泣ける実話持っているかた!来てください!

レス21 HIT数 5724 あ+ あ-


2015/08/31 15:33(更新日時)

ストレスたまって、ヤバイです。
こんな時は、悔し涙ではなく、
感動して沢山泣いたらいいと思う。

そこで、泣ける話(実話)を持っているかた!
教えていただけませんか?

あと、ストレスたまっているかた、
遊びに来てください。
一緒になきませんか?

No.2124345 (スレ作成日時)

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No.1

東京音頭でもヤッテロ…🐜🐜

  • << 4 そっか、その手があったか! 東京の人間じゃねえけど、踊ってもいいか?

No.2

じゃ、まずは私も、知っている話します。
海外の話です。

元気で明るく、学校も友達のことも
大好きな女の子がいました。
しかし、ある難病にかかってしまいます。

治療や体力の低下の為に、学校へはほとんど行けなくなり、寂しい毎日が続きます。
少女は、『みんな、私のこと、忘れちゃうのかな?』と、母に涙を見せていました。

でも人気者だった少女は、クラスメイトたちから、沢山の励ましの手紙をもらいます。
少女のよろこび様は、病魔におかされているとは思えないほどの笑顔で、それを見ている母親も、
同じ様に嬉しさで心が満たされていました。

しかし、お休みが長く続いていくうちに、
クラスメイトからの手紙も、少しずつ減っていき、最後には1通も来なくなりました。
『ママ、やっぱり私は、このまま忘れられてしまうのね』と、泣きます。

母親は、泣き暮らす娘の姿に、いてもたってもいられなくなり、少しでも娘に喜びと、希望を持ってもらいたいと考え、
『あなたのお友達より』
と、手紙を書きました。そしてポストへ投函。
手紙が届くと、『あなたに、お友達から手紙が来ているわよ!』と、娘に嬉しそうに渡します。

落ち込み、塞ぎがちだった少女の顔は、
ぱぁっと明るく輝き、
そんな、大喜びする娘を見て母親も、久し振りに心から笑います。

続きます

No.3

>> 2 それからというもの、母親は定期的に手紙を書きました。
毎回、頑張ってね!とか、早く学校に来てね!待ってるよ!など、少女を励ます言葉を送りました。

『お友達』からの手紙を希望に、頑張って治療を続けた少女。
しかし、病魔に勝つことは、ありませんでした。

最愛の娘を失った哀しみの涙は、いつまでも溢れて、止まりませんでした。

悲しい気持ちを1つも整理がつけられないままに、
母親は少女の使っていたベッドに腰をおろします。
そしてふと、少女のベッドの横にある棚に目がいきます。

引き出しを開けると、中にはぎっしり、クラスメイトからの手紙。そして、『お友達』からの手紙も、ぎっしり、大事にしまわれていました。

母親は何気なく、ごそごそと見ていると、
少女が書いたと思われる手紙が出てきました。

『私の、お友達へ』
と、書かれた手紙。それには、こんな文章が書かれていました。


私のお友達へ


いつも、私をはげましてくれて、ありがとう

私を元気にしてくれて、ありがとう

あなたからの手紙が、私の宝物です





愛してるよ、ママ




と。書いてるだけで号泣です(泣)
少女は、ちゃんと分かっていたんですね

姉から聞いた、TVでやってた実話です。

No.4

>> 1 東京音頭でもヤッテロ…🐜🐜 そっか、その手があったか!
東京の人間じゃねえけど、踊ってもいいか?

