遠い記憶

小１の頃

その日は同じクラスのＡちゃんと遊ぶ約束をした

Ａちゃんは小学校から離れた国道沿いに住んでいた



国道は片側二車線ずつで往来が激しく、中央分離帯は高架になっていて高速道路が走っていた

Ａちゃんがいるのは国道の向こう側だった



国道の長い横断歩道を渡り、薄暗い高架下をくぐり抜け、再び長い横断歩道を渡らなくてはならなかった

信号待ちのダンプカーや大型トラックはとてつもなく大きくて恐ろしかったので、前を横切るのは勇気が必要だった



やっとのことで行きついた先は、街から隔離されたうら寂しい工業地帯といった風情で、さらにその先には遠くまで田んぼが広がっていた



空を見上げると巨大な鉄塔がそびえ建ち、黒々とした送電線がぶら下がり、ひなびた一本道があてもなく延びていた



時折ダンプカーが地響きを立てて一本道を通り過ぎていった

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そんな国道沿いに建つプレハブアパートの二階にＡちゃんは住んでいた

Ａちゃんを訪ねると、部屋の奥のほうから「外で遊んでおいで」とお母さんの声が聞こえた



二人は連れ立って一本道を田んぼのほうへと向かった

田んぼの他には本当に何もなかった



見渡すかぎりの田んぼのなかに細い用水路が見えた

用水路を挟むように小高く傾斜した土手が積まれ、土手に沿ってガタボコ道がのんびりと続いていた



一本道からガタボコ道へと曲がると、目の前に用水路の水門が立ち塞がっていた

水門は鉄製で赤茶けて、まるで背の高い番人のようにこちらを見下ろしていた

鉄製の番人の前を恐る恐る通りすぎると、やがて一本道は背後へ消え去り、目の前にあるのは田んぼとガタボコ道だけになった

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ガタボコ道をしばらく行くと、はるか向こうに新幹線の高架が見えた

「帰り道が分かるように目印を付けよう」
Ａちゃんはそう言って平らな石を拾って《書ける石》で印をつけた



平らな石も《書ける石》もそこらじゅうに落ちていた

少し進んでは印をつけ、また進んでは印をつけた



一心不乱にしゃがんだり立ったりしながら、ガタボコ道をどこまでも進んでいった



自転車に乗ったおじさんがガタゴトいわせながら前からやってきて、二人が夢中になっている脇を通り抜けていった



Ａちゃんが立ち上がって、
「あのおじさんは悪い人かも知れない。目印を見られたら大変」
と言い出したので、二人は慌てて印をつけた石をひっくり返した



小石に印をつけてはひっくり返して、楽しかった



ガタボコ道を歩いたり走ったり、小石に印をつけたり小石を投げたりしていたが、夕方になったからとＡちゃんは帰っていった

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Ａちゃんが帰るとき、なぜ一緒に帰らなかったのか覚えていない



どれくらい時間が経っただろうか



ぶらぶらしているうちに方向が分からなくなっていた



子供心にふと、まずい、と思った



広い田んぼの真ん中で迷子になっていた



どうしよう…と焦ったときはじめて、まわりの空がオレンジ色になっていることに気づいた

夕暮れの空を背に、大地がシルエットになっていた



急に怖くなって立ちすくんだ



意を決して走り出した



冷たい風が顔に当たった

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ガタボコ道を走って泣きそうになるのをこらえていると、見覚えのある水門が見えてきた

鉄製の番人だった

怖かった番人が頼もしかった

小さな体が安堵の息を吐き出した



ここまでくれば一本道を辿って国道に出るだけだった



ガード下の向こうには街の灯りが煌めいていた

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