携帯小説🌏🌟汚染惑星🌟🌏

🌏１🌏

４月…それはいつもと何の変わりもない大阪市内の午後だった…
『おい勝ｯ！一緒に帰ろうやｯｯ！』
新しく高校1年になった伊吹勝（まさる）は放課後の帰り道でｸﾗｽﾒｰﾄの葛城真樹斗に呼び止められた…
『勝､部活何にするか決めた？』
中学時代から仲が良く､一緒の高校に入学した葛城真樹斗は勝に軽く微笑んだ…
『…う～ん…まだやけど…真樹斗は？』
淀川の河川敷を二人はゆっくり歩いた…
『…最近…曇りばっかりやな…太陽にお目にかかったんていつやったっけ？…忘れてもたわｯｯ！』
ﾏｽｸをした真樹斗は咳き込みながら鉛色の空を見上げてため息をついた…
『ﾚﾍﾞﾙ8の光化学ｽﾓｯｸﾞがもう20日間も続いてるんやもん…無理ないよ…』
ﾏｽｸごしに籠った声で勝が答えた…
『何なんやろな…これって…』
真樹斗は自分に言い聞かせるかのようにﾎﾞｿﾘと呟いた…
『なぁ真樹斗…今からｳﾁ遊びに来いよｯｯ！』
『おぅ､行く行くｯ！そや､勝の《ﾎﾊﾞｽｹ》見してぇな！』
真樹斗と勝は度々咳き込みながら勝の家に向かって歩き出した…空からしとしとと重たい雨粒が落ちて来た…

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>> 1 🌏２🌏

【次のﾆｭｰｽです…ﾖｰﾛｯﾊﾟ最大の山岳氷河であるｽｲｽ北部のｸﾞﾗﾝﾃﾞﾘｯﾋ氷河が遂に完全に溶けてなくなりました…ﾁｭｰﾘｯﾋ欧州山岳氷河調査団の調べによりますとおよそ80年程前から温暖化により徐々に溶け出したこの氷河の溶解現象で海面水位は17cmも上昇したとの事です…これにより2年前､南太平洋の楽園と唱われたﾙﾝﾊﾞﾙ共和国に続き､あと一年以内に珊瑚礁で出来た美しい島国､ﾐﾅﾚ共和国が海の底に沈む可能性が出て来ました…】

『…勝これｽｹﾞｪなｯｯ！ｳﾜｯﾊｧ～ｯ！浮いてるやんｯｯ！』
部屋の隅で真樹斗は最近勝が購入した最新式のﾎﾊﾞｰ型ｽｹｰﾄﾎﾞｰﾄﾞに夢中だった…
『…海面水位17cmやって！…ｽｲｽの山の上で溶けた氷がこんな遠くの南の島国に影響が出るなんて考えられへんな…』
勝は涙を流して次第に滅びゆく我が祖国を偲ぶTVの現地住民の映像を眺めながら嫌な気分になった…
『…どうなるんやろ…これから先の俺ら…』
『どうもこうもないでｯｯ！…これまで当たり前のように地球をこき使って来た人間に遂にﾂｹが回って来たんよﾂｹがｯｯ！この日本の光化学ｽﾓｯｸﾞかてそうやｯ！自分らが蒔いた種や！』
笑って話す真樹斗を見て勝はこいつらしい意見だと頭を掻いた…

