隣の男子はイケメンスパイ!
マフィアに殺し屋、スパイまで!?
2組3班は裏社会の住人だらけ!
☆登場人物☆
《季島学院中等部 1年2組3班》
【夏城 赤奈(なつじょう せきな)】
高等部1年新聞部の見習い記者。
学園の王子、翔斗の裏を暴こうと尾行していたところ、事件に巻き込まれてしまう。
運動神経と五感は優れているが、成績は中の下。
新聞記者の父が行方不明。
[リオネ]
赤奈が所持するスマホに住む、喋るクリオネのAI。
ミッションのサポートをしたり、ウイルス感染した端末を治す力を持つ。
【秋山 翔斗(あきやま しょうと)】
赤奈の隣の席の男子。
成績優秀で運動神経抜群な上に容姿も整っており、人当たりもよく王子のような存在と崇められているが、本性は毒舌吐きの腹黒。
スパイとして活動している。
[クリオ]
翔斗のスマホに住む、喋るクリオネのAI。
基本的な昨日はリオネと同じだが、こちらは性別がオス。
【春田 月美(はるた つきみ)】
赤奈の親友で後ろの席の少女。
イタリア人とのハーフで、世界的に有名なマフィア[ミトロジーア]のボスを父に持ち、巨大なヤクザ[春田組]のボスを母に持つ。
様々な形で翔斗と赤奈をサポートする。
【冬織 鋼(ふゆおり はがね)】
月美の隣の席の男子で、その正体は依頼達成率100%を誇る凄腕の殺し屋。
運動神経が高く、武器の扱いにも長けている。
[Sジャーナル]
表向きは日本を代表する新聞社で大手メディアだが、地下にスパイ活動を行う諜報部を持つ。
【雨水 守人(うすい もりと)】
Sジャーナル諜報部サポート課の研究員。
様々なスパイ道具を開発する。
19/02/27 17:09 追記
【きりあみの後書き前書き】
https://mikle.jp/viewthread/2806113/
感想などこちらに送って頂けると励みになります!
詳細設定や番外編なども追加していきますのでよろしくお願いします!
「王子の裏……ですか……?」
「そうよ! 学園の王子、秋山翔斗の裏を暴き出すのよ!」
新聞部の部長が見習いの私に記事を任せる、なんて言うから小躍りして引き受けたら、とんでもない案件だった。
「あなた確か席替えで秋山翔斗の隣の席になったんでしょ?」
「なんで知ってるんですか!?」
「もう学校中の噂よ? 三年にまで広まっているわ」
席替えで隣の席になっただけで噂になるとは。
さすが、学園の王子──秋山翔斗。
学年首席で、部活には所属していないものの運動神経は抜群、アイドル顔負けの容姿。
そして誰に対しても平等に接し、人当たりもいい。
そんな人物を女子が放っておくはずもなく、ファンクラブやらが作られ、クラブ外でも王子なんて呼び名が浸透している男。
「それで、秋山君の裏ってなんですか?」
「サッカー部の部長が助っ人を頼んだ時に聞いたっていうのよ、王子の"舌打ち"!」
「舌打ち……ですか?」
「あの仏のような笑顔を振りまく王子が舌打ちなんてスキャンダルじゃない! 本性は絶対腹黒だわ! 裏を暴いて校内新聞にするの!」
「舌打ち一つで校内新聞にされるって、たまったもんじゃないですよぉ~」
舌打ちなんて誰でもある。
でも秋山翔斗の聖人視は異常で、みんな舌打ちなんてしないと思っているらしい。
人間だしそれくらいあると思うんだけど……。
乗り気でない態度を見せても、部長は気味の悪い薄ら笑いを浮かべて記事のレイアウトを考え始めてしまっている。
「それじゃ、よろしくね!」
初めて任された記事がこんなのって~!
──翌日。
「裏を暴くって言ってもどうすれば……」
窓側の後ろから2番目。
自席に着席しながら頬杖をついていると、ふと香ばしい匂いが鼻を掠めた。
これは──お菓子の香りか!?
