砂上の楼閣
形になるか不安ですが、最後まで 書きたいです。
夫婦が壊れていく姿をありのままに綴っていくつもりです。
読みにくい、分かりずらい、誤字脱字など、ありましたら、すみません。
よろしくお願いします。
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コチ コチ コチ…。
今夜も時計の音だけが鳴り続いている。
オレンジ色の常夜灯を見つたまま 訪れそうに無い眠りをひたすら待っている。
何時間こうしているのだろう。
いや、もう何ヵ月になるのか。
それとも 何年もたっているのか。
この先も ずっとこのままだろうか。
裏にそびえる椎ノ木から、風に揺られてバラバラと屋根に実が落ちて 音をたてた。
闇を覆う静けさの中で、突然のその音に 明日香の心臓は飛び上がった。
眠る努力を諦め カーディガンを羽織り、そっと隣の部屋の扉を開けた。
微かな寝息が聞こえる。
ベッドにもたれかかり、手をかざして温かな息を感じ取る。
『愛してる』と心の中で語りかける。
『さやちゃん、ママを許してね』
明日香は 手をかざしたまま、紗香を見つめ続けた。
そして、ゆっくり立ち上がると 今度はその隣のベビーベッドを覗き込んだ。
ピンクに染まった紅葉の様な手が 時々ピクッと動くのを確認する。
『たっちゃん、一緒に寝てあげれなくてごめんね』
やはり 声にださずに呟いた。
カーテンの隙間から、光が射し込んでいる。
少し 眠ったのだろうか。
鈍い頭痛がたえず傍らにある。
遠くから車の音が聞こえてくる。その音は予想通り 庭に入り込んできた。
じっと息を凝らし 音に集中する。
乱暴に車のドアを閉め、足音は真っ直ぐ玄関へと続く。
ガチャガチャと鍵を開け 必要以上に大きな音をたて、家へと上がる。階下をうろうろ歩き回り 風呂場へと。
帰宅した事を知らせる わざとらしい音、音、音。
明日香は息を殺し、天井を見上げたまま動かない。
いや、動けない。
シャワーが止まり、続いて髭を剃り、ドライヤー。
やがて、階段が軋み始めた。
枕元に立った その男は 呆れたように口を開く。
「いつまで寝てるんだ。仕事行くぞ」
目を瞑ったままの明日香が答える。
「ずいぶんと早いお帰りね。6時過ぎた頃かしら」
「…。嫌みか?」
「それ以外に何があるのか教えてもらえる?」
自分でも恐ろしい程の冷たい声が口をつく。
「毎日、帰るたびに、それかよ。うんざりだ」
毎日? 帰る? ええ、そうね。シャワーを浴びに。
帰って来る事実を 残そうとばかりに。
「達哉が起きるわよ。泣いたら あなたがあやしてくれるの?」
挑戦的に睨み付けて、明日香は布団から 起き上がった。
「毎日帰れと誰が頼んだの? 私と子供達の邪魔をしないで。あなたには帰る場所が他にあるでしょう。毎日の朝帰りが何の得になると思ってるの?勘違いにも程があるわ」
息もつかずに一気に言いのける。
「可愛いげのない女だな」
そう言い捨て、男は部屋を出て行った。
『行かないで』
声にならない叫びが 喉を塞ぐ。
走り出して背中にしがみつきたい。
『どうしてなの?何故私じゃいけないの? 私が何をしたの? 言ってよ。説明してよ!』
明日香は手を握りしめた。
爪が手のひらに食い込む。
痛みは明日香の意識を引き戻す。
これまでに 何度 愛してると叫んだ事だろう。
そのたび 背を向けられてきた。血を吐くような叫びも、流す涙も、言葉を尽くしての想いも 夫の心には響かない。
あの絶望をまた繰り返すのか…。
深く項垂れた瞬間、握りしめた手にポトリと雫がこぼれた。
まだ、渇れないのか…?
