携帯小説「二番目の悲劇」

レス500 HIT数 23398 あ+ あ-


2009/08/18 18:34(更新日時)

「二番目の悲劇」

🔯 作者@ りん
🔯 演出@ ホロロ

で、進めて参ります、長編小説です。

新しい試みですので、優しく見守って下さるようお願いします🙇

No.1159104 (スレ作成日時)

新しいレスの受付は終了しました

投稿制限
スレ作成ユーザーのみ投稿可
投稿順
新着順
主のみ
付箋

No.401

「でも」
和美は首を横に振った。
「とてもじゃないけど、これが自分の言葉とは思えない」


「ええ、普段の状態で意識できるものではありませんからね。しかし、広い意味ではそれもあなたの一部なんです。それを使ってハリウッドで女優相手に占いをやってる友人はいるけど、小説を書いた人に会ったのは初めてだ」

「だけど」
月絵は追求の手を緩めない。「占い師だって霊から情報を受け取ってるっていうじゃない。その霊も自分の一部だっていうの蓜」

「やれやれ、ここで哲学の初級講座を開きたいのかい蓜 それをいうなら、ぼくは自分の外も中も繋がってると思うよ。クラインの壷みたいにさ」

「じゃあ、どっちが先なのよ蓜」
月絵は子供のようにムキになって質問した。
「現実に起こってる事って、内側が先なの蓜 それとも外側が先蓜」

「鏡に映った君はどっちが先だと思う蓜」

和美は頭がごちゃごちゃしてきた。ややこしい事は考えたくもないが、それが自分の体験ともなると別だ。
彼女は自分の中からとめどなく溢れ出た言葉のルーツを思った。

あれは外側から受け取ったのか、それとも内側から生まれたのか……蓜

No.402

そういわれてみれば、自分があんな大量の言葉なんか思い付くことは出来ないという判断は後から生まれたものだ。
その時は、誰かが和美の脳のキーボードを打って入力しているとは感じなかった。
あの言葉はそう、胸の中心から生まれた。
まぎれもない、自分から湧き出てくるという実感があった。

途方もない快感を伴いながら――。


だが、もし和美とは違うタイプの人間が、例えばそれを天使とか死んだ作家とか、別の存在からの言葉として受け取っても、なんの不思議もないような気もする。

マイクの言うように、同じ現象を鏡に映しているだけではないだろうか。
もっと言うなら、一体どこまでが自分で、どこからが自分以外なのだろう。


「それなら」
和美は初めてこの部屋にきたように辺りを見回した。
「自分て、何蓜」

「それは」
マイクは爽やかに笑った。
「死んでからあの世で検証してみる事にしましょう、この三人で会議室を借りてね。とりあえず僕にわかる現実はこうだ。
今ここに小説がある。あなたが感じ、あなたが書いた。別になんの不都合もない」

今度は和美が苦笑する番だった。人生の奇妙な経験値なら、彼らよりもいっぱい積んでいる。

No.403

「いえ、ものすごく不都合はあるんです」
和美はいった。
「もし、この言葉を誰かが先に受け取っていたとしたら蓜 この世界中のどこかで」

二人は頭のおかしい人を見る目で和美を見た。
原稿を誰にも見せるなと理由は、彼女の頭の中の強迫観念にあったのかというように。


「まさか」
マイクはいった。
「そんな事説明がつかない」

「でも現実にあったんです」和美は静かにいった。「以前にもね」


それ以上は赤の他人に説明する気はなかった。
それは傷ではなく、むやみに人に語ることの出来ない思い出だったから。


「エッセイじゃなくて」
月絵はまじまじと和美を見つめていった。

「どうやらドキュメンタリーが一本書けそうね」

「わたしは何もする気はありません。そういう事ですから、どうぞお帰り下さい」
和美はきっぱりといい、英文の原稿を押し戻した。

「この原稿はお持ち帰り下さい。 せっかくだけど」

No.404

かわいそうなマイクは、結婚直前に婚約破棄された男のようにうちひしがれてしまった。
柔らかい髪をかきむしり、やがて無言で立ち上がる。
とぼとぼと出口に向かうその顔は、まさしく失恋男だった……


「す、すみません」
月絵は慌てて原稿を受け取り、傷心の彼を追った。

和美は黙って冷静に恋人達を見送った。
これだけマイク達が残念がってくれたから、それでもう気が済んだ。
ドアが閉まる。
和美は二人に聞かせるためにわざと大きな音で鍵をかける。

ほら、これでお終いだ。


明日からまたいつもの日常が続くだろう。
この小説が書かれても書かれていなくても同じ人生が。
和美は残された三つの湯呑みと淋しげな原稿を見た。

分かち合ったばかりの無念さは、すぐにいい思い出に変わるはずだ。
そう納得している事なのに、なぜ涙がでるのだろう――。

和美は立ち上がり、リビングの窓から門の方を見た。しょぼくれた二人が通りに出ていき、やがて見えなくなる。
ホッとしたその時、金色の光が目に飛び込んできた。

No.405

マイクだ。
髪を振り乱し、マイクは忘れ物をした子供のように走ってくる。
リビングの窓に和美の姿を見つけると、芝生を突っ切って駆け寄ってきた。
月絵は慌てて後を追ってくる。


「いやだ、諦められない」マイクはドンドンとリビングのガラスを叩いた。

「だって、これがオリジナルだって可能性もあるじゃないですか蓜」

和美はもう言うべき言葉を失い、ガラスにへばり付くマイクを見つめた。


どうしてこうも、みんな自分のいうことに耳を貸してくれないのか。
それとも、この諦めの悪い男も、和美の心の鏡なのだろうか。

もうあんなトラブルはごめんなのに、作品に陽の光が当たっても、それは一瞬。
いつか谷底に突き落とされ、中傷の泥にまみれるのはわたしなのに――。

「出版しましょう」
マイクはガラスを隔て、立て篭もり犯を説得する刑事のように続けた。

「ただし、小規模に。アメリカは訴訟社会ですからね。もし似たような作品があったら、ここぞとばかりにカモられる。だったら、自費出版で出すのはどうでしょう蓜 利益があがらなければ、法律的な逃げ道はある。」

No.406

「あなたが売りたくなければ売らなくていいです」とマイクはいった。

「マイク晙あなたはなんて頭がいいの」
月絵が彼にキスして、自分もガラスにへばりついた。
「わたしはとにかく、一人でも多くの人にこれを読んでもらいたいの。ここ、開けて下さい」

「でも、それには一つ問題がある」マイクは我にかえって言った。
「お金はどうするんだ蓜」

 その時、白い日本車がガレージに入ってくるのが見えた。
むっつりした顔で降り立ったのは、ビジネススーツ姿の佐伯だ。
彼は庭先に客がいるのに気づき、儀礼的に挨拶をしようとしたが、月絵の胸に原稿らしき束が抱えられているのを見ると顔をそむけた。

