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あの日のギター

レス7 HIT数 1612 あ+ あ-

旅人( ♂ )
16/05/19 13:24(更新日時)

 一週間の中で最もテンションの低い月曜の朝、俺は校門に向かって全力で走っていた。ヤバイヤバイ、また寝過ごしちまった!吐く息白い寒さの中、汗ばみながら走っていると、後ろから「うぃ~っす!光永く~ん!」と声がした。
「森下!」
「ニシシッ(笑)」
「毎度の遅刻コンビだな、俺とお前は(笑)」
「ヒヒっ」
森下とは同じクラスで、いつもこうして駆け込み登校をしている仲だった。森下は見た目はインテリっぽい感じなのに、中身は気のいいバカで、無邪気な男だ。
「やべーよー、光永~、一時限目は帝王だろ?またヤラれちまうぜ」
「あ~、最悪だよな~、月曜の一時限目からアイツの授業なんて」
帝王とは数学の中村先生のあだ名で、Vシネマに出てくるヤクザみたいなコワモテの男教師なので、生徒の間で帝王と呼ばれていた。
学校に着くと急いで上履きに履き替え、廊下を走って教室に向かった。が、途中で帝王に見つかってしまった。
「こら!光永聡!森下康介!まーたお前らか!」
さっそく帝王の雷が落ちる。
「お前たちは~」「高校生にもなって~」「たるんでるんじゃないのか~」等々、毎度、お決まりの中村の台詞。
俺は帝王の説教には慣れっこだったから、左の耳から右の耳へと聞き流していた。そして叱られている間、先輩との事を思い出していた。

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No.2334497 16/05/19 13:15(スレ作成日時)

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No.1 16/05/19 13:16
旅人0 ( ♂ )

 俺が先輩と知り合ったのは1週間前の事で、それはひょんな出会いだった。
俺の両親は不仲で、家の中はいつも殺伐としていて、それがイヤで家に居たくなかったあの日、俺は夜の街をブラブラしていたんだ。そこで前方から来たヤンキー二人組の男とすれ違いざまにぶつかって、喧嘩を売られてしまった。「すいません」と謝っておきゃ良かったのだけれど、俺もむしゃくしゃしていたから、つい喧嘩に乗ってしまって・・・。けど、相手は二人だったから、結構ボコボコにやられちゃって、その時に、助けてくれたのが先輩だった。
「おい、大丈夫か?ずいぶん派手にやったもんだな」
先輩は笑いながらそう言って、口が切れて出血している俺の手当てをしてくれた。
「お前、いくつなんだ?」
「あ、17歳・・・です」
「高校生か・・・。もう21時過ぎだぞ?こんな時間に一人で何やってんだ?バイトの帰りか何かか?」
「いや、その、ちょっと・・・」
「ふーん。まぁ、別にいいけどよ」
先輩は理由に触れられたくない俺を察知したのか、それ以上は聞いて来なかった。
そして側に置いてあったギターをケースにしまい始めた。
「あの、ギターやってるんすか?」
「ん?」
「いや、そのギター・・・」
「あぁ、これか。俺、ストリートで歌ってんだ」
「へぇ、そうなんだ!ギター弾けるって格好いいっすね!」
「そうか?」
先輩は照れたような顔でニヤリと笑った。
「さて、今夜は店終(じま)いだ」
「店終い?」
「今夜のストリートライブはおしまいって事さ」
「あぁ、そういう意味か」
「お前も早く帰れよ、高校生がこんな時間にフラフラしてっと舗道されちまうぞ?」
「うん」
「じゃあな」
「あっ、いつもここで歌ってんの?」
「そうだよ」
「そっか、分かった、じゃ!」
そう言って俺は走り去った。

No.2 16/05/19 13:18
旅人0 ( ♂ )

