損して得取りたい私。
来年は70代に突入します。
先が見えてきたようなこの頃
与えられた自分の人生
自分なりに寿命を全うしたいと思うけど実際は愚痴と弱音の対したことのない弱く汚い自分とのたたかいの日々です。
又ここで吐かせてもらいながら
顔晴ろうと思います。
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すみません、私はアラフォーの若輩者なので何か言えるほどの権利なんてないと思いますが…
今年、私の母が70代を目前にして亡くなりました。
人生って、本当にあっけなく終わるんだなぁ…と私自身も色々な感情が込み上げてきて。
母もまさか自分が60代で死ぬとは思っていなかったと思います。突然倒れて亡くなりましたから。
遺品整理をしていたら、母自身、心を病みながらもまだまだ前向きに生きようとしていた形跡が…
なんか、最期まで可哀想な人だったな…っていうのが、私の母への正直な感想なんです。
他人事みたいに思われるかもしれませんが、私も不安や悲観ばかりの母のそばにいてつらかったんですよね。
私まで病んでしまった事もあるくらい、ネガティブな思考って他人にも悪い影響を及ぼしてしまうんですよね。
母は分かってはいてもなかなか前向きになれなかったのかもしれませんが、そうこうもがいているうちに寿命を迎えてしまったんです。
そんな母を目の当たりにすると、私は私の人生を自分で明るく楽しくしなきゃいけないなって思うんです。愛する人のためにも。
そんな私の経験から少しでもスレ主さんの生き方への参考になれば幸いです。若輩者が、失礼いたしました。
- << 4 暮らしている人1さん、今晩は。 レスを有難う御座います。 お母様は私と同じ69歳とお聞きし他人事に思えませんでした。 お母様が急逝された時の1さんの哀しみ心中深くお察し致します。 私も息子達に多大な迷惑をかけながら生きてきました。 どうしようもない毒親です。 一生1人で暮らそうと心に決めて生きてきましたが運命のいたずらというか一番私を憎んで15年間、連絡一つしてくれなかった長男と4年前から同居する羽目になりました。全く予想外でした。 4年の間に色々ありましたが今は罪滅ぼしの思いもあり息子夫婦と孫と家族ごっこをしています。リアルタイムでは私はいつも笑顔で動き回っていますが人間ですから明るくするほどにストレスも半端なく爆発しそうになるとミクルに凶暴な別人と化して口から機関銃の如く汚言葉が噴出してやみません。そしてさっぱりして又、笑顔になり家族の中に絡み合っています。成さぬ仲とは言え、息子より他人の嫁さんの方がうまが合うからやっていられるのが実情です。腹わた煮えくり返る思いをしながら全く意に返さない天然の嫁さんと不思議な腐れ縁で成り立っています。誠に人間関係は摩訶不思議です。色々吐き出しながらやってまいります。レス有難う御座います。
歳を重ねると体がボロボロに、なるし、体力も弱くなるけどね。
くよくよしても仕方が無いですよ。
90歳のオバサンでも、いまだに、身内が来ると海に潜り、貝を採とって来ますし、1時間くらいは、海で、貝をとり続けてますよ。
本当に見た訳では、無いけど本人が、言うからね。
動く方が、元気になるし、気は、病からだと思います。
動くのは、海中の方が、動きやすいからね、引力が、少ないからね。
愚痴とか弱音を吐いて頑張って欲しいと思います。
- << 5 暮らしている2さん、今晩は。 レスを有難う御座います。 2さんが仰るように「病は気から」本当にそうですね。 そうなのですが、それまで人より体力に自信があっただけに一度、倒れて検査を受けてから、予想もしなかった病名が見つかってすっかり気が弱くなりました。 おまけに仕事を辞めてから筋肉の衰えや特に股関節が日増しに硬直して行くのが自分で分かります。 50代から60代半ばまで健康診断で引っ掛かってもお金も無く病院に掛かる費用にも事欠く貧しい生活をしていたので無視し続けその原因は飲酒にあると分かっていたので制限しながら15年、倒れる事なくやってきたのに、息子夫婦と同居してから生活には困ることは無く病院に好きなだけかかれる状況になりながら情けない事に薬が増えて行くばかり、今まで薬など飲んだこと無く68歳までやってこれたのになんで今更、と薬を拒否しながら飲まなきゃまずいような空気になってイヤイヤ服用しています。どんな苦労も耐えてクリアしてきましたが事、病気に関しては耐えるには限界があります。泣く泣く投薬しながら老化と向き合っていますが足腰の衰えは気分が落ち込みます。しかし毎日7千歩とストレッチはかかさずやっています。年を取ることは病とのたたかいですね。 それでも死ぬまで自分の足で歩きたいので頑張っています。 有難う御座いました。m(_ _)m
暮らしている人1さん、そして
暮らしている人2さん、訪ねて下さったのに直ぐにお返事出来ず遅くなって申し訳ありませんでした。
そしてお二方のコメントありがとうございます。
今は無職の身で家事、育児に奮闘している毎日で今ようやく夕食の準備が終わり一息ついてお返事させて頂いています。
私が自分だけの1人レスで好き勝手に20年くらいミクルに書き続けさせてもららっております。そしてミクルあって頑張って現在があります。本当は皆様と雑談形式でやれれば良いのですがなにせ時間に追われる毎日でお返事が来ると即、返信出来ずの繰り返しでそれがストレスになりそれで自分だけのレスにしてきましたが何故か今回、新しくスレ立てしましたら自分だけのレスは出来なくなり1人1回と言う条件になりました。なにとぞそこの所を了承して頂きお許しくださいね。
本当にコメント、アドバイスありがとうございます。
今後の肥やしなんていうと若い皆様にセンスないと言われるかもだけど昭和世代の人間なのでこのような言葉でしか文章に表現できませんが肥やしにして邁進してまいります。本当に感謝致します。
ありがとうございました。m(_ _)m
>> 1
すみません、私はアラフォーの若輩者なので何か言えるほどの権利なんてないと思いますが…
今年、私の母が70代を目前にして亡くなりました。…
暮らしている人1さん、今晩は。
レスを有難う御座います。
お母様は私と同じ69歳とお聞きし他人事に思えませんでした。
お母様が急逝された時の1さんの哀しみ心中深くお察し致します。
私も息子達に多大な迷惑をかけながら生きてきました。
どうしようもない毒親です。
一生1人で暮らそうと心に決めて生きてきましたが運命のいたずらというか一番私を憎んで15年間、連絡一つしてくれなかった長男と4年前から同居する羽目になりました。全く予想外でした。
4年の間に色々ありましたが今は罪滅ぼしの思いもあり息子夫婦と孫と家族ごっこをしています。リアルタイムでは私はいつも笑顔で動き回っていますが人間ですから明るくするほどにストレスも半端なく爆発しそうになるとミクルに凶暴な別人と化して口から機関銃の如く汚言葉が噴出してやみません。そしてさっぱりして又、笑顔になり家族の中に絡み合っています。成さぬ仲とは言え、息子より他人の嫁さんの方がうまが合うからやっていられるのが実情です。腹わた煮えくり返る思いをしながら全く意に返さない天然の嫁さんと不思議な腐れ縁で成り立っています。誠に人間関係は摩訶不思議です。色々吐き出しながらやってまいります。レス有難う御座います。
>> 2
歳を重ねると体がボロボロに、なるし、体力も弱くなるけどね。
くよくよしても仕方が無いですよ。
90歳のオバサンでも、いまだに、身内が…
暮らしている2さん、今晩は。
レスを有難う御座います。
2さんが仰るように「病は気から」本当にそうですね。
そうなのですが、それまで人より体力に自信があっただけに一度、倒れて検査を受けてから、予想もしなかった病名が見つかってすっかり気が弱くなりました。
おまけに仕事を辞めてから筋肉の衰えや特に股関節が日増しに硬直して行くのが自分で分かります。
50代から60代半ばまで健康診断で引っ掛かってもお金も無く病院に掛かる費用にも事欠く貧しい生活をしていたので無視し続けその原因は飲酒にあると分かっていたので制限しながら15年、倒れる事なくやってきたのに、息子夫婦と同居してから生活には困ることは無く病院に好きなだけかかれる状況になりながら情けない事に薬が増えて行くばかり、今まで薬など飲んだこと無く68歳までやってこれたのになんで今更、と薬を拒否しながら飲まなきゃまずいような空気になってイヤイヤ服用しています。どんな苦労も耐えてクリアしてきましたが事、病気に関しては耐えるには限界があります。泣く泣く投薬しながら老化と向き合っていますが足腰の衰えは気分が落ち込みます。しかし毎日7千歩とストレッチはかかさずやっています。年を取ることは病とのたたかいですね。
それでも死ぬまで自分の足で歩きたいので頑張っています。
有難う御座いました。m(_ _)m
ワールドシリーズの間、午前中は外に一切出ずテレビの前に釘付けになってドジャーズを応援していたので今日はようやく何日かぶりで孫を保育園に送り届けてから掃除そっちのけで駅前までリハビリ兼ねて出かけ「なか卯」で銀鮭朝食定食に、とろろ芋をトッピングして、私だけの朝食。
午後には銀次郎が社用を済ませて帰って来るから束の間の何日間ぶりの我が世の秋の御前の御膳を愉しんでいます。☺️
ようやく自宅にに到着。
4日間リハビリを怠ると
これだけ身体が重たくなるものなのだろうか。
8日後に控えている長崎の旅、
歩き通せるだろうか。
去年は高知と愛媛を真夏になんとか歩けたけれど1年ごとに弱る私の足
来年は行けるだろうか。
本来なら今回の旅行は、ナツちゃんの実家の事を考えたら中止にする方が良いのではないかと思う。
しかしあれからナツちゃんの口から全然その後の父親の状況は口にしなくなった。
ガンだと聞いて銀次郎は涙ぐんでいたのに今では仕事に必死でもう忘れているような感じ、ナツちゃんの兄はと言えば、やっと連絡が取れてガンの事は伝えたそうだが「今度はガンか」と他人事のように笑っていたそうだ。
一体どう言う家族なんだろう。
私など実家の母がガンと連絡を父から貰った時、その晩は一睡も出来ず眠れないまま朝を迎え一番に息子らを連れて母の元に駆けつけたものだった。
それぞれの家庭事情だから何とも言えないけれど長崎旅行など、それを口実に私は家でユックリ寝ていたいと切実に思う。
昨日、炬燵を出した。
部屋が炬燵に占領されて急に狭くなってしまった。
銀次郎の家に来るまで住んでいた築52年の6畳一間のアパートは炬燵にストーブを置いてもまだまだこの部屋よりも隙間空間があったように思う。
今いるこの部屋は同じ6畳でもベッドがあるから、いっそう狭く感じるのかもしれない。
窓の外は冷たい秋雨が降っている。
こちらは今もっとも物騒で連日連夜ほぼ毎日上空にヘリが飛来していた。
今日は音がしないから、雨の日は上空偵察お休みなのだろうか。
私の住んでる埼玉南区はもっとも窃盗事件が多発している地区らしくご近所は殆ど雨戸を閉じているけれど田舎者の私は閉め切ると言う習慣がどうしても今いち馴染めず、パトロール巡回のお巡りさんから窓を閉めて寝るように勧告を受けても蒸し暑い夜など網戸でつい最近まで寝ていました。
襲われたり盗みに入られた経験ないから自分とは無縁だと思っているからその恐怖を知らないから平気なのだと思う、それに回りは高層マンションだしマンションの誰ががきっと見てて下さるからイイんだもんね。閉め切るのはヤッパリ「気」まで封じ込めてしまうようで嫌なんだもの。
ナツちゃん抜きの今夜の夕食は、ナツちゃんがコンサートに出かける前に作っていってくれた、銀次郎の好きなモツ煮とイカ大根の生姜煮とヤオコーで買ってきたと言う出来合いの惣菜、アジの南蛮漬けと得体の知れない巨大な焼き魚、それに加えて明日は猫ボランティアのkeiko さんが来られる為に赤飯でおもてなししようと今日はナツちゃんが4時にコンサートに出かけていった後に赤飯の予行練習試し炊きを試みて、これが銀次郎と孫の大好評で2合炊きがものの十分で全部平らげてくれた。
大納言小豆の代わりにサツマイモを入れて炊いたのが何より孫が喜んでくれて明日もサツマイモで炊こうと思う。
桜色のお赤飯に黄色いサツマイモが何とも孫には色合いが気に入ってくれたのか、大納言小豆の黒より大喜びで食べてくれた。
明日は更に5合炊くため今日やはり試し炊きをして良かった、醤油おこわにしようか、色々迷ったけど季節は、お芋の季節だし大納言小豆は一晩水につけ置きし煮なければならないけどサツマイモならそのままもち米と一緒に入れれば良いから、これで決まり、明日は朝から忙しいから孫を銀次郎に預け私は自分部屋に引き下がらせてもらいました。
うーん🥴
いつもの事だけど
ヤッパリ、うちのナツちゃん、変な嫁さん。
私も変な姑だけど理解し難い、いや、ヤッパリ訳わからない事、多々有り。
ナツちゃんの出掛けクセにはもう慣れたし遊ばせてやる事であの子がどんどん明るく素直になってくれるから私も最近では好きなようにナツちゃんにヨイショしています。が、しかしなんで訳の分からないアーティストを20年も追っかけて毎年毎年、FUJI ROCKに出かけそれも1人で3泊4日も泊まり込みで、今日もその訳の分からない(これは私だけが分からないのかもしれませんが)シロップとか言うアーティストが「日比谷野外音楽堂」なるところでライブをすると言う事で朝からウキウキしながらはしゃいでいました。
こんなに雨が降るというのに雨合羽や透明の45リットルのゴミ袋をしこたま持ってなんでそんな物を持って行くのかと尋ねると、雨の日はこの巨大なビニール袋が色んな助けになるのだそうな、濡れて困っている人にもあげられるし、自分も貰らって助かったのだそうな、ホッカイロ一箱持ったり、4時過ぎにるんるん気分で出かけて行き6時半頃、土砂降りライブの写メを送って来た。しかもタイトルが「遅死11、02」って年寄りの私には怖いタイトル😨
銀次郎に聞くと20年も前からのファンなのだそうで銀次郎もシロップの事は良く分からないとの事でした。
今朝は風が冷たいけれど青空の快晴。
時刻は8時、しかし私はわざと起きない。
