彼女
「…そうやって擽られて床に転がったら他の子も加わって私を擽ったの。スカートが捲れて、でも両腕掴まれていて直せなかった。少し離れた所で男子も見てた。
ただの悪ふざけ。
泣きそうだった。止めてって言った。けど止めてくれなかったし、誰も止めさせてくれなかったの。
…やる子に加わる子、やられる子、見てるだけの子、見て見ぬふりの子。
強くならなくちゃいけない、誰も助けてくれないんだからって、思ってた」
たぶん祐子は俺じゃなくて、カシスソーダに喋ってる。
新しいレスの受付は終了しました
- 投稿制限
- スレ作成ユーザーのみ投稿可
==============
当時26になったばかりの俺は
今の26倍は下らないウンチだった。
みんな違うと言い聞かせながら、舐められたくないと虚勢を張りながら、本当は
多くの人を舐めていた。
自分のちゃちな物指しだけで
他人を決めつけ片付けていた。
一人で生きてきたんじゃないと頭では解っている、つもりでも、
懐の奥では一人で頑張ってきたのだと傲っていた。
「オレは」「オレは」の
オレオレウンチだった。
祐子に出会う前は、
今よりずっと馬鹿だった。
==============
眼鏡の女が俺の前を通り過ぎようとしている。
《この人に頼んでみよう…
何て声かけようか…
丁寧に…
でも丁寧に頼んで断られたら
キツいしな…
…チンピラ…
こんな顔だ
開き直れ!》
眼鏡の女に話しかけた。
「ああ、ちょっとごめん、
おねえちゃんさ、
お金貸してくんない?」
眼鏡の女は驚いた顔で
「え?……はい?」と言った。
俺カズ「いやだから、お金を貸してよ」
眼鏡の女「…あの、病院で診てもらって下さい」
カズ「あ?アタマおかしいから診てもらえって?」
メガネ「はい?…あの、怪我してるから手当てし」
カ「手当てとか大丈夫なんだよね、とにかく金貸してよ」
メ「持ってません」
カ「持ってないわけないでしょそんなデカいバッグ持ってんのに」
バッグを軽く殴った「バシッ」
メ「あっ!何するんですか!」
カ「何入れてんの?カール?」
メ「お金はありません! 」
行こうとするからバッグを掴んだ
メ「あっ!離して下さいひと呼びますよ!」
カ「痛ッ…首痛めてんだ…
無理させないでくれよ…」
メ「何なんですか!?」
「金貸して」「持ってません」を繰り返した。
埒が明かないので出方を変えた。
カ「ところでおねえちゃんは募金したことあるの?」
メガネ「…ふう、はい!?」
カ「その「はい!?」っての口癖か?募金したことありますかって」
メ「ありますよ!」
カ「怒るなよ。どんな人に募金したの?」
メ「どんなひとって、
大変な状況のひととか…」
カ「ここここ!ここにメチャクチャ大変な男がいるだろ。背広も財布もケータイも鍵も何にもなくて更に怪我しててさ。いきなり知らない場所に連れてこられてんだぞ。痛いし寒いし腹ペコだし煙草吸いたいし横になりたいし、、何十苦背負ってると思ってんだよお前は。解ってんのか?」
メ「…。もうわけわかんない」
カ「しっかりしろ、とにかく金貸してくれ。ちゃんと返すから」
メ「…幾ら欲しいんですか…」
カ「っと…じゃあ…一万」
メ「はあ!?誰がそんなお金!ふざけないで!」
カ「はあ!?ふざけてねえだろ!」
メ「貸せて500円です!」
カ「てんや行って終わりじゃねえか」
メ「意味わかんないもうほんとにお金持ってないんだから!」
眼鏡の女は怒りながら、バッグから分厚い財布のようなものを取り出した。
カ「それ財布?」
メ「…」
カ「ケバフサンド?」
メ「うるさい!」
女は俺に見えないようにして、ケバフ財布から千円札を取り出した。
メガネ「はい」
俺カズ「…もう一枚貸し」
メガネ「ダメ!」
絶対ダメみたいだ。
仕方ない。
「わかった。ありがとな」
千円札を受け取りポケットに入れた。
「なるべく早く返すからケータイの番号教えてよ。紙と書くもの貸して」
「教える訳ないじゃない
いいですよ返さなくて」
「お前さ、馬鹿にしてんの?」
「どっちがですかっ」
「俺はずっと"金貸して"って頼んでんだぜ。よこせなんて一言も言ってないだろ」
「わかってますよ。だけど番号教える訳ないでしょう?」
うん。
「じゃあ俺の連絡先教えるから紙とペン貸してよ」
女は少し迷ってから、これまた分厚い手帳とボールペンを取り出した。
しかしその手帳はバッグに仕舞い、メモ用紙を取り出してペンと一緒に貸してくれた。
「ここに書いて下さい」
名前と住所と、自宅と店の番号を書いて女に返した。
「必ず連絡しろよ」
「…。はい」
直感した
《こいつ連絡してこないな》
そうだ!
「おまえギター好きか?」
「!…はい!?」
次は一体何なの!?
という顔をした。
「俺ギター弾くんだけどさ、、どっから話したらいいかな…」
「?」
「(俺の最寄り駅名)行ったことあるだろ?」
「ありますよ」
「ブルームーンて店知ってる?」
「いえ」
「…駅前の、何ならわかる?」
「…トルコ雑貨店」
「んなもんねえよ」
「ありますよ。最近も行ったし」
「知らないな。駅前にあるか?」
「…あ、でもちょっと分かりにくい所なんですよ。穴場っていうか…10分くらい歩」「おい」
「一度に幾つもボケるな。
…さっきのメモ用紙貸してよ
地図書くから」
ブルームーンの場所と営業時間と、定休日も書いて渡した。
「火曜日はだいたい此処にいる。で、今月の30日、ギター弾くから聴きに来てよ」
「30日ですか?」
「うん。都合悪い?」
「…ちょっとまだわからない」
「一応19:30からだけど、遅くなっても別に、多分23:00までは居るし、来てくれたらまた弾くし」
「はあ…」
「…ああ、そこのマスターに返す金預けとくよ。だから明日でも、いつでも。カツアゲになるのは困るからな。
でもできたら30日、聴きに来て」
「…はい」
女はメモ用紙を見ながら言った。考えているようだった。
女が顔を上げた。
俺を見つめる。
俺も負けじと見つめる。
メガネ「あの…」
カズ「はい!?」
「!何でもないですそれじゃ」
「だから怒るなよ!何?」
「…ほんとに病院で先生に診てもらって下さい」
「…どうも」
「お大事に」
女が視線を外した。
「またな」
そう言って踵を返した。
横レス失礼します。
さん
その後のお加減はいかがでしょうか。
今日、自分の稚拙乱文を読み返しました。
かなり混乱しました。
閉鎖したい衝動に駆られましたが、意地でも続けます。
すみません。
3月22日の朝に思い立ち、勢いでスレ立てました。
一番は前へ進む為ですが、あなたに読んでほしく、書いています。
色々あって中々進みませんが、どうか最後までお付き合い下さい。
宜しくお願いします。
《ありがとう》
金を借りた雰囲気で病院に戻ってしまった。困った。
煙草が吸いたい。
コンビニはどこだろう。
しかし今すぐ外に出て眼鏡の女に会ったらちょっと気まずい。
とりあえず売店で牛乳パンと缶コーヒーを買い、駅までの道を教えてもらった。
パンを飲み込むとき喉仏のあたりが痛かった。
首が曲がらないからコーヒーがうまく飲めない。
売店に戻りストローをもらう。
こんな顔で「ストローください」は恥ずかしかった。
さて帰るか
っても鍵無いし、
やっぱりコウジさんに連絡しなきゃしょうがないな
待合所の時計を見ると10:00を回っていた。
起こしてしまうかも知れないけどあと30分したらコウジさんに電話しよう
とにかく帰るか
正面入口の公衆電話が目に入り、何となく自宅へかけ留守録を再生した。
伝言一件
今日の7時4分
「早朝失礼致します。吉井一樹さんの御自宅でよろしいでしょうか。わたくし神奈川県警刑事部捜査第一課のオガタと申します。お手数ですが折り返し…」
考えたって仕方ない
煙草を買いに外へ出た
考えたってどうしようもない。
頭わるい奴がこんな状況でごちゃごちゃ考えたって悪くなるだけだ。
しかしもう頭の中がゴチャゴチャだ。
注:以下頭の中
どうやって警察が俺の自宅番号を知ったんだろう?