 「分かったか!?光永!森下!今度遅刻したら校庭50周な!」という帝王の大きな声で、俺はハッと我に返った。先輩との出会いを思い出していて、帝王の説教なんて全く耳に入っていなかったのだ。ニヤリとした顔で、帝王が『早く教室に行け』と指で合図したので、俺たちは教室へ向かった。
「お叱りタイムがやっと終わった、長かった~」
「しっかしさ、校庭50周だってよ、冗談じゃねぇよなぁ」
森下は眼鏡を直しながらぼやいた。
「ただの脅しだろ(笑)」
「そうかぁ?アイツの事だからマジでやりかねないぞ?おーイヤだイヤだ」
「だったら遅刻すんな!(笑)」
「あいあいさ~(笑)」
月曜の学校はかったるかった。これから長い一週間が始まると思うと、気が滅入った。

3日後、俺は再び夜の街に繰り出した。もう一度先輩と会って話をしたかったのと、どんな感じで歌っているのかを見てみたかったのだ。駅前通りはサラリーマンやOL、酔っ払って騒ぐ若者達、風俗店の呼び込みの兄ちゃんなどで溢れ、賑わっていた。高校生の自分には場違いのような気がしたけれど、行き交う大人達を観察するのは面白かった。夜のネオン街は刺激的で、何だか分からないけれど、ワクワクするような、ドキドキするような興奮を俺に与えてくれた。先輩の姿を探して暫くうろうろ歩いていると、駅前広場の芝生の所でギターを弾きながら歌っている先輩の姿を見付けた。先輩の歌を聞くのは初めてで、俺は少し離れた所からその様子を見ていた。先輩の周りには若い女の子を中心に人だかりが出来ていて、結構な集客だった。1時間くらい経っただろうか・・・ストリートライブが終わり、俺は先輩の元に近付いて行った。

No.3 16/05/19 13:19
旅人0 ( ♂ )

「こんばんは!」
「おぉ、この前の」
「へへ、ども」
俺は照れ笑いで挨拶をした。
「どうしたんだ?」
「いや、ストリートやってるって言ってたから、どんな感じなのかなぁって気になって、見に来たんだ」
「そっか(笑)」
「人気あんだねー、女子がすごい集まってたじゃん」
「今夜はたまたま多かっただけさ。全然人が集まんない時もあるよ」
「へぇ、そうなんだ」
こんな往来の中で一人で歌うなんて、俺にはとても真似出来ないと思ったから、先輩の度胸を凄いと思った。ギターケースの中には聴衆者が入れたと思われる小銭が入っており、先輩はそれを掻き集めてポケットに入れた。
「コーヒー飲むか?」
「あ、うん」
「よし、ちょっと待ってろ」
そう言うと、先輩は自販機までコーヒーを買いに行ってくれ、俺たちはガードレールに腰掛けて、缶コーヒーを飲みながら色々と話し込んだ。先輩は端正な顔立ちで、甘いマスクをしていたから、多分、この人はモテるんだろうと思った。年齢は20歳、高校卒業後、昼間はアルバイトをしながら、夜になるとこうして街に繰り出し、ストリートで歌うという生活をしているらしかった。名前は『一也』だと教えてくれた。けど、一也さんって呼ぶのはちょっと堅苦しいし、そうかと言って一也君って呼ぶのはちょっと気持ちが悪いから、結局、『先輩』って呼ぶ事にした。別に学校の先輩でもないし、何の繋がりもない人なんだけど、先輩も「あぁ、別に構わないよ」と言ってくれたし、なんかその方がしっくりいったんだ。
「お前、ちゃんと学校に行ってんのか?」
「行ってるよ、遅刻してばっかだけどね(笑)」
「そっか」
「クソつまらん所ですよ、学校なんて」
先輩は胸ポケットからタバコを取り出して火を点けた。その時、北風がビュ~っと吹き荒れ、地面に落ちていた枯葉が、ザザーっという音を立てて飛び散った。
「今年も残すところあと1ヶ月だな」
「うん」
「さみっ、そろそろ帰るか・・・」
「あぁ・・・そうすね」
先輩は立ち上がると、「じゃあな、気ぃ付けて帰れよ」と言って、人ごみの中に消えて行った。俺はガードレールに腰掛けたまま、行き交う人々を眺めながらボーッとしていた。あの殺伐とした暗い家に帰るのかと思うと気が滅入ってくるが、いつまでもここに居るわけにも行かない。重い腰を上げ、とぼとぼと歩き出した。

