不倫の結末
私がした、最初で最後の恋。
彼との出会いから、その恋の結末までを綴っていきたいと思います。
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「泉美?まだ仕事中なの?いま●●駅で飲んでるんだけど、良かったらおいでよ!泉美も、たまには弾けなよ!」
ユリからの留守番電話を再生し終わった私は、乗っていた電車を飛び降りた。
向かい側ホームに走り、停まっていた反対向きの電車に乗り込む。
電車は、今来た風景へとゆっくり引き返していった。
私・・・泉美は、約1年前に離婚したばかりだ。
「バツイチなんて、関係ないって!
子供もいなかったんだし・・・それにまだ泉美は26だよ?まだまだこれからだよ!」
ユリはそう言いながら、離婚後落ち込んでいる私を頻繁に誘ってくれた。
断っても断っても、ユリは懲りずに私を誘ってくれていた。
金曜日の夜のユリからの誘い。
この日は、何故か「行ってみよう」と思った。
通り過ぎた●●駅に引き返してでも「行こう」と思った。
この決断が、ゆくゆくの私の運命を大きく変えることになる。
「皆さ~ん‼泉美が到着しましたよ~💕」
教えられた店に付くと、ユリが大袈裟に私を迎えてくれた。
湧き上がる意味不明な拍手。
みんな少なからず酔っているようだ。
ユリの彼氏が私の席を作ってくれる。
早くも来たことを後悔しつつ、与えられた席に座る。
ユリの彼氏が紹介を始めた。
「このむさ苦しい男5人は、俺の高校時代のラグビー後輩なんだ。女の子たちは・・・」
「泉美、会ったことあるから知ってるよね?私の会社の同僚」と、ユリが彼氏の言葉を継ぐ。ユリの会社の後輩女性2人が私に笑顔で会釈をくれた。
私も会釈を返し「お久しぶりです」と微笑む。
あとは、元ラグビー部の質問攻め・・・
「泉美さん、綺麗いっすね~💕ほんとに彼氏いないんですか?」
「ユリさん‼ユリさんにこんな綺麗な幼なじみが居るなら、もっと早く紹介して欲しかったっすよ‼」
酔った勢いで舞い上がる元ラガーマンたちを制し、立ち上がったユリが言った。
「泉美は最近バツイチになったとこなの」
「泉美はバツイチなの。私は泉美にね、早く次の幸せを見つけて欲しいの。
だからアンタたち、適当な気持ちで泉美を口説くんじゃないよ!
泉美を口説きたい人は、私が事前に面接するからね!」
後半のジョークも虚しく、ユリの発言で一瞬凍りついた場。
それを溶きぐしたのは、元ラガーの篤史だった。
「じゃ、ユリさんには今日付けで履歴書を送っておきますんで、俺、今から口説きま~す」
「俺も」
「じゃ、俺も速達で~」と即座に場が和んだ。
私はユリに「ありがとう」と目で合図をした。
ユリは少し申し訳なさそうな目をしながら、大きく頷いた。
ユリが私のバツイチを宣言したのには、こんな訳がある。
私が離婚してまだ間がない頃、別の友人に「どうしても会って欲しい人がいる」と、ある男性を紹介された。
その男性は私のことをずっと好きだったらしく、私はその男性と何度か食事を共にした。
お付き合いも肉体的関係もなかったが、彼は盛んにプロポーズしてきた。
4度目の食事の際、私が離婚経験者であることを告白すると
彼は「知らなかった。今までのプロポーズはなかったことにして欲しい」と去っていった。
特に深い仲ではなかったものの、正直、傷ついた。
「バツイチ」というというハンディを身をもって感じた。
だから私は、ユリの合コンの誘いを断り続けてきたのだ。
私のそんな経験も知っているユリは「泉美はバツイチ」とあらかじめ公表することで、私を守ってくれたのだった。
私の結婚は、2年しか続かなかった。
社会人2年目で私の妊娠が発覚。
