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お遍路ガールズ、名文を綴る📝

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小説大好き
16/09/21 15:18(更新日時)

又井健太著『お遍路ガールズ』の名文を綴ってゆくだけ📝。

No.2368630 16/08/22 08:52(スレ作成日時)

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No.1 16/08/22 08:54
小説大好き0 

……やってしまった。もう逃げられはしまい。
こうなったら、本当にお遍路に出て生まれ変わろう。人生をリセットしよう。そうしていつかお婆ちゃんになった頃、「昔々お婆ちゃんは、会社をバックレてお遍路に行きました」と孫達に語ってやるのだ。
流れ行く景色を見ながら、千春は遠い未来に思いを寄せた。

プロローグ より

No.2 16/08/22 09:10
小説大好き 

言っておくけど、お遍路は旅行ではなく、修行なんですよ!
腹の中で毒づきながら千春は歩き始めた。

第一章 発心の道場 徳島編 千春 より

No.3 16/08/22 14:10
小説大好き 

「これがお遍路最大難関の道ですか」
三日目にして、早くもお遍路で最難関とされる山道の登場である。
「まぁ、なんとかなるっしょぉ……最難関入りまーす!」
琴美は居酒屋店員のような威勢の良さで、昨日参拝した藤井寺の境内から延びる山道に突入していた。
千春も、ザクザク濡れ落ち葉を踏みしめながら歩き進んだ。
ほどなくして、「遍路ころがし」という札が目に入った。「遍路ころがし」とは、歩き遍路路における難所のことだ。実際、そこから丸太がボツベツ並ぶだけの急勾配が始まった。
木の枝には、遍路路を示すお札が要所要所にぶら下がっているので、道に迷うことはなさそうだ。道標以外にも、お札には有り難いお言葉や、励ましのお言葉が書いてある。
「頑張ってください!!」「四国は心のホスピタル」「辛い?それが人生」……。

第一章 発心の登場 徳島編 千春・琴美 より

No.4 16/08/22 21:46
小説大好き 

携帯を見ると、メールが一件受信されていた。しかし開けた瞬間、口から溜息が漏れた。
「吉野さんからだよ……」
「吉野さんてって誰?」
「安くて早くてうまいでおなじみの牛丼屋さん。携帯ねクーポン使えば、牛すき鍋膳が五十円引きになるんだってさ」
最悪の気分だ。私を太らせようとする力が、東京を離れても追いかけてくる。
千春は誰もいない境内に向かって、再び長い溜息を吐いた。

第一章 発心の道場・徳島編 千春・琴美

No.5 16/08/22 21:56
小説大好き 

店を出ると、すぐに全長六三八メートルのトンネルが始まった。
これを抜ければ高知県に突入だ。高知は寺と寺の間が離れ、四県の中では一番総距離が長いらしい。日差しもきつく、年間降水量も日本トップクラスなのだとか。そのため、「修行の道場」と重々しい呼び名が付いている。
さようなら徳島、こんにちは高知……。
トンネルを抜けると、「高知県東洋町」の看板が目に入った。ガソリンスタンドがぽつんと一軒あるだけで他になんにもない。
昨日の夜の宴で、県境を越える時には、その県出身の芸能人の名前を呼ぶことに決めていた。特に意味があるわけでもなく、ただの思い出作りだった。
「せーのっ!島崎和歌子の高知県!」
思い切りジャンプ!青春ぽい。
二人は和歌子っ龍馬の故郷に足を踏み入れた。

第一章 発心の道場 徳島編 千春・琴美

No.6 16/08/23 07:18
小説大好き 

あくる朝宿を出ると、目の前に室戸岬が広がっていた。猛々しい黒岩の並ぶ海である。「修行の高知」らしい、厳粛な風景に千春の身は引き締まる。
空海が悟りを開いた「御厨人窟(みくろど)」という洞窟を見学した後、山道を登って最御崎寺(ほつみさきじ)を参拝した。
次の津照寺(しんしょうじ)は、ひなびた商店街の中にあった。
急勾配の階段の先に、おもちゃのように可愛い鐘楼門が見える。
その次の金剛頂寺(こんごうちょうじ)への道のりは、終盤に三十分ほど未舗装の山道を登った。高知のお寺には、ちょこちょこと、こういういやらしい山道があるようだ。

