メリーさん

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2011/08/31 07:31(更新日時)

メリーさんの本名は中山唯。
高校二年生。
この世にやり残した事がある唯は、「メリーさん」という役職をしながら、滞在時間を稼ぐ日々…。
しかし、メリーさんは物腰が柔らかすぎて、誰も怖がってはくれない。
そんな中で出会った男の子と、トイレの花子さんの力を借りて自分を殺した犯人を探す。
そこで見えてきた真実とは……。





※コピぺ

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No.1641544 (スレ作成日時)

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No.1

メリー「私メリーという者ですが」
男「はあ・・・」
メリー「悪いんですが、今からそちらにお伺いしてもよろしいですか?」
男「罰ゲームか何かですか?」
メリー「いえ、個人的な用件というか、仕事なんです」
男「そうっすか・・・いいですけど別に」
メリー「有難うございます。15分ほどで着きますので宜しくお願いします」
そう言って電話は切れた。
電話を掛けた方から切るというマナーを守ってるなと思いつつ、自称メリーさんを待つ事にした。

No.2

そしてピッタリ15分後にもう一度、着信音が鳴った。
男「もしもし」
メリー「私メリー。今、あなたの後ろにいるの」
振り返るとそこには、ずぶ濡れで携帯を手にし、正座してる女がいた。


男「・・・・」
メリー「…驚かないんですか?」
男「驚いてますよこれでも。でもあまりに普通なんで」

No.3

そこに正座していたのは街中で見かけるような女、というか女の子と言った方がいいだろうか
スカートを履いているが今、流行のレギンスが見えている。
服装はzipper系とでも言うのだろうか
女の子の服装はよく分からない。


「メリーさんってあれですよね。妖怪というか幽霊の・・・」
「はい、そうです。あのメリーさんです」

No.4

「どう見ても日本人にしか見えないんですけど」
ロングの黒髪が雨に濡れて、黒々と光っている。
まさにカラスの濡れ羽色といった感じだ。
メリーさんは黒々とした瞳でこっちを見ている。
「ああ、これは役職なので私に割り振られたのがメリーさんなんです」
「職業なの・・・?」
「はい、ちなみに生前は中山です」
死んでからもいろいろあるんだなと僕は思った。

No.5

「それで中山さん、どうして家に?」
「あ、メリーでお願いします。今日ここに来たのは、あなたに驚いてもらう予定だったんですが・・・」
驚いてませんでしたよね・・・と下を向いてメリーさんは落ち込みだした。
「仕事って言ってたけど驚かすのが仕事なの?」
「はいそうなんですけど、まぁ自分の為ですね。説明すると長くなります」

No.6

「いいけど、どうせ暇だし」
せっかくの休日を雨に邪魔されどこにも行けない僕には、ちょうどいい暇つぶしだ。
この自称メリーさんに付き合う事にした。

No.7

メリーさん曰わく、死後はこんな仕組みらしい。
死んだら成仏するか、この世に残るか、選ぶ事が出来る。
成仏するを選べば、死後の世界とやらに行けるらしい。
この世に残るを選べば、まだ留まる事が出来る。
しかし、その場合、ある条件があるのだ。
『役職に付き、人を驚かせること』
有名な妖怪から地方の噂まで、ピンからキリまである役職のどれかに割り振られ、人間を怖がらせる事でこの世の滞在時間を稼ぐらしい。

No.8

「私に割り当てられたのが、メリーさん。一人驚かすごとに14日間の滞在期間がもらえます」
「結構シビアな世界だな」
「有名な妖怪になるほど、報酬期間も少なくなります。トイレの花子さんなんて一人あたり、三日ですよ」
「切ないな花子さん」


この世に留まる事を選んだ人は大抵、この世に未練があり、果たせなかった事、恨みを晴らすためなどに、必死で人を驚かすのだという。

No.9

「そこであなたに驚いて頂きたいんです。形だけでいいんで」
「はぁ・・・形だけでいいんですね?」
「いいんです」
後ろを振り向くようにと促すメリーさん。
しぶしぶ後ろを向くと、携帯の着信音が鳴り響いた。

No.10

「もしもし」
「私メリーさん。あなたの後ろにいるの」
すぐ後ろから聞こえる声と、携帯から聞こえる声が、ほんの少しズレて、おかしな感じだ。
そして振り向くとさっきと同じ姿勢のメリーさんが
アイコンタクトを取ってきた。
驚けという合図なんだろう。

No.11

僕は迫真の演技で「驚き」を演じた。
「う、うわー!ビックリした!!」
「・・・・」
「・・・・」
「はい、OKです。有難うございました」
「変なところがアバウトだな」

No.12

驚きの審査基準を聞いてみたいものだ。
きっと驚くほど適当なんだろう。

「あ、ちゃんと14日分、加算されてます」
携帯で確認するメリーさん。
あの世も電子化が進んでるらしい。

No.13

「それより濡れたままで平気か?」
「あ~ちょっと寒いですけど、平気です」
「ちょっと待ってろ」
そう言って一階へと下りる。
タオルを取りにだ。

女の子はいたわれ。

親父から毎日のように言われていた言葉だ。
たとえ幽霊であっても、女の子なのだ。

No.14

バスタオルとついでに紅茶も持っていく事にした。
チョイスは上質のアールグレイ。
俺の密かな楽しみを分けてやる事にした。

No.15

右手にマグカップ、脇にバスタオルを抱え、自分の部屋へ入ると
メリーさんがベットの下を覗いていた。
ドアが開く音に気付いたのか、慌てて最初に座っていた位置に戻り
何もなかったかのような顔で、お帰りなさいと言った。

No.16

「何してたの?」
「いっいや!そのっ男の子の部屋に入るのは初めてでして、やっぱり、あ、あ~いうものがあるのかなと思いましてっ」
声が裏返っていたり、
ごにょごにょと後半は聞き取りづらかったが、
文字通りタオルを投げてやる事にした。

甘いな。
俺の隠し場所は、カギ付きの引き出しの中だ。
しかも一枚の板の下。
その上、特殊な開け方をしないと燃えてしまう。
ベットの下など馬鹿のやる事さ。

No.17

それはさて置き、片手のマグカップをメリーさんに差し出す。
「あったかい紅茶」
「ありがとうございます。ご親切に、どうも」
ここで、この紅茶が高いだの有名だのとは言わないのがコツだ。
純粋に感想を聞きたいがためだ。
紅茶好きの血が騒ぐ。

No.18

メリーさんはマグカップを受け取り、そのまま口へと運んだ。
一口綴るとマグカップを置いた。
「ところで、相談があるのですが・・・」
おいしいの一言もなしか。残念。
ちくしょうと一人で落ち込む。

No.19

髪をタオルで拭きながらメリーさんは続ける。
「実は、驚かすのはあなたが初めてなんです。
いつもは最初に電話した時に断られてしまって・・・・」

それはそうだろう、いちいち断りを入れずに強引に来ればいいだろうに。
律儀な奴だな。
承諾するのは僕か、よっぽど寂しい奴だろう。
「それで・・・どうしたら驚いてもらえるようになると思いますか?
滞在期間を稼がなきゃいけないんです」

No.20

「突っ込む所が多すぎて、どこから直せばいいか分からないけど」
「それじゃあ、最初からお願いします」
お願いと言われると断れない僕。
流されやすいなと実感しつつ、協力する事にした。

No.21

「まずだ、その丁寧語を何とかしろ。腰の低い幽霊なんてどこにいる」
「こっちからお伺いするのに、相手に失礼じゃないですか!」
思わぬ逆ギレ、戸惑う僕。

No.22

「次に服装だ。なんで流行の最先端なんだ」
「幽霊がオシャレしちゃいけないんですか?女の子の楽しみなんですよ?」
女の子という単語に弱い僕。
オシャレしたいのは仕方ないと妥協する事にした。
「驚かす時に笑顔もやめた方がいい」
「じゃあどういう顔してたらいいんですか」

No.23

「恨めしそうな顔で驚かせばいいじゃないか」
「恨めしくないですもん」
「直す気あんのか!」
その後も小一時間、欠点の克服に勤めたが、
どうにも引き下がる事はなく、結局は今のままでいく事になった。

No.24

正直、疲れたので、話題を変えることにする。
「ところで、何でこっちに留まってるんだ?」
「あ・・・それは・・・・」

しまったと思った時にはもう遅かった。
なんてデリカシーの無い事を言ってしまったのか

No.25

「それが思い出せなくて」
「は?」
「私が死んだのは確か交通事故なんです。
事故のショックで忘れてしまったのかも。
でも何かやらなきゃいけないと思ってたんで、ここに留まったんです」
「でもそれじゃ、ずっと用事を済ませられないじゃないか」

No.26

「断片的には覚えてるんですけど、雨の日の事故でした。
私はなぜか浮かれてて、それで・・・」
メリーさんの目に涙が滲んできた。
やはり地雷を踏んでしまったようだ。
後先考えず、僕はこう言った。
「良かったら手伝うよ」

No.27

「・・・本当に?」
「いいよ暇だし」
女の子はいたわれという家訓だけじゃない。
それに他人の気がしないし、放って置けない。
流されやすい僕だけど、自ら流れに飛び込む事にした。

No.28

「ありがとう」
笑顔でそう言った後、彼女の頬を涙が流れた。
髪の毛から垂れた水かもしれないけど、
柄にもなく、ドキッとしてしまった。
その時、一階の玄関が開く音がした。
親が帰ってきたのだろう

No.29

「あ、そろそろ私は帰ります。これ以上お邪魔しちゃ悪いですし」
「ああ、また連絡してくれ」
「はい!それでは」
立ち上がるとメリーさんは窓の外へ消えていった。
僕は彼女のために頑張って、果たせなかった事を見つけてあげようと思った。

No.30

残ったマグカップとタオルを片付けようと立ち上がると、スーッとメリーさんが帰ってきた。
「あ、それとお茶ごちそうさまでした。
アールグレイですよね?
ものすごくおいしかったです」
それだけ言うと、メリーさんは再び窓の外へと消えた。

僕は絶対に見つけてあげようと誓った。

No.31

次の日も雨だった。
朝からずっと降り続けている。
昨日ほどの激しい雨ではなく、小雨程度だが、体を濡らすには十分な量だろう。
メリーさんの事が気にかかる。
そう思っていると着信音が鳴った。

No.32

「おはようメリーさん」2コール目で出てそう言うと
「私メリー…ってなんで分かるんですか」
お馴染みのセリフを邪魔してしまった。
「昨日、電話帳に登録しておいた」
着信とともに画面に出る『メリーさん』の文字。
「そ、そうですか・・・私の仕事が・・・」

No.33

困ったような声が受話器の奥から聞こえてきた。
「それで今日も家に来るの?」
「あっお邪魔でないのなら、お願いしたいです」
「いいよ親もいないし」
「ありがとうございます。それでは15分程で」

No.34

そう言うとプツンと通話が切れた。
うん、やはりマナーを弁えているなと思いつつ
メリーさんが来てもいいように準備をする事にした。
またずぶ濡れなんじゃないかと思い、バスタオル。
それから紅茶を用意する事にした。
今日はキャンディでミルクティーでも作ろうかな。

No.35

時間はあるしと15分をかけてお茶を準備した。
喜んでくれるだろうか。

お茶を持ち、バスタオルを抱え自分の部屋に戻る。
メリーさんはまだ来てないようだ。
お茶を中央のテーブルに置き、ベットに腰掛ける。

No.36

照明から吊り下げられたヒモを見ながら、これからどうしたらいいか考えていると携帯が鳴った。
画面を確認すると案の定、メリーさん。
電話に出ずに振り向いてみた。
するとメリーさんは既にそこにいた。
やはりずぶ濡れでベットの上に正座。
ちょっとふて腐れたような顔でこちらを見ている。

No.37

「まだ振り向かないで下さいよ」
とちょっと怒っているのか
声が低い。

No.38

「ごめん、つい」
素直に謝ることにした。
我が家の家訓その2。
何が悪いのかは謝ってから考えろ。
親父の口癖だ。

No.39

まぁ検討はつくが。
電話に出ていた方が良かったのだ。
「もう二回目なんでいいんですけどね」
でも私の存在意義が……とメリーさんは続けて言った。
「悪いんだけど、布団が濡れてしまう」
そこらへんはキッチリしてもらおう。
寝ることが好きな僕にとっては死活問題だ。

No.40

「あっごめんなさい!」
すぐさまメリーさんはベットを降り、昨日の定位置へとついた。
やはりいい娘だな。
あらかじめ用意して置いた紅茶とバスタオルを手渡す。
なぜ、この娘はいつもびしょ濡れなのか。
疑問に思った事を素直に聞いてみた。

No.41

「傘とか持ってないの?」
「か…さ…?持って…ないですね」
「…?」
なんだろうか今の曖昧な返事はよく分からないが、帰りがけに傘を貸してあげようと思った。


「本題に入りたいのですが」
紅茶を綴りながらメリーさんは言う。

No.42

「私はたぶん、これ以上、人を驚かす事は出来ないと思うんです」
うん何となく分かる。
あれで驚ける人間はほとんどいないだろう。
「それで考えたんですが、残りの滞在期間で目的を果たそうかと」
「何日残ってるんだ?」
「死んでからの初回ポイント、1ヶ月分は、ほとんど使ってしまったので
昨日の14日分を合わせると、残り18日です」
18日か……長いようで短い気がする。

No.43

そもそも初回ポイントが気になるが、敢えてスルーしよう。
「分かった、その間に目的を果たせばいいんだな?」
「はい、お願い出来ますか?」
僕は二つ返事で承諾した。
「困ってる女は助けろって親父によく言われててね」
「優しいお父さんですね」
正確には困ってる女は不細工でも助けろなんだけど
これは言わずにおこう。

No.44

とりあえず明日、学校で事故について調べる事にするか。
「とりあえず、覚えてる事を話してくれるかな。何か手掛かりになるかもしれないし」
「はい、分かりました」

話を聞いて愕然とした。
メリーさんは自分の名前以外、ほとんど覚えていない。
家族のことさえも家族がいたとか、そんな認識しかしていない。
ほぼ記憶喪失と言っていいだろう。

No.45

それでも断片的な記憶は残っているようだ。
屋上、川、神社など地名もいくつか出てきた。
この場所を辿ることで目的は見つかるのだろうか。
思ったよりもかなり難しい前途多難だ。
あらかた話し終わると、メリーさんはまた泣きそうな顔になっていた。
これはいけない。

女だけは泣かすな。

これは最優先事項だと言っていた親父に殴られる。

No.46

慌てて話題を反らす事にした。
「メリーさんは食事とかどうしてるの?」
「え?え~と別に食べなくても生きて?いけますが、食べる事は出来ます。私は結構、上級霊なので物に触れる事も食べる事も出来るんです」
ほぉ。
いろいろ勉強になるな。
僕もいつかは死ぬのだから、今のうちに仕組みを覚えておくのもいいかもしれない。
その後も他愛もない世間話が続いた。

No.47

「ところでその素敵なお父さんは今何をしてるんですか?」
「あ~去年死んじゃった」
「あ…ごめんなさい」
親父は去年、死んだ。
病気だったが、死ぬ直前まで看護師をはべらせて、病室はハーレム状態だった。
そう思うと親父は成仏したのだろうか。

No.48

あらかたこの世に残って、妖怪枕返しとか、微妙な役職をやっている気がする。
女の部屋に入り、枕を返して喜んでいるかもしれない。
そう考えると、親父らしくて、可笑しくなってしまった。
「ところでメリーさんはこの辺りで…その……死んじゃったの?」
「そうなりますね、死んだ場所からあまり遠くには行けませんから」
「そうなの?」

No.49

「はいちなみに私はN県O市担当メリーさんです。担当場所以外からは出られません」
そういう事か、各地で目撃されている幽霊や妖怪が場所によって姿形が違うのはそのせいか。
つまりメリーさんだけでもかなりの人数がいるという事だ。
ますます、シビアな世界だ。
その後も話は続いた。
メリーさんに一方的な質問ばかりしていたが。
整理するとこうだ。

No.50

約一ヶ月前の雨の日に交通事故で死んだ。
記憶はほとんど飛んでいるが、断片的なものは残っている。
屋上、神社、川、クレープ屋などのキーワード。
俺と同じ17歳。
好きな食べ物は蕎麦。
残った日数は18日。
何とかなるか、ならないかは微妙だが
何しろ小さい街だ。
範囲は絞られてくる。
曖昧なヒントしかないのは心元ないが。

No.51

だが、彼女を助けると決めたからには頑張るしかないだろう。
そもそも何で僕はこんな必死になっているんだろう。
メリーさんが可愛いのは一つの原因だろうが、それだけでは無い気がする。

No.52

ふと時計を見ると、三時間ほどが経過していた。
そろそろ親が帰ってくる時間だろう。
今日はお開きにする事にした。
本格的に行動するのは明日からだ。
しかし学校というものがある。
放課後から探すと言っても時間は限られてくる。
実質18日より少ないかもしれない。

