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檀家をやめると何が起こる?

19レス 46443 Hit

皆さんの体験談や知識、自分ならどうするかを聞きたいです。


片田舎にある実家をいずれ継ぐ予定の転勤族(既婚)です。

実家はあるお寺の檀家になっており、お葬式や法要の際にお世話になっています。
現在は実家の私の両親が代表してお寺との付き合いをしてくれています。しめ縄やお札?作りや炊き出し?やお寺のイベントの一時的な役員やら補助作業やら、檀家みんなで集まり定期的にしているようです。

ところで、自分が実家に戻り世帯主になった折には、この檀家(宗教自体)をやめようかと迷っています。


大きな理由は宗教にかける金銭面の余裕と特に信心がないことです。

私の世代からは戒名や仏教式葬儀はやめようかと考えています。
ただ両親は普通の葬式と法要がしたいと希望しているので、そこは私が責任をもってやり遂げるつもりではあります(法要は最低七回忌まで)。

なくなる順番が前後し、自分が父母に弔われる可能性もなくはないので、その時は一応希望のみ伝えて後は自由にしてもらう考えです。

結局何が気がかりかというと…

①先祖代々の墓があるが私が檀家をやめると、その先祖の法要も出来なくなる→→先祖に申し訳ないだろうか?
掃除と墓参りは私の世代以降もするつもり・してもらいたいが、私のあとは、また宗教に入ろうと墓を撤去しようと自由にしてもらうつもりだが、私の代で檀家をやめる(だけ)という選択で本当に問題ないのだろうか?

②檀家間でのイベント補助や作業自体が『地域の付き合い』にもなっているが(町内会の仕事などはまた別に存在し、その役目は変わらず務めるつもり)それをやめて支障がないのか?
地元には神道やキリスト教の家庭も少数あるようだが、おそらく無宗教の家庭というのは周りにない。
両親がいうには「信心とか金銭の理由で檀家をやめると周りに白い目で見られる」とのこと。私がやろうとしているのは宗旨替えではなく無宗教になるということなので、田舎の感覚では非常識・怠け者と思われ地域の付き合いがしにくくなるのだろうかという…不利益?

③自分が宗教をやめるといっても宗教自体を否定しているわけではない。
今後子どもの成長において宗教的行事(葬儀・法要・お盆行事・仏壇の存在など)は心を豊かにする体験になるかもしれない。そうすると宗教をやめることはマイナスなのだろうか?
死者を弔うにも例えば「手をあわせる」という行為はそもそも仏教スタイルなのだろうし、ある程度の型は生活上あったほうが良いのだろうか。
黙祷(もくとう)なら宗教は関係ないのだろうか?
私がしたいのは無宗教になることではなく、単に(自分にとって)わずらわしい檀家をやめるということなのだろうか。


何を判断・選択し どういう決断をしたらいいのか悩んでいます。
まあ、今のまま檀家でい続けるのが一番物を考えなくていい道ではあるのですが…
乱文ですみませんが、皆さんの話も聞けたら幸いです。

13/02/10 21:07(スレ作成日時) [RSS]

  • No: 10社会人10(匿名)更新時刻17/03/17 12:38

    少し耳の痛い意見を申し上げます。
    最近は歴史的伝統や地域のつながり、先祖祭祀を軽視する風潮が目立ちます。檀家制度についても、付き合いが面倒、信心が無い、金銭的負担などの理由で、離檀を試みる人がいます。もちろん、まれにお寺や和尚さんの側に問題のあるケースもあります。
    しかし、大体において離檀しようとする人に共通する特徴は、自分にとってのデメリットを都合よく誇張して考えがちだということです。
    たとえば、寺との付き合いについては、365日顔を合わせるわけでも無し、たまの集まりや行事だって、全部に出席する必要があるわけじゃ無いでしょう。逆に、そうしたことから学べる経験、人脈、公共性に対して、メリットや意味を見出そうと「しない」ですよね。
    次に、信心が無いという点については、本当に宗教の教義や歴史を自分で学ぼうとしたことがあるのかが疑問です。要するに、信じようとか知ろうとか努めた上で批判するならまだしも、そうした人に限って自分の無知を正当化しようと、制度や伝統を批判して自己弁護しようとする傾向があります。
    最後に、金銭的負担ですが、確かに何十万の寄付を何の前置き無く要求されれば面くらいます。しかし、法事は何年かに一回で数万円。彼岸・お盆のお布施なんか定額ですらないし、数千円が関の山でしょう。それで本当に、実生活が破綻するのか疑問です。その「大層なご負担」が、単なるケチにすぎないのか否かは、自問自答すればよいでしょう。
    最後に、代々の信仰を捨てることについては、よく考えるべきだと思います。あなた自身は、自分なりの価値観があるでしょう。個人主義を謳歌するのは結構ですが、人間が自分一人の力で生まれるわけじゃ無いことは確かです。あまたの先祖がいて、その歴史の連続の上に一人の人間が存在しているわけです。
    そして、先祖には先祖の守ってきた価値観や信仰があります。あなたの子孫だって、あなたと同じように考えるとは限りません。あなたと違って、先祖や歴史を大事にしようとするかもしれない。そうしたときに、あなたは過去と未来をつなぐハズだった糸を切った人として記憶されることになるわけです。
    自分はこう思う、自分はこうしたい、自分はやりたくない……。
    先祖祭祀や寺院行事、葬送儀礼などは、社会的な行為でもあるということを、もう少し視野を広げて考えるべきではないでしょうか。

