いたい』
正直ダルいと思った事はあったが、それでも将太と一緒にいる時間は好きだった。
こんな私なのに、一目惚れしたと言ってくれる将太は、私を大切にしてくれていた。
よく'愛されるよりも愛したい'とか歌われるが、私から一方的だった洋介との関係と比べると、逆も有りかなと思った。
クリスマスイブ。将太とは付き合って三か月目になる。
私はアクセサリーショップに連れられていた。
指のサイズを計るから、と、店員さんに様々な大きさの輪を指にはめられる。
そして『少々お待ちくださいませ』と言い、店員さんはラッピングをし始めた。
将太は前もってデザインだけ選んでいたようだ。
一見女ごときにそんな事しなさそうな男なのに、どれだけ私の事好きなんだ❓将太は私に接する一つ一つが丁寧だった。
『高いの買ってやれなくてごめんな』
車に戻り、さっきのアクセサリーショップの袋を膝の上に置かれた。
ラッピングしてもらっている時、ショーケースに並ぶ商品の値札を見たが、どれも3万円前後だった。給料もさほど多くはない、1人暮らしをしている将太にとっては大きな出費だっただろう。
ラッピングを綺麗に開け、筒状のフタを開けると、リングとネックレスのセットだった。
リングとネックレスのデザインは蝶で統一されていて、とても小さなダイヤが2粒づつついていた。
『それとこれ。』
小さな封筒を渡された。中にはメッセージカード。きったない字で『さくら、ずっと一緒にいよう』
と書かれていた。
将太は私のために慣れない事をしているのがすごく伝わってきた。
小さなダイヤの輝きも、きったない字のメッセージカードも、私にとっては2度と手に入らない超高級品に思えた。
夜はホテルのディナーに連れて行かれた。
将太は一体どんなマニュアルを見てきたのか❓
私はこんなオシャレな事は性にあわない。正直すぐにでも出たかったが、せっかくの将太の好意を無駄にはできない。我慢した。
ワインは不味い。出て来る料理、確かに美味しいが、食べ慣れていないせいか、'同じ値段出すなら回らない寿司屋の方に行くかな'とか思っていた。
今日はホテルの部屋をとってあると言う将太。もう限界。
エレベーター内で吹き出してしまった。
『ごめん。私こういうの慣れてなくて💦』
『だよな❓俺も。やっぱそうだよな。』
やっといつもの将太に戻った。
この日以来、将太は背伸びする事を辞めてくれた。
笑ってしまったけど…でも、本当はすごく嬉しかったんだ。
今までの私のセックスはどちらかというと受け身だった。が、将太とのセックスで、私は今までに無い自分が出てきていた。
'S'
とにかく将太に満足してもらうことに懸命になり、私に攻められている将太の様子を伺う。男の人の感じている声はたまらなくジンとくる。
将太の渋い声は特に最高だった。
そう思うことをずっと'M'だと思っていたが、友達に'それはSだよ'と言われ、初めて気付いた。
私を自由気ままにさせてくれる将太に対し、洋介はたまに強引なところがあった。
くわえている時、洋介は私の頭を目一杯動かす。えずく私を気にせずに。
昔はそれで良かったのだが、洋介との関係が億劫になっている今、噛みちぎろうかと思うくらい嫌になっていた。
偶然だった。洋介とコンビニまで買い物に来ていた。雑誌コーナーにミノルがいた。
とっさに洋介と繋いだ手を解いたが、バッチリ見られている。
ヤバい…将太にバレる…冷や汗とはこのことか、頭が青になった。
ミノルは他人のフリをしたが、次の日、ミノルからの着信。
『昨日のアレって例の男だよね❓』
私は将太に本当の事を打ち明ける決心をした。
このままミノルに口止めしてもらうこともできたが、将太は嘘が大嫌い。いつかミノルの口が滑った時、怒り狂うだろう。
そうなる前に、ちゃんと自分の口で伝えよう。
仕事を終え、自宅で将太からの連絡を待つ。
いつもは化粧を直したり、雑誌を読んだりして将太を待ったが、
今日は床に座り、将太に話す事をジッと考えていた。
何故だろう…自分でまいた種なのに、自分が傷ついているかのような苦しみ…
心臓がどんどん渇いていくかのような痛みが襲ってきた。
将太の車に乗り込み、いつもと変わらない将太の楽しそうなノリに私は愛想笑いで接することしかできなかった。
将太の家についた。
いつもは軽くハグをし、キスをする。
この日は私の様子で何を悟ったのか、将太は黙ってソファーに座った。
私と2人きりの時の将太は、そのタレ目が余計たれ、目が潰れるくらいに笑っている。
『話あるんだ。』
将太の顔は冷たく、何かを軽蔑しているかのような表情に変わる。
それだけで苦しくて泣きそうになる。
『ミノルに何か聞いてる❓』
『何を❓』
ミノルは将太に何も言ってないようだ。
話を始めた。洋介の事、洋介への想い、関係を今でも続けている事、言葉を詰まらせながらも、正直にすべて話した。
将太は、あいづちも打たず、無言だった。
冷ややかな表情が、怒りの表情に変わっていくのがわかった。
『それで❓』
将太は冷たく言う。
『……ごめんなさい』
『謝れとか言ってない。お前はこれからどうしたいのかって聞いてんだよ‼』
『洋介とはもう会わない。これからも将太と一緒に居たい』
『はぁ。あのさ、俺だってバカじゃないんだからさ、お前の態度見てて他にも男がいる事くらいわかってたよ。俺はお前に一目惚れしたって言ったよな❓それは俺の勝手だ。お前はそんな俺を拒まなかったよな❓だから俺はお前に俺だけを見てほしくて必至で今までやってきたんだ。それでお前は二股を俺にバラしてこれからどうしたいのかって聞いてんだよ。ミノルに見られてなかったらずっと二股してたんだろ❓バレたからって昨日の今日でその洋介と切れていいのかよ❓お前はそんな軽い付き合いするような女なのか❓』
言葉が出なかった。
将太の声は冷たかった。でも、言葉には私を愛してくれているという証しがたくさん詰まっていた。
『お前さ、もうちょっと自分を大切にしろ。自分もろくに大切にできない奴は他人も大切にできないんだよ』
将太の言うとおりだ…
それから将太は私を家まで送ってくれた。車の中で'しばらく距離を置こう。その間にじっくり自分を見つめ直せ'と言われた。
黙って頷くしかなかった。
このまま愛想つかされて一生将太から連絡が無いかもしれない…
三日、四日と日にちが過ぎていく中、将太からの着信やメールが無い携帯の開け閉めを繰り返し、反省よりも不安のほうが大きかった。
土曜日、私は洋介に別れを告げるため、室見川まで車を走らせた。
あのいつもの場所で洋介を待つのも今日が最後。
『おまたせ』
変わらない優しい表情の洋介。
繋ごうとしている洋介の手に気付かないフリをした時点で、洋介は心配そうな表情になる。
部屋に入り、後ろから抱き付く洋介に言う。
『私好きな人ができたんだ。彼を傷つけたくない。私、洋介に会うのが辛いんだ。もう来ないから…』
一瞬、抱き付く洋介の腕の力がゆるんだが、また強く強く抱き締められ、私の耳元で'ごめん'と一言呟く洋介。声が震えていた。
一気に罪悪感でいっぱいになる。
今まで洋介を必要としていたのは私なのに、洋介の気持ちなんて考えもせずに私は被害妄想に浸っていたところがあった。
洋介は私を、亡くなった彼女の替え玉として見ている。それをわかっていながら私は洋介に想いを寄せる。切ない恋物語のヒロインにでもなったつもりか…
キッカケは亡くなった彼女に似ていた事からかもしれないが、洋介は洋介なりに私の事をちゃんと'さくら'として見てくれていたはずだ。
その証拠に、私が突然現れるあの場所には必ず4・5分後には迎えに来てくれていた。
ただ似ているだけなら、そんな偽の世界に長々と付き合うわけがない。
'ごめん'を言うべきなのは私だ。
私はいったい今まで何をしていたのだろう…
自分勝手して人を傷つけて…'軽い付き合いするような女'将太に言われた言葉が身に染みる。
なんだか私以外の全ての人間が正しく思えた。
それから洋介とは本当に終わった。
将太と距離を置き、2か月がたつ。
将太からの連絡はない。
私は思い切って将太に電話してみた。
『あぁ、ひさしぶり』
無愛想な将太の声。
もしかしたら本当に愛想尽かされたかも…
『俺、お前に話あるから明日迎え行く』
きっと別れ話だ…
愛想尽かされたんた…
不安を通り越して諦めモードだった。
電話した次の日は金曜だった。
仕事を終え、家で将太からの連絡を待つ。
何言われるんだろう…
何言ったらいいだろう…
気分は最低だった。
将太からのワンギリ。迎えに来た合図。
カバンを片手に家の外に出て、将太の車に乗り込む。
『とりあえず俺ん家行くから』
ひさしぶりの将太の表情は、前回の冷やかとは違う。真面目な顔をしていた。
将太の家に着き、何から話そうか考えていた。
将太はソファーに座り、私に横に座れと言う。
少し離れて座った私の手を握った。
『俺さ、借金あるんだ』
え❓
今まで借金という借金は車のローンしかした事のない私は、『何か大きな買い物でもしたの❓』と返した。
『そうじゃなくて…金融。3社から合計150万。今まで返しては借りての繰り返しで元金が減る事がなかった。ちゃんと返していけるようにお前と距離置いてる間に整理してきた。』
正直将太が私に借金の話をする事の意味がわからなかった。
私は120万の車のローンを3年でくんでいて、もうすぐ返済完了する予定だ。
将太の借金も、私と同じで大した額でもないだろ、と軽く考えていた。
別れるか別れないかの瀬戸際だと思っている私はそれどころじゃない。
『それでさ、ちゃんと返済したら、お前と結婚したいと思ってる』
……え❓……
びっくりした。
この2か月間、まったく連絡が無かった事で、てっきり嫌われたのかと思っていた。
『私の事許してくれてるって事❓』
『許すもなにもお前俺と一緒に居たいんだろ❓この前は感情的になって冷たくしたけど、俺はその洋介とやらに勝ったんだろ❓』
予想してなかった展開に、なんだか頭が痛くなってきた。
『とりあえずお前なんでそんなゲッソリしてんだ❓』
2か月間、ずっと自分を責めていた。不安も混ざり、私は食事の後もどしてしまうという症状が出ていた。
身長165cmに対し体重53kg、胸とお尻にほどよく肉着きがあったスタイル。顔を隠してもうちょい胸あればグラドル体型だね、と言われ、'顔を隠せば'は失礼だろ、と思いながらも自慢だった体。今は6kg減り、不健康そうなヤツレスタイルになっていた。
『こういう場合、俺の方が辛いんじゃねーの❓』
そうだ。二股かけられた将太のショックの方が辛いはず。
とことん自分勝手だ、と、また自分を責めた。
『ま、お前は俺が必ず幸せにするから待ってろ』
将太は私と洋介のその後の関係に一言も触れず、ただ自分の考えだけを言って私を強く抱き締め、'飯食うぞ'と、宅配ピザのチラシを見始めた。
そんな将太に男らしさを感じ、まるで初恋のようにときめいてしまった。
将太には2度と嘘をつかない。ありのままの、偽りのない自分でぶつかっていかなきゃ将太には釣り合わない。そう思った。
それから将太との交際は順調だった。
あまりお金を使わせまいと、ほとんどを将太の家で過ごしたが、二人で500円玉貯金をして、近場だが温泉旅行にも行った。
夜景が見える場所にも何度も連れてってもらったし、ホークス野球観戦、ペアチケットを知人にもらい、二人とも野球に興味なかったくせにファンにでもなったかのように応援した。
帰りの駐車料支払いの際、観戦時間三時間の駐車に対し、2000円という額に二人してブチ切れた笑。
将太は私の、昔の智との関係を誰からか聞かされた事があった。
将太は私を責めるどころか'さくらはそんな軽い女じゃない。俺は今のさくらを信じてるし好きなだけだ。'と言ってくれた。すごく胸が痛んだが、それと同時に'将太は私が幸せにする'と強く思うようになった。
将太が横にいて、目を潰して私に笑いかける…そんな楽しい毎日がずっと続いてほしい、それだけが私の願いだった。
『その借金の原因は何なの❓』
ある土曜日の昼、私は相変わらず万里子先輩の家にお邪魔していた。
最近やっと万里子Jr.が私に懐き始めた。私はJr.をあやしながら『そんなん知らな~い』と軽く返した。
『あんたね、結婚するつもりならちゃんと調べなさい‼借金の内容によっちゃ一生返済できない奴かもしれないんだよ』
何をそんなムキになってるのかと、クエスチョンマークが頭に過ぎったが、
万里子先輩は今の旦那さんの前に付き合っていた元カレにひどい目にあわされていた。
額までは知らないが、結構借金があり、返す気もない上、ギャンブルに使う金の為ならどんな嘘でもつき、万里子先輩からお金を騙し取っていた。
賢かった万里子先輩は気付いてすぐ元カレとキッパリ縁を切ったが、あの時の悔しさは相当なもんだろう。
そんな先輩が真剣に説教する。説得力があった。
『わかった。聞いてみるよ』
でも将太はギャンブルはしない。
私にせびった事も一度もない。
普通に働いているのに、何も大きな買い物していないのに…なんだか急に気になり出した。
借金の理由…いざ聞こうとするが、将太を目の前にすると聞き辛い。
聞き出そうとして三日目、やっとの思いで尋ねてみた。
将太は、話が長くなる、と前置きし、話し始めた。
実家のすぐ近くで一人暮らしをしている将太。変わってるな、と思った。理由があった。
元々将太の父親は気性が荒く、物心ついた頃から暴力を振るわれている記憶しかないそうだ。おそらく自我がでてくる2・3歳頃からだろう。
中学卒業後、就職が決まって居づらい実家を出るため一人暮らしを始めるが、中卒の初任給じゃやり繰りは難しかったそうだ。
それでも食事を我慢し、ギリギリやっていたのに五年間貢献してきた会社からの裏切り。給料未納があり、親に頼れるわけもなく、少しだけ借りるつもりで消費者金融利用。
結局給料は20日過ぎても未納のまま。すぐに職場を変えたが、新しい会社だからといって給料が多くなったわけでもない。タダ働きした2か月の給料分借金していたが返す当てがない。