「まだ、あんなくだらないものを持っているのか」玄関から入ってくるなり、迎えに出た和美に夫は口を開いた。
「いい加減にしろ」

佐伯は妻と目を合わせず、冷蔵庫からビールを取り出すと、書斎に引きこもった。

あの日から、たまに帰ってきても夫婦の会話はほとんどなく、和美の料理を口にすることはない。

ベッドルームはとっくに別々だった。
実直な佐伯は一度向けた背を二度と元に戻そうとはしなかった。

No.407

リビングに戻ると、月絵とマイクは冷えかけた家庭に流れる独特の空気を感じたらしく、庭先で固まっていた。
和美はガラス越しに月絵が抱えている原稿を見つめた。

ユウはこれを毛嫌いしている。
おそらく世界で一番見たくないものは蓜 と聞かれたら、妻の書いたクソ小説と即答するだろう。

だが、この作品に罪はない。和美はいつか『大いなる幻想』をユウに読んでもらうという希望を捨ててはいなかった。
もし、これが本という形になれば、ユウも少しは違った目で見てくれるかも知れない。

和美は鍵を開けてガラス戸を開けた。いつも嗅ぐ海の風は、いつもとは違う匂いがした。

「お金は……」
和美はいった。
「わたしが用意するわ」


日本にはまだ、自分名義のマンションがある。
それは皮肉にも、『あのドアを開ければ』で得た印税が残した唯一のものだった。



マイクは頬を赤らめて手を差し出し、月絵は泣き出しそうな顔で原稿を抱きしめた

No.408

NYにあるハンドメイド出版社の編集長、ルーカスのデスクの上は、片付けても片付けても本や原稿でいっぱいになる。
それは地層のように累々と積もった揚げ句、底の方の原稿は朽ち果て、誰にも発掘されないまま化石となる運命にあった。


だいたい、よくも次々とものを書きたがる連中が生まれてくるものだ。
メシの種とはいえ、ルーカスはいつもながら感嘆した。

もし、これを片っ端から読んでいたら、300年生きても足りないだろう……

しかも、その中で本当にルーカスの脳を刺激する作品は、年に二編とないのだ。
ほとんどが右から左へと消費されていくたわ言だが、この世がスムーズに動くためには、大量の言葉の潤滑油が必要だった。


その朝、ルーカスは紙の山の一番上に、黄ばんだ安い紙に印刷された一冊の本を置いていた。

ラリー・ホーンという聞いたこともない作家の
『大いなる幻想』。

昨夜、これを読み終えた彼が不思議に思ったのは、どうしてこの本をこんな形で出版したのかということだった。

ハンドメイドのルーカスともあろう者が、この本を読みながら五度も大笑いし、三度も泣いた。

No.409

ぐずぐずしていられない。もしかしたらどっかの大手出版社が既に手をつけているかも知れない。
ルーカスは苛々と机を揺すると、原稿が地滑りを起こした。

ルーカスは『大いなる幻想』の出版元に電話をかけた。
何回か電話を回された末、やっとラリーの代理人でツキエ・オダという東洋なまりの女をつかまえた。

『この本は三ヶ月前、ロスで自費出版されました』ツキエは説明した。
『初版は二百部。再版はされていません』

「そいつはラッキーだ」
とルーカスは思わずいった。「そのうちの一冊が偶然、私の元にたどり着いたわけだ。友人の作家を通じて」

『ご友人の作家とは蓜』

「ジム・バーマン」

ツキエが電話の向こうで悲鳴を上げ、自分もファンだと口走った。
ジムはノーベル文学賞を受賞したアメリカの誇る大作家だ。

もしも推薦者がジムでなければ、ルーカスのデスクの化石となっていただろう。


そしてもし、『大いなる幻想』に一生出会わなかったら……

ルーカスはぞっとせずにはいられなかった。

No.410

「それにしても、どうしてですか蓜」
ルーカスはずばり質問した。
「なぜ初版の数冊でもいいから、まともな出版社に送ろうとしなかったんですか蓜」

『もっともな質問ですね』ツキエはさらりといった。
『ラリー本人の特別な事情によるものです』

「……特別ね。ええと、どこか具合が悪いんですか蓜 例えば頭とか」

『いたって健康です』

「実は有名作家の別名義なんでしょう蓜」

『いえ、間違いなく処女作です』

「男性蓜女性蓜」

『さあ、どうでしょうね』

「わかった、架空の人物だ。ラリーは存在しない。複数の人間からなるユニットだとか」

『さすがは一流出版社の編集長。想像力がおありなんですね』
ツキエはずる賢い政治家のように、のらりくらりと答弁をかわした。

「単刀直入に言いましょう」ルーカスはいった。
「是非とも我がハンドメイド出版社でこの本を出版したい」

『わかりました。では、ラリーと相談します』
ツキエはいった。

No.411

もう少し喜んでくれても良さそうなものを――
ルーカスは憮然とした。

こういっては何だが、普通は大手出版社に拾いあげてもらったら、無名の作家は狂喜乱舞するものだ。
それとも、二百人の読者で満足するのが趣味なのか蓜

『その前に、ひとつだけ確認しておきたいんですが』ツキエはいった。

「何でもどうぞ」
ルーカスはいった。
「契約の条件ですか蓜」

『いいえ。この作品は出版に際してなにか問題はありませんか蓜』

「問題蓜」
ルーカスは首を捻った。
「問題とはどんな蓜」

『例えば、類似した作品をご存知だとか――』

この代理人はバカじゃないか、とルーカスは心の中で思った。
どうしてラリーはこんな世間知らずの女を選んだのだろう……

さっきはあのジム・バーマンのファンだといっていたではないか。

「あるわけないでしょう」ルーカスはいった。
「あったら、とっくにベストセラーになってる」

おだてでも嘘でもない。
ルーカスは『大いなる幻想』に強烈な予感を感じていた。
久々の大当りの感触だ。

No.412

『そうかも知れませんが』ツキエはいった。
『実力と売り上げが一致するとは限りませんし』

「ええ、もちろん。どんなに力をいれても売れない作家もいる」
ルーカスはいった。

「だけど、どんな法則もぶち破る作品もある。十年に一度くらいね。わたしが何を言ってるかおわかりでしょう蓜 『大いなる幻想』はまさにそういう作品なんですよ」

ここまで聞くと、ツキエは初めて代理人のポーズを崩し、小さなため息をついた。
『本音を言わせてもらえば、わたしだってどんなにこの本をあなたに出版して頂きたいことか。問題は、ラリーなんです』

人の頑迷な意思はダイヤモンドより固い。
それはまずいことに、本人でさえも変えるのはたやすくないのだ。

その日からルーカスは、奇妙に不安定な日々を送った。
もしこの交渉に失敗したら、つかみ損ねるのは大金ではなく、幸福そのものであるような気がする。
彼はそわそわしてミーティングをすっぽかし、恋わずらいのように食欲を失い、秘書には人間ドックをすすめられ、妻には浮気を疑われた。




ラリー・ホーンは、沈黙の壁の向こうにいる……

No.413

「編集長、お電話ですよ」秘書がホッとしたようにいった。
「お待ちかねの方から」
ルーカスは無言で電話を掴み、耳にあてる前にひと呼吸した。

『ルーカス編集長』
ツキエはすまなそうに言った。『お待たせしてすみません』

「いやいや、よかったですよ。わたしが生きてるうちに返事がもらえて」
ルーカスは、やきもきしていた自分を素直に認めた。
「どうやらラリーも幽霊ではなかったようだし」

