鯨の唄 3
鯨の唄という小説を過去にここで書きました。
その続きを書いてみます。
誤字脱字だらけのつたない小説です。
戦争の時代…鬼のようだった兵士が海で人魚に出会いました。
兵士の心の中には病気で亡くなった兄がいました。
兄はとても女性的な人でした。
そして戦場であったのもとても女性的な男性でした。
やがて過酷な戦場で女性的な男性兵士は彼の心の拠り所になっていた。
しかし彼は鬼のような兵士として生きていた。
鯨の唄1と2は鯨の唄で検索するとでてきます。
ミクルが書けなくなるようなのでその前に少し書いてみます。
26/03/25 13:52 追記
戦争な残酷な描写が多少でてきます。
苦手な方は見ないようにご注意ください。
またプラトニックですが同性愛がでてきますので不快な方はご注意ください。
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だけど愛は光は本当は自分の中にすでにあるのだそうだ。
それがうまく出てこれてないだけなんだ。
自信がなくて。
いつだって自信がなくて。
みんなの心の中にさまざまな色に輝く愛の光があるはずなのに。
それらが混ざり合い虹色に輝く調和に満ちた世界はまだまだ遠くて…
それでも空は教えている…
海は内包している…
自然はいつも手本を示している…
蛙の鳴き声がする。
水田には命があふれている。
生まれ変わって性別さへ変わって
平和な現代に生きてきた。
もちろん平和とはいいきれないけれど…
それでもすくなくとも戦争していない国で生きている。
それで心の戦争はいつでもどこでも起きている。
みんなが本当は心安らかに生きたいと願いながら。
それがかなわないでいる。
自分の中のエゴを持て余している。
エゴが暴れだすと途端に孤独になる。
愛されたい。
理解されたい。
求めるばかりになるときがある。
戦場の鬼、戦場の悪魔は、人魚に救われた。
しかし彼の旅はゴールではない。
終わらない。
彼はやがて転生する。
何十年後、ある家に女の子として誕生する。
もう生まれなくていいよって思っても…
また生まれる。
それならば、彼にころされた人々もまた生まれる。
終わらい魂の旅。
いつまで続くの?
聞いても答えはかえってこないの。
今日も地球を見守るお仕事をしている。
こないだのあの子とのやりとりが心に引っかかる。
地球での日々を終えて宇宙の母船での仕事に戻った。
ワタシのここでの仕事は大きく言えば愛することだ。
けれど愛することはときに痛みもともなう。
迷うこともたくさんある。
けれどあの人魚の純粋でまっすぐな愛があの子を救ってくれた。
ワタシはあの人魚に感謝している。
戦争を多くの恨みや憎しみをうみだし…
多くの人々が灰色の世界で迷子になってしまった…
そこから人々を救うためにたくさんの愛が必要で…
ワタシたちでも愛が枯渇してしまいそうになる時もある…
でも愛はめぐりめぐってまただれかを救う…
壮大なワタシたちの心と身体は…
まるで宇宙のように無限大に広がっている…
可能性の宝庫だ…
だからこそワタシたちはあきらめない…
愛と調和と光を宇宙全体に満たせたら…
そんな願いとともに…。
おれは鬼なのにいいのか…
おれは震える声できいた…
わたしははぐれ人魚なのよ?…
それでもいいの…?
少しほほをふくらませて面白い顔をしていう…
おどけているのか…?
おれは……
何か言おうとするたびに…
繰り返し繰り返し口づけられる…
一晩中彼女はおれを抱きしめ…
口づけを繰り返した…
おれは安心してやがて子供のように眠りに落ちていく…
みんながおれを嫌っても憎んでも…
この人魚だけはおれを責めない嫌わない愛してくれる…
おれがそのことにどれだけ安心しただろう…
おれはまたこの岩礁に戻ってきた…
もう肉体はない…
あの島から動けなくなっていたおれの魂を…
人魚の手がここまで運んでくれた…
岩礁の中の穏やかなチャプチャプとかすかに音のする…
浅瀬…
人魚はいつものように砂浜に身体を横たえる…
朝の光を浴びて気持ち良さそうに目を細める…
これでもう安心…
あなたはわたしのそばをもうはなれないでね…
ニコリと笑う…
おれは情けない顔をする…
そしてまだ人魚に言っていなかった残虐非道について話した…
わたしがそこにいたらあなたをとめたわ…
あなたがあとで苦しまないように全力でとめたわ…
それが出来なくてとても残念なの。
いよいよ両腕を伸ばしておれを抱きしめる…
口つける…
またほんのりと磯の香りがした…
もう肉体はないのに…
あの日のような香りがした…
ため息をついて仕事に戻る…
あの子にはお手上げだわ…
彼女に任せよう…
かつてのワタシが体験した星間戦争は苛烈を極めていた…
ワタシたちにはもう肉体はない…
母星ももうない…
だけど…
同じように見えて違うのだろうか…?
あの子はあの子にしかわからない景色を見たのかもしれない…
おれは歩いた…
人魚を探して歩きだした…
ひきずるように身体を前に向かわせる…
何もかも知るかと思っていた…
薄紫と空色のグラデーションの島を歩く…
足元を見て歩いていたら…
ふっと気配を感じて顔をあげる…
海だ…
そのあたりにひらひらと舞うのは桜の花びらだった…
パシャリ…
亜麻色の髪の頭が顔を出す…
あの木船ではじめて会ったときのように…
おれを心配する青碧色の瞳は…
今日もよく光っている…
気がつくと月の光があたりを照らしていた…
おれは今度は逃げなかった…
おれはおれの気持ちに素直に…
人魚に手を伸ばした…
白く輝く細い腕が伸ばされ…
おれの手を強くつかむ…
もう離さない…
力強い人魚の声がする…
おれは人魚にひかれていく…
どこまでも続く大海原をいく…
あなたを許せるものはあなたです。
あなたを愛せるものはあなたです。
どちらも出来ずに泣いているから…
彼女はあなたを助けようとしているんです…
あなたをこの島に閉じ込めたのはあなた自身なのです………
ふふ…
おれは自嘲気味に笑う。
今のおれには兄さんの言葉は響いてこなかった…
泥と血もかぶっていない兄さんに何を言われても…
あなたに何がわかるのだと……
だけど人魚がここに向かっていることには…
素直に心の真ん中に温かな小さな小さな黄金の花が咲いたようだった…
あまりにも遠すぎる兄さん…
どうやら遠いところから呼びかけている兄さん…
それよりもおれのそばに必死に泳いでくる人魚に感謝した……
禅問答などしたかったわけじゃないんだよ…兄さん…
仕方がありませんね…
やはりまだ早かったようです…
ぷつりと兄さんの幻影は消えた…
兄さんの消えた島は…
いつもの灰色ではなく…
ほのかな薄紫色だった…
とんびの声がどこからかする…
薄紫色から空色にグラデーションしていく…
ああ…
あなたは愛されていますよ……
あなたを心配しているものが近くにいます………
兄さんの隣にビジョンがあらわれる…
人魚だった。
人魚が泳いでいる。
海を猛スピードで泳いでいる。
とても真剣な顔をして前方を見つめ…
身をくねらせるように泳いでいる。
彼女はあなたの魂を探してこの島にやってきます……
彼女の気持ちはあなたが思うよりもずっと強いのです……
兄さんはまた無表情に戻り…
愛されることが重要なのではありません……
では愛することに意味があるのですか?
おれが愛したことに意味などありませんでした。
おれがおれなりに守ったものも…
みなおれのことなど忘れました…
そんなことはありませんよ………
嘘だ……!!!
おれは毒ついた。
嘘だ………!!!嘘だ!嘘だ!嘘だーーー!!!
