普通の女
短編小説です
悲しい女…
嬉しい女…
第三段です
よろしかったら、またお付き合い下さいませ
(*⌒▽⌒*)
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第34章
メトロの女達…6
ゴ~~ン
2013年 1月1日
新しい年がきた
近くの寺の、除夜の鐘の音が
こだまのように鳴り響いている
それを厳粛な気分で心静かに聞きながら
妻の遺影に年越しそばを供え
「今年も良い年でありますように…」
手を合わせた…
コタツに入り、眠い目を擦りながら
自分も蕎麦を食べようとして箸を持った時
家電がなった
誰だ?
年明け早々に電話で新年の挨拶だろうか
随分、粋な奴がいるもんだ
そう思って受話器を取った
「もしもし…喫茶メトロの…石井ですが…」
「…あ…俺…」
息子の大輔だ
女房が亡くなった後、息子とは二人でレストランをやりながら暫く一緒に暮らしていたのだが
27歳になる息子を独り立ちさせようと
経営していたレストランを息子に任せて
ウエイターは田舎町へ引っ越して来た
早いもので、もう二年近くたっていた
「大輔か?……どうした?…忙しくて正月は来れないんだろ?…」
「…ああ…だから…寂しいんじゃないかと思ってさ…」
正月一人でいる俺を、ガラにもなく心配しているのか
昔から素っ気ない息子だったが
意外に優しい所がある事を俺は知っていた…
「へぇ…おまえ…父さんが一人だと思って…心配してくれてたのか?…今…仏壇の母さんに、年越し蕎麦供えて…父さんもこれから食べる所だった…心配はいらないよ…」
「…なら…良かった…」
「最近調子はどうだ?…レストランは順調なんだろ?」
「ああ…順調だよ」
ボソボソと相変わらず言葉足らずな奴だ…
「…お前ひょっとして彼女でも出来たのか?…」
「…な…なんで?」
「…正月帰って来ないって言うし…まさか、いい若いもんが、正月一人って事はないだろ…」
「…まぁ…そんなとこかな…」
「やっぱり…いるのか?彼女…」
「一応ね…」
「そうか…一度連れて来いよ…」
「それが…」
「…それが?…どうした?…」
「……」
「おいおい…たった二人の家族だろ…父さんには何でも言ってくれよ…」
「実は…彼女…妊娠して…」
「はぁ?!…本当か?!…」
「…ほ…本当…」
「そ…そうか…そりゃお前…その…なんだ…いきなり出来ちゃ…いや…授かり婚とかってやつだろ…」
驚いた!
無口で恥ずかしがり屋の大輔が
彼女がいて、しかもいきなり妊娠?
いきなり父親?
大輔だってもう27歳だし
ふしだらと言うより、今どきはどこにでもある
ごく自然な、おめでたい事だろう
今年…俺は…
ついに爺さんになるって事か?
いやーまいったな
子機を耳にあてながら
俺は女房の遺影の前にある小さい鈴をチーンと鳴らした
「大輔!…もちろん結婚するんだろ!…お父さんは反対しないぞ…お前が選んだ人だ…新年早々……めでたいじゃないか!…」
すっかり舞い上がった俺に…
「…結婚はしない…いや…出来ないんだ…」
はぁ?
その意外な寂しい言葉に耳を疑ってしまった…
そりゃ突然の事で大輔も戸惑うのも無理はない
ここは人生の先輩の俺が説得するべきだろう
「なに言ってんだよ!…二人で育てていけばいいだろ…心配するな…相手のご両親とは?…もう会ったのか?」
「…いや…まだ…その…」
「そうか…じゃ挨拶に行かないとな…人様の大事なお嬢さんだからな…」
「それが…お嬢さんじゃないんだよ…」
「なに?…お嬢さんじゃない?!…じゃ………おバァさんなのか?」
何を言ってんだ俺は…
「あ…お父さん…落ち着いてくれよ…」
「大輔…どういう事なんだ…?」
訳が分からない
「それが…その人には…家庭があって…」
?!!
人妻と?!!
俺は橋の欄干から一気に川底に落ちて行く思いがして
めまいがした…
大輔が…
不貞を…
人様の女房と?!!
