昭和から令和へ
長く生きたな。人生の折り返し地点は過ぎたけど、まだ夢も希望もある。
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確かに。以前、妹が話してくれた。妻は、妹ちゃんの方が苦労してると思う、と言ってくれてたけど、
私には、お兄ちゃんっていう、助け合える人がいたから、親から逃げる家出も出来たけど、お姉さんは、家族全員から無視されてた訳だから、お姉さんの方が生きるの辛かったと思う、と。
そうだな。毎日生活していて、誰かひとりでも妻の理解者がいれば違っただろう。親父さんの話があまり出て来ないが、
昔から朝早く仕事に行き、夜遅く帰って来る人だったらしく、あまり親父さんの姿も見た事ない様な事を言っていた。
それでお袋さんひとりに子育ての苦労がいってしまったのかも知れないが、なぜ妻だけ、露骨な差別をしたのか解らない。
妻が、どうやって15才から生きて来たか、聞いても泣いて首を横に振るだけなので、気の毒で、しつこく聞けないんだ。どうにかして生きて来たんだろうな。
いつもニコニコしてるのも、その方が人とぶつからない、と学習したんだろう。
私は、嫁ちゃんのどんな壮絶な過去を知っても受け入れるつもりだが、彼女が話したがらないものを、無理強いはしたくないんだ。
例え男性がらみでも、それが生きるために仕方なかったなら、責めたりしない。
ただ、そっとしてやりたいんだ。
平成から令和になって、まだ4ヶ月半なんだな。もうだいぶ前から令和な気がするな。
まさか元号が変わって、私がケガをして病気まで見つかるとは思わなかったな。ケガは治ったが、病気ってやつは厄介だ。
寝たきりな訳ではないし、事務仕事なら出来るのにな。見舞いに来てくれる人にも申し訳ない。妻か妹がいると、気を遣って30分位で帰ってしまう。
私も自分で動いてお茶くらい出せるのに、女性二人が、見舞い客が来ると、いいから寝てて、というので、結局横になる。昔見た、昭和のコントみたいだ。いや、真面目な話、1週間でも早く仕事に戻りたいんだ。
私にとって令和元年はトホホな年だったので、来年は良い年にしたい。
長い長い独り言だな。
私は学生時代、いやガキの頃から勉強より運動が好きで、動作の速さには自信があったんだ。妹は女の子らしく、本を読むのが好きだったんだ。
昔は自分の背丈より高い鉄棒もグルングルン回ってたが、寄る年波には勝てぬ、で、若いヤツの俊敏さが羨ましくなって来ている。
俺君、と呼ばれていたのが俺さん、に変わり、18や19の新人君には、「俺さん、僕の父より10才年上なんですね」と、さらっと言われる。ショックだなぁ。
妻も妹も、きょうの美容院の美容師さん、お母さんと私が同い年だって~と、やはりショックな顔だ。
年はみんな取るんだ。逆らわず、健康に気を付けて長生きしたいもんだ。今の3人だから思うんだ。
妻たちは、コラーゲンだの騒いで飲んでいる。二人とも、50代には見えないぞ。
私が退院した頃、昔からお世話になって来た、今は果物の缶詰め工場で働いているあの叔父から、お見舞い、と、また缶詰めが送られて来た。
開けてみると、桃缶とパイナップル缶が半分ずつ入っていた。3人で、叔父にお礼をした。妹と私は、なぜかパイナップル缶を見てから妻の顔を見ると、「あはは!」と笑ってしまうんだ。
新婚の頃、冷蔵庫に入ってたゼリーから始まり、中華料理屋の酢豚、最初の叔父からの缶詰め、はてはガチャガチャに至るまで、
妻は、苦手な割りにはパイナップルと縁がある様だ。妹は、「お姉さん、パイナップルって甘いのに、どんなところが嫌いなの?」と聞くと、「味がダメなのよ~」と即答した。
人間、大人になってもこれだけは、って物が誰にでもあるだろう。
私も以前、餅、と書いたが、白玉も正直、口に入れたくはないな。妹のシーフード嫌いも、特にイカやタコは、噛んでも噛んでも、どこで飲み込んだらいいか分からないってところは、餅に共通しているかもな。
こんな話は、親や兄弟姉妹とするよな。嫁ちゃんはただ私はパイナップルが苦手、と話せる家族がいる事が嬉しそうだ。
叔父には、叔父の好物の焼酎を送った。
ずっと昔、思い出せない位昔、まだチョコチョコ歩いてた妹と、家に帰りたくなくて、家出をしようと思ったが、親父に見つかったらきっと死ぬほど殴られるだろうと、
帰りたくない家に、我慢して無理矢理帰って、夜真っ暗な部屋の中で布団の中で泣いたのを思い出した。自分はどうしてここにいるんだろう、両親に邪魔だと言われて、いなくなりたいのに、
お金もない子供の私に妹と生活など出来る訳ないのに。
私はずっとずっと20年以上、同じ事を考えていたんだ。この人らから逃げないと、私や妹は、廃人になってボロ雑巾の様に捨てられる、逃げなきゃ、逃げなきゃ、と。
けれど、同じ年頃の子たちは、ご両親と仲が良い。不思議でならなかった。
あの感情はどこから来たのか、今もって解らない。
肝心な事は、避けてしか書けないのはなぜなんだろう。自分の人生に、そんな事実はない、と、絶対に認めたくないからだろう。
私より妹の方が地獄だったはずだ。
苦しい。吐き出したい。でもこんな頑固な私でさえ心臓がバクバクいう。あれは、なぜ記憶が断片的なんだろう。
その前後が、ほとんど思い出せない。
これから書く事は、心臓の弱い方は読まないで下さい。お願いします。
妹が高校生の時の事だ。何年生と書くのさえ震えが来る。ここまでのレスにどうしても書けなかった。
私の脳裏に浮かぶのは、私があの乱暴なクソ親父の上に馬乗りになって、喚きながらメチャクチャに親父を上から何度も殴ってた。うつ伏せの親父の、下には、
すみません。服を着ていない妹が泣きながら身体をかくす様に固まっていた。ふざけるな!妹になにしたんだよ!親父だって許せない事がある!妹の将来を考えろ!私が親父を殴り続けているうちにグッタリした。
母親とかいうあの人は、親父じゃなく、私にやめて、やめてと言った。なんでだよ。あの女は、あろう事か、言うに事欠いて、
あんた、お父さんが死んだら私の明日からの生活はどうなるのよ?あんたは警察に捕まればいいでしょう、それにそこの、お父さんを誘惑した女(妹だ)、その子は未成年で何の罪にも問われないで済むでしょう、少しは私たち親の事も考えてちょうだ…
私は母親とかいうその女をビンタして黙らせた。親父が気を失っている間に、その辺にあったバスタオルみたいな何かで妹の身体をとっさに覆って隠した。
妹は、実の父親に乱暴された。私はデリカシーにかけていた、妹に、妹の心を折る様な質問をしてしまったんだ。
「大丈夫か?その、最後まで、か?」と。妹は泣きながら私を睨んで隣りの部屋へ逃げた。
なんであんな酷い事を妹に言ったんだ、私はおかしくなってた。
親父は入院しなきゃいけない位、ケガをしていたのに、入院しなかった。
私に殴られたと言ったら、私がなぜ親父を殴ったか話す事になる。
世間体を大事にするあいつらは、話し合って、親父と息子の親子ゲンカの末の、親父の大ケガという事にした。私の事などいい。
一番心配なのは妹だろう。
妹はしばらく学校を休み、半年ばかり、いとこのお姉ちゃんちで暮らした。獣親父とは同居させられないし、あの女も、妹を可哀想に思うどころか、夫の浮気相手くらいにしか思わない様なクズ女だった。
半年経ってうちに帰って来た時、私はいの一番に妹に謝った。「あの、妹、ごめんな、ごめんなさい。俺どうかしてた、無神経だった、本当にごめんなさい。」手をついて謝ると、妹は優しい顔で言ったんだ。
「お兄ちゃん、助けてくれてありがとう。あの時お兄ちゃんがいなかったらと思うとゾッとするもの。私、大丈夫。健康だから。将来、結婚出来るから。あの時は、本当にありがとう。」
妹…。私は泣き崩れた。妹、優しい言葉を、ありがとう。ありがとうな。
それから数ヵ月、妹は自宅から高校に通って、無事卒業、かねてから決まってたところに就職した。いとこのお姉ちゃんちからも学校に通い、素行も悪くなかったので、
小さな会社だったが、就職出来たんだ。そしてお祝いに、靴をプレゼントしたんだ。
嫌な事は、この靴で踏んづけちまえ!
