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ちょっとだけよ。
私だ。
雨で仕事がないので。久しぶりなので。あと懐かしいので。
わかる人にはわかるつぶやき。
500もつぶやくことなんかねーから、おしゃべり版でと思ったけど。あれ自レスのみはダメなのね( ´△`)
現れてすぐ消える一発屋芸人てきな感じでやらせていただいてます。
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それは爺ちゃんが私にとって舅ばかりではなく時に父であり家族だったからです。
ですが残念ながら姑にこれと同じ気持ちは持てず、この人が病もうが倒れようが苦しもうが爺ちゃんの時のような迷いやジレンマや自責の念は感じないでしょう。
どうでもいい人だからのこの安堵感と気楽さとストレスフリーなんだと思います。
そんなわけで私の大きなストレスが解決し仕事も再開しましたのでスレのほうを再び閉じさせていただきます。
皆さまありがとうございましたm(__)m
今では私の体も回復し耳鳴りも気にならなくなりました。また寝つきもよくなり不眠症も改善されました。
おかげさまで仕事のほうも再開しぼちぼちですが手伝っています。
爺ちゃんの葬儀のあとまだ姑が残ってるぜと思った私でしたが、いざ暮らしてみると姑がいても全く感情がわかないし存在そのものがどうでもよく、いようがいまいが苦痛もストレスもいっさい感じない自分に驚いています。
前スレから始まりこれまで皆さんにはさんざん愚痴を聞いていただき、口の悪い私の暴言を見逃していただきました。
おかげさまで無事に舅を見送ることができました。
ありがとうございましたm(__)m
爺ちゃんが旅立ってからもうひと月以上が過ぎていますので、私たちの生活はすでに通常に戻り以前どおりの日々を過ごしています。
ただそこに爺ちゃんがいないだけで。
爺ちゃんがいたときには日に何度も開けて声をかけた部屋も姑だけになった今はだれも開けません。
時おり姑が見てるテレビの音が小さく聞こえるだけです。
この人のようにわざわざ相手を傷つけることをしたり言ったりする人間には絶対にならないし、なりたくない。
いちおう同じ家にいるので食事もつくりますし話しかけられれば笑顔で言葉もかわします。
でもそこに私の感情はまったくありません。
爺ちゃんだったからできた自宅での介護ですが、この人のためにはできません。
お金で済むなら迷わずお金で済ませます。
できるならほんのわずかでも私の手は使いたくない。
そう思ってます。
爺ちゃんがいなくなってしまっても私は正直、日々つねに頭にあった緊張感から解放されたという安堵しかありません。
いつ吐血するのか?それで家族が血液感染はしないのか?
どれだけ汚物を片せば終わりがくるんだろう・・という不安。
いくら入浴サービスを利用してもファブリーズをしてもシーツを変えてもおむつを片付けて消毒しても、舅たちの部屋はすぐに臭っていました。
隣にある私たちの部屋にもその臭いはもれてきて苦痛でした。
掃除しようか?といっても動くのを嫌がる舅。やらなくていいと拒む姑。かまうなという旦那。
小さな出来事のすべてがストレスの要因でした。
入浴サービス、看護サービス、ケアマネの皆さんも補助してくださいました。
けれど最後にはそうして訪問される日程すら負担でした。
今日は入浴サービスがある・・あそこを片しておかないと・・。
今日は訪問看護がある・・・受け答えをしなきゃ、その時間には家にいなきゃ・・。
負担を軽減するためのサービスなのに、その訪問を負担に感じるようになってしまい・・。
今はそれら全てから解放された安堵しかありません。
私が純粋に爺ちゃんを思い、爺ちゃんを懐かしみ、爺ちゃんに語りかけられる日はまだ先になりそうです。
少し大人になれたモゲラは、今ではいわなくても姑の通院に合わせ休みをとってくれたり、今後の事をお寺と話し合うのも「ひとりで行くからおまえは休んでていいよ」と働くだけではない同居夫としての役割に気づいてくれるようになりました。
どうしても自分が休みをとれず私が姑の通院送迎をしなきゃいけないときは「送らせはするが帰りはタクシーで帰ってこい。そういうときのために年金はあるんだから。無駄に配るよりそれを使えばいい。」と姑に言ってくれました。
息子たちの叱咤激励のかいもあるけど、モゲラという男が息子にいわれた言葉に卑屈にならず(ちょっとなったけど・・)それでもと思い直して、これじゃあいけない!と踏んばってくれる人で良かったと思います。
この一連の業務を半泣きになりながらこなすうちにモゲラは少し学びました。
帰ってくるとメモをとり、今日できたこと。明日やることをチェックし必要なものが用意できてるかも事前チェック。
大進歩です。彼はもう爺ちゃんお片付けバックが離せません。
私も息子たちも旦那をめちゃくちゃ誉めました。
すごーい!頼りになる!お父さーん!!
今では旦那みずから「俺たちだけが大変な役目をやらされて、これで長男だからあたりまえなんていわれたらたまったもんじゃないよな?」といったりします。
そうそう!そーなんす!そこなんす!
わかりましたか?私の気持ち。
わかりましたか? 長男夫婦の不満。
これも彼が身をもって経験したからこそです。
妻が必死で訴えたとき彼はほおっておけと聞く耳ももたなかった。
そして妻がぶっ倒れたとき。
彼がしたのはオロオロしながら妻から離れず妻の洗濯干しを手伝い、妻の調理を手伝い、妻に大丈夫?大丈夫?と聞くことだった。
そうじゃねーだろ?
あんたがあたしの後ろであたしを手伝ってどーする?
あんたにはあんたのすべき事があるだろが!!
ていうかもう私のためじゃない。
こいつこのままおいたら息子たちにとって老害にしかならん!
心底そう思ったので爺ちゃんの力を借りてモゲラ自立プロジェクトを発動しました。
アホか!そして今さらか!!
そんなとこで膝を抱えるまえに。
とりあえず100均いってプリントが山ほどはいる"爺ちゃんお片付け用ファイル入れバック"と"ノート "を買ってこい!
ノートにやることメモったら期日の迫ってるものから種別ごとに書類やプリントを分けてクリップばさみで閉じろ!
それぞれの手続きに必要な書類やもの。
すべて届け先に事前に聞いて書き込んどけ!
約束した日付と時間もメモ!
1度聞いた電話番号は必ずノートにメモ!。再び調べなくて済む。
説明を聞いたら相手の名前を聞いて必ず書く!行ってからの話がスムーズ!
ノートを見れば常に一覧ですべき事が書いてある。
行った先でもらった書類やプリントはとりあえずその100均バックにすべていれとけ!
窓口でオタオタすんじゃねえ!
車に戻ったらすぐにプリントの整理!
いま聞いたことは今でなきゃ後ではわからなくなる!
大事なことはすぐノートに書き込む!
終了したものは済チェック!
1つ1つこうしてやっつけていくんだよ!あんたが!
とモゲラ1人でやらせた。
この人はこういう裏方の雑務や長男夫婦としての面倒な雑事からも逃げ妻に丸投げしてたからわからなかった。
長男夫婦の立場がいかに大変で損な役回りかも。
都合のいいときだけ主張する他の兄弟の身勝手さも。
それを都合の良いときだけ娘にしたり嫁いだ他家の人にする義親の理不尽さにも。
今回は長男の面倒くささを身をもって知りやがれーい!!と思ってモゲラにやらせてたら、何が何やらさっぱりわからなくなったのか拒絶反応を見せだし
俺はダメな男なんだ・・・。
きっと何もできない男なんだ・・・。
役立たずなんだ・・・と呟きながら日に日に元気がなくなった。
自慢じゃないけど私は若い頃からこういう行政の手続きをイヤってほど経験してます。
婆ちゃんの介護のとき。叔父が身障者になったとき。限度額認定を申請したとき、福祉の助成を受けたとき。
母の独居高齢者助成の手続きをしたとき。
絶望で途方にくれる闇に投げられてもなにくそ!と這い上がり針の先のようなわずかな光を見つけてそこから広げて道をつくる。
1本の問い合わせ電話。
わからなければ食い下がり聞く姿勢。
恥も外聞もなく必死になるしかない状況。
それらから得られた知識は、その後も私の助けとなり闇のなかでも諦めない姿勢は私の基本の姿勢になりました。
モゲラのような他力本願男には、こういう経験をさせ自分がやるしかないんだとわからせるのが大事。
私が亡きあとこのままの父親を残したら息子たちが苦労します。
葬儀が終わり落ち着いても家族が亡くなれば役所の手続きや年金停止の届け出と遺族は多くの手続きにいかねばなりません。
それらは姑と息子のモゲラでなければできない手続きばかりです。
なのに面倒がる姑は都合の悪いときだけ痛くなる神経痛を理由に行くのを渋り、それを叱れないモゲラは委任状をもらいに行き謄本や抄本など必要な書類を揃えて手続きにいかねばなりませんでした。
そんなもの適当に記入しておきゃ何とかなるだろ?
勝手な判断で安易に考えてたモゲラは四角四面のお役所からダメ出しをくらい、何度も何度も書き直しては出向きなおしていました。
それも爺ちゃんがモゲラに与えてくれた経験です。
爺ちゃんにしてあげたいことは生前中にできたし私は倒れたのを教訓に無理はしないと肝にめいじていたので、どんな葬儀だろうがどんな不手際があろうが知ったこっちゃない。喪主はモゲラだ。好きにしろとどこかで開き直ってました。
だからある程度は予想はしてましたが、まさかここまで動けない男だとは思ってませんでした。
代わりに息子たちは常に私の側にいて状況を見て判断しつつ用意するものや段取りの手伝いをテキパキとしてくれました。
この子達とセレモニー担当者がいなかったらこんな頼りない喪主と混乱させ手間を増やすだけの姑や小姑一家に囲まれ私はまた倒れてたと思います。
ところがこの喪主が予想以上に他力本願で何もできず現場は混乱するばかり。
あげくにいっぱいいっぱいになった喪主が葬儀のあと「なんで俺ばっか大変なの!おまえがやれよ!」
と妻の私にいいました。
これには長男と次男そろって大激怒。
父さん。いま何ていった?
誰の葬儀だ?
誰が喪主だ?と。
父さんは母さんに先を心配しすぎる!不安に思いすぎる!だからストレスを自分でため込むんだ!とよくいってたけど、俺は今回の葬儀の流れを見てつくづく思った。
父さんは母さんに頼りすぎてた。だからいざってときに何もできない。
自分で考えろよ。自分の意見はどうなのか?こういう状況でまわりの意見に振り回されてばかりだとどうなるか?
喪主は自分なんだからどう動きどうすべきか?
母さんが先を思いすぎなら安心して指示を待てるよう父さんがしっかりやって見せてやれよ。
それを「おまえがやれよ!」だあ?
ふざけんじゃねーぞ!!と息子2人から大目玉をくらってました。
爺ちゃんが亡くなるまで私には私なりに舅を思い、わかりあってきた爺ちゃんとの絆がありました。
爺ちゃんだったらこう思う。爺ちゃんだったらこうしたいはず。
私のその思いに舅は喜んでくれていました。
それを信じて、ときには舅のためにと怒ったけど一生懸命介護もしました。
悔いはありません。
だから亡くなってからの葬儀は舅自身や舅の妻や息子や娘が望む葬儀でいいと思いました。
喪主は旦那ですし、それは息子の旦那が中心になって進めていくことですから。
優柔不断というか、すぐに人をたよる旦那は喪主になっても後手後手で、お通夜から無事に葬儀を終えるまで幾度もハラハラさせられました。
姑に意見されればそれを、小姑にいわれればそれを。親戚の人に言われればそれをと・・。
すぐ人に左右され人をあてにする彼にはコレ!という中心線がなく、結局ふりまわされて疲れ二重三重の負担がかかりました。
でも私は敢えてなにもいわず旦那に聞かれても頼られても「それはあなたが決めていくことだ」と投げ、彼にいわれたことだけをし決断や選択の場では口をださず徹底して裏方にまわりました。
葬儀はセレモニー会館でお願いしたのもあり旦那は常にその担当者さんにくっついて助けてもらっていました。
それでも喪主ですから。時々の決断は旦那がしなきゃいけない。
日常生活でなにかと私に丸投げしてきた旦那は決断も選択すらも即決できず、はたで見ている私は幾度もイライラし、この人はこれほどまでに何にも事を知らないんだ・・・。
何にも自分でできないんだ・・と愕然とさせられました。
これは妻として手を出しすぎたこれまでを深く反省する良いきっかけとなりました。
お通夜でもお葬式でも、あれだけ爺ちゃんを罵っておきながら婆ちゃんは悲劇のヒロインでした。
なんでワヒをおいてったのぉぉぉーーーと大袈裟に棺桶にすがりつき、人がいなくなると関節が痛いと何ひとつ動かず、そのくせ親族の控え室では酒をかっくらってました。
この人が派手なパフォーマンスで泣くたびに私と子供たちはドン引きし冷めました。
年齢も考えず爺ちゃんの介護から逃げるためにずっと寝てばかりいたので、マジで関節が固まり痛くなり、落ち着いた今では「爺さんが先に死んじまったから残されたワヒがこんな目に合う」と仏壇の爺ちゃんに恨み言をいってます。
知るか!
生きてりゃ生きてるで怒鳴られて死んでまでも恨み言かよ!
いい加減にしな!
爺ちゃんさえ無事に旅立たせてあげられれば私の大役は終わり。
みんなを傷つけてきたお前のことなんか知らねーよ。
爺ちゃんはこれでもう苦しまなくて済む。怒られなくて済む。
天国で食べたいものをたくさん食べて「うめーーなあー!」って喜んでてよ爺ちゃん!と思ってます。
入院時の医師の診察で舅は衰弱の状態が相当ひどいといわれました。
入院して1週間後、恐れていた静脈瘤の破裂により容態が急変し爺ちゃんは妻と子供、そして孫たちに見守られながら帰らぬ人となりました。
最後は少し苦しそうに呼吸をしていたけど痛みはこれまでもなかったのでそれは幸いでした。
それとやはり入院は不本意だったと思うので入院期間が短く済んだのはよかった。
私は勝手にそう思っています。
爺ちゃんの限られた寿命の1週間前まで家で過ごさせてあげられた。それに安堵しました。
舅が終末期まで入院できる病院に比較的早く入院できたのは、病院や施設から転院してこられる方より自宅介護の方のほうが優遇される傾向があるからだそうだ。
患者が病院や施設に入院できている家族と自宅介護している家族の負担では、自宅介護をしている家族の負担のほうが大きいととられるゆえの配慮らしい。
うちの場合は私たち家族と同居世帯のため所得が合算され費用は要介護1で月に15~16万ぐらいだと説明された。
しかし治療の種類や度合いによって変動するとのこと。
先のことも見据えれば、こういう入院施設ではやはり20万ぐらいは見積もっておいたほうがよいのではと思う。
入院が決まってからも舅がそそうをしてしまうと姑は怒鳴った。
私と旦那はその声を聞くと夜中であっても飛び起きてかけつけた。
1度はあまりに姑が責めたので「もう言わないでくれ。もうすぐ入院するんだから。たのむからいわないでくれ」と舅が泣いた。
それには旦那じゃなくて私が怒った。
自分がいわれたらどう思うか考えられないの!
おかしいんじゃないの?人として!!
と。
なにをいってもこの異常者には通じない。
この人はおかしい。
入院を決断してから実際に入院するまで1ヶ月近くの待機期間があった。
その間に私は舅の好物を毎日つくった。
ほとんど食べられなくなってしまっていたので量はほんとにわずかでしかなかった。
でもそれが舅にしてあげられることだった。
アイスクリームも「冷たくておいしい」と少しだけど食べてくれた。
ストローからも飲めなくなった水は楽のみやスプーンで飲ませてあげた。
いつもとなりにいるのだから水を欲しがった爺ちゃんに水筒から分けてこうしてスプーンや楽のみで水をあげて欲しい。
水筒もスプーンも楽のみも私が毎日用意して置いとくから。
私がいないときに水を飲ませてあげて欲しい。
姑に何回もそうたのんだ。
でも姑が水をあげてくれたことは1度もなかった。
それどころか「水をあげてくれた?」と私に聞かれるのが嫌だったからか、楽のみは行方不明になり壊すごみの袋に捨てられていた。
この人のことはもう諦めている。
体調的にもう入院しての点滴でないと無理だと思う。
けれどもしどうしても入院したくなければ残された時間は俺が会社を辞めて嫁と2人で自宅で介護をする。
親父はどうしたい?
旦那が舅にたずねた。
私たちは話し合って舅が望む介護をしようと決めた。
すると舅は「入院する」といった。
あれだけ嫌がってたのに・・。
「おまえが俺のために会社を辞めることはない。」舅は旦那にそういった。
それからもうひとつ。
「お母さんはこれから生きていく子だ。
この子を壊しちゃだめだ。
俺は入院するからいい。だからもう休め。お母さん。」
そういった。
救急で運ばれて自宅に帰ったとき、私は息子たちの顔を見て話したあと、すぐにまだふらつく体で舅の部屋へ行った。
私が倒れたと知ったら爺ちゃんが不安になる!それが心配だった。
私が顔を見せると舅は「おおおぉぉぉ!!」と声をあげて私の手を握り顔をくしゃくしゃにして泣いた。
私は「だいじょうぶだからね!どこにも行かないからね!家にいるからね!だいじょうぶだからね!」と繰り返した。
あのとき舅はこうなることを覚悟していたのかも知れない。
息子のために、そして嫁のために。
それは舅が旦那と私に見せた父親の決断だった。
けれど旦那は休暇中、やがて仕事を再開しなければなりません。
舅と一緒に病人気取りになってる姑は介護要員には含まれません。
たとえこの人が元気であっても罵倒ばかりで手をださないのだから負担の増にこそなれ軽減になどならない。
そんななか舅はさらに容態が悪くなり食べ物も口にできなくなり、やがて水も飲めなくなりました。
口からが無理ならもう点滴で栄養をとるしかできず入院でなければ無理です。
私に代わって介護をしていた旦那は、弱っていく舅と姑のわがままの板挟みと介護の負担から眠れなくなりました。
だからって私はもう2度と無理はしたくない。
意を決して今後も舅を自宅で看たいなら仕事を辞めて私と2人で介護できるようにしてくれ。
それが無理なら舅を説得し入院させてくれと旦那にいいました。
食事づくりは体の具合と相談しながらで私がすぐにやれるようになれましたが、休暇をとった旦那は長男の指示で私がしていた介護をすべて引き継ぐことになりました。
私がそうなったように、介護にたずさわるうちに旦那も買い物では親父の好きなものをと買い、こういう物をベットの脇に置いてやれば取りやすいかも・・とか。あれこれ気にするようになりました。
そして思考錯誤を繰り返し、やってみてはわからず屋の親への愚痴を吐きました。
これまで私がしてきたのとまったくおなじ道を旦那もたどってるみたいに。
私が「あのとき、ほおっておけって私にいったよね?やる私が悪いっていったよね?
けど関わってたらやらざるをえなくなるって、やってみるとわかるでしょ?」
そう言うと旦那は黙っていました。
実際に自分がやってみて初めてわかったんだと思います。
けれど医者からは大事をとり安静をといわれ、その場にいて一連の流れを見て搬送に付き合った旦那は、かなりショックを受けたようでした。
この1件で長男の有無を言わさない絶対的な指示により旦那は休暇をとり私は家で絶対安静。
そして舅の入院が検討されました。
私はあのとき薄れゆく意識のなかで子供に多大な負担を追わせてしまう病気だったら・・と不安でたまらなかった。
幸いそうではなかったけど一歩まちがえばそうなってたかもしれません。
そんなリスクを負ってまで嫁をすることになんの意味がある?
本気でそう思ったので私はもう頑張るのをやめました。
そのまえから突発性難聴だの耳鳴りだと難聴だのを繰り返していて医者からはかなりのストレスがかかっているといわれていました。
でも突然あんなになったのは初めてで吐き気とめまいに苦しみながら私はまっさきに脳梗塞や脳血栓など脳の病気を疑いました。
「私が後遺症のでる病気になったらアイツらが苦しむ!どうしよう・・・私がアイツらの人生を壊しちゃう!どうしよう・・・!」
そればかり考えていました。
幸い疲れとストレスからの一時的なもので、後のCTやMRI、心電図、すべての検査に異常はありませんでした。
家にいれば嫁の義務に追われる。
それから逃げたくて仕事に逃げる。
逃げたところで家に帰れば現実が待ってるし自分の負担が増えるばかりなのに。
旦那は無理するなとはいうけど、私の負担が軽くなるために動いてはくれない。
愚痴をいえば「お前がやるからだ」と旦那にいわれる。
だから言いたくない。
だったらたとえ日中だけでも晴れた日だけでも、仕事のある日は仕事に逃げたい。
子供たちが「無理するな!休め!」といってくれても。
家にいたって休めない。
舅が悪いときに気晴らしにもいけない。
だから仕事に逃げる。
それで気持ちが楽になれました。
でも私の体はそうではなかったようで、とうとう疲労とストレスでめまいがして立ち上がれなくなり、そのまま倒れて緊急搬送されてしまいました。
それまではトイレに用足しに行けていた舅でしたが、食べる量が減っていくのと平行して体力もなくなり歩行もさらに不安定になっていきました。
それでも頑なにポータブルを使いたがらず時には間に合わず汚すことも。
そうなると姑が不満たらたらで大声で愚痴をいう。
私はそれぐらいせめて姑がやればいいと極力手を出さないよう気をつけていましたが、家にいて舅たちの部屋からとつぜん大声がすれば何事かと驚いてとりあえず見には行きます。
私が行けば「お母さん!お母さん!これ手伝って!」と舅にすがるような目で懇願されます。
姑は怒って舅を罵ってるだけで手際が悪くさっぱり要領をえません。
見れば2人ともが80をこえたヨボヨボの年寄りです。無理もない・・。
それを見て私はしないわよ!なんて言えません。
聞こえてるのに、ヨボヨボの2人が大声で怒鳴りながら困ってるのを知ってるのに・・どうなってるのかも想像できてるのに・・なのに聞こえないふりは私にはできません。
旦那はほおっておけといったけど・・。
ときには息子たちも巻き込んだけど。
だけど私にはやっぱり知らんぷりができませんでした。
食事は好物だけを喜んで食べていましたが、そのうちそれすら日に日に食べる量が減り、キッチンにくる事はなくなりほとんどベッドで過ごし日々の食事は部屋のベッドで座っての食事になりました。
いっぽう姑は畑に収穫に行けるほど元気なのに「今日は体がだるい。今日は背中が痛い。きょうは、きょうは、」と家では何かと体の不調をうったえ舅のベットのとなりに布団を敷き寝て舅と共にテレビを見てるだけ。
そんな姑が舅の食事をつくってくれるわけもなく、食事は私がつくり毎回ふたりの分を部屋まで運んでいました。
足腰もさらに弱くなり自宅入浴が難しくなったため舅を説得し入浴サービスの利用もはじめました。
初めは他人に体をいじられることや裸を見られるのにすごく抵抗があった舅でしたが、回数をおうごとに自宅で無理して入るより楽チンなのと費用も思っていたより安い。
1回が1400円程度で済み入浴介護の皆さんが手際よく明るく接して下さるのもあり、やがて舅のほうが月に2回を3回に増やして欲しいと言うほど気に入りました。
お久しぶりの更新ですm(__)m
忙しさのため2月の初めから更新がとまっておりました。m(__)m
その間の出来事を記します。
2月の初旬に食欲がさらに落ちた舅。
それ以降は以前にも増して食事のわがままをいうようになり、大好物の限られた2品しか口にしなくなりました。
何をつくっても味つけを工夫しても好物以外は口をつけようとすらせず痩せていく。
その姿に私たち家族は応診医やケアマネと話し合い、舅が好きなものだけ、食べたがるその2品の大好物だけでもたべさせようと決めました。
偏食が体に悪くても食べずに体力が無くなるよりはいい。
それで検査の数値を悪化させてもどのみち完治はもうできない末期。
ならばたとえひとときでも美味しいと舅が笑って食べられるならそれでいい。
それが家族で決めた答えでした。
わかったよ。じゃあみんなで頑張ってやっていこうね。
そういうと爺ちゃんは泣いてました。
このまえ好き嫌いいってると入院だぞ!と私に脅されて入院させられると思ってたのかなあ。
あれはちがう意味なんだけど。
まああれから好き嫌い言わずに努力してるのでそこは「頑張ってるね~」と誉めたら喜んでました。
そんなこんなでなんとかもうしばらく、色々あるけど前向きに頑張ってみます。
出荷時でなかなか更新できませんが皆様もお体に気をつけて(^-^)
爺ちゃんは「この年になって色んな検査をされるより俺は家にいたい。みんなといたい。1日でも多く家で過ごしていたい。でも母さんに世話をかける。だからごめんね。わがままだけど俺はそうしたい。ごめんね。ごめんね。」と息が続かないなか苦しそうにいいました。
この人にはさんざん調子いいこと言われて苦しめられて騙されて、二枚舌でほんっとに調子のいいジジイだぜ!と何度も思ってきたけど。
だけどそれでもハアハアいいながらでもトイレに行くこの人の必死な家にいたい思いを、私は叶えてあげたいです。
緊急事態になれば入院しか術はないけど、今はまだそこまでじゃない。
婆ちゃんはズルいけど、それでも爺ちゃんがそれも承知で耐えてるなら可能な限り望みは叶えてあげたいと思います。
体力が落ちた爺ちゃんは、このまえ旦那と2人で往診医のところにレントゲンをとりに連れていきました。
往診医の病院ではCTやMRIなどの内臓の詳しい検査まではできないため、癌の状態を知りたければ入院した大きな病院での検査も検討しますか?と聞かれました。
でも爺ちゃんは検査をしたくないそうです。
私は本当の病名を知らない爺ちゃんに「大きな病院での検査をしないということは薬が予想でしか出せないから爺ちゃんの痛みや辛さが変わらないかも知れない。
検査が嫌なのはわかったけど、そうなると痛みの辛さを我慢しなきゃならないけどそれでも爺ちゃんは検査に行きたくない?」と聞きました。
やるのが嫌なの?だからそうして責めるの?と言えば「そうじゃない。だって病気になったのはホントのことじゃん!」と反論する。
「なんでこんなに動けないのかと思って」と話をすり替える。
この、のらりくらりと逃げて楽しよう態度になんだこの人間は??と不思議でたまりません。
連れ添った旦那が末期の癌で息も絶え絶えに水筒洗ってる横ですまして飯くってられる神経ってどんなです?
私にはどう考えてもまったくわかりません。
このまえは「いま婆ちゃんが爺ちゃんにしてること。それ私もそうするもんだと見てるから。
私もそのまま婆ちゃんの時にもするから。」
そういってやったら黙ってました。
こいつ最低です!
もしその手は通用しないぞとそれでも「婆さん、これやって」「水筒洗えよ」といえばやるでしょう。
逃げる気でいてもやれと言われればやるしかない。
けれど姑にしたらもともとやりたくないのを言われてやらされる羽目になるわけですから怒れて怒れて仕方ない。
けれどこれは確かに妻の自分の役目でもあり、やるのが嫌とはさすがに言えない。けど怒れる。
だからやるのが嫌とは言わず別件で舅に対し病気になったことをチクチク責め、何もできなくなったことをチクチク責め。あげくに生きてる意味がない。どうしようもない。死ぬしかない。
と口にしだすわけです。
なんとも汚くズルく底意地の悪いこの手口。救いようがありません。
姑は私に叱られて「はい。」と素直に答えました。
私のいってることが間違いではないことは姑も充分わかってます。だから言われても反論しませんしできません。
舅も「ありがとね。お母さん」と私に言いました。
でもうちの姑がずるいのは、私にこう叱られて「はい。」と答えても次に舅と2人になったとき決してやろうとしないところ。
やれと叱られたので舅に「私はやるの嫌だから。あんたがやりなよ」とは言いません。でもただただ知らん顔してやろうとしないのです。
舅が座って待っててもいつまでたってもやろうとしない。
誰が見てもやるタイミングは今でしょ??このまえ嫁に怒られたのこの事でしょ?あんたがやるのここでしょ?あんたあの時やっていったよね?ってのが明らかすぎる場なのにやらない。
まるで叱られた事などなかったかのように知らんぷりしてやらずにいられる。
これがうちの姑です。
100人いたら100人がこの人やる気ないんだなと思うでしょう。
だからやってくれと頼む気すら失せて諦めて舅が動く。
こういう構図です。
先日の朝も、私が畑から忘れ物をとりに帰ると体力が落ちた舅がヨロヨロしながら水筒を洗って用意していました。
姑はやはり座ってご飯を食べていて、私はそのまま忘れ物だけ持って畑に戻ろうとしたのですが・・。
ふらつきながら不自由な動きで水筒を洗う舅の姿が危なっかしく、あまりに哀れで見かねて私がやるからと手をだしました。
呼吸も少しずつ苦しくなってるので舅の声はもう弱々しくたどたどしい。
そんな声で「ありがとうね・・ごめんね・・仕事なのに・・ごめんね・・」という舅の姿にたまらなくなって。
そこで呑気に飯を食らってる姑に
「ねえ!やりなよ!婆ちゃん!私がいないときぐらいやってあげてよ!!」と怒ってしまいました。
舅はその私に「いいから・・運動だから・・俺が・・俺が・・・」と苦しそうに言いました。
私は「いいじゃない!よくない!!やらせなきゃダメなの!!奥さんでしょ!!!!やらせなきゃダメなの!!
もう爺ちゃんはやっちゃダメ!!これからは婆ちゃんがやりな!いいね?」と叱りました。
口の乾きからくる苦さを緩和するため舅は常に氷水を口にします。
部屋にいっても飲めるように食事を終えたあと私は水筒に氷水と処方された栄養補助ドリンクを容器にいれて用意します。
でも私が不在のとき、舅はご飯をつけるのも汁をつけるのも容器を洗浄し氷水とドリンクを用意するのもすべて自分でしています。
姑はそこにいても自分の食事を食べてるだけでいっさい動きません。
よく平気で知らん顔で食べてられるもんだ・・。
私は常々そう思っていました。
けれどご存じのとおりこの2人に必要以上に関われば私に負担がくる。
姑がしないからといって仕事にいく私がそれを補ってたら仕事にならない。
けっきょく姑に怒れない舅である限り何も変えられない。
そこで私がだした結論が必要以上に立ち入らない。その姿勢でした。
そこまで体力が落ちた舅にとって食事どきにキッチンにやってくるのは負担だろうし部屋のポータブルを使って用足しせず、わざわざ遠いトイレまでいくのも負担だろうと思います。
それでも舅がそれを頑張るのは、それができなくなったら姑の仕事を増やし、そのぶんだけ責められるから。
できるならそれらの細々したぜんぶを嫁の私にたのみたいけれど、それではさすがに私が可哀想だと考えるからだと思います。
それに何より家族の負担が増えれば入院という選択をされないとも限らない。
舅にとってそれはもっとも避けたいことだからでしょう。
久しぶりの更新です。
更新がないのは平和な証拠。おかげさまでなんとかうまくやってますm(__)m
舅はずいぶん体力も落ちてきて食事にくるのとトイレ以外はほとんどベッドで寝ています。
よろけて転んでしまうと自分の力では起き上がれず、先日も敷居につまずいて土下座のような格好のまま起き上がれなくなっていました。
幸い怪我もなく事なきを得ましたが食欲もさらに落ちて多くの薬を服用せねばならないため薬による体への負担もでています。
「あんただってその場になればそうじゃんよ。自分もできないくせに人にばかり勝手なこと言わないでよね。」と旦那を一喝し、私も次からは私も旦那を見習うことに決めた。
ズルい男だと呆れたが、だからって私がバカ正直に舅の部屋に同席して姑の歴史話を聞くのはやなこった。
旦那には今後は休みをとるなら毎月この訪問日に合わせてとってくれと伝え、看護師さんには申し訳ないが私は逃げる。
「やだよ。また婆さんの余計な話ばかり聞かされるから」という。
あれあれ~?そこはほおっておけばいいんじゃな~い?
気にしなきゃいいんじゃな~い?
聞く耳もたずにスルーでいいんじゃな~い?
お父さんのお得意のやつ。いつも私に言ってるじゃん。だからのお手本。見せてよね(笑)
そう言い返したら
「それは・・・おまえ・・そりゃあ、あの。アレだ。」と言葉につまる旦那。
なんで~?いいじゃん。言ってもほっとけば。できるんでしょ?だから私に言うんでしょ~?
そういうと「やだ。めんどくさい。」と旦那。
けっきょく旦那もキッチンにいる私のそばでずっと座ってるだけなので看護師さんが「すみませーん」とキッチンに来てくれて旦那がそそくさとバケツを用意した。
そのあともまた持ってくだけで放置してキッチンにいて再び看護師さんが「すみませーん」と呼んでくれて旦那がバケツを片付けた。
訪問看護、ケアマネと打ち合わせのその日、旦那は休みで家にいました。
看護ケアでは足の沐浴をしてもらうので家族はバケツのはいったお湯を用意したり沐浴後にそのバケツを片付けてあげないといけません。
バケツは大きめでお湯をたくさんいれるので姑に運ばせるのは大変。
なのでこのバケツの準備と片付けは私がやっていましたが、この日は旦那にそれをたのみました。
「いつバケツ用意すんの?」と聞く旦那に検温や血圧などひととおりの検診をしてから最近の調子を聞いてそれからケアが始まるからそのとき。
そう答えると「じゃあいつかわかんないじゃん」というので
それなら舅たちの部屋に行ってればいいじゃん。それで沐浴となったら用意してあげれば?すぐだから。
と言うと。
ただ温まるだけで体も洗わないのですから血行も悪い。
体のそこらが痒くなり節々が痛くなる。
ケアマネに話したところで説得してくれてもこの人は外面よく断る。
私たちがいったって聞きはしない。
だから私は私にかかってこない限り好きにしろと思って好きにさせてます。
これまでお風呂は旦那が入れてたのですが毎回きちんと洗われるのが嫌なのか、舅が「お婆さんにたのんでお婆さんと入る」と言ってきかないので途中からそうさせてます。
おそらく体もちゃんと洗っていないでしょうし髪などもちろん洗わない。
姑がこまめに洗ってやるはずもない。
体も洗わずただ湯につかって温まるだけの入浴です。
元気なうちから舅の入浴の認識はずっとこうでしたから旦那にあれこれ洗われるのが時間がかかって面倒になったんでしょう。
歩けて風呂に行けるうちだし、そこまで頑なに拒むなら好きにさせとけ。旦那と話してそう決めました。
ですから舅の入ったお湯は毎回入れ替えてから家族がはいります。
寒いのと面倒なのとで自宅での入浴間隔が長くなった舅ですが、ケアマネさんや看護師さんが入浴サービスをすすめてくださっても拒んでます。
「他人に任せるより家族で」と舅がいってるからです。
それは負担を強いられる家族が決めることで舅だけの要望で決めることじゃないのでは?と私は思ってますが。
それに関しては今のところ舅本人に他の理由がありまして。
計画を決行しました。
要介護認定が1と決定しケアマネさんから連絡があったので「事務的な手続きや話し合いは事前に別室で行ってほしい」と前もって伝えておきました。
訪問されたらケアマネと看護師さん、そして旦那と私の4人で先に事務手続きを済ませたのちに舅の部屋にお二人を案内し「用事があればいってくださいね」と声をかけておいて私は部屋にいかずキッチンで夕食の下準備をしてました。
珍しく今回ケアマネさんは舅の部屋に少しいただけですぐに帰られましたし看護師さんは舅のケアがメインなので私がいなくても事はすみます。
予定どおりしっかりケアしてくださり帰っていかれました。
計画成功です(^-^)
とりあえずこの問題は事前にケアマネから都合をたずねる電話があったときに「申し訳ないですが書類や捺印や打ち合わせなど私がいないと不都合なことは舅の部屋に行く前に応接間で話してもらえますか?」とお願いしてみることにした。
そこでケアマネと私で肝心な用件を先に済ませ「じゃ私は仕事がありますので失礼してかまいませんか?」とケアマネに確認したのち「ではよろしく」と舅の部屋に案内だけして逃亡しよう。
この作戦でいく事にした。
あとはケアマネさんにおまかせして婆ちゃんショーを堪能してもらおう。
彼女も既に感じてると思う。
この婆さん。来るたび来るたび同じこといってるわ・・・。
話がちっとも終わらねーわ・・。
ていうかエンドレスでリピートしてるわ・・(;´д`)
2、3度ひとり逃げ場のない状況で彼らに付き合わされればトラウマになり用件のみで帰らないとえらいことになると学んでくれるだろう。
彼女の成長に期待だ✌️
もちろん姑の言葉があまりにくどければ「実家には畑が落ち着いたら行くから大丈夫よ(^-^)」
外面で嘆く舅には「でも爺ちゃんが食べられるのはすごく濃い味をつけた肉や魚だけでしょう?そればかりだと体に良くないから頑張ろうよ」と。
ケアマネのまえで弁解はした。
けどそうすればまた年寄りは同じ話を繰り返しまるで遠回しの嫌み合戦に彼女を巻き込んでるだけのような状況になる。
義親達を見て頷き私を見て頷き。ケアマネの首が振りたくられるのを見て、こんな状況もみっともねーやと私は1ぬけした。
ケアマネさんは私の状況も気持ちもある程度は察してくださってるが、そこまで深くは知らない。
だからって「愚痴もいってくださっていいんですよ?」と2人きりのときいわれてもそんな事いちいち話したくもない。
ていうかもう今度から「私がする事なんですかあ?」とケアマネが来てすぐきいて「なければ仕事に戻りますんで」じゃダメなのかしらん?
あ~あ。めんどくせえ( ´△`)
話を進めようと「で、書類など書くのあります?」「印鑑はいります?」と話を本筋に戻し終わらそうとするのだが、これまたケアマネが話し好きなのもありまた話が本題からそれる。
もういいや。と「用事があればいってくださいね。」と洗濯物をとりこむ。
キッチンの食器を片付け夕飯の準備を始めた。
すると姑がきて「なんかレンタルベットの話だってワヒがきいてもわかんない」と呼びにくる。
いよいよ本題に戻ったかと舅の部屋に行き本題を話してるとまたそれてどうでもいい話が始まる・・。
また?( ´△`)と私が部屋をでて片付けをする。姑が「今度は費用の話だって」とまた呼びにくる。
この繰り返し。
うちの内情など知らないんだからケアマネが悪いんじゃないとわかってる。
充分わかってるけど。でもあのね。
けっきょく捺印もまだいらない。
「すべては申請結果がでてからの話ですね(^-^)」ケアマネ本人もそういっちゃってんじゃん。
じゃあそれからで良かったじゃん。
せめて来るなら要点はまとめて話してくれません?
こちとら暇じゃないんです。仕事途中で抜けてきてんです。
あなたがきいてる姑の話。こっちは耳にたこどころか石化しそうなほど聞かされてる話しです。蕁麻疹でるレベルです。
爺ちゃんのお話相手になってくれるのはありがとう。
お仕事だからお疲れ様です。ありがとう。
でも各々の訪問家庭にも事情ってもんがあるんすよ。
電話ですむのにこうして事あるごとに度々こられても、それはそれで面倒なんです。
ケアマネは女性じゃなくて男性がいい( ´△`)
余分な話をしねーから。
そう思った訪問です。
さいきん話をスルーする嫁に不満だったのと何も知らない他人が揃ったこの状況は姑の大好物。
いやな状況だぜとは予想してたが案の定。
嫁は何でも食べろというけどお爺さんは口が苦くてそうもいかないのよ~。
私に作れというけどこんなお婆さんじゃ何もできないのよ~。
それにこの子は実家にも行かないのよ~。そりゃまだ実家のお婆さん死んでないけど。
おそらく私に面と向かって言えない愚図や不満や嫌みを私に聞かせるために直球ではなくかすめてかすめて投げてくる。
ああ昔こんな状況あったなあ~。
外面のいい舅は舅で「お母さんに悪いなと思ってる。作ってくれて申し訳ないと思ってる。けどこの口が・・・なあ~」と嘆きを繰り返す。
それで当日約束通りにケアマネさんが来てくれた。
先の確認をまず済ませて、あとは認定結果を待って再び要介護認定がおりればその計画通りに進めましょう。
この流れなら話はすぐに片付いたしその後の世間話になったら私がその場を離れることもできたのだが、ケアマネさんが世間話の間に思い出したように打ち合わせ内容を確認するのと例によってうちの姑のどうでもいい愚痴のため、話がいっこうに終わらない。
スレで書いてきた経緯のように私はいま姑の愚痴を一切スルーで逃げてるが、段取りの打ち合わせが済まない限り私もその場にはいなければならず。
相手してくれるケアマネさんの話し好きもあって聞いてくれる相手が揃った状況に、姑がこれ幸いと話しまくるわまくるわ・・( ´△`)
ねえ、ケアマネさん。さっさと要点だけ話してくんない?・・。
そう思いながら私はその場にいた。
ケアマネさんが確認したいのは更新後の訪問看護についてであり、これまでと同じで良いか、それとも訪問頻度を増やしたいか、サービスを追加したいか等の私たちの意向。
それを確認したいだけなら話はすぐすむし、なんなら電話での確認だけで済むのでは?
まだ更新後の認定結果も届いてないし届いてからでは遅いの?
そんな疑問も浮かんだが、そこは本人の状態を見てのほうが良いからなのか・・。
来訪しての打ち合わせでないとまずいのか・・・。
とにかく事前にケアマネさんから電話連絡をいただいたのでその日のその時間を空けておいた。
年度が変わり舅の介護認定の申請を更新申請した。
認定調査員の方との面談は既に済ませてあり、あとは認定結果を待つだけの状態になっている。
おそらく近日中には更新後の認定結果が送付されるだろうとのことで、まだ今期の認定結果は出てないが更新後の訪問看護計画の打ち合わせに先日ケアマネさんが来てくれた。
「そんなこと」と「ないわよ」の間はなに?
更にいうなら「ないわよ」で目をそらすのはなぜ?と母につっこむ。
そして拗ねた。
「やだ。俺はぜったい呼ばん!」
ほれ見ろ。次男が余計なこと言うからだ!
「おまえのせいだぞ!ばかたれ!」と母は次男を責める。
そしたら次男が「いや。でも俺もそろそろお兄ちゃんって呼ぶのやめて変えようと思ってるから2人で変えようよ。ならお兄ちゃん1人じゃないからいいじゃん?」
ともちかけた。
「ま。まあ・・それならまあ・・」と弟に丸めこまれだす兄。
でもそのあと弟が
「そういえばいまアイツもお兄ちゃんのこと。お兄ちゃんって呼んでるじゃん?
それもお兄さんに変えるようにいっとくよ」
といったとき。
兄がそれまでとは明らかにちがう勢いで
「いや。あの子にはお兄ちゃんのままで呼ばせとこう!」といったので次男とひいた。
吹くな。それは吹く。
いつ言うか?いまか?ほれ言うぞ。言ったぞぉぉー!で吹きそうだ。
吹きそうだけども。吹きそうだけどそれは言っちゃいけないぞ次男。
母さんも途中から思ってました。
でも口に出しちゃあいけない。
口にしちゃったらさらに吹く。
とっさに「そんなこと・・・ないわよ。そんなこと・・・思ってないわよ」と母は答えた。
兄は察した。
さて。ところでうちの長男の場合。
悩んでる相手は弟の彼女なわけで。
2人は結婚を視野にいれつき合ってるわけだから長男とも一生の付き合いになる可能性大。
それを踏まえての長男の悩みなわけだ。
「いいじゃん呼び捨てで」
自分も友達の彼女の名前を呼べないくせに自分の彼女だと余裕こいて無責任な発言をする弟に
「無理。ぜったい無理。ていうかおまえ俺にトラップしかけたいの?」と兄こばむ。
すると弟が「じゃあ"奥さん"とか?」
兄。「まておまえ。義理の妹に奥さん!奥さん!って?俺それAV男優じゃん?変態じゃん?もっと無理じゃん?」
「だからいいじゃんよ!名前にちゃん付けでいいじゃんよ!」
じれったくなって母がいう。
「だよな。だよな。でもまだ今じゃねえ。そのうちがんばる!」と前向きになる兄。
そこへ弟。せっかく前向きになった兄に
「ていうかさ、いまお兄ちゃんからそんなのきいちゃったじゃん?
いつかお兄ちゃんがアイツをちゃん付けで呼ぶ瞬間がくるじゃん?
それ聞いたとき俺と母さん・・・ちょっと・・・。」とニヤける。
また自分が彼女を連れて友人に会ってるときもその友人のモヤモヤが手に取るようにわかってしまうので "申し訳ないな~"と心のなかで思ってるらしい。
決してその彼女のことが嫌いなわけではないのに、ただいつ名前で呼ぼうか?それは今か?まだ先か?と考えてるうちにどうしていいのかわからなくなり、いつのまにか越えねばならない壁になってしまう。だから会話そのものを避けてしまうのだという。
私がまだ若い頃、つき合ってる彼の友人に会ったとき、このひと無口なのか?それとも私がいちゃまずかった?と感じてしまうほどへんによそよそしい彼の友人達がいた。
でも仲良くなって話してみるととてもいい人で気さくで初めの印象と全然ちがってたなんて経験がある。
あれもコレのせいだったのか・・・?
男性がもともと繊細なのか深く考えすぎるのか相手が女性だから構えるのかはわからないが、とにかくこの一線をこえるのに息子たちや息子の同年代の友人たちは妙に構えてしまうらしい。
だから息子や友人たちは、極力知り合いの彼女に直接たずねる場面そのものをつくらないように気をつけているのだそうだ。
彼女自身が先に話題をふり「私、こうなのよ」と発した言葉に「だよね?」や「うん俺もそう!」という相づちなら問題ない。
けれど例えばジュースのむ?と聞きたいとき「おまえは?」「おまえは?」・・そしてこの女はどーすんだ・・?となるからそういう話は初めから避けてふらないのだという。
これが長男だけなら「おまえが気にしすぎ!」ですむのだが次男もこれに深く共感した。
さらには長男の友人、次男の友人たち全員が「そうそう!それそれ!俺もずっとさあ~」と深く共感したのだ。
え?そうなの??
なにそれ?普通に呼べばいいのに。
と私は思うのだけど。
そんな事いわれても私たち女性にはピンとこず、付き合ってる彼の友人でも旦那の友達でも初対面から「○○さん」だったり「○○くん」だったりと自然に呼べる私たちは「そんなの○○ちゃんでいいじゃん?」と考える。
しかし男子にはこれが抵抗あるのだという。
その彼女が昔からの知り合いなら当時の呼び名でそのまま呼べる。
しかし友人を通じて彼女として会ったのが初対面だったとき。
彼氏である友人が「○○~」と彼女を呼び捨てなら?
だからって彼氏でもない自分が呼び捨てはもちろん無理。
ムカつく奴となって撃沈。
じゃあ○○ちゃん。
これが男子にはちゃん付けで呼ぶ習慣があまりないからか抵抗があるのだという。
相手には失礼ではないとわかってる。
そうではなくて呼ぶ自分自身に抵抗があるのだそうだ。
「言われて初めて気づいた話」
おはようございます。
出動前の一息。コーヒーのみながらの更新です(^-^)
実はいま長男がある悩みを抱えている。
それは『弟の彼女をどう呼べばいいいのか。』
これは息子たちに聞いて初めてそうなのか・・・とちょっと驚いた話なのだが。
友人や身内の彼女を紹介された初めのうち。
これはその彼女に何かをたずねるときも「彼女は?」だったり「彼女さんは?」ですむ。
しかしそのうちその子との関わりが増えていくと、いい加減「彼女は?」では不自然になってくる。
そんなときどう呼べばいいのか?
