小悪魔の冷笑
誰を愛しますか?
誰に愛されますか?
守る事はそんなに可笑しな事なのでしょうか…
愛に翻弄され、
真実が見えない。
愛すのが罪ならば、
愛されるのは罰。
…私は完璧な妻のはずだった。
ひとつの夫婦に起きた
愛憎物語。
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―――「ママァおちっこぉ」
「たっくん起きたのね
おっはよー」
チンッ
「ほーらちょうどパンが焼けたとこよ~たっくんの好きなイチゴジャ…「もれちゃうぅぅ!!!」
「きゃ たいへんっ!早く早く」
最近ようやくオネショをしなくなった一人息子のたっくんコト
宮田竜哉(みやた たつや)3歳 幼稚園児
―――ジョォォ……
「あー」
「うえ~ん ママのばかぁぁ」
「あはは…ママが遅かったね~たっくん悪くないんだよ、ごめんごめん」
子供ながらに間に合わないと察知すると「もれちゃう」と瞬時に責任転嫁するなんて将来大物かも?!と、ズレた親バカしてる私は
宮田ゆかり 29歳
専業主婦。
「パパおわぁよー」
コーヒーを飲みながら新聞を読んでる父親に駆け寄った。
「たっくんおはよう、おちんちん出してたら風邪ひいちゃうぞ」
「たっくんね、ひとりでお着替えできるもん!」
「そっかー竜哉はもうお兄ちゃんだなー早くパンツ履かないと……コチョコチョ虫が来るぞーー」
―――コチョコチョコチョ
「きゃははは パパくちゅぐったーい きゃはは」
息子をこよなく愛す
竜哉の父
宮田雄二(ゆうじ)33歳
(今ズボン脱ぐ時はめちゃめちゃ早かったじゃないの…たっくん)
ぼやきつつ、品の良いサーモンピンクの爪先に目をやりながら濡れた床を拭く。
「ほらーたっくん、早くお着替えしてご飯食べないと~」
「ご飯じゃないもん
パンだも~ん」
「あはは、そうだよな~
パンだよな~たっくんの言う通りだ」
…………。
「こら!そんな事言ってるとーー」
助け船を出すかのように、「たっくん、パパお仕事行って来るね」と息子の頭を撫で立ち上がる夫。
「パパいってらっちゃい」
「たっくんも頑張って
幼稚園行くんだぞ」
「うん!」
―――玄関
右のかかとに靴べらをあてながら夫が言う。
「今夜は接待があるから遅くなるよ」
「ホーント毎日大変、無理しないでね」
「たまには竜哉と風呂入ってゆっくり遊んでやりたいよ」
靴べらを渡しながら首を軽く回す。
ずっと午前様が続いてる。
「お仕事だものしょうがないよ。お休みの日に入ってあげてね」
「うんわかった。じゃあ行って来る」
「いってらっしゃい」
夫の背中がドアの向こうに消えて行く。
―――バタン。
「………はぁ…」
閉じられたドアを見つめ大きな溜め息を一つついた。
「――ャム ママァーたっくんイチゴジャムーー!!」
「はいはい、ちょっと待っててね」
溜め息の理由……。
二ヶ月前 深夜1時。
――…ヒソ……ヒソ…
ほんの少しの隙間…。
明かりが漏れてるトイレの前。
ドクン。
私は立ち尽くしていた。
「……が待ち遠しい、俺だって会いたいよ」
…ドクンドクン
「……ゆ」
声が震える。
名前が呼べない。
ドクンドクンドクン
「ゆ………」
鼓動が邪魔する。
「俺もだよリナ、愛してる」
「……ゆうじ!」
ガラガラガラ―――
急に回り出すトイレットペーパー。
「ど、どうした?」
ドアを隔てて数秒の沈黙。
――ガラガラ
不自然に回るトイレットペーパーの音が、私の鼓動をかき消してくれた。
「……お腹痛くて」
「そ、そうか、今出るから待って」
ジャーーー
お腹を押さえて出てきたその手はパジャマの中に納まっている。
「イタタ…冷えたのかも」
私の顔腹痛で歪んでる?
きっとそう見える。
バレテナイ。
お互い心が思ってる。
知ってしまった。
夫の浮気。
セイテンノ ヘキレキ。
―――受信BOX
Re:
ゆうちゃんリナは今日も会いたいよぉ
今夜もいっぱい愛しあっちゃう?
Re:
なんでゆうちゃんとリナは一緒にいちゃいけないのかなぁ…
リナはゆうちゃんとずっと一緒にいたい!