間違えた、就職祝いは腕時計だった。靴はその後だった。
そして秘かに二人で家を出る計画を立てた。最初の方のレスに、妹が「それから何年か経って高校を卒業した」とぼんやり書いたのは、
このおぞましい事を書けなかったからだった。そして、
普通の、あったかい家庭で育ちたかった、と何度も書いたんだ。
この事は、亡き弟君には話してない。話せる訳がない。それから、妻にも話してない。性犯罪は話す方も聞く方も辛い。
今、3人がこうして暮らしている事が、どれだけ幸せな事か。
スレ主です。ショッキングな事を書いてしまい、ごめんなさい。私自身、つらくて吐き出したかったんです、私の我が儘です。ごめんなさい。
こんな夜中まで読んで下さってありがとうございます。私が言うのも変ですが、どうか読んで下さった方が眠れます様に。もし眠れなかったら、光ゲンジさんの「太陽がいっぱい」でも聴いて下さい。
どうか、おやすみなさい。🌛
それからは、妹が危険な目に合う事はなかった。家に居ない。私や妹だけではなく、あいつ(親父)も仕事はしてたし、あの女も一応、私たちが給料の4割を入れたら、メシ作って洗濯はしてくれる様になった。
けど決して明るい家庭じゃなかったし、私は妹を常に親父から守る様になった。私の帰りが遅くなる時は、最寄り駅か、親父に会わないで済む喫茶店かどっかで妹に待っててもらい、一緒に帰宅したんだ。
妹は私の顔を見ると、ホッとしてた。
弟君、妹に罪はない事だ、男なら、女の子のそういう事には触れないでおこう、と思った気持ち、分かってやって欲しい。
私は弟君の心の中を全部解る訳じゃないが、もし仮に弟君の知るところとなっても、弟君が妹から離れていくとは思わない自信がある。
弟君のお袋さんが親父さんに酷い目に合って来た中で育った弟君なら、理不尽な思いをして来た人の気持ちは解ってくれると思うんだ。
なぁ、弟君、そうだよな、違ったらごめんな。
妻が時々バイト帰りに、売り物にならなくなった菓子パンやパンのみみを相変わらずもらって来るので、かなり節約になっていると思う。
妹も、八百屋さんが店を閉めそうな時間に行っては、曲がったキュウリやいびつなトマト、カーブしたナスや多少しなびたその他の野菜をまとめて千円で買って来るんだ。
パンのみみを細長く切って野菜と炒めたり、ハチミツに付けておやつにしたり、色々と工夫してくれるんだ。
ハチミツももらい物だったな。いや、うちは決して貧乏な訳ではなく、何かあった時のために現金を貯金しておく事が、過去の引っ越しで教訓になったんだ。
シャンプーも薄めて使うのが当たり前になっている。だけど、そんな事が幸せなんだ。
普段の雑貨は百円ショップで買う。もうすぐ110円ショップになるが。
空き缶に小銭を貯めている。3人だと割りと貯まる。これでまたディズニーランドへ行こうな。
50を過ぎて、3人で暮らして、初めて家庭の様な気がしている。
明日は病院か、夜更かしはこれまで、また書きます。
おやすみなさい。🌃
以前、弟君のお墓を、ローンを組んで立てた事で、会社の人に、義理弟さんの○○家のお墓ってないんですか、と聞かれた事があった。
あるとは聞いていたが、彼は、母親には申し訳ないけど、自分の父親と同じ墓に入りたくない、と、一緒に酒を飲んだ時に何度も言っていた。
私はその事を覚えていた。お袋さんに彼の訃報を知らせ様にも、電話は通じない、手紙は戻って来る、
まだ正気を取り戻していなかった妹をひとりにしておけず、妻と3人で聞いていた住所を訪ねたら、知らない家族が住んでおり、
弟君のお袋さん(実家家族)の行方は解らなくなってしまった事は、だいぶ前のレスにも書いた。
勝手かも知れないが、私たち4人でいづれ入る墓だと思って建てたんだ。
弟君があまりにも突然だったため、冷静になれなかったのは、妹だけじゃなかった。言い訳かも知れないが、あの平成7年当時、
これが私の出せる精いっぱいの結論だったんだ。
あれから24年、弟君、この結論が間違っていたら、本当に申し訳ない。でも弟君はひとりじゃないから、私たち4人家族だから、な、妹も、弟君を生涯の人と、再婚なんてしてないぞ。
妹は、本当に、弟君一筋だったんだ。
ベソ書いて、おめかしデートから帰宅した時、「一番会いたいのは、神戸に行ったきりのあの人なの!」と、悲しい声で言ったんだ。
弟君、妹と結婚してくれてありがとうな。
時々ふっと思うんだ。世の中の人たち皆さん、誰だって辛い思いはしているはずだ。けど、誰もそれを言わずに働いたり学校に行ったりしているんだろうな。
弟君の家庭の様に、親父さんがお袋さんを半殺しの目に合わせて、しまいには親父さんが鉄格子の病院に入れられた、という家庭で育った人、
妻の家庭の様に、家族全員に無視されて育ち、15才からどうやって生きて来たか、誰にも、信頼している夫にも(信頼している人だからこそ)、言いたくない人生を歩んで来た人、
妹の様に、おぞましい、惨い目に合って生きて来た人、
私の様に、妹を親父から守らなきゃいけなかった、お袋も母親とは思えない様な、
そんな毒親家庭で育った人は、いったいどの位いるんだろう。
妻のバイト先の人、妹のバイト先の人、私の勤め先の人、誰も私たちの親がそんなだったなどと知るよしもない。
ごく普通の家庭で育ったと思われているだろうし、私も、この世で接した人の家庭の事情までは知らない。
どれだけの人が、端から見て幸せそうに見えても、人に言えない過去や現在を抱えて生きているんだろう。
芸能人さんの中にもいるんだろうな。役者さんはすごいな。
ちょっと探し物があったので、引き出しを開けて、小箱を見つけたので二人に、「これ、開けていいか?」と断って開けてみたんだ。
中には、アイドルグループ、光ゲンジさんのコンサートチケットの半券の他に、
ふうせんの空気の抜けて小さくなったやつ、出し切って中身のない色褪せた古い塗り薬、壊れて使えなくなった腕時計、リスのキーホルダーと仲良く繋がれた、パイナップルのキーホルダーなどが入っていたんだ。
二人も小箱を覗き、3人で一つ一つ見てみたんだ。
「これ、あの時のヨーヨーか?」妹も妻もニコニコしている。妻は、妹ちゃん、良かったね、と言い、私も昭和55年頃ヨーヨーだったやつにここで対面するとは…。