それに悩んでいる。
女優さんで好きなのは満島ひかりさん。
専科のCMにもでてる。
大竹しのぶさん以来の注目してる女優さん。
日常の会話での自然体な演技。内に秘めたる感情を目だけで表し女の真の強さを見せつける彼女の演技が素晴らしい。
俳優さんでも女優さんでも何気ない日常の会話シーンでは「あ、こんな人いるよな」と日ごろ目にするどこにでもいる人を自然体で演じきり、ひとたび感情を表にだす場面では息をのむほどの迫力をみせる。
そんな演技のできるこの人たちが私は好き。
これはこの人たちの生まれもった才能で、なるべくして演者になったプロだな~と。
演じることを仕事にできるプロで、それで対価を得る価値のある演者。
「この人のこの演技って面白いよね?」
「この役はこの人にやらせたら面白そう。」
「かっこいい」「可愛い!美人!」
そういう基準での女優さんや俳優さんもたくさんいるけど、そうではなくて作品に関わらずその人が演じるだけで観るものを魅了し引き込めるほどの演者。
そんな彼らのような演者はなかなかいないように思う。
このまえは山田孝之の「手紙」という作品を観た。
彼は狂気を秘めた演技と存在感のある演技力が素晴らしいと思ってる俳優さん。
ほんの何秒かのCMですらあそこまでドラマ感をだせるのは彼だからだろうなと思わずにはいられない。
役所さん、柳楽くんと共に大好きな俳優さんだ。
その「手紙」という作品でもただ無言で歩いてるだけでも主人公の感情が見てとれる彼の演技に引き込まれた。
先日まで放送されてた「今日から俺は!」のドラマでソープの店員になった山田孝之の演技をみたとき、たった数分のシーンしか登場してないのにそのなかに凝縮された彼の存在感におったまげた。
すげーなあの人。
おはようございます。
雨で作業が急になくなったときは某有名通販サイトのビデオや映画を観る。
これは作業の備品など注文するのによく利用する通販で会員になってると無料で対象の映画やドラマも見放題になるというもの。
作業着や備品はもちろんだけど、こういうのないかな?と思った時に探せば必ずあるこの巨大通販サイトは我が家にとって大助かり。ついでに映画もみられてとても気に入ってる。
対象の映画をピックアップしといて時間が空いたときにそれを観るのが最近の私のひそかな楽しみになってる。
そもそも婆ちゃんが肝心なことだけを言わずくだらない余計な遠回しの嫌みを言うからいけない。
飯つくってもらってケチつける爺ちゃんに腹立つんだから「じゃあ作らねえ!自分で作れ!」とそこだけを叱ればいい。
なのに「なんでこの人の口はこうなんだろうねぇ~(笑)」とか「テレビもつけっぱなしで寝ちゃってんだよぉ~(笑)」とか。
どーでもいいことをからかってくだらん嫌みを言うから爺ちゃんが無駄に反応して不毛なケンカになる。
でもそれを叱れと指摘すると「夫婦をやって60年だからね~。それは仕方ないよ~(笑)」と菩薩のような顔をしていい人ぶる。
じゃあ死ね!なんて言わなくて良くね?
そこは許せるのにじゃあ何にイラついてわざわざ人を巻き込んで日々くどくど嫌みいう必要があんの?
この人の許せるラインと許せないスイッチ。
わかんね~。
この例えは旦那に解りやすかったのか「なるほど」と頷いていた。
それでもこいつが看板も立ててくれるかくれないかはわからない。
でもとりあえず看板を立ててくれるまで私は現場を放棄して回避する。
息子たちに1番風呂の件を話したら大賛成だといわれた。
「俺たちは母さんが巻き込まれて逃げられないのが心配なだけでだからムカつくだけだ。
俺たち自身はあの人たちのことはとっくに諦めてる。
だからそれでいい。現に母さんがいない夜はさっさと飯食って部屋にいくし大人しいもんだぞ(笑)といっていた」
よし。これ決行。あとは監督の旦那が動け。
旦那は「お、おう・・・」とひるんだが私は決めた。
ついでに「あんたのいってることは、例えば侵入禁止場所に入ろうとする人がいて、監督が人が侵入するかも知れないから危ないものをどけておけと現場の人間にいうのと同じ。
それは大事だけどまず先にしなきゃいけないのは、ここが侵入禁止場所だと相手に教える看板だ。その看板を監督が立てといてくれての現場の対策なんじゃねーの?
あんたは対策ばかりを現場の私にいう。
看板を立てることもせずにね。
看板もなしで対策ばかりじゃ無理がくるでしょ?
私も対策するからあんたも看板を立ててよ。
それ大事なことじゃない?」
そのあと部屋に帰ったら旦那が
「ほっときゃいいのにお前もまたリアクションするから・・」というので。
「うむ。確かに言ってもわからん2人だ。
こうして叱り倒してもまた同じ事を繰り返す。だから私は考えた。
私がそこにいなけりゃいい。
これから私は飯をさっさと食い先に1番風呂に入る。
爺ちゃん婆ちゃんは私がそこにいるから私に言いたい。
だが私が早々にいなくなりゃ聞いてくれる相手がいない。リアクションする相手もいない。
そしたら2人はすごすご部屋に行くしかない。
だって私がいないのに言っててもリアクションのない旦那やヘタこくと私など比ではない孫の雷に恐れおののくことになるから。
それを彼らはわかっててだから孫がいなくなるのを待ってから私にいってくる。
つまり私がいない限りあの愚痴&ケンカは成り立たない。
よって私は明日からアレが始まる前に1番風呂に逃げる。あとはあんたが相手せい!」
と答えた。
爺ちゃんには
爺ちゃんもいい加減にしなよ!病気だから愚痴だからってね!だから何でも通ると思ったら大まちがい!
好きなものしか食べられないならもう食べ物が食えなくなってきたってことじゃん!じゃあ点滴受けなきゃだめじゃん!じゃあ入院だ!入院でよけりゃ今すぐに連れてく。
食べ物に好き嫌いばっかいって早く酷くなってもよけりゃ毎日好きなものを食えばいい!でも悪くなったら即入院だから。私は嫌だなんて通さない!
それが嫌なら我が儘いわない!
愚図いわれて作る婆ちゃんの身にもなりな!
そうブチギレた。2人とも黙った。
一応これ2人の気持ちをフォローしつつのぶちギレなんだけどなあ。
なので婆ちゃんには
「あのね。うるさい。これまでにもう何百回も言ったけど!口が不味いのは肝臓が悪いから唾液に苦味が出るせい!口ん中が切れるほど磨いたって治りゃしねーの!
なんで口が不味いか?なんでテレビを付けっぱなして寝ちゃうか?そりゃ病気だから!病気だからしょーがないの!なんでなんでって何百回も聞くけど。それがこの病気!
何べんも何べんもそういってんじゃん!いい加減覚えなよ!それでわかんなきゃ婆ちゃんが往診の先生んとこにいって聞いといで!!」
閉店まぎわの居酒屋バイトの兄ちゃんのように喧嘩しながら食ってる2人の目の前にあるおかずを片っ端から片付けて電気を消してホタルの光を流したい。
「さーせん!お客さん!もう閉店なんで。ありやとやしたぁぁー!」と2人をキッチン店から追い出したい。
そんなことを思いながらスルーしてたけど、いつまでたっても終わらねーのでいいかげん頭にきた。
こういう時は存在を消しスルーを決め込む旦那ですが、後片付けのためそこから去れない私のために旦那はキッチンを出ていくことはしません。
これは私への旦那なりの思いやり・・ってか?
この老害2人はとにかくどっちも私に聞いてほしいのが目的。
互いの言い分をいっては言葉尻に「ねえお母さん?」「ねえお母さん?」とこっちにふってくる。
幼稚園児のケンカですか?
母さん怒りますよ!そんなに夫婦喧嘩する子はお家から出ていきなさい!
2人がそこをどいてくれなきゃ片付けもできないのに話を聞いてほしい2人の話はいつまでたっても終わらない。
おい。そこで遠くを見ながら無言でアイコスふかしてる旦那。
これ。どうスルーすんの?
朝は自分で卵かけご飯。昼は婆ちゃんに好きな団子を買いにいかせ夜は私の作ったものが大好物でなければ婆ちゃんに作らせケチをつけたおす。
毎日こんな感じでやってた2人ですがストレスもたまったんでしょう。
昨日は婆ちゃんがイラついてたのか息子たちが食事を終え部屋に行き私と旦那、爺ちゃん婆ちゃんの4人になってから婆ちゃんが「爺さんの味覚がおかしいのは口を磨かないせい!歯ブラシでゴシゴシこすればいいのにねえ~!」と繰り返ししつこく私にいってきました。
それを聞いた爺ちゃんは爺ちゃんでしつこい婆ちゃんに「俺の気持ちなんか誰にもわからん!」と癇癪を起こし「こんなんなら死んだ方がまし!」
それを受けた婆ちゃんが「なら死ね!」と。
まだ飯を食ってる私と旦那のまえで喧嘩が始まりました。
こんばんは。婆ちゃんに作らせよう計画は順調に進んでおります👍
でも相手が婆ちゃんだからか作れとメニューを指示しておいて味が濃いだの油っぽいだのと何につけボロクソにケチをつける爺ちゃん。
言いたい放題の爺ちゃんには聞いてるこちらまでムカムカしてきますが私と旦那は敢えて口をはさみませんでした。
それは婆ちゃんが爺ちゃんに怒ればいいことで、はたの私たちが口を挟んでもやぶ蛇になるだけだからです。
このまえ老人会の集まりに参加してきたうちの婆ちゃんが「脱会した若い人たち(婆さんにすれば若いんだろうけど)なに考えてんだ!ワヒたちの頃はね!」とフンガってました。
それを聞いて嫌って会に1度も参加したことない爺ちゃんが「そんなものはな!あたりまえだ!!作ってくれた人に文句ばっかり言いやがって!なら婆さんたちが自分たちで作りゃいいんだ!そんなもん!」と一喝してました。
そーだそーだ!爺ちゃんカッコいい!!
ま、おまえもだけどな(  ̄▽ ̄)
もてなしの料理は煮物やおしるこやおひたしやおはぎなどお年寄りが好きそうな和風料理がメイン。ビールもでます。
たくさんの婆さんたちにその手作り料理を振る舞い喜んでいただくという趣旨なのですが、なにせ田舎の婆さん集団。
「しるこの甘さが足りねえぜ。豆が固てえぜ。煮物が薄いぜ。いつも同じものばっかじゃねーか」と文句ばかり。あと暇だから話が長くてちっとも終わりゃしねえ。
新規入会される方は65歳。今の65といやあまだまだ現役バリバリです。
仕事もあるし孫の手も離れて楽しみたいこともいっぱい。月1でこんなわがまま婆さんになんぞ付き合って料理なんぞ作ってられるか!!となるわけです。
苦肉の策で考えた負担を減らすための仕出し弁当も「なんてこったい手抜きしやがって!ワシらの頃はね・・!」と非難されまくりでポシャる。
で、怒ったこちらの方々が老人会脱退という強行手段にでたもんだから料理つくる人がいやしねえ。
そんなこんなで作ってもらって食いたい婆さんたちだけが取り残されての老人会存続危機です。
ったりめーだ!!
おはようございます。
今こちらの田舎では老人会が閉鎖危機に陥っています。
その理由は
会長さんを引き受けてくださる方がいないから。
無駄に元気で食い意地はった年寄りが手のこった手作りのもてなしを要求するから。
婆さんたちの嫁の悪口やよそ様家庭の詮索話に殿方老人が辟易し婆さんしか参加しなくなったから。と様々です。
通常65歳になると半強制で入会させられるこの老人会ではその年に65歳になり新しく入会された方々が役員さんを引き受け、公民館の調理場でお料理をつくるお当番をやることになってます。
次男の手にあるお子さま用のかごのなかには、カメレオンキャンディだったりココアシガレットだったり。
これがなくっちゃ!これこれ!とイチオシのわたパチだったり『タラタラしてんじゃねーよ』というネーミングのつまみみたいなものだったりがたくさんはいってます。
そんなとき旦那に必ず買ってきてと頼まれるのは『あたりまえだのクラッカー。』
古いです。泣けてきます。
そういう私のイチオシはコメっこで。
これまた古ーいお菓子です。
私の記憶では(間違ってるかもだけど)たしか当時これはクッククックの青い鳥。ジュンコ・サクラダがCMしてたやつじゃね??などと懐かしみながらかごにいれてます。
それからコーヒービートと人参。
人参といっても人参じゃなくお米でつくったお菓子です。
知ってる人いるかな・・・。
この3種の神器が私のイチオシです。
早朝からポツポツふりだした雨。
きょうは作業中止になりました。ひゃっほい\(^o^)/
作業にいくときの休憩用おやつにはお菓子を持っていきます。
定期的に私の知ってるお菓子問屋へ行き、買ってきたそれぞれのおやつを楽しみに頑張る我ら百姓3人です。
長男が好きなのはピザポテト。ほぼ間食をしない長男が唯一食べるお菓子です。
次男は俺は菓子屋になりてえ。菓子に囲まれて暮らしてえというほど駄菓子が大好き。
いまは見なくなってしまった駄菓子屋さんですが、その菓子問屋にいくとばらけた昔ながらの売り方で店頭に並んでます。
荷物持ちに連れていくと次男はわくわくしながらお子さま用の小さなかごにそれを詰めてます。
幼い頃の習性でしょうか「お母さん、これ買っていい??」などといいます。
なにをいってるんでしょうか。
ちなみにコイツ、彼女に結婚を待たせてるいい大人です。
「やめろ。キモいぞ。自分が買うんだから好きにしろ。」と私がいうと次男は「わかってないなあ~。大人買いができるようになった今だからそんな会話を楽しみたいんじゃん。でもって俺もう買えるんだぜ!ってのがいいんじゃん?」と。
彼がよくわかりません。
で、昨日の爺ちゃんですが。
私のつくった夕飯をしっかり食いました。
なぜって焼き肉だったから。
これは食うぞと内心思ってました。
見てろよ。食欲ねえなんてぜったい言わねーぞ・・と。
だいじょうぶ?食べられる?
敢えてそう聞いたら「うん。食べられる」と即答しました。
食べられるわな。そりゃ。爺ちゃんの好きなものだから。
食うわな。そりゃ。大好物だから。
ところがどっこい。きのうは買い物行けたからの焼き肉です。
焼き肉ばっかり食わせてたら私が医者に怒られます。
血液検査の数値が最悪になります。
それでもいいじゃん。好きなものばっかで?
やです。だって酷くなっても爺ちゃんあんた入院しぶるもの。めんどい。
仕事の稼ぎ時で忙しいのに今はわざわざ悪くするときじゃねーもの。
なんなら爺ちゃんが言わなくたって毎日キッチンにきたとたんに私が「きょうは食欲ねえ~」と先に言えるぞ。
ちなみに今日は豆腐です。
「食欲ねえ~」の日です。ざんねん!
ほれ。さっそく婆ちゃんの出番だ。頑張れよ。
おはようございます。
ていうかね。
暗い。スレが暗い。
舅が病気になってから深刻な病気なのにふざけて書いちゃだめだろと配慮して書いてきたけど。
そういう路線で書いてるとただの深刻な愚痴スレにしかならない。
状況はマジだけど、どんな状況においても明るくいこうぜと決めました。
言葉も悪いしふざけてんのか?って文章だけど、根底には爺ちゃんへの敬意とほんのわずかな婆ちゃんへの情。そして昔と比べれば雲泥の差になった今への感謝。
そんな気持ちもありきなのをご理解いただければ幸いですm(__)m
さきほどの夕飯時に旦那がちゃんといってくれました。
息子とした約束なのでさすがに今回は逃げられないと思ったんでしょうか。
「嫌なら食べなくていい。食べたいものは婆さんにつくってもらえ。もしくは買ってきてもらえ」と。
私も姑に爺ちゃんだけの分なんだから知れてる。やるよね?と確認しました。はじめは言っても黙ってた姑でしたが私が再度念をおしたらやるといいました。
舅はお母さんに申し訳ない。
そればかりを繰り返しました。
でも直そうという行動はおこしません。
謝るだけなら口ではなんとでも言える。
大事なのは本気でなおそうという行動です。
舅のいつもの手口はもうたくさん。
これでまた同じことが繰り返されたら次は入院して療養するよう舅にいいます。
私はできない。婆ちゃんもやらない。それでこのままうちにいて甘えて頑なに食べずに衰弱するならちゃんとした機関で療養させる!
本気でそうするという姿勢を見せないと舅も姑も懲りません。
自宅介護は自宅にいれば何でも好きにできるから、何でも許されるからのものじゃない。
病院か自宅かなだけで自宅にいたって看る者と同じく看られる側にも努力は必要。
でなけりゃ素人が病人の介護などできません。
とりあえず今朝は私たちが朝食を食べるとき、まだ舅たちが起きてこなかったので薬だけ用意しておきました。
その後キッチンにいったら姑がいたので「味噌汁もあるし昨日の残りのおかずも冷蔵庫にあるから。もし爺ちゃんがそれで嫌なら婆ちゃんが気に入るものをつくって食べさせてやって」と姑に伝え私は仕事にでました。
作ったかどうかも知りません。
食べたかどうかも聞きませんし知りません。
仕事から帰ったら姑が「なんだか疲れた」と居間で寝てました。
でも知りません。こういいながら送迎には行ける姑ですから私は無駄な手をだしません。
今後も昨日のような状況になったら「婆ちゃんが作ってやれ」とその都度いい続けます。
きのう私は中立な息子達がどうみてるかを聞きたかっただけで味方してほしかったわけじゃありません。けど意に反して私以上に息子たちが不快に思ってたと知りました。
もし息子が「俺は気にならない」と旦那と同じ意見を言ったらそれは私が反省するしかないと思ってました。
でも息子の言葉を聞いて、もっと早く舅たちに部屋で食べるように、婆ちゃんにつくるように私が言うべきだったと反省しています。
不機嫌な旦那が本当に言うか言わないかは知らないし、言ってくれたところで姑がなおるとも思ってません。
でも姑がやめない限り私は本人と旦那に訴え続けようと思います。
だけどそれをすれば何十回言ってもやめない姑の愚図が始まる。
それは会わないようにするしか防げない。
だからの食事別を提案しました。
するとそれはやめてくれと旦那はいう。
「じゃああんたがその状況を何とかしろよ!」となるわけです。
それを旦那は気にする私が悪いと親には言わず逃げる。
こうして話はいつも堂々巡りでした。
確かに言っても無駄かもしれない。
でも息子の旦那が繰り返し言うことで。
「じゃあそんな態度なら自宅介護なんかできねーぞ!」とぶちギレて見せることで。そんな親でも変化をもたらすかも知れない。
そう期待するのはおかしいですか?
少なくとも言ったって無駄で何もしないよりはずっといい。
私はそう思うのですが。
息子にはもう言わなくても「息子たちに聞いてみる」というだけで旦那は逃げられないと悟り動くしかないと諦めるでしょうし私もこんなことを息子にいちいち言いたくないです。だからこれまで自分1人でも舅や姑にいってきました。
でも元気ならともかく病の舅に対してこれは放置でいいのか?これはダメなのか?その基準は難しいです。
何度叱っても私をあてにして同じ愚痴を繰り返し病人の舅に便乗する姑。
この姑だけを放置できるならそれは簡単ですし私が姑にやれと言ったことで姑から舅への虐待に繋がろうと「婆ちゃんやりなよ」と姑を叱り姑がやろうがやらまいが放置しておく。それもできます。
きのうは俺がいうと言った旦那ですが、私と2人になると仏頂面で機嫌が悪いです。
私が息子にこの話をしたからでしょう。
息子たちには通らない。ほおっておけなんてその場しのぎの言葉だと旦那自身もわかってるくせに私に言われるとそれで逃げてた旦那です。
だから不機嫌だろうが知ったこっちゃない。逃げてたあんたの自業自得。
これからだって何度でもこうして追い込むぞ!
そう思ってます。
そしたら長男が
「今回のことは父さんがわからなきゃいけない。
でも母さんも悪い!もう爺ちゃんのために好きなものなんか頼まれない限り買って来なくていい。
中途半端に甘やかすな!言っても聞かないなら手を出すな!
薬をもらいに行くのと飯さえつくればあとは何にもしなくていい。
それを弱ってる爺ちゃんを見てすぐ中途半端に優しくする母さんも悪い!」
そういって怒った。
旦那と私、2人揃って息子に説教された。
だけど息子の言葉は的を得ていて見事に旦那と私の普段を見抜いていた。
旦那は息子達の意見と私のぶちギレで「俺が話す。ちゃんと話す」と息子と約束した。
旦那が言わなければ私がいう。
私と旦那をよーく知っててどちらの悪いところも見抜いていてしっかり意見してくれた息子たちに感謝しました。
ありがとう。息子たち・・。
旦那には返す言葉がない。
「父さんが言わなくても俺はいう。
いいな?」
そして最後に長男がそういったとき旦那が「いいよ。べつに」そういった。
それを聞いたとき今度は私が旦那にぶちギレた。
「あんたね!なんで息子にそんな役目をさせるのよ!あんた父親でしょ?あんたの親のことでしょ?
もういい!息子に言わせるくらいなら私がいう。
次に爺ちゃんが来ていつものため息を始めたら食べたくないなら部屋に行けと私がいう。
くどくほじる婆ちゃんには、ほっとけばいいし聞きたくないから言うな!と怒る。
でももうそんなやり取りすらしたくないしあの人達はまたいう。
だから爺ちゃん婆ちゃんは聞きたくないから2人で部屋で飯を食え!私が持ってく!というからいい!
それでもあんたは文句も言えない。だってほっとけっていったのはあんただから。
ほっときたいけどしつこく聞かせてうるさいから私は部屋で食べさせる!
私がいう。コイツらを悪者になんかさせない!あんたなんかもう頼らない!」
そう吐き捨てた。
それに次男が付け加え。
「おかしいだろ父さん。
爺ちゃんだけじゃない。婆ちゃんも爺ちゃんがあれだけ露骨にわがままいってるなら作ってくれた母さんに少しは申し訳ないと思わないのか、それをおかしいとなんで父さんはわからない?自分の旦那のことだぞ?その旦那のほとんどの世話を嫁にしてもらってんのに旦那が嫁の作ってくれたおかずにわがままをいう。
婆ちゃんは爺ちゃんの奥さんなんだから、だったら作ってくれた母さんに申し訳ない。せめてわがままをいう爺ちゃんの分だけは私がつくるって。
ふつう奥さんならそういうだろ?
なのにそんな気持ちすらなく母さんに「嫌だって」なんてよく言えると俺は思うよ。」
そういった。
そしたら慌てた旦那が「無視はダメだけど聞き流してりゃいいじゃないか」と言い返した。
長男はそれを聞いて「毎日毎日年寄りの世話しながらな、飯のたびにそんな事聞かされてみろ。常に聞かされる母さんにだって限界はくるだろ?だから母さんがいってんだよ!
あの人たちとの飯時を嫌がってるのは母さんだけじゃない。俺もだ。もし母さんが良くても俺自身が見ててすごく気分が悪い。
だから父さんが言わないなら俺がいう。
もともともう限界だった。」と言った。
そしたら長男が「見てねーだろ?普段の母さんを。普段の爺ちゃん婆ちゃんを。
飯のときいつも爺ちゃんは口が苦くて食えない食えないと母さんに愚痴ってる。
でも食えないんじゃない。好きなものじゃないから食わないんだ。実際そういってる前日に好きなものが出たときは驚くほど食えてる。
母さんはそれを知ってても「そうだね。早く良くなろうね」と聞いてる。
あんた好きなものなら食えるじゃん!って言ったっていいのに黙って聞いてやってる。
それが3度3度毎日だ。
そのあとの婆ちゃんとのくどい会話も毎回聞かされてる。
ほっときゃいいのにって言うけどな、目の前にいてそれを毎回しつこくいう相手にじゃあ無視してろっていうのか?
明らかにこっちに話しかけてる相手を無視して俺たちと笑って飯食ってろっていうのか?
それをほんとにしていいって言うなら俺は母さんにそうさせる。
でもそれで爺ちゃんが達が騒いでも父さんご黙らせろよ?
母さんには何を言われても返事させない。
それでいいんだな?」と旦那に聞いた。
旦那は「でもだったらやらなきゃいいしほっときゃいいじゃないか。母さんは何のかんの言って好きなものを食べさせようとあれこれするからいけないんだ。
そんな事しなくていいし大好物ばかりなんて無理に決まってんだからやらなきゃいい。作れるものだけ作ってりゃいい。それで爺さんが食わずに具合悪くなろうが俺はいいと思ってる。だからやる必要も気にする必要もない。俺はそれを言ってるんだ。」と答えた。
旦那は慌てて私のあとを追って息子の部屋にきた。
今日の夕飯での光景を私は嫌だと思った。
それを旦那は気にしなきゃいいという。お前たちはどう思うか?気にならなかったか?と息子たちに聞いた。
そしたら長男が旦那に言った。
「じゃあわかった。俺は気になる。あれじゃああまりに作ってくれた人に失礼だ!俺はずっと嫌だった。だから俺がいう。
孫の俺が言えば面倒なことになる。だから今まで黙ってた。けど父さんがいいと言うなら俺がいう。それでいいよな?」と。
きょうの夕飯は特にそれがひどくてムカムカしていた。
フォローしてくれる息子たちに比べそれを黙って聞いてるだけの旦那にもムカついた。
夕飯を終えてから「あれがいつもの光景だよ?聞いたでしょ?おかずを見てから食欲を決める爺ちゃんと、それをほじくる婆ちゃん。ご飯食べてたって楽しくないよ。なんで黙ってなにも言わないの?」
そう旦那に訴えた。
そしたらやっぱり「気にしなきゃいい。食わなきゃほっときゃいい。おまえの気にしすぎだ」と返ってきた。
ああそうかよと思って、「じゃああれを何とも思ってないか息子たちにも聞いてくる!」と私は息子達の部屋に行った。
舅はわがままだけど一応つくってくれた私への感謝はあるから「これは要らない食わない」とは言わない。
食べたくなければ「婆さんにやるから食いな」というだけ。もしくは嫌そ~な何とも言えない顔で黙って皿をどけるだけ。
ため息をついたり愚痴を言ったり仏頂面ではいるが、そんなものは無視して目にいれなければいい。
けどそれをいちいちほじる姑の言葉は耳にはいる。私はそれが鬱陶しくて仕方なかった。
食べない舅は無視しておけばいい。
それなら部屋で休んでる?と早々に部屋に退散させてもいい。
それより苦痛なのはこの姑のイジリだ。
さんざん舅をイジったあげく私に「お爺さん食べたくないんだってコレ」と姑は楽しそうにいってくる。
「だから無理に食べなくて大丈夫だよ?そのままそこに置いといて。明日の朝にでも婆ちゃん食べて」そう私は答える。
これがいつもの流れ。
私は食べない舅より、むしろこの姑のほうに「あんたもなんでいちいちほじくって聞いてんの?手をつけないってことは食べたくないってこと。ならそれでほっときゃいいじゃんよ」と言いたい。
嫌なら食べなくてけっこう。そう思ってるので舅が露骨に嫌そうにしてようが私は割りきってます。
でも鬱陶しいのは手をつけない舅をほおっておけばいいのに、いちいち姑が「これ食べないの?お爺さん?なんでいらないの?美味しいよ?食べないの?食欲ないの?ほんとにいらないの?」としつこく触れることです。
姑にはまえに私から「舅の大好物ばかりはだせない。大好物じゃなくても苦手じゃないなら家族に合わせて食べるよう努力してもらう。それが嫌なら無理に食べなくていいと私は思ってる。
だから爺ちゃんが食べなくてもかまわないで。そのうちお腹がすけば食べるだろうから。」と話してある。
にもかかわらずわざわざイジる。
何度も何度も「食べないの?どうして食べないの?イヤなの?これがイヤなの?なに?かたいの?まずいの?味が嫌なの?」と。
それはまるでその料理がいかに嫌かを舅にわざわざ言わせたくてやってるの?と思えてくるほどしつこい。
今日の夕飯は具材のたくさんはいったがんもと白菜の煮物。がんもはかりっとするまで表面を焼いて大根おろしをのせて、かつお節でとった出汁汁をかけました。
息子達は最近こういう和風のおかずを喜んで食べます。
大根おろしは喉にもいいし消化もいい。
これなら家族みんなで食べられるし痰がでて喉を痛めやすい舅にもいい。
でも舅の大好物ではありません。
案の定みんなで囲んだ食卓に来ておかずを眺めてため息をつき「食欲ないなあ~」が始まりました。
私は聞かないふりをしてイヤなら好きにすればいいと思ってました。
愚図を言っても他のおかずが出るわけじゃなく舅は諦めてしぶしぶ食べだしました。
こういうとき息子達は空気を読んで「おいしい!おいしい!いいよコレ母さん!」と盛り上げてくれます。
なので私と旦那と息子達が笑顔で食べるなか仏頂面の舅だけが明らかに嫌そうな顔をしてため息を繰り返ししぶしぶ箸を進めてる。
これがいつもの光景です。
月に何度かの通院も公共機関を使えればそれで行くよういいますが、ここは田舎で交通網が乏しくそれは難しいです。
私としては姑や舅の小遣いにと渡してある年金通帳の貯蓄を使ってタクシーで通院してもらっても全然かまわない。
介護費は私が保管してますしそこから使ったってかまわない。
仕事がら私は送っては行けてもいつ終わるかわからない診察なのに泥だらけの作業着ではすぐになど迎えない。
市場では競りの時間も決まってます。
その時間に間に合うよう追われて作業していますから何時になるかわからない連絡を待って作業し連絡と共に急いで着替えて姑のもとに向かう。
それじゃあ仕事になりません。
それならタクシーでいってくれて全然かまわない。
以前にそう話してみました。
でももったいないからそれはダメだと却下。
「じゃあ月に3度だから旦那に休みを合わせてもらい私と旦那で交代で行く。」
以前に提案したときはこれも却下。「そんな面倒はかけられない。」。
こちらに面倒をかけたくないのじゃなく姑には、はなから免許を返す気などありませんし娘家の送迎ありきの免許返納しぶりですから話にならない。
だから知るか!もう。どうなったって!でやってきました。
でも知るかもう。どうなったって!の家族のやり方で巻き込まれる他人はたまらない。
よく危なっかしいお年寄りが運転してるのを見て家族はなんで止めないの?って思った経験ありません?
私もそんな経験があるし同じくそう思います。他人として見ればそう思われたって仕方ないと思います。
だからのモヤモヤです。
なんとかしなくちゃ・・・な問題です( ´△`)
勝手ながら一時的にレス解除をさせていただくので、もしこうした事態を経験された方がおられて、こうしたよ。こんな方法もあるよというアドバイスがあれば教えていただけませんか?
どうぞよろしくお願いいたしますm(__)m
小姑の甘えてくる送迎は自分で何とかしろ!と一喝できます。
けれど免許をなくせば姑の通うすべての病院への送迎は私になります。
3ヶ所の医者に毎月通う姑の送迎を仕事しながらやるのは負担。面倒。ばからしい。それも思います。
だけどもし誰かがこの姑の犠牲になって巻き込まれたら?それを思うと胸が痛みます。
本当なら紹介状をもらって病院を統括し1ヶ所にまとめて通院日の回数を減らす。それもベストですがそうなるとまた1から心臓の検査をしなければならず、それは姑が絶対に承諾しないでしょう。
かといって舅のように往診を頼めるほど危機的状態でもない。姑の通院は必要不可欠です。
これは高齢の義親を抱えた私たちの想定内の努めでやむを得ないと思ってます。
ただ、できることなら極力運転は通院日だけにして具合が悪いときはもちろん運転を控える。
そうして気をつけながら何とか続けていってくれれば・・と望んでました。
私も私への負担を考え逃げていました。
でも無理。姑が運転できれば小姑は甘えるし姑は無駄に運転する。
となればいよいよもう免許を返納させるしかないのかなと。
私の負担は増えますが旦那の休みをなるべく通院日に合わせてもらい私と旦那で協力しながら送迎していこう。かわりに免許はもう返納させようと旦那に提案してみます。
またほおっておけと逃げるでしょうが。
旦那が理解しても小姑を送迎できない姑は納得しないでしょうが。
だからのこれまででしたが。
それでもいい続けてみようと思います。
それで無理ならもうほんと・・じゃあ入院でもしてくれよ( ´△`)です。
こういうがんこな高齢者を抱えてるのはうちだけじゃないと思いますが、皆さんどうしておられるんでしょうね・・。
それから姑が送迎してる件ですが、これはもうどのみち今後、舅が運転することはなく免許を返納するので、そのとき姑のもいっしょに返させようと思っています。
姑が承諾するかどうかはわかりませんが小姑の甘えは姑の免許をなくせば防げますし私からも言えます。2人に関してだけなら事故ろうがどうなろうが自業自得なのでどうでもいいです。
でも私が心配するのは人を巻き込むことです。
こんな身勝手な人達により巻き込まれる人がいたらと思うそれが心配だからです。
それでもそういってくれるだけ舅はまだいい。
それを聞いた姑は「私ら爺さん婆さんの世話があるでな。そりゃあ無理だわ。ワヒらはお母さんが居なかったらもう生きていけん。居なかったら1日も暮らせんし日も暮れん。」といってのける。
褒め言葉のつもりコレ?
行かせるかわりに自分がこれをしてあげようって気などさらさらないんだな。
姑らしいや(笑)
究極のしてもらうだけの身勝手思考だ。
あげくに「でも実家のお婆さんが死んだらもう会えないね~。」と「死んだら、死んだら」を繰り返す。
じゃかぁしーや!!縁起でもない。よくもそこまで死ぬ死ぬ連呼できるな?
むしろ死ぬのは心不全のあんたです。
母は死なせなどせんわ!!バカタレ!
少なくともおまえより先には絶対に絶対に死なせん!
いつかおまえが死んだら年末年始にはこの家にお母ちゃんを招いて過ごさせてやるんじゃ!
それが私や息子達の夢なんじゃ!
風邪も気味なだけなのでおさまって仕事に合間ができたらソッコー実家にいってこよ。
そう決めました。
先日も舅が訪問看護師さんに「この子は年があけてもまだ実家に行けてない。俺たちの世話のせいで実家のお母さんに挨拶にも行けてない。俺はそれが可哀想でな・・」と話していました。
舅の気持ちは素直にありがたい。
けど心配しなくてもその気になればいつだって行くし、必要ならこっちより優先して行く気まんまんですから。
それより看護師さんの前では嫁を気遣う優しさを誇張するのに、なぜ普段の食事に対しては頑ななの?
なぜズボラ姑になにも言えず私にしわ寄せさせるの?
どっちかってーとそっちをしてくれるほうが私にはずいぶん助けになるのだけど・・と言いたいです。
この人の見せる優しさと、すべきことをしない身勝手さのバランスが私にはようわからんです。
しばらく母の様子を見に行けておらず未だ新年の挨拶にも行けない私を気遣って舅は「お母さんに会いにいってこい」といってくれます。
こういうことをいってくれる舅の優しさにはとても感謝していますが、年末からは出荷期にはいりなかなかそうもいきません。
母自身も自分はいいから、それより身体を休めたりお爺さんのことをしてあげてといってくれます。
それを私が舅に伝えるから舅もまた母に感謝してくれ母を思ってくれるのだと思います。
私の仕事内容を気遣い母が電話してくることはまずありません。
私が空いた時間にたまに電話をいれても母は私や息子達の身体の具合ばかりを聞いてきます。
近くに友人の多い母ですがひとりで暮らしてれば娘だから話せる話もたくさんあるだろうに。限られた話せる時間を母は私たちを気遣うことだけに使います。
私は私でこちらの事より母の身体の心配ばかり。
互いが「私はいいからそっちこそ」と繰り返しています。
おはようございます。
明日はこちらの地域では成人式です。
成人の皆さま、おめでとうございます。
月曜が振替祝日となるため今日は市場も休み。久しぶりの休日。
ほんとうなら実家の母に会いに行きたいところですが少し風邪気味なのもあり母にうつすのが怖くやめておきます。
でも実家の母の様子は電話で定期的に聞いており、おかげさまで元気にやってくれてます。
『だから』が『だけら』になっちゃった(笑)ごめんなさい。
叶うならもうこいつら逮捕してほしいです。
だからの姑も舅も、もう入院勧告しかないのか?と思えてしまうこの頃ですが。
私は悩まず考えすぎず私にとっての良い加減を心がけ仕事に集中します!
おやすみなさいm(__)m
テレビを見て2人で1日過ごしてようが見方を変えれば安静にしててくれる=悪化して自分が苦しまない努力をしててくれるってことなんだよ?
悪化して私の負担を増やさない予防をしてくれてるんだってことなんだよ?
それがいま爺ちゃんと婆ちゃんにできる大事な仕事なんだよ?と。
自分でいうのもなんですが(笑)そりゃあもう優しく優しく時間をかけてこんこんといって聞かせました。
当然ながら病院からもきつく安静を言われています。
けれどこの人。その日に小姑から送迎依頼があって行っちゃいました。
私の子供を送迎して~
通院に連れてって~。
スーパーに乗せてけ~薬局乗せてけ~
それから毎日行ってます。
おい。それは体調が良ければの話だし、しかもその距離なら小姑も歩いて行けるぞ?
姑の状態を知ってて頼むアホとほいほい行くアホ。
行っておいて「ゆうべは夜中にトイレに行き息が苦しくなり冷や汗がでて震えた」と私にしつこく訴える。
呼び出し待機時間には横になり「苦しい」と私にしつこく訴える。
「だけら行くな!」といってやりました。
「たのむほうも行くほうもおかしい!」ともいってやりました。
そしたら「でもじゃああの子どうするんだろうね~どうするんだろうね~」
知るか!!!!ドあほう!!
好きにしろ!!もう知らん!!
レスがイラついてます(笑)
すみませんm(__)m
イラついてるのは今日のお漏らしの1件だけじゃなくその他モロモロのアホか!と突っ込みたくなる出来事の積み重ねからです。
じつは大動脈の狭窄症で通院してる姑の肺に影が見つかり、おととい検査結果で姑が肺炎を起こしてるとわかりました。
医師からの診断結果の文書ではウイルス性の肺炎だそうです。
もともと姑の狭窄症は進行して悪化しており慢性心不全の症状もでています。
そのうえでの肺炎です。
文書を見てもさっぱり理解できない姑が帰宅してから私にしつこく聞くのでわかりやすく説明しました。
咳も熱もでないのは若い人には免疫力があるが高齢者はそれがないため排除しようとする咳や熱がだせない。だから高齢者は悪化しやすく危険なんだと。
心臓のほうだって血圧を下げる薬を飲んでても血圧が200近くなる日もあります。
いつ発作が起きるかわからない。
だから安静にしててくれと言いました。
とりあえずこの件は旦那に話し「これは愚痴でも文句でもない。聞こうとしないあの人たちに言っても無駄かも知れない。けど無駄で済むあんたはいいが私は掃除し直さなきゃならない。
わがままも勝手だしほおっておけもいいが、それは私にかからなければの話だ。
けどそうじゃない。現に私にかかってる。
ならその解決法を教えてくれ」と聞いた。
そしたら旦那が「わかった。それでもオムツをしなかったら俺がちゃんという」といった。
この人のいう「ちゃんと」がどれだけのものかは知らないが、いつものらりくらりで親に言い負かされる尻つぼみ説得ならもう入院勧告だかんなコノヤロウ!と思った私です。
私は黙ってお風呂場を綺麗に掃除しケンカしてる姑と舅のまえに行き、「オムツしてよ」と舅に告げた。
そしたら姑が私の言葉に「そうだ!漏らすなんて恥ずかしい!」と付け加えた。
だから私は「漏らすのが悪いんじゃない。病気だし薬を飲んでるし早く動けないんだから漏らしたって仕方ない。それは爺ちゃんが悪いんじゃない!だから婆ちゃんもそれを責めるのはやめなよ!
私がいってるのはそんなことじゃなくて漏らせばこの真冬にああして裸でいなきゃならなくなったり、婆ちゃんは綺麗にしたつもりでも汚れは落ちてない。だから風呂場やトイレも掃除し直さなきゃいけない。
風邪をひかせるし掃除しなおす手間がオムツ1つで解決するのに、なぜ爺ちゃんがそれをしないかってことだよ!」
と怒った。
そしたら爺ちゃんが「オムツしないとだめだな・・やっぱり。オムツするからな」といってくれた。
するかなあ?
漏らした今日だからってだけであの人はわかんないかも。
オムツをせず舅が漏らそうが姑がきちんと片付ければ私に被害はない。それなら好きにすればいい。
何がなんでもつけたくない舅。それでいいとしてる姑。
だったら舅が汚したら姑はそれをきちんと片付けろと私は思う。
それをいい加減に適当にしか片付けず汚れを残したまま放置するから私は許せない。
あんた達が人のいうのも聞かず思い通りにしたいなら最後まで責任もってきっちりやれと言いたい。
私に呼ばれた姑は家のなかにはいり舅をお風呂場につれていき、さんざん文句をいいながらシャワーで汚れを洗い流し部屋につれていった。
姑がイライラしてたのは舅のせいで面倒を負わされたのと何も手伝わない私への不満だろう。
それでも2人がそうしたくてこうなったこと。仕事に行く私は忙しい朝の支度や洗濯、準備に終われそちらを優先した。
そのあと舅の着替えを済ませやっと朝食を食べられるようになった舅と姑。
姑は食事してる間もずっと舅を責めていた。なぜ漏らすのか!だらしない!もっと早くトイレに行けば良かったのに!と。
舅も舅で小をしてたら急にもよおしたんだから仕方ないじゃないか!!と2人で朝から大喧嘩。
そんなものはほおっておいて、たぶん使われたお風呂場が汚れてるだろうなと行ってみたら案の定。
舅が丸裸でいても敢えて私が手助けしなかったのは、このところ何度いっても舅がオムツをはくのをやめてしまっていたから。これには姑も賛同していた。
なぜ履くのをやめたのか?
それはオムツがもったいないからだそうだ。
汚してなければ舅は1ヶ月でも同じオムツをはき続け変えない。姑がもったいというのかどうかは知らない。
けれど汚れてなくたってはきかえなきゃダメだよといった私の言葉など聞きやしなかった。
そのうち少し調子が良くなったのをきっかけに以来はくのをやめてしまっていた。
それでももよおしたときは急いで行って「ギリギリだった」なんていってるし、便秘を治す薬も飲んでる。「いつそそうするかわからないからはいてね。オムツは私が買ってくるし、そういうものはもったいないとかの話じゃないのよ?」
そういい続けたけど、それも彼らには届いてなかった。
だからいったのに・・。そう思ったから私はほおっておいた。
今朝トイレに行った舅が男性用便器で小の方をしていたら急に大をもよおしたらしい。でもあいにくそのとき通常便器のほうは姑が使っていて間に合わず漏らしてしまった。
私がキッチンにいたらなにやら騒いでる舅と姑の声が聞こえてきた。
そのあと姑が仕方なく舅のズボンを脱がせて始末しようとしたらしい。しかし姑は何故か脱がせた服を洗うほうを優先し、舅を放置しいつまでたっても帰ってこなかったらしい。
舅が声をふりしぼり何度も姑を呼んでいたので何事かと見たら下半身丸裸の舅がトイレのまえの土間に立っていて姑はその向こうにある外の水道でズボンを洗っていた。
聞こえないわけがない。知ってて無視してる。
そこで私が姑に「爺ちゃんが呼んでるよ~」と声をかけた。
昨日はたまたま爺ちゃんの薬を頼んでおいた調剤薬局にもらいに行く日だった。
作業を終え遅れた昼を食べていた私に「今日は薬をもらいに行く日だろ?だったら昼くってないから腹へってたまらん・・・だんご・・だんご買ってきてくれ・・・・」と蚊の鳴くような声でふらつきながら舅がいいにきた。
じゃあ今いっしょに食べる?と聞けば「だんごがいい」と言い張る。
ならあとでついでに買ってくるねと言えば「いつだ?何時だ?何時ごろ行く?」と急かしてくる。
娘が心配でたまらないなら私に言うより洗濯のひとつでも手伝いにいけばいい。
腹が減って声が出なくなるほど意地はってるより、あるものでおとなしく食えばいい。
おまえら二人ともわがままも大概にせい!
大騒ぎするくせに姑が車で5分とかからない娘の家の家事を手伝いに行こうとする素振りは全くない。
じゃあ家にいるのかと思い「きょうは作業で昼に帰れないから作りおきのあるもので爺ちゃんと食べててね」とたのんでも爺ちゃんに食わせてくれるわけでもない。
好きなおかずがなくての爺ちゃんのわがままで食べないのか。
はたまた家事がめんどうな婆ちゃんが仏頂面で「なんでワヒがつくらなあかんのじゃ!」と爺ちゃんに嫌味をいうからか。
どっちなのかはわからないけど、おそらくそのどちらか。あるいは両方。
私が作業で昼過ぎになるとき姑は
「爺さん食欲ないんだって。だから食わせてない」と必ずいってくる。
舅があさ普通に食べてても昼にわたしが帰れないといつもこう。
それでも私は聞き流す。
食いたくないなら食わなきゃいい。
作ろうとしない意地悪婆さんに何も言えない舅も悪い。
出荷時期で忙しい私がそんなふたりの諸事情までくんでられない。
という事で姑の愚痴は右から左へスルーし放置してあります。
くどい姑の愚痴は今なお延々と続いてますが私は知らない。
そもそもただの怪我だし小姑本人も援助は考えてなどいません。
ただただこの婆さんがひとりであれこれ騒いでるだけ。
舅は一切なにも言わないし私たちも一切聞かない。小姑も何も言ってないなかでの姑ひとりの空回りです。
でも私はかつてモゲラが腎臓の手術をしたとき、息子が入院してるのに何一つ家事を手伝わず病院に付き添う私に丸投げしたあの日の姑の仕打ちを忘れてません。
おなじ娘と息子なのに、これほどまでに差別し、たかが怪我ごときで娘が困ってると騒ぎ、私にそれを言えるこの姑を最低だと思います。
おまえはアホだろう。ていうかアホだな。
小姑はとっくに50過ぎ。
ちょっと怪我して仕事を休んだくらいで生活できなくなるほど苦しい生活をおまえの娘はしてるのか?
嫁入りには1000万の小遣い渡して、そのうえ娘のために道を広げてとんでもない額の金を払って電柱たてて水道も電気も通し、家のローンを払ってやりながら親の土地に家を建て、新車も買い与え続け孫にまで小遣い300万ずつ与えてやって、毎週旅行やTLDやUSJにいっちまう生活させてたのはおまえらだぞ?
それがちょっと怪我して生活困る?どうしよう?
ふざけんな!!
これまで過保護に砂糖を塗りたくったように甘やかしてきたおまえらからの山のような援助はどこいった?
みんなミッキーに持ってかれたか?
おまえらが娘のそんな生活を許してたからだろ?
「まーた旅行だって(笑)困っちゃう娘だこと♪」そういいながら娘に大金注ぎ込んでたのはあなた達。
あげくのコレです。
今さら娘が怪我して金がない?
私は知りません。
私が預かってるのはあなた達の介護費です。
まだ死んでません。これからかかるお金です。
これが無くなれば私たちが被ります。
息子たちと悔し泣きしながら切り詰めて切り詰めてあなた達を養い続け、ここまでやってきたあげくに預かったものです。
何があろうとぜったいに出しません。
いやいや。それほど愚痴がでるなら「どうするんだろうね?じゃなくて私に聞くより姑が行って娘の家の洗濯をしてやればいい。飯も弁当もつくってやればいい。
ここにいたってテレビを見て舅に陰険な嫌味を言ってるだけのあんたなんだから時間は腐るほどある。何なら泊まりがけで行ってやれば?と思う。
だから「不自由で困るようなら婆ちゃんが行って手伝ってあげてね。この家のことなら私がやるから。」とも言った。
でも行かない。
この人はもう歳なのもあり自分が動いて何かをしてあげるのは面倒。
つまりはこうして私に泣きついて「じゃあ私が行こうか?やろうか?」と言われるのを待っている。
更には「そりゃ大変!収入減ったら困るから生活たすけてあげましょね」もあればなおいい。どっちかってーとそっちがメイン。
それが目的なのはわかりきってる。
今まで自分達で貯蓄を握ってたうちは私にいう必要もなく何かと事あるたびに娘に出してもやれた。こんなことは頻繁にあったろうと思う。
けれど舅の鶴の一声と、もうすぐ爺さん死んじゃうわ。そしたら残された私への復讐が怖いわの気の迷いで嫁に貯蓄を任せてしまった以上、嫁の承諾なしではもう貯蓄はおろせない。
とりあえずの貯蓄なら自分達の年金通帳は所持してるが、できたらそこからは出したくない。
出すならあわよくば嫁に預けたゆくゆく息子夫婦に渡るそこから。
そう思うからのこの泣き言であり泣きつき。
こうして何とか良いかたちで年末を過ごしほっとしていた新年早々、ある出来事がありました。
小姑が出先で指を骨折。骨折ですのでもちろん命に関わる怪我ではありません。
ですがこれを知った姑が大騒ぎ。
じゃああの子は車の運転はどうするんだろうね?
仕事はどうするんだろうね?
仕事を休むなら減った収入はどうするんだろうね?
子供の弁当づくりはどうするんだろうね?
料理はどうするんだろうね?
洗濯はどうするんだろうね?
困るよね?あれじゃあ困るよね?
どうするんだろうね?