No.53

「そろそろ帰りますね」
「分かった。あ!ちょっと待ってて」
僕は玄関へと向かった。
小雨とは言え、まだ雨は降り続いている。
傘を貸してやろう。
傘立を見ると、傘は一本しかなかった。
僕の傘は前に誰かに貸したまま返ってこない。
最後の一本は親父の傘だった。
形見のようなものだが、女の子を助けるためだ。

No.54

親父なら許してくれるだろう。
というか貸さなかったら呪われそうだ。
黒の大きめの傘を手に取り、二階へと戻った。


「傘、差していきなよ」
差し出すとメリーさんは驚いたというか、何とも微妙な顔をしていた。
「…いいんですか?」

No.55

「いいよ、明日は晴れるらしいし
というか貸さないと……」
親父に呪われると言うと、メリーさんは笑った。
「幽霊に傘を貸すなんておかしな人ですね。
でも…それではお借りします」
途中ごにょごにょとよく聞き取れなかった。
「ああ、また連絡してくれ。今度はちゃんと取ってから振り向くから」

No.56

メリーさんは笑顔で会釈した。
傘は壁を通り抜けられないので、窓を開け、メリーさんは雨の中、消えていった。
さぁ明日から忙しくなるな。
そう思いながら開けっ放しの窓を閉める。
と同時に玄関のドアが開く音がした。
今日の夕飯はなんだろうな。
蕎麦だったらいいな。

No.57

翌朝、目覚めてカーテンを開けると、天気予報通り晴れていた。
いつもは外れる天気予報士に、やれば出来るじゃないかと心の中で褒める。
顔を洗い、朝食を取り学校へ行く準備を始める。
制服のネクタイを締めている途中で普段メリーさんはどこにいるのだろうなどと考えていた。

No.58

最近はメリーさんの事ばかり考えている自分が気恥ずかった。
家を出てバス停へ向かう。
学校までは少し遠く、バスで10分、そこから10分先が学校だ。
いつも通り、バスを待つ。
バスが到着し、中に入ると同じ制服の中に見慣れた顔があった。

No.59

「やぁ」
「おはよう」
一歩遅れで挨拶を交わした。
一番後ろの五人が座れる席を独り占めしているこのメガネは友達の浩平だ。
正直僕から見ても、なかなかの美男子で成績も優秀。
先生から信頼もあるが、中学の時からタバコを吸っているのを知っているのは僕だけだ。
タバコ臭いぞと僕。

No.60

「何それは本当か、外で吸うように心がけているのだがな、つくものはついてしまうか」
いつものように芝居がかった口調でそう言った。
こいつの親が歌舞伎役者なせいだろう。
前に家に行ったが、馬鹿でかい日本庭園付きの豪邸に住んでいた。

No.61

軽く雑談を交わしていると、すぐにバス停へと着いた。
がやがやとバスの中の3分の2が降りる。
その流れに乗り、僕と浩平も降りた。
ここから僕は自転車だが、浩平は歩きだ。
何でも、自転車は好かん。とのことらしい。
浩平に先行くぞと言い、自転車を漕いだ。

No.62

しばらく行くと、携帯が震えた。
マナーモードなので音は鳴らない。
画面を見ると、やっぱりメリーさん。

No.63

僕は通話ボタンを押した。
「もしもし」
「私メリーさん。今あなたの後ろにいるの」
おいおい、と思いつつ振り向くと、自転車の荷台にメリーさんが座っていた。

No.64

「!」
「きゃっ」
僕は自転車ごと倒れそうになったが、なんとか持ちこたえた。
「はぁはぁ…今のはビビッた…。」
「わ、私も驚きました…」
これは予想外、全然気が付かなかった。

自転車を漕いでいるが、ほとんど重みはない。
やはり幽霊なんだなと再認識した。

No.65

「驚かせてしまってすみません」
「いやそれが仕事でしょ」
幽霊に突っ込む僕。
「途中で見かけたもので乗らせていただきました」
やっと平常心を取り戻した僕はいつも通り、メリーさんと接した。

No.66

「さっき驚いたけど…14日加算されたの?」
「いえ一人一回までなので、同じ人は無理なんです。
でも驚いてもらえて嬉しいです。自信がつきました」
「そりゃ良かった」
他の人から見たらどう思うだろうか。
女の子を後ろに乗せて、学校へ登校。
恋人同士に見えるかなとそんな事を考えていた。

No.67

メリーさん曰わく、今は僕以外の人間には見えないそうだ。
メリーさんは単発タイプで、一度に大勢の人間を驚かせられないとの事。
こんな可愛い子と登校している所を、他の人に見せつけたい気持ちもあったが
それは叶わないらしい。
「ちょっと残念。」
「え?」
「いや何でも」

No.68

やがて校門が見えてきた。
この二人乗りが終わるとなると少し名残惜しかった。
駐輪場へ自転車をとめ、教室へと向かう。
ここではメリーさんと会話はしなかった。
メリーさんと会話していても、他の人から見ればただの独り言だ。

No.69

ただの変な人には思われたくないので、教室に到着し、先日の席替えでゲットした窓側の席へと座る。
「それじゃあ、ちょっと友達に会ってきますね」
学校に友達なんかいるのかと僕は聞きたかったが、
「ああ」
と小声で短く返事した。

No.70

メリーさんが別れを告げ、教室の扉へ向かう。
そしてすれ違いに浩平が入ってきた。
僕の前の席へ座る。
「自転車は好かんが、徒歩となると不便なものだな」
「自転車を使えばいい」
「自転車は好かん」

No.71

そんな事を話しているうちに、担任が入って来た。
短く連絡事項を伝え、すぐにSHRは終わる。
担任の唯一好きな所はここだ。
さて今日の一時間目は嫌いな英語か。
嫌だ嫌だと浩平と口を揃えて言った。

No.72

退屈な授業を四時限こなし、待ちに待った昼休み。
メリーさんは見えない。
ちょっとこれから調べる事があったのだが。
どうしようと思ったがこちらから掛ける事にした。
メモリーのマ行からメリーさんを選び、発信。
メリーさんは3コール目で出た。
「は、はい!中山…じゃなくてメリーですっ」
「どうしたの慌てて」

No.73

「あっ電話が掛かってくる事は今までなかったので、ビックリしてしまって」

ああ、掛ける事はあっても 掛けられる事はないもんなと
少しかわいそうに思った。

「今から昇降口の前に来れる?」
「はいすぐに」
じゃあ、と言って僕から電話を切った。
昼食を10秒チャージして昇降口へと向かった。

No.74

昇降口へと行くとメリーさんが下駄箱に寄りかかっていた。
時間に律儀。
生前はさぞかし優等生だったのだろう。
メリーさんは僕に気が付くと、軽く会釈した。
「それじゃ行こうか」
「どこへですか?」
「図書室」
図書室には過去の新聞が3ヶ月分、保存されている。

No.75

一年のとき、図書委員だった頃に知ったことだ。
病死なら新聞には載らないが、事故ならばおそらく載っているだろう。
図書室は教室棟とは真逆の、教員などが使う文化棟にある。

今の時間、生徒は教室で昼食を取っているので、辺りに生徒はいない。

「それじゃあ行こう」
と僕の独り言を聞かれる心配もないので
メリーさんと会話をしながら、図書室を目指す。

No.76

「そういえば友達って?」
僕は朝の疑問を聞いてみた。
「ああ花子さんです。教室棟3階トイレの」
「いるの?」
「いますよ。この学校だけでも4人の花子さんがいます」
「多いなっ!」

No.77

目眩がした。こんな身近に花子さんがいるとは思わなかった。
しかも4人……
まぁ、人が死んで未練があると残るんだし
普通なのかな。
「へぇ会ってみたいけど女子トイレに入るのはちょっとね」
「男子トイレですよ?」

再び目眩がした。
あのトイレはよく利用する。もしかして見られていたのだろうか……

No.78

「今度紹介しますよ」
ああ、ありがとう…とあまり気が進まなかったが、とりあえずお礼を言っておいた。
そんな会話をしていると図書室の扉が見えてきた。

古臭い大きな木製の扉。
開けにくくて有名だが、解放されていたので開館中という事だろう。

No.79

中へ入ると独特の紙の匂いがした。
懐かしいな、ここへ来るのは図書委員をやめてから、一度も来ていない。
辺りを見回すと、本を読んでいる生徒は一人もいない。
だがカウンターの椅子に座っている見慣れた顔を見つけた。
弁当箱が重箱なんて奴は一人しかいない。


「やぁ、お前が図書室に来るなんて、今日は雨でも降るのかな?」
古い例えを持ってくる浩平。

No.80

現、図書委員なのだからここにいるのは不思議じゃない。
「過去の新聞はどこだ?」
と、軽く皮肉を無視して浩平に尋ねる。
「うむ、それならそこの保管室の中だ。ダンボールに入っているが日付が書かれているから、おまえならすぐ見つけるだろう」
ありがとうと言い、保管室に入る。
古い本など、倉庫代わりに使われてるらしいこの部屋は少しカビ臭かった。

No.81

電気をつけるとダンボールが山積みになっていた。
3ヶ月以降の新聞は捨てるのが図書委員の役目だが
あいつめ、仕事してないな。
メリーさんとともに、ダンボールに書かれた日付を頼りに、目当ての箱を探した。
「あ、この辺りだと思います」
メリーさんがそう言った。

No.82

見ると4段積み重なったダンボールタワーの一番下に、約1ヶ月前の日付の書かれたダンボールがあった。
「すごく…大きいです…」
これをどかさないといけないのかと途方に暮れていると
メリーさんが申し訳なさそうにこっちを見ていた。
「よし、どかそうか」
女の子の期待は裏切れない。
僕は立派な親父の息子だった。

No.83

一番上のダンボールは背伸びをしてやっと届くくらいだった。
ちくしょう、もっと背が高ければと思ったが、そんな事を考えてる余裕はなかった。
気合いを入れて一番上のダンボールを引き抜いた。
僕はてっきり中身は新聞紙だと思っていたのだが、違った。
この重さは本。しかも重量級。
僕は思わぬ重さにふらつき、背中から地面に叩きつけられた。

No.84

間髪を入れず、そのダンボールが顔を目掛けて落ちてくる。

「あ!」
「あぶない!」

僕は顔が間違いなく潰れると確信したが。
顔のすれすれでダンボールの角がとまっている。
ダンボールが宙に浮いているのだ。
冷汗を拭いながら立ち上がる。

No.85

「どうして?」
「良かった…間に合って」
メリーさんがやってくれたのだろうか?
「近くの浮遊霊さんに手伝ってもらったんです。ここは閉めきっていてじめじめしていたので、結構人数がいたので」


やがてダンボールがゆっくりと床に置かれる。

No.86

そして更に、残っていたダンボールタワーも次々と下ろされていき、一番下のダンボールが取り出せるようになった。

「そんな事出来るのか?」
「もちろん無償ではやってくれません。こう言ったんです。
滞在期間1日を譲るのでダンボールをどかして下さい」
「それじゃあまさか……」
「はい、4人が手伝ってくれました。滞在期間4日減です」

No.87

なんという取り返しのつかない事を。
僕が注意してればこんな事にはならなかったのに。
貴重な滞在期間を無駄にしてしまった。
「ごめん……」
「いいんですよ。私のためにやってくれた事なんですから」
メリーさんは笑顔で言った。
残された時間は13日になってしまったけれど、
僕は必ずこの子にこの恩を返そうと思った。

No.88

気を取り直し、一番下のダンボールを取り出す。
その中から今から1ヶ月、プラスマイナス一週間の新聞を取り出し、開いたスペースに広げる。
メリーさんは一週間前から、僕は一週間後から読み進めた。
新聞をめくる音と時間だけが過ぎる。
5枚冊目の新聞のわずかなスペースに交通事故の記事を見つけた。

No.89

4月26日、5時50分頃、O市西区交差点付近で同じ市内に通う高校生、中山唯(17)が車にはねられ、病院に運ばれたが死亡した。


「これだ……」
「これですね……」
新聞記事を見つけた事に多少の嬉しさを感じたが、次の一行でそんな嬉しさなど消し飛んだ。

No.90

中山唯さんは轢かれた後、30分放置されており、近くに住む主婦によって発見された。
なお、犯人は捕まっておらず。
警察は轢き逃げとして捜査している。

No.91

全身がかぁっと熱くなった。
怒りとやるせなさで一杯になる。
「すぐ助けを呼べば助かったかもしれないのに!」
「…少し思い出しました。雨の日で歩道を歩いてたら、車が前から…それで投げ飛ばされて川原の下に……」
メリーさんの目に涙が溜まっていた。
それを見て僕の怒りはどこかへ消えた。

No.92

怒っている場合じゃない。
手掛かりは見つけた。
僕のやるべき事は、二つに増えた。

一つはメリーさんの目的を果たす事。
二つは犯人を……探す事。


期間は13日。限られた時間。
僕は成し遂げる事が出来るだろうか。

No.93

そう心に誓うと昼休み終了のチャイムが鳴った。
昼休みの50分間をフルに使ってしまった。

「ここまでにしようか」
「はい」

次は10分の校内清掃時間。

とりあえず新聞の記事を切り抜き、保管室を後にする。
図書室を出る時に浩平に声を掛ける。

No.94

「清掃だぞ」

「図書委員は図書室の掃除をせねばならない。悪いが、後は頼んだぞ」

結局、僕一人でやるのか……
しょうがないと思いつつ、掃除場所はどこだったかと思い出す。

今日は月曜日。
掃除場所が変わる日。

No.95

「あ」
「どうしたんですか?」
タイミングがいいのか悪いのか


今日から一週間、僕の掃除場所は

花子さん在住、教室棟3階の男子トイレ。

No.96

もう掃除の時間が始まっているので、急ぎ足で掃除場所へ向かう。
トイレのドアを開けると、男子トイレ特有の匂いが鼻をついた。

到着はしたが、清掃をやる気は毛頭なかった。
後ろから着いてきてたメリーさんが言う。

「花子さん、メリーですけどー」

No.97

すると誰もいないはずの奥の個室から声がした。


「おう!メリーか」


ゆっくりと個室から女の子が出てきた。
タバコをくわえ、けだるそうな顔。
髪型はポニーテール。
服装はシンプルな黒のセーターに、ハーフパンツというラフな格好。
そして……


「ちっさ!」
「ちっさ言うな!誰だお前」

No.98

僕もそんなに背が高いわけではないが、背の低いメリーさんより、更に低い。

「花子さん。この人がさっき話した協力してくれる方です」

「はっ、お前がか。頼りねぇな~」

ポニーテールの花子さんはじっと見ながらタバコを吹かす。


「小学生がタバコを吸うのはよろしくないと思うよ。」

「私ゃ20だ!」

すごい剣幕で言い返された。
そのルックス、その身長。
小学生にしか見えない。

No.99

とりあえずこれ以上ややこしくなるので、仮にも信じてやる事にした。

「その自称20が花子さん?」

「自称はいらねぇよ。ムカつく奴だな」

つり目の花子さんはご立腹の様子だ。
「そうです、その人が花子さんですよ」
メリーさんがフォローを入れる。

「そういやお前、今朝見たな。ちょっと耳貸せ」
僕は花子さんのそばに立った。

No.100

誰か読んでくれてますか?

  • << 104 とっても面白いです!

No.106

花子さんが何か言いたげな表情をしている。
僕は何の事か分からず、首を傾げていると
観念したように花子さんは言った。

「…しゃがめ」

ああ、耳まで届かないのかと理解し、僕はその場にしゃがんだ。
花子さんの口が耳に近づく。
吐息が耳にかかって、くすぐったい。
そして花子さんはこう言った。

No.107

「今朝見たぜ。この○○」

瞬間、僕の心臓は大きく跳ね上がった。
このちびっ子、人が一番気にしてる事を!