そして、虫さされに塗る塗り薬、もう中身はほとんどないが、この薬を見ると、毛虫を思い出すなぁ。
腕時計は、いつ止まったか妹も忘れている。薄情だぞ~。そして割りと最近のガチャガチャで当てたもの…あれ?
リスとパイナップルが繋がってる?!二人は笑いこけたんだ。リスとパイナップルは、離ればなれにしないで繋げたんだそうだ。
妻は、繋がってる、という事に餓えてたんだ、パイナップルが苦手でも、妹や私と、この小さな箱の中に、なんか妹と世界を作って、こんなふうに幸せを作っている。
私はこの箱の中に、昭和も平成も令和も詰まっている様な気がしたんだ。
これからも増やして行こうな。
あれ、何を探してたか忘れてしまった。
私がガチャガチャで当てた恐竜のちっこいのは、その箱に入ってない。二人に聞くと、恐竜はかわいくないからヤだ、と、となりの箱にまとめて入っていた。
そりゃ、毎回無造作にテーブルに置いた私も私だが、私が冗談半分で「俺だけ仲間外れかよ~」と言ったら、妻の顔がさっと変わり、「ごめんね、ごめんね」とあわてて最初の小箱に恐竜のキーホルダーも入れようとしたので、
「嫁ちゃん、違う違う、こういうのは別々でいいんだ、俺、仲間外れにされたなんて本気で思ってねーから、な。」と話した。
妹も、「お姉さん、お兄ちゃんは、こんな事、へでもないよ。」と言ってくれて、妻は「うん、変な雰囲気にしてごめんね」と謝るんだ。
普通の感覚の人には解らないかも知れないが、妻の、仲間外れ、という事に対する絶望と悲しみは、並みの感情じゃない。そういう家庭で育ったんだ。だから、私の事も、とても悪い事をしてしまった、と思ったんだろう。
嫁ちゃん、50を過ぎても忘れられない位、辛かったんだな、でももう昔の事は忘れて生きて行こうな。
妻と妹はよく一緒にスーパーへ行く。最近妻はやっと、パックの納豆が買える様になったんだ。
藁にくるんであるのは、見かけなくなったが、妻には酷な食べ物だった。
妹は、買い物と言えば、ガキの頃から私と一緒だったからそんなには心細くなかった様だ。
昔、会社の女性で、日曜日の夕方になると、小学生の頃ひとりで買い物に行かされ、頼まれた物を全部買えずに帰ると親父さんに怒鳴られ、晩飯抜きだったと話してくれた人がいた。
彼女は今でも日曜日の夕方に買い物に行かなきゃいけなくなると、震えが来ると言っていた。大人になって結婚が嫌で独り暮らしをしていると言ってた。
世の中には、親バカもいれば、バカ親もいる。誰も子育ての完璧な人なんていないのは分かる、が、あまりにも極端だったり、
私と妹の様に、人の道を踏み外した親と暮らさざるを得なかった者は、一生、何かを失ったまま生きなきゃならない。
両親の両親、つまり祖父母も毒親だったのだろうか。
「今度の二人の休みの日、3人でマクドナルドへ行こうか」と話すと、妻は喜んで、妹もテンションが上がった様だった。
ところがその日は朝からどしゃ降りだった。「あれ~お天気悪いね。」二人は、特に妻はがっかり気味だ。車はないが、私は家で3人で食べようと思い、買いに行く事にした。
が、二人が、どしゃ降りの中、悪いから、と言うので、私は現場仕事の頃、何度どしゃ降りに合ったと思ってんの?と言い、二人の希望を携帯にメモって買って来た。
二人は、花柄のテーブルクロスの上に、かわいいあれ何て言うんだろう、ランチョンマット?だかを敷いて、ハンバーガーやポテトや飲み物を並べたんだ。
女性は百円ショップで綺麗な物やかわいい物を買うのが上手いな。
雨ガッパを脱ぎ、タオルで妻がふいてくれて、手を洗って、食卓についたんだ。3人で楽しく食べたんだ。妻と妹でポテトを口に入れっこしてたな。
たまにはご飯じゃなくてもいい。こんな、何気ない日常が、3人とも嬉しかったんだ。うまいな。ひとりで食っても味気ない。
こんな生活を、親や兄弟姉妹と送ってみたかったよな。
な、弟君。君も一緒だぞ。ずっと一緒だ。
昨日、きょうと体調が思わしくなく、レス出来ませんでした。すみません。
妻も妹も、これと言って病気もせず、元気でいてくれるのでありがたいが、年齢的にも、人間ドックなどの検査を受けてもらってほしい。
年を取るとやはり健康が一番気になる。ひとりじゃ心細いなら、二人で同じ日に受けるといいな。
これからも笑って暮らせる様に、私も今の病気を完全に治そうと思う。私に何かあったら、二人が心配だ。
両親とかいうあいつらみたいな亡くなり方はしないが。
妻と妹がケンカしているのを見た事がない。いないところでもいつも感謝の言葉を言うんだ。
意見が合わない時とかどうしてるのか聞いたら、基本は妹が、お姉さんとお兄ちゃんの夫婦の家に私が住まわせてもらってるから、
まずはお姉さんの言う事を聞いて、で、と言うと今度は妻が、でも妹ちゃんも家族だから、こうしたい、っていう事があったら言ってね、って決めてるの、だそうだ。
意見が平行線の時はどうしてんの?と聞いたら、二人は顔を見合わせて、
なんとなく、その時の感じで決まるよね、と自然な返事だった。
二人は本当にウマが合う様だ。私の様に頑固はいけない、相手に気持ちを譲る事が大切なんだな。
弟君の人の良さが今さらながら羨ましいなぁ。
昔、妹が高校生の半年間、住まわせてもらっていた、親戚のお姉ちゃん(と言っても60才を過ぎて、孫もいる)、とは、両親が他界してからも引っ越す度に住所を知らせている。
妹が結婚しました、私が結婚しました、それぞれ報告し、そのお姉ちゃんも結婚や出産やその子の結婚、孫の誕生などの報告、今はメールのやりとりも時々はしている。
なかなか親がああだと会いづらい。私はそのお姉ちゃんが(子供の頃の呼び方は幾つになっても変わらないな)、妹が半年間、お世話になる事になった理由は、恐らく知らない。
あのおぞましい出来事をあの両親とかいう人らが話すはずもなかっただろう。
妻には、妹が高校生の頃、半年間だけ住まわせてもらった親戚のお姉ちゃん、とだけ言ってある。
妻は、中学時代の友人に会いたいだろうに、恐らくみんな結婚して姓も変わって、私の事など忘れてしまったと思うからいいの、と言っているが、友だちがいたなら、かわいそうだ。
