ボーイ・ミーツ・ガールズファミリー
ボーイフレンドを親に紹介したい亜季。
一方、隆太は気が進まない。
はたして、両親は、2人の交際を認めてくれるのか?
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「……やっぱり、やめとこうかな」
「何言ってんの、そんな弱気でどうするのよ」
亜季は、隆太の腕をとって、にらみつける。
「今日こそは、両親に会ってくれるって、あれほど約束したでしょう?」
「だけどさぁ~、なんか、ライブ明けだしさ、いまいち、気が乗らないし、今度ってことで、よくない?」
「何言ってんのよ、今日しか開いてないって、言ってたじゃん!」
「……今日は、日が悪いということで… 」
隆太は、うなだれて、ジーンズのポケットに右手をつっこむ。
「あんたねぇ、今日、私は、あんたが家に来るってことで、予定をキャンセルして連れに来たのよ。私の貴重な休日を、台無しにしようってわけ?」
「なにも、そこまで言わなくてもいいじゃん… 」
「じゃあ、家に行くのね?」
「うん…‥ 」
「それでいいのね!?」
隆太に詰め寄る亜季の姿を、通行人たちが、ちらちらと横目で眺めている。
「わかったからさ、じゃ、さっさと行こうよ」
「歩いていくわよ」
「ええ~、タクシーじゃないの?」
「何言ってるの、もう、すぐそこなんだから、もうちょっとがんばって歩きなさいよ!」
「……はい」
トボトボと歩き出す隆太を見かねて、亜季は、強引に腕を組み、早足で前へ進む。
しばらく歩いていくと、前方に、がっしりとした門構えの、洋風の大きな家が見えてきた。
「ここよ」
門をくぐり抜け、亜季は、ためらいもなく白いドアを大きく開けて、
「お父さーん、連れてきたわよー」
と、廊下の奥に向かって呼びかけた。
しばらくすると、白いブラウスにタイトスカート、薄い水色のエプロンを着けた清楚な女の人が出てきて、
「あら、お帰りなさい、亜季ちゃん。お父さん、待ってるみたいよ」と、微笑んだ。そこで、隆太がおずおずと、
「こんにちは… 」と、亜季の後ろから出てきた。
「こんにちは。亜季ちゃん、この方は?」
「もう、お母さん、忘れてたの?今日、彼氏連れて来るって言ってたじゃない!」
隆太が、小声で、「オレ、出直してこようか?」と言うと、亜季は、ますます怒り出し、
「何言ってるの?今日って約束だったんだから、今日でいいのよ!何回も同じこと、言わせないでよ!」と、どなる。
見かねた母親が、
「亜季ちゃん、玄関先で、大きな声出さないで。お客さんには、上がってもらえばいいでしょう? お茶の準備するから、後で、台所に来てちょうだいね」
と、きびすを返して、廊下の奥へと消えていった。
(やっぱり、やめとこうかな、今なら、引き返せるし…)と、隆太が後ずさりして、こっそりドアの外へ出ようとすると、
「待ちなさいよ」
と、亜季が、にらみつけてきた。
「ここまで来たからには、ちゃんと、お父さんにも会ってもらうからね。私がいなくても、男同士で、話をつけておきなさいよ」
「話って、何を…?」
「これからのことよ」
亜季は、パンプスを脱いで、玄関マットの上に立ち、ゆっくりふり返った。
「上がりなさいよ!!」
その迫力に押され、隆太は、しぶしぶスニーカーを脱ぎ、
「話も何も、これからの事なんて、オレにもわかんないし… 」
と、つぶやきながら、亜季の後に従った。
リビングを通り抜け、奥へ進んでいくと、和室の障子が見えてくる。
「お父さん、いるんでしょ?」と、亜季が、立ち止まって、声をかける。
「亜季か。何事だ」低く響いてくる声に、隆太は、思わずふるえあがった。亜季は、おかまいなしに、勢いよく障子を開ける。