何故7時4分に?病院で住所訊かれたのは多分8時頃だぜ?
刑事のオガタは緒方?緒形?尾形…警察が俺の身元知ったのは…免許証は持っていなかったし(いつも車の中)…カード?…バッグ見つかったのか?つうか連絡早すぎだろ?いたずら電話か…でもいたずら野郎が「早朝失礼致します」っておかしいだろ…礼儀正しいイタズラが流行ってんのかな…、吉井一樹さんの御自宅でよろしくなかったら俺のプライバシーはズタズタじゃねえか…
あ!
俺が喋ったんじゃねえの?
救急車の中で訊かれて。
覚えてないけど。
…てことは…
レントゲンの兄ちゃんが機嫌悪かったのは、俺が暴言吐いたのかも知れない。
気がついたとき俺は苛立ってたんだし。
…だとしたら…確かに
不採用は俺だぜイッキョ
…ハハ
…
『グダグダじゃねえか』
サークルKで煙草とライターを買い、火を着けて煙を深く吸い込むと喘息の兆候がした。
肺がヒリヒリするような。
メプチンは盗られたバッグの中。
直ぐに消した。
それにしても
自分がしんどいときどうしても自分のことばかりになってしまう。
レントゲンの兄ちゃんに酷いことを言ったかも知れない。
《兄ちゃん、なんかごめん》
他にも溢してる罪があるかも知れないと内省する
病院に来てからここまでの自分の行動を看護師目線で振り返ってみた
《私は看護師
毎日本当に忙しい
肩凝りひどいし腰も痛い
でも頑張らなくちゃ
急患が来た
チンピラかな
トイレの鏡に向かって「不採用です」と言っている
頭を打ってるのだろうか
朝食を運んだら断られた
家族とも誰とも連絡取れないと言っている
困ったな
暫くして見に行ったらベッドにいない
窓の外に目をやると
何やら女のバッグを引っ張っている
完全に意味不明だ
降りて行くと牛乳パンを食べていた
食欲ゼロじゃなかったの?
それとも偏食かな?
缶コーヒーにストローさして飲む男のひと初めて見た
彼は大丈夫だろうか…》
俺は大丈夫だろうか
何にしろ警察沙汰になってるなら大人しくしていたほうがいい
病院へ戻ることにした
=======
病院の公衆電話からコウジさんに連絡した後ナースステーションへ挨拶に行った
「すみませんおはようございます、昨日救急車で運ばれた者なんですけど、まだベッド空いてますか」
確保してくれていた
ありがたい
知人がもうすぐ来ることを伝えベッドで横になった
そして
今朝の眼鏡のことを考えていた
コイツならちょっと言えば金貸してくれるだろうなんて眼鏡を舐めてかかったわけじゃない。
この人に頼んでみようと、殆ど直感で話しかけた。
でも傷つきたくないからチンピラstyleにした。
断られても「こんな頼み方じゃ仕方ない」という言い訳を用意した。
情けない野郎だ。
なのに眼鏡は鼻の先であしらわずに、真っ直ぐ俺を見て「(お金)持ってません」といった。
行こうとしたのはカールのせいだろう。
無茶苦茶言えば当惑し、怒り、調子に乗れば「ダメ」って一喝した。
ビビりもせず、蔑みもせずに、対等の目線で向き合ってきた。
俺の滅茶苦茶な話しを聞き、それでも結局は千円貸してくれた。
トルコ雑貨店なんてボケまでかましやがった。
最初から最後まで俺の怪我を心配してくれた。
すっとぼけてるけどあの眼鏡
すごい女だ。
もう一度会いたい。
チンピラじゃない自分で。
《30日、来てくれるよな》
小4から始めたギター
一昨年までプロを目指していた
あいつのために弾きたい。
心から思った。
《…》
指の体操をしたり足の指でグーチョキパーを繰り返しながらぼんやりしていた。
とそこへコウジさんが看護師と一緒にやって来た。
「ああ、コウジさんもう来てく」
「一樹ちゃん!ああ…」
俺の顔を両手で挟んだ。
「ちょちょっ!ここコウジさんチャ近い近い近い!!」
「どうしてこんな…痛かったでしょう、恐かったでしょう…」
コウジさんの手をどかした。
「今が一番恐かったよ!…もう首痛めてんだから、勘弁してよまじで…はぁ」
「いいオトコが台無しじゃない…」
俺の手を握る。
「コウジさんこそそんな情けない顔。いいオカマが台無しだよ」
手をどかした。
看護師が首を傾げるようにして俯いている。
しばし沈黙
「(犯人に)心当りはあるの?」
急に厳しい顔で訊いた。
「…いやそれなんだけどちょっとここじゃ何だし二人で…」
コウジ「どうして手当ても何もして下さらないんですかっ」
いきなり看護師に向かって言った。
「違うって俺が散歩してたんだずっと」
「ええ!?、どうして散歩なんかするの!」
「ちょっと落ち着いて。テニスの主審みたいな動きしてるし」
「あなたね、ふざけるのもいい加減に
「他の患者さんもいるから。
ここ外して二人で話そう」
するとそこへもう一人看護師がやってきた。
「吉井さんコルセットしましょう」
首コルセットをしてくれた。
看護師「もっと早く着ければよかったですね」
看護師と他の患者に二人で謝り、すぐに戻ると伝えコウジさんと病室を出た。
「一樹ちゃん、取り乱してごめんね」
「謝るのは俺だよ。ごめん。
すぐ来てくれてありがとう」
ナースステーション近くの
ちょっとした休憩スペースに行き向かい合って腰掛けた。
「一樹ちゃんのシャツに犯人の指紋が付いているかも知れないでしょう。脱いでこれに着替えなさい」
そう言ってアンダーアーマーのスウェットを渡してくれた。
靴下とサンダルも一緒に。
アンダーアーマーは肌触りがいい。
ただロゴがちょっと…。
シャネルが立って逞しくなったような…
ヘラクレスオオカブトみたいで…
何とも。
コウジさんに今回の経緯を大まかに話した。
犯人の目星がついていること
警察が動いていること
そして、鈴木組に借りようと思っていることを話した。
「大人も子供も関係ない。
人生には許しちゃいけないことがある。
許さないということは“自分はこんな人間には決してならない”ということを明示することだと思う。
集団で個人を攻撃するということを俺は絶対に赦さない」
「…そう。
あなたが決めなさい。…ただね、組に依るならそれなりの覚悟がいるわ。私から(鈴木組に)言えば一樹ちゃんに(鈴木組への)借りができることはない。嫌な言い方だけど、私は組に“貸し”があるから大丈夫。
だからその覚悟じゃない。
その犯人、どうなるかわからないわよ。
あなたは罪を背負う覚悟がある?一人の人間を、その人間の周りを壊す覚悟があるの?」
《あるよ》
そう答えようとした時
真っ直ぐに俺を見つめる女の眼差しが浮かんだ
舐められないようにとか、信用できるか否か、そんな探るような眼と違う
眼鏡の女は、ただ俺を見てた
真っ直ぐに
俺は言った
「…そうだね
とりあえず、警察に任せるよ」
コウジさんは目を伏せ
小さく二度頷いた
スレを醜くしてしまい申し訳ございません。
ーーーーーーーーーーーーーー
病室に戻り傷の手当てと眼帯をしてもらった。
医師が来たので診断書をお願いし、CT検査を受けた。
次回MRIを受けるよう言われた(空きがなく受けられなかった)。
