幸せになりたい

彼と出会ったのは、蒸し暑い5月末。

インターネットの某チャットルームで知り合った。
出会い系ってわけではないけど、そういう目的の人もいたかもしれない。
当時の私はとにかく暇で、誰かと話がしたかった。


転職して半年、仕事には慣れてきたけれど年の離れた先輩とはプライベートまで仲良くなれないし
地元の友達で近くに就職した子はおらず、仕事のあとや休日の時間をもて余していた。

バーで知り合った同年代の子に誘われて入った、最寄り駅周辺で活動する飲みサークル。お酒が大好きな私は１ヶ月間とても楽しく過ごしてた。
でも、みんなの憧れの男性がどうやら私を気にいったみたいだとかいう勝手な憶測が広がり、女子グループに色々言われて、面倒になってしまった。


サークルに入る前は一人でも平気だったのに…

アフターファイブから次の日の朝までがひどく長く感じていた。

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彼の第一印象は、『うざい』だった。


８年間付き合った彼女に裏切られていた！
婚約もしていたのに、同棲を始めて３ヶ月もしないうちに他の男のもとへ出てった！


同じ話をチャットルームに新しい人が入るたびに繰り返していた。
彼の発言だけ読み飛ばして存在を無視して他の人とだけチャットをしていた。

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いつものチャットルームは心地よい。

常連さんがいようがいまいが、他のルームにいって新しくそのルームのメンバーや特色を掴むより
いつものルームにいたほうが楽だ。




ある日、ルームに行くと、うざいと思っていた彼しかいなかった。
あのときすぐにパソコンをとじるか、夕飯を先に食べていたら…

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『あっ、OLさん！こん』

げげっ…１対１じゃあ無視はできないなぁ…
『こんー』

『仕事もう終わり？毎日くるよねー暇なの？…俺は彼女がいなくなって超暇』

うわぁ…
さっそく元カノの話だよ…
『そだよー毎日暇だよーサークルから追い出されたからねー…』

『サークル？何の？』

あっ食いついた！
そっか。違う話をすれば失恋の話は聞かないですむよね！


初めて自分の話をした。

高収入というだけでいい気になっているチャラ男に馴れ馴れしくされて不愉快に感じていたこと。でも年上だしサークルの中心メンバーだし無視はできなかったこと。
人と楽しく飲むのは好きだったからサークル続けてたけど、女子グループに『地味子のくせにチャラ男さんにちょっと気に入られたからって調子のらないで』と言われて落ち込んだこと。
ちゃら男にデートに誘われて断ったら、いいのかそんなこといって？謝るなら今のうちだぞ。ばかにすんなよ！てめぇなんてなんとも思ってねぇよ！などというメールが２日にわたって300通以上きて、大事なお母さんからきた写メが消えてしまったこと。
サークル内にあらぬ噂を流されてしまったこと。


私はあまり他人に自分のことや気持ちを話したことがなかった。
話してどうなることでもないと思っていた。
サークルのことも、加入前は一人で平気だったのに活動できなくなって寂しくはなったけど、行きつけの店でもメンバーに会うかもって食事しにくくなったけど、それだけだった。

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彼は真剣に話を聞いていた。
そして、怒ったり悲しんだりしてくれた。
馬鹿じゃないかというくらい、自分のことのように腹を立ててくれていた。


自分でどうでもいいと片付けていたことが、(処理しきれてなかったけど)
本当は私も結構気にしていて腹を立てていたことがわかった。




優しいまっすぐな人だと思った。

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そこから、見知らぬ人へ初めて自分のことをどんどん話した。

私は友達は深く狭くタイプなので、同級生にも話をしたりしない。なのに、なぜかわからない。

金曜日の夜、花金に、他の常連さんは誰もルームにやってこなかった。


好きな食べ物。
海外旅行で楽しかったところ。
将来の夢。それは仕事のこともプライベートのことも。

彼の話も聞いた｡
学生時代の部活の話。
大学でやった馬鹿なこと。
盲腸の話。



文字を目で追うのが疲れたころ、彼がお腹がすいたと発言した。

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言われて、私もお腹がすいていることに気づいた。
でもチャットを終えるのがひどくもったいないことのように思えた。


『メッセンジャーって知ってますか？』
無料通話ができるアプリに誘った。


ご飯食べてシャワーを浴びて、寝る前に通話をすることになった。

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いつもはちゃんと作るご飯。
もう遅いし、早く話の続きをしたくて、トマトを丸かじりして終えた。

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バタバタとシャワーを浴びて、ヘアケアもそこそこにＰＣの前に戻ると
すでにメッセンジャーが点滅していた。

チャットが届いている。
『こちらは準備できました。
　しばらく使ってないマイクだから聞こえるか心配だけど。
　ＯＬさんはきっとまだお風呂だよね。ドライヤーとか歯磨きもゆっくりいいよ。』


ほっとした。

初めての通話。
『はじめまして、ＯＬこと○○です。』
『どうも、俺はそのまんま 本名も●●です。』

想像していたのとはぜんぜん違う落ち着いた声。
すーーーーーーーっと私の中に入ってゆく。
そして、ﾄﾞｷﾄﾞｷ。

・・・？あれ？
でもﾄﾞｷﾄﾞｷは初めてだから緊張してるだけだと思ってた。


あとから聞いた彼のはじめて話したときの感想。

チャットで会話してて芯の通ったまっすぐな人だと思っていたから、
イメージとぜんぜん違うアニメ声が聞こえてきてすごくびっくりした。

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