「おはよう、夏城さん」
香りの正体は沢山の焼き菓子を抱えた秋山君だった。
クッキー、マフィン、スコーン、カヌレ、マドレーヌetc。
恐らく女子からだろう。
「お、おはよ~……今日もすごいね」
「サッカー部のマネージャーさんから、助っ人のお礼にって貰ったんだ。みんなお菓子作りが上手なんだね」
ほんとに天使みたいな微笑みだ~!
今にも頭上に輪っかが見えそうなくらい神々しい。
やっぱこんな人に裏があるなんてありえない!
「赤奈、おはよ」
「あ、月美ちゃ~ん! おはよ!」
春田 月美ちゃん。
私のすぐ後ろの席で、金髪碧眼でイタリア人のハーフ、しかも帰国子女の3コンボ。
お人形さんみたいな見た目とは裏腹に、誰が教えたのかギャル語を話す。
ものすごいお嬢様なのか、金銭感覚が狂ってるところもあるんだよね。
「そういや赤奈、大変な記事任されたじゃん。草生える〜」
「そ~そ~そ~なんだよおぉ! あんな記事書けるわけないよ!」
月美ちゃんに泣きついて愚痴をこぼす。
ひとしきり吐き終えてがっくりと机に項垂れていると、隣から柔らかい声がした。
「夏城さんって新聞部だったんだね。どんな記事を任されたの?」
「あ、秋山君! えーっと……」
隣で話を聞いていたであろう秋山さんは、天使の微笑みを崩さぬまま優しく問いかける。
そんな天使に「あなたが腹黒かもしれないので探っているんです!」なんて言えるはずもなく。
「そ、それは~公開されてからのお楽しみ!」
「へぇー、すごく楽しみだよ」
秋山さんの柔和な微笑みに癒されていると──。
「翔斗君、数学分からないところがあってぇ」
「ちょっ、ずる~い! 私にも教えて秋山く~ん!」
「僕で良かったら……」
「やったぁぁ~!」
大勢の女子に勉強を迫られても嫌な顔一つせず神対応……。
こんないい人、腹黒なわけない!
罪悪感に押しつぶされそう……。
──と思っていたんだけど……。
昼休み新聞部の部室で次号の記事をワープロに打ち込んでいると、部長に話しかけられた。
「どう? 王子の本性は暴けた?」
「先輩……! やっぱりあんないい人が腹黒なわけないですよぉ~」
「ばっかねぇ、真に悪いやつほど隠すのが上手い! あんた絶対詐欺とか引っかかるタイプよ」
「そんなことないですよ!」
「どうだか……昼休みもうそろそろ終わるし、帰っていいわよ」
「お疲れ様でした~」
部長の言葉に甘えて私はキリのいいところで記事の打ち込みを終了させ、パソコンをシャットダウンした。
その帰り道。
──チッ。
中庭を早足で通っていると、舌打ちにも似た音が聞こえ……舌打ちだ、絶対舌打ち。
まさかとは思いつつ音のした方……ゴミ捨て場へ向かうと、秋山君がゴミ捨て場にクッキーやマフィンを躊躇い無く捨てるところが見えた。
「ったく、誰だか知らねぇやつが作ったもん食えるわけねぇだろ。気持ちわりぃ」
ゑ……?
ゑ?
秋山翔斗さんですよね?
あの天使で神で仏な秋山さんですよね?
私は気が動転しつつもなんとか我に返り、常備していたボイスレコーダーの電源を入れる。
「なにが勉強教えてだよ! 教師に訊け!ほんと女ってうぜぇしめんどくせぇ……」
秋山君の声はばっちり私のボイスレコーダーに録音され、重大な証拠となった。
これを部長に提出すれば私は次から色々と記事を任せてもらえるんだろうけど……。
でも秋山君は学校で過ごしやすくするために頑張って本性隠してたんだよね。
お菓子だって女の子達が傷つかないようこっそり破棄して配慮してる。
それを私達が壊していいはずがない。
部長には、何も手に入れられなかったと言っておこう。
「よし、帰ろ……」
スパイレンジャー! スパイレンジャー♪ 悪を暴け〜スパイレンジャー~♪
見なかったことにして立ち去ろうとした刹那、なぜか諜報戦隊スパイレンジャーのオープニングテーマが流れた。
日曜午前8時30分から絶賛放送中の特撮番組だ。
私も毎週欠かさず見ているし、DVDだって予約済みだ。
スパイレンジャー! スパイレンジャー♪ 悪を暴け〜スパイレンジャー~♪ と、軽快なメロディが中庭に響き渡る。
呆気に取られていると、なんと秋山君がスマホで通話を始めたのだ!