「この人が、話があるって」
その、あまりにも説明語が省かれた言い回しに、隆太は、(何だよ、それ!?)と、動揺をかくせない。
「あ、すいません、亜季さんと、おつきあいさせて頂いてる者ですが…」
「何だと?」
座布団の上にあぐらをかき、傍らに新聞を置き、白いポロシャツを着た体格のいいお父さんは、片手に茶色い大きな湯呑みを持ったまま、二人を正面から見据えた。
しばらく、隆太は立ちすくんでいたが、「ちょっと、そこに座りなさい」と、うながされ、亜季のお父さんの真正面に正座で座りこんだ。
「いつから、つきあってるんだ?」
「えーっと… もう、1年ぐらいですかね… 」
「もっと長いわよ。1年3ヶ月ちょっとよ」
「亜季、口をはさむな。向こうに行って、お母さんの手伝いをしてきなさい」
亜季は、ふに落ちない顔で、障子を閉め、立ち去ってしまった。
隆太と、亜季のお父さんの周りを、沈黙が包む。
お父さんは、お茶を一口飲み、「で? 今日は何の話でうちに来たんだ?」と尋ねる。
「はい… 亜季さんのことで」
「うちの娘とつきあってるんだろう? それで?」
「はあ… 亜季さんが来てから、話したいんですけど」
「君は、どういう仕事をしてるんだ?」
「はい、最近は、ちょっと、舞台に上がってまして…」
「俳優でも、目指してるのか」
「いえ、芸人志望なんですけど」
「……お笑いのほうか」
お父さんの顔付きが、けわしくなってきた。
「最近多いからな。外人みたいな名前の、タレントだかなんだかわからんような奴らが」
「はあ」
「で、生活は?ちゃんと稼いでいるのかね?」
「いや、まだ、そこまではちょっと、親に、だいぶ世話になってます」
お父さんが、再び黙り込む。話題に行き詰まり、隆太が思案していると、やっと、亜季がやってきた。
不機嫌な顔の亜季は、隆太の前に「はい」と湯呑みを置き、となりに座り込んだ。
「この人は、勤め人じゃないんだな」
「そうよ。でも、ちゃんと仕事はしてるわよ、ねえ?」
「いや、亜季ちゃん、まだ、オレ、アルバイトみたいなもんで…」
「まだ半人前か」
お父さんの声が、だんだん低くなる。亜季も、冷めきった声で、
「だから、何?お父さんが家にいるから、今日連れてきたのに、私のつきあう人がどんな仕事してたっていいじゃないの」と、言う。
「お前たちのために言ってやってるんだ」
「何よ、それ。私だって、もう社会人よ。あれこれ指示されるなんて、おかしいわよ」
「亜季、台所に行って、お茶のおかわりを注いでこい」
静かだが、有無を言わさぬお父さんの言葉の圧力に、亜季は、憮然とした顔で立ち上がり、湯呑みを片手に部屋を出ていった。
またもや、沈黙が続く。ついにお父さんは、黒塗りの台の下から灰皿とタバコを取り出し、隆太の目の前で火をつけた。
「あのなあ」
深く煙を吐き出し、低い声で、隆太に言い含めるように、言葉を続ける。
「はい」
「君は、亜季の事をどう思っているか、わからんけどね─」
「──」
バタバタと、廊下のほうから足音が聞こえる。
「お父さん?」
いきなり、亜季が、湯呑みを片手に障子を開けた。
「騒々しい。廊下は静かに歩けと言ってるだろう」
「うるさいわね」依然、イライラしている感じの亜季が、乱暴に、湯呑みを台の上に置く。
険悪な雰囲気に、再び、隆太が逃げ出したい気持ちになっていると、亜季のお母さんが、お盆にお茶菓子をのせて、後から入ってきた。
「亜季ちゃん、ほら、きちんと座ってお話しなさい」
「お父さんがいちいち細かい事言うから、話が前に進まないじゃないの」
「親に向かって、そういう口をきくな」
亜季は、黙って、お茶菓子の袋を破いて、食べ始めた。