高校は行かなかったのか?と普通に聞いても、行ったとも行かなかったとも言わない。15才からの妻を知らないのは、やはり寂しい。が、泣いて話すのを嫌がるものを無理に聞くのも酷な事だ。
嫁ちゃん、もう昔の事だ、吐き出してくれていいんだぞ。
そうだな。妹だってあの頃の事は死んでも言いたくないだろう、妻にもあったのかも知れない。男の私に、夫の私に、知られたくない過去が。私は悔しい。
妹も傷付き、妻も何かを抱え、どうしたら拭い去ってやれるんだ?私が女だったら良かったのか。
もう、妻も妹も、今が幸せなら、それでいいんだ。私が悔しがって妻の心の傷にまた塩をぬる様な事をしてはいけない。
自分の妻の過去を8年間近く知らないのは悲しいが、妻が悪い事をして生きて来たとも思えない。妻を信じているんだ。
ただ、ただ、妹も妻も、自分の人生に於いて、自分の落ち度で人に言えない過去なんかない、と、堂々としていてほしいだけなんだ。
3人で暮らす様になって、もう4年か。今年が長く感じられるのはなぜだろう。平成から令和に変わったからだろうか。
こんなふうに過去を振り返ったり思い出して書き残したりする時間も50代後半までなかったな。誰にでも時期ってあると思う。
忙しい時期、数日ならゆっくり出来る時期、悲しい時期、穏やかな時期、今は、病気は嫌だが、こうして過去を振り返る時期なのかも知れない。
妻も妹も、恐らく弟君も、いろんな人生の分かれ道があったんだろうな。でも選ばなかった方の人生の未来なんて考えても仕方ない、
今、生きている人生の未来を考える方が大事だな。先に結婚した妹に、まだ結婚前の妻が、どうしたら結婚に踏み切れるのか聞いていた、と、2ケタ位のレスに書いたっけな。
考えてみれば、4人とも親を見て、結婚に決して良いイメージがなかったのに、結婚したんだ。相手を解ってやれるか、自分を解ってもらえるか、そこだったんだろうな。
こんな形の家族で、二人が幸せならいいんだ。妹、本当に弟君以上に思える人には巡り会えなかったんだな。
物心のついた頃からだったか、お年玉を親戚の人にもらっても、その人が帰ると、妹も私もあいつらに取り上げられた。
お年玉、という物を持っていた記憶がない。妻も同じらしく、他の兄弟姉妹はそのままもらってたらしいが、妻だけ、客人が帰ると無言で取り上げられたそうだ。
生活費に困ってたとかじゃないのは解った。もらった子は嬉しかったろうな。人生で経験のない事は、
この年でも3人でやってみよう、と、端から見たらアホみたいな事でもやってみたんだ。ポチ袋を用意し、私は二人それぞれに1万円を入れ、正月に渡した。二人からも五千円ずつもらったんだ。
二人とも無理しなくていいぞ、と言ったが、渡した経験もなかった3人は、お年玉をあげる側もワクワクするという経験もしてみたかったんだ。
妻と妹もやりとりしていたな。ポチ袋を選ぶのも楽しそうだ。
今、生きていて、昔出来なかった事はやってみよう、と話し合って決めたんだ。子供の頃、みんなお年玉って何に使ってたのかな。
今年もあと何ヵ月もしないでポチ袋を選ぶ季節になるなぁ。
私は、昔が良かったなどとは思わない。それは個人的な事もだが、医学の進歩のおかげで生きている。
だから尚更早く仕事に復帰したい。毒親に育てられた人って引きこもりが多いだの言われたくないからだ。私はたまたま頑固な性格に生まれたが、
妻や妹の様に人に面と向かって強い事の言えない人もいるんだ。優しい大人しい人は、何かとイジメのターゲットになったりする。
私はそういう人を、本来強い人が守るものだと思って来た。けれど、両親とかいうあいつらから生活の中で見せられて来たのは、
弱い者イジメと、大人になった我が子は金づる、だった。
普通は私も洗脳されておかしくなかったんだろう、けれど、妹という守る存在のおかげで、そして学校の友だちのおかげで、
自分の親はおかしい、と気が付いた。いや、気が付いて良かったんだ。
妻から数年前に聞いた事で、私はまた、あいつらの血が通っているおぞましさと気持ち悪さに叫びたくなった。
夫婦の、寝室での会話だ。いや、他の部屋で話せない事でもなかったが。
妻と妹は、女性同士でないと話せない事や悩みも話していた。もちろん、いくらなんでも言えない事は言えなかっただろう。
妻の話だと、妹は弟君と結婚して、しばらく、1年以上、弟君と、夫婦の関係が持てなかったそうだ。
妹ちゃんね、怖がってたらしいんだけど、なんかあったの?と聞かれたが、私が、言える訳もない。
あまりにも怖くてガタガタ震えていたみたいで、弟さん、妹ちゃんがかわいそうで、ただ手をつないだり抱きしめたり、キスだけして眠ってたらしいの。でも妹ちゃんは、これは夫婦になっておいて、夫(弟君)に申し訳ない事だとずっと悩んで、
やっと、時間はかかったけど、無事に夫婦として結ばれたらしいの。その時もね、私、妹ちゃんに、夫婦の大切な事、そんなになんでも言わなくていいよ、と言ったんだけどね、妹ちゃん…
泣きながら、私にとって、あなたがはじめて心も身体も許した人だから、あなた以外いないから、と言ったらしいの。弟さんも、うん、うん、そう思っているから、と言ってくれたそうよ。
私は、あの獣親父が頭に浮かび、妻の前で必死に取り繕いながら、あのクソ親父!と、怒りが込み上げて来たのを覚えている。
妹の人生を、そして弟君にまで…
弟君、ごめんな、ごめんな、妹を怖い思いから守ってやれなかったために、健全な夫婦になるのに遠回りさせて、本当にごめんなさい。
妻が私に余計な事を言った、と思う人もいるかも知れない。妹が、なんでも妻に言い過ぎ、と思う人もいるかも知れない。
けれど、人間なんて完璧じゃない。ましてや悩んだり苦しんだりした事だ、心を許せる同性に話す事で気持ちがラクになったのかも知れないと思う。
獣親父の事は、妹は被害者だ、そんな事はなかった事にしたいだろう。
私は妻に、話してくれてありがとな、私は何も聞かなかった事にするから、な、と言った。
妻は、悪くない。妹は、悪くない。ただただ悲しい。
どうして世の中、悲しい事や悔しい事が無くならないんだろう。
人間、誰だって間違う。私も。けれど、獣親父のした事は、間違いでした、じゃ済まない事だったんだよ!ちくしょう!ちくしょう!