No.5

ほいっ

http://m.youtube.com/watch?v=zI7YR225jbY

No.6

了解(^o^ゞでは知っている話から。

part①

オレが二十歳の時、一緒に上京して同居してた親友がバイクで事故った。
オレはその知らせを病院から聞きつけて大学から大急ぎで駆けつけた。

親友のKはICUに入っていたが、意識もあって見た目もほっぺに擦り傷があるぐらいだったのでオレは何とか助かったんだなぁとほっとした。

「よう」
「おう」
という挨拶の後ベッドの横にあった椅子に腰をかけようとしたらすぐに看護婦に呼ばれた。

「ちょい行ってくるわ」
とKに言うと
「おう」
と言ってKは笑ってた。

看護婦について行くとそこは会議室みたいなとこで、中で待っていた医者に
「今は麻酔してるから痛みはないはずだけど助かりそうもない」
と言われた。

「はぁそうですか・・・」
とアホみたいな返事をした後Kのとこに戻った。

「何だって?」
とKに聞かれるとオレは
「いや、別に・・・」
と一番意味深な返答をしてしまった。

Kは
「なんだそりゃ」
っと笑っていたがオレははにかむのが精一杯だった。

緊張した時のオレの癖で顎ヒゲを引っ張ってるとKは
「あのさぁ、あの十字架ついてるオレのジッポあるだろ?」
と切り出した。

「あ、うん」
「アレおまえにやるわ・・・あっあとヴィヴィアンのバックもやるよ。
 それから・・・あの皮ジャンもやるし・・・てかみんなおまえにやるよ」

オレは「何でそんなこと言うのか」ととぼけようとしたがダメだった。
号泣した。
オレでもこんなに泣けるものかと思いながらガキみたいに嗚咽した。

泣くオレを見て笑いながら「タバコ吸いすぎるなよ」とか「もし中免取るならアソコがいい」とかオレに対しての注意とかどうでもいいこととかをゴチャ混ぜにずっと話続けた。

そして約1時間後
「オレの母ちゃんと父ちゃんと姉ちゃんにありがとうって言ってたって伝えてな。あとゴメンも。」
と言ってダルそうに
「はぁ~・・・」
と息を吐いて目を瞑った。

看護婦と医者が飛んで来たがやっぱりダメだった。
映画とかベタなドラマみたいな最期がKらしいと思った。
その夜アパートに帰ってKが今朝セットしといた炊飯器を見てまた泣いた。

No.7

>> 6 ありがとうございます

泣けます。切なすぎます!
二人が凄くいい関係で、本当に親友なんだというのが伝わってきて。

これは、あなたの実話なんですか?
まだ胸がきゅうっとなって切ないです

  • << 13 自分自身の体験談ではなくてサイトの体験談を拾ってきたものです~。 part3 学生時代、書類の手続きで1年半ぶりに実家に帰った時のこと。 本当は泊まる予定だったんだけど、次の日に遊ぶ予定が入ってしまったので結局日帰りにしてしまった。 母にサインやら捺印やらをしてもらい、帰ろうとして玄関で靴紐を結んでいると、父が会社から帰ってきた。 口数が少なく、何かにつけて小言や私や母の愚痴を言う父親のことが苦手で、一緒に居ると息苦しさを感じていた私は、父が帰宅する前に帰ってしまいたいというのも、日帰り、ひいては通えない距離の学校を選んだ理由の一つだった。 父が「お前、泊まるんじゃなかったのか」と訊いたので、「ちょっと忙しいから」とぶっきらぼうに答えると、 手に持っていたドーナツの箱を私に差し出し「これやるから、電車の中で食え。道中長いだろうから」と言った。 駅に着くと、電車は行ったばかりのようで人気がなく、30分は待たされるようだった。 小腹が減ったので、父からもらったドーナツの箱を開けた。 3個ずつ3種類入っていた。 家族3人でお茶するつもりだったんだなぁ。 でも、私が9個貰っても食べきれないよ。 箱の中を覗き込みながら苦笑した。 その直後。 あぁ、あの人は凄く不器用なだけなんだろうな―。 ふとそう思うと、涙がぼろぼろ出てきた。 様々な感情や思い出が泡のように浮かんでは消えるけど、どれもこれも切なかったり苦かったりばっかりで。 手持ちのポケットティッシュが無くなっても、ハンカチが洗濯して干す前みたいに濡れても涙は止まらなくて、結局、一本あとの電車が来るまで駅のベンチでずっと泣き続けていた。

No.8

part2

交通安全週間のある日、母から二枚のプリントを渡されました。
そのプリントは、交通事故についての注意などが書いてあり、その中には実際にあった話が書いてありました。
それは交通事故で加害者の立場で亡くなった人の家族の話でした。

残されたのはお母さんと子供たち、上の子が小学二年生、下の子が五歳の男の子の兄弟です。
この人たちは、事故の補償などで家もなくなり、土地もなくなり、住む家もやっとのことで四畳半のせまい所に住めるようになりました。

お母さんは朝6時30分から夜の11時まで働く毎日です。
そんな日が続くある日、三人でお父さんのいる天国に行くことを考えてしまっていました。
(以下、プリントから)

朝、出かけにお兄ちゃんに、置き手紙ををした。
「お兄ちゃん、お鍋にお豆がひたしてあります。それを煮て、今晩のおかずにしなさい。お豆がやわらかくなったら、おしょう油を少し入れなさい。」