それでも毎月返済日はやってくる。返済用にまた借り、その場逃れを繰り返した。
'借金慣れ'とでも言うのだろうか…
将太の収入だと、一社につき五十万、三社ほどから借りれると知り、今までカツカツな生活からのストレスが爆発し、欲しかった車を中古で買い、食事や遊びも贅沢になっていき、今にいたるのだと。
将太はどうしようもないこの状況を、まるで人事のように軽く考えていた。
ところが、私と出会い、結婚を意識したが、今のままでは養えない、と、距離を置いている間相談所で整理したと言う。
整理した所で借金が減るわけではないが、高すぎる金利を法律に基づいた利率に戻し、このぐらいなら返済できるだろうという月額を決めて、いずれは返済が完了できるという手続きができたそうだ。
言い辛かっただろうが、そういった借金をした事のない私にわかりやすく話してくれた。
将太は今までどんな思いだったんだろう…
親に専門学校まで卒業させてもらった私には到底わかりっこない。
借金が膨れ上がった事は将太の責任だが、生活していくのにピンチが襲った時、近くにいる親に相談すらできないって…
父親の機嫌を伺いながら育った将太を思うと胸が苦しくなり、人の親だが腹がたった。
『3年で完済予定だから。ちゃんと生活できる程度で返済額設定してるから心配すんな』
将太はそう言う。
ギャンブルじゃなかった…私は将太を信じた。
この頃、私の預金通帳に200万弱あった。毎月2万、年2回のボーナス20万ずつ、預金を増やすにこしたことはない、と貯め込んでいた。
その預金で将太の借金を全額返してしまい、後は私に返すようにしてくれば利息の支払いをしなくてよくなるよ、と提案したが、さくらには関係ない、と、断られた。
でも、何か将太の役に立ちたいと思ったが、ずっと一緒に居てくれるだけで十分だから…と言われた。
📩富田さくらを読んでくださっている皆様📩
一括で申し訳ありません。
前にもレスで伝えましたが、読んでくださっている方がいてくれる事、応援してくださる方、本当に励みになりました。
実話に基づいてレスしてます。自分のその時の感情や思い入れも文に残していきたいので、完結後に感想を聞かせていただけると幸いです。
始めから本人のみレス可のスレにしておけばよかったのですが、気が回りませんでした😭
不快に思われた方、本当に申し訳ありません🙏💦
どうかこれからも完結までお付き合いよろしくお願いします。
どうせ返すなら利息がかからないほうが良い、私の預金は今すぐに使うお金でもないから…
万里子先輩はそんな将太を'良い奴'と言ったが、私にはただの意地っ張り、無駄なプライド、としか思えなかった。
そしてそんな私には'バカ'と言った。
将太と付き合いだして一年が経とうとした頃、私は将太の家の合鍵を渡された。
『どうせ毎日俺ん家いるんだし、あった方が便利だろ❓』
合鍵を渡された事で、将太に信頼されていると実感した。
嬉しいあまり、仕事を終えると直接将太の家に行き、洗濯や掃除、夕食作りをして将太の帰りを待つ、半同棲のような暮らしが始まった。
夜は実家に帰っていたが、まるで将太の奥さんになった気分で、すごく嬉しいし楽しかった。
初めての手料理は肉じゃがだったのを覚えている。
将太は感激してくれたのか写メを撮っていた。
料理本を見ながら、2人分の目安で作ったが、将太に全部食べられた。
こんな幸せもあるんだ…と、主婦の世界に片足突っ込んだ私は、料理を趣味とした。
仕事中にもかかわらず暇を見つけてはデスクに料理本を広げ、今日の献立を決めて買い物用に材料のメモを取ったりした。
そんな私に主任は軽くゲンコツをかますが、『主任は今日何食べたいですか~』とチクイチ聞く私の質問に毎回答えてくれた。どうやら主任も私の仲間に入りたそうだ笑。
そんな私のなんちゃって主婦生活も軌道に乗ってきた頃、仕事を終えていつものように将太の家に向かう。
鍵を開け、電気のスイッチを押すが、点かない…カチカチの紐を引っ張ってみるがやはり点かない。
電球が切れたのかと思い、外は薄暗かったが、そのままにしていた。キッチンでお米を研ぎ、ジャーにセットする。ボタンを押すがスタートしない…何で❓冷蔵庫を開けると、いつものヒンヤリする冷気が漂ってこない。冷凍室の氷も少し溶けかかっていた。
この家は呪われたのかと思い、外もどんどん暗くなるし、なんだか怖くなってベッドに潜り込んだ。
さほど霊感なんて感じた事のない私だったが、玄関の外に誰かいる…オバケ❓
『ガチャガチャ…ただいま~』
将太だった。
私は泣きながら将太の元へ行き、電気もジャーも冷蔵庫も壊れた事をつげた。
将太は気まずい顔をする。
『ちょっと待ってろ』
そう言ってまた出ていった。
一時間後、いきなりパチっと電気がついた。冷蔵庫の運転音も鳴り始め、もしかしてと思いジャーのボタンを押すとスタートした。
一体なんだったんだろう。
少し遅くなったが、夕食の準備を始めた。
『どこに行ってたの❓』
走ってきたのか、息を切らして帰ってきた将太。
『ごめん。電気代の支払い忘れててさ…』
だから電気点かなかったんだ…
納得したがすぐ疑問が出てきた。
支払いを忘れていたからといって止められる訳がない。私の母は昔光熱費の支払い用の通帳に入金し忘れていて、期限日までに間に合わせられなかった事を思い出した。
しかし、未納の通知が来て、それをコンビニに持って行けば支払える仕組み。決して止められるなんて事はなかった。
止められるなんて…まさか滞納❓
将太に尋ねると、
『金は持ってるから』としか言わない。
今日私が帰ってきてどれだけ怖い思いしたのか将太は知らない。
私はキレた。
『一体何か月払ってない❓電気代だけ❓家に帰ってどれだけ怖い思いしたかわかる❓しかも止められてたなんて…金融じゃなくても未納は借金と同じじゃない‼こんな惨めな気持ち初めて‼』
自分の家でもない、ましてやお金払ってもないのに、ついつい余計なことを言ってしまった…
でも、いつも強がってて何でも自分で解決しようとする将太に、もっと私を頼ってほしかった…確かに私はただの彼女で関係のない事なのかもしれない。でも、将太がお金に困ってるのに相談すらしてこない事がすごく辛かった。
方言丸出しで怒鳴る私を宥めるように、そっと抱き締めて『ごめん』と言う将太。
少し呆れたように笑ってたのが許せない。
私は日頃使ってる財布とは違う財布からお札全部引き抜き、未納分の支払いに当ててくれと頼んだ。
『それは将太のお金だからそれで返してきなよ』
将太は私が家でご飯を作るようになってから食費として月に二万ずつ私に渡していた。そのお金を使わずにとっておいた。
『いいのか❓』
よっぽどお金に困っていたのだろう。初めて受け取る姿勢を見せた。
その時の将太の機嫌を伺うような顔がたまらなく辛い。きっと父親に対して常にこんな顔してたんだろうと思った。
私はこれを期に、私もこの家で毎日夜を過ごしているから、と、食費は受け取らない事にした。
私がこの頃一番恐れていた事…おそらく将太の場合、整理した時点で消費者金融からの借入れは無理だろう。そうなると、利息がありえないくらい高い金融に手を出す事…私の中でのイメージではVシネマに出てくる、怖いけど人情身のある金融。でもあれは悪魔でもフィクションであって、現実はそんなに甘くない事くらいわかってた。
将太に気持ちを伝えると、
『大袈裟だよ。俺真面目に働いてるだろ❓もう延滞もしないから心配すんな』
出た‼将太のその'心配すんな'が一番心配なんだってば…
将太はギャンブルをしているわけではない。風俗に通っているわけでもないし、本当に真面目に働いて真っ直ぐ家に帰ってきていた。
いくら生活に見合った返済計画でも、やっぱり毎月の返済額は多く、少しでも油断すると何かが払えなくなってしまう…
そんな時は必ず私に相談してくれるように言った。そうしてくれれば心配はしないから…と。
渋々だが、将太は約束してくれた。
それから将太はお金が足りない時は相談してくれた。といっても毎回2・3千円の話だ。
こんな少ない額でも足りなければ何かを未納にする…それが積み重なり大きな借金となる…
生活していくって大変なんだと実感した。
足りない分は私が払うようにした。
それが本当にベストな行動なのかはよくわからなかった。
将太と付き合いだして2年が経とうとしている頃、私は生理が一週間遅れている事に気付いた。
私は生理が30日周期で来る。ずれたとしても二日前後、排卵日も排卵痛で知らせてくれ、とても分かりやすい体だった。
私の避妊は排卵日を避けてセックスするという事だけだった。
(しかし、これは間違った避妊法です。必ず妊娠しないという訳ではありません。妊娠以外にも性病に感染するなど、とても危険な事です。私の場合、抗生物質を飲めば完治するウイルス性のクラミジアという病気の感染だけで済みましたが、中にはその病気の再発を繰り返してしまう質の悪い性病もあります。私が堂々と言える事でもありませんが、コンドームを使用する事はとても大切な事です)
心当りがある…快楽を追求するばかりに、中出しする事があった。
妊娠したとしても将太との子なら産む‼という覚悟もあったが、いざ生理が来ないと不安でならない…
妊娠検査薬で確認する事にした。
今日は土曜日。検査薬を片手に昼から将太の家に一人でいた。
確か説明書には結果が出るまで少し待つ、と書かれてあったが、私の尿を掛けると同時にハッキリとラインが出てきた。それは妊娠しているという意味。
25歳になった年、少し肌寒い秋の出来事だった。
将太に電話で知らせる。
『マジ❓病院は❓』
『来週水曜日有給とってあったからその日に行く』
『はいはい』
仕事中の将太は早く電話を切ろうと急いでいたが、喜んでくれているのが声でわかった。
さぁ、どうしよう…25歳と言えど、私は将太を自分の両親にまともに紹介していなかったし、私は将太の両親にも会った事がなかった。
休みをどうしても取れなかったと平謝りする将太。多少不安はあったが、お腹の中にいるかもしれない赤ちゃんを早くエコーで見てみたいとワクワクしていた私は、水曜日一人で産婦人科に行く。
水曜日。私は朝一で診てもらえるよう、朝8時に産婦人科の前にいた。
診察は9時からだが、待合室には私のように朝一で診てもらいたいのか、お腹を大きくした妊婦さんが何人かいた。予約表に名前を書き、大きくてフカフカなソファーに座る。テーブルに置いてあったたまごクラブ。他の妊婦さんに'私も妊娠してるかもよ'とでも言いたいかのようにパラパラと読み始めた。
正直この時まではあまり実感がなかったのか、たまごクラブの内容はどうでもよかったのだが…笑。
『富田さん、中へどうぞ』
以前性病を治す為に通っていた頃と同じ看護師だ。この人の笑顔はとても素敵だったから覚えていた。
尿検査でも妊娠の判定が出たということで、エコーで診てもらった。
『これが赤ちゃんですよ。』
どれ❓よくわからないんですが…
写真を一枚もらった。その写真はエコーで見ずらかった赤ちゃんの姿がハッキリ写っていた。また一か月後に検診に来るよう言われ、会計を済ませた。
将太にはその赤ちゃんの写真を写メで撮り、メールに添付して知らせたら即電話があり、やっぱり急ぎ口調ではあるが、喜んでいるようだ。
この日、今まで1日1箱強吸っていたタバコを辞めた。
将太の家に帰る途中、コンビニでお昼ご飯を買うついでにたまごクラブを買ってみた。
その日、将太はいつもよりも早く仕事を切り上げ、6時に帰ってきた。
『帰りに本屋に寄った』と、たまごクラブを渡され、『私も買ってるし』と、将太に見せ、二人で笑った。
将太は急に改まり、
『俺と結婚してくれ』
プロポーズだ…
どこに隠し持っていたのか、小さな花束を差し出している。
慣れていないせいか、こっちが恥ずかしくなったが、『はい』と返事し、花束を受け取った。
でも私達には時間がない。すぐにこれからどうするか、話し合いを始めた。
将太が私の両親に挨拶に来る前に、自分の口から妊娠の報告をしたい。
その日は早めに将太の家を出て、家に帰った。
キッチンで夜ご飯の支度をしている母。
父はまだ帰っていない。
『お母さん、私妊娠したんだ。将太と結婚して産むから』
母は作業する手を止め、私がいるリビングまで来た。
『さくら、おめでとう。お母さんは嬉しいよ、もうさくらも25歳だし、将太君の話も聞いてた。そろそろかなと覚悟はしていたけど、さくら、順番が逆じゃない。お父さんが何て言うか…』
母は父の反応を心配しているようだ。
私も同じだ。母は父にどのように、どのタイミングで伝えればよいかアドバイスしてくれた。
大事な話だから父がお酒を飲んで帰ってきている時だけは避けなさいと言う。
その日、偶然にも父はお酒を飲まずに帰ってきた。
『お父さんお帰り。あのさ、大事な話があるんだ』
この時点で父は話の内容を悟ったようだ。
『風呂』
と一言。父がお風呂から上がるまでリビングで待った。
いつもより長い父の入浴時間に、だんだん妊娠の報告をしずらくなる。
緊張からか手に汗をかいていた。
やっと父がお風呂から戻り、私の向かいに座る。
『何や❓』
母がキッチンから見守る中、恐る恐る話を始めた。
『私、将太の子供を妊娠した。将太と一緒に育てていきたい。どうか結婚をお許しください』
いつも親に対して使わない敬語に違和感がある。
『いつかそうなるとは思いよった。半同棲のごたぁ真似しとって挨拶の一つもしてこん野郎にお前を任してよかとか❓』
父の方言はコテコテだ。聞き慣れているこの方言が、今日はすごく怖かった。
父の言う通りだ。
いずれ結婚を考えていたのなら、彼を知ってもらう為にちょくちょく両親に会わせておくべきだったんだ…
『ガキが出来たならしゃーない。許すしか選択はなかろうもん』
そう言う父に将太が挨拶に来る日を伝え、許してくれた事にお礼を言って自分の部屋に戻った。
将太に電話する。
『今度の日曜日、お父さんに時間とってもらったから』
