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檀家をやめると何が起こる?

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皆さんの体験談や知識、自分ならどうするかを聞きたいです。


片田舎にある実家をいずれ継ぐ予定の転勤族(既婚)です。

実家はあるお寺の檀家になっており、お葬式や法要の際にお世話になっています。
現在は実家の私の両親が代表してお寺との付き合いをしてくれています。しめ縄やお札?作りや炊き出し?やお寺のイベントの一時的な役員やら補助作業やら、檀家みんなで集まり定期的にしているようです。

ところで、自分が実家に戻り世帯主になった折には、この檀家(宗教自体)をやめようかと迷っています。


大きな理由は宗教にかける金銭面の余裕と特に信心がないことです。

私の世代からは戒名や仏教式葬儀はやめようかと考えています。
ただ両親は普通の葬式と法要がしたいと希望しているので、そこは私が責任をもってやり遂げるつもりではあります(法要は最低七回忌まで)。

なくなる順番が前後し、自分が父母に弔われる可能性もなくはないので、その時は一応希望のみ伝えて後は自由にしてもらう考えです。

結局何が気がかりかというと…

①先祖代々の墓があるが私が檀家をやめると、その先祖の法要も出来なくなる→→先祖に申し訳ないだろうか?
掃除と墓参りは私の世代以降もするつもり・してもらいたいが、私のあとは、また宗教に入ろうと墓を撤去しようと自由にしてもらうつもりだが、私の代で檀家をやめる(だけ)という選択で本当に問題ないのだろうか?

②檀家間でのイベント補助や作業自体が『地域の付き合い』にもなっているが(町内会の仕事などはまた別に存在し、その役目は変わらず務めるつもり)それをやめて支障がないのか?
地元には神道やキリスト教の家庭も少数あるようだが、おそらく無宗教の家庭というのは周りにない。
両親がいうには「信心とか金銭の理由で檀家をやめると周りに白い目で見られる」とのこと。私がやろうとしているのは宗旨替えではなく無宗教になるということなので、田舎の感覚では非常識・怠け者と思われ地域の付き合いがしにくくなるのだろうかという…不利益?

③自分が宗教をやめるといっても宗教自体を否定しているわけではない。
今後子どもの成長において宗教的行事(葬儀・法要・お盆行事・仏壇の存在など)は心を豊かにする体験になるかもしれない。そうすると宗教をやめることはマイナスなのだろうか?
死者を弔うにも例えば「手をあわせる」という行為はそもそも仏教スタイルなのだろうし、ある程度の型は生活上あったほうが良いのだろうか。
黙祷(もくとう)なら宗教は関係ないのだろうか?
私がしたいのは無宗教になることではなく、単に(自分にとって)わずらわしい檀家をやめるということなのだろうか。


何を判断・選択し どういう決断をしたらいいのか悩んでいます。
まあ、今のまま檀家でい続けるのが一番物を考えなくていい道ではあるのですが…
乱文ですみませんが、皆さんの話も聞けたら幸いです。

13/02/10 21:07(スレ作成日時) [RSS]

  • No: 3名無し3(♀匿名)更新時刻13/02/10 22:31

    知識も何にも無いんですが、私も檀家をやめたい。
    お寺への寄付やお付き合いが負担過ぎて後の子供に背負わせるのは負担大だと思うので。
    うちは代々続く門徒です。
    信徒はお金がかからないと聞きますがどうなんでしょうね。
    レスしといて申し訳ないですが私も知りたいくらいです。

    ご先祖様を粗末にするのは良くないし、お金云々には変えられないことなのはわかるけど、亡くなった方のために生きてるものが生活破綻したら、それこそ親や祖父母は喜ぶかしら??というのも疑問です。
    私だったら子供がそうなったら迷わず自分の生活を取って欲しいと思うから。

    罰当たりでも子孫が生活破綻したら意味がない。
    でもお墓だけは欲しいので私は出来ることなら私達の代から維持費のかからない宗教に変わりたいと思ってます。



  • No: 4社会人0(匿名)スレ主更新時刻13/02/10 23:54

    >> 2

    ありがとうございます。
    書き忘れていましたが、現在墓地は確か町営のところにあり使用料を払っています。神道式のよその墓石も一緒にあるので、お寺直属のところではないようです。

    その前は、周りの人も同じですが個人の土地にお墓を建てていました。
    私が学生の頃、山の中腹に大きな町営?墓地が出来て、祖父が古く朽ちかけた先祖の墓をまとめ、またこれからの世代用に代々墓も建てました。
    もし檀家をやめても、とりあえず今後何人も入れる仏教式のお墓は持っています。

    2さんのアドバイスの通り、そういう融通のきく場所に整備し移してくれていた祖父には感謝です。
    以前の墓地は、山道の途中にあり道も細く他人の土地に挟まれていて、もう使いようがない場所です。ですが少額にしても固定資産税もかかると思いますし、整理したいところです。