当時、夫とのお付き合いは順調とは言えなかったが、夫は入籍を提案してくれ、出産をとても心待ちにしてくれていた。
しかし、私は流産した。
その流産を境に夫婦関係はギクシャクし始めた。
ギクシャクと同時に夫は建築業の正社員を辞めて私の収入に頼るようになった。
幸い手に職がある私は、そんな夫から逃れるように朝から深夜まで働いた。
私の出勤時も帰宅時も、同じジャージ、同じスタイルで寝っ転がってっている夫に溜め息が出る日々だった。
しかし、ある日を境に夫が不在がちになった。
私の出勤時には爆睡している夫だが、私が帰宅すると家に居ない。
何時から出掛けているのか分からないが、夫が帰宅するのは決まって明け方だ。
「毎日明け方まで外出してるけど、仕事決まったの?」と夫に聞いてみた。
「うん。夜勤の仕事」と夫は答えた。
しかし、1ヶ月以上経っても夫は給料を入れてくれない。
給料を入れてくれないどころか、私のクレジットカードで出金までしているようだ。
私がそれに気付いた頃、夫に切り出された。
「離婚して」と。
「離婚して」
ヒモ状態にある夫からの、まさかの離婚宣告。
理由を尋ねると、「子供が欲しかった」「流産したからショックで云々・・・」と。
結婚してからずっと(2年近く)全く働きもせしなかった夫から突きつけられた離婚。
最近の様子から、怪しい気配は滲み出ていました。
証拠は押さえつつも、一応夫を問い正すとすぐにある女性の存在を認めました。
夫曰わく、相手女性はスナック勤務の女性で、バツイチ子持ち。
夫は「相手女性の子供が俺に懐いてしまってね。パパになってって言ってね。可愛くて。
相手女性のこともまぁ好きだけど、あの子供のパパになりたいんだ。流産した子供とかぶってしまうんだ」
夫も私と同じぐらい・・・いや、私以上に夫は流産にショックを受けていたんだ・・・
『流産した子供とかぶる』
その言葉を聞き、何も言えなくなりました。
夫に離婚を告げられて2週間後、私は離婚届けを提出しました。
届けを提出する前日、幼なじみのユリに報告しました。
ユリは「はぁ?『不倫相手の子供と、泉美が流産した子供の面影がかぶる』?!なに?そのきれい事?
泉美はそんな事に納得できるわけ!?
そんな馬鹿みたいな理由、通るわけないじゃん!慰謝料、請求したの!?泉美はそんな理由で納得出来るの!?」と、大憤慨でした。
もちろん私も相手女性を憎く思ったり、慰謝料を請求してやりたいと考えたりしました。
でも、私の流産後、死人のように引きこもっていた夫に、人間らしい活力を取り戻させたのは私ではなく不倫相手とその子供。
私と夫も良好な関係ではなかったわけし、離婚原因となる今回の不倫も私たち夫婦にはただのキッカケに過ぎなかった。
ただのキッカケに過ぎないなら、不倫相手にも罪はないのかめ知れない・・・
そういう結論を出していた私は、ユリの「ちゃんと慰謝料請求しなよ!」という言葉に、「もういいの」首を振るしか出来なかった。
ユリによる突然の「バツイチ宣言」で凍りついた席を、突出に笑いに変えてくれた元ラガーマンの篤史。
その後も篤史は当たり障りない話題をみんなに提供し続けてくれ、場の雰囲気はとても和やかになった。
みんなの話題が軌道に乗り始めた頃、篤史は私に聞いてきた。
「泉美さん、何の仕事をされているんっすか?」
「Webデザイナー。・・・と言っても、まだまだ下っ端で雑用ばかりだけどね」
「下っ端だなんて、またまた(笑)
ベテランのオーラ、めちゃくちゃ出てますよ」篤史が言う。
「ベテランのオーラって、年食ってるってことでしょ(笑)」
仕事のこと、趣味のことで篤史との会話は弾んだ。
「Webデザイナーって転職してキャリアアップしていく人が多いんでしょ?