『そうか。わかった。今日俺も実家で報告してきたけど、意外にも喜んでたよ。明日にでもさくらに会いたいって』
明日の夜、将太の実家に挨拶に行くことにした。
次の日、仕事を終えて実家に帰り、急いでシャワーを浴びる。
いつもとは違うナチュラルメイクに、スーツとまではいかないが挨拶に行くのに無難な服を母に選んでもらう。
『手土産はひよこを買って行くのよ~』
この辺じゃこういった挨拶の時の菓子折りはひよこが無難とされていた。
一度将太の家に行き、将太と一緒に実家へ向かう。
いつもと雰囲気が違う私をからかう将太。
でも私は緊張でそれどころではない。
『大丈夫だって』
と将太は言うが、将太の両親と初めて顔を会わすこの緊張感。何が大丈夫か解りゃしない。
家の前に着き、将太がドアを開けると同時に『こんばんは』と大きな声で言った。というか叫んだに近かった…苦笑。
『さくらちゃん❓初めまして将太の母です。さ、どうぞ上がって』
将太のお母さんは想像していたよりもたくましそうな女性だった。
リビングの入口には将太のお父さんが立って私を迎え入れてくれた。
私は将太に、両親の話を聞いた事がある。
'暴力'という一言で、とんでもない親を想像していた。
しかしその想像とは逆で、すごく優しそうなお父さん。話し方にも品があり、何故こんな人が子供に暴力を振っていたのか不思議でならなかった。
『さくらちゃん、これから将太をよろしくね』
『こちらこそどうぞよろしくお願いいたします。』
私はテーブルから少し離れ、正座のまま頭を下げた。
将太の実家を後に、将太の家に帰る。歩いて20分ほどの距離だ。
『私、将太のお父さんもっと怖いイメージあったよ』
『年取って丸くなったんだろ。今は母ちゃんの方が強いしな。でもやっぱり俺は今でも親父苦手。』
そんな将太を見ると、胸が苦しくなる…将太は自分の実家なのに人の家にお邪魔しているかのようによそよそしかった。
そんな会話をしながら将太の家に着いたが、今日は緊張からか、ドッと疲れが出たのでそのまま実家に帰って寝た。
日曜日。今日は将太が私の実家に挨拶に来る日。
午後からの予定だが、父は前の晩酒を浴びるように飲み、起きる様子がない…
『さくら、お父さんね、昨日泣いてたのよ。結婚の理由が妊娠でしょ❓将太君の事もあまり知らないし、親としては心配なのよ。でも、お父さんはさくらが産むって決めたから無理に反対はしなかったの。願いはさくらが幸せになってくれる事だけなの。だから、さくらは絶対幸せになりなさい。』
『うん…。』
私は父の涙を知らない。多少亭主関白気味だったが、いつだって強くて頼りになる父。そんな父が私の為に涙を流してくれていたなんて…こんな急に嫁に行くなんて事して、親不孝もいいところだ…
そういえば将太と少し似てるかも…
そんなことを考えながら、キッチンからリビングで寝ている父を見つめていた。
午後2時。将太が家に来た。初めて見たスーツ姿に吹き出しそうになったが、父の手前我慢した。
父はいつの間にか起きていて、身形もキッチリ準備していた。
『さくらさんと結婚させてください』
将太の声がリビングに響く。
『おぉ。妊娠の事はもうさくらから聞いとる。これから大変だろうがさくらをよろしく頼む』
父の言葉に涙が出そうになった。
『おぃさくら、将太の浮気の一つや二つで実家に帰ってくるような真似すんなよ。それくらいの覚悟がないとつまらんぞ』
『…わかってる』
『それと俺はまだ将太の事何も知らん。いっぱい遊び来い、わかったな』
『はいっ』
将太は力強く返事した。
この状況で、父はそう言うより他はなかったが、本当は悔しくて悔しくて将太に殴りかかろうとしたのをグッとこらえていた、と言っていた事を後で母に聞いた。
私は絶対に幸せにならなくちゃいけない。
さくらが将太と結婚して良かったな、と思ってもらえるように…
その後、両家顔合わせをした。
父はこの席で、小さくてかまわない、式だけは挙げてくれ、と頼んだ。
将太のご両親も『もちろんそのつもりです』と言ってくれ、翌日から私達は式の準備を始めた。
初めての事に戸惑いながらもウエディング誌を買い込み、少しずつ話し合いをした。
急な式なので、親戚だけを呼ぶことにした。
会社にも言わないと…
主任に休憩室に来てもらい、状況を説明し、退職したいと言った。
『産休っていうのもあるんだぞ』
私が勤務する会社は出産後1年間産休が取れるという説明を受けた。出産後そんなすぐに働かなくても…その時将太の借金の事を思い出した。
『とりあえず退職はもう少し考えてみろ、一週間後にまた聞くからな。それにしてもさくらが結婚か…またえらい急すぎるな…』
そう言って、主任はまるで自分の娘が嫁にいくのか❓とでも言いたくなるくらい悲しそうな顔をしたが、申し訳ないが私はそれどころじゃなかった。
仕事を終え、今日も話し合い。私は将太に尋ねた。
『あのさ、借金の返済はどうなってる❓』
『…あぁ、子供が産まれる前には完済できてると思うよ』
その時私の預金は300万ほどあった。もし私が出産してしばらく専業主婦になっても、借金が完済していれば将太の給料だけでもやっていける、私の預金もあるし、十分やっていける。そう頭の中で考え、退職を決意した。
出産予定は六月末。臨月まで働けば六月のボーナスをもらえる。少しキツいかな…とも思ったが、主任には六月いっぱいで退職すると伝えた。
少しでも多くお金を持って嫁ごう。考えはそれだけだった。
式の準備も順調で、式場も決まり、二月の大安の日に挙げることになった。
ただ、私が不快に思った事がある。式の打ち合わせには必ず将太の母親が着いてくる。'お金を出すのは私達なのよ'と言わんばかりにしゃしゃり出てきては私の着るドレスまで決めようとした。
正直イライラしていた私は、将太に当たるようになっていた。
いったい何の為に式を挙げるのかわからなくなったり、やる気が無くなったりしていった。
私のそんな適当な態度が将太の勘に障り、とうとうキレた。
『お前何甘えてんだ‼お前の親父が式挙げろって言ったからしかたなくやってんだろ‼全部お前の親父のためだろ‼』
はぁ❓
無視する私に将太は限界だったのか、とうとう手を出した。
太股を思いっきり殴られ、ヒリヒリするのと同時に恐怖が襲ってくる。
いつも優しかった将太が怒ってる…私の太股を殴った…
将太は怒りからか泣いていた。
今思えばこれくらいで…って思えるんだが、当時、私はマタニティブルーってやつなのか、結婚すらしたくなくなっていた。
その後逃げるように実家に帰った私は、次の日もその次の日も将太からの電話に出なかった。
何度も謝りのメールがくる。着信履歴と受信ボックスが全て将太で埋まる。
恐怖でいっぱいだった…
その着信履歴の中に、将太の母親からの着信もあった。
何なんだよ…もう放っといてくれ…
あまりにもひつこく長くなる将太の母親からの着信に恐る恐るとった。
『さくらちゃん❓将太に全部聞いたよ。本当にごめんなさいっあの子キレたら止まらないところがあるの…でも後悔してるし反省も…私が必ずフォローしていくから結婚辞めるだなんて考えないで』
私は『はぁ』と態度の悪い相槌をうっていた。内心'お前にイラついてるんだよ'と思いながら。
私のお腹には赤ちゃんがいる。今さら結婚取り消しにできない事くらいわかってる。結婚しないといけなくなったのは私と将太の勝手な事であって、しゃしゃり出てくる将太の母も、式だけは挙げてくれと言った私の父も、誰も悪くない。悪いのは避妊しなかった私と将太。
私は歳の割にはまだまだ青かった。
私は室見川まで車を走らせた。洋介と別れたっきりだ。何年ぶりだろう…
洋介、元気かな…❓
私は洋介との例の待ち合わせ場所で待ってみた。昔は4・5分後に迎えに来てくれてたな…
私何やってるんだろう…
もし洋介が来たらどうする❓
どんだけなんだよ…と思いながらも洋介が来てくれる事に期待していた。
洋介は来なかった。
洋介が住んでいた部屋のカーテンが取り外されているのが見えた。
引っ越したんだ…
私は二時間ほどこの場所で体育座りをして、太陽の光でキラキラしている川の流れを見つめていた。
母に'血の繋がりが無い'と告げられた時。
皆だれもが経験があるだろう'イジメ'
小学校高学年、ターゲットを変えては集団で無視する。
そのターゲットになった時。
渉に好きな人が出来た、と振られた時。
このスレには書かなかったが、不倫経験がある。
40代の彼。セルシオで迎えに来ては高級ラブホにて、ねちっこい愛撫で私の体を満たしてくれた。大人の男性の魅力にドップリ漬かっていた頃、突然奥さんからの電話。初めて妻子持ちだったと知らされた時。
クラミジア感染。
私の中で凹む事はそれなりにあったが、なんとかなるさ、と、前向きになれていた。
でも…今回はやる気が出て来ない…マタニティブルーとマリッジブルーが合体したのか…このままじゃいけないのはわかってるけど…
『ひさしぶり』
…え❓洋介…❓
振り替えると、昔と何も変わらない洋介が立っていた。
『最後に逢えてよかった』
洋介は今年で35歳になるという。実家を継ぐ事になり、昨日引っ越しを終えて、明日実家に帰る所だった。
『もし今日私がここに来てなかったら二度と逢えなかったんだね』
『そういう事だね』
なんだか運命のように感じた。
それから一時間ほどお互いの今の状況をおしゃべりしていた。
『ママがそんなんだとお腹の赤ちゃん心配して泣いてるよ』
洋介は昔と変わらない優しい表情でそう言ってくれた。
『そうだね』
もう少し頑張ってみよう。人に話を聞いてもらった事でスッキリした。
『んじゃ、俺もう行くから…』
『…うん』
これで本当に最後と思うと少し寂しくなってきたが、私達は違う道を歩みだしている。
寂しいなんて言ってられない。
『元気で』
『君もね』
本当に本当に最後のお別れをした。
'さくらの親父が言うからしかたなく'というのがすごい気掛かりだったが、前向きに話を進めようということで和解した。
手を挙げたことを謝る将太。正直私の態度が悪かったのが原因だから、私も謝った。
そして前よりはしゃしゃり出てこなくなった将太の母親。相変わらず式の打ち合わせには毎回着いて来たが。
式場の相談所内の回りのカップルは2人だけで来ていて、親が着いてきている所なんてない。
こんな嫌な思いしないといけないならお金は私が全部出すよと言ったが、それは将太の父親が出すと言ってくれてるんだから、好意に甘えようだと。マジで意味がわからなかった。
そんなこんなで式も無事終え、私側の親戚からご祝儀をたくさん頂いた。
結納をしなかった事もあり、私は親からのご祝儀だけを受け取り、後は全部自分の親に渡すつもりでいた。
ところが、将太は'全額俺の親父に返す'と言いだした。私側の親戚からは全部で80万近くあり、それに対し、将太側は50万。
集まったご祝儀は全部で130万。それを全額持って将太は1人で返しに行った。
私の父は'式だけは挙げてくれ'
それさえ守ってくれたからさくらが結納の事なんて気にするな、と言ってくれたので、将太の行動に渋々目を瞑った。
将太の父親はそのお金を受け取らず、産まれてくる子供の為に使え、と言ってくれたそうだ。
そんな将太の父親にお礼を言いに行くものの、そのお金は私の知らない所で保管された。
何故かモヤモヤする中、私には預金がある、そんな余裕もあり、余り気にしないようにしていた。
そして六月末。出産間近。
会社はボーナスを受け取った日に退職した。
万里子先輩の時と同じ、私は大きな花束とプレゼントを抱え、職場を後にした。
少子化が進むこの時代。市は子育て支援に力を入れているのか、もともとそういう決まりなのかは知らないが、会社を途中で辞めたにもかかわらず、産前6か月は会社に在籍していたという事で社会保険からは産休手当てと出産手当て、計100万おりてくる予定。
私が仕事をしなくても金銭面ではまったく心配いらなかった。
そして出産。
初産だからか陣痛ばかり長く、なかなか子宮口が開かない…
姑は相変わらず…陣痛室まで入り込んでは背中を擦ってくれている私の母に対して自分の出産時のどうでもいいエピソード。イライラもピークに達し、私が陣痛室から出ていったくらいだ。
そんなことを繰り返し、やっとの思いで分娩室へ。立会い出産が禁止だったこの産婦人科に感謝し、私はやっと邪魔者から開放されたとリラックスを取り戻し、無事男の子を出産。
出産を経験された女性には言わなくても分かってもらえるだろう。こんなに感激で涙が止まらないのは初めてだった。
息子の名前は前もって2人で決めていたカッコイい名前を付けた。
ここでは偽名として第二希望だった'亮'とします。
もともと私と将太は顔が似てるってよく言われていた為、亮はどちらに似ているかはわからないが、たぶん両方に似ているんだろう。
可愛くて可愛くて、本当に目に入れても構わなかった。
初めての育児に戸惑いながらも、将太と2人で助け合っていた。
相変わらず姑は毎日のように我が家に来てウザイが…
だんだん気付いてきたが、姑はいわゆるKYな所があり、若干天然だ…べつに意地悪で私の邪魔をしているわけではない。私の為におさがりの洋服をくれたり、買ってきてくれたり、可愛いネックレスを『私とお揃いよ』なんて言ってプレゼントしてくれたりもした。そんな姑を思うと、邪険にするのが可愛そうになり、優しくするよう心掛けるようになった。
一見幸せそうな新婚生活。私にはどうしても納得いかない事があった。
将太の給料の事だ。
毎月将太名義の通帳に振り込まれるのだが、私はその通帳の在処を知らされていない。
その通帳からは光熱費や家賃などの公共料金がひかれていた。家計を見るのは将太になっていた。
生活費として月に三万渡されたが、とてもじゃないが足りない。
足りない分は私の預金通帳から引きだし、補っていた。
私はその現状に納得いかなかった。
もっと早く尋ねておけばよかった…私が馬鹿だった…
亮が2歳になろうとする頃、車を軽自動車に買い換えた事もあり、私の預金も残りわずかとなっていた。
