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小説好きさん
20/11/26 23:15(更新日時)

【第一話:深夜の強盗】

「強盗だ。金を出せ」

 ある日の夜。老人が一人で暮らすこのアパートで、何者かが静かな口調で言葉を発した。

「やっ、なんと強盗ですと。これは珍しい。いや、はじめての体験ですな。人生、最後まで何があるか分からないものです」

「何をぶつぶつと言っているんだ。強盗だ。金を早く出せ」

 強盗はナイフをちらつかせ、その老人を脅しにかかる。

「強盗が自ら強盗だと名乗るのは、なんだか滑稽な気がしますな」

「ふざけるんじゃない。早くしなければ、殺すぞ」

「まあまあ、そのように興奮するのはよしなさい。そもそも、どこから入ってきたのですか。鍵を締め忘れていましたかね」

「そんなことはどうでもいい。ここで与太話をしている暇はないんだ。早くしろ」

「早くしろと言われましても、うちにはわずかばかりのお金しか置いてありませんよ」

「それでもいい。現金がないなら、通帳と印鑑も出しやがれ」

「あいにく、こんな爺さんでも最近は全てキャッシュレス決済ですませておりましてね。通帳などもウェブ通帳でして、そういった類の物理的なものは、ないのですよ。スマートフォンの中にあるネットバンキングやクレジットカードなどだけでして。そしてパスワードは全て私の頭の中ですし」

「お前は本当に面倒くさいやつだな。じゃあそれを早く吐け。さもないと本当にぶっ殺してやるぞ」

「はぁ。それなら、いっそのこと殺してもらって結構ですよ。なにせ、私はすでに医者に余命宣告されているのです。病気で死ぬか、今殺されて死ぬか、もうどちらだって人生にそれほど大きな違いはなさそうです。いや、病気で死ぬぐらいなら、強盗に刺されて死ぬ方が、クライマックスとしては盛り上がりますかな」

「なんだって? 往生際の悪いやつだ。そんな話でこの場をやり過ごそうなんて見え透いた嘘には騙されないぞ。おい、なんとか言いやがれ」

 困ったような表情をしながら、老人はゆっくりと立ち上がり書棚へ向かった。

No.3188611 20/11/26 21:16(スレ作成日時)

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No.1 20/11/26 21:17
小説好きさん0 

「ようやく出す気になったか」

 老人は一枚の紙切れを手に取り、強盗に渡した。

 それは医師からの診断書。

 そこには、難しげな病名と症状、そして、あと2年も持てば御の字だろう、といったようなことが書かれていた。

「信じて貰えたでしょうか。余命に関しては本当なのですよ。なので殺して貰っても構いません。ただ、わずかばかりの現金を奪うために、若くてなんだか優秀そうにも見えるあなたが犯罪者になるのは、いかにも心苦しい。また、私のことを本当に殺しでもしようものなら、こんな端金のために、あなたには強盗殺人という重い罪が課せられてしまうことになってしまいます」

 二人とも、しばしの間無言の時間が続く。

「おい、黙り込むな。分かった、殺しはしない。現金だけでも出しやがれ。乱暴なことはしない。こっちは明日食べるお金にも困っているんだ。あんたが通報さえしなければ、犯罪者になんてならないわけだ。分かったか」

 老人は、また少し考え込んでから、強盗に語りかけた。

「お金を取られるからには、私も警察へ通報せざるを得ません。そして、私が通報すると宣言したからには、あなたはここから逃げ出すか、私を殺さざるを得なくなる。逃げたとしても不法侵入、また未遂とは言え強盗未遂なのですから、やはり私は警察を呼ばないといけない。そうではありませんか? そこでですが、一つ提案があるのです。聞いてもらえませんかな」

