彼女
「…そうやって擽られて床に転がったら他の子も加わって私を擽ったの。スカートが捲れて、でも両腕掴まれていて直せなかった。少し離れた所で男子も見てた。
ただの悪ふざけ。
泣きそうだった。止めてって言った。けど止めてくれなかったし、誰も止めさせてくれなかったの。
…やる子に加わる子、やられる子、見てるだけの子、見て見ぬふりの子。
強くならなくちゃいけない、誰も助けてくれないんだからって、思ってた」
たぶん祐子は俺じゃなくて、カシスソーダに喋ってる。
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やる子にただ見てるだけの子、誰も助けてくれない、か…。
子供が大人を映す鏡ならそれが社会の縮図かも知れないね、なんて馬鹿な言葉をギネスで飲み込んだ。
それにしてもカシスソーダなんて空気が抜ける名前だ。
「カシスソーダください」
餃子の後は頼みづらいだろう。
ピスタチオのかたいところを食べてしまった。
「ケンさんスモークチーズちょうだい」
「ごめん切らしてるわ。カマンベールならあるよ」
俺はカマンベール嫌いです。
「カマンベールはいいや」
「カマンベール下さい」
祐子は何でも食う。
祐子が《私がチーズ好きなの知ってるのに何で「いいや」って言うの?》という目で俺を見た。
俺は《だって臭いし。家帰って雪印食えよ》と念じる。
カマンベールやブルーチーズもそうだけど、牡蠣、サザエ、レバ刺、ユッケ、ピータン豚足など、 俺が嫌いな祐子の好物は沢山ある。
そんなの仕方ないし、旨そうに食べる顔は好きだ。
しかしウォッシュタイプのチーズは臭くて困る。
でもカマンベールならまだ。ロックフォールやゴルゴンゾーラ程ではないし。我慢する。
祐子だってきっと俺の色々を我慢しているだろうし。
俺の彼女、倉石祐子を紹介します。
クライシ ユウコ
倉石 祐子
1982年9月30日生まれの28歳。
血液型はA
犬より猫が好きだが猫アレルギー。
妙に機嫌の悪い日がしばしばある。放っておくと鎮まる。
美人と言うより美しい表情をしている。と俺は思う。
ブラックマヨネーズが一番面白いと言っている。
松本人志は好きだが京都出身の元漫才師はきらいらしい。
眼鏡を掛けながら眼鏡を探していたことがある。
音楽が好きで特に洋楽ポップスにとても詳しい。
職業看護師。
取り敢えずこんなところです。
ギネスを飲み干した。「ケンさんカンパリロックで」
隣で祐子が吸うように食べているカマンベールが臭う。
祐子にも誰にも言ったこと無いけど、俺は凄く鼻が利く。例えば餃子を食べた夜、初デートばりに歯を磨いて寝ても翌朝自分の口が臭くてベッドを出る羽目になる。
みんなそうだと思っていたがどうも違うらしい。
言うと嫌われるだろうから黙ってる。
鼻がよくて得したことなど一つもない。
ちなみに俺が煙草を吸うようになったのは煙草の匂いが嫌いだったからだ。耐えられなくては仕事にならない。
カンパリの氷が溶けるのを待ちながら、祐子の話が途中だったことを思い出した。
「…で、思ってたって事は、そうじゃなかったってこと?」
祐子は《え…いつからいたの?》てな顔で「…何のこと?」と言った。
「…だからその、やる子やられる子って話。誰も助けてくれないって」
「ああ。うん、それはもういいの」
いいのかよ…
「それより、明日どうしようか?」
祐子は今日が夜勤明けで明日は休みだ。
俺は明日夕方出勤。
デートする約束をしていた。
「みなとみらい行こうか。船乗ろう」
「うん。いいね」「今日泊まっていい?」
「ああ」
「じゃあもう一杯」「すいません、ウォッカトニックください」
俺もそれがよかったな。カンパリってこんな濃かったっけ…。
「朝私の家寄ってくれる?」
「そりゃいいけど、電車で行かない?」
「うん。そうしよう」
俺たちは付き合って2年になる。
「これ飲んだら帰ろう」
…きれいな曲が入ってきた。
このブルームーンというケンさんの小汚い店を浄化するようだ。
祐子に訊いてみる。
「これ何て曲?」
「ヴァーヴ・パイプのフレッシュメン。…ヴァーヴパイプは私この曲しか知らないけど、イントロもアレンジも、声も好き」
…今よりもっと若い頃…
…俺の親友は彼女を忘れるために…
…俺は責任を負えない…
…俺達は…フレッシュメン…
飛び飛びにしか聞き取れない。よく解らないけど切なくてきれいな曲だ。
ケンさんの宝物だというマイルスデイビスの掛時計の針はいつも3時40分を指している。
「ケンさんいい加減この時計直しなよ」
「カズ、何度も言わせるな。止まってるほうが味があるだろ」
「ほんとですね」
「動いてるほうが価値があるよ」
そう言って携帯を開いた。
19時48分か。
新着メールが1件。
腕時計をしていたことに気付いた。
スパイラルタワーで祐子が買ってくれたスウォッチ。
普段はめていないのでつい忘れてしまう。
「祐子ちゃんとは話が合うね。音楽の趣味も。時々一人で来なよ」
「はい。お代はカズ君につけて下さいね」
「そうそう」
「…」
何も言えない。
フレッシュメン。
「祐子、ちょっとメールしていい?」
「ふっ いいよ 笑」
メールを打つ。
【届いてよかったです🚚
ご報告ありがとうございます。
ご養生に努めて下さい。
全快をお祈りしています。】
フレッシュメンが終わった。
そして
シンディ・ローパーのタイムアフタータイム。
目を閉じた。
これ以上優しい歌を俺は知らない。
タイムアフタータイムが全米No.1になった1984年、尾崎豊がデビューした。
尾崎豊は26で亡くなった。
俺と祐子は26で出会った。
無理矢理繋げてみた。
タイムアフタータイムは母と娘のことを歌っているようだけど、俺がこの曲を聴いてフラッシュバックするのは中学時代だ。
忘れられない女がいる。
最近、祐子にもそんな男がいるんじゃないかと感じている。
彼女は時々、誰の声も届かないような遠い表情を見せる。
カシスソーダに喋っていた時もそれだった。
最近まで、それは彼女が看護師だからだと思っていた。
祐子は仕事の話を殆どしない。
きっと看護師としてのプライドなのだろう。
しかしそれとは別で彼女の遠い表情は、看護師だから、だけでは無い気がする。
多分きっと祐子には、誰にも言わないことがある。
誰にも触れさせない場所があると思う。
彼女の心の中には、誰にも入ることのできない秘密の場所がある。
俺のカンパリは氷だけになり、祐子のグラスも残り2センチ程となっていた。
殆ど氷水だ。
「そろそろ行こうか」
祐子に合わせ一緒に席を立つ。
「あっ」
祐子が座る。
これが流れたらそうなるよな。
マイケルジャクソン
ビリージーン
俺も座る。
彼女がどれほどマイケルジャクソンを愛しているか、俺のボキャブラリーではとても語りきれない。
それを敢えて一言で言ってしまうなら
彼女にとって、マイケルジャクソンは神だ。
殆ど全ての曲に嫌になるくらい長い解説が付く。
しかしこのビリージーンについては殆ど語らない。
一つだけ、1983年にマイケルジャクソンが初めてムーンウォーク(バックスライド)を披露した曲がこのビリー・ジーンなのだと教えてくれた。
歌っている内容自体はそんな祈るようなものではないと思う。
[ビリージーンは僕の恋人じゃない
彼女の子供は僕の子供じゃない]
当時のマイケルジャクソンが、マスコミやファンなど周りの雑念雑音をうたったような内容の曲だ。
しかし祐子にとってこの曲が特別であることは間違いない。
何か特別な思い出があるのだろう。
ビリージーンを聴いてる祐子を見ていると
胸が苦しくなる。
ビリー・ジーンが終わった。
「行こうか」
「うん…」「ごめんね」
「何が」
「…何となく」
へんな女。
「ケンさんごちそうさま」
「あっ、今日は私に払わせて」
「いいよ」
「よくない」
「…どうしたんだよ。?」
「いいから私が払う」
こんなことで言い合う仲じゃないだろ。
「…ならローソン寄るからさ、おでん買ってよ」
「…わかった。ごめん」
今日の祐子はヘンだ。
まあいつもだけど。
「ケンさんごちそうさんでした。カードで」
「現金にしろよ。千円札が足りないんだ。5枚くれ」
「…。なあ祐子、考えられんないだろ?
絶対一人で来るなよ」
笑ってる。
祐子が笑ってりゃ全部OKだろ。
ケンさんに千円札を5枚渡してブルームーンを出た。
11月の、11月らしい風が火照った身体に心地よかった。
祐子が気持ちいいねと言った。
俺たちは何となく、柔らかく手を繋いで歩く。
「ブルームーンは何時から時価になったんだろうな。鮨屋かよ」
「ふふ。いいじゃん」
「よかねえよ。いいわけないだろ。今日だって2人で4千円切ってる筈だし俺がカマンベール嫌いなの知ってて「あるよ」とか言うしさ。
この間なんか頼んでないのにスモークサーモンくれて俺が「ちょっと臭いよ」って言ったら「やっぱり客には出せないか」だぜ?おかしいだろ」
「ははは。でも私、ケンさん好きだよ」
「何で?どこが?大丈夫か?」
「個人的なひとだから。
どこにも属してなくて、誰の上でも下でもない。
音楽と、お酒と、好きなものに囲まれて生きてるでしょう?
誰も傷つけたりしてないと思うから」
「今ぼったくられたばっかりだろ。
良く言い過ぎだよ。そりゃ俺も俺なりにケンさん好きだよ。少しは。けど多分、誰も傷つけない仕事なんてないさ」
「…そうかな。でも、ケンさんとカズ君て似てるよ。集団きらい、群れるの嫌い。一対一が好き。
誰の真似でもない自分だけの人生を生きてる。私は好き」
…だからそんなんじゃないけどな…
「…なあ、何かあったのか?」
「なんにもない」
今日の祐子の変な感じは新しい。
彼女の解せない態度や言動に、いちいち理由なんて付けてられない。
そんなことをしていたらこちらの身が持たない。
なので
俺は多くを「看護師だから」ってことにして済ませている。
例えば祐子が着替えるとき「向こう向いてて」なんて言うのも、一緒に風呂入ってくれないのも、ホテルの休憩でマジに休憩するのも、
理由は看護師だからだ。
解らない儘でいた方がいい事も(特に女に対しては多分に)あると思う。
しかしそんな阿呆な俺でも今日の祐子は引っ掛かった。
まあいいや
ローソンでおでんと牛乳とペーパーフィルターを買って貰った。
「買いすぎちゃったかな」
「食えよ」
家に着き、おでんを土鍋に移した。
ほうれん草を茹でて胡麻和えを作った。しらすが残っていたので一緒に和えて。
おでんを熱々にし、胡麻和えを添えると祐子は「さすが」と言った。
猫舌の祐子が熱がる所を見たかった。
おでんを食べた後、リクエストに応えてクラシックギターを弾いた。
アルハンブラや、11月のある日や、タンゴ アン スカイやカヴァティーナなど。
俺が横浜に出てきたのも、病院でおかしな出会いかたをした祐子を口説きおとすことに成功したのも、このギターがあったからだ。
クラシックギタリストを目指していた。
俺の中学時代の忘れられない女はギタリストだった。
もちろんいまも。
祐子は今、風呂に入っている。
祐子が出てきた。
スウェットに着替え、長い髪をE・YAZAWAのタオルで巻いて。
長さが丁度良いということでE・YAZAWAは彼女の専用になっている。
ケンさんがくれた。
「客が壁に飾ってくれって置いてったんだ。カズにやる」
俺も彼女もファンではない。
続いて俺が風呂に入り、風呂から上がり、リビングに戻った。
《またそれかよ…》
祐子が観ていたDVDはアメトークVol.3の「中学の頃イケてない芸人」
お気に入りらしい。
祐子曰く「面白いひとは陰を知ってる」のだそうで。
よく解らないけど、まあ、俺の記憶でも中学で目立ってたのは下らない野郎ばかりだった。
俺もだけど。
そして、俺が認めていたイッキョ(一臣(カズオミ))は協調性ゼロの“空気読まない”奴だった。
変わった奴。
中学時分、本当の意味で“イケてた”のはイッキョだった。
イッキョと出会わなければ当然、俺の人生は今とは全く違っていた。
ギタリストなんて夢を抱かなかっただろうし、
当たり前に進学していただろうと思う。
なにより、今ここで笑ってる彼女に出会うことはなかった。
祐子が、エガちゃんを見ずにDVDを取り出した。
《エガちゃんまで見ろよ》
「ねえカズ君、渡り鳥みない?」
「…」
《あのな祐子、もう0時になるぜ。アメトークに渡り鳥っておまえ何処に行きたいんだよ。
それにもう10日経ってるのわかってるか? 》
ごちゃごちゃ言うのは馬鹿馬鹿しい。
ストレートに。
「それよりやろうぜ」
そして俺たちはやった。
信じてもらえないだろうけど、お前と会うまではこんなんじゃなかったんだ。
俺は祐子のウサインボルト
胸を叩いて駆け抜ける
7時30分
祐子とのセックスには弱いけど、俺は朝に強い。じゃなくて、目覚めはいいほうだ。少なくとも祐子よりはずっと。
隣の女はバンザイをしていた。
死ぬまでHappy。
口づけてみたけど起きなかった。
とりあえず祐子の両腕を布団の中に仕舞い込み、顔を洗って朝食の準備をする。
BLTサンドにスクランブルエッグ。
ホットミルク。
多分今日もこれだけで喜んでくれる。
起こしに行くと、またバンザイをしてた。
「おはよう」
「…おはよう」
「メシ食える?」
「うん。たべる」
両手でBLTサンドを食べて「おいしい」と言った。
ありがとう
今、Boseのコンパニオン5からはサム・クックのWonderful worldが流れている。
“Don't know much
about history… "
祐子の好きな曲。
前に俺がカラオケで歌ったら軽く泣いた。
俺は今、この曲を聴きながらイッキョの言葉を思い出していた。
「多分吉田(社会科教師)は俺らに『お前達には人殺しの血が流れてるんだぞ』って言いたいんだろうな。馬鹿じゃね?」
大人になってから、中学生のイッキョの言葉にハッとすることが何度かあった。
《イッキョ元気かな…》
ところで、カラオケと言えば祐子と付き合って間もない頃、俺がブルーハーツのリンダリンダを歌ったら、この女は号泣した。
盛り上げるつもりが盛り下がった。
何故だろう。
看護師の方に訊いてみたい。
食後にコーヒーを淹れて取留めのない話をした。
すこしのんびりし過ぎてしまった。
家を出ると外は気持ちよく晴れ、昨日より暖かく、コートを手に持つ彼女はニットチュニックで充分そうだった。
みなとみらい駅に着いた時、ランチクルーズの出航時間にはギリギリな感じだった(祐子の家で思いの外待たされた)。
二人とも急ぐことは嫌いなので、船は諦めてクイーンズイースト内をぶらぶらした後、KIHACHIのパスタランチを食べた。
大観覧車に乗ったり、ゲームをしたり、。
ハードロックカフェで休憩した。
ノンアルコールカクテルを飲みながら。
ふつうのデートだったけど、カフェでおっさんになったイーグルスのホテルカリフォルニアを視聴できただけでも特別な一日だったねなんて話していた。
帰りの電車の中で二人は並んで吊革を握り、喋っては黙りを繰り返した。
そして句切りを見つけると、黙って同じ景色をそれぞれに眺めた。
俺は今朝のサム・クックのせいで、またイッキョのことを考えている。
17か18かの頃に、幻冬舎発行のある本を読んだ時、この著者はイッキョの爺さんかと疑うほど、言葉の雰囲気がイッキョに似ていたのを思い出していた。
もちろんプロの作家とイッキョが同じ訳無いけど、
何しろ俺はゾクッとしたんだ。
歴史を遡れば呆れるほど出てくる殺戮、見せしめ、集団リンチ。
その末裔が俺達。
男とは何と下らない生き物か。
デートの帰りにこんなこと考えてる俺が一番くだらない。
彼女は遠い目をしている。
看護師に訊い…『看護師看護師うるせえしうぜえよカズ。
お前が一番馬鹿じゃね?』
イッキョの声が聞こえた気がした。
俺カズ「あ?いきなり何言ってんだよ」
イッキョ「いきなりじゃねえよ。ずっと考えてた」
カ「知らねえよそんなの」
イ「とにかくお前は横浜だ」
カ「無茶苦茶言うな詩織だっているんだぞ」
イ「連れてけ」
カ「お前馬鹿だろ最近高校楽しくなってきたって言ってんのに。だいたい何で横浜なんだよ」
イ「じゃあ大阪でたこ焼き焼け」
カ「…はあ!?」
多分イッキョは俺がうざったかったんだと思う。
間もなく祐子の最寄り駅。
最寄り駅に着きドアが開くと、彼女は「ありがと、メールするね」と言い、ちょっと笑って俺の左手を強く握り直ぐ離した。
視線を逸らした彼女を俺はもう見ない。そう決めている。
離れていく姿を見るのはつらいから。
今度また会えるなんて保証はない。
そして2・3分緩やかな喪失感に揺られ次の駅で降りた。
メインストリートを少し歩き裏に入ると、幅広く如何わしい建物がある。
1階がスナックと不動産、2・3階サウナ、4階エステティック、5階が会計事務所。
これが表向きで
実際は1階がコウジさんのOKAMA Barと不動産、2・3階男性専用サウナ(女性マッサージ師四人在籍)、4階韓国式エステという名の性感マッサージ店で5階は鈴木組事務所となっている。
俺はここの2・3階で11年働いている。
3年前から任されるようになってしまった。
俺の仕事はサービス業。
接遇のプロだという誇りがある。
出勤時間まで余裕があったので、やっぱりメシはコウジさんとこで済ませることにした。
コウジさんは生まれた時から完全にオカマだったらしい。
「もうすぐ三十路やんなっちゃう」とか言っているが実際は五十近い。
俺カズ「オザマス」
コウジ「あら一樹ちゃんいらっしゃい」 「そのスタイル、デート?」
カ「そう」
コ「やった?」
カ「やってない」
コ「馬鹿ねえ」
カ「…準備中にごめんだけど、何か食べさせて」
コ「カマタマメンでいい?」
カ「、今朝たまご食べたからな」
コ「じゃあ…はい」
ペヤングが置かれた。
これでいいや
カ「入っていい?」
コ「どうぞ」
ところで 俺は彼女とデートするときだけ、こんなカジュアル野郎になる。
付き合って間もない頃、何か俺にリクエストあるかと訊いたら、カジュアルという言葉が返ってきた。
いまいち解らないのでとりあえず彼女にコーディネートしてもらった。
結果お子様ランチみたいになった。
選んでる最中も何度も文句言ったけど、ほれた女に笑顔で「絶対こっちのがいいよ」「すごく似合ってるよ」なんて言われたら悪い気はしない。
こうして俺はまた一つ馬鹿になった。
ペヤングの湯をすてソースを交ぜている。
コ「卵おとす?」
カ「だから今朝」
こんな会話してたら疲れてしまう。
カ「いらない」
………
卵でイッキョを思い出した。
《は。まったく今日はどんだけイッキョだよ》
俺達のクラスに、馬場康太という男がいた。
野球部の運動バカだった。
馬場ちゃんは悪いヤツではないのだけど、一言で言うなら……馬鹿だった。
例えばクラスメイトの背中に「恋人募集中」と貼ったり、給食のとき、背の低いヤツのライスてんこ盛りにしたりして笑ってた。
イタズラというのは、された本人が笑ってしまうものでなくてはならない。
それを解って欲しくて俺は、馬鹿ちゃんの背中に「仔犬を捜しています」とか「要冷蔵」なんて貼ってあげてた。
そんな俺をイッキョはほめてくれた。
「要冷蔵っていいな。あいつはちょっと冷やしてやらなきゃいけない」
ある日の放課後、俺はイッキョに宣言した。
「明日給食にユデタマゴ出んだよ。俺、馬場ちゃんのユデタマゴ、ナマタマゴに換える」
「いいアイデアだな。俺がタマゴ持ってきてやるよ」
そして翌日、イッキョが持ってきたのは 、アヒルのタマゴだった。
その卵は鶏卵より二回り程も大きかった。青白く縦長で。汚れていて。
俺は初めて見た。
イ「アヒルだよ」
カ「お前アヒル飼ってんの?」
イ「あんなふざけた奴飼うかよ。
小学校でパクってきた」
カ「スゲーなアヒル怒ってたろ」
イ「全然パクられ慣れてた」
カ「はっそんな親いるか?」
イ「奴らにとっちゃうんこ感覚だからな」
カ「…でもさ、いくら馬場ちゃんでもこれはまずいだろ」
イ「んなこたねえよ馬場喜ぶぜ」
カ「ほんとかよ」
イ「馬場はデカけりゃ何だって喜ぶさ」
カ「とりあえずうんこは拭いとかねえと」
イ「何で?付いてるほうがリアルだろ」
カ「茹で卵にウンコはおかしいだろ」
イ「そう言われりゃそうだな」
イッキョは卵の汚れを濡らしたティッシュで拭いた。
給食の時間になり、テーブルに置かれた馬場ちゃんの茹で卵をイッキョは片手で摩り替えた。
ものすごく素早かった。
馬場ちゃんが席に着こうとしたとき言った。
馬場「何だこれ…は?…俺こんなの取ってきてねえし。…おいお前ら待てや」
馬場「この卵やったの誰だ!…おいカズ、またてめえかコラ」
カ「ああそうだ…」
イ「俺だよ馬鹿、じゃなくて馬場」
馬場「てめえ」
馬場ちゃんがイッキョに近づいた。
馬場「ナメてんのかコラ」
イ「舐めてんのはてめえだろが毎日毎日下らねえことしやがってこのハゲ」
馬場ちゃんがイッキョに殴りかかった。
俺は止めに入った。
でももうどうしようもなかった。
周りの食器は滅茶苦茶になり、殴り殴られで、担任も割って入ったけど担任も揉みくちゃになった。
イッキョは、アヒルの卵をパクるところから、ここまでを考えてたんだと思う。
狡猾な真似はやめようぜ、もっとストレートでいいんだよカズ
このとき給食ぶちまけられた奴らはどうなったけか。担任がラーメンでも奢ってやったのかも知れない。
鮮明なのはイッキョの姿だけ。
俺は鼻の軟骨折れてもうアウトだった。
たしか担任も殴られてオロオロするばかりで。
馬場ちゃんとイッキョは始めこそやり合ってたけど殆ど馬場ちゃんが一方的に殴ってた。馬場ちゃんはガタイよくて、イッキョは細かったから。
周りの野郎共は観てるだけだったけどさすがに馬場ちゃんを止めてたかな。
イッキョは学ラン給食まみれで鼻血垂らして目も開けられない感じだった。それなのに平然と、すくっと立ち上がった。鞄も持たずに何も言わずに、アヒルの卵だけ持って出てった。
俺は後を追いたかったけど、追ったら傷つけることくらいは何となく解っていたと思う。
弱い担任でも空気読め男でもお揃い協調男でも俺でもなく、イッキョが馬場ちゃんを変えた。
馬場ちゃんはこのとき、おちょくられる奴の気持ちと、殴る痛みをいっぺんに叩き込まれた。
これきっかけで馬場ちゃんはほんとにいい奴になってしまった。
誰も敵わない。
イッキョだけが、もうこのとき既に男だった。
アヒルの卵をポケットに入れて出ていく後ろ姿が胸に焼き付いてる。
馬場ちゃんは今年も年賀状くれた。
イッキョとはもう…12年か。
音信不通。
いま何をしているんだろう。
馬場ちゃんはあの日から、本当に誰かの仔犬を一緒に捜すような奴に変わってしまった。
一方イッキョは何にも変わらなかった。
俺達三人は、学校で普通に話すようになった。
例えば参観日のあと
イッキョ「馬場の母ちゃんこのあと仮装大賞出んのか?なんだよあの鬼みたいな頭。…なあ馬場」
ババ「知らねえよ」
イッキョ「ちゃんと言ってやんなきゃ駄目だぜ母ちゃんわかってねんだから、なあ馬場」
俺カズ「マメ飛んでくるぜ」
ババ「うるせえっ」
イッキョ「水泳の帽子やったら?」
カズ「ゴーグルとビートバンもな」
ババ「カズてめこのやろ!」
カズ「何で俺だけ」
《…は。キリないな…》
ペヤングがら顔を上げると、コウジさんがジッと俺を見てた。
?
「一樹ちゃんあなたいい男になったわね」
「昔のあなたは舐められたくない舐められてたまるかって、とても尖っていた。悪いことではないのよ。それはとても大切なことよね。とくにこの世界で生きていくには絶対に必要な気持ち。
でもそれだけでは…」
「ごめんコウジさん、仕事前なんだ」
「そうねごめんね」
ペヤングを食べ終えた。
「ごちそうさま」
「お粗末さま。ごめんね。まったく、本当に食べるんだからこの子は」
?
席を立った。
「一樹ちゃんこれだけ言わせて」
「あなたもいい歳なんだから、デートして抱かないなんて失礼なことはやめなさい。
そのスタイル、とても似合ってるわよ」
「どうも」
コウジさんとは12年の付き合いだ。
俺のことを息子だと言ってくれている。
母親だと思っていつでも甘えてちょうだいね。と。
気持ちだけ有難く頂戴してる。
当たり前だ。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
さあ仕事だ。
コウジさんの店を出て、ボイラー室横の部屋で仕事着に着替えた。
五分袖シャツにダークパープルのスリムタイ、黒のテーパード調スラックス。これにKEENのルームシューズを履いた格好で仕事をしている。
俺とタケさんとソンちゃんとパクちゃんのユニフォーム。
階段を昇り裏口から入った。
まず受付の角田さんに挨拶。
「おはようございます」
「おはようございます。一樹ちゃんマッサージの畠山さんだったわよね。電話あって、うちで働きたいって」
「ほんとですか。で?」
「チーフに伝えておきますと言ったけど、よかった?」
「ありがとうございます」
ここを任されるようになってマッサージ師を全て女性にした。
今の四人にあと二人欲しい。
マッサージ師以外の従業員は8人。アルバイトはいない。
俺はチーフ。変な名前だ。
角田さんは一樹ちゃん、ほかのみんなはカズさんと呼んでくれる。
俺の独断で切った人間がいる。
俺のやってることは綺麗事じゃない。
整体治療院で働いている女性マッサージ師をスカウトするのは簡単なことではない。
俺のような力の無い人間がそれをやろうとするとどうしても裏社会の人間と関わることになる。
しかし女性マッサージ師なら誰でもいい訳じゃない。相手の紹介を続けて断り罰を受けたこともある。
それでも俺は女性マッサージ師に、その質に拘った。
男性相手の接遇に、女性に拘ることは絶対必要だと考えていた。
今日電話をくれた畠山さんは俺が個人的に声をかけていたマッサージ師だ。
二度会い、その後何度か電話で話している。
直ぐに畠山さんに電話して明日会う約束をした。
2階3階スタッフ、マッサージ師、お客に挨拶し2階カウンター内に入った。
俺はバーテン、ウェイター、
マッサージの予定組み客回し等をやる。
ここは
午前11:00~翌8:30営業
入浴料2000円
マッサージ
S(25分)3000円
W(50分)5500円
宿泊
3500円
朝食(モーニングプレート、コーヒー)
500円
深夜1時以降入浴宿泊同料金
基本的に開店から閉店まで時間制限はない
各ロッカーにバスタオルとフェイスタオル、上がり口にガウン、ハーフパンツが用意されている。フェイスタオルも重ねて置いている。
サウナ、風呂に入り、マッサージを受けリクライニングソファで寛いでもらう。
アルコールを飲んだり食事をしながら。
今どき、暴力団追放宣言なんて表に貼りながら実際は入れ墨タトゥーOKのこんなサウナがやっていけてる理由は幾つかあるけれど、その中でも女性マッサージ師と女性従業員の力に由るところが非常に大きい。
まず彼女達が安心して働ける環境を作り、それを守ることが俺をはじめ男性従業員の仕事であると考えている。
舐めない 舐められない
一緒にしない
自分に言い聞かせ、男性従業員に求めていることを簡単に言うとこの3つ。
スマイル接客じゃない。
堅気もそうでない者も、ここには様々な人間が来る。
また目的もサウナ、マッサージ、女性スタッフ、飲食(うちの生ビールは回転とサーバーの手入れが違う)、上のエステ、下のオカマ、宿泊、、様々だ。
一人一人みんな違う。
マニュアル接客は通用しない。
毅然とした態度でお客一人一人に一対一で接する。
自分と相手の一挙手一投足に気を配れなくてはならない。
17になってすぐ19だと偽りこの店に入った。
今年で12年目になるけれど、未だに掴めきれないでいる。
これから先もずっとそうだろうとも思う。
接客という仕事を、人間を、舐めてる奴は通用しない。
角田さんとタケさん以外の従業員は皆俺が選んだ。
俺にとって今ここで働く人達はものすごく大切。
みんな本当によくやってくれている。
立て直し売上を伸ばした。サウナに客が増えたことで鈴木組傘下の韓国エステも上向き、組からも一目置かれている。
端から見たら悪くないだろう。
しかし前よりずっと孤独になった。
精一杯隠しているけど、本当は祐子に依存してる。
あいつがいなくては生きていけない男になった。
俺は人を使えるようなタマじゃない。
隠して今日も働いている。
とくに何事もなくカウンターの営業終了時間になり、片付けして消灯した。
am2:00
受付番をしながら“そばもん(漫画)”を読む。
奥の三畳程のスペースでパクちゃんが仮眠を取っている。
2年前に買ったトゥルースリーパーの上で高鼾。
このトゥルースリーパー、俺には合わなかった。
返品したかったけど梱包が面倒な上に手続きがややこしくて諦めた。
でもパクちゃんはよく眠れると言っている。
パクちゃんはどこでも眠れる。
am4:00
パクちゃんを起こし風呂に入った。
俺はサウナが苦手。
あんな暑いの我慢できない。
am5:00
二人でモーニングの準備をした。
こんな俺でも一応調理師免許は持っている。ハタチ時分コウジさんがうるさく言うから仕方なく取った。
調理師専門学校があるくらいだから難しい試験なのだろうと思っていたけど、少し勉強しただけで取れた。実務経験2年なんてのも何となくOKで。
am6:00
早いお客にモーニングを提供しコーヒーを淹れた。
am8:30
業者が掃除に入った。
am9:00
お客が全員チェックアウト。
am9:30
俺の1日が終わった。
午後2時にマッサージ師の畠山さんがオカマバーに来てくれる。
“1時に起こして下さい”
書き置きして受付奥で横になった。
午後1時に起こしてもらい、煙草を吸って歯を磨く。
チェスターバリーのバーズアイスーツに着替える。
すぐ近くのSUBWAYでアボカドべジーを食べる。
そしてコウジさんの店でA・ヨークのキンダーライト組曲をかけて畠山さんを待っていた。
初めて畠山さんの仕事を拝見した時のことを思いながら。
俺はマッサージ師をスカウトするときマッサージを受けない。
パクちゃんやソンちゃんに受けてもらい、俺はそれを見る。
タオルの置き方、視線の先、呼吸、肩の揺れや表情など、その仕事を、その人となりを見る。
畠山さんは素晴らしかった。
プロフェッショナルだと確信した。
語弊があるけど
女を見る目はあると思っている。
子供の頃大人の女ばかり見てた。
このひとがお母さんだったらどんなだろうと。
生い立ちを理由にしたくないけど物心ついたときから親父しか居なかったのは大きいと思う。
多分とても大切なものが欠落してる。
祐子に抱きしめてほしい
なんてゼッテー言えない
畠山さんが来た。
少しだけ戯けて言った。
俺カズ「本日は足をお運びいただきありがとうございます」
「そんな笑…携帯からご連絡いただいていたのにお店にかけて、失礼じゃなかったかと」
「そんな笑…うれしかったです。どうぞお掛け下さい」
「失礼します」
そしてカウンターに入りケトルの湯で紅茶を淹れる。
コウジさんが紅茶好きで、このオカマバーには様々な種類が置いてある。
今淹れてるのはアンブレというやつ。
ハチミツとオレンジらしいけど、なんともいい香りで俺はこれが好きだ。
飲まなくても淹れて置いとくだけでいい。
畠山さんは白のシレ加工ブルゾンの下に、藍色の(多分コットンフランネルの)ピンストライプシャツを着ていた。
ベージュのニットキャスケットを取り手櫛を入れる。
結っていたから知らなかった。
肩にかかるスリークヘアがとても似合っていた。
応接テーブルのコーナーソファに腰掛けて向かい合う。
圧迫感を与えないよう少し斜になる。
ちなみに面接の時いつもスーツで紅茶を淹れる訳ではない。
俺の面接は男か女かで応対の仕方が違うし、相手によってその時その時変える。
畠山さんとは既に仕事内容や勤務時間、当面の入居先、給与面等の話も殆ど出来ていた。
今日大切なことは戒めることではなく安心してもらうこと。
女性が男性専用サウナで働こうとするとき、当然不安がドカ盛りになる。
自分が、男性従業員が貴女を守るということ、殆どが常連客で彼等は貴女の味方なのだということをまず言葉で伝える。
指名客のこと等で、マッサージ師間の不和が生じぬよう客回しには細心の注意を払う、それが自分達のキャリアなのだということも。
面接というのは、こちらが批評される場でもある。
『この男は信用できるだろうか』
彼女の厳しい眼が向けられる。
履歴書を見せてもらう。
履歴書は殆ど参考にならないし、しない。
さらさらと目を通し顔を上げた。
クールに。紳士に。
しかし内心驚いていた。
《38歳!?ウソだろ俺より10上かよ…マジ見えない…タメくらいに思ってた…》
女を見る目あるとか意味が解らない
紅茶道具を洗っていたら目がチカチカしだした。
《久しぶりだな》
携帯してるレルパックス(頭痛鎮痛薬)を一錠飲む。
このチカチカしだした時に飲めば痛みはごく僅かで済む。
ソファに横たわり目を閉じた。
ガキの頃から片頭痛発作に悩まされてきた。
まず視界に透明な糸のようなものがピロピロする。それがどんどん増え、やがて壊れるような頭痛になる。
酷いときは意識を失った。
救急車で運ばれその都度CT、MRI、脳波、採血などフルコース。検査入院。
結果は毎回原因不明。
病院の金儲けだと思っていた。大人になって清水俊彦著の
『頭痛外来へようこそ』という本を読むまでは。
思い出していた。
《…てんかん発作だの喘息発作だの骨折だのと、やたら病院に世話になるガキだったけど…あの頃は、気持ち悪い笑顔の医者も優しい看護師も大人はみんな金金金、金で動いてると思ってたな……金になるから俺に優しくするんだって…
ハ……昔から捻くれてた》
目を閉じて考えていた。
《今まで何人面接したかな…
50人じゃきかないな…
それにしてもパクちゃんもソンちゃんも日本語うまくなったよな…俺のがおかしいぜ…
面接で批評はされないだろ…
俺は馬鹿だ…》
思い出していた。
祐子と出会ったきっかけを。
面接だった。
病院に運ばれたんだ。
2年前のその日、俺は仕事を終え帰宅途中だった。
このころの勤務時間は午前11:00~午前1:30と殆ど決まっていたため、だいたいいつも同じ時間に帰ることが出来ていた(モーニングは提供していなかった)。
その日も午前2:00過ぎ頃、いつもの家路を歩いていた。
パチンコ屋と貸スタジオの間、路地裏に入ったところで後ろから首を絞められた。
一瞬わけがわからなかったけど、別の奴が俺のバッグを引っ張り、さらに別のもう一人が足を掴んで俺を倒したので襲われたのだと解った。
しかし完全にバックチョークがきまり頸動脈を絞められていたからどうにもならず。
そのまま絞め落とされた。
気がついたとき診察台の上にいた。
レントゲン室。
技師らしき男に体位変換されているところだった。
男からしてみれば夜中に突然仕事になって「ついてねえな」だったろうけど、身体中痛くまだ状況が飲み込めていない俺は、その荒っぽい転がし方に苛立った。
特に顔と、首がすごく痛かった。
立てます?