Re:
加藤さんの事は何とも思ってないよぉ
誘われたけどちゃーんと断ったもん!
リナはぁゆうちゃんだけのモノなのだ
あとで給湯室でチュッしてあげる
Re:
昨日めっちゃ気持ち良かったぁ
ゆうちゃんの赤ちゃん欲しいな…
大好き 愛してます
―――送信BOX
Re:
どんどん好きになってく
もう止められない
ずっと一緒にいような
リナ 愛してる
……ズキズキ
頭痛。
もうすぐ夜明け。
鏡の中。
瞼の腫れを気にしてる。
――うぅ…くっ……
「ひどいよ……雄二…」
ケータイの中で抱き合う二人。
薄暗い洗面所に座り込み、再び溢れる涙に声を押し殺す事で精一杯だった。
ある日の休日。
桜の花びらが新緑に変わりゆく5月。
暖かい日差しが降り注ぐ休日の午後。
私達家族は近所の公園に来ていた。
「パパァたっくん、じょうじゅ(上手)にできるー」
「ほーらたっくんパパのとこまで蹴ってごらん」
子供用のゴムボールでサッカーをして遊ぶ父と子。
ボールを追う父の充血気味の目は睡眠不足を物語っていた。
―――今日 早朝
「おかえりなさい」
「…疲れた。風呂だけ入ってすぐ寝る。」
「ご飯は?」
「いらない」
「スープだけで…「だからすぐ寝るって」
目も合わさず苛つき気味に言う。
___シャーー
シャワーの音がいやらしく私の耳に響く。
昨夜…偽名でかけた電話。
「本日宮田は19時で退社させて頂いております。お急ぎでしょうか?」
洗い流してる。
情事の痕跡。
シャワーの後けだるそうに寝室に入った。
(仕事の疲れを思わせる演技よね?)
夫の背中を見つめながら、そう自分に言い聞かす。
無造作に脱ぎ捨てられたスーツを手にすると、まるでその存在を主張するかのように匂わせる甘い香り。
私の鼻を突いた……。
瞬間!
言ってしまいたい衝動!
足早に階段を駆け上がり、正面寝室の扉!呼吸が乱れてる。
ノブに手をかけようとしたその時。
………その手が止まった。
何?
何を言うの?
朝まで何してたの?
浮気知ってるのよ?
許せない?離婚?
女と別れて?
何を言うの?
私。
……………醜い。
そんな今朝の出来事を思い出しながらベンチに座り転がるボールを見つめてると…
『プルップルッ……』
夫のケータイが鳴った。
「はい、はあ、そうですか……こっち…か」
不自然にその場から背を向け歩き出す
話し声が届かない絶妙な位置に。
…信じられない。
日曜日にかけてくるの…?
「トラブルあって夕方会社に行ってくるよ」
「……今夜久しぶりに外食しようと思ってたのに」
「休みだってのに勘弁してほしいよ全く」
そう言ってる充血気味の目は私の瞳を捕らえない。
「早く帰って来れそう?」
「状況次第だけど飯は無理だと思う」
「最近ずっと遅いし休日も仕事だなんて……他の人に変わってもらえないの?」
「俺じゃないと対処できないんだよ!わかりもしないでめんどくさい事言わないでくれ」
「そんな言い方しなくたっ……「よーしたっくん!今度はパパの番だぞ!」
きゃっきゃっと声を立てて楽しそうな竜哉。
「たっくんうまいぞー!」
無償の愛と笑顔を息子に向ける夫。
嘘つき!!!
震える手。
涙と共に膝の上で必死に抑えてた。
6年前、私が勤める会社の取引先に雄二がいた。
当時事務担当だった私と接する機会が多く、食事に誘われ何度か会ってるうち告白されて付き合うようになった。
雄二は長身でスラリとした容姿。
落ち着いていて笑うと目が優しく、いつも私の話を黙って聞いてくれた。
優しく髪を撫で
「ずっと今のゆかりのままでいて欲しい。愛してる。結婚しよう」
私は雄二の優しさ誠実さに何の迷いも不安もなく幸せな結婚をしたのだ。
幸せな結婚…。
雄二……。
優しく撫でてくれた手は今彼女のモノなの?
可愛いの言葉も愛してるの言葉も彼女の唇に奪われたの?