「なんだ、提案とは。聞いてやるから手短に言ってみろ」

No.2 20/11/26 21:17
小説好きさん0 

【第二話:予期せぬ提案】

「私の養子になってみませんかね」

 突拍子もない老人からの提案に、強盗はいささか、いや随分と困惑したようだった。

「なんだって? どういうことだ。このシチュエーションで、強盗に養子になれなんて言うやつがあるか。いや、これは夢か? 俺がおかしくなってしまったのか?」

 そう言いながら、古典的な方法ではあるが、強盗は自分の頬をつねり現実であることを確かめた。

「夢などではありませんよ。私の養子になりませんかと誘っているのです。この部屋には僅かな現金しか置いてありませんが、実は私には多額の財産があるのです。しかしながら、困ったことに身寄りがない。私がこのまま亡くなり、遺産の全てを国庫に接収されてしまうのもしゃくでしたので、亡くなったらどこかの慈善団体へでも寄付するよう遺言を残そうとも思っていたところでした。しかし、せっかくこうして出会った縁ですから、あなたに遺産を相続するという形で、お渡しするのはどうかと思いましてね」

 またしても、とんでもなく突拍子もない老人の発言に、強盗は困惑を飛び越えて狼狽しているようにも見えた。

「私の余命は、先程みていただいた通り長くて2年です。もしかしたら、もっと早くに生を終えてしまうのかもしれない。この病気は、進行するにつれて、全身の痛みが強くなっていくのはもちろん、手足もうまく動かせなくなり、また、まともに話もできなくなってしまうようなのです。今、まだこうやって、しっかりと話が出来る状態の時に、こういった決断をするのも悪くはない。私には子供は出来なかったが、あなたのような若い息子が出来るというのも嬉しいものです。単純に強盗に刺されて死ぬクライマックスよりも、突然現れた見ず知らずの強盗を養子にし、全ての遺産を相続するというクライマックスの方が、面白そうではありませんかな」

No.3 20/11/26 21:18
小説好きさん0 

【第三話:老人の生い立ち】

 そういうと、老人は、自分の生い立ちを語り始めた。

「子供の頃はとても貧乏だったのです。中学を卒業し、なんとかそんな現実から脱出したい一心で実家を出て一人で上京したのですよ。最初は、とにかく肉体労働でもなんでもやりましてね。いろんな仕事を経験したものです。若いだけが取り柄、といいますか、右も左も分からない、まだ子供でしたからね。騙されたりもしながらも、なんとか生活はできていたのですが、このままでは、実家に居た頃と何も変わらないじゃないか、そんなことを感じながらも、10年ほど経った頃でしたでしょうか。ふとした瞬間に思い浮かんだ商売のアイデアがありましてね。色々な仕事を経験したこともあって、それを手伝ってくれそうな知人に思い当たる人物もおりまして、思い切って会社を立ち上げることにしたのです。学の無い若い田舎者でしたし、貯金もほとんどない状態ではありましたが、なんとか会社は設立できまして。最初は本当に苦しかったのです。経営のけの字も分からない状態ですから当たり前です。それでも、幸いにも、徐々に軌道に乗りはじめまして、30代終わりの頃には、その業界でもナンバーワンの業績を上げるぐらいにまでになれたのです」

「おい、凄いじゃないか」

No.4 20/11/26 21:18
小説好きさん0 

「でもですね、その一方で、悲しいこともありました。まだ実家を出て数年ぐらいの時です。実家が火の不始末による火事で全焼しましてね。両親や少し年の離れた弟も亡くなってしまったのです。遠い親戚から、その連絡を受けたときは絶望しかありませんでしたし、連日泣きじゃくって仕事にならなかったことを覚えています」

「それは、悲惨だったな」

「実は結婚した女性もいたのですよ。家族を失ったものですから、この女性と、たくさん子どもをつくって、明るい家庭を築き直そう。そんな風な未来を想像していました。その頃にはもう会社は順調でしたし、お金の面は心配する必要もありませんでしたから。ただ、残念なことに、子どもを授かることはありませんでした。二人でも幸せな人生ではありましたが、もう何年も前に妻は他界してしまいまして、今では一人ぼっちです。使い切れないぐらいの財産を持っていても、こうなってしまっては、なんの楽しみもないのです。幸せはお金で買えるなんて言う方もいらっしゃいますが、そうではない現実もあるのです。そんな中、数年前にこの病気が見つかり、もう余命幾ばくもない……と。自分の人生は、なんのためにあったのか、日々自問自答し続けていましてね」