No.4 16/05/19 13:20
旅人0 ( ♂ )

 金曜日、学校が終わると、俺は家には真っ直ぐ帰らず、ゲームセンターに寄った。店内の客はまばらで、数人の学生と、営業をさぼっているのか、時間潰しなのか、若いサラリーマンが一人だけいた。そのサラリーマンは、銀行マンのようなきっちりとした七三分けで、髪の毛はポマードでテカテカしていた。そんな真面目そうなサラリーマンがゲームに熱中するあまり、体を激しく動かしてボタン操作をしている様子が面白かった。店の名は『カオス』と言い、今時には無い昭和時代のようなレトロなゲーセンで、奥の方にちょっとした喫茶コーナーがあり、焼きそばやスパゲティなど簡単な食べ物を出してくれる。腹が減っていたので何か食いたかったが、千円しか所持しておらず、飯を食ってしまうとゲームをする金がなくなってしまう為、仕方なく我慢した。それから2時間近くゲームをし、金を使い果たしてしまったので帰る事にした。店を出ると外はもう真っ暗で、雪がちらついており、大通り沿いにある電光の気象掲示板を見ると、気温1℃と表示されていた。
寒さに震えながら家に着くと明りは点いておらず、部屋には誰もいなかった。リビングの明りを点け、ダイニングテーブルに目をやると、置手紙と千円札が置かれていた。
【今夜は仕事で遅くなります。何か買って食べて下さい。母】
親父とお袋は相変わらず冷戦状態だった。ほとんど口もきかず、俺を通してお互いの用件を伝え合っているのがうざかった。俺は伝書鳩じゃねーっつの。離婚の話も出ているみたいだけど、色々と大人の事情ってヤツがあるみたいで・・・。多分、俺がいなけりゃとっくに離婚してたんだろう。
俺は服を着替え、千円札を握りしめ、再び外に出た。近くのコンビニで弁当でも買おうと思ったけれど、金曜の夜に一人でコンビニ弁当を食うってのも何か気が進まなくて、夜の街に出向いてみる事にした。

No.5 16/05/19 13:20
旅人0 ( ♂ )

駅前広場は人でごったがえしており、かなり騒がしかった。先輩が来るかどうかは分からなかったが、来るとしても20時過ぎだから、それまでにはまだ1時間くらいある。俺はすぐ近くにあったハンバーガー屋に入って、飯を食いがてら時間を潰す事にした。店内はOLグループや、家族連れ、カップルなどで賑わっており、俺は窓際の奥の席に座り、コーヒーを飲みながら外の様子を眺めていた。20時を回ったので、ハンバーガー屋を出て、先輩が来てるかどうか探しに行ってみた。いつも先輩が歌っている芝生の方に行って見たけれど、先輩の姿はなく、(やっぱり今夜は来ないのかも知れないな)と思いながらも、俺は近くのベンチに腰を掛け、少し待ってみる事にした。スマホをいじったり、時折、夜空を見上げながらボーッしていたのだが、突然、「あっけなかったな」と後ろから声がしたので振り返ると、ギターを抱えた先輩が立っていた。
「うわっ、ビックリした、いきなり現れないで下さいよ、先輩(笑)」
「・・・・・・」
「どうしたんすか?」
先輩は俺の問いに無反応で、駅前通りの方を見つめていた。
(どうしたんだろう?)と思いながら、俺も先輩が見ている方に視線を向けると、何やら救急車が来ていて、もの凄い人だかりが出来ているのが目に入った。
「え?事故?」
「一瞬だったよ」
「気付かなかった。ちょっと見てくる!」
そう言って俺は駅前通りに向かって走った。警察も出動していて、かなり大きな事故があったみたいだ。救急隊員が怪我人を運び終え、大きなサイレンを鳴らしながら走り去って行く。事故現場はロープで囲われ、警察がしきりに「立ち入らないで下さい!離れて下さい!」と呼び掛けていた。その様子を見届け、俺が先輩の所に戻ると、そこにはもう先輩の姿は無かった。