は…イテテ
歩けます?
…歩けますけど…背広とバッグ…財布もないし…
技師らしき男はダルそうに首を横に振った。「何も」
買ったばかりの、臙脂のナクレヴェルヴェットの背広もコウジさんに貰ったダレスバッグも、携帯も鍵も、煙草まで全部持っていかれてた。
六人部屋病室廊下側のベッドに案内され横になった。
私服は殆どスーツかジャージだった。
チャラバカの流行ファッションにてんで興味無かったし、古いだの新しいだのどうでもよくて。
舐められないように。
これが第一だった。
硬いベッドの上で考えていた。
《携帯電話のセキュリティはロック設定だけでどの程度大丈夫なんだろ…
犯人が俺の部屋知ってたら荒らされてるだろうし
エンジのナクレ…畜生
コウジさんが誕生日にくれたダレスだけでも返せよ…》
ふと、俺の顔の上で大丈夫か!大丈夫かって言ってる男が朧げに浮かんだ。
きっと彼が救急車を呼んでくれたのだろう。
《よく呼んでくれたな…
つうかよく目撃者いたよな…》
…変な臭いがした。
《…俺か?》
首が動かせないので二の腕を鼻に近づける。
下品でチャチな香水の臭い。
《……っ、あいつか、クソが》
それは数週間前に面接に来た男の香水の臭いだった。
その男は大学卒の24歳だった。
姿勢が悪く、挨拶がまともに出来なかった。
香水を浴びて面接に来た。
俺は彼のひとを小馬鹿にした態度に何を言っても無駄だと思った。
単刀直入に「不採用です」と言って席を立ち、手を出口の方へ向けて「どうぞ」と言った。
すると彼は露骨に態度を変えて
「は?、何が?」
俺は努めて丁寧に
「不採用です。お疲れさまでした」と言った。
彼は鼻で笑い、大きな音をたてて席を立ち帰って行った。
クレジットカードは盗難保険に入っている。
どのように適用されるのか知らないが心配しても仕方ない。
朝になってから連絡するしかない。
現金もまあ仕方ない。
ただ、ダレスバッグだけは絶対に返してもらう。
後ろから、数人で俺を襲い、全て持って行った。
許さない。
履歴書が残っているはず。
組織に頼ることは頑なに避けてきた。
それが俺のプライドだった。
しかし俺はこの時、組に借りを作るつもりでいた。
彼女に出会わなければ、道を外していただろうと思う。
小便がしたくなった。
トイレで用を足し、鏡を見て驚いた。
左の眉尻あたりから顎まで、血が黒く固まっていた。
少しずつ水で洗い流すと、傷はそれほど深くなかった。
眉尻から左目にかけて痣になり、頬骨上の皮がめくれていた。
《…レントゲンの兄ちゃんはレントゲンだけ撮ってあとは知りません、か
身包み剥がされて、こんな顔で救急車乗って来た俺に、あの兄ちゃんえらい機嫌悪かったな
去年手術で入院したとき看護師が「夜は処置できませんので」って言ってたから夜は処置できないんだろうけど
俺の店だったら消毒して絆創膏くらい貼ってあげるけどな
まあ、金持ってないってこういうことさ
こういう寂しさ虚しさ
ガキの頃いっぱい経験したよ》
レントゲンの兄ちゃん
うちの店では通用しない
「不採用です」
鏡に向かって言い、
視線を落として少し笑った。
笑い声がした。
『ハハ…不採用はお前だぜカズ
何だそのシケたツラ
なあ、覚えてるか
俺が上京する時、お前がシケたツラしてっから頭ひっぱたいてやったらお前、
思いっきり俺のツラひっぱたいて、泣きながら言ったよな
「俺も、すぐ横浜、行く
イッキョてめ、ゼッテー帰ってくんな」
今のお前、あの時のお前に笑われるぜ…』
心の中でイッキョに問いかけてみたけど返事は無かった。
《そうだよな…よかった…》
なのに続けた。
『お前プライドって何だと思う?
1年か2年の頃
詩織が「スッゴクいい歌だよ」って貸してくれたCDの歌詞に
“妙なプライドは捨ててしまえばいい
そこからはじまるさ”
ってあったけど
捨ててしまえる妙なものは
プライドじゃない
捨ててしまえる妙なものは
プライドじゃなくこだわりだ
それじゃサマにならないけど…
とにかく
プライドは命ほど大切だよ
舐められたくないって気持ちも
俺にとってはプライドなんだ
お前のプライド教えろよ
なあ 何か言えよ…』
やはりイッキョはこたえない。
想像してみる。
多分
イッキョはこう言う。
『お前の女がいい曲だっつってんのにごちゃごちゃ言うな馬鹿』
頭が痛い…
ウォーターサーバーの水を飲んでベッドに戻った。
============
翌朝
足音やらキャリーワゴンの音やら声やら何やかんやで目覚めた。
少し眠ったらしい。
首が更に痛い。
頭もギュンギュン痛む。
俺にも朝食を運んでくれた。
金持ってないのに。
昨日の夕方、おにぎり2個食べたきりで胃の中は空っぽ。
家に帰ってカレー食べようと思ってたところを襲われた。
しかし無銭飲食はできない。
学童保育を思い出す。
子供の頃
学校から帰っても家には誰もいなかったので、放課後、学童保育というところに入れられていた。
学童には小学三年生まで世話になった。
学校には馴染めなかった。
学童保育にも俺の居場所は無かった。
本当はあったんだろうけど、無いと感じていた。
嫌だった。
たとえば学童保育のクリスマス会、職員がサンタの格好で俺らにプレゼントをくれる。
これがたまらなく嫌だった。
恵んでもらう感覚に傷ついていたのだと思う。
============
大人の優しさや好意にいつもケチをつけていた。
優しくされればされるほど頑なになった。
今ならその理由がわかる。
自分の親だけを悪者に出来なかったから。
自分は可哀想な子供じゃない
自分の親だけが悪い大人じゃない
男気のある教師も、本当に優しい看護師も、みんな敵だと思い込むことで踏ん張ってきた。
============
せっかく運んでくれた朝食だったけど、抵抗感が拭えない。
「すいません、食欲ゼロで」
下げてもらった。
そして看護師が来て具合はどうかと訊いた。
「首と頭が痛いです」
親族と連絡取れないかと訊かれた。
親父とは10年前に絶縁している。取れないと答えた。
知り合いと連絡取れないかと訊かれた。
俺の知り合いは皆この時間寝ているし、そらで言える番号はサウナと、コウジさんの店と携帯だけだ。
コウジさんは寝ている時間。
サウナには清掃業者しかいない。
もちろん業者は電話に出ない。
看護師は困った様子で出ていった。
そして俺はまた眠った。
目が覚めると頭痛は幾分鎮まっていた。
ふと思った。
《これはまずいな
俺は被害者なんだ
警察が来る
事情聴取はごめんだ
…つうか…この病院…どこ?》
ベッドから起き上がり、階段を降りて通路を歩き、非常口のようなところから外に出た。
《ここどこだよ…》
9月の朝にシャツ一枚は寒い。
正面入口に病院の名前があった。
俺の最寄り駅と二駅離れた駅名の病院。
歩いて帰るのはきつすぎる。
《救急車で運ばれてるんだ
ぜったい警察来るぞ
誰かに金借りて帰らないと》
…もよおした。
病院のトイレに入って
また驚いた。
痣が広がっていた。
自分でも恐い。
《こんな顔…
誰も金借してくれないだろ…
どうすんだよ…》
用を足して、混乱したまま
とりあえずまた外に出た。
やっぱり寒い。
すると向こうから、眼鏡を掛けた女がトコトコ歩いてきた。
『…面会午後からだなんて知らなかったな…
とりあえず一旦帰って洗濯しよ…』
てな顔をしていたこの女が祐子だった。
後日、このときのことを彼女は
「夜勤明けにヤクザに脅された」
と言っている。
==============
当時26になったばかりの俺は
今の26倍は下らないウンチだった。
みんな違うと言い聞かせながら、舐められたくないと虚勢を張りながら、本当は
多くの人を舐めていた。
自分のちゃちな物指しだけで
他人を決めつけ片付けていた。
一人で生きてきたんじゃないと頭では解っている、つもりでも、
懐の奥では一人で頑張ってきたのだと傲っていた。
「オレは」「オレは」の
オレオレウンチだった。
祐子に出会う前は、
今よりずっと馬鹿だった。
==============
眼鏡の女が俺の前を通り過ぎようとしている。
《この人に頼んでみよう…
何て声かけようか…
丁寧に…
でも丁寧に頼んで断られたら
キツいしな…
…チンピラ…
こんな顔だ
開き直れ!》
眼鏡の女に話しかけた。
「ああ、ちょっとごめん、
おねえちゃんさ、
お金貸してくんない?」
眼鏡の女は驚いた顔で
「え?……はい?」と言った。
俺カズ「いやだから、お金を貸してよ」
眼鏡の女「…あの、病院で診てもらって下さい」
カズ「あ?アタマおかしいから診てもらえって?」
メガネ「はい?…あの、怪我してるから手当てし」
カ「手当てとか大丈夫なんだよね、とにかく金貸してよ」
メ「持ってません」
カ「持ってないわけないでしょそんなデカいバッグ持ってんのに」
バッグを軽く殴った「バシッ」
メ「あっ!何するんですか!」
カ「何入れてんの?カール?」
メ「お金はありません! 」
行こうとするからバッグを掴んだ
メ「あっ!離して下さいひと呼びますよ!」
カ「痛ッ…首痛めてんだ…
無理させないでくれよ…」
メ「何なんですか!?」
「金貸して」「持ってません」を繰り返した。
埒が明かないので出方を変えた。
カ「ところでおねえちゃんは募金したことあるの?」
メガネ「…ふう、はい!?」
カ「その「はい!?」っての口癖か?募金したことありますかって」
メ「ありますよ!」
カ「怒るなよ。どんな人に募金したの?」
メ「どんなひとって、
大変な状況のひととか…」
カ「ここここ!ここにメチャクチャ大変な男がいるだろ。背広も財布もケータイも鍵も何にもなくて更に怪我しててさ。いきなり知らない場所に連れてこられてんだぞ。痛いし寒いし腹ペコだし煙草吸いたいし横になりたいし、、何十苦背負ってると思ってんだよお前は。解ってんのか?」
メ「…。もうわけわかんない」
カ「しっかりしろ、とにかく金貸してくれ。ちゃんと返すから」
メ「…幾ら欲しいんですか…」
カ「っと…じゃあ…一万」
メ「はあ!?誰がそんなお金!ふざけないで!」
カ「はあ!?ふざけてねえだろ!」
メ「貸せて500円です!」
カ「てんや行って終わりじゃねえか」
メ「意味わかんないもうほんとにお金持ってないんだから!」
眼鏡の女は怒りながら、バッグから分厚い財布のようなものを取り出した。
カ「それ財布?」
メ「…」
カ「ケバフサンド?」
メ「うるさい!」
女は俺に見えないようにして、ケバフ財布から千円札を取り出した。
メガネ「はい」
俺カズ「…もう一枚貸し」
メガネ「ダメ!」
絶対ダメみたいだ。
仕方ない。
「わかった。ありがとな」
千円札を受け取りポケットに入れた。
「なるべく早く返すからケータイの番号教えてよ。紙と書くもの貸して」
「教える訳ないじゃない
いいですよ返さなくて」
「お前さ、馬鹿にしてんの?」
「どっちがですかっ」
「俺はずっと"金貸して"って頼んでんだぜ。よこせなんて一言も言ってないだろ」
「わかってますよ。だけど番号教える訳ないでしょう?」
うん。
「じゃあ俺の連絡先教えるから紙とペン貸してよ」
女は少し迷ってから、これまた分厚い手帳とボールペンを取り出した。
しかしその手帳はバッグに仕舞い、メモ用紙を取り出してペンと一緒に貸してくれた。
「ここに書いて下さい」
名前と住所と、自宅と店の番号を書いて女に返した。
「必ず連絡しろよ」
「…。はい」
直感した
《こいつ連絡してこないな》
そうだ!
「おまえギター好きか?」
「!…はい!?」
次は一体何なの!?
という顔をした。
「俺ギター弾くんだけどさ、、どっから話したらいいかな…」
「?」
「(俺の最寄り駅名)行ったことあるだろ?」
「ありますよ」
「ブルームーンて店知ってる?」
「いえ」
「…駅前の、何ならわかる?」
「…トルコ雑貨店」
「んなもんねえよ」
「ありますよ。最近も行ったし」
「知らないな。駅前にあるか?」
「…あ、でもちょっと分かりにくい所なんですよ。穴場っていうか…10分くらい歩」「おい」
「一度に幾つもボケるな。
…さっきのメモ用紙貸してよ
地図書くから」
ブルームーンの場所と営業時間と、定休日も書いて渡した。
「火曜日はだいたい此処にいる。で、今月の30日、ギター弾くから聴きに来てよ」
「30日ですか?」
「うん。都合悪い?」
「…ちょっとまだわからない」
「一応19:30からだけど、遅くなっても別に、多分23:00までは居るし、来てくれたらまた弾くし」
「はあ…」
「…ああ、そこのマスターに返す金預けとくよ。だから明日でも、いつでも。カツアゲになるのは困るからな。
でもできたら30日、聴きに来て」
「…はい」
女はメモ用紙を見ながら言った。考えているようだった。
女が顔を上げた。
俺を見つめる。
俺も負けじと見つめる。
メガネ「あの…」
カズ「はい!?」
「!何でもないですそれじゃ」
「だから怒るなよ!何?」
「…ほんとに病院で先生に診てもらって下さい」
「…どうも」
「お大事に」
女が視線を外した。
「またな」
そう言って踵を返した。
横レス失礼します。
さん
その後のお加減はいかがでしょうか。
今日、自分の稚拙乱文を読み返しました。
かなり混乱しました。
閉鎖したい衝動に駆られましたが、意地でも続けます。
すみません。
3月22日の朝に思い立ち、勢いでスレ立てました。
一番は前へ進む為ですが、あなたに読んでほしく、書いています。
色々あって中々進みませんが、どうか最後までお付き合い下さい。
宜しくお願いします。
《ありがとう》
金を借りた雰囲気で病院に戻ってしまった。困った。
煙草が吸いたい。
コンビニはどこだろう。
しかし今すぐ外に出て眼鏡の女に会ったらちょっと気まずい。
とりあえず売店で牛乳パンと缶コーヒーを買い、駅までの道を教えてもらった。
パンを飲み込むとき喉仏のあたりが痛かった。
首が曲がらないからコーヒーがうまく飲めない。
売店に戻りストローをもらう。
こんな顔で「ストローください」は恥ずかしかった。
さて帰るか
っても鍵無いし、
やっぱりコウジさんに連絡しなきゃしょうがないな
待合所の時計を見ると10:00を回っていた。
起こしてしまうかも知れないけどあと30分したらコウジさんに電話しよう
とにかく帰るか
正面入口の公衆電話が目に入り、何となく自宅へかけ留守録を再生した。
伝言一件
今日の7時4分
「早朝失礼致します。吉井一樹さんの御自宅でよろしいでしょうか。わたくし神奈川県警刑事部捜査第一課のオガタと申します。お手数ですが折り返し…」
考えたって仕方ない
煙草を買いに外へ出た
考えたってどうしようもない。
頭わるい奴がこんな状況でごちゃごちゃ考えたって悪くなるだけだ。
しかしもう頭の中がゴチャゴチャだ。
注:以下頭の中
どうやって警察が俺の自宅番号を知ったんだろう?
何故7時4分に?病院で住所訊かれたのは多分8時頃だぜ?
刑事のオガタは緒方?緒形?尾形…警察が俺の身元知ったのは…免許証は持っていなかったし(いつも車の中)…カード?…バッグ見つかったのか?つうか連絡早すぎだろ?いたずら電話か…でもいたずら野郎が「早朝失礼致します」っておかしいだろ…礼儀正しいイタズラが流行ってんのかな…、吉井一樹さんの御自宅でよろしくなかったら俺のプライバシーはズタズタじゃねえか…
あ!
俺が喋ったんじゃねえの?
救急車の中で訊かれて。
覚えてないけど。
…てことは…
レントゲンの兄ちゃんが機嫌悪かったのは、俺が暴言吐いたのかも知れない。
気がついたとき俺は苛立ってたんだし。
…だとしたら…確かに
不採用は俺だぜイッキョ
…ハハ
…
『グダグダじゃねえか』
サークルKで煙草とライターを買い、火を着けて煙を深く吸い込むと喘息の兆候がした。
肺がヒリヒリするような。
メプチンは盗られたバッグの中。
直ぐに消した。
それにしても
自分がしんどいときどうしても自分のことばかりになってしまう。
レントゲンの兄ちゃんに酷いことを言ったかも知れない。
《兄ちゃん、なんかごめん》
他にも溢してる罪があるかも知れないと内省する
病院に来てからここまでの自分の行動を看護師目線で振り返ってみた
《私は看護師
毎日本当に忙しい
肩凝りひどいし腰も痛い
でも頑張らなくちゃ
急患が来た
チンピラかな
トイレの鏡に向かって「不採用です」と言っている
頭を打ってるのだろうか
朝食を運んだら断られた
家族とも誰とも連絡取れないと言っている
困ったな
暫くして見に行ったらベッドにいない
窓の外に目をやると
何やら女のバッグを引っ張っている
完全に意味不明だ
降りて行くと牛乳パンを食べていた
食欲ゼロじゃなかったの?
それとも偏食かな?
缶コーヒーにストローさして飲む男のひと初めて見た
彼は大丈夫だろうか…》
俺は大丈夫だろうか
何にしろ警察沙汰になってるなら大人しくしていたほうがいい
病院へ戻ることにした
=======
病院の公衆電話からコウジさんに連絡した後ナースステーションへ挨拶に行った
「すみませんおはようございます、昨日救急車で運ばれた者なんですけど、まだベッド空いてますか」
確保してくれていた
ありがたい
知人がもうすぐ来ることを伝えベッドで横になった
そして
今朝の眼鏡のことを考えていた
コイツならちょっと言えば金貸してくれるだろうなんて眼鏡を舐めてかかったわけじゃない。
この人に頼んでみようと、殆ど直感で話しかけた。
でも傷つきたくないからチンピラstyleにした。
断られても「こんな頼み方じゃ仕方ない」という言い訳を用意した。
情けない野郎だ。
なのに眼鏡は鼻の先であしらわずに、真っ直ぐ俺を見て「(お金)持ってません」といった。
行こうとしたのはカールのせいだろう。
無茶苦茶言えば当惑し、怒り、調子に乗れば「ダメ」って一喝した。
ビビりもせず、蔑みもせずに、対等の目線で向き合ってきた。
俺の滅茶苦茶な話しを聞き、それでも結局は千円貸してくれた。
トルコ雑貨店なんてボケまでかましやがった。
最初から最後まで俺の怪我を心配してくれた。
すっとぼけてるけどあの眼鏡
すごい女だ。
もう一度会いたい。
チンピラじゃない自分で。
《30日、来てくれるよな》
小4から始めたギター
一昨年までプロを目指していた
あいつのために弾きたい。
心から思った。
《…》
指の体操をしたり足の指でグーチョキパーを繰り返しながらぼんやりしていた。
とそこへコウジさんが看護師と一緒にやって来た。
「ああ、コウジさんもう来てく」
「一樹ちゃん!ああ…」
俺の顔を両手で挟んだ。
「ちょちょっ!ここコウジさんチャ近い近い近い!!」
「どうしてこんな…痛かったでしょう、恐かったでしょう…」
コウジさんの手をどかした。
「今が一番恐かったよ!…もう首痛めてんだから、勘弁してよまじで…はぁ」
「いいオトコが台無しじゃない…」
俺の手を握る。
「コウジさんこそそんな情けない顔。いいオカマが台無しだよ」
手をどかした。
看護師が首を傾げるようにして俯いている。
しばし沈黙
「(犯人に)心当りはあるの?」
急に厳しい顔で訊いた。
「…いやそれなんだけどちょっとここじゃ何だし二人で…」
コウジ「どうして手当ても何もして下さらないんですかっ」
いきなり看護師に向かって言った。
「違うって俺が散歩してたんだずっと」
「ええ!?、どうして散歩なんかするの!」
「ちょっと落ち着いて。テニスの主審みたいな動きしてるし」
「あなたね、ふざけるのもいい加減に
「他の患者さんもいるから。
ここ外して二人で話そう」
するとそこへもう一人看護師がやってきた。
「吉井さんコルセットしましょう」
首コルセットをしてくれた。
看護師「もっと早く着ければよかったですね」
看護師と他の患者に二人で謝り、すぐに戻ると伝えコウジさんと病室を出た。
「一樹ちゃん、取り乱してごめんね」
「謝るのは俺だよ。ごめん。
すぐ来てくれてありがとう」
ナースステーション近くの
ちょっとした休憩スペースに行き向かい合って腰掛けた。
「一樹ちゃんのシャツに犯人の指紋が付いているかも知れないでしょう。脱いでこれに着替えなさい」
そう言ってアンダーアーマーのスウェットを渡してくれた。
靴下とサンダルも一緒に。
アンダーアーマーは肌触りがいい。
ただロゴがちょっと…。
シャネルが立って逞しくなったような…
ヘラクレスオオカブトみたいで…
何とも。
コウジさんに今回の経緯を大まかに話した。
犯人の目星がついていること
警察が動いていること
そして、鈴木組に借りようと思っていることを話した。
「大人も子供も関係ない。
人生には許しちゃいけないことがある。
許さないということは“自分はこんな人間には決してならない”ということを明示することだと思う。
集団で個人を攻撃するということを俺は絶対に赦さない」
「…そう。
あなたが決めなさい。…ただね、組に依るならそれなりの覚悟がいるわ。私から(鈴木組に)言えば一樹ちゃんに(鈴木組への)借りができることはない。嫌な言い方だけど、私は組に“貸し”があるから大丈夫。
だからその覚悟じゃない。
その犯人、どうなるかわからないわよ。
あなたは罪を背負う覚悟がある?一人の人間を、その人間の周りを壊す覚悟があるの?」
《あるよ》
そう答えようとした時
真っ直ぐに俺を見つめる女の眼差しが浮かんだ
舐められないようにとか、信用できるか否か、そんな探るような眼と違う
眼鏡の女は、ただ俺を見てた
真っ直ぐに
俺は言った
「…そうだね
とりあえず、警察に任せるよ」
コウジさんは目を伏せ
小さく二度頷いた
スレを醜くしてしまい申し訳ございません。
ーーーーーーーーーーーーーー
病室に戻り傷の手当てと眼帯をしてもらった。
医師が来たので診断書をお願いし、CT検査を受けた。
次回MRIを受けるよう言われた(空きがなく受けられなかった)。
医師と看護師と他の患者にお騒がせしたことを詫びた。
コウジさんに会計を済ませてもらった。
診断書の値段に驚いた。
たった二行の殴り書き(オーバーじゃなくマジで読めなかった)のその紙の値段は、当時15歳だった俺とイッキョの日当より800円高かった。
コウジさんの愛車(サーブ)でコウジさんの店に着き、電話会社とカード会社に連絡した。
カード会社には、警察へ盗難届を出すよう言われた。
既に警察へは連絡がいってるし、医師の診断書まである。
まず間違いなく保険適用になるだろう。
そして店に行きスタッフとマッサージ師に謝り、よろしくお願いしますと伝えた。
また来なくては。
それから不動産へ行き、自宅を開けて貰った。社員が一緒に来てくれた。
犯人が入った形跡はなく安心した。
警察署に連絡しオガタさんと話した。
調書作成の為警察署へ行かなくてはならない。
明日の10:00に迎えに来てくれるらしい。何ともありがたいやら迷惑やら。
そして夕方、店に行って夜勤スタッフに挨拶したあと、ブルームーンへ行きケンさんに10000円を預けた。
ケンさんのやきそばが何故か
やたらうまかった。
==============ケンさんの焼きそばも旨いけど、コウジさんの焼きそばは
もっと旨い。
静岡から取り寄せている富士宮やきそばをコウジさんは更に旨くする。
フライパンにオリーブオイルをひき、酒とショウガ醤油で軽く下味をつけた豚細切り肉を炒める。
取り出す。
ペーパータオルでフライパンを拭く。
油かすを入れ、モヤシと細切りキャベツを炒める。
取り出す。
水と酢、肉と野菜の汁を加えながら麺を炒める。
添付ソースとトマトピューレを加え、そこへ先に炒めた肉と野菜を入れ数回煽る。
麺を皿に、そしてフライパンに残った具を片側に寄せるように盛る。
いわし粉、青のり、紅ショウガ、かいわれを添えて完成。
卵おとす?と訊く。
いちいち取り出す、トマトピューレを加える、具材を細切りにすることなどがポイント。
いちいち取り出すことで肉、野菜、麺それぞれがムラ無く丁度良い炒め具合になるし、トマトピューレで爽やかになる。
具材を細切りにするのは麺とケンカしないように(好みの問題だと思うけど)。冷し中華と同じ理屈だろうか。
とにかく焼きそばひとつとってもこんな感じ。コウジさんの料理は繊細だ。
だからと言ってケンさんの料理が大雑把な訳ではない、。
…
ブルームーンのバーニャカウダはとても旨い。スペイン産のアンチョビが旨いからだと思う。==============
「ごちそうさま」
ポケットから金を出したら
馬鹿って言われた
「おごりだよ、当たり前だろ。
ゆっくり休め」
「…。どうも」
帰り道、缶コーヒーを買い公園のベンチに腰かけた
煙草に火を着ける
照明灯が邪魔なほど
すこし欠けた月が強くきれいだった
ほんとはわかってる
自分の小ささを
ひとを使える器じゃないってことを
なのに誰も俺を責めない
寂しかった
孤独だった
イッキョに会いたいと思った
家に帰ってシャワーを浴びた
左手で傷を被いながら洗髪した
寝巻代わりのスウェットに着替えコルセットを着け
寝室のベッドで仰向けになった
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
今日はさすがに疲れたよ
なあ
あれからちょうど10年だな
去年は手術で今年はこれだぜ
ハハ
お前と別れてから俺もがんばってきたんだよ
ギターをさ
仕事だってな
昔はバイト扱いだったけど
休みは毎週火曜日と、盆正月の三連休だけさ
これ去年までずっと続けてきたんだぜ
喘息ん時だってメプチン吸ってマスクして煙りに巻かれてたさ
舐められたくなかったから
お前に負けたくなかったから
「また今度な」って
すぐ会えるような
そんな別れじゃなかったよな
俺もお前も、絶対負けらんねえって殴り合ったんだ
俺から連絡したら負けだと思ってきたし、今も思ってる
けどさ
会いたいよ
イッキョお前がはじめての友達だった
お前と別れてから俺
友達つくれてないんだ
_______
闇と静寂に耐えられなくなり灯りを点けて
メイヴのCDをかけた
ケルティックプレイヤー
涙が出てきた
寂しさや口惜しさや不甲斐なさや、そんなどうしようもない胸苦しさと涙を
全部メイヴのせいにして固く目を閉じていた
痛みとともに目覚めた。
昨夜
ロキソニンもモーラステープも忘れていた。
10時ちょっと過ぎにオガタさんから「下に着きました」と電話があった。
昨夜着ていた服や靴、診断書
免許証等を持って降りて行くとクラウンの前で電話をかけている角刈りのオガタさんがいた。
年齢―四十前後
趣味―瞑想
特技―袈裟固
夢―自給自足
そんな雰囲気の男だった。
______________二年前にオービスに捕まった
38キロオーバーで罰金7万
あと2ヶ月でゴールドだったのに
何故オービスレーダー作動しなかったんだろう
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
警察署に着き
顔や腕の痣、擦過傷を写真に撮られ、十本の指一本一本をぐるりと左から右へ転がすように指紋押捺した。
そして事情聴取。
緒形さんは探りまくってきた。
刑事には事件の迅速な処理能力が求められ又それが昇進等に加味されるのではないか。
小さな事件は簡略にしたほうがいいのではと捻くれ者は思う。
しかし緒形さんは事件性を低くすることなく一つ一つ事細かに調書を取っていった。
俺が犯人であるかのように俺を見てた。
緒形さんは刑事だった。
仕事を舐めてなかった。
しかしその調書を今度は俺が赤ペンでなぞらなくてはならないのには閉口した。
コーヒーを出してくれた。
防火用水で淹れたのかと疑うほど不味かった。
犯人の目星がついているとか、自分がチーフなんてチープな名前の立場であるとかは話さず、適当にとぼけていた。
訊かれまくる状況で自分から喋るようなオープンバカではない。
警察に任せると決めたことでか、自分の不甲斐なさが勝ったからか、何故か
犯人に対する怒りは薄れていた。
何より眼鏡のためにギターを弾かなくてはならない。
緒形さんの書いた長い調書を赤ペンでなぞりながら、30日の演奏プログラムを考えていた。
《ラストはヨークのレッティングゴーにするとして、ファイアーダンスを…いや最初はアストゥリアスかな…異国の人をどこで歌おうか…ケンさんのリクエスト何だったけか…忘れた…》
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄カードは全く使われていなかった。
診断書には「脛椎捻挫挫傷の為二週間の安静加療を要する」と書かれていたらしい。
仕事は三日休み、四日目から出た。
眼帯に絆創膏、首コルセットをしていてもできる接客業、やはりこの店はちょっと変わってる。
常連が一様に、その怪我どうしたって訊くから大変で、
パクちゃんにやられたとか適当に答えていた。
「全部私に任せなさいって言ったのに勝手に動き回って、まったくもう!」とコウジさんに怒られた。
そして
9月30日を迎えた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Estoy bien gracias
Miu,tenga cuidado tambien
Buena suerte!
ユキノさんが近づいてきて言った。
「こんばんは!よろしくお願いします。ってなんかカズさんいつもと雰囲気違いますね。前髪下ろしてるし。モード系ですか?」
ケン「おう。何だ更生したのか」
ナツミ「宜しくお願いします 笑」
俺カズ「…(会釈)」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
プログラムをケンさんに見せた。
眉間に皺が寄る。
そして顔を上げた。
怪訝な顔で話し始めた。
「好きにやってくれたらいい。
けど少しだけ言わせてくれ
ごめんな。
いきなりアストリアスでさらにヘンデルの11番それも全部。
重すぎるだろ。
聴いてるほうが疲れちまうよ。
レッティングゴーまで行かないぞこれじゃ…」
俺カズ「…大丈夫だよケンさん全部言ってよ」
ケン「…カズのレッティングゴーはすごいよ。何て言うか、
ストーリーができてる。
ぐっと来る。
けどはっきり言ってバッハはそうでもない。ヘンデルの後に雰囲気変えようってんだろうけど
こんなに弾いたら、、くどい。
カズのギターはいつも突き放してる。聴きたい奴は聴け、気に入らない奴は帰れってさ、。
俺は好きだけどなそういうの
しかしもったいない
なあ、わかってるんだろ?
もうちょっと力抜けよ」
俺は黙っている。
ケンさんが続けた。
「ごめんなカズ、言い過ぎた」
「全然言い過ぎてない
オブラートに包まれ過ぎてて中身がぼやけてるよ」
「ふっ 、…カズが19の時から、もう20回はやってるよな。
22回目か?、。楽しみにしてる常連多いの知ってるだろ?