その日も一日働き、私はほんとうに心身ともにつかれ切ってしまった。
皆で、お父さんのところに行こう。
私はこっそりと睡眠薬を買ってきた。

二人の息子は、そまつなフトンで、丸くころがって眠っていた。
かべの子供たちの絵にちょっと目をやりながら、まくら元に近づいた。
そこにはお兄ちゃんからの手紙があった。

続きます。

No.9

>> 8
「お母さん、ぼくは、お母さんのてがみにあったように、お豆をにました。
お豆がやわらかくなったとき、おしょう油を入れました。
でも、けんちゃんにそれをだしたら、「お兄ちゃん、お豆、しょっぱくて食べれないよ。」と言って、つめたいごはんに、おみずをかけて、それをたべただけでねちゃった。
お母さん、ほんとうにごめんなさい。

でもお母さん、ぼくをしんじてください。ぼくのにたお豆を一つぶたべてみてください。
あしたのあさ、ぼくにもういちど、お豆のにかたをおしえてください。
でかけるまえに、ぼくをおこしてください。
ぼく、さきにねます。あした、かならずおこしてね。お母さん、おやすみなさい。」

目からどっと、涙があふれた。
お兄ちゃんは、あんなに小さいのに、こんなに一生懸命、生きていてくれたんだ。

私は睡眠薬を捨て、子供たちのまくら元にすわって、お兄ちゃんの煮てくれた、しょっぱい豆を涙とともに一つぶ一つぶ、大事に食べました。


このお話を読み終えたとき、私と母の目から、涙が出てきました。
そうして、何度も、何度も、くり返し読みました。

私は、今まで、交通事故は被害者だけが悲しい思いをしていると思っていましたが、このお話を読んで、加害者も、私たち以上に悲しくせつない思いをしていることがわかりました。
毎日、毎日、日本のどこかで、こういう子供たちが生まれているのかと思うと、とてもたまりません。

どうか、お願いです。
車を運転するみなさん、交通事故など、絶対におこさないでください・・・。

No.10

>> 9 補償によって生活に困窮してるなら、一時的に子供らを施設に入れちゃえばいいのに…

No.11

ある少年がとても珍しい病気になりました。
彼の母は少年に「痛くないの?」と聞くと、「…痛いけど…これ、僕で良かったんだ。ママじゃ耐えられない」

「ママにはこんな苦しい思いをさせたくない」

結局、少年は弱音も吐かずに亡くなりました。

少年の母は「あの子は小さかったけれども、私の先生でした」と言っていました。

たしか、本になっていると思います。

No.12


ある医師がある女性と恋におちました。しかし、彼女の家と自分の家の家柄が全く違う為に回りから反対されていました。

ある日、彼女が「二人で死にましょう」と。
医師は「わかった。では、用意しておくから…」

二人で腕に毒薬のはいったウィスキーの点滴をして気を失いました。

女性が目を覚ますと、医師は亡くなっていました。

「君には将来がある。良い人と出会いなさい」との遺書が彼女の枕元に…

彼女の点滴には毒薬は入れられていなかったそうです。

No.13

>> 7 ありがとうございます 泣けます。切なすぎます! 二人が凄くいい関係で、本当に親友なんだというのが伝わってきて。 これは、あなた… 自分自身の体験談ではなくてサイトの体験談を拾ってきたものです~。

part3

学生時代、書類の手続きで1年半ぶりに実家に帰った時のこと。
本当は泊まる予定だったんだけど、次の日に遊ぶ予定が入ってしまったので結局日帰りにしてしまった。

母にサインやら捺印やらをしてもらい、帰ろうとして玄関で靴紐を結んでいると、父が会社から帰ってきた。

口数が少なく、何かにつけて小言や私や母の愚痴を言う父親のことが苦手で、一緒に居ると息苦しさを感じていた私は、父が帰宅する前に帰ってしまいたいというのも、日帰り、ひいては通えない距離の学校を選んだ理由の一つだった。

父が「お前、泊まるんじゃなかったのか」と訊いたので、「ちょっと忙しいから」とぶっきらぼうに答えると、
手に持っていたドーナツの箱を私に差し出し「これやるから、電車の中で食え。道中長いだろうから」と言った。