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>> 2 🌏３🌏

中国北部で起きた大規模な砂嵐はﾛｼｱにある原子力発電所の核原子炉をまたたく間に破壊した…ｱﾒﾘｶ中西部では竜巻とﾊﾘｹｰﾝが同時刻に129個観測され付近の主要な大都市は完全に都市機能を失った…ﾌﾞﾗｼﾞﾙ南部の町では14日間にも及ぶ大洪水により死者数千人を数えた…ｱﾌﾘｶ各地ではここ数十年の大規模な森林伐採により希少な動植物約15000種が絶滅した…地球ではこの所毎日のようにどこかで取り返しのつかない災いが起きている…明らかに地球全体が狂っていた…
『やっちゃったんや…見事になｯｯ！ﾊﾟｯｶ～ﾝと！』
ｽｹｰﾄﾎﾞｰﾄﾞを丁寧に擦りながら真樹斗は呟いた…
『え？…何をやねん…？』
ｺｰﾋｰを飲みながら勝が不思議そうに尋ねた…
『勝､ﾊﾟﾝﾄﾞﾗの箱って知ってるか？…あれやあれｯｯ…人間はやってはｱｶﾝ過ちを犯しよった…箱の中身を躊躇なくﾊﾟｯｶ～ﾝと開けたままよう閉めへんねんやｯ！』
以前からｵｶﾙﾄめいた趣味のある真樹斗の言葉の意味がｲﾏｲﾁ勝には理解出来なかったが何となく言いたい事は解る気がした…
『…人類はその報い…受けなｱｶﾝ時…いよいよ来たんやで…！』
真樹斗のその言葉に勝は背筋が寒くなった…

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>> 3 🌏４🌏

『なぁ勝…ところでお前番号何番やった？』
唐突に真樹斗が質問してきた…
『え？…番号？』
『うちのｵｶﾝが言ってたんやけど先月から俺ら日本人一人一人に《国民番号》っての付いたって…ｵｶﾝこないだ市役所行って家族の番号名簿貰って来てた…』
『あぁ…そう言えばうちのｵｶﾝも何かそんな話してたかな…』
勝は何日か前に母親からそんな話をされた事を思い出した…
『あれ､何に使うんやろか…？別に今更そんなん作らんでもなぁ…』
『あ！…もしかしたら犯罪とか犯しても誰かってすぐに解るようにとかちゃう！？…変な犯罪とか流行ってるし…』
真樹斗はなるほど､勝お前頭いいな！と拳を叩いた…いずれにせよそんな事は学生の自分達には何ら関係のない事だなぁと二人は笑った…先ほどから降りだした雨は激しさを増して勝の部屋の窓ｶﾞﾗｽをﾘｽﾞﾐｶﾙに叩いた…
『このままじゃ…やべぇよな…ﾔｯﾊﾟ…』
『ん？…何が？』
『せやから地球に決まってるやろｯｯ！』
また始まった…この話になると真樹斗は止まらない…
『…淘汰せな…そや…』
真樹斗のその言葉が余りにも小さくて聞き取りにくく､勝は聞き返そうと思ったがまた話が長くなりそうなので躊躇した…

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>> 4 🌏５🌏

『お～い､みんなちょっと静かに聞いてくれｯｯ！』
数日後の授業後のﾎｰﾑﾙｰﾑに勝のｸﾗｽ担任が神妙な面持ちでｸﾗｽの生徒に告げた…
『何でｽｶ先生ｯｯ！はよ帰らしてぇなｯ！俺ｳﾝｺしたいんｽよｯ！』
ｸﾗｽの人気者の脇田がみなを笑わせた…
『え～…突然やが明日は休校ですｯｯ！』
担任の思いもよらぬ意外な言葉にｸﾗｽ中が一斉に歓喜の声を上げた！
『ただぁしｯｯ！明日は家から一歩も出たらｱｶﾝｯｯ！家に待機しとくようにｯｯ！』
えぇ～ｯｯと女子生徒の残念そうな声が木霊した…ｸﾗｽが盛り上がる中､何故か勝と真樹斗だけはじっと担任の少しただならぬ顔を凝視していた…
（何でやろ…何でいきなり休校って…）
一番後ろの席の真樹斗が何故ですか､理由は？と問い正したが担任はとにかく家に居ろとしか告げなかった…
『変や…何かおかしい…』帰り道で真樹斗は休校の経緯に首を捻っていた…
『えぇやん！休みって言うんやから…真樹斗！ついでやからｳﾁに泊まりぃや！家から出るなとは言ってたけど友達んちに泊まるなとは言ってなかったで！』
そやな…ほなら！と真樹斗はそのまま勝の家に足を向けた…河川敷の上の鉛色の空を数百羽の黒い烏がｶｧｶｧと怪しく飛び回っていた…