『ラリーを説得するのがどんなに大変かおわかりになったら、あなたは絶対にそんな事はおっしゃらないわ』

「と、いうことは」
ルーカスはそわそわと腰を浮かせた。
「特別な事情とやらはクリアーできたと」

『それはまだ、そちら次第です。まず、ラリーからの条件を提示させてください』


どんな足下を見られたって構うもんか、とルーカスは思った。
そんなものいくらでも見させてやる――。

「うちならどんな事でも呑みますよ。もちろん契約は最高の条件で――」


『条件はお金じゃありません』
ツキエはいった。

「だろうな――」



『ラリーは誰にも会いません――』

No.414

『ラリーは誰にも会いません。顔写真も経歴も、一切伏せさせて頂きます。それを絶対に探らないという契約を結んで下さい。もし、どんな方法であろうと一度でもラリーに近づこうとしたら、この話はご破算です』


 な、なんだと――。
ルーカスは唸りながら椅子に座り込んだ。
サイン会の夢もたちまちしぼむ。変わり者の少なくないこの業界、覆面作家は珍しくない。
だが、この件に関しては自分でロサンゼルスを訪ね、ラリーという作家に会って契約を結ぶつもりだった。
たとえ公私混同と非難されようとも……


なんなんだ、ラリーは対人恐怖症の引きこもりか蓜
ゴシップ誌の喜びそうな犯罪歴があるのか蓜

それともストーカーが列をなすほどの絶世の美女なのか――。


「仕方がありません。 こう言うよりわたしに出来る事がありますか蓜」
ルーカスはしぶしぶ言った。
「それであの本がうちから出せるなら。 そうでしょ蓜」

No.415

 和美は今や創作の快感の嵐ではなく、厳しい現実の嵐の中にいた。

 全てを失い、もうもぎ取られるものなどない。
しかもそれは、和美があの原稿を捨てさえすれば起こらなかったハリケーンだった。

佐伯に言わせれば『犯人はおまえだ』ということになるが、和美は自分がしたことが犯罪だとはどうしても思えなかった。

テーブルの上には金文字で『THE GREAT VISION』
と書かれた立派な本と、事務的な離婚届の用紙が置かれていた。
そのふたつを引き換えにするつもりなど毛頭なかったし、できるものでもない。

だが、それを相手にわかってもらうことはついに出来なかった。
和美と佐伯はどちらも引っ込めることも出来ずに、冷たい距離をとって向かいあっていた。

離婚届には既に夫の名前が記されている。
砂漠のように乾いた佐伯の態度は、和美の涙すら蒸発させてしまった。
彼女は淡々と、領収書にサインでもするように名前をつづった。

さらに財産分与、不動産、親権に関する申し合わせ書……
二人で築いて来たものが事務的に処理されていく。


まさか自分の名前を、こんな風に書く時がくるとは思わなかった。

No.416

 その結果、幸せの象徴だった白い家は売りにだされ、財産は二つに分けられることになった。
佐伯はゴルフ仲間の多く住むマンションに移るという。

本の印税のおかげで夫と醜い争いをしなくて済んだのが、なぐさめにもならないなぐさめだった。

和美が唯一欲しいと主張したのは『疾走』だけだった。

静寂のうちに全てが終わると、和美はそっと本を夫の方に滑らせた。
最後の最も勇気のいる行動だった。
魂のかけらを差し出すような……


「僕の望みは」
佐伯は冷たいめでそれを見下ろしていった。
「そいつをアメリカ中から回収して燃やすことだ」

「あなたは……」
和美は振り絞るようにいった。「自分の片腕を燃やす事ができる蓜」

だが、その言葉は彼の憎しみを一層かきたてただけだった。

「おまえは普通の女だ」
佐伯は最後に本音をいった。
「それは僕が一番良く知っている。そういうおまえが僕はよかったんだ。なのに、なんでこんなバカな事をしてくれたんだ――」

No.417

 ある意味で彼は正しかった。夫が見ていたのは幻でも何でもない、ありのままの和美だ。
だが、そこに予想外の和美が現れ、認識に歪みが起こった。
佐伯はその歪みに沿って、きっちりと歪んだ現実を作ってしまったのかも知れない。

しかし、誰がそんな夫を責められるだろう。
むしろ彼を非難する人がいたら、和美がかばってしまいそうだ。

何しろ和美本人でさえ自分についていくのがやっとだったのだから……

「これは、僕の知らないものだ」佐伯はいった。
「これからも一生」

ついに妻の書いた本に指一本触れる事なく去る男を、和美はもう憎むことも出来なかった。

 その夜、オバマの夢を見た。
 和美はなぜか制服を着た高校生になっていて、オバマの黒い星のような目をみつめていた。
彼との間に特別な繋がりの証でも見出だせたら救われただろう。
だが、自分の夢でも都合良くはいかなかった。

 オバマはただ、黙って座っていた。それだけでオバマは既に一本の道だった。
静かな、純粋な、創作への道そのものだった――。

私はあなたを辿って、創作にだどりついたのです。
でも、これもまた盗作と言われる日がくるのでしょうか――。

No.418

やがて、サンタモニカの白い家は一家族の想い出の痕跡を拭われ、新しい家族に引き渡された。

成人していた三人の子供達は、突然の離婚発表に驚いたが、お決まりの『性格の不一致』以上の真相を聞き出す事はなかった。
佐伯の口からは、この世にいることすら認めようとしないラリー・ホーンの秘密が語られる心配はない。

和美はしたたかにシラを切り通した。
それは、いつかまた汚名を被った時、子供達を傷つけないためだった。


 羽瀬和美に戻った彼女は、『疾走』を抱いてウェストウッドに引越した。
和美のプライベートルームは見晴らしの良い最上階。
和美はベッドルームの装飾を取り払い、目覚めたら一番に目につく位置に絵を飾った。
これからも一生、誰にも語られる事のない、オバマの想い出とともに。


 下の階には、小さなオフィスが開設された。
所員は和美の正体を知っている月絵とマイクだけだ。

秘密が団結を固くする。
和美が二人に過去の全てを話したのは、出版を決断した時だった。

二人は驚愕し、今までの和美の奇行ともいえるものをようやく理解してくれた。
だからといって、和美の背負っている重荷が3分の1になったわけではないが。

No.419

 日本語学校の教師を辞めた月絵は、今や有能な代理人として出版関係者と互角に渡り合い、面倒な経理や事務を全て引き受けてくれている。

マイクは表向きは所長として、ラリー・ホーンを守るために何重もの法律的なバリアを張り巡らしてくれた。

二人は『大いなる幻想』を自分達の間に生まれた子供のように大切にし、立派な親バカぶりを発揮していた。

「見て、うちの子が載ってるわ」

月絵は新聞や雑誌に書評が載るたびに声を出して読み上げ、我が子がスターになったステージママのように大はしゃぎした。

ついには作者である和美にまで自慢するのには、さすがの和美も呆れるしかなかった。

全国から感動のビッグウェーブが押し寄せていた。それは日増しに高くなり、和美はおののきながらファンレターやメールをひとつひとつ読んだ。
だが、その中に盗作の告発は一つもなかった。
それよりも、彼女はそれらの途方もなく熱い言葉に圧倒された。