やりきれなくて、感情的になって、ごめんなさい。
妹と弟君は間違いなく夫婦だったんだ。今だってそうだ。どんなに疲れて帰宅しても、必ずお線香とお水はあげる。朝は1日の始まりだからと、短時間でも仏壇の掃除をする。
私と妻もお線香は必ずあげて、弟君に話しかけるんだ。いつだったか、妻のパイナップル嫌いを話したら、弟君、俺、平気なので、お姉さん、パイナップル余ったら下さい、と例の遠慮がちな顔で言っていたので、
みんなで缶詰めをいただく時は、弟君にパイナップルをお供えして、妻が、弟さんごめんね、桃缶の方もたまには供えるわね、と声をかけるんだ。
弟君、私たちの中にずっと生き続けてくれて、ありがとうな。
私は自分の両親には、1本の線香もあげるつもりはない。
あいつらの墓、今はどうなっているのか、どうでもいい。
大人になって、年老いた親御さんや、成人したお子さん、まだ子供のお孫さんに囲まれて暮らしておられる方は、どんな幼少期を過ごされたのだろう。
私も妹も、そして妻も、おそらく弟君も、実在した自分の親を重ねて想像してみようとしたが、
どんな暮らしをしていたか、想像がつかないと言うより、考えたくもない。
初めこそ、同居でいい顔もするだろうが、だんだんに本性を現すだろう、これは毒親でない方もそうだと思う。
みな生身の人間だ、疲れた顔も見せるし体調の良い日悪い日、機嫌の良い日悪い日、あって当たり前だろう。
けれど、例えばうちだったらどうだ?嫁ちゃんがあのクソ親父やあの母親とかいう女と暮らして、私は嫁ちゃんが幸せになれるとは思えない。
他人さんの親御さんを、失礼だが、弟君の両親と妹が暮らしたら、姑さんは優しいだろうが、弟君父は乱暴な人の様だ、そんな人のいる所へ妹を住まわせたくない。(弟君、ごめんな。)
嫁ちゃんのお袋さんと暮らしたら、いい様にこき使われて、こっちが熱でも出そうもんなら完全に無視されるのがオチだろう。(嫁ちゃん、ごめんな。)
私たちは今3人で幸せに暮らしている事を、お互いが認識しているんだ。ここに毒親が入って来たら崩れてしまうだろう。
子供を持てなかった事もどこかで恨んでいる。私たちは少なくとも、サザエさん一家にはなれなかった。アニメとはいえサザエさんはみんなが憧れる家族だな。
昭和40年代後半だったかな。小学3年生頃の妹が、国語のテストで百点を取って来たんだ。すげ~な、と私は驚いたし褒めた。なんだか自慢の妹だったんだ。
けれどあいつらは、百点取ったぐらいでいい気になるな!と、妹に褒め言葉1つかけようともしなかった。それどころか怒鳴り、フンってな顔をした。
私は、泣きそうな顔の妹と別の部屋へ行って、いっぱいいっぱい褒めてやったんだ。妹、良かったな、百点なんてめったに取れないぞ、きょうはうれしいな。きょうはなんかお祝いしたいな。
そう言って、当時確か50円のアイスキャンディを妹におごり、二人で百点を祝ったんだ。妹も私に、ありがとう、と嬉しそうに言ったっけな。
この話、妻にしていいものか迷っている。実は、妻の兄弟姉妹の中にも兄さんがいるんだ。お袋さん同様、兄弟姉妹にも無視されて来た妻だ。なんだか言えない。
けど、妻なら、妻なら、そんな良い話、聞かせてよ~、って言ってくれるかな。まだ判断しかねている。わざわざ言う事もないが。
私は決して、自分がとても良い兄でした、などと書きたい訳じゃない。本当に、こんな家庭で暮らしていた事が嫌だった、毒親のもとになど生まれたくなかった。
妹が単純に可愛かっただけなんだ。そんな私でも頑固は昔から変わらない。だからあの地獄絵図の様な出来事の時、父親を殴った。
普通に考えたら、家庭内暴力になるのか。じゃ、あの時私がクソ親父を殴ってでも止めなかったら、妹はどうなっていたんだ?恐ろしくて震えが来るので思い出したくないが。
幸せで楽しい時間を過ごしたいのはみんな同じだと思う。私も最初から妹を親から庇えていた訳ではなく、私自身がやっと小学生になったぐらいの頃は、
同級生と遊びたくて、チコチコ追っかけて来る妹を走ってまいた事もあった。けれど、夜、親にビンタされ怒鳴られている妹を、チビなりに、可哀想だと思う様になっていったんだ。
そんな流れで、いつの間にか、妹を親から守ってやらなきゃいけない様な気持ちになっていったんだ。
今は、守る人が増えたんだ。妻は、私が守る。そして妹は、妻が守ると言ってくれたんだ。
缶詰め工場で働いている叔父の事を、妻は、桃缶のおじさん、と呼び、昔から知っている妹は、名前の一文字を取って、○おじさんと呼ぶ。同じ人なのに呼び方が違う。面白いな。
私も○おじさんと呼んでいたが、妻と会話する時は桃缶のおじさんになっている。3人で話す時は、なんとなく、おじさん元気?みたいな感じか。
ある時、妹がふざけて「パイナップルおじさんって呼ぼうかな?」と言ったら妻が、「もう~妹ちゃんたら~、あ、こんどガチャガチャでイカかタコが出て来たら、妹ちゃんの枕元に置いちゃお~」とか言って、やだお姉さん、と二人でふざけてキャッキャしてたっけな。
家の中が明るいって、本当に幸せだな。こんな他愛もない事が普通にありがたいんだ。
嫁ちゃんも妹も、ありがとうな。二人が幸せに生活してくれているならそれが1番なんだ。
また缶詰めの○おじさんに焼酎を送ろうな。おじさん、色んな呼ばれ方してますが、悪気はありません、また連絡します。
なかなか仕事に戻れず病院通いの日が続いている。出してもらってる薬でなんとか、事務仕事なら出来るので、どうも歯がゆい。
二人ともバイトの日は、私が洗濯して掃除して、朝と晩のメシを作る。家族で暮らしているので、今さら女性の下着だなんだ言ってられない、二人とも、どちらかが仕事の日は休みの方が家事を手伝ってくれ、
二人とも休みで3人家にいる日は、みんなの休みの日、にして、外に食べに行ったり、給料が出たら、出前の寿司をいただいたりする。
簡単にうどんやラーメンで済ます日や、ご飯と適当にあるおかずで済ます日が多いので、寿司の日やマクドナルドへ行く日は、妻が本当に嬉しそうにテンション上がるんだ。