兄さんさんはきれいな形の眉をハの字にして…
困ったような顔をした…
顔を手でおおって泣き出すおれ…
このごろのおれは泣いてばかりだった……
兄さんが美しければ美しいほど…
やせて身の心も汚れきった自分が悲しくてたまらなかった………
わかってね………
ワタシもあなたのような苦しみを同じような苦しみを体験してきたの……、
久しぶりに聞いた兄さんの声は…
遠くからこだまするように響いてくる…
地面から顔を上げると…
兄さんは少しだけ苦しそうな顔をした……
わからないよ…
あなたはそんなにも温かく美しい光に包まれているじゃないですか…?
両親に心から愛されていたじゃないですか?
あまりにも違いすぎます…
そこには兄さんが立っている…
灰色の夜の島に兄さんが降り立った…
兄さんの周りだけが白と虹色に輝いていた…
まるで菩薩のような顔をした兄さんは…
黙っておれを見ていた…
ほめもせず、責めもせず、ただおれを無表情に見ていた。
おれは自嘲気味に笑う…
笑いつづける…
止まらなくなる…
笑いながらおれは兄さんを責めていた…
あの愛のない家におれを置いてさっさとこの世を去った…
あなたが去ったせいでおれはずっと無理をしてきたんだよ…
そんなに菩薩のように美しい姿をして…
おれはこんなにも寒くて灰色の世界に閉じ込められているのに…
おれがどんなに責めても…
まるで鋼鉄のようにゆらぐことなくおれをじっと見つめ続ける…
辛かったねとも言ってくれない…
おれはしまいには兄さんの前に泣き崩れ…
地面を叩いた。
拳で殴った。
国のためにたくさん人をころすのが良いことであると…
軍の上層部はいい、それは伝令のように伝わってきた。
国のために死んでこいとふるさとをおくりだされた。
手をふる両親も妹も涙の一粒も見せなかった。
これが兄なら目を真っ赤にして泣いただろう。
先ほどからリーンリーンと鈴虫の声がする。
南の島にはそんなものいなかったけど。
驚きはしない。
自分の意志とは関係なくおれの魂はあちこちに飛ばされる。
見たくもないのに見せられるから。
今度はいったいなんだよ……
虫の音のほうを振り返る…
?!!!!
…………………………………………………………、…。
最後のとき近くにいた仲間の兵士たちも見えない…
おれが最後の瞬間に心から抱擁した敵の兵士は…
救われて青い鳥になって飛んで行った。
それでもおれだけがここに取り残されている。
仲間なんてどこにもいなかった
桜なんて見ないよ。
一緒に見たい人がだれもいないから。
それに桜だって嫌がるだろう。
おれの願いはただ一つ。
無になることだった。
ついに何一つ自分を守れなかった。
そして優男のように愛されることもなく。
自分を犠牲にしなくても愛された。
恨まれ怒られ軽蔑され…
どんなに、泣いても、たれにも届かない。
おれはせめておれを抱きしめる。
そして最後の最後にも…
おれはおれを大事にできなかった…
色白男や優男を自分より優先した…
だからまだこんなふうに灰色の世界を漂っている…
別にもうそれでよくないか…?
灰色の世界にずっといてもいい…
もうほかに行くところなんてなかった…
おれの魂の行き場はどこにもなかった…
この灰色の島と悲しい夜の海だけだ…
よるべのないおれの魂は、結局おれがおれに嘘をついたからなのかもしれない。
ほんとはおれはとっくに狂ってたのかもしれない。
おれはおれを大事にできなかった…
おれはおれのために生きれなかった…
おれのわすかな個性は他者を優先するうちに…
消えていった…
兄の愛した両親や妹にお金を送るために…
きちんと働かなければと人をころした。
戦争で戦果をあげなければと思ってた…
両親や妹を守ることでおれは亡き兄に愛してもらえる気がした…
おれはただのおれで何も役にたたなければ愛されないと思っていた。
でも人をひとりあやめるたびに…
おれの魂は血で汚れた…
おれは壊れ始めていた…
奇声なんて戦争に参加する前はあげたこともない。
怒鳴ったりもしたことない。
おれはおれの心の限界を超えてしまったのかもしれない。
ワタシ ハ アナタヲ ワスレテイナイ
でもダメなんです。
簡単に教えない救わない。
自分の力でもう一度出口を見つけてほしい。
また迷子のあの子を心配していないわけではない。
地球で起こった世界戦争の傷跡は深くて。
この傷跡は長く根深く続いていく。
地球人を責めることは出来ない。
なぜならワタシたちもたくさんの戦争を体験してきたから。
けれどワタシたちはそこから長い時間をかけて反省し学び、徐々に愛と調和の世界を育ててきた。
地球の人々もいつかそうなってほしいと願っている。
この地球が宇宙の中でどれほど美しく輝いてるのかに
気づいてほしい。
青く光る地球に生きる愛しき人々。
ワタシたちは待っています。
あなたたちがいつか成長することを。
遠い宇宙の、彼方。
暗い宇宙空間には無数の星々が見えるその中に…
銀色の大きな母船が見える。
その中で熱心に働く穏やかなる女性。
中性的なその人は空中に浮かぶ透明なスクリーンを見ている。
そこには地球での出来事が映し出されている。
地球の状況を毎日観察して記録するのが彼女の仕事。
彼女はため息をつく。
その合間にみたほんとうはいけない私的な用途に使った。
灰色の島の中でやせ細った兵士がたたづんでいる。
それがかつての弟だと彼女はわかっている。
弟が道を踏み外し苦しんでいることを彼女は知っていた。
けれどあえて救済しなかった。
まだその時ではないから……。
彼女は気持ちを切り替えて仕事に戻る。
おれは優しい穏やかな凪の心を持つ兄に憧れていた。
それはおれはそうなりたくてもなれなかったからかもしれない。
色白男の弱そうに見えるのに意志を曲げない強さをまぶしく思っていた。
そうなれない自分。
兵士モードが板についていた。
2番目の隊長が空腹から毒草を食べてしんだとき。
おれは鬼モードで生きる方法を考えついた。
おれたちは十分苦しんだから。
もう楽になっていいと。
鬼畜の道へ。
そのときにもうおれは兄には二度と会えない道へ自分から歩いていったんだ。
戦場ではたまに夢にあらわれた兄も…
長いことぷつりともあらわれない。
それが答えだ。
おれはもう戻れないところまで来てしまった。
兄の指にとまるトンボに手を伸ばした、
あの秋の日にはもう戻れないんだ。
あの人の幻影を見た。
まあるい月を見て母さんを思いだしていた。
海に寝そべるようにして泳いでいた。
懐かしさに微笑んでいた。
でもふと視線を感じた。
まさかと思ってあわててふりむく。
顔色悪いあの人が恐怖に怯えた瞳を見開いていた。
そしてぷつりと消えてしまったの。
わたしはその日からまたあの人を心配した。
あの人のスピリットはさまよっている。
あなたの決めた道だからとわたしは納得した。
でもあなたは本当はとても弱くて。
まだまだ迷路の中でもがいているのね。
わたしはあの人に何ができるのだろう。
あの人はふるさとに帰ることを拒んでいたから。
どうすればいいのだろう…
わたしはお月様にたずねてみたの。
男が見える…
ナイフを振りかぶってやってくる…
ああ…
あの青い瞳…
やけに懐かしい…
わあぁぁぁぁー…
声がこもって反響している…
おれに向かって走ってくる…
おれはまた繰り返す…
腕を広げようとするのに…
かじかんで思うように動かない…
わあぁぁぁぁー…………
広げそこねた腕…
だらりと垂れ下がる首…
その横を風のように走り抜けて…
青い小鳥になって月よりも高く高く飛んで行った…
おれは気がつくと泣いていた…
震えながら泣いていたんだ…
おれは疲れきっていた…
おれはあの島の岸壁に立っていた。
ここは夜は凍えるほどにさびしく寒かった。
仲間がいたはずなのに姿が見えない。
おれだけがここに取り残されているようだ。
そんな風に感じた。
海に映る満月も少し曇って見えている。
曇はどこにも見当たらないのに。
灰色なんだ。
そう。
どこもかしこも灰色なんだ。
おれは膝を抱えてしゃがむ。
おそらくまたもうすぐフラッシュバックがはじまる。
それまで少し休ませて。
おれは子供のように身体を丸めた。
ふと気づくとおれはまたあの岩礁にいた。
もう二度と戻ることはないはず。
おれはあのときあの島で死んだんだ。
人魚が背泳ぎしながら満月を見上げている。
懐かしそうに柔らかく笑っている。
ふっと顔をあげてこっちをみる。
穏やかな笑顔は驚きに変わる…
やめろ!みるな!
