昭和時代は夏でも30度超えは少なかったの?

レス11 HIT数 789 あ+ あ-


2021/06/15 21:26(更新日時)

昭和時代は夏でも30度超えること少なかったんですかね??

20代前半の者です。関東出身です。

私が中高生の頃は、夏場は気温高すぎ(37℃とか)て熱中症のおそれあるからという理由でで部活の練習が中止になることが度々ありました。
結構本気でやっている厳しい運動部でしたが、それでもそんな感じでした。
1学期の終業式、2学期の始業式を体育館でやらず冷房効いた教室でやったりしてました。

それだけ対策していても、部活中に倒れる子はいましたよ。
体育祭も暑くなりすぎないように配慮してなのか、5月中旬にやってました。

私の親は60近いですが、親が中学生だった頃は
気温が高すぎであることを理由に部活が中止になったりはしなかったそうですし
熱中症が問題視されないし、30度超えたら騒いでたらしいです。四国なのでそんなに寒い地域ではないです。

No.3311701 (スレ作成日時)

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No.11

関西地方の田舎育ちで、
真夏は28度が最高でしたね。
ニュースでは他所の地方で30度超えた日を見た事はあるけど、流石に今のような35度とかは
絶対無かったな。
30度、31度くらいの感じで田舎育ちのわたしは
都会は暑いんやなーって思ってたよ。
夜なんて窓開けて寝たら風邪ひくくらい、寒かったし。
日中でもうちはクーラーつけてなかった。
風が吹いたら涼しかったし。。


懐かしいなあ
もう戻れない日々ですねぇ。

No.10

夏休みの8月の一番暑い時期で32℃位までだったようなイメージ。33℃とかはなかったな。デパートはどこも入るなり冷房キンキンで快適でしたね。
9月になるとぐっと涼しくなって10月は完璧な秋でした。
今の10月は暑くてたまらん。

No.9

今よりは少ないですが、盆地の30℃超えは普通にありました。
35℃超えは覚え無いですが。
「熱中症」という呼び名はありませんでしたが、「日射病」「熱射病」ってのはありました。
だだし、部活などの運動は「精神力で乗り切れ」みたいな風潮でした。

No.8

そうだね…
最近の日本で真夏の最高気温ランキングトップ10を争う様な酷暑地域…岐阜美濃地方。
ここで真夏を過ごす事が出来たなら、何処の地域でも住めるなんて揶揄されている…
今から30年前の平成初期の話でも、気温については真夏の炎天下に外で仕事をしてましたから大体の記憶に有りますが、今よりも確実に平均的に低かったですよ。真夏が暑い中部圏でも37度も有れば暑く特別な日でした。
当時は流石に40度に近くの体温よりも高くなるような日は、余程の特殊な気象現象(フェーン現象等)が無い限りなりませんでしたが、最近では何も無いのに平気で上がりますよ。
命の危険をも感じる暑さ…辛いです。
北海道で30度なんて聞いた事はまず有りませんでしたし…
一昨年でしたか?夜中の2時に道端に有る温度計で30度を越えてたのを見た日には恐怖したよ。
又もや暑い地獄の様な暑さが来るのか…
( -。-) =3

No.7

平均気温が1~2℃上昇しているのは周知の事実。
この1~2℃の違いは人間に取ってデカイ。
(他の動物もだけど)

たかが1~2℃でも、体内の温度調整能力のギリギリである夏場では影響力はハンパない。

加えて、昔に比べて今は冷房器具の環境が整ってるから、人の体温調節の能力が落ちて来ている。
この問題の方がどっちかと言うとデカイ。

要は、昔の人なら耐えれた暑さも、今の人達は耐えられなくなってしまっている…ということ。

自然の過酷な状況に耐えるには、その環境に身をおかなければ能力が退化してしまう。

便利になればなるほど、人間そのものは弱くなってしまう。
これから先、人間にとって夏の暑さはどんどん危険になっていく。

No.6

昭和生まれでその1970年代を四国で経験したものです。

30度確かに越えた日もあります。でもそれは31度だとか32度までです。33度なんてまずないです。しかも30度超えるのはだいたい正午過ぎからせいぜい15時ぐらいまでだったと思います。今のように朝から夜まで30度越えとかまず無かったですね。

