心霊体験

すると、不思議な事に今まで夢を見ていたことが嘘のようで、例えるなら『朝目が覚める時に、まだ眠たくて瞼をを瞑っている』ような感覚を覚える。要は瞼を開ける前の状態みたいな感じ。小学生の頃にその感覚を覚えていた為、これが夢から覚める感覚だと分かった俺は『良かったァ』って内心安堵しながら目を開けた。
　そこには慣れ親しんだ風景が

　無かった。

　次いで言うと、目の前にあった。

　例の女の顔が。至近距離ど真ん中に。
　何の光沢も無いような何処までも深いどす黒い瞳。血の気が引いたかのような真っ青な肌と唇。ぼうぼうに伸びきった黒髪。
　そんな怖いとしか言いようがない特徴の女の顔が、不意に崩れた。
　バラバラになったとか、そういう意味じゃなくて、

　笑ったのよ。ニタァ……って。

　あまりの怖さに叫びそうになったその瞬間、今度こそ意識が現実に引き戻されて夢から覚めることが出来た。
　身体中汗だくで、いかにこの夢が想像を絶するものだったかを体感することが出来た。
　取り敢えず良かったと安堵したら身体中の力が弛緩した。夢を見ていた最中ずっと身体が強ばってたんだろうなあとか思い、しばらく横になったままあの恐怖を思い出す。
　最近見た夢の中ではリアリティが桁違いで、頭の中ではまだあの気持ち悪い顔がリピート再生されている。余程怖かったせいか、視界にその顔が写っているように思えてくる。

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思い出すだけで怖気が走るので、いい加減俺は起きようと思い身体を動かした。

　動かなかった。

　『え？』と内心漏らしつつ、もう一度身体を動かそうと試みる。
　やはり動かない。
　心なしか、頭から離れないあの顔が、視界に写し出されたあの顔がゆっくりと近付いて来ているような気がする。
　いや、着実に近付いて来ている。目に焼き付いているなんてもんじゃない。確実に『そこにいる』と断言できる。
　本能的に今度こそヤバいと思い、何かしようとしてみるも、まるで身体が動かない。次いでに息苦しくて声も出せない。声にならない声ってのと、金縛りになる感覚をこの瞬間初めて理解した。
　ヤバいヤバいヤバい。
　焦りに焦っている最中も、女の顔はゆっくり近付いてくる。この場合は降ってきているの方が正しいかもしれない。
　何か出来ることは無いかと夢中で頭の中の記憶の引き出しを引っ張り出す。そして思い出した。
　不動明王真言。
　よく母親が自分の生まれ年だか何だかの神様が不動明王だからって言ってよく聞いてた不動明王の真言。それが自分に効果あるのか分からないが、やらないよりかはましだと思い、声にならない声で必死にうろ覚えの真言を唱えた。すると女の顔は、俺の顔面すれすれまで来たところで何か言い残してほどけるようにして消え去った。

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その瞬間、まるで動かなかった身体の自由が戻り、一目散に布団から飛び出して階段を転んで尻打ちながらも降りて、テレビに繋げた動画サイトから不動明王の真言を大音声でかけた。
　そうでもしないと精神が持たない自信があったのだ。そのお陰か多少心が落ち着いてようやく安堵の溜め息を吐くことが出来た。
　その後は、隣の化粧しすぎて小麦粉ぶちまけたみたいになってるオバハンから苦情浴びせられる事はあったものの、それ以外は特に何も起こらないまま現在に至ります。正直めっちゃ怖かったっていうのと、今でも耳に残り続けているあの女の言葉だけが気掛かりですが、なんとか大丈夫です。
　あの時微かでしたけど、俺ちゃんと聞き取れてました。　
『…………家族殺す』って。

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幽霊よりも怖いのは生きている人間です。

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