医師と看護師と他の患者にお騒がせしたことを詫びた。
コウジさんに会計を済ませてもらった。
診断書の値段に驚いた。
たった二行の殴り書き(オーバーじゃなくマジで読めなかった)のその紙の値段は、当時15歳だった俺とイッキョの日当より800円高かった。
コウジさんの愛車(サーブ)でコウジさんの店に着き、電話会社とカード会社に連絡した。
カード会社には、警察へ盗難届を出すよう言われた。
既に警察へは連絡がいってるし、医師の診断書まである。
まず間違いなく保険適用になるだろう。
そして店に行きスタッフとマッサージ師に謝り、よろしくお願いしますと伝えた。
また来なくては。
それから不動産へ行き、自宅を開けて貰った。社員が一緒に来てくれた。
犯人が入った形跡はなく安心した。
警察署に連絡しオガタさんと話した。
調書作成の為警察署へ行かなくてはならない。
明日の10:00に迎えに来てくれるらしい。何ともありがたいやら迷惑やら。
そして夕方、店に行って夜勤スタッフに挨拶したあと、ブルームーンへ行きケンさんに10000円を預けた。
ケンさんのやきそばが何故か
やたらうまかった。
==============ケンさんの焼きそばも旨いけど、コウジさんの焼きそばは
もっと旨い。
静岡から取り寄せている富士宮やきそばをコウジさんは更に旨くする。
フライパンにオリーブオイルをひき、酒とショウガ醤油で軽く下味をつけた豚細切り肉を炒める。
取り出す。
ペーパータオルでフライパンを拭く。
油かすを入れ、モヤシと細切りキャベツを炒める。
取り出す。
水と酢、肉と野菜の汁を加えながら麺を炒める。
添付ソースとトマトピューレを加え、そこへ先に炒めた肉と野菜を入れ数回煽る。
麺を皿に、そしてフライパンに残った具を片側に寄せるように盛る。
いわし粉、青のり、紅ショウガ、かいわれを添えて完成。
卵おとす?と訊く。
いちいち取り出す、トマトピューレを加える、具材を細切りにすることなどがポイント。
いちいち取り出すことで肉、野菜、麺それぞれがムラ無く丁度良い炒め具合になるし、トマトピューレで爽やかになる。
具材を細切りにするのは麺とケンカしないように(好みの問題だと思うけど)。冷し中華と同じ理屈だろうか。
とにかく焼きそばひとつとってもこんな感じ。コウジさんの料理は繊細だ。
だからと言ってケンさんの料理が大雑把な訳ではない、。
…
ブルームーンのバーニャカウダはとても旨い。スペイン産のアンチョビが旨いからだと思う。==============
「ごちそうさま」
ポケットから金を出したら
馬鹿って言われた
「おごりだよ、当たり前だろ。
ゆっくり休め」
「…。どうも」
帰り道、缶コーヒーを買い公園のベンチに腰かけた
煙草に火を着ける
照明灯が邪魔なほど
すこし欠けた月が強くきれいだった
ほんとはわかってる
自分の小ささを
ひとを使える器じゃないってことを
なのに誰も俺を責めない
寂しかった
孤独だった
イッキョに会いたいと思った
家に帰ってシャワーを浴びた
左手で傷を被いながら洗髪した
寝巻代わりのスウェットに着替えコルセットを着け
寝室のベッドで仰向けになった
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
今日はさすがに疲れたよ
なあ
あれからちょうど10年だな
去年は手術で今年はこれだぜ
ハハ
お前と別れてから俺もがんばってきたんだよ
ギターをさ
仕事だってな
昔はバイト扱いだったけど
休みは毎週火曜日と、盆正月の三連休だけさ
これ去年までずっと続けてきたんだぜ
喘息ん時だってメプチン吸ってマスクして煙りに巻かれてたさ
舐められたくなかったから
お前に負けたくなかったから
「また今度な」って
すぐ会えるような
そんな別れじゃなかったよな
俺もお前も、絶対負けらんねえって殴り合ったんだ
俺から連絡したら負けだと思ってきたし、今も思ってる
けどさ
会いたいよ
イッキョお前がはじめての友達だった
お前と別れてから俺
友達つくれてないんだ
_______
闇と静寂に耐えられなくなり灯りを点けて
メイヴのCDをかけた
ケルティックプレイヤー
涙が出てきた
寂しさや口惜しさや不甲斐なさや、そんなどうしようもない胸苦しさと涙を
全部メイヴのせいにして固く目を閉じていた
痛みとともに目覚めた。
昨夜
ロキソニンもモーラステープも忘れていた。
10時ちょっと過ぎにオガタさんから「下に着きました」と電話があった。
昨夜着ていた服や靴、診断書
免許証等を持って降りて行くとクラウンの前で電話をかけている角刈りのオガタさんがいた。
年齢―四十前後
趣味―瞑想
特技―袈裟固
夢―自給自足
そんな雰囲気の男だった。
______________二年前にオービスに捕まった
38キロオーバーで罰金7万
あと2ヶ月でゴールドだったのに
何故オービスレーダー作動しなかったんだろう
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
警察署に着き
顔や腕の痣、擦過傷を写真に撮られ、十本の指一本一本をぐるりと左から右へ転がすように指紋押捺した。
そして事情聴取。
緒形さんは探りまくってきた。
刑事には事件の迅速な処理能力が求められ又それが昇進等に加味されるのではないか。
小さな事件は簡略にしたほうがいいのではと捻くれ者は思う。
しかし緒形さんは事件性を低くすることなく一つ一つ事細かに調書を取っていった。
俺が犯人であるかのように俺を見てた。
緒形さんは刑事だった。
仕事を舐めてなかった。
しかしその調書を今度は俺が赤ペンでなぞらなくてはならないのには閉口した。
コーヒーを出してくれた。
防火用水で淹れたのかと疑うほど不味かった。
犯人の目星がついているとか、自分がチーフなんてチープな名前の立場であるとかは話さず、適当にとぼけていた。
訊かれまくる状況で自分から喋るようなオープンバカではない。
警察に任せると決めたことでか、自分の不甲斐なさが勝ったからか、何故か
犯人に対する怒りは薄れていた。
何より眼鏡のためにギターを弾かなくてはならない。
緒形さんの書いた長い調書を赤ペンでなぞりながら、30日の演奏プログラムを考えていた。
《ラストはヨークのレッティングゴーにするとして、ファイアーダンスを…いや最初はアストゥリアスかな…異国の人をどこで歌おうか…ケンさんのリクエスト何だったけか…忘れた…》
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄カードは全く使われていなかった。
診断書には「脛椎捻挫挫傷の為二週間の安静加療を要する」と書かれていたらしい。
仕事は三日休み、四日目から出た。
眼帯に絆創膏、首コルセットをしていてもできる接客業、やはりこの店はちょっと変わってる。
常連が一様に、その怪我どうしたって訊くから大変で、