サッカー部でしたが炎天下で走り回る練習中は水を飲むのも厳禁だとかも経験していますが、今みたいに熱中症とかも無かったしぶっ倒れる人もいませんでしたね。今みたいな暑さではなく乾燥してる暑さなので気温よりも低く感じていたと思いますよ。

主さんのいう昭和時代の夏は今の夏より30度越える日少なかったのか?はその通り少なかったで間違い無いと思います。

No.5

越えなかったです。

猛暑日、酷暑日なんてありませんでした。

小学校のプールが気温、水温達してなくて
夏休みのプールが入れないって割とありました。


今は、人の活動時間の降雨率がとても増えたのだそうです。


野菜や果物の栽培出来る範囲、北限が随分ずれたらしいです。


熱中症でこんなに沢山なくなってませんでした。


木や、泥の地面がもっと沢山あって、木陰を抜けた風は涼しかったですね。


舗装路が増えて、建物が増え、管理の必要な面倒な樹木の植わった庭や、防風林等を持っている人が減り、屋上まで日に焼けてカンカンに熱を持つ建物が増えました。

エアコンなしだと、熱中症で自宅の中で死ぬかもなんて心配はありませんでした。

No.4

言葉を選ぶ必要がありますが、

昔は涼しく、夏でも30度を越える日は少なかった
というのは
「極めて不正確な表現」です。
ある程度は正しいのですが。

昭和年号は、近代において1時代と捉えるにはとても長く、
昭和元年は1926年、昭和の最後昭和63年は1988年です。 
ラジオ放送が始まったのが1925年、昭和はそこから始まり、終わりにはバブルボディコンがすぐそこという時代変化です。

間を取った昭和31年(1956年)で言うと
7月の東京なら最高気温30度を超えた日が10日程度あります。
これが宮城県仙台市だと3日だけ。
大阪府大阪市なら20日以上あります。
これが、年を経るごとに暑くなっていきます。
特に都市部は。
ですから、
果たして「どこ」の「いつ」を指して「30度を越える日少なかった」と言えるのか。
日本は広く、昭和は長いぞ
という話になります。

親御さんが小中学生の頃となると
1970年頃だと思いますが、
1970年7月の高知県高知市なら月の半分は最高気温が30度を超えてました。

よく中高年の方が言う「30度を超えた日は少なかった」は、
誤解を恐れずに言えば
「ほとんど勘違い」です。
さすがに30度は超えてます。

ただ、これは言葉尻を捕まえた話でして、
明らかに、当時は今より涼しいです。
特に田舎はとても涼しい。
今の方がどこでも断然暑い。
それは間違いないです。

No.3

昭和時代の夏は、「猛暑日」って、無かったです。

でも、「光化学スモッグ」が有り、体育等運動が出来ない日が有りました。

そして何よりも、自然が今よりも有りました。
だからでしょうか、「暑い」と思えば日陰に入ると涼しです。
又、今みたいに各部屋にクーラーが付いていませんでした。

例えば、学校の教室で32℃越えても、クーラーが無いので下敷きを扇いだりしていました。
汗だくの中で授業を受けていました。


逆に、冬は寒くても、ストーブは中々入れてくれませんでした。
雪が降ったらやっとストーブを入れてもらえました。

カイロがやっと流行り出した頃は、
気をつけないと、低温火傷する位熱かったです(笑)
(先生に見つかれば、没収されましたが・・・)

ある意味、昭和は冒険の時代だったでしょうね。
今の時代は、物が有りすぎて・・・

懐かしい思い出を、書かせてもらいました。
ありがとうございます。

No.2

30度超えは滅多にないです。
朝晩は涼しく昼は陽射しが熱い感じで、でも日陰はひんやりきて、今みたいな熱帯ではなかったです。
地球温暖化の影響ですね。

No.1


関西に住んでる40代です。

小学生の頃は28度で暑いなって言ってました。
30度も少し越える時もありましたが、今みたいな暑さではなかった気がします。35度越えた記憶は小学生時代はなかったな。

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