僕は男としてこの自称20の小学生に敗北を喫した。

「かははは、チビって言った罰だ、滞在期間3日ゲットだぜ」

「…どうやら敵になるしかないようだな。」

と、ここで試合終了がごとく掃除終了のチャイムが鳴った。

No.108

「この勝負おあずけだ」
そう言い残して、扉へと向かう。
メリーさんを先頭に外へ出ようとしたが
花子さんに呼び止められた。

「おい!ちゃんと見つけてやれよ」

「言われなくとも」

僕はそう言ってトイレのドアを閉めた。

「今なんて言ったんですか?」

No.109

メリーさんがその黒い瞳で尋ねてくる。

「いや、何でもないよ」

5、6時間目はメリーさんは辺りを散歩してくるのだという。
別れを告げ、メリーさんは中庭のほうへ歩いていった。
僕は睡魔に身をまかせ、寝る事にする。

No.110

古典の文法なんて何に使うんだと考えながら
気が付くと夢の中にいた。

メリーさんがいる。

夢の中ではメリーさんは中山唯として、普通に生活していた。
普通に学校の制服を着て本を読んでいる。
本を読みながらにこにこしていて、とても楽しそうだ。


でもなぜか僕は悲しくなった。
夢でしか会えない中山 唯。

No.111

その時、突然夢から覚めた。
夢から覚めると泣いているのに気付く。
自分の涙で起きるなんてどんだけだよと
突っ込みを入れる。

あれ?何で泣いてるんだっけ。

さっき見た夢を思い出せないまま、放課後を迎えた。

No.112

放課後、昇降口に向かう途中、中庭のベンチで寝てるメリーさんを発見し、頑張って起こして
駐輪場へと向かった。

再びメリーさんを荷台に乗せ、今朝とは別の軽い傾斜の道を下りていった。


メリーさん、中山唯が通っていた学校に向かうためだ。


事故現場と学校、どっちを先に行くか迷ったが僕はこっちを選んだ。

No.113

T高校は進学校で、バスで僕の学校を降りずに、さらに10分先に行った場所にある。

T高校へ向かう坂の途中、メリーさんが聞いてきた。
「どうして私の通う高校が分かったんですか?新聞にも詳しく書いてなかったのに」
「…あれ?何でだろう」

そういえばそうだ。
何で僕は知っているんだろう。
しかもかなりの確信がある。

No.114

「制服が一緒だから……って会った時、制服着てなかったよね?」
「はい、私服ですけど」

どこで彼女の制服姿を見たのだろうか。


疑問は解けぬまま、T高校の校門の前に着いた。

No.115

「ここが、私の学校……」

ふらふらとメリーさんは校舎の中に入っていった。
が、僕は校門に残った。やるべき仕事があるからだ。
下校のピークは過ぎたが、まだちらほらと校舎から出てくる生徒はいる。
紫が三年、赤が二年、青が一年の校章バッチで判断をする。

狙うは赤、それも女子。
片っ端からメリーさん、中山唯のことを聞く。
そう思って校門をうろうろしていた。

No.116

たまに出てくる女子の胸の校章を見ては、ため息をつく。
六人連続で青の校章が続く。

次こそはと思っていると、後ろから肩を叩かれた。

振り向くとそこにはいかにも、ガチムチといった首から笛を下げた、体育教師であろう男が立っていた。

No.117

「校門に立って女子生徒の胸を見ているというのは、お前か?ちょっと来てもらおうか」


僕は、心の中で人生オワタと思った。

No.118

僕は職員室であろう場所に連れてこられた。
他の先生はいない、野球部の声だけが聞こえる。
扉を閉めようとしたら、メリーさんが扉を突き抜けてきた。


「ど、どうしたんですかっ!?」


僕は声を出すわけにいかないので、口パクで大丈夫とだけ言った。
そこに座れと促されたので素直にそこに座る。

「ふぅ、女子生徒から苦情がきてな、校門の前に変態がいるという事だ。
胸を見ていたんだな?」

No.119

「そ、そうなんですかっ!?」

「違う!」

メリーさんまで僕を疑うのか。味方もいない四面楚歌。

「じゃあ、なんでだ」

下手に隠すよりそのまま話したほうがいいと判断した僕は、経緯と中山 唯の住所を知りたい事を話した。

No.120

体育教師はふぅ~と長いため息をついた。
「…おまえと中山の関係は?」
「ずっと好きだったんです!」
間髪を入れずにそう答えた。

後ろでメリーさんがいろいろ言っているがこの際、無視する事にする。

No.121

体育教師が頭を掻いてから言った。
「俺はなぁ、中山の担任だと言うか担任だった。住所を教えてやる。線香でもあげさせてもらえ」

そう言うと机から生徒名簿を取り出し、小さなメモ用紙に住所を書き写してくれた。


メモを見て驚いた事は意外と字が丸っこくて可愛い事と、さらに驚いた事が僕の家の割と近くだった。

体育教師にお礼を告げ、誰もいなくなった校門へと向かう。
その際、メリーさんの顔が赤く様子がどこかおかしかったが、特に気にしなかった。

No.122

これで住所が分かった。
辺りは暗くなり始めた頃だったが、自転車なら間に合う気がする。
メリーさんに後ろに乗るように促して、自転車を漕ぐ。

メリーさんは黙ったままだった。
僕は彼女の家に行っていいのかと迷った。
もしかしたらつらい思いをするかもしれない。

No.123

「メリーさん…君の家、行ってみる?」

「…行きます」


それ以外、僕もメリーさんも何も言わなかった。
星が見えはじめた夜空を眺めながら、僕は自転車を漕ぎ続ける。

No.124

30分ほど自転車を漕ぎ続けると辺りはすっかり真っ暗だった。
自転車の明かりを頼りに進み続ける。
いつのまにかメリーさんの手が僕の制服を掴んでいたが、僕は無言で走り続けた。

やがて僕の家が見えてきた。
明かりがついているので、親が帰って来ているのだろう。
が、僕は自分の家の前をスルーした。

No.125

メリーさんの家は僕の家のすこし先
5分といったところだろうか。
民家が立ち並んでいる場所で自転車を降りた。

メリーさんと共に中山の表札を探す。

お世辞にも大きいとは言えないが、アットホームな家の玄関に掲げられた中山の文字。

「ここだ…」

メリーさんはずっと僕の背中の裾を掴んでいる。

No.126

押すよと一言言い、僕は呼び鈴のボタンを押した。
インターフォンがなく、呼び鈴だけのシンプルな物だったので僕とメリーさんはドアが開くのを待った。

やがてガチャリとドアが開く。
鍵は掛けていなかったらしい。
地方の片田舎の家じゃめずらしくもない。


中から出てきたのは中年のおばさん。
おばさんと言うわりには若々しく、美人だと思ったが、少しやつれてるようにも見える。

No.127

「どちらさまで?」

声が少し枯れているようにも思える。

「唯さんの友達です……
すみませんがお線香をあげさせてもらえないでしょうか」

「唯の…ありがとうございますさぁ上がって」


僕は中へと案内され、居間の片隅に作られた真新しい仏壇の前に座った。

No.128

メリーさんは何も言わずついてきたが、裾を掴む力が強くなっていた。

遺影にはメリーさんではなく、中山 唯が笑っていた。


僕は線香を3本取り火をつけて、香炉に立てて、手を合わせた。
後ろからおばさんのすすり泣く声が聞こえた。
振り向くとメリーさんがおばさんをずっと見ている。

「おかあ…さん」

メリーさんが消え入りそうな声でそう言った。

No.129

「お母さん!」

とおばさんに飛びついたが、触れる事は出来ず、宙を掻くように手を交差させる。


僕はその光景をただ見ている事しか出来ない。
胸が痛む光景だった。
唯一、出来そうな事を僕はした。

泣いているメリーさんの頭を撫でてやる。
おばさんから見たら、空中で手を動かしてるようにしか見えないんだろうが、気にせず撫でてあげる。


しばらくの間、二人は泣き続けていた。

No.130

「今日はここに泊まります」

泣き止んだメリーさんはそう言って続けた。

せっかく少し記憶も取り戻しましたし、お母さんと一緒に居たいですし、と。

僕は分かったと一言言って中山家を後にする。

今晩だけはメリーでは無く、中山唯として過ごせればいいなと
満天の星空を眺めながらそう思った。


さて、帰ろうか母親の待つ家へ。

No.131

翌朝はメリーさんの着信で起きた。
まだ完全に目が覚めていない状態で、気の抜けた声で電話に出る。

「…もしもし」

「あっメリーですが、朝早くごめんなさい。
その今日は私、自分の学校へ行ってきます」

昨日よりもメリーさんの言動がはきはきとしているのは、記憶が少し戻ったからだろうか。

No.132

僕は少し嬉しくなる。

「ああ、行っといで。じゃあ、放課後にまた」

「はい!行ってきます!」


そう言って電話は切れた。
メリーさんと登校出来ないのは少し寂しい気もするが、少しずつだがメリーさんの、中山 唯としての記憶が戻り始めているのはいい事だ。

No.133

僕はベットから降り、鼻歌まじりで洗面所へと向かった。

顔を洗い、朝食を取り、学校に行く準備をする。

いつもの事だがメリーさんと出会ってから、そのいつも通りが大切なのかもしれないと思うようになり始めた。


そして僕はいつも通り家を出る。
バス停で5分ほど待ってからバスに乗り、一人で5人分の席を独占する奴へ声をかけた。

No.134

「おはよう」

「やぁおはよう。
いつも通りだな」

「それがいいんだよ」

「?」


浩平は何の事か分からず、訝しげな表情をしたが、すぐに考える事をやめたらしい。
いつもの顔に戻り、昨日あったニュースなど
浩平らしい世間話を始めた。

No.135

浩平がニュースの内容とその感想を一方的に話すだけなのだが退屈はしない。

僕は普段、テレビはあまり見ないのだが、情報通の浩平のおかげで時事にはわりとついて行ける。

ニュースを通り越して、世界の車窓からに話が移ろうとしたとき、僕たちの降りるべきバス停へと止まった。


もう着いてしまったのかと残念がる浩平と共に、他の生徒に混じり、バスを降りる。

No.136

いつもは自転車なのだが、昨日は自転車で家まで帰ってしまったので今日は歩きになる。


その事を浩平に話すと嬉しそうな顔をし、さっきの続きだとバスの中で話せなかった、世界の車窓からの話を語り出した。


まぁこんな日もいいだろうと学校までの通学路を歩き始めた。

No.137

昨日の放送はボリビアらしく、アンデス山脈の素晴らしさについて熱く語っていたが、軽く流す。
ボーッとしながら歩いていると、いつもの通学路のはずなのに自転車に乗っている時とずいぶん違う道に見えるなとそんな事を思っていた。

前方に見慣れた後ろ姿を見つけた。

No.138

浩平がアンデスを語るのを一旦やめ、
おはようございます。
と僕らの担任に頭を下げる。
こういうマメな所が優等生として、先生達に信頼されているんだろう。

先生はああ。とだけ言った。
僕は軽く会釈だけをし、二人で先生を追い抜いた。

辺りを見回すと他にも何人か先生や、見た事のない生徒など、普段は会えない人達がいた。

No.139

自転車を家に置いていかなかったら、会えなかっただろう。

これもメリーさんのおかげなのかなと、心の中でそっと感謝した。


浩平の話は教室まで続く。
いつもは教室に着いてからSHRまで時間があるのだが、時計を見るとギリギリだった。

教室に担任が入ってきてやっと浩平の話は終わった。

No.140

悪いが、明日からはまた自転車を使用させてもらおう。


担任の持ち味の短いSHRがいつものように終わる。
1時間目は英語。
引き続き担任が授業の準備を始めると、浩平は嫌いな授業の前に一服すると言い、教室棟3階トイレへ向かった。


僕もトイレへ行っておきたかったが、昨日の今日なので、一階下のトイレを利用させてもらおう。

No.141

悪いな浩平。
友達を売った気分になった。


あっという間に昼休みになった。
それはそうだろう、ほとんど寝ていたのだから。
2時間目の途中からほぼ記憶が無い。



こんな事で次のテストは大丈夫なのだろうか。
その時は頼むぞ浩平。

No.142

一区切りついた所で昼食にする。
いつもならあいつと一緒だが、図書当番の期間は一週間。
しばらくは一緒に食えそうに無い。
どっちにしろ、僕はパン一個なのですぐに終わってしまうのだけれど。

他のグループの所へ行く事も考えたが、あきらかに出遅れていたので今から入れてもらうのも気が引ける。

仕方なく一人寂しく食べる事にした。

No.143

ああ、メリーさんは今頃どうしているだろう。


メリーさんに思いを馳せる事、5分。
手元のカレーパンもなくなってしまった。
昼休みもメリーさんの滞在期間も限られているのだ。
少しは何か行動しようと立ち上がる。


図書館に行く事を最初に考えたが、おそらくあれ以上の発見は望めないだろう。

No.144

そう思った僕はもう一つの考えた場所へ行く事にした。
あまり気は進まないが、早めに清掃場所に行くのもいいだろうと、僕は歩き始めた。


戦場へ。

No.145

扉の前に立ち、一度深呼吸をしてから扉を開く。


バケツを逆さにし、足を組みながら案の定、タバコをふかしている自称20の小学生。


開けられた窓の外に煙が逃げていく。
花子さんは僕に気付くとこう言った。


「よう、○○」


一瞬ひるんだが、落ち着いて切り返す。

No.146

「自分だって小さいだろ
小学生」


ここに第三者がいたらどう思うだろうか。
とりあえず満場一致で僕のほうが負けだと言うだろう。


「今日はメリーはどうした」

「登校日だよ」


あえて遠回しな言い方をしたが花子さんはそうかとだけ言った。
なかなか頭の回転が早いらしい。
侮れない。

No.147

「どうなんだ?調子は」

「そこそこ」


僕は昨日の放課後からの出来事を花子さんに話した。
まぁ途中恥ずかしいところは端折ったのだが。

あらかた話し終わると、花子さんはなるほどねぇと言い、ポケットから携帯灰皿を取り出し、小さくなったタバコを収めた。

No.148

マナーが出来ている。ちょっと意外。


「ところで、そのタバコはどこから補充されてるんだ」

「ちゃんと買ってるぞ、滞在期間1日で1カートン」

「はい…?」


衝撃の事実を聞いてしまった。
あんなにメリーさんが苦労してやりくりしている滞在期間を、このちびっ子はタバコに使っていやがったのか。

No.149

「去年までは時間単位だったんだが、今年から時上げされちまってな。」

花子さんはまったくいい迷惑だとため息をついた。
僕はどうも死んでからの仕組みを理解しきれてない。

幸い、昼休みもまだ残っているし、なんなら清掃の時間もある。

僕は花子さんにもう少し詳しい話を聞く事にした。

No.150

「いや、これが上手いこと出来ててな、私とタバコはセットのようなもんだ」
それから花子さんは仕組みの解説を続けた。


「私達の姿は二つの方法でしか見えない。
一つは自分自身が驚かそうと思った相手にしか見えない。
二つ目は残り人同士の紹介だ。
私の事が見える奴が、そこにいると言わなければ認識する事は出来ない」

No.151

よく分からないが、会員制のようなものだろうか。
漠然とだが、なんとなくは分かった。

その後もこんな約束事と言うか法則のようなものを聞いた。


担当地区より外へ出る事は可能だが、遠くに行くにつれ多くの滞在期間が失われるので、ほとんどの奴は担当区の外へ出たがらない事。
そして原則として生き物には触れない事。


