神社仏閣巡り珍道中・改 東北路編
[神社仏閣巡り珍道中] 御朱印帳を胸に抱きしめ
人生いろいろ、落ち込むことの多い年頃を迎え、自分探しのクエストに旅にでました。
いまの自分、孤独感も強く本当に空っぽな人間だなと、マイナスオーラ全開でして┉。
自分は生きていて、何か役割があるのだろうか。
やりたいことは何か。
ふと、思いました。
神さまや仏さまにお会いしにいこう!
┉そんなところから始めた珍道中、神社仏閣の礼儀作法も、何一つ知らないところからのスタートでした。
初詣すら行ったことがなく、どうすればいいものかをネットで調べて、ようやく初詣をしたような人間であります。
未だ厄除けも方位除けもしたことがなく、お盆の迎え火も送り火もしたことがない人間です。
そんなやつが、自分なりに神さまのもと、仏さまのもとをお訪ねいたします。
相も変わらず、作法がなっていないかもしれない珍道中を繰り広げております。
神さま、仏さま、どうかお導きください。
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ここ、【大崎八幡宮】さんは平安の昔、東夷征伐に際し【坂上田村麻呂】が、武運長久を祈念すべく武門の守護神である宇佐八幡宮を現在の岩手県水沢市に勧請、鎮守府八幡宮を創祀したのが始まりであるようです。
その後、室町時代に【奥州管領大崎氏】が自領内の現遠田郡田尻町に遷祀し守護神として篤く崇敬したため、世に大崎八幡宮と呼ばれたのだそうです。
大崎氏の滅亡後、【伊達政宗公】が居城の玉造郡岩出山城内の小祠に御神体を遷し、その後仙台城の乾(北西)の方角にあたる現在の地に祀られました。
社殿の造営にあたっては、当時豊臣家に仕えていた当代随一の工匠が招聘され、その手に成った御社殿は豪壮にして華麗なる桃山建築の特色が遺憾なく発揮されており、仙台六十二万石の総鎮守として伊達家の威風と遷宮当時の絢爛たる息吹とを今に伝えており、安土桃山時代の我が国唯一の遺構として国宝建造物に指定されております。
大崎八幡宮の御社殿は、入母屋造りの本殿と拝殿とを相の間で繋いだ石の間造りであり、後に権現造りと言われる建築様式は、外観は長押上に鮮やかな胡粉極彩色の組物(斗きょう)や彫刻物を施し、下は総黒漆塗りと落ち着いた風格を現し、拝殿正面には大きな千鳥破風、向拝には軒唐破風を付け、屋根は柿葺と意匠が凝らされております。
拝殿内部には狩野派の絵師佐久間左京の筆に成る唐獅子の障壁画や大虹梁の青龍、石の間の格天井には五十三種の草花が描かれており、俗に左甚五郎の作と伝わる花鳥動植物や説話風の人物など多彩な彫刻が組み込まれ、全体的に美しい調和をなし、安土桃山時代の文化を今に伝える我国最古の建造物であり、その貴重さから昭和二十七年に国宝に指定されています。
御社殿前の長床と呼ばれる建造物はは創建年月不明ながら御社殿とほぼ同時期の建築として国より重要文化財の指定を受けており、簡素な素木造りは端麗にして瀟洒な佇まいを示しています。
と、いうことであります。
総黒漆塗りに金の飾りは青空に映えていかにも荘厳でありました。
うーん、私、ここの神社さんのこと、テレビで拝したことがあるかも┉。
参拝を済ませて。長床と呼ばれる門を出たところで夫が手招きをしています。うん?
「そこ」ん?
「そこそこ!」「なあに?」
! 「えー?なんで?」
┉黒い鶏が一羽、木の根元にたたずんでいます。囲いなどありません。ただたまたまたたずんでいるだけで、自由に動き回れる状況です。近づいたところで特に逃げようともせずに、優雅にその空間を楽しんでいるかのようです。
鳩がいるのはわかるような気がします。鶏?
