(再)続ブルームーンストーン
大ちゃん
ありがとう
大好きでした。
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2018年初夏。
とあるダイニングカフェの個室スペース。
森崎有希(ユッキー)
山田勇人(ユータン)
神谷大輔(大ちゃん)
そして私、田村美優(ミューズ)
の4人は久しぶりの再会を喜び合っていた。
4人が初めて出会ったのは25年前、
1993年春。
私、24歳。
ユッキー、22歳。
ユータン、22歳。
そして、大ちゃん、18歳。
だった。
あの頃は楽しかった。
ただみんなと一緒にいられるだけで良かった。
他の3人もきっと同じ思いを持っていたくれたのだろうと思う。
でも私達は結局それぞれ違う道を歩むことになりバラバラになる。
1996年に放送された「白線流し」
というドラマがあった。
男女数人の友情ドラマだったのだが、
あのドラマをみると何となく4人で楽しく騒いでいた事を思い出し感情移入をしてしまっていた。
スピッツが歌う主題歌、
空も飛べるはず。
くじけそうになった時はいつもこの曲を聴き、他の3人もきっとこの空の下で頑張っているんだと思い頑張った。
今でもその思いは変わらない。
「久しぶりだね!乾杯しようか!」
私はグラスを手に持ち3人の顔を見回した。
「おうっ!」
ユータンの声に続き、ユッキーや大ちゃんもグラスを手に持っ。
「お久しぶりですっ!カンパ~イ!」
グラスが軽やかな音を立てる。
「ユータン、本当に久しぶりだね。
20年ぶり?」
「どうだったかな?
駅のホームで…以来?」
ユータンがその時の事を思い出したのかクスクスと思い出し笑いをした。
「あ~あれ以来か。」
恥ずかしい思いをした割には結局ご無沙汰しちゃってたか…
それでも、私の目の前にいるユータンは驚くほど当時のままのユータンで、
時の流れを全く感じさせない事が嬉しかった。
あれから色々あったよね…
あの当時の事を懐かしく思い出す。
そして、それに伴いこのお話も1990年代に戻っていく…
1997年春。
本社勤務になってから約2年半。
大ちゃんの予想通り、
「会社の都合」で私達のプロジェクトチームは解散した。
「田村さん、来月から〇〇店の副店長としてまた戻ってもらえますか?」
運営部の課長にそう打診される。
「〇〇店ですか?」
〇〇店とは私が新入社員時に配属され、あの3人と出会った店舗の事である。
「はい。今度は副店長としてまたそこで頑張って欲しいです。」
課長がニコニコとしながら頷く。
私に拒否権など無い。
だが、本社に残っても特にやりたい事がもう無かった私には、また現場で頑張る方が良い選択にも思えた。
一応、出世だしね。
無理矢理に自分を納得させる。
「わかりました。
近いうちにそこの店長に挨拶に行ってきます。」
そう答える私に、
「あ、その事なんだけど…」
課長が何かを言いかけた途端、
コンッコンッ!!
2人のいた会議室のドアが大きなノックの音で揺れた。
うおっ、ビックリした。
驚いてドアの方を見つめると、
「どうぞ~!」
と、課長は少し呆れた様な声を出し、その訪問者に入室を促した。
「課長、話があると聞いて来たんですけど。」
少しふてぶてしい物の言い方をしながら入って来たその男性を見た私は一瞬その場に凍りついた。
大…ちゃん…?
「え?」
大ちゃんも私の方を向いたまま、驚いたのか動かない。
「こら!神谷!全くお前はいつもガサツだな。」
課長の声に私達の呪縛が一瞬にして解ける。
「あれ?話し中でした?」
先に口を開いたのは大ちゃんの方だった。
「いや、もう話は終わったんだけどね。」
課長は大ちゃんにも着席を促すかの様に先に会議室の椅子に座りながらそう答える。
「そうっすか。」
そう言いながらも大ちゃんは私から視線を外さない。
くっきりとした切れ長のキレイな二重。
彫りの深い顔立ち。
意思の強そうな口元。
整った顔立ちだが、触れると傷だらけになりそうなトゲトゲとした雰囲気が全体に漂っている。
まるで、出会ったばかりの頃の大ちゃんみたいだ。
怖い…
でも怖いのに、
目を逸らしたいのに何故か逸らせない。
吸い込まれそうな瞳、
大ちゃん…
「ああ、田村さんね、来月から〇〇店の副店長として行ってもらう事にした。」
大ちゃんの視線に気づいた課長が取りなすようにそう言うと、
「〇〇店?」
大ちゃんの眉が神経質そうにピクリと上がった。
「そう、あの〇〇店だよ。」
課長が何故か「あの」という所をわざと強調する。
〇〇店に何か問題でもあるのだろうか…
大ちゃんは強ばった表情のまま何かを考え込んでいる。
当の課長はというと、何か探る様な目で大ちゃんを見ていた。
「別に…俺には関係の無い話ですから。」
大ちゃんの吐き捨てる様な返事を聞き、ハア~っと大きくため息をついた課長は、
「とにかくそこに座って!
あ、田村さん!また何かあったら僕に声をかけて下さい。」
と私に向かって頷いた。
部屋を出ていけという事なんだろうな…
瞬時に察した私は、
「では失礼します。」
と頭を下げて会議室を後にした。
会議室を出て歩き出した途端、バッグの中から微かな着信音が鳴っている事に気づいた。
人気のないホールの端で電話をとる。
「もしもし。」
電話の相手は半年程前から付き合っている恋人の翔平だった。
私と同い歳の翔平は共通の友人を通じて知り合い…
というごく一般的な出会いをし、
お互い争いを好まない事なかれ主義という性格も一致してのんびり気楽な付き合いを続けていた。
「今日そっちに泊まりに行くけどいい?」
「いいよ。買い物して帰るから先に着いたら部屋に入ってて。」
そう答えると電話を切った。
翔ちゃん来るって事はもう週末か、
早いな。
最近、曜日の感覚すらないよ。
私は歩き出しながら苦笑した。
翔平と付き合い出した頃に私は引越しをして今のマンションに移った。
前の女性専用マンションに比べ、
セキュリティの問題や家賃の高さが少々気になったが、築浅で日当たりも良いその部屋は予想以上に住み心地が良く、私は気に入っていた。
翔平とは付き合って3ヶ月程で週末は私の部屋で過ごす仲になり、
合鍵も渡し、私達は今や半同棲の様な生活をしている。
さて、今夜は何作ろうかな…
夕飯のメニューを考えようとするが頭の中がまとまらない。
大ちゃん。
2年数ヶ月ぶり?
今頃また会うなんて…
さっき見た大ちゃんの顔を思い出す。
出会った頃と同じ怖い顔だったな。
きっと何も連絡しなかった私の事を怒ってるんだろうな…
でも連絡して来なかったのは向こうだって同じで…
やめよう。
今さら、そんな事を蒸し返して思い出しても仕方ない。
もう多分会うことも無いだろうし…
自分で言い聞かせたその言葉に、
気持ちがゆっくり落ちて行くのがわかる。
ダメだ!
私は落ちかけた気持ちを切り替えるべく、降りる予定だった自分のマンションの最寄り駅を2つ乗り越した。
2つ乗り越して降りた駅。
そこは引っ越す前の「最寄り駅」だった。
さてと、歩くか。
以前は自転車で通ってたんだよね。
歩くと20分くらいかな。
そこそこいい運動にはなりそう。
気分転換にもなるだろう。
特に何の予定無かったのだが、とりあえずの思いつきで私は〇〇店の方に向かって歩き出した。
スタスタとやや早歩きめで徒歩約20分。
前方左手に懐かしい〇〇店が見えてきた。
懐かしいな。
せっかく来たのだから店内の様子も見ておこう。
店内に入る。
「いらっしゃいませ。」
若い男性社員に挨拶をされる。
お客さんだと思われちゃった。
それは向こうにしたら当たり前の事なのだが、コソコソ何かをしている様な気分になり私は焦った。
今日は様子見のつもりだったけど、
やっぱりちゃんと挨拶して帰ろう。
意を決して、
「あの…すみません。
店長さんはいらっしゃいますか?」
おそるおそる声をかける私に、
「はい、あの、ご用件は何でしょうか?」
彼は少し戸惑った表情で返してくる。
「あ、すみません。
失礼しました、本社の田村と申します。
今度こちらに配属される事になりましたのでちょっとご挨拶に。」
途端に相手の表情が緩んだ。
「あ!そうなんですか。
ちょっとお待ち下さいね!」
彼はバックヤードに繋がるスイングドアを開け中を覗き込み、
「店長、お客様です。」
と声をかけてくれた。
「はいはい。」
と気の良さそうな声がしたかと思うと、30代前半くらいのいかにも人の良さそうな顔つきの男性がバックヤードから店内に入ってきた。
優しそうな人だ~。
心の中でホッとする。
「あ、お疲れ様です!
本社の田村と申します。
来月からこちらに配属予定なのですがもうご存知ですか?」
「あ~すみません。
まだこちらの方には何も通達は無いですね。」
「そうですか。
本社からの通達って遅いですもんね。」
「そうなんですよね。
僕自身がこの店舗に移動の辞令が来たのは1週間前でしたし。」
「ええっ?1週間じゃ引き継ぎとか大変だったんじゃないですか?」
「いやいや、僕の同期なんか3日前に言われた奴もいましたし。」
「…めちゃくちゃですね。」
「ですね。だから田村さんが来月来てくれる事が早めにわかって良かったです。」
「はい、よろしくお願いします。」
私は頭を下げると、
「また改めてちゃんとご挨拶に来ます。」
と、店を後にした。
「おっと!危ない。」
いつもの様に本社のある方面の電車に乗ろうとした私は危うく踏みとどまった。
今日から引き継ぎのため〇〇店に行くんだった。
逆だよ。逆。
苦笑しながら慌てて反対側のホームへと向かう。
〇〇店はパートの沖さん以外はすっかりスタッフが入れ替わっており、
社員の構成も店長、副店長の私の他には今年入社した新入社員が2人来る予定とのこと。
う~ん。
私もある意味新人みたいなものなのに大丈夫かな…
一抹の不安が頭をよぎるが、あの優しそうな店長の顔が頭に浮かぶ。
うん。
何とか店長を助けられる様に頑張っていかねば!
店舗への挨拶用のちょっと奮発した高級菓子折の袋を握りしめ、
いざ!
裏口からバックヤードに入ると、
事務所の中からボソボソと店長の声がした。
コンコン!
「おはようございます!
今日からよろしくお願いします!」
元気良く事務所のドアを開けた私の目に、
「あ!田村さん、おはようございます。」
「おはようございます。」
店長と、
店長と、
店長と、
ええええええええっ!?
大ちゃんの姿が飛び込んできた。
「えっ?えっ?えっ?」
呆気に取られる私に、
「あれ?本社から何も聞いてないんですか?」
と大ちゃんが呆れた様に言う。
「あ~、神谷さんは今度うちの店に来られる事になったんですよ。」
「えっ?…新入社員の…1人?」
「なんでじゃあっ!!」
大ちゃんがいきなり吠えた。
「えっ?ふ、副店長…?」
「それは田村さんでしょ?
僕の後任の神谷店長ですよ。」
優しい声の店長の説明に大ちゃんが黙って軽く頭を下げる。
ボトッ。
私の手から、ちょっと奮発した高級菓子折の袋が落下した。
「で、この書類はここにまとめてありますので…」
初日の引き継ぎは主に書類の置き場所や事務的な内容etc.....
私に引き継ぎをしてくれたのは、先日私が声をかけたあの若い男性社員だった。
この人も居なくなっちゃうのか。
もう1人いた社員の女の子も移動するとの事。
本当に総入れ替えなんだな…
副店長になる前にはそのための研修を受ける。
大抵は候補達が一斉に揃って本社で受け、
しかも現場で働きながら数ヶ月かけて何回かに渡って受けるものだが、
大ちゃんの時と同じく必要に迫られた時には急遽「個別指導」の様な形で詰め込みで研修を受ける。
現場で働きながら少しずつ慣れていく他の副店長と違い、知識だけ身につけた新米副店長、しかも頼るべき店長はあの大ちゃん…
う~ん。
不安の1文字しかない…
気まずさもあるし、
とにかくこれもこの引き継ぎ期間中に何とか慣れる様にしていかねば。
それまでは…
うん、とりあえず二人きりになる事はなるべく避けよう、そうしよう。
私がそう心の中で決めた途端、
「田村さん、これからの事も話したいしちょっと外に出ようか。」
と「神谷店長」が誘いに来た。
げげっ。
「あ、いや、まだ取り込み中で…」
もごもご言う私に、
「大体の説明は終わりましたよ?」
副店長君が不思議そうに私を見る。
おいこら兄ちゃん空気読め。
困ってるだろ?