駅に着くと、電車は行ったばかりのようで人気がなく、30分は待たされるようだった。
小腹が減ったので、父からもらったドーナツの箱を開けた。

3個ずつ3種類入っていた。
家族3人でお茶するつもりだったんだなぁ。
でも、私が9個貰っても食べきれないよ。
箱の中を覗き込みながら苦笑した。

その直後。
あぁ、あの人は凄く不器用なだけなんだろうな―。
ふとそう思うと、涙がぼろぼろ出てきた。

様々な感情や思い出が泡のように浮かんでは消えるけど、どれもこれも切なかったり苦かったりばっかりで。
手持ちのポケットティッシュが無くなっても、ハンカチが洗濯して干す前みたいに濡れても涙は止まらなくて、結局、一本あとの電車が来るまで駅のベンチでずっと泣き続けていた。


No.14

>> 13 part4
私の前の上司(課長)は無口、無表情。雑談には加わらず、お酒も飲まず、人付き合いをしない堅物でした。
誠実公平、どんな時でも冷静なので頼もしい上司なのですが、堅過ぎて近寄りにくい雰囲気がありました。

そんな課長の机の上には奥さん、子供四人と写った写真が飾られてて、「あの朴念仁でも家族は愛してるんだな」と微笑ましく思ったものです。
何年経っても同じ写真が飾ってあったので、理由を聞いてみたら、「一番かわいかった頃の写真だからね」と照れ笑いを浮かべながら答えてくださいました。
それが私の見た唯一の課長の笑顔でした。

そんな真面目一徹、入社以来無遅刻無欠勤の課長が三日続けて無断欠勤。
家に電話しても誰も出ず、親族の連絡先も分からなかったので、部長が直接課長のマンションを訪ね、管理人さんにお願いしてドアを開けていただきました。
課長は玄関で倒れていて、既に冷たくなっていました。急性心不全だったそうです。

部長が管理人さんに課長の家族がいつ戻ってくるか聞くと、「○○さんには家族はいないですよ」という返事。
あわてて人事部の資料をほじくり返すと、確かに課長には家族がいません。

課長は10年前に中途入社した人なので、それ以前に家族に逃げられていて、写真を見て幸せだった時代を懐かしんでいたんだと思い、少し悲しくなりました。
結局、課長の葬儀にも家族も親族も顔を出さず、血縁の人たちの冷たさにもっと悲しくなりました。

後日墓参りに行くと、立派なお墓が立っていました。
死んでやっと家族と和解できて、立派なお墓を立ててもらえたのかと安心して墓石を見てみると、愕然としました。
お墓は古びていて、課長と同じ名字の名前が墓誌にいくつも彫ってありました。
課長以外は全員十数年前の同じ日に亡くなっていました。

家族を一度に亡くしてからの十数年の歳月を、彼はどんな気持ちで過ごしていたんでしょうか?
二度と会えない家族の写真をどんな思いで毎日眺めていたんでしょうか?
人を遠ざけ、自分のことを決して語らなかった課長の姿を思い出し、涙が止まりませんでした。

No.15

泣ける話集
http://llike.net/2ch/Impression.htm

No.16

>> 15 教えてくれてありがとう!登録しました(^^)/♪

No.17

【私の体験談です。】

数年前の出来事ですが、当時付き合っていた彼氏との事です。

彼氏とは職場恋愛で彼からのアプローチで付き合うようになりました。そんなこんなんで数ヶ月たち事件が起きてしまいました。

久々同じ日に休みになりデートする事になりました。私の誕生日が近かったので好きな物を買ってくれると言うことで、ショピングセンターに行く事になりました。

行く途中喉が渇いたのでコンビニによりました。その時私は彼に何を買ってもらおうかずっと頭の中で考えていました。コンビニに着き車を降り、車のドアを閉めようとした時、車のドアに手をかけたまま閉めてしまい手を挟んでしまいました。
手は真っ赤に内出血し指先が腫れ激痛が走りました。幸い骨には異常はありませんでした。治るのに1ヶ月はかかりました。


長くなりましたがこれが私の泣きそうな実話です。


No.18

皆さんには泣ける話しでは無いと思いますが実話です。

2つ違いの兄とそれぞれ近くの別会社の工場で働いていた。
突然、兄さんが怪我をして病院に運ばれたので病院へ行く様にと、会社の人が知らせてくれた。
どうしたの?と聞くと、クレーンで吊ってた鉄骨が落ちて、下敷きに成ったそうだと言う。
自分でもどうやって病院まで行ったか覚えてないほど動揺して病院に着いた。