パクちゃんにやられたとか適当に答えていた。
「全部私に任せなさいって言ったのに勝手に動き回って、まったくもう!」とコウジさんに怒られた。
そして
9月30日を迎えた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Estoy bien gracias
Miu,tenga cuidado tambien
Buena suerte!
ユキノさんが近づいてきて言った。
「こんばんは!よろしくお願いします。ってなんかカズさんいつもと雰囲気違いますね。前髪下ろしてるし。モード系ですか?」
ケン「おう。何だ更生したのか」
ナツミ「宜しくお願いします 笑」
俺カズ「…(会釈)」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
プログラムをケンさんに見せた。
眉間に皺が寄る。
そして顔を上げた。
怪訝な顔で話し始めた。
「好きにやってくれたらいい。
けど少しだけ言わせてくれ
ごめんな。
いきなりアストリアスでさらにヘンデルの11番それも全部。
重すぎるだろ。
聴いてるほうが疲れちまうよ。
レッティングゴーまで行かないぞこれじゃ…」
俺カズ「…大丈夫だよケンさん全部言ってよ」
ケン「…カズのレッティングゴーはすごいよ。何て言うか、
ストーリーができてる。
ぐっと来る。
けどはっきり言ってバッハはそうでもない。ヘンデルの後に雰囲気変えようってんだろうけど
こんなに弾いたら、、くどい。
カズのギターはいつも突き放してる。聴きたい奴は聴け、気に入らない奴は帰れってさ、。
俺は好きだけどなそういうの
しかしもったいない
なあ、わかってるんだろ?
もうちょっと力抜けよ」
俺は黙っている。
ケンさんが続けた。
「ごめんなカズ、言い過ぎた」
「全然言い過ぎてない
オブラートに包まれ過ぎてて中身がぼやけてるよ」
「ふっ 、…カズが19の時から、もう20回はやってるよな。
22回目か?、。楽しみにしてる常連多いの知ってるだろ?
中には「こんなすごい演奏する人がどうしてアマチュアなんですか?」なんて訊く人もいる。
オッサンだけど」
「俺がゴチャゴチャ言ってカズの良さ抑え込んだら怒られるわな。まあ、好きにやってくれよ
喋りすぎて疲れた」
俺は黙ってる。
またユキノさんが近づいてきた。
ユキノ「カズさんくるみ歌って下さいよ」
俺カズ「え何…森下くるみ?」
「え…誰ですかそれ。
Mr.Childrenのくるみです。
ねぇくるみーこの街の景色はーって、知らないですか?」
「知らないです」
「そうですか…ってかカズさん何で私にそんな敬語なんですか?私のが6つも下なのに」
「距離を置いているんです」
「は?何で、ですか?」
「ユキノさん恐いんで。ケショウ濃いし」
「はあ?…!ケンさんブッ飛ばしてやって下さいこのサクザを」
ケン「よし、首からいくか」
「ごめん!あナツミさん助けて」
ナツミさんはただ笑ってた
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
奥の個室でギターを弾きながらプログラムを再考していた。
ナツミさんがサンドイッチとコーヒーを持ってきてくれた。
「私ギター好きなんです。楽しみにしてます!」
混じりっけのない笑顔。
「ああ、ありがとう」
思わず釣られてちょっとだけ笑んでしまった。
『よかった』
やっときたか、とか
おせーよとかじゃなくて
来てくれたことがうれしかった
異国の人
思いを込めて その最後を歌う
ーーー
でも君は僕の王子
忘れかけていた
昔の 夢の中で
血に汚された 流離の王子
それに似ている
探し続けた彼に
青春の中で 夢の中で
生き続けていた あいつに
ーーー
立ち上がり、深く一礼した
眼鏡の女に
『おまえのために弾くからさ、ちゃんと聴いててくれよな』
ANDREW YORK
・ Marley's Ghost
・ Emergence
そして最後の曲
Letting Goを弾く
様々な記憶が 思いが 巡る
フラッシュバックする
二歳の俺を置いて出てった母親
ただ気分で俺を殴ってた親父
歯が折れたこともあった
失声症に苦しんだ
一人の女性ギタリストが
俺の声を 取り戻してくれた
「カズ君は悪くない
カズ君は悪くないんだから」
涙を流し 抱きしめてくれた
俺に声を戻してくれた
イッキョが俺を認めてくれた
イッキョが俺を導いた
「カズ、お前は横浜行って
ギタリストになれよ」
コウジさんに出会った
ケンさんに出会った
そして俺は今、おまえの前で
Andrew York の Letting Go を弾いている
これまでの集大成として
言葉にならないすべてを込めて
この演奏を君に贈る
140小節過ぎの即興部分に入った辺りで、感情的になり過ぎていることに気付きはっとした。
呼吸を調えるように残り34小節を弾いた。
最後の音をハーモニクスして、サドルに小指下の、手のひら側面を当て、ゆっくりと寝かせ デクレシェンドしながらミュートした。
二秒ほど静止し顔を上げると
大きな拍手が湧いた。
眼鏡のために弾くつもりが
自分の思いをぶつけるように弾いてしまった。
何故こんな感情的になってしまったんだろう。
よくわからないまま眼鏡の女を見ると、やさしい顔で拍手してくれていた。
『ありがとう』
「ありがとうございました。
あの、もうお決まりになっているので、アンコールではないのですが、最後に、ピアノソナタを短く弾いて、僕のライブを、…しめます。
本日はお時間いただきまして
ありがとうございました」
なだんかしどろもどろになってしまった。
そしてジャズ風アレンジのピアノソナタを弾いた。
これは本当に眼鏡のために。
ーーーー
常連客やはじめてのお客さんと少し話した後、眼鏡のところへ行った。
「おそいよ」
ちょっと笑ってしまった。
「すいません」
眼鏡の笑顔は
とてもきれいでかわいかった。
柔らかくて。あったかだった。
彼女の連れてる雰囲気に惹かれた。
「ちょっと、時間ある?」
「あ、はい」
 ̄ ̄ ̄
ジャムセッションが殆どだけど、ブルームーンでは時々ライヴが行われ、ライヴのあとは決まって打ち上げのような感じになる。
ユキノさんとナツミさんに常連客も手伝ってくれ、テーブルには数種類のピンチョスやタパス、ビールやワインが並べられていく。
カウンターのケンさんに声をかけた。
「ケンさんごめん。帰る」
「どうした?」
「ちょっと大事な用事あって。ほんと悪いけど。どうしても」
「そうか。気にするな。みんな集まって楽しくやるのが好きなんだから」
「ありがとう」
「カズ、今日のギターよかった」
「ありがとう」
ナツミさんとユキノさん
そしてお客に、ありがとうとごめんなさいを言い、眼鏡の女とブルームーンを出た。
みんなにいい顔はできない。
場の空気に気をとられていたら大事なものを掴み損ねるかも知れない。
「大丈夫なんですか?