あからさまに。
その気持ちをありったけ目力に込めて副店長君に念を送る。
「あ~!」
副店長君が頷いた。
やった!
念が通じたっ!
「田村さんは引き継ぎ初日ですし、店には僕らも居ますので、遠慮しないでゆっくりミーティングしてきて下さい!」
違~う!
そうじゃな~い!!
「ふ~ん、じゃあ行こうか。」
大ちゃんが有無を言わさず先に立って歩き出す。
「あ、じゃあ後はよろしく…お願いします…」
ボソボソと声をかける私に、
「頑張って下さいね。」
と、副店長君が意味深な笑顔を浮かべてそう言った。
大ちゃんを追いかけて店内に入ると、
大ちゃんはスイングドアの近くに立ち、店内を見回していた。
その表情は硬い。
「これは1からやり直した方が早いな…」
彼は渋い表情を浮かべながら独り言を漏らす。
やり直し?
この店舗の事には違いないんだろうけど…
もしかすると今からやるミーティングってこれに関する事かな?
とりあえず声をかけなきゃ。
「神谷さん!」
私が呼びかけたのと同時に私の後ろから店長が大ちゃんを呼び止めた。
「神谷さんすみません、さっきの件ですが…」
大ちゃんは私のほうを向き、
「ごめん、もうちょっと待ってて。」
と、店長の方に足早に向かって行ってしまった。
どうしよう…
仕方がないので、またバックヤードに戻る。
「あれ?どうしたんですか?」
副店長君に声をかけられた。
簡単に事情を話すと、
「あの神谷店長も大変ですよね。
あっ大変なのは田村さんか。」
副店長君がまた意味深な笑いを浮かべる。
「さっきから気になってたんだけど、もしかして神谷店長の事を知ってるんですか?」
私の問いに、
「いや僕は直接は知りませんよ。
でもお噂はかなり…ね。」
お噂って…
これまた穏やかならぬ事を…
「どんな噂ですか?
本社には表面的な話題しか入って来なくて、なかなか現場の生の声が聞けてないっていうか…」
「ん?いや悪い噂じゃないですよ。
かなりのやり手で本社からの期待も厚い有望株の店長って事です。」
「それだけですか?
他にもあるんじゃないですか?」
「ん~後は大した事じゃないんですけど、好き嫌いがハッキリしててかなり厳しく、気に入らなければ誰彼構わず噛み付く所からついたあだ名が狂犬。
ついでに言うと、神谷店長に睨まれた人物が何人か病院送りになったとか…」
おいっ!!
こっちの方が十分「大した事」あるわっ!!
むしろメインだわっ!!
「びょ、びょ、病院送りってなんなんですか!?」
「さあ?噂ですからね~
真偽の方は何とも。」
副店長君はしれっとした顔で嘯いた。
この副店長君、大人しそうな顔をして実はなかなか食えない奴。
引きつる私の顔をニコニコしながら面白そうに眺める副店長君。
「まっ僕は神谷店長みたいなタイプ好きですけどね。
彼の下で働いてみたかったなあ。」
なら変わってくれよ!
今すぐ!
遠慮するな。
気持ち良く差し上げよう。
「でも、その機会はこれからあるかもしれませんよ?」
「いや、残念ながら僕はこの度店長になる事に決定しましたので。」
「あ、おめでとうございます。
なら…無理ですね。」
「神谷店長が地区長になれば可能ですけどね。
案外そんな日も近いかも。」
副店長君は私をからかう様な目をしてフフっと笑っていたが、
「そろそろ戻って来られるんじゃないですか?
行ってらっしゃい。」
と言い残し、スっと倉庫の方に出ていった。
「田村さん!」
それから程なくして大ちゃんが私を探しにバックヤードに入ってきた。
「お待たせ!行こうか。」
「あ、は、はい!」
2人で駐車場に出ると、
「乗って。」
と大ちゃんは車の助手席を指さし、自分も運転席に乗り込んだ。
「昼ご飯まだでしょ。
食べながらミーティングも兼ねようか。
休憩室でやると他のスタッフが気を使ってゆっくり休憩できないだろうし。」
なるほど。
「ここでいい?」
車が入った先は、
かつてよく利用していた職場近くのファミレスだった。
「わあ懐かしい!
何年ぶりだろう。」
思わず声を上げた私に、
「でしょ?」
と大ちゃんも懐かしそうに微笑む。
席に案内され座った途端に、
「住所変わったんだ。」
といきなり大ちゃんが切り出してきた。
「あ、はい。」
「ふ~ん。なんで?
女性専用マンションじゃ彼氏と住めないから?」
「えっ!?
い、いや週末にちょっと泊まりに来るくらいで、住むとかは…」
「なんだ。やっぱり彼氏いるんだ。」
「え、え、大ちゃんも彼女いるよね?
お、お揃いだね…」
「お揃い?」
大ちゃんはフッと笑うと、
「まあそういうことになるかな。」
と私から視線を外し、メニューに手を伸ばした。
「さて、早速だけどちょっと質問していいかな?」
注文を済ませるのもそこそこに大ちゃんが切り出してくる。
「今日久しぶりに〇〇店に来たと思うけど、久しぶりに見た店の雰囲気どうだった?」
「え?え~と、どうって…」
「わからない?
じゃあミューズが前にいた時と比べて店の雰囲気どうだった?」
「あ~、何かシーンとしてるっていうか活気が無いというか…」
「他には?」
「え~と前に挨拶に行った時に買い物して帰ろうと思ったら品出し中のスタッフさんが必死で作業をやってて邪魔で…
でも声をかけるのも何だからそのまま帰った。」
「他には?」
大ちゃんはその調子で私に幾つか気になった点を挙げさせると、
「これ見てくれる?」
〇〇店の売り上げ、客数、客単価等が記載された資料を取り出した。
「ここんとこ、〇〇店の売り上げ、客数共に急激に減っている。」
「あ、でもこれは近くに何店か出来た競合店の影響も…」
私の言葉に大ちゃんはフンと鼻で笑う。
「そんな事を言い訳にしている副店長の店は遅かれ早かれ潰れるな。」
きっつう…
「す、すみません。」
「いいか?
競合店対策で1ヶ月後には車で15分程の距離にうちの会社の店舗ができる。
うちよりも更に大きな大型店舗だ。
このままだとうちの店舗は確実にそこに食われる。」
「え?同じ会社の店舗で食い合い?
そんなえげつないこと…」
「えげつない?
それがうちの会社だよ。」
そうなんだ…
「あのタヌキ課長、俺にそれを承知であの店の売り上げを何とかしろとしつこく言ってきた。
そんなもん面倒臭いからと断り続けてたのに…」
大ちゃんが更に忌々しそうに言う。
「えっ?じゃあ何でその面倒臭い話を引き受ける事になったの?」
「えっ…何でって…」
「お待たせ致しました。ハンバーグセットでございます。」
ちょうど話しを割って入る様に注文の品が来た。
「おおっ、これも懐かしいな。
さっ、食べよ。」
大ちゃんはナイフとフォークを取り上げると、後は無言でハンバーグを食べ出した。
「そろそろ迎えに行ってくる。
何かあったら携帯に電話して。」
大ちゃんが店内にいた私に声をかけてきた。
引き継ぎ期間が終了する同日に新入社員の研修も終わり、かつて私達もそうされた様に研修最終日の午後に各店長が新人を迎えに行く。
大ちゃんが留守にしても、まだ前店長と社員の女の子が残ってくれていたので安心できた。
「分かりました。」
余裕で返事をする私に、
「あ、忘れてた。
先日新しい高校生のバイトを2人雇った。
今日の夕方来るから色々教えといて。」
軽い感じで大ちゃんが言う。
「え?聞いてませんよ~
そういう事はもっと早くに…」
文句を言いかけるも大ちゃんは手を軽く振ってさっさと出ていってしまった。
ったく…
新人の子達はどちらも男の子だと聞いたけど…
あんな大ちゃんと上手くやっていけるのかな…
まあ、新入社員教育は大ちゃんがやるみたいだし、私はバイト教育に専念すればいいんだけど…
高校生か、どんな子達だろう。
私の頭にまだ幼さを残した初々しい学生さん達の姿が浮かんだ。
恥ずかしがって声もちゃんと出せてなかったらどうしようかな。
ちゃんとそこも指導していかなきゃね。
ふふっ可愛いな。
ちょっと楽しみ。
PM4:00
「今日からバイトで来ました。」
ワクワクと待ちながら店内で作業をしていた私に不意に後ろから若い男の子の声がかかる。
来たっ!
「は~い!」
満面の笑みを浮かべて振り向いた私の目の前に、
ツンツンの金髪頭に複数のピアスをジャラジャラつけ、いかにもヤンチャそうな顔立ちをした男の子が突っ立っていた。
えっ?
バイトの男の子はいったいどこに…
思わず周りを見回した私に、
「4時に来いって言われたんですけど?」
とにこやかにその金髪君が言う。
えっ?
まさかとは思うけど…
この、はしゃぎ過ぎたスーパーサイヤ人みたいなのが新しいバイトの子!?
頭がクラクラした。
「と、とりあえず事務所に行こうか。」
彼を連れて事務所に入ると向かい合って座った。
って、おい!
サンダル履きやないかいっ!!
「靴は?」
「履いてます!」
「それはサンダルです…」
「え?サンダルは靴に入りませんか?」
……
おやつにバナナは…かよ…
「わかりました。
とりあえず今日は説明だけやるんで次に来る時は必ずスニーカーか何かとにかく靴履いて!来てください。」
「サンダル動きやすいんですけど…」
どこまでサンダルに拘るんだ…
サンダルの霊にでも取り憑かれてるのか?
「それと次はその頭…なんですけど。」
私の言葉に、
「これ!なかなかカッコイイと思いませんか?」
と彼は嬉しそうに自分の頭を撫でてみせた。
「はあ、まあ、確かにカッコイイ…ですけど…」
私の言葉にスーパーサイヤ人は嬉しそうに笑う。
「ちょっと接客業やるには派手過ぎますね。
もう少しだけ暗くできませんか?」
スーパーサイヤ人ちょっと落胆する。
「それと、その耳がちぎれそうな程ぶら下がってるピアス。
数は1つのみで、それもできるだけ目立たない物か透明ピアスにして下さい。」
スーパーサイヤ人更に落胆する。
辞めるなこれは。
はあ、やれやれお疲れ様。
でも一応の形として一通りの説明だけ済ませておくか。
え~ともう1人の子もそろそろ来てるかな?
探しに行こうかと事務所のドアを開けると、ドアの前にものすごくガタイのいい男の子が立っていた。
「あの、今日からバイトで来ました…」
「ああっ!ごめんね、お待たせして。
説明あるから入ってくれる?」
立派な体格に似合わずボソボソっとした声で話す彼を慌てて事務所に招き入れる。
2人を椅子に座らせ、改めて履歴書に目を通した。
スーパーサイヤ人は、
牧田 優也
この春から高3
ガタイ君は、
加瀬 大吾
同じく高3
どうやら2人は中学時代からの友人同士の様であった。
2人が揃った所で簡単なオリエンテーションを行う。
加瀬君のリアクションは薄く、わかっているのかわかっていないのか掴みにくかったが、意外な事に、
「はしゃぎ過ぎのスーパーサイヤ人牧田」が物凄く飲み込みが早い。
この子、頭の回転早いな…
見た目と言っている内容はふざけているが、言葉遣いや態度は基本キッチリしている。
確実に伸びそうで面白そうな子ではあるけど…
まあ次は来ないだろうな。
私はそう確信した。
ところが、私のこの時の確信は半分当たり半分外れた。
高校を卒業後にうちの会社に就職した牧田君は、後にメキメキと頭角を現し、社内でも有名な「やり手の牧田」として知られる存在になるのである。
「ただいま、バイトは来てる?」
やっと大ちゃんが新人2人を引き連れて帰ってきた。
新人の男の子2人は、
人当たりは良さそうだが、どことなく我の強さを感じさせる新井 慎太、
インテリ坊ちゃんな雰囲気で、本音をあまり出しなさそうな大川 弘樹、
何となくこちらも個性強そうだな…
もう本当に不安しかない。
こんなメンバーで本当にやっていけるのか?
新米副店長!
「あの…お姉さん、今から何します?」
ボーッとそんな事を考えている私に、サイヤ人牧田が探るように声をかけてくる。
「お姉さん言うな、私は田村です。」
そう言いながらも2人に目で合図をし3人で事務所を出ると、入れ替わりに大ちゃんが新人の2人を事務所に座らせた。
「今から軽~くオリエンテーションやるから!」
大ちゃんが意味ありげにニヤニヤしながら言うのを新人2人は真剣な顔で頷きながら聞いている。
やれやれ。
初日からあまりとばさないで下さいよ?
