突然の終わり
静かな船内。
随分と長い年月、一人でこの宇宙船にいる。
思えばとても長かった。たった一人で、いつものルーティーンをこなし、ちょっとした運動で健康を維持しつつ、眠るだけの日々。
相手をしてくれるのは、ちょっとだけユーモアをしゃべることのできるAIロボットだけだ。
しかし、私もそろそろ老いてきた。
日常のオペレーションに、ちょっとだけ躓いてしまうようなことが増えてきた。
情けないことだが、老いとはそういうことなのだろう。
そろそろ交代のタイミングかもしれない。
次のやつを起こすとするか。私がそうされたように。
「おい、そろそろ時間だぞ。目を覚ませ」
そう言いながら、冷凍睡眠状態にあるもうひとりのクルーを叩き起こす。
何万光年と離れた惑星に向かっている宇宙船ではあるが、人類の科学は、光の速度を超えるような科学力を手に入れることはできず、苦肉の策で、多数のクローンを使い、長時間の宇宙旅行プロジェクトを進めていた。
起こしたこのクルーは、随分と若いが、昔の私だ。正確には、私と同じDNAでできているクローン人間である。
「おはようございます。もう私の番ですか」
「そうだ。そろそろ私も引退の時期が来た。あとはよろしく頼むよ」
「何年位やられてたのか知りませんが、大変だったでしょう。私も、このあと、そういった時間を過ごすことになるのだと考えると、とても憂鬱ですが」
「もう君で13人目か。過去の私たちも、同じような気持ちで同じように働いてきたのだから、よろしく頼むよ。私はこのまま、安楽死の注射を打って、このつまらない人生に終止符を打つとしよう」
「まだお元気そうですし、しばらくは一緒に過ごしませんか。私もいきなり一人ぼっちは、少し寂しいですし」
「私だって、起こされて、こういった引き継ぎをしただけで、後は一人ぼっちだったんだぞ。とはいえ、仕事を君に任せて、私は悠々自適な老後生活をここで送るのも悪くはない。日常に会話の相手がいるというのは、自分の人生で初めてのことでもあるわけだし。では、しばらくはゆっくりとさせてもらうことにするよ。君は頑張って働きたまえ」
そんなやり取りをして、私と私のクローンの宇宙船での生活が始まった。
私もクローンなわけだが。
それにしても、クローンの元となった人物は、どのような思いでこの宇宙船に乗り込んだのだろうか。
分からないが、私にとっては、災難以外の何物でもなかった。
しかしながら、与えられた使命というか、そういったものへの責任感だけは、しっかりと受け継がれているのだから、困ったものだ。
DNAとは、そこまでコントロールしてしまうのだろうか。外の世界を知らない私たちには、知り得ぬことだ。
「そういえば、なんて呼べばいいのか困りますね。年上とはいえ、自分と同じわけですし」
「それは私も思っていたところだが、起きた順、年功序列で、少なからず敬語では話しかけてくれたまえ。私も、この船内でしか過ごした経験がないとはいえ、何十年も生きてきたわけで、たった今生まれたばかりのような若者と、タメ口で話す気分にはなれないよ」
「そうですよね。分かりました。人生の先輩。よろしくっす」
「いきなりタメ口じゃぁないか。まあ、嫌な気はしないが。なにせ、自分なのだから」
そんな感じで始まった二人っきりの宇宙船生活。
しかし、我々、いや私をお送り出したやつらは、なにを考えていたのだろうか。
自分がクローンだと知ったときの衝撃はものすごいものがあったが、それ以上に、起こされた途端に、一人ぼっちで、何十年も宇宙船を操縦しつづけないといけないと把握したときのショックは、おそらく誰も味わえないレベルのものだろう。私、私たちを除いては。
そいつ、いや、もう一人の自分は、あくせくと働いていた。
私はというと、これまでの長年の仕事から開放され、気楽な日々を過ごす。
当たり前の権利だろう。
時々、もう一人の自分から、作業についての質問をされるが、おそらくほとんど理解している上で、会話のきっかけでも作るために話しかけて来ているように見えた。
そんなコミュニケーションも、これまでなかったことであり、楽しく感じた。
私が長年続けていた、毎日の任務を、淡々とこなす、もうひとりの私。
大変だと思うが、というか、実際大変なのだが、引退した身としては、それを見ることが楽しく思えてもいた。
過去のクローンたちはどのようにしていたのだろうか。
こんな日が来るとは想像していなかったが、とりあえず、引き継ぎと同時に死を選ばなくてよかったなと、少しだけ思っていた。
「先輩」