 あれだけ威勢の良かった強盗は、神妙な面持ちでそれを聴いていた。

No.5 20/11/26 21:19
小説好きさん0 

【第四話:深夜の会話】

「あんたのことは分かった。しかし、本当に、初めて会った、そして強盗に来た俺なんかに、その財産とやらを渡してしまってもいいのか? もしかして、すでに頭がボケてきているんじゃないのか?」

「頭はまだしっかりとしていますよ。どんな形の出会いも縁なのです。そう信じて、これまで仕事をしてきて会社も立派になった。先程も言いましたとおり、変な出会いではありますが、こういうおかしなクライマックスを迎えるのもエキサイティングな人生じゃありませんか。こんなあらすじを書く小説家がいたとしたら、まず間違いなく売れない本になるのでしょうけれどね。それに会社の役員連中はどうにも気に食わないのです。私が亡くなった後の社長の椅子を誰がせしめるか、そんなことばかり考えているようで、すでに社内では政治的な派閥争いが目に見えて激化していましてね。そんな会社に未来はありませんから、まだ私が社長としての影響力があって、株価も高値を維持できているうちに全ての持ち株を売り現金化して、他の個人資産とあわせて、あなたに相続してあげますよ」

「ほ、本当か?」

「強盗に入ったあなたに、こんなとんでもない嘘を話してどうなるのですか。私は別に殺されてもいいし、この部屋にある本当に少ない現金であれば、持っていかれたとしても痛くも痒くもないのです。ただ、それはあなたの未来を、ただただ壊してしまうことになるだけでしょう。私の勘ですが、あなたは、おそらくこういったことを生業としている人ではない。なぜなら、そのような表情をしているようには見えないのです。それなりにビジネスをしてきた人間であれば、それぐらいは分かりますよ。強盗に入るような切羽詰まった状況とのことですから、今はもしかしたら無職なのかもしれませんが、かつてはそこそこ優秀なビジネスパーソンなのだったのではないか、そんな風に思ってしまいました。あくまで勘ですが」

「今は確かに無職だ。そうでなければ、こんなことはしない」

No.6 20/11/26 21:20
小説好きさん0 

「ただ、ひとつだけ心配事があるのです。私が死ぬ直前に、どこの馬の骨とやらも分からないあなたと死の直前に養子縁組し、あなたに莫大な遺産が渡ったとしたら、会社の連中だけではなく、世間はどう思いますかな。こう見えても経済界には、そこそこ名前の通った大企業の代表ですから、会社の連中がわぁわぁと、あることないことを言い始めたり、ボケ老人をだまくらかした遺産相続詐欺の嫌疑で警察の捜査が入ったり、ワイドショーがおしかけたりと、そういったことも起こり得るのではないかなということです」

「おいおい、それは困るぞ。そもそもあんたはそんな凄い会社の社長なのか? あんたの会社は何という名前なんだ」

「それを伝えてしまうと、おそらく今のあなたでは怖気づいてしまって、この提案を断ってしまう可能性が高いので伏せておいた方がよいでしょう。それほどの大企業だということはお伝えしておきましょう。しかし、私の見立てが確かなのであれば、あなたはきっと私の期待に応えられると思うのです。私ではどうにも処理しきれなかったこの財産を、あなたなら、きっとどうにかしてくれるはず。それにはまず、世間からのバッシングや懐疑の目に、晒されないような状況を作らなければならない」

「どうすればいいんだ?」

No.7 20/11/26 21:21
小説好きさん0 

【第五話:条件】

「まずは、最低限のことではありますが、こういった犯罪行為を犯さなくてもよい自立した生活ができる環境を整えること。次のステップとして、あなたが優秀な人物であることを周囲に認めさせること。それからは、とにかく可能な限り上を目指して欲しいのです。私の余命が本当に2年だとすると、本当に急ピッチで進めないとならないでしょう。私は、あなたなら出来るのではと感じたからこそ、このような話をしていますが、無理だと感じるなら断っていただいても結構なのです」

「いや、ここまで聞いたからには、断る理由はないぜ」

「本当に明日食べるお金もないなら、そこの財布にある、本当に数万円程度ですが、それは持って行ってもらって構いません。ただし、すぐにでもどこかへ就職でもして、死にものぐるいで働き、私の息子として私の財産を相続するにふさわしい存在になってもらいたい」