私はため息をつきつき、事務所のドアを閉めた。
大ちゃんが2人にオリエンテーションをしている間に、私はバイト2人を従え店内に入り、店内での作業の説明を行う。
品出し、レジ業務がバイトの主な仕事になるが、ベテランになってくると発注や売り場作成も任される事なども説明。
「今、店内に人も少ないし、ちょっと空いてるレジを触ってみようか。」
端っこにあるレジにキーを差し込み起動させると「研修モード」にセットする。
「はい、これでレジに商品を通しても売上に反映されないから、少し練習してみよう。」
私の言葉に2人は「おおっ!」といった表情でいそいそとレジの周りに寄ってきた。
「2人ともバイト経験は?」
私はまず加瀬君をレジの前に立たせながらそう聞いた。
「親せきのおじさんとこの居酒屋と新聞配達!」
牧田君がすぐに元気良く答えてきたが、加瀬君は黙ってレジ前で俯いている。
「ダイゴはバイト経験ないよな。」
牧田君が代わって応えると、
「ずっと〇〇ばかりやってたから…」
と加瀬君はある格闘技の名称を出した。
「そうなんだ、強そうだね。」
「もうやってないから別に…」
シーン。
「ダイゴ、顔に似合わないから暗くなんなよ!
田村さん、早くやりましょ~!」
牧田君の能天気な声で少し重い空気が一変した。
「顔に似合わないって何だよユーヤ!」
文句を言う加瀬君の声はさっきよりも元気になっている。
「よしっ!じゃやりましょか。」
私は加瀬君の横に立ち、レジ操作を開始した。
私達が〇〇店に揃って3ヶ月。
心配していた新入社員も新人バイトも何とか店に馴染んできていた。
新入社員の新井慎太と大川弘樹は性格が逆で「神谷店長」に対する接し方もまるで逆。
すぐに大ちゃんに懐き、大ちゃんの考えている事を察する能力に長けていた新井君。
仕事の能力はそこそこあるが、私と同じ様に大ちゃんに気圧されるばかりで、なかなか完全に実力を発揮できない大川君。
全く違うタイプの2人だったが、妙にウマが合うのか互いに足りない所を上手く補い合い、それぞれそれなりの成長ぶりを見せていた。
「来月の地区会議はミューズも一緒においで。」
前月、シフト決めの際に大ちゃんはそう言うと、私の返事を待たずに勝手にシフトを組んでしまった。
「会議は夕方の5時からだから、俺とミューズは早番で、あいつら2人はまとめて遅番でいいだろ。」
地区会議の場所は2ヶ月前にできたばかりの新店舗。
車で15分程の距離にある。
大ちゃんが
「あの店舗ができたらうちは食われる。」
と言っていた例の店舗だ。
幸いまだ大きな影響は出ていなかったが、遅かれ早かれ売り上げに影響も出て来るだろう。
それに加え、その店舗の店長は以前のここの店の副店長君。
田上 洋介 26歳。
童顔で大人しそうな見た目とは裏腹にかなり頭がキレる一筋縄ではいかないタイプとの事。
なかなか厄介な相手だな。
私は彼と話した時抱いた、食えない相手という印象を思い出し気が重くなった。
会議当日、
「じゃあ行ってくる、何かあったら電話して!」
大ちゃんが機嫌良く社員君達に声をかけると私達は揃って店を出た。
「他の店舗に出向いて会議なんて初めてです。」
少し緊張気味に話す私に、
「大丈夫、同じ地区の親睦会を兼ねてるみたいなもんだから気楽なもんだよ。」
大ちゃんがのんびりと答える。
「はい。」
頷く私に、
「同じ地区なんだから仲間みたいなもんだよ。
だから仲良くやって?
そのために他の店長たちへ引き合せるのも兼ねてるし。」
と、大ちゃんが優しく言う。
そうなんだ。
大ちゃんの心遣いに感謝した。
新米副店長頑張ります!
私が心の中で決意を新たにした所で車は新店舗の駐車場に着いた。
新店舗は大きくて立派だった。
店舗横にある細い通路を奥に進むと横手に小さな入口のドアがある。
そこを開けて入ると、うちの店舗の倍くらいはありそうな広いバックヤードがあり、突き当りに事務所と休憩室のドアが並んでいる。
ミーティング室はどこなんだろう。
キョロキョロと見回す私に、
「こっち。」
と、大ちゃんが反対側の方に立って手招きする。
見ると反対側にもドアがあり、入ると広いスペースの真ん中に長テーブルが2つくっつけて置かれ、その周りに10脚ほどパイプ椅子が置かれていた。
はあ、広いな…
うちとは桁違いだ。
少々気後れしつつも大ちゃんと並んで隣に座る。
と、ガヤガヤと賑やかな声が近づいてきて、ガチャっとドアが開く音と共に地区長と他店の店長達が談笑しながら入ってきた。
「あ!お疲れ様です!」
慌てて立ち上がり頭を下げて挨拶をする私の横で、
「お疲れっす。」
と大ちゃんも軽く頭を下げてにこやかに挨拶をした。
「お?今日は彼女も同伴か?」
地区長がニコニコしながら冗談を飛ばすと、
「まあ彼女って言うより、嫁ですね。」
と大ちゃんがにやける。
ぐげげ。
「あはは、田村さん、余り緊張しないで。やんちゃ坊主の監視役をこれからもしっかり頼みますよ。」
ひきつる私に地区長はそう優しく声をかけてくれると、
「さて、ここの店長もすぐに来ると思うしとりあえず始めていようか。」
と椅子に座り資料を取り出した。
途端に和やかな空気は一変してピリリとしたムードが広がる。
「まずは、✕✕店…」
皆に地区全店の資料を配り終えた地区長が資料を元に各店の売り上げ状況や問題点、対策、施策等を質問したり報告を受けたりしていく。
「次は〇〇店…」
地区がそう読み上げた途端、
コンコン!
ノックの音がして、
「遅くなりました。」
と、この店舗の店長の田上洋介店長が入ってきた。
田上店長は大ちゃんの方に少し目をやると軽く頭を下げ席に着く。
「じゃあ、〇〇店。」
地区長が再びうちの店舗の資料を読み上げる。
「神谷店長はまだ〇〇店に配属されて3ヶ月ほどだし、周りに競合店も次々にできたという事で大変だとは思うが…」
「競合店なんて目じゃないですよ。」
いきなり大ちゃんが鼻で笑う様に地区長の話を遮った。
「ん?」
地区長の不思議そうな声を無視するかの様に、
「とりあえず僕にとって負けられない相手はココですから。」
大ちゃんが冗談ぽく笑いながら言う。
おいおい目はぜんぜん笑ってないぞ?
「それは光栄…と言っていいのか?
まあでも勝ち負けじゃなく同じ地区同士助け合って…」
「地区長、本社からも色々言われてるんでしょ?〇〇店の事。
助け合い?
うちを食う店はどこも敵ですよ。」
大ちゃんはゆったりと笑いながら返す。
おいおいっ!笑いながら毒を吐くんじゃない!
ほ~ら周りの店舗の皆さんがドン引きしてらっしゃる…
「そうか神谷君らしいな。
〇〇店はここらの郊外型店舗では最も古い店だから本社の思い入れも強いのは確かだし、僕もできる限り力にはなるつもりだ。」
地区長は穏やかな笑顔を大ちゃんに向けると、
「では次の△△店…」
と次に話を進めた。
私にとって大波乱となった会議は2時間ほどかかり、
「もう7時過ぎか、俺達は退店の時間だな。
店に電話をかけて特に何も問題が無いようならこのまま直接帰るか。」
と、大ちゃんはミーティング室の外に電話をかけに出て行った。
はあ、荷物も何もかも置きっぱなしで…
大ちゃんの残した荷物を自分のカバンと共にまとめて手に持ち、ミーティング室を出ようとした私に、
「田村さんお疲れ様でした。」
と田上店長が声をかけてきた。
「あ、お疲れ様です。
あの…先程は…」
もごもごと言いながら頭を下げる私に、
「やっぱり神谷店長は面白い。
僕は神谷店長みたいなタイプは好きですよ。」
田上店長がニコニコとしながら答える。
でも…全然目が笑ってないぞ?お主も。
「うちの店長は何せ強烈な負けず嫌いでして…」
「あはは、そうですね。」
「いやもう、本当に気がやたら強くてもう。」
「あはは、さすが狂犬の異名を持つだけの事はある。
戦国武将の織田信長公を思い起こさせますよ彼は。
敵も多そうですし部下に寝首をかかれなきゃいいんですけどね。」
「そうですね。でも…」
少しカチンときた私は田上店長の顔を正面から見据えて言った。
「うちの店長が織田信長だとするならば、田上店長は徳川家康といった所でしょうか。」
「僕が?」
「はい。狂犬の噂とは逆に冷静でなかなかの策士でいらっしゃるとのお噂を少し耳にしましたもので…」
「え?僕が策士家の家康?」
田上店長は少しボカンとした後に、
「じゃあ田村さんは濃姫ってとこですか。」
と即座に笑いながら言い返してきた。
「いや…濃姫ってわけでは…」
「いやいや濃姫でしょう?
それとも明智光秀にでもなるつもりなのかな?」
少し皮肉を込めたつもりがガッツリ笑いながら返されてしまった…
「田上店長、じゃあまた!」
声がしたかと思うと、
ドアを開け顔だけ覗かせた大ちゃんが田上店長に声をかけ、私の顔をチラッと見たかと思うとそのままぷいっと外に出て行ってしまった。
うげっ、なんなんだよ。
引きつる私に、
「神谷店長は何歳でしたっけ?」と田上店長が問いかけてきた。
「え~と23歳です。」
「マジか。僕より3つも歳下には見えないな。」
「ええ…むしろ…歳上に…みえる…かと…」
「あはは!顔立ちが大人っぽいですからね~。」
田上店長は可笑しそうに笑うと、
「さ、早く行かないと、せっかちな彼がヤキモキしながら待ってますよ?」
と、ミーティング室のドアを開けながら私に出るようにと促してくれた。
「あっ、すみません。では。」
慌てて田上店長に挨拶をすると外に出ようとした私に、
「困った事があったらいつでも言って下さいね。」
と、田上店長の愉快そうな声が追いかけて来た。
「何を話してたの?」
シートベルトを締め大ちゃんがニヤニヤしながら聞いてくる。
「あ~、うちの店長が織田信長タイプなら、田上店長は徳川家康ですねって…」
「ふ~ん、それどういう意味?」
「いや、田上店長が神谷店長はアクティブなタイプですねと言うから、ひたすら真っ直ぐ突き進む武将でふと織田信長の名前が浮かんじゃって…
で、まあちょっとそれに引っ掛けて、田上店長を策略家のたぬき親父と言われた徳川家康に例えたわけで…
ちょっと…嫌味だったんだけどね…」
私は狂犬という言葉をアクティブに置き換えた。
無理はあるがさすがに狂犬とは言えない…
「ふ~ん、要は田上店長に喧嘩売ってたってわけね。」
おい先に喧嘩の叩き売りをしたのは誰だよっ!
「まあいいや。それよりもこの後予定ある?」
「えっ?ううん特にないけど…」
「そうか。じゃあ夕飯食べて帰ろうか?」
「うん。いつものファミレス?」
「いや、少し走りたいからちょっと遠出でもいい?」
「あ、うん。」
私の返事に大ちゃんは高速道路方面へ車を走らせた。
「今、実家から通ってるの?」
「うん、やっと隣の地区に良さそうな2LDKのマンション見つけたから近々家を出るけど。」
「2LDK?一人暮らしなのに贅沢だなあ。」
「あ~…彼女も…住むんだ。」
大ちゃんが照れているのか?少し言いにくそうに答えた。
「そっか。遠距離じゃ寂しい思いさせるもんね。良かったね。」
そう言いながらもフッと心が寂しくなる。
いやいや何考えてるのよ。
私だって翔平という彼氏いるじゃない。
「ミューズはどうなの?
彼氏とラブラブなんでしょ?」
大ちゃんに聞き返され、少し答えに詰まった。
「う~ん、ラブラブと言うよりも、友達感覚…かな?
一緒にいても疲れない相手って言うか、気楽に過ごせる関係っていう感じ。」
「そっか。それが1番大事じゃないの?
疲れる相手なんてまずダメでしょ。」
「そうかもね…」
疲れる相手はダメか…
「顔色を伺いながらビクビクするのに疲れたって。
それで思いっきりフラれた。」
大ちゃんがいきなり呟いた。
思わずドキン!とする。
私のこと?
「高一から卒業するまで付き合ってた子だけど…」
あ、なんだ違うのか。
ビックリした。
それにしても、やはりみんな同じ事を思うんだね。
妙な所で共感をする。
「雨、降ってきたな。」
大ちゃんがワイパーのスイッチを入れた。
空は晴れているのに雨が降っている。
「通り雨だね。」
私は返事とも独り言ともつかない言葉を窓を見ながら呟いた。
「本当に1番欲しいものほど手に入らないよな…」
大ちゃんが私の呟きにまるで噛み合わない言葉を呟く。
大ちゃん?