「なんでだ?!…バカ野郎!!…なんでそんな事!…」
子機を持つ手を振るわせながら罵倒した…
「…知らなかったんだよ結婚してたなんて…」
「知らなかった?大輔…お前…自分のしたことが…分かってんのか?…人として…許されない事だろ!!…」
「分かってる…だから別れたいんだよ…」
「…別れる?…ああ…別れるべきだろ…でも…子供はどうする気だ?…」
「あの女…子供を…産みたいって言うんだ…」
「え?……結婚するって事か?…その人離婚してお前と?…」
「まさか…簡単に離婚なんか出来ないよ…子供が二人もいるんだよ…」
「な…なんだよそれ?…離婚しない?…子供は産む?……旦那の子でもないのに産むって言うのか?…そんな罰当たりな…バレない訳ないだろう!…」
「…だから…俺…おろしてくれって女に頼んだ…」
「それで?…」
「…子供をおろすお金がないって………金がないから産むって言ってるだけだよ…だから金やって…おろしてもらって…俺…別れたいんだよ…」
なんて事だ…
人の女房と不貞をしただけでも許されないのに…
妊娠までさせて
子供ができたら金でおろして貰う?
金で決着をつけようなんて…
大輔はいつの間にこんな非常な人間になったんだ…
「別れたいんだ…あの女と…父さんなんとかしてよ…」
「俺にどうしろって言うんだ!…」
>> 8
非常→非情
m(_ _)m
「100万円…いや50万でいいから貸してくれよ!…レストランの金には手を付けられない!…頼むよ父さん!…一生のお願いだよ…ウウウ…」
大輔は泣いているようだ
…あまりにも自分の息子として情けないじゃないか…
女房を無くした今
大輔の将来だけを楽しみに
寂しい生活に一人耐えていると言うのに
「なんでだ?大輔!…30近くにもなってバカやって…親の俺に尻拭いさせるつもりか?!…母さんが生きていたらどんなに悲しむか!!…この親不孝者が!!…」
情けなくて、そう叫んでいた
目の前に大輔がいたら
力一杯殴って、張り倒してやりたい心境だった…
「許してよ…父さん…俺…やり直したいんだよ…これからきちんとする!…約束するから!…」
「…」
「父さん…助けてよ!…たった二人の家族だろ!!…」
…
情けなかった…
バカ息子の大輔にも情けないが
金で清算できるなら…
息子の将来が取り戻せるなら…
…
そう思い始めている自分にも…
情けなくて腹が立っていた…
「父さん…父さん…頼むよ…」
「大輔!…必ず別れるんだぞ…金はなんとかする!…いつ取りに来る?…」
…間違っている
俺はこんな人間じゃなかったはずだった…
だが 頭の中で
なけなしの金庫の中の一万円札を必死でかき集め…
通帳とATMをぼんやり思い描いていた
「そっちになんか取りに行けないよ…あの女…ストーカーのように俺を見張ってるんだ…父さんになんかするかも知れない…」
「お前…脅迫されてるのか?…大丈夫なのか?…警察へ届けたらどうだ?…」
「警察なんかに行ったら…レストランの信用落とすだけだろ!…」
「……」
「だから…俺の振込先言うから!…父さんメモして…」
気が遠くなりかけた意識のまま
俺は紙に 数字をメモった…
すみません
眠くなりました
おやすみなさい
今年もよろしくお願いします
m(_ _)m
「父さん…ありがと…ありがと…女とは必ず別れる…だから……ゥゥ……」
息子の涙ながらの言い訳をぼんやり聞いていた…
女房の写真を持ち
…育て方を間違えた
…許してくれ
そう心で詫びながら
写真をひっくり返して伏せた
深く傷ついていた…
その時…
コタツの上に置いた充電中の携帯のバイブがうなり始めた…
誰から電話だろう?
グーングーン
コタツ板と連動してかなり賑やかにうなっている…
子機を右耳にあて大輔の情けない話しを聞きながら
左手で携帯を持ち
パカンと開けてみた…
すると…
着信相手はなんと
大輔からだ…
はぁ?…
どういう事だ?
大輔が?
二人?
携帯に出て左耳にそっと押し当ててみた…
「もしもし…オヤジ?…大輔だけど…」
大輔だけど?
確かに大輔の声だ…
じゃ…子機のコイツは誰だ?…
声が似ている
いや…よく聞くと違う!
そうだ大輔は最近俺を
父さんとは呼ばず
オヤジと呼ぶようになっていた!
あ!…
まさかこれが あの…
振り込め詐欺?!!
やっと…気付いた…
大輔…いい時に電話してくれた…
ホッとして力が抜けた…
子機「…父さん…じゃわるいけど…早めに振り込んでね…よろしく…じゃ…」
…なにが 父さん悪いけどだ?…
…この大嘘つき野郎めが!!
許せん!
このままで済ませてなるかっ!
見てろっ!
