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【掌編】十円玉

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自由なパンダさん
21/08/10 23:44(更新日時)

　「どうせ俺なんか、十円の価値しかねえんだろ」
　そういってうずくまってしまった彼は十円玉であった。五百円玉や百円玉のみんなは彼を慰める言葉を持たなかった。何しろその通りなのだから。一体、十円玉以上に十円であるものなんか存在するのだろうか？
　小銭入れの中に重苦しい空気が満ちた。
　百円玉の一つが苦し紛れに言った。「ほ、ほら！　君がいないと俺らのおつりが…」
「出せないから俺らのために存在してろってか？」
　五円玉の一つがあの丸い口で言った。「先輩、そんなこと言ったら僕なんか五円っすよ」
「うるせえ！　穴開けてもらってるくせに。金色のくせに。俺なんかギザギザ取られたんだぜ？」
「……」
もう誰も口を開きはしなかった。
　小銭入れは大部屋である。怒り続ける彼と離れていることはできない。
　誰もが彼を嫌いはじめた。出て行ってほしいと思っていた。
　だから彼が持ち主の手からこぼれ落ちて、雑踏の真ん中に放り出されても、誰も彼を惜しまなかった。

　ストリートの片隅に彼は落ちていた。誰にも拾われぬまま、何日も時が過ぎた。百円や五百円ならば、きっと拾われていたろうに。十円ではほとんど何も買うことができない。冷えた金属の体が燃え上がるほど、彼は自分を呪った。
　どれくらいたっただろうか。
　突然、とてつもない揺れが起きた。横をトラックが通った時よりも、人間に踏まれた時よりも、もっと過激な長い長い揺れ。地震ってやつだ。十円玉は大地とともに震えながら直感した。そしてそれっきり目をつぶっていることにした。地震が来たって、金属の俺は死んだりしない。関係のないことだ。そうだ。人間に作られていながら、結局人間とかかわることなく俺は地中のどっかに埋まってしまうのだ、いずれ。ああ何があってもひどいほうに転ぶ。もう眠ろう。もう眠ってしまおう。

　気が付くと彼は布の中にいた。財布の中ではない。ポケットの中だった。
　俺を拾うものが現れただって？　地震なんて大事の後に？
　考える間もなく、彼は何やら緑色の地面の上に置かれた、かと思うといきなり何らかの投入口へと突っ込まれた。それは十円玉の彼がかつて入ったことのない場所だった。
　するする落ちていくと、周りには彼と同じ十円玉がたくさんいた。
　「どこなんです、ここは」
「知らねえのか？　公衆電話ってんだ」
「公衆電話？」
「まあ聞いてな」
　そのうちに声が響いてきた。彼のいる容器のすぐ近くから、また容器のすぐ向こう側から。
　あんた生きとるんか？　ほんまに？
　うん。
　怪我しとらんのか？　生きとんのか？
　うん。
　どこにおるんや？　
　うん。
　すすり泣くような声が、そのうちに聞こえてきた。
　彼は初めて人間の泣き声を聞いた。
　俺がそんなにすごいことを為したっていうのか。
ただの十円の俺が？
　泣き声はいつまでも続いていた。
　彼はもう一度目をつぶっていることにした。十円の価値しかない彼に、もう何の不満もなかった。
　

　
　
　