第二章 修行の道場 高知編 千春・琴美

No.7 16/08/23 07:34
小説大好き 

朝、宿の朝食には、アジの塩焼きが出た。レモンではなく、ゆずを絞って食べる。
そういえばここは高知だった……千春は当たり前の事実を思い出した。たった今、見知らぬ地を旅してるという実感は、こういうささいなことから湧いてくるものかもしれない。

第二章 修行の道場 高知編 千春

No.8 16/08/23 07:45
小説大好き 

昨日おとといと、車お遍路さんに同乗させてもらったりしたので、足取りは重かった。
おまけに途中道に迷ってしまった。都会ほど遍路シールがいい加減になるので困る。
やがてたどり着いた竹林寺は、デートスポットになりそうなお洒落なお寺だった。池に立つ水かけ地蔵や、ガラス張りのドームで覆われた仏像などもある。アートの香り立ち込めるお寺だ。
----いつか素敵なダーリンと一緒に、またこのお寺に来れますように。千春は必死に祈願した。本当に鶏の卵に生まれ変わってしまいそうだ。
船岡爺も言ってたじゃないか。自利利他の精神……自分の利益を追求したところで、他者とのバランスさえ取れていれば問題はないのだ。

第二章 修行の道場 高知編 千春

No.9 16/08/23 20:48
小説大好き 

優奈は膝を折って、アスファルトに手をついた。
無意識のうちに、土下座の姿勢に入っていた。
「あたし、自分が根性なしなのわかってます。こんな見た目だけど、プライド高すぎなのもわかってます。だから、生まれ変わりたいんです。やり直したいんです!」
優奈は頭を低くした。雨で湿ったアスファルトが頬に吸い付いた。
「ちょっと……何のつもりよぉ」
真由美の声が上から降ってきたが、優奈は構わず続けた。
「絶対迷惑かけないし、一人になりたい時は言ってくれれば離れます。だから一日だけでもいいので、弟子にしてください。お願いします!!」
大声で言っていた。いつの間にか、目が潤んでいた。
「顔上げなさいよ」その声に優奈は我に返った。
「立って……」言われるがままに、優奈は立ち上がった。
「勘違いしないでよぉ。あなたに私の何がわかるの?」
真由美は冷たい目つきで見据えてくる。
「それはぁ……まだ知り合ったばっかなんで、よくわからないんですけど……」
「あなたが憧れているのは、私じゃなくて、丸ノ内OLのブランドなんでしょ?」
「そうかもしれないですけど……あたし、どうしてもなりたいんです」
優奈は目の縁についた涙を指先で拭った。すがるようにして、目の前の女を見つめた。
「弟子入りなんて、お断りよ」真由美はきっぱりと言った。
「そうですかぁ……」溜息をつき、がっくり肩を落とした。
その直後、ポンッと肩をはたかれて、優奈はおずおずと顔を上げた。
「弟子入りはお断りだけど、お遍路仲間なら喜んで」
真由美は口元をほころばせている。
「じゃあ、一緒に歩いてくれるんですか?」
「こんな私で良ければね」
「ありがとうございます!!」
鼻の奥から、熱いものがこみあげてくる。嬉しくて嬉しくて、胸が詰まりそうだった。
やり直そう、やり直そう……心の中で言い聞かせながら、優奈は涙を流し続けた。

第二章 修行の道場 高知編 優奈

No.10 16/08/24 05:34
小説大好き 

「ねえねえ、なんで線香は三本お供えしなきゃいけないのぉ?」
優奈は線香に火をつけながら真由美に尋ねた。ロウソクから火を移すのだ、今日は風が強くて、すぐに火が消えてしまう。
「体と言葉と心の三つを、清めるって意味らしいよ。あと、現在・過去・未来の三つを意味しているって説もあるんだって」
「……何それ?結局どっちなの?」
優奈はなんとか線香に火を移し替え、香炉の灰に突き刺した。
「線香屋が儲けるために言い出したんじゃないの?くだらないよ」
「じゃああなたは、バレンタインにチョコあげたことないの?」
「もちろんあるよ」
「一緒じゃないの。バレンタインだって、お菓子メーカーが儲けるために考えたことじゃない?くだらないってことでも、何十年も続けば立派な文化になってるのよ。あなまみたいに、なんでもかんでもくだらないって考えてたら、人生全部がつまんなくなっちゃうわよ」
返す言葉が見つからなかった。