雄二は彼女と付き合うようになって変わった。
私に浴びせる言葉の節々に残酷なほど彼女への想いを感じさせる。
笑顔の抵抗も虚しく空回り
……無意味。
私を見ていない。
浮気を確信したのは二ヶ月前。
実際二人の関係が始まったのはその少し前。
気づいてた。
ただ
気づかないふりしてた…。
だいたいの妻は夫の浮気に気づく。
男はわかりやすいから。
女は出産という大仕事を成し遂げると何においても母性が勝る。
愛の結晶が絶対的とも思える安心を与えてくれるのだろう。
そして『子育て』という大義名分の下に、女から母親に変わってゆく。
でも男は変わらない。
父親になってもずっと男のまま。
子供と共に育つ夫の不満。
育児と共に置き去りにされる女の自分。
夫の突然の浮気。
夫を責める。
崩れた体型が。
夫を罵る。
化粧気のない顔が。
夫にすがる。
ひっつめた髪の毛が。
理不尽。
こんな理不尽が日常に渦巻いている。
でも…。
うちは違うと思ってた。
私は違うと思ってた…。
妊娠中から体型が崩れるのが許せず徹底的に管理した。
毎日早く起き念入りにナチュラルメイク。
嫌味のないさりげないお洒落を心がけヘアースタイルもその日の洋服に合わせてた。
常に『女』を意識して、
妻としても母としても完璧なはずだった。
………のに。
浮気の事実を突き付け竜哉を出せば雄二は戻るだろう。
……でも。
ただ戻るだけ。
そこにいるだけ。
……体があるだけ。
嘘の笑顔。
嘘の優しさ。
嘘の心。
家族ごっこ。
それでもいてくれるだけでいいの?
いつかは心が戻ると信じて毎日自分の気持ち殺すの?
嫉妬で狂う醜い私なんか見せたくない。
子供をタテにすがる惨めな自分にもなりたくない。
だったら…?
雄二の気持ちを取り戻すだけ。
そう……。
もう一度心から
『愛してる』
そう言わせるの。
その為にはどうしたら…。
私は漠然と考えていた。
「鼻から息を吸って~お腹に気を集中させて~ハイそこで止めます!」
週に1度通ってるスポーツクラブ。
ヨガの真っ最中。
冷え性と竜哉を産んでから生理不順になり二人目がなかなか出来なく、体質改善とプロポーション維持にいいと聞いて始めたヨガ。
冷え性はかなり改善され、生理も周期が落ち着いてきた………ケド。
最後に“した”のいつだっけ。
「ハイ!リラックスのポーズです。横になりましょう。」
二人目を強く望んでた雄二。
いつからそれを口にしなくなったのだろう……。
「……かり、ゆかり」
「ん?」
「あんた何ボーッとしてんのよ」
一緒に通ってる同級生で親友、美咲の声で我に返った。
「はは…」
インストラクターを横目に苦笑い。
リラックスのポーズ。
―――繰り返します。
Aランチ二つでよろしかったでしょうか?
今にも泣き出しそうなどんより曇り空。
ヨガの後ファミレスで美咲とランチが定番になっている。
この天気のせいかランチタイムでも比較的店内は空いていた。
「あんたは相変わらずおしゃれねぇ」
大柄花をぼかしたピンタック入りの淡いグリーンのワンピ。
膝上丈が初夏には涼しげでそれに目を泳がせながら美咲が言う。
「そんな事ないよ~」
「あたしなんていつもTシャツにジーンズだけどさ」
「似合ってるからいいじゃない」
「あんたそれ褒めてるつもり?」
一瞬沈黙。のち爆笑。
「こんなだから浮気されちゃうんだよね。あたし」
美咲とは小学校からの親友で気心が知れた仲。
お互い地元で結婚して美咲のとこは年子で幼稚園に通ってる。
美咲も“サレ妻”だったのだ。
「男ってさ浮気した自分を正当化しようとするとこが一番ムカつく!それまで何も言わなかったくせに浮気がバレた途端こっちにばかり非があるような言い方して、自分は完璧かっつーのっ!!」
こうなると止まらない美咲。
私は水を一口飲んで美咲の言葉に耳を傾けていた。
「不倫は何も背負う物がない楽しいだけの恋愛ごっこでただの現実逃避じゃない!一緒に生活してみろっての!言えば逃げる。正論なんて通用しない。離婚届け叩きつけてやったわよ!」
「あはは…美咲落ち着いて。でも旦那さん戻ってきたからいいじゃない」
「終わったからって前のように戻れるかって言ったらそう簡単な事ではない…旦那はもう何もなかったような顔して過ごしてるけど、あたしの我慢の上に成り立ってるんだから!忘れるなんてできやしない。それに猜疑心…結局は自分との戦いなのかな…」
―――お待たせしました。Aランチです~
「お、きたきた。ゆかりは子供産んでもスタイル変わらないし綺麗だから浮気される心配なんてないよね。あたしも自分磨きしなくちゃ!その前にご飯ご飯!ってこれがダメか!あははっ」
熱々の煮込みハンバーグをフゥフゥ言いながら美味しそうに頬張る美咲は、夫が戻ってきた今も尚、苦しんでる……。
浮気なんてよくある話。