飼ってるってこと、ですよね。
よく見るとあと一羽、白い鶏が木の奥に隠れるようにたたずんでいました。
Google先生にお聞きしたところ、神社と鶏の関係は実は深いようで、
【天照大御神様(あまてらすおおみかみさま)】が天の岩戸に御隠れになられて世の中が真っ暗闇となった時、人々は困り果て夜明けを告げる「長鳴き鳥」(にわとり)を集めて鳴かせ、天照大御神様が姿をあらわす事となったという古事記の一説がありました。
また、【鳥居(とりい)】は神社の入り口に建つ門でありますが、鳥(にわとり)の止まり木が「とりい」の語源という説 もあります。かくして鶏は日本人にとって由緒深い鳥でもあり、神社にとって神聖な場所の神様のお使いの鳥(にわとり)でもあったようです。
さらに、大崎八幡宮境内の西側に「鶏橋」と呼ばれる橋があるそうで。
これは
『毎夜一羽の金色の鶏が橋の欄干で鳴くので、人々が不思議に思い、八幡様へお参りしたところ、
八幡宮に奉納された「鶏の絵馬」から抜け出して橋の方角へ飛んでいき鳴いていたことが分かりました。絵馬に金網を張ると鶏は鳴かなくなりましたが、その夜から雨が降り続き間もなく大洪水が起こってしまいました。人々は毎夜鳴いていたのは洪水を知らせるためであったのだと知り、橋の名前を「鶏橋」と名付けました』という話があるそうです。
こちらの八幡宮とはいろいろご縁がある鶏ですが、境内に居るのは実は鶏ではなく少し小型の鑑賞用として飼育されてきた矮鶏(チャボ)なのだそうです。
思いもよらない鶏┉チャボとの出会いにテンションがあがった私どもでありました。
感仙殿のみぎてには趣を異にした石塔石碑の並ぶ、いかにも墓所、といった空間がひろがっています。【妙雲界廟(みょううんかいびょう)】とあります。
四代藩主綱村公は「前例にならい、御霊屋を建てたならば子孫は大変である。自分が死んだら墓石を建て瓦屋根で覆えばよい」と言う遺命をお残しになり、以後御霊屋は建てられなくなったのだそうであります。
綱村公のお墓はこちらにはなく、綱村公が自ら鍬(くわ)を持って開いたという〖大年寺山(太白区)〗に、四代以後歴代の藩主のお墓が残っているのだとか。
たしかにみまわしたところ(失礼なやつであります)四代も五代もなく、何代かのお墓がありませんでした。
【妙雲界廟】は九代藩主周宗(ちかむね)、十一代藩主斉義(なりよし)と芝姫(あつひめ)の墓が置かれる墓所でありました。
戦国の世においても、江戸幕府の支配下にあっても、名のとおる御家の後継ぎ問題等は大変そうであります。
こちら伊達家にあっても歴代の藩主の歴史を追うと、切なくも御家の為の苦労が偲ばれます。
妙雲界廟の参拝をさせていただき順路にしたがってすすむと階段があります。階段の途中、ひだりてに御子様御廟という案内板がありました。こちら御子様御廟(おこさまごびょう)へは現在立ち入りが禁じられておりました。
こちらは、幼くして亡くなった伊達家の公子公女のお墓であるそう側室や老女のお墓もあるそうで、藩主の華やかな霊廟とはあまりに違って物悲しさをかもし出しています。
仁王門をくぐると、小学生くらいの子どもの小さなグループがいくつか、自転車でだったり、秘密を隠しきれないで思わず笑ってしまって軽く小走りしている子たちだったり、ここは自然に子どもたちが集うお堂のようです。うーん、子どもたちが集うお堂ってすっごく好き❤
しかも大声で騒いだりしない子たちばかりです。お薬師さまのお足元で遊ばせていただいているという気持ちがしっかりと根づいているのでしょうか。
そしてその境内に漂う空気の清んでいてそしてやわらかいことといったら。なんて居心地のよいところなんでしょう。
ずっといたいような、何度でも、毎日でも来たいところです。
┉まあ、引っ越して来る以外、それは叶わないことですがね。
だから子どもたちが集うんだ。
見るからに優しそうな若いお母さんが、子どもの手を引きベビーカーを押してお参りに来ておられました。
政宗公はなんと素敵な空間をよみがえらせてくださったことか。
【陸奥国分寺薬師堂】さんは、御堂というには大きな建物でありました。大きな瓦屋根のどっしりとした御堂です。その御堂の扉が障子貼り、なんです。もう、どれだけ私を魅了するんだろう。狛犬さんも可愛らしいし。
そうそう、手水舎はなんとカエル!
カエルの水を使う手水舎は初めてかもしれない。
しかも暗くなってからでもお参りできるようにか、やわらかい灯りで小さくライトアップしています。
そして、御朱印をお受けしようと詰所にうかがうと、若くきびきびと動く、しかも控えめなお坊さまが対応してくださっていました。
かねがね数珠入れを欲しいと思っていた私が数珠入れを見せて欲しいと申しますと、お数珠の扱い方をお教えくださいながら、「こちらのお数珠には(こちらの数珠入れは)少し小さいけれど使えないほどではないですかね」と。
きれいに使いやすく整理された詰め所でありました。
そして子どもたちもお坊さまに話しかけていたりしていて、ここに集う子たちともよい関係を築いておられるようでした。
うーん、すっごく好き。いいなあ。
うっ。
なんという道?!
