チェルシー・イン・ストア
毎日働く、デパートガールのチェルシー。
ベテランの女性たちのいざこざに巻き込まれ、アクシデントを乗り越えていくチェルシーは、バラ色の人生に、たどり着けるのか、、、?
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「、、、、、ええ。そう。それで全部かしら。よく見せてちょうだい。
、、、ああ、やっぱり素敵ね。このカップでお茶を飲んだら、さぞかしおいしいでしょうね。7客あるから、ちょうど一週間、日替わりで飲めるわよ。ええ、これでいいわ」
銀髪のマダムは、にっこりと、チェルシーに微笑んだ。チェルシーも、いつもの笑顔で、にっこりと微笑み返し、
「それでは、ここに、奥様のサインをお願い致します」
と、万年筆と、ブルーの紙片を差し出した。
「これでいいかしらね、、、、、そう、間違いないわ。どのくらいで届くの?
」
「航空便でしたら、2、3日以内にお届け致します」
「そう。じゃ、間に合うわね。初めての女の子だから、食器は、素敵な物を使わせないとね。私もね、嫁ぐ時、おばあちゃんから食器セットをもらったんだけど、娘に持たせようとしたら、古いのはイヤなんですって。あの子たちの家は、わけのわからない物で、あふれかえってるのよ。せめて孫には、いい物を使ってほしいと思って、、、」
「あなたも、幸せそうね、チェルシー」
「ええ、、、、、」チェルシーは、嬉しそうに微笑んだ。
「なんとか、結婚まで、こぎつけそうですよ」
「よかった」ミズ・セイラも、にっこりと笑った。このあいだTVで見たドラマの中の、やさしいママのようだ。
「いろいろと大変だったでしょう、、?このお店も人手不足で、若いあなたたちに負担がかかってたわね。でも、おかげで、ロンドンの中でも、最近かなり好調な売れ行きになってきたわ。あなたも、もう、一息ついて、幸せになる準備を始めないとね」
「でも、結婚するって、意外とメンドーですね?」
「まあ、ちょっとはね」ミズ・セイラとチェルシーは、顔を見合せて、いたずらっぽく笑い合った。
「セイラ、売り上げが上がって、ご機嫌良さそうね」
つんとした感じの、低く通る声が、割り込んでくる。
「ええ、チェルシーのおかげで、ウェッジウッドがついに売れたのよ」
「まあ」ミズ・ケイト。まるで、年老いたエジプトの女王、という感じの女性だ。見つめられると、思わず固まってしまう。
「これまでの赤字が、ようやく少しは埋められたってわけね」
「ケイト。フランスのマダムがお孫さんへプレゼントされる品物を赤字埋めだなんて、そんな事言ってはいけないわ」
「赤字は赤字よ」ミズ・ケイトのきつい視線が、チェルシーをとらえる。
「この子たちときたら、平気で化粧室の電気や水道を使いまくる、スタッフの食堂の調味料は遠慮なくカラにする、このあいだなんか、備品のティッシュペーパーやボールペンまで持ち帰っていたのよ。
こんなふうで結婚したって、しっかりとした家庭が作れるもんですかね。ちゃんと、きちんとした事を教えてあげなさいよ。私は、あちらのカウンターに行ってくるから」
ミズ・ケイトは、くるりときびすを返し、ギフトコーナーへと向かう。
去っていくミズ・ケイトの後ろ姿に、チェルシーは、しかめ面をする。
ポーチをロッカールームに置き、3Fのキッチンクリーナーを取りに行き、5Fの家具売り場の掃除にかかる。
「あれ、チェルシー、掃除してくれるのかい?」
「ええ、ミズ・ケイトの言いつけでね、、、、」
「そうか、ちょうどよかった。そっちのカウンター周辺も、きれいにしといてくれる?近々、配置替えするかもしれないから」
5Fで働いている男の子の何気ない一言で、チェルシーの仕事が倍に増えてしまい、結局、午後のほとんどの時間を掃除に費やしてしまった。
お店のプライスダウンセールの開始時間とともに、うまく同僚の子と交替して、ドタバタと帰り支度を済ませ、タイムカードを押し、あわてて店の外へ出る。
30分ほどして、チェルシーは、にこにこと、タオル、ポスター、よれよれのパンフレットなどをかかえて戻ってきた。
「ごめんね、待った?ボビィ」
「いや、大丈夫、、、 タバコ一本分くらいだから。そのパンフレット、買ってきたの?」
「ううん。誰のかわかんないけど、落ちてたから、もらってきちゃった。他にもいくつかあったけど、これが一番キレイだったの」
「そうか。じゃ、後で僕にも見せてね」
ボビィは、笑いながら、クセのある金色の髪をかき上げた。
「ところで、チェルシー、サロンにも行かないといけないんだけど」