こんなおれを見ないでくれ!
たった今少女を傷つけ捨て去ったおれを。
こんなおれを見ないでくれー
おれはその場からふっと消える。
おれなんかに関わらないでそうやって穏やかに笑っていればいいんだ。
おれのことなどみんなみんな忘れてほしい。
おれはおれの存在全てが完全に消えてなくなることを願っていた。
ろくなものじゃないのだから。
あいかわらずおれは海を漂っている。
穏やかな海が突然荒れ狂う。
おれの目の前におれがあやめた人々が順番にあらわれて
おれに恐怖や激しい怒りの表情をむける。
涙を流して激しく泣いているものもいる。
おれはまた戦場に立っている。
おれはおれのしたことを見ている。
おれは鬼なんだとまた思い知らされる。
おれが純潔をうばった少女が泣いている。
布団に突っ伏して泣いている。
なぜこんな目にあったのかわからないと泣いている。
おれはかわいそうに手を伸ばしかけ
でも女を捨てるように置いて出ていく男がおれだと気づいて呆然とする。
おれはずっと鬼のままなのか。
もう子供のころには戻れないのか。
さ…く…ら…?
そんなもの…おれには無意味だよ。
だっておれはもう人間じゃないのだから。
ハーモニカを吹くのが好きだった。
死んで一番残念だったのがハーモニカを吹けないことだったなんて。
口下手なぼくは、ハーモニカを吹いたり、朗読を聞かせて
君とコミュニケーションしていたのかもしれない。
君への好意をそんな風にしか表現できなかった。
じいちゃんは気弱なぼくを口下手なぼくをそのまま否定せず育ててくれた。
ゆうは優しいからそれでいいんだと。
優しさは宝だよと。
ほらと大きめの真珠の玉を一粒、ぼくの手のひらにのせてくれた。
日の光をうけてまろやかに柔らかく白くそして虹色に輝いていた。
じいちゃんの真珠は本当に綺麗だった。
その真珠作りを君が受け継ぐことをぼくは本当に嬉しく思っている。
君には感謝しかないんだ。
君には思いやりの気持ちしかわいてこない。
戦場では人間のままでいることのほうが難しい。
あいつはある意味戦場に適応した。
戦場に適応して変化していった。
最初はああじゃなかったから。
兵士の学校でおれたちは同期だった。
学生のころはあいつはまだささいなことに笑顔すら見せていた。
優しいところもたまにはあった。
少しわがままなところもあったがおれはあいつを嫌いじゃなかったのに。
たまに見せる自嘲気味の笑顔はすくなくとも好ましく思っていたから。
あいつに腹立ちまぎれに足を切りつけられたとき…
それでもあいつを叱れない自分の男気のなさに辟易していた。
まさかその傷で死んでしまうとは。
だけどあいつはあいつなりに必死だった。
それが良い方法なんだと信じていたのか、もう理性など飛んでいたのか。
最後にあいつが君を助けたことにだけは感謝している。
あの人魚と岩礁で平和に生きる道もあっただろうから。
でもあいつは真面目だからそんな自分は許せなかったのかもしれない。
鬼畜なのに真面目。
それは奇妙な組み合わせだった。
ぼくがまだ成仏していないのは
まだどこかであいつのことが心にひっかかっているからなのか。
それともまだ君のそばにいたいだけなんだろうか。
ぼくは気弱な自分の性格を決して好きではなかった。
いつも自信がなかった。
君はそんなぼくでも好きだと言ってくれた。
君のその気持ちにどれだけ感謝しただろう。
生きて戻ることはできなかった。
でもぼくはちゃんと桜を見ている。
座布団に座っている。
お茶や桜色の甘味を愛で楽しんでいる。
並んで桜を見ているじいちゃんと君を。
ぼくは嬉しく見ている。
気弱なぼくを戦場で君は守ってくれた。
いつもぼくは隊長に殴られて身体はボロボロだったけど。
心はいつも君が守ってくれた。
隊長は身体はピンピンしていたが心は本来の自分を見失い残念なものへと変わってしまっていた。
おれは鬼の形相でおれを殴るあいつの様子をどこか冷静に観察していた。
普段はあいつに怯えていた、でもどこか同情していた。
こんなに殴られてもやり返せない自分を情けなくも思っていた。
戦場では人をあやめなくてはならない。わかっていてもどうしてもできなかった。
あいつはそれが出来た。
兵士としてはある意味真面目といえたのかもしれない。
でもぼくは兵士である前に人間だった。
ぼくは人間であることを選んだ。
あいつは鬼になることを選んだ。
選んだ道が反対だっただけだ。
わたしがあの人魚の岩礁から戻ったのは秋冬のころだった。
真冬の寒い時期におじいさんのところに行った。
寒い冬をおじいさんと囲炉裏でぽつりぽつりと語り合いながら…
やがて早春を迎えた。
おじいさんの庭に白い梅が咲き…
寒さが和らいできたころにやがて桜が咲きはじめ…
温かい日が続くうちに見頃を迎えた。
おじいさんは人魚に会えなくなってから…
庭に桜の木を植えたんだそうだ…
山のほうからはウグイスの声も聞こえてくる…
小鳥たちが桜の花をつまんでいる
縁側でぼんやりと鳥たちの様子を見るおじいさんに…
貴重な甘味を差し出す。
街で買ってきた。
桜の見頃に一緒に食べようと思って。
座布団を縁側にもう一つならべ。
その前にお茶と甘味を並べる。
あなたの分だ。
成仏を願いながらまだ私はあなたがそこにいるように。
家族がもうひとりいるように。
ときどきあなたの分を用意した。
そんな私におじいさんはなにも言わなかった。
だってずっと願っていた。
生きて帰りあなたと桜を見たいと願っていたから。
おれの意識は海を漂う。
ふわふわと漂う。
おれは過去と現在を行ったりきたりしながら。
今もこの海にいる。
せめて海に帰れたのは。
人魚に出会えたからなんだ。
おれの心は過去と現在を行ったりきたりする。
幼いころのおれ…
戦地のおれ…
死ぬ間際のおれ…
おれはおれの人生を見ている。
ときおり聞こえてくる鯨の唄声をききながら。
鯨はおれに何を教えようとしているんだろう?
昔母さんは話してくれた。
お父さんが見せてくれた。
さくらという花がどんなにきれいだったかを。
首のかけた真珠の首飾りをさわりながら。
夢見心地でまあるい月をみていたの。
どんな色かっていうのを薄桃色の貝柄をみせて。
こういう色だよと教えてくれた。
花っていうものをあんまり知らない私に。
身ぶり手ぶりや砂にかいたりして教えてくれた。
いつかわたしもみてみたいな。
ずっとそう思っていた。
出来るなら好きな人とみたいなって思っていたけど。
わたしが好きになってしまった人はもういない。
たくさんの罪を背負い地獄の島で永遠の眠りについたの。
あの人は好きな人と桜を見るという人間としは普通に風習をできたのかしら?