「あ…大輔!…まってくれ…」
子機「…父さん…どうしたの?」
さあ…
どうする俺!
落ち着け俺!…
頑張れ俺!…
深呼吸しながら
子機を握り返して耳に当てた
…
「実は父さん…お前に大事な話しがあってな~」
子機「…え?…なに?…また今度じゃだめかな?…」
くそ!
電話を切らせてなるもんか!
「実は…二年前にじいちゃんが亡くなっただろ…」
子機「…それが?…」
「大輔も知ってると思うけど…じいちゃん…この街では…ちょっと有名な医者だったよな?…」
子機「…あぁ…もちろん知ってるよ…」
…バカかこいつ…じいちゃんは普通の会社員だった…
「実は…ここだけの話しなんだが……じいちゃんが死ぬ前に…こんな事を言っていたんだ…」
子機「…なに?…」
「裏庭の桜の木の下に…埋めたらしいんだよ…」
子機「…何を?…」
「…金だ…」
子機「…え?…」
「…バブルの頃には患者も多くて…たんまり儲かったらしい…」
…バブルで病院が儲かるだろうか?
…まぁいい
話しを続けた…
子機「……」
…奴は金と聞いただけで興味を持ったに違いない…
「一億近い金だそうだ…」
子機「…一億?…」
ほら…
乗ってきた…
子機「…うそくせぇ…流行んねえよそんな話…」
「そうなんだよ…父さんだって信じられないよ…でも、人間…死ぬ間際に嘘なんか言うと思うか?…」
子機「……」
「…じいちゃんは…銀行を信用しない人でな~だからって…家に大金を置いておくのも物騒で…考えた末…埋める事にしたらしいんだよ…」
子機「……」
「…それで…じいちゃんは…その金を…俺や大輔の将来の為に使ってくれって…真剣な顔でそう言ったんだ…」
子機「……」
…もう一押しだ!
「それで…本当かどうか…掘ってみたくなってな~」
さぁ…
ニセ大輔どうする?…
子機「……」
「なぁ…大輔!…春になったら…一緒に掘ってくれないか?…」
子機「…え?…」
「もし本当に大金が出てきたら…お前…レストラン改装したいって言ってただろ…色んな意味で…新しく生まれ変わるチャンスだと思わないか?…」
子機「…分かった…どこに埋めたって?…」
「ここの裏庭だよ…花畑に桜の木があったろ…」
子機「あぁ…知ってる……」
「大輔…春になったら…掘ってみようぜ…」
子機「…分かった…掘ってみよう……」
「あぁ…じゃまた連絡する…女とはちゃんと…話しをつけるんだぞ…」
子機「…分かった…じゃ…」
電話は切れた…
…
ここの電話番号と喫茶メトロ、石田
奴が知ってるのはそれだけだろう
探せ…
この場所を探しだすんだ…
春に一緒に掘るなんて不可能だし…
それは奴が一番良く知っているはずだ…
だから奴は勝手に掘りに来るだろう…
…
興奮状態でろくに眠れないまま
元旦の朝になった
本物の大輔が、夜中の俺の異変に気づき
車で夜通し運転して来てくれた
かなり慌てて家に飛び込んできた…
大輔に一部始終話し二人で警察へ行った…
…
そして…
その時は予想以上に早くやってきた…
1月4日…午前2時…
スコップを持つ黒い陰が2つ
庭の垣根を乗り越え表れた
桜の下を掘り出した所で
張り込み中の警官に取り囲まれた…
大きいライトに照らされた二人は
まるでコンサート会場のアイドルのようだった…
俺は大輔とそれを無言で見ていた…
完…
第35章
メトロの女達…7
新年早々
振り込め詐欺だなんて
とんでもない事件に巻き込まれたものだ…
あの時大輔から携帯に電話が入らなかったら
まんまと騙されて俺は金を振り込んでいたことだろう
うまい話しはつい疑ってしまうものだが
悪い話しは何故か信じてしまう
親は子供の為ならどんな事をしても金を出すだろう
そんな親バカ心理をみごとに突かれた…
息子の声かどうか冷静に聞いたら
分かりそうなものなのに、判別も付かないほど狼狽していた自分が
ひどく年寄り臭い気がして情けなかった…
犯人は逮捕されたが、なんとも後味の悪い出来事だった…
さて気を取り直して
新年、喫茶メトロの開店準備をしよう
それに、今日は
1月5日だ…
1ヶ月前携帯を忘れて行ったあの彼女が来る日だ
ウキウキしていた
来るだろうか?