まるで「あなたの娘は小学生ですか?」と聞きたくなるようなうろたえぶり。
そしてまた三度三度の飯のたびに顔を遭わせるたびに姑のこの愚痴が始まった。
もう舅などそっちのけ。
義親と同居してればお互いにでしょうがどうしても不満やストレスはあります。
気持ちのうえでの不満なら気のもちようで割りきれます。けれどそこに金銭が絡むと簡単にはいかず思いは複雑になります。
私たちには私たちの生活があり同居してる舅たちはともかく小姑にまでしてあげるくらいならそのぶん少しでも息子にしてあげたい。それが私の本音です。
幸いうちの場合は舅の配慮によりこの金銭負担に関しては良い流れができました。
だから気持ちに余裕ができそう思えただけで、これがもしかつての舅のままだったら。
たとえ最後の年末になろうがこんな気持ちの余裕は私に生まれなかったと思います。
これで終わるとまるで私が優しい菩薩のような嫁になってしまいますが、そんな筈はありません。
これまで姑にされた仕打ちを考えたり、せっかく小姑に丸投げできてた年末行事の流れを変えればそれが恒例になり舅亡きあと私は自分の首を絞める結果になるかもしれない。そんな不安や迷いはもちろんありました。
けれどそれでも敢えて流れを変えたのは舅と姑に貯蓄管理を任せてもらえたから。
この年末費用はしっかり姑の貯蓄から賄わせてもらい私がしたのは労働奉仕のみ。それなら私の気持ちひとつででき私たちへの経済負担はありません。だからの舅への気持ちです。
ですが今年は舅の病もあり舅が小姑の家に行くことができません。
知らん顔をしておけば家に行っていい?と小姑は言わないだろうし舅も姑も家に呼びたいとは言わない。それはわかってました。
でも舅にとってはおそらく最後の大晦日です。
だいぶ調子も悪くなりさらに悪化もしてきています。
この舅にとって最後の大晦日ならみんなで揃って過ごさせてあげたい。そう思い今年は家でやろうと私が提案しました。
たとえ後悔しても最後です。
最後ならやってあげないと。
それはこれまでの年末をしてくれてた小姑への感謝と舅へのささやかな気持ちです。
ただひとつ。姑がまた変なことを言い出さないか?それだけが気がかりでしたが、それはもうありませんでした。
さすがにもう言えないと思ったのか、姑なりに私に感謝してくれてるのか自分の非力さを思い知ったのか・・それはわかりませんが大人しく過ごしてくれました。
おかげでみんなで温かく穏やかな大晦日を舅に過ごさせてあげられました(^-^)
それでも私は小姑に感謝をいい、せっかくだけど家にも息子たちの友人が来るのでと丁重にお断りし、舅と姑そして旦那だけよろしくお願いしますと角が立たぬよう小姑に伝えました。
私がいけば場所が変わるだけで姑の言いたい病は無くならない。
聞けば私も腹が立つ。それなら身内だけでどうぞ好き勝手に言っててください。そう思い、旦那に食費として気持ちばかりのものを持たせ私は遠慮しました。
これ以来、毎年年末は小姑が引き受けてくれたので私は年末の大仕事から解放されてました。
私のことなら耐えられる。
でもその嫌味は農業をはじめて右も左もわからず試行錯誤を繰り返す息子たちの失敗をけなす事だったり不慣れなために手間取るのを嘲るものでした。
舅が気を利かせて買ってきてくれたお寿司を息子たちにも少し分けて食べさせてやろうと部屋に持っていこうとすれば「全部ここで食べるからいい!あんなのにあげなくても朝までかかっても娘たちと食べる!持ってかなくていい!」と。
これにはさすがに小姑もそんなこと言わなくていいじゃない!と姑を叱ってくれましたが旦那は何も言いいませんでした。
寿司ぐらいあんたのほどこしを受けなくたって私が息子に腹一杯食わすからいい!
喉までそう出かかったけど、それより何も言わない旦那が情けなくてたまりませんでした。
こんな嫌みを今ここでいったって誰も楽しくなんかない。
小姑だってせっかくみんなで集まって楽しくやろうとしてるのに、人が集まると必ずこうして悪態をつくこの姑に誰もが呆れ誰もがこの人を諦めていました。
こういう場をつくるとこの人はこうなる。だから私はもうこういう場そのものをつくりたくない。
そう思いました。
それは小姑も同じだったようで、この件から私はたとえ年末が近づこうが一切アクションを起こしませんでした。
そしたら年末直前に小姑が小姑の家に姑と舅、そして私たちに来るようにと声をかけてくれました。
呼ばれなければキッチンに来られない。
いつまでたっても呼んでくれない。
でも養われてる舅や姑が小姑に食べさせろとはいえない。
お腹が減る舅が耐えきれず小姑たちに帰るように促しだしこの流れは変わりました。
以来小姑達が家で夕飯を食べていくことはなくなりました。
けれどそれもあったので年末だけはと呼んでいました。
酷かった頃に比べれば年末の1日だけ小姑一家をもてなすだけ。
だから用意するのや片付けが大変でもそれは仕方ないと我慢できました。
でも私が嫌だったのは小姑が来ることで気が大きくなった姑がみんなが揃ってるときに私にいう嫌味でした。
当時は小姑にも日頃なにかと我が家にきてはそのまま小姑達が夕飯を食べていく流れを作られていました。
いつも急に来て夕飯時になり舅や姑を呼べば、小姑たちは帰るどころかいっしょにキッチンに流れ込んでくる。
小姑の子供がおかずを勝手につまみだす。
じゃあ食べていくか?と姑と舅が勝手に言いだす。
食べてる息子たちの皿からでも構わずつまむその子たちに私の息子のほうが食べづらくなり「もういいからね。ごちそうさま」と部屋に行ってしまう。
そんな小姑の子供を叱ってくれる人などいない。いないどころか小姑までいっしょになってつまんでる。
旦那はこの頃帰りが遅かったのでいつも夕飯にはいませんでした。
言い出せない状況のなか度々それが繰り返されるうちに息子にこんな思いをさせるのはもうたくさんだ!と思いました。
そこで小姑が来ている時は息子たちにだけ先に夕飯を食べさせ、小姑が帰るまでは舅や姑には頑として「ご飯だよ」と声をかけるのをやめました。
あの頃もいまも生活のすべての費用は私たちが出していたので舅たちは私に面と向かって「娘たちにも食わせろ」とは言えませんでした。
だから敢えて呼ぶのをやめたのです。
私たちがここに同居する前まで、おそらく小姑たちは何かとこうしてここで夕飯を食べていたようでした。
でもここにはもう私たちがいる。
今までのようにはさせない。
それをわからせるしかないと思いました。
それで舅や姑小姑にどう思われようと知ったことか!と開き直りました。
かつては年末には小姑たちが我が家に訪れるため私は小姑の指示で小姑が決めたメニューにそった材料を買いだしにいき、小姑の決めた料理を作って並べ、子供も旦那も放置し飲みまくり食いまくる小姑と姑のために小姑の子供たちの子守りをしながら台風のごとくやってきて食い倒して去っていく小姑一家の世話に明け暮れる。
毎年そんな年末をすごしていました。
当然のように皿ひとつ片付けず帰っていく小姑一家。小姑が帰ると「世話になったね」のひと言どころかいつの間にか忍者のように姿を消し部屋で床につく姑。
私の目の前には2テーブル分にぎっしり並んだ飲み食いの後の片付け物。
除夜の鐘を聞きながら・・(私は何をしてんだろう)・・とやりきれない思いで山のような片付けを済ます。
それが私の年末でした。
明けましておめでとうございますm(__)m
日々愚痴を吐き怒りを綴り、よかれと思っては同じ失敗を繰り返し、それでも少しずつ。ほんの少しずつだけですが成長させてもらっている私です。
本年もこちらのスレ共々温かく見守っていただければ幸いですm(__)m
そんな時はもし私がこの人だったら・・・?
そう考えて、それでも私ならこれはきっとしない。
そう言いきれるものだけを聞き入れず流すようにしている。
そうでないと自分を責めてしまい無理が続く。
姑の性格は論外だけど、病気で苦しくても毎度毎度食事してるみんなの前で面白くない顔をすれば家族がどう思うか?
そもそもが医者嫌いの自分が家族の幾度もの懇願も聞かずになった結果でのこれなのに、いまなるべくしてなった病気で家族に我が儘を通す自分はどうなのか?
それを舅にもわかって欲しいと思い続けたけど、この2人には無理なんだと思う。
だから私は私を守りながら可能なだけ介護を続けていくと決めた。
無理したら息子にかかる。
無理したら私たちの生活ができなくなる。
相手がわかってくれようがわからなかろうがいい。私は自分が納得できるやり方でしていこうと決めた。
さて。仕事にいってきます(^-^)
舅の介護を面倒がり息子夫婦の都合を考えずとにかく永久的な自宅介護を望む姑と、食欲がないなら来るまえにわかってるだろうにわざわざ食卓にきて毎回暗い顔で家族の食卓を暗くする舅。
「それなら無理に起きてこなくても部屋に運ぶよ。」そう言っても、みんなの顔をみて食事をしたいと聞かない。
舅の気持ちはわからなくはないし病気の辛さからわがままになるのも仕方がない。姑の理想もそれが老人みんなの理想だとは思う。
それでもそれを叶えるにはそれなりの条件と介護する者の献身的な努力なしでは不可能で絶対の約束などできない。
病人本人だけが辛いのではなく家族だって辛い。生活もしていかねばならないし家族が病人にすべてを合わせてなどいられない。
それをわかってほしいと思うのは私のわがままなのか・・?
もし自分がこの人だったら。
私がこの人の立場だったら。
常にそう考えて行動するようにはしてるけど、それってお互いがそうでなきゃうまくはいかない。
そしたら横から姑が「お爺さんがね、好きなものを食べられないなら死んだほうがいいんだって。好きなもの食べてコロッと死にたいんだって」と笑っていった。
舅もそーだそーだと賛同してた。
もうやだ。こいつら。
コロッと死ねりゃあいいけどさ。
コロッと死ねるほど簡単じゃねえだろが!
ああ・・・。言っても無駄。言うだけ無駄。どうせ悪くなったらこいつら入院。だからもういい!
そう思って私は無理するのをやめた。
時には大好物も用意するけど、嫌いじゃないけどわがまま言わなきゃ食べられる筈のもの。そのなかで家族一緒のメニューを自由に決めていこ!でいくことにした。
舅はいまでもテーブルにきて大好物がないと知ると「食欲ない」と沈んで見せるが知らん。
「そう。じゃあ食欲がでたら時間に関係なくこれを食べるか、それで嫌なら婆ちゃんに作ってもらって食べてね」と素知らぬ顔で流しておく。
舅がため息をつこうが姑が認知の兄弟を思いメソメソ泣こうが私は知らん。
そんなことより私は今日も元気だ!飯がうめえー!とばかりにおかわりしちゃってる(  ̄▽ ̄)
だから息子達には「ありがとう。でももう作らなくていい」と伝えた。
長男は私を見てるので「わがままなんだよ!爺ちゃんは!だって病院じゃ食ってたじゃん!嫌いなものを食えってんじゃない。大好物じゃないってだけだ。あれじゃあ作ってくれた人に失礼だ!もうやめとけよ母さん。」と私にいう。
次男は長男はより料理が得意だが何もいわずもう作ろうとしなくなった。
先日どうにも見かねて「爺ちゃん、大好物ばかりじゃダメなの。嫌いじゃなくても食べられるなら何でも食べなきゃダメだから。体を考えて作ってるんだから。そんなことしてるとまた病気が悪化して入院になるよ?そしたらあれがイヤこれがイヤなんていってられないよ?
また入院になってもいいの?」と舅にいってみた。
わかるよ。爺ちゃん。
そりゃあ私は病気じゃないけど、それでも辛いだろうなってのはよくわかる。
できることなら私だって爺ちゃんと笑いながらごはん食べたいよ。
けどね、いっつもいっつも大好物ばかりは無理なのよ。
いくら口に苦味があるからってライスバーガーばかりは食えねーのよ。
たまには野菜も、たまには煮付けも、たまには大好物じゃなくても食べられるものなら口にしてみようよと思う。
あれこれ作ってみてはダメ出しされ、試行錯誤を重ねる私を見て息子たちもオリジナルで舅が食べられそうな好きそうな物を考えあれこれ作ったりもしてくれる。
あの子達が作ったよ。爺ちゃんが食べられるといいなあって。
そう伝えても「あ、いい。ワシ。」と手をつけようとすらしなかったり、「これはダメ。やっぱりあそこのあれがいい。」というのを聞くと息子がせっかく作ったのに・・・とムカつきさえする。
じゃあ食わんでいい!死にそうになれば食うだろう!とすら言いたくなってくる。
食事どきにいったんキッチンにきておかずのメニューを見る。テーブルを見渡し自分の好物がなければ食欲がないと食べない。
好物があれば食べる。量もしっかりと。
けど毎回毎回朝から大好物ばかりは出せない。
ライスバーガーや巻き寿司やもち米100%の団子や、あ!あと鰻。
三度三度そんなもの出せるわけがない。
大好物が無いと知るとそのままそこに座り「ハア~ァ」とため息をつく。
この口が治ればなあ~。
おまえたちソレ美味しい?
俺は苦味しかしない。
ハア~ァ(;´д`)ハア~ァ(;´д`)と。
ずっと暗い顔で眺めてる。
こちらは毎回たべた気がしない。
じゃあ無理しないで。部屋で寝てようか?と聞いても「いや。見てるだけでいい」という。
だから好きなものは用意するけど野菜も食べてね。
ハンバーガーもいいけど、それは時々で今日はこの煮もので我慢してね。
今日は家で焼いた肉で我慢してねって日もあるわけだ。
だがこれをわかろうとしない。
入院中は退院したい一心で薬だと思ってな・・といって魚だろうが薄味だろうが何でも口にしていた。
それが家に帰って日が経つにつれ食べるしか楽しみがないせいもあるが、わがままを言いだし最近それが特にひどくなった。
つまりはコレといったら絶対コレで、それに似たようなものではダメだってこと。
そんな舅があれは美味かったからあれなら食べたいというのが某ハンバーガー店のライスバーガーと某コンビニの手巻き寿司。
いくら好きなものを食べさせてやりたいといったって舅のためだけにそのハンバーガー店の高いライスバーガーを毎日買いに行き毎食食べさせるには無理がある。
某コンビニの手巻き寿司はお昼時限定で1度見ただけでメニューがわりをしたのか、その後何度いっても置いてはなかった。
それに同じもの1種だけをひたすら3食毎日じゃあ身体にも良くない。
例えば甘味噌が好きだった舅がご飯に味噌をつけたものがいいと言う。
でもこのご飯は通常のご飯ではダメ。平らに形を整えてお焦げのように程よい加減で焼いてなければ食べない。
厚さも微妙で薄すぎず厚すぎず。
甘味噌の加減も辛すぎず甘すぎず。
厚みが好みでなければ食べないし味噌が甘すぎても食べない。
気に入れば毎回これを食べたいと言う。
そして突然飽きてまったく食べなくなる。
またあるときはみたらし団子が食べたいと言う。それも気に入った店の気に入った味のものでなければ食べない。
店が開いてなければ買ってきようがない。
もち米100%でできたものでなければダメ。ほかのものが混ざってると不味いと食べない。
ならばともち粉を買ってきて作ってみたが、これも気に入ってはもらえない。
そんなに餅が好きならば餅で作れば良かろうと餅にタレをかけ出してみたがそれもダメ。
ひと口だけ食べて返された。
いっぽう舅はといえば味覚障害が酷くなったせいか偏食がさらに加速した。
肝臓はほぼ機能してないため舅の唾液には苦味が混ざり口内に苦味が広がる。
だから頻繁に氷水を飲んでは口のなかをリセットしている。これはなぜか冷たい氷水でなければリセットできず、冬だからって温かい白湯ではだめなんだそうだ。
なるべくそんな舅が望むもの、少し食べてみたいなと思うものを聞いては作ったり買ったりしてくる。
けれどもともと偏食の酷かった舅の食べられるものは限られる。
認知でなく老衰ならどれだけ家に置くかは環境ももちろんだけど、その親のこれまでの在り方と嫁の考え方で決まる。
私はこの期間を舅と姑の言動をみて判断しようと思ってるし、それだけは介護をする私に与えられた特権だと思ってる。
けれどもしも姑が認知症になったら私は早めに施設入所を提案する。
我が子のために役目を果たせた親にしたいからじゃない。
それがこの姑に対する私の答えだからだ。
老いた者はみな老人施設へとは思ってないし環境的に可能なら自宅で生涯を終えたいと思う老人の理想はわかる。
けれどポックリ逝けるか老衰で逝けるかでもない限り、ほとんどの老人は施設か病院で終末期を終えて逝く。
現代医学は老人といえど簡単に命を終わらせはしない。
いま病気を抱えるうちの舅もやがて症状が酷くなれば家での介護は不可能。
自宅にいられる期間がどれだけあるか?だけのことだ。
認知症老人なら尚更。まだいいか?本人も嫌がってるしなどと楽観視している間に本人との意志疎通ができなくなり結局この姑の兄弟のように押さえつけて抱えて運んでの入所になる。
ならば本人が納得してくれる意志疎通が可能なうちに互いが納得して決断させてあげたい。
暴れて泣き叫ぶ親を抱えて無理やり運ぶ我が子の気持ちはどんなだろう。
親はその現実を知らねばいけない。
子は楽観視している間に検査すらできなくなり意志疎通ができなくなった親を抱え、疲れから親の存在をも恨みはじめ、やがては強制的に運ばれ暴れて注射を打たれ泣き叫ぶ親を自分は直視できるか?
それとも寂しくとも意志疎通が可能な間に自分の親を、我が子のためにと親の努めを果たしてそこにいる親にさせるか?
綺麗事や感情だけではなく、介護はこの現実を知って選択しなければいけないと思う。
それにもしその本人が認知でなかったら、我が子をここまで苦しめるぐらいなら病気の自分が施設に行き子供の負担を減らしたい。そう思うのが親心であり親ならそれが自然な感情。
だからこういう時は、まともなあの人だったらこの選択をどう思うかで考えれば周囲も納得できる。
逆にもしまだ正常な判断ができるのに我が子がどれだけ苦しもうが自分が施設に行きたくないと言いきれる親がいたとしたら、それはかなりの自分中心で自分の事しか考えてない親。
そう思うけど?と。
それにこの言動には姑のもうひとつの思惑があるんだと思う。
それは近い将来、自分もそうなるかもしれない。そのとき自分はせめて施設には行かず家にいたい。だからの私へのアピールだ。
こうして可哀想な自分をアピールすれば情けに弱い嫁がすぐ「婆ちゃん、だいじょうぶだよ。婆ちゃんには私がついてるからね」と言うだろう。そうすれば自分は施設に行かずに済むと。
だから私はこういう時はっきりいう。
たとえ周りから見ておかしな言動でも認知のひと本人はそう本気で思ってる。
はたから見れば施設入所は可哀想に見えるけど、それはこちらがまともだから。
認知者本人からすれば殺される可能性がある家族や自分の主張をわからない社会にいるより、その主張を受け聞く耳を持ってくれるプロの施設職員さんの対応のほうが気持ちが安心できるんだと。
そんな姑に我が身に大事な人の不幸が訪れたからといって普通の感覚でいま嘆かれても私には少しも響かない。
姑がほろほろ嘆いて泣いていようが、おまえが言うなよとしか思わない。
そういう感情があんたにもあったのか?と思え、逆に身内だけにはその感情がもて、ほかの人には悪魔になれるその身勝手さに辟易すらする。
まさにかまってちゃんお得意の「可哀想な私」をアピールし慰めてもらいたいんだろう?と。
そんな姑を末期の舅が「いまは辛いけどな、でもそのほうが良かったんだから。な?な?元気をだして。な?」とその都度その都度一生懸命なぐさめている。
つい先日まで「あんたなんか死んだほうがいい」と姑に言われていた舅がだ。
なんだか可笑しくなる。
夫はと言えば、どれだけ姑が泣こうが辛さを訴えようが一言も発しないし聞こえなかったかのようにスルーしている。
ああ・・この人も私と同じ気持ちなんだと手にとるようにわかった。
そうするしか手段がなかったとはいえ、自分の兄弟がたどる現実を思うと気の毒で辛い。元気でいた頃の兄弟をよく知ってるゆえの姑のその気持ちは充分よくわかる。
けれどそれはうちの姑が普通の人の感情をもっていて、これまでも人に対してそういう思考だったらの話だ。
これまでこの人は自分の身内以外、舅も含めて大舅姑、私や他人に対して血の通わない人間のような暴言を吐き続けてきた。
他人だけでなく大舅姑、舅、私や私の子に対してすら、この人は「早く死ねばいい、じゃあ死ね!」と口癖のように本人にむかって言い続けてきた。
そんなことを相手に対して言うもんじゃない!と舅や夫や私が幾度しかっても「だってそうじゃん!あんなになって生きてても仕方ない!いってもわからないなら仕方ない!え~だってそうじゃん(笑)」とあざけ笑ってきた。
更新です。
以前から認知症を患っていた姑の兄弟が施設へ強制入所になった。
何とか騙して抗い暴れる本人を姑の身内の複数の男性で施設へ無理やり連れて行き強制的に入所となった。
家族に殺されると薬も食事もとらず勝手に放浪しご近所に迷惑をかけてしまう認知症の家族を介護してたご家族は、これまでの何年も続いた介護の疲労困憊からやっと解放された。
症状を聞き強制的にやるしかどうしようもないと納得していた姑だったが、いざ入所できたら今度は「可哀想でたまらない。何のための兄弟の人生だったのか・・」と毎日落ち込み愚図をいって泣いている。
姑と舅がどうであっても、私の姿勢は巻き込まれように。
これに尽きる。
自宅介護を決めたとき姑はちゃんと世話するといったしだんなもいった。
だからいざとなれば姑に「あの約束はどうなった?」と問い詰める。
頼りないモゲラだが往診の日には必ず休みをとって共に医師からの説明を聞いている。
買い出しは極力ついてきてくれるし生ゴミもちゃんと出してくれる。
大好きだったゴルフは回数を減らし万が一のときに必ず連絡がとれるよう近場のコースでのみ参加するなど。
私の負担が減るように旦那なりに協力姿勢も見せてくれている。
姑は相変わらずだが、これもいまは以前と比べて舅の容態が安定していてオムツを着けずに暮らせるようになってきているので私の負担といっても食事や医療や手続き方面だけ。
心労はネガティブになれば落ちてしまうが、それは私の気のもちよう。
まだまだ私は恵まれてる!まだまだ私の介護など序の口序の口と前向きに考えている。
息子たちは作業経験を積みおかげさまでよりたくましくなり共に兄弟2人で頑張っている。
「母さんは爺ちゃんの用事があるんだから。無理するなよ」が彼らの口癖だが、うんにゃ!畑にでるほうが私は元気でいられるべと息子たちについていく。
そんな日々を過ごしています。
この子達が笑ってる限り、何があろうが今あるものに感謝!今できてることに感謝!を忘れない私でいたいです。
ああ、やっぱり。それでか・・・と申し訳なく思った。
ご心配とご配慮は大変ありがたいですが。
せっかくお越し下さいましたが。
しかし、いまこの居間の窓のすぐ横に婆ちゃん忍者が息を潜めて聞き耳たてて座ってます・・。
ほれそこ。影うつってます。
あいつはそういう女です。
忍者を逆撫でしないように
「ご心配をおかけしました。まあ夫婦ですから(笑)なんとかうまく2人でやっててくれますよ~。」ニッコリ(^-^)
そうですか・・。なら安心しました。
無理をされなくて良いですからね。
また何かあったらいつでもご相談くださいね。
そういってケアマネさんは帰られた。
あとで部屋に戻った忍者は嫁がチクらなかったと安心したのか、なんか異様にご機嫌だった。
ケアマネさんの手を煩わすまでもなく、いざとなったらこの嫁マネがカミナリ落とすんで。
ヘソを隠して待ってなさい( ̄^ ̄)
さきほどケアマネさんから連絡があり少し様子を見に寄りたいのでと来てくれた。
訪問の日じゃないのにどうして?と思ってたら来月の訪問予定表を持ってきてくれた。
いつも予定表は看護師さんに手渡されてて看護師さんからもらうのに。ご丁寧にと申し訳なく思ってたら、爺ちゃんの部屋に行き爺ちゃんの様子も見てくださった。
きょうは訪問が急だったのと大根を干したかった婆ちゃんは外で仕事をしてた。
そのおかげで爺ちゃんはケアマネさんとたくさんの話ができて嬉しそうにいっぱい話していた。
私も久しぶり爺ちゃんのそんな顔を見て嬉しかった。
帰り際、少し説明があると居間に入ってケアマネさんと2人だけになったとき、婆ちゃんと爺ちゃん2人の仲について聞かれた。
困ってることはないですか?
お二人のやりとりはどうですか?
ご家族に負担はないですか?等々
なんか妙にあれこれ聞いてくる。
これはアレか?
もしかしてこのまえの大喧嘩の報告を受けての様子見か??
と察し、先日は看護師さんにご心配おかけしまして・・。
とふってみたら
いえいえ、ちょっと気になっただけで。ついでがあったので寄らせていただきましたと。
なにをしてもどうしても面倒くさい姑がいても、とりあえずは明るくまえむきに。
こいつは私がいないと生きてけねーな。
こいつは私が大好きなのね。
そうよ私はいわば保母。
園児のおふたりいらっし~ゃい。と姑と舅に向き合って頑張ってはいる。
こんな状況が笑えたりもして自分のなかで消化してネタにもできる。
だから日々やってられるのかもしれないし、とりあえずは舅も姑もなんとかトイレに自力でいけてる状態だからの余裕でもある。
これのどこかが崩れたら呑気なことはいってられない。
だから私はまだまだ恵まれてて幸せだなと思ってる。
そういう姑の性格はイヤってほど知ってるので、姑には姑とふたりの時に話をするようにはしている。そうすれば僻みも薄れるかと。
けどどんな明るい話題をふっても結局は姑の兄弟が次々に具合を悪くしやんなっちゃう話
認知症の兄弟がわけのわからん事を言いだしやんなっちゃう話。
むかし姑がどれだけ大変だったかの話。
いまの若いやつらは贅沢だ!の話。
このどれかに変わってしまう。
百回ちかく聞いたこれを聞くのはとても疲れる。
だから姑がはなしだすと旦那も小姑も身内みんながまた始まったと姑のそばから離れてしまう。そして姑は孤立する。
それが怒りに変わり舅にあたりちらす。
めんどくせえ!となり、呑める姑に
「婆ちゃん、たまには呑みにいこうか?私とふたりで」と誘ってみることもある。
酒でものまなきゃこんなはなし聞いてられっか!
とりあえず酒でものまして発散させちまおう!と考えて。
でもそれは行かない。
そこは律儀な彼女で謙虚に断ってくる。
「お爺さんが1人になっちゃう。世話もしてあげないと~。」
え??ここでそれ??
してねーじゃん!!
そんな舅に「じゃあ今度はこうして作ってみようか?あれを食べてみようか?」と聞いてみたり、「胃が気持ち悪いなら往診の先生に来てもらうように頼んでもらおうか?」と世話をやく私をみて姑は機嫌が悪くなる。
それは自分をさしおいて嫁がでしゃばるからじゃない。
私が舅ばかり心配し自分がかまってもらえず面白くないからだ。
このところの血圧はどうだった?と舅に聞いてると、すかさず姑が
私はね、このところ高くて○○で○○で~と口をはさむ。
おまえじゃねーよ・・。
でもとりあえずの対応はする。しないと面倒だから。
そっか、婆ちゃんも血圧あがってるんだね~と。
受け流して本題の爺ちゃんに他の症状をきく
また姑が口をはさむ。
舅との話ができやしない。
そのうちスルーして舅に症状を聞いてると怒りだす。
私にじゃない。舅に。
爺さんなんかわがままだ!
こんなもの治りゃせん!
運動もせん!仕事もせん!野菜も食わん!なんもせんとテレビみて寝てるだけのこんな人が治るわけない!あんたはね!だいたいね!
・・・・はあ~・・・・もう。
こいつは・・・ほんとに・・(;´д`)
ここ2、3日まえから舅が胃の辺りにどんよりとした痛みがあって味覚障害が酷くなったといっている。
そのため退院してすぐの頃、味覚障害の酷かった舅が好んで食べたものをつくってだしている。
ほんとうは巨峰がいちばんそのままの味が味わえていいのだけど、もうどこのスーパーにいっても売られてない。
皮ごと食べられる外国産の巨峰によく似た色のものはあるけど、それは甘みがなくて好みじゃないそうだ。
今のところ舅は生物をいれないサラダ巻き、きな粉のお餅、バニラのアイスクリームなどを好んで食べてる。
食べる量が知れてるのでどんなメニューでも対応できるよう材料は常にそろえてあるし、なるべく野菜類を薄味に煮付けてだしてはみるが、もともと薄味の煮物を嫌いでお粥や雑炊類、麺類が嫌いな舅なので食べてくれるメニューはごくわずか。
食べられないわけじゃなく、あまり好きではないというレベルなのだから食べてみようかなとチャレンジしてくれれば良いのだけど、そこは頑固に食べようとしない。
以前から限られていたメニューがさらに限られ、いま私は舅が口にしてくれるメニューを考えるのに頭を悩ませている。
ともかく、これからは取れそうなら訪問看護の日に合わせて休みをとるようにするよといってくれた。
へえ~!ちょっと進歩じゃん!ウソかもだけど。
あと「父さんがいる前ではさすがに言わないだろうけど、そういうのが日常だから。それを耳にしたらとりあえずは叱ってやってね」と伝えた。
わかったとは答えたが、言っても無駄だろうけどねともいっていた。
じゃあ面倒くせえ。次いうときは「そんなことを病人にいうなら婆さんが寝込んだときにはそれをそのまま俺たちがあんたに返すからな」と脅しとけといっといた。
姑はあれ以来なんだか拗ねてるらしく舅のそばには寄らず昼間はずっとひとりで居間にいる。
ボケるぞ。
ま、君たちはどうせ似た者どうし。
時がたてばまた仲良くのど自慢みて盛り上がるだろう(笑)
とくに最近はもともとくどかった姑に拍車がかかり、1つの出来事を話すのに同じ話を5回も6回もくり返す。
これまでは激務で不在がちだった旦那だけど帰宅が早くなり家にいる時間が長くなったので姑のさまを見る機会が増えた。
自分の目で見れば一目瞭然で旦那は姑との会話が鬱陶しくて鬱陶しくてたまらないという。
かつて私がいったときは流したくせに・・人に言われるより自分の目でみてやっと知ったか?
でーもまだまだ。こんなもんじゃあないですぜ?
これからは、これまでの私の訴えを1つずつ目の当たりにし、あんたが体験していくはめになるんでヨロシク。
きょうは旦那が休みでいっしょに買い出しに付き合ってくれた。
車のなかでこのまえ訪問看護での出来事について感情を交えず事実だけを淡々と話した。
昔から他の人がいる場だとそれをやるけど・・あれで人が自分に同情するとでも思うんだろうか?あれじゃ自分が馬鹿にされるだけなのに。
そんなことすらわからない婆さんなんだな・・まったく!と呆れていた。
こういう爺ちゃんの姿を見せられると可哀想だな、もうそんなに長生きはできないんだしな・・と思わないわけじゃない。
遠巻きに見てる自分を少し責める私もどこかにいる。
けどこの2人には幾度もこうしてふりまわされた。どうせ私が1から10までお世話できるわけでもなく、そうしたらそうしたで姑はそれも気にいらずヒステリーになる。
一歩間違えば助けたはずの舅までもが姑を庇い私が悪者になって終わり。
その手にはもうのりあきた。
だからもう私は参戦しない。
いままで共に何十年も親より長く一緒にいた相方なのに。お互い命が明日つきてもおかしくない状態なのに。
そう自覚できるはずの年なのに。
私はこんな夫婦になりたくない。
相手の命が長くないと知ったら1日でも1つでも多くのできることをしてあげたい。
親より妻や旦那を優先するのは大事だけど、それでも旦那が私の親に面と向かって死ねといったら私は旦那をはりたおす。
だけど舅は姑を怒れなかったし、いま言われてる舅を見ても旦那は姑に怒らない。
怒る価値も救ってやる価値もないからだという。
それでもあんたは言わなきゃ。
私のためじゃなく親のために言ってやらなきゃ。
あんたは息子なんだから。
私の旦那だから。あんたにはせめて怒れる人であってほしいよ。
どうしてこんなあたりまえのことが、この人たちにはできないんだろうね。
頼めばやってやるのに。
そのセリフが姑の性格を物語ってる。
爺ちゃんはそれを聞いて
「聞いたろ?いまの。頼めばやってやるのにって。
世話になるからありがとうっていつも思ってる。家族みんなに感謝してる。
だけど靴下ひとつはかせてもらうのに、こいつがどれだけ恩をきせどれだけ俺に文句や愚痴をいいながらやるか・・。
だから俺はたのみたくなくなるんだ。
頼めないんだ。もう文句を聞きたくないから。
こいつはほんとに性格がひね曲がった女だ。
なんでこんなことがいえるのかって事を平気で俺にいう。
ほんとに意地の悪い根性の女だ!」といった。
もう看護師さんではフォローしきれなかった。
呆れただろうな。
帰り際に申し訳ありませんでしたとよく謝っておいた。
「だいじょうぶですよ。それよりお嫁さんも無理されないでくださいね」といってくれた。
思ってたとおり婆ちゃんは床にふせてる爺ちゃんをねちねちといびり倒してた。
爺ちゃんは私にいわず耐えてた。
けどその言葉とまったく同じ言葉を私は大爺ちゃんから聞いたよ?
そのときあなたに伝えたよ?
あれじゃあ可哀想だよって伝えたよ?
でもあなたはなんもしてくれなかったじゃん。
俺の女房が正しい!っていったじゃん。
もっともっと。もっと酷かったよ。大爺ちゃんが味わった地獄は。
だからみんながいったのに。
聞かなかったのはあんたじゃん・・。
あのう、もしかしてあなたがやろうとしてるのに抑えて嫁の私は手をだしすぎましたか?
あなたがやろうとしたことを抑えて私がしゃしゃりでましたか?
ていうかそもそも抑えられるほどあなたはやりましたか?
いくらいってもあなたがやらないから見るに見かねて私がしたことはあります。
でもそれももうやめてます。
馬鹿らしくなってやめてますよね?
なのになにをいってんの?
そう思ってたら看護師さんが足の指をマッサージをしながら笑顔で
「こういうのはお家でもできますよ?さあ奥さんの出番ですよ?こういうのやってあげましょう。
そしたらご主人もありがとうっていってくれますよ?」と大人の対応で姑をいさめてくれた。
でもだめだった。
「この人なんか自分の足も触れないの(笑)マッサージぐらい自分でやりゃあいいのに自分の足すら触れない。だから靴下もはかせてやんなきゃ暮らせない。どーしようもないの!そのくせ頼めばやってやるっていってんのにたのみもしない!」と
まあまあ。ね?婆ちゃんも疲れてんだよ(なんもしてねーけどな)。
ほら、看護師さんがせっかく来てくれてんだから、ね?(いい加減にしろよ婆さん。他人のまえだぞ恥ずかしい!)と私がとりなす。
看護師さんも、でももう何十年ですか?夫婦になられて。
すごいですよね~~と場をとりなし空気を変えるフォロー。
気を使っていただいて申し訳ない(;´д`)
いったんおさまる。
でも気がすまない姑。
もう何に気がすまないのかさっぱりわからんのだけど
「ああそうか、母さんはなんでもしてくれるもんね!それじゃ私は早よ死ねってか?こんなクソババ早く死ね!っていいたいんだろ?そうだろうが?」
いったいなにをいってんだおめーは・・(;´д`)
で、その誠実な看護師さんが懸命にケアしてくださってるあいだ。
舅の訪問看護=友達がきて昔話で盛り上がるみたいな錯覚をおこしてた姑は退屈になる。
舅の容態や困ってること、血液検査の結果についてなど。真面目な話をしてる私と看護師さんの話に入れずつまらなくてつまらなくてしかたない。
舅についての容態を話してるのに
「ほーーんと!こんなになっちゃどーしようもない!」
「ほーーんとこの人なあんにもできないんだから!やんなっちゃう!」
と事あるごとにチャチャをいれだす。
それでも真面目な看護師さんは笑顔で受け流す。
嫁の私も(なんだ?こいつは??と思いながらも)笑顔で受け流す。
姑、相手にされずイライラ。
あげく舅に。
「ねえ、お爺さん。あんたもし私が死んで今いなかったら困ってたろうね(笑)ひとりでの垂れ死んでたかもね~(笑)」
とわけのわからんフリをいいだす。
いい加減だまってた舅が
「そうならそうでお母さんが看てくれたわ!いまだってお母さんがこんなに一生懸命してくれる。この子はもしおまえがいなくても俺を見捨てたりせん!」と怒りだした。
なんじゃこれは??と不満に思ってましたが、そのうちまた初めにこられてた真面目な方に変わるかもしれない。
そう思ってようすを見てました。
けれどもいっこうに真面目な方はおいでにならず、そのお喋り看護師がくるだけ。
これじゃあサービスたのむ意味がない!と訪問看護サービスでできる項目をチェックしケアマネに電話。
次にこられるときは爪切り、マッサージ、ストレッチ、耳そうじ、他にもやったほうが良いことはぜーんぶお願いしたいです!と申しでました。
世間話もいい、愚痴もいい、昔話もいい。だがしかし!手を動かせ!手を!といいたかった。
ほんとなら、彼女のうちでの看護サービスとはほど遠い行いを全部はなして「あの看護師は茶飲み友達要員ですか?」?といってやりたかったが、そこはふせて、かわりに話すひまもないほど働いてくれと要望をたくさんだしてみた。
そしたらその後は初回の誠実なほうの看護師さんがきて一生懸命ケアしてくださった。
あなたにいったんじゃないのよ~。
あなたはいいの。いい人なのよ~。
あんの姑息な年配看護師め・・。
サービス要請てんこ盛りされてこの彼女に押し付けやがったな・・・(怒)
と思った次第です。
こうした訪問できてくださる看護師さんも十人十色なんですね~。
久しぶりの更新ですm(__)m
うちにいらっしゃる訪問看護師さんは交代制らしく、以前は誠実で口数が少なく排便補助や爪切り、マッサージやストレッチ等のケアをこまめにしてくださる看護師さんがいらしてました。
けれど途中から少しお年をめした他のかたがいらっしゃるようになり、この看護師さんが・・・まあとにかくお喋り好き。
1時間の予定でお願いしてるうちの50分はお喋り。帰り際の5分程度でささっと血圧を計り簡単なストレッチをして終わり。
そのお喋りも舅の気晴らしや話し相手になってくれるのならまだよいのですが、ほとんどが姑と互いの愚痴で盛り上がり、姑相手におばちゃんどうしの世間話。
ときには私と旦那が結婚した馴れ初めを聞きたがり、あげくのはてには「で、息子さん、なんでまだ結婚しないの?」とまで聞いてくる。
うるせーよ!!
舅のためにたのんでる訪問看護なのに舅はいつもそっちのけ。
ひたすら婆ちゃんとおばさん看護師の昔は良かったね話を聞かされて、「あら、もうこんな時間??」とあわてて血圧計って、あわてて足を曲げ伸ばし。
そんな訪問看護になってました。
その後は婆ちゃんが爺ちゃんにあたって爺ちゃんがめちゃくちゃ気をつけてだしてんのか、婆ちゃんが自分が医師に怒られに行くはめになったら面倒だと思ったのか、それはわかりませんが間違えずちゃんとやってくれてます。
私はといえば適度に息抜きしながら仕事もはじまったので作業に没頭しストレスをためない毎日を過ごしています。
これからもまだ爺ちゃんの容態によっては多忙にもなると思いますが、力の抜きどころを見極めて無理をしない介護を続けていきます。
皆様も風邪などひかれないようお気をつけてくださいね(^-^)
ぶちギレついでに家に帰って婆ちゃん呼んで
「あのさ、薬。怒られた。旦那が。
何度も何度もいってるけど。
私がいないときは婆ちゃんやってよね!
もしまた爺ちゃんにやらせて数がおかしくなったら今度は婆ちゃんがもらいにいって。私たちは行かないから!」
と冷たくいい放ってやった。
そしたら姑が
じゃあ黙って飲ませないでおきゃあいいよ。
怒られるのやだもんねゲヘゲヘ。
とぬかしたので
「んなことしたら死ぬぞ!!爺ちゃん!それでいいなら私はいいけど。」
そういってやったらビックリして黙った。
旦那もぶちギレた嫁になすすべもなく。
そのあと旦那と姑で
「今度からちゃんと見るね・・・・」
「そうしてくれ・・・」
というしおらしげな会話をしてました。
そんな事件もありましたが私の生活はあくまでも平和です。
その帰り道、車のなかで旦那が
やっぱ同じとこに置くとだめだな親父は。
朝の薬と夜の薬の置き場を変えるか?
(アホか。さらに混乱させるわ!)
あ、もっとでかい字で書くか?
(あれ以上でかい字はねーぞ・・)
分包の薬の袋1つ1つに朝用、夜用と書きゃどうだ?
(とっくに書いてあるだろーが?)
じゃあさ、じゃあさ、
あまりにアホなので。
けっきょく私がぶちギレて。
あんたさ、さっきからなにいってんの?
そうじゃないでしょ?
そんなことするまえになんで嫁がいないときぐらい薬を見てやれって、あんたの母親にいわないの?
私は何度もいってるよ!
何度も何度も婆ちゃんにいってるよ!
けどあんたの母親が面倒がって、そんな簡単なこともやろうとしないで。
だからこんなことになってんじゃん!!
あんたの家族ね、おかしいよ?
毎回そうだけど、なんで婆ちゃんがすべきことをしないのに、それを当たり前みたいに許して他の策をああだこうだ考えてんの?
そうじゃねーだろが!
いえよ!!母親に!!
毎回やれっていってない!!
私がどうしても家にいないその時だけだ!!
袋から薬1つだすだけだ!!
それぐらいやれよ!!って。
なんでそれが言えないの?
あんた達がそんなことばっかやってきたから、だから婆ちゃんがずるく逃げて動かねーんだよ!!!!
それから少しして私が薬の数がおかしいぞと気づいたわけですが。
医師に話して足らない分をもらいに行かなきゃならない。
そこで旦那の休みの日に買い出しついでに往診医のところへいきました。
ところが診察が混んでた。
仕方がないので旦那に診察を待ってもらい私は買い出しにと、ふたてにわかれて用事を足したわけです。
買い出しを済ませた私が病院に戻ると診察を終えた旦那がブリブリに怒ってまして。
聞くと医師から大目玉を食らったと。
薬が足りないってどういうことですか!!
薬は誰が管理してるんですか!
「女房がやってますが仕事でいないときもあって。そのときに爺ちゃんが間違えて飲んじゃって・・」
なんでお爺さんにやらせたんですか!
病人のお爺さんにやらせちゃだめでしょ!
間違えたら大変なんですよ!必ずご家族がしっかり管理してあげなさい!!!! と。
たまたま診察担当となった旦那が、ふだん温厚な医師からものすごい勢いで怒られたそうです。
姑の件がそんな形で落ち着き、舅の様態も安定した毎日でしたが、数日前にこんな事件が起きました。
いつも食事を用意する私は食事の支度と同時に姑と舅の薬をその都度のむぶんだけテーブルに用意します。
けれど私が作業で早朝からいないときには姑に舅の薬は姑が見てだしてやってくれとたのんでありました。
薬は間違えないように薬剤師に1回分ごとの分包にしてもらい袋には大きなマジックの字で色分けして爺ちゃん用、婆ちゃん用、朝のむ薬。夜のむ薬と書いてあります。
キッチンテーブルの姑が座ってるすぐ横の棚からこの袋のなかの薬を1つとって舅に渡すだけのこと。
なのに私がいないとき姑はそれすらしてくれず舅が自分で飲んでたようです。
当然ながら舅は間違えて夜のむ薬を朝飲んでしまい薬の数が足らなくなってしまいました。
この日付き添うと決めたとき私はおそらく手術の選択肢が提示されると考え、夫にそれを説明し付き添ってやってくれとたのみました。
でも夫は前もっていったにも関わらず「休めない。無理。」と断りました。
じゃあその選択の決定を付き添う私が医師に伝えるのか?
そんな重大な任務はできないと夫にいいました。
でも夫は「婆さんはもう何もしないと言う。詳しく聞いたってやりゃしない。だから婆さんの好きにさせればいい。
寿命が縮まろうが発作が起きる可能性が高くなろうが俺はもういい」といいました。
あんたね、あんたほんとにそれでいいの?
何度聞いてもそれでいいと夫はいいました。
それでもと夫から小姑に聞いてもらったら小姑も「もうなーんもしなくていいから。もうこんだけ生きたんだからもういいよ」とのことでした。
そう。じゃあ私は何も動かない。
そう決めて姑に付き添いました。
医師から入院も手術もしない。今までどおりのお薬で今まで通りでと聞いた姑は「ほらね?大丈夫だったじゃない。そんな大袈裟に心配することないんだよ(笑)(笑)」と上機嫌でした。
どうせ私の親じゃない。
これでいいってみんながいうんだからいいんだろうな。
姑の背中を眺めながら、なんだか気の毒な人でもあるよな・・・と思いました。
いっぽう心臓の持病をもつ姑は先日24時間ホルダー検査を行い医師からも説明を受けました。
その結果によっては手術をという話がでるのでは・・?と思い、当日は私も付き添いました。
担当医の説明では大動脈弁狭窄症が進行し心不全症状がでているとのこと。
それでも医師からは現存補助的な治療しかできませんのでこれからもそれで。
といわれました。
もしも姑が自分の親だったら私は医師に、こういう容態の高齢者患者に行えるカテーテルによる手術があること。
それには高齢のため多少の負担はあるし手術を行えるか否かのクリア基準もある。けれどその手術は成功率の高いものであり、その手術をしないほうが今後は心不全発作を発症する可能性が格段に高くなり予後が悪くなることなど。
リスクと利点を詳しくこちらに話して選択肢の提示をし患者自身に後悔のない選択をさせるべきでは?
と詰め寄ったでしょう。
けれど私は医師の"あなたもこんなに嫌がってるし、どのみちあなた年ですもんね?手術したところで寿命に大差はないでしょ?なら、こちらもしたくないというものをわざわざしませんから"
という投げやりな言葉も姑がそれでいいならそれでいい。
そう思って黙って聞いていました。
久しぶりの更新です。
前回私なりの着地点を見つけ頑張りすぎない介護を心がけてから私の日常はとても穏やかに過ぎています。
舅の容態は今のところ安定していますが、定期往診で行われる血液検査ではやはり肝臓の数値も悪化してますし医師の見立てでは肝臓癌に進行した可能性が非常に高いそうです。
舅は一切の検査や根本的治療を断り緩和ケアをしてるだけなので検査での確定はできませんが血液検査の数値を見ただけでもほぼ確定だと医師から説明を受けました。
けれど呼吸を苦しくしてた腹水はなくなり呼吸が楽になった舅は、お天気が良いと外の空気を吸うために少しだけ散歩もできますしご飯の量も以前よりは食べられるようになりました。
目には見えない舅の肝臓状態が悪化し続けていても癌ができてしまったとしても、それはなるべくしてなったことで想定内ですから、私たち家族はただ爺ちゃんが痛がらず苦しまず日々を過ごしてくれてればそれでいいと思っています。
私があの人達のためにと思ってきたこと、してきたこと。
そのなかにはあの人たちにとったら「そこはほっといて」ということもあったんだと思います。
確かにあれダメこれダメの制限をされても実際うごけてしまう人にとったらそれも窮屈だったかもしれません。
それが本人にとってしてはいけない行動だったとしても本人がしたいのだから仕方ありません。
だからそれはもう言いません。好きなようにしてもらって構わない。
けれどその結果私にかかる負担は私がどうするか決めさせてもらうし困れば私は我が身を守るために対処させてもらう。
これが今の私の姿勢です。
そう決めて実行してみたらこれがとても楽でした。
なので私はいまとても穏やかに過ごせています。
何度言ってもオムツの捨てかたを守らない姑にはオムツを捨てるポリバケツを土間でなく外に出して置きました。
姑が捨てやすいよう敢えて土間に置いてやる必要などない。
そして姑達の部屋にふた付きバケツを置きそこに捨てるよう伝え、そこがたまったら外のバケツに捨てるよう言いました。
自分のいる部屋が臭くなればバカでも何とか考えるでしょう。
表に置いたオムツのポリのゴミは旦那に、あんたが毎回ゴミの日に車で捨てに行くか、あんたが姑に自分で捨てにいけというかどっちにする?と聞いたら、旦那が自分が捨てに行くというので旦那に行かせます。
そうすれば食事をするすぐ横の土間から異臭がすることもなくなります。
ゴミの日に私が息をとめてオムツゴミを捨てに行くことも何重もの袋に入れ換えることもなくなります。
そんな私はいま姑が畑に行こうがなにも言いません。
舅が力仕事をしようとしても止めません。
あそこが痛い、血痰がでた、心臓が痛いと言われようが「そう。そりゃあ大変~」と流すだけ。
「どうすりゃいいのかね~?」と聞かれようがうーんわかんないなあと流します。
姑のグズにも返事しません。
ただ黙々と食事をつくり共に食べるだけで必要以上の声かけもやめました。
訪問看護師と往診の時だけそこにいて薬ももらってはきます。
けれどそれは事務的な対処のみ。そこに感情はありません。
旦那には私はもう何も言わない。だけどもしあれで容態が悪くなり例え家で過ごしたいと2人が言っても私が無理だと判断したら転院させてでも入院させる約束を取り付けました。
舅が入院し深刻な病気で長くないといわれたとき、私は限られた命の義父のためにできることを一生懸命やろうと決めました。
姑が他の家ほど協力してくれなくても、だからって私まで舅にそっぽを向くのは嫌でした。
だから姑への不満を抱えながらも舅にできることをしてきました。
自分を自慢したいわけじゃないし、いい人に思われたいとも思ってない。
こういうときに情に流されいっぱいいっぱいになる自分を結局ダメダメじゃん!とわかってるし、それで息子に心配かけるなら親としてしっかり見極めて冷静になってやれよ!と自分に言ってもきました。
やっぱりとどのつまりは旦那の持論が正解で「アイツらなんかほっとけ!」が答えだったじゃん。とも思いました。
それでも私は目の前にいる弱った舅や落ち込む姑に流されてしまった。
これは私の後先かんがえない突っ走る性格と自己満と上っ面の偽善が招いた結果です。
私のしようとした行動そのものは正論だけど私はそれをやりこなせる器の人間じゃない。
そんな思いつきのために息子を傷つけたくはない。
息子に迷惑もかけたくない。
私にとって1番大事なのは息子達。
たとえ私の上っ面の思いやりが正解でも、それでの結果が息子に心配かけたり負担を負いきれず息子達を巻き込むならそんな正論はいらない。
迷い迷って悩みぬいて私の出した答えはそれでした。
そのときは2人ともわかったと言います。
そうだね。これで2人ともが悪くなったら大変だ!とも言います。
でもここでいうあの人達の大変だ!は自分たとのことだけであって私への負担が大変だという意味ではありません。
なぜなら、そうなったらもう死んだほうがいいね?そうなったらお母さんに捨てられるわ。こんな年寄りたまらないわって・・といいながら姑は笑ってるからです。
だからそうならないように。
だからそれを防ぐために私はいま一生懸命あなた達に話してるんですけど!と言いたくなります。
誰の事だと思ってんの?