「もしかして…まだ昔の彼女さんの事を?」
「いや、それはない。
完全に吹っ切れてる。
こうやって人に話せてるのがその証拠。」
「そうなんだ。彼女もいるしね。
ちゃんと大事にしてあげてる?」
「うん。今度の同棲の事もあいつが寂しいのは嫌だって言うから休日潰してずっと部屋探ししてた。
間取りもあいつが気に入る間取りが見つかるまで俺1人でも徹底的に探したし。」
「あれ?2人で探さなかったの?」
「うん。遠いからいちいち来るの面倒臭いしって託されてた。
俺の探した物件の品定めだけはして文句ばっかり言ってたけどね。
でも今の物件を見せたら喜んでくれてたからそれでいいんだ。」
「彼女のこと本当に好きなんだね。」
そう言いながらも、私は内心大ちゃんの彼女さんが羨ましかった。
「好き…か。
これ以上何も失いたくないって思うから、好きだ離したくないと思う相手と、
手に入らないと思うから、逆に欲しくて欲しくて仕方ないと思う無いものねだり?的に好きな相手と、どっちが本当の好きなんだろう…」
「どっちが?
う~ん、どっちなんだろう。
難しいこと言うね。」
「ミューズならどっちだと思う?」
私は…
どっちなんだろう。
「私は…私ならこれ以上失いたくないって思う方かな?
無理だとわかってても恋焦がれるのは辛すぎるし、途中で諦めちゃうだろうから。」
私は完全に大ちゃんの事を思いながらそう言っていた。
手に入らないものを今更望んでも仕方ないと思う自分がいる。
だからそれはきっと本当の好きじゃない。
「そっか。変な事聞いてごめん。」
大ちゃんは車のワイパーを止め、
「雨、上がったな。」
と言った。
「本当だね。」
私は車の窓越しに空を見上げた。
「そういえば、さっき田上店長にミューズはノーヒメだとか言われてなかった?」
大ちゃんが急に話題を変えてフッてくる。
ノーヒメ?
ああ、濃姫ね。
聞こえてたのか。
濃姫。
織田信長公の正室。
つまり奥様だ。
「さあ?ノーヒメってなんだろうね。
私もよくわからなかった。」
何となく大ちゃんに言ってはいけない気がした私はシラを切った。
「何だ、わからなかったのに返事してたのか。適当だな。」
大ちゃんが笑う。
私もつられて笑う。
車は少し前から高速道路を走っていた。
大きく視界のひらけた前方に夕焼け混じりの薄青い空が広がっている。
「綺麗な空だね。」
確か大ちゃんと初めて行った海で見た空もこんな感じだった。
懐かしい…
「ミューズはこういう空が好きだったな。」
「うん。あのビルの上あたりの薄いブルーの空。
あの色とか特に好き。
だってまるで…」
大ちゃんにもらったブルームーンストーンの様な色だと言いかけた私は慌てて口をつぐんだ。
「なに?途中で止めるなよ。」
「いや、それよりもお腹すいた~」
「そうだな。そろそろ適当にどこか探して入るか。
今日の会議の話もしたいし。」
素早く「上司」の顔に戻った大ちゃんがニヤリと笑うとそう言った。
「ほら焼けた。」
大ちゃんが焼けたお肉を皿に入れてくれた。
「ありがとう。
うわっ!美味しい!」
「でしょ?ここの焼肉屋安くて美味しいんだ。」
喜んで頬張る私を大ちゃんがニコニコと見守る。
大ちゃんオススメの焼肉屋。
そういえば私達って何かといえば焼肉食べてたよね。
で、大ちゃんがやっぱりこうやって焼いてくれて。
昔に戻ったみたいだな。
少し心が和んだ。
「さてと、ではこれからの事なんだけど。
とりあえず朝礼や終礼で今後の店の方針について話をしたいからミューズもフォロー頼むね。」
……
いきなり現実に戻ったみたいだな。
少し心が荒んだぜおい。
「う、うん、わかった。
フォローってどうすれば良いかまだわからないけど…
私にできる事って何かあるかな。」
「副店長は店長の女房役だろ?
俺が皆をとにかく引っ張るから、細々した事やその他雑用的な事を頼む。」
私は妻か!
あ…女房役か。
「わかった。なるべくフォローできるように頑張る…えっ?!」
頷く私の唇の端に大ちゃんの人差し指がそっと触れる。
「タレついてる。お子様かよ。」
大ちゃんは笑いながらその人差し指を軽く舐めた。
!!!
「うん?なに?」
「あ、いやっ、なんでもないよ。
それよりも、とりあえず明日は土曜日だからパートさん以外は揃うね。」
「そうだな。パートさん達には俺が個別で話をしていくから問題ない。
ミューズは主にバイト達への指導を頼む。」
「わかりました。」
私は大ちゃんの恋のパートナーにはなれなかった。
だから仕事のパートナーとしては何としてもその役割を果たしたかった。
「うん、頼む。」
大ちゃんがニッと笑うと私の方に拳を突き出してきた。
「うん!」
私はその拳に自分の拳を軽く当てる。
こうして、私と大ちゃんは店長と副店長として新たな関係のスタートを切った。
「おはようございます!」
朝の出勤のバイト達が続々と出勤して来る。
朝のメンバーはと、高3の加瀬大吾君、1ヶ月前に入った大学生の渡部真由ちゃん、1年目の専門学校生の井川理恵ちゃん、そして…
「あれ?牧田君は?」
「さあ?」
3人が揃って首を横に振る。
ま~き~た~。
また寝坊だな。
これで3回目かな?
2回は私の早番の時だったから注意をして済ませていたが、さすがに3回目ともなると…
遅番の大ちゃんが朝礼に参加するために朝から来る。
大ちゃんはかなり厳しい。
3回も寝坊で遅刻となると、クビにされる事は容易に想像がついた。
電話かけてみよう。
まだ牧田君は携帯電話を持っていない。
自宅の電話に電話をかける。
プルルルル。
プルルルル。
「おはよう!」
背後から声がして、振り向くと大ちゃんがニコニコとしながら立っていた。
げげっ。
思わずガチャリと電話を切った私に、
「どこにかけてた?」
「あ、あの…牧田君がまだ…」
「なるほど。じゃあ俺がかけるよ。
朝礼は後回しにするから、他の子達に開店準備を先にさせて。」
「わかりました。
あの…甘いかもしれませんが…
叱るのは程々に…」
「ん?叱られないとわからないでしょ?」
「ま、まあそうなんですけど…」
そう答えながらふと後ろに視線を感じて振り返ると、バイトの3人が不安そうな目でこちらを見守っていた。
「ああ、ごめんね。
先に開店準備します。
今日の朝礼に時間を取りたいから作業割り当ての分が済んだ人は終わっていない人を手伝って早急に終わらせて!」
私の指示に「はい!」の返事と共に3人が散らばっていく。
さて、私もレジの準備をしなきゃ。
金庫を開け、キャッシュトレイを取り出しレジのドロアにセットする。
キーを差し込みレジの起動。
店内電源ON。
店内チェックその他諸々…
「終わりました~!」
作業中の私の元にバイト3人が戻ってきた。
「は~い!店長を呼んで来るから店内で待ってて。」
大ちゃんを探しに行くと大ちゃんは休憩室でのんびりとタバコをふかしていた。
「牧田君に連絡つきましたか?」
「ああ、ついた。
やっぱり寝てた。
もうじきすっ飛んでくるよ。」
大ちゃんは可笑しそうに笑いながらタバコを消すと、
「さて、先に朝礼始めてようか。」
と立ち上がった。
大丈夫かな?
「神谷店長」と仕事をし出してから3ヶ月、神谷店長はひたすら厳しく怖い。
狂犬と言われるのも頷けるレベルだなとつくづく身をもって思い知らされ出していた。
牧田君、怒鳴られすぎて怯えて落ち込んでなければいいけど…
牧田君は自由奔放で扱いにくい所はあるが、私に服装等の注意を受けた次の出勤時には髪を黒く染め、ピアスも全部外してきた。
もちろん足にはスニーカーも履いている。
「なかなか真面目君スタイルになったね。」
「だって姉さんがあれじゃダメって言うから…」
「姉さん言うな。田村さんと呼びなさい。」
私の呆れ顔にへへへと嬉しそうに笑う彼はどこか憎めない。
明るくて物事の飲み込みが早く仕事も早い彼は、バイトの中でも人気者になっていた。
できれば辞めて欲しくはないんだけどな。
「すみません、直ぐに行きますから先に朝礼を始めててもらえますか?」
大ちゃんが軽く頷いたのを見届けた私は駐車場に様子を見に行こうと外に出た。
途端、
ババババババ!
原付バイクがものすごい勢いで駐車場に入って来る。
バイクのエンジンを停めるのもそこそこに転がり落ちる様にバイクを降りた男の子がこちらに向かって猛突進してきた。
「牧田君?!」
「あ!おはようございます!
まさか店長から電話あるとは!」
かなり焦った様子の牧田君が走りながら叫ぶ。
ヤレヤレ。
私の時にもそれだけ焦れよ…
呆れながら少し安心した。
怯えてはいるがあまり落ち込んではいない様だ。
「とにかく直ぐに店内に行って!
朝礼始まってるから!」
私も走りながら叫び返した。
2人で店内に駆け込むと、
「すいませんでした!!」
と牧田君が大ちゃんに向かって深く頭を下げた。
「おう!やっと来たか。」
大ちゃんは笑顔を向けると、
「まだ始めたばかりだから、ちゃんと話を聞いておけ。」
と牧田君越しに私に頷き、
「では朝礼を始めます!!」
大きく引き締まった声で朝礼を開始した。
「この店はハッキリ言って今のままではダメだ。
根本的に改革する。
売り場、接客、クリンリネス等の雑務、
やる事は色々ある。
そこで短期間で効率良く進めるために各自役割分担を設けた。」
「役割分担?」
バイトの子達が少し不安そうな声を出す。
「心配そうな顔するな。
バイトの役割は重要だが細かい分担はしない。
バイトチームは田村副店長の下についてくれ。
もちろん田村さんが休みの時は俺か他の2人の新入社員の指示を仰いでくれ。」
2人の女の子達が小声で、
「やった!」
と嬉しそうに呟くのを聞いて心が和んだ。
若い女の子達は歳の離れた妹みたいで本当に可愛い。
「うおっ!やったっ!
姉さんよろしく~!」
牧田が騒ぐ。
はあ、あんたってば…
呆れながらも憎めない牧田君につい笑ってしまう。
和やかなムードの中、ふと気がつくと加瀬君がじっとこちらを見つめている。
加瀬君?
私と目が合った途端に加瀬君は急に下を向いてしまった。
この子もねえ…
仕事は真面目にやるんだけど、ちょっと影あるっていうか…
「じゃあ朝礼はここまで!
各自持ち場について開店に備えて!
今日もよろしくお願いします!!」
元祖影キャラが元気良く朝礼を〆め、
「よろしくお願いします!!!」
バイト、いや田村チームのメンバーが元気に返事をして一斉に広い店内に散らばっていく。
よしっ!
頑張るか!
気合を入れ直した私の耳に、
プルルルル
プルルルル
と電話の鳴る音が聞こえてきた。
「もしも〜し!
お疲れ様で〜す!
本社の森崎です!」
電話を取った私が名乗るや否や電話の向こうにユッキーの元気な声が響き渡った。
「おお!どう?
本社は慣れた?」
「ボチボチだよ~。
でもまだ慣れるとかの前にいきなりそっちの地区に行くことになったよ。」
ユッキーがふふふと笑う。
「えっ?!そうなの?!じゃあまた一緒に仕事できるの?」
思わず声が弾んだ。
ユッキーは私が〇〇店に赴任するのと入れ代わりで本社に呼ばれた。
ユッキーが入ったのはこれまた新しい試みで作られた部署で、
本社が郊外型店舗にどんどんと取り組んでいった様に新しい時代の流れに乗るべく今までとは違うやり方を一気に増やしたため、現場に本社からの人間を派遣し、
本社と現場の意思の疎通を良くしようという、
簡単に言うと、本社と現場の連絡係&アドバイザー係的なものにユッキーが任命されたのだ。
各地区毎に1~2人が配属される予定らしく、今週は〇〇店、翌週は✕✕店、合間に本社。
という様な、なかなかに忙しそうな役割ではあったが、
「ウロウロする方が性に合ってるし、また神谷&田村ペアと仕事ができることが嬉しいしね。」
ユッキーも嬉しそうにそう言うと、
「あ、だから神谷店長に代わって頂けます?」
とわざとバカ丁寧な言葉で返してきた。
「ああ!ごめんなさい。
直ぐに代わるね。」
私は慌てて受話器を置くと、
店内放送のスイッチを入れ、大ちゃんに電話の外線を取るように伝えた。
電話を切った後の大ちゃんは案の定ご機嫌だったが、
「本社からの人間に入り込まれるのは面倒だけど、
ユッキーなら賢いから余計な事は言わないだろうし、逆に本社へも言わないだろうし、店側としてもやりやすいよね。」
え?