「なんでメリーさんは僕に触れられるんだ?」

「お前を脅かすターゲットに指定してるからだ」

単発式は一度に一人まで指定できるとの事。

No.152

いろいろ細かいんだなと思ったが、そうでもしないと世の中がおかしくなってしまうんだろう。
閻魔様が決めたのだろうか。

「こんなところか」


花子さんは再びポケットからタバコを取り出し、口にくわえた。


紫煙をふかす花子さんに気になっていた事を、聞いてみる事にした。


「花子さんは何でこっちに残ったの?」

No.153

僕を見る花子さんの目が鋭くなる。
「私らの中には生きてる奴を妬ましく思ってる奴も大勢いる。迂闊にそんなこと聞くもんじゃない」



そうだった。
メリーさんの時もこれで軽く失敗したじゃないか。
またやってしまったと。
学習能力のない自分に腹が立つ。


「すみませんでした」
僕は深々と頭を下げて素直に謝った。
しばらくして顔を上げ、花子さんの顔を窺うと、面食らったような顔をしていた。

No.154

もしかして変な事をしてしまったのかと不安になる。
花子さんの目つきが元に戻る。
それでも睨んでるようにしか見えないのは元からだろう。


「まぁいいか…。私が残っている理由か。
そんな昔の事は忘れた。何しろ20年は前の事だからな。
まぁ忘れるくらいだからそんな大した事じゃないんだろ」

No.155

まだタバコが吸い足りないのかなと自嘲気味に笑う。

20年って。
そんな長い間こんな場所に……


「確かバイク事故だったかな…ガードレールに突っ込んだ気がする」

「ああ、足が届かないからか」

「うっせ、しねっ!」

No.156

重い空気になりかけていたのでなんとなくおちゃらけてみたが
花子さんには気付かれてしまった。

「可哀想とか思うなよ。私はこの生活のままでいいんだ。
お前はあいつの事だけ考えろ」

大きなお世話だと、心を見透かされたように言われた。

No.157

確かに少し心揺らいだが、今はメリーさんの事だけを考える事にしよう。


掃除終了のチャイムが鳴る。
気付かなかったが、結構な間話し込んでいたようだ。
それじゃあ、と言い教室に戻る。

花子さんに色々とありがとうと言いたかったが、面と向かって言うのは癪なので帰り際、ドアを閉めるときに言ってやった。



花子さんの顔は見なかったが今思うと、どんな顔をしていたか興味があったが、もう遅い。

No.158

さて、色々と情報は得た。
今度、差し入れでも持ってくる事にしよう。
そう心に決め、僕はトイレを後にした。

No.159

5時間目の物理は真面目に受けた。
途中、睡魔の強襲があったが、何とか勝つ事が出来た。


6時間目は体育。
今の時期は、女子はバトミントン。
男子は柔道といった男女平等もへったくれもない、完全なる別の種目をやっている。

僕も願わくばバトミントンをやりたいのだが…。

No.160

そんな願いが叶うはずもなく、諦めて柔道着に着替える。
挌技室へと移動し、準備体操を始めた。


全員の準備が整った所で、二人組みを作って、今日の練習科目
大外狩りのを始める。


いつも通り浩平と組み、互いに足をかけては受け身を取りを繰り返した。

No.161

辺りからもバタン、バタンと人が畳に叩きつけられる音が響く。

授業が終盤に差し掛かった頃、体育教師が笛を吹いた。
あれが始まるのだろう、公開処刑が。

授業の内容によって変わるが、剣道の授業なら剣道部員が、もちろん柔道なら柔道部員が成績の低い者と戦い、勝てば評定が上がるといった一発逆転制度が設けられている。

No.162

体育教師の粋な計らいだが、挑戦者が勝つ事は極々稀で、ほとんどが返り討ちにされてることから
通称「公開処刑」と呼ばれている。


体育教師が僕の名前を呼ぶ。
今回もまたその制度にめでたく選ばれた。

すっかりこの制度の常連となった僕は特に気にする事なく、いつも通り負けに行った。


痛くなけりゃいいけど。

No.163

対戦相手はクラス一の巨漢、柔道部のレギュラーと聞いた。


正方形の真ん中で互いに向き合い、開始の合図を待つ。
他のクラスの奴らはすっかり観客モードだ。
公開処刑を楽しんでいる。


「はじめ!」
と、体育教師の気合いの入った合図で、試合が始まった。



相手の手の届く範囲に入ったらすぐさま投げられるだろう。
適当に間を空けていたがすぐに間合いを詰められ胸ぐらを掴まれる。
いきなり背負い投げで攻めてきやがった。

No.164

だが、僕があまりにも力を入れていなかったせいか、相手もバランスを崩し、僕は不完全なまま畳へ叩きつけられた。

受身も中途半端だったので正直痛い。


「有効!」


むしろ一本の方が良かった。
このまま寝技が来れば僕は負けていたのに、柔道部員はそうはしなかった。
寝技ではなく派手に決めたいのだろう。

No.165

観戦モードの奴らがちゃかしてくる。
人の気も知らないでと睨もうとした時、
挌技室の隅にちょこんと正座する人影を見つけた。


「メリーさん…?」


なんてこった。
こんな無様な所を見られるとは親父に知れたら殺されそうだ。


幸い今のは有効、試合は続く。
女の子が見ているのなら話は別だ。

勝ちに行く。

No.166

再び向かい合い、合図と共に試合が再開された。
試合に集中する。

勝つ術はある、僕が素人である事が大きなポイントだ。

相手は素人である僕に油断している。
そしておそらく大技で一本を取ろうとするだろう。
背負い投げか、一本背負い辺りだろうか、技が予測出来れば、動きも大体検討がつく。

No.167

そこが狙い目だ。
これはタイミングが命。

賭けだったが、その二つに絞る事にした。


再び柔道部員に手の届く範囲で間合いを詰められた。
向こうから仕掛けてきた。
僕の胸ぐらを目掛けて手が伸びてくる。

僕は横に避け、紙一重でその手を交わした。


柔道部員には予想外の出来事だっただろう。


この身長差を最大限に生かし、相手の懐に入り、胸ぐらを掴む。
相手の重心が前に崩れているのが分かる。

No.168

僕はそのまま背負い投げをしかけた。

相手の体が宙に浮く。
取ったと思った。
だがしかし、僕は相手の重さに耐えられず
そのままバランスを崩す。

なんとか柔道部員を畳まで持っていった。


「技あり!」


判定は厳しかった。

No.169

おそらく相手が常人だったのなら、一本取れていただろう。
少しは痩せろと
心の中で理不尽な事を言う。


うぉおおおおお!と一気にギャラリーが騒がしくなった。
だがこれで僕が勝つ事はさらに難しくなってしまった。
さっきまで余裕の笑みを浮かべていた柔道部員の顔が、マジだったからだ。

柔道部レギュラーの面子をかけて、素人の僕に負けるわけにはいかないからだろう。

ギャラリーは盛り上がっている。そして僕も。

No.170

そして、実質の勝負が決まるであろう試合が再開された。

さっきの作戦はもう使えない。
すっかり警戒されてしまい、腰を低く落として僕の出方を待っている。


さて、どうしたものか。
時間稼ぎに近づいたり、離れたりを繰り返す。

No.171

足を狙って巧木倒しかそれとも…と、勝つための作戦を練る。


これもメリーさんにいい所を見せるため。
と、メリーさんの方を見る。



相変わらず、隅っこで正座をしている。
だが、どうにも様子がおかしい。
顔は下を向き、定期的に船を漕いでいる。

No.172

つまり早い話が。
「寝てるし」


おいおい、そりゃないよと、全身の力が一気に抜ける。


そこを見逃す柔道部員ではなく僕がやばいと思った瞬間にはもう遅く、視界が反転していた。
そのまま畳に叩きつけられる。



「一本!」と体育教師の声が響いた。

No.173

あ~やっぱりなとギャラリーが教室に帰るために立ち上がる。
畳から起き上がれない僕は、心身共に疲れ果てていた。

みんなが挌技室から出ていく中
仰向けで倒れている僕に体育教師が近づいてきた。


「まぁ、負けたが、なかなかいい攻めだったな。
少し評定上げてやる」

ありがとうございます、と息切れ切れに言った。

No.174

浩平が行かないのか?と聞いてきたが、もう少し休んでから行くと伝え
僕は目を閉じた。

そして、誰もいなくなったのを確認し、
静かになった挌技室に聞こえる寝息を立てている娘の元へ向かう。


「お~いメリーさん?」

反応は無く規則的に寝息を立て続ける。
肩に手を置き、揺さぶってみたがやはり反応なし。

No.175

昨日もそうだったが、どうもこの娘は一度寝たらなかなか起きないらしい。
もっと激しく起こそうかとほっぺに手を伸ばしかけたが
やはりやめておく。
気持ち良さそうに寝ているので起こしたら可哀想かなと思ってしまった。


どうにも僕はメリーさんに甘い気がする。



仕方がなくメリーさんが自然に起き出すまで、待つ事にした。

No.176

時間がないのは分かっている。


だが僕はもう少し、この、のんびりとした時間を味わいたかったのだ。

No.177

ふと気が付くと、僕は眠ってしまっていたようだ。
メリーさんが起きるのを待っていたのに、
僕まで寝てしまっていたとは。不覚。


壁に掛けられた時計を見ると、15分ほどが過ぎていた。
そうだ、肝心のメリーさんはと先ほどの場所を見た。


同じ場所で正座していたのだが
メリーさんと目が合う。

No.178

するとメリーさんは笑顔でこう言った。


「寝坊ですか?」


クスクスと笑っている。
メリーさんの方が先に起きたらしい。


その言葉に色々と突っ込みたかったが、その笑顔を見たらどうでも良くなった。



そろそろ部活動が一斉に始まる頃だろう。
柔道部員が来る前に退散しなければ。

No.179

そういえば何でメリーさんは僕を起こしてくれなかったのだろうか。

疑問に思いつつ、挌技室を後にした。


メリーさんに校門で先に待っててと言い、僕は教室へと戻る。
さすがに着替えの時に一緒にいられると、色々と困るし。

No.180

教室のドアを開けたが、既に誰もいなかった。
授業が終われば早々と部活に向かう連中だ。
まぁ当たり前か。


僕は着替えを済ませ、汗缶スプレーを使い、身だしなみを整える。
そして、メリーさんが待っている校門へと急いだ。

No.181

外履きに履き替え、校門を目指す。
メリーさんは門のところに寄りかかって、下校する生徒達を眺めていた。
ボーっとしていたメリーさんに声をかける。

後ろから声をかけたのがまずかったのか
あっはい!と軽く跳び上がっていた。
別に驚かすつもりはなかったんだけど。

No.182

自転車は家に置いてきたので
今日は歩きで行く事になる。



中山 唯の事故現場へと。

No.183

事故現場へと向かう途中。
学校はどうだったかメリーさんに聞いてみた。

学校へ行った事で昔の記憶はほとんど戻ったそうだ。
友達やクラスメートはいつも通り生活しており、相変わらず担任が黒板に書く字は可愛かったなど嬉しそうに話していた。

No.184

自分の席がなかった事は正直悲しかったが、忘れているよりかはマシだと言って笑っていた。


そんなメリーさんの話に僕は相槌しか打てなかった。


それでも話し続けるメリーさんは強い子だと思う。
だが事故現場へ近づくに連れ、メリーさんの口数が少なくなっていった。

No.185

僕の家の前に来る頃には、二人とも黙り込んでいた。
そしてまたメリーさんの右手は僕の背中の裾に伸びていた。



事故現場の交差点は僕とメリーさんの家のちょうど中心辺り
僕の家から歩きで5分ほど行った場所だった。



昨日は余計、混乱させる事を避け、別の道を使いメリーさんの家まで行ったが、普段ならこの道を使った方が早い。

No.186

僕らは今度は逃げず、真っ直ぐ交差点へと向かった。


交差点が見えてくる。
交差点と言ってもそんなに交通量は多くない。
右側を流れている川を挟んで橋がかかっており、僕達の歩く道が交わっている。

No.187

交差点の信号付近に立っている電柱柱の下に、お供え用の花束を見つけた。


メリーさんの両親が用意したものだろう。


花はどれも水々しく、いきいきと咲いている。
マメに交換されている証拠だ。
中山 唯が両親に愛されていた事が窺えた。



一瞬、手を合わそうかと思ったが、本人がいるのでそれはしなかった。

No.188

そして僕達は着いた。
中山 唯がメリーさんとなった場所に。

メリーさんの顔を見たが、顔面蒼白と言えばいいのか、とにかく顔色が悪かった。


すぐにここを離れてあげたかったが、
それでは何も進まない。

No.189

「メリーさん、辛いだろうけど、手がかりはここだけなんだ。
些細な事でもいい、何か思い出せる事はある?」

出来る限りの優しい声で言う。

「は、はい…」

と、僕の背中の裾から手を離し僕より一歩先へ出た。
背中が震えているのが分かる。
しばらくしてメリーさんは口を開いた。

No.190

「…雨の日でした。
私はここに立って、信号が青になるのを待ってから歩き出して…」


実際にメリーさんは歩道の真ん中へと歩いていった。


そしてゆっくりとメリーさんは続ける。

No.191

「そしたら、左側から白い、たぶんスポーツカー…。
突っ込んできて…それで…気が付いたら私は倒れてました」


メリーさんの息遣いが荒くなってきた。


「動けませんでした、でも痛くはなかったです…ただ、地面が冷たいだけ。
見るもの全部が真っ赤でした。

No.192

止まっていた車の向こう側から人が降りてきて…

顔は見えなかったけど、下から革靴が見えました…
そして、私の方へ近づいてきて… それでっ!!」


メリーさんが崩れるようにしゃがみ込む。


「メリーさん!?」


僕はメリーさんの元へ駆け寄った。

No.193

「私は投げ飛ばされたんじゃない…
私を…私をっ!土手の川原の下に!」


メリーさんの目から涙が溢れ出す。


僕は、もう大丈夫、大丈夫だからと
手を強く握ってあげた。

とりあえず、歩道の真ん中は危険なので、メリーさんをおぶさりこの場所から離れる事にした。

No.194

背中で泣き続けるメリーさん。
ほとんど重みはなかった。


メリーさんをこんな事にした奴は車で跳ねただけでなく。
土手の下へと突き落とした。
絶対に許さない。


メリーさんから得た情報を整理する。
白いスポーツカー。革靴。
これだけじゃほとんど手がかりにはならない。
続けて僕は頭の中で事故を再現してみる。

No.195

雨の日、左から白の車。
と、僕はおかしな事に気が付いた。



心を落ち着かせて集中する。
話からして、メリーさんは白い車から見て右側に跳ね飛ばされた。

No.196

そうするとおかしな事が起こる。 メリーさんは
「車の向こう側から人が降りて来て、下から革靴が見えた」
と言っている。


想像すれば分かるだろうが、運転席は普通は右側。
車の向こう側から降りるのは考えられない。
となると考えられるのは運転席は左側。
つまり外車である可能性が高い。

No.197

白い外車のスポーツカーなんてこんな片田舎で乗っている奴は数えるほどしかいない。

犯人へと繋がる大きな手がかりを見つけた。


待ってろクソ野郎。

No.198

とりあえず今はメリーさんを落ち着ける事が最優先だ。

僕はメリーさんを背中に、来た道を戻る。

そして僕の家へと連れ帰った。
親はまだ帰ってきていないようだ。
玄関の植木鉢の下から鍵を取り、ドアを開ける。

No.199

そのまま二階の僕の部屋へと運び、メリーさんを僕のベットに寝かせた。
僕の枕を抱え込み、震えるメリーさんの頭を撫でてる。


前の時もそうだったが、メリーさんの髪は、とても艶やかで細く、絹のような手触りだった。



疲れたのか、やがてメリーさんは眠ってしまった。

No.200

タオルケットを取り出しメリーさんにかけてやる。

不謹慎にも僕のベッドで女の子が寝るといったシチュエーションにドキドキしていたが。

頬を叩いて雑念を払う。



床へ座り、机に向かい合い、これからの事を考える。

大きな手がかりは見つけたが、どう探せばいいのか分からなかった。

No.201

僕にパソコンをいじれる技術などがあれば、もしかしたら調べられたかもしれないが、
僕はパソコンも何も持っていない。


特にこれといって秀でるものが無い僕が思いついたのは、これしかなかった。

No.202

さっそく僕は準備に取りかかった。

メリーさんが目を覚ました。

どうしてこんなところで寝ているんだろう。
あれからどれだけの時間が過ぎたのだろうか。
どうにも記憶が混乱する。

と、机に向かい一心不乱に作業する背中。

No.203

僕に声をかけた。

「何…してるんですか?」

「おはよう、ちょっとね、古典的だけどこれしか思いつなくて。」

僕は作りかけだが、メリーさんにそれを見せる。

No.204

4月26日、O市西区交差点付近で発生したひき逃げ死亡事故への情報を求めています。
目撃された車の特徴は、
白いスポーツカー
外車
である事が分かっています。

No.205

心当たりや見た事がある方は、下記の電話番号まで情報提供をお願い致します。

××××ー××ー××××



と、書かれたA5の紙。
中心には目立つように交差点の絵。

No.207

僕が悩んだ末に思いついたのはそれは貼り紙を作る事だった。


「私のために……
で、でもこれで本当に情報を得られるんですか?」


確かにそうだろう。というか、これで電話がかかってくればラッキーと言った感じだ。
本当の狙いは犯人にカマをかける事。

No.208

本当に白のスポーツカーの外車だったのなら
これほど犯人にとってのプレッシャーは無いだろう。
焦らせて、尻尾を見せるのを待つ。

しかしこれも賭けと言った感じだ。
白の外車じゃなければ逆に犯人に、まだ捕まらないと言う自信を持たせてしまうかもしれない。
下手をすれば捜査妨害で警察の厄介になるかもしれない。

No.209

リスクは大きいが、僕一人が出来る事と言えば
これしかなかった。

出来上がった貼り紙をコピーするために一階へと降りる。
母親の書斎にあるコピー機を使わせてもらうためだ。

No.210

出版社に勤めている母は多忙な人で、たまに僕にも手伝えと仕事をまかされる時がある。
機械オンチな僕だけど、コピーの仕方だけはマスターしている。


とりあえず200枚に設定し、カシャンカシャンと出てくる、重大な使命を背負った貼り紙をしばし見つめていた。
印刷が終わり、刷り上がった貼り紙を持つとズシリと重かった。