それで悪くなったってどうせまた家に帰りたい!入院したくない!手術したくない!ずっと家で過ごしたい!。
あんた達はそう言うよね?
必ず言うよね?
じゃあ聞けよ!人の話を!とイラつきました。
でもその2日後。それから2日しか経ってないのに姑は畑の作物が心配だと畑に行きました。
これを見たとき、ああ・・・もう・・やりようがねえな・・・と思いふっ切れました。
さらに大動脈弁狭窄症の持病をもつ姑が定期通院の血液検査で異常数値がでて、深刻な状態の心不全が危ぶまれてると医師から説明を受けました。
心臓の専門病院には姑を1人で行かせていました。
これは自分に都合の良い小姑家族のための送迎や趣味の畑などだけはやり、都合の良いときだけ重病人を気取り私に甘える戒めで敢えて姑1人で行かせており私は送迎してません。
そこで姑は病院の医師から次回詳しい精密検査が必要な事や運動は絶対NGという説明を長時間にわたりされてきたそうです。
もちろん帰宅した姑からその話を聞いた私も良い機会だから趣味の畑をやめるように。無理をしないように。
食事については私が気をつければ良いが姑本人も気をつけてくれなければ意味がない事柄があるでしょう?と姑と話し合いました。
そこにいた舅にも一緒に、2人が気をつけてくれていて悪くなったものなら私は一生懸命介護する。けれど医者に止められてることを破り好き勝手しておいて悪くなってよろしくねでは私もたまらない。それでは私や家族がどれだけ負担をおっても報われないと。何よりそれで今より身体が不自由になれば舅と姑本人が悲しいのだと。それもすべてしっかり2人に言いました。
これに関しては、せっかく容態が落ち着いてるのに・・。悪くなればまた私が大変になるのに・・という私の心配もありましたので再度注意しました。が私が作業に出かけてる間に姑と舅でやってしまうので防ぎようがありませんでした。
少し良くなればやっぱりまえと同じ繰り返しで、いくらこんこんと説明しようが隠れてまでやってしまう2人を見てると、私にはこの人たちは結局 "自分がやりたいことは何を言われようがする。でも悪くなったらよろしく "という考えで行動してるように見えてなりませんでした。
それから私の介護状況ですが、これも良い意味で頑張ることをやめました。
前回の更新のあと少し容態が落ち着いてきた舅は、止めるのも聞かず外に出てはなにかと私たちの作業を仕切りたがったり舅の病気をいっこうに把握しない姑の頼みで無理な作業に手を出したりしていました。
少しやっては苦しくなり、杖をついて外にいる舅が姑に指示してやらせる。
少し休んでは舅もまたやる。このパターンです。
退院後は今より状態も悪く弱気になって家族の指示を大人しくきいていた舅ですが、容態が落ち着けば自分の病気の深刻さを知らないゆえに強気になってしまうのか・・やはり以前の舅のわがままな部分がでてきました。
久しぶりの更新ですm(__)m
まずは台風による作物の被害状況ですが、早めに畑に苗を植えた周囲の方々は相当な打撃を受けられてしまったのですが、たまたま家の場合まだ畑に定植してなかったことが幸いし大した打撃を受けることなく済みました。
まったく被害がなかったとはいきませんでしたが、まわりの方々の被害に比べれば有り難い結果となり救われました。
ご心配くださった皆様、ありがとうございましたm(__)m
息子もいってたが婆ちゃんは自分を不老不死だとでも思ってんのかね?だってじゃなかったらウンチもオムツもすぐ自分も世話してもらう時期がくるし何なら今だって母さんにしてもらってるのに・・あそこまでは言えないはずだよと呆れてた。
母さんがしてる病気の人や年寄りを助けたいって気持ちは正論だしそれが人の自然の心理だから間違ってはない。
ただ、この家は純粋にそれだけでは済まない家なんだと考えておいたほうがいいと。
いつも穏やかな下の子の言葉なだけに冷静になれました。
息子が頼もしくもあり親として情けなくもありです( ´△`)
ご心配をおかけしましたm(__)m
私は強くならなきゃいけない。
私は強くならなきゃいけない。
弱った舅を見て感傷的になって同情して必死になってたけど、この子が忘れられないこの思いを親の私が忘れちゃいけない。
それで私が弱ってこの子に心配かけてちゃいけない。
私はもっと強くなろう!
ごめんね息子よ。
母ちゃんは母ちゃんらしさを見失ってた。
おまえに心配かけるぐらいなら、してあげること、する必要のないこと、それを黙認してでも舅にわからせなきゃいけないことをちゃんと見極めていくよ。
負担がでかくなったら舅の貯蓄で了解など得ずに介護サービスを増やそう。
それで文句がでたらじゃあポータブル使えよ。姑にやらせろよ。姑がやれよ。
自分の親にちゃんと言えよと舅と姑、そして旦那にいっていこう。
じゃあどうすればいいかをあんた達3人で考えろ!決めたら案を聞かせろ!私は無理!!
と3人に言おう。
さらにこの子は
今回たまたま爺ちゃんが先だったけど、俺はそれで良かったと思う。
爺ちゃんは自分がどれだけ婆ちゃんを甘やかしたか身をもって知るべきだ。
自分がそうなって初めて泣き言を言ってるけど、それも爺ちゃんが身勝手な証拠。
俺はあの人が自分がしてきたことを受けてから死ぬべきだと思ってた。
そういった。
思えば以前は舅が姑のつくり話を真に受けて何度も何度も威圧的な態度をしてきた。
身体を悪くした息子達の弱みを逆手にとり高飛車な物言いをする舅たちに私たちはいつも耐えてきた。
あるときこの子が、俺たちはまいにち畑で必死にやってるのに!気に入らないとすぐ出ていけだなんだと・・・俺達が一生懸命に野菜を育ててもこれが無駄になる日が来るかもしれない・・俺たちはそんな思いで必死に作業するのかよ!
なんであんなことが通るんだよ!!と旦那に泣きじゃくって訴えた事があった。
それを見て私は鬼嫁になろうと決めた。
それからは舅たちに立ち向かって子供を守った。
二度とこの子達を傷つけさせるもんかと思った。
でもあの頃の辛さをこの子自身も忘れてはいないんだと改めて知った。
にしても婆ちゃんは卑怯なやりかただなぁと俺と兄ちゃんも話してた。
ありゃあ母さん、身体壊すぞって。
けど母さんが俺たちに隠すから敢えて言わなかったけど・・・母さん、限界でしょ?もう。言えよ俺たちに。と息子はいうけど。
参ったなあ。
そう言われても、おまえが私を思うように私もおまえたちを思うんだよ。
だから言いたくないよ。
なんかこう・・もっと父さんと母さんでさ。親なんだから子供に負担かけずにさ・・。
でもそれは無理なんだって。
父さんが動かない限り、婆ちゃんがああして逃げようとしてる限り私が壊れても変わりゃしないんだって。
普通は婆ちゃんのような卑怯なやり方をする人がおかしい。
でも爺ちゃんは婆ちゃんをそうした責任が自分にもあるとは思ってない。
だから母さんが2人のことを心配することなんかない。
ただ母さんが何度も掃除しなきゃならなくなったり俺たち家族がトイレを長時間使えなかったりとそれで日常生活に迷惑を被るのは困る。
だからそれは父さんに言わせる。
うえの兄貴はこれを知ったら父さんを飛ばして婆ちゃんに怒りに行く。そのあと父さんにドたける。けどそれじゃあ兄ちゃんが悪者になるだけ。
だから俺が父さんにいう。
そういう話はかまわず俺のまえで直接しなきゃだめだよ
そういった。
さらに「で、父さんはなんて?」というので、見たら気をつけとくって・・というと。
「それじゃあ今までとおなじ。
父さんはその時になっても見てなかったと逃げるだけだよ。
よし。今度母さんに直接かかる負担がでたら俺のまえで話して」という。
でもお父さんはきっとそこでも気をつけとくよで終わるよ?と私が返すと
「だいじょうぶ。俺がはいる。そしたら俺は父さんに、このまえ婆ちゃんに言ってっていったよね?でもやってないよね?じゃあ父さん今からまたすぐ婆ちゃんに言ってきてって言う。」という。
そうして何度でも俺が言わせるという。
おまえを巻き込むのはいやだと私がいうと、
「父さんと母さんのただの夫婦喧嘩なら俺たちは何も言わない。勝手にやってろとほっとく。
でもこれは家族の問題だ。婆ちゃんに言われて家族みんなが爺ちゃんを支えていこうと決めた。
けどその婆ちゃんが口だけだった。
それで爺ちゃんが困ってるだけならいい。自業自得だから。
けど母さんに直接迷惑がかかるのはちがう。それは父さんが言わなきゃ。
その父さんがしっかりしないなら俺たち家族が父さんにいう」という。
そのあと旦那に舅たちの部屋で何の話をしてたのか話してたら、そこに息子がきた。
息子に聞かせたくないので話を終わらせたのだけどあとで息子から「なんかあった?あったでしょ?」と聞かれた。
まあ・・簡単にいえば婆ちゃんも家で見るといった限りは最小限はやってよって話なだけ。と説明した。
うえの息子もこのところ私を気にかけて「体調悪いの?なんかあった?」と心配してくれてた。
でも今日は下の子。
そしたら息子が「爺ちゃんが困ってもそれは爺ちゃんの自業自得もある。けど母さんはトイレの掃除や婆ちゃんがしなきゃいけないこともやってるよね?それは父さんが婆ちゃんに言わなきゃいけない。母さんの負担は今のままじゃでかすぎだよ」と言ってくれた。
ああ・・・見てたんだ・・。言わなくても見ててくれてたんだ・・。
で。
いい?いまからやるから見てなよ!!
と看護師さんがやったとおりに補助をしながらやってみせて、次に姑に「はい!やってみて!」とやらせた。
さらに1日にこれを1回。必ずやってあげるように!
それから身体の痒みをおさめる薬。
日に3度塗れと姑にいったのに聞いたら1日1度だけ。
「その薬も婆ちゃんが3度塗る!体操は1日1度!ちゃんとやってよ!!」と、お願いではなく命令しといた。
そのあと耳が遠い爺ちゃんに「いま婆ちゃんに痒みの薬は3度。体操は1日1回手伝ってやれといっといたから。
爺ちゃんも必ず婆ちゃんにやれと言うように。忘れずちゃんと言わなきゃだめだよ。言わなきゃ婆ちゃんはすぐやらなくなるから。」といっといた。
そのあと姑に「私はこれから仕事が忙しくなる。だからこれは婆ちゃんがして。できない爺ちゃんに自分でやれなんて無理言って逃げたってだめだからね!!
ちゃんと見とくから!婆ちゃんがやりなさいよ!!」と、とどめもさしといた。
私のあまりの声のでかさに休みでいた旦那が何事かととんで様子を見にきた。
おまえがきたところで何の役にも立たんのじゃボケ!!
そしたら「私が手伝わなくたって自分でやればいい!自分でできるじゃないか!」とほざいたので。
できても自力でしっかり足を曲げ伸ばしするのは無理なの!
あのね、爺ちゃんは病気なんだよ?何のために婆ちゃんがいるのよ!
一緒にテレビみてるだけじゃ側にいる意味がないじゃん!
なんで少しだけ補助してあげればできることをおなじ部屋にいてしないのよ!
補助してあげればもっとできることなのになんでそこまで手伝わないの?
なにが嫌なの?
婆ちゃんが言ってるのは自分は逃げてるだけで爺ちゃんだけに自分でやれってことじゃん!
夫婦でしょ?毎日1日中テレビ見て一緒にいるんでしょ?
じゃあテレビ見ながらでも手伝える簡単な補助じゃん!!
補助してあげればもっと効果がでる体操じゃん!!
なんでそれをああだこうだ言ってしないのよ!!そんなの婆ちゃんが面倒で逃げてるだけじゃん!!
それぐらいやったげてよ!!
と総攻撃をかけてやった。
そして今朝。
旦那とはそのまま。話もまったく進んでない。
が、けさは自力で排便できたと舅が喜んでいた。
自然排便できたときは痛みもないとのこと。
このまえの看護師さんの排便マッサージや体操が効いたのかも。
だから舅に気になるだろうけど自然にできたなら次からは無理やりかき出しちゃだめだよ。そしたらまた傷ができて痛くなるから。
食べる量が少ないんだから毎日でなくても心配しなくていいんだよ。
今度からは少し我慢して自然にだすようにしてみようねといっといた。
その話しの時に側にいた姑が「だから動かなきゃダメなんだって!どーせ家にいて寝てばっかりいるから!!」と例のごとく怒ってたので。
動いてるよ!ご飯も自力で食べに来るしトイレも自分でやる。入れ歯も自分で洗ってるし爺ちゃんはできることを頑張ってしてくれてるよ!
それより動け動けって・・そんなこと言って苦しいのに散歩させたりするまえに婆ちゃんこそ爺ちゃんの体操でも手伝ってやりなよ!
婆ちゃんだって "どーせ家にいるだけなんだから"と姑にいってやった。
そんなこんなとその他もろもろでイラついてた私は、きのう旦那にぶちギレた。
家族がトイレを使えない。
あんたも親に言えない。
私がいっても2人は聞かない。
じゃあもう姑たちの部屋の押し入れをリフォームして水洗トイレをつくれ!!!!と。
ボロ屋に金かけて何になる?
知るか!!じゃあ親に言えよ!!
あんたが納得させられないんだからしょうがないじゃん!!
じゃあ私は舅だけならともかく姑のときは何度も何度も何度もトイレもトイレまわりもホースで水かけて掃除すんのか!!
いい加減にしてくれ!!!!と。
旦那は黙ってた。
なんにも言わない。
で、そのまま遅い時間になって
「もう寝るからね~」だって。
ほんと!!話しにならん!!
話は終わってねーよ!!とぶち殴りてえ!!
ムカついてムカついて・・・。
イラついてるわ。わたし。
朝から汚い話しでごめんなさいm(__)m
せっかちな舅は便意をもよおすと気になって気になって無理矢理かきだしてでも出そうとする。これで皮膚を傷つけてしまう。
再び便意がくるとそれで痛みがでる。それで辛くてかきさずにはいられなくなる。の繰り返し。
それを部屋にあるポータブルじゃなく家のトイレでやるから頻繁にトイレを汚す。
ポータブルを使ってくれとたのんでも使わない。気になるとしょっちゅうしょっちゅうトイレに行く。そのかん家族はトイレを使えない。
使いたければ外にある作業用トイレまで歩く。
舅が家のトイレを使うたびに気になる私は掃除をする。
それでも舅が汚す量は知れてるし息子たちも使うまえにチェックし設置してある消毒薬で拭いて使ってくれてる。
だからいまの舅程度の状態なら不便ではあるが何とか許容範囲だとやってきてる。
ところが姑がお腹を壊したとき、このときが悲惨。
お腹が変だなと思ったら念のためオムツを着けておくように姑には何度も言ってるがそれをしない。
この姑の場合は下利便でトイレを汚しまくったことより自分が辛いことしか頭にないので汚してもほったらかし。
ささっと適当に拭うだけで臭いは酷いし汚れも散乱。あとの人は入れたもんじゃない。
それでもポータブルは使わない。
何がなんでも家のトイレでしたがる。
舅の次にこの姑がいまの舅のようになったら?
これはもう最悪。
おはようございます。
台風が近づいてますね。どの地域にも被害がでないよう過ぎ去ってくれると良いのですが。
我が家も昨日は定植用の苗が被害にあわぬよう台風対策をしておきました。
どうか子供たちの農業に被害がでませんように🙏
皆さんもくれぐれもお気をつけくださいねm(__)m
姑とのこの攻防戦だけなら割りきってもいられる。
一切返事をせず聞こえてないかのようにスルーしてることもあった。
でもこうして私が動かずにいていい加減いっても無理だなと諦めて姑が動く人ならこの策にも効果はある。
しかし姑は絶対にしない。
私はできないもん!と決めつけたようにほんとに一切やってくれない。
だから私を気遣う舅が自分でやりだす。
フラフラの身体で。
ヨロヨロした舅が苦しそうにオムツを包む姿を見て私はスルーしなきゃならなくなる。
水がのみたいのに頼んでも無理だから自分でやる舅が苦しそうに水をくむ姿をスルーしなきゃならなくなる。
尿瓶を洗おうともたついてこぼす舅に怒り狂う姑。
叱られてうろたえる舅をスルーしなきゃならなくなる。
それが辛い。
それで私は自分を責めてしまう。
もういい!私がやる!となってしまう。
この流れを旦那は「おまえがやるからだ。ほおっておけ」という。
ほおっておけるか!あんたは会社に逃げて見ないからそう言える。
じゃあ私に姑の共犯になれっていってんのか!
そう言いたくなってしまう。
言っても旦那は黙るだけだけど。
それでここに書き込んで、書き込んだ自分をあとで読んで冷静に分析して策を見つけて・・なんとか・・なんとか前向きになりたい。笑ってたいと思うんだけど・・。
ごめんね。愚痴ばっかりだ・・・m(__)m
でもだめだった。
姑は別にしようと言っても私たちに時間を合わす。
用意して「できたよ~」と呼べばくる。
先に食べてくれていいからといえば2人で先に食べてくれる。
でも私たちがそのあと食べにくるまでずっとキッチンにいる。
自分が何かの行動を起こして介護した愚痴なら聞く気もする。
けど自分はしたわけでもないのに目でみた舅の哀れさを私に伝えるためだけにそこに残ってる。
待ちくたびれていったん部屋に帰ってもキッチンで私たちが食べ始めれば再びそこにくる。
そして延々と舅の様子を私に聞かせる。
あ"ーーーーっ!!もうなに!?コイツ!!!!と髪の毛が逆立ちそうになる。
そこにたまたまいた息子たちが怒ってくれても私がそこでもう聞きたくない!と怒っても。
それはずっと繰り返される。
これが私の抱える姑へのストレスだ。
それは充分わかってる。
けど私が動かなかったら姑は私に「ねえ、お爺さんこんなになったよ~。こんなになって泣いてんだよ~」といってくる。
例の粘着口調で毎回毎回しつこく。
聞いた私は「じゃあ婆ちゃんがやってあげなよ!」と突っぱねる。
でも姑がそれで言わなくなることはないし代わりに自身で動くこともない。
ただ舅がいまどんなに困ってるか、舅がどれだけ悲惨かを私に聞かせたいだけ。
まるでほらこう聞いたらおまえはほっとけないだろう?ほらこういえばおまえが動くだろう?とでも言いたいのか?と思えるぐらいに。
だから私はそれでもその手にのるか!とスルーする。
すると食事時に舅と姑がケンカをしだす。
私がやらなかろうが姑は一切しないので舅の負担は増える。
増えるから舅が泣いて姑の冷酷さを訴え私に聞いてもらおうと食事のたびに切々と訴える。
それを見るのも嫌なので「そんなの聞きたくない。聞きたくないから私たちと食事時間を別にしましょ!」というのも考えたし過去にはそれもやってみた。
もしも姑が言うように「よくやってくれて感謝してるよ」という私への気持ちがホントなら、嫁がこれだけしてんだから私はこれをしなきゃって思うよね?
夫婦間には歴史があってケンカもいっぱいして相手に対する恨み言の1つや2つはどんな夫婦も溜め込んでて、こんちくしょう!って思いもあるけど。
だけど相手が痩せ細ってもう長くはないと知ったら?
そのときには恨みより情が勝ってせめて連れ合いに何かしらのできることをしてあげようと思うよね?
それもしたくないほど相手にうんざりしてたら、あれだけ病院が転院して入院をとすすめたのに頑なに「お爺さんのしたいようにさせてあげたい」なんて言わないよね?
そもそも奥さんである姑が逃げてて嫁が姑にもっとやれと頼むの自体、おかしい状況だよね?
なのにそんな母親を諦めて結局にげてるだけの息子と、人がくるとさも自分がぜんぶやってますみたいに切々と介護の大変さを言えるこの姑。
そんな姑にしてしまってこの期に及んで泣いてる舅。
やってられない。
やってられないんだから割りきって見ないふりしてればいいのに、それができずに悩む私。
だからほんとは簡単。
もうすぐ仕事も忙しくなる。なのにできもしない私が悩むより、私は私のできることは一生懸命してるんだと自分に言い聞かせて、どこかで割りきるのが今の私には必要。
そうだよね?
家で介護すると決めたのに、こうしてあげたらもっと爺ちゃんが楽になるとわかってるのに。
だけど私1人で何もかもは負いきれない。
ほとんどのことはするから、そばにいてこういうのだけ頼むねと言ってるだけなのに、なんでそれができないんだろう。
ならなぜ家におきたいといったんだろう。
旦那に今日のことを話したら
「おまえは体操なんかしてやらなくていい。ほっとけ。ほっとくしかない。」と言われた。
負担が重く愚痴になるならそうするしかないよなと私も思う。
だけどこの姑は自分はしないくせにそれで爺ちゃんが困ると私にいってくる。
それは婆ちゃんがするしかないじゃんと叱っても。何度も怒っても。そのすぐあとに同じ事を。
何度も何度も何度もいってくる。
それが私のストレスになり頭に絡みつく。
うるさい!聞きたくない!黙れ!
そういっても言うだろう。
旦那はそれでもほおっておけと言うだろう。
その間に舅はどうなっていくのかな。
私がもうちょっと、あとちょっと頑張ればしてあげられたのか?
そこから逃げたために舅は辛かったろうなとあとで私は悔やむのかな。
それも舅が姑をそうしたから。自業自得だからとわかってても。
逃げた私は私を許せるかな。
むかし側にいなくて大爺ちゃんを助けられなかった私が今は舅の側にいる。
なのに私は逃げていいのか・・。
あのときとおなじ後悔を私はしないのか・・。
そんな思いが堂々めぐりしている。
しかも姑は姑で、急に寒くなったきのう。
羽毛の布団がとなりの部屋にあったにもかかわらず面倒がって夏布団1枚で寝て、寒くてたまらなかったのに震えながら身体をかたくして耐えてたらしい。
朝ご飯で会ったとき身体をかたくして寝たから腰が痛いだ背中が痛いだと朝から大病人気取りでうるさいうるさい。
朝から昼まで夜までもずっと言ってる。
アホか!となりにあるんだから布団もってこいよ!!
それぐらい自分でかんがえてくれよ!
それすら誰かに甘えるのか?
ガタガタ震えてね~。
だから身体が痛くて痛くて~。
どうなっちゃったんだろう私の身体は~~。
ずっとずっとずーーっとグズグズ言ってる。
もう聞きたくもない!!
このとき怒れたのにはわけがあって。
きのうオムツを捨てかたを婆ちゃんに説明した件。
どこをどう解釈したのか、私が朝おきてトイレにいったら舅がしゃがみこんでトイレのまえでオムツを新聞紙でクルクル巻いていた。
私はこんな身体の舅自らがやれといったんじゃない。
姑にやれといったのに。
なんで爺ちゃんがヨロヨロしながらやってんのよ?
聞けば婆さんに怒られて臭いからこうして自分でちゃんと捨てろと言われたそうだ。
はぁ~あ・・・。
でも看護師さんが帰ったあと、さっきの体操。簡単だから婆ちゃんお願いね。
テレビを見ながらでもしてあげられるから。そうすれば疲れず筋力も落とさず済むよ。
という私に、姑は
「そうだよ!爺さん!自分で足を上げ下げして頑張らなきゃダメ!あとグーパー体操もね!私は友達とやってるよ?そういう努力を少しはしなさいよ!!」と舅に怒った。
バカなの?こいつ?
あんたがやるのよ!あんたがやらないから困ってんのよ!
自分でやれるほど元気ならこんな状態にならないわよ!と呆れはてた。
舅も「やりたいけどやってみても自分じゃできなくて1、2回だけ、それも少し足があがるだけだよ・・」といった。
そんなこと言って甘えてちゃダメだわ!!とさらに姑が怒る。
いいかげんイラついて私が「爺ちゃんがひとりでできるはずないじゃん!!婆ちゃんが手伝えばいいじゃん!爺ちゃんを世話するためについててくれるんでしょ?それぐらいやってあげなよ!」と叱った。
姑は黙ってた。
私もこいつは絶対しないなとわかってたからそれ以上は言わなかった。
そのあとも散歩に行ってみたけど苦しくなったと告げた舅のために看護師さんが「ベッドで寝たままでも筋力を落とさないようこうして補助をしてあげて身体をゆっくり動かしてあげればいいんですよ」と足の体操やマッサージをしてくれた。
かゆみが強い舅のために背中もさすってくれた。
背中は私も日に何度かさすってたけど、それだって本当なら婆ちゃんにやってほしい。何度いってもやらないけど。
こうした簡単な体操だって婆ちゃんでもできる。
もしこれをまた私がやったら私の役目はさらに増えるだけで、それも私の負担に繋がるんだろうなと思った。
だから姑に「これなら婆ちゃんでも簡単にしてあげられるよ。これをしてあげてね」とすすめた。
こういうのはあんたの役目で、ただ爺ちゃんと一緒にテレビを見てるだけ。退屈になると娘のための畑に行く。それだけじゃ介護とは言わないのよ?と言いたかった。
そしたら姑が「今は自分でトイレに行けるからいいけど、ウンチやおしっこの世話までしてもらわなきゃならなくなったらもう終わりだよね(笑)」と看護師さんにいった。
さらに「そんなになったらもう死んだほうが楽。そこまで世話になってまで生きたいとは思わないよねえ?そこまでしてもやれないし!」といった。
とうぜん看護師さんはなんて答えていいかわからず苦笑いしていた。
舅は黙ってた。
だから私が「だいじょうぶだよね爺ちゃん。
オムツしてるしポータブルもあるんだし。
行けなくなったらオムツですればいいんだもんね。みんなそうなっていくんだから気にしなくていいよ。
それに爺ちゃんは元気になるように頑張ってんだもんね?調子もいいし良くなるように頑張ってるもんね?」とその場を繕った。
舅は「そうだね。頑張るね。世話かけるね、お母さん」とまた泣いた。
看護師さんが来てくれたので舅の排便の件を相談する。
「じゃあ見てみようか」と排便しやすくなるマッサージや便のだしかたを教えてくれた。
私は「婆ちゃん、ちゃんと覚えてあげてね。婆ちゃんが覚えてくれないとこればっかりは困るから」と看護師さんがいるまえでわざと姑にいった。
看護師さんも「そうね。こればっかりはお爺ちゃんも奥さんのほうが言いやすいし気が楽だもんね。お婆ちゃんが覚えてね」といってくれた。
舅はいつもケアマネや看護師さんがくると私がどれだけやってくれて良くしてくれる嫁かを嬉しそうに話す。ありがたいよと涙ぐむ。
ケアマネさんたちも往診医もそれを感心してましたよ。頑張っておられますねと私を励ましてくれる。
彼女たちは舅のために来てるのに、自分の昔の苦労話を長々と話し、ご近所の不必要な噂を聞かせ、舅のことなど話しもしない姑を見てきた。
何人もの利用者のお宅をまわる彼女たちだからこそ見えてくるものがある。
だから排便のさせかたを覚えてといった私の気持ちをくんでくださったのだと思う。
けさ舅は外に出て少しだけ歩いて外の空気を吸っていた。
でも少しだけ。やっぱり少し苦しくなったらしくそのうち家にはいった。
きっと姑に「な~んにもしないから便がでない」だの「寝てるだけで動きもしない」だのと嫌みを言われたからだろう。
無理しなくていいのに・・・。
私のまえで姑が舅に嫌味をいったときは「だってしょうがないよね。身体を壊してるんだから。気にしなくていいよ。みんな老いればそうなんだからね」と姑をさえぎる。
でも二人で部屋にいるときにきっと色々言われるんだろうなあ。
かつて姑が大舅にいったように弱者に対して容赦ない姑のこと。陰険なやり方で少しずつ少しずつ。
それがわかるだけに複雑だ。
という旦那へのムカつきを抱えながら私はいま毎日をこなしてます。
旦那のこの何というか冷酷さというか人任せというか、気が利かないというか無責任さというか・・は今に始まったことじゃありません。
ときどき、思いきってみんなぶん投げて単身で1泊旅行でもしてやるか!とやけっぱちになることがあります。
でも落ちちゃダメ落ちちゃダメ!!と自分に言い聞かせて、今ある幸せを無理矢理にでも見つけて前向きになろうとする私もいます。
私には大切な息子たちがいて、そろそろ冬野菜の作業が繁盛気にもなります。
笑わせてくれる息子たちと一生懸命仕事をしてると、この私の気持ちは紛れます。
コイツらがいるからいいや!とふっ切れます。
昨日ぜんざいを食べて和んだのもあって少しだけ前向きになれてます。
心配はたくさんあるけど気負わず1つずつ1つずつこなしていこうと思います。
よい意味で割りきって無理はしないように自分にセーブをかけていこうと思えました。
介護は長いトンネルだけど昔と比べたら動けなくなった舅や姑に権力はなく、私が主導権を握れるようになっただけ随分ましです。
あの地獄の頃に比べたら身体は辛くても気持ちは楽。
そうだよね。
そうだよね。
よーし!!
もうひと頑張りやってやるぜ(^-^)
わがままかも知れないけど。
私から言えば虚しくなるから言わないけど。
本音を言えば「たまには外で飯でも食うか?」って。
そういう気持ちがなんでわかないの?
そのひとことで私は頼りないあんたをチャラにして笑っていられたのに。
あなたは長期の休みを取ってくれたけど、その間にあなたがしたことは私が下調べをしたものに沿って私の後について動き、私にどうするの?どういうの?と逐一きき、あとは舅たちに言われた通りに家族が使うトイレの手洗い蛇口を改造して舅が尿瓶を洗う場にしちゃったり、無駄な服持ちの姑に頼まれてもっと服が入るようにとタンスを動かしたり。
けっきょくは義親の無駄な発案に使われてただけじゃん!
そんな注文に答えるより、なぜその手洗い場はみんなが使うところ。尿瓶を洗うなら外の水道で婆さんに洗わせろといえないの?
服が入らないって部屋の押し入れぜんぶに30個もの姑用の衣装ケースが入ってるのに、そんなに服を増やすより片付けていくことを考えろ!ってなぜ姑に言わないの?
同じ家に同居の私たちの話はどこにいても義親に聞かれる心配がある。
だから旦那と出かけた時にしかこういう話が安心してできない。
たいていこういう話は食料品を買いにでたとき。
車のなかで旦那の返事を待つ。でも旦那からの案はでてこない。
時間だけが過ぎる。
「ねえ、早く食料品かおうよ。」と旦那がいう。
わかってるよ!知ってるよ!買うよ!
だけど、出たときしか話せないじゃん!
こういう話だって大事なのよ。
あんたと私の立ってる場が同じでなきゃ介護なんかできないよ!!と何ともいえない気持ちになる。
旦那は、だっておまえは俺がいったって聞かないじゃんという。
聞けないよ。まったくあんたの言うとおりにはできない。
だってあんたが望むのは自分の趣味の時間は必ず確保させる。私は愚痴もいわずに舅と姑の性格を見越して一切逆らわずこういう奴だと諦めて従ってればいつか舅たちは死ぬからってことでしょ。
それまでに私はどれだけ負担を背負うの?
それまでに私はどれだけ気を病むの?
ぜんざいを食べて気持ちが和んで少し元気がでた。
仕事から帰った旦那に私の不満をぶつけた。
旦那はいつも聞いてはくれる。
私の不満に怒りもしない。
だけどじゃあこうすれば?という答えもくれない。
あなたはこうしてこういってと1語1句言えばその通りに親にいう。
けどそこに旦那の感情はない。
なぜそれを言わなきゃならないのかをわかっていないしわかろうとしない。
基本が他人事だからだ。
「こういって」と言えばわかったという。
でもすぐに、でさ、俺あしたの休みゴルフだから、明日はこれをやろうかなあ・・と自分のしたいことに頭がいってる。
そうじゃなくて、あのさ・・その方法でいいよね?なにかもっと他にいい方法ある?どう思う?と私が聞いても
「いいんじゃない?それで」しかいわない。
なんで?あんたの親のことだよ?なんで私ばかりが考えてあなたの意志がそこにないの?なんであなたから考える姿勢や手段が出てこないの?と聞く。
すると「だって俺わかんねーもん」。
それで黙る。ずっと。
ひたすら待ち続けてても何も旦那からは出てこない。
じつはこのぜんざい、実家の母も大好き。
いつも作りながら持っていってあげたいなあと思うけど、母の家に行くには往復2時間。
届ければ届けてすぐ帰るってわけにもいかない。それじゃあ母が寂しがる。
あまり長居もできない。舅が不安がる。
私の留守に汚されるトイレも心配。
農作業の合間にもすることはたくさんある。
いつか必ずたくさんつくって母に持っていってあげよう・・・このぜんざいをつくるたびに毎回そう思うのだけど、なかなか都合がつかず持っていけるのは5回に1度くらい。
ごめん・・。
ゆうべ遅くにぜんざいをつくった。
もともと甘いものはあまり好きじゃない私が唯一好きなのがぜんざい。
それも自分の好みに合わせて手作りしたもの限定。
私の理想のぜんざいは給食にでた甘さ控えめで小豆の形がしっかり残ってるさっぱりしたぜんざい。
あれを再現してつくる。
お餅だとかたくなるので白玉だんごを使う。
疲れもあり何となくほっこりしたくてぜんざいをつくった。
自分でいうのもなんだけど・・うまかったあ~(笑)
舅と姑は私のぜんざいが好きで作ればご飯がわりに食べ、おやつとしても食べる。
鍋がすぐ空になるほど。今朝も朝から2人が喜んで食べてくれた。
味覚障害があるからダメかな・・と心配だったが喜んでくれて良かった。
これできょうはおかずも慌てて作らなくてすみそう。
少し楽できる。やったあ。
食事どきに食事を終えたこの姑が嫁に用意された薬を見て毎度毎度「こんなに薬を飲まなきゃいけないなんて嫌になる。
こんなにあれこれ飲んだらお腹がふくれちゃう。ほんとにもう死にたい!」と愚図をいう。
爺ちゃんは私が用意した薬をありがとうなと言って文句をいわずに飲む。
お母さん、世話をかけたねと必ずいってくれる。
それに比べて愚図と自分が誰より辛いアピールしか言わない姑。
あんたは飲むのに大変だろうが飲むだけだ。
仕事を終えて食事を作りながら右へ左へ飛び回りながらその何種類もの薬を毎度毎度取り分けて用意する人の苦労など考えもしない。
飲むだけの人が贅沢いうな!
イヤなら飲むな!
飲まなきゃこっちも用意しなくて済む!
1度怒ってそういってやったら「そうだね。贅沢いってちゃいけないね」と謝ってきた。
だけどそんなのはその場だけ。
次の飯時にはまた同じ事をいう。
だからもう言わないし反応もしない。
私はただ黙々と自分の仕事をこなしすべきことをする。
でも下の世話までは丸投げされたくない。
そこまで姑に甘えてほしくない。
私がそれにぶちきれて爺ちゃんを入院させることはきっとない。
姑に対する怒りより舅への情がきっと勝る。
だけど私の身体は1つだ。
このあてにならない姑を抱えて私はどうなっていくんだろう・・。
舅への情を捨てるのか無謀な介護を覚悟するのか・・。
その選択を迫られるときがくるのかな。
そんなことを考えてしまい、最近ちょっと落ち込んでます(^_^;)
ガッツがなくてごめんなさいm(__)m
少しだけ時間をくださいm(__)m
次は前向きレスでお届けできるよう頑張ります!
そのあと舅にはウンチは誰のだって臭いんだよ~。お花の臭いがしたら困っちゃう(笑)爺ちゃんは身体が大変なんだからそんなことは心配しなくていいんだよ。
それは婆ちゃんと私の捨てる人が気をつけることで爺ちゃんのせいなんかじゃないんだから気にしなくていいんだよ。
それを気にされたら私は何も言えなくなっちゃう。
爺ちゃんの世話をどうやったらみんなでうまくできるか?を考えてるだけだし、それは私や婆ちゃんの役目なんだから。それは婆ちゃんや私や父さんが考えてくんだからね。爺ちゃんはもう気にしない。約束だよ?
そういっておいた。
爺ちゃんはありがとうなって泣いていた。
姑はおそらく舅に「あんたのせいで嫁に臭いと言われた」とでもいったんだろうな・・。
そうじゃないじゃん?
そこじゃないじゃん?
婆ちゃんがゴミをちゃんと捨ててくれれば済む話じゃん?
そもそも婆ちゃんが家で看たいっていったよね?
自宅介護に下の世話はつきもの。
婆ちゃんは奥さんじゃん?
こうなるのもわかりきってたじゃん?
なのに今さらなんで爺ちゃんを責めるのよ。
他のことぜんぶ嫁がしてるのに、婆ちゃんはたった1つのそれだけをしてくれればいいのに。
なんでそれを責めるのよ?
もしこのさき婆ちゃんが動けなくなって排泄も思うようにできなくなって、私になんでちゃんと排泄できないの!って。
そこを怒られたら。
婆ちゃんはどんな気持ちになるよ?
ちゃんとできるならしたいよ。だけどできないから悲しいんじゃん!
そんなの爺ちゃんが1番悲しいのになんでそこを責めるのよ!
なんだ!この自己中人間!
じゃあ弱ってく爺ちゃんにどうしろっていうんだ!!
はぁ・・・先が思いやられる・・・。
そのあと、そろそろアイスクリームが食べたくなる時間かと思い舅の部屋に行ったとき、姑が舅を責めていた。
「臭うに決まってるじゃん!なんでトイレで普通に出さないの!そうすれば楽なのに!私が出すときだっていつもいつも臭かったんだから!!!」
それを言われた舅は「そりゃあ悪かったなあ・・困ったなあ・・・。どうしてやればいいのかなあ・・」とオロオロしてる。
ちょうど会話を聞いたので私がそこに割ってはいった。
爺ちゃんが普通に便を出せないのは爺ちゃんのせいじゃない。
これは捨てる人の捨てかたの問題で、婆ちゃんだって臭かったならなんでそのまま棄ててたの?持ってく人のことを考えたらもう一枚ビニールに入れて二枚重ねにするとか、私が説明したように消臭剤があるポリに入れるとか。
それは婆ちゃんができたことでしょう?
それをしてれば臭いはでないよ?
爺ちゃんが悪いわけじゃないじゃん!と姑を叱った。
けれど汚物ゴミのだしかたについてだけはどうしても譲れないと思い、きょうはオムツ専用の消臭剤入りポリバケツを1番手前の捨てやすい位置に動かし、普段姑が投げ込む家族も使うポリを置き場の1番遠くに移動させた。
さらにオムツ専用のポリには "舅達の部屋のゴミ用"と書いた大きな札を張り、オムツもここに捨ててねと書いた。
舅の部屋からでるティッシュゴミに汚物がついてることもあるので、もう紙くずだろうがオムツだろうが舅達の部屋の燃えるゴミはすべて1つの舅姑専用ポリに入れさせてしまうことにした。
すぐ横の壁には二枚重ねできるようビニール袋のストックもさげておいた。
二枚重ねにすれば臭いも少しは軽減する。
そのポリなら消臭剤もつけてあるしフタもしっかり閉められるから外に臭いはもれない。
これなら家族が使うポリが被害を受けないかもと。
それから姑達の部屋に行き「このまえゴミだしを父さんにたのんだらすごく臭って大変だったらしいの。どうしてもまだ臭うようだから壁にかけてあるビニールにいれてビニール二枚重ねにして出そうね。
紙くずもオムツもそこに一緒でいいように爺ちゃんたち用と書いてあるポリバケツを手前にしたから。そこに捨ててね」
そう姑にたのんでみた。
姑も自分の息子が被害を被るとなればどうだろう?
そう思った。
私が使うポリが1番遠くなって不便でも臭うよりいい。そう思った。
舅がどうでもいいことは主張するのに肝心なことを姑に強くいえないのは昔から。
だから私の目がないところで舅が自力でおかずを作るはめになっていようが私にそれを完全にとめるのは無理。
そのとき「なんで婆ちゃんがやらないのよ!」と私が姑に怒るのは簡単だった。
けれど舅は必ず「いいよ、自分でやるから」と姑を庇うだろうし、そのとき私に叱られた姑がわかったと空返事をしようが2人だけになればやはり姑は逃げて舅は無理してでもつくる。
それはとかげのシッポ切りとおなじで、そんな無駄な繰り返しをしてるより2人にかまってるぐらいなら私は仕事を優先する。
私は私ができるときに後悔しないようできることをする。それしかないんだなと思った。
そんなさなか、このまえ苗つけ作業があり朝5時半から起きて私は子供達と畑に行ってた。
作業は夕方までかかるからと姑と舅の心配をしたが前夜の残り物があったので姑はOK。
だけど舅は顔を見てから決めるので「すまないが爺ちゃんの食べるもの、簡単なものでもいいから冷蔵庫にある材料でやってあげてくれ」と姑に何度も念を押して私は作業に出かけた。
それでも気になったのと、昼を少し過ぎてしまったがやっと休憩にはいったのでいったん戻って家の様子を見に行った。
そしたら姑がひとりで残り物をがっついてるそばで舅がキッチンに立って昼をつくってた。
なにしてんの?爺ちゃん!だいじょうぶ??ときく私に舅のかわりに姑が
「いいの!少しは動かさないと!甘えてちゃダメだ!」と自分だけ食べながら笑って答えた。
よろつきながらフライパンを持つ舅が危なっかしくて私がやるからとかわってつくったそれを、舅はけっきょく疲れて食べられなくて。
喜んでがっついたのは姑だった。
なにしてんだろう・・。
この人たちはなにしてんだろう・・。
私の日々の気持ちは無駄にしかならないのかなあ・・・。
力がぬけて悲しくなった。
舅の容態はわかってる。おかれた状況もわかってる。
だから私も長時間はでかけず家にいたし作業も中断してちょくちょく様子も見にきてた。
食事どきには家族の食事をつくりながら舅が飲む氷水を用意し薬を用意し、食べたいものが毎回ちがう舅のために顔を見てから食べたいと告げたものを急いでつくった。
自室に持っていけるようにペットボトルに水を用意し栄養補助剤を用意し、それを舅専用の冷蔵庫に冷やす。
舅にのっかり舅以上に手のかかる姑の用意もし二人が座って食べて部屋に帰ればそれで済む状態までは私がした。
三食毎度にやってれば私が食事をするのは家族みんなが終わったあとで、そのときだって舅や姑の愚痴を聞きながら。
ちょくちょく舅の部屋に行き声をかけ舅が喜ぶものをおやつにだすと味覚障害があるなかですごく嬉しそうに食べてくれて、それを見たら私も嬉しくなって頑張れた。
けどそれは下の世話関連を姑に頼むから。だから私はそれ以外の世話や薬をもらうのやケアマネとの話や・・そういう下の世話以外を一生懸命やらないと思ってた。
こんなこと婆ちゃんが自分でできるでしょ?ってことも舅にするように元気な姑にまで。
婆ちゃんがいなけりゃ下の世話は私がやる。
それはわかる。だけどそこだけは、まずやるのは婆ちゃんじゃん?
そして3つ目。
そんな状態の舅が冬は居間にあるコタツで過ごせるようにしたいといいだした。
けれど通常のコタツで座って長時間は過ごせないのでコタツのしたに前に布団の下に使ってたWサイズのクッションマットを敷き、そこで寝てコタツにあたりながら居間でも過ごせるようにしたいのだという。
しかしこのクッションマットは尿瓶で用足しを続けてた舅が使ってたもの。既に臭う。しかもWサイズ。
こんなものを居間に置かれ寝られていて尚且つそこでも尿瓶を使いでは居間自体に臭いがつく。
やめてくれと思った。
もうレンタルのリクライニング式ベットで充分じゃないか。
そんなに動けやしないのに、なぜ自室だけでなく居間まで汚す?
それが憂鬱でたまらない。
それを聞き入れ、やるだけやってみようという旦那にもムカつく。
舅が自室にいてくれれば臭いの被害も自室だけですむのに。
居間を掃除するときWサイズの重いマットをどかしていちいち掃除するのは誰?
姑がするのか?
するはずないじゃん!と。
なんでそんな身体なんだし自室でいいじゃないかと舅にいってくれないの?
なんでいえないの?
旦那にムカついてた。
それから2つ目。
自力でトイレには行ってるが多少なりとも着けてるオムツは汚すし風呂も舅がいやがり4日に1度なので舅の着けてるオムツは臭う。
姑は舅が部屋で替えたオムツをゴミ箱に捨てるのはしてくれる。
けれどこのオムツが新聞紙でくるんだだけで生ゴミポリ容器に捨てられてたので、ポリ容器から臭う。
そこでポリ容器の近くに大量のビニール袋を下げておき、オムツ専用のしっかりフタができるポリを購入、フタには消臭剤を取り付けオムツ専用ポリをつくった。
姑には捨てるときそのままじゃなくビニール袋に入れて消臭剤のつけてあるそのポリに捨ててねとたのんだ。
そうでないとそのポリからも臭うしゴミだしするのに車で運ぶときに臭ってたまらない。
ところがこれを姑は守らない。
何度いっても。
もう幾度となく言ったし姑をそこにつれてきて実践して見せてもいった。
けれどこっそり捨ててある。
気づいたときはいいが知らずに他の家族がその上にゴミを捨ててしまい、臭いに気づいた私が先にゴミを取り出しそれを捨てまたゴミを戻すなんてことも多々ある。
そのときにはもうポリ容器そのものに臭いがついて臭ってる。
何度いっても守らない姑・・・こんなもの臭やしないとでも思ってるのか?
そのひと手間が面倒なのか?
だったらそのゴミ。姑達の部屋に専用ポリを置いて姑が自分で捨てにいってよ!
と。
私はこれを守ってくれない姑がストレスでストレスでしかたない。
*ご注意。
汚い話になるので注意して閲覧いただきたいm(__)m
しかも舅はもはや力がなく排便がしにくいため便を自分でかきだし排便する。
排便したくなると気になる→かき出す。肛門に傷がつく→便意がくると痛む→かき出す→傷をつける。この悪循環。
でてもでなくても気になってしかたない舅が頻繁にトイレにいく。
1日に何度も長時間。そのたび家族はトイレが使えない。
訪問看護師さんにはこういった排便補助やマッサージもたのめる。
しかしこれを頼むには2週に1度の訪問数を週1にする必要がある。
週1にするのはイヤだし何より看護師に下半身を見られるのもイヤだと舅がいう。
じゃあ往診医に相談して下剤をもらおうか?と舅に聞いてみる。
しかし下剤を使えばトイレには間に合わない。
だから先日、下剤を使うなら間に合わないからポータブルを使ってくれるか、オムツのなかでするようにしてくれないか?と舅に頼んだ。
間に合わないとわかってるのに事前にオムツを外してしまう舅のことだ。
トイレに行くまでの部屋や廊下を汚されたら目も当てられない。
想像しただけで憂鬱になる。
この申し出について舅は納得してくれた。一応は。
しかし姑は黙ってた。
ポータブルにしろオムツにしろ部屋で用足しするとなれば姑に手間がかかる。
それを懸念してる。だから姑にも念を押した。
姑はしぶしぶ「オムツでさせる」と言ったが、たぶん二人のやり取りで部屋での用足しはグズグズ言うだろう。
これはやらせてみて守らなければ旦那と二人で姑にいう段取りになっている。もちろん舅にも。
けれど手間から逃げようとする姑の姿勢がある限り、ちゃんとやってくれるの?という不安が私に残る。
1度でもそれをされたら私たちも使うのに通路や部屋の臭いはとれるのか?