少し打算的にも捉えられた大ちゃんの言葉に寒々しい物を感じた私は大ちゃんから視線を逸らすべく少し下を向いた。
純粋にユッキーと仕事ができるから喜んでるんじゃないんだ。
大ちゃんのその言葉に 昔の様な友達関係の感情を持ち込んで甘えた気持ちで喜んでいた自分とのギャップを感じた。
正しいのは勿論大ちゃんの方なのだろう。
でも…
妙な寂しさがこみ上げる。
もう大ちゃんは私よりもずっと先を歩いているのかな。
いつまでも昔のままの気持ちで立ち止まって職場で友達ごっこしてる方がおかしいんだよね…
ふわっ。
頭に軽く何かの重みを感じ慌てて視線を戻すと、大ちゃんがそっと私の頭に手を置き、その眼差しは愛しむように優しい光を帯びていた。
「そんな顔しないの。」
私の頭を撫でながら大ちゃんが優しく微笑む。
「えっ…」
あまりにも急な大ちゃんの優しい声と眼差しに戸惑った。
「あの…」
バーンッ!!!
言葉を発しかけた私の背後のスイングドアが突然勢いよく開いたかと思うと、
「店長~!!」
元気な声と共に
牧田君が私達のいるバックヤードに顔を覗かせた。
うわわわっ。
ガコーン!
焦って大ちゃんから離れようと後ろに下がった私は、後ろ向きのまま足元の鉄製のゴミ箱に躓き倒してしまった。
「大丈夫っすか?」
牧田君が倒れたゴミ箱を元に戻してくれる。
「あ~、田村さん頭に虫がとまってたから取ってやろうとしてたらビビった
みたいだな。」
大ちゃんの笑いながらしれっとついた嘘に牧田君も笑う。
「へえ、姉さん驚き過ぎ!ゴミが散乱してますって!」
「姉さん言うなと何度言ったら…」
ブツブツ言いながらほうきとちりとりを用具入れから出し散らばったゴミを掃き集める私の頭の上で、
「そういば牧田、俺に何か用があったんじゃ?」
「ああ、お客さんが取り寄せを頼んでいた商品の引き取りに来てるんですけど、どこにありますか?」
「早く言え!
お客さんのお名前は?」
「平田様です。」
あっ、私が注文を受けたお客様だ。
それは数日前に会社のイベントの景品で使うからとまとまった数の注文を頂いて私が発注した商品だった。
「それなら昨日入荷してるはずだから…」
私は牧田君を連れて倉庫に向かうと、
「あった!これこれ。」
商品は出入口のわかりやすい場所に置かれていたが、その積み上げられた商品のケースを見た途端私の背筋に冷たい物が走った。
数が…足りない?
「牧田君ゴメン、これと同じ物が他の場所にも置いてないか探してくれる?」
私の言葉が終わるか終わらないかのうちに察しの良い牧田君が素早く倉庫を捜索しだす。
「おい何やってんだ?
いつまでお客さんをお待たせするんだ。」
少し不機嫌気味になった大ちゃんが倉庫に入って来て、私はますます焦り半分パニック状態になっていた。
青ざめた私の顔色を見て瞬時に察した大ちゃんは、
「入荷伝票を調べて来い。」
そう言いながら牧田君と共に倉庫の商品をくまなくチェックしだしたのを合図に私は事務所に走り、昨日の伝票を引っ張り出し入荷状況のチェックをした。
「注文数100」
うん間違いない。
注文数は合ってる。
「メーカー品切れにより入荷数50」
えっ?…
目の前が真っ暗になる。
大量に注文をした時にごくたまにこういう事態がある。
そのトラブルを防ぐために、お客様からの依頼時には念のために必ずメーカーに問い合わせをして在庫確認をするのだが、
生憎と注文を受けたのが日曜日でありメーカーが休みだったため、翌日の月曜日に問い合わせをしなくてはならない所を完全に忘れてしまっていた。
慌てて店内に入るとお客様の元に走り、
「大変お待たせしております。
お客様、失礼ですが商品のご入用はいつ頃でございましょうか?」
「え?明日の日曜日なんだけど。」
私のタダならぬ様子を見てとったお客様が訝しげな声を出す。
どうしよう…
「まさか無いっていうんじゃ…」
「平田様!申し訳ありません!
本日の入荷予定が配送の具合で遅れておりまして、夕方には入荷する予定なのですが!」
突然、お客様の声を遮るかの様に私の後ろから大ちゃんの声がした。
「えっ?本当に間に合うの?」
お客様が不審そうな声を出すも、
「はい!入荷次第お届けに上がります!」
大ちゃんが深々と頭を下げる。
「いや、近所だからそれはいいよ。
じゃあまた出直すから入荷したら電話して。」
「はい!申し訳ございませんでした。」
大ちゃんはもう一度深く頭を下げ、
お客様が帰られたのを見届けると、
バックヤードに入るよう私に目で合図をした。
「申し訳ありません!」
「何故、確認を怠った?
お客さんに迷惑をかける事を何とも思わないの?」
「すみません…」
情けなくて声にならない。
「もういい。ウジウジしてる暇あったらやることサッサとやって!」
大ちゃんに厳しく言われ涙が出そうになるのを必死でこらえながら私は電話に手を伸ばした。
商品移動。
店舗間で商品のやり取りをする事。
発注ミス等で過剰な在庫を他店舗に貰ってもらったり、品切れになった商品を分けてもらったりする。
同じ地区の近隣店舗に片っ端から電話をかけ商品移動のお願いをした。
困った時はお互い様とどの店舗も快く商品を譲ってくれることとなったがそれでもまだ数が足りない。
どこもそんなに大量の在庫を抱えている商品では無いのでそれは無理からぬ事だった。
やっと20個か…
受話器を置き、少しためらいながらも近隣店舗の電話リストの最後に載っている店舗の番号を確認しつつダイヤルボタンを押す。
「はい!お電話ありがとうございます!…」
電話の向こうから元気の良いハキハキとした声が響いてきた。
「あの…お疲れ様です。
〇〇店の田村です。」
「おお!お疲れ様です!
先日の会議はお疲れ様でしたね。」
気さくで親しげな声に妙な安心感に包まれた私は少しホッとしつつ、
「お忙しい所、申し訳ありませんがお願いがありまして…」
事の次第を説明し、商品を1個でも分けてくれるように頼んでみた。
「あ~そうなんですね、あと30個足りないのか…
ちょっと待ってて下さい。」
電話の向こうから保留音が流れ出す。
あ、これ未来予想図IIのサビの部分だ。
好きなんだよな…
優しいオルゴールの音色にざわついていた心が落ち着き癒されていく様な気持ちになる。
何回目かのサビのメロディーが突然途切れ、
「お待たせしました!うちの在庫は10個ですね。」
と電話の相手が戻ってきた。
「そうですか!あの、もしよろしければ5個ほど譲って頂けるとありがたいのですが…」
「5個?う~ん。」
電話の向こうで悩んでいる声がする。
だよね。
メーカー品切れの商品だもん。
いつ入荷するか分からないし、
あまり渡したくないよね。
「あの…無理なら2個でも…」
言いかけた私の言葉を遮り、
「いやっ、丸々10個渡しましょう。
それでも足りないですが。」
と明るい声が返ってきた。
「ええっ!?
でもそれじゃあそちらの店舗が…」
「なあに構いませんよ。
取りに来てもらえれば直ぐにお渡しできる様に用意しておきます。」
電話の向こうの人の良さげな言葉に思わず涙が溢れてくる。
「助かります!
ありがとうございます!」
私は涙をグッとこらえると、
電話の向こうの田上店長に心の底からお礼を言った。
電話を切ると直ぐに大ちゃんの元に報告に走る。
「田上店長のおかげで…30個までは何とか揃ったんですが…」
「ふ~ん。田上店長のおかげ…ね?」
大ちゃんの視線が冷たい。
ううっ気まずい。
私のミスのせいで田上店長に借りを作ってしまったばかりか、まだ足りない20個をどうしたらいいのかという問題が残っている。
どうしよう。
「田村さん。俺は今からちょっと出てくる。夕方までには戻る。
あ、それと中番の大川がちょっと遅れて来ると思うから。」
途方にくれていた私に大ちゃんはそう言い残すとさっさと店を出て駐車場の方に歩いて行ってしまった。
あ~今から私が電話をした周辺の店舗に商品をもらいに行ってくれるんだな…
私のミスのせいであっちこっちに散らばっている店舗に車で周って…
しかもまだ数は足りないし…
本当に迷惑ばかりかけている。
ヤキモキして気分が沈んだが、大川君が出勤したら説明はしておかないといけない。
ちょっと遅れて来るって店長が言ってたな。
30分くらいかなぁ?
私は早番社員の仕事をしながらとりあえず大川君を待つ事にした。
しかし、
「おはようございます!
道が思ったより混んでまして…」
疲れた~といった感じの大川君が出勤したのは、30分どころか出勤予定時間を2時間も過ぎてからだった。
「事故渋滞でもあったの?
相当遅かったね。」
今頃、地区内を車で移動しているであろう大ちゃんも巻き込まれているかもしれないと不安になった私は大川君にそう言うと、
「いえ、そこまでの渋滞じゃなかったんですけど、何せ地区の店舗巡りだから時間がかかってしまって…」
と、大川君がおかしな事を言う。
えっ?
「もしかして、店舗移動の商品を持って来てくれたの?」
「はい。家を出る前に店長から電話がかかってきました。
商品は倉庫に置いてあります。」
そういえば大川君も車通勤だった。
と、すると大ちゃんは一体どこに?
大ちゃんはお昼を過ぎても戻って来ない。
携帯にかけてみたが着信に気づかないのか、運転中だからなのか、出ない。
「店長、どうしたんですかね?」
大川君が少し不安そうに聞いてくる。
「もしかしたら地区外の店舗にも商品をもらえる様に頼みに行ってくれてるのかも…
とにかく先にお昼休憩に行ってて。」
「え?でも田村さんは休憩まだですよね?」
「うん、私はいいから休憩とってきて。」
休憩に行ってもとてもじゃないがご飯など喉を通らない。
「おはようございます!」
そのうち夕方からのバイトの子達が続々とやってきた。
もうこんな時間!?
慌てて事務所で簡単な夕礼を始める。
「店長は外出中ですので、もう少しすれば戻って来られると思…」
「あ~っ!!疲れたっ!!
お客さんに電話して!!」
突然、外で大声が聞こえたかと思うと事務所のドアが勢い良く開いた。
「あっ!うわっ!ビックリしたっ!」
驚く私に、
「早く平田様に電話っ!」
大ちゃんが私に移動商品の受け渡し伝票を押し付けながら急かす。
数枚ある伝票には平田様にお渡し予定の商品名と受け入れ個数が記載されていた。
5…5…4…3…2…1…
6枚の伝票の合計は20個。
20個!?
「早く電話っ!!」
大ちゃんの厳しい声に私は飛びつく様に電話の受話器を取った。
「これで全部積み終わりました。」
商品をお客様の車に積み終わった大ちゃんがお客様に声をかける。
「いやあ、2人がかりで手伝ってもらって悪かったね。」
「いえ、とんでもないです。
それよりもこちらこそ何度も御足労頂きまして申し訳ありませんでした。」
大ちゃんはピシッと足を揃え深々と頭を下げる。
続いて私も頭を下げる。
「近所だから大した御足労じゃないよ。ありがとね。」
ニコニコと優しい笑顔のお客様が帰られたのを見届けると、大ちゃんは私をじっと見つめた。
「あの…本当にすみませんでした。」
「お昼食べたか?」
「え?あ…食べて…ません。
店長は?」
「俺もだ。」
うっ、地区外の店舗を廻って商品をかき集めてくれてたから食べる暇が無かったのか…
「すみません。」
シュンとうなだれる私に、
「もういいよ。」
大ちゃんは優しく言うと私の肩を軽くポンと叩き、
「この埋め合わせは今度休憩が一緒になった時のランチ奢りでいいよ。」
と軽く笑った。
店長と副店長の休憩が一緒になる事なんてほぼ無いのに…
事務所に戻った私は移動商品伝票のデータ入力をしようとパソコンに向かったが、
……
え?
私は伝票を何度も見直した。
伝票にはそれぞれ移動商品の伝票を発行した店舗の名前が記載されている。
大ちゃんが持ってきた伝票の発行店は以前大ちゃんがいた地区の数店の店舗だった。
100kmは離れてる地域だよ?