洗濯物先ほどナツちゃんが洗濯機が済み2Fのベランダに持って行ったようだし、昨夜は11時に帰宅して12時まで1時間近くバスタイムで鼻歌を歌っていた、その横が私の部屋なので煩くて結局、ナツちゃんがリビングに上がるまで目が冴えきって眠れなかった。
好きなだけ遊んで来たのだからこの連休は、ナツちゃんにやってもらうことにして私は部屋で、ユックリさせてもらう事にした。夕方にはkeiko さんが我が家の鍵を取りに来る、その時に最近、保護したという生後1ヶ月の白い仔猫を連れて来てくれると言う事で、ナツちゃんは、その仔猫を写真を見て一目惚れし、すっかり飼う気でいるみたい。
今の飼ってる羌ちゃんが、全く懐かないから次にお気に入りの生後間もない仔猫にトライしたいのだろうけど、そもそも1日お世話するのは私なのだ、自分は遊び呆けて殆ど家にいない者がどうして懐くだろうか。今日、仔猫を連れて来られても先住猫の羌ちゃんの反応如何にかで決まるから、どう言う反応するか楽しみである。そろっと起きなければならんかしら。しょうがないなぁ、起きることにしよう。
深夜に帰ってきた息子に、炬燵で寝ているところを注意され起こされてベッドに寝なおしてからすっかり目が冴えきってから制作中の千羽鶴に取り掛かり一生懸命になるうちに又、炬燵の中で寝てしまって先ほど目が覚める。
今日は水曜日「骨粗鬆症」の薬を飲む日だった。
他の薬は忘れても「骨粗鬆症」だけは自分でも常に意識しているから今、飲んだ所です。
服用してから横になってはいけないから洗濯機を回しながらミクルに投稿。
今朝は寒い、どんより空に風が強く窓の木の葉の揺れが半端なく強い。
天気予報は曇りだけれど室内干しにした方がいいのだろうか、ナツちゃんが起きて来てから相談しよう。
旅行まで後、3日、ナツちゃんも息子も孫もはしゃぎまくっているけれど、本当にこれで良いのだろうか、結局この鶴は、ガンで手術待ちの父親の為に折っているのだけれど、ナツちゃんは30羽折っただけで結局は私が折ることに、それも父親は邪魔になるだけだと受け取りを拒否され、結局千羽鶴は旅行先の長崎に持っていく事に、その鶴も千羽達成し炬燵に入りながら針に糸を通し寝てしまって息子に起こされた訳で黙って寝させて欲しかったなぁ。それにしても勝手に部屋に入って来るなと朝から不機嫌な私です。
朝晩、どころか日中もめっきり寒くなりました。
目覚めてから暫くは炬燵の中に入ったままその気持ち良い温もりから抜け出せなくて炬燵の中でまったりしています。
今、気がついたのですが、こんなわがまま婆さんスレに共感してくださった方有難うございます。m(_ _)m
非難されるほど一時は荒れまくっていた私なのでお恥ずかしい限りです。
改めてお礼申し上げます。
有難うございました。
今日は月1の定期検診の病院に行く日
、病院も3月から通い始め8ヶ月、離婚してから15年、病院などかかったことのない私が今は何とも病院なしではいられなくなってしまった。知らぬが仏で貧乏暇無しで働いていたいた頃は具合が悪くても病院にかかれなく大抵、休みの日に寝て過ごしやりすごしていた。
それで体はもっていたけれど実はあの当時から身体の中はボロボロだったのだと思う。今はやたらに病院信者教のナツちゃんに強制に病院にやられまくって、その度に知らなかった病名がいくつもでてきて気分が凹んでいる。
知らなければ知らないでそれで済んでいたのに知ってしまうと私も人間、気が弱くなり医者の言う通りに良い患者にならざるを得なくなってしまう。
情けないけど、もう若くないのだ、こうして病院に通え煩い孫と戯れ旅行好きのナツちゃんと年数回の旅行に連れて行ってもらえるのだから感謝しなきゃだと思うようになりました。
ん〜
眠たい、馬鹿な私なんで千羽鶴なんか夜更かししてまで作っているんだろう。
千羽は終わったけれど、ナツちゃんが「おかあさん、行く間際まで折り続けて出かけようよ」と拷問のような提案をする。自分は殆ど折れてないのにそれでも折り紙20枚常に袋に入れて持ち歩き会社のお昼休みや、病院での待ち時間などに一生懸命折ってくれて毎日、多くて10枚、昨日は5枚折れたよと持ってきてくれたけど、正直もう送り主が喜びも受け取りもしないものを折ってても無意味な気持ちがしながら息子やナツちゃんが喜ぶ姿を見ると今朝も時間の限り折って
いる自分につくづくお人好しだなぁと自分に腹がたってしまった。
その後、ナツちゃんの父親の状況は一昨日、ナツちゃんの話では、1週間の検査入院を終えて今は手術の日にちが決まるまで自宅待機との事でその後、連絡がないから元気にやっているんだろうとにこやかに他人事のように言っては話題を切り替えようとする。
検査入院の費用もナツちゃんが払ったそうだし当面の生活費もナツちゃん持ちで手術にかかる費用は兄に出して貰う事は、うちの息子の電話での話で了承済だそうな、ナツちゃん曰く私も兄もお金を中古の家を一軒買うくらい奉仕したから何の悔いもないと言う、困ったら連絡してくるだろうしそう云うときは大概、お金の依頼だから親から連絡がない事は普通に無事だという証拠で放任を決めたのだそうだ。
9日から長崎に家族で旅行に来て今日は丁度、最終日。
朝風呂一番湯に入りホテルの部屋のテラスの9階からハウステンボスを見下ろしながら朝日が昇るのを見ています。
4泊5日のこの旅行は去年行った四国の旅より更に感嘆深くミクルを開けないほど長崎の旅は写真を撮りまくり四国の巡礼より更に歩き回ったように思います。
それなのにハウステンボスでは孫が殊の外、喜ぶので結局、ハウステンボスに二晩留まり軍艦島や島原などを回ることが出来ませんでした。
今日はこれからホテルの朝食を食べ10時にはホテルを出ます。
ナツちゃんが頼んでくれた今回のホテル
ホテル・オークラハウステンボスは今での旅中で最高でした。
4日間の旅の最中、家族で色々な話を交わし人生が豊かになりました。
何よりもナツちゃんが180度変わった事、旅は人を変えてくれる不思議さを痛感致しました。
命の洗濯をさせて頂きました。
旅行中から体調悪く不調がずっと続いていてモヤモヤしています。
ミクルに日々の日記を綴れないほど、どうにも私の腸は超悪く、普通なら朝起きると快便スッキリ!して朝のスタートを切れていたのに旅行中から便の通りが悪くなってしまって、ずっと悪戦苦闘していました。
身体の不調和音に四苦八苦していたので
共感してくださった4番さん、気づきませんでお礼を述べるのが遅くなりまして申し訳ありませんでした。
そしてありがとうございます。m(_ _)m
大体、旅行に行くと必ずトイレで悩んでしまうのです。原因はホテルのトイレ事情。バストトイレが同じ造りのホテルは必ず、お通じが悪くなるのです。
それは、息子家族の手前、気を使ってしまうから、トイレとバスルームが別でもやはり気を使ってしまうのです。
これは自分の性格でどうしようもない困ってしまう悪いクセです。
今回の4泊の旅は2泊づつ泊まるホテルが別ホテルでしたが2つ共にトイレとバスルームがセットで嫌な予感がしたけど
予感は的中してナツちゃんに笑われながらもホテルのロビーのトイレやはたまた、混んでる時は外の公園トイレを散歩を理由に利用したり、そうこうしているうちにどんどん便が出なくなり旅行中、とにかく便通との戦いでした。
家族に気を使い結果いつも腸が不腸になってしまうのです。それも1年ごとにひどくなり来年も又、長崎を計画しているそうで、行きたいけれど、年々ひどくなるならば旅は遠慮しなきゃと真剣に考えていますが、本当に身体って不思議ですね、家族を気にしていると便が止まってしまう、そのうちにどんどん出なくなって1日中お腹がモヤモヤして、そればかりが気になりどんどん出なくなる、しかし帰宅してから少しづつ、でてくるようになり、それでもまだ通常のようにはいかなく1日中、腸に翻弄されながら便チビリチビリの日常だけど出るようになってホッとしています。
そしてハッと気がついたのは明後日、月曜日は健康診断だったのだと😨
それも朝起きて少しもよおしてきたのでチビリウンチを朝一番に放出して流し終えた後に珍しく土曜日の朝、早く起きて洗濯際を回してるナツちゃんから「お母さん、ウンチでたんだ❗良かったね、検便とれた❓」って聞かれて、あ〜お、そうだった月曜日までに検便済まさなきゃいけないのだった。ハァ〜😮💨
仕方ない、チビリウンチの代2回目のチャンスを待つしかない。
バスルームに洗濯物を干し終えたナツちゃんが、いきなり部屋に入ってきて、朝パックした後のテカテカ艶たまの顔して言うことに「おかあさん、これから朝散歩に行ってくるから、帰りにウンチ出がよくなるようにコーヒー買ってくるね、コーヒーがいいか、それとも抹茶ラテがいいかどっちにする。❓」と言うので抹茶ラテをお願いした。ナツちゃんの休日の朝散歩は何のことはないスタバ通いなのである。休日の早朝にスタバに行き経済新聞を読み株価指数を調べる長年のクセがもう20年続いている。結局2時間は返ってこないから、これから朝飯の仕度しなきゃ、それより私の腸よ、早く元に戻ってくれないかしら。😞
旅行からずっと胃腸の調子がすぐれず18日には健診で胃の検査でバリュームを飲み更に便通で苦しむ日々が続き、ようやくなんとか腸活が少しづつ軌道に乗り始めたかしら?と半分、安堵していた矢先に、火野正平さんの訃報、そして昨日は私の大好きな北の富士さんの訃報、しかも12日に亡くなられていたそうだ。
12日と言えば長﨑の佐世保のハウステンボスで夏ちゃんと孫と年甲斐もなくはしゃぎ回っていたときだった。その時に亡くなっていたなんて、帰ってから相撲中継を観ても北の富士さんの訃報すらなかった。なのに相撲中継より先にスマホのSNSで流れるのだろうか。SNSによると昨日20日に近親者だけで葬儀を執り行なったとあったから多分、協会と遺族の間で葬儀が済むまで報道を控えたのではないかと勝手に思ってる。
もしかして北の富士さんのそれが意向だったのかもしれない。哀しい、凄く哀しくて又、復活しかけた私の腸がおかしくなってきた。
孫を送って誰もいないリビングで普段なら1人になれたやっと我が世の至福などと喜んでいたのに今はやたら涙がこぼれてさみしく哀しい。相撲を観てももう、舞の海さんと北の富士さんの絶妙の解説が聞けなくなるのかと思うと又、涙がこぼれてしまう。北の富士さんのご冥福心からお祈り致します。😔
火野正平さんもそうよね。
あんなに元気だったのに娘さんなんかと凄く仲良く若いときは破天荒で色んな女優さんと浮名を流し女と見れば誰にも手を出す正平ちゃん、大嫌い汚らしいなんて、まだうぶだった若い頃の私は彼が好きでありながら男と女絡みになると下半身にだらしないなぁ、と勝手に彼を非難してたけど、なんのことはない、その後、結婚した亭主はもっと酷い女グルメだった。私もようやく世間の事が分かる年代になり男女の事は深く汚くそれでいて説明のつかない色んな運命的なものはたまたそうならざるを得ない宿業みたいな業火に身を焼かれながら六道輪廻図を徘徊する、そんな地獄絵図がこの世で繰り返し行われているのだと言うことを離婚してから10年以上経ってようやく静観できるようになった。
けど私はそれ以来、男性は大嫌いになってしまった。なのになのに女遊びを豪快にした北の富士さんが大好きなのだから、火野さんは別の意味で生き方が好きだった。
淋しい、悲しい、どんなに強い北の富士さんも、人生をプラス思考で思うように楽しんでいた火野正平さんも亡くなられてしまった。
私もいよいよ就活真剣に考えなくちゃ。考えてたって、どうなるものではないのだけど。
いつもの事だけど誤字、大変な誤字をやらかしてしまった。今じゃそれが普通だから訂正なしで続行してたけど、「就活」と「終活」では全く違いますね。
で書き直さなきゃと思ったけど誤字訂正しながら思った。
長﨑の旅があまりにも楽しく深かったので来年も長崎に旅行する計画をよていしました。
そして思ったのは一生貧乏で旅行と病院には行けないものだとそれを承知で一人で飛び出し考えられないような餓鬼地獄を生きて来た私だけど今、このような普通の環境の中で病院にも行き年何回かの旅行にも行かせてもらい、その旅行が四国から長崎と祈りの境地を回るうちに残りの人生は旅だと思うようになりました。身体はどんどん老いていき不自由になりながら旅で得る感動は半端なく私の五感に神風を与えてくれます。
「夏ちゃん、もっと私も旅をしたい。だから私も旅貯金をしたい」と申し出て来年、就活を宣言したばかりでした。
「終活」と「就活」訂正することはないのだなんかそう思ったら、欲張りすぎて丁度いいのかななんて思ったりもしています。
めっきり寒くなって朝起きても、洗濯機を回しながらリビングには直行せず自分部屋の炬燵に温みながら暖かさの余韻に浸っている。
田舎では妙高や魚沼では雪が積もっていると丸さんや仲間からのメールで知らされる。
仲間の皆は口を揃えて「今年はこっちは又、大雪になるんだろうなぁ」と不安そうに言う。丸さんもマチコさんも校長も誰も彼もが「あんたはいいなぁ、雪の心配しないでいいんだからさ」ってこの時期になると必ず言われる。皆、70代の仲間ばかりで夫婦2人暮らしが多く小千谷や十日町、長岡だから豪雪地区、半端ないものね加齢とともに高齢者だけの雪かきは拷問のように等しいもの、これからの冬はみんなに愚痴を言われる立場になるのだ、仕方ないや、その辛さは身に沁みて分かるから皆の愚痴受け止め役に徹しようと思う。私がミクルさんに吐かせてもらっているように。
そういえばナツちゃんの実家は海沿いの山間部にあるのだった。
しかし運の良いことに海に近いため積雪は海風に雪が散らされて山沿いに飛ばされてゆくから屋根の雪下ろしなどしたことが無いそうでどこまで運の良い人達なのだと思う。大腸がんと診断されながら、自宅待機で手術の日取りが決まったら1週間後に手術だそうだけど今だに病院から連絡なくナツちゃんも全く心配している気配はない、来月の年末には帰るんだからそれまでに手術は終わってるだろうしなんて鼻歌を歌うくらい楽観しているのだ。「それはちょっと違うんじゃない」と私がたしなめるとナツちゃんいわく「あの人は平気なの、ストレスがないし病院にかかっていれば絶対大丈夫って人だから」そして言うことに「父は緩やかな自殺道を歩いているんだから我儘だからそれさえ気づかない図太さなんだから」と笑っている、銀次郎も全く心配していず、親がガンなのに病院もその息子娘も何にも案じていない、私だったら