泉美さん、転職とか考えてないんっすか?」
「う~ん・・・」
私は曖昧に答えた。
「俺の知り合いが、Webデザイン系の会社を興したんっすよ。
人材を探してるみたいっすよ」
「へ~、そうなんだ」
他の人も会話に加わり、仕事の話はそこで終わってしまった。
飲み会も終盤になり、次はバーに行こうという流れになった。
翌日も仕事を控えている私以外のメンバー全員がバーへと向かった。
みんなに別れを告げて、ひとり駅へ向かう。
久しぶりに、とても楽しい一時だった。
ユリにお礼を言わないとな・・・
そんな事を思いながら、終電に滑り込んだ。
深夜近くに帰宅した私は、玄関に上がる。
リビングに明かりが灯っているところを見ると、誰かがまだ起きているようだ。多分、母だろう。
廊下をに足を踏み入れると、母がリビングから出てきた。
「ただいま・・・」私が呟いても母は無言のままこちらに歩み寄る。
すれ違いざまに振り向き、「酒臭い」と睨まれた。
私は聞こえなかった振りをしてリビングに入ると、母の怒鳴り声が追ってきた。
「酒臭いって言ってるの!」
「お酒、飲んで来たからね」振り向かずに言う。
「いい身分だこと!羨ましい限りだわ!」
私は母を無視し、バスルームに向かった。
私と母は折り合いが悪い。
こんな風にあからさまに険悪になったキッカケは、もちろん私の離婚だ。
いわゆる「授かり婚」を、母は世間体が悪いと嘆いた。大学まで出したのに・・・と。
そしてその僅か数年後に離婚。
反対を押し切って結婚したくせに、何という様だ。
お前が決める事に、ロクな結果は付いて来ない。大学受験だってそう、高校の部活動だってそう・・・
自分が決めた人と添い遂げれないなんて、お前には人間的に何か欠陥があるんじゃないの!?
・・・
今の私は、少しの生活費だけで実家に置いて貰っている身。言い訳も反論も出来なかった。
(もっと稼いで、早く家を出なきゃ。
早く転職を考えないと・・・)
楽しかった気分は一転し、私は暗い気持ちでシャワーを浴びた。
翌朝目を覚ますと、2件の着信と2件のメールが来ていた。ユリからだった。
一件目のメールは
「みんなの前であんな事(私のバツイチ)を言ってごめんね。直接言おうと思ったんだけど、電話、繋がらなくてとりあえずメールしました」
2件目のメールは
「月末に篤史とバーに行くんだけど、良かったら泉美もどう?」という内容。
カラオケの件には触れず、昨日のお礼とバツイチと言ってくれたユリの気遣いに感謝したという内容のメールを私は返信した。
「今夜電話していい」
と、昼過ぎにユリからメールの返事が来た。
仕事が少し早く終わったので、ユリに電話をした。
昨日はあんなこと言ってごめんね。全然いいよ。言ってくれた方が楽になるし。楽しかったよ。誘ってくれてありがとう・・・というような前置きの後、ユリは本題に入った。
「篤史がね、泉美の連絡先を教えて欲しいって言っててね・・・」
「ごめんユリ・・・今はちょ」
私の言葉を遮ってユリが言う「分かってるよ。そう言うと思ってた」
ユリは続けた。
「でもほら…私が『教えない』って突っぱねるわけにもいかないじゃん?
だから月末の土曜日にユリと篤史と私と彼で会うセッティングをするから、『自分で泉美の連絡先をゲットしな』って篤史に提案したの」
ユリの段取りの良さに思わず苦笑いが出た。
「篤史は、いい子だよ。彼女もいないし。私たちも同席するから、一度ゆっくり話をしてみたら?食わず嫌いは良くないよ(笑)」
「食わず嫌いって・・・(笑)」
私は思わず笑ってしまい、その流れで月末に4人で会う約束をした。
約束の月末。
バーの最寄り駅降りると、ユリからメールが来た。
「泉美、改札の前のケーキ屋、分かる?ケーキ屋の前まで篤史が迎えに行ってるから」
段取りの良いユリに関心しながらケーキ屋に向かうと、篤史が手を振っていた。
遠くから見ると、篤史は、人混みから肩半分が飛び出ているぐらい背が高い。
「背が高いね。すぐに分かった」
篤史に駆け寄ってそう言うと、「便利なのは待ち合わせだけ(笑)」と篤史は笑った。
篤史との会話は弾み、どこをどう歩いたのかも記憶にないほどあっと言う間にバーに着いた。