お兄さんと桜見れたのかしら?
それが出来ていたら良かったけれど。
荷車に水をふくませた木綿の布団を乗せて…
人魚を抱きかかえて乗せたんだ。
そしてわたしは荷車をひいて桜の木まで急いだ。
わたしはひやひやしたよ。
荷車の音で目覚めてだれかこっちへこないかとね。
でも幸いみんな昼間の仕事に疲れてよく眠っていた。
その夜は赤子の夜泣きさへしなかった。
だからわたしは人魚にゆっくりと桜を見せてやれたんだ。
きれいだ〜きれいだ〜とめを輝かせていた。
わたしはきれいなまあるい月に照らされた満開の桜と美しい人魚の姿に見惚れていたよ。
生まれてきてこの世であんなに美しい光景をみたことはない。
おじいさんはまたあの夢見心地の瞳を輝かせていた。
私は想像してみる。
満月と満開の桜と人魚とおじいさんの姿を。
そしてなんて素敵な光景だったことだろうと思ったの。
ある夜、おじいさんは話してくれた。
早春のまだ寒い夜。
囲炉裏の火を火箸で整えながら鉄瓶で湯を沸かしていた。
番茶を入れる準備をしながらオレンジ色に色づく炭をみていた。
だんだんと湯気が立ちのぼる。
思い出すようにおじいさんはいう。
春にわたしはどうしても見せたかった。
あの人魚に桜をね。
だけど海辺に桜はなくてね。
ここからしばらく山のほうに歩いたところに大きな桜の木がある。
毎年満開になると荘厳華麗でね。
わたしはある満月の夜に荷車を持って港まで行ったのさ。
あの子は人間を怖がっていたんだ。
わたしには心を開いてあらわれてくれたが…。
だから昼間は連れていけないから
月の明るい満月を待っていたんだ。
おじいさんとの素朴な暮らしは私にとって本当に大切な日々だった。
朝早く目覚めて井戸の水をくみにいく。
そのときに日の出を見る。
くんだ桶の水に朝日が映る。
おじいさんが米をといでいる横で味噌汁の具を用意する。
漬物を切り趣味の良い食器に盛り付ける。
それだけのことに心が満ち足りていく。
おじいさんの貴重な米を使って炊いたご飯は粒がふっくらとしてつやつやと光っていた。
長いこと戦地で疲れただろう…!
穏やかに慈しむような目で私を見て。
白い茶碗についで差し出してくれた。
わたしは両手で大切に受け取る。
甘みのあるご飯の味をかみしめながら泣いていたの。
私の作ったお味噌汁を美味しいよ!と嬉しそうにたべてくれる。
おじいさんは私を孫のように可愛がってくれた。
生きて戻れなかったあなたに申し訳ないと思いながら。
だけどあなたは嬉しそうに微笑んでくれた。
だけどここでの暮らしが長くなるうちにだんだんとあなたの気配が薄れていくのを感じていた。
夜になると昔ながらの囲炉裏をかこんで夕食をゆっくり食べる。
そのときにおじいさんは人魚の話をしてくれた。
若いころに出会った美しい人魚の女性の話。
太陽の光に輝く黄金色の髪と海と空を両方映したような色の瞳と真珠色の肌をしていたという。
彼女の美しいのに遠慮がちで気弱な瞳におじいさんは恋をしたんだという。
彼女のために心を込めて真珠の首飾りを作ったんだそうだ。
彼女を知ってからますます真珠作りが好きになったんだそうだ。
春夏秋冬を彼女と交流したという。
おじいさんの瞳はまぶしい水面も見るように夢見心地だった。
なのにある日ぷっつりと姿を消してしまったんだという。
おじいさんはさびしそうな顔をした。
おじいさんはそれからしばらく人魚をずっと待っていた。
だけどついに戻らなかった。
やがてあきらめてあなたのおばあさんと結婚したんだそうだ。
でもおばあさんのことも好きになり大切に思っていたそうだ。
私はふと思う。
私を助けてくれた人魚と関係があるような気がした。
おじいさんは全てのことを真剣にする。
家事も仕事も全てが丁寧で無駄がなかった。
私をおじいさんのすることをみているのが好きだった。
見て学んでいた。
私はここで真珠の養殖を手伝うことにした。
おじいさんは、愛情込めて白く輝く真珠をつくる。
この一粒には海とおじいさんの愛情がつまっている気がしたんだ。
ひとしきりハーモニカを吹き終え。
どこへともなくかえろうとしていた。
でも帰りたくないとも思っていた。
迷うようにフラフラと歩みを進めていた。
おーい!
おじいさんの声がする。
おじいさんは優しいでもさびしそうな心ぼそそうな顔で笑う。
良かったら泊まっていかないかい?
申し訳なさそうにいう。
私はその時におじいさんの寂しさを感じたので
はい!とはげますように力強くうなずく。
おじいさんはほっとしたような顔をした。
私は小走りにおじいさんの家に向かう。
彼の家からの帰り道。
私は海を見ていた。
海を見ると悲しくなる。
私は港に立ち海を見ながら不器用にハーモニカを吹く。
鎮魂……そんな気もしてる。
平和な世界についに戻れなかった人たちへの。
戦場というおかしな世界で鬼になった軽蔑すべき、だけど…
本当はそうなりたかったわけじゃなかったあいつ。
お兄さんが生きていた子供のころのあいつはそうじゃなかった。
ぼんやりとでたらめなハーモニカを吹いている。
後ろのほうにあなたの気配を感じる。
人魚のことも思い出していた。
私を助けてくれた優しい美しい人魚のこと。
戦場での残酷な光景や抱えきれない出来事を思いだして呆然としているときに。
それを覆うように人魚が心の中で姿をあらわしてぬくもりをくれた。
あの人魚がいなければ私はあそこでしんでいた。
ずっと私は戦場から抜け出せないでいただろう。
感謝している。
そしていつかまた会いたいと思っている。
私は彼のおじいさんに彼の遺骨の一部と遺品を渡した。
遺骨は少ししか残せなかったし、小説は水に濡れてボロボロのを乾かしたもの。あとはハーモニカだけだ。
おじいさんは黙ってうけとり、無骨なのに優しい手のひらで遺骨を撫で、読みにくくなった小説をパラパラとめくり、ハーモニカをなでた。
その様子を霊魂のあなたは黙ってみていた。
申し訳なさそうな顔をしておじいさんを見ている。
ありがとうね〜と私を拝むような仕草をする。
素朴で温かいおじいさんの人柄は私の心に仄かな灯りを灯した。
この人の元にいたいと思う。
あいつはお兄さんに似ている私を好きだったんだという。
私は人魚の話を聞いてから。
憎くくてたまらなかったあいつに結局助けられてから。
憎みたいのに上手く憎めなくなっていた。
怒りの炎が立ちのぼらず、しゅんとしている。
そんな私の心をあなたはわかっているようだった。
あいつはしんだ。
ほかの仲間もしんだ。
遺骨さへ戻らない。
あいつにも家族がいたんだ。
亡くなったお兄さん。
妹や両親が。
あいつがもし平和な世界にいたら人を殺したり、非道なことをしないでも生きれたのだろうか。
彼のふるさとの海辺の町は戦争の影響をあまり受けなかったようで平和な姿を残していた。
私は潮風を思いきり吸い込む。
あの地獄の戦場からひとり逃れた。
ううん。ひとりじゃない。
ニコニコと穏やかに笑うあなた。
………良かった………
しみじみと少しだけかなしげに笑う。
生きて戻れなかったから。
そしてあまりにかなしい世界を見すぎたから。
私もそう。
平和な世界に戻っても心から笑えないんだよね。
あいつはどうなったんだろう。
あんなやつしんで良かったとせいせいすると思おうとするのに。
あいつの最後に見た悲しげな顔が頭に焼き付いて離れなかった。
人魚の言葉も残っていた。
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わたしのおじいさんも漁師をしていたから少しこの町にもおじいさんにも親近感を覚えた。
そしてどことなく彼の面影があった。
彼はふるさとに戻れたことでやっと心が晴れてきたという…
私は人魚と白い若い鯨におくってもらいふるさとに帰ることができた。
両親は私の無事を申し訳なさそうに遠慮がちに喜び、少し大人になった弟や妹たちも喜んでくれた。
だけどなぜだろうここにはいたくないなと思った。
私は彼のふるさとに向かった。
彼のふるさとは海辺の漁師町にあった。
彼の実家には彼のおじいさんがひとりで暮らしていた。
おじいさんは真珠の養殖をしていた。
彼と戦地で仲良くしていたというと行くところがないならここにいていいと言ってくれた。
彼も寂しかったのだろう…
こんなにも、悲しい海をわたしは知らない。
最初平和な海に戦争を持ち込み、海の生き物を傷つける人間たちにずっとずっと怒っていた。
けれど…今…彼らの悲しみを感じる。
多くの人間が戦争に駆り出され、ときに自分を見失い、愛を忘れ…
したくもないのに殺しあっている…
人間はどうしてそんなことをするの…?