私だったら何も手につかないほど悩むと思う。人それぞれその家庭それぞれだけどナツちゃんの家は私には理解し難いことばかりです。
銀次郎夫婦が孫をトランポリン教室に連れて行っている間の束の間の1人の時間を窓から覗く雲一つ無い青空を見ながら、炬燵から伝わる温もりと窓を開け放っているので秋風を受けながら、ちょっとばかし、ひとり言をつぶやきたくなった。
出かける間際にナツちゃんが、いきなり「お母さん、見てよ!うちの親父、笑っちゃう」とスマホを見せられる。
見ると、ナツちゃんのお父さんが首に、平戸の亀岡神社から買ってきたお守りを紐にぶら下げてうっている写真だった。
相変わらずの、ふてぶてしい顔に病んでも病んでも威厳を誇張するその姿を一瞬見て痩せなさったなぁと思った。
私が「お父さん、少し痩せられたねぇ」というと銀次郎も「俺もそう思う」と言うのに対しナツちゃんは「えっ、そうでもないよ」と全く心配せず、思い出したかのように「手術の日が決まったって、12月の3日で10日には退院できるとか言ってる」となんと盲腸を切るような感じで話題をもう切り替えてしまった。
今はそんなにガンと言えど簡単に済まされる時代なのだろうか。老親2人なのだから手術の日くらい駆け付けて上げれば良いのにと私が一言、意見を言うと「お金送ったからそれでいい、それに鶴は、見向きもしなかったくせに、お守りは身につけてくれたから、それだけで充分」と、素気なく言い放ち孫を連れて夫婦で出かけて行ってしまった。
そう言うもんなのだろうか。
今日も雲一つない快晴で、たった今、孫を園に送り届け誰もいないリビングで投稿。
風邪を引いたみたいで咳が出始め鼻水がチョロチョロ出るようになった。
鼻うがいをすると左の鼻から痰のようなものがうがい液と一緒に流れてくる。
この鼻うがいを病院の勧めで始めてから2カ月、その爽快さに1日6回、これだけは小まめにやっている。スクワットは旅行以来全く出来ずにいるのに。
銀次郎からも鼻うがいを始めてから
顔がほっそりしたと言われた。自分では気づかなかったけど、私の顔は、今川焼みたいにパンパン丸だったそうな。
太ったから顔も太ったんだろうとナツちゃんも思っていたとか、自分では全くパンパン丸なんて思ってもいなかったから2人にそう言われると気になり出してますます、この鼻うがいに夢中になってしまった。病院の薬局で買うよりネットで注文した方が得策だとナツちゃんが容器3本に250本入れの薬を2袋500本をネットで取り寄せてくれた。有り難い、これだけあれば半年は持つだろうと思う。
病院と同じ物をネットで直ぐに取り寄せられるなんてなんて便利な世の中になったのだろう。
ナツちゃんの、最近のお父さんの写真を見て嫌な予感がした。
多分、直感の働く 銀次郎も私と同じ事を思ったに違いない。私と銀次郎は親子で生き方考え方全てが私のDNAを100%受け継いでいるから🤭本人もそれを嫌だけど認めざるを得ないと苦虫を口にしたような迷惑顔でそら振いていたけれど紛れもなく嫌な物事ほど私と銀次郎は同時に思っていると言う事がしょっちゅう重なって常に互いに顔を見合わせ笑ってしまうことがよくあるので親子とは面白いなぁとしみじみ思う。
今回のナツちゃんのお父さんの写真は身体、特に首から腹部に掛けては相変わらず力士の様な貫禄ではあるけど顔が心なしかこけたような感じとあの、人を小馬鹿にして見下す目がトロンと力なく虚ろになっているように見えた。最近までは二の腕も太かったがあれは太いというより、浮腫んでいるため太いように見えていたのだと今ならそう感じる。今は腕がめっきり細くなったように感じた。全ての生活習慣病を沢山抱えながら、ただひたすら病院の処方された薬を10類以上は飲み続けながら食生活改めず酒を飲み好きな事を言い好きなだけ寝て危ない運転をしながら生きておられるのだ。しかしこれだけの病を抱え最終的には大腸がん、ステージ2の初期で転移してないとは言え身体にメスを入れたら多分、寝たきりになるのではないかと思う。
今日も雲一つない青空。
この時期に入ると銀次郎もイベントや展示会など企画に忙しく旅行から帰ってからずっと会社で寝泊まりする多忙さで土日以外は家に帰れない日が続いている、
今日はリビングのエアコンの調子が悪いので業者に来て貰う日で、そのため私では心もとなくて銀次郎に午前中、家にいてもらえるよう頼んで今、その業者が来られたので銀次郎にバトンタッチして私は自分の部屋でミクルを開いています。
孫の誕生と共に今の家を購入して今年で4年目、年に1回のエアコン清掃をしてもらっても4年で寿命が来るのだろうか。もっともリビングは私が1日家にいて銀次郎も自分の部屋よりリビングで仕事をしている方が多いから春を除いては1日中、稼働しているから故障も致し方ないのかもしれない、なんて言ったら好きなように、使わせてもらい故障すれば若い夫婦任せにしている自分、それはそれで銀次郎とナツちゃんに感謝して私も世話にばかりなってないで寿命くる前に人肌(?)この場合(一旗)って言うのでしょうか😅なんかしなきゃなって思うこの頃なのであります。
ますます体力は落ち、免疫が衰えてきているせいか今年はやたらに風邪をひくようになりました。今も風邪気味でやたら咳がでる。1日中、家で好きな事をさせてもらいながら、やたら風邪をひく情けない。股関節がどんどん硬くなり長時間、歩くのに小休止しないと続行できない有様。
70歳からはそう言う年代なのだと思う。
頭はどうにもならないほど悪いけど身体だけは丈夫だと豪語していました。
回りからも「健康だね、羨ましい」と言われ得意になっていた私、そんな幼稚な自分が今は恥ずかしく思う。
一番良く知っているはずの自分の身体、実は一番知らなかったのだ、もう身体の老化は50代から始まっていたってことを。「知らぬが仏」その言葉通り知らなかったから怖さも知らず貧乏暇無しでやってこれたのだと思う。
今は人並みの境涯になり定期的に通院し主治医から色々、自分の身体を聞くうちに、すっかり臆病になってしまった。
これじゃあいかんと思いながら益々、心が臆病になり身体を庇ってしまう。
結果なおさら代謝が悪くなり、そんなに食べてないのに身体は太るばかりそんな自分のぶっとい身体を見ながら心と髪の毛は痩せていくばかり、あっ!歯茎もそう、なんとかしなきゃ!
なんとかしなきゃ
なんとか「老い」に追いかけられてばかりいないで逆に「老い」に追い打ちをかけなきゃ。
そう思って明日から、フィットネスに入会する事にしました。
自分流でやってるストレッチは、全く要領を得ず、何にも効果なし、だからといって現状に流されていたら私の身体は益々、だめになりそう。
たまたま孫が通っている英語塾の隣が「カーブス」と言う所で65歳以上を対象者募集と出ていたのでナツちゃんに相談したら諸手を上げて賛成してくれたのでまずは、体験入学をしてみようと思います。1度は諦めかけた「生涯現役」
を成し遂げたいからもう1度再トライできたらと思います。
敵は外ではなく内なる自分自身だって事を、身体が弱る度にそれが分かるようになりました。
まずは私、自分自身を鍛えて外に船出できたらと思います。
エアコンの修理は2時間近くを要した。
ナツちゃんと孫の共同部屋のエアコンも追加で見てもらった。業者が言うには、リビングのエアコンはス漏れしていた事は確かだけど故障の原因は分からないとの事、ナツちゃん部屋は孫がエアコンのタイマーをおもちゃ代わりに遊んでいたのが故障の原因で、こちらは普通に直して貰えました。
けどリビングはガスそのものを新品に替えたけどそれで完全に直してもらえた訳でなく、結局は新品を買わなきゃならな
いらしいです。
結局、ガスだけ替えて応急処置のような感じでかかった費用は4万8千円かかり業者が帰る時「新品に変える時はいつでもご連絡ください」と丁重に頭を下げて言われたけれど、銀次郎いわく、モヤモヤしているらしく「結局、直らないで5万なんてまるで詐欺だよなぁ、くっそー腑に落ちない、もっと良く調べて腕のいい業者を頼べきだった」としきりに後悔しているし、それよりもなによりもそんな事で午前中をエアコン作業に立ち会わされて予定の仕事が全く出来なかった事に腹を立て、昼食もそっちのけで、オンライン会議が始まるとかで血相を変えて自分部屋に上がって行った。2時間して本社で年末商戦の打ち合わせとかで出て行ってくれたけど、忙しい今日だった。
エアコンは音と送風だけで部屋が生ぬるく感じ風邪を引いている私には何とも気持ち悪く夕食作りながら小休止を繰り返しながら6時までに済ませなきゃ。
、
今日は水曜日「骨粗鬆症」の薬を飲む日だった、目が覚めた時には珍しく洗濯機が回っている音がしていた。
窓の外はまだ暗いし時間を見ると早朝6時だった。
いつもは7時過ぎにしか起きてこないナツちゃんにしては珍しいと思いながら、「骨粗鬆症」の薬を飲みに洗面台に行くナツちゃんが洗濯をしてくれているのだからお任せして、6時半まで休ませてもらおと部屋に引き返しベッドに横になってほんの少しうっかり仮眠してしまった。ほんのわずかな時間だと思う。
気がつくとナツちゃんが鼻歌を歌いながら乾燥室に洗濯物を干している気配が、しまった❗この薬を飲んだら30分は寝てはならないのだった。
仕方ない、寝てしまったんだから、しかし飲んだ薬は今、私の身体の中でどうなったんだろう「後悔先に立たず」悔やんでもしようがないか。薬に対する意識が私はいい加減なのだから。
こんな私みたいな患者、一番、悪い見本だろうと思う。
ナツちゃんが早起きをして洗濯をしてくれたのが今ようやく思い出した。
今日から通う事になっていた、フィットネスに昨夜7時に確認の電話が来たのだった。しかし咳が止まらなくて、このままで今日ジムに通ったら他の来られてる方々の迷惑になるのが心配で入会の日を来月の10日に延ばして貰う事にしたのでした。その際、ナツちゃんが「お母さん、無理しないで早く寝ていいよ明日は私が洗濯をしてみんなしていくから」そう言ってくれたのだった。
一晩寝て起きてスッカリ忘れるなんて、こうやって私は、どんどん惚けて行くのだろうか、やだなぁ、最近、ナツちゃんが、いい嫁になってきてるから、私も以前より、愚痴数が減少して、やたら長閑な日々に投じているせいか、安堵から、優柔不断な自分になってポアンポアン人間になってしまっているみたい。
そして又、思い出した。今日は銀次郎が孫を送り、ナツちゃんが帰り迎えに行ってくれるので1日、寝ていて良いのだった。私の頭しっかりしなきゃ。
人間少し楽になると痴呆が始まるのかもしれない。怖いな。
銀次郎は今日は午後出勤と言うことで孫を送ってくれた。というよりもこの頃ではリモートワークゆえに朝は必ず銀次郎が出張でない限り送ってくれるので助かっています。
帰りはどういう心境の変化か、毎晩、帰りが遅く孫の迎えなど100%しなかったナツちゃんが、普通に早く帰ってきて6時前に孫を迎えに行くようになった。
孫は生後11カ月で保育園に預けましたがその当時は私も新宿でフルタイムで働いていましたので孫の送迎は殆ど夫婦二人の役目でした。と言うか殆ど銀次郎が送迎をしていましたが、今、考えるとナツちゃんは、送迎でママさん達とのコミュニケーションが苦手だったのかもしれません。「私ママ友できないかも」と良く言っていたし、それに対し銀次郎は冷たく「そんなの分かりきってることじゃねぇか」対してナツちゃんが言うことに「だよね~」と怒らず変に納得しているのだからその会話がどうにも解せなくて、ずっとしこりになっていたけれど私が身体の不調で孫も家事も一切私の役目になってからそれが良く理解できるようになりました。ナツちゃんはコミュニケーション苦手な子だって事を。
でも去年の四国お遍路旅から徐々に変わり今年の長崎の旅行から完全に彼女は脱皮して180度の変貌を遂げました。
会社や友達にお土産を買うようになった事。4年間、若いママさん達を自ら避けていたのに銀次郎が営業職で外面が良いので孫の送迎で若いママさんらと交流が頻繁になるにつれ「奥さんは❓」と良く聞かれるようになったそうだ。
それを聞いてナツちゃんも発奮してかなり勇気が行っただろうと思うけど週に1日だけ早く帰り迎えに行くようになった。そして孫の仲良しの女の子のお友達に「なんでメガネかけてるの❓」と聞かれた事がナツちゃんの人生の転機になったようです。
ナツちゃんは凄い近眼でメガネを外すと視界が殆どボヤケて見えないくらいこれは母親の遺伝だそうでナツちゃんの兄も近眼だそうです。それから都内で一軒しかないと言う眼球にレンズをはめ込む手術をしてもらい、なんと今では2・0と言う私の顔の毛穴まで見えるほど視力が良くなりそれを皮切りに、あのドケチのナツちゃんが自分にめいいっぱい投資するようになりました。
寝させてもらってるから何もする事なく暇を持て余していつの間にか余談を長々、書いてしまった。
気がつけば、そう言えば咳があまり出なくなって喉がスッキリしている。
熱は全くなく平熱だし、食欲もナツちゃんが会社に行く前に作ってくれた小粥も足りなくて冷凍の焼きおにぎりを2個チンして食べるほど食欲旺盛。
便通も旅行中に銀次郎家族に遠慮してたために便が出なくなり四苦八苦し、悶え苦しんだけど今では通常通り目覚めると快便と言ういつもの私の身体のリズムに戻りました。
咳も一旦出ると一ヶ月は直らず顔が浮腫んだものだったけど、それは原因は痰ではなく鼻が原因と分かりそれから鼻うがいを始めて3ヶ月、咳が4日で止まってくれた。要するに私は咳をする度に痰を吐き出す事が下手でそれが鼻に溜まり、飲んでしまったり悪循環を繰り返していたのでした。鼻うがいをする度に出てくる痰を見ながら、出るものは出さなきゃ殺菌が体内に蓄積して身体の内部で色々悪影響を及ぼし体調不良になるのではないかと思います。
出るものは極力出す。溜めてしまったら、病気に繋がると無学な私は自分の体験からそう思うようになりました。
アハッハッハ!