「なるほど。あんたの余命が2年、その期間でどこまで行けるか分からないが、莫大な財産のためだ。自分に賭けてみるぜ。あと、その金は1万だけいただいておく。本当に3日も飯を食っていなくてな。数日分の飯代があればなんとかなる」

「そうですか。では、これは強盗されて奪われた金ではなく、困ったあなたにお貸しした1万円ということにしましょう。どうせ死ぬのだし、全ての遺産はあなたの元へ行くわけですから、返済されることもないわけですが。どうぞ持って行ってください。それから、そうとなったら養子縁組は早いほうがよさそうです。数日中にも手続きをしたいので、連絡先もこちらに書いておいてください。養子縁組に必要な書類や証明書などがいくつかあるはずですから、用意しておいてください」

「分かったぜ」

「また、私が亡くなった後、少なくとも3ヶ月以上経過してから、私の顧問弁護士の元を訪ねてください」

No.8 20/11/26 21:21
小説好きさん0 

「なんですぐに訪ねてはいけないんだ?」

「私の死がすぐに公になると世間が混乱してしまうはずなのです。先程、先の見えない会社とは言いましたが、特に株主たちに大損害を与えてしまうのは心苦しい。ですので、私の死はしばらくは内密にしておきたいと思っています」

「なるほどな」

「そのうち徐々に情報は漏れ出るでしょうし、それによっても、ある程度大きな株価変動が起こるのは間違いないのですが、多少なりとも、その変化を緩やかにできれば、それに越したことはない」

「ふむふむ」

「それと、あと一つ。あなたには、私の葬儀を、とても質素でよいので執り行って欲しい。放っておいても、会社の方で大々的に葬儀を行うのは間違いないのですが、それもまた、誰が仕切るか、そういったことが社内政治絡みの葬儀なるでしょうから、そんな葬式では死んでも死にきれないと思うのですよ。死んだ後のことを気にするのは、死を間近に控えたものにしか分からないのかもしれないですな。私は、息子と呼べる人間に式をあげて欲しい。そして実際に喪主として葬式をあげたという事実は、また一つ周囲の信頼を得ることにも繋がるはずです」

「あんた、そんなに凄いやつだったのかよ。葬式の事は分かったよ。しかし、それだけの金持ちが、どうしてこんな狭いアパートぐらしをしているんだ?」

「それを言うなら、あなたも、どうしてこんなに金がなさそうなアパートに強盗に入ったのですか。お金があるはずがないじゃないですか」

「いや、それはまあ、その、初めてで、とりあえず入れそうなところへ入っただけで……」

「ははは。やはり、そうでしたか。前科がないなら完全に合格です。安心しましたよ。完全にあなたに任せる決意ができました。私がこの安くて狭いアパートにいるのは、これまで散々贅沢をしてきた反動かもしれません。何不自由のない生活をしていた中で、ふと、昔の貧乏だった時代を思い出したのですよ。死ぬ前ぐらいは、あの頃に戻りたい、とね」

 そんなやり取りをしている間に、もう随分と夜も深い時間になっていた。

「まさかこんな展開になるとは思っても見なかったぜ。あんたも度胸があるな。そして、潔さ、豪快さには感服するよ。じゃあ、今夜はお暇するよ」

強盗、いや、この青年は深々と頭を下げ、部屋を後にした。

No.9 20/11/26 21:21
小説好きさん0 

【第六話:弁護士との会話】

 翌日、老人は電話をかけた。

「いつもお世話になっております。弁護士の先生をお願いいたします」

「どうされましたか」

「遺産を相続する者が見つかりまして。養子縁組もすることにもなりました。あとは、彼、いや、その息子に全て任せることにしますよ」

「えっ。そんな非現実的なことがありえるのですか?」

「ええ。まあ、いろいろとありましたが事実です。昨晩のことなのですが、私も予期せぬようなことが起こりましてね。まあ、話せば長くなってしまいますので割愛しましょう」

「気にはなりますが、私は弁護士ですから、余計なことは詮索はいたしません。事実と用件のみをお伝えくだされば、あとはご依頼通りに職務として進めさせていただきます」

「おそらく2年後になりますが、私が亡くなったら、先生の元に連絡が行くように手配いたします。病院からになるでしょう。そして、息子になる彼には、私の死後、3ヶ月以上が経過してから、先生の元を訪ねるように伝えています。私の息子を名乗る者が現れたら、全て話してやってください」