秋山君の着信音スパイレンジャーなのかよ!?
「分かった、引き続きミッションを続行する。俺は午後8時に四島物産の4階社長室に潜入するから、それまでに社員証の偽造を頼む」
先程の荒い言葉遣いが嘘のように消え、なにやら神妙な面持ちで話す秋山君。
ミッション?
潜入?
社員証の偽造?
四島物産って日本を代表する総合商社だけど……。
「分かりました。今度こそ必ず"レイド"に関する極秘情報を……」
「……レイド?」
どこかで聞き覚えが見覚えがあるような~ないような?
聞き覚え、というよりは見覚えというか割と最近なような……?
ていうか極秘情報を得るために潜入って……もしかして秋山君、スパイ〜!?
──カシャン。
「あっ」
秋山君がスパイかもしれないという事実に驚愕し、つい手が緩んで持っていたボイスレコーダーを落としてしまった。
結構な音が辺りに響いたから、さすがに秋山さんも私の存在に気づいたに違いない。
「夏城……さん……?」
「う、あっあ~っと~ゴミを~捨てようかなぁ~なぁんて……」
生憎ゴミ袋のひとつも持っていなかったけど、それでも苦し紛れの言い訳を並べる。
秋山君は地面に落ちたボイスレコーダーと動揺する私を交互に見た。
向こうも少し固まっていたがすぐに落ち着きを取り戻し、睨みを効かせてゆっくり歩み寄る。
「……おい」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
普段温厚な人がドスの効いた低い声で近づいてくる時ほど怖いものは無い。
私は脂汗をだらだら流しながら、謝罪やら言い訳やらを頭の中でぐるぐる考える。
「いつから見てた?」
「えーっと~……お菓子を捨てるところ、から……」
「……絶対誰にも言うなよ」
「秋山君ってス……スパイなんです、か?」
もし見当違いなら恥ずかしすぎる。
スパイじゃないとしても、なにか危なそうなことに首を突っ込んでいるのは確実だ。
「その情報が漏れたら、お前の命はねぇからな」
「……はい」
否定しないあたり、本当にスパイなのか!?
高校生でスパイってなれるもんなんだ!?
それとも諜報戦隊スパイレンジャーのエージェントレッドに憧れすぎて真似してるただのスパイごっことか!?
そうであってくれ、そうであって欲しい……!
秋山君の視線が、落ちたボイスレコーダーに向けられた。
「俺の事を探ろうとしていたってことは、お前もスパイの類か?」
「ただの新聞部員だよ! 部長の命令で秋山さんについて裏を暴くことに……」
「なっ……この学校の新聞部は裏社会に精通してるのか!? じゃあお前は新聞部のスパイだな? 通りで気配を消すのが上手いと思った……」
「いや私は普通の高校生だから! てか遠回しに私の影が薄いって言ってるの!?」
思い込みが激しいので検討外れの憶測を訂正するのに一苦労だ。
「じゃあなんだ? 俺の裏を暴くって」
「暴きたかったのは秋山君の本性。品行方正な秋山君がサッカー部の助っ人を頼まれた時舌打ちしたってリークがあって、それで秋山君は腹黒なんじゃないかって部長が……」
私がそう言うと、秋山君はなにか心当たりがあるのか深くため息を零した。
「サッカー部の部長から三日連続で練習試合に出て欲しいと頼まれた時か」
連日遅くまでやっているサッカー部の試合を三日連続で助っ人に出て欲しい。
こりゃ仏の仮面も外れるわけだ。
舌打ちの一つや二つもしたくなる。
「知りすぎたお前は本来始末するべき相手」
「ヴェッ!? それってこっこここ殺……!?」