しかもその地域の店舗間の距離はかなり遠いはず。
そこに行って店舗を廻って…だと余裕で更に倍位の距離になる。
「どした?何かおかしかったか?」
ちょうど事務所に入ってきた大ちゃんが私の肩越しに覗き込んで来た。
「あの…店長…
この地区まで行ってくれてたんですか?
かなり走ったんじゃ…」
「ああ、合計300km程だから大した事ないよ。
少々無理が通せる地区はここしか無かったし。」
「すみません…」
「いいよ。それより休憩取ってないんだろ?
もうそろそろ上がりの時間だから時間になったら早く帰れよ?」
笑顔の大ちゃんに私は思い切って、
「あの、店長。もし良ければ夕食ご一緒しませんか?
気持ちだけですがご馳走させて下さい。」
と聞いてみた。
「えっ?今日?」
「はい。」
「あ~ごめん。夕飯は…」
少し間が空き、気まずそうに言い出した大ちゃんの態度で瞬時に察した。
「あっごめんなさい。
彼女さんと…食べるんですね。」
「うん、ごめん。」
「いえいえこちらこそ。
じゃあせめてもの気持ちとして、仕事終わってから店長含めみんなにジュースでも差し入れしますよ。」
「うん、ホントごめん。」
「いえいえこちらこそ。」
仕事を終えて近くのコンビニに皆のジュースを買いに行きながら後悔した。
もう気軽に誘ったり馴れ馴れしい事しちゃいけなかったんだ。
私には彼がいるし向こうにも…ね。
店に戻るとジュースの袋を大ちゃんに渡し、
「今日は本当にすみませんでした。
お手数ですがバイトの子達に後で配ってあげて下さい。」
と頭を下げて帰ろうとしたが、
大ちゃんは何故かムッとした顔をして袋を受け取ろうとしない。
「あの?どうしましたか?」
「何で敬語なの?」
「へっ?何がですか?」
「だから何で敬語なの?」
「えっ?上司なので…」
「いつも仕事外は敬語使ってないでしょ?」
えっ?えっ?えっ?
意味がまるでわからなかった。
「あっ、え~と、ついまだ仕事中のつもりで…」
私の言葉に嘘は無かったつもりだったが、大ちゃんは更にムッとした様子で
「そこに置いておいて。
ありがとう。お疲れ様。」
とぷいっと店内に行ってしまった。
何なんだよ一体。
仕事のミスのことまだ怒っているのかな。
悲しみがどっと押し寄せて来て涙が出てきた。
さっさと帰ろう。
早く帰って、そして、
優衣に電話だあっ!!!
妹の優衣は私とは真逆な性格でタイプ的には大ちゃんに似ている(と本人が言っていた。)
優衣なら大ちゃんが何故怒ったか教えてくれるかもしれない。
優衣は人見知りで物静かなタイプだったが、何故か私とはウマが合い姉妹仲はすこぶる良かった。
優衣~~!
私の愚痴を聞いて~~!!
思えば自分にとって何の得にもならない姉の愚痴を聞かされる気の毒な妹。
でも妹にベッタリ甘えていた姉はそんな事など構い無しに、話を聞いてもらう事を心の支えとしていそいそと家路を急いだ。
プルルル
ガチャ
「もしも…」
「優衣っ!私だよっ!」
「美優ちゃん?どしたの?」
毎度毎度いきなり叫ぶ姉の声に慣れ切っているのか、全く驚いた様子もなくのんびりと返してくる優衣。
ダダダダダ!と機関銃の様に一気に喋りまくった後に、
「あ、ごめん。今時間空いてる?」
とようやく相手の都合を聞く姉に対して、
「大丈夫だよ~。
でも、ちょっと先にトイレ行ってきていい?」
と、怒る所か逆に気を使って聞いてくる優衣。
「ああっ!ごめん!早く行って来て!
私のせいで膀胱炎になったら大変!」
「膀胱炎っ。」
優衣が笑いながら席を外し、戻ってきた時には私の話に対する分析は既に終わっていたようで、
「それね~、美優ちゃんの誘いを断ってしまって悪かったなと凄く気にしていた所に、美優ちゃんがよそよそしい態度を取ったから寂しくなっちゃったんだね。」
と言い出した。
「えええええっ?!
そんなつまんない事で?」
さすがに優衣の見解は外れているであろうと思った。
あの「信長」とも言われる狂犬がそんな女々しい事で?
「え~と、仕事のミスして迷惑かけたのに、更に厚かましく彼女持ちの自分を食事に誘ったりして無神経な奴め!!と怒ったんじゃないの?」
「何でそんな発想になるのかわかんないんだけど…逆だよ逆!」
優衣が面白そうに笑う。
「美優ちゃんが自分に対して気を使ってくれた事が嬉しかったんだよ。
でも断ってしまったからものすご~く気にしてたとこに、
よそよそしく敬語使われてガーン!といった所だね。」
「迷惑をかけたお詫びのつもりだったから気にしなくていいのに…」
「こちらはそうでもさ、
向こうはせっかくの好意を無下にした事が気になるのよ。」
「仕事のミスの事はもう怒っていないの?」
「もうとっくに完結してるよ。
仕事は仕事。
結果オーライになればそれで終了。」
「それにさ、」
と優衣は続けて言う。
「彼がそこまでしてくれたのはもちろん店長としての責任が1番だけど、
すみませんと凹んだ美優ちゃんの顔じゃなく、
ありがとうの笑顔を見たかったんじゃないかなあ?」
なるほど。
「接し方が分からなくて難しい…」」
自信喪失気味な私の言葉に、
「2人は逆のタイプだからね。
気まずくなった時の回復呪文を教えてあげるよ。」
優衣は楽しそうに笑った。
「おはようございます。」
翌々日の月曜日、中番の私は事務所のドアを開け中を覗き込んで挨拶をした。
今日の早番は大ちゃん。
昨日は大ちゃんは公休だったため、あれ以来の顔合わせとなる。
「おはようございます。」
予想通り、いや予想以上に大ちゃんの声が暗い。
私の方を見ようともせず、パソコンのモニターにかじりつくようにして入力作業をしている。
うっは~
気まずい。
仕方ないのでとりあえずそのまま休憩室奥のロッカールームで着替えを済ませ店内に入った。
「おはようございます!」
平日の朝~昼はバイトの子はおらず、
パートさん達が中心のシフトになる。
パートさん達に挨拶をしバックヤードに戻って来ると、事務所から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
笑っているのは店長と沖さんだ。
ちっ、沖さんには笑えるんじゃねえかよ。
「じゃあ店長、入力よろしく~!」
上機嫌な声と共に沖さんが事務所から出て来た。
「おはようございます。」
「あっミュ~ちゃんおはよ~!」
「店長ったらね、なかなかパソコン使わせてくれなくて、
もうっ店長!独り占めしないでよねっ!
って責めちゃった。」
沖さんが嬉しそうに報告してくる。
うはぁ…命知らずだなおい。
「でも私も入力作業あるから、どうしようかなぁ?って待ってたら、
もうっ!僕がやっておきますよ!だって。粘り勝ちしちゃった。」
マジか。
それ、私がやったら粘る前に斬り捨て御免だよ…
「そうだ~!ミューちゃん、昨日の伝票で入力し忘れてたのあったでしょ?
店長がわざわざそれを横にどけて放置してたよ?」
オーマイガーっ!!!
「店長、しばらくかかりそうだからミューちゃんも入力をお願いしちゃえば?」
沖さんが死亡フラグ確定な提案を嬉しそうに押し付けてくる。
ぐぬぬぬぬ。
「ほら、早くしないと12時過ぎちゃうよ?」
沖さんが完全に楽しそうだ。
当時、システムの関係で前日の伝票入力は翌日の午前中までにしなければならない鉄の掟があった。
これは行かねばなるまい。
行かねばなるまいて…
「田村行きま~す…」
昔懐かしい機動戦士ガンダムの
「アムロ行きま~す!!!」
のパクリの様なセリフを弱々しく吐き、
「頑張って~!」
と沖さんの声援?浴びつつ、
アムロもといタムラはヨタヨタと戦地へ赴いたのであった。
敵は背後に私の気配を感じつつも、
あくまで「気づかないふり」を貫き通す。
気づかないふりどころか、
「話しかけるな」オーラもその全身に纏出し、どうやら戦闘モードに入った様だ。
カタカタカタ!!
乱暴に鳴り響くキーボードの音が
ミサイル攻撃の様に私を襲う。
うおおおっ!
どうしよう…
あっ!!そうだっ!!
優衣に教えてもらった魔法の回復呪文を思い出した。
効きますように。
ドラクエの回復呪文の中でもヘッポコ中のヘッポコ「ホイミ」程度の効果でも良いです。
どうか効きますように…
祈る様な思いで呪文を唱えてみる。
「あの…先日は…ありがとう。」
カタカタ…カタ。
何と!
敵の動きが止まった。
「私、本当に嬉しかった。
ありがと…ね?」
敵がゆっくりとこちらに体を向ける。
え~と、え~と、
教えてもらった呪文は「ありがとう」
と「嬉しい」のみなんだけど?
ちょっとこの後何を唱えりゃいいのよっ。
「別にいいよ。」
敵が少しはにかんだ。
何と!呪文が効いている!!
更に、更にアドリブで何か言わなくてはっ!
「あの、あの、お昼奢らせて…だから一緒に食べ…あああっ!
違う時間だった!ああ~…」
シ~~ン
早番の店長と中番の私は当然ながら休憩時間が違う。
敵の顔からはにかんだ表情は既に消え失せ、「無」の表情になっている。
詰んだなこりゃ…
「俺この作業終わらないと休憩入れないから。
このペースだと難しいかも。」
あっ、もう参りました。
だから「無」は止めて下さい…
「あっ、うんわかった。
お邪魔してごめんね。」
慌てて立ち去ろうとした私に、
「これどうすんの?」
敵が私の未入力の伝票をヒラヒラさせる。
ひょおおおおお!
しまった。
それを解決しに来たんだったっ!
「俺がやる方が早いでしょ。
やっておくから俺の休憩はズレるからと沖さんに伝えといて。」
敵はそう言うとまたパソコンに向かい、さっきよりも凄いスピードでキーボードを叩き出した。
「はい。あの、いつも…ありがとう。」
「い~え!」
もしかして…
ベホイミくらいの効果はあっ…た?
背中を向けたままの大ちゃんが少し笑っている様な気がした。
当時バートさんは短時間勤務の方も何人かおり、朝から13時までと、入れ替わりで13時から16時までというシフトがあった。
人の入れ替わる13時台は社員の休憩を避け、社員は12時、14時、15時の休憩を取り、朝の部のパートさんやバイトの子達は12時、13時に分かれて休憩を取る。
「店長ったらとうとう休憩に来なかったわ。
13時からにでも行くつもりなのかしら。」
12時からの休憩が終わった沖さんが事務所の方を見ながらため息をつく。
14時になっても大ちゃんは事務所から出て来る気配がない。
「休憩行ってきま~す。」
店内のスタッフに声をかけ、
事務所を覗いた私に、
「何か買いに行くの?」
と相変わらず凄まじい勢いでキーボードを叩く手を休めずに大ちゃんが聞く。
「マクドナルドにでも行こうかと。」
「じゃあついでにフィレオフィッシュと照り焼きバーガーとポテトとコーラ買ってきて。」
「あ、はい分かりました。」
電車と徒歩通勤だと時間がかかるため、私は原付バイクを購入し、それで通勤を始めていた。
バイクに乗りマクドナルドへと急ぐ。
戻ると事務所を覗き、
「休憩室に置いておきますね。」
と声をかけ椅子に腰掛けた。
と、数分後に、
「終わった~!!!
はあ疲れた。全力出し切ったからしばらくはバソコン見たくないよ」
と大ちゃんが休憩室に入って来て私の隣の椅子にドカッと腰を下ろした。
それはおそらく大ちゃんに数時間に渡って力まかせに叩きまくられたキーボードも同じ気持ちであった事だろう。
キーボード壊れてなきゃいいけど…
「いくらだった?」
ひたすらキーボードさんの無事を心配していた私は大ちゃんに不意に話しかけられ焦った。
「え?あっ今日は奢りって事なのでお金はいいです。」
「ふ~ん」
シ~~ン
ああっ!
これから昼食って時に、いきなり消化が悪くなりそうな気まずい空気が漂ってきた~っ!
呪文、呪文を唱えねばっ!
「あの、私がお昼を一緒に…と誘ったんで仕事を頑張って早く終わらせてくれたんですよね?
ありがとうございます。」
焦り過ぎて結構な「上から目線発言:をした私に、
「うん。」
大ちゃんがあっさり頷いた。
「ぐえええっ!?なんでっ?」
「ぐええって…死にかけのアヒルかよ?