読み直して笑ってしまった.
なんでこう誤字、乱文、当て字暇なしかしらねぇ。
ライン仲間は、それが私らしくて楽しくて良いと言ってくれるからもう当たり前に私の持ち味にさせてもらってるけど、ここ掲示板さんは、沢山の知らない方々が見てらっしゃるから、そうは行かないと思いながら、日常の忙し闘いの中で吐き出す事で楽にさせてもらってるので、もういいやってことで自スレ制限して好き勝手に書かせてもらっていますので訂正はしません。
今までの体調不良で環境やストレスで人間の身体はようように身体に現れます。
とにかくトイレを我慢すると本当に便の出が悪くなり旅の間中、お腹が気持ち悪く、それが2週間も続いて、結果、腸に溜まってる便が何かの触りになって免疫が落ち風邪のような症状をきたし鼻水が痰になり飲み込んだりすれば尚更の事、出し方が下手だから体調不良になったのだ、としたらミクルさんに吐き出させてもらってるからこそ素の自分に戻して貰ってるのだ。嫌なもの、汚いものは溜めないで出そう。溜めるのは運とお金、まぁ、うちのナツちゃんみたいに溜めすぎて金ゴン鬼👹になってしまいそうになった人間もいるけど、それはお互い人間だもん、気づいてナンボの人生。
悪いものはどんどん出して生きたいと思う。
今朝は7時すぎに目が覚めてしまった。
窓を開けると眩しい程の陽光と真っ青な藍色空。
なんでこんなに寝坊してしまったのだろう。
リビングに上がると、もう洗濯物も朝食の準備も完了していた。
キッチンから「お母さん、どんな具合❓ゆっくり寝てていいからね」と有り難いお言葉。
銀次郎は❓と聞くと「夜中の1時半にタクシーで帰って来た」との事、ナツちゃんも起きて銀次郎の迎え酒の世話をして一緒に寝たとか、とても信じられない言葉、昔なら夫婦と言えど別々の生活をしていたのだから、それが今では甲斐甲斐しく銀次郎に気を使い世話を焼いている人間こんなに変わるなんて人生って本当に分からない。家の場合は、良い方に変貌してくれたけど、どうかこのまま私の終焉まで変わらずこのパターンで行ってくれますように。
大変な事になってしまった。
年末商戦企画で先週から会社に通う銀次郎だったけど朝一に部下の1人から電話があり、インフルエンザと診断されたので暫く欠勤すると連絡があり、部下さんから「部長、ずっと一緒に仕事させてもらったから部長もかかってるかも」と言われ「マジかょ」と言うなり「医者に行って来る」といきなり言い出し熱を測ると37度4分と微熱、そのまま「くそ〜、かかってたまるか!」と言うなりあの医者嫌いの銀次郎が飛び出して行った。結果、先ほど銀次郎からラインが結果はインフルエンザとでたそうだ。じゃあ、私も感染しちゃつてるかなぁ。孫は銀次郎が家にいる限りめちゃめちゃスキンシップしていたし今朝だって出勤は午後からだからと孫を肩車にして保育園に連れて行ってくれたし、うわぁ~そうだ、チュッチュッ孫にKissをして孫から「パパくさぁーい」と突っぱねられてもストーカーみたいにホッペをくつっけていたしね、やだなぁ、これから起き得る惨事、覚悟しときゃなきゃだわ。良いことがあれば悪い事起きる。
世の常だから、来るべきものは避けては通れないのだ。しかるべき時にうろたえないよう、自分の土俵際で四股踏んでいつでもきなせぇよって両手広げてまってますばってんね。な~んてね。長崎かぶれしちゃってすみません。
夕食が終わり、入浴も済ませ今夜は自分部屋の炬燵にまったりしています。
日曜の夜の楽しみは1時間後に始まる大河ドラマ「光る君へ」を観る事、もう4回で終わりなのだ。寂しい。
終了したら光る君ロスになるかもしれない。いやいやなる暇無しに日常のアクシデントに巻き込まれてロスにはならないだろうな。
思い起こせば今週は銀次郎がインフルエンザA型にかかり来週と言っても明後日の火曜日まで自宅静養なので今、自分部屋にこうしていられるのが一番の至福。
あ〜ぁ、本当に拷問のような日々だった。
だって銀次郎と言えばインフルエンザと診断されながら全く安静に寝ているどころかリビングで、1日中、仕事をし続けていた。しかもマスクせずにいくらマスクするように注意しても言う事を聞かずパソコン相手に画面の相手に向かって指示を送っていた。いくら仕事人間だとは言え自分部屋があるのだから、少しは気を使って隔離して仕事をしてもらいたかった。あと2日、あと2日辛抱すれば出勤してくれる。我慢がまん。
それもおかしな話で銀次郎もナツちゃんも職場でインフルエンザの予防接種をしているのだ。
聞くと銀次郎は旅行に行く2日前に接種したのだと言う。
対してナツちゃんは、早々10月に済ませていたそうな。
ただ予防接種して1ヶ月位は抗体ができないとかで銀次郎の場合、接種して10日くらいしか経過していなかったため、抗体に足しておらずそのため部下から諸に感染したらしい。なんとまぁ運の悪い事だろう、何のために高いお金を払って接種したのだろうこれじゃないワクチン接種の意味ないのにね思わず笑ってしまったけど、一応、ワクチン接種をしない私と孫は急ぎ診断を受けて来ました。孫も私も一応「陰性」ホッと胸を撫でおろしました。
これからどうなるか分からないけれど今は今に感謝してら今週はなんとか感染も今の所しておらず何とか乗り切れました。
それからもう一つ大きな不安が昨日からナツちゃんのお父さんが手術のため入院したそうだ。
明後日3日が手術すると言うのに娘のナツちゃんは、全く不安気な様子なく「医者に任せておけば大丈夫」と短大時代の女友達と六本木ヒルズの54Fの何とかと言うビルの中にちびまる子ちゃんの展示会兼カフェで女子会とかでウキウキ出かけていくし今日は今日で孫を連れて保育園のママ友と遊園地に出かけて行った。
ナツちゃんの父親はモンスター並みの豪傑人間とはよく聞かされてはいたけれど明後日は「ガン」の手術なのだ。それもいくら豪傑堅物とは言え78歳の高齢者なのだから手術当日は帰省するべきじゃないのだろうかと、私が親の立場だったらそう思う。
あまり言うと煩がられるから言わないけれどいくらナツちゃんの言う因業な親なだとしても親御さんは寂しいだろうと思います。
普通なら月曜は私の息抜き曜日なのにインフルエンザに感染した銀次郎が明日まで休みを取っているので明日までは私の息抜き日はない。
別れたもと主人とそっくりなDNAを受け継ぐ銀次郎は自分の部屋に行けば良いものを1日中リビングでマスクもせず食卓のテーブルでパソコンに講じている。
私は動くから汗が出るくらい暑いのに銀次郎は寒い寒いと言って床暖房にエアコンかけっぱで鬼のような形相で仕事をしている始末。
閉め切っているから空気が籠もっていて寒いと言うから換気できず掃除をさっさと手抜き清掃して逃げるように10時半に我が家を出て買い物に、外の空気の何と新鮮で神々しい事かしら。
家に入ったらもうでられないから、買い物は終わったけど公園のベンチに座って美味しい空気を身体いっぱいに吸い込みこれから濁った空気の我が家にかえります。あ〜ァ、なんて外の空気の綺麗な事。何故かカラスが鳴いている、揃っと帰宅するとしましょう。
銀次郎家族はもうとっくに寝たと言うのに何故か今夜は眠れなくてミクルさんに指が勝手に動いている。
ナツちゃんが職場で最優秀賞を貰ったと狂喜して帰って来た。
工藤静香のクリスマスディナーショー2024のチケットをペアーで2枚貰ったそうだ、言う事に「お母さん一緒に行こう」と誘ってくれたけど、躊躇していると銀次郎に「ナツちゃんが誘ってくれてるのに何だよ!その顔は」と怒られる始末…
明日はナツちゃんの父親が手術の日だと言うのにその前日に、こんなに喜んでいるナツちゃんの気持ちもそうだけど、それを促す銀次郎のの気持は内心どう思っているのだろうか。3日に手術して経過が良ければ10日に退院だそうで今はガンと言え盲腸を切るくらいの感覚なのだろうか逆に私がその立場になったら、この夫婦はこのように、ひょうきんにしているのだろうかと思うと複雑な心境で益々、眠れなくなってしまう。
長崎の旅があまりにも素晴らしくて4泊5日の間、ホテルで色々話をした。
長崎の夜が雰囲気が語りたい雰囲気にさせたのだろうかナツちゃんの願いだった教会巡りをし、「花月」の「春雨の間」でナツちゃんと2人で卓袱料理を頂いた。ここは子供同伴は出来ないとの事でホテルに銀次郎に孫のお守りをしてもらっての女二人だけの卓袱料理、春雨の間は、坂本龍馬役をした福山雅治が、この花月の春雨の間で食事をしたそうだ。
柱に坂本龍馬がつけたと言われる刀傷もありました。そのはるさめの間で女将さんから「花月」の歴史を聞き女将さんが立ち去った後でナツちゃんが両親の話をポツンポツンと話してくれたのです。
察してはいたし時々、銀次郎からも聞いてはいたけどナツちゃんの育った家庭は私が想像していた以上に相当なご両親だったのだなぁと、ナツちゃんの兄が実家を顧みない理由がようやく納得いきました。私も毒親だけど私も別れたあの人もそこまで子供を親の持ち物的扱いはしなかった。親と子供の人生は別々だと思っている。ナツちゃんの今までの人と成は親からの呪縛の人生だったのだなぁと今はナツちゃんに同情さえ感じています。
どんな親であれどんなに強い鋼鉄のようなお父さんでも、レベル2のガンで転移はしていないから大丈夫だと医師から太鼓判を宣言されたそうだけど、糖尿病に腎臓病、高血圧に痛風、これだけ生活習慣病を抱えての78歳の初めての手術だそうだけど、親戚も誰も来ない夫婦二人だけの明日は手術なのだ、私だったら耐えられない、ナツちゃんに、行ってあげるのが筋だと思うよと遠慮がちに言うと帰って来た言葉が「金さえ送ってくれれば何もいらない。自分達の事は心配するな」と言われたのだそうだ。いくら送金したかは知らないけどナツちゃんは「お金があればいくらでも頑張れる人達だから私は何も心配しない」とにこやかに言い放った。お金たって兄は親が頼まない限り送らない人だそうで今回もお金も、見舞いの電話もしていないとか。
色んな親子関係があるけれど、兄にかわって20年近くお金の面倒をみてきた、この子は偉いと思う。銀次郎も私には一銭も仕送りなんかしてくれない息子だったのにナツちゃんの親にはお金の面倒をしていたのだと、それが当たり前で通っていたのだと、ある意味、そこまで私は嫌われていたんだなぁと知らぬが仏で今まで来て知った今は、さほどショックでもなくそれが当然の人の道だと反省の意味を込めて私は納得しています。
もう、1時になる、なんで嫁の親の事が、こんなに気になるのだろう、もう寝なきゃ、なるようにしかならない、私もこの年になって思う。
どんなに気持が強く頑張れても、病気になったら気は弱くなるのが人間だと思う。病んでもなお、因業な事ばかり主張しこの期に及んで「金」「金」と強豪するその親としての威厳。
同じ高齢者の私から思うに「クソ喰らえ」と喉の奥まで出かかってしょうがないけれど言わないわ。
私はそう言う親に育てられればそのようになったナツちゃんが今では同情じゃなくて本心から抱擁してあげたくなった。
憎たらしい事ばかりだけれど、そうなってしまうよね。でもこの子は変わってくれた。根は素直で良い子なのだ。
もう寝よう。もう日付が変わってしまったではないの。参っちゃったなぁ。
寝よう。
10時に家を出て買い物を済ませスタバ前にあるベンチに腰をおろし小休止。
10日から通う事になっているカーブスにどうせ行くのだからとすっかりズボラになってストレッチをしなくなったら毎日の買い物で歩く毎に右側股関節に鈍い違和感が、休むともとに戻り歩くと15分感覚で又、違和感が銀次郎のお昼までには到底、間に合わないから、いつもの事ながら辛抱してもらって家に着くのは1時になると思う。
ナツちゃんのお父さんの手術は朝一番8時半から執刀で終るのが1時半の予定だとナツちゃんから聞いた、空を見上げながらどうか手術が無事に終わりますように足腰が痛いくらいで、もたもたしていては、手術で頑張っておられる父親に申し訳ないわ、さて歩くとしよう。痛いからと楽をしたらどんどん悪くなる。
適度な運動と継続こそがこれからの私の課題なのだ。私はまだまだ社会に貢献する事を諦めてはいないのだもの。
「生涯現役」動けなくなるその日まで私はお金を稼ぎたい。
頑張るのだ❗
負けるもんか。さぁー
立ち上がろう。目標歩数まであと二千歩、それでも2時間で五千歩は歩いたのだから。
手術は1時半に終る予定なのに、
とっくに終了しているはずなのに今だにお母さんから夏ちゃんに連絡はいらないとのこと。
メールでナツちゃん泣き出してしまった。