いやいや国道なんとかとかいう道路の呼び名ではなくて、その道幅にびっくりします。
すごーい!片道四車線!
私には走れないな。
すっごいなぁ、仙台!
東京とも千葉とも神奈川ともちがう、大都会がそこにありました。
ぐ、群馬県、ですか?群馬県には片道四車線なんてないと思いますよ、はい。
ましてや群馬県の片田舎の町に住む私たち。走行している夫も走りづらいようであります。ごめんなさい、絶対走れない。
そんな四車線をすいすいと車線変更して追い越しをしていく車の多いこと、多いこと!こわいよぉ。
まるで町のネズミと田舎のネズミのおはなしのようですね。
そして、実はもっと怖かったのが、実は青葉城の大きな大きな石垣。
ライトアップされているのですが、ね ┉蒼、なんですよ。蒼。
青葉城だから、ではなくて、おそらくは医療従事者さんへの感謝とエールの青。
でも、いきなり暗くなりかけた道に蒼い大きな石垣って立派なホラーでしたよ。怖い、怖い。
これはもっと穏やかな暖色のほうが石垣にも合っているし、医療従事者さんも喜ぶんじゃないかと┉。
怖かった。
そして、青葉城。
売店はかろうじてまだ開いていたのですが、辺りはすでに暗い。
伊達政宗公の騎馬像があるはずなのですが┉どこだろう。
うわぁ、青い。
青くて蒼い、青葉城。
あとは暗くて見えなかったです。
仙台の夜景はすばらしかったです。
ちなみに、青いライトアップはしばらくは続くもようであります。
私たちはもうおそらく二度とは見ることはないので┉ここにちょっと恐怖体験を書いておこう。(*`艸´)
金の襖、金の襖と書いてはおりますが、角のお部屋には松の絵が描かれています。何畳あるのか、┉もはや魂が抜けたような状態の私はそんなことまで考えたりすることなどできる状態でなく。
とりあえず、お部屋にまでは入ることはできないので遠くからではあるのですが、遠くから見ても松の葉の一本一本が生き生きと描かれている絵が描かれているのです。こちらは松の間といい、あとで知ったことによると茶道衆の詰所なのだそうです。はあぁ。
その隣の家来の控えの間は鳥が描かれていました。
近く描かれているもの、遠くに描かれているもの。
様々な立ち姿で描かれていました。
┉建物の中は庫裡からすべて、写真撮影は禁じられており、なんの鳥の絵であったかと調べたところ、その鋭い眼光といったら!
これがまた実にリアルな絵であります。
はあぁ。
┉まあ、でもこちら瑞巌寺さんが、どれだけ重厚で上品な建築である学習いたしましたので。先に進むことにいたしました。
!┉!!
ここで私は、やはりこちらは間違いなくお寺、寺院であることをしかと実感いたしました。
先ほどの外から拝した、御本堂の建物のちょうど真ん中、御本堂の中心にあたります。
そう、こここそが本堂の中心であります。
ひ、光輝いている~ぅ‼
その部屋に至っては、なんと床まで光り輝いております。とはいえ、床が金箔とかではなく、例えるなら┉例えば群馬県桐生市の宝徳寺さんの、あの、床に映す逆さ紅葉のような感じで、その襖の金色が映って、床までが光っているのです。
まばゆいばかりの御本堂。
はあー。
ちなみにこちらは孔雀の間、と呼ばれているそうで、ここで法要が営まれるのだそうであります。
【瑞巌寺】さんについてここまで書かせていただいて┉。
宝物館に安置されている円空の仏さまのお名前を間違えてはならないと、〖瑞巌寺円空佛〗と検索すると、瑞巌寺さんの公式ホームページがありました。
おお、ありがたい!
ありが┉ありが┉ありがた過ぎるページを発見いたします。
瑞巌寺さんの御本堂の中を3Dツワーなるものであります。開いてみますと、な、なんと!
瑞巌寺360度映像3D参拝ツワーということで、御本堂内を映像で拝することができるではありませんか!