「サロン?ウェディングドレスのこと?私、レースがたくさんついてる最新のモードなら、別にどんなのでもいいわ」
「うん。それでね、結婚式のことなんだけど、そろそろ予約をしないといけないと思うんだけどね、、、」
色とりどりのバスマット、こまごまとしたキッチン用品、、、、
次のセールのための品物と、今回のセールの目玉商品を入れ替え、段ボールに収納する。
「なんとか、無事に成功したわね」
「ええ。よかったですね、たくさんお客が来て! 、、、、ミズ・セイラ、この、壊れた木馬は、どうしましょう?」
「ああ、そういえば、子供たちがそれに群がってたわね。しょうがないわ。古くなってたし。守衛のサンドラさんが、日曜大工が得意だから、なおしてもらいましょうか?」
ミズ・セイラとチェルシーは、物品室の品物の整理を、あらかた終えようとしていた。
「うわあ、今日中に終わるかなぁ」
「無理しなくてもいいのよ。明日は何もない日だし、こまかいチェックは、私がやっておくから」
「いつもすいません、ミズ・セイラ」チェルシーは、ちらっと、壁の時計を見る。
「デートなんでしょう?」
マリア様のようにやさしい顔で微笑むミズ・セイラ。
「行ってらっしゃいな」
「いいえ、もう少し片付けてからで、いいんです」
「いいのよ。あなたは、ちょっとそそっかしい所があるけど、セールの時なんか、あちこちのフロアでよく働いてくれるし、私たちも、すごく助かってるわ。若い娘さんは、なんでも簡単に済ませてしまおうとするけど、あなたは、一生懸命してくれるもの。
すてきな恋人を、あまり待たせちゃいけないわよ」
「いいんです。携帯電話で連絡が取れるから。、、、、このリネンは、ここでいいんですか?」
「ええ。グリーンの、5番目の棚に入れてちょうだい。そこにあるテーブルクロスも、別の場所に置かないとね。ところで、チェルシー、スイートホームの準備は、いいの?」
「それが、これからなんですよ!おたがいに忙しくて、、、、」
「そうでしょうね。最近の家庭用品は、いろいろとセットするのが面倒よね。、、、、誰か、頼りになる人は、いるの?」
「いいえ。私、パパもママもいないから、、、、 ステイ先のママは、いたんですけど」
「ステイ先?」
「ちょっとした、カンパニーの施設です。ずっと、そこで育ったんです。そこのママも、もうおばあちゃんになってます」
「まあ、、、、 じゃ、あなたのパパとママは?」
「ほんとのママは、私を産んでくれて、3年くらい後に、天に召されました。パパも、一生懸命、ママの看病をしてたんですけど、病院代が足りなくなって、遠い所までお仕事に出向いて、それっきり、、、、 音信不通なんです」
くしゃくしゃになった茶色い包装紙が、通風口からの弱い風で、カサッと音を立てる。
「ミズ•ケイト、前回の分は、50枚もないですよ」
チーフが、ネクタイを少しゆるめながら、低い声で口をはさむ。
「なければ、前々回のセカンドボックスの分があるでしょう。とにかく、この子は、遅刻の常習犯なんです。今日という今日は許しません。事務室に行って、今すぐ始めなさい」
「、、、、あの、このままで、書き換え、やっていいですか、、、、?」
「何を言ってるの!!そんなヒッピーみたいな格好で、仕事ができるとでも思ってるの!?制服に着替えてからに決まってるでしょう!今すぐ、50枚、書き換えしなさい!!」
ミズ・ケイトの金切り声が、フロアに響きわたる。
天井のスピーカーから、開店準備時間を知らせる電子音のチャイムが、鳴り始める。と同時に、クモの子を散らしたように、フロアの店員たちが、それぞれのカウンターへと向かう。
ガチャ、と、ドアが開く。
「チェルシー、何枚書けた?」
同じフロアの、リズだ。ブロンドの髪を、無造作にバレッタでとめて、アップにしている。
「27枚」
「大変ね。手伝ってあげたいけど、私もこれから、3Fのマネキンの着せ替えがあるから、、 お昼は?もう食べた?」
「もうちょっとしたら、食堂に行くわ」
「そう。これ、1Fのベーカリーで予約してたお客様がキャンセルしたパンなんだけど、よかったら、どうぞ」
「うん」
リズが、事務室の中に入り、ベーカリーの袋を机の上に置く。
ふわりと、小麦粉の匂いと、ローズの香りが流れ込んでくる。チェルシーは、急に、おなかが減っている事に気がついた。
パンもいいけど、チキンサンドが食べたい、、、、
チェルシーは、やや疲れた顔で微笑み、廊下を歩き出す。
休憩室に差し掛かった時に、ふと、「、、、、、、 チェルシーが、、、、」という声が、耳に飛び込む。
思わず、足が止まる。今日の、お礼状の事なんだろうか?