中には「こんなすごい演奏する人がどうしてアマチュアなんですか?」なんて訊く人もいる。
オッサンだけど」
「俺がゴチャゴチャ言ってカズの良さ抑え込んだら怒られるわな。まあ、好きにやってくれよ
喋りすぎて疲れた」
俺は黙ってる。
またユキノさんが近づいてきた。
ユキノ「カズさんくるみ歌って下さいよ」
俺カズ「え何…森下くるみ?」
「え…誰ですかそれ。
Mr.Childrenのくるみです。
ねぇくるみーこの街の景色はーって、知らないですか?」
「知らないです」
「そうですか…ってかカズさん何で私にそんな敬語なんですか?私のが6つも下なのに」
「距離を置いているんです」
「は?何で、ですか?」
「ユキノさん恐いんで。ケショウ濃いし」
「はあ?…!ケンさんブッ飛ばしてやって下さいこのサクザを」
ケン「よし、首からいくか」
「ごめん!あナツミさん助けて」
ナツミさんはただ笑ってた
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
奥の個室でギターを弾きながらプログラムを再考していた。
ナツミさんがサンドイッチとコーヒーを持ってきてくれた。
「私ギター好きなんです。楽しみにしてます!」
混じりっけのない笑顔。
「ああ、ありがとう」
思わず釣られてちょっとだけ笑んでしまった。
『よかった』
やっときたか、とか
おせーよとかじゃなくて
来てくれたことがうれしかった
異国の人
思いを込めて その最後を歌う
ーーー
でも君は僕の王子
忘れかけていた
昔の 夢の中で
血に汚された 流離の王子
それに似ている
探し続けた彼に
青春の中で 夢の中で
生き続けていた あいつに
ーーー
立ち上がり、深く一礼した
眼鏡の女に
『おまえのために弾くからさ、ちゃんと聴いててくれよな』
ANDREW YORK
・ Marley's Ghost
・ Emergence
そして最後の曲
Letting Goを弾く
様々な記憶が 思いが 巡る
フラッシュバックする
二歳の俺を置いて出てった母親
ただ気分で俺を殴ってた親父
歯が折れたこともあった
失声症に苦しんだ
一人の女性ギタリストが
俺の声を 取り戻してくれた
「カズ君は悪くない
カズ君は悪くないんだから」
涙を流し 抱きしめてくれた
俺に声を戻してくれた
イッキョが俺を認めてくれた
イッキョが俺を導いた
「カズ、お前は横浜行って
ギタリストになれよ」
コウジさんに出会った
ケンさんに出会った
そして俺は今、おまえの前で
Andrew York の Letting Go を弾いている
これまでの集大成として
言葉にならないすべてを込めて
この演奏を君に贈る
140小節過ぎの即興部分に入った辺りで、感情的になり過ぎていることに気付きはっとした。
呼吸を調えるように残り34小節を弾いた。
最後の音をハーモニクスして、サドルに小指下の、手のひら側面を当て、ゆっくりと寝かせ デクレシェンドしながらミュートした。
二秒ほど静止し顔を上げると
大きな拍手が湧いた。
眼鏡のために弾くつもりが
自分の思いをぶつけるように弾いてしまった。
何故こんな感情的になってしまったんだろう。
よくわからないまま眼鏡の女を見ると、やさしい顔で拍手してくれていた。
『ありがとう』
「ありがとうございました。
あの、もうお決まりになっているので、アンコールではないのですが、最後に、ピアノソナタを短く弾いて、僕のライブを、…しめます。
本日はお時間いただきまして
ありがとうございました」
なだんかしどろもどろになってしまった。
そしてジャズ風アレンジのピアノソナタを弾いた。
これは本当に眼鏡のために。
ーーーー
常連客やはじめてのお客さんと少し話した後、眼鏡のところへ行った。
「おそいよ」
ちょっと笑ってしまった。
「すいません」
眼鏡の笑顔は
とてもきれいでかわいかった。
柔らかくて。あったかだった。
彼女の連れてる雰囲気に惹かれた。
「ちょっと、時間ある?」
「あ、はい」
 ̄ ̄ ̄
ジャムセッションが殆どだけど、ブルームーンでは時々ライヴが行われ、ライヴのあとは決まって打ち上げのような感じになる。
ユキノさんとナツミさんに常連客も手伝ってくれ、テーブルには数種類のピンチョスやタパス、ビールやワインが並べられていく。
カウンターのケンさんに声をかけた。
「ケンさんごめん。帰る」
「どうした?」
「ちょっと大事な用事あって。ほんと悪いけど。どうしても」
「そうか。気にするな。みんな集まって楽しくやるのが好きなんだから」
「ありがとう」
「カズ、今日のギターよかった」
「ありがとう」
ナツミさんとユキノさん
そしてお客に、ありがとうとごめんなさいを言い、眼鏡の女とブルームーンを出た。
みんなにいい顔はできない。
場の空気に気をとられていたら大事なものを掴み損ねるかも知れない。
「大丈夫なんですか?
出てきちゃって」
「気にするな。みんな集まって楽しくやるのが好きなんだから」
「…?」
さて、どこにしようかな
「おなか空いてる?」
「あ…、はい、ちょっと」
「なに食べたい?」
「何でもいいです」
「きらいな食べ物は?」
「…ナガイモ」
独特だ。
長芋なんか食わせねえし。
俺達は駅前の沖縄料理屋に入った。
______________ギターのあとに沖縄料理。
ライヴの後味は大丈夫か?
豚足(キライ)豆腐よう(モットキライ)…
如何なものかとも思ったけど
沖縄料理は間違いなくうまい。
ゴーヤチャンプルーなんか大好きだ。
なにより眼鏡と寛ぎたかった。 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
15坪ほどの店内にはBGMの三線が小さく流れ、客の入りは7割程度だった。
壁際も窓際も、良さそうなところは空いてなかったので、俺達は真ん中あたりの席に向かい合って座った。
とりあえず
島サラダ、ジーマーミ(ピーナッツ)豆腐、ラフテー(豚角煮)、ゴーヤチャンプルーを頼み、オリオンビールで乾杯した。
彼女はビールを飲むと、とても
しあわせそうな顔をした。
何だか分からない三種のお通しを、興味津々な顔で食べておいしいと言った。
やさしい空気が漂っていた。
彼女の眼鏡は何かすてきなものが見えるのかも知れない。
「なんかいいですね」
そう言って眼鏡が俺を見た。
俺は条件反射的にビールを見た。
「ああ…そう」
完全に惚れた
眼鏡の女は
「ゲガは大丈夫ですか?」とか
「ギターすごいですね」とか色々、とても寛いだ様子で、自然に喋ってくれた。
俺は
「どうも」とか「そう?」とか
「うん」とかもうそんな感じ。
思春期状態だった。
外で一服したかった。
でもそんな俺にも彼女は変わらなかった。しあわせそうな顔で料理一つ一つにイチイチ「おいしい」と言いながら、本当においしそうに食べていた。
島サラダの上に乗ってる海ぶどうも「おいしい」と言った。
海ぶどうなんか別にうまくはない。プチプチしてるだけだ。
「それ(海ぶどう)もっと食う?」
「あっはい」
かわいかった。
何でそんな顔できんだよと思った。
俺は条件反射的にゴーヤを見た。
「じゃあ海ぶどうと…トンソク好き?」
「はい。好きです」
「じゃあテビチも頼むか…」
「あっでもそんなに食べれますか?」
「俺は食べないよ。海ぶどうって意味わからないし、トンソクなんか気持ちわるいだろ」
「じゃあいいですよ 笑」
「何だよ食いたいんだろ?食えよ遠慮すんなって」
「一人でそんな食べないから。また今度で。あでも、海ぶどうは食べたいです」
〈また今度で〉
生まれてきてよかった
「ソーミンチャンプルとソーキそばだったらどっちがいい?
俺はソーミンチャンプルがいいけど」
「…じゃあソーミンチャンプルで 笑」
「すいません」
店員サンを呼んだ。
「海ぶどうと、ソーミンチャンプル下さい」
彼女の幸福感は何なんだろう
そんなことを考えながら
ソーミンチャンプルーを食べていた
俺は捻くれてる
汚れている
天真爛漫な幸福感や可愛さなら
「かわいい」「きれい」で通り過ぎる
たとえ惹かれても
自分がいじったらいけないと思うから通り過ぎる
何て言うんだろう
目の前で旨そうにソーミンチャンプルーを食ってる彼女の幸福感は
かなしみのようなものを内包していた
壊れやすく繊細な幸福感
あたたかくてやわらかで
彼女はそれを守ってる
持ち続ける強さを持ってる
濁りまくった俺の心に
奥のほうに彼女が入ってきた
「ちょっと食べませんか?」
彼女はそう言いながら海ぶどうの器をツツッと差し出した。
「いや。 ありがと」
彼女の斜め後ろのオトーサンは楽しそうに酔っぱらってる。
ほんとは眼鏡に色んなこと訊きたい。
けど下手に訊いて嫌われたくない。
チェリーボーイか。
頭がチャンプルーだ。
あ
背広の内ポケットから一万円札を 一枚抜き、スッと彼女の前に差し出した。
「借りたお金。ありがとう」
彼女が止まった。
「え」
「いきなり失礼な口きいて悪かった。バッグ殴ってごめん。
ほんとに、すみませんでした」
頭を下げた。
「いいですそんなの。それに、どうしてこんな…。いりません。
ギター聴かせてもらえて嬉しかったです」
「来てくれてありがとう。うれしかった」
言いながら、なんか
最後みたいで切なくなった。
俯きビールに口をつけた。
三線の音色が疎ましく思えた。
「お金は本当にいりません。
またギター聴かせてください」
彼女が言った。
「ああ、いいよ」
わらうなバカ
堪えた。
「じゃ番号教えてくれる?」
「はい」
微笑んで答えてくれた。
すべてが報われるそんな笑顔だった。
「アドレス教えてよ」なんて
俺のスタイルじゃない。
番号を訊いた。
でも彼女はメモ用紙にアドレスと
名前も書いて渡してくれた。
この瞬間
眼鏡は倉石祐子になった。
「ありがとう」
「吉井さんのも教えて下さい」
祐子がメモ用紙とペンを俺に向けた。
そうだ携帯は教えてなかった
携帯のアドレスと番号を書きながら
「吉井さんってやめてくれよ
刑事じゃあるまいし。
カズって呼んで」
「?。じゃ、カズさんで」
「カズにしろよ。俺は祐子って呼ばせてもらうから」
「じゃあ、カズ君で」
「…。カズ君ですよろしく」
「はい。よろしく 笑」
==============
2008年9月30日火曜日の夜
こんなふうに俺と祐子は
はじまった
祐子はこのとき
この日が26歳の誕生日であることも、趣味や職業や、そういった自分のことは殆ど何も話さなかった
ただとても寛いだ様子で
しあわせそうにしていた
俺は彼女のこういうところが好きだ
一人でよろこびを抱きしめるような彼女を愛して止まない
けどもしかしたらこの日
彼女は心の中の誰かと
お祝いしてたのかも知れない
何でも話せる仲なんて嫌いだ
大切にするってことはそういうことじゃない
彼女には彼女だけの場所がある
彼女だけの世界がある
知りたいと思う
教えてほしいとも思う
でも彼女が言わないのなら
俺も訊かない
俺は彼女の男だから
彼女のその大切な何かを
俺も大切にしなくちゃいけない
秘密なら秘密のまま
Muchasgracias!
______________ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄どれくらい目を瞑っていただろうか。
体を起こし首を振ってみた。
頭痛は少しだけで治まっている。
掛け時計を見た。
ぼやけてよく見えない。
携帯を開くと16時36分。
大体昨日祐子と別れた時間だ。
まったく困ったもんさ
もう会いたくなってる
出勤時間まで1時間半。
カウンター内に入り水を飲み、煙草に火を着けてぼんやりしていた。
コウジさんが入ってきた。
「あら一樹ちゃん」
「ああごめん。おはよう」
すごい量の買い物袋だ
「面接どうだった?」
「うん」
俯いて軽く親指を立てた。
「そ! よかったわね。
何か食べる?」
「すませんキムチチャーハン食べたい」
「いいわよちょっと待ってて」
コウジさんのキムチチャーハンは旨い。
酒盗(鰹)を入れるのがポイント。
胡麻油でネギと酒盗を炒める。
カウンターで料理やカクテルを作ってる
コウジさんは恰好いい。
一つ一つの所作にセンスが光る。
黙っていたらオカマだなんて誰も思わないだろう。
上品なオジサマだ。
キムチチャーハンが出来上がった。
うまそう
「いただきます」
「一樹ちゃんモッコリ酢食べる?」
「あ食べたい」
「ふふ。いいわよ」
[モッコリ酢]とは
モズクとタコとキュウリの酢の物
因みに
[アサダチ]はアボカドサーモンスダチ添えのことだ。
コウジさんの料理は、掛値なしでホントに旨い。
しかし
この店に祐子を連れて来たことはない。
コウジさんのキムチチャーハンはやっぱり旨い。
でもそれにしても
モッコリ酢がしみじみうまい。
俺はモッコリ酢を食べるまで
モズク酢が嫌いというか三杯酢が嫌いだった。
ベッタリ甘くてオェッてなるのが三杯酢だと思っていた。
モッコリ酢は
沖縄産乾燥モズクを
コウジ特製三杯酢で仕立てる。
コウジさんは拘るオカマ。
黒酢も味醂も醤油も拘っている。
タコは薄切りとぶつ切り、二通りの切り方にする。
薄切りをモズクキュウリと和え、ぶつ切りを上に乗せる。
そしてスダチを飾る。
この味コウジ味(…ヤバイ)。
______________大衆に合わせていたら大衆しか集まらない
万人受けするものはやがて万人から飽きられる
10人に面白いと言われても100人につまらないと思われているかもしれない
だから
さん
自分を貫くあなたは素敵だ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「コウジさんの料理は旨い!」
スプーンを立てて
本心100%で言った。
「ありがとう。一樹ちゃんがそう言ってくれたら世界中敵に回したって生きていけるわ」
コウジさんの笑い顔はいい。
オトコもオンナもオカマもオナベも関係ない。
笑い顔のいい人間はいい。
「ごちそうさまうまかったす」
「はい、お粗末さま。ほんとにきれいに食べるわねあなたは」
食器を下げ、灰皿を出してくれた。
俺はきれいに食べる
自分で嫌になるほど
ガキの頃親父にビクビクしながらメシを食べていた。
毎日のように殴られていたけど躾で殴られたことは一度もない。
そんなことはバカでもわかる。
親父は俺が憎くて仕方なかったのだろう。
俺の顔は親父に全く似ていない。
ひとにメシ作ってもらうのが嬉しいってこと、コウジさんが教えてくれた。
祐子も時々作ってくれる。
正直彼女の料理はちょっと、
何て言ったらいいかわからない。
ただはっきり言えるのは、俺は彼女の料理を食べているとき思いっきりしあわせだ。
俺はクズだしバカだけど、しあわせを感じられる心は持ってる。
それを彼女がいつも気づかせてくれる。教えてくれる。
祐子に会いたい。
それから一週間後の雨の朝
俺は仕事を終え、車で祐子に会いに行った
病院近くのスタバで本を読んでる彼女と落ち合い、ここで食うのも何だしってことで取り敢えず
ドライブした
「メシどうする?」
「んー…パンの木のクロワッサンは?」
「だったら別にスタバでよかった
じゃねえかよ」
「でもパンの木のクロワッサンはおいしいよ」
「スタバだってうまいよ」
「うん、でも違うよ」
何だっていいよね
「俺んちで食う?」
「うん」
焼きたてのクロワッサンとクルミパンを買い、スーパーで買い物して家に帰った
_______
俺の借りてる部屋は四階の2DK
結構古い
大体2DKなんて大分前の間取りだろう
洗濯機外だしバスタブも狭い
同じような家賃で洒落た広い
1DKの物件も幾つかあったけど
2つの部屋が壁で仕切られているのが魅力だった
団地っぽいとこもなんかよくて ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
祐子が寝室で着替えている間に
ケニー・GのCDをかけてクイックルワイパーをかける
プーマのフーデッドジャージに着替えた彼女を見たら俺のマナムスコが火照った
チョットガマン
マナの位置を正し湯を沸かし
紅茶を淹れてパンとプチトマトを食べた
祐子が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、これ飲んだら抱こうと思っていたんだけど
気がついたとき
俺の体にはブランケットが掛けられ隣に彼女はいなかった
俺は放置されていた
彼女は寝室のベッドで寝ていた
右腕だけ上げて
ベッドに潜り込み、自由の眼鏡と添い寝した
目覚めたとき、また祐子はいなかった
もうなんなんだよ
祐子は居間のロッキングチェアで本を読んでいた
「あ、おはよ」
おはよじゃねえよ
俺は黙って彼女に近づき、片膝をついて口づけした
彼女の胸に手をあて首筋にキスした。
「シャワー浴びたい」
「ガス止まってる」
「嘘さっきお湯沸」
キスで遮る。
人の話は最後までなんて状況ではない。
俺は祐子が大好きだ。
だから匂いも好きだ。
それにシャワーなんか待てるかよ。俺の名字はえなりじゃない。
マナムスコは金縛り状態。マナカナ。
いっぱい愛してからソファの上で一つになった。
二人はいつだって対等。
一対一で向き合ってる。
そしてお先に失礼した。
ダンスのことはよくわからない
それでも何度観てもすごい。
チャプターリピートした。
この、最後にシンプソンズのアニメが出てくるところも好きだ。
「伝わらない奴には伝わらないさ」
「笑ってください」
「意味不明でスルーしてくれ」
そんなメッセージに思えてしまう。
 ̄ ̄ ̄
祐子は9歳の頃からもう20年近くマイケルジャクソンを愛し続けている。
だからこの「Black Or White」のPV一つとっても
思い入れが尋常じゃない。
ダンスにも詳しく、アイソレーションだの
コブラだのクラブステップがどうだのって、ちょっと煩いほど。
そんな彼女が面白くて
はじめのうちは適当に聞き流しながら彼女の顔をボンヤリ眺めているんだけどそれでも続くから
そうなんだ。。ヨシ、やろうぜ
ってなる
もちろんそんな風には誘わないけども。
祐子が言ってた
「例えばムーンウォークなんだけど
もっとスライド幅を広くして
ポワント(爪先立ち)でやるダンサーもいる。浮遊感がすごいの。
でもマイケルジャクソンだけは…何て言うのかな、、ちがうの。
彼のダンスは彼の人生そのものだから。繊細で、強くてやさしくて、かなしくて。でも
大きな愛がある。
誰も真似出来ないし
誰も越えられないんだよ」
PREJUDICE IS IGNORANCE
「カズ君、すぐ入るでしょう?」
「ああ。すぐ入る」
YAZAWAの彼女は
とてもいい香りがした。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ENDにしてしまおうか
そのくらい胸にきました
ありがとう
フェーズのモデル5.1で原ゆうみ(ピアニスト)のCDを聴きながら走る
シートベルトに強調される彼女の胸に吸い寄せられる不躾な左手を
ハンドルにキープしている
「ちょっとこれ開けてくれる?」
「うん はい」
「ありがと」
烏龍茶を飲む
あ!
俺が皮買いに行けばよかったじゃんか、祐子に支度して貰ってるあいだにさ
そしたら今頃ビール飲みながらゆっくり餃子包んでられ…
「あっあのお店綺麗!何かな」
「九重部屋」
「…もう」
「運転してんのに見れねえよ」
「別に訊いたわけじゃないよ」
「ごめん」
そして来来亭に着いた
ワンタンメンとギョーザを食べた
背脂の兄ちゃんに出会った
そして俺らはジャミロクワイのダイナマイトを聴きながら国道357を走る
「間違っちゃいない」
「え?」
「背脂の兄ちゃんさ
『人目も血糖値も関係ない
俺は背脂が好きなんだ』ってさ 背脂の兄ちゃんは男だ」
「… そう」
「Prejudice is ignorance」
「変なとこで言わないで」
「変なとこじゃないよ」
「…」
「祐子?」
「ん?」
「背脂の兄ちゃんをなめるな」
「なめてないよ」
「背脂の兄ちゃんには俺や祐子に無いものがある」
「え 何?」
「背脂」
「ふっ」
「飴くれる?」
「笑)もう」
キシリクリスタルを貰った
ミルクだ
「カズ君は独特だね」
「祐子だって」
「そうかな」
「そうさ」
独特なおまえがいい
彼女と同じことを昔イッキョが言った
「カズお前独特だよな」
そう言って笑った
あいつが笑うとうれしかった
「祐子、いいじゃんて言って」
「いいじゃん、何で?」
「いや」
色々背負い込んじまってるけど彼女が笑ってくれたらもうそれで幸せな気持ちになれる
いいじゃん
「ね、コーヒー飲まない?」
「ああ」
自販機の前につけた
「微糖でいいよね?」
「買ってくれんの?」
「うん」
「ありがと」
何故だろう
コーヒーを買う彼女が遠く思える
助手席の窓を開けた
「祐子」
「…早く来いよ」
「?…今行く」
なんでもない
山下公園
元町公園を過ぎ
米軍住宅近くのちょっとした
スペースに車を停めた
ここからの夜景もいい
「休憩しよう」
「うん」
車を降りて煙草に火を着けた
彼女は車に凭れ
無数の明かりを眺めている
吸殻を灰皿に仕舞ってから彼女の右に行き同じように凭れた
俺の肩に頭を預け
そっと手を繋ぎ
そうしてただ眺めていた
ここの夜景は力をくれる
《俺もお前も負けらんねえよ》
ゆっくり息を吐いた
「ごめんね。疲れたでしょう」
祐子が俺の顔を覗き込む
「そうでもないよ」
ほんとにそうでもない
「行って戻って、あっち行ったりこっち行ったり。
すごかったね(笑)」
「放蕩息子のドライブだよな」
「あはは」
抱きついてきた
「初めてデートしたときのこと覚えてる?」
「みなとみらい」
「うん。 カズ君が言ってくれた科白覚えてる?」
「え 何だ…クロムハーツですか?」
「(笑)
こう言ってくれたんだよ
『これから時々デートしようぜ
色々忘れさせてやるからさ』
って」
「…そう」
そんなこと言ったのか
あの時は隣に祐子がいることがうれしくて
『落ち着け 落ち着け』
ずっと言い聞かせてた
「その言葉がね、なんだろ
すごくピッタリだったの。カズ君の科白として、私にとっても。
すごく。 心地よかった」
「…そう」
「それで、この人はきっと
どうしようもない悲しみを知ってる人だって思ったの」
「…何でそうなんの?」
「消すことなどできないから
無かったことにできないから
仕事を頑張って、ギターを弾いて音楽を聴いて、面白いことを考えて
そんなふうに
忘れられる瞬間を大切に生きてきた、生きている人なんだろうなって思った」
「…」
「だから一人が似合っていて
ユーモアのセンスが独特で、目つきが鋭くて、口が悪くてヤクザみたいな感「おい」
「悪口じゃねえか」
「悪口じゃないよ
みたいな感じだけど、、何て言ったらいいかな…難しい」
「…」
「好き」
「…は!?」
「うまく言えない」
「俺は全然難しくないけどな
おまえのこと愛してるだけさ」
祐子が唇を重ねてきた
柔らかく 包むように
「愛してる」
忘れられない過去がある
癒えることのない傷がある
だから思いやりを大切に二人で
忘れられない時を重ねていこう
強く抱きしめた
am 9:26
やかんを火にかけてコーヒーミルで豆を挽く
祐子は今頃仕事をしてる
今日の俺は18:00出勤
こんなにのんびりできるのも
みんなが頑張ってくれるからだ
ありがとう
熱いコーヒーに冷蔵庫の牛乳を少し加え、煙草に火を着け彼女を想う
頭の中
__↓__
近頃の祐子は疲れているようだ昨日もまるで充電するみたいに
俺の肩に顔をうずめていた
強くて優しくて気位の高い彼女を尊敬している
守ってあげたいとか傍にいてあげたいとかそんな気持ちはあまりない
守りたい傍にいたいという欲求はあるけれど
彼女も俺も気配り心配りの仕事をしている
自分のちょっとした変化にイチイチ
「どうした?」「何かあった?」なんて訊かれたくない
気付かない振りの気遣い
思いやりにも色々…
 ̄ ̄ ̄ ̄
しかし
俺が祐子に仕事の事を訊かない理由は他にもある
訊けないんだ
看護師という職業の厳しさ尊さを患者目線で知っているから
現場でたたかう彼女に軽はずみなことは言えない
三年前に腰の手術を受けたこと祐子には言っていない
簡単に話せなかったし
話すのがふさわしい時がなかったから
俺にとっては
とても大きな経験だった
難しいけど
今度会ったとき話してみよう
どうしようもない経験を
痛みと、死にたいほどの屈辱の中で出会った一人の看護師のことを
その彼女との出会いが
どんなに大きかったか
そしてどれほど救われたかを
彼女に聞いてもらおうと思う
ーーー
冷蔵庫を開けた
昨日祐子が切ってくれたキャベツ 挽肉 ニラ …
やっぱり餃子だよな
11:00になったらコウジさんに
電話しよう
ニラをみじん切りにする
豚挽肉に調味料を加える
ニンニクはナシ
紹興酒 胡麻油 砂糖
ショウガ ナンプラー ウェイパー
バランス タイミング フィクション
やはり
TVタックルじゃあるまいし相手のタイミングを無視してはいけない
祐子のタイミングを考えなくては
ふさわしいときに話そう
キャベツとニラを加えザッと混ぜ
雑念入りのたねが出来上がった
なんか心に悪そうだ
やはりコウジさんと食うしかない
____
11:03
電話をかける
俺カズ「オザマス」
コウジ「オハヨー」
「いま大丈夫?」
「大丈夫よ 寂しいの?」
「大丈夫 今日空いてますか?」
「がら空きよ」
「突然だけど餃子食べ来ない?」
「あらうれしい! いいの?」
「うん」
「一樹ちゃんの餃子大好き」
「コウジさんさ、餃子の皮ある?」
「え?ふっ、あるわよ」
訊いてみるもんだ
「さすが。実は昨日皮だけ買い忘れちゃって。持ってきてもらえないかな」
「ふふ いいわよ あとは?」
「何にも」
「そう。んと、一時間後くらいにいいかしら?」
「うん。気をつけて」
「はい。では後ほど」
「後ほど」
オレンジのランチョンマットそら豆の箸置き極薄のトールグラス
みんな祐子が選んだ
コウジさんが来たらすぐ包んで焼けるようセッティング
CDをかける
ブルース・スプリングスティーン
ストリーツ・オブ・フィラデルフィア
ロッキングチェアに腰掛けた
懐に染み込んでくる
祐子 元気か
インターホンが鳴った
「いらっしゃい」
スリッパを置く
「ありがとう。お邪魔します」
「一樹ちゃんのお家はいつ来ても綺麗ねえ」
チャコールグレーのロングコートを脱ぎながらひとり言のように言った
「そのコート格好いいね。ジャンポールゴルチェ?」
「ううん」
「シルエットがなんとも」
「欲しい?」
「いらない」
「ふふ 何でもいらないって言うんだから」
「そんなことないよ。皮ちょうだい」
「んふふ」
コートをポールハンガーに掛けた
「はい、餃子の皮、あとこれきんぴら」
「あーマジすか!」
こよなく好きな食べ物
コウジさんのきんぴらごぼう
あと祐子の…ポテトサラダ
「コウジさん休んでて。すぐできるから」
「いいの?」
「ギャラリーフェイクでも読んでてよ」
「ありがとう。ではお言葉に甘えて」
ーーー
餃子を包みながら思った
もしかしたらこの皮
買ってきてくれたのか
「コウジさんさ、餃子の皮ある?」
「え?ふっ、あるわよ」
「ふっ」てとこで
《皮が無い、買っていこう》
となったのかも知れない
俺はまだまだヒヨコだ
旨い餃子を食わせたい
隙間のないようしっかり包んだ
きんぴらごぼう、トマトをテーブルに並べた
(この2つ相性良くないけど)
酢醤油を置く
ラー油と柚子胡椒はお好みで
さて焼くか
フライパンにオリーブ油をひき餃子を並べる
少量の小麦粉を溶いた水を餃子に回しかけ蓋をする
(羽根の色で焼き色が解る為羽根つきにする)
強火で3分半~4分加熱
蓋を取り僅かに残った水分を飛ばし焼き色をつける
フライパンを軽く振りくっついてないことを確認してから皿を被せ
フライパンごとひっくり返す
俺カズ「コウジさん出来たよ」
コウジ「はーい」
コウジ「まー 美味しそっ」
カズ「やっぱビール、すよね」
コウジ「ね」
一本だけね
2つのグラスにビールを注ぎコースターの上に乗せた
コウジ「この焼き目、盛り付け配置。もう本当にこういうのはセンスよねえ。私の子だわ」
「まあまあ。乾杯しましょう」
「ふふ。何に?」
「そりゃ、コウジさんの人生に」
「…一樹ちゃん」
「え…(なんかヤバイ)」
「…抱きしめていい?」
穏やかな顔で俺を見た
俺は持ち前の反射神経で俯いた
そして顔をあげて右手を差し出した
握手
端から見たら変な二人だろう
だけど
俺らには俺らだけの関係がある
俺らだけの12年が
俺カズ「では」
グラスを手に取る
カズ&コウジ「乾杯!」
カズ&コウジ「いただきます」
コウジさんは餃子
俺はきんぴらを食べる
カズ「ウマッ」コウジ「オイシ!」
カズ「このバリ堅が好きなんだよねボリボリな感じがたまんないす」
「やっぱり一樹ちゃんの餃子は美味しい!他では食べられないのよねこの味」
「ウェイパーは反則だけどね。それにしてもコウジさんのきんぴらはホント絶品。甘ったるくなく油っこくなくさ、媚びた感じが無いんだよ。味に品がある」
「一樹ちゃんの餃子デリシャス」
「コウジさんのきんぴらマシソヨ」
「やっぱりナンプラーが効いてるわ イノシンとイノシンの相乗効果ね」
「イノシンとイノシン?よくグルタミン酸と
イノシン酸の相乗効果って言うよね、あとグアニル酸だっけ?、椎茸とかの」
「そうね。でも例えばほら、
ラーメンでよくあるじゃない動物系と魚介系のWスープって」
「ああ」
「キャベツとニラは野菜だからグルタミンでしょ?そこにイノシンの豚とナンプラー、それをショウガがシッカリ締めて。
あとこのギュッとした触感も好き。スープは入れないのよね?」
「スープで伸ばした感じの餃子はどこにでもあるからねスープか水か知らないけど。かさ増し餃子、なんて言ったら怒られるか。
キャベツやニラから水分出るしそんな固くないでしょ?」
「全然固くないわ。しっかりしてるって意味。キャベツを搾りはしないの?私なんか茹でたりしちゃうけど」
「うん。白菜なら必要だけど
キャベツは搾る必要ないと俺は思う。折角のビタミンUやCを捨てるのは勿体無いしさ」
「やっぱり餃子は一樹ちゃんね」
「そんなことないさ。コウジさん塩昆布や椎茸入れた餃子最高ですよ」
「もうっ一樹ちゃんたら」
「 」
「 」
「」
今日の俺達は本当にうざい
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
「洗い物は私がするわ」
「いいよ俺やる。ごめんコーヒー淹れてくれない?」
「ふふ いいわよ」
 ̄ ̄ ̄
「おいしい」
「ふふ」
何でコウジさんが淹れるとこんなにうまいんだろう
「一本ちょうだい」
「どうぞ」
コウジさんの細葉巻(ロメオ イ フリエタ)をふかす
いい香りだ
「今日は18時からなのよね?」
「うん ありがたいね」
普段は15時から入って仕込みなどをするのだけど
「そうね でもそれでもあなた働き過ぎよ 土日なんか酷いじゃない」
土日は17時間労働が2日続く
「やっぱりアルバイトは駄目なの?」
「うん」
コウジさんは煙を上に吐いてから言った
「人を使うってことは人の上に立つことじゃない 前に立つことなんだっていう一樹ちゃんの姿勢は立派よ だけどあなたもう十分姿勢示しているわよ
もっとスタッフ増やして自分の身体を労らなくちゃ」
「コウジさん」
「なあに?」
「簡単に言わないでよ」
「一樹ちゃんが心配なのよ」
コウジさんは真っ直ぐ俺を見てる
コウジさんそれは違うんだ
「人を使うってことは命懸けで守らなきゃいけないってことだよ スタッフが一人増えるってことは自分より大切にすべき人間が一人増えるってこと 銃口が向けられたら前に立つってことなんだ、仲間じゃない、同じスタンスじゃない生半可なことじゃない 簡単に言わないでよ」
コウジさんは俯き首筋を触る
「ごめん 俺おかしい」
「一樹ちゃんごめんね
ずっと心配だったから」
コーヒーに口をつけ自分の煙草に火を着けた
コウジさんは葉巻を消し顔を上げた
「きかせて あなたの心の声を」
煙を横に吐いた
コウジさんの目が見れない
俺は逃げる
「マッサージ師さんに負担かけててさ、明日から新しく一人入ってくれるんだけど あと二人入ってくれたら無理のないローテーションが組めるんだよ
マッサージ受けるお客を増やしたいんだ。マッサージ受けるお客はパターンが決まってくるから。先が読めると助かるんだよね」
コウジさんは黙ってる
「みんなのこと頼りにしてるよ
だからこうしてのんびりしてられるんだし。マッサージ師さんと受付の角田さん、伊藤さん丸山さん牧野さん桐野さん高田さんソンちゃんパクちゃんタケルさん、やっぱりみんな俺の仲間、いや家族だよ」
コウジさんは黙ってる
俺は煙草を消した
「大丈夫。健康には気をつけてるから。青汁飲んでるし煙草だって消したし。 まあ頑張り過ぎないようにするよ、無理しない程度に頑張ります」
コウジさんは黙ってる
 ̄ ̄ ̄
ごめんコウジさん
ずっと自分ばかりを庇って
守って生きてきた
急所を突かれそうになると逃げてしまう
人前で泣いたら崩れるから
11の時 ギタリストの胸で腹の底から泣いた
駅のホームで イッキョの前で泣いた
そしてヘルニアの手術後ベッドの上で看護師の前で溢した
ベッドの上が一番こたえたよ
25年分のプライドが崩れたから
心の声 どう出せばいい
嘘をついた
「みんな俺の仲間、家族だよ」
仲間も家族も知らない
 ̄ ̄ ̄
「一樹ちゃん」
他の誰かを呼ぶように俺の名を呼んだ
「先月だったかしら、最上君がうちの店に来て言ってたの
「この御時世にサウナで上向かせた吉井さん、凄いですよ」って」
「最上君て誰?」
「鈴木の若頭補佐」
ああ あの人
最上さんて言うのか
「すずりっぽい顔の人だよね」
「え?…何よそれ」
「え?…あの色黒で長方形の
口がやたら大きい人でしょ?