バーにはユリとユリ彼が待機しており、4人での楽しい時間が過ぎた。
終電間際。
駅まで送ってくれた篤史とごく自然に連絡先の交換し、私は帰路についた。
楽しいお酒の席と、これから始まるであろう恋の予感に、私は心地よい気分で電車に揺られた。
その数日後、篤史からデートの誘いを受けた。
一度目は、私が好きだと話したサッカーチームの試合観戦に。
二度目は前回の居酒屋へと誘ってくれた。
しかし両日とも仕事の終わり時間が合わず、当日の夕方に約束を断ることになってしまった。
2回連続での当日キャンセルに、篤史はさぞかし気を悪くしたことだろう。
一時は頻繁だったメールのやり取りも次第に減ってしまい、次第に、かすかに感じた淡い予感すらすっかり消え失せていた。
そんなある日、会社の女性先輩に飲みに行こうと誘われた。
彼女と私は妙に馬が合い、互いのスケジュールを確認しては頻繁にランチに誘い合っていた。
飲みに行くのは数ヶ月に一度ぐらいだが、仕事の悩みを相談できる貴重な同性だった。
彼女に誘われて、最近オープンしたばかりという焼鳥屋へと行った。
「オープンセールで、生ビールが150円なんだって」
新しいお店と割引クーポンに弱い先輩に連れられる店は、いつも待たされる。
今回も例に漏れず、ウェイティング用紙に記名してから待合い席に腰を下ろす。
「お腹すいた~」
「二人だし、カウンター席ならきっとすぐ空くよ」
そんな会話をしながら待っていると、
「…泉美ちゃん?」
聞き覚えのある声に呼び掛けられた。
声のした方向に、頭を巡らせる。
振り向くと篤史がいた。
予想外の場所で、予想外の人との再会。
「…ひ…久しぶり…」声が裏返った。
「何してんの…?」
篤史もおかしな質問をする。
「待ってんだ…ね」
「待ってるの」
私と篤史の声が重なり笑いが起きる。
「こちら、職場の先輩。…先輩と言っても、私と同じ年だけど、キャリアは長いの」
篤史と先輩が会釈を交わすのを待って私は聞いた。
「篤史は?ラグビー仲間と?」
「…いや。
…ちょっと先にトイレ(笑)」
篤史はトイレに行くためにウェイティング席の近くを通ったのだった。
篤史がトイレに行っている間に、篤史と知り合った経緯を先輩に話す。
話しながら店内を見渡すが、ラグビー仲間らしき団体はいない。
ああ・・・そうか。
篤史は、女性と来店しているのかも。
私と篤史は何も始まっていない。
でも「女の子と来ている」とは私に言いにくかったに違いない・・・
余計なことを聞いちゃったなぁ・・・
いつものことながら、思慮の浅い自分が嫌になった。
女性のひとり客がいるかと再び店内を見渡す。
・・・いた。
緩やかなロングウェーブの女性がひとりで携帯をいじっている。
間もなく篤史がトイレから戻るはずだ。そうすれば、篤史は否応なく私たちの座るウェィティング席を通らなければならない。
私はおもむろに席を立った。
「ちょっと電話してくる」
先輩にそう告げると、私は店の外に出た。
店外に出たものの特に電話をするアテもなく、携帯を片手に佇んでいた。
そうだ。
ユリにメールしなきゃ。
篤史とのその後の進展をしきりに聞いてきていたユリに、私はメールを打ち始めた。
しばらくすると店の扉が開き、先輩が上半身だけを外に乗り出していた。
「電話、終わった?」
「ああ・・・うん。ごめん・・・」
「泉美ちゃん、一緒に飲もうよ」
先輩の後ろから、篤史が顔を覗かせて言った。
「は・・・へっ?」
思わず変な声が出る私。
篤史が「何その声?」と笑いながら説明を始めた。
「俺は大学時代の先輩と二人飲んでるんだけど、良かったら一緒にどう?二人席だから狭いけど・・・」と。
私が先輩の方を見ると
「店員さんに聞いたら、待ち時間はあと30~40分もかかるらしいし、相席させてもらおうよ♪」と、先輩も乗り気な様子。
「俺の先輩も大歓迎してるよ」と篤史が後押しする。
「じゃあお言葉に甘えて・・・」
と、私はユリへのメールを消去して携帯を閉じた。
二人掛けの小さな席に肩を寄せ合って座り、互い自己紹介を始めた。