残高が100万をきるまで、私は自分のお金だから、と、結構贅沢をしていた。
亮にかわいい洋服を着せたいと、格安ではあるがブランド服で固めたり、化粧品だって独身の頃と変わらず某メーカーのもので揃えていた。
そんなちょっとした贅沢…すごい後悔する事になるとは…
預金額が減る一方、私は将太に尋ねた。
給料はいくらなのか…
公共料金はいくらなのか…
三万円の生活費ではやっていけない…
私の現在の預金額…
疑問と現状をすべて話した。
『…ごめん。俺、いつかは言わないといけないって思ってた…でも怖くて言えなかった…』
不安の中将太は話しを進める。
付き合っていた頃の借金は将太の言う通り、亮が産まれる前に完済していた。
証明になる用紙も見せてもらってた。
しかし、その借金を返済する際、足りない時は必ず私に相談してくれとあれだけ強く言ってたのに、将太は私に嘘をついていた。足りない額は月に2・3千円ではなく、10倍。2・3万円足りなかったのだと。
皮肉な事に、もう将太は借りる事が出来ないと思っていた消費者金融。
キャッシングだのショッピングだのっていまいち金融との違いはわからないが、3社だけ借りれる会社があり、そこから借りては返済に当てていたそうだ。
今現在の借金額、計120万。結局全然減ってない…頭が青になった。
当時将太は私に本当に足りない額を言い辛かったのだろう…
生活できる程度で返済額を設定してもらったとは言え、将太は私と同じ歳でまだ若かった。流行の洋服も買いたい。友達と遊んだりもしたいし、私とのデート代、そこまではケチりたくなかったと言う…
私に嘘をついたのはどうせ変なプライドが邪魔したのだろう。もうお金に関して将太への信用は一切無くなった。
次の日、亮を保育園に入所する為の手続き方法を区役所に電話で聞き、近くの保育園まで書類を取りに行き、住民票をもらいに区役所へ行った。そして離婚届けももらってきた。
私は決心した。
働こう。
本当を言うと、
'三つ子の魂百まで'
亮が3才になるまで私の手で育てたかった。
そして幼稚園へ通わせ、一日四時間程度のパートでも始めようと思っていた。
現状を知った今、この夢は消えた。
今すぐにでも働かなくちゃ。
そしてこれからの家計は全部私が管理する。将太にはお小遣いとしてお金を私から渡す。
将太に告げた。
将太も賛成し、本当に申し訳なさそうに『ごめん』と謝った。
離婚届けは…本当は離婚する気なんてなかった。でも、この紙切れに頼る他方法を思いつかなかった。
『金輪際黙って借金したら別れる』
と、将太に離婚届けを見せた。
『わかってる。もう絶対秘密にしないから…』
もう一度だけ将太を信じたかった。
多少卑怯な真似をしてしまったが、効果は覿面だろう。
そしていよいよ亮を保育園に預ける初日。
いつも私と一緒に生活してきた亮。予想通り泣いた。
『ママァッッママァッッ』
辛い…子供を園に通わせるのがこんなに辛いだなんて…私も泣いた。
始めの2週間は慣らし保育として2時間後に迎えに行かないといけない。
その2時間でハローワークへ行き、'主婦大歓迎'と書いてある求人を中心に検索。
家計を管理するようになってザッと計算したところ、私は扶養範囲内で働けばなんとかなりそうだったので、パート枠で探した。
社員も考えたが、家事育児が厳かになるのが目に見えていた。第一に亮と一緒に居る時間が少なくなる…
なるべく事務職が良い。サービス業は土日もシフトに入れる人を優先で採用するだろうから…
私には時間が無い。
落ちると分かっている所には面接に行く暇がもったいない。
必死で探した。
面接は次から次へと落とされた。
学生時代のバイト先や、就活、私には落とされた経験が無かった。
'不採用'
この文字がこんなにも凹む事だったとは…
慣らし保育も終わり、夕方5時まで見てもらえるようになった頃、私は8社目の面接に行った。
『お子さんはおいくつですか❓』
『今年2歳になりました。』
毎回聞かれてきたこの言葉。
また不採用か…
『わかりました。明日から来て頂けますか❓』
マジ❓
面接官が天使に見えた。
採用が決まったこの会社は、朝の10時から夕方4時まで。休みは土日祝で、時給が少し低いが、月に8万は稼げそうだ。そして私と同じで小さな子供がいるというパートさんばかりが在籍していた。
『保育園の行事や、お子さんが病気になった時は遠慮せず休まれて構いませんから』
すごく条件が良かった。
職種は事務職。共通点が多いパートの皆とはすぐに仲良くなれた。
子供の成長の事や姑との仲の事、どこも皆同じ。
会社に何しに来てるのか❓と突っ込まれそうなくらい暇を見つけてはおしゃべりしてばかりだったが、仕事も真面目にした。
始めの半年は、嘔吐下痢に手足口病、水疱瘡…亮が次から次へと感染病にかかり、パートも休みがちだったが、月に6万程度稼ぐことによって少しは生活が助かった。
パートの中でも特に仲良くなった小百合さん。私と同じく2歳の子供がいる。
ふと、まだ子供が小さいのになぜパートしてるのかという話になり、私はただ生活が苦しいから、と言った。
『うちはね…旦那の借金が原因なんだ…』
小百合さんはそう言う。
詳しく聞くと、私とほぼ状況が同じだった。
喜ぶべき事でもないが、'仲間がいた'
嬉しかった。
毎月の借金返済額は5万、保育園費は計1万5千、私のパートでの稼ぎはこの二つですべて消える。
計算した所、借金はこの額を約3年間返していかないといけない。
そう、利息を含めると元金120万以上返済しないといけないのだ。
私の通帳には80万残ってる。一括で一社だけでも潰そうとも思ったが、突然の入院とか…万が一の為に使わず取って置く事にした。
将太の給料のうち、家賃や公共料金などの支払い物全てと将太のお小遣い2万を差し引くと、残り5万。この5万は食費や日用雑貨、消耗品で消える。
服も美容院もメーカー化粧品も…全て諦めてる。
たまに
'平日毎日働いてるのに何故自由に使えるお金が無いの❓'
とストレスで夜眠れなくなる。
そんな時は小百合さんと愚痴り合って解消する。
こんな毎日の中、将太は月に1度のお小遣いを貰うと、必ず私の好きなマカロンを買って帰ってくる。
『一緒に食べようぜ』
金銭面で少し頼りない将太だが、昔と変わらず私を好きでいてくれる将太が今日も隣りで目を垂らして笑ってる。
『パパ、おかえい~』
だんだん言葉を覚えてきた亮。最初は泣いてた保育園。今は元気に通い、私が迎えに行くと、まだ帰らない、と言わんばかりに首を横に振っている…(ママとしてはカナリ寂しい💦)
日に日にパパに似てくる顔がまた可愛い。(ただの親バカです…)
私は将太に、過去にとらわれず今のその人を信じるという大切さを教わった。
今だに'暴力'のイメージが消えないが、亮を可愛がってくれる舅。
相変わらずウザいが、なんか憎めない姑。
将太の借金の根本的な理由はこの二人にあるんじゃないか、と、憎んだ時期もあったが、いくら憎んでも借金は無くならない。逆恨みする人間になるより、過去を見ず、今の二人を見よう。そのほうが私自身も救われる。
毎週土曜日、私は亮を連れて実家に遊びに行く。
『じぃじ~ババぁ~ニィニ~』
亮は何故か母の事をババァと言う。そんな亮に
『ばばぁじゃなくてばぁばよ~』と教えてる母の必死さがまたウケる。
父の事を思うと、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、最近は将太と二人で酒を飲む仲になり、また亮の事を溺愛している。近所の人に『俺の孫』と自慢している父を見ると、少しは親孝行になってるのかな…❓
借金を完済したら、2人目を作ろう。
それが私と将太の今の夢。
金持ちを捕まえて結婚した友達が、子供を連れてエルグランドで我が家に遊びに来た。
親友は泣き出す。
『旦那がね…帰ってこないの…不倫してるの…私と離婚するって言い出したの…』
夫婦はそれぞれいろんな悩みを抱える。
私は将太に愛されている自信がある。また私も将太を愛してる。
相変わらず仕事を終えて真っ直ぐ帰ってきてはキスを迫る将太。
お金が無くて贅沢できなくても、そのままの将太で居てくれれば、私は一生幸せだよ。
風俗に行くかもしれない。というか行ってるかもしれない❓
もし私にバレた時は目を瞑ってやるよ。
この先もしかしたらよその女と浮気するかもしれない。その時はぶん殴ってやるから必ず戻ってきなさい。
だから…'ずっと一緒に居ようね'
きったない字で書いたメッセージカードの事、絶対忘れないで…
『パパ~ザーザーこわい~』
家族3人、海で遊ぶ。
室見川と繋がっている百道浜。
私の胸の奥にはまだ洋介の存在が消えない。
口が裂けても将太には言えないが…
連絡先を聞いていなかったのが吉と出たか。
洋介…元気にしてますか❓
私は今、最高に幸せです。
完
富田さくらを読んでいただいた皆様へ
最後までお付き合い、本当にありがとうございます。
ありふれた人生ではありますが、ここに綴る事で思い出に浸りながらも、代わり映えのない毎日の中、また明日からも頑張ろう、と、やる気が出てきました。
自己満の日記のようなスレになりまして申し訳ないです…途中、レスをくれた皆様には本当に励まされました。
雑な文面で読み辛い部分も多々ありましたでしょうが、最後まで読んで頂いた方、本当にありがとうございました🙇💕
さくら
>> 212
ずっと読んでました😉
完結お疲れ様です🙇
私も今2児の母です。
今まで色々ありましたが
"今"幸せ✨です👍
これから、また困難はやって来…
📩☆chi☆様へ📩
最後まで読んで頂き、ありがとうございました🙇💕
2人のお子様のママであるchi様。毎日お疲れ様です☺👍
'母は強し'
まさしくその通りだと思います。
レス中、'目に入れても構わない'と綴っていましたが、この前亮の指がマジで私の目に入り、カナリ痛くてキレそうになりました😭😭
『ママ、イタイイタイナーイ』とか訳分からない事言ってましたが…💧
やっぱり可愛いです。余談ではありましたが…、可愛い我が子の為…
これからもお互い頑張ってまいりましょう💪
本当にありがとうございました🙇💕
>> 214
完結 おめでとうございます😊 それから お疲れさまです🎵
読み易い文章で 住んでる所が同じだと言う事もあり😁 毎日の更新が楽しみでした。…
📩ホロロ様へ📩
読んでくださってありがとうございました🙇💕
'読み易い文章'と言ってくださり、ホッとしました。自己的な文に気付かず、伝わらなかったらどうしよう…と思いながらレスしていたので…
ホロロ様、同じ地元なんですね😲‼なんだか嬉しいです。
父のあの時の言葉に'父親の背中'みたいなのを感じ…文で表現したく、そのまま方言で書きました。
父世代は必要以上に方言強いですよね…😥笑。
パートしながらの家事育児、楽と言っては嘘になりますが、パートには半分遊びに行ってる感覚…いや、ちゃんと仕事もしてますよ❓苦笑。結構充実します✌
楽しまなきゃ損くらいに思ってないと、やってられませんよね😂
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました🙇💕
>> 215
完結おめでとうございます💐
小説読ませて頂いて、私も元気頂きました💪
私も次々発覚する主人の借金に悩まされ、逃げ出したいと思った事もしば…
📩まぁ様へ📩
読んで頂き、ありがとうございました。
まぁ様も同じような状況だったのですね😢
お子様3人もいらっしゃるのに本当に大変でしたでしょう…💦
'借金'秘密にされると薄々勘付きますよね…⤵
借金の理由によっては将太をポィしてたかもしれません😥
まぁ様のレスを見て、元気をもらったのは私の方です☺いつかまぁ様夫婦のように…
『ゴール間近だね』って2人で笑いたい🙋💕
最後まで読んでくださり、ありがとうございました🙇💕
完済目指して、お互い頑張っていきたいですね☺👍
>> 220
小説💐完結お疲れ様でした🙇
正直 最初 病院から始まってビックリしました‼でも包み隠さず正直にご自分の事を書かれてて読んるうちに夢中になって…
📩モモガー様へ📩
読んで頂き、ありがとうございました🙇💕
性病の件を最初にもってきた理由は、自業自得で引き起こした事へのショックが大きかった事と、それがキッカケで自分を変える事ができた事です。
正直幻滅されそうで誰にも相談できませんでした…。
洋介との出会いは…
少しフィクションを混じらせてます…本当のところはマジでストーカーかと思う点が幾つかあり…
でも、洋介の存在を綺麗な物にしたく、洋介の部屋から室見川が見える、という設定にしました。実際の家は本当に近くだったんですけどね💦
こんなにも興味をもって読んで頂き、本当にありがとうございました🙇💕
これからも完済に向けて頑張って行きます💪
>> 221
こんばんは、おつかれさまでした。
一気に書き上げてらっしゃったのですね。
知ったのがおとついのことで、
徐々に読み進めていた所だったので、い…
📩冥様へ📩
最後まで読んでいただき、ありがとうございます🙇💕
冥様…すごいです😲洋介はまさしく窪塚洋介さんにソックリだったので偽名を'洋介'としました。
洋介は、すごく優しい表情をしてました。でも、どこか'生きてる'と言うより'生かされてる'ような…
亡くなった彼女との写真から比べると、抜け殻の様でした。
このスレは名前や洋介の家など多々変えておりますが、根本的なあらすじはノンフィクションです。
今更ではありますが…できればまた洋介に会いたいです。でも田舎がどこなのかも聞きませんでした。
それに今の私にはは将太と亮という宝があります。
洋介との出来事は'長い夢だった'とでも思い、胸にしまってます☺
冥様、私の今の複雑な気持ちを全て読み取っていただいたように感じました。
本当にありがとうございました🙇💕
>> 224
さくらさん、完結お疲れ様でした。
