猫の爪
猫の爪
吾輩は、猫である。名前はまだ、ない。というのは嘘で、吾輩には飼い主がつけた名前がちゃんとある。
「疲れたよぉ、ギン〜♡」
飼い主ー伊藤 瑠璃ーが吾輩の名を呼びかけながら顔をうずくめようとする。
「ニャー」やめろー
吾輩は、器用に前脚を使って瑠璃の顔を蹴り入れる。
「いぶっ」
瑠璃の顔は、見事に壁側に吹っ飛んでいく。
ふっ、吾輩に触れようとするなんて一万年早いわい
突然、むくりと吹っ飛ばされた瑠璃が起き上がる。
「ニャ‼︎‼︎」え‼︎‼︎
起き上がった瑠璃の顔からはーー血が溢れていた。正確には口らへんから溢れていたが…そんなことは、どうでもよい。
う、嘘だろう?あんな簡易的な蹴りでこんなーーあ。
吾輩は思い出したのだ。吾輩のこの手(爪)の恐ろしさに…。あぁ、どうすることか。瑠璃も以前に言ってたのに。
♢ ♢ ♢
一年前…
「ギーン!ギンは爪切りが嫌いだけど、これは、ギンが傷つかないためにやってるんだよ?」
ふん、爪なんかでは吾輩は傷つきわしない。わざわざ痛い思いなどしなくとも吾輩は、自分の身は自分で守れるわい
吾輩はそれでも爪を切ろうとする瑠璃に腹が立ち、前脚で凶器(爪切り)を持ってる方の手を叩いた。
「シャッ‼︎」
「いっ…」
その瞬間、瑠璃の顔が歪み、手から赤い液体が溢れてくる。
「ニャっ⁈」
なんだ。なんで、瑠璃の手から赤いのが溢れてくるんだ?吾輩は知ってる。これがいっぱいなほど痛みも増すというのが!分かっている‼︎
「うっ…つぅ」
瑠璃は珍しく涙を流す。
な⁉︎る、瑠璃が泣いた?
吾輩はそれだけでもう、動けなくなってた。幸い瑠璃は、軽いシュッケツ?ですんだらしい。それでも、吾輩はそれから爪を切る瑠璃をとめようとすることはなかった。
♢ ♢ ♢
…油断してた。
爪切りを一ヶ月前にしっかりとしたから、完全に気を緩めていた。
吾輩はあまり爪研ぎをしなく、それにプラスして高齢だから、爪が分厚く切る頻度をもっと上げたほうがいいらしい…が、こんなに血が出るのはおかしいだろう…?
瑠璃は起き上がったは、いいもののふらふらして今にも倒れそうだ。
バタッ
案の定、瑠璃は倒れてしまった。幸に倒れた場所に、机などの障害物がなかったからよかったものの、倒れたとき瑠璃の頭からはゴォンと不吉な響音が広がっていた。
あ、あ…瑠璃…どうしよう。
吾輩は瑠璃の近くに寄り、変な気持ちになる。
また…だ。
あの時と同じ、一年前のまま。でも、あの時よりひどい…。
何故か吾輩の胸が痛いのだ。
「にゃ〜あ…」瑠璃…
何度名前を呼びかけても瑠璃が返事をすることはなかった。
続く…
♢ ♢ ♢
「ギーンッッ‼︎‼︎」
ギュウゥゥ、瑠璃の手が吾輩を包み込む。
く、苦しい。これは包み込むじゃなくて絞め殺sぅ
「に、にゃぁぁ」
意識が飛ぶ前にと、吾輩が叫ぶと瑠璃は腕の力を緩める。
「ふぅ、ごめんね。迷惑掛けちゃって、入院のこと」
そう、瑠璃が倒れたあと、吾輩はなんとか救急車を呼び出すことに成功した。ケンサの結果、顔には特に傷はできていないということだった。
では、何故瑠璃の顔から、いや口から血が溢れてきたのか、それはーー
「胃潰瘍ですね、ストレス、過労から来ているので、一度点滴打って3日ほど入院しましょう。薬は、まずは軽めのプロトンポンプ阻害薬と胃粘膜微小循環改善薬出しときますね〜。副作用はーー」
だそうだ。原因は吾輩ではなく、瑠璃が所属しているカイシャにあったらしい。毎日毎日瑠璃がげっそり顔で深夜に帰ってくるのはそのせいだったのか…。
吾輩じゃなくてよかった…いや、よくはないけども…。
「にゃ…ん」う…ぅ
吾輩の目から何かがでてくる。
「え⁈うそおぉ‼︎ギンくんどっか痛いの⁇大丈夫⁉︎」
瑠璃が慌てる。それもそうだ。吾輩達、猫は感情ではなかない。普通ナミダを流したりした時は、体が不調を訴えたりしている時だけだ。
「あ、れぇ⁈目の周りに異常はないし〜、元気そうだし…ある意味元気ではではなさそうだけど…病気っぽくなくて、よかったぁ」
そう言い、吾輩を見ながら笑みを浮かべる瑠璃。
「でも、涙止まんないよ⁉︎やっぱ、病気とか⁈それとも……」
なんだ。
「心配してくれたのかなぁ?なぁんちゃって〜って、え⁈」
な、なんだ。吾輩が首を縦に振ることなんていつでもあることだろう…
「そっかぁ、心配してくれたんだ〜。ふふ、ありがとう。でも、ギンは傷付いてはいないよ、ね…?」
首を縦に振ろうとした。でも、そうする前に…
「えっ、嘘。待って、え⁈」
ナミダが溢れ出てきた。
何故だ…?やめろ…瑠璃が困ってる…。
そんな吾輩のいうことを聞くわけもなくナミダは止まるということを知らない。
何故だ…?やめろ…瑠璃が困ってる…。
そんな吾輩のいうことを聞くわけもなくナミダは止まるということを知らない。
「ギン…、ありがとう。私のために泣いてくれて、でも泣かないで、私はギンに傷付いて欲しくないから爪を切ってるんだよ?笑 ギンが傷ついちゃ爪を切ってる意味もないでしょ?だから…いつものように…」
瑠璃の瞳が一瞬琥珀色に光った気がした。
「私を前脚で罵って〜‼︎‼︎」
が、瞬時に元の茶色に変わってしまった。
はぁ、全く、やはり瑠璃はるりである。
だが吾輩は、そんなるりの事がーー
「ニャー」
今日も吾輩は、前脚を瑠璃に蹴り入れる。だが、一つ違うことがある。それは…
「にゃにゃー」
歩み寄れることである。
Fin
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