篤史の先輩は、大学時代の先輩で、紺野さんという。紺野さんは篤史の大学のOBらしく、篤史よりはだいぶ年上だそうだ。
私の職場の先輩アヤネちゃんが自己紹介をした後、私も自己紹介を済ませた。
篤史は25歳。私とアヤネちゃん(会社の先輩)は26歳。紺野さんは30歳。
社会人に毛の生えた私たちの中で、紺野さんはズバ抜けて大人に感じた。
これが、私の紺野さんに対する第一印象だった。
「泉水ちゃんとアヤネちゃんは、仕事場が同じなんだよね?この近くなの?」
紺野さんが聞いてきた。「ええ。ここから2筋向こうのビルなんです」と、アヤネが答える。
「2筋向こうって、クリスタルビルとかがある辺り?」紺野さんが問う。
「いえ。アーバンです。クリスタルの3件横の・・・紺野さん、お詳しいですね」
「だって俺の勤め先、この通り添いだもん」
「すぐ近くじゃないですか!?」
アヤネと紺野さんが盛り上がる。
篤史が私に話かける。
「俺の方が仕事が早く終わったんで、紺野さんの会社の近くで飲むことにしたんだ。泉水ちゃんの会社の近くだな~って思ったけど、まさか会えるなんて思わなかったよ」
「すごいビックリした(笑)」
話は進み、紺野さんもWebデザイン系の仕事をしていることがわかった。
職場が近く、同業者。共通点の多さにアヤネは珍しくはしゃいでいた。
「もしかして・・・前に篤史が言っていた『Webデザインの会社を始めた先輩』って、紺野さんのこと?」
私が訪ねると「そうそう!」と、篤史が頷いた。
「なになに?前もって俺のことを話してくれてたの?(笑)」と紺野さんも加わり、仕事関連の話題が続いた。まだまだ下っ端の私はあまり会話に入れず、主に紺野さんとアヤネが話込んでいた。
私はというと・・・久しぶりに会う篤史との会話を楽しんでいた。
しばらくして、アヤネがトイレに行くために席を立った。
3人になるとすぐに紺野さんが「篤史と泉水ちゃんは付き合ってるの?」と、私たち二人の顔を見比べてニヤニヤしてきた。
「付き合ってませんよ。合コンみたいな席で、一度会ったきりで・・・食事に誘っても断られっぱなしだったんです(笑)」と篤史が答えた。
「なかなか時間が合わなくて・・・」と私が付け加えた。
「ふ~ん(笑)」と、紺野さんは意味有り気な笑いを浮かべた。
「楽しかったね~。また4人で飲みたいね」
紺野さんの締めの言葉で時計を見ると、飲み始めてから3時間が経っていた。
店を出て、4人で最寄り駅まで歩く道。自然と私と紺野さんが並んで歩く形となった。
「篤史のこと、好きなの?」
紺野さんがいきなり聞いてきた。
「は・・・へ?」
唐突な質問に、また変な声が出る私。
「篤史のこと、好きなの?」
質問が聞こえなかったと思ったのか、紺野さんは同じ言葉を繰り返した。
「好きも嫌いも何も・・・まだ今日で、会うのは2回目だし・・・」
「会う回数なんて関係ある?
好きになる時は一瞬。インスピレーションでしょ」
そう言って紺野さんは笑った。
「『ビビっと来る』ってやつですか?私はじっくり暖めていくタイプなので(笑)」
紺野さんは笑って流し、幸いにもそれ以上突っ込んで来なかった。
この頃の私は、篤史のことをどう思っていたのだろう?
「好きになり、深く関わるのが怖い」という気持ちが一番近かったのかも知れない。
或いは「私はバツイチだから」と、もともと投げていたのかも知れない。
或いは、篤史が強引にでも意思表示してくれれば変わっていたのかも知れない・・・
メールはたまに来るものの、4人で飲んだ焼き鳥屋以降、篤史と会うことはないまま数ヶ月が過ぎた。
12月。
職場の前の並木道に、クリスマス用のイルミネーションが輝き出した。
ビジネス街にまばらに並ぶ店舗にもクリスマスの飾り付けがされている。
サンタクロースの絵と共に「クリスマスセール」と書かれた看板が目に留まり、仕事帰りの私は足を止めた。
ジュエリーショップの店内はカップルで溢れていた。
何気なく店内を見渡し、ピアスの並ぶ棚の前に立つと、背後に人の立つ気配がした。
「プレゼントですか?」
「いえ・・・」
そう答えて振り向くと、そこには紺野さんの姿があった。
「紺野さん!!