……こんな凄い気持ちのこもった言葉をわたしが貰ってもいいの蓜



いつかこの人達を失望させたりしないのだろうか……蓜

No.420

 やがて、ルーカス編集長の予想よりもはるかに早く『大いなる幻想』は全米ベストセラーになった。

『もういいだろ蓜 そろそろ覆面を脱いでくれよ』ルーカスは懇願した。
『うちの雑誌でラリーの特集を組みたい……いや、正直に言おう。私がラリーと一杯やりたいんだよ』

「まあ」月絵は笑った。
「昨日、うちのオフィスに侵入しようとしたヘボ探偵は、まさかあなたの回し者じゃないでしょうね蓜」

『うむ、その手も考えたが、契約を破棄されたくないからな』

「賢明な方ね。だいたいラリーはアルコールは飲めませんよ」
月絵はうっかり口を滑らせた。

『ありがたい、これで候補が半数に減ったわけだ。ついでに性別を教えてくれたら、もう半数に絞れるんだがな』

 だが、和美は何ひとつ明かす事を許さなかった。
何事もなく本は読まれ続け、広がって行く。
だがいつか、やっぱりこの長い長い夢は終わってしまうのだろう。

加速度的に読者が増えている以上、誰かが告発の叫びをあげるのは、もう時間の問題なのだ。

仮にもし、アメリカで盗作騒ぎが起こらなくても安心なんかできない。



何たって地球は広いのだから――。

No.421

「フランス、ドイツ、イタリア、スウェーデン……」月絵は各国からの出版依頼を読み上げた。
「それに日本からも。 わあ、この出版社、わたしが若い時に勤めてた所よ」

「そりゃあ、因縁だね」
マイクは肩をすくめた。

「まさかラリーが日本人女性なんて思わないでしょうね。これは原文のままいけるから、すぐに交渉を開始してもいいですか蓜」

「でも……」
和美は渋った。

「何も心配することなんかないですよ」
マイクはいった。
「今、僕たちがすべき事は、この本を出来るだけ広める事ですよ」

「それが広くなればなるほど、わたしの逃げ場が狭くなるのよ。もし盗作騒ぎが起こったら、今度はどこに行けばいいの蓜 サハラ砂漠蓜それともアマゾンの奥地蓜」

「起きませんよ」
マイクはきっぱりといった。
「ここまできたら、もうそれはありえない。いいですか蓜僕たちは現実をちゃんと見つめなくては。他に『大いなる幻想』はない。世界中にこれひとつだけだ。これらの各国の依頼が証明してるんですよ」

もし、そう言い切れたらどんなに幸せだろう――。

No.422

和美はマイクほど楽観的ではなかった。

どこかの同人誌に発表されているかも知れない。
作者はもうこの世にいない人で、今は埋もれているだけかも知れない。

もし二作目が書けたら、和美も自分の才能を信じる事ができたかも知れないが、あの激しい言葉の嵐は二度と彼女を訪れてくれなかった。
自分はまた、創作の気まぐれな風にもまれただけなのか――。

「だったら教えて」
和美は本を指さしていった。「この言葉はどこから来たの蓜」

「どこでもいい」
マイクはいった。
「美しき言葉の膨大な海から。 それを紡いだのは、あなただ」


結局、最後には和美が折れた。
だが、どんなに絶賛されても心のどこかでは信用しきれていなかった。
この物語を書いたのが自分だけであることを――。



彼女の懸念をよそに、『大いなる幻想』は各国語に訳され、オーロラのように全世界を新しい光で包んだ。



人々は、こよなくその本を愛した。

No.423

 スペインの地中海は故郷の海に似ているといったら、人は好きなものには自分との共通点を見つけたがり、嫌いなものには違いばかりを見つけるのだとポルフィオに言われた。

その通りかも知れない。

紫苑は、小さい頃一緒に寝てた熊のぬいぐるみと、ポルフィオがそっくりだと話した事はなかった。

 バルセロナから電車で一時間の田舎町にある、白いしっくい塗りの家。
創作陶芸家でもあるポルフィオの住まいは、味のある彼に似合い過ぎていた。

古い家にこもる光は独特の柔らかみを持ち、住む人をまろやかにする。
同じ家でも新しいとこうはいかない――。

若い時の紫苑はこんな発言を保守的だと感じたものだが、今はよくわかる。
それを歳のせいだとは言いたくないが、心に新たな広がりができるのなら歳をとるのも悪くない。

いたるところ白壁だらけの家は、ポルフィオが毎年命を込めてしっくいを塗り直しているので、ツヤツヤに輝いていた。
まるで巨大なキャンバスに囲まれているようだ。

紫苑はその一角に陣取り、毎日のんびりとイーゼルに立て掛けたキャンバスに向かっていた。

No.424

 どこかから流行のラテン系音楽が聞こえてくる。少年の声がそれに合わせて歌ってる。
駅前には映画館も本屋もあり、ブランドショップのウィンドウには、オーラが出ていると思われるほど美しい。

いったい人は生活の中でどのくらい芸術を必要としているのだろう……

もちろん、全くなくても生きていく事はできるのだが。

 紫苑は自分が描いている絵に思いをはせた。
これは、どこで誰を愉しませる事になるのだろう。音楽を聞く人は多くても、絵を部屋に飾る人は少数派だ。

勿論、値段の問題もある。
紫苑はときどき自分の絵を、それが呼吸してほしい場所に寄贈することがあった。
例えば行きつけのレストランには紫苑の絵があり、ポルフィオの陶芸がある。

その美的空間で、もっとも身近な芸術品である料理を食べている人を見ると、紫苑はアートって素敵だと心から思う。

 どこに芸術があってもいい、と紫苑は思う。

人がいるところなら、どこでも。

小さな芸術も大きな芸術も、完璧な芸術も未熟な芸術も、紫苑にとってはどれも愛しい。

だから、紫苑は今日も創作する。

いつか、知らない誰かの気持ちに……

ほんの少しでも光を届ける事ができるように。

No.425

「はい、シオン、ランチだよ」
ポルフィオが銀のトレイにサンドイッチとコーヒーを載せて運んできた。

世界各国を渡り歩いた紫苑が、ここで彼と暮らし始めてから二年以上になる。”結婚”という形はないが、今ポルフィオとの間に築かれてるものは、まさしく家庭というべきものだった。

「おや、何してるんだ蓜」
ポルフィオは怪訝な顔でテーブルにトレイを置いた。

「君が本を読むなんて」
ポルフィオはいった。
「珍しいな。火山噴火の前触れか蓜」

 もごもごと返事にならない返事をしながら、紫苑は手探りでサンドイッチを一口食べ、パッと本から顔を上げた。

「どうしたらサンドイッチがこんなに美味しくなるの蓜」紫苑はいった。
「まさに芸術だわ」

「苦労してるのさ。芸術狂いの女を振り向かせるために」
「……ところで、ぼくのライバルは絵だけじゃなかったんだな」と、
ポルフィオはいった。

 気がつくと、紫苑はコーヒーを片手にいつの間にか本に目を落としていた。
ポルフィオを見ると、わざとすねたような顔を作っている。
その熊に似た顔は奇妙に彼女を落ち着かせる効果があった。