「泣くな。明日香。みっともない」
か細い呟きは 庭先のエンジン音に、かき消され、自分にさえ聞こえなかった。
望んで 望まれて チャペルを鳴らした。
明日香、20歳。
悠哉、21歳。
悠哉の暮らしていた母屋の隣に、小さいながらも、しっかりとした家を悠哉の両親が用意してくれた。
都心から1時間。
ベッドタウンと呼ばれる この地域の片隅に 取り残されたような小さな集落がある。
調整区域に指定される 兼業農家が主な、昔ながらの土地だった。
サラリーマンの家の娘が 農家に嫁ぐ苦労を、明日香の両親は最後まで心配したが、明日香自身は一抹の不安も抱いていなかった。
田舎が好きな訳じゃない。
都心に憧れてる訳でもない。
悠哉と一緒なら、恐いものなど、1つもなかった。
おままごとの様な 幸せな生活が始まる。
待望の赤ちゃんも すぐに宿り、何もかもが順調で満ち足りていた。
田舎の一軒家に、1人ぼっちじゃ可哀想だと、中距離トラックの助手席に 明日香の姿はいつもあった。
臨月間近、悠哉から転職を聞かされる。
福利厚生の整ってない、小さな運送会社では、この先不安があると常々口にしていた悠哉が選んだ先は 金融関係だった。
「社会保険なんだよ。ちゃんと株式だ。給料も今までとは 比べものにならないよ。何より毎日 家に帰れる」
『でも サラ金なんでしょ? 大きな運送会社に転職じゃいけないの? 悠ちゃん、そんなトコで大丈夫なの?』
そう喉まで 出かかったが、明日香と産まれてるくる子供の為に、良かれと行動する悠哉に 水を差すような言葉は 躊躇われた。
「悠ちゃんのトラック、もう乗れないのか。寂しいな」
新しい職場に希望を託す 悠哉に明日香の不安は届かない。
紗香 誕生。
〈目に入れても 痛くない〉
こんな言葉を作った賢人は誰だろう。
文字通り、悠哉は紗香に夢中だった。
朝起きてキス。帰宅してキス。
紗香が笑う。紗香が泣いた。
紗香。紗香。紗香。
幸せだった。
幸せなはずなのに、暗い影が明日香の胸を覆う。
徐々に、徐々に、悠哉の愛情は 紗香に物を買う行為に固執していく。
「さやちゃんに バービー人形? 悠ちゃん、さやちゃんには まだ分からないよ。何か買うより、もう少し早く帰って 抱いてあげて」
悠哉の帰宅時間は 日に日に遅くなる。
麻雀、パチンコ、飲み会、付き合いと称して 紗香の起きている時間に帰る日は 数少なくなっていた。
「悠ちゃん、生活費より悠ちゃんのお小遣いが多いのは、おかしくない?」
振り返った悠哉の目には 明らかな怒りの色が浮かんでいた。
「家賃はない。米も野菜もタダで手に入る。20万の生活費が少ないとでも言うのか」
「足りてるよ。言ってる意味は そうじゃない。悠ちゃん 月に25万もお小遣い使い…」
言い終える寸前に火花が散った。
何が起きたか すぐには分からず 明日香は目頭を抑えた。
『悠ちゃん? 殴ったの…?』
「誰のおかげで 裕福に暮らしてると思ってるんだ? 紗香にも不自由はさせない。俺に盾突くな」
「悠ちゃん? 生活は困ってないけど、裕福なのは、悠ちゃんだけだよ。 何を怒ってるの? 私を殴ったの?