「……だが、俺の警戒が甘かったせいで偶然巻き込まれた身だ。理不尽だから生かしてはおくが、誰かに話せば容赦はしない。いいな?」
「……は、はいっ!」
救いとばかりに予鈴が鳴り、私は逃げるように教室へ走って行った。
その出来事の後から、私の目には秋山君の微笑みが天使から死神へと移り変わって見えた。
一つ一つの挙動にも恐怖を覚え、なるべく近づかないようビクビクしながら過ごす。
ようやく放課後になり、何事もなく帰路について、盛大に安堵のため息を漏らした。
ブレザーを脱ぎ、リボンを外し、ベットにダイブ。
なんとなく今日録音したボイスレコーダーを再生してみる。
『今度こそ必ず"レイド"に関する情報を……』
「そういえば"レイド"……って単語。な~んか引っかかるんだよな~」
どこかでなにか読んだのかな、とぐるぐる思考を巡らせていると、ふと机上の手帳が目に入った。
私が去年、父の日にお父さんにあげたものだ。
新聞記者のお父さんに使って欲しくて一生懸命選んだ、黒革の上等な手帳。
私がこの手帳をあげた1週間くらい後に──お父さんは行方不明になった。
「どこにいるんだろ……」
大事に保管はしていたけど、触れる度にお父さんのことを思い出して悲しくなるからずっと放置していた。
そっと革の感触を噛み締めるように撫でて、手帳をゆっくり開くと──。
「これって……!」
手帳に記されている"重大な事実"を目の当たりにしてしまった私は、いてもたってもいられなくなり、とうとう四島物産の本社ビルに来てしまっていた。
高層ビル──というわけでもなく、4階建てのこじんまりとしたビルだ。
「来たはいいけど、ほんとに秋山君ここに来るのかな……?」
スパイとしての任務のため、今日の午後8時に四島物産の4階、社長室に入り込むとは聞いていたけど……。
残念ながら四島物産の本社ビルは社員証がないと立ち入れないし、ましてや社長室なんてセキュリティが強くて一般人にはとてもじゃないけど入れない。
それこそ、スパイでもなきゃ。
「やっぱ帰ろうかな……でも秋山君にこの情報は伝えかなきゃだし……」
残念ながら私のアドレス帳に王子の名前はない。
電話が使えれば一発解決だけど事はそう甘くなく、直接秋山君に会う必要があった。
「うーん、4階……4階……」
私はふと、ビルの壁を見てニヤリと笑った。
「ダメ元だけど、やってみますか~!」
この四島物産への侵入が、後に私の人生を大きく変えるなんて、この時の私は思ってもいなかった。
side秋山翔斗
「このフォルダも違う……」
四島物産の社長室へ侵入成功したはいいものの、肝心の求めている"レイド"に関するデータの捜索に手こずった。
なんせ社長室のパソコンには無駄なデータが多い。
[重要]と表示されたフォルダを押してみたが、出てくるのはグラビアアイドルの際どい画像。 呆れた。
本当に四島物産の社長がレイドの重要データを持っているのだろうか。
長居は禁物だ。
もう一度情報を洗い直してから出直そう。
そう思ってパソコンの電源を切ろうとした時、デスクの真後ろの窓が開いた。
まさか"レイド"の情報を追って俺以外のスパイが──?
「あっ、秋山君いた~!」
「夏城赤奈……!?」
クラスメイトにして隣の席の馬鹿女、夏城だ。
「秋山君に伝えたいことがあって!」
「ここ4階だろ!?」
「ビルの壁に雨樋があったからそれを伝って登ってきたの!」
「は? 雨樋?」
窓から見下ろすと、確かに太い雨樋が通っているのが確認できたが……。
普通その雨樋を使って4階まで登ろうとするのか?