あ~・・・びっくりした」
「びっくりさせてみた(笑)久しぶり」と、紺野さんは笑う。
「お久しぶりです。紺野さんこそ、プレゼントをお探しなんですか?(笑)」
「いや。店の外から泉水ちゃんの姿が見えたから、びっくりさせようと思って」
「ピアスをお探しですか?」
いつの間にか私たちの背後に来ていた店員に声を掛けられる。
「いえ・・・あの・・・」私が慌てる。
それと同時に紺野さんが言う。
「はい。彼女に似合うの、探して貰えますか?」
その30分後、私たちはバーにいた。
「なんか・・・すみませんでした・・・。ありがとうございます」
私は、ピアスが入っている小さな箱を袋から取り出しながら言う。
「いえいえ。そんな大した額じゃないから、気にしないで。それより、何か頼もう。このバー、料理も旨いんだよ」
偶然出会ったジュエリーショップで、私は可愛いピアスを選んだ。
「俺が払うよ。泉水ちゃんへのクリスマスプレゼント」
「そんな・・・駄目です。自分で買いますから」
お会計の際に押し問答した結果、私は店外へと追いやられたのだった。
「なんか・・・本当にすみません・・・自分で買うつもりだったのに・・・。
ここは私に奢らせて下さいね。紺野さん、じゃんじゃん飲んで下さい」
「俺を酔わせてどうする気?(笑)
ではでは・・・遠慮なくご馳走になります」
紺野さんは水割りを注文した。
紺野さんの言う通り、バーにしては本格的で美味しい料理だった。
仕事のこと、アヤネのことを話しながら私が2杯目のビールを飲み干す頃、紺野さんは4杯目の水割りを飲みながら聞いてきた。
「篤史とは?その後どう?」
>> 35
「篤史くんとは・・・あの焼き鳥屋でご一緒させてもらった以来、会ってないです。たまにメールはするんですけどね」と、私は答えた。
「泉水ちゃんてさ・・・今は、『男より仕事』って感じなの?あ!!それとも実は彼氏がいるとか!?」紺野さんが聞いてきた。
「彼氏がいたら、ピアスは彼氏におねだりしてます(笑)」
「じゃあ、『仕事が恋人』とか?」紺野さんは更に突っ込んできた。
「『仕事が恋人』と言えるほど有能じゃないんですけど、仕事でいっぱいいっぱいなのは確かです。」
「泉水ちゃんモテそうな感じがするのに、勿体無いなぁ…。いいお年頃なのに勿体無い(笑)」
「紺野さんこそ、彼女はいないんですか?紺野さんこそいいお年頃じゃないですか(笑)」
「俺?俺は『いいお年頃』は遠の昔に通り過ぎちゃてるし(笑)」
紺野さんと過ごす時間は、会話も笑いも絶えることがなかった。
「ちょっとごめん」と、紺野さんがトイレに立つ。
私は2杯目のビールをゆっくり飲み干してから、買って貰ったピアスの箱を取り出す。
(プレゼントして貰ったものって、その場で開て身につけてた方がいいのかな?)