No.426

「面白いのよ、これ」
紫苑は赤い表紙を見せていった。
「あなたも読むといいわ」

「君にすすめられなくたって、もうとっくに英語版で読んだよ」
ポルフィオはいった。
「一応言っとくがベストセラーだ、しかも世界中のね」

「あら、そうなの蓜」

絵の他の世界に関して、紫苑は幼稚園児のようにうとい。
『大いなる幻想』は先週スペインへ観光旅行にやってきた日本の友人が置いていったものだった。

その友人はこの本を読むのが止められなくなり、飛行機の中に持ち込んで、最後の章はとうとう紫苑の家の客室で読み終えた。
ただでさえ時差ボケだというのに。

次の日、彼女の目は失恋女のように腫れていた。


まるで麻薬みたいな本。
紫苑は彼女をそれだけ泣かせた本に興味が湧いたのだった。

「これ書いた人、日本人でしょ蓜」
紫苑はいった。

はあ蓜 と、サンドイッチを食べていたポルフィオが呆れた顔をした。

「君って、思いのほか日本びいきだったんだね。ラリー・ホーンが日本人蓜 まさか」

No.427

「それじゃ、ラリーって日本人とのハーフ蓜 感覚がちょっと日本的じゃない蓜」

「日本通かも知れないじゃないか、ぼくみたいに」
ポルフィオは織物で作ったランチョンマットを指さした。
果たして日本人でそれが西陣織だとわかる人はどれくらいいるだろう。

「うーん」紫苑は考え込んだ。
「でもなんかこう、骨の髄から日本的というか。上塗りされたもんじゃなくって……そう、粘土の質みたいなものかしら」

「根拠はないんだろ。でも、シオンから直感をとったら何も残らない……か」

 キャンバスに溢れるその直感は、数々の絵画賞や評論家に認められた才能だ。
紫苑にしてみれば自分にあるものは当たり前のもので、ことさら凄いものとは思えない。
ただ、使わなかったらたちまち死んでしまうだろう……

その日、紫苑はついに絵筆を持たなかった。
ランチが済んでもそのまま本を読み続け、夕方になって文字が読めなくなってから、ようやく顔を上げた。

「……おおい、大丈夫か蓜」
紫苑は夢から覚めたように辺りを見回した。
一瞬、彼が誰なのか、何語をしゃべってるのかわからなかった。

やっと現実感覚が戻り、それが現在愛してる男だとわかった。

No.428

「聞こえてるか蓜」
ポルフィオはいった。
「夕食を食べに行かないかって言ったんだよ」

「ねえ」
紫苑はじっと膝の上の本を見た。

「この人、女だわ」

「やれやれ、君はいつからプロファイラーになったんだ蓜」
ポルフィオはいった。
「それはないね。文章がダイナミックだ」

「まあ、あなたがそんなに保守的だとは思わなかった」

ポルフィオは顔をしかめた熊になった。
一冊の本のために彼と喧嘩なんかしたくない。
紫苑は本を閉じ、ポルフィオの腕をとった。

「で、作者は日本人の女なのか蓜」
食事の途中、さりげなく紫苑に譲歩してきた。

「うん、うまく説明できないんだけど」
紫苑はいった。
「もし、自分に絵の才能がなくて、文章を書く才能があって、そして今の自分みたいに異国で暮らしていたら……もしかしたらこんな本を書くかも知れない」

「手紙以外に文章を書かない女がそういう事をいうか蓜」
ポルフィオはいった。

「てことはなんだ、ラリーは君みたいに外国で暮らしている日本人女性蓜 そりゃ一つの国を作れるくらいいるぞ」

No.429

 今や、地球は中世の人々が見たら、神の世界だと思う世の中だ。
異種文化の交流は、かつてないほど盛んに行われている。

新しい味、新しい芸術。
そこからまた、オリジナリティを持った突然変異も発生しているのだ、
と紫苑は思った。
自分の事ではない、『大いなる幻想』の事だ。

「何となくそんな気がしただけよ」
紫苑は肩をすくめた。
「でも、わたしみたいな日本人の女の一人がラリー・ホーンだったら――ちょっとワクワクするわね」

「君みたいな女はそこらへんにはいないよ」

本の話をしていたら、また読みたくなってきた。
紫苑はサラダをさっさと食べてしまうと、パンと卵の入ったスープに手を伸ばした。

「今、お尻がむずむずしているだろう」
ポルフィオはすばやくそれを見抜いた。
「一分でも早く帰ろうとしているな」

「お腹すいてるのよ」
紫苑はいった。

「嘘つけ。どこを読んでるんだ蓜」



「ええと、『トーロヒとチミー』の章。恋というものを知らない種族のトーロヒに、チミーが激しい恋を教えてしまうところ」

No.430

「ああ、ぼくもハマったな。チミーのキャラがすごくいいんだ。人間ぽくって、ひたむきで」

「トーロヒの種族の間では、恋愛は病的な呪いと解釈されてるのよね。心を麻痺状態にして、まともな判断をできなくする最悪の呪い」

「ぼくなんか、その強烈な呪いをかけられた哀れな男だな。得体の知れない東洋の魔女に」

「で、どうなるの蓜」紫苑はぐっと身を乗り出した。
「ねえ、トーロヒ達は引き離されちゃうの蓜」

「聞くなよ、そんな事」

紫苑は自分を笑った。
この章にハマるのは、自分も人間っぽい恋をしているからかも知れない。
紫苑は改めてポルフィオを見つめた。

ラリーの世界は恋する者を初心に戻してくれる。


「それにしても国籍不明のネーミングだよな」
ポルフィオがいった。
「トーロヒ蓜よその国の人が名前を覚え間違えてめちゃくちゃに発音したみたいだ」


「わたしもよく、名前を逆さまに覚えちゃって笑われたりしたわ」

「そういや、日本人にミチっていうのはいるけどね」

紫苑は黙って頷き、さりげなくスープを飲んだ。
その名を聞いたら、ひと呼吸おきたい。

No.431

 北村ミチに引っ掛かりを持つほどもう若くはないが、あの頃の懐かしさに胸がヒューっと鳴る。

 チミー、逆さにするとミチ。
トーロヒ、逆さにするとヒロート。大翔……蓜

紫苑はスープから顔を上げた。 


……なんなの、これは蓜

「ええと、ほら、あの男の名前なんだっけ蓜」
紫苑はスプーンを持ったままポルフィオを見つめた。

「チミーを幽閉した老魔術師」


「タウソ・テーダ」
ポルフィオが答えた。
「だったと思うけど」


 タウソ・テーダ……
逆さにすると、ダーテ、
ダーテ・ソウタ……

伊達颯太蓜

 突然、頭の中にぽっと故郷の美術室が浮かんだ。
乱雑なデスクの前で笑っている若い美術教師は、
颯太先生だ。


だけど、これはどういう事蓜 信じられない。
どうしてわたしの人生の登場人物の名前が、たまたま読んだ本に逆立ちして出てくるの蓜――。



口に入れたスープは味がしなかった。

ときめきが干からびたパンのようにパサパサになる。



さっきまで自分にとって最高だった本は今、黒い疑惑の霧に包まれていた――。

No.432

 頭の中でまた、パズルのピースがざわざわと動き出すような気配がする。

直感の強い紫苑は、時に知りたくないことも知ってしまうのだ。そんな彼女がスムーズに人間関係を築けるようになるまでには、わかった事をそっと見送る忍耐が必要だった。

 まさか、これは……
ただの偶然なの蓜
だが、この時も、紫苑はこのナゾナゾを放っておくことが出来なかった。

 幸か不幸か、『大いなる幻想』の日本語版を出した出版社は、紫苑が一昨年に画集を出したところだった。

紫苑はパソコンの前で迷った揚げ句、その時の担当者のアドレスを開いた。

『ご無沙汰しております、川井紫苑です。
 突然ですが、「大いなる幻想」についてお尋ねしたい事があるので、差し支えなければ担当の方を紹介していただけませんでしょうか蓜 お返事をお待ちしております』