泣きながらどうして…?
わたしにはどうしても理解することができなかった…
でもあるひとりの人間の嘆きがわたしの胸に飛び込んできた…
そのときに…
わたしはやっと人間についてはじめて少し理解できたような気がした…
たったひとりだけ救おう…
この人間だけを救ってみよう…
わたしは嘆きに答えた…
それからまもなく人間の武器をのせた船たちは遠くに帰っていった…
島に残っていた人々もそれぞれ船に乗って帰っていった…
悲しみだけを残して…
静かになった海を…
またわたしたちは愛で満たしていく…
それがわたしたち鯨の生まれた理由だから…
人魚の娘が恋した男は兵士だったそうだ…
その男もこの島で命を終えたという…
わたしはこの戦争によって大きな傷をおった…
後遺症が残った…
もう以前のように海での仕事は出来そうになかった…
かわりにこの海を若者にまかせるつもりだ…
わたしは、生まれ育った母の眠る北の海へ帰る…
そこで静かに余生を過ごすつもりだ…
目が覚めたとき…
なぜか一筋の涙がながれた…
その涙が見えない手がぬぐおうとする…
あなただ…
人魚に抱いて運ばれたどり着いた小さな岩の島…
中に小さな砂浜があったなんて…
………良かった。無事で。………
安心したように笑うあなたがいる…
ふと隣を見るとほとんど気を失ったように眠る人魚…
心配になり口もとに手をやると…
かすかな息づかいを確認して安堵する…
きっとすごく疲れただろう…
起こさないで寝かせていよう…
それにしてもあの白い鯨は…
まるでわたしたちを助けてくれたみたいだった…
おじいちゃんが言ってたようにやっぱり…
人魚のそばには大きな白い鯨がいるんだね…
ぼくは走って走って島の端っこにきた…
地面に倒れ伏してわんわん泣いたんだ…
ぼくは自分の殺した敵兵のハグと火炎放射器で燃えて苦しむその仲間が悲しかった…
そしてぼくとぼくの仲間がみんな悲しかった…
声が枯れるほどぼくは泣いていた…
ふとそのとき聞こえたんだ…
海の彼方から…
爆撃の音や人々の唸り声や叫び声はすーっと遠のいて…
不思議な何かの鳴き声がした…
あれは知ってる…
いつかふるさとの海で聞いたことがある…
あれは…
あれは…
鯨のうたごえだ…
鯨はまるでぼくの悲しみの答えるように鳴いたんだ…
ぼくは…神よ…!!
そう叫ぶ…
ぼくの心はその瞬間救われて…
ふわふわと海を漂うようだった…
ぼくの心の底から…
何かが湧き上がってくる…
それは愛だった…
本来ぼくが持っていた…
置き去りにされていた愛だった…
…ありがとう…!
おれは鯨に礼をいい反対に向かって走りだす…
総司令官のもとへ…
この戦闘をとめるために…
ぼくは必死で、走っていた。
また殺した…
なぜあいつはあのとき武器をすてたの…
なぜまるでハグするような仕草をしたの…
敵を無我夢中でさしたとき…
周りのやつらが怒りでぼくに向かってきたけれど…
仲間の兵士がそいつらを火炎放射器で燃やしたんだ…
ぼくは怖くなって叫びながら地下壕をとびだした…
走って走ってどこまでも走るよ…
途中で敵にも味方にもぶつかるけれど…
ぼくはもう出来ないよ…ママ…
ここからぼくを出して…!!!
お願い……、!!!!
スローモーションで、向かってくる…
金色の髪と人魚に重なる青碧色の瞳をした男が向かってくる…
途中で銃をなくして大きなナイフを振りかぶる…
やつの瞳は純粋な恐怖と悲しみの感情を有り有りと映していた…
おれはそのとき銃もナイフも捨てさり…
腕を開いて向かってくるやつを抱きとめたんだ…
おれの心の臓を貫く刃ごと…
おれはやつに自分を重ねていた…
悲しい役回りにされちまったひとりの男を…
心の底から抱きしめたかった…
唸り声をあげながらおれを深く刺すそいつの声が…
泣いていることをおれはずっとわかっていたから…
そしておれは最後があの人魚と同じ色の瞳の男で良かったと思う…
おれはあの人魚に救われたんだ…
だからこそ今おれを殺そうとしたこのかわいそうな敵の兵士を…
こんなにも温かく抱擁しているんだ…
おれの人生はこれでゴールですか…
それともこれでは許されないかな…?
ごめんなさい…
ごめんなさい…
ごめんなさい…
ありがとう人魚…
叫び声がする…
いよいよやってきた…
おれは銃を構え、腰のナイフの位置を確かめる…
兵士モードが板についたみなが緊張しながら…
それぞれ身構えている…
やせこけて顔色の悪い戦士たちだ…
この人生の中でこういう役回りにされちまった…
悲しき仲間たち…
じゃあ最後まで行こうか…
おれは目を閉じて深い呼吸をする…
目を開いたとき…
おれの覚悟は決まっていたんだ…
無事に岩礁についたとき…
わたしは若者の白い鯨によくお礼を言った…
そしてまたねと言って…
岩礁に彼を連れ帰った…
わたしも彼もとても疲れきっていたのでそのまま眠ってしまったの…
これであの人との約束は半分果たせた…
わたしはとても安心して眠ったの…
もうわたしはあの人のことにめそめそしない…
あの人はあの人の決めた道を行ったから…
人魚はくよくよしないの…
それにあの若者の白い鯨に会えたことで…
わたしの心は満たされた…
白い鯨の一族は海の守護神だから…
愛にあふれた一族だから…
だけどわたしは疲れきっていた…
岩礁からあの島まではずいぶん遠くて…
あの人をおくり届けるだけでもヘトヘトだったから…
少しだけあの人に怒っているの…
わたしのことなんて全然考えてくれないんだから…
好きだったけど嫌いになろうかしら…
心の中の強がりさへもう限界を迎えそう…
意識が朦朧としてくる…
そのとき…
ふわっと身体が軽くなる…
わたしたちは白い大きな鯨の身体に横たわり運ばれている…
嘘…北の海へ行ったはずなのに…!
わたしの大きな大きなお父さん…!
