意味
※1
「人が歳をとると、頭の髪が薄くなっていくのはなぜだと思う?」
先生は僕に尋ねた。
その質問は、西洋的で古風なこの部屋の中では、非現実的に思えた。
「それが《老いる》っていう事だからではないですか?」
僕は簡単に言葉を選んで言った。
「なるほど。しかし、それは答えになっていませんよ。」
先生は僕を見て微笑んだ。僕は少し間を置き、遠慮ぎみに言った。
「遺伝だったり…ですか?」
先生は「なるほど」と言って腕組みをした。
「君は遺伝子を見た事があるかい?」
先生が突拍子もなくそう言ったので、僕は「はい?」と声が裏返った。
「どうだい?」
「見た事は、ありません。」
「そうですか。ところで、君は今ハゲていますか?」
「ハゲ?」
僕は吹き出しそうになったけれど我慢した。先生は残念ながら、見事にハゲていたのだ。
「どうです?」
「今の所…大丈夫というか…問題ありません。」
見れば分かる。僕には先生におすそ分けしたいほど、十分な髪の毛がある。
「なるほど。君には《髪が薄くなる理由》がわかりますか?」
先生が冗談ぽさを微塵も見せないので、僕は仕方なく「わかりません」とだけ、答えた。
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※2
秋は物悲しい。
僕は隣で寝ているサクラを起こさないように、静かにベットから出た。そして、そっと服を着てから部屋を出た。
隣の部屋へ移りカーテンをあけて、僕はしばらく静かな朝の景色を眺めた。
朝は早く起きるに限る。サクラは僕とは対照的に朝に弱い。本人は「低血圧なの。」とよく言うけれど、僕にはさっぱりわからなかった。
けれど、朝早く起きようが、遅く起きようが、今の僕たちにはたいした問題じゃない。
僕とサクラは、この長い休みをもてあましているのだ。
「今日どうしよっか?」
サクラが向かい側のソファーで横になり、欠伸をしながら言った。昼過ぎにようやく起きてきたというのに、まだ眠たそうな顔をしている。
「映画でも見に行く?」
僕はコーヒーを飲みながら言った。
「何処へ?」
「何処へって、映画館に。他に何処で見るっていうのさ?」
「うーん…だったら今から私の家に行く?見るならDVD借りて、家でのんびり見たいかな。」
「それならここで見ても一緒じゃないか。」
僕とサクラはこの休みの間、お互いの家を行き来していた。どちらの家で過ごそうが大差はない。
「うん。でもそれはちょっと違うのよ。」
サクラはそう言うと目をつむってしまった。
何が違うのだろうと思ったけれど、あまり深くは考えない。サクラは気まぐれに言葉を選ぶ。
結局サクラは外へ出て行くのを面倒くさがり、僕達はベットに戻って長い1日を過ごした。
サクラと出会ってから、何度目の秋だろうか。
僕はこちらに背を向けて寝るサクラの白い肌を見つめた。
彼女の背中は本当に白い。ベッドのシーツが黒いから、最初は目の錯覚なのかと思った。けれど、明るい場所でも変わらず白くて美しかった。
僕は彼女の白い背中を、後ろから眺めるのが好きだ。
そんな僕を知ってか知らずか、サクラは必ず僕に背を向けて寝る。本人いわく、寝顔が見られたくないから、らしいのだけど、僕にはその理由はよく分からなかった。
彼女は寝る前に「寝顔は絶対に見ないでね。」と、僕に念を押す。そしてゆっくりと僕に背を向けて横になる。その言い方、仕種がとても思わせぶりで、僕は彼女の寝顔をこっそり盗み見してしまいたくなる。けれど、そんな事をしたらサクラの背中を失ってしまいそうな気がして、僕は忠実にその言い付けを守っている。
今日も僕はサクラの後ろで横になり、彼女が起きるのを待つ。彼女は夕方まではダラダラと過ごし、夜になると外出したがる。
サクラと初めて出会った時、僕はまだ原付きバイクを二人乗りして喜ぶような歳頃だった。だから年上の彼女を、ずいぶん大人の存在に感じたものだった。
そう、サクラは僕よりも年上なのだ。年上といっても、彼女は僕より春を二回多く経験しているだけなのだが、その当時の僕にとってその差は大きかった。それに加え、サクラは同年代の女の子と比べてもずいぶん大人びていた。まだ柔らかな線の残る表情をした同学年の子達に比べ、サクラは早くも洗練された顔つきになっていた。制服姿もとてもスマートで、綺麗な線をしていた。
もちろん当時の僕にはそんな表現が出てくるはずもなく、ただなんとなく他の女の子と違って見えたのだった。
とはいえ、僕のサクラに対するその印象は、少なからずひいき目があった事だろう。好意を持てば、その人が特別に見えてしまうのは当たり前だ。