もう仕事どころでなくて今日は残業なんて豪語してたけど連絡がなければ残業どころじゃ無いでしょう。
どうされたんだろう。
どうかどうか無事でおられますように。
一夜が開けて今日も快晴。
毎日おかしいことばかりで振り回される年寄りの私は、やっぱり好き勝手に書かせて貰えるミクルと、そして自分部屋がほんとに憩いのオアシス、私の半分ボケた頭の中はナツちゃんの親とその娘に振り回され毎日混乱させられて結局はバカを見る。だんだん分かってきた事は
詐欺師はうちの銀次郎夫婦だけかと思ったら何のことはない大元はナツちゃんの親なのだ。
いちいち書くのももうバカらしく腹立たしく、やってらんないわ。
ガンだ❗ガンだ❗なんて騒いだって、本当にガンだなんてあのご両親しか知らないのだ。今となっては疑いたくなってしまう。昨日は待てど暮らせど付き添う母親からナツちゃんに何の連絡もなくナツちゃんメールに泣きマークをつけてきたからきっと心配して仕事をしながら泣いているのだと思ったら、後で聞いたら「ヤダ、母さん、あれはタダの涙マーク、一応、連絡来ないから、親父死んだと思って泣きマークつけただけなの。私が号泣するなんてあり得ない」とゲラゲラ笑うし。つまりは手術は成功だったらしい。何故、連絡が夜まで来なかったかと言えば、親の手術に来なかったか娘息子に対しての母親の意地があって少しは心配してほしいとの母親の打診らしい。
その気持ち分かるけど、ここんちの親に関しては分かりたくない。全部胡散臭く思えてしまうもの。勝手に親子でパフォーマンスしてなさいよ。
しかし、ナツちゃんより実は恐ろしいと思ったのは簾の奥から絶対、姿を出さない得体の知れないナツちゃんの兄。
今回とにかく無事だったので正月は実家に帰りましょうと電話をしたらなんと帰って来た言葉が「帰らんよ。帰ったら、又つけあがるから俺は帰らん。」と吐き捨てるように言ったそうだ。
銀次郎は電話を切った後、笑っていたが、それを聞いてナツちゃんは「だから言ったでしょう、いつも大袈裟なんだから」と5時間もかかった手術なのに10日には退院なのだ。
これってありなんだろうか。
とにかくこの件はもう吐き捨てる、
言ってはならないのは百も承知だけど、あえて言わせて貰うなら不潔で汚らしすぎる、あまりにも下品過ぎる。
絶対に私は交わりたくないただそれだけ。
今、病み上がりの銀次郎は昨日でインフルエンザになって1週間かとおもったら明日で1週間なんだそうな。
もともと熱があろうがお構いなくストーブをガンガンかけて部屋を閉め切り鬼のような形相でパソコン相手に仕事をしていた銀次郎は、すっかり完治したらしく今朝は久しぶりに外の空気を吸って仕事をしようとパソコンを持ち、どこそこのカフェに出かけてくれた。
これ幸いに暖房を切り窓という窓を全開ににして空気を入れ替え年末の大掃除並みに徹底して大掃除をした。
なんて清潔な空気❗
外から入って来る風が凄く愛おしい。
銀次郎にはもう金曜日から大阪に仕事が入っていて銀次郎もたい大変だと思うけど彼は仕事が生き甲斐なのだ。
この銀次郎の手綱を取ってもっともっと仕事をさせる鬼嫁だけどこの夫婦は夫婦を超えたゲームの達人なのだと思う。
要するに男女の関係ではなくマネー戦士なのだと思う。
あ〜ぁ、静かで平和な朝。
先週の1週間は地獄の忙しさでした。銀次郎はインフルエンザ、孫は手足口病、嫁はライブ魔で孫や銀次郎がどうのこうの言ってもライブは外せず昨夜も東京ドームにでかけて行った。
来週の土曜日は独身の女友達と2人でデズニーランドに行くし、24日は新宿のホテルで工藤静香のクリスマスディナーショー。これは私も同伴させられるので、有り難く思わなきゃいけないのかしら、工藤静香好きじゃないんだけど😔
28日には孫を連れて、実家に帰っていく。あんなに親と喧嘩してお盆も帰らなかったナツちゃんが父親がガンとなればやっぱりそこは親子帰って行く気になってくれたので一安心、しかし銀次郎は正月はこっちで迎えてから新潟に行くという始末。大晦日と正月は猫の羌ちゃんと2人でのんびり過ごせると思ったのに、残ると言うので途端に意気消沈してしまった。年末年始も私に自由はないわ、しょうがないか。それなりに贅沢をさせてもらっているのだから。
贅沢をさせてもらっていると言えば私の身体、不平不満言わせてもらってる間に大変な事になっていた。
5日に健康診断の結果がでまして、コレステロールと悪玉は正常値になりホッとしたのも束の間、全く落ち着いて先生からも心配ないと言われていた肝臓の数値が爆上がり、おまけに血糖値も肝臓より爆上がりして、このまま突き進むと間違いなく糖尿病になりますよと忠告されてしまった。それは体重の増加で危機感があったからカーブスに通うことにしたのだから、まさか、そんなに重篤だったとは先生に「肝臓の検査しますか」と聞かれたけれど原因は分かっているので今は断りました。結果が怖いのもあるし、なんたって今年の夏は暑くて、ビールだけでなく調子に乗って料理作りながら銀次郎の営業元からのお歳暮の洋酒がキッチンの収納庫にいっぱいになっていてそれを良いことにキッチンドリンカーしていた結果がこうなったのだから、自業自得です。
5日、先生に禁酒とお菓子類は一切食べないことを宣言して今日で4日目。
ナツちゃんにも宣言し孫の食べ残しも、もう食べないことにしたら4日で体重が1キロ減になりました。お菓子だけでですよ。びっくりしました。
今日からフィットネスに通う事になりました。初日の今日、はりっきって行ったのだけれど思うようには身体が重く動かせず筋力が衰えている事を痛感。
こんなに自分の身体は老化していたのかと思ったら途端に意気消沈してしまいました。
回りの通ってられる人達は私と同年代もしくは年配だと思われる方々が多いのに皆さん、明るく笑顔でトレーニングされていてびっくり、私がどれだけ家の中で無駄な時間を過ごして益々、気持も身体も萎縮していたか思い知らされました。
「井の中の蛙は大海を知らず」ってこの私の事だと痛感、とにかく固くなってしまった身体を柔らかくしたい。
そしてもっと視野を広げたい、いつの間にか自分はもうこのまま何年生きられるか分からないなんて諦めていた所があって自然に任せていたけれど、もう1度、身体と心を鍛えたいと思うようになりました。やれるとこまでやろう。
今日は生まれて初めての習い事にチャレンジして新鮮かつ凄い緊張感で心地よい疲労感です。
初めてのフィットネス経験、頑張ります。
ナツちゃんの、お父さんは今日が退院と聞いていたけれど、昨日ようやく食事が、重湯になったそうで、10日が退院と言うのは手術前に医師が元気だけはあるナツちゃんのお父さんに対し「それだけ元気があれば術後1週間で退院出来ますよ」と揶揄して言われた事を鵜呑みにした母親がナツちゃんに伝えたのだそうだ。やっぱりね、いくら元気そうだからって78歳でいくつもの大病を抱えての今度は大腸がんの手術なのだもの、そんなに早く退院できるなんて信じられなかったけど、やはり実状は大変なのじゃないかと内心、私は案じています。
しかし、その娘のナツちゃんは全く心配もせずに連日、コンサートだの何だのと孫を私と銀次郎に預け遊び回っている。
この13日は独身貴族の短大時代の女友達と2人で今年最後のデズニー納めと称しディズニーシーに行くし、少しは心配してはどうかと思うほど毎日、はしゃいでいる。今の若い人達は皆さんみんなうちの嫁さんのようにされてるのだろうか、あまりにも我が家はじっとしていない家族だから私自身付いて行くにはまずは身体が資本、動く身体に日々、自分を叱咤激励しなければ習慣病はちょっとした自分の甘えから自ら作った病なら自分で治すしかないのだわ。ナツちゃんのお父さんも大病に接しても憎まれ口を言っておられるらしいけど実は今が一番辛いのではないかと思う。私だったらとっくに弱音を吐いていると思います。
今朝は5時半に目が覚めた。
この頃では朝がすっかり弱くなって
ナツちゃんの方が私より早く起きて洗濯機を回してくれるようになりました。
今日は久しぶりに私が洗濯機を回しました。
水曜日は「骨粗鬆症」の薬を飲む日なので先ほど飲んだ所です。
飲んだ後は30分は横になれないのでリビングに上がるには寒すぎて炬燵の中で暖を取りながら温まるまでミクルさんに。
今日は2回目のフィットネス。
銀次郎がフィットネ用のシューズをナツちゃんが黒のリュックとハンドクリームをプレゼントしてくれました。
えっ!なんでクリスマスまでまだまだあるのにと思ったらフィットネスに通う事になったお祝いだと言われ、ちょっと胸キュンしてしまいました。
ナツちゃんが選んでくれた黒のリュックは後ろの下ポケットに孫の好きな「おさるのジョージ」がバナナを持ってぶら下がっているイラストがプリントされてる可愛いいもので凄く気に入っています。死ぬまでこのリュックを大切に使おうと思います。そしてなによりも嬉しいのは私の好きな金木犀の香りのハンドクリーム。
一言も言ってはいないのに私の指の赤切れや、ヒビわりの手をナツちゃんは見て知っていた事が胸に迫る思いがあって、涙こらえるのに一苦労しました。
只々、感謝しかありません。
もう、9時半だけど、まだ炬燵の中でまったりしています。
昨日は1年半ぶりに東京に1人で出かけました。
新宿で働いていた頃のように悠々と歩く事は叶わなかったけど、それでも結構、歩きました。
目的は、ナツちゃんに今年1年お世話になったからクリスマスディナーショーにも誘ってもらったお礼も兼ねて、なにが欲しいって聞いたら「千疋屋の果物」と即答。
しかも日本橋本店の果物と遠慮なく言うあたり、相変わらず図々しいなぁと思いながら、私も家事ばかりで買い物以外に外出しない時だったから初めての日本橋も興味あり銀次郎に半分お金を寄付してもらい早速行って来ました。
1時に家を出て帰ってきたのが7時すぎ千疋屋で買った果物がかなり重くそれを携えながらの初めての日本橋は、道に迷うこと駅での乗り換えや改札での迷いなど散々な苦労があって、ほとんど迷路合戦みたいな大変さでしたが、それなりに歩き通し帰りは銀次郎家族が徒歩で迎えにきてくれそのままお寿司屋さんに入り銀次郎の奢りで千疋屋で買った果物のラッピングを開けて最高に喜んで貰えたことでそれまでの大変な道のりの苦労もすっかり消え去ってしまいましたが、今朝は、ちょっと疲労が…
それで、わがままさせてもらっています。
でも、もう10時なのだ、孫が11時にはトランポリン教室に銀次郎夫婦は連れて行かなきゃならないのだった、いくらなんでも1日寝ている訳には行かないし、そろっとリビングに上がらなくちゃ。
今日も快晴、しかし外はかなり冷えてるみたいで今朝は目覚めてもまだ窓を開けて換気していません。
おまけに身体に悪いと思いながらエアコンかけながら炬燵に入っている怠け者、祖母や母が生きていたらなんて言われるかな、なんて急に思ってしまったのも今日は、祖母の祥月命日だから。
祖母が亡くなって今年で54年になりました。
もう半世紀過ぎたのだわ。
54年前のあの日も雪国なのに雪が珍しく降らない晴天だった。
さぁー
昔話はこれくらいにして起きなきゃです。
忙しい1週間がスタートしました。
平和な月曜日はあっという間に過ぎて今日から又、銀次郎の世話。
息が詰まる。しかし私は逃げ道をつくりました。カーブスに通い出したからです。ジムの後は夕食材料を買って半日は銀次郎から離れられるし身体にも良いしなによりもストレスをジムで発散できますもん。
今朝の銀次郎、頗る機嫌悪く嫌なオーラーを発してパソコンに向かってる様子だから朝食だけ添えてジムに行くからと断り自分部屋に降りてきました。
今日から一日おきのフィットネス、頑張るんじゃなくて楽しみながらやりたいと思います。
そう言えば今朝、朝食を頂きながらナツちゃんにそれとなく聞いてみました。
「ナツちゃん、お父さん具合どう❓」
って聞いたら、朝食しながらメイクしながら「17日が退院だって」て言うからびっくりして「えっ、17日って今日だよ」って返すとメイク中の鏡の奥から私を見て「えー!そうだっけ(笑)17日はまだ先だと思ってた」とケラケラ笑うし。
ナツちゃんのプレミア天然にはもう慣れちゃったから一緒にバカ笑いしておしまい。ここんち事ナツちゃんの実家はもうアホらしくて心配は今日で止めました。
とにも書くも退院出来て良しとしましょう。もうマンガの世界観です。
5時に目が覚めてあまりの寒さに思わずエアコンを入れる。
トイレにはいり、ハタッと思い出す。
今日は水曜日だったのだ!