「3ヶ月後、ですか。……ははぁ。分かりました」

No.10 20/11/26 21:22
小説好きさん0 

【第七話:青年の生い立ち】

 彼はもともと裕福な家庭に育った。父は開業医で、母はプロのバイオリニスト。父方の祖父は、県議会議員を何期も勤め、母方の祖父はその地域の大地主でもあった。いわゆるエリート一家だ。

 一人息子だった彼は、大切に育てられ、地元でも有名な私立中学、高校を経て、難関大学をかなりの好成績で卒業した。堅実に就職活動をに励み、当時、新進気鋭のベンチャーとして知られていた会社へ入社した。

 新卒で入ったその職場では、かなり優秀な営業マンとして活躍した。

 人生は、順風満帆に進んでいたはずだったが、不幸は唐突に訪れた。

 中国に端を発した世界的な規模の経済恐慌により、会社は負債を抱え、あっというまに、倒産してしまったのだ。優秀な若手が集まり、業界からも特に期待されていたのだが、まだ若い会社、未曾有の大恐慌に耐え切れられるほどの企業体力は持ち合わせておらず、志半ばに解散したのだった。

 心機一転、新たな職場を探し、バリバリと働けばよかったのだが、自分の輝かしい未来のみを想像し、失敗や挫折などとは無縁のエリート街道まっしぐらだった彼には、あまりにもショックが大きく、現実を受け止めきれなかった。

 すぐに新しい仕事を探す気にはなれず、自室に引きこもり鬱々と過ごす日々が増えた。なにをするでもなく、ぼーっとしていたかと思うと、突然と涙がこぼれ落ち、混乱し、なんでこのタイミングだったんだと鬱憤をぶちまける。そんな日々を過ごしているうちに、ストレスを抱えきれなくなり、次第に酒びたりとなってしまった。

 未来を考えること、いや、一週間後や、明日のことすらも考える気力を失い、どんどんとふさぎ込んで行く。

 結果、貯金が底をつくのに、そう長い年月はかからなかった。

 新しい仕事を探そうともせず、そんな生活をしている彼を、エリート家族は一家の恥晒しとでも言わんとばかりに見放し、ついには縁を切り家を追い出してしまった。

 わずかに残っていた貯金で安いアパートを探し入居したものの、ひたすら空虚な時間が続く。

 彼自身も、自分を卑下し、さらに落ち込み、鬱はひどくなり、ついには食べるものにも困り強盗のような行動に出てしまったのだが、これが不幸中の幸いというべきなのか、あのような話を貰い、一気に未来が開けたように感じ、再び陽の光を浴びるべく動き出した。

No.11 20/11/26 21:46
小説好きさん0 

【第八話:覚醒】

 強盗に入る決意をする直前までの数年間が嘘のように、キラキラとした目で、また、頭の中は野心に満ち溢れていた。

「よし、もう一度やり直すんだ。輝かしい人生を取り戻すぞ。俺はこんなもんではないはずだ」

 俺は、早速、就職活動を始めた。

 入社面接の時点では、しばらくの空白期間があったことを少し懐疑的に見られていたようだが、もともと優秀だった過去の経歴、経験、実力は色褪せることはない。巧みな話術で面接官すら感嘆とさせ、いくつかの大手企業の内定がすんなりと決まった。

 その中から、最も好条件かつ、一番、世間にも名のしれた、もっとも大きな会社を選んだ。そういう場所で活躍してこそ、親父の遺産を継ぐのに相応しいと思われるはずだと思ったからだ。

 久しぶりの仕事ではあったが、俺はみるみるうちに営業成績を上げて行った。

 仕事に打ち込む日々。昔を思い出す。いや、あの頃以上に仕事に熱が入っていた。当然だ。この先には、さらに大きなものが待っているんだから。

 仕事だけを考える毎日を繰り返して約一年。営業部の部長職を拝命しすることになった。

「しかし、君は本当によく働くね。仕事がデキるやつは何人も見てきたが、ここまで朝から晩まで仕事に集中している人は初めてだよ。部長として、他の営業マンたちのマネジメントという業務も加わるが、プレイヤーとしての君にも引き続き期待している。頑張ってくれたまえ」