僕は初めてサクラに出会った瞬間から、彼女に好意を抱いたのだ。
なので、サクラの視界に入ろうと僕は必死だった。男友達との付き合いを控え(付き合いと言える程、大層なものではないが)彼女を遊びに誘ったり、苦手なメールも、こまめにこなした。
私服や身につける物も背伸びをして大人っぽくした。けれど中身はまだまだ幼稚で(男友達とタバコをふかし、むせながら喜んで騒ぐような頭の中がハッピーな年頃だったのだ)今思い返すと見た目を変えたところで中身が伴わないぶん、返って不釣り合いで格好悪かっただろうと反省している。
今となっては恥ずかしい記憶でもあるが、当時の僕が急いで大人になろうとした事も、それはそれで仕方のない事だった。
サクラは僕よりふたまわり年上なのだから、僕が彼女と関わりの持てる季節は限られていた。春に出会い、その次の春を迎えた時には、サクラは新しい環境へと旅立ってしまう。そうなってしまうと、もう一度サクラと同じ環境にたどりつく為には、僕は彼女の居ない冬を二回越さなければならくなるのだ。
僕は短い季節の中で大人になろうとし、彼女の気を引こうと必死だった。そんな僕にたいしてサクラがどう感じていたかは分からない。よく笑ったり、優しかったり、時に冷たくもあったけれど、結果的にその年の秋、僕とサクラは親密な間柄になった。
それから僕達はいくつかの季節を一緒に過ごしてきた。サクラはますます綺麗な女性になっていったけれど、内面に関しては違った。
今僕の目の前にいる彼女は、出会った当初の印象からかけはなれている。
「タバコはね、体によくないのよ。いい加減辞めなさい。」
サクラは虚ろな目つきで言った。外で酒を散々飲んできたはずなのに、彼女は家に帰ってからもテーブルの上に空き缶を並べていく。
「わかってるよ。もうその辺で飲むの辞めておきなよ。」
僕はタバコを吸いながら言った。サクラは酒を飲むと説教臭くなったり、僕を子供扱いしたりする。そういう態度に最初の頃はムキになったりもしたが、今は特に気にしない。僕はもう彼女と背くらべをするような真似はしない。
「もっとお酒を飲みなさいよ。お酒は飲んでも体から抜けていくものなんだから、いくら飲んだっていいのよ。」
「いくら飲んだっていいって事はないよ。酒も体に悪いのは確かなんだから。」
「そういう理屈っぽい事ばかり言わないでよね。」
サクラはソファーにぐったりと横になった。全く理屈っぽくはないのだけれど、何を言っても無駄だ。どうせそのまま寝てしまうのだ。
「ほら、そうやってると寝ちゃうんだから言っているんだ。風呂に入れなくなってもいいのかい?」
僕はサクラを抱きかかえて起こそうとした。甘い香りの中に、酒の匂いが混ざっている。彼女の長い髪が僕の顔にまとわりついた。
「いいわ。明日の朝シャワーを浴びればすむ話なのよ。それにね、お酒を飲んだ後、すぐにお風呂に入っちゃいけないの。わかる?昔からの有り難い言い伝えなのよ。」
「わかったから、シャワーだけでも浴びよう。一緒に行ってあげるから。」
「あら、、、いやらしい。」
僕は「別にいやらしくはないよ。」と言ってサクラの体を抱えた。
そうやって僕達は代わり映えのしない夜を過ごしていく。
※3
あくる日の朝。
郵便受けに一通の封筒が届いていた。
それは少し不思議な封筒だった。
僕はその封筒を手にとりテーブルの上に置いた後、キッチンでコーヒーを入れた。そしてソファーに座りコーヒーを飲みながら、封筒をまじまじと眺めた。
形はどこにでもある長方形の茶封筒なのだが、一言でいうと「汚い」のだ。でもそれは単に汚れているのとは違う。例えばスパゲティーをこぼして汚れたとか、道端に落として靴で踏まれた跡があったとか、そういった汚さではない。見方によっては《汚い》というより《あじ》がある。
切手はしっかりと張ってあるし宛先も宛名も正しいのだから、僕の元に配達されてきた物に間違いない。
僕はしばらくその封筒を観察した後、ハサミで開封した。
中から出てきたのは、几帳面に三つ折りされた真っ白な紙だった。何枚かに重ねられていて厚みがある。少し意外に思った。封筒の様子からして、てっきり似たように汚れた物が出てくると思っていた。
僕はコーヒーを飲み干し、その紙をゆっくりと広げた。紙は全部で三枚だった。
僕はとりあえず一番上の紙を手にとり目を通した。それは達筆な文字で書かれた(おそらく筆で書かれたであろう)長い手紙だった。
………………………
拝啓
突然の手紙に驚かれたでしょうか。