でもどこの奥さんも思ってる。
“家の旦那に限って”
身に振りかかって初めて知る。
……ひとつの地獄。
「ゆかり美味しいよ、早く食べなよ」
「うん食べる食べる。お腹すいた~…アチチ」
親友の美咲にも話してない夫の浮気。
(ごめんね美咲。私話せない。)
夫でも浮気相手でもないのかもしれない……。
許せないのは…
負けた自分。
話せないのは
私のプライド。
火曜日 午前
車が激しく行き交う国道を抜け、緑が広がる木漏れ日の中を軽快に走らせてると『フォレスト』はあった。
___チリーン。
「いらっしゃいませ」
ベージュを基調とした店内。
正面に見える柱時計が静かに時刻を刻んでる。
珈琲の香ばしい香りと流れるクラシックが落ち着く空間を提供してた。
……「ゆかりさーん」
声のトーンを落として遠慮がちに呼ぶ声。
「ごめんね~遅くなっちゃって」
「いえいえ俺もちょうど今来たとこですから」
「久しぶりだね」と柔らかい笑顔を向けながら席についた。
なぜか彼は私をジッと見る。
「ゆかりさん……」
「は、はい?」
「ますます綺麗になりましたね!!」
突然のお褒めの言葉にどう答えていいかわからずにいると
「……本当に綺麗だ…」
私はリアクションに困り「あはは、お仕事平気なの?」と切り返した。
「アポが午後に変更になって午前中空けたんで平気っす」
「そうなんだ、なら良かった」
「でもバレたら宮田課長に怒られちゃいますね」
ちょっと悪戯っぽい目をして笑う彼は
加藤友紀(ともき) 25歳
夫の部下で、リナのメールの中にも出てきた加藤君。
長身で痩せ型。
サラサラの黒髪を後ろに流してライトグレーのスーツに薄いパープルのネクタイが爽やかで、笑うと溢れる白い歯が清潔感を引き立ててた。
加藤君は何度と我が家に来ていて、食器を下げてくれたりお酒を取りに来てくれたり、男性なのにとてもマメで私がいくら座っててと行っても
「好きでやってるので気にしないで下さい」と
少年のような笑顔を見せてた。
その加藤君とこうして個人的に会うのは今日が初めて。
―――数日前
プルルル―……
「はい、宮田です」
「お、お久しぶりです。加藤ですが宮田課長はご在宅でしょうか?」
「あ~加藤君元気?久しぶりだね。主人は会社にいないの?」
「課長20時退社になってたので、もうご自宅かと思ったのですが…」
「ううん。まだ帰宅してないのよね」
「うーん…どこか寄って直帰かなぁ…ケータイにかけたら課長の机の上で鳴ってて」
「ケータイ忘れるなんて、しょうがない上司ねぇ」
「あはは。では夜分に失礼しま……「加藤君!」
「は、はい?」
「………あのね」
―――「はい、これです」
カップを口につけた時
それは差し出された。
受け取った私はA4の用紙に書かれた内容に目を走らせた。
藤田里奈 (ふじたりな)
1985 8.19生 26歳 B型
住所 東京都江東区○×△
アパートで一人暮らし
2010.7 中途採用
週に数回スナックでバイト
家族関係は不明
性格
一見明るく朗らかな印象
激情的な面もあり入社早々総務の事務局長とやりあう
遅刻欠勤が目立ち、周りの女子からいい印象ではない
「総務の女子から聞いた話とスナックは俺の同僚が偶然その店行って本人に口止めされてるから間違いないすね」
「ごめんね変なお願いしちゃって…」
加藤君に彼女の情報をできる限り教えて欲しいと頼んでいた。
私は混乱していた……
この娘のどこがいいんだろう……。
雄二も遊びで付き合える男になったのか……。
「加藤君。この事は絶対口外しな……「ゆかりさん!」
ドキッとする。
「傷ついてるゆかりさんをこれ以上傷つけるような事俺はしませんから」
その瞳に心が見透かされるようで手にする用紙に瞳を落とした。
「課長ひどいです…なんでこんな事…」
第三者の言葉が現実を突き付けるようで胸が痛む。
「本当にごめんね。他にこんな事頼める人いなくて加藤君なら信用できると思って」
「俺にできる事があれば何でも言って下さい」
「主人にも今まで通り普通にしてもらいたいの…」
「勿論。仕事は仕事ですから」
一瞬大人の彼が顔を覗かせた。
「ありがとう。加藤君にとったら二重のショックよねごめんね」
「え?何がですか?」
カップを持つ手を止めて聞く。
「上司がそんな事してたのと、それに…その……藤田さん…お誘いして断られたんでしょ?」
「は?」きょとんとしてる彼。
「あれ?彼女からのメールにそう入ってたから……」
眉間に皺を寄せ怪訝な顔で
「…ああ、あの時の事かな」
内ポケットから煙草を取りだして続けた。
「確かに誘いましたけど個人的ではなく飲み会の時に“一応”声かけただけなんだけど、何を勘違いしてんだあいつ……」
「なんだ、そうだったんだ良かった」
…(え?良かった?!)