「機密事項がある部屋の窓が開いてるとは思ってなかったからダメ元なんだけどね」
「俺がすぐ逃走できるよう開けておいていたのが幸いしたな」
「ていうか秋山君スーツ似合ってるね!」
「うるさい」
四島物産に潜入するにあたって、社員に扮してグレーのスーツを着用していた。
雨樋を伝って侵入してきた馬鹿女とは違い、俺は予め社員証も用意してスマートに潜入したのだ。
「それで、俺に伝えることがあるらしいが」
「あっ、そうそう! 四島物産のデータだけどね、4階の社長室じゃなくて1階の事務室にあるの!」
夏城は制服スカートのポケットから一冊の手帳を広げて俺に見せた。
[四島物産 事務室1F]と走り書きで書いてある。
「なんでお前がそんなこと分かるんだよ! 何者なわけ?」
「実は私の……って、誰か来る!」
「は?」
「どっ、どっか隠れられそうなとこない!?」
夏城は慌ただしく駆けずり回ると、クローゼットを開けて強引に俺を押し込む。
「おい、なにす「静かに!」
小さめのクローゼットに二人でぎゅうぎゅうになりながら息を潜めていると、数秒後に社長室のドアが開いた。
「社長~お疲れ様ですぅ」
「ははっ、富子ちゃんもよくやってくれたよ」
社長室に響いた声は、高い女性の声と野太く低い男の声。
本当に人が入ってきたらしい。
俺は真っ暗闇の中、聞こえるか聞こえないかくらいの小声で夏城に囁いた。
「……なんで分かった?」
「あ、足音聞こえたから……」
社長室の壁や扉は厚く、外の音を聞き取るのはかなり難しい。
それを聞き取ることができた夏城の聴覚は、異様に鋭い。
いや、嗅覚だけじゃなく五感全てが鋭いのだろう。
夏城の隣の席になってから、こいつの地獄耳や犬並みの嗅覚の兆しは感じていたが、まさかここまでとは。
「……っはぁ、秋山……君……?」
窮屈なクローゼット内では身を縮めるしかなく、俺の胸に夏城の頭が寄りかかり、シャンプーの香りが鼻を掠めた。
狭い空間の中だから、互いの吐息が響く。
夏城の細い脚がするりと俺の脚に絡んできて、雁字搦めになる。
本当に、本当に不本意だが、動悸が加速した。
「富子ちゃ~ん、今日は銀座の寿司屋にでもいかない? 三つ星のさ」
「行きたぁい! でもそこかなり高いですよ?」
「なぁに、金ならいくらでもある。会社の金を少し借りていけば足りるさ」
「あらやだぁ社長ったらぁ~」
恐らく社長とその秘書だろう。
ねっとりと甘えるような秘書の声も、デレデレとだらしのない社長の声も、全てが俺をいらつかせる。
「あれって、横領……?」
「……だろうな」
四島物産には"レイド"の件で侵入していたが、思わぬ副産物も得られそうだった。
前々から社長の横領の疑いはあったが、上手く改ざんされて決定的な証拠が出ないままだと聞いたことがある。
「おい夏城、ボイスレコーダーで録音しろ」
「わ、分かった!」
夏城がボイスレコーダーの電源を入れると、真っ暗だったクローゼット内がボイスレコーダーの画面で青白く灯される。
「録音……っと」
「会社の金は億単位、数百万抜いても経理の奴らは分からないさ。上手く偽装してるしな」
「さすがです社長~!」
「録音、ばっちりだよ!」
夏城がボイスレコーダーのボタンを押す。
「間抜けなやつらだ。それはおいおい脅迫に使えるとして……」
「きょ、脅迫……」
「後は1階の事務室か……」
俺はポケットからスマホを取り出し、起動した。
画面上にはクリオネの電子生命体が、自由気ままに浮遊している。
「すごい、スマホの画面にクリオネが!」
夏城は画面を覗き込もうと、さらにぐいっと密着する。
「おい、クリオ。このビルの1階の地図を表示しろ」
『合点承知之助だぜショート!』
「クリオネが喋った!? iPoneのSariみたいな?」
「クリオだ。最先端のAIを搭載している。Sariなんかより優秀だ」
クリオが用意した1階の地図を確認すると、スマホをポケットにしまった。
正直いきなりしゃしゃり出てきた夏城の話なんて信じたくはないが、現に社長室のパソコンからは"レイド"の情報は何一つ見つからなかった。
ここは一か八か、夏城赤奈の情報に賭けてみるしかない。
……のはいいが。
夏城がクリオに興味を持ってさらにくっ付いてきたせいで、腹の辺りに妙に柔らかい感触が押し付けられて落ち着かない。
割と大きいんだな、なんて邪な考えをした自分が憎い。
強引に夏城を押しのけた。
「おい、もう少しそっち行け」
「いやいや無理に決まってるでしょっ」
「くっつくな」
「もう行けないって……!」
無理難題だとは承知していたが、できるだけ距離をおこうともがいている内に──。
「じゃ、社長! 寿司屋行きましょ?」
「そうだな富子ちゃん「ぎゃああああああああぁ!」
クローゼットはバランスを崩して盛大に倒れ、俺達は頭からワイシャツをかぶるという無様な姿を見られることとなった。
「あ、秋山君……! あの人たちは!?」
「少し銃弾戦になったが拘束して警察に通報した。横領の証拠としてボイスレコーダーを置いてきたから、すぐ逮捕されるはずだ」
「よかった〜!」
「ぼさっとしてんた、警察が来る前に早くここを出るぞ」
「わ、分かった!」
秋山君は小走りでビルを出ると、駐車場に停めてあった黒いバイクに跨り、手際よくヘルメットを装着した。
秋山君バイク運転できるんだ!? と意外な事実に驚愕していると
「お前も早く乗れ!」
「わっ」
予備の赤いヘルメットを投げられた。
秋山君はイグニッションキーを差してエンジンを付ける。
私はおずおずとサドルに跨って、どこに掴まっていようか頭を悩ませた。
ドラマとかでは背中に抱きつく感じで掴まってるけど……そんな感じでいいの!?