骨粗鬆症の薬を飲む日だった。
部屋に戻り薬を飲む。忘れる所だった。危ない、危ない。
部屋はエアコンを入れたばかりで、すかさず炬燵に潜り危うく身体事、突っ込んで横になる所で又、ハタッと思い出す。
この薬を飲んだら30分過ぎるまで身体を横たえちゃならないのだった。
テレビをつけると全国の天気予報をやっていました。
思わず新潟を見てしまいました。
雪で5℃で気温はこれ以上今日は、上がらないそんな事を言っていました。
昨日、ナツちゃんの、お父さんが無事に退院されたそうで写真を見せてもらいました。なんと痩せられた事か、言葉が出ないでいるとナツちゃんが「痩せて丁度よくなったんだわ」それに続いて銀次郎さえもパソコンから目を離さず仕事をしながらナツちゃんの言葉に「だよな、俺もそう思う」それで父親の事は終わり、そんなものなのだろうか、なんとなく他人事に思えず寂しい気持ちになるのは何故でしょうね。
体重100㌔超える巨漢の人が、術後2週間で半分になるのだから、まだ食事は粥だそうで聞くところによると大食漢の
人だそうで、食事を制限される事はどれだけ辛いだろうと思います。
もう、こんな時間に寝なくては。
朝が早いから夜は10時には就寝する私が今ちょつと趣味の折り紙で長崎の旅から帰ってきてから来年の秋も長崎の旅行に行く予定を立てました。
平和記念公園での折り鶴をみてからもう一度長崎に来て折り鶴を奉納しなければと来年に先駆け一万羽を目標に今、取り組んでいるのですが、ナツちゃんが妊活で通っている池袋で「紙のたかむら」と言う紙の専門店をたまたま通りがかって、折り鶴専門の和紙を沢山買って来てくれました。
着物柄の美しい色彩豊かな和紙も魅了されましたが、もう一つ、折り鶴に花札の絵が印刷されている折り紙にすっかり虜になり、寝る前のひと時に降り始めて時間も忘れて降り続けて48柄つまり48枚を全柄今、折り終えました。
鶴の羽に1月から12月のそれぞれの季節ごとの花が描かれそれはそれは荘厳な程、美しいです。
ナツちゃんが言うには歌舞伎の絵柄もあるから今度、クリニックに行く日に買って来てくれるそうで楽しみです。
そのクリニックも頑張って1年通い続けて今年も2人目は叶えられませんでしたが来年に期待をかけてナツちゃんにとって今年最後の病院収めでした。
この年で2人目の孫の世話なんてと最初は思いましたが今は、私の体力が続くまで私も協力しようと言う気になりました。鶴は色んな意味を含めて色んな事を思いながら折っています。
着物柄の美しい和紙はナツちゃんと料亭「花月」に2人で訪れた時に卓袱料理を頂きながら女将さんから、昔この花月で、三味線をひきながら唄っておられたという愛八さんとおっしゃる芸姑さんの話をお聞きしナツちゃんがえらく感銘し、帰ってから図書館に行き「長崎ぶらぶら節」を借りてきて愛八さんの生き様に感動しまして来年も長崎に行くと断言したのがナツちゃんでした。
愛八さんのお墓に参拝に千羽鶴をお供えさせてもらいたいのだそうで、着物柄の和紙を愛八さん専用に買って来たんだそうです。そう言いましても結局、折るのは私なのですが、元々、折り紙が趣なものでして、こうして美しい珍しい折り紙を次々と買ってきてくれるのは実に有り難い事です。健康でと言ってもあまり健康でもありませんが好きな折り紙で鶴を折れる事、その鶴を長崎に奉納させてもらえる喜び私が死んでも折った鶴はずっと長崎に置いて頂けると言う事が有り難く嬉しくてなりません。いつか孫が大人になって長崎に旅行する事があった時に、ばあばが折った一万一千の鶴だって懐かしんでくれたらなぁなんて思ったりしています。
有り難い事に銀次郎は急遽、金沢に日帰りで社用で早朝から出かけて行ってくれました。ラッキー
今、孫を送り届けて誰も居ないリビングで青汁を息を殺して一気飲みして、11時半に出かけるフィットネスに備えて一息ついています。
今朝はベランダに洗濯物を干してる最中にみぞれが散らついて来たので慌てて乾燥室に、そう言えばテレビで今日は、東京に初雪が降るかもとか言ってました。
埼玉も、このみぞれが初雪に変わるのかもですね。
そう言えば新潟の仲間、丸さんから小千谷は連日連夜、みぞれが雪にを繰り返していると言っていました。このみぞれが雪になると一気に降り始めてあっという間に積雪になるのを71歳の丸さんにはハラハラドキドキだとメールでこぼしていました。72歳の校長も去年ご主人を亡くされて独身の息子さんと、2人暮らしになってから冬が怖いとぼやいておられたし皆、高齢者になり雪掻きが拷問のように重くのしかかって来ると誰もが異口同音に申し合わせたように言って来ます。そして次に言われる事は「お前はいいなぁ、もう雪の心配を一生しなくて良いんだから」とか校長には「孫と暮らせて雪の心配もなく、あんたが羨ましい」と言われるけど、人には雪が無いことや、孫と暮らせるだけで幸運者と思われてるらしいけど、同居した4年間は他人には言えない地獄の葛藤があったなんて皆は信じてくれないだろうなぁ。
私だって田舎の皆が羨ましいです。
フィットネスで汗を流してから、買い物をして本来なら銀次郎が家で仕事をしているので急いで帰りお昼の準備に取り掛かるのだけれど今日は居ないので久しぶりに外食をする事にしちゃいました。「なか卯」の「南まぐろの漬け丼」フィットネスネスのスタッフの人が、お寿司10巻で角砂糖32個分に相当するカロリーの話を聞いたばかりなのに、まぐろ丼は、いったい角砂糖何十個分になるのかしら。
でも朝はみんなを送り出してから掃除洗い物などして気がついたら時間で何も食べず家を飛び出したのだから、今日初めての朝食、運動した後だから、まっ今日だけ自分を甘やかそう。
運動をして汗をかいた空腹にはマグロ丼は何よりの幸せ。
美味しかった。
これから夕食の買い物をして急ぎかえろう。
ちょつと、いや、かなり食べ過ぎちゃつたかなぁ。😞
せっかく2㌔減量できたのに。反省😞
今日も穏やかな朝を迎えました。
息子と孫のトランポリン教室に、ナツちゃんは、12時から始まる譲渡会に希望する白い子猫獲得するために一番乗りを決め込んで孫のトランポリンを銀次郎に任せて夫婦別行動で出掛けて行きました。誰もいないリビングで私は猫の羌ちゃんとカーテンからさす陽射しの中でまったりしています。
その前に息子夫婦はちょっとした喧嘩をしました。喧嘩と言うより、ほとんど銀次郎の一方的な怒りなんですけど。最近では、普通に交わしている日常的な会話の中に少しでも銀次郎に引っかかる要素があると爆発してしまうそんな事が頻繁になりました。今回は、二匹目の保護猫を買うにあたって一匹の羌ちゃんを受け入れてから少しも懐かないからと、2匹目を飼おうとするナツちゃんに、散々、銀次郎が反対したにもかかわらず孫を味方に付けてとうとう今回の譲渡会に喧嘩してまで1人で電車に乗って向かいました。ナツちゃんが気に入ったその猫ちゃんは、全身真っ白で肉球が全部ピンクで生後半年に満たない男の仔です。
一番乗りで契約にこぎつければ間違いなくトライアル出来ると張り切って行った訳だけどはてどうなるでしょうか。
どうなるにせよ、結局お世話するのは私なのだから、私は動物が好きですからそれはそれでペットが増えるのは嬉しい限りですあっちらこっちが痛いなんて益々、言ってられなくなりました。
ナツちゃんの執念で白い子猫ちゃんのトライアルが決まりました。
来年正月3日に子猫ちゃんは我が家に来ることが決定しました。
先住猫の羌ちゃんと上手くいくか分からないのに、上手く行かなくても絶対この子は運命の巡り合わせなのだど勝手に思い込んで名前の事で4歳の孫と喧嘩しているのですから呆れて流れに任すしかないです。この子の名前は譲渡会で御世話してくださってるケイコさんって方が白い子猫だから「ノンタン」と呼んでるとの事なのに、もう勝手に、そのケイコさんの前で、孫はNHKのアニメ「おサルのジョージ」に出てくる犬のラッキーがいいと言うしナツちゃんは、白いから「雪」ちゃんにするとどちらも負けずに言い張ってるし、実はケイコさんとは、羌ちゃんも育ててくださった人で私達が長崎に4泊5日の旅行に出かけた際に留守の我が家に通いで羌ちゃんのお世話をしてもらいました。その時にカラスに突かれて瀕死の状態で保護したのが白い子猫ちゃんでその話を聞いたナツちゃんが、どうしても会いたいと又お願いして旅行前に連れてきて貰ったので羌ちゃんとは既にご対面しているのです。
連れてこられた、ノンタンは手のひらにすっぽり乗るような小ささで身体の半分を治療中の白い包帯が痛々しい印象でしたがとても人なっこくて誰の膝の上でも上がっては気持ちよさそうにスヤスヤ眠る可愛い子でした。羌ちゃんは、どちらかと言うと真逆で警戒心が強く誰彼なく近づくとシャーを連発する子でした。
保護された場所があまりにも悲惨を極めた場所だったため人を見ると威嚇をするのだそうです。1歳の時に我が家に迎えた時から、威嚇ではじまり、シャーを言わなくなるまで3ヶ月かかりましたが今だに抱っこだけはさせてくれません。しかし毎日、家にいる私には懐いてくれてリビングのゲージより私の部屋で過ごすのが当たり前になってしまいました。大きな声と煩いのが嫌いみたいで銀次郎と孫には今だに避けて寄り付かずにいます。ナツちゃんはと言えばトイレの砂と、ご飯やりをしてくれてるのにかかわらず、男子チームよりは警戒心はないにしろご飯を貰う時以外は近寄らないのです。そういう子だからこそ私は逆に羌ちゃんを引き取った訳ですが私には、この子がいたから毎日を張り合いにして来ました。話がそれて長くなってしまいましたが羌ちゃんは私達家族が旅行に行く前に
ノンタンと対面しています。人間は嫌いな羌ゃんだけど、同じ猫ちゃんには、威嚇もなく、ただ静かにノンタンの様子を目を細めて見ていました。たぶん弟のように面倒を見てくれのではないかと思います。
今朝の冷え込みは半端なくエアコン入れても直ぐにはリビングが暖まらずヒーターを持ってきてもそれでも中々、暖まらずに今朝は出勤する銀次郎とナツちゃんは行動がいつもより老化じみていた。
それもそのはず、先々週、インフルエンザから治ったとばかり思ってた銀次郎がまた風邪をひきここ1週間、激しい咳をし、こちらが頼んでもマスクはせずにずっと咳き込みながら目を血走って仕事をしているのでたまりかねて一昨日、喧嘩腰になりながら医者に行け❗と怒鳴り声をあげてしまった。
いくら医者嫌いでも家族がいるのだから、咳が出たならばマスクぐらいするのが常識だろうに、お前はそんなにこの年寄りを殺したいのか❗と、それまでの堪忍袋ついに切れて怒鳴ったのでありました。渋々、病院に言ってくれましたがタダの風邪との事で安心しましたが寝不足と仕事のしすぎ疲労が蓄積されて免疫が下がっているから風邪をひきやすくなっているような事を言われたそうです。
おかけでいつも一緒にいる私はマスクで防御していたつもりでしたが昨日から鼻水と、くしゃみが、ナツちゃんまでが喉を詰まらせ変な様子です。
今の所、孫だけが元気な事が救いですが、心配なのは28日にはナツちゃんと孫が実家に帰省するまでは風邪をひかせてはならないといつも言っているのに、銀次郎のバカタレは全く意に介さず
この家は銀次郎菌で汚染されています。
月曜日は銀次郎も本社に行くのでようやく誰も居ない平和な私だけの神様がご褒美に与えて下さった月曜日、しかし鼻水は止まらず部屋は暖まっているにもかかわらず寒気がしてくる始末。
明日はナツちゃんからのプレゼントと言ってもナツちゃんが会社から貰った優秀賞とかの褒賞チケット2枚貰った、工藤静香のクリスマスディナーが控えているし、本当は夫婦で行けばいいのだ、第一、私は工藤静香もキムタクも好きじゃないし、着ていくものもないし、2㌔減量したからって全然外見は雪だるまみたいだし、ディナーショーとなれば普段着なんて行けないだろうし、これを書いてるうちに鼻が詰まって頭が痛くなってきた。行かなきゃナツちゃんに申し訳ないしね仕方ない、結局ナツちゃんの、お下がりでコーディネイターしていくしかないか、しかしとにもかくにも28日はみんなナツちゃんの実家に帰ってほしいのだ。私1人の平安で静寂な羌ちゃんと2人だけのお正月を満喫させてほしいのだもの。
もう、こんな時間!