No.211

二階へと戻るとメリーさんは体育座りで、物思いにふけっていた。
とりあえず机を挟み、正面に座る。

どうしたのだろうかと考えていると、メリーさんが体育座りのまま、伏せ見がちで聞いてきた。


「あの…私がベットに寝ているときに
なんていうか…何かしました?」

No.212

少しメリーさんの顔が赤い。
つられて僕も赤くなる。

「な、何もしてないよ?
本当に」

「そうですか…」
と、なぜか期待を裏切られた子供のような顔を見せるメリーさん。

No.213

え、何この反応。
何かしなきゃいけなかったのか?
たまにメリーさんがおかしくなる事はあるが、今回は重症だった。


気まずい空気が流れる。
もしかして、何かしても良かったのだろうか。
衝撃的にタイムマシンが欲しくなった。


二人とも会話のないまま、時間だけが過ぎてゆく。

No.214

カチコチと時計の針がうるさい。
と、いいのか悪いのか、ガチャリと玄関のドアが開く音がした。
いろいろやっているうちに親が帰ってくる時間になっていた。

No.215

「あ、お母さん帰ってきたんですね。
きょ、今日はこの辺でおいとまさせて頂きます」

「そ、そうだね、それじゃまた明日」


そそくさとメリーさんが窓から出て行く。

ふぅ…とタメ息をついた。

No.216

明日は恐らく貼り紙を街中に貼るだけで、1日を使いきってしまうだろう。
いや、自分で刷っておいてなんだが、200枚という数を全部、貼り切る自信はない。
だが、これしかないのだ。
明日は忙しくなりそうだ。

No.217

夕食を取り、風呂に入りと、日々の日課をこなす。
明日に備え、早めに寝ることにした。
ベットに入ると、このベットで
メリーさんが寝ていたことを思い出した。
心なしかいい香りがして、僕はドキドキした。


そしてゆっくりと僕は眠りに落ちていった。
期限は残り11日。

No.218

いつも通り目が覚める。
顔を洗い用意された朝食を食べ制服に着替える。

今日は、自転車で登校するので早めに家を出る事にした。

朝から日差しが強く、夏が近いことを感じさせる。


と、背中に妙な違和感を感じた。
シャンプーをしている時に後ろが気になるような。

No.219

振り向くとやはり、メリーさんが乗っていた。


「ばぁ!」


と、メリーさんはジェスチャー付きで驚かせてくる。


「おはよう」
「あっおはようございます…」


同じ事は二度は通用しない。
メリーさんは学校に着くまでいじけていた。

No.220

僕だってこれ以上、かっこ悪いところを見せる訳にはいかないのだ。


駐輪場に自転車をとめ、カゴからいつもより重いバックを持ち、教室へと向かった。

教室の前でメリーさんと別れる。
また花子さんの所へ行くらしい。
また後でと言って、メリーさんは行ってしまった。

No.221

教室に入るとめずらしく、浩平が先に席に着いていた。


「おはよう」


「やぁおはよう。今日はバスではなかったのだな」


まぁね、と言って席へ着く。
「…ん?おまえ忙しそうだな。疲れが顔に見える」

さすが長く一緒だったせいか、浩平には分かってしまうようだ

No.222

「ちょっと厄介事がね」

幽霊と一緒にひき逃げ犯を探してるなんて言えない。
言ったところで、信じてはもらえないだろう。


「ふむ…厄介事か。
俺に手伝える事はあるか?
お前には色々と借りがある。
あるのなら力になるぞ」

No.223

借りとは、浩平が好きな女の子の仲介人に僕がなっただけなのだが、
二人が見事つき合うようになってからは、何かと借りを返すといって
色々、手伝ってくれるようになった。


義理堅い奴なのだ、こいつは。

No.224

僕は迷ったが協力者は欲しかった。

浩平なら信頼出来ると信じ、事情を話す事にした。


「ほう…惚れた女が、ひき逃げされたとは…難儀だな。
それで俺は何をすればいい」


僕はバックから昨日刷った、200枚のうちの半分を、浩平へと手渡した。

No.225

「これを街中に貼って欲しいんだ」

「心得た、お安い御用だ、こんな事」


浩平は快く引き受けてくれた。
100枚なら今日中に何とか終わりそうだ。

やはり話してよかった。
ありがとう、そう言った時に教室に担任が入ってきた。

No.226

僕は担任が好きじゃないが、短いSHPは好きだ。
いつものように早く終わった。


トイレに行こうかと思ったが、おそらく今は花子さんとメリーさんの談笑中だろう。
そんな中で事を済ます勇気は、僕には無い。


そんな事を考えていると、浩平が、ちょっとトイレにと席を立った。

No.227

ああ、ごめんよ浩平。
花子さんだけでなく、メリーさんにまで…。
何も言えない僕は薄情者なんだろうか。

No.228

退屈な時間を四時間こなし、やっと昼休みとなった。
メリーさんの姿は見えない。
まだ花子さんと話しているのだろうか。

とりあえず昼飯を片付けようとカレーパンをかじる。


やばい、本当に最近メリーさんの事しか考えてないな。


食べ終わるとガムを一つ噛んで匂い消し。
僕はトイレへと向かった。

No.229

トイレへ入るといつものバケツの上という指定席で、タバコを吸っている花子さん。


「メリーならいないぞ」


心を読まれたのか、いつもの含み笑いで僕が聞く前にそう言った。

No.230

そこまで僕は単純なんだろうか。
ちょっと悔しい。

「おまえ、メリーの事好きなんだろ」

にやにやといじめっ子のような顔で聞いてくる。

No.231

「な!?」

思わぬ攻撃にひるむ僕。
メリーさんは確かに可愛いし、性格だって悪くない。


僕はメリーさんの事が好きなんだろうか。


「…好きかどうかは分からないけど、メリーさんは大切だよ」

そう、だから犯人を見つけ出し。
メリーさんの果たせなかった事を、果たしてあげなければいけない。

No.232

そう考えた時、当たり前の事に気がついた。


全てが終わった時、メリーさんはいなくなる。


忘れていたわけじゃないが、改めて考えると僕はとても胸が苦しくなった。

No.233

最初はにやにやしていた花子さんも、僕の真剣な顔を見て、いつものしかめっ面へと戻った。


やれやれ、青臭いと花子さんは言い、携帯灰皿へとタバコを収めた。


この場にいても花子さんにいじられるだけだ。
メリーさんを探しに行こうかと思ったが、
なんだか自分がストーカー染みている気がしたので、やめておく事にした。


僕は中途半端な時間の昼休みを図書館で過ごす事にした。

No.234

図書館のドアは開いているので開館なのだろう。

中へ入り、浩平に声をかけようとしたが、何やら本を読んでいたので、邪魔しちゃ悪いと声はかけなかった。
僕も読書でもしてみようかと、文庫本のコーナーへと足を運ぶ。


気になったタイトルを取り出しあらすじを読んでは戻すといった事を繰り返すうちに
一つの本に出会った。

No.235

内容は、幼なじみの女の子が幽霊が見えるようになってしまい少しずつ日常から外れた行動をして行ってしまう、といった内容だった。

No.236

幽霊、という単語に反応した僕は、席に着いてその本を読み始めた。


なかなか面白く、時間を忘れて読みふけっていた。
清掃開始の時間が迫ったので、思いきって借りる事にした。


借りる時に浩平が、お前が本を借りるとは云々言ったいたが、軽く流す。

No.237

借りた本を教室へ置き、清掃場所へと向かった。

トイレへ入ると、花子さんとメリーさんが談笑していた。
メリーさんがこちらを向き、会釈する。
一方、花子さんはまた来やがったのかと不機嫌そうな目で僕を見る。

No.238

僕が近づくと、待て、と花子さんが僕を制止した。

「おまえ、ここの当番になってから掃除してないだろ。
私の職場なんだ、ちったあ綺麗にしろ」


なんとなく腹が立つが、言っている事は正しい。
それが僕の役割なのだ。

僕はデッキブラシで床を擦る。
メリーさんと花子さんはまた談笑を始めた。
僕はすっかり蚊帳の外。ちょっと寂しかった。

No.239

結局、掃除終了まで一言も喋らず、掃除を黙々とこなした。
これも花子さんの策略なのだろうか。

メリーさんにまた放課後にと告げ、トイレを出る。


後、二時間頑張ろう。
そうは決めたものの、いざ授業が始まると、暇で暇で仕方がなかった。

No.240

そういえば、と図書室で借りた本を読む事にした。

この主人公は日常から外れていく幼なじみをどう助けるのだろうか。

それなりにわくわくしながら、六時間目終了までずっと読みふけっていた。

No.241

授業が終わり、チャイムが鳴る。
みんなが帰り支度をする中、浩平に声をかけた。

「それじゃあ僕は西区に、浩平は東区に頼む。
徒歩で大丈夫か?」

「まかされた、いざとなれば家の者に手伝わそう」

ありがとう、そう言い残して僕は先に校門へと向かった。

No.242

駐輪所へ自転車を取りに行くとメリーさんがすでに荷台へ腰掛けていた。


メリーさんは僕に気が付くと、
あ、すみませんと言って荷台からピョンっと飛び降りた。


別に乗ってていいのにと言いながら僕は鍵を外す。
校門の所まで自転車を押して行き、そこから自転車にまたがる。

No.243

メリーさんに後ろに乗るように言った。
メリーさんが後ろに乗ると、存在感はあるのにやはり重さは感じなかった。

物が持てるのにどうなっているんだろうと思ったが、今更気にしていたらキリがないので、スルーした。

そして僕は漕ぎ始める。行き先は西区。
100枚の貼り紙を持って。

No.244

「今日中に200枚、貼れますかね?」


後ろからメリーさんが聞いてくる。
僕はペダルを漕ぎ続けながら答える。


「僕のクラスに浩平って奴がいてね、半分の100枚を貼ってくれる事になったんだよ」


「浩平…さんですか」

No.245

そういえば、メリーさんは浩平に会った事がないのか。


顔は見てるかもしれないが、名前と顔は一致しないだろう。
僕は、浩平との思い出話を少し始める事にした。


中学からの友達で、最初はおかしな奴だと思っていたが、いつの間にか仲良くなっていた。



なかなか正義感の強い人間で、何かと協力してくれる。
浩平がケーキ屋を鎮圧した話をするとメリーさんはクスクスと笑った。

No.246

「おもしろい方ですね、それにいい人」


「ああ、いい奴だよ」


そんな話をしているうちに、西区へ入っていた。

そろそろ、貼り出そうかと自転車を降りる。
バックから一枚と、家から持参したセロハンテープを取り出す。

No.247

まず、町の掲示板に貼る事にした。
テープで端の四箇所をとめる。


次は電信柱の卑猥な広告の上から、被せるように貼った。



この一枚一枚が犯人への手がかりであり、僕達の希望だった。



貼る事より、貼る場所を探し回るほうが時間がかかった。

良かった、200枚なんてとてもじゃないが貼り切れなかっただろう。

60枚を過ぎた時点で、日が傾き始めた。
僕も疲れてきたが、隣でメリーさんが申し訳なさそうな顔をしていたので、
心配させちゃいけないと平然と振る舞っていた。

No.248

「どうして、私の為にそこまでしてくれるんですか…?」


うつむいていたメリーさんは顔を上げ、そう言った。
余裕の顔をしていたつもりだが疲れが顔に出ていたのだろうか。
僕は手を休めず、貼り続けながら答える。


「分からない」
「分からない?」

No.249

気が付けば、今もこうしてメリーさんに協力している。
手伝う事が当たり前だと思っている僕さえいる。


花子さんの言う通り、メリーさんの事が好きなのだろうか。
本当によく分からないのだ。



「よく分からない…けど、最後まで協力する」
僕は言い切った。

No.250

「本当に…おかしな人ですね」

後ろで言うメリーさんの声が震えているように聞こえた。
そして最後の一枚を貼り終えた時には、もう、辺りは真っ暗だった。
時計を確認すると8時を回っていた。

No.251

自転車に乗り、自宅を目指す。
荷台に乗っているメリーさんは僕の腰に手を回していた。
二人の間に会話はなかったが、自然と気まずいといった事は無かった。


沈黙が心地よい。


そんな空気を味わいながら、気が付けば家は目の前だった。


僕はメリーさんに送っていこうかと聞いたが、
大丈夫ですと笑顔で返されたので、ここで別れる事にする。

No.252

お馴染みとなった、それじゃあ、また明日の挨拶を交わし、それぞれの家へと帰った。

家の中へ入ると、台所のテーブルの上にラップされた夕食が用意されていた。
母親はもう寝てしまったのだろう。

No.253

どんなに疲れて帰ってきても、夕食の用意は、必ずしてくれる母。
僕は心の中で感謝をし、夕食を食べる。
食器を洗い、食器棚へと戻してから、自分の部屋へ向かった。


部屋着に着替えていると携帯が鳴る。
確認すると浩平からのメールだった。


『まかされた100枚、確かに貼ったぞ\(^0^)/』

No.254

ちょっと顔文字にイラッと来たが、素直にありがとう。助かった。と返信した。


今日は正直、今週でいちばん疲れた。
風呂に入って早めに寝る事にしよう。


貼り紙で何らかのアクションがあればいいのだが……
そう願い、11日の夜は更けていった。
残りは10日。時間は無い。

No.255

翌朝、起きて台所へ向かうと朝食だけが用意されており、
母親の姿はなかった。

「ああ、今日は木曜日か……」

何年も前から母は、木曜日の早朝から出掛け、泊まりがけで仕事をする。金曜の夕方まで帰ってこない。

冷めた朝食を食べ、学校に行く準備をする。

No.256

昨日の後遺症だろうか、肩が少し凝っている。
コリを感じながら、制服に袖を通し、玄関へと向かった。

玄関のドアを開け、鍵を閉めて植木鉢の下へと隠す。


バス停へ向かう中、着信があった。
メリーさんからだ。

No.257

おそらく、後ろに居るんだろうなと一瞬振り返ろうとしたが、前にそれでスネられた事があるのを思い出し、
電話に出る事にした。


「もしもし、私メリーさんですが。
今、あなたの後ろにいます」


相変わらずおかしなセリフだよなと思いながら、振り返ろうとしたが、
ちょっと僕の心にイタズラ心が芽生えた。

No.258

「おはよう、昨日はよく眠れた?」


「えっ?あっはい、おかげ様で」


振り返らないという、メリーさんの存在意義を全否定するような行動に出る。

世間話で間を持たせ、僕は決して振り返らない。
僕の後でてくてくと足音が聞こえる。

No.259

バス停に着いた所で、メリーさんの声が涙声になっていた。

「お願いですから、振り向いて下さい」


これ以上やったら本当に泣いてしまいそうだったので、僕は観念して振り向いた。

そこには半べそをかいているメリーさんがいた。


「いじわる…」


む。しまったやり過ぎた。


メリーさんは本格的にスネ始めた。

No.260

僕はどうにかしようとあの手この手を使い、
結局は放課後にクレープを奢る事で和解した。

イタズラはほどほどに。

そんなやり取りをしていると、定刻通りにバスが来た。


「今日は乗ってくの?」
メリーさんにそう聞いた。

No.261

「そうします、でも…無賃乗車じゃ……」


と、お金の心配をしていた。
どこまでも律儀な子だった。
まぁ、それがメリーさんのいい所なのだが。


バスへ乗り込むといつものように一番後ろの席へ。
案の定、一人で五人分の席を占領する浩平の元へ。


「おはよう、昨日はありがとな」

「やぁ、いいって事よ。お前の頼みだ。いつでも手を貸そう」

No.262

そう、さわやかに言いのける浩平。

「あの…この方が浩平さん?」


メリーさんが耳元で話しかける。
当たる息がくすぐったい。
僕以外に声は聞こえないのだから、ヒソヒソ話の意味はないのだが、
うん、そうだよ。と小声で言う

No.263

怪訝そうな顔で浩平がこちらを見ている。
突然、メリーさんが言った。


「初めまして!私メリーと申します。
この度は協力していただいて、ありがとうございました!」



深々と頭を下げる。
無論、聞こえるはずはないのだが、この子の律儀さときたら。

No.264

と、浩平が見えるはずの無いメリーさんの方を見ている。


「まさかとは思うが、そこに誰かいるのか?」


一瞬、僕は心臓が跳ね上がり、メリーさんは頭を上げ、目をパチクリさせている。

No.265

「信じてもらえないかもしれないけど…いる。
ありがとうだってさ」


僕は包み隠さずそう言った。

「ふむ、お前がいると言うならいるのだろう」


そう言うとバス中に響き渡る声で浩平は言った。

No.266

「俺は浩平!こいつの友達ならば、俺にとっても友達だ、何か協力する事があったら言ってくれ!」


バスの乗客全員が、浩平の方を見ている。
メリーさんはポカンとした顔をしていたが、

「はい!」

と言って、もう一度、深々と頭を下げた。


浩平。こいつは一体何者なんだろうか。


浩平がすごいのか、メリーさんの熱意が伝わったのかは分からないが、僕は少し嬉しくなった。

No.267

五人用の席を三人で占領し、いつも通りの浩平のニュースの話と
世界の車窓からの話を聞きながら、学校へと向かった。

No.268

バス停に着いてからも話は続いた。
意外だったのがメリーさんが、世界の車窓からのファンだった事。

浩平の話に興味津々だった。
時折、メリーさんが合いの手を入れるが


聞こえるはずが無い。無いはずなのだが。


話が噛み合っている。
どこまでも恐ろしい男、浩平。


僕はまたもや蚊帳の外だったのだが。

No.269

メリーさんの楽しそうな顔を見れただけでよかった。
でも少し嫉妬。
僕も世界の車窓からを見ようかな。
そんな事を考えながら、学校へ歩いて行った。


下駄箱付近でメリーさんと別れる。
まぁ、また散策か花子さんと談笑なのだろう。
浩平と教室に着いた時には遅刻寸前だった。

No.270

席に着いた瞬間、担任が入って来て、SHRを始める。
今日のSHRはいつもより、更に短かった。
出席だけ取って終わり。
別にいいが。
そして一時間目が始まる。


僕は読みかけの昨日の本の続きを読む事にした。
主人公に自分の姿を重ね合わせて、読み進める。


やはりなかなか面白い本だ。


気が付くと、本の残りも授業時間も残りわずかだった。

No.271

昼休みとなり、僕は読書をやめ、恒例のカレーパンタイムへと移る。
どんなに遅く食べても、五分でなくなるのが欠点だが、今日もおいしくいただいた。


トイレへ行こうかと思ったが、連日トイレへ入り浸っているという噂が流れたら、友達が減りそうだ。

No.272

どうせ、掃除で行かなければならないので、後回しにする事にした。

僕は本を手に取り、残り三分の一を消化する事にした。

物語もいよいよ終盤。
主人公がどう動くのかが見ものだ。

No.273

掃除開始のチャイムが鳴る。
いい所なのにと、しぶしぶトイレへ向かう。
この調子なら六時間目まで読めば終わるだろう。
早く続きが読みたいが、読んでしまえば物語が終わる。
少し悲しい。