そう戸惑っていると、割と近くにまでパトカーのサイレンが響いていた。
「もたもたすんな、掴まってろ!」
「う、うん……!」
覚悟を決めて、ぎゅっと秋山君の腰に手を回した。
秋山君の背中。
広くて、ちょっと硬くてゴツゴツしてて、男の子なんだなって当たり前のことを自覚させられる。
スーツから漂う淡い火薬の香り。
結構拳銃でドンパチしてたのかな。
不思議と感じた心地良さと、動機の激しさがむず痒かった。
この心地良さは風のせい?
動悸の激しさはさっきの恐怖心?
それとも──。
「あれ、秋山君の顔赤っ!」
「……ほっとけ!(胸が当たってるんだよクソ!)」
秋山君は送っていくから家の場所を教えろって言ってくれたけど、入り組んだ住宅地にあるからとりあえず近くのスーパーまで送ってもらうことにした。
そういえばもう22時ををまわっている。
スーパーの駐車場に着いたところで秋山君はバイクを停めて降りた。
離れる背中が名残惜しいなんて思った自分にびっくりした。
「秋山君、色々ありがとう! これコピーしたデータとクリオ!」
『ただいまショート〜!』
USBメモリのエージェントレッドとスマホを差し出すと、秋山君はひったくるように受け取ってそっぽを向いてしまった。
でも分かるよ。
街灯で青白く照らされたその耳が、真っ赤なんだもん。
「ねぇ秋山君」
「なんだ」
「私、スパイになりたい!」
「……は?」
唐突すぎる発言に、さすがの秋山君も豆が鳩鉄砲喰らったような顔をしていた。
「私、秘密結社レイドの情報けっこー持ってるんんだよね! 情報は渡すから、私をスパイにして!」
「ふざけんな、遊びじゃねぇんだよ!」
「私だって遊びじゃない!」
私が声を荒らげて言うと、秋山さんは蔑んだような目付きで睨む。
「どうせカッコイイから、とかそんなくだらねぇ理由だろ」
「違う!絶対スパイにならなきゃいけない理由ができた」
私はブレザーのポケットからお父さんの使っていた黒革の手帳を取り出し、最初のページをめくった。
「私のお父さん新聞記者なんだけど、1年前行方不明になっちゃってね。いつも散らかってるお父さんの会社のデスクは綺麗に整頓されていて、この手帳だけがデスクに出てたらしいんだ」
私はそう言って手帳を秋山さんの目の前に掲げてみせた。
「秘密結社レイドに関する情報……お父さんはこれを追ってた。うちの書斎にも資料まだあるの。その情報全部あげるから! 私もレイドに近づけば、お父さんに会えるかもしれない! 行方不明の真相が、分かるかもしれないの!」
秋山君は一つため息をつくと、私から手帳を奪って軽くパラパラっと見た。
「情報の信憑性は?」
「あるよ、あるに決まってるじゃん! お父さんはレイドのまずい情報を手に入れちゃったから行方不明になったんだよ!」
私の懇願に折れたのか情報の信憑性を理解したのか。
秋山君は
「……本部に申請しとく」
そう小声で言って、バイクで去って行った。
小説・エッセイ掲示板のスレ一覧
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