ようやく年賀状を書き終えました。
年賀状を出すのはほとんど田舎の仲間達、都会では、年賀状を交わす程の人は今だに出来ずと言っても年賀状じまい宣言をする人がほとんどで口頭で挨拶代わりに新年の挨拶をするくらい。
田舎でもスマホのアプリで年賀状交換するのが増えていながらも私達仲間は古い人間なのだど思う。だってスマホで交わしながら年賀状も出しているのだから、これは長年の習性とでも言うしかないのかも、その年賀状の枚数も年々減っていく、わたしよりも高齢の人が殆どだから、私も来年は70の大代に突入。
今回はその事を考えると気が弱くなり書く賀状にも一筆一筆真剣になってしまいました。
世間の年賀状離れは実は私もだんだん面倒になってスマホですまそうと思いながらこの時期が来ると追い込まれるように書いてしまいます。
ほとんどが田舎の職場仲間、大変な職場で人間関係が壮絶だったけどそれでも生き残って65歳の定年まで働かせてもらったのだもの、その生き残ったら仲間達だからもう戦友、死ぬまで互いの連絡網としてスマホはスマホ、七夕ではないけど1年の元旦だけは暗黙の了解で続いています。何枚でもないのだけど魂を込めたから疲れてしまいました。
もう日付が変わりました。
寝なければ。
今朝は寝不足気味。
昨夜、気が進まないで渋々行った「工藤静香クリスマスディナーショー」終わってみればすっかり工藤静香に魅了されて大好きになってしまった。
私の見た目だけで好き嫌いの判断していた人間性の低さ心底、反省してしまいました。
歌の間に3回衣装替をされたが3回目の時に着替えた黒のドレスなんと24歳の時に着たステージ衣装だそうで、54歳の現在まで当時の体型を維持している姿に感動してしまった。
なんとこの私の今の体型、なるに任せただらしなさ生活は身体に出ると言われるけれどそれに比例して習慣病まで誘導してしまう。工藤静香さんいわく、何回も何回もステージでのトークで「健康」の大切を話していた。今の私が同じ事を考えて習慣病の恐ろしさを痛感してフィットネスに通い始めただけに凄い共感を覚えました。それにしてもあの細さ、日々努力しているのだろうと思う。
とにかくうまく言えないけどいい歳をして刺激と感動とたくさんもらって家に帰ってから興奮覚めきらず朝まで眠れませんでした。今はナツちゃんに感謝しきりです。眠たいしかし銀次郎が正午には帰ってくるからお昼の支度をしなきゃいけないし、コンサートに行って寝不足で昼寝なんてバチが当たりますね。頑張って家事しなければ。
クリスマスが終り我が家も年末のスケージュールが決まり私の平穏な日が確保できました。嬉しい〜🤗
その日は31日と元旦1日。
この日だけは私だけの天が与えて下さった私だけのオアシスの日にち。
2日間思いっきり寝て過ごそうかな、
どうしようかななんて考えているだけでウキウキして幸せな気分に1人ニヤニヤしています。
我が家の日程はナツちゃんが孫を連れて28日の午前に実家に行く為に家を出ます。
銀次郎は当初、元旦に家を出てナツちゃんと孫を迎えに行き実家には一泊だけして翌2日には一緒に帰って来ると言う予定です。
ですが天気予報では明日から年末にかけて新潟は大雪警報が出ているので、いくらなんでも術後の身体に雪掻き出来ないだろうし、その奥さんという人が雪国生まれの雪国育ちなのに雪きかきが全く出来ないと言うのを聞いていたから私が意見するのもなんだか悪いと思いながら
「今年は雪が心配だし、お父さんの身体には大変だと思うから銀次郎おまえ、早めに行った方がいいんじゃない❓」と恐る恐る聞くとナツちゃんが言うことに「それもそうなんだけど、なんにも行って来ないから、その後どんな状態だか分からないのよね。連絡よこさないってことはたぶん大丈夫なんだと思う」とまるで他人事のように言うし、それよりもナツちゃんは1月に女友達と行くディズニーシーの事で頭がいっぱいのようです。
明後日の仕事納めのため銀次郎はずっと出社だから、銀次郎を見送ってから掃除後回しにして街に繰り出したは言いけれで、浮き足だって調子こいて歩いてる最中に右股関節痛が始まる。
暫く小休止しながら年末の賑あう買い物客の軽やかに楽しそうに歩く姿を見ながら、羨ましく思う。
ついこの間までは私もあのように軽やかに歩いていたのに、気づかぬうちに私の足も標準に老化を辿っていたのだ。
悔やんでもしょうがない。だって今までは気づく事などできようがなかったのだもの。離婚さえしなければこんなにバカ働きして寿命を縮めなくて良かったものをだからって我慢して好きでもない男と一緒に添え遂げるなんて私はそんな立派な女房なんてなれないもの、これでいいのだ、15年間、必死で食べるために働いて来て結果、長い年月、身体に無理をした事が結局ここに来て一気に症状が出てくるなんて、こればかりはしょうがないわ。自分の生きてきた結果だから、何をしなくて、楽をしていたって歳をとればあちらこちらに歪みが出るいかしかたないわよね。
さて少し楽になった。歩こう。
痛いからと楽をすれば身体は益々硬くなる。頑張れ❗私、自分の足で歩くために生き抜くために。
ナツちゃんと孫を駅まで銀次郎が送りに行った。
11時9分発の新幹線がホームに到着したと銀次郎から先ほど写メが送られてきた。
ついでに銀次郎よ、お前も一緒に行ってほしいんだけど、何故か銀次郎は子供が生まれてからは、ナツちゃんとは一緒に行かなくなった。
子供が出来なかった15年間の間は、盆暮れ正月、GWは何を置いてもナツちゃんの実家に泊まりに行き私なんかは放っておかれ、無視されてたのになんなのこの心境の変化は、ずっと私を嫌っていたなら私が死ぬまで嫌い続けてくれれば良いものを、なんで今頃、嫁と子供だけ先に送り自分は後に行くのか、息子と言えど何を考えていることか、とにかく行く時も一緒に行って1日も長く向こうの実家に長居して私を解放して欲しかったのに、クソ銀次郎、今年も31日と元旦1日だけしか自由がありません。😤
ナツちゃんが孫を連れて実家に帰ってから、ようやく2日後の今朝、銀次郎が7時前に家を出て行ってくれました。
あ〜ぁ、なんと忙しい銀次郎との2人だけの生活、一挙に疲れが噴出して今、放心状態。
テレビでは大好きな「孤独のグルメ」やってるのに見る気力もなく…
しかし食欲はあるので銀次郎に作ってあげたお弁当のおかずの残りを食べ終えて、食後のコーヒーを飲みながら、改めて「孤独のグルメ」を観ています。
やっぱり面白い、やっぱり晦日の定番は「孤独のグルメ」だわ。みんなが出払ってホッとしてテレビをかけると、この番組、私が定年後こちらに来てから、ナツちゃんは、とにかく実家に行かないと親が煩いものだから大掃除も何もしないでそのまんまの状態で新幹線に飛び乗る子だから後の整理は大変なんてものじゃない。しかし銀次郎がギリギリまでいてくれるおかげで大掃除は助かっているのだけど銀次郎の掃除の仕方は、一切合切捨てる断捨離まで引っ越しのような大胆さ。おかげでスッキリサッパリ何にもない白庵のようなリビングで「孤独のグ
ルメ」見ながら今年最後の掃溜めをミクルさんに放出しています。
「孤独のグルメ」をこのまま見て過ごそうかと思いながら眠気が襲ってくる。
いつも眠気が襲ってきた時に寝れたら最高だなぁなんて長い事、思っていて今その時なのに、いやいやこのまま寝てしまったら唯一無二、1人だけの時間が縮小してしまう、それでは勿体ない、寝るのは何時でも寝れるのだから、この与えられたご褒美空間を、有意義に使いたいなどと考えていたらいつの間にか眠気が覚めてしまった。
でも思ういつも同じパターンで結局何も出来ず気づいたら3人家族が満面の笑顔で「ただいま〜」と帰って来て又、騒がしい日々に自分は流されてしまう。
よくよく考えるとそれで私は案外、身体が動いていられるのかも知れないと思う。
なんだかんだ言うてもやっぱり私はみんなに生かされているのだと思う。
掃除は銀次郎が全部していってくれて何もする事はないから残り少ない今年の最後の日をゆっくり噛み締めて過ごそう。
銀次郎何をやっているのかねぇ。
新幹線はとっくに長岡に到着したのにそのままローカル線に乗り込んでナツちゃんの実家に直行するかと思ったら。
ローカル線で懐かしい昔の駅を楽しみたいからと言ってナツちゃんの実家には夕方に着くと連絡して来た。
ナツちゃんは1分でも早く来てほしいだろうに、本当なら向こうのお父さんが術後の身体なのだから夫婦で一緒に行くのが筋だろうに、銀次郎に言わせると、親子水入らずが一番なのだから他人の俺が常に一緒だと向こうが気を使うだろうしさと言うのが銀次郎の考えだけど、親子水入らずとゆうけど今までの状況を見るとそうじゃないような気がするけれど、銀次郎の行動をみてると少しでも遅く行きたいようにしか見えないのだけど、まあ、とにかく早くナツちゃんのの待つ実家に着いてほしいと思います。
困った気分屋の銀次郎だこと。😮💨
こう言うとこ私に似たのかしらねぇ😔
元旦から遅れましたが皆様、新年おめでとうございます。
私はお陰様で31日と元旦は、僅か2日でしたが本当に気兼ねなくのんびり過ごさせてもらいました。
とりわけ3月には70歳になるだけに、今までは普通に何の感慨もなくやり過ごしてきたお正月でしたが、事さすがに70の大代にのると一歩一歩、死に近づいているんだなぁと今迄にはない複雑かっ神妙な厳粛な気持ちになっています。今までは日々の多忙で新年の挨拶はスマホで済ませていましたが今年からは丁重に手書きでだしました。
来年はかけなくなるかも知れない、そう思うと就活に備えて死ぬ前に基本的な事はちゃんとして寿命を全うしたいそう真剣に思うようになりスタートは年賀状から始めました。
そして昨日の元旦、4年間、全く電話一本かけてこなかった三男本人から電話がかかってきて実に4年ぶりに三男が私の住んでる駅に、お嫁さんの、カナちゃんといっしょに会いに来てくれました。
お嫁さんの、カナちゃんとはラインの交換は常にしている仲でしたが三男は銀次郎とは理由は分かりませんが何かがあって極端に三男が銀次郎を嫌い絶縁状を突きつけて以来三男は一切、兄との付き合いを断ち切りました。
カナちゃんに、言わせるとお互いに似ているから衝突するのだろうと明るく笑っているだけ連絡はカナちゃんを通してやってきました。その三男がどう言う風の吹き回しか「母さん、ひさしぶりだね。どう元気❓」と聞いてきたので「元気だよ、お前も元気❓」と尋ねると「あ〜ぁ元気だよ、母さん、今1人❓」
と聞いてきたので1人だと答えると「兄貴はいつ帰るか」と言うので明日帰る事を言うとすかさず「じゃあ、今日あわないか。俺たちがそっちに行くから」との流れになってあれよあれよと4年ぶりの対面になりました。駅の改札で4年ぶりに会った三男とカナちゃん、嬉しくて嬉しくて特にカナちゃんとは名前が偶然同じなのでナツちゃんより又深い思い入れのある子で思わず抱き合っての対面でした。
駅から我が家は直ぐ近くなので是非、我が家にと勧めると頑固な三男は「大黒柱の兄貴の家なんか入れないし行く気もない」と相変わらず、しかし4年ぶりに会った三男の面影はなんと銀次郎にくりそつで血は争えないなぁと苦笑してしまいました。カナちゃんが似すぎてて衝突するのだという理由が納得です。
カナちゃんは元々、銀次郎には敵意は全くなく逆に銀次郎を立ててくれて自分の夫である三男を諫めるくらいの気遣いをしてくれるので有り難いと思っていますが、こちらは嫁さん同士がウマが合わないみたいです。
ナツちゃんはあのようなルーズさですから自分が嫌われてるなど全く気づきもせずいやいや例え嫌われてる事が分かってもお金以外に興味がない子だから全然、屁の河童のタイプです。
しかしカナちゃんはきちんとした子だから無法天蓋なナツちゃんの性格に逆に義理兄の銀次郎に同情するくらい、まぁ色々、我が家も関係性が複雑でこれからおいおいに遺して行こうと思います。
おやおや里帰りしているナツちゃんからラインが、一応ここで失礼します。
ナツちゃんから、1時にこちらに到着と連絡がありました。
よほど、お父さんの様態が良くないのではないかと思う。
6日間の滞在中、送られてくる写メの中にまるで意識して見せたくないような感じで一切、父親の姿は写っていないし、どのような様態なのかも今回なんにも言ってこないし私も聞きはしない。
50万も銀次郎の口座から無断で引き落として、使途不明金で責めない銀次郎が馬鹿なのだから、そういう事を三男は怒っているのだと思う。
いつもは何も持たせない母親が、赤飯とホタテの煮物など色々持たせてくれたから夕飯は何も作らくていいから、お母さんは、ゆっくりしてていいよと例の如くタメ口でメールしてきたので今回はかなり腹に据えかねているので一言だけ「ありがとう」と返しただけ、あんな甘党で家族全員が糖尿病の家族の煮物なんか死んでも食べたいとは思わない。
娘の持って来る見舞金の額が多いほど赤飯と煮物をあの母親は持たせるのだから。いかに家事一筋、料理堪能かは知らんけど、あのご亭主の、糖尿病に、腎臓病、痛風、高血圧そして今回の大腸がんこれだけの習慣病を抱えて78歳まで威張ってらっしゃるそうだから、料理上手だったら健康管理も自然と考慮して料理作るのが普通だと思うけどこれじゃ、料理堪能がイマイチ違和感かんじてなりません。そう思う私が腹黒いのだろうか。
やだなお正月早々から愚痴ってしまった。😞
正月元旦から、幸せに満ちながら、とんでもない事を言ってしまった。
「後悔先に立たず」やだな、私、しかし書いた事全てどれもこれも私のその時の気持だし、嫌な感情ほど書き出してそして修復しよう。
歳を取る事に子供に帰るとはこう言う事を言うのかもでも私はまだ本人達の目の前で口にしてないからまだ秩序は保たれているかも…