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>> 5 🌏６🌏

『あ､おかえり！』
勝が玄関を開けると母親の朱鷺子が二人を迎えた…
『ｵｶﾝ…真樹斗今晩泊まってもええやろ？真樹斗のｵｶﾝにはさっきｵｯｹｰもろた…』
『ｳﾁはえぇけど…真樹ちゃん所は大丈夫なん？』
はい､と真樹斗は朱鷺子に首を縦に振り笑った…靴を脱ぎ台所でお茶を飲むと勝と真樹斗は二階への階段に足をかけた…
『勝ｯｯ！お母ちゃんな､明日ﾊﾟｰﾄ休みやねんｯ！家に待機しといて下さいって店長が…』
『！…え…ま､ﾏｼﾞ？…ってゆうかｵｶﾝ､俺らの学校も休校やねん！』
勝と真樹斗は思わず顔を見合わせた…
『お父さんからもさっき電話あってな､会社も得意先も明日は全部休みらしいわｯｯ！何やろね､気持ち悪い…祝日でもないのに…』
母親朱鷺子はそれだけ言うと買い物に出掛けて行った…
『…何なんやｯｯ！…大阪だけか？…これ…』
階段を登り部屋に入ると勝は真樹斗の顔を見て尋ねた…次の瞬間真樹斗は何かを思い出したかのように自分の持っていた携帯電話から何人かに電話をかけまくった…
『……どない…したん？真樹斗…』
『…今な､関東の知り合い､北海道の親戚､九州の叔母さん所かけたけど…嘘みたいな話…会社とか学校とか明日は全部…休みみたい…！！』

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>> 6 🌏７🌏

『奇妙やな…こんな事初めてやがな…』
仕事から帰って来た勝の父親雅彦はﾈｸﾀｲを外しながら眉間に皺を寄せた…台所で勝と真樹斗､勝の母親の朱鷺子三人は食事を済ませると居間で雅彦の話を聞いていた…
『専務の話やと明日正午きっかりに尾崎首相から重要な国民への告知があるからって…何やねんそれｯて感じやけどな…』
『その為だけに家に居て首相の演説を聞けって言うん？たったそれだけの事でこんなに全国民が休みとらなｱｶﾝのん？ﾊﾞｶﾗｼｯ！ｱﾎちゃうか！』
朱鷺子は目を剥いて頭を抱えた…
『首相退任の告知？…んなぁ事くらいで会社や学校､おまけに商店街や百貨店休みにはせぇへんわなｯｯ…』
雅彦はｺｯﾌﾟにﾋﾞｰﾙを注ぐと一口飲み込んだ…
『とにかく明日の昼は家に居て全員尾崎首相の話を聞きなさいって事やんね､おっちゃん！』
真樹斗が待ち構えていたかのように口をついた…勝はそんな何かに期待している真樹斗の事が少し不愉快に感じたが何にも言わなかった…
（もしかしたらあの国民番号と何か関係があるんかな…まさか日本が戦争とか…！ﾝﾅｧ～！あり得ないわ､それは絶対…）
勝はふとそんな事を思ったが必死に頭の隅でかき消した…