何気なく読み始めて、気が付けば時間を見つけては更新チェックしていました。
私には四歳の娘がいます。やっと幼…
📩ハナ様へ📩
毎日読んでくださってたんですね☺ありがとうございます🙇💕
険しい人生…きっとハナ様は諦めずに乗り越えてこられたんですよね☺
でもハナ様が今、優しい旦那様とお子様が居る事に'感謝'されているという事。🙋幸せなんだろうな~と、嬉しく思いました☺
お子様が幼稚園に慣れてくると、安心の片隅に寂しさもありますよね😢💦
親としては複雑です😥
今は金銭的に無理ですが、少しでも余裕が出来れば2人目を考えてます。
正直怖いです。
余裕が出来た頃、私の体は子供を生める体かどうかはわかりませんし😢
年齢関係なく、女性はみんな同じ事で悩む事だと思います。
でも、諦めないって大切ですよね👍
夢を現実にします💪
次は女の子がいいな☺
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました🙇💕
>> 228
📩百合子様へ📩
最後まで読んでいただき、ありがとうございました🙇💕
『歪んだ恋愛』の百合子様ですよね❓
読ませていただいてます☺
女性の性をリアルに表現されていて、すごく共感できる作品だと思いました☺
これからどう歪んでいくのか…とても興味深いです💕
このスレを始めて約一か月、とても充実してました。
完結してから、『あ、あの事書き忘れた…』と思い出したり…誤字脱字が多かったりで…あらかじめ紙に書いてから投稿すればよかったと後悔しましたが、皆さんに感想を頂き、一番伝えたかったことがちゃんと伝わってた…と、ホッとしてます☺
昔の記憶…洋介との事は不思議と鮮明に覚えてました。ただ、それ以前のテキトーな時期の事は思い出したくない事が多々あり、半分忘れてました😥
思い出しながら書き留めるうち、後悔でいっぱいになってくるんですよね😭😭
百合子様の小説、完結まで更新楽しみにしてますので、頑張ってください💪
また感想スレにお邪魔します😚
読んでいただき、ありがとうございました🙇💕
もう一つの富田さくら~19~
私はあなたの瞳にどのように映ってましたか❓
体は大人でも心はまだまだ子供でしたか…❓
それでも私は20以上も年上のあなたに近付こうと必至でした…。
番外編になります。
よろしければお付き合いくださいませ💕
高校3年、夏。
市内の私立高校に通っていた私は、最寄りの駅でガチ合う、違う高校に通う同じ歳のアキラと付き合っていた。
出会いは駅内のプリクラコーナー。いわゆる'ナンパ'
これまで2人の男に'好きな人ができた'と振られてきた私は、アキラをひどく束縛していた。
デートは放課後手を繋いで駅内をフラフラ。
公園のベンチで互いの学校での出来事を語る。
体の関係は無かった。と言うより場所が無かった。
アオカンなんてとんでもない…
'彼氏'という存在がいて、彼氏居る組の友達との会話に花を咲かす。
それだけで満足だった。
恋する自分に恋するという感じか…
ひどい束縛も常に'彼氏居る組'に入っておく為だったのか…
『お前さ、束縛するのはいいけど、俺のどこがいいわけ❓』
そう聞かれると上手く答えられなかったが、
『全部💕』
本当は背が高くて顔がかっこいい、手を繋いで歩くと、優越感でいっぱいになる。
それだけだった。
そんないい加減な私の気持ちを悟られるのも時間の問題。長くは続かなかった。
年が明けてすぐ、アキラに他に好きな子が出来、別れを告げられた。
友達には、いっちょ前に『マンネリしてたんだよね』なんて格好つけて別れた事を告げた。
高3の3学期は、月に1度の登校だけだった。
高1の頃、失恋がきっかけで始めたファミレスでのアルバイト。今まで18時~22時、週3だったが、進路も決まり、暇を持て余していた私はランチに入るようになった。
ランチは夜と違う。
客の多さも客層も。
ランチは近くに勤めているサラリーマンやOLが店内を占領する。12時にどっと集まり、13時にはさっと引く。この1時間は鬼のような忙しさだった。
『富田ランチ入ってもらってごめんな~。俺のオゴリだから何でも食っていいぞ~』
ランチ初日。休憩時間に入った私に店長がメニューを差し出す。
私はハンバーグランチ2つにフライドポテト、ケーキ2つをハンデに打ち込み、店長に『アザーッス』とだけ言い、休憩時間が重なったキッチンのおばちゃんとしゃべりながら待った。
店長は予想していなかった大量の注文にびっくりしていたが、
『そのかわり毎日入ってもらうからな~』
と、渋々会計をしていた。
遠慮するおばちゃんに
『店長のオゴリだから気にしないで~』
と、一緒に食べるよう言った。
おばちゃんは大学に通う子供を持つ主婦。
これまで元気に働いていた旦那さんが病気で倒れ、仕事ができなくなったのだと。
それで専業主婦だったおばちゃんが変わりに働くことになり、ココに居るそうだ。
そういった、よその家庭事情に興味はなかったが、健気に頑張ってるおばちゃんの事はなんか好きだった。
ランチの時間帯のウエイトレスは主に主婦のパートさんで占めていた。
年齢平均30歳前後ってところだろうか…
微妙な年の差のせいか、中々輪に入れなかった。というか入れてもらえなかった…。
まぁ、専門学校に入学するまでの辛抱だし、12時から21時までのシフトだから、夕方からは今までの仲良しメンバーとも仕事できる。ってことで我慢した。
そんな中、キッチンのおばちゃんだけは仲良くしてくれた。
おばちゃんは、旦那さんが現役の頃からマイホーム購入の為に貯金していて、そのお金があるから旦那さんが仕事ができなくなった今でも普通に生活できている、マイホームは諦めたけど…と言っていた。
この話を毎日毎日…総合50回くらい聞いた苦笑💢
それに、噂話が好きなようで…パートさんの不倫情報や、あの人は子供が出来にくい体だとか…いろんな人の陰口も多かった。
ウザいがそれでもおばちゃんが話してくれるのは嬉しかった。
ランチに入り始めて、やっとこの忙しさにも慣れた頃、
1人のお客様と出会った。
『君、新入り❓』
さっきまでサラリーマンやOLで賑わっていた店内。昼を過ぎて客は2・3組と、静まりかえった時だった。
『いえ…今まで夕方からの出勤がメインでして…』
40代前半くらいだろうか…色黒でギョロッとした瞳に、坊主に近い茶髪、ジーンズにジャケットを羽織っていて、どう見てもサラリーマンではなさそうな感じ。
ノートパソコンを広げ、ピッチと繋げていた。仕事でもしているのだろうか…
『学生❓』
『…はい。』
会話はこれだけ。その後何故か名刺を頂いた…
'○○株式会社 専務 江田武志'
へぇ。若いのに専務なんだ…
どことなくアニメの苛めっこ役の名前に似ていたのがウケたが…
それから2時間後、会計を済ませ、駐車場へ向かう江田さんを目で追う。その後1台のアリストが出て行くのが見えた。きっと江田さんの車だ。
何故か江田さんを尊敬の目で見ていた。
江田さんは、この店の常連客だった。
昼過ぎから2時間ほど、パソコンを広げてはカチカチ鳴らしていた。
『何のお仕事されているんですか❓』
この店にドリンクバーは無い。
ホットコーヒーのみ、おかわり自由だ。
頼まれてもいなかったが、私は江田さんのコーヒーカップが空になるのをチクイチチェックし、率先して暖かいコーヒーを継ぎ足しに行った。
『この前渡した名刺に携帯番号載ってたろ❓いつでもかけてくれてかまわないから』
江田さんは私の質問に答えない事が多い。
でも、江田さんに接近できるのならそれでも構わなかった。
当時、まだピッチだった私の電話。携帯への通話料はバカ高い。
それでも江田さんに私の連絡先を知ってほしかった。
その日、バイトからの帰り道、ピッチ片手に深呼吸して電話した。
江田さんは電話に出なかった。'プルルル…'が8回目の時に切った。
今は21時30分。まだ寝てないだろう…お風呂かな…❓
こういう場合、すぐかけ直してウザいと思われたくなくて…でも早く話したい…
公園のベンチで座ってピッチの画面を見つめていた。
10分後、着信が鳴る。
画面には'江田さん'
私は名刺を頂いたその日、江田さんの番号をちゃっかりメモリーに登録していた。
『あぁ、すぐ取れなくてごめんね。○○(←ファミレスの名前)の子だろ❓』
『はい‼富田さくらっていいます‼』
『名札見てたから苗字は知ってる。』
江田さんにとって知らない番号からの着信を当たり前のように私だとわかっていた事。
本当はいろんな女の子にああやって名刺配ってるんだろな…なんて思ってたけど、満更でもなさそうですごい嬉しかった。
『それじゃ。』
え❓まだ何も話してませんが…。
『あっ…お、おやすみなさい…』
なんだか物足りない電話内容だったが、
家に帰り、湯船に浸かりながらずっと江田さんの事を考えていた。
江田さんは大人だから…大人の男性はきっと長電話なんてしないんだ…そうだよ。うん。
程よく日焼けして、ガッチリとした体付。爽やか系の江田さん。しかも金持ち。私には江田さんに対して良いイメージしかなかったから…必然的にプラス思考だった。
『おばちゃん‼あの人かっこよくない❓』
次の日の昼過ぎ。ピークを過ぎて有線の音楽と食器同士が重なる'カチャッ'という音だけが聞こえるホール。私はおばちゃんをキッチンから呼び出し、ノートパソコンと睨めっこしてる江田さんを指差した。
『ありゃぁ~遊び人だね。私にはわかる』
おばちゃんは目を細めて言った。
『すごい自信だね。何を根拠に❓』
と笑って流した。
パートの主婦達が私達を見てヒソヒソ話してるのが視界に入っていたが、気付かないふりしてた。
『私江田さんの所行ってくるね』
『あの手の男には気をつけな』
まだ言ってるし…
『ハイハイ』と手を振り、入れたてのコーヒーが入ってるビーカー片手に江田さんの所へ向かった。
『コーヒーのおかわりお持ちしました』
『下の名前、さくらだっけ❓お前まだピッチ使ってんの❓』
まだ学生の間で携帯の前に流行っていたピッチ。携帯番号は09ゼロで始まるが、ピッチ番号は070なので、番号だけでどちらかがわかった。
『学生ですから👍』
『俺が携帯買ってやるよ』
同級生の男子としか付き合った事のない私。異性から、何かしらのサプライズ的プレゼントは貰ったことあるが、こんな風に面と向かって'買ってやる'なんて言われた事なかった。
冗談かもしれないし…どう返事したらいいかわからず、返事はしなかった。
『富田さん、ちょっといい❓』
パート主婦軍団の2人が、お客様に見えない場所に私を呼び出した。
『あのお客様と仲良いみたいだけどさ、特定の人だけに良いサービスするの辞めてくれる❓店長に報告してもいいのよ❓』
うわっ…雰囲気が中学の時、先輩に呼び出された時みたい…
でも、主婦達が言ってることは間違っていない。
『は~い。以後気をつけま~す』
私の方がバイト歴長いのに、年上だからって上から目線な所がムカつき、ナマイキな返事をしてみた。
『言っとくけどこの時間帯では富田さんは一番下っ端なんだからね』
はぁ❓コイツ何言ってんの❓
『歳の話ですか❓』
クスクス笑いながら逃げた。
今考えると怖い物知らずというか…まだ学生で、社会に出ていなかった私は世の縦社会なんて理解していなかった。
それからというもの…主婦達からの嫌がらせを受けるハメになった…ランチのピーク時は店長もホールに出て私達と一緒に接客するので良かったが、客が引き、店内が落ち着くと店長は裏の事務所に引っ込む。それからだった。
パート主婦達が仕事をしない。ペチャクチャ喋り、お客様からの呼び出し音も無視。そう、全部私に仕事を押しつけるため…
客が引いたといえど、ホール内全てのバッシングやテーブルセットアップ、呼び出し音が鳴るテーブルへ向かう事やお料理を運ぶ。会計。仕事はたくさんある。1人でできない事もないが、パートで時給もらってココに居るんなら働け💢
『給料泥棒しないでくださ~い。店長に報告しますよ』
なんて文句言ったが、主婦達は全く聞かない。
江田さんが来てるのに、仕事がたくさんあってなかなかコーヒーのおかわりを注ぎに行けない…
そんな日が3日続き、怒りが頂点に達した私は店長にチクった。
店長は顔を歪めた。
面倒だったのか…店長は何もしようとしなかった。
私の解釈だが、'店長'といえど、ただの雇われであってその店の持ち主ではない。今の店長は私が勤め始めて3人目の店長だった。
しかもパートの主婦達よりも若干若い。強く言えないのか…揉め事の仲介になりたくなかったのか…
嫌がらせが始まり5日。
私はランチのピークが過ぎると、黙って帰った。
家までの帰り道。店からの着信。店長だ…
『…はい』
『お前いい加減な事するな‼辞めてもらうぞ‼』
いい加減なのはどっちだ❓
『べつに辞めてもいいです。バイト先なんて他に腐るほどあるし。』
人手が足りないうちのファミレス。長く勤めてきた私に辞められると困る事くらいわかってた。
『わかった。わかったから取りあえず戻って来い。今すぐ辞められたら困るんだよ…』
ほらね。困るなら従業員の不満くらい面倒臭がらず解決しろ💢
まだ若かったのか…
私は味方してくれない人に対して相手が大人だろうが構わず強気だった…
長女で、血の繋がらない母親に特別扱いされ、甘やかされて育ったからか…
昔を振り替えると、小学生の頃のイジメのボスも私だった気がする…汗。
最後には私本人がターゲットになったが、それでも気を使う友達…私の時だけ手加減されていたのを思い出す…
なんだか自分で自分が恥ずかしくなり、その日はもうファミレスに戻らなかった。
夜、地元の友達とカラオケに来ていた。
中学の頃から朋ちゃんの大ファンだった私は、少し流行が過ぎたこの頃でも朋ちゃんの歌ばかり歌っていた。
『そうそう、私携帯買ったんだよね👍番号教える~今月いっぱいまでピッチも持ってるから~』
友達の1人が言う。
この頃、ピッチから携帯に買い換える子が急増した。
ピッチ同士だとお得な通話料も、携帯へかけるとなると高い。携帯同士の方がまだ安かった。