固い、ドアの木目に耳を押しあてて、中の会話に耳を澄ます。
「50枚は、ちょっと可哀想だったわね」
「今時、手書きのお礼状なんて出す所、ないわよね。お客様も、今度いつ来て頂くのかもわからないのに」
「ねぇ、このあいだのチケットはどこ?」
「ああ、ここよ。これもあげる。50%オフのチケット」
女性店員たちのしゃべり声が聞こえる。
「ミズ・ケイトもねえ、ちょっと、やり過ぎよねぇ」
「また、ヒステリーの発作が出たみたいね」
「彼女にも、休息が必要なのよ」
聞き覚えのある、ミズ・セイラの声。「何十年も、勤めてきたんですもの」
「どこか、郊外のお店に、移ってくれないかしら。新しくお店を出す話は、どうなったの?」
「若い店員の子が、いないのよ。掛け持ちばかりで」
「そういえば、チェルシーは?50枚も書けば、伝票係になれるんじゃない?」
「チェルシーは、できないわよ」ミズ・セイラの、おだやかな声がする。
「結婚するんですもの」
「まあ、そうなの?よかったわねぇ、お相手はだれ?トムかしら、もしかして、カール?」
「このお店の店員じゃないわ。私の知り合いが勤めている会社の代表の、息子さんみたい」
「あら、すてき!シンデレラガールじゃない!ミズ・ケイトに、こき使われた甲斐があったじゃない。幸せになるといいわよねぇ」
「どんな会社?」
「アットホームな会社よ、、、、 アメリカに、カンパニーを持っている所でね、将来も安定していると思うわ。鉱山業で成功したみたいよ」
「ああ、うちの主人の親類にもいるわ。一代で財産を蓄えたんですって。いいわねぇ。アメリカンドリームっていうのかしらね」
「アメリカンドリームなんて、、、、この、イギリスで、何か価値があるのかしらね?」
「だって、生活の保証があるじゃないの。お父様が会社の社長なら、きっと立派なお家を用意してもらえるんでしょうねぇ」
「どうせ、セレブリティになったら、私達の事なんて、見向きもしなくなるわよ。出ていく人達は、みんなそう。特に若い子はね」
「たぶん、お相手は、苦労知らずのヤンキーボーイじゃない?この間も、そんな感じの子が、買い物に来てたじゃない。変な格好して、、、、」
「チェルシーも、そういう人と結婚するのが、お似合いよね。ほら、あの子、ちょっと、、、、 英語が、アメリカンだもの、、 くだけすぎというか」
「グラスを、ガラスとか?」
「そうそう」
ドッと、笑い声がおこる。チェルシーは、はっと我に返り、ドアから離れた。
休憩室の、自分の棚の中には、リズからもらったパンの残りがある。
でも、取りに入ることはできなかった。
しょうがない、明日のランチで食べようーー
メールを確認していると、ドアに、ノックの音がする。
「はい、どうぞ」
「花嫁さんに、お祝いのメッセージが届いてますよ」
ブラックのパンツスーツをゆったりと着た女性スタッフが、にこやかな顔で、チェルシーに封筒を渡し、去っていった。
右手に携帯電話、左手に封筒を持ったチェルシーは、とりあえず携帯をテーブルの上に置き、封筒を見つめた。
ソファーに腰かけると、ドレスのシルクやレースが、サラサラと音をたてる。
差出人の名前を見ると、ミズ・ケイトからだ。
ーーミズ・ケイト?
ミズ・ケイトは、しばらく前から、お店を休んでいた。お礼状騒動の後、体調がすぐれず、しばらく家で療養しているというウワサを聞いていたが、どうして、結婚式の事を知っていたのか、チェルシーには、わからなかった。ごく身内だけの式なので、お店の先輩たちには、誰も、招待状を出さなかったからだ。
とりあえず、封を開けてみる。簡素なペーパーに、くっきりとしたインクの筆跡が、目に飛び込んだ。
チェルシーへ
結婚おめでとう。本来ならば、お店の同僚と共に、お祝いをせねばならない所ですが、私も療養の為、現在どこにも出向く事ができません。書簡にて、失礼致します。
実は、前回のセールのお客様より、お礼状のお返事が届いていました。高額なお買い物をされた方ですが、出来栄えに大変感激されて、次回のセールの予約も承った次第です。
これも、あなたが御礼状をきちんと書いてくれたおかげです。感謝しています。ーーただ、女性として、お店の中の基本的な事柄を、もう少し身につけておいてほしかったとは思いますが、それは、新しい生活の中で、身につけていくしかありません。
今度、お店でお会いした時には、主婦らしい落ち着きがついている事と思います。
それでは、お幸せに。御主人、御親族と共に、祝福に満ちた家庭を築かれん事を願っています。
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