第二章 修行の道場 高知編 優奈

No.11 16/08/24 10:27
小説大好き 

もう少し笑顔が増えれば可愛いのにな、と優奈は思う。
「明日死ぬってわかっていても、あなたはスマホで他人と比較してばかりなの?」
「……はっ?死ぬわけないじゃん」
「どうしてそんなことがわかるの?いい?明日死ぬつもりだと思って、一日一日大切に生きなさい。そしたら毎日が楽しくなってくるから」
「わかりました」思わず敬語になっていた。
初めは敬語を使っていた優奈だが、意外にも真由美は「タメ語でいいよ」と言ってくれた。恐らく年齢のギャップを感じたくないからなんだろう。
それにしても、真由美はなぜ「明日死ぬかもしれない」なんて重いことを言い出したのだろう?
その時、優奈の頭に一つの考えが浮かんだ。
「もしかして、お姉さん病気なの?」
「……どうして?」
「会社辞めたのも、病気が原因だったんじゃないの?だからそういうこと言うんでしょ?」
「勘違いしないでよぉ……」真由美は苦笑いを浮かべた。
「私は見てのとおり健康よ。会社辞めたのは別の理由」
「どんな理由?」
真由美はしばらく口をつぐんでいたが、やがてあきらめたように話し始めた。
「二十年も仕事一筋に生きているとね、別の人生を生きてみたいなって思うことがあるの。大抵の人間は、安定とか肩書きに縛られて定年まで会社に勤めるけど、なかには人の目なんか気にしないで、好き勝手に人生楽しんでる人がいるわけ」
「じゃあお姉さんも、そういう生き方に憧れて会社辞めたの?」
「平たく言うと、そんな感じかなぁ……。なんだかんだで、私もあなたと一緒で、他人と生き方を比較していたのよ。もっと自分にとって、いい人生があるんじゃないかって思ってね」
真由美は寂しそうに笑った。憧れての丸の内OLになっても悩みは尽きないのか……随分贅沢な悩みだな、と優奈は思う。

第二章 修行の道場 高知編 優奈

No.12 16/08/24 16:15
小説大好き 

田んぼ、生コンクリート工場、資材置き場……街外れではおなじみの風景に、優奈の気分はたちまち憂鬱になった。次の目的地・足摺(あしずり)岬までは、ここから八〇キロ以上もあるのだ。優奈の足なら、丸四日はかかるだろう。
「マジでだるんだけどぉ……」
優奈はふてくされながら呟いた。話し相手がいないと、独り言が増えてくる。
暇つぶしに、リュックの中のスマホを取り出そうとして、思わず手が止まった。
----明日死ぬとわかっていても、あなたはスマホで他人と比較してばかりなの?
真由美の言葉が頭に浮かぶ。そうだよなと、優奈は思い直した。他人との比較なんてくだらないのだ。あいつらがチャラチャラ遊んでいる間に、お遍路で自分を磨くのだ。

第二章 修行の道場 高知編 優奈

No.13 16/08/24 18:30
小説大好き 

「もうすぐ足摺岬に着くよ」真由美の声は弾んでいた。
「やったね。あと二キロか」優奈は案内標識の青看板を見ながら息を吐いた。
本当に、ここまで長い道のりだった。優奈は目の前を歩く丸ノ内OLの背中に向かって手を合わせた。自分一人だったら、ここまでたどり着けなかったに違いない。出会った時は憎らしく思っていた彼女に、まさかこんなに助けられることになるなんて----。
先日優奈は、封印して苦い記憶を包み隠さず真由美に話した。

(略)

話を聞き終えると、真由美はレイプの件は同情するが、学校をやめたのも仕事が長続きしないのも、優奈の根気がないからだと言った。認めたくはなかったが、その通りだ。
「過去のトラウマも記憶も、全部四国に置いていきなさい」
真由美は諭すように言った。
「大丈夫。あなたなら、必ず立ち直れるわ」
憧れの丸ノ内OLにそう言われると、優奈はたちまち自信が湧いてくるのだった。