そう言えば江田さん、今日も来てたのかな…
どうしよう…
そろそろ私も携帯欲しい…自分で買おうかな…❓
自動車免許を取得するために貯めたお金は50万あった。
携帯買うお金くらいあるし、バイトなんて辞めても別にいいや。
もうファミレスには行きたくなかった。
カラオケで3時間ほど歌った後、ファミレスからの着信があった事に気付いた。
ヤベェ…
とりあえずファミレスに電話し、店長に『やっぱり辞めます』と言った。
『わかった。でもな、あと1か月だけ居てくれないか❓そうしないと今月働いた給料は払わないから。』
はぁ❓脅し❓
でも、後1か月の辛抱なら…
渋々、わかった、と返事をした。
次の日から、パートの主婦達は真面目に仕事をするようになっていた。
店長が何か言ったのだろうか…
今日も江田さんが来てる。
『私、もうすぐココ辞めるんです』
『おっ春から新社会人か❓』
『いえ、専門学校に進学するんです』
江田さんは丸い目を大きく見開いた。
『お前今、高校生なの❓』
『❓そうですけど❓』
江田さんは'学生'と言う私を、ずっと大学生と思っていたらしい。
大人っぽい、と言われたみたいで嬉しかった。
私が辞めても必ず連絡する、と言ってくれた江田さん。そして高校卒業式の日、お祝いに携帯を買ってやるから、と、デートの約束をしてくれた。でも私はどれも期待しなかった。
あの、私から初めて電話をした日以来、江田さんとはファミレスでは会っていたが、電話がかかって来る事はなかったから…
『富田さん、もうすぐ辞めるんだって❓』
約束の1か月まであと2週間という時、いままで私を敵視していただろう主婦軍団が話しかけてきた。
『あぁ、そうッスよ。あと2週間きりましたねぇ~』
不機嫌な口調で言った。
『あのさ、キッチンのおばちゃんの事なんだけど…』
なんかいつもと様子が違う…真剣に話する主婦の目を見て聞いた。
『私達さ、あのキッチンのおばちゃんに影で秘密バラされた事あって嫌ってるんだよね。それでね、この前'おばちゃんおばちゃん'って慕ってる富田さんの事も言ってたから…』
そういえばおばちゃんは陰口が大好きだ。
いつもウザいと思いながらも聞いていた…
『富田さんは男にだらしない、アバズレてるとか言ってたよ』
年寄りから見れば、江田さんの事キャーキャー言ってた私はそんな風に見えたのか…
でも、そんな陰口どうでもよかった。
『そんな事でいちいちムキになれて幸せですね。私は忙しいんでこんな狭い世界での戯言、別に気にもしませんけど。』
またナマイキ言っちゃった…
でも本音だった。
ココは私にとってもうすぐ辞めるただのバイト先。
これから高校卒業、自動車学校に専門学校、そして高校生では出来なかった深夜までのバイト…私には同世代との別れや出会いがたくさん待っている。
主婦達を'しょうもない'と心の中で笑っていた。
おばちゃんの事は…それでも好きだった。
人の陰口は確かに悪い事だけど…仕事は真面目だった。プライベートと仕事をキッチリ分けてる。
それに影でどんな事言ってても、私と仲良くしてくれてたのは確かな事。
嫌がらせのために仕事をサボってたパート主婦達よりずっとマシだと思った。
'せっかく教えてやったのに'
とでも言いたそうな雰囲気。主婦達は舌打ちしながら私から離れていった。
さ、後2週間。嫌な事は何も考えずにただ頑張るのみ‼
ランチに入るようになった事で給料も今までより多いはず。
自分へのご褒美にPRADAの財布買っちゃおっ。
朋ちゃんも愛用してる、同じ形のあの財布を。
2月。給料の締め日にファミレスのバイトを辞めた。
3月1日。
高校卒業。
勉強なんてそっちのけで恋愛話に花咲かせた仲間達。
最初は『キスって舌入れるもんなの~❓』なんて、初々しく、生々しい会話で盛り上がったっけ❓
今じゃみんなバリ2になってるね笑‼
グループ内で仲間割れした時期もあったけど、すぐまた仲良しに戻った。
頻繁にみんなで撮りに行ってたプリクラ。一体いくら注ぎ込んだっけ❓
交換しては手帳に丁寧に貼って、みんなで見せ合いっこ。元カレとの2ショットは必ず油性ペンで男の顔を塗りつぶしてた。みんなやる事一緒だったね。
そんな仲間とも今日でお別れ。
それぞれ違う道を歩み始めるけど…
高校での思い出はみんな一緒だね。
これからの進路に夢と希望を膨らませ、
寂しい涙。嬉しい涙。
涙の中、卒業した。
やっぱり江田さんからの連絡は無かった。
卒業式がいつかも言ってなかったし、バイトを辞めてさほど時も経っていなかったが、私から連絡する勇気も無かった…
2重に折った制服のチェック柄スカート、バーバリーのマフラーにラルフで統一してた白のカーデと紺のハイソックス。全部脱ぎ捨て、次の日地元から一番近い自動車学校まで申し込みの手続きに行った。
目標は専門学校に入学するまでに取得💪なんてはりきっていたが、同じ地元の子達が集まるこの学校。時期も重なり、生徒は知った顔触れ。
頑張って毎日通ったが、プチ同窓会的な気分だった。最低でも1日3時間は授業を受けるようにしていたが、終わった後はみんなで近くのファミレスやカラオケでたむろして…結局取得までの進みは予定外で…遅かった…汗。
切りが良い。4月になったらピッチから携帯に買い換えよう。そう考えていた3月末週。
ギリギリセーフとでもいっておこうか…
江田さんからの着信…
諦めていたが少し期待していた私は張り切って通話ボタンを押す。
『ハイ‼さくらで~す💕』
こんな風に媚びをうるように出た記憶がある。
『おぉ。元気か❓』
江田さんはやっぱり卒業式の日を知らなかった。
でもデートの約束は覚えてくれてた様で、来週にでも…と約束してくれた。
専門学校入学という楽しみの前に、もう一つの楽しみが出来た。
江田さんとデートの前に、私は携帯を買いにいった。どの会社にするか迷ったが、江田さんと同じDoCoMoにすることにした。
そしていよいよデートの前日。
当時ミニスカに厚底ブーツが定番だった私の普段着。
学生に人気の雑誌にもよく載っていたEGOISTというショップで、大人の江田さんと釣り合うように膝ちょい上まであるタイトスカートとカシミヤもどきの半袖ニット、ビニール素材のジャケット風を買った。
そして同じビルにある靴屋でヒール高めのミュールを買い、香水も買わなくちゃ。
Tの香水はスポーティで、どことなく子供っぽい。
雑誌のランキングで常に上位だったアリュールを買った。
家に帰り試し着をする。うん。違和感ないじゃん。
今まで原色ばかり取り入れた元気系だった私の服達。初のオネエ系(今はオカマちゃんの事を言いますが、当時はお姉さんっぽい大人系のファッションの事を言ってました💦)にワクワクしながらも、これからもこんな感じで行こう‼なんて決心までしてた…汗。
次の日。昨日買ったこれらの服を身にまとい、せっかく縮毛矯正してた髪にボリュームを出すためコテで巻き巻き。エゴの店員さんをイメージしながらセットした。
約束の時間は夕方。
待ち合わせ場所に10分早く着いた私は、まだ江田さんに番号を知らせていなかった携帯から電話した。
『おぉ、携帯に変わってんじゃん。俺が買ってやるっつったのに』
江田さんは、やっぱり私だってわかってくれてた。超が付くほど嬉しかった。
『今車で向かってるから待ってろよ』
ファミレスの駐車場から出てくるのを見たことがある、江田さんの車であろうシルバーのアリストが来るのを待った。
が…私が着いてから20分経つが江田さんは現れない…
あまり待つのに慣れてないせいか、まだ約束の時間から10分しか過ぎてないのにすごい不安になる…
どうしよう…このまま来てくれないかもしれない…
私は携帯の画面を見つめ、泣きそうになりながらも江田さんからの連絡を待った。
それから10分待ったが、やっぱり来ない。
ウザがられるの覚悟で江田さんに電話した。
『お前何泣きそうになってんの❓』
声でバレたのか…
『江田さん来ないから…』
『俺ずっとお前の前で待ってるんだけど。』
は❓
そういえばさっきから白のセルシオが目の前に停まってる。
運転席を見ると、ひさしぶりに見る江田さんが手を上げてる。
固定観念ってやつか…
てっきりシルバーのアリストとばかり思ってたから…目の前の白の車を気にも止めてなかった。
ってか江田さんも江田さんだよ。普通降りてくるとか…なんかあるでしょ❓
車の助手席に乗りこんだ。
隣りで江田さんが大笑いしている。
からかわれていた…
江田さんは私よりも早く来ていたそうで、
まだ着いていない風に装い、待つ私をずっと観察していたそうだ…
私の携帯番号を知らないはずの江田さんが、着信が私からだって当たり前のように分かってくれてたと思って、嬉しかったのに…
見てたんだったら分かるはずだよ…
悔しいとかガッカリとかじゃなくて…ショックだった。
『そんな顔すんなって』
まだ笑ってるし…
でも、こんな高級車の助手席に乗ったのも、隣りに素敵な大人の男性がハンドルにぎってる事も、私にとって全部初めての事で…ドキドキは止まらなかった…
『携帯の代わりに何か別の買ってやるよ』
江田さんはファッションビルが建ち並ぶ街まで車を走らせた。
立駐に車を停め、
私達が通うビルとは違う、大人なショップがテナントとしてたくさん入るビルまで歩く。
江田さんは歩くのが早い。私は小走りで後ろから付いていった。
『好きなの選べよ』
今まで入った事のない高級感漂う、私は知らなかったブランドのショップ。
私が昨日買った服とは素材も値段も全然違う…
こういうのって遠慮しとくべきなのか…
『こんな高いの買ってもらえないよ…』
『おいおい、中まで入って何も買わずに俺を店から出させるつもりか❓』
なんのプライドか知らないが、買ってもらったほうがいいようなので遠慮なく選んだ。
朋ちゃんの歌の歌詞をマネして、花柄のワンピにレザーのジャケットを選んだ。
『お、いいじゃん。』
その格好に合うミュールとバッグまで買ってもらい、総額10数万…
とても自分では買えない…
嬉しいような申し訳ないような…
『さっきのお詫びも兼ねてるから』
そう言ってショップ袋両手に歩く江田さんの後ろをまた小走りで付いていった。
『こんな高い物…ありがとうございました』
車に乗り込み、ドアを閉めてからお礼を言った。
『体で返してくれればいいからね💕』
あ゛❓
『嘘嘘‼お前すぐ顔に出るな。マジウケる‼』
なんだ…嘘か…
この時、本当は江田さんとなら…って思ってた。
まだ私は高校卒業したばかりで、そんな私からすれば江田さんくらいの年齢は皆'オジサン'。でも江田さんはオジサンには見えなかった。それだけ魅力的でかっこいい大人の男性だった。
その日はそのままドライブして、車の中でいろんな話をした。
私がファミレスで見たアリストは仕事用だった。
高級車2台所有ってどんだけ金持ってんだよと思いながらも、
今日は江田さんとたくさん話せる💕質問にも答えてくれる。
それでも会話の流れは自然と私への質問に変えられていて、結局年齢は42歳、O型だという事しか聞き出せなかった…。
待ち合わせから2時間くらいの短いデートだった。
これから仕事があるから家まで送れないと、高過ぎる交通費を差し出す江田さん。
『ここからだと300円もあれば帰れますから』
と、受け取るのを拒否したが、
夜は危ないから、と、タクシーで帰るよう言われ、
たったそれだけの事で
'守られてる'
'大事に思われてる'
なんて、まだ若かった私は勘違いしてた…。
それから言われた通りタクシーで帰った。
それでもお釣がカナリ返ってきたから…
私はパスケースにマジックで
'❤江田さん❤'
と書き、そのお釣を入れた。
江田さんとの会話は今までにない楽しさがあった。
歳のわりには最近の流行も知ってたし、
学生男子にありがちの'俺俺'と、ガッツいてないし、いっぱい喋ったのに疲れを感じるどころか癒された感じだった。
江田さんへの想いは
'憧れ'から'恋'へ変わっていく中
専門学校に入学。
プログラミングをメインに勉強するこの学科。
圧倒的に男子が多かった。
4人しかいない女の子の中、同じ匂いのする可奈と仲良くしていた。
休憩時間、2人で喫煙所まで走り、彼氏はいるのか、とか、今まで何人と付き合って、どんなエッチをしたかとか…初っ端から生々しい話をしていた…汗。
入学して3日目、ふれあいがどうのこうのって
1泊2日の研修があった。
まだよくクラスの人達を把握していない中
可奈と2人でクラスの中で目立ってる男を遠くから見ては
『アイツ絶対デカいよ』
『アイツはあ~見えてテク無しっぽそう…しかも小指くらいしかなさそ~😂』
なんて本当に女❓って聞きたくなるくらいの下ネタが続く。ノリの良い可奈と話すのがすごい楽しかった。
そんな可奈と仲良くする毎日。
周りからは楽しそうに見えたのか。
自然と男の子も集まるようになり、4月末にはグループが出来ていた。
江田さんとは…
相変わらず自分からは連絡する勇気がなく、
週に1度、気が向いたかのように来る江田さんからのメール。内容はアッケラカンだが、全て保護するくらい一喜一憂していた。
そして5月。大型連休ゴールデンウィークに、親睦を深める為オール②連日しようと、クラスの子達と予定していた。
ボウリングやカラオケで2日間徹夜しようという、くだらない遊びだ…
なんだかんだ言っても楽しみにしていた。
そしていよいよゴールデンウィーク前日。
学校が終わってその日の夜からの約束。
家に帰り、シャワーを浴びて念入りにメイクする。
服はこの前江田さんに買ってもらったヤツを着ていこうか迷ったが、もったいなくて止めた。
身支度を終え、待ち合わせ場所まで急ぐ。
そんな時江田さんからの着信が鳴った。
足を止め電話に出ると
『明日の夕方逢えないか❓』
と言う。
クラスの皆との計画は今日と明日のぶっ続け徹夜遊び。
きっと今日の夜中にはみんなダウンして計画はオジャンになると思ってたし、もし続行したとしても途中で抜けだそうと思い、江田さんと逢う事にOKした。