 メールを送信した瞬間、ずんと肩が重くなった。
付き合ってはいけない男に電話をかけてしまった時のように――。

紫苑は自分が悪い方向に一歩踏み出してしまったような気がしたが、それはただ疑いというネガティブな感情の重みなのかも知れない。

No.433

 すると、数分後、先方からの機嫌のいい返事が返ってきた。

『川井紫苑様
お久しぶりです! ちょうど本の表紙をお願いしようと思っていたところ、そちらからのメールが届いたので驚きました。スペインでの生活はいかがですか蓜
 さて、早速お問い合わせの件ですが、「大いなる幻想」を担当している編集者は、田所早紀と申します。
田所はちょうど今、ロスに行っており、あちらでラリー・ホーンの代理人、小田月絵と会っているようです。明日には帰国しますので、何かありましたら直接田所の方へご連絡下さい。メールアドレスは……』

 ラリーの代理人が日本人女性蓜
紫苑は腕を組み、ちょっと推理してみた。
実は小田月絵という代理人がラリー本人なのかも知れない。
そして、彼女と自分には共通の友人がいたとしたら。
そう、例えば北村ミチかも知れない。
大翔なのかも知れない。
案外世の中は狭いから。

 でも、相野愛は言ってなかったっけ。あの二度目の盗作事件のあと、羽瀬和美は結婚してロスに行って、佐伯和美になったって。
 いや、愛はそう言わなかった。


ロスに逃げたって言った。

No.434

 何をしようとしてるの蓜まるで恋人の過去を探らずにはいられない、嫉妬深い女みたいに。
みっともない事はやめて。
またあの人に結び付くなんて、そんなのあり得ない――。

 真夜中、彼女は再びこだわりを抱えたまま『大いなる幻想』を手に取った。

もう純粋な気持ちでこの本を読むことはできないかも知れない。
だとしたら、自分は大きな歓びをひとつ損してしまった事になる。

だが、挟んであったしおりをそっとつまみ、ページをめくったとたん、紫苑はたちまち物語に引き込まれた。
心は異世界に飛び、この現代のひっかかりなど忘れさせてしまう。

紫苑は遠い意識で、田所さんに連絡するのはよそうと思った。

 何の意味もない。
わたしにとっても、誰にとっても――。

今はただ、ただこの物語を最後まで読み終えたい。

明け方、朝日が地中海を虹色に染める頃、50を過ぎたひとりの女が泣きながらベッドに横たわっていた。
その体から取り除かれるべきものが流れ出たように。

きっと顔はボロボロだろう。
少しも若く見えないだろう。
むくんだこの顔をポルフィオには絶対に見られたくない。


ああ、だけど、この本に出会えた事に感謝します――。

No.435

芸術は芸術を誘発する。

 エネルギーはジャンルを越えて揺さぶりあい、交じり合い、そしてまた新しいアートを生み出す。
二人のアーティストが同棲するスペインのしっくいの家には、その朝、何かが起ころうとしていた。


 いいぞ、いい感じだ。
ポルフィオは出来上がったばかりの燃えるようなオレンジ色の大きな壷を撫で回していた。

家に隣接した窯場はまだ熱気に満ち、彼の顔は熱と興奮で汗ばんでいる。
かたわらにある棚には、色とりどりの壷や皿、鉢、香炉などの陶芸作品がずらりと並んでいた。

まるでガラクタのように無造作に置かれているが、よく見るとひとつひとつがまるで大きな宝石のようだ。

ポルフィオはこの棚にある作品だけは売る気はなかった。
どんなに収集家にこわれても、シオンと大喧嘩して別れない限り。

それらは全て、彼の恋の炎に焼かれて出来た特別作品なのだ。

全部シオンのイメージだ。

これらが自分だとわかったら、シオンは一体何と言うだろう……

色狂いのヘンタイか蓜

その通り、俺はもうシオン中毒だ――。

No.436

ポルフィオはその作品たちを床に置くと、壷はいい具合に反射して金色に輝いた。
まるでシオンのなめらかな肌のように。

彼女が起きてきてこれを見たら何と言うだろうか蓜ポルフィオは作品の出来に満足し、大きく深呼吸した。

 ふわ……。
毛むくじゃらの腕が広がり、そこでぴたりと止まった。

 リビングの開き戸が開きっぱなしだ。
このパティオには外から簡単に上がり込めるというのに、何と物騒な家だろう。
だが、古い木枠のガラス戸を使用しているため、セキュリティ装置もつけられない。
ポルフィオは欠伸をしながらリビングに入っていき、はっと立ちすくんだ。

黒い魔女がぼうっと立っていた。それは、いつもならまだ寝ているはずのシオンだ。

右手には魔法の杖のように、金色の絵の具がついた大きな筆をだらりと持っていた。


 一体何事が起こったのか。ポルフィオは呆然と部屋の惨状を見回した。
テレビボードやソファーが散乱し、まるで泥棒でも入ったようだ。
紫苑はその騒ぎの真ん中で大きな目をじっと見開き、無言で彼を見つめていた。

No.437

「……シオン蓜」
 そして、彼は気付いた。紫苑のやったことに。


「おお」
ポルフィオはうめき声を上げた。
「なんて事を……」

ほの暗い朝の光の中で、大きな壁画が彼を静かに迎えていた。
彼はよろよろとそれに近づき、思わず触れそうになる自分を抑えた。

彼はこれまで毎日、浴びるほど紫苑の作品を見て来たはずだった。

だが、その時彼を襲ったのは、あのピカソの『アヴィニョンの娘達』を見た時以来の衝撃だった。

という事は、ピカソの周りの人間はしょっちゅうこんなショックに見舞われ続けていたのだろうか。
だとしたら、頭がショートしておかしくなっても不思議ではない。
ポルフィオは今、紫苑が開いた新境地にビリビリ感電していた。

あの本だ、とポルフィオは悟った。
シオンが強烈にインスパイアされたものは。

目の前に広がってるのは、まさしくトーロヒとチミーの物語だった……
シオンは誰よりも深く『大いなる幻想』の真髄を理解し、美しく再構築してこの世界に放ったのだ。

「……きみは」
ポルフィオは壁画の前にひざまづいた。

「……きみは何をしてくれたんだ……」

No.438

部屋はもう元の空間ではなかった。
どうしようもない、狂ったような衝動がこの女を襲い、それは許可なくポルフィオの部屋をめちゃめちゃにしたのだ。
異次元への穴を開けるように。