泣きじゃくるわたしを泡の中から心配そうにあの人の大切な人も見ている…
そして今度は驚いて鯨の身体を見ている…
早いスピードで艦隊の群れを抜けどんどん遠ざかっていく…
やがてそれが豆粒になったころ…
ゆっくりわたしたちは海面に浮上していた…
ありがとう……!!!
わたしは白いつややかな身体をなでる…
でも心なしか肌が若い、それに怪我もしていない…
無邪気な波動が伝わってくる…
ああ…彼の一族の若者がきてくれたのね………
わたしは泣いているの…
ぎゅっと抱きかかえた命が愛しくて…
あなたと一緒にはもう生きれないけど…
わたしの夢は消えたけど…
かわりにあずかった…
あの人の大切な人の命を守ることが…
わたしの生きがいなの…
白い鯨に教わって作った特別な泡で彼を包み…
息が出来るようにして遠距離を泳ぐ…
深い海の中を通らないと…
上の大きな船にやられてしまうから…
ときおり深い海で見かける不穏な黒い船を遠くに見つけると…
見つからないように迂回する…
恐怖でぎゅっと目を閉じて口も息をしていない彼の意識に…
大丈夫だから息をするように呼びかける…
泡の中にはもうひとり…
彼を抱きしめるスピリットがいる…
この2人を救いたい…
わたしは泣きながら海を進む…
いきなり現れたおれをみて…
よくわからないが指揮が上がったようだ…
ひどく心細い状況でたったひとりでも隊に兵士が増えたことは…
慰めだったようだ…
おれが過去にどんな人間だったかも知らない人たち…
さあみんな程度の差はあれど似たりよったりなのか…
それともおれだけが特別に極悪人なのか…
同じ隊だった部下はずいぶんやせて顔色が悪いが…
人魚に食われたんじゃなかったのか…
と軽い冗談をとばす…
ああ…
曖昧に笑うおれ…
食われるどころか食わせてもらっていたとは言えず…
そっとふところの干貝をわたす…
驚いた顔で子供のように笑う…
ああ…
みんな本当は心の中に幼い自分を抱えているんだ…
それを胸にしまって必死に自分を奮い立たせてきたんだ…
色白男はここから人魚が逃がしてくれると約束してくれた…
しばらくはあの岩礁に避難し、その後ふるさとまでおくるそうだ…
生きてくれ…
兄さん、色白男と人魚を守ってください…
それだけお願い。
おれは一丁の錆びそうな銃をもらいそれを手入れする…
腰にはナイフ…
おれの武器はそれだけだ…
そとは大艦隊…
やがて上陸してここまでやってくるだろう…
もう殺したくはない…
じゃあどうする…?!
おれはトボトボと地下壕を歩く…
やがて見覚えのある顔がちらほら見える…
目を見開いて驚く同じ隊にいた部下たちだ…
その中で隊長らしき人間を見つけると足をそろえて敬礼する…
びしょ濡れであらわれたおれをあやしむ隊長らしき男に…
ただいま到着しました…!
これより合流してともに戦います…!
隊長はなぜか涙ぐみ近寄っておれの肩を叩いて…
うんうんとうなずく…
おれは完全に兵士モードに戻ってしまった…
おれはまた兵士に戻る…
兵士としてたくさんの人を殺したから…
生き残ってもずっとおれは一生彼らを忘れることは出来ないし…
だったら最後まで兵士として…
人魚は反対した…
全力でおれを止めてくれた…
正直嬉しかった…
でもおれはまた兵士モードになっている…
おれはずっと色白男を気にしていた…
あの岩礁で全てを忘れたように子供のように人魚と家族のように生きれたらよかったのに…
でもおれはどんなに鬼になっても色白男だけは守っているつもりだった…
あいつの手だけは血で汚さないように…
だったら最後まであいつを守ろうと…
それがころした優男への償いでもあったのかもしれない…
戦地では腹が立って仕方なかったのに…
人魚にあってからあの岩礁で暮らしてから…
優男の気持ちがわかるような気がした…
そして激情にまかせて切りつけたことを命を奪ったことに罪悪感を感じるようになった…
だから…
ここから逃がしてあげる…
抜け道があるの…
でも人魚にしかわからない抜け道だけど…
信じてくれる…?
手招きする人魚…
彼女には怒りはわかない…
静かに海のふちにしゃがむ…
人魚は複雑そうに微笑む…
鈴の音のような声がする…
あの人を、もう怒らないで。
あの人はずっとあなたが好きなの…
お兄さんに似ているの…
あなたのためにここにきたの…
ずっと私と静かに穏やかにいればよかったのに…
人魚はとても悲しそうに笑った…
さあいらっしゃい…
そしてあなたも…
人魚は気を取り直したようにいう…
え?!
ふんわりと後ろからあなたが抱きとめる…
………大丈夫だよ、今のあいつは凪だから………
そんなの知らない。
あなたを殺したあいつなんて悪行非道したあいつなんて…
一生わかりたくもない…
見たくない考えたくもない…
あいつと人魚が何か話しているのが聞こえる…
人魚がしゃべった…
激しい嫌悪の合間に驚く…
あいつが歩いてくる…
私をなぜか悲しそうに見る…
やめてよそんな顔しても今更すべてが遅いのに…
私の顔が鬼のようにゆがんでいく…
彼は立ちすくんでじっと私を見ている…
やがて私を通りすぎて行ってしまう…
私はその場にへたり込んだ…
激しい爆撃の音を聞きながら…
私の心は怒りに燃えていく…
ふいに海の中の人魚と目が合う…
敵兵かしら…?
私は恐ろしくなる…
そっとそちらをのぞきこむ…
女の人がいる…
亜麻色の髪に青い瞳の敵兵の女だ…!
びっくりして私は動けなくなる…
………敵じゃないよ、大丈夫。あいつだ………
え?!
あなたは何を言ったの?
バシャ……!!!
女の隣から男があらわれた…
荒い息をついているその男は…
あいつだ…!!
人魚とあいつがこんなところに…
敵兵よりもゾッとする…
私は後ずさる…
びしょ濡れのあいつが海から上がってくる…
やめて…!!
わたしは叫びそうになる…
この地下壕は海へつづく洞窟とつながっていた…
私たちはなるべくこの地下壕に潜んで長く持ちこたえるように命令されていた。
いまさら命令なんてどうでもいい…
私は無意識に海のほうへ洞窟のほうへ向かっていった…
みんなそれぞれがこの現実に耐えていて…
トボトボと歩いていく私にかまうものなどいなかった…
小隊長はどこへ行く…!と叫んだから…
お手洗いですと言い置いていく…
全く呑気なやつだと小隊長が毒つく…
少しあいつに似てる…
蟻塚のように張り巡らせられた地下壕の一番奥…
洞窟に入る…
だんだんと水音がし始める…
ぱしゃん…!