悪いクッキングパパみたいな」
「ああ。ふっ 違うわよ。渡辺君のことでしょ?最近入った子じゃない。 すずりって」
「え じゃ誰? わかんない」
「あんな若い子がいきなり幹部になるわけないでしょう。少なくとも鈴木ではまず無いわ」
「補佐は幹部なの?」
「…本当に言ってるの?」
「本当も何も 全然知らないよ」
「…はあ…、やっぱりあなた只者じゃないわね」
「だって組の人達は俺にそんなこと話さないから。
知らなくていいことだよ。俺は組員じゃないし接偶に肩書は関係ない。現にお客の肩書を知らなくて困ったことなど一度もないしさ」
コウジさんは微笑んで頷いた
「そう。
で最上君がね、「あんな細やかな気配りができて芯の強い女性を何人も使っている彼はよほどの男なんでしょうね」って
言ってたわ」
「…」
〈使っている〉なんて他人に言われると嫌な感じだな
女性スタッフはそんな、俺が細かく指導しているわけじゃない
気をつけよう
「ねえ、ちょっとだけ教えて
どうして立て直せたの?」
何をどこから話したらいいか
難しい
コウジさんが続けた
「今からサウナをやる人なんて誰もいないわ。当然よね。立て直したのも恐らく日本で一樹ちゃんだけでしょうね」
「そこまでサウナは駄目すか」
「駄目なんてもんじゃないわよ」
「…」
「でもね 一樹ちゃんのお店は行けば納得するの
「これは流行るわ」って思う」
「コウジさん来たことないしょ」
「一樹ちゃんのイジワル」
「え?」
「…みんなそう言ってるの」
「それはうれしい。 理由は?」
「マッサージ スタッフ つまみが旨いとか 何より雰囲気がいいって」
吹いてしまった
「組員が雰囲気がいいって言うの?」
「ふふ そうなの」
「へえ」
「あとあの…上のエステも紹介しているんでしょう?」
「どうしても訊かれるからね
ヌキありですか?って」
「そうよね」
「だからマッサージ師さんとスタッフには「そういうときはできるだけ丁寧にエステを勧めて詳しいことは男スタッフに訊くよう伝えて下さい」とお願いしてる」
「そこなのよ」
「どこですか」
「流行る理由は行けばわかる。でも何故(ヌキありですか?なんて訊かれるようなサウナに)いい女ばかり揃っているのかが解らないって言うのよ。
個人でやっていけるマッサージ師と
クラブホステスで通用するような女性が何故サウナに?って、みんな言うわ」
「ほんと」
「うん」
「コウジさんは解るでしょ?」
「うん」
「ハハ…。大事にしてるからです」
「どう大事にしてるの?」
「プライドを尊重してる
何よりもまず彼女たちが誇りを持って働けるように」
「具体的には?」
コーヒーを飲んだ
コウジさんの淹れてくれたコーヒーは冷めてもうまい
「なんか厳しいね」
「ふふ 知りたいの」
具体的に
…
「やっぱりまずお金だよね。数字はコウジさんにも明かせないけど相場よりかなり上の額を払ってる」
「うん」
「なぜ払えるのかっていうとそれは…かなり前から話さなきゃならないので省くけど」
「…少しは知っているわ。社長と交渉したんでしょう?会社に入れる上限額を決めて。あとは一樹ちゃんに任せるって」
「…もっとずっとややこしいけどね。経理はお願いしているし。
でもほんと、完全に丸投げだった。専務はトンズラするわ誰一人責任とる人間がいなかったから。
交渉も何も、殆ど無かった」
「社長、きちんと交渉しなかったこと悔やんでいるかしら」
「さあ。でも貸ビルと警備の他に潰したはずのサウナからも入ってくるんだから文句はないでしょう。悔やむべきは自分の狡…、何の話だっけ」
「なぜいい女がサウナにって話」
「ああ」
「お金だけじゃないでしょう?」
「尊重してるから…
どう大事にしているか…
ダサイ恰好はさせないとか極力浴室に近付けないとか、、。
やっぱり大事にしてるとしか言いようがないな。彼女たちがいてこその商売です」
「…」
「誇りを持って働くいい女がいるからお客が来る。だから俺らの仕事があるんだよ」
「…」
「マッサージ師女性スタッフ、一人一人が店に絶対必要な人間。勿論男性従業員もだけど まず女性。
常連もそれを分かってる。彼女たちも自覚している。自分はここに必要なんだということを。
これは本当に大事なことだよ」
「一樹ちゃん」
「え?」
「彼女たちがいい女であれるのはもっとシンプルなことでしょう?…私にはわかるわ」
「は?」
なら…何で訊いたんだ…
ごちゃごちゃ言うのもね…なんて呟いて俺を見た
「女は見てるわ」
「え」
「あとこれはあなたの口から聞けると思ったから訊いたんだけどね…」
そう言ってロミオYジュリエットに火を着けた
「気持ちって伝わるのよ
だから一樹ちゃんの、銃口が向けられたら前に立つって気持ちも、ちゃんと伝わってる」
三年前の看護師を思った
「一樹ちゃんは大丈夫」
「…ありがと」
「あとちょっと気になったんだけど、ダサいは死語じゃない?」
「ああそう」
どうでもいい
「ふふ。 ねえ」
「え」
「ひこうき雲聴かせてくれない?」
「ああ」
――――――――――――――空に 憧れて 空を かけてゆく
あの子の命は ひこうき雲
――――――――――――――
シンプルなアルペジオで荒井由実の
ひこうき雲を歌う
コウジさんと初めて会ったときのことを思いながら
「お兄さん、ひこうき雲もう一回きかせてくれない?」
シャッターを下ろした商店街
電気屋前のベンチでギターを弾いていた俺にタイトニットカーディガンのコウジさんがそう言った
俺が「ひこうき雲は千円です」と言ったら本当に千円くれた
驚いたけど
普通に「どうも」と受け取った
俺のポーカーフェイスはイッキョにだって
負けない
歌い終わったとき
コウジさんは静かに泣いていた
俺は貰った千円で熱い缶コーヒーを
2本買い、コーヒーと釣銭をコウジさんに渡して言った
「コーヒーいただきます」
うまいコーヒーを淹れるコウジさんは
あの時のコーヒーが生涯一おいしい
コーヒーだったと言っている
缶コーヒーはボス
カーペンターズのTop of the World やI Need To Be In Love
ダニエル パウターのBad Day を一緒に(かなり誤魔化して)歌った
「全然バッドデイじゃないわね」
「まったく」
でもだからって
たとえばU2のBeautiful Day
急には弾けない
「一樹ちゃん、ありがとうね」
そっと呟いた
コウジさんは日々の中にちょこっとある小さなしあわせを大切に生きている
「ねえ」
「ん」
「本当にギタリストはもういいの?」
「うん」
「そう。だから立て直せたのね」
「…さあ」
ギタリストを諦めたからじゃないよ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
四年前ギタリストを諦めた
アルバイトスタッフと、自分よりずっと年上のマッサージ師を切った
相手のプライドを切り裂いた
自分に罰を与えるように働いた
【俺は他人を押し退け踏みつけ 殺してまで生きるのか】
椎間板ヘルニアになり手術
骨を移植しボルトで固定
何故サウナを立て直せたのか
コウジさん
本当は理屈じゃない
本当の理由は俺だったからだよ
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
「夕ご飯 なに食べたい?」
「今日はウチで食ってくよ。いつもありがとう」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
コウジさんが帰った後
食器を洗い洗濯機を回し歯を磨き掃除機をかけ、浴室掃除して
シャワーを浴びた
少し眠っとこう
ソファに横たわり目を閉じた
 ̄ ̄ ̄
ポーン ポーン ポーン
携帯が鳴っている
サブディスプレイに浮かぶ【馬太】
ウマブト…?…誰だよ…
俺カズ「はい」
馬太「もしもし、カズ?元気?」
カズ「…(誰誰誰誰」
馬太「馬場だけど」
カ「…馬場ちゃん?」
馬「おう」
カ 「久しぶり」
バ「元気かよ」
カ 「元気だけど どしたの?」
バ「ちょっと報告あってな」
カ 「万引きか」
バ「ちげえよ」
カ 「じゃ何だよ」
バ「子供ができました」
カ 「誰の」
バ「俺のに決まってんだろ」
カ 「おめでとう」
バ「ありがとう」
カ 「何グラム?」
バ「まだ生まれてねえよ」
馬場ちゃんが父ちゃんになる
馬ー場パパ
カ 「男女どっち?」
バ「まだわかんね」
カ 「何だよ話しにならねえじゃねえかよ」
バ「しょうがねえだろまだ3ヶ月なんだから」
カ 「名前は?」
バ「それなんだよ」
カ 「あ?」
バ「どんなんがいいかな」
カ 「何だっていいよ」
バ「よくねえよ。 ちょっとは考えろよ」
カ 「…」
完全に目が覚めてしまった
子供か
祐子の子供を想像してみる
ミニ祐子
丸っこい顔にでっかい眼鏡
可愛いすぎるだろ
「…おい聞いてんのか」
「何だよ」
バーバパパ「だから、世界に通用する名前だよ。例えば花に音で
カノンとか、華麗の麗に王様でレオとかさ」
…はぁ…
カズ「じゃあもう素晴らしいで
ビュティフルにしろよ」
バパ「…ビュティフルなんて外人だって聞き取れねえだろ」
カズ「なら健太。康太に健太で健康。最高だろ」
ババ「男だったらそれもアリだけど… 普通だよな」
カ 「健太でカーネル」
バカ「は?」
カ 「フライドチキン」
バ「ふざけんな」
名前は難しい
【倉石祐子】
いい名前だ
バ 「男はもういい
女だったらどうしようか」
カ 「…母と父でボブってどう?」
バ「…」
カ 「ババボブ 全部濁点」
バ「…なあ、ボブにどんな意味が込められてんだよ」
カ 「母でもなく 父でもなく
お前はボブ 血に囚われるなってことさ」
バ「そんな名前つけられた時点で囚われてるだろ」
カ 「なるほど」
バ「もういい 自分で考えるよ」
カ 「それがいいよ けどさ
その子が爺さん婆さんになって病院で名前呼ばれるところまで考えてやれよな 名前は一生モンなんだから」
バ「そうだな」
そして俺達は他愛のない話をした
 ̄ ̄
バ「… ところでお前、詩織のこと知ってるか?」
カ 「ああ 結婚したことだろ?」
バ「…こないだ偶然会ってな…」
カ 「何だよ」
バ「お前に会いたいって言ってた」
カ 「…」
バ「あいつ離婚したんだって」
詩織が離婚
「カズ?」
「ああ」
「ごめんないきなり」
「いや」
「ま 何しろ元気で」
ふっ
「馬場ちゃん」
「ん」
「折角電話くれたんだ 聞かせてくれ詩織のこと」
「…
カズが聞いてくれんなら話したい
あいつお前に謝りたいって言ってた」
意味がわからない
「何を」
「…
別れるとき酷いこと言ったって」
「何て」
「…」
「聞いたことそのまま言えよ」
「なんか好きじゃなくなった
横浜行ってやりまくればいい」
「…」
「詩織に謝らせてやってくれ」
何て言えばいい
「詩織は馬場ちゃんに聞いてほしいんだろ 聞いてやれよ」
「…」
「あと何なら俺のケータイ教えといて アドレスと」
「わかった」
―――
「じゃあまた」
「またな」
冷蔵庫の水を一杯飲んで煙草に火を着けた
―――
詩織 謝るのは俺のほうさ
おまえを憎んだことなど一度もない
誓って本当に
でもな
過ぎたことを謝ることが罪なことだってあるんだぜ
あの時の言葉
優しさだと思ってた
二人だけの時間
二人だけの記憶
秘密にする価値がないなら
馬場ちゃんに話してやれよ
―――
寂寥感
多分こんな感じのことだろう
詩織 馬場ちゃん イッキョ
みんな中学で出会った
東西ふたつの小学校から入学する公立中学校
1クラス40人前後の1学年5クラス編成で俺達は2組だった
詩織と馬場は西 俺は東 イッキョは東京から来た
伊東詩織と馬場康太は幼馴染
馬場は野球部の坊主
詩織はバレー部のショートボブ
「シオリ」 「コータ」 呼び合ってた
馬場康太は入学早々みんなに声をかけていた
「野球好きか? 野球部入れよ」
馬場丸出し
俺は帰宅部のギター小僧を選び
イッキョは囲碁部の幽霊を選んだ
元気で明るい優等生の詩織を
ただ元気ただ明るいただ優等生そう思っていた
だから苦手だった
なのに付き合うことになった
きっかけは1年の秋
俺は詩織のおっぱいを揉んだ
「吉井って全然笑わないね」
「ねえ 何が好きなの?」
詩織はうるさい奴だった
詩織と付き合うまでの俺はギターとギターの先生とイッキョと袋とじにしか興味がなかった
――――――――――――――
イッキョは福岡県の笹丘という地で生まれ小学校へ上がるとき神奈川へ越したらしい
そして小6の1年間を東京郊外で過ごし入学に合わせて俺や詩織の田舎にやってきた
イッキョが言った
「(東京の地名)には死んでも戻りたくない。俺のいう東京は例えば新宿。俺を知る奴が一人もいない東京でゼロからやりたい」
あの当時俺を含め殆どの奴等に無くてイッキョが持っていたもの
群れる奴苛める奴 周りばかり気にしてる大人に無くて子供の
イッキョにあったもの
己は個であるという覚悟
「誰の真似でもない自分だけの人生を生きてる。私は好き」
15のあいつは祐子が惚れるような男だった
俺はイッキョに負けられない
あのときから
そしてこれからも
――――――――――――――
中1の秋頃
机に突っ伏してたら首に冷たいものをあてられた
ビクッとして振り向くと詩織が笑っていた
濡れた手で触ったらしい
「吉井もビックリするんだ(笑)」
「…」
静かに復讐を誓った
《完全に舐められてる》
初めて女にケンカを売られた
しかし女とのケンカの仕方が分からない
手は出せない
口喧嘩は負ける
どうする
Don't think.Feel
ーーー
Just do it
その日の放課後
教室後ろでバッグをゴソゴソやってる詩織の胸を後ろから両手で揉んだ
優しくしたつもりだ
詩織は声を上げずしゃがみ込み俺を見上げた
「伊東だってビックリしてんだろ」
殴りかかってくることを想定してたのに詩織は黙って教室を出て行ってしまった
一瞬 泣きそうな顔が見えた
詩織は翌日学校を休んだ
そして俺は罪悪感に苛まれることになる
詩織のいない席に目をやりながら言い様のない気持ちになった
《絶対にやっちゃいけない事をしたのかもしれない》
どんどん膨らむ罪悪感
《絶対にやっちゃいけない事をしたんだ》
夕方になり夜になり
《詩織が死んでしまう》
そしてそのまま朝になった
祈りながら登校した
来てなかった
詩織は休みだった
もうおかしくなりそうだった
「イッキョ…伊東んち知ってるか…」
「知るわけねえだろ…てカズおまえ顔色ヤバイぞ」
頭を抱えた
「おい大丈夫か」
「伊東んち知りたい」
「何言ってんだおまえ…」
「伊東んち教えてくれ」
 ̄ ̄ ̄
「おい」
暫くして肩を叩かれた
イッキョが紙を置いた
イッキョ「西岡(理恵)に書いてもらった。伊東んちここだって。
アイツ地図かくのうまいな」
俺はその紙と鞄を持って詩織の家に向かった
謝らなくてはいけない
とにかく謝らなくては
 ̄ ̄ ̄
市営住宅の306号室
行書体で書かれた伊東という表札を確認してインターホンを押した
…
もう一回
…
もう一回押した
…
ドアを叩いて呼んだ
「伊東 おい」
…
どうすればいい
階段に座り306の壁に凭れた
 ̄ ̄ ̄
眠ってしまったようだ
…
横に詩織が座っていた
驚いて仰け反った
壁に頭をぶつけた
「くっ…」
「大丈夫?」
大丈夫って何でそんな言葉
怒ってないのかよ
却って恐かった
青のボーダーTシャツを着た詩織は
全然知らない人に見えた
無事でよかった
それに喋れてる
具合は大丈夫かとか
何より謝らなきゃならないのに何も言えなかった
「ねえ」
「…」
「もうすぐお昼だよ」
「…そう」
詩織は立ち上がった
「あがって」
「…」
「誰もいないんだ」
ドアを開ける詩織の後ろに立ったとき一瞬、一昨日のことが脳裏に映り臆した
いきなり振り向いた
「どうぞ」
俯いて中に入る
花の香りがした
玄関にピンクユリとネイルピーチネオ
ダイニングテーブルの花瓶にはアクアバラとカスミソウが立てられている
「そこに座って」
奥のソファをすすめられた
「…ケツ汚れてる」
「え?」
「階段座ったから」
「いいよ別に 何飲む?」
「…水」
はやく謝らなくては どんどん謝りづらくなる
詩織はグラスに氷と水を入れて渡してくれた
「…ワリ」
「ねえ ピザとらない?」
「…いい」
「きらいなの?」
「…いや」
「お腹すいてるでしょう?」
俺は謝りに来たんだ
ピザを食いに来たんじゃない
しかし詩織はメニューチラシを広げて
「一つずつ選ぼう。私はモントレー」と言った
「吉井は?」
「…じゃ…ネギベエで」
「ネギベエっておいしいの?」
「うまいよ」
「そう。私食べたことない。
じゃモントレーとネギベエのハーフ&ハーフね。生地はハンドトスでいい?」
「…うん」
詩織の穏やかさにビビッてた
 ̄ ̄ ̄
「…もしもし、すみません宅配お願いしたいんですけど…」
電話を済ませオットマンに座った詩織と目が合った
俺は自分の右手の爪を見た
謝らなくてはいけない
水を飲み干した
「あのマ」
「オレン…あっごめん何?」
「何でもない…何?」
「…。オレンジジュース飲まない?」
「…ああ」
眠くなってきた
この展開どうすればいい
「素朴な感じだね。おいしい」
ネギベエを食べた詩織が口を手で隠して言った
「うん」
俺はネギベエが好きだ
ピザがあまり好きではないのかも知れない
「マヨネーズかけたらもっと美味しいかも」
詩織は冷凍庫からマヨネーズを取り出しネギベエにかけて食べた
「こっちのがおいしいよ」
微笑んでマヨネーズを俺に向けた
俺もかけて食べる
「ね」
「うん」
確かにうまい うまいけど
マヨネーズがネギベエを見下してるような気がした
『俺はトッピング 主役はお前』
生地を尊重してる感じが好きだった
俺はネギベエを忘れない
交わした言葉はこのくらいで
あとは二人静かにピザを食べた
詩織は黙って小さな口を小さく動かしていた
いつものうるさい詩織より
なんか似合ってる気がした
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ガキの頃給食が苦痛だった
ペチャクチャ喋りながらペッチャクチャ音をたてて食べる奴
カレーや納豆をメシとグチャグチャにして食う奴
箸がまともに使えない奴
器に米粒残す奴
俺が家で殴られる事を普通にやってる同級生が苦痛だった
“なに上品ぶってんの?”
バカにされてる気がした
「音をたてるな」 殴る
「口を閉じろ」 殴る
よく鼻が詰まってたから苦しかった
息を止め音をたてないように噛んで飲み込んでいた
染み付いたウンコがとれない
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「ごちそうさまでした」
「…ごちそうさまでした」
半分ずつきれいに食べた
「やっぱり一人で食べるよりおいしい」
そう言って小さく笑った詩織に震えた
どうしようもない場所が小さく震えた
『お前がいるからメシが不味い』
親父の前では隠れるように生きてきた
音を立てないように
見つかると殴られるから
感情を殺すことを覚えた
無関心で無表情な俺に詩織は
一人で食べるよりおいしいと言ってくれた
ここにいていいよって
そんなふうに微笑んで
言えなかった言葉が自然に出た
「ごめん」
詩織が俺を見た
「ごめん
伊東に、やっちゃいけないことしたから、傷つけたから、
謝りにきたんだ」
詩織は俯いた
体を震わせた
静かに涙をおとした
泣かせてるのは俺なのに
はじめて抱きしめたいと思った
詩織は指で涙を拭いそれ以上は泣かなかった
「私もごめんね」
柔和な顔で俺を見る詩織は一昨日から今日まで、どんな気持ちだったんだろうと思い、
自分がどれほど馬鹿で馬鹿だったかを更に悔やんだ
 ̄ ̄ ̄
それから詩織は俺に
母親と二人で暮らしていることや大学生の姉が鷺ノ宮にいて自分も東京の大学に行きたいのだということ、バレーをやっているときは頭の中を空っぽにできることなどをにこやかに話した
「ごはんはだいたい一人。最近はテレビ見ながら食べると余計寂しくなるってことに気づいてね、ミスチルとかオザキユタカききながら食べるんだ」
ドラマでOH MY LITTLE GIRLという曲をきいて好きになったのだと言い、オザキユタカのいろんな曲をきかせてくれた
HAPPY BIRTHDAY
COOKIE
こんなメジャー調の曲があることを知らなかった
歌詞カードを見ていて気になった
「米軍キャンプって曲きかせてくんない?」
「あっその曲好きなんだ」
米軍キャンプを聴いた
「これききながらメシは消化にわるいだろ」
「あはは」
「けど なんかいいな」
「ねー なんかいいよね」
きかせてくれる一曲一曲が詩織の大切な曲みたいだった
奥のほうに積もってる曲を教えてくれているみたいで
だから俺も
「まえに伊東さ、俺に何が好きなんだって訊いたろ」
「うん」
「ギター好きなんだ」
大切なものを教えた
シ「えっ 弾けるの?」
「ああ」
シ「すごい」
「すごくはないけど」
シ「エレキ?」
「クラシック」
シ「クラシックって、どんな?」
「どんなと言われてもな」
シ「例えばどんな曲弾くの?」
「クラシック」
シ「うーん」
シ「あっちょっと待ってて」
そう言って詩織が奥の部屋から持ってきたのはウクレレだった
シ「弾ける?」
「いや…」
音を出してみると全然合っていなかった
「調弦はどうすんの?」
シ「わかんない」
「え」
シ「お母さんのだから。私弾けないしお母さんも弾かないし」
ウクレレは弾いたことないけど取り敢えずギターのレギュラーチューニングと同じ、2ー3弦間だけ長3度あとは4度で合わせてみた
4弦が細いから仕方なくオクターブ高くしたけど並びは一緒だ
ギターの5 6弦が無い状態
グリーンスリーヴスの旋律を弾いてみた
「すごい」
「すごかないだろ」
サンスのカナリオス
「4弦がオクターブ低かったら多分それなりに弾けるんだけど」
シ「 」
「楽しいなウクレレ」
シ「やっぱり吉井は変わってる」
詩織はニコニコしている
「何が」
「だって…」
「ニコニコすんなよ 何が?」
「…今日だって、、いきなりドア叩いて「おいっ」とか言うし、ネギベエ好きとかさ、さらにはウクレレ弾けるし」
「たまたまだろ」
「ウクレレ持ってると吉井、いいひとに見えるよ あはは」
俺はウクレレを置いた
なめられるのはごめんだ
「帰るわ」
「え 何で?」
「帰宅部だから」
「ふっ ちょっとまって」
詩織はポットのお湯でスティックタイプの何かを溶かした
色々飲みすぎてる
「はい」
「…」
レモンティーだ
「吉井のこと初めて見たときから変わってるって思ってた」
「 何が?」
「雰囲気が。一人でぽつんとしていて。でもダサいフリョーみたく“俺ホントは寂しがりなんだぜ”ってとこがなくて。
殆ど弓原(イッキョ)としか喋らないし。
それにやることも変わってる。たとえば写生会、みんな校舎や体育館描いてるのに吉井だけ猫かいて怒られてたり、あと康太のカレーにこっそりガムシロップかけたりさ」
「あ。見てたのか?」
「うん」
___________
イッキョ「ミルクは」
カズ「は?」
イッキョ「ガムシロとミルクはセットだろ」
カズ「ミルクなんか色でバレるだろ」
イッキョ「ゴハンにかけろよ」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「あのときコータ、「うっわ何だよ今日のカレー甘すぎだろ!」って騒いで弓原が「黙って食えよ」って。わたしくるしかったんだからね」
___________
ババ「あー!あめー!」
イッキョ「うるせえな黙れ」
バ「あ!?じゃテメ食ってみろよ!」
イ「同じの食ってんだろ」
バ「…甘くねえのかよ…」
イ 「こんなもんだろ」
「…」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「あのときも吉井はぜんぜん笑わずにカレー食べてた」
「何で笑わないの?」
面倒くさい
しかし面倒なことを誤魔化すともっと面倒なことになることもあるから
がんばってみる
「あの時は、いたずらのつもりじゃなくて何つうか…気づいてほしかったんだ」
「え」
「やたら甘いカレーをみんなが平気で食べてるという状況は孤独だろ」
「孤独?」
「うん。たとえば俺は、馬場ちゃんみたいにメシとカレーをグチャグチャにするのがきらいだ。気分わるくなる。けどそんな俺の感覚が常識とは思わない。俺が嫌いなだけだよ。
でも馬場ちゃんはさ、自分の感覚が常識だと思ってるところあるよ。運動オンチな奴を馬鹿にしたり。舐めてる。
だからガムシロで甘くして“変なのは自分かも知れない”って感じてほしかったんだけど。
あんなに騒ぐとはな」
詩織は俯いている
「俺はべつに馬場ちゃん嫌いな訳じゃないんだぜ。あいつはあいつでいいところあるよ。野球頑張ってるし。ただちょっと馬鹿な…」
そう言ってすぐ、俺だって馬鹿で、だからここにいることに気づき俯いた
「自分の感覚が常識だと思ってる…か、吉井すごいね」
厭味か
「ねえ 今度ギターきかせてよ」
「いいけど」
「またネギベエ食べよう」
「ああ」
「明後日は?」
「土曜日」
「…わかってる。明後日の夜うちでネギベエ食べない?」
「 伊東のおごりか?」
「ギター弾いてくれたら」
 ̄ ̄ ̄
「母ちゃん花屋?」
玄関で靴を履きながら訊いた
「ううん」
ピンクユリ
咲き誇る花はあまり好きじゃないと思った
「ありがとね」
…
ほんとは俺が言わなくちゃいけない
こんな俺を許してくれた
「…また明日」
「また明日ね」
翌日
教室へ入ると詩織がいた
朝練か
濡れた襟足が
なんかきれいだった
「おはよう」
シ「おはよー」
学校を休んでいる間の詩織を誰も知らない
俺だって
俺カズ「おす」
イッキョ「おう」
カ「昨日ありがとな」
イ「いや 西岡に言えよ」
カ「ああ 後で言っとく」
イ「伊東んちかわったか」
カ「ああ」
イ「そうか」
他は何も訊かない
そんなイッキョが俺はすきだ
席に着いた
昨日泣いた詩織は朝練で汗をかいてる
俺はなんて下らないんだろう
えらそうな大人に言いたい
だれかの価値観に踊らされてはないか
解り得ない他人のことをああだこうだと決めつけていないか
自分と異なる人間を意味不明で片付けるならせめて
自分が了見の狭い馬鹿だということを知れ
言葉は返ってくる
俺は俺を棚に上げるから言えるのだと
昨日詩織に言ったことが恥ずかしくなった
―お詫び―
No.130のレスを一部訂正し再投稿させて頂きます。
誠に申し訳ございません。
SHIN
==============
16:08
冷蔵庫の水をグラスに注ぎ半分飲んで息を吐いた
詩織 …
いま思えば16で横浜にきてから19までの3年間は殆ど詩織を忘れるために生きた
俺の忘れられない女はギタリストだ
ギターを与えてくれた先生
声を失くした11の俺を抱きしめてくれた彼女を生涯忘れない
詩織のことは忘れたはず
忘れなければ生きてこれなかった
なのにこんなにも簡単に甦る
彼女の唇が右肩に
やりきれない思いで室内干し用のハンガーラックに洗濯物を掛けた
誤魔化してきただけなのか
俺を受け入れ
自分の全部で受け止めてくれた詩織のことを
中2の秋はじめてセックスした
大好き
俺の肩に口をつけ呟いた
出勤までまだ時間がある
向き合おう
今ならできるはず
==============土曜の夜
インターホンを押したらドアが開いた
詩織「 どうぞ」
俺カズ「 どうも」
「 また母ちゃんいねえの?」
「うん」
「 猫みてえな母ちゃんだな」
「ふっ そうだね」
「ギター見せて」
「わー」
「なんか弾いて」
ラグリマ アデリータ アメリアの遺言
聖母の御子 …
「すごい!」
「ネギベエおいしいね!」
「今日泊まってく?」
「え!? …ほんとに大丈夫?」
「やだ 吉井が先入ってよ」
「絶対やだ なら私入らない」
「これ着なよ ミッキー」
「あはは 似合ってるし(笑)」
布団を並べて寝た
__
シ「吉井」
カ「ん?」
シ「ちょっと手 かして」
カ「ん」
ゆっくりと手を繋いだ
何度も鼻をすする
泣いてるのか
カ「何で」
シ「わかんない」
詩織の手を握り直した
詩織が眠るまで
ただこのまま
俺からほどいてしまわぬように
力が抜けてからもずっと手を握っていた
物音
詩織の母親が帰ったんだ
眠ってしまった
繋いだ手はほどかれ詩織は背中を向けていた
2:34
《…寝言で傷つけるようなこと言ってないよな…》
部屋を出た
小水
このまま戻るのはカッコ悪い
俺は挨拶のできないガキじゃない
キッチンへのドアをノックした
「失礼します」
開けると目が合った
俺カズ「こんばんは」
シオリ母「こんばんは」
母はほほえんでいた
何故か力が抜けた そして
身構えることなく普通に話せた
「泥棒じゃないです」
「ふふ 知ってるよ」
「…」
「靴揃えてあったしそれに詩織のシャツ」
ミッキー
「はじめまして吉井一樹です
お邪魔してます」
お邪魔どころかいきなり泊まってる
ミッキー
「やっぱり。あなたが吉井君。いつも詩織から聞いています。よろしくね。あ、伊東幸恵です」
「…よろしくおねがいします」
「ふふ よろしくおねがいします。 吉井君、こんな時間だけどケーキ食べる?」
「ケーキ」
「うん」
冷蔵庫から取り出した小さな箱を開くと見たこともないような
ケーキが4つ入っていた
丸 三角 四角
何かの破片が突き刺さってる
「どれがいい?」
「…誰のぶんですか」
「え?」
「伊東と…ユキエさんのほかにあとふたりは」
母はケーキを見ながらこめかみを触りちょっと笑って俺を見た
「詩織の言う通りね」
「え」
母はほほえんでいる
詩織が俺のことを何て言ってるのかも気になるけど問題は目の前のケーキだ
物心ついた頃から
甘いものは嫌いだと言ってきたし言い聞かせてきた
学童のおやつだって「いらない」と言って拒んだ
そうしなければ誕生日やクリスマスにケーキを食べられない俺は“可哀想な子供”になってしまう
給食にクレープやアイスが出たときも食べなかった
今も食べない
俺のプライド
でもギターの先生が出してくれるおやつは食べる
大好きな先生が俺だけのために用意してくれるおやつだから
誰も見ていないから
目の前のケーキは
俺のためのケーキじゃない
「これは貰ったの。ウチはほら、詩織と二人でしょう、こんなに貰っても困っちゃうんだけど」
そう言ってケーキを箱ごと俺の前に滑らせた
「だからよかったら食べてくれない?全部食べてもいいよ。詩織も私もダイエット中だから」
ダイエット中… 詩織も?
…ぱくぱくネギベエ食ってたけど…しかもマヨで
「じゃ、これください」
一番シンプルなチョコレートケーキらしきものを指差した
母は微笑んだ
「紅茶淹れるね」
「ユキエさんは食べないんすか?」
母は笑った
「おばさんでいいよ」
「…」
おばさんて感じじゃない
それは馬場ちゃんの母ちゃん
「伊東さんも食べてください」
母は笑った
そして小さく頷いた
こんなふうに敬語で普通に話せる大人ははじめてだった
「クラシックショコラかな?」
俺の選んだケーキを皿に移しながら母が言った
「私はこれ」
母が選んだのは丸いケーキ
チェリーやキウイがテカテカしてる
「いただきます」「いただきます」
三角の先端をほんの少しフォークに乗せて
口に運ぶと一瞬息が止まった
スゲーうまい
「おいしい?」
「 ハイ」
少し苦くてしっとりふわふわで
切なくなるほどうまかった
「これもおいしいよ」
そう言って丸いケーキを俺に向けた
「ちょっと食べてみて」
フルーツが乗りまくっていて
どう食べたらいいかわからない
「ガッていっちゃって ガッて」
「 ハイ」
俺はガッていっちゃった
メチャクチャうまい
「ね?」
「ハイ」
電球色のあたたかな部屋で
包まれているような感覚だった
このひとが俺のお母さんだったらどんなにしあわせだろうと
詩織に嫉妬した
ほんの少し
パタン
ト ト ト ト
目を合わせた
俺は直ぐ俯く
「悪いことしてるわけじゃないのにね」
詩織がおきてきた
ヤバイ
詩織が入ってきた
俺はフォークを置いてかしこまる
シオリ「おかえり」
シ母「ただいま」
近づいてきた
シ「吉井 あ」
なんだよ
シ「ケーキ!」
視線を感じる
シ「甘いの嫌いって」
うるさい
シ「吉井?」
…
シ「ね何か言ってよ?」
母「詩織」
シ「だって吉井は甘いのきらいなんだよ」
ハ「今日は特別でしょう」
俺もそう思う
シ「… うん、そうだね」
助かった
ハ「詩織も食べる?」
シ「うん」
カ「…フトルゼ」
シ「うるさい」
俺のセリフ
ハ「どっちがいい?」
シ「うーん」
両方食えよ
シ「私も吉井のがよかったよ」
は?