その穴を勝手にひとりで開けた紫苑は、もう完全に抜け殻になっていた。

彼女の中身はすべて白い壁に向かってぶつけられた。
今はただ、彼女は生きて、立って呼吸しているだけでやっとだ。

「……ごめんなさい、ポルフィオ」
紫苑はつぶやいた。

「謝ることなんかない」
ポルフィオは涙を拭って彼女を見つめた。
「ありがとう……ありがとう」


言葉ではもちろん、体でも自分が今感じている事は伝えられない。
ポルフィオは幽霊のように立っている紫苑を抱きしめることも、触れることすら出来なかった。

動いたら何かが逃げていきそうで。


この瞬間の空気が、感動が――。




「……そうじゃなくて」
紫苑は静かに言った。






「まだ、これで終わりじゃないのよ」

No.439

紫苑は絵筆からほとばしる物語を止めなかった。
そして、ポルフィオは彼女を止めなかった。
ポルフィオの白い、居心地のいいしっくいの家は、やがて魂を揺さぶる壁画の家と化していった。

紫苑は家のあちこちに、好きな時に好きなように描いた。
だからしばらくの間は、彼は目を覚ますと注意しながら家の中を歩かなくてはならなかった。

そして、思いがけないところに作品を見つけては、贅沢な歓びに酔うのだった。

とうとう壁にスペースがなくなると、紫苑は天井にも芸術の卵を産みつけ始めた。

もし、この心優しい恋人の手料理がなければ、情熱の画家は全部描きおわる前に飢え死にしていたに違いない。

心に残る音楽が頭の中でぐるぐると鳴り続けるように、『大いなる幻想』は長い間彼女を導き続けた。
紫苑は本と一体となり、創りだし、成長した。

「ところでポルフィオ」
ある日、紫苑はパティオで彼と梅干しのおにぎりを食べながらいった。

雨の当たらないパティオの一面には、クジラの『教えるボビー』が完成しかけ、賢そうな目が二人を見つめていた。

No.440

「前から聞こうと思ってたんだけど……」
紫苑はオレンジ色の壷を指さした。「どうしてこんなところに私のお尻があるの蓜」


ポルフィオの喉にウッとご飯が詰まり、たちまち顔は壷と同じオレンジ色になった。
芸術家として、そんな露骨な表現をしたことはない。

確かに尻はイメージしたが、あくまでも個人的なイマジネーションの発生源だ。
しかし、どうしてシオンはそんなところまでわかってしまうんだ――。


「感心するわ」
紫苑はけろりといった。「よく私に飽きないなあって」

「飽きる蓜 どうやって蓜」ポルフィオはいった。
「きみは一度しか見れないモンスター映画に飽きる事ができるかい蓜」


「失礼ね、わたしはそんなに危なくないわよ」
そういう紫苑は時間を逆行したように若返っていた。
今までと違うエネルギーの油田を掘り当てたのか、情熱のマッサージで顔のシワまで目立たなくなっている。

No.441

「ほんとに一皮むけたな」ポルフィオはしげしげとシオンを見つめて言った。

「十年前よりきれいだ」

「あなたの目だけよ、そう見えるのは」

「それくらい崇拝してなきゃ、君にはついていけないよ」
ポルフィオは壁画だらけの室内を見回した。

「見ろ、この家を。誰かさんの高価な落書きのおかげで、あとは美術館にするしかないな――」

「ええ、わたしが死んだあと、是非そうしてね」
紫苑はいった。

「その時にはあの窯場にためてある、わたしをイメージして作った陶芸作品も全部飾って欲しいわ」

知ってたのか、とポルフィオは思った。
恥ずかしくはない。愛しいと言ったら、シオンの爪の間に入った絵の具までもがかわいい位なのだ。

この痛いほどの、ある種変質的な想いは言葉よりも、身体よりも、作品から鋭敏に伝わる。

ポルフィオはそのあまりの激しさに、シオンが恐れを抱くかも知れないと思っていたのだ。



「ついでに、君が大事にしていた熊のぬいぐるみも陳列するよ。ぼくにソックリのやつをね」

「あら、知ってたの蓜」
紫苑は目をまるくしていった。

No.442

「君の事で知らない事なんてないさ」
ポルフィオはいった。

紫苑は笑いながら、ポルフィオの頬についた海苔を手で取って食べてしまった。
ポルフィオは母親しか目に入らない小さな子供になったような気がした。


「……お願いがあるの」
紫苑はいった。
「わたしの人生の最後には、あなたの手で骨壷を作ってちょうだい。そうしたら素直に天国に行けそうな気がするから」

この女は激しい、とポルフィオは思った。
ぼくと同じくらいに…。
だから、ぼくは自分の激しさを恐れる事なんかないんだ。

そう、ぼく達はきっと、死ぬまで一緒にいるだろう――。



そしてある日、怒涛の季節は終わった。
紫苑は100人の群衆を描き上げると、本当に充電が切れたようにブラックアウトしてしまった。

彼女は最後に描いたポルフィオにソックリな子供の足元に守られるように倒れ、丸一日眠り続けた。
頭の中にイメージしたものは全て吐き出され、紫苑の魂は平穏な気持ちでそこをさまよっていた。

やれる事はやった。
もう思い残す事はない。
わたしは、とうとう”いのち”を描き終わったんだ――。

No.443

目を開けると、ポルフィオの心配そうな顔があった。

「まるで仮死状態だったよ」ポルフィオはいった。
「シオン、終わったんだな蓜」


「……ええ」
紫苑はかすれた声でいった。「終わったの」

その自分の声を聞いた時、初めて彼女は泣いた。

描けたことに、

描かせて貰ったことに、

生きていることに、

生かされていることに。


そして、また愛する者の元へ、巣に帰る小鳥のように戻ってきたことに。


ポルフィオは痩せた彼女の体をギュッと抱きしめた。

No.444

日本の出版社の田所から遠慮がちな電話があったのは、やっと紫苑がベッドに起き上がり、ふらふらと現実の海を漂っている時だった。

『初めまして、田所と申します。先日は「大いなる幻想」を読んでお問い合わせ頂いたそうで、メールでご連絡を差し上げたのですが届いていますか蓜』


しまった。
この二ヶ月間、パソコンに触れることもなく創作を続けていた。
おそらく失礼をいっぱいしているにちがいない。
紫苑は、もはや田所になんの用事があったかすら忘れ去っていた