第二章 修行の道場 高知編 優奈

No.14 16/08/24 19:58
小説大好き 

「こんちくわぁ」
突然後ろから声がした。振り返ると、いつの間にか眼鏡女子のお遍路が接近している。
……ん?こんちくわ?
遠ざかる彼女の背を見つめながら、千春は開いた口が塞がらなかった。
「今あの人、『こんちくわ』っ言わなかった?」
「うん。言ってた。それより、私あの人窪川で見たんだけどさぁ……誰かの供養で来てるみたいだね。遺影抱いて参拝してたもん」
「そんなな人が、なんで『こんちくわ』なんて言えるテンションなわけ?」
「さぁ……」琴美が首をひねる。「ちーちゃんの妄想ではどうなの?」
「わかんないけど……無理して明るく振る舞ってたような気がするなぁ。明らかに作り笑顔だったもん」
本当に、色んなお遍路がいるものだ。いずれどこかで再会したら声をかけてみよう。

第二章 修行の道場 高知編 千春

No.15 16/08/24 20:10
小説大好き 

「ちーちゃん」
「何?」
「あの……ご報告があります」
あくる朝千春は、琴美の声で目を覚ました。目を開けると、ばつの悪そうな顔をした琴美が布団の前で正座している。いつもギリギリまで寝ているのに、随分早起きではないか。
「何よ?」
琴美は正座のまま一礼し、おもむろに口を開いた。
「ワタクシ、高松琴美は本日十年ぶりに……おねしょをしてしまいました」
「はああっ!?」
琴美がまた頭を下げる。「ほんとに!?」と言いつつ、彼女の布団を確認すると、確かにべっしょりと透明な世界地図ができあがっているではないか。
「ちょっと、どーすんのよ!」「大丈夫。私からご報告します」「当たり前じゃないのっ!」
さて、この後一体どうするんだろう?二日酔いで重たかった千春の頭は、急速に冷めていった。

第三章 菩提の道場 愛媛編 千春

No.16 16/08/24 20:25
小説大好き 

宇和島市内に入った。
リアス式海岸の入り江には、真珠養殖で使われる黒い浮き玉がみっしりて浮かんでいる。船着場の近くには、水面に浮かぶ家もある。漁師さんの作業小屋らしい。
「なかなかいい眺めじゃない?」
「うん……」
宿を出てから、琴美は極端に口数が少なかった。さすがに朝の一件で凹(へこ)んでいるのだろう。
「まぁさ、あんまり気にすることないんじゃない?」千春は寡黙な相方を励ました。
「それよりちーちゃん、聖徳太子が二〇一六年に人類滅亡するって予言したらしいよ。あと一年以内に人類滅亡しちゃうって本当かなぁ?」
「はああっ???」千春はぶったまげた。
「何が人類滅亡よ。あなたおねしょしたのにどうしてそんなに立ち直り早いの?おねしょの方がこの世の終わりじゃないの」
そう言ってみたものの、琴美はまるで動じていないようだ。
「ちーちゃん……人生は短いんだよ。おねしょのことなんか気にしている暇はないんだよ」
恐ろしいほどポジティブな女だ。うらやましい……確実に人生得するタイプだろう。

第三章 菩提の道場 愛媛編 千春

No.17 16/08/24 20:44
小説大好き 

昼過ぎに、番外札所の永徳寺(えいとくじ)というお寺に到着した。その近くには、空海が野宿した十夜(とよ)ヶ橋という小さな橋がある。その昔、修行中の空海がこの下で野宿をしたらしい。
橋の下に眠る空海の石像があったので、葵は手を合わせた。