思わず出た自分の言葉に焦る。
「ちゃんとみんなでって言ったのに勘弁してもらいたいっすよ」
心外って風に彼はフゥーッと煙を一気に吐き出す。
私は気づかれてない事にホッとした。
(それにしても…藤田里奈…あなた、なかなかの小悪魔なのかしら)
紙に書かれた彼女の名前を見つめ心の中で呟いた。
「ゆかりさん!!」
ドキッ
そんな事を思ってた時だったからまたも彼の声に驚いた。
「俺誘ってないすからね!」
「ホーント何考えてるんだろうね」
必死に弁解する彼の真剣な瞳の理由に私は気づいてた。
―――加藤君。
何度か家に来てる内
ごく自然に
『奥さん』から
『ゆかりさん』
に変わってた。
いつからか彼の熱い視線を感じるようになり、私はそれに気づかないふり、彼も口に出してはいけないと、きちんと線を引いていた。
でもある時珍しく泥酔した加藤君。
洗い物をしていた私の耳元で囁いた。
「課長より先に俺が会いたかった…ゆかりさん」
彼は覚えてないだろう。
勿論彼とどうしたいなんて気持ちはなく、そのくすぐったい状態が心地よかったように思う。
……そう…
彼とどうにかなりたいなんて微塵もないのに
里奈に心奪われたかと思い違うとわかるとホッとしたこの矛盾。
それもこれも負けたくないと思う私のプライドなのだろうか……。
「ゆかりさん大丈夫ですか?」
「あ…うん、ごめんねボーッとしちゃって」
「課長に言わないんですか?」
「…うん。言わないっていうか言えないのかな…
知らないふりして毎日普通にしてればいつか戻るのかなって…」
「愛してるんですね課長を……。」
彼は少し哀しそうな顔をした。
「冷たくなるあの人に笑顔で必死に抵抗したりして…バカみたいでしょ私…」
「俺の前では無理しなくていいですから…」
真っ直ぐな瞳が私には優しすぎて込み上げてくる物を必死で抑えた。
「でも私…そんなに我慢強くなかったみたい。加藤君にこんなお願いしたりして…。」
「何か考えあるんですか?」
「何をどうしていいのかわかんなくて…彼女の事が少しでもわかれば何か浮かぶかと思ったんだけど…」
「ゆかりさん」
「ん?」
「俺にいい考えありますよ」
そう言うとまた悪戯っぽい目で彼は笑った。
水曜日 午後10時30分
夫の早めの帰宅。
不機嫌そうな顔は仕事のせい?
それとも彼女が夜の出勤日だから?
……聞けるわけもなく、
私はオーブンを覗いてる。
風呂上がり缶ビールを一気に飲み干し顔はテレビに向けたまま
「お茶漬けにして」と言う。
「すぐ用意するね」
私。戸棚をガサガサ。
(なによ…早く帰るって言うから雄二の好きなスペアリブ焼いてたのに…)
「土曜日の創立記念パーティー忘れてないよな?」
ヤカンに火をかけながら、「ああ、今週だったね」と気のない返事をし、続けた。
「なんだか気後れしちゃうなぁ」
返事もせず顔はテレビに向けたまま。
「そんなパーティー何年も出てないし着てく物も悩むし、なんたって雄二の会社の人ばかりで気も使っちゃう」
「夫婦同伴が基本だからな。仕方ない」
面倒くさそうにあくびしながら言ってる。
「美容院に予約入れなくちゃ」
「挨拶だけはしっかりしてくれ」
「もちろん」
笑顔で答えた私。
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