(´;ω;`)
ああ、まぁとりあえずあってる。
あってることはあってたけれど、なんと拙く、しかもあちこちに話が飛んでいることか┉。
私の拙い駄文でお目汚しをいただいた方々におかれましては、【国宝 瑞巌寺】という公式ホームページをご覧いただき、3Dツワーというところをお開きいただければと思う次第であります。
きっと私が何を書いていたかがご理解いただけると同時に、その素晴らしさに心洗われること間違いなし!であります。
【三慧殿】は正保三(1646)年に造られたといいます。
伊達政宗公の嫡孫【光宗】は幼少の頃より文武に優れ、その才智は徳川幕府にとっておそるべき逸材であったとされています。
江戸城内において19歳という若さでこの世を去るのですが、その死因には諸説あり、毒殺されたともいわれているようであります。
霊屋はその死を悼んだ父、二代藩主伊達忠宗公により建立されたもので、宮殿型の厨子の中には白馬にまたがる衣冠束帯の光宗像、殉死した七人の像が祀られているのだそうです。
また、その厨子は全面に金箔を施した華麗なもので、装飾の図柄には洋バラ、スイセン、ガーベラ、トランプの図柄などヨーロッパ風の模様が刻まれているのだそうです。支倉常長が持ちかえったものをもととしていて、
当時鎖国していた徳川幕府に対して、あくまでも伊達家のところへ霊廟と申し立て、扉を開けることはなかったのだそうで、三世紀半も公開されることなく現代に至ったということでありました。
今、その扉は開け放たれて、金色に光り輝く厨子のなか馬にまたがる光宗の像と、光宗を取り囲む像がみえます。
建物自体は奥まったところに建てられ、白木造りの一見質素な建物であります。ですがこちらもまた当時には珍しい本瓦葺きと、こだわりある建物であります。
その一見質素な白木造りの建物と光り輝く厨子との格差に、自慢の将来を嘱望する息子を喪った父の哀しみと怒りを感じさせられた、三慧殿でありました。
さらに進むと、こちらにもまた洞窟群が。洞窟のなかには古びた石碑や石塔、石仏がたくさん安置されています。
さらに進むと見えてくるのは、庭園の中にひときわ存在感をみせる、おんこの木(イチイ科)。
八方睨みの名木と称せられ、樹齢も700年を超えているそうですが、樹勢の衰えを感じさせません。 さらに進むとなんと!
境内には珍しい、バラ園が!
日本最古の洋バラもあるとのことですが、いかんせん、私どもが参りましたのは紅葉真っ盛りの秋。いくつか咲いているバラもあるにはありましたが、かえって寂しさ、憐れを感じさせられました。
また、紅葉した庭が見えてきたところに茅葺きの大きな屋敷のような建物が見えてきます。
瑞巌寺に属する【五大堂】は、道路を隔てた、陸地にほど近い小さな島に建てられています。
瑞巌寺の石標のあるところから東に百メートルほど行ったところが五大堂の入口となっています。
緩やかな登り坂をのぼるとすぐに橋が見えて┉見えて┉見えてきた橋は、な、なんと!
隙間だらけで直下の海面が見えているではないですか!
あ、あり得ない。
ここを作ったとき木材が不足でもしていたというのでしょうか。
夫がそれはそれは嬉しそうに、
「渡れる?頑張ってね。」笑。
五大堂に続く橋。【透かし橋】というのだそうです。
江戸時代中期の頃からこうした造りになっていたと云われているとのこと。
五大堂の参詣する時身も心も乱れの無いように足もとをよく見つめて気を引き締めさせるための配慮とされているのだそう。┉もうしわけありませんが、このような橋ではかえって見も心も乱れるのでは?
少なくとも私は確実に確実に乱れます。
ようやく渡り終わり、お土産店がありました。心引かれるけれどまずはお参りを。┉また橋だ。
嘘でしょ?!
手すりにつかまろうが、下を見ないようにしようが、海の上であることはどうしても視界に入ります。はああぁ。┉。
まあ、そうは言っても吊り橋ではないので揺れはしないので、大丈夫、大丈夫、大丈夫。
だいぶへっぴり腰ではあったかとは思いますが、なんとか五大堂のある島へと到達いたしました。
夫がそんな私の勇姿を画像に残さなかったのは、┉よほどひどかった、ということなのかなぁ。
この日の東北も季節外れのあたたかさ、五大堂のあるこの小島は風一つない穏やかな心地よいところでありました。潮のかおりもせず、あの橋がなければここが島であることを忘れてしまいそうでありました。
ここ、五大堂は坂上田村麻呂が毘沙門堂を建てたのがはじめであったといいます。その後、慈覚大師円仁が一堂を建立して五大明王を安置したことから五大堂と呼ばれるようになったのだそうで、現在の建物は政宗公が建立したものだということであります。
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