出てきちゃって」
「気にするな。みんな集まって楽しくやるのが好きなんだから」
「…?」
さて、どこにしようかな
「おなか空いてる?」
「あ…、はい、ちょっと」
「なに食べたい?」
「何でもいいです」
「きらいな食べ物は?」
「…ナガイモ」
独特だ。
長芋なんか食わせねえし。
俺達は駅前の沖縄料理屋に入った。
______________ギターのあとに沖縄料理。
ライヴの後味は大丈夫か?
豚足(キライ)豆腐よう(モットキライ)…
如何なものかとも思ったけど
沖縄料理は間違いなくうまい。
ゴーヤチャンプルーなんか大好きだ。
なにより眼鏡と寛ぎたかった。 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
15坪ほどの店内にはBGMの三線が小さく流れ、客の入りは7割程度だった。
壁際も窓際も、良さそうなところは空いてなかったので、俺達は真ん中あたりの席に向かい合って座った。
とりあえず
島サラダ、ジーマーミ(ピーナッツ)豆腐、ラフテー(豚角煮)、ゴーヤチャンプルーを頼み、オリオンビールで乾杯した。
彼女はビールを飲むと、とても
しあわせそうな顔をした。
何だか分からない三種のお通しを、興味津々な顔で食べておいしいと言った。
やさしい空気が漂っていた。
彼女の眼鏡は何かすてきなものが見えるのかも知れない。
「なんかいいですね」
そう言って眼鏡が俺を見た。
俺は条件反射的にビールを見た。
「ああ…そう」
完全に惚れた
眼鏡の女は
「ゲガは大丈夫ですか?」とか
「ギターすごいですね」とか色々、とても寛いだ様子で、自然に喋ってくれた。
俺は
「どうも」とか「そう?」とか
「うん」とかもうそんな感じ。
思春期状態だった。
外で一服したかった。
でもそんな俺にも彼女は変わらなかった。しあわせそうな顔で料理一つ一つにイチイチ「おいしい」と言いながら、本当においしそうに食べていた。
島サラダの上に乗ってる海ぶどうも「おいしい」と言った。
海ぶどうなんか別にうまくはない。プチプチしてるだけだ。
「それ(海ぶどう)もっと食う?」
「あっはい」
かわいかった。
何でそんな顔できんだよと思った。
俺は条件反射的にゴーヤを見た。
「じゃあ海ぶどうと…トンソク好き?」
「はい。好きです」
「じゃあテビチも頼むか…」
「あっでもそんなに食べれますか?」
「俺は食べないよ。海ぶどうって意味わからないし、トンソクなんか気持ちわるいだろ」
「じゃあいいですよ 笑」
「何だよ食いたいんだろ?食えよ遠慮すんなって」
「一人でそんな食べないから。また今度で。あでも、海ぶどうは食べたいです」
〈また今度で〉
生まれてきてよかった
「ソーミンチャンプルとソーキそばだったらどっちがいい?
俺はソーミンチャンプルがいいけど」
「…じゃあソーミンチャンプルで 笑」
「すいません」
店員サンを呼んだ。
「海ぶどうと、ソーミンチャンプル下さい」
彼女の幸福感は何なんだろう
そんなことを考えながら
ソーミンチャンプルーを食べていた
俺は捻くれてる
汚れている
天真爛漫な幸福感や可愛さなら
「かわいい」「きれい」で通り過ぎる
たとえ惹かれても
自分がいじったらいけないと思うから通り過ぎる
何て言うんだろう
目の前で旨そうにソーミンチャンプルーを食ってる彼女の幸福感は
かなしみのようなものを内包していた
壊れやすく繊細な幸福感
あたたかくてやわらかで
彼女はそれを守ってる
持ち続ける強さを持ってる
濁りまくった俺の心に
奥のほうに彼女が入ってきた
「ちょっと食べませんか?」
彼女はそう言いながら海ぶどうの器をツツッと差し出した。
「いや。 ありがと」
彼女の斜め後ろのオトーサンは楽しそうに酔っぱらってる。
ほんとは眼鏡に色んなこと訊きたい。
けど下手に訊いて嫌われたくない。
チェリーボーイか。
頭がチャンプルーだ。
あ
背広の内ポケットから一万円札を 一枚抜き、スッと彼女の前に差し出した。
「借りたお金。ありがとう」
彼女が止まった。
「え」
「いきなり失礼な口きいて悪かった。バッグ殴ってごめん。
ほんとに、すみませんでした」
頭を下げた。
「いいですそんなの。それに、どうしてこんな…。いりません。
ギター聴かせてもらえて嬉しかったです」
「来てくれてありがとう。うれしかった」
言いながら、なんか
最後みたいで切なくなった。
俯きビールに口をつけた。
三線の音色が疎ましく思えた。
「お金は本当にいりません。
またギター聴かせてください」
彼女が言った。
「ああ、いいよ」
わらうなバカ
堪えた。
「じゃ番号教えてくれる?」
「はい」
微笑んで答えてくれた。
すべてが報われるそんな笑顔だった。
「アドレス教えてよ」なんて
俺のスタイルじゃない。
番号を訊いた。
でも彼女はメモ用紙にアドレスと
名前も書いて渡してくれた。
この瞬間
眼鏡は倉石祐子になった。
「ありがとう」
「吉井さんのも教えて下さい」
祐子がメモ用紙とペンを俺に向けた。
そうだ携帯は教えてなかった
携帯のアドレスと番号を書きながら
「吉井さんってやめてくれよ
刑事じゃあるまいし。
カズって呼んで」
「?。じゃ、カズさんで」
「カズにしろよ。俺は祐子って呼ばせてもらうから」
「じゃあ、カズ君で」
「…。カズ君ですよろしく」
「はい。よろしく 笑」
==============
2008年9月30日火曜日の夜
こんなふうに俺と祐子は
はじまった
祐子はこのとき
この日が26歳の誕生日であることも、趣味や職業や、そういった自分のことは殆ど何も話さなかった
ただとても寛いだ様子で
しあわせそうにしていた
俺は彼女のこういうところが好きだ
一人でよろこびを抱きしめるような彼女を愛して止まない
けどもしかしたらこの日
彼女は心の中の誰かと
お祝いしてたのかも知れない
何でも話せる仲なんて嫌いだ
大切にするってことはそういうことじゃない
彼女には彼女だけの場所がある
彼女だけの世界がある
知りたいと思う
教えてほしいとも思う
でも彼女が言わないのなら
俺も訊かない
俺は彼女の男だから
彼女のその大切な何かを
俺も大切にしなくちゃいけない
秘密なら秘密のまま
Muchasgracias!