  • No: 11主婦11(匿名)更新時刻17/03/30 06:01

    私は、死後は何の形も残したくないと強く思っています。
    先祖を敬い後世に紡ぐ事も正しいとは思いますが…。
    負担に感じる人は墓じまいを行うべきだと思います。
    無縁墓になる前になにかしらのケジメをつける事も大切では?
    上の(NO.10様)方のご批判は理解は出来ますが所詮は一個人の考えです。
    倫理道徳的に見れば上記の方の意見が正しいとは思いますが、戦後教育の中で心の教育を日教組が放棄した以上現代の人に日本人としての道を望むのはもはや無理でしょう。
    私は現在30代で学生時代に日本人としての誇りを教わったことは一度もありません。
    大人になり歴史に興味を持ち自分なりの愛国心は芽生えましたが結局、幼少時代から身に刻まないと表面的にしか国を愛せないという考えに至りました。
    今後数十年で墓の数は激減するでしょう。
    寺の数も激減するでしょう。
    国がそれを望んでいるのであればもういいでしょう。

  • No: 12匿名12(匿名)更新時刻17/04/21 19:36

    自分の死後のことをどうこうしようというのは傲慢だと思います。
    周りという横糸に感謝して、先祖という縦糸に感謝し謙虚に生きる。
    「自分、自分」で生きていると誰も助けてくれなくなりますよ。

  • No: 13社会人(匿名)スレ主更新時刻18/02/17 11:38

    何年かミクルを見ていませんでしたが久しぶりに戻りました。
    レス下さった方々ありがとうございます。

    自分のレスに少しフェイクを入れてましてはっきり書いていませんでしたが、結婚してますが子どもはいません。

    兄弟はいますが結婚してよその家に入りましたので、最初にスレをたてた時から既に実家は絶える予定でした。

    町営墓地に先祖のお墓はありますがこの先誰も世話できないので、自分が整理しなければと思っています。

    民間の永代供養を利用しようかと考えてましたが、存命の両親に希望を聞いたところ民間は嫌だそうで永代供養をするならなら先祖代々の付き合いがあるお寺で、とのこと。
    しかし配偶者の希望は自分に縁のない寺は嫌だ、むしろ民間の方がいいと言います。
    自分達は先祖と両親とは、一緒のお墓には入らない可能性もあります。
    (無縁者の遺骨は最低自治体なりがゴミと一緒に?処理してくれる?らしい)

    もし自分が檀家を続けても、私が死ねば関係は終わります。
    終わりの時期をいつにするか、と最近考えています。
    お寺や宗教を変えるのもいいですね、私の場合は付き合いが短くなりますが。

  • No: 14社会人(匿名)スレ主更新時刻18/02/17 12:21

    以前家を継ぐ、と書いてますが子どもはいません。
    定年後は自分自身の持ち家もないので土地家屋のある実家に戻る予定で、老齢で体力・金銭的余裕もないと思います。
    その時のまわりとの付き合いがどうなるか…

    実家がお世話になっているお寺は、現在の住職の息子さんが継ぐ予定だそうですが、以前別の住職のリコールもあったので、確定ではありません。

    現在の住職さんは活動熱心です。No.10さんが年間何回も付き合いはないだろうと確か書かれていましたが、地域やお寺によります。
    こちらの役員になると断れない仕事が年何回とありますし、普通の檀家でも毎月何かしらの活動があります。活動するのはだいたい60代~定年退職者ですが。
    正月は〇教婦人部が各檀家をまわり庭で読経してくれます。
    以前災害でお寺と敷地が壊れたので、修復や改築に3桁の寄付金要求(分割可)がありましたし、何年かおきにお寺と住職の住居の修繕費に使うであろう特別なお布施?も払いました。

    配偶者に聞くと自分の実家の菩提寺では寄付金等なかった活動も盛んではなかったとのことで、近い地域でもそれぞれ違うようです。ま、宗派も違うんですが。

    このような活動や金銭的負担は、自分はしたくないと思っています。

  • No: 15社会人(匿名)スレ主更新時刻18/02/17 12:42

    10さんのレスから引用したつもりが正確ではありませんでした、すみません

  • No: 16社会人(匿名)スレ主更新時刻18/02/17 13:20

    皆さんは自分のお寺さんで、お坊さんから説法?を聞いたことがありますか?
    私はありませんし、そのような機会があるのかどうかも知りません。
    自分から調べていません(すみません)。
    そして、お寺側からのお知らせや誘いもあるのでしょうか?