 辞令をくれた役員からは、そのように発破をかけられた。

「このまま、この会社で働くだけでも充分良い暮らしができそうだな」などと考えられる余裕も出てきたが、そんな心の甘えは、この先にある大きな宝の邪魔でしかない。俺は邪念を捨てた。

No.12 20/11/26 22:06
小説好きさん0 

【第九話:親父】

 そんな忙しい中でも、養子縁組した親父とは月に1度は会うようにしていた。人生のすべてが詰まった財産を、見ず知らずの、しかも強盗に入った俺なんかに遺産として相続してくれるというのだから当然だ。

 余命も残り僅かだろうが、なんとか親孝行をせねばと思い、好きだと聞いたティラミスを土産として持って行ったり、最近流行りの音楽を知りたがっていたので、自分なりのミックスリストを作って送ってやったり、人気のアイドルのDVDをプレゼントしてみたり。

 親父は、俺が何をしても喜んでくれる。

 そういった反応を見るにつけ、意外と若いんだなと感じることが多かったが、そういう最先端のセンスに敏感だからこそ、大きな会社の社長になれたんだろう。こういったところは、見習うべきだし、血こそ繋がっていないが息子として継承していかねば。

 親父は、俺が大企業に就職し、あっという間に役職も付き、結構稼げるようになってきたことも誇らしげに感じてくれていたようだ。

 しかし、当然のことだが、徐々に病状は悪化し、辛そうにしている姿を見ることが多くなり、ついには入院生活を余儀なくされることとなった。

 入院してからは、すこしでも元気づけてやろうと思い、週一で面会するようにした。

 不思議なものだ。親父が亡くなれば、その莫大な遺産は俺のものになるはずなのに、今は、すこしでも長く生きてもらいたいと思ってしまっている俺がいる。日に日に弱っていく親父を見るのは辛かったが、寂しい思いをさせてはいけないと思い、毎週末の面会は続けた。涙を我慢しながら会う日も増えた。

No.13 20/11/26 22:13
小説好きさん0 

【第十話:病院からの電話】

 そろそろ2年が経とうとしていた頃だった。気が気でないまま仕事をする日々が続いていたが、ついにその時が来てしまった。

「お父様の容態が急変しました」

 電話を受け、すぐにタクシーに乗り込み、病院へかけつけた。

「父は、親父は、どの部屋ですか!」

 集中治療室に移送されていた親父は、まだかすかに意識はあるようだった。

 何かを言おうとしているようだったが、かすれた声で、ほとんど聞き取ることはできなかった。また、痛み止めもほとんど効いていないのだろう。全身の激痛に耐えかねているように見えた。

 泣きながら手を握り、もう「親父、親父……」と、声をかけることしか出来なかった。

 到着してから15分ほどだっただろうか。心電図は、親父の死を示し、医師もそれを確認し、死亡時刻を告げた。

 最後に見た親父の表情は、本当に苦しみに歪んだ顔ではあったが、なぜか少し安堵したような表情でもあった。

 俺も少しだけ心を整理をする時間が必要だったが、落ち着いてからは速やかに、葬儀のため必要最小限の手配をした。

No.14 20/11/26 22:40
小説好きさん0 

【第十話:息子としての役目】

 喪主である俺、たった一人で執り行った親父の葬儀。

 世間には知られぬように、しかし質素でよいから息子に式をあげてもらいたい。その願いを叶えてあげられたことに、まずは、ほっとした。

 結局、親父の会社名は最後まで聞かされていない。会社には、入院中ということだけが伝わっており、病院には、親父から死亡したことは、弁護士と息子以外には他言無用と伝えていたようなので、俺が弁護士に会って全てを確認し、その事実を会社に伝えるまでは、その会社の社長は親父のままということになるのだろう。

 会社の方では、社長が入院中ということもあり、極力細かな判断を仰ぐようなことのないように配慮されていたようだったが、それでも大きな契約に関する決済の承認依頼などは時々来るとのことで、普段はメールで指示を出していたようだ。さすがに、長期間連絡がなければ、大騒ぎになるはずだろうから、隠すにしても、やはり3ヶ月程度が限界なのだろう。