そんなことを考えながら、箱を開けようとした時、背後に紺野さんの気配がした。
「箱を開けるのは、帰ってからのお楽しみ・・・ね」
紺野さんは通りざまに私の肩に軽く触りながらそう言った。
「・・・はい」
少しドキっとしながら、私はピアスの入った箱を横に置いた。
その後も楽しい会話は弾み、あっと言う間に終電の時間となった。
携帯を取り出し、時間を確認する私を見て、「そろそろ終電の時間じゃない?遅くまでごめんね」と紺野さんが言う。
「いえ。こちらこそすみませんでした・・・ピアス、ありがとうございます」
「いえいえ。逆に気を使わせてしまってごめんね。でも楽しかった」と紺野さんが謝る。
「私も楽しかったです。ここは私が払いますから」と、財布を出そうとする紺野さんを制し、ボーイさんを呼んだ私がチェックを頼んだ。
紺野さんは「ありがとう。ご馳走様」と言い、先に店の外に出た。
「こちらが会計になります」
そう言ってボーイさんが持って来た伝票を見て私は驚いた。
伝票とボーイさんの顔を代わる代わるに見つめ直しながら、私は恐る恐る聞いた。「このお会計、間違えていませんか?」
「いいえ。間違いはございません。1500円です」ボーイさんは笑顔で答える。
「でも・・・」と言い掛ける私を遮るように、ボーイさんは続けた。
「紺野様のドリンクは当店にキープ戴いているものですし、紺野様には来店時にフード一品サービス券をご提示頂きましたので」
私は1500円を支払い、店外で待つ紺野さんの元に慌てて駆け寄った。
「紺野さん!!」
外に出た私は紺野さんに詰め寄る。
「紺野さん!!1500円とか、ピアスのお礼にならないですよ!サービス券なんて、いざという時の為に取っておけばいいのに!」
駅に向かって歩き出しながら紺野さんが言う。「いざと言う時には使えないから。サービス券なんて」と笑う。
「大事なデートの時に、サービス券を使う男なんて嫌じゃない?『サービス券あるんだ、俺』みたいな(笑)」
「それもそうだ(笑)」私も釣られて笑い、紺野さんの背後について歩き始めた。
すると
「紺野様!!」
と先程のボーイさんが店から飛び出してきた。
私たちは一斉に店の方に振り返った。
「紺野様!!こちら、紺野様のお忘れ物ではないですか?」
駆け寄ったボーイが私の携帯電話を差し出す。
「あ・・・私のだ」
私より一緒早く手を出した紺野さんが、「わざわざすみません。ありがとう」と、それを受け取る。
「すみません…」
と私が紺野さんの方に手を伸ばし携帯電話を受け取ろうとした瞬間、紺野さんは携帯電話を高く上に上げた。「最新機種じゃん、これ!!俺も欲しいんだよね、コレ(笑)」と言いながら。
「ちょっとだけ見せて」と言うと紺野さんは立ち止まり、私の携帯をいじり始めた。
「ふ~ん・・・」
「いいなぁ・・・」
そんな事を言いながら私の携帯を少しだけ操作し、「はい。ありがとう」と、私に返した。
混み合った終電に滑り込み、二人で流れる街を見送る。
電車に乗り込むと、紺野さんとの会話が途切れた。
(紺野さんと、また会いたい)
そう強く思ったが、私は紺野さんのアドレスすら知らない。
でも、混み合った車内で『連絡先を教えて貰えますか?』なんて、とても聞けない。
もどかしい気持ちのまま沈黙が続き、とうとう紺野さんが乗り継ぎをする駅に着いてしまった。
「今日は楽しかった。ご馳走様。ありがとう。じゃまたね」
私のもどかしい気持ちをよそに、紺野さんはあっさりと電車を降りてしまった。
「こちらこそ、ピアスありがとうございました。じゃ、また・・・」と、私も手を降る。
(『また』なんてないくせに・・・お互いの連絡先も知らないんだから)
私は、切ない気分になった。
(また会いたいのに・・・)
本当に、久しぶりに感じる切なさだった。
帰宅した私は、切ない気分のままピアスの箱を取り出した。。
ピアスにしては、大きい箱だなぁ・・・
そう思いながら包装紙を剥ぎ、箱を開ける。
「嘘っ・・・⁉」
その箱には、私が選んだピアスが一組と、それと同じデザインのネックレスまでもが梱包されていた。
「紺野さん・・・」
私が店外に追いやられ紺野さんがジュエリーショップでお会計をしてくれている際、とても時間がかかったことを私は思い出した。
「ごめんごめん。梱包に時間がかかって・・・」と紺野さんは言っていたが、
ピアスと同じデザインのネックレスまで注文してくれていたんだ・・・
「プレゼントを開けるのは帰ってからのお楽しみ」
バーでそう言った紺野さんを思い出した。
(私を驚かすためだったのね)
(でも、連絡先すら聞けなかったし、聞かれもしなかった。ジュエリーショップで会った故の社交事例ってこと?)