トイレのドアを開くと花子さん、今日はメリーさんもいた。

No.274

「よぉ!」
「どうも」

なんだか機嫌が良さそうだ。

「まぁ、あらかたメリーに聞いたが、その貼り紙作戦とやらは上手くいきそうか?」

「確証はないけど、少しでもアクションがあれば。僕はそれを見逃さない」


おうおう、頼もしいね~と花子さんがニヤニヤしながら言う。
僕は馬鹿にされているんだろうか。

No.275

「まぁ、気が向いたら私も手伝ってやる」

と、花子さんは言った。
なんだろう、さっきからやけに機嫌がいい。
どうかしたのだろうか。


「小学生に頼るほど困っちゃいないよ」
「20だ!」
トイレットペーパーが飛んできた。

No.276

根本的な部分はいつもの花子さんらしい。
いや、トイレットペーパーなら軽い方か。
やっぱり今日の花子さんはどこか優しい。


「よく分からない…けど、最後まで協力するってか」
かはははは、と花子さんは笑う。


このせいか!
なんだか無性に恥ずかしくなってきた。
というか、メリーさんちょっと口が軽いんじゃないか?

No.277

メリーさんの方を見ると、白々しく窓から外を見ていた。
僕、いじられっぱなし。

その後もいじられっぱなしだった。
メリーさんに助けを求めたが、相変わらず外を見ている。

No.278

僕が恥ずかしさで死にそうになっていると、いつもの予鈴。
掃除終了のチャイムに救われた僕。
さっさとトイレを後にする事にした。

ドアを開いたとき、花子さんは言った。



「協力してやるのは本当だ。どうしても困ったら呼べよ」



僕は手を上げるだけのジェスチャーで答えた。

No.279

放課後まであと少し。
後でメリーさんに文句言ってやる。

メリーさんをトイレに置き去りにして、教室へと向かう。
授業が始まるが、当然、僕は本を読む。
残り少ない物語を読み進むために。

ゆっくりと僕は時間をかけ、読み終えた。
その物語を。

No.280

マジかよ…と、読み終わった僕の胸にはわだかまりが残った。
結局、この本の主人公は幼なじみの女の子を救えなかった。
更に言うと、最後の一押しを押したのは主人公自身だった。

自分の姿を重ね合わせて読んでいたので、正直精神的ダメージは大きかった。

まるでこれからを暗示しているような。

No.281

だが、この本の物語は終わったが、僕は続いている。

僕はこの主人公のようにはならないと心に誓った。

No.282

放課後になり、いつものように校門へ向かう。


下校していく生徒達に混ざって校門の隅に、メリーさんが立っていた。


メリーさんは僕に気付き、気まずそうな顔をしている。
僕はメリーさんの元へと近づき、言った。


「話があります」
「はい…」


メリーさんはしょんぼりと素直に聞き入れた。

No.283

「とりあえず言い訳は?」

「え、えっと…そ、そう!朝のお返しです!
全然、振り向いてくれなかったじゃないですか!」


しどろもどろにメリーさんは言った。


「じゃあクレープはなしで、これでおあいこって事で」

「…ごめんなさい、言い訳しません」



メリーさんの中では怒られる事より、クレープが食べられない事のほうが一大事らしい。

No.284

そんな素直なメリーさんを見ていたら、おかしくて笑ってしまった。
そんな僕をメリーさんはきょとんとした顔で見ている。


他にも下校途中の生徒がこちらを白い目で見ていたが、最近じゃもう気にしなくなった。


「まぁいいや、クレープ食べに行こう」

きょとんとした顔が笑顔に変わる。

No.285

「はい!」
そう、元気よく返事をするメリーさん。

僕達は繁華街へと歩き始めた。
貼り紙というタネは蒔いた。


だが、犯人探しはメリーさんの果たせなかった事ではない。



果たせなかった事は別にある。
今日は、初めて出会った時に言っていた、断片的な記憶の中で出てきた場所に行ってみる。

No.286

この位置から行けば、川、神社、クレープ屋、屋上の順番だろうか。
曖昧な所もあるが、そこはメリーさんに案内してもらう事にしよう。

最初に川に行く事にする。

この街を流れている川は一級河川で、なかなかに広い。


とりあえず、川が見える所までメリーさんと行ってみた。

No.287

流れる川を眺めていると、メリーさんは言った。


「知ってますか?この川って結構綺麗で、夏になれば蛍も見れるんですよ」

「へぇ、それは知らなかった」



長年、この街に住んでいるが初めて得た情報だった。
この川周辺に蛍の光が無数に飛んでいるのを想像する。

No.288

「あのさ」

「はい?」

「いやごめん、何でもない」



蛍を一緒に見に行こう。



そう言いかけたが、やめた。
蛍が飛んでいるのを想像した時、隣にはメリーさんがいた。

叶うはずもないのに。

No.289

でも、願う事ぐらいしてもいいだろう?
僕は誰となく話しかけた。
ここに手がかりはなさそうだ。


気を取り直し、次の場所へと向かう事にした。
神社
と言っても漠然としていて、この街で一番大きな神社かと思ったが、メリーさんが言うには違うらしい。

No.290

メリーさんに案内されるがまま、僕は街外れへと向かった。
そこには、細く長い階段。
その先にはさびれた境内があった。


「ここ?」
「そうです」


そう一言言ってメリーさんはずんずんと階段を上っていった。
僕も後を追う。

No.291

小さな森の中にいるような気分だった。
木々が太陽の光を遮り、薄暗かったが、なぜだか不気味な感じはしない。

No.292

階段を上りきると、小さな神社があった。
小さいが、厳かな雰囲気があった。


無神派な僕でさえ、神様がいるような気分になる。


この神社に用があるのかと思ったが、そうではないらしい。

少し先の木製のベンチに、メリーさんは座って手招きをしている。
近づいていくとポンポンと、ベンチの空いてる部分を叩く。

No.293

隣に座れとの事らしい。
とりあえず、座ってみた。


「ここは、私が思い悩んだりした時によく来てたんです。
目を閉じると結構気持ちいいんですよ」


まぁ、そのまま寝ちゃう事が多かったんですがとメリーさんが笑う。
僕は目を閉じてみる。

No.294

辺りが静寂に包まれ、車の騒音などは一切聞こえない。
木々の葉が擦れる音だけが聞こえる。

そして、涼しい風がどこからか吹いてきて、僕の頭を透明にする。


月並みだが、清々しい気持ちになれた。
確かにここはいい場所だな。
僕も思い悩んだら、ここへ来よう。

No.295

目を開けると隣でメリーさんが目を閉じていた。
僕も、もう一度、目を閉じる。
二人の間を駆ける風が心地良かった。


結局、ここにも手掛かりはなかった。


僕達は、繁華街の中にある公園前へと向かう。
次はメリーさん待望のクレープ屋だ。


このクレープ屋は移動式で、街の人間なら誰もが知ってるほど有名。

No.296

僕が中一の頃に出来た老舗だ。
今日も女子高生達で賑わっている。

メリーさんに何味がいいか聞くと、スタンダードなストロベリー味を所望した。
僕は新発売のパイン味を食べてみる事にした。


正直、男一人でクレープ屋に並ぶのは恥ずかしかった。
クレープ屋のおっちゃんが何故かおまけして、クリームもソースも多めに付けてくれた事が気になるが、まぁいいか。

No.297

どこで食べようかと悩んでいたが、メリーさんの提案で、最後の屋上で食べる事にした。


クレープを持ったまま、メリーさんの学校へと向かう。
この屋上とは、メリーさんの学校の屋上らしい。


中からは入れないが、外の非常階段から行けば入れるという秘密を教えてもらい、
その通りに行くと本当に屋上に入れた。

No.298

ここで何をするのかメリーさんに聞いたが、
先にクレープを食べてかららしい。

僕はメリーさんにストロベリー味を手渡し、座って給水塔へと寄りかかった。


「いただきます!」
と、行儀良く、食べる前の感謝を忘れない。
口にクリームをいっぱい付けて、メリーさんはクレープを食べ始めた。

No.299

正直言って行儀は悪いが、その笑顔を見たら誰が責められるだろう。


僕は普段あまり甘い物は食べないのだが、これはうまい。
角切りのパインがいい味を出していた。


ふと、気が付くとメリーさんははむはむと自分のクレープを食べながら、僕のクレープへと目が釘付けだった。

No.300

言いたい事は分かる。


「…ちょっと食べる?」
「いいんですか?」

待ってましたと言わんばかりに、大きく一口、クレープ全体で言うと三割を穫っていった。


もぐもぐとメリーさんは満面の笑みで、おいしいを表現していた。

No.301

なんだかデートみたいだな。


そう思った途端、なんだか照れてきた。


メリーさんがかじった部分を見つめる。
なんだか変な感情が湧く前に食べきる事にした。やはり甘い。

No.302

クレープタイムもフィナーレを迎えた。


「ごちそうさまでした」


二人で口を揃え、言った。
メリーさんが名残惜しそうにゴミを片付ける。
と、メリーさんが指を指し、こう言った。
「そろそろですよ」


指指す先には夕日。

No.303

あの大河に反射して、二つの太陽が沈もうとしていた。


自分の街にもこんな絶景ポイントがあったのか。


僕の好きな番組、世界の絶景100選に応募してみようかな。
いや、みんなに教えるなんてもったいない。
ちょっとした独占欲が働いた。


「綺麗…ですよね…。
この風景を誰かに見せたかったんです」

No.304

メリーさんはフェンス越しに夕日を眺めていた。
夕日に照らされたメリーさんの顔がいつもより大人びて、それでいて儚げに見えた。


これほど絵になっている風景もなかなかないだろう。
そんなメリーさんにドキッとする。

だけど、同時に悲しくもなった。
メリーさんからこの日常を奪った犯人を、僕は許さない。



だけど今はこの景色を目に焼き付けておこう。

No.305

もしかしたら、二度と見れないのかもしれないのだから。


やがて、二つの太陽は地平線へと消えていった。一気に辺りは薄暗くなる。
「帰ろっか」


メリーさんは目を袖でごしごしと擦り、いつもの調子で言った。

「はい!」

No.306



自宅の前に着く。

「ここでお別れですね」
とメリーさんが言ったが、僕はその気はなかった。


「今日は親が帰ってこないんだ。良かったら晩御飯、一緒に食べない?何か作るよ」


そう勇気を出して、ダメ元で言ってみた。

No.307

メリーさんはしばらく考えていた。
困った顔になったり、赤面したりしていたが、やがて、それじゃあと言って承諾してくれた。


植木鉢の下から鍵を取り出し、ドアを開ける。


「お、お邪魔します!」


メリーさんが高らかに言った。
いつも無断で入って来ていたのに、何をかしこまっているのだろうか。

No.308

台所へ直行し、冷蔵庫を開けると、大した食材は入っていなかった。
ここはアレしかないだろう。
男の料理、チャーハン。


メリーさんを椅子に座らせ、調理に取りかかる。
まず、ご飯を皿に敷き、冷蔵庫に入れる。
これがポイントだ。
これでご飯がパラパラになる。

No.309

親父から受け継いだ技だった。
親父曰わくチャーハンの作れない男は、男では無いらしい。
それからと言うもの、チャーハンの作り方だけは、マスターした。


いつものように調理する。


何百回と繰り返した事なので、特に支障はない。

フライパンを振り、パラパラとしたご飯が宙を舞った時、
メリーさんがおぉ~!と歓声を上げた。
これで完成。
付け合わせのインスタントスープと、適当に盛り合わせたサラダで食卓を彩った。

No.310

「いただきます!」
二人で声と手を合わせる。

メリーさんがチャーハンを口に入れると、
おいしい!と言って喜んでくれた。


「料理お上手なんですね」

「チャーハンだけだけどね」


ちょっと得意気に言う僕。

No.311

女の子に食べさせるのは初めてだった。
ひそかな夢が一つ叶い、素直に嬉しかった。
それがメリーさんであった事が更に嬉しさを引き立てる。


楽しい食卓だった。
これ以上ないぐらい。


メリーさんとの思い出がまた一つ増えた。

No.312

食べ終えた食器を洗った所で、メリーさんはそろそろ帰りますと言った。

僕は玄関に出て見送りをする。


「それじゃ、今度こそこれで。ごちそうさまでした。今日は色々と楽しかったです」


頭を下げるメリーさん。

いつもならそれじゃあ、また明日と言うのだが、
僕はずっと考えていた事を思い切って言う事にした。

No.313

「今度、蛍…見に行かない?」



メリーさんは一瞬寂しそうな顔をしたが、


「ええ必ず行きましょうね」
と、いつもの調子で言ってくれた。


「それじゃあ、また明日」


「はい、また明日」



いつもの挨拶を交わし、メリーさんは帰っていった。

No.314

僕は上機嫌で風呂へ入った。
その後も顔のニヤケが収まらなかった。
布団へ入って電気を消す。
オレンジ色の光の中、メリーさんと蛍を見に行ける日の事を願い、
僕は寝る事にした。