第三章 菩提の道場 愛媛編 葵

No.18 16/08/24 20:54
小説大好き 

老人は葵の手元の遺影に目をやった。
「友達が死んじゃったんです……」
気がつくと、葵は芸人をやっていたこと、相方のサツキがお遍路中に死んだこと、この先の進路に悩んでいること……全てを打ち明けていた。強がっているつもりはなかったが、胸の内に溜まっていたものを、吐き出してしまいたかったのかもしれない。
二人は最近知り合ったカップルで、四国を観光中のようだ。残念ながらコウジを見かけてはいなかった。
「多分あんた、その相方さんにどっかで会えると思うで」
お爺さんが妙なことを言い出した。
「あんた、『かりそめの御霊(みたま)』いうのは知っとるか?」
「いえ……」
「亡くなって間もない人間がな、この世に一時的に戻ってくることがあるんや。大抵身内とか恋人とか、縁の深い人間に近づいてサインを送ってくるそうや。直接会いに来る場合もあるけど、死んだ人間であることがバレるとあかん事情かあるらしくてな。変装したり、何か物を使って合図をしてくることもあるらしい。部屋の明かりが点(つ)いたり、水道の蛇口が開いたりとかな。ほんで仏さんは、もう大丈夫やなと思うたら、ぱあっと消えて成仏されるそうや」
老人によれば、お遍路中にはそういう不思議な体験をすることが珍しくないらしい。

第三章 菩提の道場 愛媛 葵

No.19 16/08/24 21:14
小説大好き 

一時間半かけて山道を抜けた後、浄瑠璃寺(じょうるりじ)に到着した。
本堂の前には、「魂の転生」という張り紙がある。人は死んで次の世界には生まれ変わるまでに四十九日かかるらしい。三十五日目には閻魔大王に対面して、この世の罪を裁かれるようだ。
「閻魔大王ってさ、こんにゃくが好きらしいね」琴美が蘊蓄(うんちく)を語った。
「そうなの?激辛ラーメンかと思ってた。…てつか、閻魔大王にはこんにゃく渡して、生まれ変わったらレディー・ガガでお願いしますなんてのは通用すんのかなぁ?」
与太話に励んでいるうちに、次の八坂寺(やさかじ)に到着した。この八坂寺にも、あの世に関する物がある。
「極楽の途(みち)」と「地獄の途」というトンネルで、中には極楽や地獄の絵が描かれている。
「極楽に行けば、みんなCDデビューができそうだね」琴美が嬉しそうに言った。
「私みたいなブスでも、後光が差してそれなりに綺麗に見えるかも」と千春。
「私、マラカスとタンバリンならいけるわ。昔上司のカラオケにしょっちゅう付き合わされていたから」
「いいなぁ……。私は骨鳴らすくらいしかできないわ」
琴美がパキパキ指の骨を鳴らし始めた。どうやらこの一芸だけで、極楽へ行くつもりらしい。

第三章 菩提の道場 愛媛編 千春

No.20 16/08/25 13:43
小説大好き 

午前八時。千春はほかほかの布団からなかなか抜け出せずにいた。
床の間にある牛の置物が「はよ起きろ」と言っているように見える。そのまま、ぽーっとしていると、琴美が大きく伸びをした。珍しく自力で目を覚ましたらしい。
「お姉さん、おねしょは大丈夫でしょうね?」
「大丈夫だよぉ〜」
念のため、彼女の布団をめくって確認するが、確かに問題はなかった。
「私ね、おねしょの法則を発見したからもう大丈夫だよ」
「おねしょの法則?」
「そう。お酒飲んでね、すぐ寝ちゃうからダメなんだよ。飲んだ後は三十分とか一時間様子を見て、その後にトイレ行っとけば絶対しないことに気づいちゃった」
「ふうん……すごい法則だね」
千春は冷ややかに告げ、やっとこさ布団から引き剥がした。

第三章 菩提の道場 愛媛編 千春

No.21 16/08/25 15:22
小説大好き 

「来ちゃいましたよ。『カーンチ、セックスしよ』ってやつですよ」
「懐かしいねぇ」
千春は色めき立っていた。この大洲という街は、千春の大好きなドラマ『東京ラブストーリー』のロケ地なのだ。今日は終日大洲と、その先にある内子(うちご)を観光する予定だった。
早速「ちゃりんこ大すき倶楽部」と書かれたレンタサイクルを借りて街を巡った。呉服屋にかさ提灯店に、銃砲火薬店……昔ながらの商店が軒を連ねている。
ほどなくして、肱川(ひじかわ)という川の前に出た。鏡のように綺麗な川だ。川沿いにならぶカラフルな屋形船を目でたどっていくと、小高い丘の上に、この街のシンボル・大洲城が見える。
その後、ドラマに登場した大洲神社に行ってみた。おみくじを引くと、末吉だ。恋愛の項には「思うようにならぬもあせるな」とある……ふむ。