ハ「何言ってるの」
シ「だってチョコレート好きだもん
吉井それザッハトルテ? ガトーショコラ?」
知らねえよ
俺はケーキをフォークに刺して詩織の顔の前につき出した
カ「食ってみ」
詩織は視線を落とした
鼻につけてやった
シ「あー!」
俺はなんでこういうことしてしまうんだろう
自分がわからない
詩織の鼻につけたケーキを食べた
うまい
「ちょっと!」
なんだよ
「一口ちょうだい」
もう一度フォークに刺してつき出すと今度はパクッといった
そしてクスクス笑いだした
「なんだよ」
「吉井… ミッキー着てケーキ食べて、、キャラ崩壊してる(笑)」
なめられてる
なのに何故だろう
いやな感じではなかった
詩織は笑ってる
母もほほえんでいる
俺も俯いて少しだけ笑ってしまった
「お母さん私チーズケーキ」
「はい」
立ちあがり背を向けた母の姿に
思わず目を閉じた
「いただきまーす」
それチーズケーキだったのか
詩織が選んだのは四角いケーキ
表面が青白赤でコーティングされてる
ほんとは一番惹かれたケーキ
惹かれたから遠慮した
シ「ミュー(Mieux)のケーキだね」
ハ「うん」
シ「ミューってフランス語で[より良く]って意味なんだって」
ハ「へえ」
へえ
シ「ミューのチーズケーキ美味しいんだよね。トゥルトー・フロマージュ大好き」
カ 「何だそれ」
シ「黒いチーズケーキ」
カ「?」
シ「表面が黒いの」
カ「焦がしただけだろ」
シ「言うと思った」
それ結構こたえる
なめんなよ
おまえの予想超えてやる
フォークを構えた
「一口くれ」
詩織はまだ手をつけてないフランス国旗のチーズケーキを俺に向けてくれた
シ「はい」
俺は白と赤の分かれ目をサッっと切り赤をガッていった
サンブンノイチヒトクチ
シ「あー!!」
カ「ウアイオ(ウマイヨ)」
シ「ラズベリー!!」
カ「ウアイ」
詩織は笑った
「ほんとバカ」
___
お母さんも笑ってたよな
詩織 忘れられてないよ
詩織
おまえとお母さんはいつも
互いに気づかい思い遣ってた
おまえは勉強も部活も頑張っていて クラスの連中みんなに話し掛けていたよな
「おせっかい いい子ぶってるって、煙たがられてるよね。
でもさ、困ってるようなとこ、
気づかないふりはできないよ」
___
「吉井いいな痩せてて。帰宅部なのに。不公平だよ」
「ケーキ食べちゃったから起きてなくちゃね。吉井ギター弾いて」
「当たり前でしょっ
私のまで食べたんだからっ」
「お母さん吉井すごいでしょ?ねー。うん。ねウクレレ弾いて」
「もう一回 アンコール」
「ダメ! 弾いて!」
「あはは」
 ̄ ̄ ̄
結局朝まで起きてた
俺が一番カロリー消費してるって言ったらお母さん笑ったよな
詩織、おまえはいつも俺に対してだけトコトン失礼だったぜ
お互いさまか
あの時分
不満たれていきがって群れてだらけてる“フリョー”沢山いたよな
スネかじりながら群れをなす雑魚
おまえは全部を頑張っていて
すげーなーって思ってたよ
…
煙草に火を着けた
今日は吸い過ぎてる
一つ吐いて消した
向き合うって大変だ
こんなにも甦る
あの頃 俺は詩織を愛していた
「尾崎豊が死んじゃったのは優し過ぎたからだと思う」
「佐野元春の情けない週末きくとすごく東京行きたくなるよ」
「ムッシュかまやつと関口宏って似てるよね」
「子供が好きだなんて言う独身男キモイ。絶対信用できないし」
「(元漫才師)ってさ、「俺オモロイやろエエコト言うてるやろ間違ってへんやろ???って、いつも他人の反応伺ってるカンジする」
詩織
よく喋るおまえが好きだった
一緒にいて楽だった
ーーー
「ミートソースにレモンかけると美味しいよ」
「吉井は一重じゃなくて奥二重。 知らないの?」
「前髪上げたほうがいいよ
。ほら絶対こっちのがカッコイイ」
「何ですぐ怒るかって、、
女だから!」
色んなことを教えてくれた
ーーー
「吉井の笑わないところいいと思うよ」
「お母さんがね、吉井君は身のこなしがきれいですごいって言ってて。で、そうかなーって思って見てたんだけどさ、吉井って歩き方すごいきれいだよね。
あと手つきも。たとえばコップ置くときこんなふうに小指から置くでしょ音たてないで。
何で? ギター弾くから? 」
「触ってよ」
ーーー
ガキの頃できるだけ靴を汚さないように、ソールが減らないように歩いてたんだ
野球もサッカーも服が汚れるから嫌だった汗をかくことが嫌だった
おまえはそんな俺のクセやクソを好きだと言ってくれた
いつも教えてくれていた
受け止めるということ
受け入れるということを
言葉だけじゃなく全部で
愛するということを教えてくれていた
愛するということに普遍妥当な定義などない
様々な愛がある
当時の詩織が教えてくれたのは
当時の詩織の愛に過ぎない
けれど胸の奥に刻まれている
愛するということは生易しいことではないということ
詩織は俺を愛してくれた
だから許せなかったのだろうし
別れるしかなかった
―――
二年の夏休み
詩織の家で一緒に勉強していた
―――
「吉井は白くていいな」
小学校では上級生から「ヒンケツ」だの「シタイ」だのとからかわれたし他のクラスからは「ホワイト」「シロチン」なんて呼ばれた
「二度と白いって言うな」
小さく呟いて参考書やらノートやらを鞄に仕舞い帰ろうとした
「ちょと待ってよ 何で」
黙って部屋を出た
玄関で靴を履いている時
「私だって白くなりたいんだから!」
振り向くと詩織が泣いていた
は!?
「何だよ」
「だって… ばか!」
「はあ!?」
「私だって お母さんみたいに大人になったら 白くなるって
思ってるんだから 」
―――
詩織は自分の小麦色の肌が
大嫌いだと 大嫌いな父親と
同じだと言って泣いた
「お母さんや お姉ちゃんみたいに 私も どうして私だけ 」
床にしゃがみ込み両手で顔を覆う彼女の
前に屈んで背中を擦った
彼女は俺の腕におでこをつけ
吉井はきれいだねと呟いた
「詩織」
はじめて名前を呼んだ
泣き顔で俺を見た彼女を抱きしめた
「きれいだ」
おかしな体勢で抱き合いながらはじめてキスをしたこの日から
俺と詩織は恋人同士になった
――――――――――――――
お母さんの前では子供になり
俺に対しては失礼極まりなかった詩織は学校では優等生の象徴的存在だった
成績は学年200余名中常にトップで一度そこから落ちたときは俺の前で涙した
その涙はきっと殆どの同学年に理解されないものだったと思う
「アイツハアタマノデキガオレラトハチガウカラサ」
あの年頃のずば抜けた優等生の多くがそうであるように詩織もまた孤独だった
―――
お母さんの笑顔が見たい
お姉ちゃんに負けたくない
沢山の愛情を受けて育った詩織はその思いや願いに応えようと頑張っていた
でもそれだけじゃない
彼女の根底にあったのは
怒りのようなものだったのかも知れない
父親への憎悪や一人の夜が彼女を奮い立たせていたのだと思う
―――
「ねえ知ってる?
“その人のようになりたいと願うとまずその人の駄目なところが似る”って。
誰の言葉だったかな。
それってさ、駄目なところを
真似するのは簡単だからだよね
きっと。
そして憧れると駄目なところが見えなくなる。見えても許せてしまう。
私はお母さんもお姉ちゃんも大好きだけど、全てを肯定してるわけじゃない。
許せないことも、納得できないことも…あるんだよ。
だから私はお母さんよりもお姉ちゃんよりもいっぱいいっぱい頑張って、、いい女になる。
、、て何言ってんだろ(笑)
何か言ってよ」
―――
「S高に行ったら電車通学になるでしょ。私はバレー部で、吉井は軽音部だね」
「勝手に決めんな軽音部なんか入らねえよ」
「いいのとにかく一緒に帰るの。で、私は疲れてるから吉井の肩に凭れて寝て、駅に着いたら吉井が起こしてくれるってのが私の思ってることなんだ」
「俺の肩が凝っちゃうだろ」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃねえよ」
―――
同じ高校に一緒に通う
たったそれだけのことを詩織はどんなに望み想像していただろう
あいつの気持ちをまったくわかっちゃいなかった
ガトーショコラもキスもセックスも彼女との一つ一つが一々はじめてだった
ギターの先生 詩織のお母さん
俺の居場所 俺の彼女
全部とサヨナラした
高校へ行かず詩織と別れてまで出て行かなければならなかった理由は
―――
詩織とはよく二人乗りした
当時の愛車はクリーンセンターで貰った
ママチャリ
パンク修理に行った自転車屋オヤジと仲良くなった
くわえタバコに汚い手で黙々と作業するオヤジがチョットカッコよかった
カゴや荷台やチェーンカバー泥除け等を外し 少し手伝うとくれる中古パーツを貰ってカスタマイズした
ラッパホーン ドリンクホルダー クロスバイク用フェンダー… サドルをバナナにした
ノーマルステムを逆にしてドロップハンドルをつけたりトゥークリップをつけたり…
周りは俺の愛車を「ナカノママ」とか「マザー」とか言ってたけど本当の名前は【ガンプ】
フォレストガンプからもらった
しかしそのガンプも詩織の「二人乗りしたい」でガタガタと崩れた
ハブステップを付けるだけでは駄目だった
「バッグ入れるとこ欲しい。カゴつけて」
カゴをつけた
「吉井が前傾姿勢だと私も前傾姿勢になるから疲れるよ」
ハンドルをアップハンドルに直した
バナナシートは垂直に座るとケツが痛い更に詩織の両手が肩にのると肛門への圧力が尋常じゃない
でっかいサドルにした
邪魔だと言われたからフェンダーも普通の泥除けに
ガンプは普通のママチャリになった
―――
二年の春
[陽のあたる教室]を観に行った
二人乗りして行ったのか
映画もよく覚えていない
「吉井は音楽の先生になればいいんだよ。そしたらきっと心から笑えるよ」
彼女の表情が見えた
泣いたり笑ったり怒ったり
まるでセリフ付きのパントマイムだった
思春期と更年期が一緒にきたような詩織はホント『生きてんだぜ』って感じの女の子で
自閉的で離人症ぽかった俺のドアを「寂しくないの悔しくないの?」ナンデナンデナンデナンデって叩きまくってきた
―――
「好きだから知りたいんだよほっとけないんだよわかってほしいんだよそんなこともわからないのバカ!」
―――
ヒトゴトのように掃除洗濯しメシを作り食べ食器を洗い勉強していた
もうあの頃は親父が怒鳴っても犬が吠えてる猿が騒いでるくらいにしか感じていなかったし
殴られても『明日ハレルカナ』なんて思ってた
無関心無感動無感覚
そのほうがラクだったんだよ
―――
詩織は向き合ってた
一人の夜 一人の朝 同級生との人間関係 部活での上下関係
手を繋ぐだけで涙するほどに闘っていた
すぐ泣く彼女と泣けない俺
彼女の方が強いに決まってる
俺はただの鈍感野郎で
彼女は涙腺が弱かっただけだ
――――――――――――――学年でS校を受けたのはたしか
6人だったと思う
落ちたのは俺だけだった
「誰もが一つの人生しか生きれないだろ
経験以外は受け売りの知識さ
みんな狭い世界で生きてる
大人が好む"常識"ってのは
狭い世界の"常識"でしかないんだよ
俺高校行かない」
受かったイッキョが言った
――――――――――――――
14歳のクリスマス
詩織の家で詩織とお母さんと3人で過ごした
―――
お母さんが帰ってくるまでの間
オモチャのツリーを組み立てたり電飾をしたりキャベツ切ったり
マライアキャリーやビングクロスビーをききながら詩織に使われていた
シ「あ!」
「は?」
シ「ドレッシングない」
「マヨでいいじゃん」
シ「太っちゃうよ」
「…」
シ「?何か言おうとしたでしょ!」
「…レモンと塩でいけるよ」
千切りにしたキャベツにオリーブ油を一滴垂らしレモン汁と塩ヒトツマミ加え
モミモミした
「食ってみ」
つまんで向けると彼女はパクッといった
シ「おいしー」
「な」
ルッコラ ベビーリーフ トマト
サラダは塩とレモンでいける
―――
お母さんが帰ってきて
俺たちはシャンメリーで乾杯した
うまれて初めて食べたケンタッキーは
ポーっとなるほどうまかった
母「ジャーン! プレゼントです」
シ「わー!」
「え 俺にもですか」
母「当たり前でしょ(笑)」
洒落た紙袋に入っていたのは
当時はまだ珍しかったフリース素材のアウターだった
俺はグレーで 詩織は白
シ「えっ何これ軽! ふわふわ!」
母「ペットボトルのからできてるんだって」
シ「ウソー!」
「スゲー」
―――
アルフォンソ10世の聖母マリア頌歌集を弾いた
なぜあんな暗い曲を弾いたんだろう
あったかいクリスマスだった
――――――――――――――詩織とイッキョが合格したS高は
偏差値70の公立高校
創立119年 文武両道 制服無し
修学旅行無し 自由な校風
450が合格ラインだと聞いていた
――――――――――――――
詩織は俺に「ギター弾いて」とか
「2人乗りしたい」とか、、自分の“欲求”をぶつけることは茶飯事だったけど、自分が“良い”と思う事や考えを押しつけることは殆ど無かった
自分の“好き”を信じながら
ニュートラルな感性を大切にしていた
彼女の柔軟さは例えば
お母さんお姉ちゃんの影響もありサザン 佐野元春 渡辺美里などもよく聴いていたけど当時流行っていたoooファミリーの曲にも俺のように耳を塞ぐことはなかった
「だっていい曲だよ?」
ーーー
いつも互いをぶつけ合っていたのに大きなケンカにならなかったのは詩織が俺の急所を見極めそこを衝いてこなかったからだろうと思う
ーーー
シ「 ホントに 」
「うん」
シ「 でも吉井 」
「あと20点」
シ「 … 」
「! 何で泣くんだよ」
シ「 だって ずっと思ってて 言えなかったから 」
「頑張るよ」
シ「 ん 」
「一緒にS高行こう」
シ「うん」
俺が言ったんだ
詩織やイッキョに出会う前はもっと
歓心 衷心 自己顕示欲 競争意識 高揚 悲哀 焦燥そんな全てが希薄で
感じていたとすれば
孤独疎外隔絶そんなようなものだった
―――
惑い揺れながらでも真っ直ぐに詩織を愛していた
彼女のお母さんも彼女の家も
ふたりだけの時間も全部大好きだった
一緒にS高行こう
詩織と一緒に行きたかった
嘘じゃない
だけど彼女にそう言ったのは3年の夏 イッキョからS高を受けると聞いたあとだ
焦燥に駆られた
負けたくなかった
そしてイッキョと一緒にいたかった
俺は謝れただろうか
合格発表日の記憶は
俯き堪える彼女の姿しかない
ーーー
俺も詩織もS高一本だった
公立一本は珍しくなかったけどだからこそ安全圏を受けるのが至当で俺のようなギリギリ狙いの乾坤一擲馬鹿はまずいなかった
担任は無茶だの内申云々四の五の言い自分でもわかっていたけど変えられなかった
ーーー
受験のためギターのレッスンを休み
弾くことも儘ならなくなり
自分にとってギターがどれ程大切かを改めて思い知った
なぜこんなに苦しまなければならないのか
詩織のように摯実に向き合い努力してきたわけじゃないけどS高以外ならどこだって行けるのに
「吉井は私の世界一だから」
こんな強くて特別な彼女の言葉にも受けるのはプレッシャーだった
――――――――――――――合格発表翌日か翌々日か
受かった生徒は一律に登校することになっていたから俺が落ちたのは周知のこととなった
彼女と同じ高校を受けて落ちたと
失敗した者にプライバシーなどない
他日 学校に呼ばれた
何を話したのか憶えていない
定時制なら募集があるとか予備校だとか、そんな話をしたのか…
何故か金魚と
ブクブクを覚えている
二度とここに来なくていい俺は
出れない金魚よりましだと思ったのかも知れない
―――
中々できない経験をしたと思う
あの時の俺の気持ちは俺にしかわからない 言いようがない
というかもう、今の俺にだってよくわからない
でも広く見ればチューロウは他にもいただろう
学区トップの公立に合格して
本人の意思で工務店に就職する奴はいなかったと思う
同じ高校を受験し
同じ工務店に就職したでも
俺とイッキョは全然ちがう
唯一負けたくない男に完敗だった
今でも悔しさがこみ上げる
――――――――――――――詩織
あの日も俺は
自分のことばかりだった
中学最後の日
おまえのがつらかったよな
ごめんな
――――――――――――――
工務店の親方はイッキョの叔母さんの知り合いだった
工務店に入る際
親父には給料が出たら出ていくと言い保護者欄に印を捺させた
…
そういえばウエモトさん元気かな
工務店にウエモトさんという10コ上の先輩がいた
サーファー風の兄ちゃんで
「未成年 むいてるか?」が
最初の挨拶だった
手押し鉋で人差し指と中指の第一関節から上をとばしていて
機械を使うときは女のこと考えちゃいけないと教えてくれた
初めて生ビールを奢ってくれた
初めて裏モーノを見せてくれた
詩織を可愛いと言ってくれた
奥さんと子供を愛してた
「一樹、彼女大事にしろよ。働くこと、女を守ること、男はこの二つ。これだけでいいんだ」
男らしい先輩だった
―――
ウエモトさんの家で2回夕飯を御馳走になったことがある
最初はイッキョと2回目は詩織と一緒に
カレーと味噌汁と ポテトサラダ
―――
路地裏の連棟長屋の一角
家の前に着いたとき
カレーの匂いに気詰まりを覚えた
カレーは大好きなんだけど
家庭は
「ただいま」
「おかえりー」
誰か 女のひとが返事をした
ダダダダダダダダダ
小さな男の子がダッシュしてきて
いきなりウエモトさんの足に蹴りを入れた
「あ゙あ゙~」
ウエモトさんがひっくり返った
男の子は笑っている
「やったなコノヤロー」
今度はウエモトさんが男の子を持ち上げて回した 捻りを入れた
3D
男の子は上村愛子の30倍以上複雑な回転を繰り返した後
着地に失敗した
ドゴン
…おい大丈夫かよ
「立て!男だろ」
男の子はゆっくり立ち上がった
両手を握りしめ
歯を食いしばっている
まるで投てき直後の室伏
「よし!男だ」
ウエモトさんは男の子の頭を両手で挟み激しく左右に揺すった
男の子は紙相撲の力士より激しく揺れている
「モウヤダモウヤダモウヤダモウヤダモウヤダ」男の子が連呼する
「アータタタタタタタタタタタタタタタタ」
ウエモトさんは続ける
「モウヤダモウヤダもうやだもうやだ!もう!だ!もうやだ!おかーさん!おかーさーん!!」
ウエモトさんがやめると男の子は奥のほうへ消えていった
イッキョ「何歳ですか 息子さん」
ウエモト「あー… 四歳か」
イッキョ「つよい子ですね」
ライトブラウンの髪をクシャクシャした
「ああ。 カミサンそっくりさ」
ーーー
カ「おまえ来たことあんの?」
イ「初めてだよ」
カ「何でムスコってわかったんだよ」
イ「どう見たって息子だろ」
カ「何で」
イ「何でって…」
「おい あがれよ」
「はい」
「お邪魔します」
ーーー
シンプルな シックな部屋だった
中央に一畳ほどの無垢材テーブルがデーンと据えられていて
両サイドにはホゾ組みされた背凭れのある大きな椅子が四脚置かれていた
ユリカゴのようなバウンサーのようなところに驚くほど小さな赤ちゃんがいた
斜め上あたりをじいっと見つめている
その横でさっきの男の子が絵本を開いていた
あ …
「こんばんは」
「こんばんは 弓原一臣です」
「はじめまして 妻の千鶴です」
「お世話になります」
「何もお構いできませんけど(笑)」
…
「もうお一方…」
「ああ おい一樹」
「…あ…すいません 吉井です」
「はじめまして 千鶴です」
「…」
あのときと同じだった
詩織が
一人で食べるよりおいしいと
俺に笑んでくれたあのときと
意識できない
奥のほうの どうしようもない場所が小さく震える感覚
ウエモトさんの奥さんは美しく
そして
目の見えないひとだった
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ひとり台所に立つ千鶴さんは
ほんとは見えてる!?って感じだった
イ「すごいテーブルですね 材は…」
ウ「板屋楓」
イ「特注ですか?」
ウ「俺が作ったんだよ」
イ「マジすか」
ウ「大工だぜ 買わねえよ」
イ「じゃ この椅子も」
ウ「ああ」
イ「これも板屋楓ですか」
ウ「栃」
イ「栃…きれいだなあ」
所々に浮き上がって見える波状杢や縮み杢に
吸い込まれそうな感じがした
見えないものを見ているような
たとえば風を
たとえば想いのようなものを
ーーー
カレーもポテトサラダも木の器に盛られている
特にポテトサラダの大きな片口の器はろくろや旋盤加工ではない
いびつな形の美しいもので
箸もスプーンも 箸置きも
サラダの取り皿以外はみんな木で作られていた
「器もウエモトさんが?」
「そう。塗りは漆屋にやってもらったけど」
「すごい」
すごい
ーーー
ウ「味噌汁俺だけしかないよ?」
チ「カレーにお味噌汁なんてアツシだけでしょう?」
ウ「そんなことないよ」
チ「弓原さん吉井さんどう思います?」
イ「確かに変わってますけど」
カ「ファンキーですね」
チ「ファンキー(笑)」
ウ「一樹てめバカにしてんのか」
イ「味噌汁いいすね」
カ「いいすね」
チ「(笑) 今持ってくるね」
ウエモトさんが立とうとした千鶴さんにそっと触れて立ち上がった
ウ「食ってなよ。おっぱいあ「ぼくのスプーン!」
ーーー
「いただきます」「いただきます」
「いただきます」「いたあきメシュ!」
カレーをたべる
!!
思わずイッキョを見た
「うまいす」
千鶴さんのカレーはちょっとマジで後ろにコケそうなほどうまかった
あまくて ちょっと酸味があって スパイシーで あとからカラくて
焼き付けるように咀嚼した
カレーは飲み物じゃない
ポテトサラダもうまい
スーパーの冷たいやつとは違い(あれはあれでそれなりにうまいけど)クセがなく、温かく、ブラックペッパーが効いていた
味に勢いがある
そしてこの味噌汁
ダシは煮干しだ
頭とハラワタを取り除き身を縦2つに割いて軽く洗って火にかけるそして
…
美味しんぼか
とにかくもう 最高にうまかった
スプーンは口当たりが優しく
木の食器での食事は静かで親密だった
食後
ウエモトさんが缶コーヒーをくれた
「ほい」
「すいません」
「いただきます」
背凭れに体を預けテーブルの耳に触れ 目を閉じてみてわかった
テーブルも椅子も食器も
全部千鶴さんのために作ったのだと
ーーー
縦一列 イッキョが前
川沿いの道を自転車で帰る
前方からやってきた車がハイビームに切り替え間隔あけずにスピードあげて走り去る
「わっ」「あぶっ」
マセラティで首都高走れよ
イ「ちょっと休もうぜ」
「ああ」
イッキョはガードレールに凭れフィリップモリスに火を着けた
イ「カレー うまかったな」
「ああ」
「ちょっと 疲れたよ」
イ「そうか」
俺には眩しすぎたんだ
「ポテトサラダも うまかった」
イ「うまかったな」
「千鶴さん…奥さんさ」
イ「ああ」
「すごいよな」
イ「ああ」
「見えないのに」
イ「だからじゃねえかな」
「だから …」
「見えないからすごいのかもな」
男の子に 赤ちゃんに
千鶴さんに木に囲まれた食事に
イッキョの言葉に
もうこんがらがってしまって
気が遠くなるほど詩織を抱きたいと詩織に
抱かれたいと思った
三人で食事の後片付けをした
ウ「やがてくーるーWow それーぞーれのー 交差点Woo…」
…
俺はイッキョを見る
イッキョは首を振る
なんとかしてくれよ
「あー夢かーら醒「ウエモトさん」た
なんだよ」
イ「奥さんカレー嫌いなんですか?」
ウ「おっぱいあげるからだよ」
サンクス
ーーー
ウ「弓原も一人っ子政策か」
イ「政策かはわからないすけど」
裏庭の縁側で
イッキョとウエモトさんは煙草をふかす
俺は少し離れて缶コーヒーを飲む
男の子は足の親指をいじってる
「名前は?」
「りんたろ」
俺は近くにあった針金ハンガーを
りんたろの頭にかぶせてみた
りんたろは横を向いた
ーーー
ウ「かわいいこでさ、俺に「(彼を)宜しくお願いします」って頭下げんだよ」
チ「へえ」
…
ウ「今度連れてこいよ」
千鶴さんがたいへんでしょ
チ「うんうん 会いたい 連れてきて ね」
カ「イッキョ詩織連れてきて」
イ「あほか」
押されっぱなしはいけない
ここは思い切って
「詩織にもカレーとポテトサラダ
食べさせてもらえますか?」
千鶴さんは笑ってくれた
「いいよ ふふ ありがと」
優しいなあ
イッキョみたいに面と向かって
うまいって言えなかったけど
詩織のおかげで伝えられた
――――――――――――――
「おいしい! え! おいしい!」
ーーー
「私が感じる吉井君は
とてもストレートだよ
弓原君のほうが 何て言うか
内に秘めてる感じする」
ーーー
「千鶴さんまずはポテトサラダを教えてください!」
ーーー
「やっぱりフレンチクルーラーかなあ」
ーーー
「キューピーハーフは倍使っちゃうから
キューピーの思うつぼですよ」
ーーー
「フリースは苦手なんだよね」
ーーー
「カラムーチョもすっぱムーチョも美味しいのにどうして"すっぱカラムーチョ"が発売されないのか私ずっと疑問なんです」
「ふたつ一緒に食えよ」
「吉井は黙ってて」
――――――――――――――
詩織
千鶴さん りんたろ
さくらちゃんだったよな
玄関の外に出て
またいつでも来てねって
見送ってくれた
みんな元気かな
あの日がさよならだなんて思いもしなかったよ
――――――――――――――仕事を選ばす出来ることはすべてやるというのが親方の方針で
たった数ヶ月の間に建築やリフォームだけでなく舗装や配管工なども経験した
――――――――――――――
俺は初めて
汗をかくことが気持ちいいと感じた
義務教育での徒競走やクラスマッチで強いられる汗とは全然ちがう
金のために
生きるために汗をかく
至極明解だった
1日24時間の内10時間やそこら金のために我慢すればあとは自由
大人は何てラクなんだろう
ラクしてるのにエラそうなのは何故だろう
15の俺は思ってた
――――――――――――――
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
詩織
あの頃
部屋借りるにも単車免許にも
何するにも保護者保護者保護者
うんざりだった
ごめん俺は
初給料貰ったときから多分もう高校行く気なかったんだ
予備校行かず勉強している素振りもない俺にお前は何も言わなかった
「最近こればっかりだね」
「仕方ないか 吉井やりたいさかりだもんね(笑)」
待っていたのか
俺が言い出すまで
来年こそは受かってみせるって
それなのに
横浜行く ギタリストになる
許せるわけないよな
ウエモトさん
殴られた本当の訳
今頃わかりました
あなたは千鶴さんの為なら猿回しの猿にだってなれる人だから
それがあなたのプライドだから
俺のことが許せなかった
「二度とツラ見せんな」
プライド故に許せなかった
詩織と別れて出ていく俺を
プライド故に
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
==============16:38
…
ついさっきまでコウジさんと餃子食っていたのに
4ヶ月も前の事に感じる
頭の中がホワホワしていて
まるで滅茶苦茶な携帯小説の中に紛れ込んだ感じだ
ーーー
結局殆ど眠れなかった
馬場のせいだ
子供ができたとか世界に通用する名前だとか馬場カーネルだの母父だの
更には詩織が離婚
…
ーーー
何か食べとかなきゃいけない
冷蔵庫を開ける
卵 納豆 厚揚げ キムチ ママカリ
チクワ つけ麺の達人 マルちゃん
キャベツタマネギレモントマトネギキュウリ大葉
キューちゃん …
トースターの上に8枚切りPasco
スパイスラックにオイルサーディンがあった
オイルサーディンとタマネギをみじん切り、塩コショウ、レモン汁を加えまぜる
片面だけトーストしたパンに大葉と
ちょっとだけマヨネーズ
サーディンサンド
小さいトマトを8等分に切り
スティックタイプのココアに湯を注ぐ
ーーー
詩織
わかったよ
忘れられるわけない
おまえが俺にくれたものがどんなに大きいか
多分きっとこれからも大きくなっていくと思う
二人だけの時間に答えなんて出せないし出さない
伊東詩織
忘れ得ない彼女
ーーー
俺はおかしい 自分で思う
けどそんなおかしい俺には
毎日やるべきことがある
時々うんざりするけれど
忙しさに紛らわせながらバランスをとっている
これがなくなったらつらい
何もできずに病と闘うほうが
ずっとつらい
ーーー
サーディンサンドはうまい
受験生の彼女に作ってあげたい
多感で しなやかで ユーモラスで
内につよさを秘めている
丸っこい顔の やさしい彼女に
洗顔歯磨きヘアワックス
ジャケットの袖に腕を通す
ところで
もし俺の心の中を誰かに見られたらその人は俺を妄想性分裂病型人格障害 アダルトチルドレンとか
中二病なんて言うだろう
実際そんな感じ
しかし中(厨)二病なんて俗語で揶揄している大人もまた中二病
というかまるで中学生みたいだ 中学生に失礼だろ
今日は畠山さんの初出勤日
マッサージ師の白衣は伊藤さんと
綿の質やシルエットに拘って選んだ
着ていてモチベーションが上がるものをと
今日がはじまりさ
ドアを開ける
「おはようございます」
「おはようございます」
受付の角田さんとの挨拶で俺の一日はスタートする
彼女一人の存在がお客とスタッフにどれほどの安心感を与えているだろう
「あら ちょっと痩せたんじゃない?」
「いろいろとハードな休日で」
「ちゃんと食べなきゃ駄目よ
私があと十歳若かったら一樹ちゃんと再婚するんだけど(笑)」
パクちゃんがマッサージの伝票を取りに来た
「おはようございます。カズさん、チヂミ食べてみて下さい、後で」
「新作?」
「はい」
「お!」
ウチのチヂミは四種類
一皿2ピース250円で提供している人気メニューだ
ソンちゃんが入ったときに思いついて俺がはじめた
安くてうまい小皿料理はうけるというのと、もうひとつ
ソンちゃんに認めてもらうために本気で作った
言葉とお金だけでは
人はついてきてくれない
何十人と面接し何人か採用した
そのうち韓国人は二人だけで
残った二人は韓国人だ
日韓の間には恐らく
何百年経とうと何百億積もうと埋めることのできない溝がある
これはとてもデリケートな問題で偏に語ることはできない
俺にできることは
ソンちゃんとパクちゃんを大事にすること
ソン・ミンウ パク・ヒョンス
異国の地で誇り高く生きる二人をリスペクトしている
2階3階スタッフ、マッサージ師、お客に挨拶 2階カウンター内に入りパクちゃんの新作を食べる
味噌 挽肉 ナス ネギ …何だろ
「うまいす。出してみて下さい」
「ありがとうございます」
言いたいことは幾つかあるけどきっと常連が教えてくれる
考えて 作って 反応を窺う
どんどんやってくれ
その気持ちがうれしいよ
ーーー
チヂミは一度焼いたものを六等分し注文を受けてから再度焼いてお出しする
それに合わせて生地に米粉や長芋などを加え焼き方も工夫している
カリッとモチッとフワッと
スピーディーにさりげなく
注文を受けてから手間と時間ののかかる料理はいけない
しかし一番よく出るタンドリーチキンは
オーダーからお出しするまで約15分かかる
タンドリーチキン
タンドールなんかないけども
試行錯誤繰り返したこの料理は
スタッフと常連が「(某有名インド料理店)よりおいしい」と言ってくれた テイクアウトも多い
調味液が命だが漬け込む前に余分な水分とアブラを取り除くことも肝心
タンドリーチキン
何故あんなに固執した
「おいしー」
「な」
「ウソー!」
「スゲー」
「いいよ ありがと」
「 すっぱカラムーチョが発売されないのか私ずっと疑問なんです」
14歳のクリスマス 千鶴さんのカレー
ーーー
もういいよ わかった
好きにすれば 横浜行ってやりまくればいいよ
越えたかったんだ
詩織 お母さんと
千鶴さんと出会って俺は今ここにこうしている
馬場パパとの電話も無駄ばかりではなかった
ーーー
テレビのリモコンを持って長靴を履き浴室へ サウナ室のドアを開ける
「失礼します こんばんは」
マットを整える
6人居たのでチャンネル変更は後
風呂ジェットバス水風呂の温度確認
桶や椅子を整え浴室を出た
ーーー
大仰に掲げている訳ではないけど決め事はある
:女性スタッフは浴場に入らない
:お客と俺らが使うトイレの掃除は男が担当し女性はスタッフ専用トイレ(いつの間にか女性用になってる)を担当する
…あんまりないな
スタッフ同士の私語は慎むとかそういうのは当たり前のことだし
ーーー
俺は何でもやるけど、主にフロアと浴場を担当している
ガウンを運んだりマット交換使用済みガウン タオル等の片付け、皿洗いなど、男なら誰でもできることを一番やる
難しいのはマッサージの予定組み客まわしくらい
仕込みや、カウンター内の簡単なことはするが注文を受けてからの調理等は殆ど任せている
自分が裏方というかサポートに回ることで気持ちや姿勢を示しているつもりだったのだけど
へんなふうに伝わっていた
伊藤さんからは最近までゲイだと思っていたなんて言われ、
最年少の高田さんには「個人的な嗜好で露骨に態度変えないで下さい!」と怒られたんだ
本当にびっくりした
何のことかさっぱり解らなくて
ゲイを否定している訳じゃないけど 俺はゲイでもバイでもない
しかし言われてみればたしかに
:男性専用サウナに12年
:浴室整頓等率先して行う
:女性スタッフとあまり喋らない
:お客とは普通に喋る
:コウジさんと仲良し
疑われても仕方ない
でもまあいいのかも知れない
うちの店は女性がお客を呼んでいる
俺や男スタッフが彼女達とフレンドリーなのはお客にとって気分のいいものではないだろう
「今晩は 宜しくお願いします」
畠山さん
伊藤さんと選んだ白衣を着てくれている
何て言ったらいい
気の利いた比喩が浮かばない
妄想と分裂のあいだを彷徨うホストが言いそうな科白もでてこない
なにしろ似合っている
畠山さんはちょっと笑んで視線を落とし 小さく両手を広げた
そして顔を上げた
俺も小さく両手を広げる
どこか懐かしい
欧米か デ・ニーロか
ーーーーーーーーーーーーーーところで俺は祐子の
白衣、看護服?着ている姿を見たことがない
頼めば着てくれるかもしれないけど、はばかられる
「色々忘れさせてやる」なんて言った記憶はないでもいつも彼女の気分転換でありたいとは思っている
去年だったか
俺の家で鍋をしたとき
猫舌の彼女は豆腐を念入りにフーフーし、口に運ぶと思いきや
顎につけて「あちっ」と言った
ダチョウ倶楽部が3人でやる仕事を
1人でやってのけたんだ
その時の言い訳が
「よそ見しちゃった」
疲れていたんだろう
眠たかったのかもしれない
頑張っているんだと思う
毎日 気遣って 思い遣って
たたかっているから
俺たちは週に2回会えれば多い方で2週間会えない事もざらだ
気分転換 リフレッシュ
忘れさせてやれる男でありたい
ほんとは見てみたい
他にも色々ある
短冊に書きたい
でもいえない だがしかし
ーーーーーーーーーーーーーー
今度祐子に着て貰おうと思う
畠山さんとスタッフの顔合わせは
一昨日済ませている その日はそれだけで帰ってもらった
今日は(マッサージ)シングル1人に
ダブルを2人やってもらう
慌てずに 焦らずに 少しずつゆっくりでいい
ーーー
"とてもお似合いです"という言葉が不適当で失礼なほど白衣は彼女にとても当たり前にピッタリとしていた
「ピッタリですね」
「ありがとうございます」
畠山さんは「とても柔らかくて動きやすいんですね」と言い
ちょっとだけ汽車汽車シュッポッポの動きをした
優しいふくらみがシュッポッポして俺は視線を外す
クラバッツオブロンドンのナロータイを褒めてくれた 「素敵な紫ですね」
鳩尾の奥がきゅうっとなる
吉井君なら絶対なれる
がんばってね
お母さんがオーバーラップした
畠山さんと話がしたい
このままJazz Barかどこかで
パーキングメーター ボウモワ 本日のスープ
Jazz men バルヴェニー イベリコ豚の脚
みんな雨に…
…
こんなところを高田さんに見られたらまた怒られる
「宜しくお願いします」
「宜しくお願いします」
踵を返す
「あ すみません」
「 はい」
「どこか
煙草吸える所ありますか?