握り寿司3人前。妻はずっと、子供の頃から家族の勘定に入れてもらえず、店屋物を取っても妻の分だけなかった家庭で暮らして来たんだ、どんなに悲しかっただろう。
この家ではそんな事ないから、な。間違いなく3人家族だ。いや、弟君も入れて4人だ。
私は勉強より運動の方が好きだった割には、オリンピックなどにあまり興味がなく、音楽の方が好きだ。
妻は、妹ちゃんほど賢くないよ、と言いながら、私よりは色々詳しい。妻と、歴史の話などしている時もあるが、私はチンプンカンプンだ。
やはり、女の子は居場所のない学生時代を送ると、勉強の方にいくのか。でも楽しく勉強したのでなかったなら、辛かったろうな。
二人とも、よく頑張って生きて来たな。
今の若い人は、自分たちが20代の頃より綺麗だね、と妻たちは話している。いやいや、あなた方も綺麗ですよ。昔の50代女性は失礼だがかなりオバサンだった様に記憶している。
私たちは大体、両親世代が昭和のひとケタ生まれ、祖父母世代が明治生まれ、の方が多いだろうと思う。お洒落も何も、時代が違う。
私は五千円札の、樋口一葉が享年23才と聞いて驚いた。失礼だがもっと上の方かと思っていた。お団子頭の女性は、老けて見えるな。
身内のひいき目かも知れないが、妻も妹も、30代に見えるぞ。これも私のひいき目だが、妻は女優の石田ゆり子似で、妹は、元二人組の、相田翔子似だ。どちらも雰囲気似、だが。
弟君は、誰だろう。坂本九さん似、かなぁ。人当たりの良い、遠慮がちな、欲のなさそうな人懐っこい感じの男性だったんだ。
私は……。誰にも似てないな。まぁ私の事などどうでもよいが。
あと4日で9月も終わるんだな。秋到来か。
ここのところ、妹は、10月1日から消費税が1割になるに当たり、レジ以外も色々変更があり、大変な様だ。
こんな時に手伝ってやれず、自分だけ家にいるのが会社にも申し訳ない。私は手続きをゴチャゴチャしてから仕事をするより、すっ飛んで行ってすぐ手伝いたい性分だ。
妻はパン屋のバイトで、すべて持ち帰りのため8%でそのままで(店内に飲食コーナーはない店舗)、
妹はカラオケ店のバイトで、すべてが1割(10%)になるため、客へのサービスの説明など、客の方が混乱している様だ。
カラオケ店は、お部屋代から飲食代まですべて1割増し計算。
私の様なアナログ人間、いや原始人に近い者は、カードがなんちゃらキャッシュレスがどうたらこうたら、分からん。50代後半にして情けない。
損得勘定は、妻と妹にあらためて聞こう。今はとにかく、1日も早く、医者の外での労働許可をもらうまでは、頑張って家の事をしよう。はぁ、なんとも歯がゆいが、
1ヶ月を焦ってまた症状を悪化させたくはない。そろそろ家にいる生活も、3ヶ月に入ろうとしている。なんとしても完治して、復帰するんだ。
嫁ちゃん、妹、世話かけてすまない。風呂掃除でも布団干しでも任せなさい。
7月下旬から家にいるが、丸2ヶ月以上家にいた経験は初めてだな。
世間では嫁がうんざりするらしいから、なんとか早く職場復帰したいんだ。うちは、妻が忙しくしてくれて、妹と仲良くしてくれて、
帰宅すると色々話してくれるので楽しい。甘えてはいけないが。
パン屋さんにもカラオケ店にも色んな客が来る様だ。人物が特定出来なければ良いか。
同じ菓子パンだけ毎日買いに来る人、いつも20個以上買って下さる人、ランドセル背負った兄妹がお小遣い数えながら来る二人……
昭和40年代の私と妹の様な子供二人だな。ちょっと泣けて来たな。
また、カラオケ店にも色んな人が来る様だ。ひとりで5時間も6時間も歌う人、百点が出た、と喜んで店員さんを呼ぶ人、朝9時からお酒を飲んで歌う人、それぞれ個性的だな。
昔、弟君と4人でカラオケ行ったけな。弟君が1番、歌うまかったっけ。
懐かしいな。また日常生活に余裕がある時、みんなでカラオケ行こうな。
楽しみだな。妻も妹もカラオケに行くとはしゃいだっけ、な。
あ、いや、失礼なつもりはないんだ。
毎日同じ菓子パンを買うのは自由だし、一時にたくさん買って下さる方、ありがたいです。
私はとてもひとりじゃカラオケ店に5時間も6時間も居られないので、居られる方は、持久力が凄いと思う。百点なんて出たら、そりゃ店員さん呼びたくもなるだろう。私は一生出ないが。朝からお酒飲んだって悪い事じゃない。
妻も妹も、世の中色んな人がいるね、と笑顔で話していたんだ。
悪気はなかったとはいえ、お気を悪くなさった方、ごめんなさい。
m(_ _)m
レス80を見て、思い出したくない事をまた思い出してしまった。
両親とかいうあいつらは、妹が小学生の時、テストで百点を取っても、褒めてあげもしないで、百点取ったからっていい気になるんじゃない!と罵っておいて、
通信簿を見せればバカなの?こんな成績しか取れないのか?と叱ってるんだか文句言ってんだか解らない人たちだった。
あんたら、そんなに成績良かったのかよ、と今さらながら思う。
妹は理数系が苦手だったから、それが言われたんだろうけど、私の通信簿の方が妹より悪かったんだぞ、自慢出来る事でもないが、
なぜか男の私より女の妹にあいつらは辛くあたるので、それが許せなかった。
いつだったか親から逃げるのに成功して二人で暮らしてた時、「俺の方が通信簿悪かったのに、偉そうに励ましたりしてたな、子供だったんだ、妹、今さらだけど、アホな兄で、ごめんな。」と言ったら、
まだ19かハタチになったばかりの妹が、急に涙目になり、「お兄ちゃんに褒めてもらって、私、どんなに嬉しかったか。」と言ってくれたんだ。
「2から3に上がった時も、アイスキャンディーをお小遣いでご馳走してくれた時も、本当に、本当に嬉しかったよ。」と言ってくれたんだ。
良かった、妹が喜んでくれた事を、大人になって覚えていてくれたって事は、あんな家で暮らしていても、妹には、良い思い出もあったんだ。私は、それが何よりも嬉しかったんだ。