大きな水音がしてビクッとなる…
やがて島は大艦隊に包囲され…
激しい艦砲射撃が始まる…
私は静かな気持ちでそのときを迎えていた…
でもとても怖い…
すごく心細い…
あなたも心細い顔をしていた…
すごく私を心配して泣きそうな顔をしていた…
………こんなときは、あいつがいれば………
ぽつりと愚かなる隊長のことをいう…
………ぼくは君を守ることができないよ……
………ただそばにいることしかできなくてごめん……
それだけでいいよ。
優しいあなたが私の最後に苦しまないように願う。
それでもあまりの状況に絶望で真っ暗になりそうになる…
やがて地下壕が完成した…
私たちが到着したころには完成間近だったんだ…
戦闘前にすでにやせこけていたり、お腹を下してばかりの人もいた。
水はなるべく飲むなと言われた。
でも喉は渇く。
どうしろというのか。
やがて貴重な紙が配られた。
遺書をかけということらしい。
私は田舎に疎開している弟と妹にむけて書くことにした。
戦争のことについて書いていると頭が混乱して心がぐちゃぐちゃになり、生きているときのあなたが浮かんで浮かんで胸が張り裂けそうになった…
だから私はそれを小さく小さくちぎって海に飛ばした…
そして手紙には平和になったら2人で仲良く力を合わせて強く生きてほしいと。私の生きれなかった平和な世界を生きてほしいと。 そのようなことだけを書いた。
ふと見上げるとあなたは空をぼんやりと見上げていた。
さびしそうに。
私は手紙に彼の名前と出身地を書いた。彼と仲良くしいてたこと。彼にお世話になったことそして彼が亡くなったことを書いた。手紙の封筒に彼のハーモニカをいれようとしてもはいらず、小説の1ページを破って入れた。
彼の骨のかけらも紙に大切に包んで封筒の中にいれた。
………ありがとう………
さびしげな彼はちいさく微笑んだ。
やがて私たちの船はその島に到着した。
その島の隊長だか小隊長だかが敬礼してごくろう!という。
私以外の兵士たちは敬礼している。
馬鹿らしいと思っていた。
そこ隊長だか小隊長が私をにらみつけるのがわかった。
私は気づかないふりをした
あなたはとても心配そうに私を見ていた。
大丈夫だよ。
私はそっと微笑む。
私はそこで休憩もそこそこに…
シャベルをわたされる
敵を迎えうつための作戦について
雄弁に語る小隊長
結論はとにかくシャベルで穴を掘れだった
人ころし以外の仕事ならと…
私は細い腕にシャベルを持って不器用に動かす…
そんな私の姿を粗野な男たちが馬鹿にして笑う…
島の食事もひどいものだったけど…
前の戦地であいつが現地の人から無理やり奪った食事よりも…
まだ味がした…
あなたはそれからだんだんと深刻そうな顔をしていた。
木の船は止まらずにどんどん進むから。
船のほかの兵士たちも憂鬱そうな顔をしていた。
消えた隊長は夜中に海で溺れて亡くなったと言う扱いだった。
ほかの兵士たちの憂鬱の理由は隊長の死ではない。
日々近づいてくる南の島のことだ。
みんな粗末な木の船の上で
銃や刀の手入れをしていた。
私はやらないので私の銃や刀をほかの兵士が手入れしていた。
私は戦わない。
あなたのためにも信念をつらぬこう。
あいつへの恨みと憎しみに支配されて苦しいほどの毎日…
けれど隊を離れていくところなどほかになくて…
ある日ふと優しい気配を感じた。
亡くなったはずのあなたが霊魂となり
私のそばにいるんだと感じた。
夜中に私はその霊魂に話しかけた…
私の話す言葉に微笑んでくれた。
………ぼくは君に救われたから………
………ぼくは君をずっと見守るよ………
やがてあいつへの憎しみよりも恨みよりも、
広がっていく凪の心…。
あいつは私の中でもはや無にひとしい存在だった…
あいつが疲れきって病んでいるのもわかっていた…
いい気味だと思っていた…
けれどそれすらもうどうでも良かった…
あいつは人魚をみたらしい…
ある朝あいつは船から消えていた…
消えてくれて清々した…
きっと人魚に連れていかれたんだ…
本当は私はあの瞬間起きていた…
目覚めていた…
彼が海に入って人魚に手をひかれていくのを…
私は見ていた…
あれからあいつは戻らなかった…
あいつはもう生きていないのかもしれない…
私は清々していた…
結局その傷のせいで彼はなくなってしまった。
苦しかった。
一番守りたかった人を守れず失った悲しみは大きすぎて…
戦場で私は同じ考えの人にであった。
文学青年だった。
リュックにはハーモニカとお気に入りの詩集や小説が入っていた。
私にときどき読んでくれた。
ハーモニカを吹いてくれた。
私は彼の瞳を見ていると、彼の演奏を聞いていると、彼の朗読を聞いていると、
ここが戦場であることを忘れることができた。
でもいつも決まってあいつが邪魔に入ってきた。
あいつはいつもイライラしていた。
人をあやめて戦果をあげることにしか興味がなかった。
それが一番大切なことだと思っていた。
私から見ればそれはとても愚かなことだった。
だから私はあいつを軽蔑していた。
自分で善悪の判断も出来ないで命令に従い…
命令以上の悪行をしていた。
文学青年の優しい彼を私の前で何度も何度も殴った。
人をあやめることを強要していた。
私は許せなかった。
だけどある日あいつは彼を切りつけた。
だけど私は決めていた。
戦争に行こう。
でも行くだけだ。
父は行ってくれと言ったが…
人をあやめろとは言わなかった。
だから私は戦場で人を全くあやめない兵士になろうと。
ある朝あいつはいなくなった。
せいせいした。
あなたをころしたあいつ。
罪もない異国の人に非道なことをしたあいつ。
二度と顔も見たくなかった。
戦争になんて出たくなかった。
けれど幼い弟や妹のために行ってくれと。
泣いて床に頭をこすりつけた父。
私が普通の男ではないことを両親はわかっていた。
だからこそ。土下座なんかした。
その姿を冷めた目で見ていた。
一時間床に頭をこすりつけていた父が顔をあげたのは…
私が消えそうな声で
はぃと言ったからだった。
逃げられないとわかっていた。
まんまるの瞳で父と私を交互にみる幼い弟や妹たち。
私は観念した。
少し長めの艶のある黒髪を…
川べりでとかしている色白男がみえる。
そばで優男がハーモニカを吹いている。
おれは色白男に一瞬みとれ
優男のハーモニカの音にイラつく。
何してんだよ。
ここは戦場だって何度も言っているだろう。
ふざけるなよ。
おれは怒鳴っているのに声がでていない。
2人はおれのことなど素知らぬ様子で微笑みあっている。
おれの大声は届かない
おれの伸ばした手を彼らに届くことはなかった。
俺は怒鳴りながら泣いていた
おれはおいおい泣いていた
おれもそうしていたかったんだと
お前たちのようにその手を血で汚さないまま…
だれにも恨まれたくなんてなかった…
おれはわんわん泣いていた…
ハッと気づくとおれの頬に手が…
人魚の瞳が間近にあった…
大丈夫…大丈夫…わたしがそばにいるから。
ここにいていいの。
人魚は力強くそう言った。
その夜、人魚ととなりあって砂浜で寝ていた。
人魚は戦闘が終わるまではここから出てはいけないといった。
戦闘が終ったら母のふるさとの海へ連れて行くからと。
きっとあなたは母の恋した人間の国からきたんだからと。
わかってる。心配ないよとおれは人魚を安心させた。
だけど生きて今更ふるさとに戻ってどうする?
逃亡兵がどのつら下げてふるさとへ帰れるだろう。
もうすでに兄のいないあの国。
両親や妹にはそれほどの思いいれはおれにはなかった。
それでも久しぶりに会えばいとしく思うのだろうか?