今日も朝から寒い…
こんな木枯らしの中でも彼女は来てくれるだろうか
別に俺に会いに来るってわけでもないだろうが…
片思いでも構わない
話しはできなくても、ただ元気な顔を見るだけでいい…
この1ヶ月心待ちにしていた…
鏡でチョビヒゲと蝶ネクタイ、全身をチェックし
期待に胸を膨らませてニカッと笑った
そして、メトロの看板を両手で引きずるように持ち外へ出て行った
だが…いきなり
…バタバタという複数の足音が素早く近づいてきて
その体当たりして来そうな勢いに
身の危険を感じて後ずさりした
見るとマイクを持ったスタイルのいい垢抜けた女と
肩になにか黒い機械をを担いだ男…
それも一人や二人じゃない
その人間たちを理解する前に
「テレビ夕日ですが…レトロのマスターですよね!…振り込め詐欺の犯人逮捕に協力されたんですよね、お話し聞かせて貰いたいのですが!…」
いきなり早口でそう言うと垢抜けた女は
目の前にマイクを突き出した
その後ろの男が肩に担いでいたのはカメラらしい
もう映っているのだろうか?
狭い歩道と店の入り口で、10人ぐらいの人間に取り囲まれてしまった
「すみません…レトロさん…話し聞かせて下さい…犯人はなんと言ってきたんです?」
…テレビのニュースは見ていたが
まさか報道陣がやって来るなんて
思ってもみなかった…
「レトロさん!…お話しを…」
マイクが目の前に2・3本迫っていた
「あ…あの!…れ…レトロじゃありません…メトロですから…」
とりあえずそれだけ言った
「あ…申し訳ありません…メトロさん…石井さんですよね…」
「はい…」
俺はまるでテレビでよく見る
マスコミにとり囲まれた有名人のようだ…
「犯人に罠を仕掛けたそうですね~お手柄ですね!」
「あの…お金は取られてないんですか?…」
「振り込め詐欺って気付いた時の心境はどんなでした?…」
矢継ぎ早の質問攻めに、なにから どう答えればいいのか
道行く人が珍しそうに足を止めてじろじろ見ている
俺の頭はパニックになった…
ちょっとしたデタラメな思いつきで犯人逮捕に繋がってしまったが
結局俺は一銭もとられちゃいないのだ
犯人は若い二人組みだった
要求金額は大した額じゃなかったから
ほんの小遣い稼ぎだったかも知れない
そんなバカな奴らにも親はいるだろう
心が痛くなった
それに
調子に乗ってテレビで顔を広めて、後々仕返しでもされたら…
そう思った途端に気の小さい俺は怖くなった
俺は平和に暮らしていたいだけなのに…
それに…
今日は特別な日だ…
メトロがこんな騒ぎになっていたら
彼女は驚いて帰ってしまうだろう!
止めてくれよ!
「あの!帰ってくれませんか?これじゃ営業妨害じゃないですか?カメラは止めて下さい…」
「そんな固い事言わないで!…話して下さいよ…よく思いつきましたね…犯人にあんな罠を仕掛けるなんて…」
言っても到底分かってもらえそうもない…
玄関前の野次馬を力づくで押しのけると
俺は中へ入って強引にドアを閉め
鍵をかけた…
…
「石井さん!」
「メトロさん!」
格子のガラスを叩く大きい声の報道陣
「帰って下さい!…事情は全て警察に話しましたから!…」
「一言だけ!…振り込め詐欺をどう思います?…石井さん!」
店中のカーテンを全て閉めた…
薄暗くなった店内、もはや開店どころじゃなくなった…
黒光りした板張りの階段をギシギシと音を立てて二階の住居へかけ上がり
窓から何気に裏庭を見ると
脚立に登った報道陣が垣根越しに
犯人を逮捕した現場になった庭の中を撮影している
反対側の窓はメトロ玄関前…
さっきより野次馬が増えたようだ
二階も全てカーテンを閉めた
家の電話がなった
「もしもし……石井です…」
「石井さん週刊海流です…今回の事件の事を取材したいのですが…」
「全て警察に話しましたから…私は何も言うことありませんから…失礼します…」
相手の反応の言葉も聞かずに電話を切った
すぐにまた家電が鳴った…
「モシモシ…石井です…」
「メトロさん?…〇〇新聞です…このたびの…」
またか?!
何も言わずいきなり受話器を置いた…
電話は鳴り止まない
仕方なく受話器を外してゴロンと寝かせておいた
家の中に身を隠さなければならないなんて
犯人を捕まえた俺が…まるで犯罪者みたいじゃないか…
あぁ…早く帰ってくれよ…
今日はもう彼女には会えないだろう…
がっかりしてコタツに入り横になった
1日我慢していたら奴らも諦めて帰ってくれるだろう…
…
♪~
また電話?