今頃訊いてごめんなさい」
そうだ訊くの忘れてた
「こちらこそすみません。
上にあります。 ちょっと
一緒に来て下さい」
ーーーーーーーーーーーーーー喫煙者の俺は
ある程度歳を重ねたマナーのある喫煙者に少しだけ親しみを覚える
自分が煙草を吸わない乃至やめたからといって「煙草は誰でもやめられます」なんて言う人は苦手
あと、禁煙本を読んでやめるような人はちょっと信用できない
ーーーーーーーーーーーーーー
三階休憩室の一部
天井から仕切りを設け
窓に換気扇を設置
空気清浄機も置いている
「ここかベランダでどうぞ」
「ありがとうございます」
一緒に吸いたいけど
それはスマートじゃない
俺は受付の奥で
小さく会釈し階段を降りた
気になっている
一回目の交渉、二回目も、畠山さんは受け入れてくれなかった
"私に関わらないで"とでもいうように頑なに
それなのに
「吉井さんの熱意が、気持ちが 有り難かったです」
何故だろう
ーーーーーーーーーーーーーー
「シングル25分3000円、ダブル50分5500円と掲示しています。実際にはシングル30分ダブルは60分弱の施術をお願いしていまして、店側のマージンはシングル20%、ダブルで約13…12、8%弱。つまり、言葉が適切でないかも知れませんが、畠山さんの取り分、あがりは30分2400円、60分4800円です」
「入浴料は2000円、例えば極稀ですが、マッサージだけを受けたいというお客様であってもこの入浴料は一律に戴きます」
「去年近くにスーパー銭湯ができました。しかし問題なく売上は伸びています。コンセプトが違うんです」
「世間には"接遇のプロ養成講習"とか"接遇術"なるものがあるそうです。自分はこれを聞いたとき、東京03のコントかと思いました。すみません、東京03すきなんです」
「接遇にマニュアルなどないし、接遇術、と掲げた時点で接遇ではなくなると思うんですね」
「決して安くはないのに何故お客さんが来てくれるのか。言葉でお伝えするのは難しいです。例えば、うちの女性スタッフはホステスではありませんが、ホステスという仕事を軽んじている方には恐らく理解できないと思います」
「無理もありません。程度の低いホステス又はホストが取材を許可し
マスメディアに出たがる。カメラはお決まりのイメージを映す。大衆はお決まりを求めているんですね。固定観念を崩してほしいなんて誰も思っていない。水戸黄門です。
イメージ通りのホステスホスト元ホスト元ホステスが取り上げられ、本物は目の前のお客さんを大切にしているんです、、というのは知人からの受け売りですが」
「脱線ばかりしてすみません」
ーーーーーーーーーーーーーー
何を話しても閉鎖的だったのに
まあいいか
気持ちが伝わったんだきっと
「畠山さんお願いします」
記念すべき か知らないけど
一人目のお客さん(常連 田之上サン 関西人)を入れた
ーーー
マッサージを受ける常連客の約3割が指名客
あとの7割は"自分のタイミングで入りたい時に入れる、待ち時間の少ないマッサージ師で"という方々
他との比較は出来ないけれど
指名客の比率は低いと思う
それだけマッサージ師の技量が拮抗しているのだ
俺は受けたことないけども
マッサージの割り振りは難しい
整体治療院や病院のように
診察や施術だけを目的に来るのなら、そう難しくはないだろう、と思ってしまう
ここはサウナ
お客は疲れやストレスをとるために来店する
そして一人一人、入浴時間も、上がってきてからの休憩時間も違う
マッサージを受けるのは、一服してから、一杯飲んでから、ジョジョ読んでからなどなど、お客一人一人にそれぞれのタイミングがある
気持ちよくマッサージに入ってもらうこと
どれだけ無理なくスムーズに
マッサージ師さん達の仕事量等も考慮しながら割り振るか
この仕事の難しいところだ
ーーー
マッサージを終えた田之上サンが戻ってきた
「お疲れさまです」
「あ~ あ~」
「いかがでしたか 畠山さんは」
「やー、ええ気持ちや、ハマってもうたよマジで迷路、いやほんまに。畠山さん、最高やな」
声がでかい
畠山さんに聞こえるだろ
店の雰囲気大事にしてください
カ「ありがとうございます」
タ「生ちょうだい」
カ「かしこまりました」
カ「パクちゃん、新作お願い」
パ「はい」
ーーー
タ「うん。いけるいける」
パ「ありがとうございます」
タ「ビールがすすむわ」
パ「タノウエさん、ダメダシください」
ダメ出しって誰に教わったパク
タ「んー…、そか、よしゃ」
田之上さんはジョッキの縁を親指で拭いた
「うまいんやでほんまに、
けどな、これやったら、ナスビに肉味噌でええんちゃう?」
パクちゃんは小さく頷く
「チヂミの良さが出てないよ。これ食べて"うまい"思うけどさ、
"チヂミうまい"とは思わんかもな」
パクちゃんは深く頷く
タ「まましかし、これをパクちゃんが作ったゆうんがうれしいわ、うん。 俺はすきや」
パ「ありがとうございます」
ウィスキーメジャーにラフロイグを
注ぎながら俺はうれしかった
「お疲れさまです」
畠山さんの施術を終えた岡さんが戻ってきた
ほぼ毎日来店し2日おきにマッサージを受ける岡さんは開店当初からのお客さんなのだと角田さんに聞いた
8番ロッカーは岡さん専用
8に拘りがあるようで
アウディA6のナンバーも8だ
ーーー
22:24
畠山さんの初日終了
マッサージの予約はまだ沢山入っているけれど今日はここまで
マッサージ室へ入り畠山さんに声をかける
「お疲れさまでした」
「ありがとうございました」
「上で少し話したいのですが」
「はい」
ーーー 休憩室
「本当に素敵な雰囲気で安らげるお店ですね。お客さんも気さくな楽しい方ばかりで」
「ありがとうございます」
楽しいのは田之上さんだけだが
畠山さんは明日から今日の倍は普通にこなせると言ってくれた
大助かり
どんなに忙しくても2時間毎に15分の休憩を入れることを伝えた
「お腹空いてませんか」
「はい 空いてます(笑)」
「何かお作りしますよ」
嬉しそうに両手を合わせる
「何ができますか?」
「サンドイッチ、ピタサンド、…裏メニューは豊富です。ラーメン焼きそばカタ焼きそば、レタスチャーハンキムチチャーハンオムライス、あと冷凍ならグラタンやラザニアなんかも。業務用で結構おいしいですよ」
「私オムライス大好きなんです」
ワラウナ
「お持ちしますのでこちらでお待ち下さい」
階段を降りながら やはり女性相手に働くべきだったと ここでの歳月を少々悔やんだ
オムライス
しあわせの象徴のような料理
つくるか
「ソンちゃん、ちょっと代わって」
「はい」
「桐野さん、オムライス作らせて」
桐野さんは"どうしたの?"という顔で俺を見た
「すぐできるから」
「(笑)知ってますよ」
トマトソースと鶏肉卵を出してくれた
「ありがとう」
味はどうってことないけど手際には自信がある
パック米レンジで加熱
鶏セセリ肉ハーブソルト白ワインで炒める
自家製トマトソース次パック米投入均一に炒め取り出しフライパン拭きバター溶かす
卵とき流し込み大きくカクハン
チキンライス薄く広げ火を消す
フライパン傾けトン トン トン
皿に移しトマトソースパセリ 完成
卵2個バター10g
――――――――――――――
ホテルのオムレツや洋食屋のオムライスには
バターがタップリ使われる
ふわとろでうまい しかし
大切な人に作る時卵3バタータップリは抵抗がある
ふわとろも好きだけど薄い玉子のオムライスがより好きだ
――――――――――――――
面接でお酒は好きだときいた
今日は記念すべき初日
グラスに生ビールを注ぎオムライスと一緒に畠山さんのもとへ
「お待たせいたしました」
畠山さんは窓の傍に立っていた
何だろう
もう思い出せない古い記憶を
ふるふると震わせるような
俺の中の大人になれない俺が顔を出す
畠山さんは凛として
海沿いの階段に一人立っているように見えた
お待たせしました
こころの中でおもう
==============みんな当たり前にある物が
自分にないそんな劣等感は
みんなから離れれば大丈夫
羨ましいとか口惜しいとか
続けられる程の強さも無く
越えられぬ痛みに立ち竦む
そんな時より目の前に有る
優しさを前に無力さを知る
==============
優しくほほえむ彼女の姿に
既視感を覚え固まってしまった
「すごい」
小さな声でそう言うと
そっと椅子に腰掛けた
「想像していたんです
こういうオムライス それに ビール飲みたいなって思っていて」
「お待ン ごゆっくりどうぞ」
階段を降りながら やはり女性相手に働くのは厳しいと ここでの歳月を軽く甘受した
ーーー
リクライニングソファで寛いでいる岡さんに呼ばれた
「今日マッサージしてくれた彼女、何さんだっけ」
「畠山さんです」
「これから空いているときは畠山さんにお願いしたいんだが」
「ありがとうございます」
――――――――――――――
俺の知る限り一度も指名した事のない岡さんが畠山さんを指名したいと言ったこの時、ここで働くマッサージ師さん達の中で畠山さんの技量が卓越しているなんて全く思わなかった
思えなかった
自分で探し、やっと見つけ、やっと来てくれた畠山さんに一人目の指名客がついたことが
しかも岡さんだったことが
俺はただうれしかったんだ
――――――――――――――
休憩室のドアをノックする
畠山さんは喫煙コーナーからひょっこり顔を出してにっこりした
「ごちそうさまでした」
「どうぞ そのままで」
両手でコーヒーカップを持っていた
短く切り揃えられた爪が美しい
「すみません勝手に飲んでて」
「そんな 沢山飲んで下さい」
自由に飲んで下さいって言わなかったか 申し訳ない
畠山さんはオムライスとても美味しかったと、後も重くなくてまた食べたくなると言ってくれた
「腕の立つコックサンがいるんですね」
「あ そうですね」
「あのちょっとビックリしたんですけど、ビール、美味しいですね」
「ありがとうございます」
それから、一昨日渡した長谷川きよしのフライミートゥーザムーンとケルト音楽をダビングしたCD-Rのお礼を言われた
本当によかったと バグパイプにはまってしまったと
このまま煙草に火をつけ
小さな声で話していたい
彼女のことを知りたいと思った
「今度ゆっくり話しましょう」
「はい」
「お疲れさまでした」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
――――――――――――――To 祐子
Sub(non title)
お疲れさま😃
祐子が切ってくれたキャベツは
おいしい餃子になりました
ありがとう
おやすみ🌠
一樹
――――――――――――――
休日 am10:30
俺は歯を磨いている
今日はデート
二週間振り
昼はフレッシュネスバーガーで軽く済ませてドライブ 秋葉原で過ごし夜は恵比寿でもつ鍋、そしてラブホに泊まる 予定
彼女のアパート横につけ
降りてタバコに火をつけた
「もしもし ついたよ」
手を振り降りてきた
微笑んでいる
俺の知っている祐子 だけど
なんだか疲れているようだ
スタンドカラージャケットもロングブーツも
それを隠せないでいる
って痩せたんじゃないかおい
「元気?」
「ああ」
「ちょっと痩せたんじゃない?」
祐子だろ痩せたのは
ひとの心配ばっかりしやがって
ったくお前はいつも他人の事ば…
予定変更
「昼メシ 鰻どう?」
「え鰻?」「うん」「鰻丼?」「鰻丼でも鰻重でも」
「食べたいの?」
「うん」
祐子は微笑んだ
「了解。鰻食べよう」
元気になってほしい
なあ祐子元気出して
ーーー
二人とも二色丼を頼んだ
蒲焼きと白焼きのハーフ&ハーフ
Black or White
ゴハンの中に蒲焼きが一切れ隠れている
おいしくいただいた
彼女は1/3程残して
「ちょっとくるしい」と言った
「大丈夫?」
「大丈夫だけど お腹いっぱい
カズ君食べない?」
「鰻が祐子に「食べて」って言ってるよ」
「カズ君食べて お願い」
俺は彼女の鰻を見つめ
いつかのスピリチュアルカウンセラーのように頷いた
「祐子じゃなきゃいやだって言ってる」
彼女も鰻を見つめ頷く
「"おいしく食べてほしい"って。お腹いっぱいなのに食べたら鰻にわるいよ」
鰻への配慮
ナイチンゲールにはあったのだろうか
今日は二回やらなくては
鰻にわるいよ
「有り難くいただきます」
「うん 食べて」
祐子が笑った
この笑顔がちからをくれるんだ
食は血となり肉となり
鰻は今夜の稚魚になる
やっぱり
あと少しだけ食べてほしい
肝吸いの椀蓋に蒲焼きと白焼きを半切れずつ乗せて彼女の前に差し出した
「苦しいの?」
「Black or White」
彼女は椀蓋の鰻を見つめ
"But if you're thinkin'about my baby It don't matter if you're black or white"
口ずさみ俺を見た
「それだけ食って 頼むから」
「いただきます」
ーーー
「おいしかったね」
「ん うまかった」
お腹苦しい
秋葉原まで運転キツイそれに昼鰻夜もつ鍋は駄目だ夜は蕎麦にするかどうするか一旦帰ってちょっと休んでからド…
「カズ君ちでコーヒー飲もうよ」
「いいのか?」
「いいのかって(笑)
自分の家なのに」
ーーー
なあ祐子
お前といるとつくづく思うよ
本当に優しくて、賢いやつほど
すっとぼけてるってさ
ひとに気遣わせるのが嫌なんだよな
だから俺も出来るだけすっとぼけているよ なんて 俺は鈍いから普通にしているだけさ
それでもブルームーンで飲んだあの日から気になって仕方ないよ
一体何がお前を悩ませている
ユ「鰻食べて元気になった?」
カ「ちんちん?」
ユ「 」
カ「黙るのはやめてくれよ」
ユ「All I wanna say is that
They don't really care about usトゥンタ トゥントゥンタ All I wanna say is that…
カ「祐子」
ユ「なに」
カ「美味しんぼの鍋対決知ってる?究極対至高って」
ユ「知らない。料理で対決するのは知ってるよ?鍋対決は知らない。どんななの?」
カ「それが滅茶苦茶でさ。
山岡さんと栗田さんは"ヨロズ鍋"っての考案して勝負してんのに海原雄山は"五大鍋"なんつって既存の豪華鍋料理を五つも出してきて、勝っちゃうんだよ」
ユ「何それ(笑)」
カ「滅茶苦茶だろ?」
ユ「読んでみないとわからないけど。面白そうだね」
カ「美味しんぼ面白いよ。メチャクチャな携帯小説より上等なツッコミどころ満載で」
ユ「ふうん。 ね、五大鍋って何なの?」
カ「マツタケ フグ カニ アワビ スッポン」
ユ「勝てるわけないじゃん(笑)」
カ「あれで負けを認めた山岡さんと栗田さんはヤバイいやスゴイ」
ユ「ふふ」
カ「で、まだ祐子と出会う前にな、コウジさんがスッポン食わせてくれたんだけど。コースでさ、突き出しの次に生き血が出てきて」
ユ「やだ。飲んだの?」
カ「飲んだ。断腸の思いで。
元気になる精がつくって言われたんだけど、あんなもの飲める奴は思いっきり元気だよ」
ユ「あはは」
カ「精つきまくってるのに更に精つけちまうのは何故だろう」
ユ「鰻で思い出した?」
カ「うん」
カーオーディオから流れるTHEY DON'T CARE ABOUT US
マイケルジャクソンが歌う
Don't you black or white me
俺に白黒求めるなと
ーーー
「スッポン美味しかった?」
「雑炊はうまかった」
「雑炊だけ?」
「うん」
俺は偉そうに鍋対決を語る
鰻で元気になっちゃった
「万(ヨロズ)鍋だって一つのもてなしだよ。皆で一つの料理を囲むという鍋の醍醐味を表しているし何より食ってる審査員達が寛いで楽しそうなんだ。
カイバラ先生は万鍋を否定するんだけど、万人にうける料理が無いなら、万人にはまる答えも無いさ。"これこそがもてなしだ"なんて、もてなす側の科白じゃないと俺は思う」
「うん」
「美味しんぼは面白い。考えさせる余白を用意してる」
「ねカズ君。ツッコミどころがあるほうがいいね。人間味があって」
「そうか」
「うん。私は好き。
カズ君もツッコミどころ満載(笑)」
「また悪口か」
「違うよ(笑)私は人が好きだから。矛盾したり、迷ったり間違ったりも、人間味」
なあ祐子
どこかのジジイに言われてもどうってことない言葉もさ
お前からだとストレートに響くよ
俺のガチガチの心を解してくれる
49ersのスタジャンをハンガーに掛ける
「コーヒー淹れるね」
「いいのか?」
「どうしたの?」
「ありがとう」
ーーー
コーヒーを飲む
考えていたプランを話す
祐子は何故秋葉原なのかと尋ねた
「欲しいものがあるの?」
「特に無いけど、楽しいだろ?」
彼女は家電好きだし
俺はオーディオに興味がある
そして何故か秋葉原の駐車場に少し詳しい 恵比寿のもつ鍋も近くに停められるコインパーキングがあることを知っている
「で、〇〇でもつ鍋って考えてたんだけど、鰻食べちゃったからどうしようかと思ってさ
予約はしてないし」
二人で考える
「今日はのんびりしようよ」
いいのかと言いかけてやめた
「そうしようか」
それから俺たちはスクリーンを下ろしプロジェクターで渡り鳥とシロナガスクジラのDVDを観た
日暮れが早い
「ね、ブルームーン行こう」
「同じこと考えてた」
「三週間振りだね」
「つぶれてなきゃね」
「またそういうこと言って」
どんな商売も何時どうなるかわからないもんな
言わない事は訊かないはやめる彼女を悩ませてるのは俺かも知れないんだから 可能性は高い
ブルームーンできいてみよう
ユ「こんばんは」
ケ「ああ祐子ちゃんいらっ
なんだカズも一緒か」
カ「どうも」
店内にはジャズが流れている
昔よくケンさんが教えてくれた
ビーバップとかクールとかウエストコースト とか色々あるんだと
俺はジャズが少々苦手
心が不自由なのだろう
ケ「何にする」
カ「祐子何にする」
ユ「コロナビール」
カ「じゃ俺も」
ケ「じゃ俺も 悪いな」
カ「俺の奢り?」
ケンさんは親指を立てた
お客さんがちらほら入ってきた
カ「あっち行っていい?」
ケ「ああ」
俺はギネスとアボカドディップを
彼女はジントニックとナッツを持って奥の個室へ移動する
俺はジャズが時々苦手
心が不安定なのだろう
ーーー
ごまかさない
ごまかしちゃいけない
「な」
祐子が俺を見た
俺はジントニックを見て
やっぱり祐子を見た
「何に悩んでる?」
「え?」
ギネスに口をつけた
「きかせてくれ
祐子が思ってること」
彼女はテーブルを見つめ
ちょっと笑んで背筋を伸ばし
口をすぼめそっと息を吐いた
「ごめんね まだうまく言えないから 言わなかったんだけど
三月いっぱいで仕事辞めようと思ってる」
「私看護師やめる」
簡単に答えられる訳ない
人間は簡単じゃないから
それでも訊いた
「決定的な何かがあったの?」
小さく首を横に振る
「向いてないってわかったの
やっと」
ーーー
繊細で気位の高い祐子
生まれてから今日まで
看護師を志した時から今日まで彼女は一体どれほどの苦難と闘ってきただろう
そんな彼女に俺から諭せる事などない
ただ話したいことがある
俺の経験をきいてほしい
看護師である今の彼女に
「祐子と出会う1年…1年4ヶ月前にさ、腰の手術したんだ」
「え」
「固定術ってやつ」
「…」
「聞いてくれる?」
「うん」
俺は目を閉じた
屈辱だった 地獄だった
蔑む目 たかが一患者
一人の看護師に救われた
それでも
思い出すと息が苦しくなる
避けては語れない
冷静に
「俺さ 虐待受けて育ったんだ」
彼女は口を固く結び
まっすぐ俺を見ている
「忘れていた記憶が
術後の清拭でそれが甦った」
冷静に
「椎間板ヘルニアだったんだけど、紹介状書いて貰って診察受けたら明日手術しましょうってなって検査検査さ。麻酔科医の説明受けて術後コルセットの型取りして担当の看護師に説明受けて。必要な物とか手術の流れとか色々看護師さん説明してくれるんだけど頭に入らなくてさ。乖離癖があんだろな。心底嫌なことは入らないし抜けちまう。
腹帯とかサンカクタイとかストッキング導尿カテなんて殆ど看護師帰った後自分で読んで知った。馬鹿だろ。
その夜睡眠薬要るかと訊かれて断った。反射的に断る癖がついてるのと、腰の手術くらいで眠れないなんて恥ずかしいと思ったんだ。
ライト当てられて眠ったふりして。手術はこわくなかった。なるようにしかならないから。看護を受けることに対する恐怖で結局一睡もできなかったよ」
「朝になってよく眠れましたかと訊かれてよく眠れましたと答えた。で、浣腸。それでも平静装えたよ。問題ない問題ないって。脚引き摺ってトイレ行くとき看護師が横について「痛みますか?」って。だから「慣れました」と。「やっぱり緊張します?」「女性と話すのは苦手で」「大丈夫そうですね」なんて下らない会話してさ。大丈夫大丈夫言い聞かせた。
煙草吸いたかったな。
手術室の看護師の説明受けてそれからマーキング。腰に針金打ち込んで。ベッドに戻って横になってる時だった。腰からふくらはぎにかけて激痛が走ったんだ。看護師が来たから痛み止め使っていいかと訊いたら訊いてきますと言って出てった。暫くして白衣の男が来てあと30分で手術、痛み止めが効くまで30分かかるから無駄だと。
担当の看護師が隣に立っていた。情けない姿を見られるのが苦しくて「一人にして下さい」って言ったら頷いて出てってくれたよ」
ごめんなこんな話
「それからずっと目を閉じて耐えていた。ベッドのまま手術室に運んでもらった。女の声で「服脱げますか」と訊かれた。他人に脱がされるなんて冗談じゃない。なんとか上は脱いだ。腰が動かせなくて、いま下も脱ぐのかと考えていたとき女が「いーや脱いじゃえ」」と言ってジャージとパンツを一度に下げたんだ。びっくりした。スッポンポンさ。普通の状態なら文句の一つも言えただろうけど、痛くてどうしようもなくてさ。前を手で隠すのも屈辱だから横向きで耐えていたよ。
ジャージと下着一緒に下ろすなんて考えられない。しかも「いーや脱いじゃえ」だぜ。俺は乳幼児か。意識あるのに、命に関わる一刻を争う事態でもないのに人間扱いされなかった。麻酔導入前からまな板の鯉、調理場の鮪さ。脱いじゃえの彼女に悪気はなかっただろう彼女は普段そうやって男に脱がされているのかも知れない。
どのくらいスッポンポンで耐えてたかな。多分数十秒だろうけど、長かった。
その彼女か他の誰かが毛布掛けてくれてもマスク当てられてカウントされても、手術室に運ばれる時から落ちるまで一度も目を開けなかった。
映像がトラウマになることを本能的に避けたんだ」
ギネスを飲む
「ごめん。こんな話」
祐子は首を横に振り
ジントニックに口をつけた
「ききたい」
「目覚めた時寒くてでも腰は焼けるように熱かった。足の指動かせたから神経は切れてないって思ったよ。
術前僅かに浮かせられた腰は全く動かず。磔の刑だよな。脚の痺れが術前より酷くなってて看護師に伝えたら執刀医が来て「神経を圧迫していたヘルニアを取ったから痺れだけが残って強く感じるんだよ」と。確かに脚の痛みは術前ほどじゃない。けどそれが腰に一極集中した感じさ。そして全く動けない」
「コウジさんが来てくれた。俺の手をとって泣きそうな顔するから
「大丈夫だよ」って言えたんだ。看護師来た時気丈でいられた。
体どんどん熱くなってきてさ、もう限界だから「体が熱いです」と伝えたら電気毛布取ってくれた。電気毛布かよって(笑)
手術て体温下がるんだってな」
「コウジさん「今夜は付き添うから」なんて言い出すから驚いて。
「いいよ帰ってよ」「お願い居させて」「勘弁してよ」「お願い」って。昭和の会話か。知らないけど。
結局コウジさんも泊まることになっちまったんだ。
看護師さん寝返り等何かあったらナースコール押して下さいと言ってくれた。痛み止めも入れるから我慢しないでと。
俺は荒みまくってた。ナースコール押したら負け、座薬突っ込まれるなら死んだほうがマシだ。俺はその辺のオボッチャンと違う、温室育ちのアマチャンとはくぐってきた修羅場の数が違うんだって。酷い勘違い野郎さ。
だけどそうして踏ん張るしかなかった。
点滴交換。眠った振り。
床すれすれの簡易ベッドに横たわるコウジさんが哀しかった」
「それでも少しだけ眠れた…微睡んだ感じか。インパルスにビクッとしてそれが腰に響くんだよ。
"痛っ"っつう酷い目覚めさ。
腰は相変わらず脊髄鷲掴みされてる感じ。コウジさんが真剣な顔で「すごく眠っちゃった」なんて言うから可笑しくて。「頼むから笑わせないで腰に響く」っつったらコウジさん笑った。
眠れたなら良かったと思ったよ夜中左向いても顔は見えなかったからさ。あんな酷いベッドで眠れるなんてコウジさん寝不足だったんだろうな心配させたんだきっと。
なあ祐子、インパルスってのは術後には拷問だぜほんと。ウトウトするとビクッ、イテッ。ウトウト、ビクッ、イテッ、て全然休めない。わんこそ…センスないな。
で、コウジさん帰って、…」
胸がつかえる 息が苦しい
だけど だから
煙草に火を着けた
「…細かい事は消えてる。
マスクした看護師が二人キャリーワゴン押して入ってきた。 」
やれやれ
まだ苦しい
情けない
カ「大丈夫?」
ユ「大丈夫だよ?」
「バーニャカウダまだかな」
「うん。ちょっとトイレ行ってくる」
「ああ」
トイレに立っただけなのに取り残された気になる
まったく
祐子といるときだけだ
こんな気持ちになるのは
煙草を消して席を立った
ケ「ごめんな、もう出来るから」
俺は首を小さく横に振りそのまま外に出た
温もった身体に冷たい風が吹くと時々、スーっとあの頃に戻ってしまう
月明かりに照らされたあいつの横顔 紫煙
何故上京した
何も無く知らぬ地へ出ていくことは大人だって勇気がいる
個として生きていくこと以上の孤独と恐さを知っていたのか
あいつはクールだった
なあイッキョ
お前は何を見てた
ーーー
ケ「お待ちどうさん」
「え」
ケ「待たせたからな サービス」
こんないらない
ケ「セルフサービス」
「どうも」
祐子ブロッコリー好きなのかな
食うのは知ってるけど
バーニャカウダを持っていくと彼女は喜んだ
ユ「ダブルだ(笑)お腹空いてるの?」
「俺じゃないよ。お腹空いててもバーニャカウダで満たそうとはしない」
ユ「ケンさんのサービス?」
「迷惑だよな」
ユ「もう(笑)」
「ブロッコリー好き?」
ユ「好き」
よかった
それから二人は暫くの間アスパラやジャガイモキャベツ等をバーニャカウダソースにつけて、アボカドディップはクネッケにのせて食べていた
今日のディップはパクチーが多い
祐子が好きだからだ
苦手な俺はスルーされている
ヘルニアは遺伝的要因が強いらしいとか何でもかんでも遺伝だよなとか、遺伝にしておくのが無難なのかもねとか、研究室の壁には"困ったときは遺伝子"って貼ってあるのかなとか、ブロッコリーは旨味を拡散させて膨張した代物だと思うとかそんな取り留めの無い話をしていた
鰻食べる前より解れた表情を見せてくれる祐子
彼女に支えられるように
俺はあの日の俺と対峙する
彼女が合図した気がした
続きを話す
「今こんなふうにさ、食ったり飲んだりできる今なら、別の角度からも俺なりにだけど考えられるんだ。
病院でのあらゆる事は病院での日常であり医療者にとっての日常で、一々気にしていたら仕事にならないだろうし優先すべき事は山積みされていると、思う想像する。
苦痛の中で不自由な患者は自分本位になる。潰れそうな心を守れるのは自分だけだからどうしてもそうなってしまう。
だからこれからの俺の話はあくまでも当時の俺の主観、偏見、経験なんだ。正しいとか間違ってるとかじゃなくて」
言い訳ばかりだ
どうかしてる
解ってくれている筈なのに
祐子は頷いた
「カズ君の経験をきかせて」
"俺にとっての地獄"はきっと
ゆりかごから墓場までナカヨシクラブの集団には到底理解不能だろう
理解されてたまるか
「看護師が入ってきたとき、もの凄い威圧感だった。
祐子、知識としてはあるだろうけど、男は恥ずかしがることが恥ずかしいし、動揺を見せることが屈辱なんだ。
コウジさん帰って、やっと顔歪められると思った矢先に看護師二人に裸にされて隅々まで拭かれるなんてもうパニックさ。
嫌がることも断ることも脱がされることも触られることも何もかもが屈辱だから八方塞がりで
顔拭かれて、胸拭かれてたときだったと思う。
胃液がせり上がってきた」
祐子
椎間固定翌朝に腹筋が収縮するとどうなるか知ってるか
何年か前にテレビでやってた
心の傷は脳に刻まれるって
あれは本当だろうな
感覚的にそう思うよ
どう話せばいい
苦しい だけどもう
やっぱりやめるとは言えない
俺はあの日の俺と対峙する
彼女に支えられるように
担当だった畠山看護師に
―訂正―
削除して再投稿します。
申し訳ございません。
――――――――――――――
「腹筋…腰周りの筋肉、腰腸肋筋だか、、それがボルト入りの腰椎圧迫して。
ちょっと例えようがない。
痛みは本人にしか解らないし
比較のしようがないもんな。
声が漏れて、涙が出て
頭ん中殴られるような
看護師が「どうする?」って言ったことを覚えている。もう一人の看護師にだろうけど全然緊張感なくてさ。
たかが清拭、日常だからそんな感じなんだろうけど、こっちは日常じゃないし尋常じゃないから妙に引っ掛かった。
で、どういう運びでそうなったのか、 座薬入れられた」
食べ物を前にこんな話を
幾ら彼女がプロでも申し訳ない
祐子は静かな気配で
ただ聞いてくれている
この気配が、彼女の雰囲気が
すごいなとつくづく思う
続けさせてもらう
「それがメチャメチャ痛くてびっくりした。思わず声出しちまって、そしたら看護師さん「あ出てきちゃった」て言ってもう一回。二回入れられた。二回目も一回目程じゃなかったけど、痛かった」
ギネスを飲む
「座薬入れるときにね…
多分50mmのだろうけど、角度が重要なの。あたったんだね。入れたのが出てくるなんて。
痛かったでしょう」
「…ケツに入れられる痛みって胸に刺さるんだけど、出てきたとき看護師さん、出てきちゃったって言って少し笑ったんだ。
それが本当に何より痛かった」
「ガキの頃からずっと舐められてたまるかって生きてきた。
ギター諦めて、働いて働いてヘルニアになった。
それでも休んだら店潰れるから
湿布に軟性コルセット、鎮痛剤飲んで座薬入れて働いた。
片足上がらなくなって小便出にくくなりケツに力入らなくなった。
手術は死ぬほど嫌だったけど、やっぱり死ねなくてさ。
長い夜、浣腸、局所麻酔針金、いいや脱いじゃえ
気がついたら点滴マスク、チンチンに管差し込まれて動けなくなってた
一晩中痛みと闘って翌朝
看護師二人に裸にされて
清拭くらいで嗚咽漏らして涙流して、ケツに突っ込まれて呻いて笑われてもう一回突っ込まれて
25年分の自意識が頑なに守ってきたものが崩れた
点滴が目からこぼれているようだった」
「人はこんなふうに壊れていくのかと、 思った。
生きて生きて生き抜いてきて
自分の事ができなくなる。
一番見られたくない姿を晒す。眉をひそめられ、蔑まれても
邪険にされても、笑われても
やってもらうしかない。
呆けるしか、呆けたふりをするしかないのかも知れない。
そして、それを繰り返しているうちに本当にそうなってしまうのかも知れないと
混濁の中、そんなことを思っていた」
「消えていくようなのに記憶が甦るって、滅茶苦茶だけどそんなだった。例えば親父に殴られて歯が折れた事、メシの時いつも口開けるなって殴られていたからその時はたまたま当たり所が悪くて折れたんだと思っていた。けどそうじゃない。俺はあの時勉強してた。親父は灰皿が出てないと言って灰皿で殴ったんだ。笑わないのは俺の気性じゃなく歯を見せられなくなったからさ口に拳をあてる癖も。脱がされることが病的に嫌な理由も」
これは言えない
「自分を貫いて生きてきたと思ってたけど違った。急所を庇って生きてきただけだった。
何もかもがわからなくなった」
被虐児は自分を責めるっての
それまで疑問だったんだ
俺はそんなこと無かったし
だけど少しだけわかったよ
何もかもが崩れたあの日は
本当に自責ばかりだった
求めて泣いた時が
ごめんなさいって思ってた時が俺にもあったのかな
「看護師が入ってくる度に怯えた。何もしないで下さい、ここにいてすみません何もしないで下さい、祈るように繰り返した」
祐子
邪気のない無垢な子供は
自分を責めてしまうのか
「夜になって、暗かったから夜だったと思うけど、執刀医が来て「どうですか」訊かれて俺は「退院させて下さい」と言ったんだ。おかしいだろ?できるわけないよ。けどその時はマジでさ。
医師は「退院はまだ出来ないよ」。笑ったり、コイツ何言ってんだ、てニュアンスも無く普通に「まだ出来ないよ」って。
それから何を話したのか、自分で寝返りが打てたらオシッコの管は外せるって言われて。
医師が出て行った後でさ、寝返り打てたんだよ。
それではじめてナースコール押した。
"何もしないで下さい"から抜け出せた。
看護師さんに「オシッコの管取って下さい」と言ったら今日は出来ないと言われた。
俺は拒否されたと思った。
暫くして来た別の看護師さんにも「夜は処置できませんのでね」って断られた。
[もういい加減にしてよ]って感じで。
俺はさ、清拭で泣いたことが看護師みんなに広まっていると思っていた。
座薬で呻いたこと広まっていて
「あの吉井って患者ヤバくない?」「いい歳して清拭拒否るし」とか言われていてだから断られるんだって思っていた。
祐子、人って鏡みたいだろ?