・・・考えると憂鬱になる。
おはようございますm(__)m
今すごくストレスになってる事があって悩んでる。
1つは、舅はもうオムツを常につけてるのだけど基本は家族といっしょのトイレを使う。やっぱりポータブルは使わない。
どうやらそれは姑が部屋でポータブルを使われると手間が増えるから使うのに対して舅にグズグズ言うかららしい。
けど姑は私のまえで使うなという発言はしない。
舅も舅にそう言われていても私にはそれを告げ口しない。
舅が私に話せば私が姑を注意し、その反動が何倍にもなって舅に返るからだ。
だから聞いても言わないし舅はそれを隠す。
けれど隣にある舅達の部屋から聞こえる会話の端々を繋げるとそれが予想できる。
いま舅は何とか通常トイレで用をたせるし汚されてる箇所はあるが、わずかなので家族が自分が使うたびチェックすればすんでいる。
けど本音を言えばこれも少しだけストレス。
じゃあポータブルの意味はなに?
じゃあオムツの意味はなに?
そこはトイレを使う他の家族のことも考えて姑がやってくれよと。
今のようにケアマネ制度がまだ浸透してなかった頃、私は過去に祖母の介護で翻弄しました。
要介護度というものもデイサービスも老人施設も、言葉は知ってたけれどその制度の仕組みには無知でした。
祖母の場合は独居の自宅で悪くなり要介護度を取得し老人施設に入所したので、翻弄しながらも自力でケアマネや老人施設を探したためそれまでの手続きについてある程度は把握していました。
が今回のように自宅介護に関するシステムは初めての経験です。
老人施設を利用するときのシステムの流れと自宅介護でのシステムの流れ、これらはいずれ私の母にそして私自身の終活にも役立つと思い貪欲に知識を学びたいと思います。
その状況にある時々はとても大変でへこみもします。けどへこんでるだけじゃ前には進めません。
それならこれも舅と祖母が私に与えてくれた機会であり経験という知識の財産。
そう考えたほうが楽しいので前向きにがんばります!
このさき舅の状態が悪くなり2週に1度が毎週になり週に2度となっていけば当然この基本料金設定も変わります。
しかしサービス項目にはこれから寒くなる時期に家族では難しい入浴介助もあります。
痰の吸引や排便改善のサービスなど看護師さんがいてくださると助かるものも。
それらの項目が基本料金内のサービスに含まれていたのは大変ありがたかったです。
お世話を助けていただく看護師さんやケアマネさんに、あまり料金について掘り下げて聞くのはためらわれましたが、これは理解できてとても安心したので思いきって聞いて良かったと思います。
なおこれは私の住む地域の目安であり、お住まいの地域により基準料金設定や詳細も変わりますので、そこのところは皆さまの地域の仕組みにそわれて下さいm(__)m
例えば要介護度1のうちの舅の場合ですと2週に1度1回1時間までの訪問看護サービスの基本料金は約820円。
これに緊急時に対応していただける緊急時訪問看護加算オプションの基本料金が約600円。
この2つを合わせた基本料金約1420円を毎月払えば項目内のサービスを受けられるというわけです。
初回に契約を交わしたときこの仕組みについての詳細がわからず不安で、訪問看護をお願いするのは良いけれど費用はいったいいくらかかるのか?が不鮮明だったためモヤモヤしていました。
しかし今日思いきって聞いてやっと仕組みが把握できたので私の誤解により誤って記したところを訂正させていただきます。
申し訳ありませんでしたm(__)m
前記レスの撤回ですm(__)m
本日ケアマネさんに例のポイント点数の仕組みの件を詳しく聞きましたところ、私の誤解があったので撤回させていただきますm(__)m
ケアマネさんの話によると、自宅看護でできるサービスの内容は概ね決まっている。
そしてどんなサービスがあるかは毎回訪問にきてくださるときに記録してうちに渡していただける報告用紙に記載されている。
そのなかには痰の吸引や排泄補助、入浴介助など様々な項目があるがそれがどれでも使える。
ただし利用者の舅の状態を見ていまどんなサービスが必要かは看護師さんと家族で検討し決定していく。
このサービスに1つ1つに利用料が加算されることはなく、何時間のサービスで契約したか?によって料金が決まる。とのことでした。
つまりうちの場合だと1時間までで訪問看護をお願いしていますので、この1時間以内なら設定された料金でそのなかにある項目のそれぞれのサービスが受けられる。ただそのサービスの内容は状態に応じて家族と訪問看護師で決めるというものだそうです。
だけど頭でこれがわかってても元気なうちは老いた自分を想像できないのが義親で、おなじく年を重ねた自分を想像できないのが嫁。
時期がこないと義親も嫁もこういう気持ちにはなれないのかも知れません。
それまでに両者はいったいどれだけ傷つくのでしょう。
私が書いたのは綺麗事かも知れませんが私がしてきたような思いを他の誰かにしてほしくない。
もしも現状が少しでも変わるなら・・そう願って書きました。
ただ、この状況を体験した私だから言えることが2つだけあります。
義親さんの立場のかた。
あなたが思ってるよりずっと老いは壮絶で嫌ってほど無力を思い知らされます。
嫁に媚びへつらえとは言いません。
けれど傲った考えはいずれ必ずあなた自身を苦しめます。
お嫁さんの立場のかた。
義親なんか知らないわよ!で済むほど老人のおかれた現実や介護制度は甘くありません。
その壮絶さが、あなた方ご夫婦の危機や家族の別離に発展する可能性だってあります。
いくら憎たらしい義親でも共に暮らしその現場に居合わせたとき、あなたは知らないわよ!では通せない。
もしもそんな場面でも我を通せる人だったなら、あなたはいま現在も悩まれてなどいません。
それを知ってください。
嫁と義親はわかりあえない。
これは永遠のテーマとされますが、実は嫁は嫁で不安を抱えてて義親は義親で不安を抱えてて、お互いが不安なんだと思います。
とても難しいだろうけど、もしも義親が「ほんとはね、私は老後が心配で。だからってあなたに迷惑をかけたいわけじゃない。けど老いてもなるべくは自宅にいたいの。
それには私の貯蓄はこれだけ。かといってこれをいまあなたに渡してしまったら私にはなにも残らない。
少しずつ流したり生活援助してあげられるほどの額でもない。
だからどうしていいかわからないのだけどおなじ家に住む家族として一緒に考えてくれないかな?」と心を開く。
嫁は嫁で「私はこの家にずっといる気でいる。
けど、お義母さん達の介護費まで負担できるほどの余裕がない。
だけど一緒にいる限りなんとか策を考えなきゃとは思ってる。だから一緒に考えてみませんか?」と心を開く。
絶対に看ないといったってそこに一緒にいる限り知らん顔ができる人間はそうそういない。
そして義親の老いは必ずくる。
だったら早ければ早いほど策は練れるし手段は増える。
おなじ家に住むのが決まってるなら、いくら認めたくなくてもそれは家族。
義親も嫁もこの現実から逃げてちゃいけない。
逃げてればそれはたまっていって、あとになればなるほど家族みんなが大変になるように思います。
だからといって母が子供の誰かと同居し自宅介護で生涯を終えることは難しいです。
でももしもこの母が「子供なら私を看てあたりまえ。」
弟の奥さんに対して私は姑よ!という考えでいたら、いまの私と姉と弟の3夫婦がこんなに協力して母のために動くことはなかったと思います。
母は子供夫婦と孫を何よりの宝だといい、私ほど幸せな親はいないと言います。
いつかは老人施設に行くしか手段が無くとも嘆くことはしません。
それよりも私たち子供の未来しか見ていません。
だから弟の奥さんは母に財産などなくても必死で協力しようとしてくれてるのだと思います。
そしてそんな彼女を私と姉と弟は嫁というしがらみから守りたいと思っています。
これは夢物語ですが私の夫は、もしもうちの舅と姑を無事に見送り、そのとき私の母が生きていたら、この家に呼び母と共に暮らすといっています。
まさに夢物語だけど夫のその気持ちが私は本当に嬉しかったです。
親が子供にできるのはお金の援助だけではありません。
子供夫婦が困ってるとき、助けが必要なとき、母は仕事をしながらどの子供夫婦のもとにも分け隔てなく助けにきてくれました。
お産で困る弟夫婦に代わって家事をして
入院で困る姉夫婦のもとで家事をして。
熱をだした子供に手を焼くどの子供夫婦のもとにも、呼ばれれば必ず仕事帰りに手伝いに行きました。
分け隔てなく孫に接し、どの孫も同じく可愛がり、どの夫婦の子育てにも協力してきました。
そんな母だったから、いざ母の介護が現実に近づいたとき弟の奥さんは苦しい生活のなかでも快く私や姉と同じ援助をと申し出てくれました。
私と姉はそんな弟の奥さんに迷惑をかけたくないと必死で福祉制度を調べ行政をかけずりまわって母の介護費を減らす策を探しました。
私の舅たちはこの現実に気づかず、知ろうとする努力をせず生きてきました。
けれど彼らは最後に理想を叶えました。
それは彼らに充分な介護の蓄えがあったから。
そしてたまたま舅のもとにいるしか生きる術のない私たち家族がいたから。
でも通常こんな偶然はなかなか重なりません。
現に私の実母は独り暮らしでお金もないし介護の蓄えもない。
母を思う心はあっても姉も弟も自分達が生きるのに精一杯です。
だけどそんな母にも老いはくる。
だったら母にはいずれ世話になる身として何ができたのか?
それは心から子供を思う気持ちです。
もしも皆さんがほんとうに私は子供夫婦の世話にならないわと思われてたら、ぜひ1度老人施設に見学に行かれてください。
子供に世話にならないと覚悟を決めたほとんどの老人の行き着く先は老人施設か老人病院です。
そこでの老後の暮らしがどんなものか、ぜひ現実をいまその目で見てください。
殆どの老人はそのときが現実になると元気でいたまま自宅での終末を望みます。
それが多くの人の理想だからです。
けれどそんな理想はなかなか叶わない。
幸いにして叶うとしても、そうなるにはそれなりの努力をしなければ叶わない。
その現実を知ってください。
普通の親なら我が子に何かをしてあげるのに惜しいとは思いません。
けれど息子が結婚したら。
息子の妻になった娘さんがどんなに良い人でも人生には何が起こるかわからない。
息子夫婦が離婚するかも知れない。
あってはならない息子が先立つ可能性。
その可能性が1%でもある限り、親は子だからといって一定額以上を預けることができないのです。
自分が老いて動けなくなってからそんな状況になってしまったら・・。
そう考えたら不安になるのは当然です。
だからうちの舅達もすべてを抱えていたかったのだと理解できます。
けれどそれと同時に、親が絶対に忘れてはいけないのは子が親より先に老いることはないということ。
もっと以前には、どうして同居の義親たちは先に老いるとわかっていながら嫁に手の内をあかしてこの効率の良いやり方をしないの?
どうしたって息子夫婦に世話になるしかなく棺桶にまで持っていけるわけでもないのに抱えてたいの?
そんなに無駄な税金を払いたいの?
親のくせにどうせ税務署にとられるならなんで賢い節税対策をして息子にと思わないの?と思ってました。
でもこれは私自身が年をとり自分の息子が結婚するような年になって少しわかるようになりました。
信頼され任されれば、もう家の何かが壊れるたびにどうなるんだろうと怯えなくていい。
どちらがどう出すの?と無駄なもめ事を起こさなくていい。
今後もし舅達が入退院するのにも切羽詰まった状態で姑から印鑑と通帳を預り舅たちの使い走りで翻弄することもない。
家にある総額がわかれば、舅たちの介護費は足りるのか?足りなければどれだけ足りないのか?舅たちの介護不足金として私たちはどれだけ用意しなければならないか?
それでも足りなければどんな制度を使えば良いのか?
こういう現実的な予測準備がたてられます。
義親と息子夫婦が信頼しあえば相続税対策だってできるし無駄に税金を払うこともなくなる。
舅はいいました。
親が我を通すことで残された家族がどれだけ無駄な税金を払う事になるか・・。
だったら俺の金だ婆さんの金だなんていってちゃだめだ。
この家にあるすべてを俺たち家族のお金、家族みんなのお金として考える。
そして使うなら相続税が発生する俺たちの貯蓄から使う。
そういう賢い発想こそ俺たちには大事だったのに・・もっと早くこれをしてやれば良かった・・。
こんなになってからになってしまって・・ほんとうに申し訳ない。
このような期になってもこう考えてくれる義親は少ないです。
これは舅の気持ちに感謝です。
息子たちは苦しいときも必ず毎月の食費をいれてくれたけど私はとてもそれを使えなかった。
いつか仕事で何かあったとき、いざというとき。それは息子たちのために残したいと使わなかった。
舅たちの生活も夫の給料で賄い、その財形は財テクなど二の次三の次でした。
苦しいときにはこんな生活、舅たちに貢がせられ利用されてるだけなのかもしれない・・そんな不安もありました。
舅達が夫を生命保険の受取人にしてくれてもいざ相続となればどう転ぶのかもわからない。
舅たちが相続に関してどんな話を小姑と事前にしているのか、それもわかりませんでした。
それでもせめて息子達が仕事をする農地だけはなんとしてでも死守したい!
農地さえあれば息子たちは仕事が続けられる。
最悪の場合は農地だけになっても仕方ない。そう覚悟を決めて舅たちの生活を援助してきました。
だから今回の舅の言葉は私の大きな安心になりました。
まえに私は私自身が立てたスレで
こうして努力してたらいつかは花がさくかな?
咲いたその花は広がっていくのかな?と自分に問いかけたことがあります。
ほんとうに、ほんとうに紆余曲折あったけど確かに花は咲き私と舅たちの気持ちは繋がりました。
いま私はとても幸せです。
介護は大変だけど幸せです。
息子たちは「やっとお母さんの気持ちが通じたね」と喜んでました。
私が頑張れたのはおまえ達がいてくれたから。おまえ達が私を支えてくれたからだと言いました。
かつて私を支えてくださった方々。
私の気持ちに共感してくださり我が事のように涙し心配してくださった方々。
いつも支えてくださってありがとうございました。
糸はやっと、やっと繋がりました。
かつて私はこの人達が蓄えてるものを小姑に流してんじゃないか・・。
私たちが養ってるのに小姑に流すなら食費ぐらい払ってよ!!といつも思ってました。
正直にいえばこんな人達、それなりの見返りでもなきゃやってられないわ!とも思ってました。
だけど舅が痩せ細って退院して帰ってきたとき、もう長くはないと医者に聞いたとき・・。
いよいよか・・と思いながらもその気持ちより目の前にいる舅になにかしてあげたい・・その気持ちのほうが強かった。
この人の貯蓄も遺産も、そんなことよりほっとけないが先だった。
ずるい舅だったけど酒乱だった私の実父に比べたらずっとましで、嫌なこともたくさんあったけど良いこともあって。
散々嫌なこともされたのに、なぜかその良いところだけが浮かんで・・私はどうしても舅をほっとけなかった。
もういいや!適当で・・。と思うのに、やっぱり困ってるのを見るとどうしてもほっとけなかった。
そこを舅たちは見ていたのかも知れません。
驚きました。
けれど舅に任された実権で私はこれから舅と姑を看とり旅立たせ、この家を守っていかねばなりません。
その責任は大きいし、これは任されたもの。
この家のすべてを守っていくものです。
ただ舅が私をそこまで信じてくれたことは嬉しかったです。
あたし・・何度も怒ったのに?何度も喧嘩したのに?
そう聞く私に舅と姑は
怒られたとは思ってないよ。
おまえは家族だからそれをいってくれた。
息子とも娘ともおまえと話すような会話をしたことはなかった。
ワシらが親子みたいな会話ができたのは娘でも息子でもなくおまえとだったよと言われました。
なんでそれを早く言ってくれなかったの?
なんでこれを・・そしたらもっと笑えたのに・・。もっとしてあげられたのに・・。
そういうと、こうならないとわからんかったんよ。ワシらは。と笑っていました。
病気を患いこうなって、このまえ舅が私に言いました。
「こんなにお前に良くしてもらえるとは思わなかった。ありがとう。ほんとうにありがとう。
俺たちはもっと早くお前たちのことを考えていかなきゃいけなかった。」と。
そしてこんな動けない年寄り2人が抱え込んでて何の意味がある。
そういってすべての実権を私に任せてくれました。
そして自分達が亡きあとは墓じまいをしておまえ達が苦労しないように。
そして俺の葬儀は家族葬で充分だと。
俺はこうなってやっとわかった。
まわりに聞けば今は一緒に住むことさえ誰も嫌がり、ましてや年寄りのわがままで自宅に置いて介護だなんて誰もしてくれない。
なのにおまえはいつも笑って俺を笑わせて元気づけて、本当なら婆さんがしなきゃいけないぶんまで背負いこんで俺にこんなに良くしてくれる。
病気の俺がいまおまえにできることはこんなことしかない。
でもそれがおまえへのせめてもの感謝の気持ちだと。
舅はそれを小姑にも話し俺の一存でこうするからなと小姑に納得させたそうです。
舅や姑への恨みでしか頑張れなかった私に比べ、息子たちはとっくに私より成長し私より大人になり、私より先を進んでる。
そこに気づかされることもありました。
でも現実の毎日で義親と一緒に暮らしてれば義親に対して腹のたつことが山ほどある。
頭でわかってたってどうしようもないくらい腹が立つこともされる。
腹を立てては時をおき冷静になる。
腹を立てては息子達の姿に気づかされる。
情けない母親です。
そんななかで舅も姑もさらに老いて息子達の仕事が軌道にのるにつれ私の気持ちも穏やかになりました。
私の1番の望みは息子達が生きていける、生活していける場をつくることだったからです。
もちろん姑達が間違ってることや、やめて欲しいことは舅にも姑にもはっきり言いましたが、それはケンカではなく家族だから言うべきことだと思って口にした言葉です。
それを舅や姑がどうとっていたかはわからないけれど・・・。
親の無力さを思い知らされながらもとにかく今を前に進めようと考える私のそばで、息子たちは未経験の農業を着実に自分達の力にし成長していってくれました。
その姿を見て息子たちの力になってくれる人達が現れました。
農業の"の"の字も知らず宿題のアサガオすら満足に育てられなかった息子たちは野菜づくりを覚え、もっと良いものを、もっと多くのものをと成長していきました。
田舎のしがらみと田舎農家の掟の理不尽さに叩きのめされながら、息子たちは以前の地では必要なかった耐えることや敬うこと、自己抑制の大切さを知りました。
見た目の姿や格好よりも、いかに頑張って生きてるかが人を輝かせることを知りました。
初めは理不尽な祖父母への悔しさからの必死な努力でしたが、誰かのためなんかじゃなく誰かのせいだからなんかじゃなく、ただ自分のためにそれは必要な努力なんだと知りました。
それは私も同じです。
かつて私は姑を憎み、姑はこの世で最も嫌いな人間でした。
あの人とわかりあうことなど生涯ないしわかり合いたくもないと思ってきました。
天と地がひっくり返ってもこの姑と共に暮らすことなどないし、姑の介護をするなど死んでも嫌だと思ってきました。
それでもどうしようもない事情により子供の未来のためと腹をくくって同居となりました。
同居をはじめて姑と打ち解けるどころか舅の底知れぬズルさを知りました。
この命と引き換えにしても惜しくない子供のためとはいえ同居は予想をはるかにこえ辛く、何より救うはずの我が子が舅達から傷つけられそれでも耐える姿を見たとき、私の決断は本当に正しかったのか?同居以外の選択は本当になかったのか?と幾度も幾度も悩みました。
私にとって悲しかったのは自分が姑からイビられることではありません。
私の努力を無にされ小姑を重視されるのは癪だったけど、そんなことは些細なこと。
我が子の道をつくるための同居選択で舅達に足元を見られ利用されても、貯蓄を餌にバカにされてもそんなのは今に見てろと歯を食い縛ばり耐えてきました。
だけど私とおなじ思いを我が子がしていて私と同じように彼らが屈辱の中で耐えなきゃならない現実を見たとき。
それは本当に身を引き裂かれるほど辛かった。
どうして私たちにはこの選択しか、現実しかなかったんだろう・・どうして私は母親なのにこいつらにこんな思いをさせるんだろうと。
それが苦しくて辛くて悔しくてたまらなかったです。
声にならない苦しみと悔しさのなかで、それでも私と息子たちは今を受け入れ、私たちらしさを忘れず前に進むことだけを考えてやってきました。
介護ベットに関してはレンタルのものがとても助かっています。
これは1割負担の舅でレンタル料が月に1700円でした。
上半身と足、それからベットの高さが上下できるものをレンタルしています。
このベットに関しては要介護度2からしか助成の申請対象にならず申請不可でしたが、申請しても200円ていど安くなるだけと聞き納得してます。
介護をとおして私が感じたのは、もしも義親と同居をするのならキッチンより風呂よりトイレを必ずわけたほうが楽だってこと。
義親たちは老いていくと用足しがうまくできなくなります。
それはうちのように大病でなくとも、老いればみんなお腹も壊しやすくなるしそそうも増えます。
そんなときトイレを汚されて1番困るのは次に知らずに子供が使ったら可哀想と思う私の焦り。
いま家では舅とお腹を壊しやすい姑の2人により頻繁にトイレが汚れます。
ポータブルは使いません。
ポータブルはどの義親さんたちもかなり動けなくならないと使いませんね~。
いくら諭しても使ってくれませんね~。
慌てて舅たちの着替えをさせたりオムツを片したりと大慌ての私ですが、そのとき1番気になるのは、いまトイレが汚れてるから子供たちが使えないなあという思い。
これが1番焦るし気になります。
トイレに入るときは気をつけてと子供達には伝えてますが、私のなかではかなり神経質になってしまってて毎回チェックしますし、また大なり小なり必ず掃除の必要もあります。
夜中に用足しに行き汚れてた時などどっと疲れがでます。
これがもし義親たち専用のトイレがあれば姑はここまで私に甘えずもっと綺麗に使ったろうに・・。
私もこんなに後の人が使うのを心配し焦って掃除することもなかったろうにと思います。
何をおいてもトイレだけは舅たちの部屋の近くに専用のをつくっておくべきだった・・・これをつくづく後悔しています。
ここに関しては次回よーくケアマネさんにお聞きするつもりです。
もしこの制度に関する私の勘違いや誤解があればそのつど記します。
現在の我が家に関しては介護費用は舅の貯蓄で賄えてます。
幸いにして舅たちはそのための貯蓄もしてくれてあり舅自身のための介護費用ですから、例えばそれが自己負担分を越えようが舅が望むならそこから好きなだけしてもらえばいいと考えてます。
その貯蓄は舅のものであり舅自身が決めることだから。
しかし私の実母の場合。悲しいことに母子で育ててくれた母には舅たちほどの貯蓄はありません。
この家で私がしてる介護と実母のときの介護はまったくちがう形の介護となります。
せっかくこうして情報と知識を得る機会があるのなら私は母のためにより効率の良い知識を得ておきたい。そう思ってます。
舅の介護は大変です。姑が逃げるから余計にです。
でも嘆くより転んでも何かを掴め!
これは私の鉄則。
舅の介護で何かを得て、必ず次の何かに生かしたいと思ってます。
泣いてるだけなら誰でもできる!
でもそれだけで終わりたくはないので(^-^)
そもそもこのサービス。こういうサービスなら1回いくら。
このサービスが要介護度1ならいくら。2ならいくら。
それをサービス別に表記でいいじゃないですか。
地域によって料金かけ率がちがうなら利用者の住んでる地域の行政がこうした利用設定表をつくり利用者に渡せるようにすれば良いじゃないですか。
9割は介護保険から負担で1割負担なんだからいいじゃないって・・・。その9割は国民から集めた介護保険金から払うんでしょ?
だったらここは明確にすべきじゃないの?と私は思うのです。
また聞かなければ具体的料金がわからない状況でケアマネに「こういうこともできますよ」と薦められ、サービスを受ける家族が「でもそれいくらですか?」とそのつどそのつど聞けますか?
これは何とも気まずい・・・。
何を頼んだらいくらかかり、こういうサービスを頼んだらだいたいトータルでいくらになるのか?
これが一目でわかるプリントをください!
これが私の切なる願いです。
しかし私が解せないのは、このサービス内容の料金方式が利用者にわかりにくいこと。
どんなサービスがありそれにいくらかかるのか?
そしてこれとこれを頼めばトータル料金はいくらになるのか?をケアマネ含め担当者が明確に伝えないことです。
この料金システムは単位というポイント方式のようなものになっており、このサービスは◯◯単位。いっぽうこちらのサービスは◯◯単位と表記されています。
しかもそのサービス単位(料金)は利用者側が聞かなければ教えてもらえない。
利用者各々の要介護度や所得で自己負担額は決まってます。
しかしどのサービスではいくらかかり例えば週に何度来てもらって何をしてもらったらうちの利用料はいくらになるの?
これが利用者に簡単明確にわからないシステムはおかしい。
私はそれを強く感じました。
ケアマネと看護師さんは「こんなサービスもありますよ。こんなお手伝いもできますよ」とおっしゃってくださる。
しかしこのサービス内容にいくらの単位数がかかるか?=料金がいくらかかるか?について表記してあるプリント等は利用者に一切渡してもらえない。
もしも「あら、それは助かるわ!とやみくもにサービスをお願いし利用者の設定自己負担分をこえたら、超えたぶんは全額自己負担ですよ?
1割負担だからこそ、どのサービスもおおよそ1回1000円以内でしてもらえますが1割負担で1000円なら全額自己負担なら1度で1万じゃないですか。
そんな定額にはいってない携帯でWeb検索するような危険行為をしかねないこのシステムはなに????
ていうかその仕組みすら理解してなくて「こーんなこともしてもらえるんだ!」と喜んでサービスを受けまくった独居老人たちはどうなるの????と。
私にはこの不透明でわかりにくい介護サービスの仕組みが疑問でなりません。
わかりやすく書くと看護サービスには基本料金設定がまずあります。
要は契約した看護師さんが家に来るだけでこの基本料金は発生します。
これは来るだけの基本料金であり、看護師も来て突っ立ってるわけではありませんからサービス行為をお願いする。
それで1つ何らかのサービス行為をしてもらえばそのつどその内容に応じての料金が発生します。
身体をふくなら◯◯円。口腔内のケアなら◯◯円。痰の吸引なら◯◯円という具合に。
そのサービスの度合いにより1つ1つそれぞれの料金が基本料金にプラスされていくわけです。
当然ながら簡単にできる介助は安いが面倒な介助は値段もあがる。
うちの場合は1割の自己負担で2週間に1度の訪問看護。
お願いするのは看護師さんに来てもらい問診と腹水の状態を見てもらったり寝た状態の多い舅のための運動リハビリや簡単なマッサージや血圧測定等の簡単なサービスです。
これですと30分~1時間以内で終わらせてもらうサービスで要介護度1で1割の自己負担の舅の場合は。
基本料金が800円代。月に2回なので×2。
約1600円が基本料金。
(これは利用者の自己負担額や要介護度により変わりますし地域によってもかけ率が変わるらしいです。)まかにいえばこれが訪問看護サービスや訪問介護サービスの仕組みです。
これに頼んだサービス内容とサービス個数で料金が加算されていく。
そんな仕組みになってるわけです。
これは訪問看護だけでなく訪問介護でも同じ計算方式だと思います。
舅のような症状ですと介護保険サービスでできるものの他に医療保険扱いでできるサービスが多々あります。本当なら。
ただしうちの場合、癌の疑いも限りなく高く、肝硬変も自宅療養後に肝がんに進行した可能性がかなり高いと医師にいわれたのにも関わらず確定する検査をしていません。
これは前回入院の退院時に確定するための検査で舅の体力が持つかどうか・・と医師に言われたこと、そして何より舅自身がもうこれ以上の検査はやめてくれという要望が強かったことが関係しています。
それにより詳しい検査を取り止め肝がんを発症する前に地域の往診医師に切り替える運びとなり、これにより現段階では医療保険対象になれないそうです。
医療保険対象にして介護費用を安くするには舅が検査を受け現状の舅の病状を証明せねばなりません。
「介護保険でできる可能性が高いのですが、お宅の場合は病気の検査の確定ができておらず、そういった事情があり肝硬変の状態がさらに進み具体的な医療介助が必要な状態にならないと医療保険扱いにならないのです」とケアマネさんから説明がありました。
現在舅の肝硬変は非代謝性肝硬変の末期状態であるにも関わらず比較的安定しており、訪問看護による痰の吸引も点滴も注射も必要ありません。
今後そういった処置が必要になると医療保険扱いに変わってくるのだと言われました。
しばらくぶりですm(__)m
なんだか私の世代は携帯関連に不慣れでこのスレに入ろうとしたらマイスレがすべて消えてました( ´△`)
その後いろいろいじりまくって何とか再び更新できるようになりました。
少しだけの更新ですが前記のレスに誤りがあったため取り急ぎご報告です。
おかげさまで舅に要介護1の認定がおりたのですが、いざポータブルトイレの購入代を申請しようとしてみましたら・・。
どうやら指定の介護用品業者から購入したものしか申請対象とならず、私たちが購入したホームセンターはその指定業者ではないという事で申請不可となりました。
よって前記のレスで誤りを記してしまった結果となり大変申し訳ありませんでしたm(__)m
しかし容態によって早急にポータブルは欲しい。けれど認定結果がでるまでには早くて1ヶ月はかかる。
見切り発車で指定業者から高いポータブルを購入したものの、いざ介護認定がおりなかったなんて場合は全額自腹です。
この疑問を役所にぶつけましたが、指定業者の扱うものは安全性が高いだなんだと理由付けをされました( ´△`)
確かにそれはあると思いますが、こちとらポータブルトイレの機能さえちゃんと果たせば木目調だのインテリア調だのはどうでも良いわけで。
見切り発車で高額な費用はだせません。
なら認定結果をもっと早く出してくれと言いたい。
ともすれば介護用品業者と行政のツルんでる??と疑いたくなるこの体制を見直して欲しいものだと私は感じます。
たとえ認定がおり1割負担で済んだとしても、じゃあその残りの9割は世の皆様から徴収した介護保険金で賄うのでしょ?・・と。
舅もやはりポータブルには抵抗が強いようで未だ使いません。
なので例え安全性がものすごくても必要以上のポータブルより結果的に同額出費ならホームセンターのでうちは充分だったと納得してます。
それから自宅介護が始まって舅の介護用品を揃えるとき。
これには多種多様に購入するものが結構あってばかになりません。
けれど千円単位のものをその都度姑から徴収するのも気が引けていました。
経験するとわかりますが初めのうちは大変なときだし・・これぐらいいいわと出してしまいます。
けれどその積み重ねが結構あり負担も増大してきます。
どこかで線引きをしないとズルズルと負担が増えストレスのもとにもなります。
本当ならこうした備品費用がかかるのはわかりきってる事なので、姑も事前にここから出してくれとまとめて渡しておいてくれても良さそうなものなのですが、なにせ姑です。
こちらが黙ってるのを良しとして気づかぬフリで知らぬ存ぜぬでいました。
私たちの場合は金額が嵩むものは立て替えたとあとで姑にレシートをみせ代金をもらう。そんな形をとっていました。
ですが私にはこれが苦痛でした。
舅の介護に必要なものなど次から次へと日々でてくるのに、その都度その都度姑にいってレシートを見せてお金を立て替えた分を払ってもらう。
ときには小銭がないだの釣りがないだのと・・これがまことに鬱陶しい。
旦那にいってと伝えても予想どおり「その都度もらえばいいじゃん」とのれんに腕押し。
なので袋を用意し私から姑に直接いって介護用品代袋として、そこにまとめた金額を先に入れておいてくれと告げました。
どうせ買いにいくのは私たちです。
それを言って初めて姑は動いてくれました。
買ったレシートはそこにいれ姑に確認しといてねと袋ごと渡します。
必要なときはその袋をそのまま持っていきそこから出します。
足りなくなれば姑に補充してもらいます。
これにより面倒なストレスは1つなくなりましたし、これって大事な事だと経験してわかりました。
旦那は私の不在により姑と舅のために冷たいお茶と暖かいお茶、入れ歯に補助ドリンクにそれぞれの薬、そして食事の用意にと動き回り、食べ終われば愚痴を聞きヘトヘトになってました。
たった1度のそれでウンザリだと。
だからそんなのは私にとって毎回のことだと旦那にいったのです。
おかげさまで実家の母の腎臓検査には異常がなく長生きできますよと医師から言われました。
これは日々の忙しさのなかでの大きな救いでした。
母は元気でいてくれる。私も頑張れる。
おまえは忙しいのに付き添わなくていいという母に「逆にこうしてると息抜きになるし気分転換にもなるから」と笑って話すと、こんなのが気分転換だなんて・・。お爺さんお婆さんも大切だけど、もっと自分の身体を大事にしなさいといわれました。
母のためにも自分も大事にしながら適度に無理しないようにします(^-^)
姑が具合を悪くした2日後。
ちょうど私の実家の母親が血液検査結果で気になったため腎臓内科に検査通院することになっていました。
その日は母に付き添うと決めていて舅達にもずっと前から伝えてありました。
運の悪いことに姑の不調時と重なりましたが私は無視して自分の親に付き添いました。
私の母は普段から独り暮らしで不便な生活でも文句も言わず頑張ってます。
姑と同じくお腹をこわすことだってあって、「このまえそそうをしてしまって・・」と後から聞かされることもあります。
それでも独り暮らしの母にはついててくれる者はいなくてご飯を作ってくれる人もいません。痛くたって苦しくたって全部ひとりでやるしかありません。
それでも母は愚痴も恨み事も言いません。
なのにここの姑は上げ膳据え膳の生活をしながら医師にも行こうとせず被害者ばかり気取って・・自分がどれだけ恵まれてるかなんて気づこうともしません。
だからその日だけはたとえ何があっても私は母についていようと決めていました。
幸い旦那が休みだったので「私はきょう何があろうとお母ちゃんのそばにだけいる!」と旦那に宣言して母のそばにいました。
幸いその後も救急車は呼ばずに済みましたし熱もでましたが下がり、いまの姑の症状はおさまりつつあるものの未だ完全ではなく、まだお粥を食べてます。
相変わらず舅そっちのけで自分の辛さを切々と語り続けてますが私はもう聞く耳をもたず舅の世話だけしてさっさと自分の仕事をしています。
ちょうど旦那が休みでいたときこの姑のグズにまんまとハマりウンザリだとこぼしてましたが、私はこれが毎度のことだといってやりました。
医者にも行かず被害者だけを気取る姑は未だ大袈裟に重病人を装い、けれど舅の世話は逃げ、連続ドラマもしっかりみてます。
もういいわ。死んでも知らない!こんな姑!!
心底そう思いました。
それでもとりあえず病院には診察可能かどうかだけは確認しました。
いまの状態じゃ救急車も運んではくれない。けどもしもっと悪化したら呼ぼう。
そう思い、まずは舅を説き伏せて寝かせ、姑の汗まみれの服を着替えさせ、その後なるであろう下痢に備えてオムツをはかせ、姑が言いはる胃薬を飲ませて布団に寝かせました。
汚した部屋を片付け姑の汚れた洗濯物を洗うため部屋からでようと寝てる年寄り二人をみたとき・・・なんかもう・・ため息がでました。
なのに例のごとく痛い!気持ち悪い!なんでこうなったの?なんでこんな目に・・と例のごとく繰り返すばかり。
どうでもいいわ!話しにならん!と再び病院に確認しようと電話すると「いやだーーー!!!!」と叫び続ける。
それにおろおろしてふらつく舅が私の腕をつかみにきて頼むからやめてくれとしがみつく。
爺ちゃんは寝て!といっても聞かない。
姑はオエオエとえづきだし部屋を汚す・・・。
もう・・・やだ・・こいつら・・。
つい先日の事ですが腸炎を起こしやすい姑が再び具合を悪くしました。
腹痛で冷や汗をダラダラ流し苦しがり嘔吐しだす姑の様子を見て病院へいこうと促しました。
前回緊急搬送されたときの初期症状と同じです。
心臓に持病のある姑なのでその事もありますし、その日は休日だったので以前姑が入院したことのある大きな病院の緊急でないと診察が受けられません。
そこならすぐ近くなので連れていけます。
けれどこれまた姑が頑なに拒み行こうとしません。
舅がこの状態で更に姑までとなると私も手一杯。早めに対処してもらわなければ困ります。
なのに姑が頑なに拒みます。
そんな場合じゃないと姑を叱り、私は独断で病院へ電話し診察可能かどうかを確認していました。
すると何としても事を大袈裟にしたくない姑がわめき散らし、舅に止めてこいと叫んだため電話してる私のもとへ舅がフラフラして止めにきました。
お婆さんがイヤだっていうからお母さんたのむから・・とよたつきながら懇願する舅を「大丈夫だから。爺ちゃんは寝てて。」と寝床に連れていき姑に怒りました。
なにをわがままいってんの?
それで前みたいにひどくなったらどうするの?救急車で運ばれれば入院だよ?
だからまだ今のうちに行こう一緒に。
と言うのですが「いやだ!死んでもいやだ!」の一点張り。
舅の自宅介護そのものに関しては不満はありません。
異論があれば舅にもちゃんと話しますし異論が通らずとも舅の病状を思えば割りきってしまえるからです。
舅の自宅介護に関しては覚悟してたことだし私が決断した。
だからそれはいい。
けど旦那のこの逃げ姿勢には時々ムカついて尻を叩いてやらせます。
それはいいのだけど何より私を困らせるのは舅じゃなくて姑です。
結局は見かねて私が私と父さんの二人で補助して風呂に入れようと旦那にいいました。
いまは定時で帰れるようになった旦那ですから入れようと思えばいつだって入れられる。
自宅介護を決めてから入浴補助は覚悟してたので私はいい。
けど私1人じゃ介助は無理。
見ないふりをして面倒から逃げる姿勢の旦那には腹が立ちます。
だからって私は知らないとほおっておく?
そんな臭う舅との食事はいやです。
じゃあ食事も別にする?
そうやって逃げて逃げて・・その先に解決はありますか?
私はないと思う。それにそれまでの過程にイラつく。
ならやっちゃえば早いやん!まどろっこしい!!となる。
まえにもいったけどこの嫁にしてこの姑、舅、旦那ありです。
けどじゃあこの場合、私はどうすりゃ良かったの???
あとはお風呂。
いまはなんとか自力で行けていますが危なっかしいです。
姑が一緒に入るといってくれてますが、よろけて寄りかかられたら姑共々たおれます。で二次災害。
お風呂に関しても訪問入浴を頑なに拒み2日に1度が3日に1度になり4日に1度と疲れるため入浴頻度が減ってきた舅でした。
旦那はなにもいいません。
事なかれの逃げ姿勢です。
親父も風呂にはいりたいだろうに・・。
だったら俺が手伝って・・。
息子なのにそういう気はこの人に起きないんでしょうかね?
この逃げでどんな解決ができると思ってるんでしょうね?
舅は近づくと体臭も臭います。
おそらく旦那はどんなに舅が臭っても言われるまで自分からは言いません。
この家のこういう親子関係を私は今も理解できません。
100均でこのグッズを2つ購入し水用と医者でだされる栄養補助飲料用に重宝しています。
あとは夏なので飲み物を部屋にもっていってもすぐにぬるくなる。
冷たいのを欲しがる舅なので部屋用の小型冷温庫を購入。
これなら夜中に舅がキッチンまで来なくてすむ。
500のペットボトルが6本入る程度の超小型ですがこれで充分。
ネットで1万以内で買えました。
これも快適だと舅はとても喜んでくれてます。
これにより私が頻繁に部屋に届ける手間も減り舅が夜中に転ぶ危険も回避。
助かってます。
それから介護ベッドで飲み物を飲む舅用の飲料容器。
これも旦那とあちこち探した。
まずはホームセンターの介護用品売り場で、らくのみ兼ふたにストローがついて上から吸い飲みもできる物をとりあえず購入。
しかしこれは容量が少ない。
つねに喉の乾きを訴える舅には足りない。
これに助かったのは100均のペットボトルの口につけられるストロー付きグッズ。
これは市販のペットボトルサイズに合わせて使えるからペットボトルもすぐ変えられ衛生的。
ストローも柔らかく容量もペットボトルの大きさ次第で変えられる。
多少傾けてもこぼれない。
これには大助かり。
おすすめです。
話しは変わって自宅介護が必要になった舅のためにポータブルトイレを購入したと先レスで書いたが、このポータブルトイレ。
包括センター経由で紹介された介護用品業者にすすめられたポータブルトイレはバカ高いものばかりだった。
なので私たちはホームセンターで購入した。
業者に提案されたトイレは安くて3万高ければ10万をこえた。
介護認定がおりれば1割負担になりますよとは言われたが、念のためホームセンターにいったら1万程度で充分なものが買えた。
ホームセンターで購入したものでも後日レシートを持参し領収書をもらい申請すれば1割負担ですみ差額は後日返金される。
早急にポータブルトイレが必要になり万が一要介護認定が降りず自腹となった時の策として、ポータブルトイレはホームセンターに限るなと今回のことで学習した。
皆さんとっくにご存じかも知れませんが豆知識としてm(__)m
それをいくら彼らにこんこんと説明しようがわからないだろう。
とにかく自己欲が強い、それは私も承知だったし。
なので舅がそういうなら定期的な往診だけにして容態の急変時には大病院に強制診察だなと私自身のなかで決断した。
いやだと抗おうが聞かない。
下げて連れていけば今の舅には抗えもしない。
それを旦那と話し合い決定した。
しかし往診の先生にこれをなんと話せば良いのか・・。
「どうして利用できる訪問看護を利用しないのですか?」
そう聞かれたとき私はなんと答えればいいんだろう・・。
先生が一生懸命やってくれてるだけに・・・恥ずかしい限りだ。
けれど舅は頑として1万を越えたら訪問看護は頼まないと譲らない。
だから私はこういった。
わかった。じゃあもし費用が1万を越えたら頼まない。
でもそれは往診の先生1人だけに頼るってことで、容態が急変すれば1人の先生じゃどうしても対処できない時がでてくる。
だからそのときは大きな病院に診察にいく。
そのときになってイヤだといおうが私は聞かない。
それだけは爺ちゃんもみんなも約束してと。
舅がいってるのはつまりこうだ。
往診には来て欲しい。でも入院は絶対いやだ。お金を使うのもいや。入院になる恐れがある大きな病院には診察に行きたくない。
だけど痛いときにはすぐ対処してくれ。
そのために振り回される家族のことなど考えてはいない。
考えてはいるが自分欲が前面にきてる。
これは病人の理想だろうがそれは不可能。
入院に対処できる大病院にぜったい行きたくないなら痛みが完全にとれなくても町医者で妥協するしかない。
その町医者の往診にも制限があり、それでも家にいたければ多少の利用料を覚悟してでも在宅での看護ケアや介護サービス利用を充実させるしかない。
この道理が自己欲の強い舅と姑にはわからない。
今回要介護認定がおりたことで先生の負担も減らすように訪問看護を検討しようと舅と旦那、そして姑に話してみた。
舅と姑の返答はやはり「訪問看護には銭いくらかかんの?1万越えたらイヤだ!。どうせ往診医もいるんだしもういい。」
でも往診先生ばかりに負担をかけられないよ。せっかくこんなに良くしてくれてるのに・・。と食い下がれば
「じゃあ通院するからいい。」
ふざけないでよ。誰が動きのままならないあなたを通院に連れていくのよ。
いつも旦那がいるとは限らないんだよ?
助けにもならない姑を連れてオムツも嫌がるからって漏らすあなたにあたふたしながら代わりに誰が必死で動くのよ?
と腹がたった。
でも腹がたったからって舅にどうせ動けなくなるのよなんて言えない。正直な病名も言えない。
感情的になってはいけない。
要介護認定がおりたということでケアマネさんのほうから訪問看護を利用してはどうか?と助言をいただきました。
この訪問看護に関しては往診してくださってる病院の先生からも「診療時間外はどうしてもケアできない。だからそのときに備えて訪問看護を利用しては?」といわれていました。
現状ではこの往診医1人に医療ケアを丸投げしてしまってる状態なので先生としても不安だろうと思います。
舅本人と旦那や姑が「先生、そんな至れり尽くせりじゃなくていいんですって。もうどうせ長くないから家になるべくいたいだけ。ぶっちゃけ先生には薬だけいただけりゃOKなんです。」といってる本音などこの先生にいえるはずもない。
良心的で親身になってくださる人柄の先生だからこそ往診もしてくださるのだし何かと助言やアドバイスもくださるのだから。
この医師が一生懸命してくださるのに本人と家族がもっと手抜きでいいんすよ。などというのは誠意をもって医業をされてるこの先生に失礼だ。
余計なことは頼まなくていいという舅本人だって、薬だけくれりゃいいんだけどなという旦那だって、いざ容態が悪くなればこの先生に泣きつくのだから。
先生にすればそんなにやる気がないならこういう時だけ呼び出すなよ。
俺は医師であって処方箋を出すためだけの存在じゃねえ!そんな役目ならやりたくねえ!と言いたくなるだろうにと私は思う。
おはようございます。
きょうは時間ができましたので久しぶりに更新しようと思いますm(__)m
おかげさまで舅に要介護認定がおりました。
認定度合いについてはまだ通知がきておらずわかりませんが担当ケアマネさんより昨日連絡をもらいました。
これでさらに利用できるものも増え助成により助かるものも増えます。
あと小姑ですが。
まあ家族ではないしあてにもしてないのでいいですが、これが1番理解に苦しみます。
医師から説明のあった舅の状態を小姑に話したら
「もうお義姉さんは余計なことしなくていいからね。
いまも死んだ連絡かと思ったぐらいで私はなんも悲しみはないから。
じゅうぶん生きたんだからもういいから(笑)」
とかえされました。
それどころか、うちにはこんな状態の舅がいて、主になって介護してもらわなきゃいけないのが姑なのに。
その姑に飲みに行くから送迎して。
子供の学校の送迎して。
暑いから子供が遊びにいくの送って。
と幾度も彼女から送迎依頼の電話がきます。
姑も爺を放置し、はりきって送迎してます。
こんど姑が通ってる病院を変えるそうで、これまでより少し離れた病院に通院することになりました。
私は自ら姑に送迎するよとはぜったいに言いません。
姑は行きなれない場所に困ってるようです。
でももし姑から送迎してほしいと頼まれたら。
もちろんそこへの送迎は快くします。
ただし私にそれをたのむなら、その代わり今後は甘えた小姑の送迎依頼を断るようと姑にしっかり話そうと思います。
こんな状態を続けてた私を心配してくれたのは息子たちだけでなく旦那もそうだったようで、手続きや必要な物や備品の購入のために1週間の休みをまとめてとってくれました。
今後も必要になればまた休暇をとってくれるそうです。
おかげでその間に手続きや買い物もできとても助かりました。
理解したようでちゃんと理解できず子供のように舅に暴言を吐いてる姑ですが、金銭面に関しては舅よりマシ。
金銭面に関しては異常な執着があるけど「ありがとう、助かったよ」を口にしてくれる舅であるだけマシ。
そう割りきって旦那と共に日々の舅たちの揉め事の仲裁をしてます。
先に食事を終えて部屋にいく子供たちはこの夕飯時の出来事を知らない。
言うことでもない。
私はそう思ってました。
でもやはり息子たちは察して気づいていたらしく、「母さんがあんなことで悩む必要はないよ。母さんこそ悩む必要はない。
だって婆ちゃんに1番それを言われてきたのは母さんだった。
爺ちゃんはそのとき婆ちゃんを庇って母さんを助けなかった。
だから母さんがそんなことを悩む必要はない。
むしろ、なにいってんの!気にする爺ちゃんが悪いんじゃないの?って爺ちゃんに言ってやればいい。
婆ちゃんをああしたのは他でもない爺ちゃんだ。
だから母さんだけは悩んであげる必要なんかない!」
そういってくれました。
そうだったなあ・・。
あまり気にするのはよそう。
気にして何とかしようと頑張りすぎるのはやめよう。
子供の言葉に冷静になれ励まされました。
毎晩夕食時には爺ちゃんが「婆ちゃんに◯◯いわれた」と泣きだす。
爺ちゃんをなだめて婆ちゃんを叱りわからせる。
でも根本がわかってないからまた同じ暴言をはく。
これにはさすがの旦那もあの人(姑)は人の気持ちや人の立場で考える脳が欠落してる。
病気なんじゃないかと頭を抱えてました。
それでも旦那と2人で舅をなだめ姑を叱りの毎日をこなしてました。
ですが婆ちゃんにはこれができません。
やらずに爺ちゃんに自分でやらせます。
私はそれを知らず婆ちゃんがやってくれてるものと思ってました。
でも夕食のとき爺ちゃんが婆ちゃんへの不満を爆発させ、「何もしてくれない。
少しは動けと怒鳴られる。なんでもリハビリだとやらされる。
やりたいけど呼吸が苦しくてできなくて辛い」と訴えてきました。
それでやってくれてなかったんだと知りました。
爺ちゃんには言っていませんが婆ちゃんには爺ちゃんの状態がすごく悪いことを話してあります。
静脈瘤もできていていつ吐血するかも時間の問題だと言われたこともすべて話してあります。
だから爺ちゃんのいたい場所にいさせてあげようと話し合って決めたことです。
婆ちゃんはあの話し合いのときやると約束しました。
ですからこれは怒りました。
リハビリどうのの問題じゃない。
動けと怒鳴るような状態でもない。
そうじゃないでしょ!と。
爺ちゃんの前でも怒ったし爺ちゃんが部屋に行ってから婆ちゃんに再び爺ちゃんの状態を説明し、手助けしてあげなきゃもう無理なんだよ?と時間をかけて話しました。
ところが・・そこではわかったと言うのにわからない。
それと同時に、わかってるようでわかってない婆ちゃん。
これへのストレスもたまっていきました。
爺ちゃんも含めて家族の食事は私が作ります。
まいあさ再放送の連続テレビ小説を見るために早起きする婆ちゃんは1人で先に朝食を済ませます。
その後、爺ちゃんがゆっくり時間をかけてキッチンにきて食事をします。
これはみんなの顔を見て食べたいと強く願う爺ちゃんの希望です。
キッチンまで歩くだけで呼吸が辛くなり席に着いてもしばらく休まないと食事できない爺ちゃんですが、キッチンで食べると譲りません。
それでやっとの思いでキッチンにくるのですが自分でご飯をよそったりお味噌汁をつけたりはできません。
やればできますが今の爺ちゃんにとっては決死の覚悟です。
爺ちゃんは毎朝決まった時間に起きるので、常には私が気をつけていて爺ちゃんが席につくとご飯とお味噌汁とおかずと入れ歯。そして分けておいた薬を用意します。
先に朝食を済ませた婆ちゃんは連続テレビ小説を見ててそこにはいません。
でもこれは食事をつくる私の担当だと思ってやってました。
ですが私も早朝からどうしてもやらなければならない作業の日もあります。
そんな時はおかずや薬を冷蔵庫に置いておき、婆ちゃんに爺ちゃんが起きたらだしてあげるよう頼んで仕事にいきます。
だってしょうがないじゃない。
自分達では買いにも行けないのだから。
そのために自分達が抱えて貯めてきたお金なんだから。
それで息子夫婦がお使いをしてくれてるだけ。
気に入らなければ自分達で買いに行けばいい。
どうしてももったいなければ買わなければいい。
それでそそうをしても自分で綺麗に掃除をして自分で布団を切って縫って、備え付けマットがかたくて腰が痛くなっても我慢して。
どうにもそれができなくなったら入院するしかないんだよ?