起き上がると今度は携帯だった
登録されていない
知らない番号だ
また取材か?
一度出て取材ならもう電源を切ってしまおう
携帯に出た
なにも言わず相手の様子を窺い耳を澄ませた…
「兄貴?俺だけど…」
兄貴?
2つ年下の弟は確かに存在するが
父親の葬式以来会ってはいない
また…オレオレ詐欺か?
「…あの失礼ですが…名前言ってみてくれません?…」
なんで丁寧語になってんだ?
「兄貴?オレだよ……あ…振り込め詐欺だと思ってんのか?…ガハハハ…吾郎だよ…弟の石井吾郎でございます~」
あ…この軽いノリ…確かに弟だ…
「お…お前どうしてたんだ?…年賀状も来てないぞ!…そんな事より…今大変なんだよ俺…」
「知ってるよ…兄貴…テレビで事件の事聞いて驚いたよ…久しぶりに懐かしくなってブラっと来てみたら…喫茶店の前…凄い事になってんな……」
「え?…こっちに来てんのかお前?!…」
「車のテレビに映ってんぞ!…見てんのか?!」
慌ててテレビをつけてチャンネルを合わせた
喫茶メトロの看板、入り口が画面いっぱいに映っていた!
あのさっきマイクを向けていた
垢抜けた女性アナンサーが
画面に向かって話しの途中だった
「…喫茶メトロの前にいます…石井マスターのお話を聞きたいのですが…なかなか出て来てくれませんね…」
驚いて、腰が抜けた
「兄貴…インタビューに答えてやればいいだろ!…減るもんでもないし…メトロが有名になったら…商売繁盛するのによ!…」
弟は昔から口は上手いし、デカい話しをするが
成功したことなんか何一つなかった
今も不動産の仕事をしているとは言っているものの
胡散臭さがプンプンする奴だ…
「イヤだよ…金持ちになんかならなくていいんだよ…とにかく早くコイツら…引き上げて欲しいんだ…店を開けたいんだよ俺は…困ってんだよ…」
「しかたねぇな~ここは俺が一肌脱ぐとするか!…」
なにする気だ?!
「いや!…脱がなくていいから!…おい吾郎!ちょっと待て!…」
テレビ画面の女性アナンサーの後ろで
携帯で話しながらチョロチョロ歩き回る男がいる
吾郎だ!
画面に向かってピースサインを出した所で携帯を切った!
「…中はうかがい知ることはできません…以上現場から…〇〇がお伝えしました…」
メトロの画面はCMに切り替わった…
一体なにをするつもりだあいつ!
カーテンを少し開けて玄関前を見た
弟の姿はもうどこにもない…
なにをやらかすつもりなんだろう…
乱暴な事をしなければいいが…
どっちにしても嫌な予感しか思いつかない…
…
頭を抱え込んだ
…
時間は流れた
「あ…今動きがあったみたいです…メトロ前の〇〇さ~ん…」
付けっぱなしのテレビ
ワイドショー画面からそんな声が聞こえた
テレビを見ると
俺そっくりな奴がインタビューに答えている!(゚Д゚)?!!!!
吾郎だ!!…
弟はボサボサの頭をきっちり七三に分け
チョビヒゲに蝶ネクタイ
どこで揃えてきたのか
白いワイシャツに黒のベスト
折り目のついたズボン
背格好も俺に瓜二つだった…
あいつどうするつもりだ?!!
俺は顔を両手で覆い
指の隙間から見ていた…
インタビューは始まってしまった
「石井さん…お手柄でしたね…」
吾郎「いや!大したことしてないっすよ…犯人は金に目がくらんで見事にひっかかりましたからね…ガハハハ」
吾郎はチョビ髭を触りながら
豪快に笑っている
「いつオレオレ詐欺だと気がつきました?…」
吾郎「そりゃもうすぐ気づきましたよ…騙されたふりをしてただけですっ!……はい…」
調子いい事言って
「へーそうなんですか?…さすがですね…犯人になにか言いたい事は?」
吾郎「…別にないね~更正して真人間になって欲しいだけです!…俺のように!コツコツとね…」
更正?
お前がそれを言うか?…
「今回の事…奥さんはなんて仰ってます?…」
吾郎「実は…女房は居ないんです…三年前に亡くなりました…毎日一人ぼっちで…淋しいって言うんですよ…この息子がぁ……ガハハハハハハ…」
…バカ!