第三章 菩提の道場 愛媛編 千春

No.22 16/08/25 15:37
小説大好き 

三十分ほどかけ、遂に遍路シールを見つけた。どうやら道標の札が枝に隠れており、気づかずに道なりに進んでしまったらしい。
山道を抜ける頃には、日が暮れていた。看板には「久万高原町(くまこうげん)」の文字が見える。
久万高原町には愛南町……愛媛は立派な名前の街が多い。ついでに苗字ま「越智(おち)」、「清家(せいけ)」、「兵藤(ひょうどう)」など、立派なものが多いのだ。

第三章 菩提の道場 愛媛編 千春

No.23 16/08/25 15:48
小説大好き 

あくる朝は、寺でお勤めがあるので、頑張って五時四十分に起床した。
本堂に行って、見よう見まねで般若心経を唱えてみる。副住職は、惚れ惚れするほど美声の持ち主である。
三十分でお勤めが終わると、住職が法話を始めた。様々なお話をされていたが、「苦しみだらけの人生を遊べ」という言葉が印象に残った。

第三章 菩提の道場 愛媛編 千春

No.24 16/08/25 15:59
小説大好き 

やはりこれからは、おとなしく平凡な舗装道を歩いていくべきなんだろうか?あれだけ野心の強かった自分が、毎日つつがなく過ごせれば幸せを感じられるような人間になれるのだろうか?いや……ならければいけないんだ。
大人になるって、こういうことなんだよな……葵は繰り返し自分に言い聞かせた。
二時間ほどかけて山道を抜けると、森に囲まれた下り坂に出た。
先へ進むと、ぱらぱらと家の建ち並ぶ農地に入った。背後を振り返ると、山の稜線(りょうせん)が見える。
先ほど登った山があのどこかにあるのだと思うと、葵はたまらなく嬉しくなった。
登り始める前、山はとてつもなく大きく見えるが、一歩ずて登り続けているうちに、いつの間にか制覇しているのだ。人生は報われないことだらけだけど、お遍路は頑張ったら必ず報われるという、日本人が大好きな真理を体感させてくれるものなのかもしれない。
「みんなお遍路にハマっていくのは、こういうことやったんやね」
葵は姿の見えぬ相方に向かって話しかけた。

第三章 菩提の道場 愛媛編 葵

No.25 16/08/25 19:46
小説大好き 

その時、歩の頬をつうっと涙が頬を滑り降りていった。
あとは一言、葵がオチを付けるだけだったが、葵はその言葉を言い出せずにいた。
歩はなぜか、両目いっぱいに涙を溜めているのだ。
「葵……ほんまにごめん!」歩の目から、一気に涙が噴出した。
「私……ほんまに馬鹿なことしちゃったよ。取り返しのつかないことしちゃったよ……」
何を言い出すのだ?台本にはない台詞だった。
「一緒に夢を追いかけてきたのに、途中で投げ出しちゃって……ほんまにごめん!」
歩は泣きじゃくりながら頭を下げた。完全に漫才の流れを無視している。
「ほんまにごめん……許して!」
その時、一つの考えが葵の脳裏をよぎった。
オオボケコボケ……大歩危小歩危……大木歩。
まさか……彼女がサツキのかりそめの御霊なのか?歩は今日も厚化粧しているが、よく見れば丸い小鼻も、たるんだ頬も……サツキと一緒じゃないか。
どうして、自らサツキだと言い出さないのだろう?
そういえば、スターバーガーの老人は、かりそめの御霊は死んだ人間だとバレてはいけない事情があると言っていた。
だからこそ、彼女は髪型とメイクを変えて、別人のふりをしているのかもしれない。

第三章 菩提の道場 愛媛編 葵

No.26 16/08/25 19:53
小説大好き 

偶然にも、男運のない女ばかりが集まってしまいそうだ。
旅は道連れ世は情け----同士達がそばにいてくれるのは実に心強い。やっぱり負け犬で良かったなと、千春は心から思った。
坂道を上がっていくと、境目トンネルに突入した。これを抜ければ徳島県だ。
このあたり、県境が密集していて、次の雲辺寺(うんぺんじ)は徳島県、その次の大興寺(だいこうじ)からは香川県となる。お遍路では、次の雲辺寺から「涅槃(ねはん)の道場」と呼ばれている。涅槃……煩悩の火が消え、全ての悩みから解放された、究極の悟りの境地のことだ。誰に聞いても、この道場は楽勝で短いらしい。