でも入院はいや。買いにもいけない。
辛いのもいや。掃除もできない。
なら頼むしかないじゃない。
これでお願いね。とあなた達の代わりに動いてくれる人に任せるしかないじゃない。
なんでこんな姿になっても決定権をあなたが持つの?
なんでこんなに哀れな姿になってまで「あの金をこっちに動かしてこうしてああして」なんて言ってんの?
爺ちゃん・・あなたそれどころじゃないでしょう・・・。
それをどうして旦那ははっきり親に言わないの?
そんな不満が私のなかにありました。
自宅介護のために必要な物や備品は婆ちゃん経由で承諾を得て購入。
納得してもらって私と旦那が駆けずり回って揃えていく。
そんな日々が続いて何とか一通りの自宅介護の準備ができました。
爺ちゃんの介護そのものは承知のうえだったので許容範囲内でした。
けれど介護にまつわるこうした金銭上のものが難航しました。
1つの物が欲しくても見に行かなければ値段がわからない。
旦那と1度下見に行き値段を把握し極力値段をおさえたそこそこの物を見つけだし姑に話す。
それから承諾を得て買いにいく。
手続きやお互いの仕事の合間にこれをやるのはとにかくまどろっこしい用事でした。
私は子供への負担の軽減を第1に考えた終活を計画してますが、万が一私が老いて意に反して子供に頼み事をしなければならなくなったとき、私の子にはこんなまどろっこしい事はさせず、これで頼むとはなからまとめて渡しておこうとつくづく痛感しました。
負担が増大していた姑は何とか理解してくれてベッドのレンタルとポータブルトイレの購入、シングル用の寝具の購入をやっと承諾してくれました。
ところで、ダブルの布団1組しか持ってなかったこの人たち。
これからそれぞれベッドと布団で寝るしかないとなったとき、渋るのはいいけど、この人たちはじゃあどうやって寝るつもりだったの?と思いますよね?
シングルを買うのはもったいないからダブルの布団を2つに切って、切り口を縫ってそれで使えばいい。
そう言うんですよ・・・。
もう話にならん・・・。
もう無理!入院させて!!
たぶん私がキレてこういえば簡単です。
でも何とか。
それでも何とか・・・。
そう思って、姑と話し合いました。
爺ちゃんは渋るけど、こうした備品は必要なんだ。
私は爺ちゃんたちのお金を無駄に減らそうとしてるわけじゃない。
いまの爺ちゃんと婆ちゃんに必要だからいってる。
それらすべてをもったいないと渋れば負担は婆ちゃんにいく。だからこうして疲れて寝込む。
どうか私を信じてほしい。
爺ちゃんのために何ができるか?婆ちゃんのためにどうすれば楽になるか?
そのために協力してる私と旦那の気持ちをわかってほしいと。
婆ちゃんだけを呼んで訴えました。
舅はほとんど寝ている状態。
姑は舅のそばにはいてくれるし下の世話は一応してくれる。
でもすべての申請手続きは一切できず、自宅で舅を介護するために必要なものがわからない。
わかってもどこで買えば良いのかわからない。自分では買いにいけない。
そんな二人が費用をだすのだけを渋る。
これにはため息がでました。
じゃあ何のためにここまで意地をはり貯めてきたの?
じゃああなたたちができるの?
じゃあもう入院する?
じゃあ婆ちゃんがひとりで全部やる?
自宅でいたいという希望を叶えるために毎日手続きに走り回るこっちの気持ちも少しは考えてよ。
言いたいことはたくさんありました。
でも舅は頑なに拒み話にならない。
備品を揃えられないすべてのツケは姑の負担にまわり、とうとう姑も疲れで寝込みました。
こうなると動けない2人のことがすべて私にかかってきます。
しかしここに難しい問題がありました。
昔から金銭に執着の強い舅は月に2000円もしないベッドのレンタル料金でさえ渋りました。
ポータブルトイレの場合は介護認定がおりれば1割負担で買えます。
けれどまだ舅の認定がおりてない今は自己負担ですし、後日認定がおりれば補助分は返還されますが認定がおりなければ全額自費。
これを舅が渋り承諾しないのです。
この期に及んでなにいってるの。
爺ちゃんが働いて貯めたお金じゃない。いま使うためのものでしょ?
身体に負担がないように家で負担なく過ごせるようにと貯めたものじゃない。
いま使わないでどうするの?
ベットのレンタルのとき、ポータブルトイレ購入のとき、レンタルベッドに敷くシングルのクッションマットを購入するとき。
ダブルの布団でしか寝たことのない舅たちの寝具をシングルで揃えなければならないとき・・。
舅が自宅で療養できるために必要なものを揃えるその度に、私は舅たちとこの話し合いをしなければなりませんでした。
そしてもう1つ。ポータブルトイレです。
高齢者でオムツが必要になったとき比較的使い心地になれてくれるのは女性だそうです。
いっぽう男性はなかなかオムツを受け入れない。
うちの舅もそうで、動きがままならず間に合わないためオムツをしていてもトイレに行くまでに自ら早めにオムツを外してしまい行くまでにそそうをしてしまう。これが多々ありました。
そのためのオムツ着用なのにオムツのなかにするのがどうしても嫌なようです。
そのため、そそうをしては姑を呼ぶ。姑が掃除をするものの、なにせ姑も高齢なので掃除が雑。
その後再度私が掃除し直すという流れでやってました。
ですが舅が夜中にもよおしたとき危ない足取りで段差のあるトイレに行かれては心配です。
夜中なので家族も寝ています。
それらを考えポータブルを舅たちの部屋にと提案しました。
いっぽう日常生活で私たちが困っていたのは、ほとんど寝て過ごす状態になった舅のベッド。
それまでダブルのお布団で寝ていた舅と舅でしたので、舅の生活状態を考えリクライニング式の介護用ベッドをと考えていました。
この介護用ベッドに関しては自費でレンタルしようが介護サービス内でレンタルしようが、さほど利用料に差がないとのことで早速レンタルをお願いしました
舅の場合は治療や診療が必要になるので要支援であろうが要介護であろうが訪問看護サービスを利用できると心強いなと考えてましたが、認定が降りるまえに訪問看護を利用し、万が一要支援にすらならなかったとき。
その訪問看護代はすべて自費負担となり月に5、6万かかってしまうとのことで(要介護になれば月に5000円程度で利用できるそうです)、さすがに月5万は負担大ですし、うちの場合は訪問看護がなくとも医師による往診可能な体制を整えてあったので、看護師による訪問看護については介護認定がでたら。要介護にならなければ要りません。という条件で話を進めました。
本当ならこれも認定がおりてからケアマネや看護師と初回の面談をし、それから利用する日程を決め・・となるのですが、往診医の先生の計らいで、まだ利用できるかどうかわからない段階でも両者の方々が現段階で舅に面談しにきてくださり、どちらになっても認定がおりればすぐ介護サービスを受けられる体制ができました。
舅の場合はおそらく軽くても要支援にはなるだろうと言われましたが、要支援になった場合、または要介護になった場合、そのどちらの方々もが早々に面談にきてくださり迅速な対応をしてくださったので大変助かりました。
自宅療養が始まってから往診をお願いしていた医師がとても親身になってくださる方だったのもあり、私たちはとても助かりました。
7月中旬に舅が退院してからすぐに介護申請をした私たちでしたが、申請のために調査員の方がきてくださったのは8月の初めでした。
その方によれば申請手続きにはどうしても時間がかかり、早くても舅の介護認定が決まるのは9月になるとのこと。
しかしその間に往診医の先生が申請に必要な書類を早々に役所に提出してくださり、そのうえ先生自らが包括センターに自宅療養中の舅のためにできることを早急にしてあげてくださいと指示してくださいました。
そのため包括センターの方が迅速に動いてくださり、要支援または要介護認定を見越しての介護サービスの打ち合わせも済ませることができ、認定がおりればすぐに動けるようケアマネ、看護師、包括センターの看護師等、どんな介護認定になってもすぐ動ける段取りが整いました。
これは往診医の先生のおかげだと心より感謝しています。
こんにちは。
お盆が近づき仕事に空き時期ができたので経過報告をかねてのレス更新をします。
現在舅の様態はわずかながら進行してはいるものの昇降状態です。
前回レスの段取りから今日までに新たに私がした手配と段取りを記しておきます。
仕事まえに急いで記したので所々抜け落ちた箇所があり補足しておきます。
ちなみに肝硬変なだけではたとえ末期であってもホスピスは利用できません。
ホスピス利用可能の対象は癌患者であり、しかも余命1~2ヶ月にならないと利用できない。
それが医療の現状です。
舅はいま大病院に紹介状を書いていただき自宅療養にて往診で医師に緩和ケアをしてもらってる状態です。
これまで舅が通ってたすべての病院から紹介状をもらい、往診病院1つですべてまかなえ、通院しなくとも往診で診察を受け薬をもらえる形にしました。
また往診医にはそれぞれの大病院との連携もとってもらい、往診で対処できない症状には大病院のほうで対応してもらえる手はずになっています。
深刻な症状を引き起こす可能性もある状態なので、こうして町医者と大病院の両者を状況に応じて使い分けていこうと思っています。
自宅介護の助けになるよう申請した介護支援制度を利用しながら介護時の負担も軽減していこうと思っています。
このスレをご覧になられたお嫁さんで、もしうちのように疾患があり老人施設では受け入れが難しく、病院からは退院を迫られ悩まれてる方、もしくは今後そのような状況におかれた方がおられましたら、このような形での1つの打開策もあると覚えておいていただければ幸いですm(__)m
どんな形になっても必ず道は開けます。
それでは再び閉鎖させていただきますが、皆様も暑さのなかお体を大切に。
どうぞ無理をされないでくださいねm(__)m
それから、前回までのスレ書き込みの際に応援メッセージをスレたてしてくださった方。
ありがたく拝見させていただきましたm(__)m
すぐにお返事ができず申し訳なく思っています。
お気持ちは大変嬉しく励みになりました。
ですが私は暴言の数々を綴ってきた身です。
目に止めて不快に思われた方もたくさんおられると考えます。
応援してくださるあなたがそれらに巻き込まれ傷つかれるのが何より心苦しい。
ですので今後はどなた様も私へのメッセージをあえて控えてくだされば安心できます。
勝手を申しますが、応援してくださる皆様のお気持ちはしっかり伝わっております。
本当にありがとうございましたm(__)m
今後はさらに介護もハードになってくると思いますが、私自身が後悔しないよう、かつ家族みんなで効率よくこなしていきます。
どうぞご心配のないよう、いつかまたずっと先にお会いできる日を楽しみに頑張ります(^-^)
すべてのお嫁さんに幸せを。
ありがとうございましたm(__)m
現在、舅はキッチンに食事を食べにくるのがやっとで休み休みでしか動けない。
食事をするのとトイレ以外は寝ている。
呼吸も少しずつ苦しくなり腹水もまたたまりつつある。
それでも退院して帰ってきたとき、玄関で目に涙をいっぱいためて
「帰って・・きた」と喜んだ。
私は満面の笑みで「おかえり」と迎えた。
その顔を見たとき、今までの恨みは消えた。
でも綺麗事で家族を傷つけたくはない。
綺麗事で現実はこえられない。
家族が笑って舅が1日でも長くこの家にいられるよう、誰か1人に負担がいく無理な介護体制もつくりたくはない。
だから私はこの選択をした。
段取りを整えた私たち家族は、いま爺ちゃんと笑いあい穏やかな時を過ごしています。
爺ちゃんはまえよりもっと私が大好きになり話し相手になってほしくて仕方ない。
今日は婆ちゃんといっしょに爺ちゃんのカットをしてあげます。
そのあと婆ちゃんもしてほしいそうです。
あれだけもめた我が家は、今やっと穏やかな時を迎えました。
これは爺ちゃんが命と引き換えにくれた時間だと思ってます。
これから爺ちゃんに起きる容態の変化を赤裸々に綴るのは嫌なのでスレは一旦閉じます。
でもこうした私の選択が誰かの参考になればと、正確に伝えられるうちにスレに記しておきます。
そして緊急事態に対応できる病院を確保し、そのとき自宅介護が無理ならば入院可能な病院を紹介してもらう。
私はこの策をとりあえず整えた。
包括センターへ行くのも大病院での医師との決めごとも往診医師との話し合いも、すべての席に旦那を連れ、それをしっかり見させ、すべての連絡先窓口は旦那の携帯にした。
こうして自分が動き段取りし、連絡窓口が自分なら旦那自身も関わっていかざるを得ない。
さらに毎度の通院にサラリーマンの旦那が必ず休めるとは限らない。
休みが取れなかった・・。夫が逃げればそれで終わりだ。
この役目はすぐに私にまわってくる。
だからの往診可能な病院確保だ。
大多数の年寄りは積極的な治療など望まない。
痛みだけ取り除いてくれるなら余計なことはしてほしくない。手術も望みはしない。
ただ穏やかに住み慣れた自宅で過ごしたい。
それがほとんどの高齢者の希望。
いっぽう嫁は極力負担を負いたくない。
1日がかりの通院に常に付き添うのも負担。
だったら安定期は往診で薬をもらい、緩和ケアを中心に行い、介護は妻である姑の補助。
これで舅本人の希望も姑の理想も叶い、嫁の私の負担も軽減される。
退院させる際には大病院の医師にも。
万が一緊急事態になったときは救急で搬送するので受け入れてもらえるよう約束を取り付けた。
症状が悪化し自宅介護に限界がきた場合は更なる入院先に紹介所を書いてもらう約束も取り付けた。
解りやすくいえば大病院側は治療の見込みのない高齢者など病院に長く置きたくはない。
退院させたくて仕方ない。
退院を条件にこれらの約束を取り付けておけば快く承諾してくれる。
治療が必要なうちの舅のような患者は老人施設での受け入れが難しく断られる。
運よく引き受け先があったにしても今からの要介護申請では認定がおりるのは数ヶ月先。
それから探すでは時間がかかりすぎる。
だからの退院前のこの病院との取り決めが大切だと考えた故の策だ。
この話し合いで納得した私は舅の退院後2人には忠実にこれをやらせた。
旦那の休みが毎回舅の通院のためにつぶれようが仕方ない。
老いた姑が舅の世話で動き回ろうとも仕方ない。
自宅療養を選択したのはこの人達自身だからだ。
私は2人に自宅療養の現実を体験させつつ2人の負担度合いの様子を見守りながら、現在は舅の食事制限管理と2人のフォローをしている。
と同時に、いずれ症状が進めば通院も難しくなる。
かといって緊急事態でない限り退院させた大病院は応急処置入院しかさせず、落ち着き次第またすぐに退院させるだろうと考えたため、近場の往診可能な病院への手続きと要介護申請の手続きを整えた。
退院してからこれを話せばこの人たちは逃げる。
見かねた私は負担を負う。
でもこれまでの「んもう~しょうがないわね~」のレベルとは違う。
理想を語るなら親のために妻と息子がすべきことがある。
本気の話し合いだ。
嫁の私に言わせれば、やってもらわなきゃ無理。やれないなら理想なんか語るな!だ。
これも旦那は納得した。
幸いうちの旦那は固定休みと平日にとれる休みがあった。
旦那には、その休みを舅の通院日に合わせてとれと話した。
1日かかる通院だ。
理想を語るのはいいが、それで私の負担が限界になるのは困る。
負担は家族で分担。
あんたは通院に付き添え。
それができるなら自宅療養も納得すると提案した。
舅の退院前だからこそ姑とはこれを話し合う必要があった。
退院してからじゃうやむやになる。
そこには旦那もいたが姑は「やる」と言い、もし家族で手に負えなくなったらその時は入院させると自らいってくれた。
旦那も同意見だった。
つぎはコイツ。
同じく逃げる可能性大のこの旦那。
そこで私は舅が退院するまえに姑としっかり話をした。
爺ちゃんの病気が悪化すればどういった症状がでてくるのか。
日常で婆ちゃんがすべきことはなにか。
肝硬変の末期症状については医師に納得いくまで質問し、このさき起こりうる事態を詳しく聞いておいた。
それを姑にもすべて話した。
緊急事態の対応はどうするか?
通院はどうするか?
家族の負担を片寄りなく皆で均等にするためにはどうするか?
婆ちゃんは爺ちゃんの奥さんだ。
望みを叶えてやりたい気持ちはわかる。けど現実問題として爺ちゃんを家に置くとはこういうことなのだ。
妻の婆ちゃんには負担を覚悟すべきことがたくさんある。
それでもいいですか?
あなたにはその覚悟がありますか?
あなたがそれをやると言うなら私は協力しますが?と。
けれど綺麗事だけで現実はこなせない。
理想を掲げたところで愚痴がでて家族が傷つけあうなら理想なんか語ってる場合じゃない。
私のなかにはいろんな思いの葛藤がありました。
舅の望みを叶えながら極力私の負担を軽減するには・・・?
日々の食事制限のこと。
日々の舅の世話。
症状が悪化したときの対処法。
緊急事態の対処。
退院はすれど週2回の通院はある。
大きな病院への通院には待ち時間が長くかかり、通院だけで1日が終わる。
現実に起きてくるこれらの問題をどうしていくか?
今もし私が「誰が面倒みると思ってんの?冗談じゃないわよ!そのまま他に入院させてよ!どうせあんた達は何もせず私に丸投げするじゃない!!」
といえば簡単です。
老いた姑は嫁に見離されれば従うしかありません。
会社勤めの旦那も一緒。
2人を納得させうまく言いくるめて舅をそのまま引き継ぎ他で入院させる。
これも無理を通せばできたかも知れません。
けれど呼吸するのすら苦しそうでパンパンに張ったお腹を抱えて力のない声で話す舅を見て。
もし他所でこのまま入院しこの人がそのまま死んだら・・・?
そう考えたとき私にはそれが言えませんでした。
限られた命なら、わずかでもいい。
この人が帰りたがる我が家に帰してあげたい。
このまま帰さず死なせたら私はきっと後悔する。
そう思いました。
自宅療養となれば舅本人の希望や姑と夫の理想は叶います。
しかし現実を考たとき、おそらくもっとも負担がくるであろう嫁の私としては理想論など二の次なわけで。
自宅療養選択には不安だらけでした。
せっかく医師が次の入院先を紹介してくれると言うんだし・・体もこんな状態なんだから家に帰ってこられても困る!
そのまま引き継ぎ他所で入院してくれよ・・・。
そんな本音が私にはありました。
しかしこうなるのは舅と姑そして旦那の性格を考えれば想定内。
私だってだてにこの人たちと暮らしてきたわけではありません。
想定される不安のすべてを軽減するにはどうすれば良いか?
その策を考えました。
そんな事情のため、けっきょく肺については肺癌の可能性が限りなく高いという診断までで確定検査はせず、肝硬変についてもいま起きている症状を緩和させるためだけの薬をだされ舅は退院してきました。
退院の際に医師からは現在の状態を説明され、「お爺ちゃんの腹水も含めて肝硬変の状態が思わしくなく高齢なのもあり何年も生きるのは難しい。
さらに肺にあるものが肺癌だとすればよりいっそう余命は短くなります」と言われました。
そこで他の入院可能な病院を紹介してくれると言ってくれましたが、これについては舅本人と姑と夫の希望を尊重し家族で話し合い自宅療養と決めました。
ですがそれはもっともなこと。
同じ疾患をもつ働き盛りの方々やこれから未来あるお子さんたちやご家族は、積極的に治療を望み病気と闘おうとされている。
そんな患者が他にたくさんいるのに「検査はしたくない。前向きな治療もするな。早く家に帰りたい。」
それだけを訴える老人など置いておける筈がない。
そんな老人にベットを使わせるぐらいなら病魔と闘おうと頑張る患者にこそベッドは使わせたい。
医師ならそう思うのは当然だと思います。
腹水もたまっており検査により肝硬変は確定。肺癌の疑いもでた舅でしたが、舅本人が手術も検査も望まない。
肺癌の疑いに関しても舅が詳しい検査を拒む。
今さら詳しく検査したところで高齢のためその検査により舅の体にかかる負担。
そして何より舅の年齢を考えればそうまでして治療する必要があるのか?
どうせ完治はできない。
患者の希望とそれらの状況を考えた担当医は、一通りの検査をすませ舅の状態が一旦落ち着くとすぐに退院を告げてきました。
あのあと舅を診察に連れていきそのまま緊急入院となった舅は、そのまま入院しながら様々な検査を受けました。
舅には前からC型肝炎の持病があったのですがその後は定期的に検査を受けており検査結果は順調でした。
ただ、ときに担当医が更に詳しい検査をと進めても「もう年だから。余計なことはしないでくれ。このまま構わないでくれ」と強く希望し続けた舅でしたので、担当医も治療や検査に積極的ではなくなっていた面もありました。
そしてもとより医者嫌いで家族にも体の異変を頑なに隠したがる舅でしたので、隠していた体のさまざまな面からの異変がここへきて一気に病気となって現れたのだと思います。
舅には肺癌の疑いもあるそうです。
私がスレを一旦再開したのは、義親と同居している嫁がほんとうに義親の介護に直面したとき、どうしていくか?どうしていったか?をリアルに綴るためです。
誰もが直面する同居義親の老いにこの人はどうしたのか?を綴るためです。
それが以前記したように私の次の参考になり、もしかしたら私と同じ立場のどこかのお嫁さんの参考になるかもしれない。
そう思ったからです。
本当なら後に落ち着いてから書くべきですが、こういう段取りは初期段階の段取りがあとに影響してきます。
後では私の記憶が曖昧になる。
リアルな現実をリアルに綴っていくのが私のモットー。
そのほうが正確に残せると考えたため一旦解除を決めました。
スレを一旦解除しました。
再開ではなく一旦の解除です。
解除したのちに書き込みをしたかったのですが多忙なためなかなか書き込むことができませんでした。
解除したのには理由があり、あのあと舅を病院に連れていき事情が変わったためです。
舅にくだった診断は肝硬変。しかも末期で、そのまま緊急入院となりました。
しかしやはり病院は老人を長くは置きません。
10日ほどで退院を迫られ現在舅は自宅で療養しています。
これまで2人が健康なうちはジジイだババアだとネタにして、暗くなりがちなレスを笑いにかえていこうとしていた私です。
が、今後は本気のレスになります。
本気のレスなので、もう舅をジジイとは呼べません。
明日の準備がありますので、お名残惜しいですがこのへんでm(__)m
ま。とどのつまりは私のことじゃないし子供のことでもない。
心配も、正論で怒るのも結局は私の自己満。
ツケがまわるのはジジババでそれも自業自得。
私は息子たちとカリン様との生活を死守していこう!
それだけに集中していこう!
巡りめぐっていつもそこにたどり着きます。
なのに人は言葉を話すし心もある。
私とジジババだっていつもいつもケンカしてるわけじゃなく笑いあってる時もある。
ときには優しさを見せてくれることもある。
それが嬉しくて情がわく。
してくれたから支えようと思える日もある。
だからの怒る日もある。
裏切られて落ち込む日もある。
けど孫に迷惑だけはかけんなよ!とムカつく。
だからの強くなれる日もある。
そのくりかえし。
このジジババにしてこの嫁あり・・ってか??
私のなかにある色々すぎるジジババへの感情の正解は、亡くなったジジババを見たときにわかるのかも知れません。
そのときに後悔しないように。
そのときに自分を好きでいられるように。
息子たちの未来のために。
私のこれまでを無駄にしないように。
母ちゃんは明日からも太陽として頑張っていきます。
それでは。
アディオス♪アミーゴ(o^-^o)
すべてのお嫁さんに幸せを♪
m(__)m
明日には作業が始まります。
私には敢えて何も言わず作業の合間にふざけて母を笑わせてくれる息子たちがいます。
作業はとてもハードだけど息子たちと笑いあいながらやってると嫌なことを忘れます。
弁当をつくって畑で食べて「うめえぇぇ!!」とはしゃぐ息子たちを見ると幸せになれます。
頑張ろうと何度も自分を奮い立たせるけど、それでも相手に通じなくて。
逆にこっちが落ち込んだときも、この子達のおかげで元気になれます。
コイツらに心配をかけたくない。
でもジジババの奇行でコイツらを巻き込むような事態にはさせたくないと頑張ってはいます。
けれど敵も一筋縄ではいきません。
とりあえず仕事も始まることですし、しばらくは仕事の疲れで我を忘れるほど頑張って気分転換します。それで癒されます。
また頑張れます!
良かった。この時期に仕事が始まってくれて。
ババアは「あんたは送ったら帰っていいよ!あとでまた来て!」とジジイにいってます。
ジジイへのせめてものババアの気遣いか?
いいえ。私への譲歩パフォーマンスでしょう。
私に聞こえてるのは百も承知なはずですから。
そしたらジジイが
「いや、俺だってちょっとは・・・」
あとは小声で聞こえませんでした。
そして2人で出ていきました。
私にこれを頼まないのは嫁に頼むのが癪だから。
そして頼めば行かなくていいと怒られるから。
聞いた私が「畑に行くなら私が乗せて行くよ?」と言えばババアは承諾します。
でもやがて仕事が始まる私にはこれから毎日ババアを送迎することなどできません。
それも娘への過保護ゆえならしたくもないです。
この人たちは、きのう私があれだけ怒った意味をどう理解したんでしょう?
モゲラが病院に乗せていくといった気持ちをどう解釈したんでしょう?
好きにしろ。
もう私はそれだけしかないです。
つくづく呆れます。
そんな親ゆえの残念なお知らせです。
さきほどババアがジジイに運転させ畑に行きました。
ジジイは今朝も自力でおきてくることができ自分で卵かけご飯をつくれたようです。
足の運びも昨日よりましになりました。
ご飯を食べ終わってもしばらく席を立てずボーッとしてるジジイでしたが、その後ババアのいる居間へ。
そこへすかさずババアが「早く!乗せてってよ!!」
食事を終えたばかりのジジイは、ちょっとまって・・少し休ませてくれ。
2人のそんな会話がキッチンにいる私に聞こえてきました。
(ああ行くんだな。畑に。私が運転するなと怒ったからジジイに行かせるのか・・はたまた可哀想なババアにジジイが申し出たのか・・。何にしても行くんだな・・)
しかしそうではなく子供の分際で・・。
ととらえてしまう傲った親は、それを考えようとすらしない。
聞く耳ももってくれない。
親は子より偉いのだから。
自分達が子供を育ててやった。
自分は親様なのだからという考え。
けれど人であるいじょう老いはくる。
子供の分際で!と腹をたてようが自分の身体は動かない。
いやでも誰かの世話になる。
だから言うことを聞いた "ふり"をするしかない。
本音ではぜんぜん納得できてなくても。
それがうちのジジババなんでしょうね。
ですが、たとえ違う時代に生きていようがジジババ達とおなじ環境下にいようが、新しいものを知り向上しようとしたり今の世についてかないと時代は変わるのだからと気づく人もいます。
この地域にも。
そういう人達は子供に媚びるというのではなく、親として次世代を担う我が子たちがやりやすくなるためにはどう変えていけば?と考えてくれます。
そこまでできた方じゃなくとも子供の言葉に耳を貸そう、とりあえず聞いてみようとはしてくれます。
おまけにこちらは農業地帯なので周りの人間もみんな農家や畜産者の類い。
ジジババ世代に会社勤めをする人は役所だったり先生だったりと必要不可欠な職種の人だけ。
サラリーマンなんてのは息子の世代になってやっとポツポツでだしたお洒落な職業。
会社勤めがどういうものかなんて知りゃあしないし、毎日汗だくで働く自分たちと違って会社にいけば毎月給料くれるらしい。
楽な仕事だが頭が良くなきゃできねえ。
オラたちみてえな百姓にゃあできねえ仕事だなという認識です。
事実、うちのジジババもモゲラが残業で遅くなりお腹を空かせて帰ってくると
「会社は晩飯も食わせてくれねーのか?」と普通に聞いてきました。
休みなのに会社にいく休日出勤も納得できないし、役職になれば「偉くなったのに残業手当てがでないなんて社長に騙されてる!」と怒ってました。
良い意味でのタフさがありお金を稼ぐ努力は惜しみません。
貧しい戦後を経験してるので一心不乱に働き続けてきたし、またその反動による見栄もお金への執着も異常にあります。
外からの意見をとりいれ、より良い改革をし生活を良くするより、ひたすら親から受け継いだ自分たちのやり方を守っていくのが美徳。
テレビから流れる情報はどこかの外国の話ってなもので自分たちには関係ないもの。
いま世の中がそうでも自分達が住んでる地域はべつの国。
異国で起きてることなんか関係ねえやとなります。
スレにあるレスの数々をご覧になればわかるように、うちのジジババは大変かわっています。
ですがこれはうちのジジババに限ったことではなく、ド田舎の近所から近所に嫁げば事足りてきたような生活をしてきたこの地域の高齢者は、外からの風も入ることがなく、また入ってもそいつをこっちに洗脳しちまう独自の風習と固定観念で生きてきました。
それに戦後の混乱時代という時代背景もプラスされ、死に直結すること以外はたいていOKでやってきちゃってます。
おはようございます。
明日より作業開始です。
夏部門は朝が大変早く夜は早寝となるため残念ながら更新は今日までとなり、本日の更新を終えましたら閉じさせていただこうと思います。
私につきましては以前のモゲラの帰宅が遅かった頃と比べ、こうして早寝ができるようになっただけでも負担はだいぶ減りました。
おかげで作業が始まっても睡眠時間はじゅうぶん確保できる環境になりましたので、心優しい方々が私の身体をご心配されないようお知らせだけしておきますm(__)m
では本日の更新を。
ついでに具合の悪いときに野菜なんかとるんじゃねえ!ともいっときました。
夏の野菜が腐ろうともジジイが復活したら秋にまた作ればいいだけのこと。
復活できなかったらやめればいい。
野菜のために刑務所いくのか?とババアに聞きましたら「それはイヤだ」だそうです。
じゃあそうしろと。
しっかりいっておきました。
ここまでえらそうにいうのは嫁として決して気分が良いわけなく、できることならジジババに先に気づいてほしいです。
車がだめなら自転車もある。
自転車でだって10分で行ける。
雨なら諦めて休めばいい。
そうまでして娘の顔をたてて何になる。
そうまでして行ったって、おまえらの体の心配もせずに当たり前のように「泥はきれいに洗ってよ!」と怒る娘にしてやる必要がどこにある?
そんなのはほんとの愛じゃない。
そういう娘を張り倒してやれるのが親なんだぞ!
マジで無理でごぜーます・・・。
こういう方々には何語なら通じるのか教えてほしい・・・。
ですが私はここの嫁。
逃げたら何も変えられねえ!
「婆ちゃん。見えないと知ってて運転したら犯罪。それで人を巻き込んだら刑務所。その年ではいる覚悟があんの?」
と聞いてやった。
ババア黙った。
そーだ!そーだ!まったくだ!!とジジイ。
「爺ちゃんも。聞かないのは2人とも。
いい加減にして。それで動けなくなっても私はぜったい世話しない。いいね?」
ジジイも黙った。
「買い物があれば私がついでに行く。
もし婆ちゃんがそんなで事故を起こしたら息子が笑われる。」
「アンタ・・それでもいいの?」とモゲラにふってやる
それは困る。やめてくれと蚊の鳴くような声で答えるモゲラ。
「じゃあアンタがやめさせなさいよ!!」モゲラにドたける。
ジジイ「ごめんなさい。お母さん」
ババア「すまんかった。お母さん。刑務所いやです。わかりました。」
なんでこんなこと言われないとわかんないんだろうね・・。
なんで嫁にここまで言われないとわかんないんだろうね・・。
言いたかねーよ。もう・・。
するとそこでジジイが
「俺はな、運転するなって言ったんだ。
絶対やめろ!っていったのに婆さんが聞かないんだ!」
私サイドにつきよる。
ほう。コイツもたまにはまともな意見をいったのか・・。珍しいな。とちょっと感心。
いやいやコイツはババアへの依存がハンパねえので離したくなくてのコレだろうと深く納得。
ところがそれを聞いたババアが
「けど爺さんだって横に乗って一緒に行ったズラ!」
なんだと?
今日やっと歩いてこれたこのヨタヨタまで一緒について行っただと??
まずはババアに
「野菜ありがとう(スズムシ用のな)。で、車で行ったようだけど大丈夫なの?大丈夫なら今度の通院も婆ちゃんが自分1人でいけるよね?」
といってみる。
ちなみに病院はすぐ近く。
けどババアは自分1人で行くのはぜったいイヤ。
でもジジイはまだ運転不可能。
ということは、ぜひぜひモゲラに乗せてってほしいはず。ジジイにも一緒にいてほしいはず。
だから敢えてこう言った。
そしたらババアが
「運転?畑と娘のところはね~。でも~前がよく見えねーから病院いくのはムリ。」
まえが見えずにどこ見て運転したんだ?おのれは。
それじゃあ動く凶器だぞ?
私が仕事から帰ったら案の定。
ひんまがったキュウリ1本と虫食いで穴だらけのししとうが2本。
ほれ!もってきてやったぞ食え!とばかりに流し台にころがっていた。
スズムシのエサですか?
巻き込みたくない息子たちが夕飯を食い終わり部屋にいったあと。
ジジイ、ババア、モゲラ。
面子そろってます。
さあ!はじめよーか。
とんちきジジイのほうは良いのだが今度はババアのほう。
洗濯物を干そうと外にでたらジジババ用の車がねえ。
ババア。運転しやがったな・・・。
ちなみにこいつ。
少しまえから急激に視力が落ちた。
危ないのでババアみずからも
「運転??ムリ!ムリ!ムリー!!」と言っていた。
なので運転するジジイの助手席専門だったのに。
だからのモゲラ医者乗せてけ作戦だったのに。
ははあーん・・現在ジジイが運転不可能だからか。
ならばワヒやる!
娘に野菜を届けるのは?・・そうワヒ!
と畑に出向いたもよう。
はい、こんばんは。少しだけ更新です。
きのうの昼間に痛みどめをのんだそうで痛みが少し楽になったジジイ。
今朝は起きてそろりそろりとキッチンに食べにきた。
こうなるとこいつの回復力はすさまじいぞ。
そう思ったが今回は味覚障害で満足に食えてないせいか夜になってもヨロヨロしている。
「でも痛みはなくなったからバッチリ!」なんだそうだ。
どこらへんをもってしてバッチリなのか・・謎だがスルーしておこう。
それでも「じゃあほんとに家の近所だけ。知ってる道しか走らない。次の更新には返す」とのらりくらりと逃げます。
それでも「ダメじゃあぁぁぁー!!」と免許をひったくってしまえばいいのかも知れません。
だけどそれをした後のジジババとの返せ!返さない!!の毎日のグダグタを思うと憂鬱になります。
取り上げたって紛失したと再発行されれば終わりです。
それに正直にいうとなぜ私がそこまで?アホらしい・・とも思います。
高齢者の運転は社会問題になってますが、こういうジジババは実は世の中に多くいて。
私のように、いっそ決めた年齢で強制的に取り上げてくれと思うお嫁さんもいるんじゃないかと思います。
もし娘へのこの執着がなければジジババはとっくに免許を返してます。
病院への送迎は私がいくと前から話してますし、欲しいおやつを買いに行きたければそれも乗せてくと話してます。
病院の中まで私がついていき口を挟み大袈裟にされるのが嫌ならば、病院玄関で2人をおろし終わったら電話をくれれば行く。それでいいじゃない?とも。
仏間に飾るため買いにいくババアお気に入りの花はネットで注文できると確認し、欲しいお札があればモゲラの休みに買いにいこう。
ありとあらゆる代用策を検討し話しましたが。
「ありがとう。でもまだもう少しね。」とまったく聞く耳をもちません。
1度なんか
爺ちゃんたちはそれでいいかも知んないけどね!巻き込まれた人がたまらないよ!
責任もとれないじゃん!!それを考えなよ!!!とまで言いました。
もちろんモゲラは言わないので私がです。
もしくは、これまで大量につくらせて配ってた野菜の分だけ、小姑が医者につれてけば??と思うわけです。
ですがそんなことをいった日にゃ可愛い娘を悪者にされたとジジババ揃ってフンガフンガふんがらがった(`ヘ´)!!となり、またクソ面倒な修羅場になる。
そうまでして今もめずとも・・・。
と考え冷めた対応でいる私もいます。
ですがこの娘可愛さには
娘のために野菜を作りにいきたい→だから免許を返納しない。
雨天時の娘の子供を送迎したい→だから免許を返納しない。も絡んできます。
みんなに配ってやりたいから。
みんなじゃねーだろ娘オンリーだろーがよ・・・。と思いますが以前の水道代を負担してた時を思えば、体を痛めて寝込むのも私じゃないし以前のように私たちの燃料を勝手に使われることもありません。
じゃあ好きにすればいいとなってるわけです。
ですがこうたびたび寝込まれて、それで今回のようにモゲラ1人の負担で済めばいいですが、これが私や私を思う息子たちにきたらたまったもんじゃありません。
もしそれが、いくら娘にやりたかろうが動けなくなれば嫁に世話をかけるからとまず野菜づくりをやめ、それ以外の原因で寝込んだなら私の対応はこうはならない。
ですがこんなくだらねえ明らかな原因を対処せず、痛いだなんだと騒がれましても・・・。
私としては「じゃあ野菜づくりなんかやめれば?」となるわけです。
が、しかし。
わけのわからん娘のお付き合いのために毎月とんでもない量の水道をたれ流しされちゃたまんねえと思い、家のまえは私たちが使うと宣言し場所を移動させました。
ですのでその移動先でジジババは野菜づくりにいそしんでるわけです。
ところが何せ高齢になったもので爺ちゃんの体がついていかない。
これについては何度ももうやめるよう言いました。
野菜は買うから。もう無理しないでと。
ですがジジババの目的はうちに野菜を持ってくるためじゃありません。
ただひたすら娘にやりたい。それのみ。
なので言えども言えども聞かないわけです。
たてまえで「健康のための運動だから」そういって。
健康のためにやって寝込んでたんじゃあどこが健康のためなのか意味不です。
ですが目的はそこではないので絶対にやめません。
ジジイはここ数年たびたび股関節や腰や膝が痛くなってよく寝込みます。
いつもは寝込んでもたいてい2、3日すると起きだして野性動物なみの驚異的な回復力で元気になります。そしてまた繰り返します。
こうなるには大きな要因があって。
それはまえからずっとやってるジジババの趣味の野菜づくりです。
元気な以前はともかく、もう80をとうにこえた爺さん婆さんが50坪ほどの畑で春、夏、秋、冬と1年を通していろんな野菜をつくってるわけです。
そりゃあ体への負担はハンパない。
そこでつくられる野菜のほとんどは娘にあげるためのもの。
娘だけでなく娘からその友人や知人へと、かなりの数が配られます。
で、そこで選別された形の悪い1割程度がうちにきます。
いまは別の場所でつくられてるので良いのですが、この趣味の野菜づくり。
以前は家の敷地内の畑でやられてました。
小姑にいく野菜のために私たちは毎月おそろしい額の水道料金を払ってました。
卵かけ1つとってもこのありさまですが、この人だって昔は主婦してたわけで。
いまだって小姑の家でだけは掃除、洗濯、料理と、やってあげられたりするわけで。
さらに言えば、わざわざうちでつくって小姑に料理持ってくのだけはせっせとやるわけで。
それがうちでだけ突然なにもできなくなっちゃうなんて馬鹿な話はないわけです。
こうしてアレコレいってるうちに
「んもう!いいわよ婆ちゃん。私がやるから」という嫁の言葉を期待しての丸投げ計画だってこたあ百も承知だ。
やれ!ババア。
卵かけをなぜチンだ?
なぜチンなんだ?
あわててババアに
「そのまま、そのまま。チンはいらない。」と教える。
こいつぁ1人でさせると何するかわかったもんじゃねぇ・・・。
「ああ、そうけ~」と卵かけをジジイに運ぶ。
そのあとまた戻ってきて
爺さんのいつも飲んでる薬どれ?
何にも知りやしねえな・・・。と呆れて
「それはここ。ここにあるコレとコレが爺ちゃんのね。これからはここから出して飲ませてね」
ふーん・・わけわかんねえなぁ(;´д`)
だから。これからわかるように覚えろ。
おまえがやるんだ。これからは。
私じゃなく "おまえ"が!
なんとかそれでも嫁を動かせねーかと企む婆さんはモゲラの弁当づくりで忙しい私に
「爺さんが卵かけご飯っていうんだけど・・・。卵どこ?」ときいてくる。
冷蔵庫に決まってんだろーが、といいたい。
だがしかし
「冷蔵庫だよ~」
次は「どうやってつくりゃいいんだか・・」
いや・・逆にほかの卵かけの作り方をいってみろと言いたい。
だがしかし。
「ご飯をよそって卵をかけて、お醤油かければいいんだよ~」
ババア、しぶしぶ冷蔵庫から卵をとりだし飯にのせ、そのまま
「さてと」とレンジでチン。
Σ( ̄ロ ̄lll)
爆発するでぇぇーーー!!!
おはようございます。
更新つづけます。
けさも時間差に起きたジジババ。
これでババアはもう3回、ジジイの食事をつくり部屋に運んでる。
ババアは見事に飽き性なのでそろそろ面倒くさくなってくる頃だなと思ってたら、案の定。
「んまあ~爺さんの食事運びもたまんねえ~」と愚痴がでた。
この後はおそらくこのグズグズ愚痴がはじまりだす。
なので先にもう
「しょうがないの!婆ちゃんは奥さんでしょ?悪いときはお互いさま。婆ちゃんがしなくてどーすんの!」と釘をさしておいた。
面倒になり何とか単純な嫁が情にほだされてやるんじゃねーかと期待してたババア撃沈。
甘えんじゃねえ!!
妻の本気にビビって納得したモゲラに
「じゃあちょっと一緒にきて。」
そしてジジイのもとへ。
明日の内科はぜったいやめろ。
かわりに近々モゲラが連れていく。
それまで待てなきゃ今から緊急でいく。
どうするんだ?という旨を伝えた。
モゲラを隣に正座させ私が部屋に乗り込んだので、嫁がかなりの怒りモードだと悟ったのか、はたまた痛みに負けたのか
「はい。そうします。お願いします」とジジイが答えた。
あとからババアに「ありがとう」と言われた。
おまえら、ほんと・・・しっかりしてくれ( ´△`)
近いうちに総合病院でババアの定期通院日がある。
その日は運良くモゲラが休み。
ジジイはどうせこのままじゃその定期通院にすらババアを乗せていけない。
よし。
そこへ全部ぶっこもう。
モゲラの帰宅をまち、その日にジジイとババアを総合病院に連れていけと話す。
打ちっぱなしにいきたいモゲラは案の定「ほおっておけ」とぬかした。
だが今日は許さん。
じゃあ私は本当にほおっておく。
ただし明日ジジババが勝手に医者に行こうとして倒れでもしたら。
そんな運転で事故をおこしたら。
明日は行かなくとも、いつかこのままにして痛みで緊急事態になったら。
すぐおまえの会社に電話する。
おまえはソッコーで早退してこい!!
それでおまえがやれ。全部おまえが責任もて。
それを約束するならほおっておく。
いいな?
モゲラにそう言ってやった。
事実わたしは以前こいつにほおっておけと言われ、ジジイが高熱で動けなくなったとき電話してドたけってる。
それを経験してるモゲラは今日の妻は本気。
逃げられねえと悟ったらしい。
なぜ内科でバッチリ治るのかさっぱりわかりませんし、動けないジジイを連れてババアが1人でどうやって医者に行くのか不思議でならん・・。
ところがババアによりますとジジイの計画は。
嫁をつれてくと大袈裟にするからそれはダメ。
まずババアの補助でジジイが伝い歩いて車に乗る→ジジイが歯をくいしばって運転→車で着いたら看護婦を呼ぶ→手伝ってもらって病院の中へ。
点滴打ってもらう→俺バッチリ✌️。
「大丈夫かねえ~?」とババア。
だいじょーぶなわけねーだろが!!!!
家から車に乗る地点でもう二次災害おきるわボケ!!
ヘタすると2人を抱えて私が緊急搬送じゃ!!
だめ。ぜったいだめ。
もしババアがなにもしようとせず、これまでどおり私に丸投げしようとしたら
「爺ちゃんのは婆ちゃんがお願いね」と言うつもりでした。
ですが幸いジジイに軟禁されてる状態のババアでしたので、ジジイから「おにぎりつくって」と指示されるらしく、キッチンにきておにぎりをつくってました。
おそらくジジイは私にやらせると食事を届けついでに様子を見て「医者行け。連れてくぞ」と言われるためババアに支持したのでしょう。
きいたら爺ちゃんの様子は相変わらずでなんとか布団に座っておにぎりは食べられるそうです。
でも痛みはかなりあるみたいで、用足しは尿瓶でしてるそうです。
でもってあす婆ちゃんに内科に連れてけといってると言います。
なぜ内科?
大腿骨や腰やももが痛いのに?
なあぜ?
それはそこのお医者さんが昔からの爺さんがやってる個人の小さな病院で、検査もせず適当に薬をくれるから。
「そこで点滴を打ってもらえば俺はバッチリ治るから。」なんだそうです。
ジジイは夕飯も起きてこられませんでした。
痛みが強いようです。
夕飯になってジジイはどーすんのかなあ~。
もし部屋で食べるというなら・・・。
このままじゃ医者にも行かないジジイのために私がとうぶん闘病飯をつくり部屋に運ばされるはめになる・・。
それはヤだぞ・・・。と思いまして。
ここはババアにやらせよう。
私はとりあえず無視してようと他の家族の食事だけ用意し、ジジイのはババアにお任せにしました。
はあ?
んなもん大声で何度も呼ばなくたって皿にラップがつけてあるんだから。
ラップをかけ直してババアが帰ってから言えばいいのにと思った。
ババアがきたので私はそこでそのまま部屋をあとにしたけど・・・。
なんでその程度でこんなに呼びつづけ、すぐ来ないからって怒るのか?
なんでその呼び方が緊急時みたいに大声で何度も何度もなのか?