俺がそんなだったら相手だってそうなるよな。
何回頼んだかな
詰所でアダ名が尿カテになるくらい頼んだ気がする。
悪いことしたと思う。でも本気だったんだ。ベッドから起きたくて自分でトイレ行きたくて退院したくて、恥ずかしかったけど本気でお願いしていたんだよ」
「何度もナースコールしたの?」
「いや一回だけだと思う。手術の翌夜だから点滴やオシッコやドレーンのチェックとかで入れ代わり来るだろその都度お願いしていたんだ」
「申し送りしておくって言われなかった?」
「言われた。だから反省してる。自分が汚くて厄介な患者だから断られてるなんて思っていた訳だから」
俺が閉ざしてた
優しさまで濁していた
それなのに彼女は届けてくれた
「一患者 一看護師 人ではなく 一患者 私ではなく一看護師 ビジネスライク 忙しい 病院だから我が儘 仕方ない 患者だから 私情は挟まない こなすこと かわすこと ドライでいること 切り替え 切り替え 次の患者次の患者 忙しい 忙しい
怯えてながら閉ざしながら
そんなふうに伝わってきて
そんなふうに感じてたんだけど
何て言うか
全然違う看護師さんがいた」
あの夜の看護師達は
完璧な闇の中で会う人達だった
足音と声に耳を澄ませた
心まで聴こえるような
そんな気がした
「その看護師さんと特別な話をした訳じゃないよ。お願いして、断られて、同じなんだけど…
彼女は患者の言うことじゃなくて、俺の言うことを聞…」
そうか
共通するものがある
俺が好きになる人は
個人的な人ばかりだ
‐でも私ケンさん好きだよ‐
‐何でどこが大丈夫か?‐
‐個人的な人だから‐
祐子
一人が似合うってほめ言葉だな
「その看護師さんは患者じゃなく俺に耳を傾けてくれた。だから話したんだ。昨夜一晩中痛みと闘ったこと、一度もナースコール押さなかったこと、はじめてお願いしてずっと断られていることも俺が汚いから臭いからヤバイから断られているんだと思っていることも。
彼女は説明してくれた。
正確に伝えようとしてくれた。そう伝わってきた。
もう明け方だったけど、やっと納得できたんだよ」
「出て行った後で、彼女の名前を知りたいと思った。何か大変な事が起きたらお願いしたいと思ったんだ。
ふと気がついて点滴のスタンドに掛けてあるボードを見てみたら一番下に、はっきりとした字で畠山って書いてあった」
「夜が明けて、9時か10時頃だろうな多分。来てくれた。看護師さん背中向けて管取ってくれてる最中、まるでわざとやってるみたいに、体が震えたよ。痙攣した。なにしろ恐かったんだ。また胃液がせり上がって腹筋が収縮して、もう一度座薬突っ込まれたらって考えたらもう」
祐子、あの時の事を思えば
大抵の事は大した事ないよ
「処置が終わって「パンツありますか」訊かれて、俺は「あとは自分で出来ます」って言って。勿論自分でパンツ履けやしないんだけど、とにかく一人にしてほしかったんだ。
看護師さん「まだ2日目ですよね」とか「危ないな」とか言ってくれたけど俺が「一旦一人にして下さいお願いします」と言ったら出てってくれた。
パンツ履かないで、、座薬と一緒に出たのかな臭いでわかってたよ俺は糞をもらしていたんだ。
涙が込み上げて、でも堪えると腰にくるからそのまま泣いた。
ケツ拭くこともパンツ履くことも
人に頼むことも涙を堪えることも何もできなかった」
祐子
あの日の俺より大変な患者は
ごまんといるだろう
けれど
あの日の俺の苦痛
俺以外の誰が解る
他人の痛みは比較できない
Don't you black or white me
マイケルジャクソンは
俺をお前の尺度で測るな
そう歌っているんじゃないかな
「それからすぐだったと思う。
看護師さん入ってきて「吉井さん着替えましょうよ」って。
明け方説明してくれた彼女だった。明けの日勤だよなきっと。
フルチンで泣いてるウンコな俺に「吉井さん、これからリハビリあるんですよ、着替えなくちゃ」って。
その言い方が、雰囲気が本当に普通でフラットだった。
屈んで、マスク少し下げて「膝まで上げますから、あとは自分で履いて下さい。いいですか?」
俺は涙流しながら「…もう…じゃもう…くるぶしまで…」つったんだ(笑)
そしたらさ、彼女笑い堪えるように一瞬顎引いて(笑)
そして真剣な顔でこう言ったんだよ。
「駄目です。これ以上しんどくなったらどうするんですか。膝まで上げます。パンツどこですか?」って」
祐子、人は言葉じゃなくてその気持ちを伝えるために言葉を使うんだよな
「何つうか、降参した。
…その…スーツケースに…
最期に宝のありかを伝えるように言ったんだ」
履かせてもらうの嫌だった
着せてもらう前に、自分の衣服に触られるのが嫌だったんだ
他人は[潔癖]で片付けて知ろうとはしないけど癖にも拘りにも急所にも、人にはちゃんとそうなるだけのバックグラウンドがあるさ
子供の頃から毎日掃除するのが当たり前だったし自分で洗うのが当たり前だった
いつも天気を気にしていた
昔からアイロンかけるのうまかったよシワのないシャツ好きだったから
裁縫もしてた
そうそう家庭科の時つい普段と同じに流しまつり縫いしてたら先生褒めやがってクラスの猿にからかわれた
男のクセしてそんことしてっから日焼けしねーんだよ
11歳になる手前に集団暴行を受けた
相手は小学生さ
それで声出なくなったんだ
今でもそいつら殺したくなる
その時の小学生に殺意が沸く
汚れてるだろ
腐ってるだろ
俺は汚い男さ
ごめんな祐子
ごめんな
祐子俺マイケルジャクソンになりたい
どんな子供も
子供を愛せる男になりたい
「それでさ…スッと膝まで上げてくれて、そこからは何とか自分で履けた。
安心してたらパジャマあるかと訊かれて。俺はもう後は自分で出来るって言ったんだけど、まあ、結局自分のジャージ着せてもらうことになって。
やっぱり膝まで上げてもらって、クッションあてながらテキパキ袖通してくれたんだけど。なんかさ、真剣さが伝わるんだよ。
俺基本的に体触られるのがダメでビクビクビクビクしてたんだけど、看護師さんに着せてもらうことで気持ちが解れた。
オシャレですねって言われたんだ。初日もオシャレなの着てたって言われて。それで気づいた。
最初に入院について説明してくれた看護師さんが彼女だったことにさ」
そして俺は
畠山さんが言ってくれた「オシャレですね」というこのひと言で
自意識を取り戻せたんだ
「どんなジャージ?」
「シルバーのサテンジャージ。ほら、あのバックにイーグルの刺繍入れたやつ」
1998年6月2日
一人暮らしスタート
俺のインディペンデンスデイ
毎年その頃には記念日を買う
そのジャージは2003年の記念日に買い職人に刺繍を入れて貰った
俺の服
手術室では邪魔な布でも
俺にとっては俺の一部
頑張って手に入れた
思いが詰まってる
「着替えさせてもらって、本当にほっとした。心からありがとうと思ったよ。
それで彼女の顔を見て、初日受けた印象を詳しく思い出した。
担当させていただきます畠山ですと言われたこと
マスクを下げて説明してくれたこと、薄い唇に繊細さを…」
黒髪を後ろで結んでいた
首筋にアトピーの跡があり
ピアスの穴が開いてなかったこと、他にもあるけど…嫌われたくないから言わない
見てしまうのは仕方ない
12年接遇で食ってんだから
そして暴力と粗探しに怯え育った
「目の合わせ方がすごかったよ。見つめ過ぎず外し過ぎず、相手に気を遣わせない合わせ方…、うまく言えないけど、なんか、いい看護師さんだって感じた」
気配に顧慮することは難しい
教えられるものではないし教えて身につくものでもないだろう
才能
社会的評価と関係なくても
それは特別な才能
ギリギリの人間と向き合うなら尚更だと思う
しかしそれよりなにより
畠山さんは素敵な女性だった
「彼女が出ていくときに、本当に心からありがとうございましたって言えた。畠山さん、ちょこんと頭下げて、微笑んでくれた気がしたよ。マスクでわかんなかったけど、目だけじゃなくて口元も微笑んでるように感じた」
「そのあと理学療法士さんが来て俺の脚を持ち上げたり筋力の程度測ったりした。その間、俺はずっとケツに付着しているであろうウンコを気にしていた。ベッドの上でチョロチョロオシッコするの情けなかったな。だれか入ってこないかとビクビクして。ビクビクチョロチョロ」
人命延命 とにかく
目の前で死んでくれるな
医療ミスのないように
患者の自意識尊厳二の次三の次一々配意していたら仕事にならない
「で、夕方だったかな食事取れるかと訊かれた。まだ自分でトイレ行けないのに食うなんて驚いてさ。「それより点滴外して下さい」と言ったんだけど、食べないと外せないと言われて。で俺は「自分でトイレ行けるまで要りません」と言ったんだ」
順序逆だろと
ベッドでウンコなんかできるかって
ケツにウンコつけながら思った
「翌日畠山さんにも言われたよ。食事しないと点滴外せないから食べてくれって。
俺はトイレを心配していること、
人前で排泄したら崩れてしまうとか壊れてしまうとか伝えた。
畠山さんはわかりましたと頷いて「お昼ごはん半分以上食べると約束してくれたら外します」と言ってくれたんだよ」
ー約束ですよー
ー約束しますー
「…あの時の俺が畠山さんに感じていたのは、私は私という彼女の姿勢。頼もしくて、優しくて。この人は信用できる、助けてくれると、そう思ったんだ」
「祐子
俺はお前の雰囲気が好きだ。
祐子の連れてる空気はいつも
本当にきれいだよ」
「そんなことないよ」
「あるよ、。まだ話してていい?」
「うん」
なんてやさしい
「で…ああドレーン抜いてもらったのか…ゴチャゴチャだなまあいいや。点滴外してもらって、ごはん半分食べた。米は片側にペタペタ寄せて半分食べた感じにした。約束は守ったよ。
それからリハビリ。歩行訓練て言うのかな術後コルセットがまだ出来てきてなくて軟性コルセット2つで挑んだんだよ」
これは本当にきつかった
ーーーーーーーーーーーーーー術後用の硬性コルセットが出来上がってきたのは型取から6日後だった。4日前後と聞いていたから何か手違いがあったのかも知れない。
それを装着したとき
《これなら楽に歩けたよ…ベッドから離れるときも戻るときだって。あの理学療法士、頓珍漢なことばかり言うしどんだけ適当なんだよ》と思った。
その理学療法士は代わってもらい二度と世話になることはなかった。
ーーーーーーーーーーーーーー
「理学療法士さんの「吉井さんの手術は2時間半だそうですけど脊柱管狭窄だと4時間5時間です」とか「椎間固定も脊柱管狭窄だと二箇所三箇所、まず脊柱管を広げて…」なんて話を聞きながらクラゲのように歩いた。「ゆっくりでいいですからあまり歩行器に体重かけないように」なんて言われながら。
リハビリ終わった後、ウエットティッシュ持ってトイレに行った。今思えばとんだやんちゃ坊主だよな。冷汗モンで下げられるところまでパンツ下げて、脚ガッバー広げて便座に座って。D&G
パンツについてるウンコをウエットティッシュで拭いてウォシュレットした。そしてティッシュを当ててまた履いたんだ。
しっかりしろ、しっかりしろよって、何度も思った」
「それからも御飯はきっちり半分食べた。
4日目から6人部屋になったんだけどそこが煩くてさ。測音器では大したデシベルでなかったも知れないけど、築地市場のど真ん中で風呂沸かして浸かってるオトーサン達の横に横たわってる感じだったよ。測音器では測れない、うるささがあるから。リンダリンダそれで個室を希望したんだけど空いてないって言われて。他の看護師さんにも頼んだけど駄目だったよ。
その日は一晩中向かいの無呼吸症候群の雄叫びに付き合った。
朝になって看護師さんに個室が無理なら病室移してくれとお願いして移してもらったんだけどそこも煩くてさ。
なあ祐子、何でみんな静かにしていられないんだろう。
大人しいのが大人だろ?
病院でぐらい大人しくしろって本当に思ったよ」
「確かに外科は元気な患者さん多いね(笑)」
「病院じゃなくて寺院行けよな、まったく。でその日も眠れなくて、これ以上我慢したら壊れると思ったから、ナースステーション行って「師長さんかこのフロアの責任者のかたお願いします」と言ってそしたら師長さん居てだから直談判したんだ。
煩くて全然休めない、個室をお願いしているが空きがないと言われ2日我慢したけどもう限界、個室が無理なら静かな患者が集まっている部屋に移してくれとお願いした。
落ち着いてゆっくり話そうと意識した、はずなんだけど、高圧的になってしまったかも知れない。多分なっていたと思う。
本当に申し訳なかった」
ー自分より大変な患者さんいるだろうと思うんですけど、とにかくもう限界なんですー
ー滅入ってしまいますよね
調べてから伺いますのでベッドでお待ち下さい 何号室ですか?ー
「それからすぐ師長さん来てくれて廊下で話した。個室特室どちらでも4日間は保証すると言ってくれた。どちらでもいいのかと訊いたらどちらでもいいと。
その日から特室に移してもらった。
とにかく、静かなところで休みたかった」
あの時の俺は
屈辱と苦痛が積み重なり
ギリギリの危機感を覚えた
これ以上我慢したら壊れると
我慢して遠慮して我慢して
鬱病に、精神障害者になったら一体誰が治してくれる?
自分を守れるのは自分
心は誰にも治せないのだから
自分のことばかりだった
己を優先する者が生き残るのか
鈍さを強さだと信じて疑うことなく
「性根が我儘なんだ。人を押し退けてでも自分を守ろうとする。見知らぬ他者への思い遣りなどない」
グラスを空ける
「我慢しないことも…」
彼女はジントニックにライムを落とした
「我慢しないことも、我慢することと同じくらい、大切だと思う」
俺は続きを待つ
「カズ君はすごいよ。本当に苦しい時も、嫌なものは嫌って言える。それは勇気のいること」
祐子のように優しい奴が主張するなら勇気のいることだろうけど俺みたいな我儘野郎は…
「我慢できる人、我慢強い人は、周りにも我慢を強いていることがあると思う。
それくらい我慢しろ、そんなことも我慢できないで…とかそんなふうに。
知らず知らずのうちに自分のかたちに嵌めてしまうことがあると思う。
師長さんと話したんでしょ?
特室なんて空いてなかったら
言わないよ。
カズ君は自分を主張したの。
人を押し退けた訳じゃない」
グラスを撫でる指先に
彼女の逡巡を見た気がした
祐子はニュートラルでフラットだ
すごいよなあと熟思う
ひとを馬鹿にしないし
ひとの悪口を言わない
俺はどちらもしちゃう
ユ「ね、畠山さんの話はまだ続きがあるの?」
「うん」
どう話そうか考えてるところ
ユ「どうぞ」
「…、うん。その前にちょっと、何かアッタマルもんでも飲まない?」
ユ「ふふ 飲みたい」
「熱燗はいかがですか?」
ユ「え! …あるの!?」
「ございます」
ユ「お願いします(笑)」
ーーー
「熱燗ちょうだい」
ケ「作れよ」
カウンターに入る
ーーー
メニューにはないけれどブルームーンには八海*が常備されている
給湯器の湯を鍋に張り極極弱火にかけ銚子を入れて燗をする
あては… あ
加*屋の松前漬発見
これ最高なんだよね
「いい?」
ケ「馬鹿それは駄目だ」
「祐子松前漬け大好きなんだ」
ケ「しょうがねえな」
「ありがと このホタテ缶もいい?」
ケ「好きにしろ」
「ありがと」
大根を極細の千切りに
ホタテ貝柱缶と和えた
ちょびっとマヨネーズ
主張するブラックペッパー
松前漬け、ホタテ缶と大根の和え物をそれぞれ小鉢に盛り
鉢と銚子猪口箸を盆に乗せた
「喜ぶよ」
ケ「4千円」
「あいつさ、「ケンさんのサービス?」って訊くんだよ」
ケ「はやく持ってけ」
「ありがとう」
ーーー
ユ「すごーい」
「ケンさんのサービス」
ユ「ほんとに?…いいのかな」
「祐子に食べてほしいって」
なんていい顔するんだお前は
ユ「ちょっとお礼言ってくるね」
ナイス
ーーー
戻ってきた
ユ「うれしいな」
「松前漬け好き?」
ユ「大好き」
よかった
ユ「では」「では」
俺達は遊牧民に負けないくらい色んな事に感謝して乾杯した
ユ「ああ… おいしい」
こんな時間を三年前は想像できなかった
一人ぼっちの闇の中で
畠山看護師に教わった
人間とは何か 接遇とは何か
俺なりの答え 俺の為の答え
まだまだものにできてはいないけれど
畠山さんと出会えなければ
立て直すことはできなかった
恐らく駄目になっていたと思う
祐子と出会う事もできなかった
松前漬け 熱燗 ホタテ大根 熱燗
おいしい しあわせ
繰り返したあと彼女が言った
ユ「続きをきかせて」
俺は水を飲む
「それで特室に移って、業者サンがコルセット持ってきてくれた」
ユ「やっと」
「うん」
誇り高き看護師に教わったこと
誇り高き看護師に聞いてほしい
「そのゲルググみたいなコルセット装着したらサイズ合ってなくてさ」
ユ「あはは」
「あははじゃねえよ」
ユ「ごめん(笑)ゲルググって何?」
「ガンダムの、… 師長」
ユ「ふーん」
「手術の前に石膏で型取りしたのに調節範囲のMAXまでキツくしてもユルいんだよ。そしたら兄ちゃん「少し余裕持たせてますんで」つったんだぜ?はあ?何のための型取りだ訳わかんねえし」
ユ「ウエスト細いもんね」
「関係ない」
ユ「ふふ」
「後ろでもう少しキツクできますとか言われてさ、やってもらったら左右のコルセットがくっついちゃったんだ。兄ちゃんのおさがりかふざけんなよ」
ユ「(笑) ねえ 畠山さんは?」
「ああうん、それでコルセットの代金支払って、業者さん帰って。
コルセット外して仰向けになってたら畠山さん入ってきたんだ。
コルセット代て申請すると7割返ってくるだろ?その為に必要な証明書を持ってくるから領収書貸して下さいって。
恥ずかしくて顔見れなかったよ。だって畠山さんは病院に来てからの俺を全部知ってんだぜ、あれもイヤーこれもイヤーのそれこそ乳幼児な俺をさ。清拭で泣いたことも、ウンコ漏らしたのもフルチンで泣いてる姿も。それに6人部屋が駄目で特室にいることがたまらなく恥ずかしかった。
「すいません」 俯いて領収書を差し出した。
「お預りします」と言って両手で受け取ってくれた」
ーーー
この日が畠山さんと言葉を交わした最後になった
証明書を持ってきてくれた彼女が俺に言ってくれた言葉は今も強く胸を叩く 力をくれる
彼女が認めてくれたから
へたり込んでもまた歩いた
受け止めてくれたから俺は
今ここにこうしている
畠山さんが出ていくまで
その気配に集中していた
急がない足音が胸に響いて
謝らなくてはいけないと思った
「証明書を持ってきてくれた畠山さんに、我儘ばかり言ってすみませんでしたと謝ったんだ。
畠山さんは小さく首を横に振って「吉井さん男らしいです」と。気持ちが伝わってきた」
臨床心理士ならtransferenceなんて言うかも知れない
難しく考えると余計難しくなる
「どうして俺が男らしいのか全然解らなかったよ。逃げない動揺を見せない、そんなのが男らしさだと思ってたいた。イヤイヤの俺がどうして男らしいのか。
ずっと考えて
自分の為の答えを出した。
男にも女にも、人には譲れないものがある。プライドこそが人間の命。プライドを守ることが男らしさ、人間らしさだと」
プライドに高いも低いも無い
プライドは妙なものでは無い
プライドは、一人一人ちがう
「接遇とはプライドを尊重すること。接遇のプロは、そこに拘らなければならない。
人命最優先の医療現場でたたかう看護師が、プロの姿勢を教えてくれたんだ」
くどくてごめん
まだまだ続く
ユ「みるのもみられるのも看護師」
「…」
ユ「ごめん、どうぞ」
「いいよ、どうぞ」
ユ「…患者さんは見てるから。
ね、どうして患者さんが医療者を厳しい目で見るかわかる?」
「厳しい目? …
具合悪いからだろ?
頭痛いときにタクシー乗る感じかな。アクセルブレーキの踏み方やルートや、普段なら適当に流せるちょっとした事が気になる。いいドライバーは普段の何倍も有り難く感じる」
ユ「うん。他には?」
「え、、身体を預けるから
自分の、、どうぞ」
ユ「例えば
子供って鋭いでしょう?大人をよく見てる。それはきっと、一人では生きていけないからじゃないかな。不自由で、理不尽に振り回されてしまうから」
「…」
ユ「身体が不自由になると、見極めようとするの。この人は信用できるか否かって。本能的に」
「患者心理学?」
ユ「経験。患者さんに教わった。 言葉じゃなくて」
「厳しい仕事だな」
ユ「ごめんね話の途中に。どうぞ」
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐誰もが一つの人生しか生きれないだろ
経験以外は受け売りの知識さ
みんな狭い世界で生きてる
大人が好む常識ってのは
狭い世界の常識でしかない
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
どうしてだろう
祐子にイッキョが重なる
机上の空論
人と人とが一対一で向き合う時
心理学などクソの役にも立たない
うちの常連の中に身体の不自由なお客さんがいる
半身不随 パーキンソン病
二人とも穏やかな紳士
感情の起伏を表に出さないこういうお客さんほど鋭い
身体の不自由な人も様々だろうけど祐子の言うことはよく解る
祐子を厳しい目で見ているのは他ならぬ祐子自身だろうから
「やたらと忙しいアピールする人、用件伝え終えた瞬間"ハイおしまい次"ってなる人や、目だけニコッとする人とか、本当に色んな看護師さんがいた。俺みたいなイヤイヤ小僧が相手じゃ大変だよな。
比べるのは卑しいけど
畠山さんは、軽やかだったよ。
心が裂けてしまうほど見られたくない姿を晒した。全部知っている彼女が俺をまっすぐ見て、男らしいと言ってくれたんだ。闇の中でのそのひとことに、
まっすぐな眼差しにどれほど救われたか」
一人でいい
認めてくれる女が一人いれば
また歩ける
「それから退院までの4日間
プライドについて徹底的に考えた」
「え …じゃ10日で退院したの?」
「うん。すごい?」
祐子は肩をすくめて やれやれ
といった感じで小さく笑った
「なあ祐子、ヤクザのプライドって何だと思う? 唐突だけど」
ヤクザなんて職業は無いし
一括りにできないけれど
ユ「え 何だろう… 」
「メンツ」
ユ「面子?」
「うん 体面。彼らはそれの為に命をかける。侵す者には容赦しない」
ーーー
面子の為に容赦しないヤクザ
体面の為に善良ぶる堅気
薬漬けにする売人
薬漬けにする精神科医
裏も表もないだろう
面倒な審査無しで入れる保険の
プランには好条件が大きく書かれ加入を促すそして最後に『但し以下の場合はこの限りではありません』極極小さく書いてある
合法的であれば良し
施設病院入院手術
まず身元確認まず保証人
祐子と出会ったあの日
身元引受人(コウジさん)が来た途端慌てて首コルセットを着けてくれた看護師は白々しく言った
『もっと早く着ければよかったですね』
ーーー
「命懸けになれるもの、守る為に懸命になれるものがプライド。貴賤などない。そしてそれが引き裂かれたとき人は壊れる」
ときに人を殺し
ときに自ら命を絶つ
「一番大切なものを失っても生きていけると言える人間がいるだろうか。一人一人ちがうけど
プライドのない人間はいないよ。
何もかもを失いそれでも生きている人間のプライドは「死ぬまで生きる」なのかも知れないな」
ユ「…プライドって言葉を、多分殆どの人はそんなに重く考えて使ってないよね」
「うん。ちっぽけな、とか、
捨ててしまえばいい、とか。
それはそれでかまわないよ。
他人は他人、俺は俺だから」
ユ「こんなにいっぱい話してきて、最後はそれなの?(笑)」
「祐子に聞いて欲しかったんだ」
ーーー
ユ「プライドに貴賤はない、か」
「もしプライドに貴賤があるなら、命に貴賤があることになる」
ユ「うん。そうね」
誰でもいつかは、とことん向き合わなければならない時が来る
かわしていなしてごまかして
そんなことばかりしていたら
その時心が壊れてしまうから
「向き合うこと 認めること 尊重すること。それが畠山さんのプライドなのだろうと思った。
彼女に教わったプライドを決して忘れないと心に決めたよ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
避けてしまう
やはり言えない
虐待など語れない
なあ祐子
虐待について語るのは、殆どが虐待受けたことのない人じゃないかな
障害者男性の性を語るのが健常者女性だったりするようにさ
虐待受けて育った奴はうんざりするほど知ってるよ
何を言っても無駄だって事を
ユ「マイケルジャクソンがね…」
‐訂正‐
No.230を再投稿します。
毎度誠に申し訳ございません。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽祐子は新潟県の小さな町で生まれた。
彼女が生まれる前の年(昭和56)は記録的な大雪で(56豪雪(ゴウロクゴウセツ)と言うらしい)3m程も積もったとか。2階の窓から出入りしたり電線を跨いだと母親から聞いたそうだ。
(リフトが雪に埋まりスキー場が閉鎖になったというのには驚いた)
5つ下に妹が一人。彼女が9歳の彼女が9歳の時に親が離婚。母と妹の3人で母親の実家のある横浜に越した。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
「マイケルジャクソンがね、子供の頃からずっと 私のヒーローだった。
…周りに馴染めなくて。
小学校も中学校も嫌だったな。小学生の頃は、ほら、国語の授業で朗読させられるでしょう?
クラスの子に「聞こえませーん」て言われて、何度も、私だけ長く読まされたりした。
給食も食べるの遅くて。みんなが片付け終わっても私だけまだ食べてた。牛乳が嫌いだったの。
ある時もどしちゃって。それからだったと思う。みんなから避けられるようになった」
「それ転校する前?」
「うん。三年のはじめ頃。もともと積極的な子供じゃなかったから私が距離を置いていたのかも知れない。
でもそれがあってからメガネザルって呼ばれるようになった。上履き隠されたり、牛乳2個置かれたり。ただの悪ふざけだったんだろうけどあの頃の私には絶望だった」
「ごめんね急に」
祐子はホタテ大根を口に運んだ
「ねえ、これ カズ君が作ったんでしょう?」
「…いいえ」
「(笑)嘘。この繊細な千切りは
カズ君だよ。ブラックペッパーいっぱいかけるのも。 おいし」
---
寛いだ彼女を眺めながら
中学時分に観たあるTV番組を思い出していた
---------------------------
あの当時TVではやたらとイジメや自殺がクローズアップされていた
社会問題として取り上げられそれを題材にした特番も多かったように思う
その番組は生放送でスタジオに著名人知識人を呼び、元いじめっ子と元いじめられっ子が数人ずつ二手に分かれ、全国の如何わしい肩書きを持つ人々とも中継で結びいじめについて討論するという大掛かりなものだった
国会さながらの不毛な議論が続く中で司会の元漫才師が言った
「いじるモンがおらんかったら学校オモンないよな」
俺が驚いたのはスタジオにいた人間の誰一人としてこの司会者の発言に反論しなかったことだ
そのとき思った
アダルトチルドレンてコイツらのことだろ?って
---------------------------
「祐子」
「ん?」
「聴かせてよ続き」
---
問題を抱える親のもとで育ち
その影響を受け続ける人びと
自分は違うと言い切れるかい
---
「うん。それで…
横浜のおばあちゃんの家で初めてムーンウォーカー観たっていうのは話したでしょう?」
「ああ。Smooth Criminalだろ?」
「うん」
ゼログラヴィティ
鳥肌が立ったと言っていた
「違う世界に連れてってくれた。夢中になって何度も何度も観て、いっぱい聴かせてもらって、大好きになったの。四月から新しい学校がんばろうって思ったことを覚えてる」
「新年度に合わせての転校だったんだけど、駄目だったな。
みんなの前で先生が私を紹介して、挨拶しなくちゃいけないと思えば思うほど顔上げられなくて 深呼吸ばかりしてた(笑)
席に着いてからもずっと。
何人かの子に話しかけられたんだけど うまく話せなくて
落ち込んで。そのうち誰からも話しかけられなくなって。
またひとりになっちゃった。
変わろう 頑張ろう 今までの私とさよならしよう、たくさん思ってたから 自分に期待してたから 変われない自分が悲しかった」
目の前に 彼女がずっと抱きしめてきた女の子がいる
----------------------------あの番組に出ていたのは
農耕民族の血を受け継ぎ集団を重んじる いつまでも個になれない幼稚な大人ばかりだった
呆れて何も言えなかったのか 空気読んで言わなかったのか
横並び主義 事なかれ主義
協調重視 異なる者は排除
知ってるかい
子供はそれを真似してるんだよ
あの生放送はリアルタイムでいじめられている子供が見ていたかも知れない
「いじめられる側も問題がある」
問題あったらいじめていいのか問題あったら殺していいのか
何故いじめは犯罪なんだということをはっきりと言える大人がいなかったのか
虐待を受けて育ったのか
だから反論しないのか
アダルトチルドレンてコイツらのことだろ?
----------------------------
ここまで来てしまった
こんなふうに実感する
こんな気持ちはじめてさ
小さな子供に戻って
小さなお前を助けたい
「いつも下を向いて歩いてた。
横浜の通学路には雪割草も雪椿もなくて、はじめて新潟が恋しくなったの。
全部きらいだと思っていたけど
ペンペン草やツツジ、オドリコソウとか、カタクリやそんな野花が恋しくて。
ヒメサユリも咲いてたんだよ。
どうして横浜に来たの どうして親に振り回されるの どうして私は変われないの どうしてどうしてって。
涙が出てきたから眼鏡を外して、立ち尽くしていた」
「突然、"よっ" ってランドセルを叩かれたの。驚いて顔を上げたら目の前に男の子が立ってた。
男の子も驚いた顔して
すぐ駆けて行っちゃった。
泣いてたからびっくりしたんだろうね(笑)
その時はわからなかったんだけど、その子は矢沢君。同じクラスの、足の速い男の子だった」
祐子は目を伏せた
俺は十数えてから
彼女の猪口に酒を
「ありがとう」
「お母さんもおばあちゃんも、
私に遠慮がちだった。いつも。
"祐ちゃん学校どう?友達できた?無理してない?"とか
俯いてるだけで、"具合悪いの?学校行ける?"って。
知りたくて訊いてるわけじゃないことくらいはわかってた。
お母さんは、私を思いやっていたんじゃなくて、私に"大丈夫"って言わせたいために"大丈夫?"って訊いていたの。
お母さんは、私に優しく接することで自分に言い訳を
自分に言い聞かせていたの。
"親の都合で振り回してるでも、私は愛情注いでる大丈夫"って」
当時の祐子がそう感じていたのだからその通りなのだろう
「だから私は期待通りに返した。
大丈夫だよ 学校楽しいよ
無理してないよって。
お母さんが上辺だけの優しさを向けるなら私も上辺で返す
そんなふうで
ねえ
子供は正直だとか無邪気だとか言うでしょう?
大人にとっての都合のいい解釈だと思う。
子は親の期待に応えようとする
親が期待する反応をするもの。
だって子供は例えばごはん抜きって言われたらごはん食べられないもの
たとえ嫌いでも、親に嫌われたら生きていけないだから顔色を窺って 反応を窺ってる。
子供らしい子供ってどんな子供?
子供は正直だなんて
思ってる大人は
子供をなめてる
ふざけんなよ
カズ君みたい ふふ」
「誰も助けてくれないから
誰にも助けなんて求めない
強くならなくちゃいけない
夜には布団を頭まで被って
朝が来たら私は強くなれる
全然違う自分になれるって
祈りながら丸くなってたの
もしマイケルジャクソンに逢えたら
私は何て言えるかななんて
大好きですって言えるかな
そんな事考えてドキドキした
学校で
いじめられていた訳じゃないのいつも一人だっただけ
かたまって話してるクラスの子達と時々目があって、するとその子達は視線を逸らして、またヒソヒソお喋りを続ける、そんな感じ
気にしない気にしない
何度も言い聞かせてた
ある日ね
どうしてそうなったのかは憶えていないんだけど
一人の子に擽られたの
私くすぐったがりだから
きっと大袈裟に反応して
床に転がって
そしたら他の子も加わって
みんなで私を擽ったの
手足押さえられて…
大きな声で「やめて」って言ったでもやめてくれなくて
ものすごくこわかった」
「みんな笑ってた スカートが捲れて
加わらない子は見てるだけ
狂いそうだったそのときに
やめろって言ってくれたの
矢沢君が
擽ってた子達が私から離れた
私は
みんなの目も彼の大きな声も
もうぜんぶがこわくて
腕を抱いてうずくまった
体に残った感覚が気持ち悪くて手を離したら壊れそうだった
それなのに矢沢君は
こいよって腕引っ張って
私を一人にしなかった
廊下の隅っこで
真剣な顔で覗き込んで
どこか痛いとこあるかって
矢沢君に引っ張られた腕が痛かったんだけど 首振った
そしたら
俺が守ってやるからなって
言ってくれた」
Billie Jeanを聴いているときの祐子だった
それから暫く祐子は黙った
本当にBillie Jeanを聴くように
俺は何も言えない
「もしあのとき矢沢君が、やめろって言ってくれなかったら
しゃがみ込む私を連れ出してくれなかったら
トラウマになっていたと思う。
いまも強く覚えているのは
擽られた感覚よりも
矢沢君に引っ張られた腕の痛み
力強く 私を連れ出してくれた。
一人ぼっちだったこと
闇の中で救われたこと
私にもあるから
でも私は」
祐子は眼鏡を外して
ほんの少しだけこぼれてしまった涙をそっと拭いた
ーーーーー
前に一度だけ祐子の涙を見た
それは彼女がマイケルジャクソンについて話していたとき
1993年の児童性的虐待疑惑に話が及んだときだった
俺はこの時
マイケルジャクソンの誇り 愛
そして祐子がどれ程マイケルジャクソンを愛しているかを知った
‐私はマイケルジャクソンが好き
だから無私なんて無理
でも事実は事実だから‐
‐‐‐‐‐
スーパースターが児童性的虐待
これは最高におもしろい
金になるぞ金になるぞと
メディアはマイケルジャクソンを殺しにかかった
そしてお揃い協調集団はメディアの偏向歪曲報道を鵜呑みにした
自分の目を持たずに
‐‐‐‐
事実
マイケルジャクソンは無罪
判決が出ている
なのに何故
原告の少年に対し1500万ドル
を支払うことで和解したのか
無実なのに何故か
示談内容は一切他言しないという契約にマイケルジャクソンは同意した
何故か
少年の将来を尊重した
子供への愛を貫いた
知りたい奴は知ればいい
どうでもいい奴はどうでもいい
伝わらない奴には伝わらない
PREJUDICE IS IGNORANCE
公平無私には語れないと言いながら祐子は その概要を端然と話した
祐子を愛し信じているのに俺はその話を信じることができなかった あまりにも酷かった
人は束になるとここまで個人を襲撃 糾弾できるものなのかと
知りたいと思った
その事件が疑惑の概要が書かれた本を二冊読んだ
読み終えて
歪曲報道を鵜呑みにする人達はこの本に目もくれない だから疑惑は疑惑のまま いつまでも 誰が何を言おうと疑惑のまま
そう思った
もういい そのまま疑えばいい
全部くれてやる 好きにしろよ
俺はもうやめにする
Don't you black or white me
マイケルジャクソンの気持ちは誰にも解らない
‐
彼は子供達に愛情を注いだ
子供達はマイケルが大好きだっ
た 大人達が壊した
子供達の心まで踏みつけて
どんなに悲しかっただろう
‐
祐子の涙を覚えている
「10年 もう10年も
答えを出せないまま
学生の頃 駆け出しの頃は
フィリップマーロウの有名な科白を
"タフでなければ生きていけない
優しくなくては生きていく資格はない"って科白を いつも
資格だけは持っていたい
そんな看護師になりたい
そう思ってた
だけど 何が優しさなのか
わからなくなることばかり
少し前のことが 少し前に
自分が何をしていたのかが
思い出せないことがあって
自分がどんな人間なのかが
わからなくなることがある
尊重できる 相手を認める
私はそんな看護師じゃない」
それは優しさじゃないのか
だから悩むんじゃないかな
動く心を持ち続けることが
強さなんじゃないかなとか
そんな言葉達を飲み込んだ
俺は何が言えるだろうか
俺に何か言えるだろうか
祐子
いつも向き合うこと尊重することが素晴らしいとか医療者はそうあるべきとかそんなこと思ってない
私情は挟まず テキパキさばく
何も間違いじゃない
ただ俺が救われたのは
畠山さんだったんだ
…
Don't know much about history
Don't know much biology
Don't know much about a
science book
Don't know much about the
french I took
But I do know that I love you
And I know that if you love me too
What a wonderful world this would be
…
ああ
祐子の涙を忘れている
俺に何が言えるだろう
ーーーーーーーーーーーーーーーー
なあイッキョ
お前なら何て言う?