…股間を指さすんじゃねぇよ!…
報道陣も野次馬も爆笑している
だが俺は…
冷や汗がどっと出た…
「犯人逮捕の瞬間を見てたんですよね?…どんな気持ちでした?」
吾郎「そりゃもう、警官もカッコいいし…なんたって俺の起点が…」
しばらく吾郎の武勇伝が続き
レポーターも聞くことがなくなったのか
「…以上メトロ前からの中継は終了します…」
インタビューは終了した…
どっと疲れて
テレビから目を離し窓からその光景を眺めた
報道陣はポツリポツリと帰り支度を始めた
すると…
吾郎に一人の女が近づいて行く
吾郎に話しかける女…
よく見ると
あの彼女だ!…
来てくれてたんだ…
胸がキュンとなった
だが…
彼女は吾郎を俺だと思っている!
二人は話し込み
吾郎はまた豪快に笑い
彼女も楽しそうに笑っている
あんなに無防備に笑う彼女の顔を見るのは、初めてだった…
なにを話しているのだろう
なかなか話しは止みそうもない
吾郎の奴、余計な事を言って俺のイメージを壊さなきゃいいが…
やっと話しは終わり
女は頭を下げ吾郎から離れて帰って行った
ほどなくして吾郎から携帯に電話が入り
下へ降りて、裏庭へ続く木戸の
心張り棒を外した
吾郎「…よ…兄貴!…みんな帰り始めたぞ!…」
入ってきた吾郎は、まるで自分かと錯覚しそうなほど
どこから見てもメトロのマスターだった
吾郎は上機嫌でそう言うと
俺の肩をポンと叩き、得意気に笑いながら奥へ入って行った
そして鏡に気付いて立ち止まり
蝶ネクタイを直し、指に唾を付けてチョビ髭を撫で
鏡に映る俺と目が合うと、ピースサインをした
「全く品のない奴だなお前は!…もっと紳士的に会見できなかったのか?…」
吾郎「…はいはい!…久しぶりに会いに来たのに説教かよ!…喋り過ぎて喉かわいちゃったな~マスター珈琲ひとつ!…喫茶店だろここは…アハハ…」
苛つく俺に話題をサラリと交わし
いつの間にか険悪な空気を軽い笑いに変えてしまう
いい加減な所もあるが、吾郎は昔からどこか憎めない奴でもあった
吾郎「でも…マスコミ追っ払ってやっただろ!…俺が出て行かなかったら…まだウヨウヨいたんだぜ…」
「まぁ…それもそうだな…座れよ…今珈琲入れる…から…」
吾郎「…うわ!…あの古い家がこんなにキレイになってる!…すごいな」
古い家を改造して喫茶店を始めたが
吾郎は今日初めてここを見て驚いているのか
わざとらしい奇声をあげ
一通り見渡すとカウンターの前に腰を落とした
俺は、珈琲豆をガーと挽いてサイフオンにセットした
吾郎「てか…兄貴~あのいい女…だれ?…兄貴の…これ?」
吾郎は小指を立てて嫌らしく言った
「……違うよ…彼女はただの常連客だよ…」
吾郎「…あれあれ…兄貴見てたの?…俺と彼女と話してるとこ…」
「偶然見えたんだよ…二階の窓から…」
吾郎「…ふ~ん…常連客か?…だろうな…『マスター独身でしたの?』…なんて聞いてたぜ!」
あ…そうか…
彼女は、俺が独身だとは知らなかったんだ
吾郎「…それと…」
「それと?…な…なにか言ってたのか?…」
吾郎「携帯忘れて行ったのか彼女?…」
「あぁ…そ…そうだよ」
吾郎「…『先日はありがとうございました…助かりました』…なんてお礼言ってたよ…」
「そうかそうか…それで?…お前なんて言った?…」
吾郎「…俺?…」
「あぁ…余計な事言ってないだろうな?…」
吾郎「…別に…『…あなたのような美人な方の携帯なら…何回お忘れになっても…かまいません』…そう言っといてやったぜ!…」
「口の上手さは相変わらずだな…」
吾郎「…兄貴!…もしかして…惚れてんのか?あの女に?」
「まさか…」
吾郎「…でもあの人…人妻か?…」
「…いや…去年旦那が亡くなったらしいよ…」
吾郎「…へぇ~だったら兄貴…頑張れよ!…いいと思うよ」
「なにを頑張るんだ?」
吾郎「…このままずっと一人でいるつもりか?…」
「お前に関係ないだろ…」
吾郎「…兄貴…どうにかなんねぇの?…その…固い石頭…」
「石頭じゃない…俺は紳士だ…お前とは違うんだよ…」