なんか・・・それまでのジジイとは違う違和感を感じた。
そのあとババアがお盆をもってキッチンにきたので「用事これだけ?このためにずっと呼んでたの?」ときいたら、お婆さんが離れると怒れるらしい。
お婆さんでないとだめらしい。とババアがいっていた。
ま、それならそれで私は楽だし。
こういうときのババアは大袈裟にいうし。
あまりまともに受けとるとえらいことになるが。
あの様子はなんだか異常だった。
ていうかそもそもおにぎりをすぐ片づけないでそれほどまで怒るなら医者いけよ
!!
ジジイに何かあったのか??
転びでもしたのか??と慌ててジジイが寝てた部屋にいく。
ちょうど帰ってきたババアもあわてていっしょに。
行く途中にもまたジジイの「おばあさあーーーーん!!」
大声で何かあったかと思う呼び方。
どうしたの!なんかあった?
ババアより先に部屋についた私がきくと
ジジイは布団の横にある椅子に座ってた。
目の前にあるちゃぶ台のうえには1つ食べ残したおにぎりとお皿。
「おばあさんは!!!!」とすごくイラついた声で私にきく。
なに??
なんかものすごい怒ってるけど・・・。
あとからババアがきて
「なに?どうしたの?」ときく。
そしたら「もうこれ食べられないからいい!!
何べん呼んでもきやしないから!!さっきから何べんも呼んでんのに!!」とババアに怒ってる。
つまり・・・用事はおにぎりをもう片付けてってこと?
きょうのお昼、爺ちゃんは起きてきませんでした。
今朝はああいってましたが、かなり痛いのかもしれない。
まあだからって医者にいかないんじゃやりようがねえ。
昼は婆ちゃんにおにぎりをつくってくれとたのんだようで婆ちゃんがおにぎりを2個つくってました。
うむ。いいぞ。頑張れババア。
それはいいんだけど昼を食べて少しして私がキッチンで動いてたらなんかどっかから人の声がする。
お向かいさんから聞こえたように思ったのでしばらく様子を見る。
けどそのあともずっと誰かを呼んでるっぽい。
あれ?じゃあうちにお客さんかな?と思い玄関まで歩いていったら、ちょうど外から婆さんが帰ってきた。
あれ?じゃあ家じゃない・・??と、思ったそのとき、ジジイの寝てる部屋のほうから「おばあーーーさーーーーん!!!」という大声が。
このあとババアは腸炎で2週間ほど入院しましたが無事退院しました。
真面目なこの友人は今でも遊びにきてくれますが "トラウマになりそうな事件"として息子の友人たちの間で語り継がれてる話です。
こんな感じのたち位置で息子たちはジジババを見ていますが、いざとなれば冷静に対処しつつモゲラとジジババに制裁を加え、私を守ってくれようとするこの息子たちは私の宝です。
この子達の気持ちは私を強くしてくれます。
そこへ私と長男が帰宅。
なんかこの弟わかんねぇ((((;゜Д゜)))思考がわかんねぇ((((;゜Д゜)))と怯えている彼のもとに長男が
「おう!行ったか?やっぱ行ったかあ?アハハハ」
と笑顔で帰る。
ええーーーーーーっ!こいつもか??
((((;゜Д゜)))
彼はさぞかし驚いたことだろう。
しかしそのあとの長男の「ありがとな。悪かったな。
まあ、色々あるんだって。うちはね。」
のひと言だけで彼はやっと落ち着いて
「オレ、おかしいと思ったんだよ。おまえも弟もどうかしちゃったの??・・ていうかおばさんが1番どうしちゃったの?って・・。なんでいつもとちがうの??って・・。ああ・・なるほど。そういうことね。」と納得してくれた。
優しい彼には3人でしっかり謝罪しお礼をいっておきました。
巻き込まれてしまった彼にとってはもうゲームどころじゃねえ。
真面目な彼は
「自分は人としていま何をすべきなのか???」
その答えを必死に模索していた。
やがて救急車が出ていく音。
そこへ次男がもどる。
「お騒がせしましたぁ。
で、ゲームの続きはどっからでしたっけ?(^ー^)」
え?(゜_゜;)
ちが、ちがうでしょ!?・・・そ、そうじゃなくてさ?!
そうじゃなくてさ、どうなの??
ね?お婆さん大丈夫なの?
え?どういう状況なの?
「うーん・・・。
たぶんだいじょぶ(^ー^)ノ。」
あ、ああ・・・そう。
でさ、で、おばさん(私)とアイツ(長男)に知らせないと!すぐ知らせないと!!
「そうかなぁ~。たぶんだいじょぶ。」
だ、だってだってダメだよ!?
おばさんに知らせてあげないと!
そりゃダメだよ!!
「ああ?そういうもの?じゃ連絡しとくね(^ー^)ノ
あ、それからさ、それなら喪服。用意しといたほうがいいのかなあ??」
えっΣ( ̄ロ ̄lll)
えっ((((;゜Д゜)))
・・・(なにいってんの???こいつ何いってんの((((;゜Д゜))) )
彼と次男の間でこんなやりとりがあったあと私に連絡をよこしたそうだ。
救急車がきてもテンパり続け、保険証を探して走り回るジジイとモゲラに
「保険証はきっと婆ちゃんのバックの中だよ。」と教え、救急隊員の質問にも的確に落ち着いて答えたのはこの次男だけ。
モゲラとジジイはただテンパって意味なく走りまわり次男に促されるまま救急車について病院に行った。
さて。
連れの親父に飛び込まれ
「救急車呼んだからぁぁぁー」で終わってたこの彼。
なな、なにか・・・なにか大変なことがここのお宅で起きたらしい((((;゜Д゜)))
俺は連れとして何をすればいい・・???
何をすべきだ・・!?
お婆さんの運搬を手伝う!?
いやまて・・・俺はただのよそ者で・・それは失礼かもしれないし・・・。
でも緊急事態ならそれはそんな事いってる場合じゃなくて・・・!?!!
落ち着けオレ!!
どうするオレ!!!!
と部屋中をぐるぐる歩きまわって悩んでくれてたらしい。
婆ちゃんのようすが急変し全身がブルブル震えだしたのに慌てたジジイが家じゅうを走りまわり
「おおお、お、お、おかあさぁぁーーーん!!」と私を探す。
だがいねえ。
驚いたモゲラが様子を見にいき、ぶるぶるババアを見てこいつもテンパる。
そしてなぜかジジイと一緒になって
「おおおお、お、お、お、おかあさぁぁぁーーーん!!」と私をさがす。
そうだ!いねえわ!と思い出す。
次男と長男友人のいる部屋に駆け込む。
「婆さんが!!!婆さんがぁぁ!!!!」
連れの部屋でゲームしてただけなのに親父にいきなり飛び込まれ、兄の友人。
え?!!(゜ロ゜ノ)ノ
次男。兄の友人に「ちょっと待っててね。」と落ち着いていい、ババアのもとへ。
そして救急車を呼ぶよう指示する。
となりに次男がいるのに、なぜかまた息子の友人のもとへわざわざ行き
「救急車呼んだから!いま救急車呼んだからぁ!!」と報告するモゲラ。
友人。
えっ!?((((;゜Д゜)))
えっ!?えっ!?((((;゜Д゜)))!!
せっかくの息子の思いを無駄にはできない。
そう。モゲラがやれ。
そう思った私はそのあと次男に「大丈夫だから心配しないでね」と連絡し、無事にカリン様の治療を終え家に帰ってゆっくり支度を整えてから病院へ行けた。
ババアは病院だしカリン様の治療は済ませたしと私と長男、それから次男には何の動揺もなかったのだけど。
ここで1人だけ、ものすごく慌ててテンパってくれた人がいた。
それは息子の友人。
聞くと長男がトイレに行ったとき婆ちゃんといきあった。
そしたら身体がガタガタ震えてて吐いてるみたいだった。
親父にそれを言ったけど「だいじょうぶだろ~」といった。
これはヤバイぞ。そのままおけばまた母さんがハマるなと思った。
言えば母さんは婆ちゃんを見に行く。
だから俺が連れてでた。
父さんがやれよと思ったから。と。
その予想が的中しての「やっぱりね」だったらしい。
ありがとうね。
そうしていつもこの子達は私を守ってくれる。
息子だから余計なことは言わないし愚痴を聞いてくれるなんてこともないし私もよっぽどまで言わない。
けど必ずいつも私を見ててくれる。
そして守ろうとしてくれる。
ありがとうね・・(泣)
以前、婆ちゃんが腸炎になったとき。
その日は私と長男でカリン様の定期検診に行く日でした。
モゲラも休みで家にいて、少しまえから例のごとくお腹が痛いと騒ぐだけで病院に行こうとしないババアにウンザリしてました。
部屋に友達も来てたのに、珍しく長男が「早めに医者にいくよ」と私を急かす。
そこで「カリン様の病院にいってくる。婆ちゃんに気をつけてあげてて」とモゲラに告げ私と息子は動物病院へ。
息子の部屋には長男の友達と次男が残ってました。
そしたらカリン様の病院にいるときに次男からLINEが。
「婆ちゃんが救急車で運ばれました。
爺ちゃんと父さんがついていきました。
お母さんに連絡するよう言われたので。」
え?と驚いてそれを長男に告げると。
「だろうね。そうなると思ってた。
だから俺、早めに母さんを連れてでたんだ。」
息子たちはこういうジジババに呆れるというか・・・もうそれを通りこして相手にしてません。無視したり怒るとかそういうこともしません。
ああ、こういう特異生物がいるんだなあというスタンスです。
両親や自分達とは別ものだと割りきってますが、ジジババが話しかければ答えるし少しは会話もします。
でも期待はまったくしていません。
畑を貸してくれているお他所の変わった爺ちゃんと婆ちゃんといった対応です。
けれどどちらかが動けなくなれば運んでもくれるし頼めば手伝いもします。
それはこの人たちのためじゃなく私が大変になるのを助けるためにだけです。
でもさらにもっとおかしいのが、この無責任なババアにもっと言え!
ちゃんと世話せい!と言え!とジジイに直訴したとき。
「お婆さんは悪くない!俺はいいんだ。もういいんだ。
それより・・・さいきん婆さんはすごく嬉しそうにしょっちゅう出かけるが・・・・男がいるなんてこたぁ・・・ねーよなぁ・・?」
おわった・・・。
・・・・・・。
さあ、夕飯は息子の好物にしよっと!
こんなことをほんとにやってる1家族がここにいます。
そもそもババアが私に、お爺さんったらアレなのよ~コレなのよ~といってくるのがおかしい。
まず妻のおまえがせいや!って話だ。
妻のババアがまずそれをして自分1人じゃ手に負えなくなって、それから私にいう。
これが順当なんじゃねーの?って話じゃん?
その"まず妻が"するのをすっとばしていきなり嫁に泣きついて。
じゃあ妻のババアは何すんの?といえば。
ジジイをこき下ろして怒らせる。
お友達とお茶に行っちゃう。
老人サークルに出かけちゃう。
今日はねぇ~。こういう老人体操したんだよ~\(^o^)/
こんな映画みたんだよ~ん\(^o^)/
みんなで手芸して作品がこれよ~ん\(^o^)/
でもって「お母さ~ん。お爺さんが~アレもコレもできね~の~(泣)(泣)」
ときには「ううん、爺さんなんかよりワヒ!きょうはワヒの目がなんか見えにくいの~(泣)(泣)」
おまえ・・頭おかしいだろ?
でもまあ嬉しそうに笑ってたのとマットも私が買うわけじゃなし。
ジジイがそうしたいなら好きにしろと思いまして。
「そう。じゃあ無理しちゃだめだよ」と寝かせておきました。
こういうジジイに、ババアは悪くなったことを責めます。
動けなくなって自分の役に立てないことを責めます。
なのに世話は私にやらせようと私に愚痴をいってきます。
責められたジジイは、じきにまたフンガフンガなることでしょう。
まあジジイはこうして更に動けなくなっていくでしょうし、それも自業自得です。
けど自分の役に立たないからとジジイを責め、尚かついっさいその補助をしようとせず私に丸投げしようと企むババア。
こいつの手口にだけはのらないようにと気を引き締める私です。
仏間にお供えにいったらジジババの部屋の戸が開いていて、ふと見たらジジイがお布団に寝てました。
耳が遠いのでジジイは私に気づいてません。
だからしばらく見てました。
枕元に自分で用意した水筒をおいて耳が遠いためテレビの音を大きく聴いてしまうのだけど、それをババアに怒られるのでイヤホンをして。
痩せた体で布団に横になってました。
・・あんたはもう・・・なにやってんだよ・・・・。
と虚しくなり「どこか痛いの?」と声をかけると。
股関節が痛いそうです。
でもやっぱり即答で「大丈夫。医者に行くほどじゃない」と先に言われました。
痛み止は?
湿布は?
痛み止めは薬をすごく嫌がるジジイなので飲まないそうです。
湿布もあるけどいいそうです。
それよりテレビの通販でエアーマットを宣伝してて、騙されたと思ってそれを買おうと思ってなと嬉しそうにいってました。
そこじゃねーだろ・・・・・( ´△`)
ここ最近、さらにジジイから笑顔が消えました。
元気がないです。
遅めに起きた今朝はヨロヨロと玄関をでてきて洗濯物を外の洗濯機に入れてました。
ジジババの洗濯に関してはババアがしてくれますが、ジジイが自分で洗濯機まで持っていかないと放置されてます。
部屋に洗濯かごを置けば・・と買い与えましたが使いません。
それでもジジイが悪いときぐらい持ってってやれよ・・と思いますが、そのへんババアは容赦ないです。
ジジイがよろけようがヨタついてようがNHKの連続テレビに夢中です。
それを見るためにずっと早起きしてるのでジジババの朝食は時間差で食べてます。
こんにちは。
今日は風がつよいです。
今朝畑の様子を見ましたらおかげさまで野菜が成長しもうすぐ作業再開です。
夏の野菜は早朝というか暗いうちからになるので手の空いた時間や状況により更新はランダムになります。
陽射しで体力の消耗が激しいため、疲れてほったらかしちゃう日もでてくると思います。
状況に応じてですが続けられるところまでですが更新していきますm(__)m
こういうジジババの姿を見ると、途中から暮らした私でさえ呆れ果てるやつらなのに、この親のもとに生まれ育ったモゲラは私以上にこいつらのこういう姿を見てきただろうなあと思う。
だからの「ほおっておけ」なんだとも思う。
娘の小姑ですら「あの人たちは変わらない。頭おかしい」といっている。
だから小姑はさんざんこのジジババに貢がせておきながら平気で「こんな人たちすぐに死ぬから。お義姉さん、無駄なことはしなくていいよ」という。
だからこれまで1度だってこのジジババの事で私に文句をいったことはない。
だからってアンタ達ね!と子供たち2人に反論したい部分はあるが、こういうジジババの姿を見ると・・・。
モゲラの姿勢にも小姑のこの人たちに対する扱いにも妙に納得してしまう部分はある。
目の前でジジイが助けを求めてくればジジイのためというより人として一応いうべきことはババアにいう。
ババアがそれを聞いても聞かなくても。
言うのはジジイのためじゃない。
もちろんババアのためでもない。
その場をほおって逃げる私を私が好きじゃないから。ただそれだけだ。
でも心のどこかに
いま直接の被害者になってるジジイなら・・・。
もしかしたら・・・・。
もしかしたら・・・・。
あのときの俺は間違ってたと。
どっかでわかってくれたかも知れない。
親父とお袋に悪いことしたと、どっかで気づいてくれてるかもしれない。
そしたらそれだけでもあの人たちの供養になる。
そんな小さな期待をもってみるけど。
私がそういうと今度は怒ってたジジイ本人がババアを庇いはじめる。
「まあでも・・お婆さんのおかげでここまでやってこれたしな。お婆さんじゃないと俺もだめだったしな。まあ、お母さん、そこまでにしてやって(笑)
はいはい。年寄りの説法でした。はい!終わり!エヘヘ。」
といいだすのはジジイ。
ババアはこの男はしょせんこんなもんだと鼻で笑ってる。
アホくさ・・・。
やっぱりな・・・。
鬱になろうが痩せ細ろうが好きにしやがれ。
で、私の無駄な期待は裏切られ、こいつらはこんなもんだと割りきります。
そして、まあいい。私にゃ人の血の通った息子たちがいるさ!と自分を励ましてやってます。
そうだよ。
すべてはアンタのそのババア甘やかしが元凶なんだよ。
ババアが何にも言わずとも先にいそいそ動いてご機嫌をとり、調子にのったババアが虚言をはこうが疑いもせずにそれを真に受け、真実をいってる人達を叱りたおし何人もの人を傷つけた。
まわりの人すべてがおまえは女房に騙されてるぞと教えてくれても
「それが嘘でも俺は女房が可愛い!こいつのためなら嘘でも何でも味方する!」
アンタはむかし誰の言葉にも耳を貸さずそう言い切った。
自分の親が泣きながらアンタに虐待の事実を告げたときも、アンタはババアの嘘を知ってて庇って親を見捨てた。
あげくに共犯者にもなったよな?
そうして親を見殺し兄弟全員と絶縁。
それでもババアの汚さを知りながら許してたのはアンタだよな?
このババアをつくったのはアンタだよ。
その標的がアンタの親から私になり、敵わなくなったと知ってアンタに変わった。
それだけだよ。
アンタのつくったモンスターだ。
そいつにやられるなら本望だろうが!
ジジイが私に泣きつくとき、その哀れな姿を可哀想だと思う気持ちとこの気持ち。
私のなかにはこの2つの気持ちが絡みあう。
さらに
「俺が手伝ってやったって結婚してからこいつは1度たりともありがとうを言いやしねえ!手伝ってと自分から言ってもきやがらねえ!そういう可愛いげのないところが大嫌いだぁぁぁ!!!」と叫びます。
思わず「じゃあなんで爺ちゃんはやるの?」と私が聞きますと。
「そ、そ、そりゃおめえ婆さんが可哀想かなぁと思うからで・・・」と答えるジジイ。
だから「じゃ、やんなきゃいいじゃん。婆ちゃんが頼んでくるまでやんなきゃいいじゃん。
爺ちゃんがやんなきゃ婆ちゃんは1人でできないんだからたのむしかなくなるじゃん?
なのに爺ちゃんが先に先にやるから言わないんじゃないの?
まず自分でやらせなきゃ頼むこともしてくれた有り難みもこの婆ちゃんはわかんないよ?」
そういってやった。
かしら?がかしからになってる・・m(__)mごめんなさい。
誤字が多いな。ごめんm(__)m
でね、時にはジジイがフンガフンガ怒って食事にきて、私に切々とババアの言ったことをチクる。
ババアは誰のこと??みたいにトボけてるけど、これは私も若い頃さんざんやられたからババアのもののいいようは熟知してるわけです。
「俺にな、アホだボケだって言ったんだ。あんたなんか頭がおかしい。みっともないって。そりゃあ酷いんだ。
聞いてて泣けてくるんだ。そこまで言うかってほど悪魔みたいに言うんだ」と半泣きでチクってくる。
私はとりあえずババアに
「なんでそんなこと言うの?爺ちゃんと婆ちゃんはずっと一緒にいてやってきたんだよ?もしどっちかが死んじゃったら寂しくて生きていけないほど一緒に行動してんだよ?
婆ちゃんはそうやって生きてるうちに爺ちゃんに甘えて酷いこといって、そんでいざ爺ちゃんが死んだら、私にもっとアレしてやれば良かった。コレしてやれば良かったって絶対ぐずるでしょ??
そんなぐらいなら2人とももう年なんだから一緒にいられる時間を大事にしなよ。笑って一緒にいなよ。」と諭す。
ババア「そうだね・・」としんみりして答える。
それを見たジジイがすかさず
「おまえなんか直りゃしない!お母さんがそう言ってくれたって人の居ないとこでこの婆さんは絶対また言うし直りゃしない!!!絶対また俺に言う!!絶対の絶対だ!どんだけいったってまた言うんだ!!直りゃしねーんだ!!」と怒りでプルプル震えて叫ぶ。
これがどうにも厄介で。
もしかしたら常にババアと2人でいるジジイも過去の出来事にアレコレ因縁つけられてて。
グズグズグズグズ愚痴を聞かされていて。
すでに鬱なんじゃねーかしから・・・?
それからの味覚障害なんじゃねーかしら??とも思ったりする。
現にジジババの2人が居間でテレビを見てるとき、隣のキッチンにいた私はそれらしき会話のやりとりを何度も聞いた。
耳が遠いジジイは大きな声しか聞こえないので何度も「はあ?」「はあ?」と聞きなおす。
だからババアの声がこちらまでよくきこえてきて
「だからだいたいあんたは昔からね!」と度々やっていた。
婆ちゃんうるさいから食事別にしようといえば「ごめん、もう言わない」というだろう。
でも必ずまたいう。
強行手段で食事を別にしたところで私が1人でキッチンに立ってるとき。
洗濯のために干場にいるとき。
顔を合わせるたびに。いや、2人になるときをつくってでもババアは私に言うだろう。
朝、昼、夜の支度でキッチンに立たなきゃいけないのに。
食事の片付けだってあるのに。
同じ家にいてそこに入ってきたババアに
「おまえは入ってくんじゃねぇぇぇぇーーっ!!!」とでも言うのか?
切ってた食材をそのまま放置して
「あらアタシ他にすることあったわ🎵」と逃亡しろと言うのか?
それじゃあ飯はつくれねえ。
「もううるさい!!
何度も何度も聞きたくない!!いい加減にして!!!!」
ちなみにこれはもう言ったし怒鳴った。
それでも「そうだね~」といってまた言うんだ。このババアが。いっちまうんだ。
これは新手の嫁イビりなのか?
それともコイツはボケてんのか?
だったらコイツは40代の頃からそうだけど、そんときからボケてたのか?
それで80過ぎまでそのままなのか?
んなアホな。
これはババアの性格で超粘着ッキーなだけ。
人はよく「聞く耳もたなきゃいいんですよ」「スルーすればいいんです」というけど。
バックグラウンドミュージックのように食事中にこのババアの愚痴が常に聞こえてて、それ以外にも家のなかで顔を合わせればきこえる。その状況はほんとにたまらない。
夏の夜、耳もとで蚊がプウ~ンと音をたてる。
電気を消すと居なくなり消すとまた現れる。
ところどころ蚊にくわれて痒いわ眠いわ、でもしつこい蚊が見つからねーわ・・・。
あれを何度も繰り返してるようなイライラとおなじ。
ジジイに関しては怒ろうが説得しようが本人が行かないというんだからやりようがない。
それで手遅れになろうが本人の望んだことだし、入院し退院して家でみるのが辛ければ老人施設を検討するか手薄い自宅介護でも仕方のないこと。
ジジイは自業自得だからいい。
問題はこの蚊だ。
あまりのイライラにジジイんとこにいって
おまえが医者行かねーとババアがうっせーんだよ!!!!!
行くぞ医者にほら!とジジイを引きずり倒し医者に連れていきたくすらなる。
でもそんなこと言ったってババアはやめないしジジイも行かない。
泣いて柱にすがってでも行かないだろう。
だから知るかもう!と思うのだけど。
ババアの粘着気質がたまらない。
それでモゲラにいうと
「ふうん・・・ほかっておけ。それよりさ、今度あたらしいアイアンセットが欲しくてさ🎵」とニコニコして言いやがる。
・・・。
わかった買おう。
それでおまえらみんなナイスショットで飛ばす。
それはそれはもう・・・病的なほどうるっさい。
はじめは「ふう~ん。そう」で何度も流す。
でもそれ以上に何度も何度も言われる。
そのあまりのしつこさに私が病みそうでイライラし
「だからね?爺ちゃんには医者に行けっていってんの!でも行かないっつーんだから私はそういわれてもやりようがないの!じゃあ婆ちゃんが医者にいく気になるように爺ちゃんを説得してよ!そしたらすぐにでも連れてくよ!!」とババアにも怒る。
すると「ほんとだね~困ったもんだね~。まああれは死ぬしかないね~。」
???・・まあ・・どうでもいいわ!じゃあこれで終わりなはずだな?いいな?と思ってそれでおく。
ところがこのババアは何を聞いてたのか、つぎのご飯のときにまた "~"の間の愚図を延々といってくる。
朝、昼、夜と日に3度。
ちゃんと返事するまでずっとだ。
だ、か、ら!!!!
オメーはバカなのか?さっきいったろうが!!
んっとにオウムみてぇに同じことばっか毎度毎度繰り返しやがって!!
その口、ガムテープでとめるぞ!!!!
頭の毛穴から火がでそうなぐらいイラついてるが
「だからね!」と私は朝いったセリフを昼にまた繰り返す。夜にもまた繰り返す。翌日の朝にも昼にも夜にも。
こんなループが延々続く。
そのうちにこっちが鬱になりそうになる。
現にこの人はババアと違ってどんなに痛くても言わないし、脂汗を流しながら布団で我慢してでも私には隠そうとする。
もしうちにババアがいなくてこの人と私たちだけだったら、この人は死ぬまで何も言わないかもしれない。
それぐらい頑固で医者嫌いだ。
けどうちにはババアというグズ女がいて。
まあこいつがうるさいうるさい。
ジジイもババアには夫婦だから言うわけで、聞いたババアが逐一それを私にいってくる。
"お爺さん痛いって~。さっき座ってたらよろけたんだよ~。熱もあるのか体が熱いよ~。咳をしてるよ~。夕べは痛くて寝られずゴソゴソしてたよ~。
どっかおかしいんじゃないかね~。
大丈夫かね~。腰も痛いって~。辛そうだよ~。これも食べなかったよ~。気持ち悪いって~。胸が痛いって~。"
でも絶対に行こうとしない。
この人がズルいと思うのは、私が心配して怒ると
「ありがとうね~心配してくれてすまんね~。優しいね~。申し訳ないね~」はめちゃめちゃ言うくせに絶対に絶対に我を通すところだ。
口ではうまいことを言うくせに本気で申し訳ないなんて思ってない。
迷惑をかけることになるしとも思ってない。
うるせーなと思いつつ、もめたくないし行きたくない。だから調子よく言って適当にその場を逃げてるだけ。
それがわかるからムカつく。
だから私も「爺ちゃんのためだけじゃないよ?私が困るの!じゃあ知らないよ?痛くなっても痛いって言わないでよ?酷くなったら入院だからね!そのまま手遅れになっても知らないからね!行かない爺ちゃんのせいなんだから私はなんもしないからね!!」と怒る。
それでも
「はいはい。わかりました。そーしてください(笑)もう年寄りなんでアレコレ検査していじられるのはイヤです。ほかっておいてください。どうせ死にますから(笑)」とくる。
それでやってきたジジイだったけど。
大好きなあん物も胸やけがすると食べられなくなった。
肉をだしても食べなくなった。
マグロすら味がしないと食べなくなった。
茶碗に八分目程度まで食べられたご飯も半分になりそのまた半分になり、いまは1食に盃1杯程度しか食べない。
体重はどんどん減って足も細くなりズボンがすべて緩くなり、座っていてもお尻の肉がないから痛いと何度も体勢を変えながらでないとテレビもみてられない。
ここ最近は口の中がずっと苦いといい、水なのに甘く感じるといったり、味がしないと言いだした。
これに関してはたぶん味覚障害なんだと思う。
ジジイのこの変化が現れるごとに私は医者にいくようにと言った。
もちろん聞くわけがない。
ババア以上に医者が嫌いなジジイなんだから。
「はいはい。ありがとーございます。
でもだいじょーぶ。だいじょーぶ~(笑)(笑)」と笑ってきかない。
何度もいうなかでは「ふざけないで!ちゃんと聞いて!軽いうちに行かず大っきらいな病院に入院ってなったらどーすんの?」と怒りもしたし真剣に説得もした。
そんなわけでジジイの食事メニューはずっとみんなとは別枠で作ってた。
これまでは豚や牛の肉がメイン。味付けは焼いて醤油をかける。
あとは食べられる野菜を炒めて醤油をかけたり天ぷらにしたり。
ほとんどの魚介類は魚臭いからと食べなくて魚介で唯一食べられるマグロの刺身をたまにだしたりとかしてた。
「食べられないわけじゃないんだからなるべく食べないと」とジジイの好きな味付けにしても、とにかく頑固でいっさい食べようとすらしない。
じゃがいもなら食べるからと肉じゃがをつくっても肉だけ拾って食べてしまう。
あとに鍋に残った野菜の残骸は他の家族が片付ける。
「食べられるなら野菜もバランスよく食べないと。」
そんな言葉もききゃあしないし、それでやってきた偏食家だった。
だからって好きなものがなくても、おかずの文句は言わない。「あるものでいいから」と本当にあるもの、らっきょうとかキムチとかツナ缶とか海苔とか。そういうのだけで済ませてしまえる人だった。
おはようございます。
ここ半年まえぐらいからジジイが急に痩せた。
もともと超がつくほど偏食だったから食べられるものが限られてたジジイ。
野菜なら人参、ゴボウ、レンコン、もやし。タケノコ以外の山菜もだめ。
鶏肉、魚もだめ。マグロ以外のなま物ダメ。
洋風な味付けはだめ。でもしょうゆベースのつゆもダメ。だから丼ものはダメ。お酢がはいってるとだめ。
味付けは醤油をそのままかソースをかけるかしかない。
だけどこの中で絶対に食べられないものは一握りで、ほかの多くは自分が食べようとしないだけ。
酢が嫌いなのに寿司は食べられる。食べるのはマグロだけだけど。
麺も肉をいれれば食べてくれた。
だから絶対に無理なわけじゃない。
けど肉が入ってないと麺もたべない。
簡単にいうと大好きなもの以外は食べない頑固な人だった。
肝心かなめの介護要員がいないならジジババは、おそらく介護を私のかわりに娘に託し、無理やり娘にたのんだ介護だとアレコレ理由をつけて娘にまたダダ流しするでしょう。
息子のモゲラは実質収入をもってくる係。
それで浮いたお金は娘のもとへ。
そのためにモゲラと息子たちはここに住まわせたまま。
ああ悲惨・・・。
そうしてでもジジババは介護要員を確保するでしょうし私がいなくなったのを理由にそれはそれは好き放題するでしょう。
そもそも私が死んでも孫の息子たちだけはワシら見るからね!なんてウザい愛でも愛あるジジババなら、私はこれまでのアレやコレやをしてません。
考えてみると、これって理不尽な話ですよね?
さんざんジジババを養って介護要員だとあてにされ、死んだら用なし。
使えるなら息子や孫は使うが利益にならねーなら知らねーし。
こうなるのがみえみえのジジババですので・・
いやいやいや!感傷にひたってるより現実みろアタシ!!と叱咤する自分もいるわけです。
そろそろモゲラが帰るので今日はこれでおしまいにしますが。
でね、あともうひとつ。
そうやって情みたいな?
哀れみみたいな?
そんな感情がわくとき、どこかでこうも思うんです。
いや待てよ・・・・。
私はジジババの望みをとりいれて可能な限りの介護をしようとしてるし、親戚の爺ちゃん婆ちゃんにも見えたりするこの2人だけど・・・。
もし。もしも万が一この人たちより私が先に死んだら。
この人たちはどうするだろう・・?って。
嫁は憎いが孫かわいいって話はよく聞くけど、うちのジジババは違います。
たしかに娘の子は目の中にいれても痛くないほど可愛がるけど、私の息子たちは "介護してもらう嫁の子だから気を使っておかないと " という扱いです。
息子たちに何かすれば嫁の私が喜ぶ。だからする。
それは孫かわいさのソレでは決してないんです。
ならその私がいなくなったら?
なんか・・・。
話それますがm(__)m
私のスレにずっと共感してくださる方がいらっしゃいます。
こんなわけのわからない気持ちを共感してくださる方がいる。
おなじ思いをされた方なのかも知れません。ちがったらごめんなさい。
私だけじゃないんですね。
ありがとう。
わかってくださって。
ありがとうございますm(__)m
できることなら・・・。
ずっと親戚の爺ちゃんと婆ちゃんでいてくれたらいいのになあ。
そしたらしてあげたいことがもっとあるんだけどなぁ・・・。
でも、こう思うと見事に裏切られるんだよなぁ・・・。
くぅーーーーっ!ちくしょうめ!!
でもひとたびジジババに我が儘や理不尽なことを言いだされたとき。
私にとって遠い親戚の爺ちゃん婆ちゃんが一瞬にして舅と姑に変わります。
かつて私を虐めたおし、これ以上ないほど傷つけた鬼の姑がそこにうつります。
大風呂敷を広げて私を騙し、それで娘に楽させようとした舅がそこにうつります。
そうなると私も、だからあんた達は変わらない!ほんとまじで死ななきゃなおらねぇ!!
そう思います。
嘘みたいだけど本当の本当に、この両方とも嘘偽りない私の気持ちなんです。
こういう気持ちって・・何なんでしょうね?
自分でも不思議でなりません。
家のなかにケンカより笑いが増えたように、いつかはこれも姑と舅のときより遠い親戚の爺ちゃん婆ちゃんに見える時間のほうが増えたりするんでしょうか?
そして姑と舅が現れず、ずっと親戚の爺ちゃん婆ちゃんばかりになったら・・
そしたらジジババの命の火は消えるのかもしれません。
なんか・・。
ズルいよなって思います。
ご理解いただけないかも知れませんが、私のなかには色んな思いがあります。
若い頃は、死ね!まぢ死んで!ほんと死んで!世界で宇宙で1番キライ!!と思ってたジジババでした。
でも今は死ねよ!じゃなくて、もうそろそろいいんじゃないですか?
爺ちゃん婆ちゃん自身も老いを日に日に感じながら、このさきどうなるんだろうと不安な毎日もけっこう辛いでしょう?
あまり長く苦しまず、そろそろ楽に逝けたらいいですね。に変わりました。
日に日に老いて、ご飯をよそったのに、またもうひとつ別の茶碗にご飯をよそっちゃって「だめだなぁ~」と笑うジジイを見たとき。
お風呂からあがって部屋にいくババアの痩せ細った後ろ姿を見たとき。
だめでしょ!と怒る私に「はい。」としょんぼりするとき。
私と話したくてみんながキッチンからでて私が1人になるのをひたすら待って。
そのあいだする事がないからとなりで何度も薬をだしたり入れたりしてみんなが去るのを待つババアを見たとき。
しょーがねぇなあ~と情がわきます。
まえより痩せたな・・・と後ろ姿を見つめます。
若かった頃のこの人たちを思い出します。
そのときの私の頭には昔いわれた嫌みも嫌がらせも浮かびません。
ただ遠い親戚の田舎の爺ちゃん婆ちゃんに感じるような・・・そんな思いでジジババを見てます。
我が身として考えてごらんよモゲラ。
あんたがジジババだったとする。
家族に迷惑はかけてるが老人ホームにはどうしてもいきたくない。
そんな思いがあるとき、あんたの耳には誰の言葉が1番響く?
子供?
けどその子は、はなからみたくない。すぐに施設に入れといった息子だよ?
娘は使うだけ親を使って、老いたら「お兄ちゃんお願ーい!」と逃げた娘だよ?
そんな子供たちの頼みを老いたあんたは聞くかい?
自分を思ってくれなかった子供のために死ぬほど嫌な施設に我慢して行ける?
じゃあ嫁?
ほかの誰より施設入所を望んでるであろう嫁に、それを頼める?
動けないあんたがまず1番わかってほしいのは、ずっと一緒に生きてきた妻や夫じゃないの?
息子や娘がみないといったって嫁が無理だといったって女房がいれば、旦那がいれば・・。って
こいつがいればまだ何とかできるんじゃと甘えたくなるのは妻や旦那になるんじゃないの?
そのとき最後の砦の旦那や妻から
「もう無理だよ。家での介護は無理なんだよ」と言われたら?
それがいちばん響くでしょうよ。
それがいちばん諦めがつくでしょうよ。
だから介護はもう片方の相方にやらせなきゃだめ。
こんな頑固な年寄りに引導を渡せるのはもう1人の片割れしかいねーのよ。
ジジババへの説得は老いる段階に応じてだけど、主たる介護者には必ずジジイかババアのどちらかをおく。
これを徹底すればその説得は受け入れられやすい。
それどころか介護に疲れた主たる介護者のジジババから自ずと老人ホーム案がでるかもしれない。
モゲラは誓約書を書いたときから既に「俺が看るなら施設に入れる!」と初期介護すら嫌悪してる。
でもね、残念ですね~モゲラさん。
認知でない限り本人が承諾しなきゃ老人ホーム入所はできねーのよ。
入所したって本人が出る!の一点張りなら出されちゃうのよ。
でもってはなから承諾するわけねーのよ。うちのような年寄りは。
老人ホームにいれてやる!あなたは簡単に言うけれど、生身の人間なのよジジババだって。権利もあれば意思もある人間なのよ。
一緒に暮らす者は、この頑固者たちをいかに納得させ、いかに自ずとそう決断するように仕向けるか?が決め手なんでやんす。
だからの病んでないほうの片割れを、私たちの手にとりこんでおく必要があるんでやんす。
片方が動けるうちは配偶者がおもにみるべきで私はその補助。それを徹底しよう。
ジジババというのは1つをやればそれが当たり前になり2つを望む。
やがてはそれが3つ、4つとなりどこまでもそれに甘えてくる。
へたすれば我が身を脅かす介護という重大任務なら特に。
最初からの嫁のとばしすぎには無理がでる。
私は初めはでない。はじめは補助。
まずは片方に介護の現実を体験させ、いかに大変かを認識させる。
必要に応じて手助けもできる。代わりもできる。
でも主にはならない。
やがてそこにモゲラ+有料介助を投入。こうしてみんなで介護しようと計画している。
嫁に限らずこれが介護の現実で実の親子でもそうなのよ。なんていまジジババにいったってわかる筈がありません。
なによ!見てくれるんじゃなかったの!!となるでしょう。
自宅にいたいジジババの気持ちはわかる。だから可能なかぎりは私がみる。
でも限界こえての介護は無理。
ぜったいの自宅介護約束はできない。
今はまだジジババにこれが通じない。
過去の経緯からのジジババの学習能力進歩はあって
「なにがなんでも老人ホームには行かない!」から「ボケたら入れていいよ」にステップupはした。けどそれも本気じゃない。
酸素ボンベを部屋に入れて生涯介護した人の話を聞けば家もそれをいま入れようとすぐに言う。
介護になったってモゲラは逃げるかもしれない。
だからの誓約書も絶対ではない。
だからってリアルで近々そうなるジジババに動けなくなったら・・・認知になったら・・・ともちかけたって確約ではないし気もひける。
それじゃあどうしよう・・。
そうだ。こうしよう。
その頃にはジジババはもっと窮地にいます。
限界をこえて自宅にいたいなら私だけじゃなくモゲラの協力なしじゃ無理。
働き手のモゲラを介護にまわすならそのぶんの収入をだしてもらう。
もしくはモゲラでなくとも福祉機関や第3介助をお金でたのんで私の補助としてくれ。私1人じゃ不可能。
それを納得してモゲラもしくは有料介助をたのむか?
それともホームに行くか?
さあどっち?
この選択の決断はジジババにしてもらおうと思ってます。
どれだけしこりがとれようが、どれだけ義理の義がとれそうになろうが、綺麗事じゃ介護はできません。
将来ある身の私としては限界をこえ身体壊してまでの介護なんかできません。
可能な限りは自宅に置いてあげたいと思ってますが。
ですがこの現実をジジババに教えるのは今じゃない。
もっともっと老いてからです。
で。
で、ですよ?
これだけの話のなかにモゲラはいっさい登場しないわけで。
確かに毎日稼いでこの家の生計を成り立たせてくれてたのはモゲラだけど。
それ以外はゴルフと打ちっぱなしと飲み会とドラマ見てただけ。
すべての修羅場は私の事後報告で「ふうん・・良かったね!お母さん。」
で終わりでした。
良かぁねーんだよ!
おめーがやれよ!って話なんですが、こいつはやり込められるのでジジババとの交渉には向きません。
かわりにこいつには
《介護が限界になってもジジババが老人ホームに行かなくて。妻から無理だと告げられたとき。
俺は仕事をやめます。やめて俺がみます。
仕事をやめて減った収入はジジババの介護を自宅でするかわりとしてジジババの貯蓄からださせます。
その交渉は俺がします。
今までぜんぶ妻に押しつけてきた俺がそれをやります。》
という内容の誓約書を書かせました。
今では長男と婆さんの2人で酒で泥酔したときの過去の失敗で盛り上がったりしています。
その声をきいてると幸せを感じます。
年に1度程度ですがジジイが急かしてババアを手伝わせ夕飯を作ってくれます。
私たちは大袈裟に喜んで息子たちは美味い美味いとはしゃぎます。
息子たちは苦しんだ私をずっと見てきました。
こうすることでまたジジイたちが私の手助けをしてくれ、家族が平和になるように。みんなで笑ってご飯が食べられるように。
それを願ってるんだと思います。
心配かけてごめんね。
気苦労かけてごめんね。
息子たちのこの姿を見ると私はいつもそう思います。
2年まえぐらいからジジババが変わったとまえにレスしましたが、どこが変わったのか?
私が出かけても嫌みを言わなくなりました。
おはよう!おやすみ!そして何よりありがとう!これを何かにつけ言ってた私でしたが、昔から挨拶をしなかったババアがおはようをいうようになりました。
さらには◯◯しておくね~という私に「ありがとう」を言えるようになりました。
今では事あるごとにけっこういってくれます。
それから私の息子たちの仕事にケチしかつけなかったのが、息子たちを認め、無理するなと言ってくれるようになりました。
母の日が近づくと催促されてたプレゼントですが、それもなくなり渡すと「申し訳ないね、ありがとう」と言うようになりました。
なにより嬉しかったのは少しまえに
「おまえを見てきて、やっとおまえという人間がわかった。おまえのいったことがわかった。
これからも世話はかけるけどよろしくお願いします」といってくれたこと。
これは泣けました。
嬉しかったですね~。
でも警戒心は心の底に忘れないようにしています。
理不尽なことは許しまへん。
何てったってうちのジジババですから。
あの手この手をそのたび潰しているうちにジジババは老いていきました。
前のレスにあるように少しずつ少しずつ。
攻防戦のなかにあっても老いは進むわけで。
ときには怪我したジジイを息子が抱えて病院にいったり。
私がババアの検査に付き合ったり。
入院の手続きをしたり日々できなくなる動作を手伝ったり。
こいつらはクソだけど一緒にメシ食うならしょうがねえからつくってやるか・・と息子が若者料理を食べさせたり。
ケンカはケンカとしておさめ、飯はうまく食おうぜ!がモットーの私と息子ですので、時にはジジババと笑いあったり冗談を言ったり。
婆ちゃん今風な言葉知ってるね~なんて孫に言われれば嬉しくなったババアが会話のどこにでもそれをぶっ込んだりと。
笑いあうよりケンカの数のほうが多かった我が家の比率が少しずつ変わってきました。
私は黙々と仕事と家事をして嫁をしてジジババが理不尽なことをいったりしたときだけ怒る。
そうしてるうちにジジババはこれをすると嫁が怒る。
これをいうと嫁が怒る。と学習したようです。
背景に自分達の加速する老いの実感があるので、こうなったら・・やっぱりこいつに頼るしかないのかも・・・・。
彼らもそう思い始めたんでしょうね。
土地の名義を娘に変えろといわれれば
「じゃあここも名前を旦那に変えてよね」といい。
ジジババのものを負担させられそうになれば「それは爺ちゃんたちが出すものでしょ!」と突っぱねる。
あの手この手をうってくるジジババにそのたび怒って正論で突っぱねる。
この頃はこんな揉め事が週に1度はありました。
けれど攻防戦のなかでも私は一切ゆるがず、世間の嫁姑がどうであっても、ご近所がどうであっても常識がどうであっても私は私のやり方を貫く!と決めていました。
だってこの人たちが死ぬまえの1番大変な役目をするのは私だよ?
義親の介護から逃げられるお嫁さんならこんなめんどうなことはしなくていい。
同居してる義親が目のまえで痩せ細り倒れても笑っていられるお嫁さんもする必要ない。
義親の介護がはじまると同時に旦那と離婚すると決めてるお嫁さん。
旦那がつねに矢面にたち守ってくれるお嫁さん。
義親に理解があり終活バッチリな義親をもつお嫁さん。
そのときはそのときと具体策がなくても現実逃避のできるお嫁さん。
介護費がいくらかかろうが任せておけといえるリッチなお嫁さん。
義兄弟が善人ばかりのお嫁さん。
そういう方々ならこんなクソ面倒なことはしなくていい。
だけど私はちがった。
それでもここにいると決めた。
だからこうしました。
そんな状況下でも私はジジババと普通に食事をしてたし会話もしてました。
こんなジジババ早く死ね!
こんな奴らに負けてたまるか!
そう思いながら。
それでもこんな家でも私は私と子供の望む家庭を築こう。
私と子供だけでも私たちの望む家庭をつくっていこう。
そう思い続けてやってました。
私がそうしていられたのはすべて息子たちのおかげです。
この子達がいなかったら私はここにはいないし、こんな生活も続けてはいられなかった。
笑えもしなかった。
私は息子を思い息子たちは私を思う。
その親子愛だけが動力源でした。
でもわからないんですよね・・・。
自分が老いるという現実をまったくわかろうとしてない。
自分の住むこの小さな地域が日本のすべてじゃなくて世の中はもうそんな事とおらなくなってるんだよってのを知ろうとすらしない。
ただただ嫁にバレた。
娘にやれなくなった。
どうやって嫁を騙そう。
どうやって娘に渡そう。
彼らの頭にはそれしかありませんでした。
私はこの姿を見て怒れるというより悲しかった。
同じ娘と息子の我が子なのに、そんなに息子夫婦が憎いかと。
私という嫁が憎いかと。
いつかあなた達は年をとり私に恥部をさらして世話してもらうのに・・ここまでするかと。
もうやめなよ。
そう思って悲しかったです。
これは以前のスレに詳細を書きましたが、このあと私の突っ込みに焦ったジジババは残金不足を証明するために自ら私に通帳を見せ、それにより娘に垂れ流してた数々の証拠を私に暴かれ、さらに地位を落としました。
でももしこれがなかったとしても息子夫婦を騙してまで娘に貢いでたジジババへのツケは、いつか本人たちにまわったと思います。
その後も
じゃあ娘の家のある土地を名変してジジイから娘の名にしたい!とか。
(これは娘に貢ぎたくってたと知った私たちが娘を恨み、相続でごねると思ったジジババの先手のつもりでしょう)
じゃあジジババのお付き合いの冠婚葬祭費もおまえらが出せとか。
ワシら出てくとか。
そりゃあもうあの手この手でなんとか今後も娘に少しでもとジジババは抗いました。
「介護費がそんなにない。」
「足りなかったらおまえらが出すんだろうな!」
これを私に訴えてきました。
私はそれまでにジジババの年金額を把握しておきました。
年金には手をつけず貯めてあると言ってた言葉も。
だからはっきり聞きました。
爺ちゃんたち2人の年金は月に◯◯円。
使うお金はおやつと病院代と年寄り付き合いの冠婚葬祭。
多くみたって要るのは月これぐらい。
現に婆ちゃんはそれで足りるといっていた。
あとは私たちがだしてる。
これまで年金もらってウン十年。
浮いたはずのお金を足したらこれだけ。
足りるはずだけど?
どこいっちゃったん?ソレ。
何に使っちゃったん?ソレ。
舅たちのお金の動きを嫁が詮索するなんて?
義親のお金の動きまで嫁がどうこうす言うなんて?
うるせーです。
私たちにかかってくるお金です。
私は子供を守りたい。
必要なものならわかる。でも娘に無駄使いしたジジババの尻拭いなんぞまっぴらです。
優しいふりをしたジジババと、これまた優しいふりをした私の茶番の押し問答は何度も続いたが、私の強い強い優しさ?(笑)により「わかった」と答えるしかなかったジジババ。
ところが実際は私たちのことなどどうでもいい。
ジジババは、ただただ長男夫婦にださせて浮いたお金を娘にやりたい。
しかし介護費は任せたぞと嫁に言われた。
やべえ・・・とっておかなきゃならねえ。そしたら今までのように貯蓄を娘に垂れ流せねえ・・。
焦ったでしょうね(笑)
だけどどーしてもこーしてもあの手この手で私を騙し、娘にしてやりたいジジババがこのあとした行動。
ありがとう。じゃあ死んでからじゃなくていいわ。
死んでからなんかじゃなく介護のときにそれを使って。
どうせ私たちにくれるんだよね?
だったらもらう私たちがいうわ。
死んでからじゃなく死ぬまえの介護に使って。
貯めたのは爺ちゃんたち。
そこには爺ちゃんたちが働いてためたものも含まれてる。
爺ちゃんたちが頑張って貯めたものなら爺ちゃんたちのために使わなきゃダメ!介護に使って。
舅や姑を思う優しい嫁のふりをして私はこういい続けた。
自分のために使えという嫁のこの言葉にジジババは怒れる筈がない。
本音は長男夫婦にださせて娘に貢ぎたいのだがそれは言えない。
かといって嫁のこの返しを切り崩せる他の理由がない。
私のこの返しにジジババは見事に術中にはまり、更にこう返してきた。
「介護費なんか長男なんだからお前らがだせよ!」
え?じゃあ爺ちゃんたちが貯めてるお金は何に使うの?