「すみません」
紫苑はやがてぼんやりと引っ掛かっていたことを思い出した。
トーロヒとチミーのことだ――。

「実はうかがいたい事があったのですが、もう解決したんです」


『それって、ラリー・ホーンの正体ですか蓜』
田所はいった。




紫苑は創作で軽くなった自分の体重が、急にずんと重くなった気がした。

本当にもうこだわってはいないのだが、そう言われると違うとも言えない。

No.445

「ええ、ミーハーな読者ですよね」
隠すことなく彼女は笑った。「なんだかわたしの知り合いのような気がしたものですから。でも、勘違いだったんですよ」


『それは残念。だって、わたしも知らないんです』

「それじゃ、代理人の小田月絵さんがラリー・ホーンじゃないんですね蓜」

『それだけは絶対ありませんよ。実は、月絵はわたしの元同僚なんです。大きな声では言えませんが、文章が下手で出版社を辞めたくらいなんですから』


安易な推理だった、と紫苑は思った。
誰でも考えつく最初の容疑者のようなものだ。


『実は、先日ロスに行ったのは、月絵の結婚式に招待されたからなんです』田所はいった。
『相手の男もラリーじゃないですね、ちょっと軽そうでしたもの。わたしはどさくさに紛れて、何とか月絵からラリーの正体を聞き出そうとしたんですけど……
昔はおしゃべりだったのに、ラリーの事だけはどんなに酔わせても一言もしゃべらないんです。
でも、遠回しにヒントだけはもらいましたけど』



「ヒントって蓜」

『結婚式の庭園パーティーには二百人くらいの人が招かれていて、どうもその中にラリーがいた……らしいんですよね』

No.446

「まあ、じゃあラリーは生きているんですか蓜」
紫苑はいった。

『はあ蓜』

「何だかあんな小説を書いたら、燃え尽きて死んでしまうような気がして……」

『ちゃんと生きて印税生活していますよ。わたしも月絵にヒントを聞いて、手元の結婚式招待客リストとにらめっこしたんですけど……
いやあ、全くわかりませんね。全員が犯人に見えるヘボ刑事みたい。
一応伺いたいんですけど、そのお知り合いってなんていう名前ですか蓜』


「たしか……」
言わないほうがいいと思いながら、紫苑はつい答えていた。
「……佐伯さん」


『え、日本人蓜』
田所はそれはありえないでしょう、という感じでいった。
『ちょっとお待ち下さい……ええと』
ガサガサと紙の音がする。紫苑は受話器を握りしめてぼんやりと待っていた。

知りたいのか知りたくないのか、もうそれもわからない。
本を通して紫苑は、ラリー・ホーンと触れ合ったばかりだ。
激しく、そして深く。


それは、あの和美なのか。だとしたら、二度あることは三度ある蓜

またどこかに同じ作品が蓜 それだけはいやだ。
あの本は本物であってほしい。 つらい――。

No.447

『やっぱり』
田所がいった。
『佐伯さんという方はいませんね』

紫苑は安堵のあまりベッドに横たわってしまった。『大いなる幻想』が清らかなまま守られたような気がした。

それだけ確かめれば、もう聞くべきことはない。
紫苑は田所に丁寧に礼を述べて、電話を切った。

久しぶりにパソコンの前に座ってメールチェックをしていると、田所から新しいメールがきた。
紫苑はそのタイトルを見てくすりと笑った。


ラリーをさがせ晙
『先ほどはどうも。
さて、紫苑先生の直感ならおわかりになるでしょうか蓜
例のラリーがどこかにいる結婚式の記念写真です。どうぞご笑納下さいませ。

追伸、「大いなる幻想」がノーベル文学賞を受賞したとの知らせが、今入りました。
バンザイ晙』



「やったわ」
紫苑は思わず声を上げた。「ポルフィオ、聞いて聞いて晙 あの本がノーベル文学賞だって」

ソファーに座ってデザイン画を描いていたポルフィオが、えっ、と振り向いた。

「へぇ、面白いことになったぞ。果たしてラリーは受賞式に姿を現すかな蓜」

No.448

「それがね、この200人の中にいるらしいのよ。」

紫苑が添付ファイルを開くと、着飾ったアリの大群のような写真が広がった。
高い所から撮ったものらしく、顔などとうていわからない。

「へえ、どれどれ……」
ポルフィオはスケッチブックを置いて立ち上がった。

「こういうの好きなんだ。ごちゃごちゃした中から探し物をするやつ。
ラリーは日本人の女なんだろ蓜」

「そういえば、そんな事言ったっけ」紫苑はいった。

「日本人なんかいっぱいいるぞ。まるで代々木公園だ」
ポルフィオは紫苑の代わりにパソコンの前に座り、画面を分割して拡大し始めた。

紫苑はその肩にアゴを乗せ、ぼんやりと他人の幸せの断片を眺めていた。


田所の親切はありがたいが、もうラリーの正体への興味はすっかり失せている。
逆に実像を知りたくないような気すらした。
作者は表現したい事を全て本に込めている。
物語の中の登場人物のように、作家も想像の世界にいてくれた方が夢があるではないか。

No.449

パソコンの画面は次々と変わっていく。
若い頃のブラッド・ピット似の花婿。
とろけそうな笑顔の花嫁、乾杯している男たち……

その時、紫苑の目に唐突に飛び込んできたのは、黒いドレスにパール。
うつむき加減の控え目な日本人女性。

そう、あの子はいつも目立たなかった。
あの一枚の絵を描くあの日までは……

和美だ。
なぜ蓜 どうしてここにいるの蓜

田所さんはリストにないって言ったのに……

そうだ、相野愛が熟年離婚したとか言ってた。
すっかり忘れてた。
いまは羽瀬和美なんだ――。

紫苑は少女のように悲しかった。
自分が世界一ひどい女になったような気がした。

純粋にあの本が好きだったのに、あんなにも深く結ばれたのに。

どうしてこんな残酷な事実を見付けてしまったのか。
しかも、その作品がノーベル文学賞をとった日に――。


羽瀬和美、どうして今度は小説なの蓜

どこかにもうひとつの『大いなる幻想』があるの蓜

それもまたわたしが見付けてしまうの蓜

この地球上にある大量の芸術の中から――。

No.450

スウェーデンの首都、水の都ストックホルムは、おいしいスシバーの都でもある。
特にサーモンは絶品で、寿司通の日本人観光客も唸らせるほどだ。

日本新聞社のベテラン記者、中村忠男は、新米記者の堀切隼人を連れてエコノミーなホテルから出ると、まずは美味いと評判の寿司を食べにスシバーに入った。

ああ、この国に来てよかった、と舌から満足する。
しかも食べざかりの部下がどんなに食べても懐は痛まない。
中村は上機嫌で中心地にある五つ星のホテルへと足を向けた。

12月のノーベル週間は世界中の著名人を迎え、アカデミックな賑わいを見せる。
数日後の受賞式を控え、豪華ホテルには次々と客人が到着していた。

「うわっ、今このホテル、めっちゃ平均IQが高いっすよ」隼人は声を上げた。

「隼人、ディズニーランドに来たんじゃないんだから、あまりはしゃぐな」

二人はとりあえずラウンジに席をとると、コーヒーを注文した。
隼人は器用に目だけでキョロキョロと辺りを見回している。

「しかし、今年はみごとに日本人の受賞者が一人もいませんね」

投稿順
新着順
主のみ
付箋

新しいレスの受付は終了しました

小説・エッセイ掲示板のスレ一覧

ウェブ小説家デビューをしてみませんか? 私小説やエッセイから、本格派の小説など、自分の作品をミクルで公開してみよう。※時に未完で終わってしまうことはありますが、読者のためにも、できる限り完結させるようにしましょう。

  • レス新
  • 人気
  • スレ新
  • レス少
新しくスレを作成する

サブ掲示板

注目の話題

カテゴリ一覧