お母さんは、困ったような顔で、亜季の横に腰を下ろす。
隆太は、その場の空気にすっかり固まってしまい、しびれた足も崩すことができない。
しばらくして、お父さんが、ため息をつき、話しだした。
「君は、まだ若いから、よくわからんだろうが─、
仕事をして生きていくというのは、大変な事なんだ。今の世の中、簡単に仕事を見つけることができないのも、よくわかる。しかし、きちんと仕事して、出世している人間がいるのも事実だ。
やはり、そういう人間のほうが、社会からの信用も大きい。
君は、芸人志望と言ったが、私も昔は、浅草の演芸場に通った事もあってね」
「─え?落語とか…ですか?」
「いや、漫才師が通っていた所だ」「はあ」
またしばらく、沈黙が続いた。亜季と、お母さんは、それぞれお茶を飲み、隆太は、話の続きを待った。
「昔は、いろいろな漫才師がいてね、私の知り合いにも、そういう人たちの付き人やら運転手やらが何人かいたよ。
今も、テレビによく顔を出す人もいるし、あっさりと消えた人も星の数ほど見てきた。私も、若くて、ヒマをもてあましてたから、あちこちのホールを退屈しのぎにまわっているうちに、その世界の厳しさも、わかるようになってきた。とても、普通の才覚ではのし上がっていけないということも。人を笑わせるというのは、大変なことだ。転落していく人間もいる。
この人も、私と、よくあちこちのホールで鉢合わせしてね、たちの悪い芸人を追いかけまわしていたから、そういう奴はやめろ、そろそろお笑い芸人なんか卒業して、俺と一緒になれと口説き落として、今があるんだ」
「……は?」隆太は、思わず、亜季のお母さんを見る。
「もう、何十年も前の話ですけどね」
「だから、君も、何を思って今日やってきたか知らんが、芸人なら、私を大笑いさせるくらいの技量になってから、来なさい」
「はい……」
「お母さん、会社員やってて、そこでお父さんと知り合ったんじゃなかったの?」
「お父さんと知り合った後、会社勤めしたのよ」
「ええっ、今まで私にウソついてたの!?」
「亜季、もういいから、何かつまみになる物でも持って来なさい」
「お酒飲むの!?昼間から?何考えてるの!」
「何だ、車で来てるわけじゃないだろう」
「あの…… オレ、酒はいいです」
おずおずと隆太が口をはさむと、お父さんは、険しい目で、
「何も、宴会をやろうって言ってるんじゃないんだ。缶ビールぐらい飲んだって、バチは当たらんだろう」と、言う。
「いえ… 酒は、弱いほうなんで…」
「君は、酒も飲めんくせに、芸人になろうとしてるのかね?!」
いつのまにか部屋を抜け出したお母さんが、お盆の上に、瓶ビールとスルメの入った皿をのせて、やってきた。
「亜季ちゃん、ちょっと、栓抜きとコップ、持ってきて」
立ち上がった亜季は、やっぱり、不機嫌な表情だった。
帰り道で、亜季は、隆太のスケジュールを携帯に打ち込んだ。
「で?来週は?どうするの?」
「たぶん、ライブが入るから」
「…ほんとに、お笑いしか頭にないのね、隆太って」
「すいませんねえ」
「私も、しばらくは、茶道と華道の教室に通うから。また、落ち着いたら連絡するわ」
「あー、当分、遊ぶヒマもないなあ」
隆太は、携帯の画面から目を離し、亜季をふり返る。
「今度、レンタカー借りて、海でも行こうか」
「うちの車、使えばいいじゃない」
「いや…… やめとく。お父さん、こわいから」
夕方から夜にかけての風が、吹きすぎていった。
二人は、どちらからともなく手をつないで、ゆっくりと、舗道の上を歩いていった。
〈END〉
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