私たちが養って浮いたお金は何につかうために残すの?
私にこう聞かれたジジババ。
まさか娘に使いたいなんて本音を言えるはずがない。
「それはアレだ。いつか死んだら長男夫婦のおまえたちに残してやるために・・」
おまえ達にだあ?ウソつけコノヤロ!!
そうしてのばして私たちに負担させ、その間に娘により長く垂れ流し続けるためだろが!!おまえの魂胆はみえみえじゃ!!
だからその手にのるかと私はすましてこう返した。
おはようございます。では更新つづけますm(__)m
もともと財産など期待もしてないし私は子供たちと働ける畑があればそれでよかった。
だからそう決めた以後はジジババがまだ元気なうちから
"死んだらおまえたちにやる"
このジジイの上から目線に必ずこう返すようになった。
「死んでからって(笑)私たちにくれる云々の前に死ぬまえには、もっと大きな介護があるのよ?
それには爺ちゃんたち1人1人に何千万って介護費がいる。
爺ちゃんたちがいま持ってる貯蓄はそのためのもの。
子供にくれるのはそれが運良く残ったらの話でそんなものは介護がすんでみなきゃわからない。
爺ちゃんたちの貯蓄は介護のためにあるものなんだから。
自分のために使うお金を自分たちで貯めておいてといってるだけじゃん?だからそれをよろしくね。」と。
これは、理解力の乏しいジジババに。
あんたのいう"残してやる"の餌はあんたの強みになんかなりゃしない。
それより先に老いるあんた達の尻には既に火がついていて、自分でその火を消すだけで精一杯。
私にえらそうに言える余裕など、あんたにはないのよ?
その介護費まで娘かわいさにばらまいたら困るのはおまえたちなんだぞ?
これに気づかせるため。
自分の老いを知りやっとのことでうちのジジババたちが変わったのはほんの2年ほど前。80をかなりこえてから。
老いる自分の体の現実とまわりの年寄りから見せられる現実。
自分の言葉を聞かなくなる世間。
これを思い知るとさすがのジジババも嫁への対応を変えるしかない。
変わったのは私のためじゃないし子供のためでもない。
そうしないと自分たちが損だと悟ったからだ。
もしくはどうせもう年だから。ハイハイということをきいてりゃ嫁がするだろ。
そんなとこ。
いまは老いた年寄りでございます。
弱い年寄りでございます。
だからワシたちを助けてね。
すっかり弱者を気取ってる。
ここになるまでの何年か私はこの人たちに何度も正論を叩きつけたし訴えた。
それは「気づいてよ!」という私の叫びだったけど、この人たちに私の心は通じなかった。
だから私は考えを変えた。
かつて財産という餌で私とモゲラをつろうとしたジジババを、今度は私が介護という餌で釣ってやろう。
そう思った。
さきに老いるのは私じゃない。あんたたちだよ。
死んだらおまえたちにやる?
介護は死ぬまえにあるんだよ。
でもそうなってからじゃ遅すぎるのよ。
もっと早くそれを理解しようとしてくれてたら。
私の言葉に聞く耳をもってくれてたら。
今より何度おいしくご飯が食べられた?
今より何回笑い合えた?
ジジババにはそれを無駄にした大きさに気づいてほしかったなあ。
そんななかで聞くのは仲良しだった友人が認知症になったという報告。
知り合いだった人たちが老人ホームにはいったという報告。
訃報回覧でまわる故人が自分と同年代から年下にかわる。
テレビをつけても自分達が好きだった世代の人はもう亡くなってる。
自分だけが残されてる。
ジワリジワリと病みながら。
膝がいたいから旅行ももう行けない。
娘の孫はもう友達に夢中でジジババなんか相手にしない。
病院にいけば医者はPCばかり見てこちらを見ようともせず何をいっても「年のせいですね」で済まされる。
自分を相手にしてくれる人がいない。
自分の声を聞いてくれる人がいない。
もしこれで爺さんが死んだら?
もしこれで婆さんが死んだら?
誰と話せばいい・・・?
そんな不安が頭をよぎる。
そうしてやっとわかる。
声を聞いてくれるのは・・
発した言葉に返事をしてくれるは・・・
してもらいたいことを的確にしてくれるのは・・・
一緒に暮らす嫁なんだと。
ポックリ逝くっていうけどさ。
これだけ医療が発達した現代でポックリいく老人なんて実はそうそういない。
圧倒的に多いのは次第に身体が弱って何かしらの病になってジワリジワリと命を終えるパターン。
ポックリなんて簡単に死なせてはもらえない。
ポックリ逝くはずだったうちのジジババも、無理すれば膝が痛くなる腰が痛くなる。
白内障になる。食道が細くなってむせる。昔は食べられた固いものが食べられなくなる。
痩せて入れ歯が合わなくなり痛くて食事が食べられない。
味覚が変わった。口が不味くなった。
食べすぎればお腹をこわす。胸やけする。
それらをとっかえひっかえ繰り返しながら少しずつ少しずつ弱っていった。
ビンのふたが開けられない。
文字が見えない。耳の聞こえが悪くなる。
あれをしてみようかと何かをすれば後で必ず身体にツケがくる。
だからへたに動きたくない。けれど動かなきゃ動かさないで間接が痛くなる。
1つが治って動けばまたちがうものがでる。
動きたいのにその後が怖くて動けない。
忘れっぽくなる。
誰かに一緒に探してもらわないと家の鍵すら見つからない。
そうして自分の老いを知る。認めたくないのに身体は認めざるを得ない答えをだす。
抗っても抗っても身体はもう無理だよと答えをだす。
こうして老いていった。
この後もジジババには私の言わんとする意味を理解してもらえませんでした。
じっさい家族だなんて思ってるのは私だけで、ジジババにしたら私はただの息子の嫁。黙って尽くしてりゃいいんだよ。
将来おまえのいうようになるとは限らないしポックリ逝くかも知れないじゃないか。
そうなりゃおまえの世話になんかならないよ!えらそうに!
ジジババには、そんな考えしかなかったと思います。
そんなの知ってた。だけど旦那が頼りならず義親は嫁いだ娘にばかり貢ぎ、負担のすべてを私にかけようとするこの人たちと私はずっと暮らしていくしかない。
それが私の現実なら、せめて私は私らしくいたい。
おなじ家にいて口もきかない人がいる生活なんて私が楽しくない。
大嫌いなのに、考えたくないのに常に頭の片隅に常にその人をおいて憎み暮らす、この今の私がどうにも嫌だ。
あの頃の私は心の底でそう思って抗ってたんだと思います。
だから大喧嘩をしてもそのあとの食事は一緒に食べたし会話もしました。
それはそれ。これはこれ。
無理にそう割りきって。
きのうケンカしたあれ?
私は間違いを間違いだといっただけ。
大したことじゃない。
だから堂々としてればいい。
必死でそう自分に言い聞かせて。
きっとジジババはなんて生意気な嫁!と驚いたことでしょう。
世代のちがうジジババたちにとって私のいった言葉は極悪非道に聞こえたと思います。
でも私がしたかったのはジジババに老いる現実をわからせること。
誰もが老います。それはジジババのせいではありません。
嫁だからとかじゃなく人として縁あって一緒に住んでるこの2人を私は見殺しにはできません。
だからわかってほしい。
あなたの息子は悲しいことに親子なのにその現実から逃げていて娘は役に立つ間だけあなた達を使おうとしてる。
老いて動けなくなったとき、用をなさなくなったとき、あなたが達に頼りになる子供はあてになどならないよ?
親なのにいったいどんな育て方したのさ・・・。
だけどいられる限り老いてもこの家にいたい。
動けなくなる悲しみに耐えながらでも少しでも穏やかにいたい。
それがあなた達の1番の望みなら、娘より息子より最もそれに必要なのは同じ家にいて1番近くにいる私。
それを知りやがれ。認めやがれコノヤロウ!
そこを基準にすべてを考えろや!って気持ちです。
感謝しろっていうんじゃない。
低姿勢になれっていうんでもない。
私たちは家族だ。
だからいいたいことははっきり言う。
あなた達と暮らすために。
家族だから私はいう。
気をつかっての嫁姑なんてがさつな私には無理。
でも言いたいことをいいながら喧嘩して仲直りして、また喧嘩して。
そうしてわかり合い家族になることはできる。
嫁も姑も上下もない。
家族だ。ただの。それだけだ。
それをわかってほしかった。
そしたら舅が「じゃあワシらが出ていく!」っていうんで。
どうぞお好きに。爺ちゃんがそういうなら仕方ないわねといっときました。
まあケンカするとすぐ出ていく!!といい、翌日あやまってくるヘタレ舅なのでコイツの手口はわかってました。
べつに舅たちがでていこうが私はそれでも構いませんし。
で、結局翌日やっぱり舅が謝ってきておさまりました。
これをするには、土台に「嫁が居なくなったら自分達の生活がかなり面倒になる」とジジババに思わせる期間が必要でした。
そのための「何もしなくていいよ。休んでてね」でした。
もちろん言われましたよ。
親をみるのは子供の義務だって。
だからいいました。
義務だよ。モゲラと小姑のね。
でも私の義務じゃない。
私の義務は爺ちゃん婆ちゃんにじゃなく私の親に対してだけだと。
もう大喧嘩でしたけどね。
大喧嘩というか、私は冷めてましたけどジジババは凄かったですわ(笑)
出ていけ!!!!って言われました。
だから私、いったんです。
出ていかないよ!出るくらいならこんなところにわざわざ来ない!!
そんな中途半端な気持ちで私はここにいるんじゃない!!!!覚悟してきてるんだ!!って。
舅の家なのに?
舅所有の家に私たちが住んでるのに?
知りません。んなこたぁ私には関係ない。
でもそのとき、もう私の働きなしでは回らなくなったこの家庭ができてましたので私はババアに言いました。
入りたくても入れない介護難民老人が世の中に激増してること。
介護には莫大な費用がかかること。
だから家でみてもらうしかないのに看る嫁が激減してること。
その介護の費用と労力負担に比べたら義親の持つ財産なんか何の意味もないこと。
ジジババと私だけ。モゲラもいなかったけどそれをはっきり言いました。
だってそれが現実ですから。
そして介護の費用は貯めておくように。
私たちにそんな余裕はない。
私たちが養ってるんだし年金あるから貯められるでしょ?。とも。
時を同じくして、ちょうどその頃から近所でも老人施設にはいった同年代のジジババの知り合いの話が彼らの耳にはいりだしました。
食卓でもその話題がでました。
◯◯さんのところね、あそこ老人ホームにいれられたって!
可哀想にね~。子供は何やってんだろうね~。
ババアがこの話題をわざわざ私に聞かせる意図は
老人ホーム=可哀想な老人が行く場所。
行かせれば子供がこうして世間から悪く言われる。少なくとも自分はそんな事は絶対に許さない。
それを告げたかったからだと思います。
高齢でぐうたら生活になれてしまうと、すぐに老いは加速します。
昨日できたことが今日はできない。
そんな老いに不安を感じたジジババは私の作業を手伝い体力を取り戻そうとしましたが、私はそれをさせませんでした。
それでもやる気があればジジババにもできることはたくさんありました。
私のいない間の自分達の食事づくり。
健康維持のための散歩や友達との気晴らし。
でも彼らはそれをしようとはしなかった。しても3日坊主で続かない。
彼らがしたかったのは私と一緒に行動し上から指の示をし、手伝ってやったと恩を着せること。
だからワシたちを大事にしろとわからせたかったこと。
それを知ってた私は自分の仕事には一切ジジババを参加させませんでした。
見返りのない努力をきらう彼らは更に家に閉じこもり小姑の使い走りだけをしてましたが、その小姑も子供が大きくなるにつれジジババが用無しになったようでジジババには日に日に何もすることがない日が増えていきました。
そのために私が最初にしたのは、ジジババに何もさせないこと。
当時私の仕事はもっとハードで朝は2時、3時に起きて作業してました。
でも朝、昼、夜と必ず3度の食事は私がつくりジジババには
「とにかく休んでて。」
これを繰り返してました。
人というのは楽にはすぐに慣れます。
それまでがむしゃらに動いてたジジババは極楽だと言いながら上げ膳据え膳を満喫し、買い与えられたおやつを食べながらずっとテレビを観てました。
1、2年ほどすると高齢なわりにめちゃくちゃ動けたジジババの身体は次第にぐうたらになってきました。
私の生活は超ハード極まりなかったけど、それでも必ず、必ず私の望む時はくると信じてました。
この課題すべてを消化するには身をもって彼らにわからせるしかない。
ジジババは悪気があっていってるわけじゃなく、その考えはそういう環境や時代背景がつくりあげてきた考え。
だから新しいやり方なんか信じないし、いくら喧嘩したって理解はしない。
だからわからせるようにするしか説得は無理でした。
それから2つめ。
娘かわいさに超がつくほどの過保護で娘にお金貢いでるジジババですけど?
いざ介護になって介護費だしてといわれても、そりゃあアンタ。
あたしゃ納得できません。
息子夫婦に養われながら貯蓄もせずに介護費すらなくなるまで娘に貢がなくったっていいんじゃねーの?って話でしょ?
それじゃモゲラは家族のためジジババのため、そして小姑一家のために働いてんのけ?って話でしょ?
いやいやいや。
ジジババまでは許すけど小姑一家は知らねーよ。
だったら介護費ぐらいはせめてジジババにおのれらで出させろや。
もしくは小姑に貢いだ分だけ返してもらえアホ!!
あらら、小姑に貢いで無くなったの~?
しょーがないわね~。んもう爺ちゃん達ったらウフッ(笑)
ってな・・・。
そんなゆるキャラ嫁が日本のどこにいるんじゃボケ!!
いやいや。
あんたがそういうならほおっておきますよ?
私ゃべつに痛くも痒くもねーですし。
ただですね。
困ることが2つあります。
1つめは、それはじゃあ言われるままジジババをほおっておいたとしましょう。
でも人は必ず老いるわけで。
そのとき看るのは誰ですか?
容態が急変して慌てて救急に連れてくの誰ですか?
通院に付き添うのは誰ですか?
モゲラ・・あんたには会社に行くって役目ありますが、だとするとそれをあんたの代わりにするのは誰ですか?
突然苦しんだジジババを放置して見殺しにしろってことですか?
そんな役目を私にやれってことですか?
それともあんた会社やめます?
そしたら生活どーします?
何にも払わないジジババにかわって出してる今の生活費どーします?
そこんとこ。納得できるように具体的に教えてもらえませんかね?
となりますよね?妻としては。
ですが残念なことに、いくらこちらの思いを叫んでも変わった親子がいるもので・・。
「そんな言葉にゃだまされない!」
「だったらおまえらが全部やってくれんの?俺ら金ださねーけど?」といいだすアホな義親。
それがうちのジジババでした。
そしてそんな親を「死んでもわかりっこないからほおっておけ」という息子。
それがモゲラでした。
してくれるかどうかわかんないから餌をぶら下げて誘ってみる。
しないとこれはやらないぞ・・?
ほしけりゃこうしろよ?
これじゃあ親子もヘチマもありゃしない。
なまじ中途半端な家屋を所有してたりする義親だと、それを盾に息子夫婦がホイホイつられると勘違いしてこういいます。
おまえの息子はものを与えないとおまえを捨てる息子なの?
おまえの息子は、ものを与えないと旦那の親を見捨てるような嫁に何も言えない息子なの?
そんな観点で従った息子夫婦におまえたちは本当に心から満足できるの?
情けないったらありゃしない!
◯◯して欲しければやれよ。
おまえがちゃんとやれば◯◯してやるからな。
義親たちのこの傲慢な本音。
これこそが私は間違いだと思ってます。
子供は親に喜びをくれた。
子供がいてくれたから親は笑っていられたし頑張れた。
だから結婚しようが独身だろうが子供のためにできることはしてあげたい。
しかしながら親にも生活があり、なかなか思うようにはしてやれない。
おまけに老いれば意に反して少なからず子供夫婦に面倒はかけてしまう。
が、そこはやがて子供たちも通る道。
迷惑はかけてしまうだろうが、そこは1つのみこんで何とか許してもらいたい。
これがせめてもの親の姿勢であるべきじゃないですか?っての!
娘には1寸の苦労もさせたくない。
息子にも余計な手間をかけさせたくない。そこはぜんぶ嫁がやれ。
そのために嫁にもらってやったんだから。それが嫁なんだから。
あと年寄りを老人ホームにいれるなんてもってのほか!
ここはワシらの家。死ぬまでこの家にいる権利がある。だから死ぬまで嫁がみろ。
これがジジババの本音です。
ただこれをモロにはいいません。
そのままいえば嫁に「やなこった!」といわれるかもしれない。
「じゃあ私達はここをでるわ!」と見捨てられるかもしれない。
じっさい老いる自分への不安もある。
そこで彼らなりに策をねるらしく、こういいます。
「ワシらが死んだらここはおまえたちのものだからな。継ぐのはおまえたちなんだからな」
要はおまえらここの財産ほしいだろ?
だったらワシらを大事にしろよ・・と。
先手をうってジジババがいってくるわけです。
アホです。
2つ目の課題。
娘と息子に苦労はさせたくないが嫁の苦労はあたりまえ。
ジジババの基本にはこれがありますから、介護はとうぜん嫁の努めとなります。
娘なら気を使わないけど嫁になんてたのみたくもないわ。
すぐ近くに娘も住んでるんだから。
娘はいつだって、いえ呼ばなくたって来るんだから嫁になんか意地でもたのまないわよ。
かわりに嫁になんか何もしてやんないわ!
これが一般的な意地悪姑の考えでしょうね。
でもうちはもう少しだけハードです。
今では親の介護は実子の役目。嫁は実子のサポートこそすれど直接そこには関係ないが王道の時代ですが、それはうちのジジババにしたら異星人の言葉。極悪非道な嫁の言い分としか受け取ってもらえませんし、そんな言葉には聞く耳すらもちません。
世間はどうだか知らないがうちはうち。
これがうちのやりかた。それがうち。
これが我が家のジジババです。
じゃあ古来から伝わる奉仕嫁を求める義親自身の姿はどうか?といいますと。
ここだけは現代版です。
嫁いでも娘は娘。娘の子は嫁の子とちがい可愛い。嫁いだっていつでもこの家においで。娘の家でもあるんだから。
あんたは嫁なんだから仕方ない。
悔しけりゃここの娘に産まれるんだったね!となります。
さて。この腐った理不尽な思考にどう立ち向かおうか・・・。
それがまず1つの課題でした。
ですが相手は世代のちがう、しかもド田舎の閉鎖的な環境で生きてきた年寄りです。
嫁いだ嫁は姑舅に逆らわず誠心誠意義親のために努める。
たとえ自分はそんな嫁でなかったにしろ、自分の姿は省みず嫁にはあたりまえにそれを求める。
それがうちのジジババでした。
世の中には姑キライ!舅キライ!ウザい!早よ死ね!と仰るお嫁さんがたくさんおられます。
以前は私もそうでした。
今でも正直それは思います。
けれど私が思ったのは、それでもここでやっていくしかないなら。
旦那と離婚もしない。
その旦那は頼りにならない。
もう知らねーよ!と義親を無視して現実逃避しても同居してる義親が老いていく限り必ず何かしらの負担は私にまわってくる。
そして可能な限り私と私の子供が過ごしやすい環境はつくりたい。
その私がここでやっていくしかないなら・・。
本気で自分の置かれた現実を考えたとき、無視や現実逃避、無駄な意地の張り合いは私には無意味に思えました。
私をご存知な方はうちのジジババのしょうもない性格をよく知ってくださってると思います。
過去のことはあえてつらつら記しませんが、これまでのジジババは類いまれなるドあほうでした。
ですがうちが俗にいう一般の嫁舅姑とちがったのは、私の腹のくくり具合が少しちがったからかも知れません。
おはようございます。
出荷にわずかな空きの間ができました。
出荷は天候や価格等の条件によりすぐに変更しますし、出荷がなくとも維持作業はありますので更新はランダムです。
予測不能な更新ですが合間をみながらさせていただきますm(__)m
これにより朝以外にジジババのお釜が空になって私が炊くとババアは
「炊いてくれたんだね。ありがとう」というようになりました。
私も「婆ちゃんだって、あさ炊いてくれてありがとうね。」と言います。
感謝しろって話じゃないけど、これはババアにとってずいぶんな進歩です。
この家のジジイがもしこんなヘタレでなく、もっと筋の通った男ならババアはきっとここまで酷いババアにはならなかった。
ジジイはいま自分がめちゃくちゃババアに攻撃されるのもババアが周りを傷つけてきたのも、ババアがそうなるようにした原因が自分にもあったからだと気づかなくてはいけません。
しかしそれをジジイが認めることはありません。
一見優しいふりをしてババアよりずる賢く頑固なのはジジイのほうですから。
自分に被害が及んだときだけ自分が可哀想だと訴える。そんな自分の目線でしかものを見られないジジイの存在ありきで、うちのような形ができあがったんだと私は思ってます。
ボケだの死ねだの臭いだの生きる価値なしとまで言われたのにババアをかばうドM気質のジジイを無視して
「んなこたあどーでもいい!家にいるのにたかが飯を炊くのがなぜできんのか?私はそれを婆ちゃんにきいてんのよ!
仕事でいないとき以外は間に合うなら私がする。
けど私が仕事で間に合わないなら、飯を炊くのは女の婆ちゃんじゃないの?
私たちの米まで炊けとは言わない。
自分達の分だけじゃん!!なんでそんな簡単なことができないのよ!!」と私。
ババア黙る。
すかさず再びジジイが
「だからな!俺が釜をあげんから・・」
「釜をあげるあげんの話じゃねえ!!!!爺ちゃんは黙ってて!!」
ジジイ「はい。」
「明日からは終わったら婆ちゃん炊きなよ!それがイヤなら2人も麦めしね!!」
で、ババアが
「わかりました。やります。」
以後、ババアはちゃんと炊いてます。
解せないのはジジイがさも、おお可哀想に婆さん・・怖い嫁にたけられて・・。とでも言いたげにババアのそばにいってはコソコソ嫁の悪口であろう話をしてる点ですが、そんなこたあ私にすればどーでもいいです。
文句があるなら直接きやがれ!!
それより私は昼に焦らなくて良くなったので一件落着。
ジジイのためではなく、おかしいことをおかしいと言わず、それをババアの当たり前にさせてきたこの家の膿を、私は私と子供たちのために変えたいだけです。
以後リアルなまんまの言葉を記します。
「あのさ。爺ちゃんが気づくまえに少なくなってるのは婆ちゃんも食べたときわかったはずだよね?
じゃあなんで婆ちゃんが炊かないの?
(この2人、朝は時間差でババアが先、そのすぐあとジジイが食べてます)
これで爺ちゃんが食べたら終わるなってわかるよね?
私が昼ギリギリになるのも知ってるよね?
あげておいてくれたってそれからご飯炊いても間に合わないのもわかってるよね?
じゃあなんで婆さちゃんが炊かないのよ!!」
ババア沈黙。
ふてくされて沈黙。
うちが他所様のお宅と違うのは、くだらねーことにここでジジイが
「ちがう!ちがう!お婆さんはな、米がなくなったのを知らなかったんだ。だから炊けなかったんだ。俺が釜をあげなかったから悪かったんだ!俺があげればよかったんだ!お婆さんじゃないんだ!」
てめ・・・なにいってんの??
死ねとまで言われてまだババアかばってんの?
おまえのそういう意味不明な体制がな、このババアをつくりあげたんじゃボケ!!!!
おまえらのヘタレ夫婦漫才なんぞどーでもいいわ!!!!
それより私は昼に焦って飯炊くのにはウンザリなんじゃ!!
その日も同様に昼ちょいまえに帰り、あせって昼ごはんをつくりおかずを用意した。
その日はジジババ用の釜は出されてなかった。
で、いざ食べようとなったとき。
釜に飯がないとババアが怒りだした。
驚いて見るとカピカピになった空の釜がそのまま炊飯器にはいってる。
ジジイが取りだし忘れたらしい。
ババアが怒ってるのは私にではなく取りだしておかなかったジジイにだ。
「ほんとにボケ老人だ!アホじゃねえ??これじゃ飯も食えんわ!!」
とひどい言いよう。
あまりの言われようにジジイが可哀想になり、だしてなかったから気づかんかった。私が見てあげれば良かったね。と私がフォロー。
するとジジイは「俺が出すのを忘れたから。お母さんのせいじゃないから。仕事いってるんだから。」と私を庇ってくれたがババアの怒りはおさまらない。
「この人は何でもすぐ忘れる!!飯を食ったのに飯がないのも忘れるなんてバカじゃあるまいし!!」とそれはそれはすごかった。
あげくにでました。ババアのテポドン。
「飯がないのもわからんような爺さんじゃ死んだほうがいいわ!!」
はい。ア・ウ・ト。
だけどジジババが朝米を食ってこの釜の米がちょうど終わったとき。
私は作業に出かけてる。米が終わったのは知らない。
汗だくになってヘロヘロで作業から帰って昼ご飯をつくるのが12時ちょいまえ。
見ると釜が水につけてある。
この釜で米を炊くには1時間かかる。早炊きモードでも45分。今からじゃ間に合わねえ。そんなことがよくあった。
冷凍した米はまずいとジジイがいやがるので冷凍のうどんとか、ジジイの好きな冷凍たこ焼きとか、そんなもので間に合わせてはいたが・・・。
そもそも私が昼ちかくまで帰れないと知っててババアは朝に米が終わった時点でなんで炊かねーの?って話なわけで。
犯行が反抗になってましたね。
ごめんなさいm(__)m
さて次は、ぐうたらババアの撃退。
仕事がら朝5時ごろから仕事に行く私。
家に帰るのは昼休憩の12ちょいまえ。
昼を食べたらまた仕事。
うちにはお釜が2つあり、大きいほうは私たちの麦入り飯。小さいほうは麦が嫌いなジジババ用の白米柔らかめのお釜。
あさ家族が起きてないうちにでかけた私たちの後にジジババは起きて朝食をとる。
麦入りお釜で事足りる私たちはジジババのお釜に用はないので開けたりもしない。
ただ米が終わっても炊くことなどしないババアなので自分達の釜が空になるとジジイが取り出し水につけて放置してある。
ババアは一切ノータッチ。
ジジイがいなかったらこの釜は永遠に空のままカラカラになって炊飯器にはいってる。
水につけてだしてあれば終わったんだなとわかり私が炊く。
いつもはこう。
しかしなんだろうね~。
たとえ嫁に「食器のうえで入れ歯を洗うわないでくれ」と言われて、えらそうだと腹は立っても考えてみりゃそりゃそうか・・とならないもんかね?
普通の人ははなからそんな事しないだろうに。
それを隠してでもするかいな?
あげくにバレて嫁に怒られて。
ならいっそ。
「じゃあいい!ワシがお婆さんに洗わせる!!」と言えないこのジジイの情けなさ。
たかが年寄り2人の食器の片付けすら何でワヒが!と怒れるババアのぐうたらさ。
さっぱり理解できん。
当然ながらその後ババアがジジイにそれをチクるわけで。
心臓バクバクで逃げたジジイはババアからそれを聞くわけで。
その5分後。
ジジイ自ら私のもとにやってきた。
「あのね、たまたま。うっかりなの。もうしない。たまたま、たまたま今日だけうっかりやっちゃったの。もうしないから。ごめんなさい」
な~にがたまたまだコノヤロウ!!と相変わらずの姑息なジジイにムカつく。
しかしわざわざ謝りにきてくれた年寄りを、ここでアレコレ責めてもしかたない。
ジジイたちがこれをやるのは別々に食べる朝だけ。じゃあそれならばと
「あのね。うっかりっていうのは常にやってるからしちゃう行動なの。たまたまなんかじゃないの。そんなの聞かない。
でも私も爺ちゃんを虐めたいわけじゃないの。こんなことやってても仕方ないからもう爺ちゃんたちの朝の食器は婆ちゃんに洗ってもらおう!
私は洗わない。そうしよう!婆ちゃんにそういっといて。」といってやった。
目の前にある醤油すらジジイに取らせるほど動かないババアが食器など洗うわけがない。そんなババアにジジイがいえる筈もない。いえば「あんたのせいでワヒの手間がふえたズラ!!」とジジイは毎日ネチネチと嫌みを言われる。
そっちのほうがジジイは恐怖なので
「しない!!もう絶対しない!!絶対洗面器で洗う!!だからそんなこと言わんと洗ってお母さ~ん(泣)(泣)」。
じゃあ絶対やめて。今度見たらソレやるから。で解決。
以後きちんと洗面所にいきます。
そのようすがあまりにおかしくて吹きそうになった。
が、まずはババアから。
「アレ。いつも爺ちゃんやってたね?知ってたよね?婆ちゃん。
まさか婆ちゃんまで未だにしてなんかないよね?」
ワヒはやってない。もう絶対やってない。
それだけいってあとは黙秘のババア。
ほんとかよ・・??
「そう。なら良かった。じゃあ未だにやってんのは爺ちゃんだけね?
爺ちゃんは約束したのも忘れるのかなあ?ボケたのかなあ~。ま、じゃあとで話すわ。」
そういってキッチンをでた。
やらなくなったなと油断してた矢先に、あるときキッチンにはいったらジジイの反抗現場を目撃。
耳が遠いジジイは私が近づいたことに気づいてない。
ババアはジジイに敵の襲来を知らせたい。だが時すでに遅し。
目がキョドり鳥みたいに首を左右にふって挙動不審。
このババアの様子で私がいないときはいつもやってやがったなと確信。
ジジイのそばに近づき楽しそうに入れ歯を洗う彼に「何してんの?」と優しく声をかける。
見られてはならないものを最も見られたくない相手に見つかったとき、人はほんとうに「あわ・・あわわ・・あわわ・・」と口にするんだな・・。
「((((;゜Д゜)))お、お、お、おはよー!!カポッ(入れ歯を口にはめこんだ音)」
そしてキッチンの椅子にドタバタぶつかりながら逃げた。
さて。いきますよ~。
ジジイ対策その2。
テレビを見ながら好きなときにお菓子を食べ、なおかつ入れ歯を常にはめるのは嫌というジジババは、居間のテーブルのうえやソファーのうえ。呆れたことに床のじゅうたんのうえにも平気で入れ歯を転がして放置してある。
むきだしで。
かなり気持ち悪い。
うかつに居間を歩けば入れ歯地雷がセットオン。なので息子たちはデンジャラスゾーンと呼び居間へは絶対にはいらない。
ジジババと居間でくつろいでおしゃべりなんて拷問は私もお断りだし、夜は洗面所の入れ歯容器にしまってあるので私も日中は居間へはいかない。
ただどうしても嫌なのがどれだけ注意しようが諭そうが食後キッチンの洗い桶のうえで入れ歯を洗うくせ。
家族の食器があるうえで入れ歯を洗うのがなぜいけないのか?
人に対する配慮より自分の面倒くささと我を優先するジジババにはそれが理解できない。
キッチンの扉をあければすぐ洗面所があるのにそこで洗うのを面倒がる。
なにより嫁に言われて従うなんて彼らのプライドが許さないらしい。
これも何度も注意した。
最後はかなりきつめに言ったのでババアは何とかやめてくれた。
でもジジイは私のいないところで隠れてまでやってた。
おはようございます。
現在の仕事状況は土曜が休みです。
ですので更新があるとすればおもに土曜になります。
それでも休みは休みでたまった家事をこなす日になり更新はままなりませんが、家事の合間のひとときに、可能な限りしていってみようと思います。
本日こちらは雨。
梅雨で雨が多い時期でもあり、また本来ならこちらに来ない台風がおかしな時期にきたりして仕事がらここ数年、急きょ対策に追われたりとバタバタしております。
そんな状況下での更新となりますが何とぞご理解をm(__)m
逃げよったので夕飯の時に現場を見たぞ!と問いつめる。
そしたら、「ア、ア、アレはね、庭の隅っこでやって歩いてきてあそこでチャックあげただけなの。畑でなんかしてないの。隅っこでしたの」とぬかしよった。
ほう。アレか?
用を足してモノをむきだしたまま、わざわざ50メートルほど歩いて畑まで移動。で、そのあとチャックだけあげたのよとな?
「そーです!」
無理ありすぎ。
むしろ変態じゃねーか!
嘘つきジジイは嘘ばかりつくので「もう立ちションやめて。」といってやった。
すると「だからね、ワシはあそこでしてなくてね・・」と同じことばかり繰り返すがそこじゃねえ!!
じゃあ逆に聞くが外のトイレがすぐあるのにわざわざ立ちションするのはなぜだ?
ご近所にも爺さんまた立ちションしてたと評判になってもするのはなぜだ?
と聞いてやった。
そしたら「ん~昔からのやつかなぁ➰ここの男は昔からそうで・・」
古来から続く伝統行事ですかコノヤロウ!
面倒くせえのと言い訳ばかりの嘘つきなので「あとが臭いからやだ!!!」と究極のウェポンを発動。
撃沈して以後ちゃんと外のトイレでします。
では、ここからはこれまでのジジババ撃退エピソードを。
1、ところかまわず立ちションするジジイへの撃退。
車で家に帰った私が、ズボンのチャックを上げながら明らかに立ちション直後ですのジジイを発見。おまけにそこは子供達の野菜苗が植えてある畑。
庭で通りかかったご近所の奥さんに声かけながらの立ちション。
私たちが通る道に立ちション。
停めてある車の横で立ちション。
ところ構わずするジジイ。
せめて人の立ち入らない隅でしてくれと譲歩しつつ何度も懇願したのにコノヤロウ。
よりにもよって1番しちゃあならねえ場所でしやがって!!
車のドアを開け放ちそのままジジイに怒!怒!怒!怒!怒!と突進。
逃げた。ジジイけっつまずきながら逃げよった。
あと昨日と今日はたまたま雨により仕事が休みでしたが明日からはまた仕事です。
仕事が始まれば更新も思うようにできませんので明日からは更新も滞ります。
とりあえずの近況報告をかねて出没した次第ですが、様子を見て放置になるなら閉鎖をと考えてます。
束の間かもしれませんが、おなじく同居で疲れてるお嫁さんたちがここを見て少しでも和んでくだされば幸いです。
あ、そうそう。それから。
私がスレを立ち上げるのは、頑張ってる私を認めて!でも、私の気持ちに賛同して!でもありません。
私は限界を超えての無理はしないし、そんなものするくらいならババアに怒るし。けっこうこれでズルい嫁です。
それでもこうしてスレをたてるのは、いつかもっと後になってから自分の判断材料の参考にするため自スレを見たいからです。
義親たちと同居の日々は雨あり嵐ありの日々ですが、それをいちいち覚えていたら義親とは口をきくのもイヤになり生活が成り立ちません。
というよりそれでは私が楽しくない。
ですから良い意味で「忘れる」というのを心がけています。
けれど節目節目の決断が必要になったとき。
あれ?あんとき・・どうだったっけ??どうやったっけ??と思うことがたまにあります。
本能のままその場しのぎでやってる私は、用意周到な義親の手口にはまり、よく情にほだされ騙されそうになります。
そんなとき私は過去の自スレを読み返し、あ!そうだった!そういやこんなことあった!あった!と思い出します。
そしてそーだよ!あん時もこう言われてこうなったわ。そうだ、そうだ気をつけなきゃ!と改めて気を引き締めるわけです。
そのときの感情がよーくわかるように思ったままを記しますので言葉は汚いしえげつないですが、それが私の本心です。
本心でなきゃ将来の私にも伝わりません。
あと日記帳だと紛失させるだろうけど、ここなら携帯を使う限り閲覧できます。
もちろん具体的すぎる内容はかけませんが。
それらの意味でぼかしながら勝手にレスしてますので、どんなに過酷な状態になってもご心配ないように。
そこをご理解くださると有り難いです。
イライラ度合いが文章からも伝わる前レスでしたね。
怒ってますね。
怖い((( ;゚Д゚)))怖い((( ;゚Д゚)))
トーンダウンしましょう。
そんな状態がしばらく続き、その後ババアの帯状疱疹もおさまり、やっと安定したのはつい最近です。
運悪くできた場所が顔面だったのでまだ帯状疱疹後神経痛という後遺症がわずかに出てなんやかんやと言うとりますが、トイレを汚されなくなったのはとても助かります。
自分の母親と姑を比べたら身内ですからどうしても親を欲目には見てしまいます。
それでも。
老いてもなるべくなら自分のことで誰かに迷惑をかけないように。
やむを得ずかけてしまったら相手への感謝を忘れない。
何より常にそうならないよう自己の管理をきちんとする。
この姿勢は年長者として当たり前のことだと思いませんか?
その姿勢なくして「義理とはいえ親ですよ」なんてとこだけ強調されても困ります。
嫁は何でもこなせる完璧人間ではなく姑より若輩者のおなじ人間です。
えらそうに言うなら、普段からえらそうに言えるだけの姿勢でいろ。
私はそう思います。
ババアは私を医師免許をもってる嫁だと勘違いし、切々と症状を訴えたあげく粥で生きのびてるにもかかわらず、症状が少しおさまると小姑一家と隠れて寿司を食いに行きまた下痢を繰り返す。
生物なんぞ食うんじゃねえ!
食事に気をつけるよう注意して粥の固さを調整しながら消化の良いものを食べさせ、やっと腹が落ち着いたか・・と思った矢先。
また小姑一家と隠れて天ぷら食いにいく。そして下痢。
そのたびに汚され、ふき取り残したトイレを掃除するはめになるのは私。
そのたびにまた全粥からつくりはじめるのも私。
畑から汗だくで帰ってトイレ掃除と粥つくり。
ババアの診察とカウンセリングしながら飯くって、定時バンザイと浮かれる旦那を横目に除菌スプレーふりたくり、夜中に喉が渇くババア用にぬるい茶を水筒に用意して、それに便乗したジジイにも用意して寝かせたら洗濯。
なんかくせーぞ・・・とふと見ると、ごみポリバケツのフタの上。ババアのそそうで汚したパジャマが置いてある。
ビニール袋にいれてくれ・・・たのむから。せめてビニールにいれてくれ・・・。
もう粥もおめーがつくれ!!トイレも汚れを残さず全部ふけ!
ていうかオムツしろ!外でしろ!!
小姑の家に永住しろ!!キェェェーーーーーッ!!!!
このあたり。イライラMAXでした。
どうにもこうにも痛みに耐えられなくなりやっと医者に行ったのがその翌週。
帯状疱疹です。もうかさぶたになってますと医者にいわれ薬もらって帰ってきた。
その後も薬をのんだらのんだでお腹が・・便秘が~下痢が~頭痛が~とうるさいので
「気になったら病院にいくように。薬のことは調剤薬局できくように」
と幾度も教えたが・・コイツはまったく自分でやろうとせず顔をあわすたびに私に延々といってきた。
何度もスルーし聞こえないふりもし怒りもし説得もし説明もしたがいっさい効果なし。
ただ私にむかって、ひたすら私に同じ事を何度も何度もいってきた。
これは新手の嫁イビりなんだろーか?
手のこんだ嫁つぶしプロジェクトなんだろーかとさえ思うほど。
愚痴る→医者いけ!→やだ!→ひどくなり寝込む→愚痴る→医者いけ!→やだ!→さらにひどくなり寝込む→愚痴る・・をババアと2人で繰り返してましたがバカらしくなり放置。
そのうち嘔吐と下痢までしだしたけどお粥つくって放置。
ジジイにいっても婆さんのいいなり。モゲラにいってもほおっておけ。
ババア「医者は絶対いかない。」
話にならん!と放置したはいいけど重病人きどりでわざわざみんなの所にきて泣き言を言う。
くんなこっちに!とりあえず息子たちにはうつすな!と思い、「酷いなら無理せず部屋で寝てて。お粥は運ぶから」と強行突破で部屋に運んでも食後に薬もってこっちくる。
で、みんなにわざわざ泣き言をつらつらつらつら・・。
だーら"!!!!医者いけつってんだろーがよ!! おまえが医者いきたくないのは勝手だが私や子供にうつすなアホ!!
うつすならモゲラとジジイにしてくださいm(__)m
そこでとりあえずアホ軍団はほっといて息子たちを隔離。飯は部屋で食えと告げ、いたるところに「んっとにもう!んっとにもう!!」といいながら除菌スプレーしまくった。
その母の退院後、しばらくしてうちのババアが帯状疱疹になった。
はじめは両側に少しのかぶれ程度のもの。
けど大騒ぎするので医者に行けと説得。皮膚科を知らんというのでGoogleマップで近場を調べ教える。
それでものらりくらりと逃げ倒し、ようやく行ったはその1週間後。
ところが通院してもいっこうに治らず、そうこうしてるうちに顔面片側に明らかに別の湿疹あらわる。
これ・・・帯状疱疹じゃねーの?と疑った私が眼科と皮膚科があるおっきな病院いけと説得。
でも「やだ」ときかない。
おっきいとこは入院させるから死んでもやだと。
そのくせ痛い!痛い!とうるさい。
どーしてなんだろうねえ~
どうしてワヒがこんな目にあうんだろうね~。ワヒに何の罪があるんだろうね~
ねえ、知ってる??
知るかよアホ!
まあ・・知らないこともないがな・・。
忘れてたけど、あと実家の母です。
こちらもおかげさまで元気です。
少しまえに持病の腰痛で2週間ほど入院しましたが神経ブロック治療で嘘のように痛みが消え無事に退院となりました。
母のことは私とあとの2人の兄弟で各々の得意分野を連携してサポートしたのでスムーズに対処できましたし、なにより母が私たちを動かせまいと配慮し可能な限り自分で対処してくれたので助かりました。
現在は完全復活し元気に暮らしてます。
退院後、母が真っ先にお礼の電話をいれたのは私たちの配偶者にでした。
私たちを使ってしまったために義兄、モゲラ、弟の奥さんに不自由をかけてしまったことへの謝罪。
来させてくれたことへのお礼。
それを忘れない母の姿勢は義親のあるべき姿だと私は思います。
どうでもいいっちゃいいんですが、あと小姑です。
会ってないです。
ジジババは相変わらず電話で送迎にかりださせたり、突然の指令にすっ飛んでいきますが家に彼女がくることはありません。
お彼岸のときに余計なお世話で和菓子はもってきてるようですが、私は仕事に行くので会わないです。
だからって関係が険悪なわけじゃなく、ご近所の他人といった位置関係でとても快適。
次に会うとしたらジジババの葬式でかしら?と思ってます。
そして最後に私。
これまでの暴飲暴食がたたったのか血液検査の数値にほんの少しだけ異常がでました。
ハードな作業をこなすにはしっかり食べなあかん!
スリムなボデー?美白?紫外線対策??
なに語ですかそれ?
大事な息子にスタミナつけて自分も一緒に食って動いてまた食って!イエーイ!!!
とやってたら何とかの数値が高いとかで体重落とせといわれた。
息子が元気なら私はどーでもいい!!
そう思ってきたが・・・とりあえずジシババより先に逝くわけにはいかねえ!と一念発起。
食事は毎回計って高タンパク低キャロリー。米は麦入り。間食は自殺行為だ!作業でヘロヘロになった後にも欠かさずウォーキング。
ブルブルマシーンにぶるぶる揺られて酒を断ったらなんとか体重落ちました。
で、検診に行ったら「数値が標準値に戻りました!今後は年に1度の健診で変化がなければ大丈夫だよ~」と医者にいわれました。
けど私が「来年?ヤです。それじゃ今後のモチべが続かねえです!」と懇願したので来年じゃなく半年後にもチェックしてくれるとなりました。
始めて3ヶ月になるのでもうこの生活にも慣れました。
世の中の人って小腹が減った=米くおうじゃないんだ・・・。
普段から日常的に小腹が減った状態で過ごしてて、それが普通なんだ・・と初めて気づかされたこの頃です。
あ、さてさて次はババアです。
こいつはなんも変わってません。
強いてあげるなら毛染めが面倒になったのか白髪放置で白髪熟女を目指してるらしいのですが、頭頂部のズラスペシャル零式(茶髪)を装着するとなると地毛との違和感がでてしまうため現在むきださせてます。
その姿には人生をふっ切れた大人女子の清々しさを感じます。
ときにはジジイも反撃しジジ&ババでバトってます。
ですがジジイの反撃は私のまえでしか行われず、反撃しながら私をチラチラ見ては応戦を求めます。
ババアはババアでこれまた私のまえだと被害者きどって素直にジジイに謝まってます。
ジャッジの私はジジイに対して
私に助けを求めるのかジジイ?
かつて私がその立場だったとき、おまえは気にする私がおかしいといい続けたではないか。
ここは自力で乗りきれ。私をたよるなアホ!と思いながらスルーして飯くってます。
ババアに対しては
でたよ、でたでた。被害者きどり。
さっきまで傷口をえぐりとるような暴言かましといての被害者きどりか?
どーせ後でジジイと2人になったらまた虐めるくせに。
おまえの手口はイヤってほどやられて知っとります!と思いながらスルーして飯くってます。
おもしろいので大バトル中の2人に「明日は雨かなあ?」と笑顔でいきなりふってみたりもします。
するとワシの手口もワヒの手口も通用しねえなと悟るのか、2人ともちゃんと答えてくれまして、その後は天気の話題に変わります。
2人は私が大好きですが私は2人が大嫌いです。
あ、さて。次に。
でました。ジジイです。
食が細くなりました。
もとより好き嫌いが多いというか、食うものが限られてるぞジジイだったのが、さらに偏食がひどくなり、たのみの綱のはごろもフーズですら魚臭いと食べなくなり大好きだった肉も食べなくなりました。
食べられないものばかりのなかで唯一たべたいと思うのがマグロのトロだと先日あつく語ってましたが、そこは家計の都合で聞こえないふりしました。
いまはピーマン食ってます。
彼は2、3年まえから、嫌みが大好き&トルネード曲がりな根性のババアにひたすら虐められてます。
頭がトロい。ボケボケ老人。なんの取り柄もない。汚い・・・etc.
さすがの私も「そこまで言うかよ・・」と哀れみさえわきます。
さて。
次男です。
独身です。まだ。
これについては彼女にただただ申し訳なく思います。
けれど健気に息子を信じ、また息子の仕事の状況を深く理解してくれている彼女(カワユス)です。
モゲラと私はもうとにかく彼女に申し訳なくモゲラは
「してまえ!結婚を。なんとかする。俺達も全面的に協力するからしてまえ!!」といってますが息子が聞き入れません。
それじゃあ彼女の父親にどの面さげて幸せにするといえるのか?
旦那の収入不足を常に助ける苦労を彼女がどこまで理解してるか、それが未知なのにできない。
だから俺が支えられる状況が整えてからだと。
胸を張って彼女のお父さんとお母さんに言えるよう俺がやるらしいです。
彼女も彼女のご両親もそんな息子を信じてくれています。
なので私は何も言いません。
ただ彼女への感謝は、このさき一生をかけて息子と共に返していこうと決めています。
さて。
長男ですが、元気です。
独身です。あくまでも本人の強い希望で独身だそうです。
週末や雨で仕事ができないときはガテン系の友人(妻帯者)たちがこぞって遊びにきます。
ゲームやりたさに育児や家事に必死で協力するものの、妻と話すよりゲームがしたい本心を妻に見透かされ、ブチ切れられたあげく妻の親にも怒られて肩身がせまいでやんす~のA君。
結婚したって友情は宝だ!と亭主関白を気取ってはみるものの、あまりの頻度に「バカじゃーねーの?実家に帰るぞコノヤロウ!!」と妻にブチ切れられたB君。
息子たちと集まるのが嬉しすぎてウキウキ顔がですぎてしまい息子とできてんじゃねーか??と妻に疑われたC君。
そんな仲間たちの愚痴を聞きながら
「だろ?だろ?だろお??だから言ったじゃーーん!結婚なんてするもんじゃねえって~~(笑)(笑)(笑)」と自分を慰める長男。
そんな構図ができてます。
そんなこたあいいから、おめーは来年から自分で洗濯しろよと思う母です。
誰こいつ?
と思ったあなた。流してください。
同居してるジジイとババアが嫌いなだけの嫁です。
さて。
おかげさまで息子たちとの愉快な生活は無事に続いています。
モゲラは定年を待たずして役職定年になり給料はダダ下がりましたが元気です。
まいにち定時に帰ってきます。
役職を失いもうかれこれ1年以上になりますが未だに毎日「定時っていいなあぁぁぁーー\(^o^)/\(^o^)/」といいながら帰ってきます。
ジジイとババアも元気です。
あと50年は生きるといってますのでUMAとしてテレビ出演させようと思ってます。
心の友カリン様は肥大型心筋症になってしまい3年ほど前に血栓により下半身が動かなくなりましたが必死のリハビリで復活し再び動けるようになりました。
その翌々年には胸水がたまり危篤状態に陥りましたが、毎日の水抜き処置が3日に1度、1週間に1度となり、やがて1ヶ月に1度の水抜き処置で日常生活には支障がなくなりもう1年経ちました。
手術には耐えられないとのことで心臓の持病はあるので気は許せませんが、この子の命がある限り全力でサポートしていこうと思ってます。
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