行きたいオーラをムンムン出してたからでしょ?」
あ…左様でございますか。
行きたいオーラっていうよりは、呪文を唱えねば!の必死オーラだったのだが…
「誰かさんのワガママのおかげで仕事を片付けるの大変だったなぁ。」
大ちゃんが口では嫌味を言いながらも顔は可笑しそうに笑っている。
大変なら無理しなくて良かったのに。
逆の立場なら私は無理しないよ?
でもきっとこれ言うと怒りそうな気がするから黙っておこう。
「あ~疲れたな~。」
まだ言ってるよおい。
身体は疲れてもお口は達者の様だな。
「だ、だから~ご馳走しますって!」
「あ~肩凝ったなあ。」
「も、揉みましょうか?」
「そう?揉みたかったら揉んでもいいよ?」
こいつ…
肩揉むと見せかけて首しめたろか…
「ほれ。」
大ちゃんが後ろを向いてから肩をちょっと動かす。
「な、なんですか?」
「揉んでくれるって言ったじゃない。」
「ああ、はいはい。」
立って大ちゃんの肩を揉む。
大ちゃんにこうやって触れるのは久しぶりだな…
ふと、後ろからそっと大ちゃんを抱きしめたい衝動に駆られた。
……
無言の時間が続く。
グッ。
突然、大ちゃんが右手で私の左の手首を掴んで引っ張り寄せた。
「えっ?わわっ!」
引っ張られた勢いで後ろから大ちゃんの頭を抱く様な形になる。
「えっ?なに?」
驚く私の声に答えず、
「………」
大ちゃんは無言で私の腕をグッと抱く。
あ…
私の好きなシャンプーの香りだ。
私の鼻腔を懐かしい香りがくすぐる。
私の好きだった匂い。
大ちゃんの匂い。
私はそっと大ちゃんを後ろから抱きしめ大ちゃんの頭に顔を軽く押し当てた、
大ちゃんは何も言わず私の腕を抱く手に力を込める。
ずっとこうしていたいな…
もう何も考えず、ただこのまま心地よい大ちゃんの匂いに包まれていたかった。
ピリリリリ!!!
「わっ!!ビックリした!!」
いきなり私の携帯が大音量で鳴り響き、
それに驚いて立ち上がった大ちゃんの後頭部が私の顔面にクリーンヒットした。
「痛って~ごめん、痛ってごめ、ごめごめ…」
大ちゃんが左手で後頭部を押さえ、右手てごめんごめんのポーズを取りながら「痛ごめん」を繰り返す。
お互い浮気の天罰じゃあ~~
しかし、バチが当たるとはよく言ったものの、まさか大ちゃんの後頭部に当たるとは想像だにしなかった。
それを言うなら大ちゃんの後頭部も
23年間生きていた今、まさか私の鼻と前歯にぶち当たる事になるとは夢にも思わなかっただろう。
大ちゃんが痛ごめのセリフを繰り返しながらのたうち回っている横で、
私はジ~ンコジ~ンコする前歯を押さえ、痛すぎて感覚の無くなりかけた鼻からの分泌物をひたすら気にしていた。
鼻血…出ません様に!
そのうち、溢れる涙と共に鼻からもサラサラした液体が流れ出し、
ビビりながらもティッシュで拭いてみると色は無色透明。
鼻水だっ。
セ~~~フ。
鼻と前歯は相変わらず
「ジンジンジン!ジンジンジン!ボワボワボワ~ン!」的なリズムで激しく痛かったが、少し余裕の出た私は自分の携帯を新ためてチェックした。
着歴1件。
あっユッキーからだ。
急いでユッキーに電話をかける。
「もしもし!お疲れ様で~す!」
嬉しそうなユッキーの声がする。
「お疲れ様~!どしたの?」
つられて嬉しさ全開の声を出した私に、
「今日は大ちゃんもミューズも出勤かな?
夕方に顔出しにでも行きたいんだけど。」
「そうなの?私は中番だけど大ちゃんが早番だからユッキーが来るまで帰らないように言っておくよ。」
私の言葉に、
「ありがとう。
大ちゃんを待たせないようになるべく早く行くからね!」
ユッキーは張り切った声を出し、じゃあまた後で!と電話を切った。
後頭部を時々触りながらもやっと落ち着きを取り戻し、氷と炭酸がほぼ消え失せたぬるいコーラをすすりつつ冷え切ったポテトをポソポソと食べていた大ちゃんに電話の件を伝える。
「そうか~、パートさん達がいる時間に来てくれたら紹介出来るからいいんだけどな。」
大ちゃんは相変わらず事務的な事を返してきたが、その顔にはいっぱい無邪気な笑顔を浮かべていた。
ユッキーはパートさん達が上がる少し前に店に着いた。
早速大ちゃんがパートさん達にユッキーを紹介する。
「ユキちゃん、お久しぶり~」
さすがの沖さんもユッキーと久しぶりの再会に上機嫌だったが、
「もっとゆっくり話したいけど、主婦はそうも行かなくて…
また話しましょ!」
と名残惜しそうに帰って行った。
沖さんは少し前に結婚しているのだが、職場では旧姓の沖を名乗っている。
「次はバイト達に紹介するから。」
大ちゃんも素直に嬉しそうな声でユッキーに話しかけた。
バイトの子達は既に出勤していてそれぞれの作業を始めている。
2人がは店内に向かったのを見送り、私は事務所に入るとパソコンの前に座った。
今日は大ちゃんにパソコン占領されちゃってたからな。
その日の伝票の入力や本社への報告書の作成を始める。
コンコン。
事務所のドアがノックされ、
「姉さん、両替お願いします!」
と牧田君が入ってきた。
「姉さん言うなと…」
金庫を開けながらブツブツ言いかけた私の言葉を遮り、
「あの森崎さんて人、前にこの店にいたんですか?」
と牧田君が嬉しそうに聞いてくる。
「ああ、うん。キレイな人でしょ?」
「キレイですよね~!上品で優しそうだし!」
牧田君がやたら興奮する。
若いのう。
「森崎さんはこの地区のアドバイザーとして来てくれるんだから失礼の無いようにね。」
「アドバイザーって偉いんですか?」
「そうだね~無理矢理当てはめると店長と副店長の間くらいかな?」
「え~っじゃあ姉さんより上なんだ。
何もかも負けてるじゃないですか!」
うっせ~よ。
「でも大丈夫です姉さん!
森崎さんの方が上ですけど、僕だけは姉さんを応援しますから!」
かなりディスリ感入ってるけど
「僕だけは…」って、もしかして少しは私に気があるの…かな?
「じゃあ聞くけど、もしも私と森崎さんのどちらかとデートするってなったらどっちを選ぶ?」
「森崎さんですよ!!!」
もう帰れ。
コンコン!
「ユウヤ~両替は?」
遅い両替を取りに来たのか、ドアが開き加瀬くんが事務所を覗き込み牧田君に問いかける。
「あっ!ごめん。」
慌てて両替を渡すと、彼は軽く頭を下げて出ていった。
この子もねえ…
寡黙で陰のある加瀬くんの後姿を見ながら私は小さくため息をついた。
「あの、田村さん。
少し良いですか?」
大ちゃんとユッキーが帰った後、
仕事の上がり時間となり、休憩室で帰り支度を始めていた私にバイトの井川理恵ちゃんがそっと声を掛けてきた。
「うん?どしたの?」
休憩室のドアを閉める様に目で促し、
椅子に腰掛けながら理恵ちゃんの顔を見る。
「あの…加瀬君の事なんですけど…」
やっぱり。
「また不機嫌なの?」
「はい。あの…私と真由ちゃんがゴミ捨て場で話しながらゴミを捨ててたらそれが気に障ったみたいで、早くしろ!みたいに横で大きな音を立ててダンボールを潰されて…」
「それからずっと機嫌が悪い訳ね?」
「はい…」
「ちょっと様子見て来るか。」
私は立ち上がり店内へ入った。
暇な時間帯ということもあり、お客さんのいない店内の薬壁カウンターで遅番の大川君が何やら作業をしていた。
「大川君!ちょっといい?」
顔を上げて私の顔を見た大川君に、
「加瀬君、荒れてるの?」
とそっと聞くと、
「店内ではそうでも無さそうなんですけど、どことなくピリピリした物は感じます。」
バーーーーン!!
苦笑しながら大川君がそう答えたのと同時に突然バックヤードの方で大きな物音がした。
「なんだ!?」
大川君とレジに立っていた牧田君が同時に声をあげた。
「積んでいた商品が崩れ落ちたのかも。見てくるよ。」
1人バックヤードに入ると、入ったすぐにトイレットペーパーのケースが転がっておりその横に加瀬君が立っていた。
トイレットペーパーのダンボールケースの横っ腹には大きな穴が開き、中のトイレットペーパーがボロボロになっている。
こいつはすげえな。
さすが元格闘家だと一瞬感心したが、
そんな事を言ってる場合じゃない。
「ついイライラしてしまってすみません。」
私が問うより先に加瀬君がボソボソとあまり気持ちのこもっていない謝罪の言葉を呟く。
「何故イライラしたの?」
「だって他のバイトの奴らまるでやる気を感じられないっていうか…
何かもうこんな店ずっとバカバカしいって思ってたらイライラがたまってきて…」
プチーーン
「はあっ?じゃあアンタがした事は何なのよ?
ふざけんな!!
そんなに嫌ならすぐに帰れ!!」
人生の中で後にも先にもあんなに人を怒鳴った事は無い。
店内にも確実に響き渡る大声で私は加瀬君を怒鳴り続けた。
頭に血が上っていたので何を言ったのかはあまり覚えてないが、加瀬君の態度で周りが振り回されていること、何か不満があるならこういう形ではなく社員に報告すること等などを言った様な気がする。
はっ!
加瀬君の蒼白になった顔を見てやっと私は我に返った。
やば、言いすぎた。
加瀬君の拳がギュッと固く握られている。
殴られるな。
今度こそ鼻血出るかな?
何故か鼻血の事が気になって仕方なく、殴るなら顔はやめろ!ボディを狙え!
等バカな事を本気で心配する私をよそに、加瀬君は握った拳を緩めたかと思うとおもむろにトイレットペーパーを片付けだした。
「すみません…ダメにした商品は買います…」
「廃棄処分にするからいいよ。
それよりも閉店まで倉庫整理して頭を冷やしなさい。」
加瀬君を倉庫に行かせ店内に入ろうとスイングドアを開けると、大川君が近くに立っておりその顔は恐怖で引きつっていた。
丸聞こえだったか。
説明は不要だな。
「ごめん帰るね。後はよろしく。」
大川君が必死で首をブンブン縦に振る。
もうやだ帰りたい。
いや帰るけど。
気まずい思いをしながらも早く帰らなくてはと急いで帰路につく。
明日は副店長の会議&勉強会だ。
朝早いから支度して早く寝なきゃ。
翌日、殺伐とした店長会議とは逆に和やか~穏やか~な半分交流会を兼ねた会議&勉強会を終え、帰りの電車に乗ろうとした私の携帯が突然鳴った。
ん?
知らない番号だ。
スルーして電車に乗ろうとしたが、電話はいつまでも鳴り響く。
誰だ?
「もしもし?」
電話をとった私の耳にボソボソと元気のない声が響いてくる。
「あの…すみません。加瀬です。」
「加瀬君?どうしたの?」
「あの…店に来たら田村さんは会議って聞いたんで、もし良かったら終わった後少し話せませんか?」
さては昨日の件だな。
「もう帰るとこだしいいよ。店で話すのも何だからどこかで待ち合わせしようか。」
私は駅前の小さな喫茶店の名前を出した。
喫茶店に着くと加瀬君が店の前で待っていた。
しょげきっている様子で大きな身体が一回り小さく見える。
叱られた犬みたいだな。
大ちゃんといい私の周りにはワンコが多いなあ。
少し可笑しくなりながら
「お待たせ!中入ろうか。」
と加瀬君の大きな背中をポンッと叩いた。
「ピアノだ…」
加瀬君が目を見開いて感嘆の声を漏らす。
シックなレトロ調にまとめられた店内は外から見るより広く、コーナーの一角にグランドピアノがドンと置かれている。
ここは私が以前住んでいたマンション近くの最寄り駅前。
近いと逆に行かないという通説通り、
私もこの店に来たのは初めてだった。
「何か大人のお店って感じですね。」
加瀬君がソワソワと店内を見回す。
「ご注文は?」
品の良さそうなマスターらしきおじいさんがオーダーを取りに来た。
「えと、ウインナーコーヒーお願いします。」
「え!?ウインナーコーヒー!?
あ、俺もそれで!」
加瀬君が興味津々といった目をして私の真似をする。
絶対「何か」を期待してるだろお主。
案の定、ウインナーコーヒーが運ばれて来ると加瀬君は不思議そうにカップを覗き込んだ。
「あれ?ウインナーは?」
……やっぱり。
てか本当にコーヒーにウインナーが浮いてたら飲むつもりだったのか?