俺は沸騰してきた珈琲を、さっとかき混ぜながら言った
吾郎「…あの女…兄貴に気があるぜ…」
?!!…
「アハハハハ…な…何を言い出すんだお前は…」
吾郎「…だって…あの女…『あなた…メトロのマスターじゃないでしょう?…似てるけど違いますよね』なんて言いやがった…」
「え?…」
吾郎「それも…しばらく話してから…最後に言ったんだぜ!…常連客にしちゃ…兄貴への観察力がするどいと思わないか?!…これは気があると…俺は見た…」
カップに珈琲を入れ カウンターの吾郎の前に置きながら
「そんな事ないさ…」
と苦笑いしながら俺は応えた
たが…
気分はまんざらでもなかった
…
「昼だぞ…なんか作るか?…ナポリタンでもどうだ?…懐かしいだろ…」
吾郎「…そうしたいんだが…これから人と会うんだ…またそのうち来るさ…」
「なんだ?…帰るのか…」
吾郎「…その時は泊まりがけで一杯やろう…」
吾郎は時計を見上げながら言った
「仕事の方はどうだ?…順調なのか?…」
吾郎「…ああ…もちろん…その話しもまた今度ゆっくり…」
吾郎はそう言うと珈琲を飲み干し
もとの服に着替え出した
吾郎「兄貴…これやるよ!…俺もう着ないから…」
脱いだマスター衣装を丸めながら
カウンターに置いてそう言った
「いらないけど…まぁ…いいよ置いてけ!…」
笑いながらそう言う俺に
チョビヒゲを剥がし
「これもいる?」
おちょくりながら吾郎は目の前へ出した
「それは…いらねぇよ…俺のはホンモノだからな!…」
吾郎は笑いながら籐のゴミカゴへ捨てた
裏庭の横に停めていた車に乗り
吾郎は帰って行った…
なんだか 散々な目にあったが
とりあえず静寂が訪れ、俺はメトロの外へ出てみた
報道陣は見あたらない
だが…
開放感に胸を撫で下ろす間もなく
別の集団が迫っていた…
「キャーマスターだ!…」
黄色い歓声があがり
あちこちで俺を携帯で写している
断りも無く俺と腕を組みデジカメで撮る厚かましい奴もいる
また取り囲まれてしまった…
「マスターなんか面白い事言って下さいよ~アハハ…」
俺は何も言っていないのに
大笑いする集団…
髭に二本の指を押し
加藤チャンぺ✌
やってみた
どっと笑い出し拍手する集団…
俺は何故か吾郎になっていた…
吾郎と別人だと思われてはいけない
なぜかそんな心理に戸惑いながら、ついやってしまった
だが…他にネタはない
俺は慌てて中へ入りまたカギを閉めた…
開店は明日からにしよう
ふと裏口で声が聞こえて身を隠すと
「石井さん…ダスキンです…石井さん…裏からですみません…」
「あ…お騒がせして申し訳ないです…」
面倒くさいがとにかく解放されたかった
ダスキンモップを交換して貰い
金を渡していると
クリーニング屋さんもきて、洗濯物を出した
裏口には誰もいない事を確かめ
心張り棒を閉め
やれやれ
ふーっと深いため息をついた
玄関前のざわつきを無視して
ビールと適当な食料を抱えて
ギシギシ音を立てながら二階へ上がった
まだ昼下がりだったがビールは空きっ腹に染み渡り
酔いが回ってコタツで寝てしまった
…
…
「兄貴!…」
気がつくと…
吾郎があの彼女と並んで俺の前に座っている
「どうした?なんだ?…何事だ?」
吾郎「兄貴!…悪いが…俺達、結婚する事にしたよ…」
「はぁ?!」
彼女はニコニコしながら吾郎だけを熱く見つめている
「お前!…女房や家族はどうするんだ?!」
吾郎「…だって…好きになっちゃったんだからしょうがねぇだろ!…兄貴には悪いけど…」
「この!…大馬鹿野郎がっ!!…」
…ブハァックション!!
寒い!
目が覚めた…
真っ暗だ…
吾郎はいない
夢か?
あぁ…良かった…
外を見るとチラチラ雪が舞っていた
長い1日が終わった…
だが…
ピンポーン
ピンポーン
誰だろう
9時近い…
降りて行った
また変な集団ならイヤだな
この何日かですっかり人間不信になっていた…
「どちら様?」
そう言いながら
格子の硝子から外を覗いた
「石井さんですね?…〇〇警察です」
また警察?