______________ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄どれくらい目を瞑っていただろうか。
体を起こし首を振ってみた。
頭痛は少しだけで治まっている。
掛け時計を見た。
ぼやけてよく見えない。
携帯を開くと16時36分。
大体昨日祐子と別れた時間だ。
まったく困ったもんさ
もう会いたくなってる
出勤時間まで1時間半。
カウンター内に入り水を飲み、煙草に火を着けてぼんやりしていた。
コウジさんが入ってきた。
「あら一樹ちゃん」
「ああごめん。おはよう」
すごい量の買い物袋だ
「面接どうだった?」
「うん」
俯いて軽く親指を立てた。
「そ! よかったわね。
何か食べる?」
「すませんキムチチャーハン食べたい」
「いいわよちょっと待ってて」
コウジさんのキムチチャーハンは旨い。
酒盗(鰹)を入れるのがポイント。
胡麻油でネギと酒盗を炒める。
カウンターで料理やカクテルを作ってる
コウジさんは恰好いい。
一つ一つの所作にセンスが光る。
黙っていたらオカマだなんて誰も思わないだろう。
上品なオジサマだ。
キムチチャーハンが出来上がった。
うまそう
「いただきます」
「一樹ちゃんモッコリ酢食べる?」
「あ食べたい」
「ふふ。いいわよ」
[モッコリ酢]とは
モズクとタコとキュウリの酢の物
因みに
[アサダチ]はアボカドサーモンスダチ添えのことだ。
コウジさんの料理は、掛値なしでホントに旨い。
しかし
この店に祐子を連れて来たことはない。
コウジさんのキムチチャーハンはやっぱり旨い。
でもそれにしても
モッコリ酢がしみじみうまい。
俺はモッコリ酢を食べるまで
モズク酢が嫌いというか三杯酢が嫌いだった。
ベッタリ甘くてオェッてなるのが三杯酢だと思っていた。
モッコリ酢は
沖縄産乾燥モズクを
コウジ特製三杯酢で仕立てる。
コウジさんは拘るオカマ。
黒酢も味醂も醤油も拘っている。
タコは薄切りとぶつ切り、二通りの切り方にする。
薄切りをモズクキュウリと和え、ぶつ切りを上に乗せる。
そしてスダチを飾る。
この味コウジ味(…ヤバイ)。
______________大衆に合わせていたら大衆しか集まらない
万人受けするものはやがて万人から飽きられる
10人に面白いと言われても100人につまらないと思われているかもしれない
だから
さん
自分を貫くあなたは素敵だ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「コウジさんの料理は旨い!」
スプーンを立てて
本心100%で言った。
「ありがとう。一樹ちゃんがそう言ってくれたら世界中敵に回したって生きていけるわ」
コウジさんの笑い顔はいい。
オトコもオンナもオカマもオナベも関係ない。
笑い顔のいい人間はいい。
「ごちそうさまうまかったす」
「はい、お粗末さま。ほんとにきれいに食べるわねあなたは」
食器を下げ、灰皿を出してくれた。
俺はきれいに食べる
自分で嫌になるほど
ガキの頃親父にビクビクしながらメシを食べていた。
毎日のように殴られていたけど躾で殴られたことは一度もない。
そんなことはバカでもわかる。
親父は俺が憎くて仕方なかったのだろう。
俺の顔は親父に全く似ていない。
ひとにメシ作ってもらうのが嬉しいってこと、コウジさんが教えてくれた。
祐子も時々作ってくれる。
正直彼女の料理はちょっと、
何て言ったらいいかわからない。
ただはっきり言えるのは、俺は彼女の料理を食べているとき思いっきりしあわせだ。
俺はクズだしバカだけど、しあわせを感じられる心は持ってる。
それを彼女がいつも気づかせてくれる。教えてくれる。
祐子に会いたい。
それから一週間後の雨の朝
俺は仕事を終え、車で祐子に会いに行った
病院近くのスタバで本を読んでる彼女と落ち合い、ここで食うのも何だしってことで取り敢えず
ドライブした
「メシどうする?」
「んー…パンの木のクロワッサンは?」
「だったら別にスタバでよかった
じゃねえかよ」
「でもパンの木のクロワッサンはおいしいよ」
「スタバだってうまいよ」
「うん、でも違うよ」
何だっていいよね
「俺んちで食う?」
「うん」
焼きたてのクロワッサンとクルミパンを買い、スーパーで買い物して家に帰った
_______
俺の借りてる部屋は四階の2DK
結構古い
大体2DKなんて大分前の間取りだろう
洗濯機外だしバスタブも狭い
同じような家賃で洒落た広い
1DKの物件も幾つかあったけど
2つの部屋が壁で仕切られているのが魅力だった
団地っぽいとこもなんかよくて ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
祐子が寝室で着替えている間に
ケニー・GのCDをかけてクイックルワイパーをかける
プーマのフーデッドジャージに着替えた彼女を見たら俺のマナムスコが火照った
チョットガマン
マナの位置を正し湯を沸かし
紅茶を淹れてパンとプチトマトを食べた
祐子が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、これ飲んだら抱こうと思っていたんだけど
気がついたとき
俺の体にはブランケットが掛けられ隣に彼女はいなかった
俺は放置されていた
彼女は寝室のベッドで寝ていた
右腕だけ上げて
ベッドに潜り込み、自由の眼鏡と添い寝した
目覚めたとき、また祐子はいなかった
もうなんなんだよ
祐子は居間のロッキングチェアで本を読んでいた
「あ、おはよ」
おはよじゃねえよ
俺は黙って彼女に近づき、片膝をついて口づけした
彼女の胸に手をあて首筋にキスした。
「シャワー浴びたい」
「ガス止まってる」
「嘘さっきお湯沸」
キスで遮る。
人の話は最後までなんて状況ではない。
俺は祐子が大好きだ。
だから匂いも好きだ。
それにシャワーなんか待てるかよ。俺の名字はえなりじゃない。
マナムスコは金縛り状態。マナカナ。
いっぱい愛してからソファの上で一つになった。
二人はいつだって対等。
一対一で向き合ってる。
そしてお先に失礼した。
ダンスのことはよくわからない
それでも何度観てもすごい。
チャプターリピートした。
この、最後にシンプソンズのアニメが出てくるところも好きだ。