 しかし、社長がいなくても、滞りなく回るビジネスの仕組みを持つ大企業を作り上げた親父を改めて尊敬した。この人に出会えてよかった。心からそう感じた。

 出会いは強盗だが、盗まれたのは俺の心だったのかもしれない。

 親父との別れからの悲しみはしばらく続いたが、やがて、遺産相続のことが、俺の頭の中のスペースを埋めていく。

 ここまで来れば、莫大な遺産を受け取ったとしても、世間や親父の会社の連中、保険屋や警察も何も言えないはずだ。公正証書遺言なども弁護士が預かっていると聞いている。

 そして、なんせ自分が、親父にとっての世界で唯一の親族であり息子なのだから。

 仕事は仕事で忙しく慌ただしかったが、ようやく3ヶ月が経過し、その数日後ぐらいに、弁護士の元を訪ねた。

No.15 20/11/26 23:05
小説好きさん0 

【最終話:遺産相続】

「息子です。死後、3ヶ月が経過したので、訪問させていただきました」

「ようこそいらっしゃいました。早速ですが、遺産の話ですね。こちらの書類をご覧ください」

 差し出された書類はそれほど多くなかった。ペラペラとめくり、その弁護士に尋ねた。

「これで全てですか?」

「はい、その通りです」

 もう一度、最初から最後まで、目を凝らして見返す。

「こちらには、資産のようなものは何も書かれていないようですが、何かの間違いではないでしょうか」

「いいえ、お父様の遺産は、それで全てです」

 俺は絶句した。そこには、莫大な借金と、債権者のリストのみが書かれていたのだ。

「あなたのお父様は、昔大きな会社を手掛けておられました。それこそ、名だたる経営者にも顔の効く、とても素晴らしい会社でした。しかし、海外との大きな取引での不渡りが原因で、会社は大きな負債を抱え、最終的には倒産いたしました。責任感の強い方だったのでしょう、ご迷惑をおかけしたお取引先の方たちに、ご自身の私財は全て投げ売り、少しでもと返済をしましたが、それでも、莫大な借金が残りました」

 少しだけ静寂が流れる。

No.16 20/11/26 23:14
小説好きさん0 

「その後も、自己破産などをすることはなく、身体と頭の動く限り、ご自身はギリギリの生活をしながらでも、少しずつ返済をしつづけましたが、その頑張りがたたったのかは定かではありませんが、病に侵され、それすらも、ままならなくなった。そんな時、自分の遺産を相続してくれる若者が現れ、養子縁組もすると、喜んで連絡をいただいたのです。負の遺産のみで、正の遺産はありません。この負債は、今後はあなたが背負っていくものとなります」

「ちょっと待って下さい。借金だけの遺産ならば相続を放棄します。負債も含まれることは、父との会話の中で聞いておりましたが、それを上回る資産があってこその遺産相続です。こんな話は聞いていません。相続を放棄させてください。その権利は当然あるはずです」

「いいえ、簡単に申し上げますと、民法上、死後3ヶ月を経過した場合は、相続放棄は出来ない原則となっています。色々な条件がありますが、あなたは、負債があったことも知っていた。ですので、すでに、相続を放棄する権利を失っているのです」

 再び絶句した。絶句というよりも、悪夢だ。これは夢か。夢に違いない。自分の頬をつねる。

「夢ではございませんよ。現実です」

 いつかあった光景だ。

「で、では、亡くなる間際まで経営していたという会社は? それは、どうなっている!」

「それは私は存じ上げません」

「親父……、あの野郎、全部嘘だったのか……」

「あなたがお勤めの現在の会社でのご活躍の評判は伺っています。今の収入、それから、今後まだまだ昇進する可能性なども視野に入れれば、定年まで働き、ギリギリ切り詰めた生活をなされば、なんとか完済できる可能性はあるのではと思います。責任感の強かったお父様は、これで、ご迷惑をおかけしたお取引様たちへの義理を果たせると、嬉々として喜んでおられましたよ。人生のクライマックスは、最高に盛り上げたいと常々おっしゃっていましたが、死の直前にあなたのような頼れる息子さんと出会えて、本望だったことでしょう」

No.17 20/11/26 23:15
小説好きさん0 

〜了〜

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