No.315

夢の空間をさまよっていると、突然の水の音で現実へと引き戻された。
ザーッと言う、屋根に雨が当たる音が響く。


「……雨!」


僕は飛び起きた。


しまった、貼り紙が。



何の加工もしていない、ただの紙なので、ほとんどが雨にやられるだろう。

No.316

なんでこんな事考えられなかったのか。


ガチャリ。


と、突然、玄関のドアが開く音がした。
親かと思ったが、今日は泊まり込みの仕事だ。


時計を見ると二時を過ぎている。
お客さんって時間でもないだろう。
そもそも、お客さんはインターホンというものを使うだろう。


つまりお客ではない誰か。
……誰だ。

No.317

ギシギシと音を立てて、「誰か」が二階へ上がってくる。

音を立てないように気を付けているようだが、この家の古さから言って、それは不可能だ。


僕の部屋の前で足音が止まる。
そしてガチャリ…と、小さな音を立てて、ドアがゆっくりと開いた。


オレンジ色の光の向こう。
皮手袋に覆面、手に中型ナイフを持っている人間。

No.318

誰が見ても強盗、もしくは、それに順ずるものだと分かるだろう。
けれど僕は違った。



こいつこそ、中山 唯を殺した犯人だと直感で判断した。



だがなぜ家の住所が?
貼り紙には電話番号しか書いていない。
それに何でこうも、親がいないタイミングで…。


僕はこの突然すぎる状況に混乱する。




真っ直ぐベットの方へ歩み寄る覆面。



そして、一気にナイフを布団に突き立てた。

No.319

ドスン!という音が部屋に響いた。


驚いた事に僕を殺す事に躊躇も迷いも一切ない。

車で跳ねた中山 唯を河原へ落とす奴なのだから、当たり前か。



見つかれば確実にこいつは僕を殺すだろう。
心臓が跳ね上がり、冷や汗が吹き出る。

No.320

手応えのない感触に覆面が焦り始めた。
僕はこいつが来る前に、布団の中にタオルケットを詰めて偽装し、別の場所へと隠れた。


だが、タオルケットを入れたのがミスだったと今更後悔する。


元からいなかったという偽装をすれば良いのに、危険を察知し、自ら別の場所へ逃げた。
という事を知らせてしまったのだ。

No.321

この狭い部屋、隠れられる場所は限られてくる。

状況を把握しようと、少し開けていた隙間。
それに覆面が気付く。



そしてゆっくりと近づいてきた。


僕が潜むクローゼットへ。

No.322

まずい、さすがにこれは。


近づいてくる覆面。
このままでは開けられた瞬間、殺される。
こんな所で死ぬわけにはいかない。


メリーさんとの約束が残ってるんだ。


ここは一か八か賭けに出た。

No.323

目一杯、引きつけた所で、僕はクローゼットを蹴破る。


バンッ!と勢いよく開かれる扉。


「!?」


覆面がひるんだ。
そのまま勢いに任せ、突進する。


こいつを転ばせてその隙に逃げる作戦だったのだが。

No.324

その作戦は失敗に終わった。
僕の体は受け止められてしまっていた。
身長差が結果に大きく響いたのだろう。


そのまま僕の力は受け流され、ベットの上へと投げ飛ばされる。


やばい。と思った時にはもう遅い。
覆面が迫ってくる。

No.325

とっさに僕はこう叫んだ。


「待て!取引だ!」

これが駄目だったら僕は死ぬ。



覆面の動きが一瞬止まる。
僕は考える暇を与えず、すぐさま続ける。


「僕はあんたが犯人だっていう証拠を持っている。
それを渡すから命は助けてくれ。
それに二度と犯人探しなんてしない」

No.326

証拠。という言葉に反応したのか、覆面が考える素振りを見せる。
そしてゆっくりと、首を縦に振った。

おそらく、証拠を渡した後で僕は殺されるだろう。
だが時間は稼げた。
この時間で状況を整理する。


ドアは遠い。
走ったところでドアノブに手をかけた時点で、後ろから刺されるだろう。

No.327

窓は近いが鍵がかかっていて、開けている間にやられる。

それにここは二階。
ジャンプしたとして、足をやられ、動けなくなった所をグサリだ。


と、なると、これに賭けるしかない。

No.328

覆面が顎をしゃくる。
証拠はどこだという意味らしい。


「証拠は…その机の鍵付きの引き出しの中だ」

No.329

覆面はこちらの方を向きながら、ゆっくりと下がっていく。
ガチャガチャと引き出しを開けようとするが、
鍵がかかっている。


「鍵は、そこの猫の貯金箱の中だ」


と、素直に鍵の位置を教えた。

No.330

言われた通りに鍵を取り出し、ロックを外す覆面。
表向きの中身は文房具だ。
バラバラと、中身を床に投げ捨てていく。


どこだっ!と言わんばかりに強く睨まれた。


「一枚、板が敷いてあるその下だ」
僕はタイミングを見計らう。

No.331

なかなか外れない板に苛立つ覆面。
と、その瞬間


辺りが一気に明るくなり、火が勢いよく燃え上がる。


僕の仕掛けたトラップが発動した。


覆面の腕に炎が回り、声にならない悲鳴を上げる。
この隙を見逃さない。

No.332

ベットの上から僕は渾身のドロップキックをかました。
わき腹にヒットし、壁まで吹っ飛ぶ覆面。


僕も床に叩きつけられる。
ごろごろと床に転がりながら、火を消そうとしている覆面に追い討ちをかけようと、
僕は起き上がったが、火が消える方が早く、逃げ出す覆面。

No.333

すかさず追いかけようとしたがカーテンに火が引火していた。


ドタドタと階段を駆け下りる音を尻目に、僕はカーテンを引きちぎり、窓の外へと投げる。


幸い、外は雨なので、すぐに消えるだろう。

窓から覆面が走って逃げて行くのが見えた。

No.334

今からではもう間に合わないだろう。
間に合ったところでおそらく返り討ちだ。


はぁはぁと乱れた息を整える。
僕は何とか生き延びた。

No.335

危なかった、本当に……。

シャツの背中が汗で濡れていた。
とりあえず電気を点ける。


被害は特にない。
カーテンが片方なくなった事と大切な本が燃えたくらいだ。
まさかこれに命を救われる事になるとは、夢にも思わなかった。

僕は感概深く本を撫でる。
貼り紙で何らかのアクションがあればいいとは思っていた。

No.336

だがこれはさすがに予想外。
床に座り、深呼吸を繰り返すと段々と落ち着いてきた。


そうだ、警察に連絡を。

と思い、携帯に手を伸ばしてみたが、思いとどまる。


警察に何て言う?


家に僕を殺しに来た覆面野郎が入って来たので、引き出しから火を出して撃退しました。…か?


覆面野郎より、なぜ引き出しから炎が出るか突っ込まれそうだ。

No.337

この2日を通して感じた事がある。


貼り紙を交番の前の掲示板にも貼った。
その際、数々の貼り紙があったが、ひき逃げ事故の貼り紙は僕のだけだった。


それに、貼り紙を貼っても警察からは何の注意もない。
警察は使いものにならない。

No.338

警察に連絡しても、僕が動きづらくなるだけだ。

そして、一番気にかかるのは、あいつがなぜ僕の住所を知っていて、
なぜ、親が留守の時に来たのかだ。


一番考えたくなかった事が脳裏をよぎる。


犯人は僕に身近な人間。

No.339

それしか考えられないだろう。
情報を整理する。


覆面にタックルした時の体付きから言って、まず男で間違いないだろう。

そして電話番号で僕の住所が分かって、毎週木曜日は親がいない事を知っている人物。

No.340

すべてに当てはまる人間はそう多くは無い。


犯人の目星はついた。


僕は今日、決着がつくと分かった。


夜が明けたら聞かなければならない事がある。


浩平に。

No.341

夜が明ける。
結局、一睡も出来なかった。
だが毎日の日課はこなす。


洗面所に行き、疲れた顔に冷たい水をかける。
そして朝食は適当に、パンを焼いて食べた。


制服に腕を通し、準備は整った。


雨は相変わらず降り続けていた。

玄関で傘を、と思ったが
しまった。メリーさんに貸したままだ。

No.342

午後からは雨が上がると天気予報で言っていたが。
しょうがない、バス停まで走ろうと玄関を開けた時。


一番会いたかった顔がそこにあった。


「おはようございます」

メリーさんが黒い、大きな傘を持って立っていた。

No.343

「おはよう」
と、メリーさんの顔を見たら、少し緊張がほぐれた。


「ごめんなさい!ずっと傘借りっぱなしで、困ってるかと思って迎えに来ました」


ペコペコと頭を下げるメリーさんが可愛い。


長年の夢だった、朝、女の子が家に迎えに来るというシチュエーションが叶い、僕は感激していた。

No.344

朝起こしてくれたら完璧だったのに、と図々しい事を思う。


「どうかしましたか?」

「いや、何でもないよ。それじゃあバス停まで行こうか」


僕達は歩き出した。


朝、女の子に起こされる夢は叶わなかったけど、メリーさんと相合い傘で登校してるだけで、幸せだった。

No.345

メリーさんに深夜の出来事を話そうかと思ったが、
おそらく心配させてしまうかもしれないし、
優しいメリーさんの事だ、自分を責め立てるだろう。


それに、なぜ引き出しから火が出るんですか?と聞かれたら、説明しづらい。


深夜の出来事は墓場まで持っていこう。

No.346

だが、これだけはどうしても言っておかなければならない。


バス停でバスを待つ間、僕は切り出した。


「メリーさん」



はい?と小動物のように首を傾げるメリーさん。


「たぶん……犯人、分かった」



メリーさんの顔が強張る。


「そう…ですか……」

No.347

そう言って一度うつむいたが、すぐに真っ直ぐな目で僕を見てきた。


「まだ確証はないけど、今日、決着をつける」


メリーさんは力強く頷いた。


バスが来る。
中には浩平が乗っているはずだ。

No.348

バスの扉が開き、傘を閉じて中へ入る。
そして一番後ろの席を目指す。
浩平が5人分の席を占領している後ろの席へ。


後からメリーさんもついて来る。



「おはよう」


「やぁ。…ん?疲れてるようだな。顔色が悪いぞ?」

No.349

いつもの調子で浩平が言う。


「そんな事はどうだっていいんだ。それより、聞きたい事がある」


「俺に答えられる事ならなんでも答えよう」



そして僕は浩平の耳元で最後の鍵となる質問をした。
メリーさんが不安そうな顔でこちらを見ている。


「ふむ…確かにその通りだ」

No.350

僕は黙り込む。


浩平も察してくれたのか、いつものように話しかけては来ない。


他の席の生徒達がガヤガヤとうるさかったが、
一番後ろの席はバス停に着くまで、始終、無言だった。

No.351

バス停で降り、傘を差す。

僕は浩平に先に行くと言って、僕は僕達は、急ぎ足で学校へと向かう。


今ならまだ間に合うはずだ。

確証は得た。
おそらく確実に、あいつだろう。


メリーさんは何も言わずついて来る。

No.352

降りしきる雨。
ズボンの裾が雨で濡れたが、気にしない。


そして僕は目的の人物を見つけた。
前に回り、歩みを止める。



「おはようございます」



いつもの無愛想な顔でこちらを見て、何も言わない。
言ってしまえば、もう止めれない。
僕は最後の決め手となる事を言った。



「その腕、どうしたんですかーー先生。」

No.353

メリーさんを跳ねて、河原へと落とし、僕までも殺そうとした犯人。


英語教師兼、僕の担任、坂井先生。


さっき浩平に聞いたのはこうだ。


『坂井先生は1ヶ月ぐらい前から、歩いて学校に来てなかったか?』


浩平はそうだと言った。

No.354

僕は知っている。
SHPがいつも短いのは、
僕達、生徒の事に興味なんてないから。
自分の事しか頭に無い。
それに気付いてから僕はこの先生が、大嫌いになった。


坂井先生が口を開く。



「話がある。放課後、残れ」



冷たい声でそう言った。

No.355

「こっちこそ話があります」
と、僕も負けずに冷たい声で言ってやる。


指定してきた場所は今は使われていない、焼却炉前。
勝負は放課後。
もう戻れない。

No.356

僕はそう言い残し、先に行く。
先生から遠ざかった所で黙っていたメリーさんが言う。



「どうしてですかっやめて下さい!危ないです!!」



メリーさんが怒っているのを初めて見た。
目に涙を浮かべながら、叫ぶ。


ああ、こうなると、どうすればいいか困る。


と思っていると、メリーさんが突進してきた。

No.357

僕の胸の部分に顔を埋め、背中のシャツを手で掴まれる。
身動きが取れない。
僕はメリーさんに抱きつかれていた。


「お願いですから…危ない事は…」



僕の胸で泣いている。


僕は女の子に抱きつかれたという事よりも、
メリーさんはどうしたら泣き止んでくれるか、そればかり考えていた。

ポン、とメリーさんの頭に手を置き、僕は言った。

No.358

「大丈夫、学校じゃ派手な動きは出来ないよ。
ただ話し合いするだけだから、危ない事はしないよ」


そのままメリーさんの頭を撫でる。


「…本当ですか?」


メリーさんが顔を上げ、上目遣いで聞いてきた。

「大丈夫」
と力強く言うと、やっとメリーさんは離してくれた。

No.359

学校に着き、メリーさんとしばしの別れ。
メリーさんは花子さんに相談しに行くと言っていた。
僕は教室へ、しばらくすると浩平が入ってきた。

浩平に話そうかと思ったが、浩平にまで危険が及んだら、僕のせいだ。
すべてが終わったら話そう。


そして坂井先生が入ってくる。


一度だけ目が合ったが、すぐ逸らす。
そしていつもの短いSHRが終わる。

No.360

今日は英語の授業はない。

次に顔を合わすのは放課後だ。


そして、一時限目が始まる。
今日ばかりは真面目に受けよう。

No.361


四時限目終了のチャイムが鳴る。
真面目に四時限、きっちりと受けたのは久しぶりだった。


各教科の教師が口を揃えて、今日は寝ないのかと言ってきたのがムッとしたが。

まぁ自業自得だろう。

No.362

僕はクッと背伸びをし、昼食のカレーパンをバッグから取り出す。
そして一口、二口と味を噛み締めた。

そろそろカレーパンの買い置きが無くなりそうだ。
買いに行かなくては。


僕はカレーパンを食べ終え、口にガムを放り込み、日課となった男子トイレへ向かった。

No.363

扉を開ける。
メリーさんはいない。
いるのは花子さんだけ。

いつも通りの指定席に座っていたが、めずらしくタバコは吸っていなかった。

花子さんはやっと来たかと言わんばかりに、こちらを見ていた。


「で、どういう作戦なんだ?
下手すりゃ死ぬぞ」

No.364

花子さんが真面目な顔で聞いてきた。
事情はあらかたメリーさんが話したのだろう。

今朝、メリーさんに言った事は嘘だ。
危ない事はしないと言ったが、まず、間違いなくあいつは僕を殺しに来るだろう。


危険を冒さなければ、あいつを警察に突き出す事も出来ない。
虎穴に何とかだ。

僕の考えを花子さんに伝えた。

No.365

すべて話した後、花子さんはため息をつき、
ポケットからタバコを取り出し、口にくわえ、火をつけた。
紫煙が辺りに立ち込める。


「妥当だが…失敗する確率の方が高いぞ。悪い事は言わん、やめとけ」


「それでも僕はやる」



言うと思った、そっくりだ
と花子さんは言い、再びため息をついた。

No.366

と、急にドアからメリーさんが入ってきた。


「花子さん、お使い済みまし…あっどうも!」


メリーさんは僕に気付くと、深々とお辞儀をする。
つられて僕もどうも、と言い、頭を下げてしまった。



花子さんが、まったくお前らはと言って、優しい目でこちらを見ていた。
掃除開始のチャイムが鳴る。

No.367

今までの感謝を込め、しっかりと掃除する事にしよう。


ゴシゴシとデッキブラシで床を擦り、水で流した所でチャイムが鳴った。
5、6限目が始まるので、教室へ行かなければならない。



「花子さん、色々とありがとう」



今日は素直にそう言った。


「別にお前の為じゃないさ」


と照れくさそうに言う。

No.368

「小学生に世話になるとは思わなかったけど、本当に感謝してる。」


「死んで来い」



冷たく言い放たれてしまった。
最後かもしれないジョークなのに、結構傷付いた。


僕が扉を開け、出て行こうとすると、
おい!と花子さんに呼び止められた。

No.369

「それじゃあな」
と言って手を振っていた。
何の事かよく分からず、とっさに僕も手を振った。
じゃあ、と短く言い残して、僕はトイレを後にした。

No.370

メリーさんに放課後、教室で落ち合おうと伝え、残りの5、6限目に挑む。
なんとか平常心を保てていた午前とは違い、放課後へと時間が向かうにつれ、
緊張感が増していく。