病院には兄の会社の人が来てて、何トンもある鉄骨が落ちて下敷きに成ったが、鉄骨は腰の高さほどのローラーで止まったが、直撃を受けた兄は、体をくの字に曲がりながらも、僅かな隙間に入り込んでペシャンコに成らないで済んだらしい。

兄を見ると、麻酔のせいなのかベッドで寝てる。

話しを聞いたその壮絶な光景が頭をよぎり、居たたまれない気持ちで病室を飛び出した。

呆然と病院の廊下を歩いてると、自然と涙が込み上げてきた。
次第に嗚咽も出てきて、涙が滝の様に溢れて止まらない。

廊下を歩く人に背を向ける様に窓から外を見ても、涙で曇る目に景色が入る訳もなく、ただ嗚咽と涙が止まらない。

まだ29才の兄

喧嘩もしたが仲良しの兄

独身で家族思いの兄

兄と弟と俺と3人で同じアパートで一緒に生活した事もある

両親や他の兄弟を旅行に連れて行った兄


頼むから死なないでくれ~


そんな兄が、意識は戻ったものの、1週間後に息を引き取った。

ベッドの上でずーっと、時間ばかり気にして、今何時だと、良く聞いていた。

包帯の交換の時
チラッと見えた腰から背中にかけて、内出血で真っ黒だった

No.19

私が小4の頃ジャンガリアンを買いました。垂れ目で食いしん坊なとても可愛い子でした。初めは懐いてくれずとても心配でしたが一緒に暮らすにつれて本当に懐いてくれました。それから3年が経ち、私は中学1年生になりました。夏休みに入ってすぐハムちゃんは段々弱ってきました。あんなに食いしん坊だったのに餌をあまり食べなくなり、目ヤニが酷く、片目が開かなくなりました。ハムスターの寿命は長くて2年、ハムちゃんはことしで3年...遂に死んでしまうのではないかと思い、涙が溢れ家族の前にも関わらず、ハムちゃんを手に乗せ大泣きしてしまいました。それから数日後、ハムちゃんは両目も開かなくなりました。勿論、私と母は片目の時からハムちゃんにハムスター用の目薬をさしたりなど必死に治療しました。それでも駄目でした。餌も全く食べなくなり、体はかなり細くなりました。ある日、ハムちゃんはいつもより私の手の上に乗りたがってきました。でも、トイレの時だけはケージに戻って済ましてからまた私の手の上に乗ります。ケージに戻しても、「だして」と言わんばかりにケージを噛みます。もうその様子が悲しくて悲しくて、一日で3回泣きました。結局私が寝るまでずっと手の平の上に乗ってました。次の日の朝7時頃、母が「ハムちゃんの息がおかしい!もう死んじゃうかもしれない!」と言って私は飛び起きました。私は朝が弱い筈なのに、ばちっと目が開きました。すぐにハムちゃんの小屋に行きました。恐る恐る小屋を取ると、ハムちゃんはぐったりしていて、呼吸がひゃっくりみたいになってました。手の平に乗せ、それから数分後、息をひきとりました。あまりに静かに亡くなったので死んだことに気づきませんでしたが母がハムちゃんに触って「冷たくなってる」と言った途端、「あぁ...遂に死んじゃったんだ...」と思い涙がボロボロ出ました。母が「きっと○○ちゃん(私の名前)を待ってたんだね」と泣きながら言ってました。それからハムちゃんを埋めるまで小屋に戻しました。今にでも小屋から出てきそうなのに、もういないんだね...。私は埋めるまでの間、ずっとケージの前で泣きました。埋めている間でも泣きました。一日中泣きました。ケージを洗うのが辛く、母がやってくれました。まさかハムスターでこんなに泣けるなんて思ってませんでした...
書いてスッキリりました。読んでくださりありがとうございました。

No.20

>> 19 19を書いた者です。説明が下手であまり泣けなかったと思います...((汗
すいません...

No.21

http://mikle.jp/thread/2213974/23/

ある痴漢の冤罪をかけられ世の中全ての存在に敵とされた男。その男の無実を証明できる、とある記憶喪失の目撃者であるおじいちゃん。今そのおじいちゃんは記憶喪失を治そうと必死にリハビリを頑張っている!それが達成すれば、自分の障害を克服した以上に加えてさらに!とある男を救う雄一のヒーローになれる!おじいちゃん頑張って~!!

http://mikle.jp/thread/2235897/361/

ttp://mikle.jp/thread/2235897/459/

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