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>> 7 🌏８🌏

次の日の朝も伊吹家はいつも通りの朝だった…朝食を済ませた勝と真樹斗は漫画雑誌に目を向けていた…
（10時か…あと2時間…）
横目でﾁﾗﾁﾗと壁の時計を見ながら勝はその時を静かに待っていた…昨夜真樹斗は遅くまで地球環境の蘊蓄をひたすら勝に話していた…そのお陰で勝はかなり寝不足だった…
『お父さんｯｯ！はよﾊﾟﾝ食べてぇなｯｯ！片付けへんやんかｯｯ！』
いつもの朱鷺子の怒鳴り声が亭主雅彦に襲いかかる…
『はいはい…あともう少しやな…何やろ…首相､いったい何の話しよるんやろなｯｯ！』
心なしか勝の父雅彦は来るべきその時をﾜｸﾜｸしながら待っているかのように勝には見えた…TVを付けるとﾜｲﾄﾞｼｮｰが流れていた…慣れない口調の新人ﾚﾎﾟｰﾀｰが人っこ一人居ない街の中を歩きながらこれから起こる何かを期待するかのように喋り続けていた…
『きっと…とんでもない事やで…』
耳元で真樹斗が言った…
『と､とんでもない事ぉ？…何やそれ…』
『分からん…けど多分…何かそんな予感がするんや！とんでもない事…それだけは確かやなｯ！』
真樹斗はﾆﾔﾘと勝に笑って見せた…

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>> 8 🌏９🌏

…ﾌﾟ～ﾝ…
正午の時報とともにTV画面一杯に現在の総理大臣､尾崎晃一郎が緊張した面持ちで映し出された…
『あ！朱鷺子ｯｯ！始まるでｯ！はよ来んかいなｯｯ！』
台所の溜まった洗い物の食器をひとまず放置し､勝の母親朱鷺子は雅彦と勝､そして真樹斗のいる居間のTVの前に腰を落ち着けた…
『いったい何話すんやろなｯ…ﾁｮｲﾜｸﾜｸやな…』
『ｼｯｯｯ！！』
朱鷺子と勝は雅彦を黙って！と睨みつけた…その横で真樹斗は一人冷静に腕組みをしながらただじっとTV画面を食い入るように見つめていた…

【え～…日本国民の皆様おはようございます…本日は毎日の多忙な国民生活を遮り､半ば強制的に生活基盤全てをお休みにするような事態になりました事にまずは深くお詫び致します…当然の事ながら実はここまでしてまで全国民にお知らせせねばならない重要な事柄があるからです…どうか最後まで落ち着いて私の話をお聞き下さい…】
いつもの嫌味な程したたかな尾崎首相の軽快な喋りとはほど遠い､まるで今から話す言葉に恐怖するかのような態度で心底怯えているかのように勝には映った…
（な､何なんやいったい…）
勝はただならぬ首相の気配にｺﾞｸﾘと唾を飲み込んだ…

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>> 9 🌏10🌏

『何緊張しとんねんｯ､尾崎のｵｯｻﾝ！…憎たらしい位蘊蓄垂れる国会中継の時とはｴﾗｲ違いやがなっ！』
雅彦はﾋﾟｽﾀﾁｵの皮を割ると喉を鳴らしながらその実を自らの口の中に放り込んだ…

【…皆様もご存知のように今､地球環境全体が最大の危機に陥っています…地球温暖化によるとされる氷河溶解､都市砂漠化､過度な大気汚染､尋常でない竜巻や水害…世界各地で起こるこれらの数々の弊害や転変地異は明らかに私達の住むこの地球を刻々と蝕み続けています…】

『なぁ～んや！どんだけ物凄い事喋りよるかと思いきや､ﾊﾊﾊ…何のこっちゃない､くだらん環境問題についての演説かいなｯｯ！』
雅彦はTV画面から目を離すとﾊｧ～ｱﾎらし！と頭を掻いた…妻の朱鷺子もはりつめていた緊張の糸が切れたかのように何やそれｯｯ！とため息をついて席をたった…
【私達人類も地球の危機が叫ばれ始めた何十年も前からこの地球環境問題についてそれなりの対策は講じて来たつもりでした…しかし…】
勝は何故か尾崎首相が発した《人類》という言葉に引っかかった…
（人類…？…人間とか国民とかでいいのに…何で人類…！？）
その横で真樹斗はやはり瞬き一つせずに画面を見ていた…