第三章 煩悩の道場 愛媛編 千春

No.27 16/08/25 20:06
小説大好き 

新年明けて二日目の朝、葵と真由美は早々に宿を出て行った。
一方残された二人は、のんびり九時すぎに出発だ。
山に囲まれた舗装道は淡々と進み、佐野という集落を抜ける。
人気(ひとけ)のない上り坂を進んでいくと、天空の架け橋のような高速道路を見下ろせた。
そこからも急坂が続いた。勾配がかなりきつい。雲辺寺の境内は山の頂きにあり、九一一メートルと、八十八箇所のうち、最も高度が高いお寺なのだ。

第四章 涅槃の道場 香川編 千春

No.28 16/08/26 05:15
小説大好き 

参拝の後、寺の入り口にある「俳句茶屋」という茶店に入って一休みした。
百年以上前からある茶店で、店内には参拝客が詠んだ俳句が、天井や壁から垂れ下がっている。饅頭を食べながら、短冊に目をやっていると、あの二人の俳句が見つかった。
「うまい酒 呑みたきゃお遍路 来てみなよ 柿下千春」
「もう一度 青春したけりゃ お遍路さん 高松琴美」
恐らく季語は無視しているのだろう。葵も一句、書いてみることにした。
短冊をもらって、ペンを取った。
頭をひねってみるが、浮かんでくるのはネガティブな句ばかりだった。
「歩いても たどり着けない 遠い夢」「あきらて 続いていくのが 人生さ」。
溜息をつき、再び室内の俳句を眺め回した。
立ち上がって壁の隅から順番に目を走らせていくと、サツキの句が見つかった。
「デブなのに 全然やせない 歩き遍路 近藤サツキ」
食いしん坊のサツキらしい一句だ。この時サツキはどんな気持ちだったのだろう?
まだスタートして間もない頃だから、精神的には安定していたのかもしれない。あるいは憂鬱だったものの、あえて能天気な一句を詠んだのかもしれない。最後まで、彼女がお笑いを愛していたことは間違いないだろう。
お笑いかぁ……。
やがて名案を思いつき、葵は夢中でペンを走らせた。

第四章 涅槃の道場 香川編 葵

No.29 16/08/26 05:46
小説大好き 

曼荼羅寺(まんだらじ)の参拝を済ませ、次の出釈迦寺(しゅつしやかじ)に着く頃には日が暮れていた。
山門を抜けると、素晴らしい夜景が広がっていた。遠くに瀬戸大橋の灯りも見える。
坂道を下り、宿までの道を歩き始めた。ずらりと自販機の並ぶ休憩所を見つけた。
コーンポタージュを探していると、全品九十円以下の自販機がある。一番安いのは五十円で、白い缶に黒マジックで「三流コーヒー」とだけ書かれてある。葵は思わず吹き出してしまった。
ボタンを押すと、見たこともないマニアックな缶のカフェラテが出てきた。
飲んでみると、三流でも十分美味しかった。
不思議なことってあるものだ……。葵は今日の昼、俳句茶屋で詠んだ一句を思い出した。
----三流でも 笑って生きれば 超一流
笑って生きよう。それが葵が決めたこれからの目標だった。

第四章 涅槃の道場 香川編 葵

No.30 16/08/26 10:00
小説大好き 

店を出ると、
「みんなそれぞれ、どっかで生きてるんだよねぇ……」と琴美がしみじみ言った。
「そうだね。当たり前だけど、生きてるね」
千春はなんだか感傷的な気分になっていた。
お遍路をやっていなければ、一生訪れることはなかった小さな街。当たり前だがそんな街にも自分の知らない誰かが生きていて、それぞれ生活がある。一生かけて世界を回っても、ほんの一部しかその暮らしぶりは見ることはできないだろう。
世界は広すぎるのだ。