′お前いつからそんなクドイ男に なったよ? 話が長いしかも
支離滅れ
俺じゃなくて祐子にだよ
なあ
俺が高校落ちたときに
お前が俺に言ったこと
一つの人生しか生きれない
経験以外は受け売りの知識
あれから12…13年か
自分だけの経験を重ねてきて
お前の言う通りだと あの時のお前と 15のお前と同じ思いさ
笑えるだろ?
経験だけ
祐子に話すよ ああ
こうなったらとことんさ
どうして今の俺が
こんなにクドくてウルサくてウゼエのか解るかも知れないぜ
ーーーーーーーーーーーーーーーー
祐子は別に何か言ってほしい訳じゃないだろうけど
俺の彼女だから諦めてもらう
「祐子」
「…」
「人は自分や、周りの人を決めつけて生きているだろう?
あの人はこう この人はこう
一面的に捉えて 枠に嵌めて
勝手な解釈し合って生きてる
それが少し違ったりすると
意外とかそんな人だと思わなかったとか"一定じゃない人は信用できない"とか 或は
意味不明病んでる無視 スルー
スルースキルなんて言葉あるのな
スルーが何故にスキルなのか解らないけど、もしスルーするのが大人なら子供の俺は大人だったよ
無関心無感覚
すべて他人事 関係ない
悩みも迷いも無かったし
涙も出なかった」
ーーー
やるヤツ 加わるヤツ、見てるだけ見て見ぬ振りのヤツ
俺はそのどれでもなく
見向きもしない奴だった
学校の催しでクラシックギターの生演奏を聴く機会があり
その時のギタリストが先生だった
森に夢見るを聴いて体が震えた
ステージで一人弾く姿に魅せられ
バリオスの森に夢見るを聴いて
心が震える感覚を知った
ーーー
「親父の前ではビクビクして
あとはフワフワと靄の中にいるようだった
ギターに出会って
はじめて好きなことができた
先生は俺を
フォームが綺麗だとか
色んなこと沢山褒めてくれた
思うように進まないとき
"同じ所をグルグル回っているように感じても、螺旋階段のようにちゃんと昇ってる" って
言ってくれた」
話したい
でもやっぱり
「祐『おい』 … ?
ユ「ん?」
「… いや何でもな『カズ』
『いい加減にしろよほんとに
一つの話にあれもこれもブチ込みやがってお前、ちゃんこダイニングやりたいのか?
ちょっと聞けよ
最近携帯小説読んだんだ
それまで携帯小説なんてまともに読んだことなくて正直馬鹿にしてた けどその小説は、、
クダクダカズの真似はやめとく
…
その作者が終わりに書いてたよ
----------------------
~
きっかけは『仕事のバイブル』の整理確認でしたが、その為には避けて通れない『秘密』がありました
この『秘密』を避けて書く事は出来ません
それでは読み手に
『伝わらない』からです
勿論、私自身にも
~
----------------------
避けて語って満足か?
看護師に何を教わったって?
ケリつけよう
俺達の地獄に』
…
「ね どうしたの?」
「看護師の前で泣いたのは虐待受けて育ったからじゃない」
「…」
「ごめん言ってないことがある
だから祐子に伝わってない」
「… 伝わってない?」
─ウワナンダコイツキモチワリイ─
─オーイキンタマコゾウノキンタマクサッテルゾー─
─スゲーモンミチマッタ─
─オレノバットデヤメロヨキタネエ─
─ウツルゾ─
─オハライダスナカケトケ─
「ひとごとのように生きていたけど レッスンが楽しみになった
先生は俺に弦長630㎜のギターを貸してくれた 家で鏡を見ながら 先生のフォームを真似て
どう弾いたらカッコイイか考えてた
先生はやさしくて いっぱいほめてくれた うれしかった ほめられてうれしかった 先生の家はいつもいい香りがして あたたかくて 安心した たったひとつの 俺の居場所だった」
「それから 少しだけど
クラスのヤツとも話すようになった
話してみると 何て言うか
いいヤツだったり それで 鏡みたいだって思ったんだ
俺がフワフワと 他人事のようにしてるから 周りもそんなふうになるんだと
よく言うだろ 人は自分を映す鏡だって 俺は10歳のときそう感じた
だけど 必ずしもそうじゃない
例えば 人は鏡だという理屈で
いじめられる側にも問題があるなんて さも正論のように語る奴がいたりする
それは全然話が違うんだ
虐められる側にも問題がある
浮気される側にも問題がある
レイプされる側にも問題がある
ころされる側にも問題がある
こういうの全部 問題があったらやっていいことじゃないよな
集団で個人を攻撃することも
問題があったらやっていいことじゃない
祐子
俺は10歳のとき
集団に殺された
パンツ下げられて
バットでチンチンつつかれて
砂をかけられた
放課後
校庭で押さえつけられて
男も女も 上級生も下級生も
みんなの前で」
忘れられない
「どうして…」
「ごめん」
「…泣いてごめん…教えて
どうしてそんなこと…」
「俺が生意気だったから
みんなと違ったから 病気で
睾丸が腫れていた」
「そんな…どうして…」
「俺たちは協調性を重んじられる
家で学校で叩き込まれる
みんな同じ みんな一緒に
みんなで力を合わせて
だから みんなと違うひとは
集団の輪を重んじないひとは
みんなで叩きましょう
みんなで消しましょう
そして結束を高めましょう
異なる者は排除
何百年も前から
何百年過ぎても」
「俺がされたことは学校中に広まった 俺のチンチンとキンタマがどんなかも 学校中に広まった
担任が家に来たり やった奴とその親が謝りに来たり
親父は自分を棚に上げて
ここぞとばかりに罵倒していた
慰謝料だなんだって騒いでたよ
で 俺はメシが食えなくなった
そして声が出なくなったんだ
正確に言うと 声帯を震わせることができなくなった
息を吐きながらヒソヒソと喋ることはできたでもこれは本当に苦しかったよ
もう声を出すことはできないと思っていたから
精神科だか心療内科だかわからないけど 行ったり
カウンセラーや臨床心理士が家に来たりした
何もかわらないし
何もかえられない
カウンセラー 精神科医 臨床心理士
あの時の俺にとっては
弱みにつけこんで商売する
何もできない大人達だった」
「何もできなくなった
大好きなギターもレッスンも だけど
先生が来てくれた
そのとき親父はいなくて
先生は玄関の外から俺を呼んだ
開けてくれないかな
会ってくれないかな その声に
多分 何も考えられないままドアを開けたんだ
先生は泣いていて 俺はごめんなさいって そしたら
抱きしめてくれた 俺の頭を撫でたり 背中をさすって カズ君は悪くない 悪くない 何度も
息が止まりそうでこわくて
だから必死に息をはきながら
俺も泣いた 声が震えた
ずっと抱きしめてくれて
一緒に泣いてくれた
俺に声を戻してくれた」
「そして隣町の学校に転校した
カウンセリングも転校も大人達
学校関係者の意向だった
心のケア 笑わせるよ
俺に配慮してなんて嘘さ
学校は追い出したかったんだ
はやく面倒を片付けたかった
体面を気にして 教育委員会だの何だのに怯えて
学校PTAが配慮したのは俺じゃなく俺のパンツを下ろしてチンチンつついた奴らだよ
"君はみんなとは違う"
"出ていきなさい"
お揃い協調教育で育った教師
知識だけで経験のないカウンセラー
彼らにできたのは
俺を追い出すことだけ
先生だけが一対一で
受けとめてくれた」
「これが言えなかった俺の経験
手術したとき25歳だったけど
社会に出て10年目だった 10年見知らぬ地で 自分の力で生きてきたんだと 俺は強い男だと
十分大人になったつもりでいた
それが
ヘルニアになって ジャージとパンツ下ろされて フラッシュバック
泣いて 座薬入れられて
笑われて ウンコもらして
築いてきた全てが崩れた
笑いながら座薬突っ込んだり
いーや脱いじゃえなんて掛け声でパンツ下ろす医療者も実際にいた 俺は経験した
それでも
一人の看護師に救われた
中途半端な経験で
祐子の仕事を語った訳じゃない」
「祐子 お前は言わないよな
医療者は不足していて 患者は溢れかえっているんだろう?
ヘルニアとトラウマを抱えてくる男もいれば やってもらうのが当たり前の 暴言吐いたりするそんな患者もいるんだろう?
私情は挟まずこなす そうしなければ医療者だって心が壊れてしまうだろう
ただ俺は 畠山さんに教わった
人は心を持って生きているから
心で向き合うんだってこと
自分の地獄 苦痛 屈辱と向き合う中で 完璧な闇の中で
畠山さんは言葉じゃなく姿勢で示してくれた 認めてくれた
ほんの数分だったけど きっと死ぬまで忘れない 俺の中の看護師は畠山さんなんだ」
「10年も答えを出さないまま
祐子のまま続けてきた事が
向き合ってきた証だと思う
看護師をやめるって答えも
向き合ってきた証だと思う
四月から一緒に暮らそうか
心とからだ休ませてやれよ
一緒に暮らすと言っても土日は俺帰れないし
祐子一人の時間は…」
「…」
「祐子」
「どうしてそんなふうに…」
「え」
「そんな酷いことを 、
されて 傷つけられて
高校受験に 失敗して
誰も頼らず横浜に来て
…
どうして思いやりをなくさずに生きてこれたの?」
「思いやり そんなないけど
愛情をくれた人がいたから
その人たちと
自分の意思で別れて
一番大切にすべき人を傷つけた
コウジさんケンさんに出会って
一言で言えないけど
色々沢山感謝してる
それと
負けられない男がいた 今も」
「友達?」
「うん」
「私たち
付き合って2年になるね」
「うん」
「それなのにカズ君は変わらない 私のことをあたり前にしない 大切にしてくれる」
「そうでもないよ」
「(笑) カズ君はすごい人」
「…」
「私の彼」
「あのさ」
「ん?」
「矢沢君のこと
続ききかせてよ」
「…
転校しちゃったの
5年生の秋」
「え?」
「…」
「…」
「ね ホテル行こう」
祐子はトイレ
「ごちそうさま」
ミキシンググラスを洗うケンさんに声をかけた
「話し込んでたのか」
「うん」
「プロポーズか」
「うん」
「?」
目で訊いた
俺は2ミリ頷く
通じてると思っていても…
「言葉にしないと伝わらない事
きっと 本当はすごく多いね
ケンさんに会えてよかった
ありがとう」
ストレーナーを持ったまま眉間に皺を寄せ左の口角を少し上げて俺を見た
へんな顔だ
祐子がきた
「本当にごちそうさまでした。
ケンさん、いつもありがとう」
ーーー
彼女のレイヤードマフラーが柔らかく風に揺れた
ささやかにイルミネートされた通りを寄り添い歩き駅前のタクシーに乗る
「──までお願いします」
ひと駅とばして次の駅
彼女の最寄り駅から三つ目の駅をドライバーに告げた
後部座席に凭れると
アルコールがまわるのを感じた
俺だけ違うところへ行ってしまいそうで
だから彼女の左手を握った
「近くで大丈夫なのに」
そう言って俺の肩に凭れた
多分祐子は目を閉じている
俺は前を向いていなくては
右肩にかかる柔らかな重みが繋ぎとめてくれる
‐俺が守ってやるからな‐
すごいな 10歳で
もう男だったなんて
俺が守ってやるからな
矢沢君の声をきいた
ドラッグストアを過ぎたところでとめてもらった
5分ほど歩き
気持ちひっそりたたずんでます
といった感じのホテルに入った
くどいほどシンプルなモノトーンの部屋
何故この部屋にしたんだろう
俺が選んだのだけど
祐子に集中するため
答えを出し、冷蔵庫から水を2本取り出して無頓着なソファに腰を下ろした
形容できない壁を眺めながら
今までどんな部屋で寝てきたか思い出そうとしたが駄目だった
ペットボトルの水を飲む
何をするべきか考える
ラブホテルに来て何をするべきかを考える
「風呂のお湯出してくる」
「うん」
言う必要があっただろうか
ダークブラウンで覆われた浴室
白い大きなバスタブ
バスタブにスポットライト
ため息がもれた
バスタブにスポットライト
何を考えてるのかサッパリ解らない
Don't Think Twice
It's All Right
ちょっと迷ったけれど
乳白色入浴剤を入れた
決め手は効能疲労回復
こんなにデカイ必要あるか
バスマットにまで疑問を抱く
つまらないところに気づく自分のつまらなさに気づきイヤな気分になった
祐子のいるモノトーン部屋に戻る
洗練とは言えない只のシンプル
Simple is best
そんなことない
時と場合による
やらないで後悔するより
やって後悔した方がいい
そんなことはないだろう
どちらにせよ後悔は嫌だ
ーーー
「入れるよ」
「先に入って」
「は」
「後から行くから
入ってまってて」
…
黙って風呂に向かう
俺たちは
一緒に風呂に入ったことがない明るいところで
互いの裸を見たことがない
服を脱ぎ
顔頭体を洗いバスタブに浸かった
考えるな 考えるな
「失礼しまーす」
祐子が入ってきた
眼鏡を外し髪をアップしている
どうしてライト浴びてるの?
そう言って笑った
タオルを持った右手に左手を添えてお腹の前に置いている
小さな胸も三角の陰毛も当然のように彼女だった
美しかった
つらいほど勃起した
あたり前なんだと言い聞かせる
「どれがどれか教えてくれる?」
左手で思いきり押しつけながら
バスタブを出て祐子の左に屈んだ
「これが洗顔フォーム セッケンに ボディソープ黄緑がボディソープな 左からシャンプー コンディショナー トリートメント」
「ありがとう」
鈍い痛みが胸の辺りを過る
彼女の肩は微かに震えていた
―
男は恥ずかしがることが恥ずかしいし動揺を見せることが屈辱なんだ
―
オトコオンナ関係ない
祐子
何か伝えようとしているのか?
――――――――――――
祐子が顔を洗っている間
俺はバスタブの中でキトーを強く握っている
鎮チン
菜食主義者は肌に潤いが足りないとか玄米食の人は肌が玄米色とか関係ないことを考えてもたったままだった
洗顔を終えた祐子がこっちを向いた
「入っていい?」
俺はおいでおいでした
濡れてはりつく陰毛に目がいく
湯に浸かった彼女と目があう
両手を広げるとこっちに来
あ
彼女の脚がチンチンにあたった
「ごめん」
「こちらこそ」
「こちらこそって(笑)」
感情や想いを口の動きで伝えようとするように長くあたたかな口づけを交わす
そのまま抱きしめながら膝をついて少し持ち上げ、首に、肩に鎖骨にキスをした
乳首を唇で挟み舌先をあて
そっと歯をたてると深く震えるような息を吐いた
割れめに指を這わせた
触るか触らないかくらいに小さな突起を指先で撫でる
ふるえる脚が俺の手を挟んだ
動かすのをやめ頬に首筋にキスをするとその力が抜けた
ゆっくりと続けて祐子のタイミングを待つ
‐もうすこしつよくして‐
俺は指先でこたえる
このまま すこしだけつよく
すこしだけはやくして
祐子はしがみつき
ギュッと脚を閉じた
そして何度も体を震わせた
ーーー
俺の胸に頭をつけて呼吸を調え、すこし離れると、目を閉じてゆっくり鼻まで沈んだ
ブクブクブク
それが可笑しく、妙に可愛くて俺はおでこにキスをした
「のぼせちゃう」
バスタブの縁に座らせヘソの下に顔を近づけると手で隠した
その手にキスをして
どかそうとしたけど動かない
「カズ君がのぼせちゃうよ」
スルッと湯の中に入ると俺の脇に手を入れ持ち上げるような動作をした
「俺が座るの?」
祐子は頷いた
今バスタブの縁に腰掛けたら
チンチンはスポットライトを指し示す
ちょっと当惑したけど
彼女はそれにブレたりしない
それでもいきなりは照れるから体を横に向け立ち上がった
一瞬目眩が
祐子が心配になる
「あつくないか?」
「ちょっとあついね」
「冷たいモン取ってくるわ」
「洗面台に、お水持ってきたよ」
「ああありがと でもやっぱり、冷たいモン取ってくるわ」
祐子は微笑んだ
‐俺が守ってやるからな‐
心の中で矢沢君の真似をした
ーーー
バスローブを着る男は十中八九変態だと思っていた
けどこんなときは便利だ
しかし勃起状態で着たら100%の変態だからやっぱりバスタオルで拭き裸のまま部屋へ向かう
変態でかまわない
冷蔵庫から缶のポカリスエットとウーロン茶を取り出しそれを持って風呂に戻った
右手にポカリとウーロン茶
左手はチンチン
「ありがとう」
「どっちがいい?」
ポカリスエットを手に取り
バスタブの縁に腰掛け
そっと壁に凭れた
右に腰掛ける
祐子はポカリをおでこにあてて目を閉じた ほっぺたにもあてた
俺はウーロン茶に唇をあててから
祐子の右肩にキスした
ピクッとした
もう一度
缶にあててから唇を重ねる
缶にキス 祐子にキス
缶にキス 祐子にキス
缶にキス 祐子に
「飲もうよ(笑)」
忘れるところだった
膝を抱えてポカリスエットを飲んでいた祐子が湯に足を入れ立ち上り 湯の中を歩き
そのまま出ていった
なんて自由なんだ
スポットライトが消えた
バスタブの中にブルーの灯りが
間接照明
祐子が顔を出した
照明が絞られていく
ユ「きれい」
天井から壁に向く四つの照明とお湯の中の青い光で見る祐子は本当にきれいだった
勃起した
「きれいだ」
ユ「ねー」
俺の左に座り消したライトを差した
ユ「どうしてあれだけつけたの?」
「スイッチ押したらあれだけついた」
ユ「(笑) 他のは押そうと思わなかったの?」
「そういう趣旨だと思ったから」
ユ「どんな趣旨?」
「バスタブにスポットライトっていう」
祐子は笑った
ユ「そう思ったカズ君も可笑しいけど、それを受け入れて入ってたのが可笑しい」
「お前のことで一杯だったんだ 頭ん中」
祐子はとても小さな声で「すごいなあ」と言い、俺の正面に立った
顔 胸 へそ ヘア 胸 そして顔を見上げた
祐子は俺の両肩に手をつくと
腰を屈めて唇を重ねた
少しずつ体を沈めながら
胸の真ん中 鳩尾 そして包むように触れると口に含んだ
やさしく握り小さく動く掌
舌はねっとりと亀頭に絡みつく
祐子の口の中は熱くて
じんじんと快感が押し寄せる
だけど
…
「ありがと」
肩を押した
なのに祐子ははなさない
「もういいから」
…
「祐子」
ユ「もうすこしさせて」
…
気持ちいいし
愛情を感じる
でも小さくなる
愛する女の口の中で
俺のペニスは小さくなる
いつも
------
本当は確信なんてない
上等なスーツ着ても、子供の頃から欲しかった車に乗っても
アグアド弾いても
裸になれば何もないただの男
お前が教えてくれる
俺にも何かしらいいところがあると
お前を愛することができる特別な男だってことを
-----
包皮をめくり唇で包んだ
そっと吸いながら舌先で
一定のリズムで愛撫する
祐子は俺の頭を触りそして肩をつよく押した
彼女の手の甲を親指で撫でる
俺は欲求し
湯の中でペニスを握り小さく動かしながら続けた
祐子は今までで一番大きくて切ない喘ぐような声をあげ
‐‐
溢れるものを俺は飲みこむ
できるだけ溢さないように
脊髄から痺れるような快楽が内腿を伝いペニスに向かう
手を止めたがもう駄目だった
強く何度も脈打つ
祐子は収縮を繰り返した
顔を上げ、お腹にキスをすると俺の頭を抱きしめた
手をひかれ立ち上がる
祐子がペニスを触った
触れたまま立ち上がり俺の手を握ってキスをした
「しょっぱい」
「祐子だよ」
彼女の頬を撫でる
素敵な笑みだった
使いきりのボディソープを祐子の体で使いきると祐子はモコモコになった
「プリンセステンコーか(笑)」
ユ「(笑)イリュージョン」
「何に変身すんの?」
ユ「…歌のおねえさん」
「どうぞ」
ユ「どーぶねーずみー
みたいにー」
「子供固まるぜ」
ユ「うーつーくーしーくーなーりー
たいー
しゃーしんーにはー
うつらないー
うーつーくしさー
があーるーかーらー…」
モコモコの祐子を抱きしめると彼女は俺の肩に顎をのせてリンダリンダを歌った
途中涙声になりながら最後まで歌った
仲良く体を拭いた
調子に乗ってバスローブを着る
部屋に戻り驚いた
ユ「すごいでしょう?」
天井と壁、壁と床、ベッドにも
コーニス照明を駆使していた
不自然なほど飾らない、シンプルが鼻につく部屋が照明によってどれほど変わるか
コーニス照明とはどういうものかを表していた
くどいほどのシンプルはそのためだった
「明るさは調節できるの?」
ユ「うん」
得意げに頷くと俺から離れ、壁の小さなツマミに触れた
天井と壁
壁と床
ベッドの縁
パブリックスペース…と言えるのかな?のそれ
それぞれ調節できるようになっている
「すごいな」
ユ「いかがなさいますか?」
「…なんだよ」
ユ「ご主人様?」
「…は? ねえちゃんのオススメで」
祐子は微笑み、天井と壁、壁と床の照明を絞った
ベッドが美しく光る
俺を見た
「ちょっと一服していい?」
ユ「もちろん。ビール飲んでいい?」
「そりゃいいよ」
ユ「カズ君は?」
「…飲む」
祐子は冷蔵庫からラバットブルーを二本取り出した
乾杯
「おいしい」
「うん」
缶のミックスナッツを開けた
俺にラバットブルーを教えてくれたのは日本橋の南米料理店で会った日系二世の男だった
もう10年前か
互いに名前は訊かなかった
「チリのワインうまいよ。ビールは…
ラバットブルー知ってるか?
カナダのビール、あれは染み渡る」
パラグアイから来たという男
彼の言うことは本当だった
チリ産のワインはうまいし
ラバットブルーは染み渡る
海底にいるようだ
誰の声も届かない
ここが終わりなんじゃないかと思った
このまま二人
沈んでいられたらいいと
「何だか本当に特別な日だね」
「ああ」
「こんな一日になるなんて思わなかった」
「うん」
「今日のことがわからないのに、明日のこと、ましてや一年後なんて 全然わからない」
「うん」
「どうしたの?」
「どうもしないよ」
時々
お前が俺の彼女だってことが
信じられなくなる
「カズ君 虐待受けたんだね」
虐待受けたんだね
祐子の言葉が 記憶が
全てが遠い
「優しいけど冷たい人
たくさんいる
私もそうかも知れない
常識的で 協調性があって
親切で丁寧 でも冷たい人
たくさんいるでしょう?」
わからない
俺は人を知らなすぎる
「私は虐待を受けたこと
無いから、何も知らなから、 わからない
だからせめて、わからないってことだけは、しっかりわかっていなくちゃって、思ってる
たかだか数百の、たった数百の例に触れただけでは、解り得ないと思うし」
たった数百
「だってそこにカズ君はいない」
「きっと、虐待を受けた殆どの人は、 誰にも言わずに
たたかっているんだと思う
愛すること
愛されること
たたかっているんだと思う」
愛すること 愛されることとたたかう
それは、虐待を受けた受けない関係なくないか
子は親の期待に応えようとするもの
祐子は言っていた
父親と一緒にいたかったのだと
---
私はお父さんといたかった
だけどお母さんと妹と、横浜に行かなくちゃいけないことはわかっていたの
お父さんといたいってお父さんに言えなかったこと
今も後悔してる
私はお父さんが大好きだった
---
虐待も別れも
親を想う気持ちがあったなら
それはどんなにつらいだろう
そんな気持ち全然なかった
俺は俺の虐待しか知らない
祐子
お前はたたかっているのか
愛すること 愛されることと
ユ「すごいこと言っちゃった」
「何が」
ユ「トーフにぶつかって死んじまえ」
「大丈夫だよ」
ユ「…」
「死んじまえじゃない
トーフにぶつかって、死んじまえだ。ただの死んじまえとは意味がちがうさ」
ユ「…でも本当に、元気くれる曲。がんばれってきこえるから」
「ゼイドントケアアバウトアスも、元気、くれるよな」
ユ「うん。 何度も救われた」
……………………………………
あたりまえのことだけど
俺たちは全然ちがう人間
だからこそわかろうとする
解らなくても、解ろうとする
全然ちがう別々の人間だから
好きなものが一緒だと嬉しい
でもそれよりもありがたいこと
俺と祐子は嫌いなものが一緒
多分これはとても大事なこと
集団嫌い 群れるの嫌い
祐子は看護師
医療集団の一員
個であろうとすることが、個であることがれほど難しいかを、想像する
尊敬する
……………………………………
¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨‐
‐俺が守ってやるからな‐
‐
‐これ乗って東京いこうぜ
つれてってやるからな‐
「ムーンウォーク!」
‐できてるだろ?‐
「うん! すごいなあ」
‐内緒な‐
「ふたりだけの秘密だね」
¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨
They Don't Care About Us
俺にとってこれほど力をくれる曲はない
「今日は話してくれてありがとう
わかったなんて言えないけれど
私なりに納得できた 色んな事
もっと話そう
他愛無いことも
簡単に話せないことも
他の誰にもできないこと
誰にもさせられないことを
一緒にお風呂入ったみたいに」
「… 風呂は祐子が嫌がってたから、一緒に入れなかったんだろ」
「一度だけじゃない。はじめの頃、一度だけ断ったら、それから誘ってくれない。カズ君そういうところあるよ」
… は?
「カズ君は私を尊重してくれる。でも不安になるの。 もっと、
私にぶつけてほしいよ」
…
祐子は仕事の話を殆どしない
それは看護師としてのプライドだと思っていた
言わせなかったのかも知れない
俺は仕事の話をしない
ましてやお客のことなど絶対に他言しない
祐子のように守秘義務がある訳じゃないけれど、業務上知り得たお客のプライバシーを他言するなんてプロじゃない クソだ
これは話していいだろう
これは話してはいけない
オフの時そんな仕分けしたくない
だから俺は仕事の話をしない
祐子を尊敬している
厳しい目で見ていたのか
大好きなのに 愛してるのに
我慢を強いていたのは
祐子を追いつめたのは
俺だったのかも知れない
ひとりじゃないとか
そばにいるよとか
そんな言葉が嫌いだった
「一人に慣れちまってたから、それだけじゃないんだけど祐子といるの、いつも特別で
そういうの悪いことじゃないと思ってた、でもやっぱり
そんな俺のかたさが、祐子を、祐子の気持ち軽くしてやれないことも、あったと思う
気持ちぶつけるの、あんまり
できなかった かも知れない
わからない、おまえがいなくなったら生きていけないから
びびってたのかも
ずっと一緒に
ずっと一緒にいてくれるって、なら、いろんなこと話そう
何でも話せる仲は言っちゃいけないことまで話す仲みたいで嫌だけど、そうじゃなくて
色んなこと話そう
ずっと一緒にいてくれるなら
それなら俺も 話すから」
ゴチャゴチャのまま言葉にした俺に
祐子は
ずっと一緒にいようねと言ってくれた
---
ユ「歯みがいて、 エッチしようね」
「はい」
ユ「(笑)」
歯を磨いたら祐子を抱く
ドブネズミみたいに
鏡の前 並んで歯を磨く
俺は祐子の歯磨きを見るのが好きだ
家じゃ電動だし普段並んで磨くことなんてないから特別に思う
祐子の歯磨きは変だ
手首をあまり使わない
よって肘がブレまくってる
本人はまるで気にしてない
「祐子右利きだよな」
「そうだよ?」
子供の頃から変わっていないのだろうと思う
---
青く光る美しいベッドに並んで腰掛けるとどちらからともなくキスをした
彼女の後頭部を支えながら押したおす
バスローブの紐を解く時、これ以上のプレゼントはないななんて思ったら俺もそう捨てたもんじゃないと思えた
風呂で集中的に愛撫してしまったから
胸やあそこ以外の、肩や背中や腰お腹ふくらはぎやふとももをゆっくり愛そうとしたのだけど
どうにもこうにも
おさまりがつかない
「ごめんちょっともう入れたい」
「うん」
祐子は俺を引き寄せキスをした
傷口にあてるようだ
祐子にだけ見える俺の傷に
どうしてこんなに優しい
多分それは
祐子にも傷があるから
癒えることのない傷を 痛みを持ち続けているからだと
そんなふうに思った
二人のこれまでとこれからを壊さないように彼女の中に入った
‐‐‐‐‐
祐子
クールとかドライとかそんなスタンスに学ぶことなど一つもない
それはガキの頃の俺
全然ちがう
まっすぐなおまえを愛してる
‐‐‐‐‐
動けない俺を抱きしめてくれる
彼女の温もりに
苦しいくらい
ずっとこのままでいたい
受けとめてくれてありがとう
「お疲れさまでした」
「お疲れさま」
カウンター営業時間終了
ハードな一日
不景気不景気言われる御時世に俺の店は売上を伸ばしている
男性専用サウナなんて時代錯誤甚だしいだろう
何故サウナなんだと皆が言う
しかし俺から言わせればだからこそだ
男をなめてる女
女をなめてる男
患者をなめてる医療者医療者をなめている患者患者家族
従業員をなめている経営者経営者をなめてる従業員 子供をなめてる大人大人をなめてる子供
駄目になるにきまってる
俺は下らない男
経営者の器じゃない
でもこれは胸を張って言える
ここのスタッフは一流だと
このサウナから徒歩5分のところに
スーパー銭湯ができたとき常連が
「ライバル出現だね」と言った
…
全く懸念しなかった
スーパー銭湯
7つの風呂にサウナ
広い休憩スペース etc.
疲れるだろ
7つも風呂に風呂に入ったら疲れるだろ
おまけにサウナなんて拷問だ
スーパー銭湯
オッサンジジイ溢れ子供騒ぐ
疲れる
大体銭湯にスーパーな要素など誰が求めるのか
子供だ エネルギーの塊
近くにスーパー銭湯ができたとき
まあがんばれよと思った
スーパー銭湯はライバルじゃない
全然ちがう
うちと同じコンセプトの店があるだろうか
…
ホストクラブ
そんなもん知るか
クラブ スナック ラウンジ …
ラウンジって何だろう
クラブとスナックの中間てどういう
…
母父みたいなもんか
母と父の中間でボブ
ーーー
なあ馬場ちゃん
父ちゃんになるんだな
馬場パパ オバケか
赤ちゃん
無事に生まれてくれ
男でも女でも願いは一つ
馬場の遺伝子は否定しろ
あれから赤ちゃんの名前色々考えたよ
自由太でフリータ 仁人でニート
働に不破でワーキングプアとかけどやっぱりボブがいい
馬場母父
レディーガガより多いぜ
お祝いは焼売だ
88個送ろう
To Barbapapa
マッサージを終えた岡さんがカウンター席に腰掛けた
トマトジュースを出す
岡さんはいつも
マッサージのあとはトマトジュースを飲む
2年前トルコ産にかえたとき何も言わず差し出した俺にうまいねと言ってくれた
「畠山は何が違うんでしょうか」
岡さんはグラスにはりついたトマトの残骸を見た
「とにかく気持ちいい
体が軽くなるんだ」
「全然違いますか」
小さく頷いた
つまらない北欧映画を見るように
―休憩室―
ドリップのインスタントコーヒーを淹れる
俺のカップは祐子がくれたもの
陶芸教室で作ったらしい
何故かヒヨコが描かれている
「お疲れさまです」
喫煙コーナーから畠山さん
カ「お疲れさまです。コーヒーいかがですか」
「あ ありがとうございます」
コーヒーをテーブルに置き向かい合い腰掛けた
カ「ここで吸えるといいんですけどそうもいかずで」
「喫煙コーナー好きです。ここならいいよって、安心します。それと、喫煙コーナーに空気清浄機って素敵ですね」
素敵…
どうも
カ「どんな銘柄吸われているんですか?」
紺の麻生地ポーチを開けた
「これです」
エヴァローズスリムメンソール
「サイズとデザインがよくて」
デザイン
喫煙はあなたにとって肺気腫を悪化させる危険性を高めます
「吉井さんは吸わないんですか」
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