「ウインナーコーヒーはウイーン風コーヒーって意味だよ。」
笑いながら教える。
「あっそうなんだ。俺、あ、いや、僕こんな大人っぽい店に来たことなくて…
何かいつも同級生とマックとかそんなとこしか行った事ないから、大人の女の人とこんな店に来れて緊張します。でも…嬉しい…」
「こらこら緊張する所が違うでしょ。今日話しに来たのは昨日の事でなんじゃないの?」
「あ、はいそうです。昨日は本当にすみませんでした。」
その言葉を皮切りに加瀬君は色々な事を私に話してくれた。
やっていた格闘技はスカウトされるほど強かった事、そんな中怪我をしそれが完治しても何故か急に格闘技に対する気持ちが冷めてしまったこと、友人関係、進路への不安etc.
彼は胸の中に溜めていたものを吐き出すかの様に一気にそれらを話し切った。
「そうか。色々あったんだね。
でも辛い気持ちがあっても周りへ八つ当たりはダメだよ?」
「はい。もうしません。
皆とも仲良くします。
だから…あの…またこうやって…」
「ん?また大人っぽいお店に行きたいの?
いいよ。今度パスタのお店でも行こうか。
その代わりちゃんと仕事頑張るんだよ?」
「ほんとですか?!
はい!頑張ります!!」
加瀬君が明るく答える。
そこには今までの暗い陰は無く無邪気に笑う18歳の男の子の姿があった。
「大吾に随分なつかれたな。」
閉店後の軽いミーティング&雑談タイムで大ちゃんが可笑しそうに茶化してきた。
「へっ?何がですか?」
「知らないの?あいつが『田村さんの大ファン』ていうのバイトの間で広まってるぞ。」
「ええっ!?何でファン?
しかもバイト間の話の事を何故知ってるんですか?」
「牧田が笑いながら報告してきた。」
ま~き~た~!!!
「バイトの高校生をたぶらかすのは社員としてどうなの?
オバサンが11歳も下の若い男に手を出すなんて痛てえ!!!」
バチーーーーーーーン!!!
「痛っあ~~。今一瞬息が止まったぞ。絶対背中に手の形ついたわ。」
懐かしいフレーズだな。
てかそのまま息止めてしまえ。
「冗談だって!大吾に怒鳴り散らしたんだろ?
それでアイツがビビって服従してるんじゃないの?」
「うっ服従…というか怒鳴った事を何で知ってるんですか?」
「大川がビビりながら報告してきた。」
……………
「いやまあ確かにちょっと私も冷静さに欠けてたっていうかアレは大人気なかったと…」
「まあいいんじゃない?
アイツも本気で叱ってくれる人がいて嬉しかったんだろうし。」
だから大ファン?
大不安の間違いじゃね?
「はあ、てっきり嫌われるか怖がられると思ってましたけど…」
「最近の若い奴にしては骨があっていいんじゃない?」
「若干23歳の」大ちゃんがしたり顔で頷く。
まあ確かに。
「まあ何だかんだ言っても田村チームは大丈夫だろ。
それに引き換え俺のとこは…」
大ちゃんがため息をつく。
「新人君たち…ですか?」
「ああ、いや、新井はまあ何とか物になりそうだけど大川がなあ。」
私の脳裏に自信もやる気も無さげにふるまう大川君の姿が浮かんだ。
と同時に、
「神谷店長に睨まれたら病院送り…」
という田上店長の言葉を思い出す。
大ちゃんは情は深いが、
仕事に関しては自分にも人にもかなり厳しい。
それで体調や精神に不調をきたしたり、辞めたりした人はパート社員共に何人かいた事実を副店長同士の交流の中で私は既に把握していた。
うちの店初の「脱落者」にならなければ良いんだけど…
新井君にも相談してみようか。
そう考えた私の思いを覆すように、
「それと近々新井が他店舗に移動になるから心しといて。」
と、淡々と大ちゃんが私に告げた。
「えっ、もうですか?」
言葉が出ない。
「ああ。うちの地区にまた新店が出来るだろ?
そこで使える奴ということで新井が抜擢された。」
はあ、いつもの事とはいえうちの会社のやる事といったら…
「ちょっと使えるようになったら抜かれるし。
うちの店は養成所じゃないっての。」
「養成所の神谷教官」はフウと息をつく。
「まっ文句言ってても仕方ない、大川はしばらく俺がついて再教育してみるからフォロー頼む。」
「わかりました。でも…私も何かあれば店長に頼っても良いですか?」
「もちろん!何かあったら直ぐに言って。」
大ちゃんが力強く返事をした。
この人とは大抵何でも乗り越えられる様な気がする。
彼は本当に厳しくて怖くてそれでもついていこうと思わせる。
強いカリスマ性を持つのだろうか。
現に新井君や牧田君は大ちゃんを崇拝し大ちゃんの言うことは絶対とばかりになっている。
でも「強すぎるもの」は時に人を潰す。
そして自分自身でさえも…
「何を考えてるの?」
大ちゃんが探る様に聞いていた。
「俺って怖い?」
げっまた心を読んだのか?
「うん。怖いよ。」
読まれてるなら…の私の言葉に、
「えっ…そうなの?怖い……」
驚く程に大ちゃんが凹んだ。
「えっ?だってみんなビビってるし、私も何回か胃痛起こしたよ?」
「えっ?!そう…なんだ…」
アカ~ン!正直過ぎる私のバカ。
てか自分の怖さをわかってなかったのか?
その事実が1番怖いわ。
「ま、まあまあ、美味しいココアでも飲んで帰りましょうか?買ってきますよ?」
慌てて敬語で機嫌を取ってみる。
「ココアなんて甘ったるいの嫌だ。」
子供かお前はっ!!
「じゃあコーヒー買ってきますね?」
「ブラックじゃないと飲まない。」
殴るぞ貴様っ!!
それでも急いでコーヒーと紅茶を買って帰ると、大ちゃんは見事に復活していた。
「おう悪いな。ご馳走様。」
嬉しそうにコーヒーを飲む大ちゃん。
やれやれ。
私も紅茶を1口飲む。
「あっこれ美味しい。」
「どれ?ちょうだい。」
大ちゃんが手伸ばしてくる。
「あ、口をつけちゃったから拭くよ。」
「いいよ。そのままで。」
強引に紅茶を奪い取った大ちゃんは、
「何これ甘い!よくこんなの飲めるな。」
と笑いながら更に紅茶をコクンと飲んだ。
「新井が新店に行く予定が1ヶ月延びた。」
大ちゃんがいきなり切り出してきた。
「あ、はい分かりました。何か事情でも?」
唐突に話を振ってくる大ちゃんにやっと慣れてきた私は冷静にそう切り返した。
「新井の後釜の社員が先日中途採用で入った奴に決定したから。」
何だか嫌な予感…
「本社でほとんど教育受けずにこちらに放り込まれるから基礎教育をとりあえず頼む。」
やっぱり…
うちは養成所じゃないっつーの!
「で、その人が慣れるまでの1ヶ月、新井君がいてくれる事になったんですね?」
「そう。裏を返せば1ヶ月でなんとかしろ!ということだ。出来るな?」
出来るか?
ではなく出来るな?ってあんた…
やれ!ということか。
う~~む。
基礎を教えて…
パートさん達のフォローを仰ぐかな?
パートさん達はバイトの子達よりも職歴が長い。
30代の主婦さんがメインでしっかりした方も多く、フォローも上手くやってくれるだろう。
ただ…
気に入られたらの話だけどね。
どうか、可愛がられるタイプが来ますように!
心の中で必死に祈るも、そんな私の心配は杞憂に終わった。
「今日からお世話になります神田です。
よろしくお願いします。」
照れているのか少し顔を赤くして挨拶をする彼にパートさん達が一斉にざわめきたった。
「すっごいイケメン、モデルみたい。」
そう。
彼は人の顔の好み云々をぶっ飛ばす程に本当にイケメンだった。
モデルにはなるには少し身長が低めだったが、細マッチョでスタイルも良いし少し恥ずかしそうに話す姿も可愛らしい。
私も思わずボーッと見とれてしまったが、残念ながらイケメン=仕事ができるわけではない。
副店長の立場としては素早く現実に戻る必要があった。
「さて、じゃあとりあえず事務所に行きましょうか。」
まだザワザワしているパートさん達を残し彼と事務所に入り新ためて彼の履歴書に目を通す。
神田正樹 23歳。
え?神田正輝!?
思わず名前を2度見した私の様子で察したのか、
「あ、字は違うんですけどよく笑われます。」
神田君が恥ずかしそうに言う。
「あっいやいや、神田君もすごくイケメンだから大丈夫だよ。」
慌てて意味のわからないフォローをした私に、
「照れますね。でもありがとうございます。」
神田君が人懐っこい笑顔を見せた。
オリエンテーションが終わり、神田君を連れて店内を廻る。
「ちょっとレジを触ってみようか。」
レジを研修モードにセットした途端、
「社員の方レジまでお越しください。」
店内放送で呼ばれてしまった。
またか。
今日は遅番の大ちゃんが来るまで社員は私1人。
そんな日に限ってスタッフからよく呼び出しがかかる。
どうしよう。
さっきから何回も神田君を放ったらかしだしな。
とりあえず神田君を待たせてスタッフの元に向かう。
用件を済ませて戻ろうとした私に、
「田村さん、品出し終わりましたけど次は何かありますか?」
とパートの松木さんが話しかけてきた。
松木綾 27歳。
人懐っこく明るい性格で少し空気を読まずにズケズケと発言してしまう所はあるが、悪気や裏表のない性格で憎めない可愛いキャラ。
まだ小さな子供さんがいるが、旦那さんの実家に同居しておりお義母さんに面倒を見てもらえるため、シフトもガンガン入れて働いてくれている。
そんな頑張り屋でもの怖じしない彼女を私は秘かに頼りにしていた。
「松木さんちょうど良かった。
悪いけど店長が来るまでの間、神田君に付いてこの店の事を色々教えてあげてくれない?」
「え~っ私がですか?緊張するな。」
松木さんは口ではそう言いながらもとでも嬉しそうな顔をした。
「レジ操作とか重要な事は午後から私が教えるから、商品の置き場とか店舗の基礎的な事を教えてあげて。」
「わかりました!」
元気良く返事をした彼女と神田君を組ませて店内を廻らせ、私は他のスタッフのフォローに撤する事にした。
この選択が1つのキッカケになったのであろうか。
それとも「成るべくして成った。」
のであろうか。
後にこの2人について心を悩ませる時が来るとは、この時の私には全く想像すら出来ていなかった。
「おはようございます。」
遅番の出勤時間よりかなり早く大ちゃんが出勤してきた。
「おはようございます。早いんですね!」
そう挨拶を返す私に、
「今日は中番が居ないからずっと1人だったろ?ちゃんとやれてたのか?」
大ちゃんが探る様に聞き返してくる。
うっっ
「あ~すみません。実は…」
かくかくしかじか、大ちゃんに説明する。
神田君への教育がほとんど出来てないから怒られるかな?
と秘かに怯えていたが、
「あっそ。松木さんは午後からもフリーだっけ?」
意外にも大ちゃんはアッサリそう言うと自分でスタッフの作業予定表を見に行った。
「フリーだね。神田君には午後一でレジを教えてから引き続き松木さんを付けて売り場メンテでもさせて。」
「分かりました。」
元々、松木さんはパートさん達の中でも断トツにシフトが入っており、レジにはほとんど入らずにフリーの立場も多い事から、こういう時に実に頼りになる。
この日から「神田君のフォロー役は松木さん」という図式が何となく出来上がった。
秘かに心配していた沖さんの事も、
沖さん自身が「頼るのは良いが頼られるのは嫌い。」というスタンスだったため、むしろ面倒臭い事を松木さんがやってくれるとばかりに喜んでいた。
他のパートさんも特に異論を唱える人もおらず、当初は何もかも上手く進んでいく様に見えた。
ある日、
「カンちゃんがお菓子を買ってくれたんですよ。」
松木さんが嬉しそうに私の目の前でチョコレートを軽く持ち上げてみせた。
松木さんは神田君に少しずつ甘える様になり、お菓子やジュース等をたまに買ってもらったりしていた。
「またオネダリ?綾ちゃんもお返ししてあげなきゃダメだよ。」
少し笑いながらたしなめる。
休憩時間等にはみんな少し気を抜いてお互いに愛称などで呼び合い、
神田君はカンちゃん、松木さんは綾ちゃんと呼ばれていた。
「大丈夫ですよ!今度休憩が一緒になった時はマクドナルドに行って奢ってあげるね!って約束してますから。」
「そうなんだ。」
「はい!私達もうすっかり友達なんですよ!」
松木さんが嬉しそうな笑顔を見せる。
仲良しの友達か。
いいな。
私もつられて笑顔になる。
異性の友達か、いいね。
カンちゃん優しいし羨ましいな。
私はそんな2人を微笑ましいと心の底から思っていた。
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