第四章 涅槃の道場 香川編 千春

No.31 16/08/26 15:40
小説大好き 

午後三時を回った頃、七十九番・天皇寺(てんのうじ)に到着した。
隣の神社の鳥居に目をやると、三つの鳥居が融合した不思議な形をしている。真ん中の大きな鳥居の左右に、小さな鳥居がくっ付いている。まるで鳥居が翼を広げたようなデザインだ。
「鳥居が三つでサントリーだね」琴美はしたり顔で言った。
閑散とした道を進んでいくと、JR鴨川駅(かもがわ)の前に出た。一階建ての無人駅だ。
一人の美少女が、横断歩道の前に佇んでいた。
「青春だわねぇ……」琴美がしみじみと呟いた。
「ただの里帰りじゃないのぉ?」
「そうかもね。けど、夢はこの小さな無人駅から始まるんだよ……」
言われてみれば、旅立つ彼女の後姿が意味深に見えてきた。

第四章 涅槃の道場 香川編 千春

No.32 16/08/26 15:50
小説大好き 

旅に出て一ヶ月半が過ぎた。
その朝、二人は国分寺(こくぶんじ)を参拝した。遂に八十番台に突入である。
それから、舗装道の坂道と山道を登ること二時間、白峰寺(しらみねじ)に到着した。
参拝の後、ベンチに座って牛めし煮卵マヨネーズ入りおむすびを頬張る。境内から流れる詠歌のテープを聞きながらの、優雅な昼食だった。
「ねぇ、ちーちゃんはお遍路終わったら高野山いくんだよね?」
「そうね。やっぱ世界遺産だし行っとくべきでしょぉ」
お遍路では、全ての寺を回り終えることを「結願(けちがん)」と呼ぶ。その後の流れにはいくつかパターンがある。八十八番の寺に杖を奉納して終わりにする人もいれば、その後、空海が今でも生きていると言われる、和歌山の高野山をお参りする人もいる。また、「お礼参り」といって無事結願できたお礼をするために、一番の寺まで二日ほどかけて歩く人もいる。

第四章 涅槃の道場 香川編 千春

No.33 16/08/26 18:08
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男が大きく溜息をついた。千春はたまらなくイライラしてきた。
「話変わりますけど……結局、世の中僕らみたいな低所得者層はどんだけ頑張っても、資本家に搾取されちゃいますよね?ユダヤ人の陰謀で、金と時間を搾取されてしまうんです。それと一緒ど、お遍路も所詮は自己満足みたいなもので、ユダヤ人の陰謀からは----」
「ユダヤ人のせいにするんじゃねーよ!」
千春は声を荒らげた。男はビクンと肩を震わせ、居住まいを正した。
「まだちょっとしか歩いてないのに、わかったようなこと言わないで。あんた、男だろ?人生なんて、そうそううまくいかないものなんだよ。なにユダヤ人のせいにしてるの?私だって誰だってみんなうまくいかないのに、もがいてもがいて、必死に悩みながら生きてんだよお!!」
男が顔を歪めた。「そうですねぇ……」と小さな声で呟いた。
「燃え尽きるまで歩いて、わかることだってあるんだよ!焼山寺の苦しみがあんたにわかるか?室戸岬までの退屈さがあんたにわかるか?」
「いえ……わかりません」
「そういうこと……じゃっ!」吐き捨てるように言って、千春は踵を返した。
「ちーちゃん、オットコマエだったよ」

第四章 涅槃の道場 香川編 千春

No.34 16/08/26 19:12
小説大好き 

三十個も食べると千春はお腹がいっぱいになった。しめにはカキの炊き込みご飯も出た。
支払いをしようとすると、カウボーイハットを被ったお洒落なオーナーが出てきた。
そして一言、「会計は〇円」
「えええーーーー!」千春は絶叫した。なんとバブリーなお接待だ。
更にオーナーはカキの炊き込みご飯と、お茶までお土産にくれた。
満腹のまま、みんなに手を振って別れた。去り際にロシア人青年は、「ガンバッテください。お遍路ガールズ」と笑顔で言った。

第四章 涅槃の道場 香川編 千春

No.35 16/08/26 20:52
小説大好き 

八十七番・長尾寺(ながおじ)を参拝した後、お寺の前にあるあづまや旅館に行った。
ここのお婆ちゃんはとても親切で、卵の黄身が二つ並んでのっている。いつもお大師様と一緒----「同行二人」の意味を込めているらしい。

第四章 涅槃の道場 香川編 千春

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