「伝わらない奴には伝わらないさ」
「笑ってください」
「意味不明でスルーしてくれ」
そんなメッセージに思えてしまう。
 ̄ ̄ ̄
祐子は9歳の頃からもう20年近くマイケルジャクソンを愛し続けている。
だからこの「Black Or White」のPV一つとっても
思い入れが尋常じゃない。
ダンスにも詳しく、アイソレーションだの
コブラだのクラブステップがどうだのって、ちょっと煩いほど。
そんな彼女が面白くて
はじめのうちは適当に聞き流しながら彼女の顔をボンヤリ眺めているんだけどそれでも続くから
そうなんだ。。ヨシ、やろうぜ
ってなる
もちろんそんな風には誘わないけども。
祐子が言ってた
「例えばムーンウォークなんだけど
もっとスライド幅を広くして
ポワント(爪先立ち)でやるダンサーもいる。浮遊感がすごいの。
でもマイケルジャクソンだけは…何て言うのかな、、ちがうの。
彼のダンスは彼の人生そのものだから。繊細で、強くてやさしくて、かなしくて。でも
大きな愛がある。
誰も真似出来ないし
誰も越えられないんだよ」
PREJUDICE IS IGNORANCE
「カズ君、すぐ入るでしょう?」
「ああ。すぐ入る」
YAZAWAの彼女は
とてもいい香りがした。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ENDにしてしまおうか
そのくらい胸にきました
ありがとう
フェーズのモデル5.1で原ゆうみ(ピアニスト)のCDを聴きながら走る
シートベルトに強調される彼女の胸に吸い寄せられる不躾な左手を
ハンドルにキープしている
「ちょっとこれ開けてくれる?」
「うん はい」
「ありがと」
烏龍茶を飲む
あ!
俺が皮買いに行けばよかったじゃんか、祐子に支度して貰ってるあいだにさ
そしたら今頃ビール飲みながらゆっくり餃子包んでられ…
「あっあのお店綺麗!何かな」
「九重部屋」
「…もう」
「運転してんのに見れねえよ」
「別に訊いたわけじゃないよ」
「ごめん」
そして来来亭に着いた
ワンタンメンとギョーザを食べた
背脂の兄ちゃんに出会った
そして俺らはジャミロクワイのダイナマイトを聴きながら国道357を走る
「間違っちゃいない」
「え?」
「背脂の兄ちゃんさ
『人目も血糖値も関係ない
俺は背脂が好きなんだ』ってさ 背脂の兄ちゃんは男だ」
「… そう」
「Prejudice is ignorance」
「変なとこで言わないで」
「変なとこじゃないよ」
「…」
「祐子?」
「ん?」
「背脂の兄ちゃんをなめるな」
「なめてないよ」
「背脂の兄ちゃんには俺や祐子に無いものがある」
「え 何?」
「背脂」
「ふっ」
「飴くれる?」
「笑)もう」
キシリクリスタルを貰った
ミルクだ
「カズ君は独特だね」
「祐子だって」
「そうかな」
「そうさ」
独特なおまえがいい
彼女と同じことを昔イッキョが言った
「カズお前独特だよな」
そう言って笑った
あいつが笑うとうれしかった
「祐子、いいじゃんて言って」
「いいじゃん、何で?」
「いや」
色々背負い込んじまってるけど彼女が笑ってくれたらもうそれで幸せな気持ちになれる
いいじゃん
「ね、コーヒー飲まない?」
「ああ」
自販機の前につけた
「微糖でいいよね?」
「買ってくれんの?」
「うん」
「ありがと」
何故だろう
コーヒーを買う彼女が遠く思える
助手席の窓を開けた
「祐子」
「…早く来いよ」
「?…今行く」
なんでもない
山下公園
元町公園を過ぎ
米軍住宅近くのちょっとした
スペースに車を停めた
ここからの夜景もいい
「休憩しよう」
「うん」
車を降りて煙草に火を着けた
彼女は車に凭れ
無数の明かりを眺めている
吸殻を灰皿に仕舞ってから彼女の右に行き同じように凭れた
俺の肩に頭を預け
そっと手を繋ぎ
そうしてただ眺めていた
ここの夜景は力をくれる
《俺もお前も負けらんねえよ》
ゆっくり息を吐いた
「ごめんね。疲れたでしょう」
祐子が俺の顔を覗き込む
「そうでもないよ」
ほんとにそうでもない
「行って戻って、あっち行ったりこっち行ったり。
すごかったね(笑)」
「放蕩息子のドライブだよな」
「あはは」
抱きついてきた
「初めてデートしたときのこと覚えてる?」
「みなとみらい」
「うん。 カズ君が言ってくれた科白覚えてる?」
「え 何だ…クロムハーツですか?」
「(笑)
こう言ってくれたんだよ
『これから時々デートしようぜ
色々忘れさせてやるからさ』
って」
「…そう」
そんなこと言ったのか
あの時は隣に祐子がいることがうれしくて
『落ち着け 落ち着け』
ずっと言い聞かせてた
「その言葉がね、なんだろ
すごくピッタリだったの。カズ君の科白として、私にとっても。
すごく。 心地よかった」
「…そう」
「それで、この人はきっと
どうしようもない悲しみを知ってる人だって思ったの」
「…何でそうなんの?」
「消すことなどできないから
無かったことにできないから
仕事を頑張って、ギターを弾いて音楽を聴いて、面白いことを考えて
そんなふうに
忘れられる瞬間を大切に生きてきた、生きている人なんだろうなって思った」
「…」
「だから一人が似合っていて
ユーモアのセンスが独特で、目つきが鋭くて、口が悪くてヤクザみたいな感「おい」
「悪口じゃねえか」
「悪口じゃないよ
みたいな感じだけど、、何て言ったらいいかな…難しい」
「…」
「好き」
「…は!?」
「うまく言えない」
「俺は全然難しくないけどな
おまえのこと愛してるだけさ」
祐子が唇を重ねてきた
柔らかく 包むように
「愛してる」
忘れられない過去がある
癒えることのない傷がある
だから思いやりを大切に二人で
忘れられない時を重ねていこう
強く抱きしめた
am 9:26
やかんを火にかけてコーヒーミルで豆を挽く
祐子は今頃仕事をしてる
今日の俺は18:00出勤
こんなにのんびりできるのも
みんなが頑張ってくれるからだ
ありがとう
熱いコーヒーに冷蔵庫の牛乳を少し加え、煙草に火を着け彼女を想う
頭の中
__↓__
近頃の祐子は疲れているようだ昨日もまるで充電するみたいに
俺の肩に顔をうずめていた
強くて優しくて気位の高い彼女を尊敬している
守ってあげたいとか傍にいてあげたいとかそんな気持ちはあまりない