悠ちゃんがそんな風なら、前の方が良かったよ!」
悠哉の腕が明日香にふりかかる。
何度も何度も。
紗香の目の前で。
その日を境に 悠哉の暴力はエスカレートしていく。
何もかもが 殴る対象となった。
「今日、何処かへ出かけたか?」
「何処にも行かないよ」
「2時頃 電話したら出なかったじゃないか」
「あぁ、さやちゃんと大通りの自販機にジュース買いに散歩した」
「じゃあ、出かけたんじゃないか! 嘘を付くな」
平手が飛んでくる。
嘘じゃない。
そんな些細な事が 出かけたうちに入ると思ってなかった。
というより、忘れていた。
悠哉は異常だ。
アラを探して 殴りたいだけだ。
自転車しか持っていない明日香が、小さい紗香を連れて何処に出かけると言うのだ。
バス停でさえ、歩いて30分もかかる。
怒鳴りたいのは、こっちだ。
ひっぱたきたいのは、こっちだ。
虐げられる事に慣れる訳がない。
身体の痛みは 心にそのままイコールする。
明日香の心は閉ざされていく。
迂濶な事を言って 殴られるのが恐い。
けれども、黙っていれば、口をきく気がないのかと 容赦なく手が飛んでくる。
恐怖が明日香を支配した。
悠哉は仕事を楽しんでいた。
集金に行った客の家が、足の踏み場もない程 散らかって 汚いからと土足のまま家に入り込んだ事。
返す金がないと言うから、子供の貯金箱から、微々たる小銭を持って来た事。
「それは、子供の金ですから」と懇願する客に
「ひどいと思うか? 勘違いするな。そもそも踏み倒して逃げたお前が原因だろ。
子供に対して詫びるのは俺じゃない。
お前だ」と言い捨てた事。
何が楽しいの?
どうして 笑って話すの?
サラ金に手を出す大人の事情は分からない。
でも子供は?
コツコツ貯めた貯金箱を奪われ、恐い大人に震えて、親が泣いてすがる姿を黙って見てるしかない子供の気持ちは何処に行くの?
紗香がそんな目にあったら あなたどうするの?
あんたの何が そんなに偉いの?
何様なの?
心を傷つけられたら、痛いんだよ。
恐くて、悲しくて、悔しくて、どうする事もできない。
あなたは、痛くない?
そんな事して 心が痛まない?
明日香は唇を噛み締める。
転職から1年半。
人から鬼へと変わるには、充分な時間だった。
「会社の後輩の結婚式があるから、白いYシャツを急ぎクリーニングに出してくれ」
ある日、悠哉の電話を受け クローゼットを開ける。
『白って…。どれ?いっぱい有りすぎて分かんないよ…』
取り急ぎ5、6枚身繕ってクリーニング屋と走った。
出来上がったシャツを見て これではないと悠哉の怒りが爆発する。
どれだって似たようなものじゃないか。
違いなど分かるのは本人だけだ。
髪を引きずられ、車へと押し込まれる。
着いた先のクリーニング屋で、ドアから叩きだされた。
「無理だよ。何時だと思ってるの? Yシャツが必要なのは私じゃない! 自分でクリーニング屋叩き起こせば? 私は嫌っ! 絶対嫌!」
そう叫んで、明日香は裸足のまま 車とは別方向へと歩き出した。
何が結婚式だ。
何がスピーチだ。
女房へは暴力を振るえとでも言うつもりか。
Yシャツが何なんだ。
薄っぺらなシャツ一枚より、自分の存在は軽いのか。
寝ている紗香を家に残してきたのが、心配だった。
でも嫌だ。もう嫌だ。
財布1つ持っていない。
行くあてなんて 何処にもない。
それでも あの家には帰りたくない。
悠哉がUターンをして追いかけて来た。
明日香は走りだす。
捕まりたくない。
あんなのは、悠哉じゃない。
あれは悠哉の姿をした別人だ。
助けて。誰か。助けて。
神様!
……………。
神の御手はあまりにも遠い…。
明日香の願いは届かなかった。
袖口を捕まれ 振りほどこうともがく明日香は、悠哉の革靴で蹴り跳ばされ、呆気なく地面に叩き付けられた。
『さやちゃん…。ママ、さやちゃんを置いて行こうとしちゃった。ごめんね』
髪は乱れ 服は破れ、あちらこちらの擦り傷から血を流していたが、何もする気にならなかった。
真っ黒な足の裏を洗う事すら面倒だった。
家に着くと悠哉は何も言わず部屋へと上がってしまった。
明日香は紗香の隣にペタンと座り、いつまでもいつまでも 寝顔を見続けていた。
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2レス 122HIT たかさき (60代 ♂) -
呟きです(読んでもらえるだけで結構です)
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36レス 951HIT コラムニストさん -
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347レス 4103HIT saizou_2nd (40代 ♂)
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2レス 116HIT コラムニストさん -
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500レス 5781HIT saizou_2nd (40代 ♂) -
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