嬉しい気持ちと同時に悲しさが込み上げ、私は再び切なさに襲われた。
プレゼントの箱を一旦閉じ、湯船に浸かりながら、考えを巡らせる。
紺野さんは、ジュエリーショップで偶然に私を見かけた。
その場の成り行きから、社交事例的に私にピアスをプレゼントしてくれた。少し気を効かせて、お揃いのネックレスもプレゼントしてくれた。
私が『お礼に奢らせて下さい』と言ったから、仕方なく二人で飲んだ。 これが紺野さんにとっての現実のシナリオなのだろう。
現に紺野さんは私の連絡先すら聞かなかったし、それどころか「勝負を掛ける大事なデートで、クーポン券なんか使えない」と言っていたではないか。
はぁ・・・
紺野さんとの進展の、見込みはナシか・・・
『見込みはナシ・・・』そう思った時、私は紺野さんに惹かれているのだと再認識した。
でも、見込みはなさそう。
久しぶりの恋になのに、早くも失恋なんて…
切なさに耐え切れなくなり、私は再び湯船に身を沈めた。
沈んだ気分のまま入浴を済ませ、普段家では飲まないビールを開ける。
紺野さんと過ごした数時間を思い出しながら、ビールを飲んでいると、ふと携帯が目に止まる。
私の携帯を触りながら『この最新機種、欲しいんだよなぁ』と言っていた紺野さんを思い出した私は、若干の期待を胸に携帯を開く。
しかし、当然ながら紺野さんからの着信もメール受信もない。
(アドレスの交換をしてないんだもん。紺野さんからの連絡なんて来るわけもないよな…)
何気なく携帯をいじっていた私は、身に覚えのない発信履歴があることに気付いた。
- << 48 慌ててその発信履歴を確認する。 普段の私はアドレス帳から発信するため、発信記録にはアドレスに登録のある人名が表示される。 しかし、その見覚えのない発信は、番号のみ。 時間は23時21分と記録されている。 私はゆっくりと記憶を辿る。 23時半前・・・ 終電に乗る少し前・・・ ・・・ 紺野さんが私の携帯を「見せて」といじっていた時だ! 私は、鼓動が早くなるのを感じた。
主さま、とても真剣に読ませてもらいました。
すごく心持っていかれる小説ですので、これからも感想コメが来ると思います。
せっかく真剣に読んでるのに感想コメがこちらにあったら読みにくくなると思うので、感想スレ作ってもらえませんか😌?
私のこのレスは消してくれて大丈夫です😌
失礼致しました。
>> 46
🎀ほにょさんへ🎀
読んで下さってありがとうございます💕
そして、感想スレのリクエストもありがとうございます。
こちらに作りました。http://mikle.jp/thread/1652484/
誤字脱字が多く拙い文章と内容ですが、必ず最後まで書き上げますので、今後とも宜しくお願いします🙇
本当にありがとうございます💕
Izumi
発信記録にある番号を表示し、通話ボタンに親指を置く。
しかし、既に深夜の1時半を過ぎていることに気付き、慌てて親指を離す。
電話番号だけで送ることができる「ショートメール」を送信しようかとも考えたが、やはり思い留まる。
(通話ボタンを押せば、いつでも紺野さんに繋がる)
その事実だけで不思議な安堵感がした。
(ネックレスのお礼を兼ねた連絡するのは、明日のお楽しみにしよう♪)
私は心地よい眠りについた。
翌朝、貰ったばかりのピアスとネックレスを着けて私は出勤した。
(もしかしたら、また偶然に紺野さんに会えるかも)
ごくごく僅かな可能性に期待を抱き、私はネックレスが栄えるVネックレスのセーターをチョイス。滑稽なほどの念の入れようだ。
「いいじゃん、そのネックレス!可愛い!」
真っ先に声を掛けてくれたのはアヤネだった。
「似合ってるじゃん!!ボーナス奮発した!?それとも・・・もしかしてプレゼント?」
私に歩調を合わせて会議室に向かいながら、矢継ぎ早に聞くアヤネ。
含み笑いで質問をやり過ごす私を見て、「なに?なに?ちょっと~(笑)何があったのよ」とアヤネが詰め寄る。
会議室のドアが開き、部署リーダーが入室する。私たちは慌てて所定の席に着いた。
(ランチ、しよう)
私はアヤネに合図を送った。
アヤネは大きく頷きながらニヤニヤしていた。
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