汚い感情は日記に吐き出したら、反省して次に進もう私達70代はそう言う時期にはいったのだとは年賀の電話での挨拶で田舎の職場で共に働いた大御所、校長さんの言葉。
嫌な事は書き出して日を置いて見直すと、「何でこんな事をあからさまに書いたんだろう」と汚い自分に嫌気がさす。
そして今度こそは、まともに少しづつ近づいて器の小さな自分から脱却しなきゃなと反省しつつ成長しない私。
もう70歳になるのだいつ死ぬかなんか分からないのだこれは元旦に、三男に言われた言葉、好きな事をするように、何時までも自分は丈夫だと思っちゃいけない。兄貴達の言いなりになってはいけないなどと優しい言葉をかけられて自分を見失ってしまった。
反省、気を引き締めて行こう。
今日から通常の私のスタート始まりました。
新年早々第二の失敗は、お正月は気を使う者がいないから、ダラダラしていたら曜日の感覚が麻痺して、銀次郎達が昨日、帰ってきてから、正月明けのゴミの出す日の話になって昨日が木曜日だった事をはじめて知る、だって私は月曜日だとばかり勘違いしていたのだから、ってことは「骨粗鬆症」の薬を飲む水曜日はとっくに過ぎてしまったではないの、慌てて薬の袋をさがしたら、晦日前に銀次郎の命令に従って去年1年の家の中の断捨離をした際に間違ってゴミの中に「骨粗鬆症」の薬をだしてしまったらしい、やばい、9日に定期検診受けに行くまで後、2回分、の薬を捨ててしまった。仕方ないか、捨てたものは戻らない2週分つまり2回飲まなかった所で今直ぐ死ぬ訳じゃないのだから、断捨離の事で昨日は孫が帰ったらおもちゃが全く無いので大泣きしていたけれど、ナツちゃんもほとんど捨てられながらこちらはいつもの事だとは言え平然と落ち着いて「又、買えばいいことじゃん」だって
さすが😮💨
私のは自業自得だと思う。
わるい言霊は自分に返って来ると痛感。😞
日毎、目覚める度に寒さが募るように思う。
こちら太平洋側の冷気が一段と増す時は日本海側が雪が降っていることが分かるようになってから、目覚めの体感で今朝のような日は日本海側の何処かは雪だなぁと思うようになりました。
2日にナツちゃん達が新潟から帰ってきた時はナツちゃんの実家の出雲崎は海岸沿えの地域だからあまり雪は降らず帰省中は雪が全く無くてナツちゃんはわざわざ雪が積もったと言う柏崎に車で孫を連れて雪遊びに行かせたそうだ。
それも今になって知らされたけどナツちゃんが運転したのではなく術後の父親の運転で行ったと言うのだから、ゾッとしてしまった。
滞在中に送られて来た写メには一切、父親の写真は省かれていた。
だから余程、術後の経過が悪いのだと私は心配していたのに何の事はない、父親は1時、体重が6K減量したものの、普通に食べられるようになってからリバウンドして太り始めたと言うから、なんとまぁ、化け物みたいな人だろうと、今では呆れの思いよりある種、羨望の思いで見守っている。
何故、写真に写らなかったかそれは本人の希望らしい、理由は知らないけど多分、痩せた姿を見られたくなかったのではないかと思う。プライドだけは人一倍あるらしいから。
父親に対して私が逆に一気に老けられたなぁと心配になったのはナツちゃんの母親でした。
心無しか一回り小さくなられたような感じで駅に着いた孫を身をかがめて抱きしめる写真を見た時、ナツちゃんが上から見下ろす感じで写真を撮った為にお母さんの頭部が丸写しで、寝てばかりいる人の独特の後ろ髪がぺっちゃんこになり分け目の地肌がそのまま広がり白髪と地毛と地肌が押し広がり凹んだ頭部がなんとも同じ同世代として胸が押しつぶされそうになった。
そこにいつも2人で迎えに来ていた父親が居なかったから私はてっきり、母親が電車を乗り継いで1人で迎えに来られたのだとばかり思ってた故に、一挙にそのまま縮まった姿を見て父親の状態が想像以上に悪いものだと危惧してたのにとんでもない、その場に父親はいたのにわざとカメラから自分を遠ざけたのだ、こんなに奥さんを小さくさせて、どれだけこの奥さんは看病と気遣いで1人孤独と向き合った日々を過ごしてこられたのだろうかと今になって思う。この夫婦に対しては一切、同情しなかった鬼のような、私だったけど、内情を知った今は見方が変わった私です。
孫たちが帰った次の日、昨日ですが、キッチンを珍しく手伝ってくれたナツちゃんがポツンと言った言葉「今日は朝から雪が降ってるって」と言う。
あれだけ雪遊びを楽しみにしていながら結局、雪なしで帰っらせてしまったのに孫が帰ってから雪が降るなんてと母親が泣いていたという。
泣くような人でない強い人のイメージしかなかったけど、初孫の事になると女親は皆さん同じだなぁと思う。
銀次郎も今回、父親は全く心配しなかったけど、あの化け物のような父親よりも更に強いイメージだった母親が一回りも小さくなり、しかも腰を曲げていた事を案じていました。
ナツちゃんも言っていました。祖母が腰を曲げていた姿と母が同じくなって悲しかったと「腰痛いの❓」と聞いたら痛いのではなく曲げている方が楽なのだど母親は言ったそうだけど私と1歳しか違わないのだ、それも聞いて悲しくなってしまった。私のように股関節痛とか全く無いのに、腰を曲げていると楽なのだなんて、どれだけ精神的に辛い思いをされた事だろう。
昨日、今年初めてのカーブス通い、5回の無料体験期間が先月で終了したので新年開けの初スタートからは時間は自由なので12時半に行きました。
お正月と言う事もあって通常より空いていていました。
お正月期間中、ナツちゃん達が早く帰ってきたたために今年は2日から家政婦の如く忙しい日が続いていて、昨日からカーブスがスタートする事を理由に堂々と家を出て来ました。
カーブスに通う事は、自分の身体の為にではあるけれど少しでも銀次郎や、ナツちゃん、孫たちから離れられる事が出来るから私には一石二鳥じゃなく一石三鳥
にもなるのです。
カーブスの帰りは街並みを散歩して家に帰ったのは4時でした。
銀次郎らは浦和に孫を遊ばせに出かけたみたいで昨日はカーブスのおかけでゆっくりできました。
お正月休み最終日の今日は、カーブスも休みの日だし、ナツちゃんを遊ばせてやらなきゃストレス溜まるだろうしと思い昨夜は夕食を食べながら、お正月中、実家で過ごした話しをナツちゃんから聞いているうちに、ある事が頭に開いて私から提案しました。
かぎ針編みが好きなナツちゃんは、今、100均で買ったモヘアの毛糸で自分の手袋を編んでいるのですが、実家のご両親に何か編んであげたらと勧めると、いつもの如く「うちの親はお金以外受け取らないから」と例の如く言うので、すかさず「だからね、今この時だから、お金以外の物を送るのよ」と提案しました。
お母さんは、71歳だと言うのに腰が曲がり、お父さんは、お腹を切ったのだもの、それに田舎の冬はいくら、豪タレの親だって雪に閉ざされた越後の冬は年寄り2人では事情が違うと思うのです。
お母さんに袖無しの半纏とか、指無しの手袋、父親には術後の太鼓腹を冷やさないように毛糸で腹巻を編んであげれば「金以外はいらん」なんて言わないでしょうよ。と提案したらナツちゃん目を輝かせ「それ、いいかも、やってみる」と即決、一番良い毛糸を選ぶといって今日は都内の有名手芸店にナツちゃんは、1人で1日かけて見て回る為、私が孫の御世話をします。
孫が起きたら戦争です。束の間の、この静寂の中でのミクルたすかります。
何の気まぐれなのか銀次郎が新しいスマホの機種をサプライズしてくれました。
今のスマホは別に故障はしていないのだけれど銀次郎の仕事柄、機種を気軽に手に入れられる事と、データーも銀次郎が全て入れ替えてくれるので我が家はナツちゃんも私も機種を新しくした時は全て銀次郎にお任せしています。
今日その機種が郵送で届き明日か明後日には、もう今のスマホは廃棄になるのでこのスレも閉じなければなりません。
又、新しいスレを立てますが、70歳になる年の新しいスマホだとすると、これが最後のスマホになるのかしらなんて思ったりしています。
銀次郎がデーター導入してくれるまでの間、書き込みしようと思います。
突然、書き込みが終了となったら機種変更したという事でご了承お願い致します。
次の題名は気まぐれな私の事、その時の気分で又へんてこりんな題名にするかもしれません。気まぐれ日記、もし目につきましたら、又あの変人かとどうか笑ってスルーして下さいね。
いつも見て下さりありがとうございます。m(_ _)m
ようやく長い正月休みが今日で終了する。いつもは盆暮れはナツちゃんが連休をめいいっぱい実家に使っていたので、その分、私は1人を逆に楽しんでいたけれど去年のGWに実家の親と喧嘩して親が謝るまで帰らないとお盆は帰らなかったし、それが親に取ってこたえたのか10月に癌と分かってから結局、親は謝らないまま癌と言う事で親子の仲はいつの間にか元に戻ったとはいえ銀次郎が言うには、長く実家に居すぎる為にどちらもわがままが出るから滞在は短縮する方がいいという判断になり今回は5日間で早々に帰ってきました。
故に私としては、1人で過ごせたのは2日間だけ、あっと言う間に楽しみは終了してしまいました。
子供が生まれてからは銀次郎も俺が一緒について行ったって親も気を使うだろうし親子水入らず気兼ねせずに孫をいっぱい抱かせてやれよ。などと仏様みたいな事を行って自分は遅れて晦日の日に行くようになりました。カッコいい事を言っても銀次郎も行くのが重くなって来たのだと思う。お陰で益々、私の休日は狭められて行く。明日からやっと普通の日常、とは言えクソ銀次郎が家で仕事をするから1人にはなれないけど仕方ない、なるようにしかならないのだから。
だから私も逃げ場を作りました。
カーブスに通う事で半日は家から離れられますし、身体の為になるし友達もできるかもしれない、そして身体づくりに成果がでたら3時間位の短いパートの仕事をし、とにかく息子家族以外に自分の仲間を作りたいと切に願うようになりました。人生は中々、思う様には行かないけれど家に全くいるよりは社会の中で違う空気を吸うことも大事だと思うからで
す。今年は立てた目標のどこまで達成出来るかは分からないけれど、家にばかりいて家事や孫の世話で明け暮れて世間を知らず年老いて行くのが何とも寂し過ぎて孤独になります。
自分流のやり方で残りの人生をもう少し楽しいものに出来たらなぁなんて思いながら、もう零時をを過ぎて6日になりました。何だかんだと言っても三男にも会えたし幸せなお正月でした。
孫の新年初登園。
若いお母さん方や先生、給食の職員さん方と新年の挨拶を交わしながら、あ〜ぁ、やっぱり挨拶って気持良いなぁと、当たり前の事なんだけど、その当たり前の事が、そして交わす互いの笑顔に触れると、心がほっこりします。
ともすれば嫌な事があると、引きこもりがちになるのですが、若い時は多少の引きこもりも自分に休息を与えるためには必要な要素だったけど高齢になると、引きこもる事に心も身体も硬くなり完全に社会から孤立しかねないし、おまけに人とコミュニケーションを取らないと惚けて行く一方のような気がします。
今日の関東は39日ぶりに雨が降るみたいな事を言っておりましたが、こちら埼玉今にも降りそうな、鼠色の空、こんな日は家にいたいなぁ、銀次郎も月曜日は居ない事だしなんてついつい甘い考えに陥りながら、いやいや台風がこない限りは外に出るのだと喝を入れまずはカーブスに、そして夕食の買い物に、すべては老いの身体を鍛えるため、休んだら元に戻るから前だけ見て進まなきゃ。この年になると前だけ見て進むと急速に「あの世」の入り口に到達するみたいで嫌だったけど、ここで考えを変えました。
若い身体を保つ為に全身、創意を込めて前進するのだと、そこに「あの世もクソ世」もないのだわ。あるのは老いに負けない体力を自分で作るだけ。頑張りたいと思います。
なんかね、私ったら文章見直すと「クソ」って汚文字がしょっちゅう出るようになって自分ながらそれがあたかも、啖呵を切るように私の口から盛んに出るようになっちゃいました。
少し自省しなきゃと思いながら暇潰しに考えたら「クソ」って「糞」でしょう。
「糞」ってつまりは「ウンチ」な訳で、
「ウンチ」は溜めていたら腸内でガスが充満し健康面に良くないし溜めて老いては害になるばかり、出さなかったら命取りになりかねないしだから出した方が良いのだ、出したくても出てくれない便秘はともかくとして私は上から下から遠慮なく出させてもらってスッキリしたいと思います。何書いてんだろう私。
言いたいこと思う様には書けなくて、これが私流、誰からどう思われようと私の人生、好きに生かせて貰います。
10時に家を出て、家に到着したのが13時20分、食材や孫のおやつなど買って、やっぱりこんな時間になってしまう。銀次郎はお正月明けから企画の打ち合わせなどで有り難い事に会社に通い詰め、鬼の居ない間に何とかで、こんな幸せな日は何処にも行かず家でのんびりしたいのに「貧乏暇無し」の習性は、どうしょうもない。身体がそのように動いてしまうのだから。
今日は、カーブスで軽量の日、体重やお腹回りを測って貰ったら、やだな、スッカリ、リバウンドして体重は元に戻ってるし、お腹まわりも変わりないし、何をしているのやら私、結構、食べていたかもしれない。
数字は嘘をつかないとスタッフの人に言われて本当だとおもいました。
愚痴ばっかりこぼしながら結構、私
自分を甘やかしていました。
たった今から喝を入れて又、初心から戻って頑張ります。
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