    自分の信心のなさや檀家をやめるやめないについて両親に話したところ、
    「親がそれを教えてやらなかった責任だな」と返されました。
    親の責任なのかも知れません。

    どなたからかの苦言の通り、第一は私自身の欠点、責任なのでしょう。

    そしてお寺さんも何をしてるのかな?と責める気持ちも消せません。

    そして伝聞やテレビのバラエティー番組で見る、修行もいい加減で人格者ではないお坊さんも慕えませんし、頼ったり信じたくもありません。
    (仏教そのものは否定してませんし尊重したい気持ちはあります)

    無宗教になったり離檀することは他人から「悪」とか「不勉強」と責められるべきことですか?
    例えば檀家をやめて地域の人(=檀家仲間)から村八分にされることは当然の報いだから、やめないで檀家で居続け、どんなお坊さんでも敬い、もっと仏教について学べば、信心を持つことが出来るようになるのですか?
    そしてそもそも自分から仏教や宗教を調べ、信心を持つ義務や必要があるんですか?

    ちなみに檀家である人に信心について尋ねると「何も考えたことがない」とのことでした。説明が面倒だったとかいろいろ理由はあるでしょうが、何も考えず慣習で宗教的行為を続けてる人も多いのでは…

    このようなことにも回答してくれる方をお待ちしてます

  • No: 17社会人(匿名)スレ主更新時刻18/02/17 21:15

    お坊さんや神主さん、宗教関係者からもお話が聞けたら…

  • No: 18匿名18(匿名)更新時刻18/03/06 19:20

    通りすがりに失礼します。
    まず、お寺の付き合いや行事、寄付の在り方、お坊さんの資質は、地域…というより個々のお寺によって本当に様々ですよね。
    質問者さんが腑に落ちないようなお寺やお坊さんも、確かに存在するでしょう。
    ただし、これは宗教界に限らず、教師や医者、政治家、警察官など…どんな職業であっても、くだらない人間は必ずいるし、その逆に素晴らしい人たちもたくさんいます。
    宗教家だって同じではないでしょうか?私の知り合いで何人かお坊さんがいますが、みんな一生懸命勉強をしたり、ボランティアをしたり、寺の運営も試行錯誤して努力しています。
    メディアで取り上げられる悪い事例というのは、たとえ「一部の事実」であったとしても、それが同時に「全体の真実」であるとは限りません。
    無理もないことですが、身近な個々の事例でいったん心象を害すると、人間どうしても全否定的な感情に陥りがちです。汚職をした政治家一人を見て「どうせ政治家なんてみんな…」と思ってしまうような(笑)
    でもやっぱりそれは、真面目にやっている人たちにとって気の毒ですし、「木を見て森を見ず」というのは、自分の人生そのものの可能性を狭めてしまうようで勿体ない気もします。
    また、信心の問題に関しては、私はあくまで個人の問題だと思います。
    信心の厚い人も薄い人も、それぞれいて当たり前です。それに対して周囲がとやかく言う権利も無いし、無理やり信心を持つ義務もありません。
    ただし、ここで少し付け加えますと、相手のことを知ろうと努める前に、相手を批判したり否定する権利も無いということです。
    以前、あるお坊さんが言っていましたが、「普段から一生懸命法話をしているし、こまめに読み物も作って配っている。相談があれば一緒に考えるし、檀家さんのためにできるだけのことはしている。けれども、ときどき無茶やあまりに身勝手なことを言われることがある。そうした人に限って普段の寺の活動に無関心で、話も聞いていないし、見ようともしない。こちらの努力不足もあるだろうが、たとえ目の前に良い景色が広がっていたとしても、閉じた目を自分で開こうとしなければ、永遠に景色は見えてこない。見たくないならそれも結構だが、それならせめて口も一緒に閉じておいて欲しい」と…(笑)
    ちなみにそのお坊さんは、入檀・離檀に関して「来るもの拒まず、去る者追わず」とも言っていました。

  • No: 19名無し19(匿名)更新時刻18/03/06 23:10

    民間霊園は経営難になった時の受け皿をどうするかが決まってないし、それでも罰せられないそうです。
    つまり、永代供養をしても供養されずに終わっちゃう可能性がある。
    お寺なら近くの同じ宗派が引き受けてくれるのですが。
    主さんにお子さんがいないなら、ご両親の七回忌を待たないかもしれませんが、余力のあるうちに墓じまいをなさればよろしいかと。
    ただしこの場合は跡継ぎがいないのが理由ですが、主さんの主訴はめんどくさいのようなので、どう折り合いをつけるかです。
    めんどくさいを年取って行けなくなった、と言い換えてもいいですが、それで年中旅行に行かれたりしても印象悪いし。

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    匿名更新日時18/04/19 15:04タグ 宗教 怖い カルト