毒親、本来なら、あんたらの役目だろ?子供に良い思い出を残してやるって。
とにかく、妹が高校生の頃のあのおぞましい地獄の出来事から親戚のお姉ちゃんの家に半年お世話になって、そこからも妹は通学し、また卒業までの数ヶ月は家から学校に通った事、これだけはなんとか時系列で覚えている。
二人であいつらから逃げてから、やっと人間らしさを取り戻し、緊張しなくて良くなったら、不思議なもので、
あれはいつだったか、と記憶が飛ぶ。子供の頃の記憶も定かでないのは、思い出したくなくて、記憶に蓋をし、思い出さない様にしていたからだろう。
妻は、もっと闇が深いんだろう。15才から話したくないなんて。家族に無視されるより、もっと辛い思いって。
毒親の被害は、決して表には出てこない。勝手に死んで、私は悲しくなかった。妹は号泣していたが。
今、が幸せでも、過去がそうじゃないと、やはり心に傷はのこってしまうと、身に付いてしまった。
40年ちょっと前だろうか。私は、昭和53年頃、世田谷区内の、新玉川線(今もそう読んでいるか分からないが)の、沿線のある地域に暮らしていた時期があった。
いかにのどかな時代だったか少し書いてみようと思う。
その前の年だったか、新玉川線が開通した様に記憶している。それまでは、二子玉川から渋谷まで行きたい人は、自由ヶ丘で東横線に乗り換えていた。
それが不便だという声が10年以上前からあったんだろう、地下に穴掘って、二子玉川から渋谷まで1本で行ける様になった。
その頃の事を、10代後半だった私はよく覚えている。
まったく他地域の方、都道府県の離れている方、興味のない方、どうぞここから何レスかスルーして下さい。
本当に、もし今、半蔵門線?田園都市線?を当たり前に利用している方には、信じられないくらい、のどかな時代だったんだ。
まず、各駅に、垂れ幕があった。例えば二子玉川駅には、「なんと渋谷まで13分!」、用賀駅(あってるか)には、「なんと渋谷まで11分!」、という様に、
ひと駅進むにつれ、「なんと渋谷まで何分!」と、垂れ幕が駅のホームから見える、線路と線路の区切りの壁にかかっていたんだ。
今の若い人には信じられないかも知れないが、私も近所の人も学校のヤツも、「渋谷まで速くなったわねぇ」「渋谷まで13分かよ、はえーな」ってな会話をしていた。
それだけ、二子玉川という所から渋谷まで行くのに13分は、世の中、速く便利になったもんだ、と、皆が認識する様な時代だった。
今は都心方向も郊外方向ももっと延びたんだろうな。
妹も、すっかり変わったんでしょうね、と言いながら、親と暮らしてた頃を思い出したくないせいか、行ってみたいね、とは決して言わない。
その沿線の方、ごめんなさい。
独り日記の1ページという事で、お許し下さい。
どんな地域にも歴史はあるだろう。懐かしいな。けれど、人が懐かしめるのは大抵、良い思い出なんだ。
思い出したくない事は、あまり懐かしい、という表現はしない。妹も、普通の家庭に育っていたら、今頃、妻と3人で昔住んでた辺りに出かけてみようか、となっていたかも知れない。
妻に至っては気の毒過ぎる。もう25年以上前に、弟君が元気なうちから、実の母親や兄弟姉妹から逃げ回り、
4人でひと芝居打ったにも関わらず、震災後、まだ妹がなんか知ってるんじゃないかと妹の家の前で待ち伏せしたり、
15才からを語りたがらない。もちろん妹も毒親の毒牙にかかって、弟君と健全な夫婦になるのに遠回りした。
いつも毒親の犠牲は子供なんだ。私らの両親とかいうやつらはもうこの世にいないが、
妻の、老人ホームに入った80代の母親以外にも、地元にはまだ兄弟姉妹がいるらしく、学生時代の友だちと連絡も取れず、会えずにいる。
妹は、花火大会の彼女と時々連絡を取っている様だ。あの二人、結婚して元気でやってるかなぁ。
こんな真夜中にすみません。眠れず、もう1つ思い出した事があり、書いておこうと思います。
昭和40年代の半ばか後半だったと思う。しばらくうちで預かった親戚のお姉ちゃんの住んでる所へ、一度、あいつらに連れて行かれて妹とそのお姉ちゃんともうひとりの男の子と遊んだ様な記憶がある。
還暦過ぎた彼女にいつだったか聞いてみたら、遊びに行った所は、
なんでも世田谷区の、等々力不動尊とかいう所だったそうだ。緑が多く、某保険会社の建物のある場所から、川が流れている所まで、とんでもない下り坂だった。
そして下りきった所に、妙な洞穴があり、入れない様に柵で隔ててあった。近くにいたお婆さんに聞いたら、
あれは防空壕の跡地だよ、と教わった。子供の頃は解らなかったが、
あの昭和20年8月15日に終わった太平洋戦争の戦時中、当時の方々が逃げ込んだ場所が、20数年後に、私たち戦後生まれの子供がこの目で見ていたんだ。
今はもうないだろう。私は、歴史は繋がっていると、大人になって思った。
こんな時間にすみません。
おやすみなさい。
こんなふうに、個人的には辛く嫌な子供時代でも、魅力的な場所を訪れていたんだなぁ、と、地名を聞いて、何となくだが思い出す。
今は親戚も誰もおらず、世田谷区には知人がいなくなってしまった。住んでいた訳ではないので、親戚の彼女ほども詳しくないが。
妻の過去は、妹の様に共有していないので、知らない事が多く、ただ悲しい顔をする妻を見るのは辛いので、根掘り葉掘り聞かない様にしている。
誰かひとり、妻の味方はいなかったのだろうか。妻は私だけではなく妹にも人当たりはやわらかく、いつもニコニコしているところも、普通に好感が持てるんだ、
悪目立ちもせず、親兄弟姉妹さんから嫌われる様なところは見当たらない。
確かに大人になってから出会ったが、家族全員に無視される様な印象のある女性でもないし、ましてや親兄弟姉妹から逃げ回るくらいだ、私らに嘘をつく理由も見当たらない。
それより何より、30年以上夫婦でいる事の方が大きな実績だと思うんだ。
今の3人のささやかな幸せを、3人とも壊したくない。守っていきたいんだ。妻から、パイナップルよりもっと嫌いな過去を取り除いてやりたい。