No.371

正直な話、逃げたい衝動に駆られたが、なんとかそんな気持ちに蓋を閉めた。


そして、6限目終了のチャイムが鳴る。
授業は終わり、放課後が始まった。


さすがに校内に生徒が残っている内は、先生も来ないだろう。

No.372

まだ少し時間がある。
次々と教室から人が出て行く。
浩平が話しかけてきた。


「事情は知らんが、大一番って顔だな。頑張れよ」



本当に何者なんだろうかこいつは。


おう。と一言言い、浩平を見送った。
そして静まり返る教室。

No.373

いつの間にか雨は止んでいた。

そーっと教室を覗き込む人影。


メリーさんだ。


メリーさんは誰もいない事を確認すると、教室へ入って来た。


「これから行くんですよね?」


メリーさんは不安げな表情で聞いてきた。

No.374

僕は無言でうなずいた。

「本当に危なくないんですよね?」


更に聞いてくる。


「大丈夫。危なくないよ。
でも万が一の時は、メリーさんに手伝って欲しい事があるんだけど」


「私に出来る事なら何でもします」


と、強い眼差しで了承してくれた。


メリーさんに作戦を伝え、準備を整える。

No.375

細工は流々。



そろそろ、校舎に残っている生徒はあらかた、外に出ただろうか。
僕とメリーさんは指定された焼却炉へと向かう。



焼却炉がある校舎裏の周りは、ブロック塀で囲まれており、中へ入るには、校舎からしか入れない。

以前は使っていたようだが、法の改正で、焼却炉が使用禁止になってからは、
資材やゴミ置き場として使われている。

No.376

生徒が立ち入る事は学期末の大掃除くらいだ。


聞かれたくない話をするには持ってこい。


僕にとっては危険で、先生にとっては好都合。




そんな場所へと続く扉を僕は開けた。

No.377

先生はまだいない。
僕はとりあえず中へ入り、中を見渡す。


ゴミや机、資材などが所どころに固められている。
下に生えている雑草は雨露に濡れていて、歩くたびに靴の中が湿ってくる。
吹く風が涼しい。



心を落ち着けようと、雨上がりの空を見ると赤く、毒々しい夕焼け空だった。

No.378

バタン!と扉が閉まる音が響く。
慌てて振り向くと、ドアの前に先生が立っていた。


しまった。
ぼうっとしていて、出口を塞がれてしまった。


先生は無愛想な顔で、ずっとこっちを見ている。
僕も何も言わず、睨みつけた。


張り詰めた空気が漂う。
先に先生が口を開いた。

No.379

「ここはいい場所だな」


確かにここはいい場所かもしれない。
風は気持ちいいし、人は居ない。
秘密の場所のような感じだ。



「人は来ないし、血の片付けも簡単だ。
おまけに焼却炉まである」


No.380

と、焼却炉を指差し、淡々と言う。



そういう意味か、どうやら本当にここで殺すらしい。
改めてこいつの冷酷さを感じる。


先生が内ポケットに手を突っ込み、再び取り出すと、手には折りたたみナイフが握られていた。

パチンっとナイフの刃を出す。



刃が内側に湾曲していて、動物の爪のような形だった。
緊張感が走る。

No.381

「なんで…すぐ助けなかったんですか?」


僕は低い声で言う。



「あの事か。
女一人の為に人生、滅茶苦茶にされてたまるか。


証拠はあらかた消し、警察の上部に高い金を渡し、後は外車が修理から返ってくれば、
俺の生活は元通りだった。


それをお前が今更になって、あの貼り紙だ」



余計な事を。と、先生は言う。

No.382

僕は気が付くと、拳を作っていた。
ぶん殴ってやりたい衝動に駆られたが、こらえる。



「ところで、何故お前が俺の車を知ってるんだ」



少しずつ近づいてくる先生。



「聞いたんですよ…本人に」


なにを馬鹿な事を、と鼻で笑う。


「まぁ何でもいいか」


と、ゆっくり歩いてきた先生が突然走り出し、迫ってきた。

No.383

僕は突然のその行動に一瞬、反応が遅れてしまった。
すぐに後ろに下がったが、すぐに追いつかれる。


僕の腹にナイフの刃が当たる。


そして、思いっきり横に、引き裂かれた。

No.384

ネクタイが切れ、制服がブチブチと避ける。



だが血は吹き出ない。
その代わり地面に落ちてきたものは、



「教科書?」



先生が呆気に取られている。
僕は後ろへと跳ぶ。
映画で見てから、ずっとやってみたかった。

No.385

僕はここに来る前に、教科書を体に巻きつけていた。
精一杯の皮肉を込め、英語の教科書を。



少し厚さに欠けていたのか、軽く血が出ていた。
だが作戦の第一段階は成功。
ここからは正当防衛。



無抵抗の生徒を、教師がナイフで傷付けたとなれば、警察沙汰だろう。

どうにかして逃げれば、僕の勝ち。

No.386

先生がこっちを睨みつけ、再び迫ってきた。
続けて作戦、第二段階。


「メリーさん!」


「はい!」


ずっとそこにいたメリーさんが傘を投げる。
親父の傘を。


僕はそれを受け取った。
先生が驚いている。

No.387

そうだろう、突然傘が出現したのだから。

世の手品師は案外、幽霊と友達なのかもしれない。


傘を手にした僕。
傘 対 ナイフ。


迫ってくる先生に向かって、僕は渾身の力でナイフを振った。
リーチでは僕が勝ち、先生の顔面へと当たる。


怯む先生。
チャンスと言わんばかりに傘を振り上げた。
先生は手を交差し、上部にガードを固めたが、それはフェイント。

No.388

傘ではなく、傘の柄を握った拳で顔を殴る。
先生が大勢を崩す。



ふらついたかと思ったがその瞬間、ナイフで突いてきた。
僕はとっさにボタンを押し、傘を広げる。



ビリッと音がし、ナイフが傘の布を突き抜けた。
だが僕には届かない。
傘を手放し、先生の懐へと回り込み、スーツの襟を掴んだ。

No.389

体育の授業ではメリーさんに見せられなかったが、今ならいける。

バランスを崩した先生は軽い。
僕は最大の力で背負い投げを仕掛けた。



どうやら僕は女の子が見ていると、力が出るらしい。



空中で手を離し、先生が宙を舞う。

そのまま資材置き場へと頭を突っ込む先生。

No.390

誰がどう見ても一本。
第二段階、奇襲攻撃。
成功。


一矢は報いた。
作戦は最終段階へ。
最後は逃亡。


勝ちは確定したようなものだ。

No.391

今がチャンスと、メリーさんと共に扉へと走る。
先生が起き上がってきたが、僕が扉へとたどり着く方が早かった。



ドアノブに手をかける。
ガチャ…ガチャガチャ!
と、激しくドアノブを回転させるが、開く気配はない。




鍵ーー!
しまったあの時、鍵をかけられて!

No.392

相手は教師なのだ。
学校の鍵を入手する事なんて簡単じゃないかと。
今更ながらに気付き、愕然とする。


ざわっと後ろに気配がし、振り向くと、
頭から血を流し、鉄パイプを持った先生が立っていた。

No.393

「危ない!」


と、メリーさんが叫んだ。
その声に反応し、とっさに右手で顔を守る。


振り下ろされた鉄パイプ。

ゴンっ!と鈍い音がして、僕の腕に激痛が走った。



かはぁっ!と息が吸えなくなるほどの痛み。
腕が上がらない。
骨が折れたか、ヒビが入ったのは間違いない。

No.394

再び鉄パイプが振り下ろされる。
横に跳び、何とか避けるが、そこは逃げ場のないブロック塀。



やばい、次は逃げられないし、左手だけじゃ放ぎ切れない。



先生の無愛想な顔が、見た事もない、怒りの表情をしている。


「死ね!!」


そう言って鉄パイプを振り下ろす先生。


あ、ダメだ死ぬ。そう感じた。

No.395

辺りがスローモーションのように見えた。
振り下ろされる鉄パイプがゆっくりだ。
その向こうでメリーさんが何か叫んでいる。




メリーさん、ごめん。




僕は目を閉じた。

No.396

ガン!と音が響く。


ただ僕に痛みはない。
ゆっくりと目を開けた。


そこには傘。
さっきまで向こうに転がっていたはずの、黒の大きな傘。


それが振り下ろされた鉄パイプを止めていた。


「なん…で…?」


先生の顔がある方向を見て、青ざめている。

No.397

その方向に目をやると、傘の芯の部分が鉄ではなく



足。
人間の足だった。




「危なかったな、あとちょっとであの世行きだったぞ?」



がはははは!と豪快な笑い声。
メリーさんでも先生でも、もちろん僕でもない声。


傘が…喋っていた。



懐かしい声、だけど二度と聞けなかったはずの声。

No.398

忘れようにも忘れられないその声は。



「親…父…?」

No.399

呆然としている先生に、傘が片足でドロップキックをかます。


先生は吹っ飛び、二回転してやっと止まった。



突然、傘がスーッと人の形に変わってゆく。


下駄に黒い浴衣、一箇所大きな穴が開いているのは、さっきのナイフの穴だろうか。


そして顔はまぎれもない、僕の親父だった。

No.400

「親父…成仏してなかったのか?」


「まぁな、何の因果か、今は唐傘をやってる。
人生何があるか分からないな。がはははは!」


懐かしい、耳につく豪快な笑い方。


「そんな事より、あのお嬢さんに感謝しな」


と、いきなり真面目な顔をして言った。
あのお嬢さんとは、メリーさんの事か。

No.401

「オレは日のある内は外に出れねぇ。
だが、こうしてオレが息子の大一番に出てこれたのは、あのお嬢さんが、滞在期間をすべてオレに譲歩してくれたからだ。」



なんだって……。



「あのお嬢さんは今日の0時で消える」



メリーさんの方を見ると安堵の表情をしている。

No.402

なんでそんな顔が出来るんだ。
自分が消えるっていうのに。
また、僕のせいで……。


「う、うわぁぁぁあ!!」
と、いきなり叫び声と共に起き上がった坂井が、鉄パイプを持って迫ってきた。

No.403

標的は親父。
だが親父は振り返ろうともしない。


振り返ろされる鉄パイプ。
親父はぎりぎりの所で交わす。

そしてそのまま、ぐるんと回り遠心力付きの回し蹴りが炸裂した。


腹部に蹴りを受け、ドアの所まですっ飛ぶ坂井。



「親子水入らずだ!黙ってろ!!」


と、言い放った。

No.404

「つ、強くなったな…親父」


「はっ!お前もな!」



がはははは!と笑い声が響く。


ガチャン!という音と共にドアの方を見ると、坂井がいなかった。

No.405

一気に辺りが暗くなってきた。
夕日が沈むと同時に、親父の体が透けていく。


「親父!?」


「ああ、オレにとって日の出のうちに出るのはタブーだ。
滞在期間を全て使っても間に合わないほどのな。
まぁそんな事はどうだっていい」


親父は、本当に自分の事はどうだっていいような口ぶりで続ける。

No.406

「逃げたアイツの事はオレに任せろ、知り合いに頼んである。
お前はあのお嬢さんの果たせなかった事を果たせ。お嬢さんは気付いてるはずだ」


メリーさんの方を見ると静かにうなずいた。


親父の体はどんどん見えなくなっていく。



「時間か…。いいか、絶対に女は泣かすなよ?」

No.407

何度も聞いたセリフを久々に聞いた。
僕は強くうなずく。


「それと、母さんによろしく言っといてくれ。
…じゃあな、元気で暮らせよ」


「親父も…元気で」



がはははは!と握手を交わしたところで夕日が沈み、
手からあのがっしりとした感触が、ゆっくりと消えていった。


残ったのは、黒の大きな傘。

No.408

袖で目を擦り、それを拾い上げた。


「行こう!メリーさん」

No.409

ーーーーーーーーーーーーーー


はぁはぁと荒い息遣いが、暗い校舎に響く。


俺は幽霊なんて、今まで信じていなかった。
でも、さっきから見えるあれは何だ?
青白い顔の、暴走族のような服装の男達。
腕がなかったり、足がなかったりと、
生きてる人間には有り得ないほどの致命傷。

No.410

そいつらが行く手を遮り、後ろから追いかけてくる。

階段を上がり、上がり、上がり。
逃げても逃げても追いかけてくる。


はぁはぁと、どんどん呼吸が乱れ、何度も何度もつまづいては起き上がり。


必死で逃げた。


怖い。外へ出たい。


今度は後ろだけでなく、前からも見えた。

No.411

なんとかやり過ごそうととっさに横の扉へと入る。

息を整えようと深呼吸をする。
と、タバコの匂いがした。

顔を上げるとそこには、
バケツを裏返しにして座っている、ポニーテールの女の子。

No.412

その子がタバコを口にくわえ、紫煙を吹かしていた。


「な、なんでこんな所に小学生が…?」


するとその小学生の顔つきが変わり、
突然ジャンプし、さらに窓の枠の突起に足をかけ、より高く。そのまま空中で一回転した。


重力と遠心力のついた強力な踵落としが、坂井の延髄に決まった。


そのままトイレの床に倒れる坂井。

No.413

そしてそのポニーテールの小学生は言い放つ。




「私しゃ20だ!」

No.414

ーーーーーーーーーーーーーー


親父の言葉を信じ、後は任せ、
メリーさんと共に学校を出る。


どこへ行くのかと聞いたところ、事故現場らしい。


もうすぐメリーさんとはお別れ。
そう思っただけで胸が苦しくなった。



「あ、あの!いや…何でもないです…」


と、メリーさんが言ってきた。

No.415

「何?気になるけど」


「いや、大した事じゃないんですけど…」



もじもじと下を向くメリーさん。



「あの!手…繋いでもいいですか?」


僕は何も言わず、メリーさんの手を握った。

No.416

「手、小さいね」


「手、大きいですね」


そんな事を言いながら、歩いていった。


空を見上げればすっかり夜。
星が輝いていた。



僕達は手を繋いだまま、事故現場へと来た。

No.417

そして、メリーさんが倒れていた河原へと降りる。

川が流れる音以外、静かだった。
メリーさんが言った。



「私、嘘ついてました。
本当は昨日の朝には、記憶は全部、戻ってたんです。
でも、あなたと一緒に居たかったから……」

No.418

メリーさん曰わく、あの三箇所は、デートで行きたかった場所なのだと言う。


僕は何も言わない。
メリーさんは続ける。




「一ヶ月前の事故の日。
雨が降っていて、私は傘がなく、バス停で雨が止むのを待っていました。
そんな時に、私に傘を貸してくれた男の子がいたんです」


それって、まさか…

No.419

「その人の事は知ってました。
たまにバスで一緒になる時があったので。
それに…かっこいいなぁと思って」


えへへっと照れくさそうに言うメリーさん。



「その人が傘を貸してくれて…もしかして私に気があるのかな~なんて、思い上がっちゃって。
でもこの一週間、一緒にいて気付いたんですけど、
その人にとって、傘を貸すのが当たり前だったんですね」

No.420

僕が中山 唯の制服姿を知っていたのは
一度、見た事があるから
話した事があるから……

その先は。



「そんな事知らずに、私は好きな人に傘を貸してもらって、嬉しかったんです。
そして、傘を返す時に思いきって、告白してみようと思ってました。
その時に事故で…」




僕が…傘を貸さなければ
中山 唯は生きていたかもしれない。

No.421

僕が殺したも同然だ……

「ごめん、謝って済む問題じゃないけど…」


「やめて下さい!そういう意味で言ったんじゃないんですから!」


と本気で怒っている。
メリーさんは歩き出す。

No.422

向かった先は、橋の下。
不法投棄やゴミが錯乱する場所。


確かこの辺に、と言ってメリーさんが何かを探している。

そして見覚えのある柄のボロボロになった傘を見つけ出した。

青色のチェック模様の傘。

No.423

「あの人が私を河原に落とした後、傘をここに隠していったんです。
それを見ていた私は、そればっかりが心残りで……」



そして、メリーさんはこの世に残った理由。
メリーさんとなった理由を言った。



「私はあなたに傘を返す為に
ここに残りました」




そう言って傘を、僕に手渡そうとするメリーさん。
これを受け取ってしまったら、メリーさんとは。

No.424

この一週間の出来事が甦るように、頭の中で再生されていく。



礼儀正しい電話で

初めて僕の家に来た時はびしょ濡れで

バスタオルと紅茶を出してあげた。

ベットの下を覗いていた事もあった。

母親とも再会する事が出来た。

ちょっといじめるとすぐ拗ねて。

No.425

甘い物が大好きで、
僕の作った料理をおいしいと言って、食べてくれた。

夕日が似合うメリーさん。


そして、僕の大好きなメリーさん。




僕は…傘を受け取った…

No.426

瞬間、メリーさんの体が透けていく。


「人生で一番、楽しい一週間でした。
その中でも。
あの日、一緒に見た夕焼けが一番好きです。
絶対に忘れません。
ホタルの約束、守れなくてごめんなさい。
そして…あなたの事が大好きです!」



僕は涙をこらえ、最後になるであろうメリーさんの言葉へ、返事を返す。

No.427

「僕もあの日の事を絶対に忘れない。
メリーさんの事が、大好きだよ!」



メリーさんが満面の笑みを見せる。
その目には涙が溜まっているけれど、
嬉し泣きは笑顔なんだ。



そして、最後に、深々とお辞儀をして、メリーさんは消えていった………

No.428

川の流れる音だけが静かに聞こえる。
僕はその場でしばらく泣いていた。


なんとかメリーさんには涙を見せずに済んだ。
と、視界に光が横切った。

No.429

薄い緑色の発光体。


ふわふわと飛んでは、優しい光を放つ。


今の時期では珍しい。
ホタル。



「なんだ、約束…守ってくれたじゃん」

No.430





週が明け、学校が始まる。
いつものようにバスへと乗り込む。
浩平の元へ行く。


「おはよう」



「やぁ。その腕はどうした?」



「ちょっと転んだ」



結局、僕の右腕にはヒビが入っていた。

No.431

石膏で固められた僕の腕。


「それはそうと、坂井教諭が逮捕、と言っても自首したらしいが」



さすがの僕も、そのニュースだけは見ていた。



すべて自白し、賄賂を受け取った警察官も芋ズルのように、逮捕されていった。
坂井は精神が不安定で近々、精神病院へ移されるとか。



浩平には色々と世話になった。
少しだけ話すとしよう。

No.432

あの日からトイレへ行っても、花子さんと出会う事はなくなってしまった。


初めの頃は、成仏してしまったのかと思ったが、
浩平が最近、よくタバコが減ると言っていたので、おそらく健在なのだろう。



僕はトイレに出向き、裏返しのバケツに
ありがとうと、誰となく感謝の言葉を口にした。

No.433

僕の携帯のメモリーには、今でもメリーさんの電話番号が入っている。


ある日、突然。
「すみません、今からお伺いしてもいいですか?」
なんてかかってきそうな気がする。

No.434

そして家の玄関の傘立てには、青と黒のボロボロの傘が、ちゃんと今でも置いてある。

これがあの一週間の証拠なのだから。

僕は生涯、あの一週間を決して忘れる事はないだろう。

メリーさんと過ごした日々。

あの夕焼けを、僕は決して忘れない。





完。

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