なにせ君との長い付き合いの中で、手紙を送ったことなど一度もなかったのですから例え君が今驚いていたとしても、私はその事に関して驚きはしません。
ついでというわけではありませんが、封筒に送り主(私の名)も書いておきませんでした。君は封筒を手にした時、さぞかし不思議がった事でしょう。
もう私が誰だかおわかりでしょう。そうです。君の先生です。
なぜ私がこのような手紙を君に宛てて書くことになったのか。君は不思議に思っているかもしれない。けれど、あまり深く考えず気楽に読んでもらいたい。手紙というのは本来不思議なものです。そして今の私には手紙という手段がもっともふさわしいのです。それだけの事です。
少し前置きが長くなりました。これが君が言うところの(私の悪い癖)ですね。
さて、以前君と人の頭皮に関して話し合った事がありました。君が覚えていてくれると私は嬉しいのですが、あの時の君の様子からすると期待はできないでしょう。私は君に質問しました。人が歳をとると髪が薄くなるのはなぜかと。君は最終的に(わからない)と答えました。その答えを聞いた時の私の落胆ぶりといったら、君の想像をはるかに越えていた事は間違いありません。決して大袈裟ではありませんよ。なぜなら君は私にとって、まともな話のできる唯一の存在だったのです。ですから、君はあの時もっと真剣に答えを考える必要があったのです。なんて身勝手な言い分なのだろう。君は今、そう思っているかもしれない。けれどここは一つ、初めての手紙という事に免じて我慢していただきたい。
君はあの時、もっと真剣に答えを考える必要があったのです。
あの時、君の答えを聞けなかった事は非常に残念です。しかし、今からでも遅くありません。この手紙を読み終わった後、君の好きな珈琲を飲みながらゆっくり考えてみてほしい。髪の毛はなぜ頭皮から抜けるのか。そして何処へいってしまうのか。君の頭皮には、まだ沢山の髪の毛がはえています。けれど、毎日必ず抜け落ちているのです。君はその事について、まださほど気にとめていないでしょう。抜け落ちる理由も、抜け落ちた後の行方も君は知らない。
髪の毛が薄くなるというのは、とても悲しい事です。君が考えている以上に、深い悲しみにつつまれるのです。私が言っているのだから、間違いありません。君も知っての通り、私にはもうわずかな髪の毛しか残っていない。彼らは毎日私の元から去っていきます。そういうものなのです。その悲しみに耐えなくてはならない。
君にはまだ何も準備が出来ていない。私は君との長い付き合いの中で、常々そう感じていました。
準備というのは、カツラを作る準備と言う意味ではありませんよ。いや、そういった準備も必要な事に間違いはないのですがね。これを期にカツラについて調べてみるのも良いかもしれません。しかし私はそういった事を言っているわけではないのです。君なら分かってくれるでしょう。君は私の良き理解者です。君にとって私がそうである事を願っていますよ。
ここまで読んでみて、君は今、何を感じたのでしょう。君の意見を聞けないことは非常に残念だ。しかし、それが手紙というものでしょう。君も私に意見したいでしょうが、それは無理なのです。私は黙って想いを書く。君は黙ってそれを読む。善くも悪くもそれが手紙というものです。
私は今、君に手紙を書いてみて良かったと思っています。ここまで書くのにずいぶん時間がかかりました。まだまだ書き足りない部分もあるのですが、今日のところはこの辺でやめておきましょう。余計な話までしてしまうと、また君に(悪い癖ですね)と釘をさされてしまいそうです。
最後まで読んでくれてありがとう。また君と会える日を楽しみにしています。
敬具
……………………
最後まで読み終えて、僕は手紙をテーブルの上に伏せて置いた。コーヒーカップに手を伸ばすと、中はすでに空になっていた。入れ直そうか、僕は少し迷った。朝、コーヒーを飲むのは一杯だけと決めている。特別な理由は無く、それが日課になっている。朝、顔を洗うのも歯を磨くのも一回だけだ。それと一緒で、朝はコーヒーを一杯だけ飲む。二杯以上飲んだ事は、ここ最近では記憶になかった。
僕はしばらく空のコーヒーカップを見つめた。そしてソファーから立ち上がってコーヒーを入れ直した。そうしてみるのも悪くないと思ったからだ。今度はゆっくりと時間をかけて飲みながら、テーブルの上の手紙を広げてもう一度読み直してみる事にした。
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