守りたい傍にいたいという欲求はあるけれど
彼女も俺も気配り心配りの仕事をしている
自分のちょっとした変化にイチイチ
「どうした?」「何かあった?」なんて訊かれたくない
気付かない振りの気遣い
思いやりにも色々…
 ̄ ̄ ̄ ̄
しかし
俺が祐子に仕事の事を訊かない理由は他にもある
訊けないんだ
看護師という職業の厳しさ尊さを患者目線で知っているから
現場でたたかう彼女に軽はずみなことは言えない
三年前に腰の手術を受けたこと祐子には言っていない
簡単に話せなかったし
話すのがふさわしい時がなかったから
俺にとっては
とても大きな経験だった
難しいけど
今度会ったとき話してみよう
どうしようもない経験を
痛みと、死にたいほどの屈辱の中で出会った一人の看護師のことを
その彼女との出会いが
どんなに大きかったか
そしてどれほど救われたかを
彼女に聞いてもらおうと思う
ーーー
冷蔵庫を開けた
昨日祐子が切ってくれたキャベツ 挽肉 ニラ …
やっぱり餃子だよな
11:00になったらコウジさんに
電話しよう
ニラをみじん切りにする
新しいレスの受付は終了しました
小説・エッセイ掲示板のスレ一覧
ウェブ小説家デビューをしてみませんか? 私小説やエッセイから、本格派の小説など、自分の作品をミクルで公開してみよう。※時に未完で終わってしまうことはありますが、読者のためにも、できる限り完結させるようにしましょう。
- レス新
- 人気
- スレ新
- レス少
- 閲覧専用のスレを見る
-
-
折り紙のおともだち
2レス 109HIT たかさき (60代 ♂) -
無し
0レス 103HIT 小説好きさん -
地球上回る都市
1レス 87HIT たかさき (60代 ♂) -
人生終わりに近づいてくる
0レス 116HIT たかさき (60代 ♂) -
真夏の思い出 フィクション
0レス 74HIT 寿司好きのたけし (80代 ♂)
-
where did our summer go?
ご主人は行かないそうだ。ご主人はゴルフして来るそうだ(作家さん0)
419レス 1508HIT 作家さん -
神社仏閣珍道中・改
(続き) 法然の生まれ生きた時代、人々は現世の地獄を生きてい…(旅人さん0)
180レス 10587HIT 旅人さん -
折り紙のおともだち
もこちゃんは、猫さん犬さん、キツネさん、ウサギさん、お猿さん、たくさん…(たかさき)
2レス 109HIT たかさき (60代 ♂) -
仮名 轟新吾へ(これは小説です)
続き この時点で!互いの 歯車が噛み合わなくなりました。 …(匿名さん339)
451レス 7897HIT 恋愛博士さん (50代 ♀) -
20世紀少年
東京 東京に戻ってきて暮らす所は、以前の社宅と違う場所。社宅は以…(コラムニストさん0)
90レス 2054HIT コラムニストさん
-
-
-
閲覧専用
20世紀少年
2レス 183HIT コラムニストさん -
閲覧専用
モーニングアフター モーリンマクガバン
500レス 3410HIT 作家さん -
閲覧専用
フーリーヘイド ~読む前の注意書きと自己紹介~
500レス 5903HIT saizou_2nd (40代 ♂) -
閲覧専用
おとといきやがれ
9レス 340HIT 関柚衣 -
閲覧専用
ウーマンニーズラブ
500レス 3412HIT 作家さん
-
閲覧専用
モーニングアフター モーリンマクガバン
お昼ご飯のお刺身を食べ終わり私はレンタカーで例様を社員寮へと送る …(作家さん0)
500レス 3410HIT 作家さん -
閲覧専用
20世紀少年
1961 生まれは 東京葛飾 駅でいうと金町 親父が働いて…(コラムニストさん0)
2レス 183HIT コラムニストさん -
閲覧専用
ウーマンニーズラブ
聖子の旦那が有能な家政婦さんを雇ったおかげで聖子不在だった機能不全の家…(作家さん0)
500レス 3412HIT 作家さん -
閲覧専用
フーリーヘイド ~読む前の注意書きと自己紹介~
やはり女性は私に気が付いている様である。 とりあえず今は、 …(saizou_2nd)
500レス 5903HIT saizou_2nd (40代 ♂) -
閲覧専用
今日もくもり
たまにふと思う。 俺が生きていたら何をしていたんだろうって。 …(旅人さん0)
41レス 1364HIT 旅人さん
-
折り紙のおともだち
2レス 109HIT たかさき (60代 ♂) -
仮名 轟新吾へ(これは小説です)
451レス 7897HIT 恋愛博士さん (50代 ♀) -
20世紀少年
90レス 2054HIT コラムニストさん -
神社仏閣珍道中・改
180レス 10587HIT 旅人さん -
where did our summer go?
419レス 1508HIT 作家さん
-
閲覧専用
サブ掲示板
注目の話題
-
どうすれば分かってもらえるんでしょう。
私は色々と調べ、愛着障害ではないかと考えました。昔からいい子でないと嫌われると思っていました。嫌われ…
40レス 367HIT 女 (10代 女性 ) -
私が悪いでしょうか。アドバイスお願いします。
0歳と3歳の子供がいます。 先日上の子の食事中、夫が「絶対こぼすなよ!」と何度も強く言っていて娘は…
22レス 308HIT 匿名さん -
ダンナがソープに行っていた、心の整理が
旦那が会社の同僚達と仕事だと偽ってソープランドに行っていました。 気持ちの整理がつきません。 5…
26レス 297HIT おしゃべり好きさん -
好きなのに付き合わないって変?
告白されて好きでも付き合わなかったことってありますか? 2週間ほど前に好きな男性に告白されましたが…
17レス 209HIT 恋愛勉強中さん (30代 女性 ) -
恋愛でマイルールを押し付けられやすいです
恋愛で男性にマイルールを押し付けられやすいです。 マイルールというか、めちゃくちゃな考えをゴリ押し…
10レス 180HIT 社会人さん (20代 女性 ) -
運命の出会いはいつなの
出会いを求めて行動しているのですが、疲れてきました。 結婚願望のある25歳女です。 趣味の集まり…
8レス 159HIT 恋愛好きさん (20代 女性 ) - もっと見る