No.6 16/05/19 13:22
旅人0 ( ♂ )

あれ?先輩、どこに行ったんだ?)俺は周辺を探したが、先輩は見つからず、トイレにでも行ったのかと思い少し待っていたが、先輩が戻る事は無かった。(帰るなら帰るで一声を掛けてくれりゃいいのに・・・)そう思いながら、仕方なく俺は帰る事にした。電車は混んでいて、酒臭いサラリーマンや、おばさんの化粧の匂いで不快だった。気を紛らわす為に音楽でも聴こうとイヤホンを耳に当てた時、前に座っていた30代くらいの二人組みの女の人が、「ついさっきよ、駅前の通りで事故があってね、ストリートミュージシャンっていうの?いつも駅前広場でギターの弾き語りをしてたんだって。まだ20歳だったみたいよ?気の毒にね」と話しているのが聞こえた。

え・・・?
     20歳?
         ストリートミュージシャン?
                       ギター弾き語り?

まさか事故に遭ったのって、先輩のこと?

No.7 16/05/19 13:24
旅人0 ( ♂ )

 翌日、テレビのニュースで事故の被害者が先輩だったと分かり、俺は小さな花束を買って事故現場に向かった。既にたくさんの花束が供えられていて、手を合わせ供養している人達もいたが、つい数日前に会った元気な先輩の姿が俺の中に焼き付いており、どうしても死んだという事が信じられなかった。あの時、先輩は既に息を引き取っていたのだ。ベンチに腰掛けていた時に現れた先輩は、いわゆる、幽霊?ってヤツだったのかも知れないけど、不思議と怖いとか不気味だとかいう気持ちは全く無かった。正直、先輩が亡くなったという実感が湧かなくて、まだ生きているような気さえするのだ。あの芝生の上で、ギターを弾きながら歌っている先輩の姿が今にも見えてきそうなくらいに・・・。でも、先輩はもうこの世には存在しないのだ。そう思うと切なくなったが、俺は心の中で最後の別れを告げ、事故現場を後にした。

やっと5時限目が終わった。あと1時限の辛抱だが、もう集中力は残されていなかった。
「なぁ、森下?」
「ん~?」
「お前、幽霊見たことある?」
「は?」
森下はスマホいじりを止め、俺の方を見た。
「いきなりなに言ってんの?お前」
「実はさ、俺・・・幽霊を見たんだ」
「へ・・・?光永・・・くん?」
俺の顔を覗き込みながら、からかうような口調で森下が言った。
「うっそぴょ~ん(笑)」
「はぁ・・・。頭いて、頭・・・」
‘下らんこと言うな,と言わんばかりの素っ気無い顔で、森下は再びスマホをいじりだした。


12月も下旬に入り、今年も残すところあと一週間となった。と同時にこんな年の瀬にも関わらず、親父とお袋が離婚する事になった。『お父さんと暮らすか、お母さんと暮らすか、貴方はもう高校生だから、自分で決めなさい』と言われ、悩んだ挙句、俺は親父と一緒に暮らす事を選んだ。理由は、お袋に男がいる事を俺は知っていて、おそらく親父と離婚をした後、お袋はその男と一緒になると思ったからだ。でも、親父と暮らす事を選んだからと言って、高校を卒業したら就職して一人暮らしをしようと思ってるから、たかだか1年ちょっとの共同生活だ。別に親を恨んでいるわけでもないし、離れ離れになってもそれぞれが元気でやってりゃいいくらいにしか思っていない。
あと数日で冬休みに入る。


END

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