警察、報道陣、野次馬、もうたくさんだった
「警察?まだなにか聞きたいことあるんですか?」
「…石井吾郎さんはあなたの弟さんですね?…ちょっとお聞きしたい事があるんですが…開けて貰えないですか?…」
低音で太い男の声…
オレオレ詐欺の件ではなさそうだ
弟?…吾郎の事?
なんだろう…
イヤな胸騒ぎがしてドアを開けた
コートの襟を立てた二人の刑事らしき人が
入ってきた…
「あの…弟がなにか?」
上田「〇〇警察署の上田です」
下田「下田です…」
上田は白髪の年配刑事…
下田は肌ツルツルの新米刑事だ
警察手帳を見せ、威圧感ある二人の男にすっかり固くなってしまった
上田「…実はある殺人事件を捜査してましてね…」
さ…殺人事件?!
上田「…被害者は…不動産会社社長…のSさん…事件発生は、今日の午前10時から12時の間です…」
上田「…弟さんは今日…被害者Sさんの家へ行く約束になっていたんです…時間は決めていなかったらしいですが…」
「……」
下田「…弟さんにその時間どこにいたか問い詰めた所…兄のあなたと一緒だったと言うんですよ」
俺は状況を飲み込めないまま
頭を整理しようとしたが…
無意識に、反射式ストーブの点火スイッチを入れた
「あの…弟は…なんか疑われているんですか?」
上田「…殺人容疑です」
「え?!…」
青ざめた…
上田「…どうなんです一緒にいたんですか?…」
「あの…な…何時でした?」
上田「…今日の午前10時から12時までの間です」
午前?
あ…忘れもしないマスコミ騒ぎだった…
「あぁ…はい…いました…ここに確かです!…」
即答した…
だが…
下田「…ホントですか?」
「ホントです…」
上田「…そりゃ…兄弟ですからね…弟さんを庇いたい気持ちは…よく分かるんですよ…」
「いや…いましたけど…」
上田「…弟さん…こともあろうに…その犯行があった時は…テレビに出ていた…なんて言っとるんですよ…オレオレ詐欺の犯人逮捕に協力した喫茶店マスター?…ですか?」
「あ…そうです…吾郎…いや弟は…確かにワイドショーに出ていました…」
上田「…なんで?…ワザワザ?…あなたに化けたとでも?…なんでそこまで嘘を言うんです?!…ひょっとして…あなたも…共犯者ですか?」
「いえ…嘘じゃありません!…似ていますが…あれは弟なんです…私はインタビューがイヤで中にずっといたんです…」
上田「…へぇ~そんなに都合良く、弟さん急に現れたんですか?…ウルトラマンみたいに?ハハハ…」
なんて意地の悪い刑事だ…
だが俺は必死に訴えた…
「弟は私が…オレオレ詐欺とかに巻き込まれた事を心配して…今日…来てくれたんです…インタビューに出たのは…偶然です!…」
下田「…いや!…あれは弟さんじない…あなたです…」
「どうしてそんな事言えるんです?…」
下田「ここの前で写メとってた人に聞いたら…昼過ぎにあなたが外に出てきたって言ってました…」
「あれは…私です…弟はその前に帰りましたから…」
上田「…カトチャンぺ…やったでしよ?…あのノリは間違いなくテレビで見たマスターに間違いない…本人だ!…そう皆さん仰ってましたよ…」
「はぁー?…」
なんであんなバカな事をやってしまったんだ俺は…
どうしたら分かって貰えるんだ?
泣きたくなって混乱した頭で
ふとひらめいた…
「そ…そうだ…俺と同じ…ウエイターの衣装着ていました…指紋とか…汗とかで…分かるんじゃないですか?…弟が着ていたものです…ここに……」
上田「…どこです?」
「あ!…洗濯屋に出したんだった…」
頭がカーッと熱くなった
上田「…どこのクリーニングです?」
下田「…もう洗濯しちゃったんじゃないですかね~」
上田を見ながら下田がそう言った…
「そうだ!…チョビ髭だ!…」
俺は慌てて籐のゴミカゴを持ち上げ
カウンターの上にひっくり返した
毛虫のような奇妙な物体が出た
上田は白いハンカチに髭を大事そうに繰るんだ
上田「…先に本人が仕込んだとも考えられますけどね…」
下田「…まぁ…鑑識に調べてもらいますか?…」
上田「…そうだな…」
まったく…刑事と言う奴はどこまで疑い深いんだ!…
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