    位牌はそうですね、持ちたいのならしっかり考え準備しないといけませんね。

  • No: 5社会人0(匿名)スレ主更新時刻13/02/11 00:01

    >> 2

    離壇料ですが、両親に額の相場を一応尋ねて準備をしておこうと思います。

  • No: 6社会人0(匿名)スレ主更新時刻13/02/11 00:15

    >> 3

    ありがとうございます。

    お寺の改修費やなにやかやの費用、そして周期法要のお布施、檀家を続ける限り定期的に払わなければいけないお金ですね。

    お布施は経済状況に応じて額を減らすことも出来るようですが、改修費など寄付の金額が指定されれば負担になってしまいます。
    世相を考えればお金が用意出来なくて檀家をやめざるを得ない人達も更に増えそうですね。

    先祖が信じていたものだから希望にそいたいとも思うのですが…

  • No: 7 削除されたレス

  • No: 8社会人8(匿名)更新時刻15/03/21 23:12

    自力じゃ行けません。会社のおかげです。

  • No: 9社会人9(匿名)更新時刻16/09/12 13:00

    戒名は江戸時代に付けられる様になったものですから
    余り気にする必要はありません
    そもそも戒名自体出家した際に付ける法名と同じものですから
    地域に寄っては寺との関わりが強く村八分的な扱いを受ける可能性は有りますが
    遺骨を墓に入れない国もありますからご自分の信念を貫けばよいのでは?
    寺に寄っては檀家費を取らない寺もありますし
    神社などでも葬儀を行う所もあります
    檀家活動や檀家費などを避けたいのであれば
    寺や宗派を変えるのも一つかも知れません

  • No: 10社会人10(匿名)更新時刻17/03/17 12:38

    少し耳の痛い意見を申し上げます。
    最近は歴史的伝統や地域のつながり、先祖祭祀を軽視する風潮が目立ちます。檀家制度についても、付き合いが面倒、信心が無い、金銭的負担などの理由で、離檀を試みる人がいます。もちろん、まれにお寺や和尚さんの側に問題のあるケースもあります。
    しかし、大体において離檀しようとする人に共通する特徴は、自分にとってのデメリットを都合よく誇張して考えがちだということです。
    たとえば、寺との付き合いについては、365日顔を合わせるわけでも無し、たまの集まりや行事だって、全部に出席する必要があるわけじゃ無いでしょう。逆に、そうしたことから学べる経験、人脈、公共性に対して、メリットや意味を見出そうと「しない」ですよね。
    次に、信心が無いという点については、本当に宗教の教義や歴史を自分で学ぼうとしたことがあるのかが疑問です。要するに、信じようとか知ろうとか努めた上で批判するならまだしも、そうした人に限って自分の無知を正当化しようと、制度や伝統を批判して自己弁護しようとする傾向があります。
    最後に、金銭的負担ですが、確かに何十万の寄付を何の前置き無く要求されれば面くらいます。しかし、法事は何年かに一回で数万円。彼岸・お盆のお布施なんか定額ですらないし、数千円が関の山でしょう。それで本当に、実生活が破綻するのか疑問です。その「大層なご負担」が、単なるケチにすぎないのか否かは、自問自答すればよいでしょう。
    最後に、代々の信仰を捨てることについては、よく考えるべきだと思います。あなた自身は、自分なりの価値観があるでしょう。個人主義を謳歌するのは結構ですが、人間が自分一人の力で生まれるわけじゃ無いことは確かです。あまたの先祖がいて、その歴史の連続の上に一人の人間が存在しているわけです。
    そして、先祖には先祖の守ってきた価値観や信仰があります。あなたの子孫だって、あなたと同じように考えるとは限りません。あなたと違って、先祖や歴史を大事にしようとするかもしれない。そうしたときに、あなたは過去と未来をつなぐハズだった糸を切った人として記憶されることになるわけです。
    自分はこう思う、自分はこうしたい、自分はやりたくない……。
    先祖祭祀や寺院行事、葬送儀礼などは、社会的な行為でもあるということを、もう少し視野を広げて考えるべきではないでしょうか。

  • No: 11主婦11(匿名)更新時刻17/03/30 06:01

    私は、死後は何の形も残したくないと強く思っています。
    先祖を敬い後世に紡ぐ事も正しいとは思いますが…。
    負担に感じる人は墓じまいを行うべきだと思います。
    無縁墓になる前になにかしらのケジメをつける事も大切では?
    上の(NO.10様)方のご批判は理解は出来ますが所詮は一個人の考えです。
    倫理道徳的に見れば上記の方の意見が正しいとは思いますが、戦後教育の中で心の教育を日教組が放棄した以上現代の人に日本人としての道を望むのはもはや無理でしょう。
    私は現在30代で学生時代に日本人としての誇りを教わったことは一度もありません。
    大人になり歴史に興味を持ち自分なりの愛国心は芽生えましたが結局、幼少時代から身に刻まないと表面的にしか国を愛せないという考えに至りました。
    今後数十年で墓の数は激減するでしょう。
    寺の数も激減するでしょう。
    国がそれを望んでいるのであればもういいでしょう。

  • No: 12匿名12(匿名)更新時刻17/04/21 19:36

    自分の死後のことをどうこうしようというのは傲慢だと思います。
    周りという横糸に感謝して、先祖という縦糸に感謝し謙虚に生きる。
    「自分、自分」で生きていると誰も助けてくれなくなりますよ。

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