おれの心はまだ見ぬ南の戦地に向かっていた。
色白男が泣いている。
地獄のような惨状の中で立ち尽くし絶望に泣いている。
そんなイメージが頭をよぎる。
行かなければ
行かなければ
行かなければ
ここにいろ
行くな
行くな
行ってはならない
家族のような人魚のそばにいていい
自分を大切にしていい
お前はずっとずっと自分を粗末にしてきた
兄を失ってから
ずっと自分の心に嘘をついて生きてきた
もう嘘をつかなくていい
正直になっていい
そんな声に涙が流れても。
おれは迷っていた。
今からでも戦地の南の島へいき、色白男を探そうかと。
おれはいくら海に洗われ人魚と温かな交流をしようと。
いやだからこそよけいに。
おれはおれがあやめた人間たちの顔がフラッシュバックしてよみがえってくる。
あの人たちもこんなふうにだれかと温かな交流をしていたかもしれない。
なのにおれによって突然に命をたたれた。
おれの罪は消えないのだ。
ふいに曇ったおれの顔に人魚は気づいていた。
行かないで。ここにいて。
わたしたちはもう家族だわ。
人魚は言い聞かせるように言った。
おれはその声に素直にうんと言いたかった。
あなた穏やかになった。
良かった……
泣きそうな顔で人魚は言った。
おおきな貝をきように開いて食べるようにさしだしてくれる…
おれはそのしぐさにほっとして泣きそうになる。
戦地から新たな戦地へ渡る途中大海原の空と海がおれたちの心を洗い…
この岩礁でのひと月の暮らしがおれを子供のころのおれに戻していた。
おれは人魚が開いた貝をいつも黒い岩に並べる
人魚は不思議そうにそれを見る…
日で焼くと生より美味しいから。
おれは人魚にやさしく笑う…
今度は人魚がほっとしたような顔をする。
おれは黒い岩の上で太陽光で煮えた貝を彼女に進めた。
彼女は美味しいと微笑んだ。
おれの中で人魚にたいしてまるで家族のような親しみを
今感じていた。
おれがここでぼんやりしている間にそんなことになっていた。
予想はしていたことだ。
だけど戦闘は始まっていたんだな。
色白男はどうしている?
あんなにおおきな鯨が大怪我をする爆弾とは戦闘機が墜落したのだろうか?
それとも敵の大国の爆弾は大きいのだろうか?
でも生きている。
一度おれを威嚇した白い鯨。
白い鯨がなんとか生きていることにほっとする。
なぜほっとしたのかはわからなかった。
辛そうな顔をしているように見えた…
おれはじっとその瞳を見つめ目がたずねた…
揺れる瞳はやがてピタリと止まる。
まっすぐにおれを見つめる。
南の島で戦闘が始まったわ。
あの人は大怪我をしたの。
ほかの魚たちをかばって爆弾の盾になったの。
人魚のいうあの人とは白い鯨のことだ。
あの人はこの海に生き物たちを守ろうと必死だった。
でももうどうしようもないの。
海の生き物たちはみんな避難できるものは避難をはじめているわ。
あの人も怪我を治すためにしばらく北の海へいくそうよ。
わたしもおいでと行ってくれた。
でもわたしは寒いのは苦手だからと言ったの。
そしたらあの人はここへ行けと言った。
もしここも危なくなれば母のふるさとの海へ行くようにと。
パシャ…。
濡れた亜麻色の髪の女があらわれる。
人魚だ………
久しぶりだ。
泣きそうに濡れた青碧色の瞳はよく光っている。
大きな貝をたくさん抱えてきてくれた。
もう戻らないと思っていた。
けれどそうだ。
ここは人魚の家だものな。
人魚はゆっくり泳いでこちらに近寄ってきた…
貝を置いてその横に横たわる…
おれは近くにしゃがんだ。
ヤドカリはおれを責めなかった。
ただかさこそ動いているだけだ。
人魚にあの粗末な木船から連れてこられた。
ここにあるものは何一つおれを責めなかった。
脱走兵…そうなのだろうか…
南の島にみんな集まっている。
敵の大軍を迎えうつために。
あの木船はその島についただろうか?
色白男はどうしているだろう。
死んでしまうかもしれない。
知るものかあんなやつ。
おれのおかげで血で汚れずにすんだのに
ずっとずっとおれを憎みつづけるあいつなんて。
どうでもいいじゃないか。
だけど美しい色白男におれのそんな情けないいいわけは通用しないだろう。
おれがあやめた罪もない人たちにも通用しないだろう。
それが兵士としての仕事なのに。
人間としてそれを許さなかった色白男はついにその白い手を汚すことはなかった。
おれが色白男の分もあやめたからだ。
色白男は絶対に鉄砲のたまを外したからだ。
それは下手くそなのもあったかもしれないが最初から充てる気がなかった。
おれはそんなものを許さなかった。
そんなものは拳がはれるまで殴った。
ヘトヘトになりながら。
でも色白男だけは殴れなかった。
子供のころよくふるさとの小川で海の生き物を観察した。
ときどきまだ元気だったころの兄がついてきてくれた。
ヤドカリはいなかったけど
メダカやタニシやザリガニなんかをうれしくながめていた。
ザリガニをつかまえて得意気に兄にみせると
おれの大好きなやさしい柔らかい笑顔を見せてくれた。
おれは本来自然や自然の中に生きる生き物が好きだった。
戦場でおれは鬼だった。
でもそうなりたかったかと聞かれればなりたくなかった。
けど心を持ったまま人をあやめることができるだろうか?
おれになにもひどいことをしていない人をあやめるのに心ある人間のままそんなことができるだろうか?
おれは鬼にならないとできなかったから。
おれは弱い人間だったから。
最初の隊長よりもその次の隊長よりも弱かったから。
丸く岩壁に囲まれた大きな岩礁…
中に小さな砂浜と浅瀬の海がある…
ここから出るには海に潜って穴を通りぬけてでないといけない…
来るときは人魚が抱きかかえて連れてきてくれた…
最後におれは息が続かなくなった…
人魚のスピードで泳いでも最後に溺れかけたんだ。
自力でぬけるのはなかなか難しそうだ…
それに抜け出したいとも思ってなかった。
ここはいつも穏やかだった。
人魚がこなくなって何日過ぎただろう…
ひと月にはなるだろうか。
相棒は白い巻貝をのせたヤドカリだった。
カサカサとゆっくり進むその生き物をかわいく思っていた。
おれの心の中には兄がいた。
涼やかで穏やかで凪の人だった。
そして兄というより姉のようだった。
けれど女性どくどくのいやらしさはなかった。
幼いおれの心を守ってくれたのは兄だった。
しかしだれも守ってくれる人のいない戦場で…
おれはやがて鬼になった…
鬼になって戦果をあげることが正しいことだと思っていた。
だけどそんなおれを氷のように冷ややかにはねつける男がいた…
それは皮肉にも兄に重なる色白男だった。
鬼になるほうが楽だったし、
あのときのおれはそれしかできなくなっていたから
だからこそ色白男と氷の刃はおれをじわじわと追い詰めていたのに
同時にそれでもそこにいてほしいと思っていたんだ。
わたしはは母のように人間に恋をしました。
だけどそれは白い鯨が一番嫌いな種類の人間でした。
彼は戦争の兵士でした。
悪い鬼のような兵士でした。
でも粗末な木の船に乗っていた彼は…
とても疲れきっていて死にそうでした。
一目その顔を見たときに恋におちました。
だけど白い鯨はもちろん反対しました。
とてもとても怒りました。
白い鯨が怒ると海は大嵐になります。
だからわたしは彼を岩礁に残したまま帰らなくなりました。
そして彼の心の中に誰がいるのかさへわたしは知らなかったんです。
人魚のわたしの父親は人間だった。
ある国の海辺で真珠を作っていたの。
母は海から海辺で真剣に真珠をつくる父親の姿を見ていて恋をしたんだそうです。
人魚の人間の前に決して姿を見せてはいけないという禁忌をやぶりました。
母の姿を見たそのときに父は母に恋をしました。
父は母のために心を込めて真珠の首飾りを作りました。
母と父はやがて恋人同士になりました。
だけどは母は仲間の人魚に追放されて…
鮫の多いこの大海原に追放されたのです。
でもみつけた岩礁の中で父の子供であるわたしを守り育てました。
そんなは母を見守っていたのは世界中で一番大きな生き物の白い鯨でした。
彼には生まれつき大きな役目がありました。
それはこの海と海の生き物を守ることでした。
けれど彼は孤独でした。
だからは母に恋をしたんです。
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