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>> 10 🌏11🌏

【…我々の住むこの地球は今､我々人類がこの地に生まれ堕ちて以来､最大の危機を迎えようとしている事は国民の皆様方もご承知の事でしょう…】
『何をﾈﾁﾈﾁと回りｸﾄﾞｲ事喋っとんじゃこの狸親父ｯｯ！さっさと用件話さんかいｯｯ！』
普段から短気な勝の父雅彦は今にも持っていたｺｯﾌﾟを放り投げそうな勢いだ…真樹斗はただ冷静にじっと黙ってTV画面の尾崎総理大臣の顔を凝視していた…
【…世界中で地球環境保護が叫ばれる中､我が国日本も国連の呼びかけで５年にも及ぶ､ある地球環境保護のﾌﾟﾛｸﾞﾗﾑの実施について検討して参りました…そしてこの度190ｶ国首脳が出席した世界環境保護会議でその案が可決致しました…今日はその報告の為に日本国民皆様の大切なお時間を裂かせて頂いたという訳でございます…】
（…？何が言いたいんだろ…）
勝も首を捻っていた…環境保護ﾌﾟﾛｸﾞﾗﾑを発表する事がそんなに大事な事なんだろうか…
【では只今よりﾌﾟﾛｸﾞﾗﾑの具体的な内容について国連地球環境保護計画日本担当長のＲ氏にﾏｲｸを譲ります】
尾崎総理大臣はそう言うとTV画面から消えた…

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>> 11 🌏12🌏

尾崎首相に代わり画面に映ったのは全身真っ黒なｽｰﾂを着て小さなｻﾝｸﾞﾗｽをかけたｵｰﾙﾊﾞｯｸで茶髪の上品そうな男だった…
『誰やねん､ｺｲﾂｯｯ！格好つけやがって！』
雅彦の罵声が飛ぶ…
【地球環境保護ﾌﾟﾛｸﾞﾗﾑで日本国を担当させて頂きます…Ｒと申します…ﾌﾟﾛｸﾞﾗﾑ遂行上自身の身分を明かす事が出来ませんので皆様はそう認識なさって下さい…】
流暢な日本語を操るがその風貌はどう見ても日本人ではなかった…
『なぁ､真樹斗…』
思わず勝が声をかけたが真樹斗は最早画面に釘付けで勝の声は聞こえない様子だ…
【まず最初に申し上げておきます…これからお話する事にどうか皆様決して取り乱さないでお聞き願いたい…一人が乱れるとまた一人また一人と連鎖反応を起こし､いらぬ暴動等で混乱を招きたくはありませんから…】
Ｒという男は一度咳払いをすると目の前にある書類に目をやった…
（何が…今からいったい何が始まるってんだぁ！？…何なんやこの物々しい雰囲気はｯｯ！）
勝は思わず膝の拳を握り直した…

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>> 12 🌏13🌏

【我々人類は今日までこの地球という惑星から多大なる恵みを受けて進化､成長して参りました…しかしその進化､成長はいつの頃からか歪んだ自分勝手な自己満足へと変化しました…地球が我々に与えようとしていた本来の使い方から大きく逸脱したと言っても過言ではありません…】
『なぁ～にが言いたいんやこのﾎﾞｹｯｯ！ﾑｶついて来たわｯｯ！ｸﾞﾘﾝﾋﾟｰｽの回しﾓﾝかｯｯ！？』
雅彦が思わず机を叩いた！その横で勝は真樹斗の横顔を眺めていた…
【動物学上､我々人類には天敵がいません…それはおそらく地球という神が彼らなら大丈夫､私を大切に守ってくれる！…きっとそんな期待でその選択をしてくれたのかも知れません…しかし我々人類はそんな地球神を見事なまでに裏切ったのです！！】
Ｒの眉間に皺が寄るのが勝には解った…
【自然破壊…大気汚染…戦争に飢餓…全てが地球の神の大いなる期待に背く我々人類が犯した大罪なのです！】
Ｒはうつ向きながら息を荒げた…
【そんな地球に今こそ我々人類は遅ればせながら自らの身を持って謝罪する時がやって来たのです…】
真樹斗の口元が一瞬笑ったように勝には映った…

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