妹も同じだ。お姉さんとお兄ちゃん、離婚なんかしないでよ、と言われているんだ。
缶詰め工場で働いている叔父は、親父の弟だ。同じ兄弟とは思えないくらい、私らに親切な叔父だ。
兄貴(私たちの父親)は昔から気難しくてプライドが高くてな、私が兄貴より成績がちょっとでも良かったりすると、機嫌が悪くなってな、ガキの頃からあまり遊ばなかったなぁ。
叔父はなんでもポンポン話してくれるので、こちらも話しやすいんだ。妹の事も含め、なんでも話せる訳ではないが、
叔父の方が、実の父親より話しやすいというのも、おかしな話だ。いや、叔父には感謝しているんだ。
両親が話してくれなかった事を叔父に聞いてみた。なんでも両親は見合い結婚だったらしい。けれど、あまり幸せそうには見えなかったそうだ。
○子さん(母親)とも、お見合いが終わって、気に入らない女、と言っていたが、周りへの手前、仕方なく結婚した様だったなぁ。
そんな…………。
私と妹がショックな顔をしたのを見て、叔父は慌てて、あ、いやいや、結婚して甥君たちが生まれたら変わったんだよ、とフォローしてくれたが、
私たちの方が、生活して来た真実を知っている、が、叔父は何も悪くないので、教えて下さってありがとうございます、と言っておいた。
人間、知らない方が良かった事もあるんだ、と、この時思った。
母親の方はなぜ見合いを承諾したんだろう、いや、昭和30年代の田舎の見合いなんて、断ったり出来ない、そんな風潮だったんだろう。
妹も私も、がっかりした。同時に、納得いかない結婚の結果、子供など生まれたら、毒親になるんだ、と学習した。
きょうから10月、とうとう消費税率が1割になってしまった。昨日、おとといと、妻、妹と手分けして、ホームセンターへ買い物に行った。
レジが長蛇の列だった。中には「うちねぇ、7人家族なのよ」という女性が、トイレットペーパーを百個位買っていた。
ポイント還元とやらで、きょうからの方が安くなる買い方もあるそうだが、その女性も私同様、スマホが使えない様だった。
ワイドショーを見たが、全く同じ物を買っても、店によって金額が違うとか。そんなバカな。
レジの人も大変だな。けれど私らも、混乱する。こんな混乱は、政府のお偉いさんは想定していたんだろうか。
皆、安く買いたい、店も儲けなきゃならない、レジでトラブルがありましたと言いながら、具体的にはトラブル内容は報道しない。
なんだ、昔話の北風と太陽でいうと、このやり方は北風な気がする。現金派の人は財布の紐をしめる。8%の時より、いや5%から8%に上がった時に政府のお偉いさんは学習しただろうに、
皆にどんどんお金を使ってもらって経済を回そうとしているんだろうに、これではカード派と現金派ではっきり明暗が別れるな。
それとも年寄りは早く天に召されろとでも?私らの働いて払って来た税金・年金は、若くて元気いっぱいの、家でニートしている人らの生活費になるのか?
やはり太陽ではなく北風だな。旅人はいよいよコートの襟もたてて来た。10%が原因で、生活苦による死者が出ない事を祈る。
妻も妹も、ぜいたくなんかしていない。ごめんな。私がもっと稼いでくるからな。今はごめんな。早くこんな病気治すからな。
何だかんだ書いて来て、ここまで来ました。昭和に戻ったり平成を思い出したり、今年、令和に入ってからを書いたり、
色々と飛んでいますが、これからも思い出しながら、ゆっくりと書いていこうと思います。
妻の人生、妹の人生、私、皆それぞれ違い、3人が半世紀を生きて、今やっと3人暮らしに落ち着き、ささやかな幸せの日々を送っています。
独り日記と思い、だらだらと書いていましたが、共感票にビビりまして、これ以上増えない様にミクルさんに調整していただいている次第です。こんな、毒親を書いた、決して読んでいて明るく楽しいものでもないものを、
読んで下さっている方、ありがとうございます。これからも誤字脱字、メチャクチャな文章でお目汚しするかと思いますが、
書けるところまで書いていきたいと思います。読んで下さって、本当にありがとうございます。
m(_ _)m
よくよく考えてみると、妹が1番引っ越しをして来た。初めは私と一緒に実家を逃げ出した事から始まったが、
次に2DKに引っ越し、結婚して弟君と所帯を持つ新婚夫婦の家に引っ越し、
弟君亡き後、妻の母親のストーカーまがいの待ち伏せから逃れるために引っ越し、そこに30代後半から50まで住んで、
そして今の3人暮らしの所へ。今でも妻は、自分の母親のせいで、とあの時の引っ越し代を半分出してくれただけでなく、私と妻とで半分こしてでも妹を守りたかった気持ちは強く、
今でも妻は毎月、妹の名前で積み立て貯金をしているんだ。月々五千円だが、もう10数年続けているんだ。妹ちゃんには内緒にしといてね、と言われながら。
どうも妻は、妹名義の他に、私名義の口座も持っている様だ。妹も妹で同じ様な事をしているんだ。
二人とも安心しろ、な。私に万が一があったら、ちゃんと生きて行ける様に、生命保険に入っているから、な。だがもう少し、幸せな家族の、楽しい二人のやりとりをあと20~30年は見せてほしい。
ヘアーカラーゴムだかを持って、妻を追いかける妹や、イカやタコのキーホルダーを持って、妹を追いかける妻を、楽しそうに笑って生きている二人を、まだ見ていたんだ。
50数年って、けっこう長いな。
スレ主です。どうにかこうにか、300レスまでたどり着きました。
時間のある時に過去レスを読み返してみますと、同じ事を書いていたりすっ飛ばしていたり、読んで下さっている方が脳内で話を補完してくれないと話が繋がらなかったりと、かなりムチャクチャですが、
見捨てないで読んで下さっている方、本当にありがとうございます。これからもこんな感じですが、頑張って、続けてみたいと思います。
酷い内容でごめんなさい。🙏
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