電話を切り、また待ち合わせ場所に急ぐ。小走りではあるが、別の楽しみも出来た私は心はスキップしていた。
まずは飯ってことで、居酒屋での待ち合わせ。
みんなはもう来てお酒を飲み始めていた。
『さくら~遅い💢』
可奈が叫んだ。
もう酔ってるのか❓
楽しい場はビールがすすむ。
何杯飲んでもおいしいビールはじょじょに私の気分を気持ち良くさせ、テンションは上がる一方。
ふと気付いた。クラスの子じゃない男がいる…
『あの人誰❓』
可奈に聞くが、可奈は完全に酔ってる。
『おい‼お前誰だ‼』
可奈がまた叫んだ。
『智也って言いま~す』
クラスの中に隣りの県出身の直人という子がいた。直人と智也はオナ高で、現在2人共それぞれ違う学校ではあるが進学の為こっちに出てきて1人暮らしをしているそうだ。
新しい生活に友達は少なく、
今回の私達のこのしょうもない遊びの事を直人から聞き、智也もついて来たのだと。
可奈が叫んでからというもの…心を開いたかのようにうちらのそばから離れない智也…
可奈は酔ってノリが良かったが、私は平気で肩組んだり顔を触ってくる智也のウザさについていけず、どんどん酔いが冷めていく…
私は自分のグラスを持ち、直人の横に移動した。
『あんたの友達相当たまってんね。マジウザいんだけど。』
『アイツ、まだ学校に馴染んでないらしくてさ…寂しそうだから連れて来たんだよね。ま、ほっといてくれていいからさ』
直人は私のグラスにビールを注ぎながらそう言うが、私には智也は女に飢えてるようにしか見えなかった。
居酒屋を後にボウリング場へ向かう途中、智也は酔ってフラフラしてる可奈を介護していた。
『直人、あれほっといたら可奈ヤバいかね❓』
智也が可奈に何かするんじゃないかと心配したが、
直人は『智也はそんな奴じゃない』と言う。
それに可奈も智也を嫌がってなさそうだからほったらかしにしていた。
私はこの日、初めてのボウリングな事に気付き、投げ方も分からず3ゲームのスコアのアベは50以下だった…
残念すぎて笑えない…💦
その後カラオケで朝まで歌う予定だったから、私はもう少しだけココに残り、練習がてら投げる事にした。
それに、直人ともう1人、高倉という子も付き合ってくれる事になった。
黙々と投げる3人。
高倉がストライクばかり打つから、悔しくて2ゲームで止めた。
すっかり酔いも冷めた私達はみんなが居るカラオケに向かう。
ドアを開けると案の定、ほとんどの子がダウンして、歌ってる子なんていない。
可奈は寝ていた…
『私帰ろうかな…』
予想通りここで計画はオジャンになったが、
今は夜中の2時。
JRの始発まであと3時間くらい待たないといけないという事で、
私と高倉は可奈を連れて、近くで一人暮らししている直人の家で暇を潰させてもらう事にした。
学生の一人暮らしといえば1K。すごく狭いが、
『風呂とトイレが別なだけまだマシ』
と言う直人。
テレビとベッドに占領された狭いスペースに4人も入ると暑っくるしい。
可奈をベッドに寝かせ、私は散乱する雑誌の山に何かおもしろいものはないか、と、ほじくり始めた。
出て来る出て来る。エロ本が。
顔射ばかりを目にしたから
『直人こんなん好きなわけ❓』
と聞くと
『男の夢だ』
なんて馬鹿げた答えが返ってくる…
江田さんはどうなんだろ…
私は密かに江田さんと体を重ねる日が来るかも…なんて期待していた。
この頃の私は、2人の男しか知らない。
しかも初体験は相手も初めてで、お互い無知なまま、本能のままに動いていた。
2人目も童貞で、こちらも上に同じ。
性に関する知識がゼロに近い私が、果たして大人の江田さんと釣り合う動きができるのか…
何故か焦りだす。
女の私が男の直人の家で、こんな事頼むのは非常識なのはわかってる…
ダメ元で頼んでみる。
『AV貸して』
直人は
はぁ❓
と言いながらもロッカーをゴソゴソあさくり、一本のAVを差し出す。
『コレ、女の人に人気の男優のヤツ。』
そう言って貸してくれた。
『女もそんなん見て1人でやるわけ❓』
高倉がニヤつく。
『まぁね』
なんて格好つけたつもりで言ってみたが、
年上の男性と、もしかしたら…な時に備えて勉強
なんて恥ずかしくて言えなかった。
今考えると1人でやる自分を想像される方が恥ずかしいですね…💦
本当馬鹿でした😭
始発の電車が出る時間になった。
『直人、可奈よろしくね』
そう言って寝ている可奈を直人の家に置いて高倉と2人で駅へ向かった。
駅までの道のり。
高倉は付き合っている彼女との惚気話で1人盛り上がっている。
眠い私は
『ま、頑張れ』
と、適当に返事していた。
おそらくこの日からだろう。
彼女がかわいい、とか、一生大切にする、とか…ノロケではあるが男の人の誠実な気持ちを高倉によって初めて知った私は、
少しずつ高倉に心を開き、
江田さんの事も相談に乗ってもらうようになり…
もちろん高倉の相談にも乗る…
のち、本物の'嫉妬'を知る…
家に帰りつき、部屋に入るなり借りたAVをデッキにセットする…
私は中学男子にでもなったかのように、
音量を最小にし、
寝ている家族にバレないように、
誰か部屋に入りそうになったらすぐスイッチが消せるように
ヒッソリと見始めた。
初めて見る他人のその行為に、
勉強どころか興味の嵐…💦
今までに経験のないプレイに吐き気すら襲ってきたが、
直人が言っていた、男優のチョコボール○井さんが女の人に人気なのも、なんとなくわかるな、って思ってもみた。
でも私にはまだ早い💦なんて恐怖にも似た感覚だった。
そろそろみんな起きちゃう…
睡魔と戦うのも限界だった私は、お風呂にも入らず
借りたAVをベッドの下に隠して寝た。
昼過ぎにメール受信の音で目覚めた。
可奈からだった。
内容は、私は生理的に無理だった智也と付き合う事になったというものだった。
私達が帰ったあと、直人の家の近くに住む智也とガチあい、今も一緒にいるそうだ。
居酒屋で意気投合していた2人を見ていた私は否定もできず、
『おめでとう』
と軽く返信し、
ムダ毛処理用のカミソリを持ってお風呂に入った。
念入りにムダ毛を処理する。
江田さんに逢うなら、手の指の毛一本すら残すことは許されない。
そんな乙女心も無駄になるなんて思いもせず、
自分を1ミリでも輝かせる為に一生懸命だった。
まだメイクに慣れているとは言えない18歳。
お手本は4つ年上のayuだった。
目を真っ黒に縁取り、マスカラタップリ塗りたぐる。その上さらにつけまつ毛。その黒すぎる目の周りにはラメ入れてなんぼ。眉下と目下にはキラキラな白いパウダーで光沢を出す。比較的色白な私はこんなメイクが一番似合うなんて思っていた。
この前江田さんに買ってもらった、花柄のワンピにレザーのジャケットを羽織って
何度も鏡を見てはナルシストのように自分の姿に納得し、緊張する自分に自信を付けた。
待ち合わせは18時。
場所はこの前と同じ所。
ホストかキャッチか知らないが、目の前で私の通行を妨げる若い兄ちゃんの着こなせてないスーツと江田さんを比べる。
『ちょっといい❓うちの店で働かない❓』
こんな時
その若い兄ちゃんが安っぽく見えてた。
決まって『まだ高校生です』って言って追い返す。そんな嘘がまだ通用する。
でも江田さんには1歳でも年上に見られてたい…まだ子供な私だけど…
力一杯背伸びしてた私を大人の女性として
接して欲しかった。
江田さんは前回のようなイタズラもせず、
車から降りてタバコを吸いながら私を待ってくれていた。
今朝、初めて見たAVの興奮がまだ残っていた私は江田さんの目にどのように映っていたのだろうか…
暗黙の了解かのように、車は市内のもっとも地元から離れたラブホに向かう。
部屋の選択の時、一番広くて一番値が高い、最上階の部屋のボタンを当たり前のように押す江田さん。
狭いエレベーターの中、江田さんにバレないよう、緊張で震える両手を必至で隠した。
部屋に入ると、あの、狭く、チャチく、みたいな、あからさまな感じがまったく無く、
広々とした部屋にキングベッドがドンと構え、フカフカなソファーがL字にテーブルを囲む。
まるでスィートルームな部屋だった。
はしゃぐ私をおもしろそうに見る江田さん。
やっぱり私はまだまだ子供だね…
お腹すいただろ❓と、なんやかんや注文する江田さんに、『パフェが食べたい』と言うと、3種類頼んでいた。
今考えると鳥肌が立つが、
そのパフェの生クリームをわざとホッペに付け、『江田さ~ん、顔汚れたから拭いて』
なんて甘えてブリっ子していた。
ここに来て3時間ほど経つが、
まるで家のようにくつろいでいる江田さん。
楽しんでる私を眺めてるだけで、
一体何を考えているのか…
『江田さん…一緒にお風呂入ってくれませんか❓』
私の、精一杯のモーションだった。
石鹸で、タオルを使わず手で丁寧に私の体を洗う江田さん。
ヤバい…
私の性感帯を触れそうで触れないその手に、なんとも言えない快感が襲う。
'じれったい'なんてまだ知らない。
絶頂も知らない私は首筋を撫でられるだけでイッた気分だった。
バスタブの中、向き合ってお湯に漬かる。
大人の江田さんの、その大きくて丸い瞳に見つめられるだけでドキドキの中の緊張がほどけ、身を任せる準備ができた。
お風呂から上がり、ベッドへ向かう。
今まで童貞君との過去しかない私は、
江田さんの、大人ならではの、そのねちっこい愛撫にただマグロ状態で構えていた。
耳元で唇が触れるか触れないかの距離で吐息をかける江田さんが、今朝のAVに出てきたチョコさんと重なる…
女性の皆様、'潮吹き'を経験された事はありますか❓
私はずっと嘘だと思ってました。
どうせ尿だろ。
男を興奮させる為のパフォーマンスなんだろ、と。
江田さんの深爪の指が私の中で踊る。
この時'潮吹き'が尿ではなく、本物だったと知った。
'イク'とは違うが、私にとって、どことなく安心感に似た、気持ちいい、と言うよりは、心地よいものだった。
事が終わり、江田さんの腕枕で寝たフリをしていた。
一部始終を思い出すと、鼻血が出そうだった。
過去の男どもとは、突かれるだけの気持ち良さに1日に何回も、まるで猿のようだったが、
こんな1回で十分満たしてくれた江田さんがテクニシャンに見えて…
私はそんな江田さんの大人の魅力にどっぷりハマっていった。
この日、てっきりお泊まりだと思っていたが、
江田さんはまだ仕事が残ってると言い、夜中にホテルを後にした。
また、家まで遅れないからと、前回よりも多い交通費を差し出し、タクシーが掴まりやすい通りで降ろされた。
江田さんからこんなデートのお誘いが週1でかかってきた。
私は、ただホテルに行くだけのデートの為、江田さんを想いながらゴージャスにめかし込む。
これが'大人の恋愛'だと信じきって…
溜まるに溜まった江田さんから差し出される交通費の釣銭。服でも買え、と、返済を求める素振りは一切無く、
'❤江田さん❤'とマジックで書いたパスケースには、10枚の千円札を1枚の万札に両替したりして地道に軽量させていたが、後、チャックが閉まらないほどの万札でパンパンになった。
そんな増える一方なパスケースとは逆に、
朋ちゃんの真似して買った私のPRADAの財布の中身は減っていく…
遅かったが無事自動車免許も取得し、試験料の支払いも終えた。通帳の残高は昨日携帯料金が引かれ、わずか千円を切っていた…
ヤバい💦
時給が少しでも高い所がいい。
高倉のバイト先が女性スタッフを募集してると聞き、紹介してもらえたおかげで
夕方18時から24時までの、割りと時給の良い居酒屋のアルバイトを始めることができた。
江田さんからお誘いがくるであろう土曜日は、シフトから外してもらってた。
お金が無いって怖い💦
給料日までの一ヵ月間、
友達からの遊びの誘いも断り、ただアルバイトに励んでいた。
そのバイト先には、高倉の彼女もいた。
大学に通う浅子は高倉の言う通り、可愛くてちっちゃくて色白で…女である私でさえ'守ってやりたい'と思わせる魅力を持っていた。
『高倉からいつも浅子ちゃんの事聞いてるよ~』
そんな会話から、一気に浅子と仲良くなれた。
浅子にとっては、彼氏と同じ学校に通う私を、学校での彼氏の様子を伺うための材料でしかなかったように感じたが、
所詮友達なんてそんなもん。
マブになるまでは発展しなかった。
2人のラブラブぶりにウザさを感じていたが、よく3人で遊んだりもしていた。
江田さんとホテルで密会のようなデートしかしない私は、
3人でいる時、浅子に対する高倉の態度を、嫉妬のようなまなざしで、影からジッと見ていた。
女の勘ってヤツか…
浅子はそんな私にすぐ気付き、
自分を守る為、
彼氏である高倉を私から離すかのように、
遊ぶのも止め、
口も聞かなくなった。
せっかく慣れた居酒屋のバイト。
そんな浅子の事を気にする事も無く、辞める気もない、
そこまで大人じゃない私は図々しくも、バイト先で高倉と、浅子が知らない、学校のクラスメイトや先生の話をわざとしていた。
凹む浅子を見たかったんじゃない、
ただ、高倉の愛情を独り占めしてる浅子が羨ましかっただけ…
それが原因かはわからないが、浅子はバイトを辞めた。
それでも高倉と続いている事に嫉妬する…
今日も江田さんに抱かれながら、性格の悪い私を一切隠し、
『朝まで一緒に居たい、手を繋いで街を歩きたい』なんて本音は言えず、物分かりの良い女振る。
もし本音を言ってしまえば、そこで終わりな気がしてた…
虚しい気持ちも必至に隠し、江田さんに教えてもらった体勢で、少しでも可愛いって思われるよう、演技にも似た動きで踊る私を見て満足してる江田さん。
そんな自分の気持ちをごまかす事に少し疲れを感じてきた頃だった。
COBOLの授業中、真っ黒のパソコン画面に
意味のわからない英文を繋ぎ合わせ、プログラミングの練習をしている最中、
バイブにし忘れた私の携帯が教室中に鳴り響く。
私の着信音は時代遅れではあるが、相変わらず好きだった朋ちゃんの歌…💦恥ずかしい…
まだ3和音とか4和音だったと思う。
『お~い‼授業中は音鳴らすなと言ってるだろ~』
先生に、私の携帯だとバレないよう、慌てる様子も見せず、
ただ鳴りやむのを待った。
しつこい…誰❓
トイレに行くと言い、教室の外に出て、私の携帯にしつこく鳴らす相手を睨むように画面を開いた。
折畳み式携帯、通称パカパカ携帯がハヤりだしたのもこの時代だ。
知らない番号だった。
『…はい💢❓』
誰なのかわからないのに、
わざと不機嫌そうに取った。
『江田と申しますが。』
女の、ハキハキした性格を連想させる、ドスの効いた声だった。
…コウダ❓誰❓
ピンとこなかった。
『どちら様ですか❓』
『江田武志の妻です。』
この時、週1デートをする江田さんの下の名前を聞くまで、
本当に気付かなかった…
妻と名乗るその女は、
私達がいつ、どこで逢っているのか知っており、
また、私の通う学校や年齢、どこに住んでいるかまで調べあげていた。
『江田の姓は、私の実家の姓なの。武志は婿養子なのよ。』
女は、江田さんが勤める会社の社長令嬢で、小企業ではあるが、その会社の取締役を身内で固めてることまで話す。
まるで'あなたが入るスペースはどこにも無いのよ'と言わんばかりに…
そんな難しい説明はどうでもいい。
江田さんが既婚者だったなんて…
ショックが大きすぎて、声も、涙すらも出てこない…
『一夜限りのお遊びなら結構だったのよ。』
そんな'妻'としての余裕な発言も、今の私にはどうでもいい。
今すぐ江田さんに逢いたいっ…
どういう事なのか…
ちゃんと江田さんの口から聞きたいよ…
授業中だからと言い、ドスの効いた攻撃的な声に聞き飽きたころ、電話を切った。
教室に戻らず、喫煙所に向かう。
江田さんに今すぐにでも電話したかったが、
こんな状況でも、物分かりの良い女を演じる。
私から電話はしなかった。
良く考えればわかる事だった。
初めてのデートの時、まるで周りから誤解されないよう、私と並んで歩くのを避けるように早歩きだった江田さん。
付き合うとか、彼だの彼女だの、肩書きとも言える代名詞を一切利用しなかった事。
2度目のデート以降、ホテルのみで、泊まらず夜中には仕事という名目で必ず帰っていた事。
住んでる場所が近かった私を家まで送ろうとしなかった事。
それに…
江田さんの左手の薬指には
私と逢う直前に外したのであろう、リングの後がしっかりとついていた事を知ってた。
江田さん、でもね…
私が'違う'と深く信じていれば、それは全て現実ではないんだって…
疑う事を避けてたんだ。
そんな私は江田さんにとって、都合が良かっただけの女だったのだろうか…
江田さんの奥さんは、余裕な言葉ばかりを並べていたが、
最後に
『2度と逢う事は許されない』
と言っていた。
江田さんはこの事を知らないのか…
いつもと変わらずデートのお誘いの電話があった。
『いつもの時間にいつもの場所で。』
現実を知ったショックは確かに大きかったが、
なぜだろう…
既婚だという事を秘密にしていた江田さんを責める気になれなかった。
むしろ、自業自得と思っていた。
そんな中、いつものホテルでまた抱き合う。
なんだ…何も変わらないじゃん。
江田さんは果てる寸前、私をキツく抱き締める。
もうそろそろかなと思った時、
『結婚されてたんですね』
ピタっと動きが止まり、調子が狂ったのか、私の中でダラダラと果てやがった。
慌てる江田さんの間抜けな姿は、
'妊娠されると困る'、
とでも言いたそうな焦り様。
そんな江田さんの姿を見て、初めて涙が出た。
週に1度、性の処理の為に何故私を選んでいたのかは知らない。
もしかすると、他にも女はたくさん居たのかも知れない。
他にヤる女がいながら奥さんとの性生活も有るのかもしれない。
聞きたい事は山程あったが、
いつだって落ち着いた印象しかなかった江田さんが、
不発のようなスッキリしない果て方の後
奥さんにバレてるカモと心配でもしているのか…初めて見せるその焦り顔は
裸の私が横に居るなんて忘れてる…そんな江田さんを見てるだけで、
奥さんの尻に敷かれてると分かる…
婿養子だもんね…
何かがプチっと切れた。
それから服を着て、何も言わず1人で帰った。
帰り道、何を血迷ったのか…コンビニで、おいちゃんらが飲んでそうなワンカップを2本買い、一気飲みした。
それからどう帰ったのかは覚えていないが、
朝、私はちゃんと自分の部屋のベッドで寝て居た。丁寧にちゃんとパジャマに着替えている。重たい瞼が気になり、鏡を見ると、目が力一杯腫れていた。
今日が日曜で良かった…
夕方、だいぶ目の腫れは引いた。バイト先の居酒屋までチャリをこぐ。
いつもと違う私を心配そうに見ている高倉。
今日はとても暇な日曜ということで、私と高倉はいつもより早い時間に上がらせてもらった。
『富田、何かあった❓』
高倉には江田さんの話を何度かした事がある。
奥さんからの電話の事や、昨日の事を簡単に話した。
『お前その男にガツンと言ってやったの❓』
そんな事どうでもいい…
無言になる私に、高倉は江田さんの携帯番号を教えろと言いだした。
たかがクラスメイトの女の為に、一体何をしようとしているのか…
高倉のジーンズのポケットに入ってる、サイレントにされた携帯が光で着信を知らせるのが見えた。きっと彼女の浅子からだ。
私は着信に気付かない高倉に、教えてやるような事はしない。
江田さんの事で辛くなった気持ちを利用して、高倉のまっすぐな優しさに触れようとしていた…
『もういいんだ。辛いけど、これ以上江田さんの奥さんにも迷惑かけたくないから…』
本音な訳がない。
そう言っておけば、高倉は私を健気な女の子と思ってくれるだろう…
高倉はそんな私を抱き締め、そっと頭を撫でてくれる。
高倉の胸にうずくまり、ポケットの中で虚しく光り続ける携帯を、上から眺めていた。
10分くらいだろうか…
悪女のような気分で
高倉の胸を借りながら、嘘泣きしていた。
私達はまだバイト先の休憩室にいた。
他のバイトの子の足音が聞こえ、パッと高倉の胸から離れた。
高倉は直ぐさまポケットから携帯を取り出す。
着信履歴を確認だろう携帯をまたポケットにしまう。
『どっか行く❓』
優しい高倉は、泣いてる私を放っておけなかったのだろう…
『浅子ちゃんに悪いよ…私嫌われてるし。
1人で大丈夫だから…また明日学校でね。』
また本音とは逆の言葉で健気を演じる。
高倉はそんな私を多少なりとも'守ってやりたい'と思ってくれたのだろうか…
思ったとしても、それは'女'としての私ではなく、'友達'としての私に過ぎないのに…
不思議と江田さんの事は1日で吹っ切れた。
何も知らされず、壊れるのを恐れ自ら現実を知ろうともせず…ワガママも言わず、物分かりの良い女のフリしてた。
身形だって、OL向けの好きでもないファッション誌を買い込んで参考にした。
恥ずかしい思いしながらもクラスメイトの直人にAV借りて予習しようとした。
江田さんは私の体だけが目的であって、こんなに頑張って大人ぶらなくてもよかったのだ。
ひょっとすると高校の時の制服で逢っていた方が喜んでたかもね…
世界中の人間に、
声を揃えて
『バーカ』
と言われた気分だ。
そうだよ。
'❤江田さん❤'のパスケースの中の万札を数える。
30万近くあった。
これっぽっちのお金で江田さんは若い女の体を3か月も楽しんでたんだね。
ホテル代と合わせるとソープよりちょい高かったかもね…。
私なんて…
バカで、
金額付けれる程度の
それだけの価値しかない女だ…
私は月曜日、学校をサボった。
そのパスケースをバッグに入れ、
街へ向かう。
江田さんの財布と同じブランドの専門店で、パスケースの中の金額分だけ同じ財布を三つ買った。
店員さんは、来店して間もない客のお買い上げにニコニコだ。
『同じタイプの物を複数ご購入ということは…どなたかにプレゼントされるんですか❓』
『………。』
一つ一つ丁寧に梱包された商品を大きめの袋にひとまとめにしてもらい、その袋を片手に持ち、コンビニのゴミ箱へ捨てた。
江田さんの真似して選んだDoCoMoの携帯を解約し、
別の会社の携帯に買い換えた。
これで江田さんとの関係は全て精算完了。
梅雨も明けたというのに、叩き付けるような大雨…
私の代わりに泣いてくれてるのかと思った。
朋ちゃんが最愛の彼と破局した頃の事を思い出した。
テレビの向こうで仲良く歌う2人を見て、
ずっと憧れてただけに、自分の事のように悲しかった。
それからしばらくして復帰した朋ちゃんは、まるで別人で…
素敵な笑顔も無く…
違う人が作った曲を、まるで別れた彼に捧げるかのような歌詞で、
'無'な感じで歌ってた。
朋ちゃん…
私は朋ちゃんの完全な復帰を願ってた。
あの彼が居なくても、
あなたは充分輝けるのに…
そんなエールが届いたかはわからないが…
バラエティに姿を表すようになってからは
少しだけ元気を取り戻していたようだった…
どんなに辛かったんだろう…
テレビ見てるだけじゃわからない…
やっぱり恋愛って、惚れた方が負けなんかね❓
それなら惚れないほうがマシだよね…
昼過ぎ、3時限目が終わる頃、
大遅刻だが学校へ向かった。
休憩時間に教室に入り、可奈が寄ってくる…
『さくら~💢』
可奈は学校に来ていない私に電話をかけても繋がらなかったと少し怒ってる。
『ごめんごめん💦携帯買い変えてきた。』
赤外線で飛ばすなんて機能はまだない。
1人1人に新しい番号を教えてはワン切りしてもらう。意外と大変だった。
『高倉に少し聞いたよ…』
智也とラブラブしてる可奈には、江田さんの事を詳しく話してなかったが、いつもおちゃらけてる可奈が、心配そうに私の顔を覗き込む。
『あぁ、私遊ばれてたみたい‼』
惨めに思われないよう、明るく言った。
『よしよし、今日はパーっといきましょかー』
どうせしょっちゅう行ってるカラオケだろ、
と思いながらも、励ましてくれようとしてる可奈に
'ありがとう'
と思った。
本日最後の授業を受け、みんなでカラオケに向かう。
今日はバイトも休みだし、ゆっくりできる。
高倉も来ていた。
『大丈夫か❓』
私の横に座る高倉が言う。
『心配なら私と付き合ってよ。』
ビックリする高倉に
『嘘嘘‼』
と撤回する。
『俺、最近浅子とうまくいってないんだよね』
高倉から思いもよらぬ言葉が出てきた。
数ヵ月前、あんなにのろけながら彼女自慢してた笑顔はどこへ消えたのか…
『どうした❓』
浅子がバイトを辞めた頃くらいから、
束縛が酷く、今どこで誰と居るのかの催促の電話が増える中、
初めは、信じてもらえてない事が辛かったが、いつしか
'ウザイ'とさえ思うようになり、顔を合わせれば喧嘩になるそうだ…
浅子のそんな変化に私は少し責任を感じた…
『ごめん…』
『はぁ❓なんでお前が謝るの❓』
女のヤキモチや嫉妬を知らないのか…
高倉は笑いながらそう言った。
『ご飯付き合ってよ』
カラオケに2時間ほどいたが、
結局一曲も歌わずお時間ですコール。
お腹が空いていた私は高倉を夕飯に誘った。
『おぉ、』
駅から徒歩15分の場所に、ファッションショップや雑貨屋、飲食店、映画館などが入ったモールのような施設があり、
そこまで2人でチャリをこぐ。
この施設が出来たのは私が中学の時。昔は、大人の街…キャバクラや風俗、ラブホテルが集中する街と聞かされていた。
今でも歓楽街は健在で、その施設の周りには不審なおばちゃんが1人で立ってたりする。
大人になってから、
そのおばちゃんが何故立っているのか理解した。
ご飯を食べながら
お互いの傷口を広げるような話は避け、バイトや学校の話をしていた。
『私さ、プログラミング向いてないっぽいんだよね』
後、分野の中で最も難しいといわれていた国家試験に受かったくらい高倉は頭が良く、
私の悩みなんて理解できなかっただろうが、
『俺が教えてやってもいいよ』
なんて上から目線で応援してくれた。
ご飯を食べ終え、
屋台が並ぶ側へと無言で歩く。
ラブホテルのネオンが反射してる大きな川を眺めていた。
『あそこ、寄ってく❓』
ホテルを指し、冗談のつもりで言ってみた。
高倉がマジな顔してる…
ヤバい…冗談キツかったかな…
その瞬間私は手を繋がれ、引っ張られる感じでホテルのフロアまで連れていかれた…
どうするつもりなんだろ、と、抵抗もせず着いて行く。
そして部屋に入った途端、
ベッドに押し倒され、そのままヤられた。
本能とはこの事か…
後先何も考えず、理性の欠片も働いていない高倉。
幻滅すると共に、今年の夏、花火大会、誰と行こうか…
高倉の肩越し、天井を眺めながらどうでもいい事を考えていた。
高倉はアッと言う間にイき、
すぐ我に返ったかのように『ごめん』を連呼する。
謝られてもヒリヒリは治らない…
今まで浅子に嫉妬した事もあったが、
そんな熱い気持ちは一瞬で消えた。
処女じゃあるまいし、こんな事で傷ついたりしない。
自分にそう言い聞かせ、
明日からクラスやバイト先で気まずい思いしないように、
とにかく笑った。
『別にいいよ。』
そう言うしかなかった。
家に帰り、お風呂を終えてベッドに潜り込む。
ガリな男のアソコはデカい
これってカナリの確率で当たってる気がする。
そんな変な事を考えながら寝た。
この頃から…
私は恋愛の素晴らしさを見失ってたんだっけ…
もうすぐ19の誕生日を迎える夏だった。
次の日、
いつもと変わらない高倉の態度にホッとしたが、
少し寂しい気もした。
授業が苦痛だ…
アルゴもCOBOLもC言語も…頭が痛い…
選択授業を全てエクセル、ワードにし、
あの真っ黒な画面から少しでも解放されるようにした。
夏休み。
勉強してないせいか、調子が良くなってきた頃、
可奈が智也と別れた。
原因は詳しく聞かされなかったが、何故か可奈のテンションがパワーアップしてる…😭
『海行こうよ‼』
これは泳ぎに行くのではない。
ナンパされに行くのだ。
彼氏が居ない私達は、
朝から可愛い水着を買いに行き、その足で海へ行く。
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