結局、私はそのように呼ばれることになった。
まあ、一番分かりやすいのかもしれない。
「なんだね」
「ちょっと、手伝ってもらえませんか。一人だとしんどくて」
「何を言ってるんだ。私は引退した身。引き継ぎした時点で、安楽死により、そもそも、もうここには居ないはずであったはずの存在なのだから、君が一人でやるべきだぞ」
「そうはいっても、今、実際にここにいるじゃないですか。結果論ですけれども。そんなにプカプカとタバコを吹かしている暇があったら、少しぐらい手を貸してくれてもいいじゃないですか。私たちは、いわば一心同体でしょう。少しぐらい助けてくださっても、いいもんじゃありませんか。同じ人格なのですし」
やれやれ。何を言い出すかと思ったら、本当に面倒くさいやつだ。
同じDNAを持ったクローンではあるが、若いというだけで、こんなにも思考が異なってしまうのだろうか。
若い頃の勢いというのは、こういうところで癖が出るものなのだな。
「バカを言うな。本来なら、私はここにいないんだぞ。完全にミッションをこなし、君にバトンタッチしたんだ。仕事に関しては、居ないと思ってくれたまえ」
立場をわきまえていないやつだ。
長い年月、しっかりと仕事をこなし、あいつが頼んだから、話し相手として、残ってやっているわけなのに、居るのだから仕事を手伝えというのはどういうことだ。
そもそも、自分の老いたこの身体では、仕事がままならないと判断したから、引退を決意し、引き継いだわけだ。おかしいではないか。
まあ、私もそこまで意固地になる必要もなかったのだろうが、筋は通さねばならない。
自分自身とはいえ、若いものには、しっかりと教育をしてやる必要がある。
しかし、こいつは結構な骨のある青年のようで、若い頃の私を思い出す……。
いや、私が若い頃は、こうやって口論する相手すらいなかったのだから、正確には分からないが、おそらく、誰かと接し、こんな風なことになったのだとしたら、同じような感じだったのじゃないかと思う。
こうなったら、とことん付き合ってやろう。一人きりで過ごしてきたとはいえ、数十年の人生経験の違いを見せつけてやろうじゃないか。
取るに足らない、くだらないことがキッカケに始まった口論だが、私はそのような気持ちで臨み、若い自分は、勢いに任せてヒートアップし、一向に終わる様子が見えなかった。
そのまま結構長い時間が経過し、お互いそろそろ疲れてきた頃に、「じゃあ、ほかの自分たちの意見を聞いてみようじゃないか」という話で落ち着いた。
良くないことだとは二人とも分かってはいたが、残っている冷凍睡眠中の自分たちを起こしにかかる。
あちらこちらで、覚えのある会話から始まり、なぜ多人数が起こされているのかという質問が繰り返される。
我々二人はいきさつを話し、自分たち同士で、多数決で判断をしようじゃないか。そういう風に、起こされたばかりの自分たちに伝えた。
一人ぼっちでの船内よりも、自分自身とはいえ、たくさんの人間とふれあいながら、仕事をするほうが楽しいはずだ。効率も良くなるに決まっている。
よく考えれば、常に一人で宇宙船を操縦し、何十年、何百年もかけて遠くの星へ向かうなんてミッションは、非常に馬鹿げている。
まあ、最年長となっている私は、それを眺めながら、あれやこれやと指示をする程度のことしか出来ないのだが。
初めて、これだけの人数の人間を目の前にし、少しだけ興奮も覚えた。
もちろん、皆もそうだと思う。
しかし、旅程は決まっていて、おそらく予備人員はあるにしても、必要な最小人数のクローンが用意されていたはずなのだから、全員一斉に起きてしまうと、おそらく、目的地にはたどり着けない。
それについては、どうしようかと、もちろん思ったが、こうなったからには仕方がない。これだけの人手があれば、なんとか知恵を絞り、共に目的地へたどり着く方法も考え出せるのではないだろうか。
特に、到着時の、最後に叩き起こされる予定だったはずのやつなんかは、同じクローンではあるが、特別な何かを持っているに違いない。
このプロジェクトの意味や目的などは、おそらくそいつにしかインプットされていないはずだ。
なにせ、私も含め、私の前のやつも、後のやつも、とにかく船を操縦することだけが、自分のやるべきことだという認識しか持ち合わせていなかった。
到着した先で、何が起こるのか、疑問にも思わずにこれまで生きてきたわけではあるが、こうなったら、何が起こるのか見てみたい気持ちも強くなってきた。
皆は、少し、というか随分と混乱しているようだった。与えられていた役割は認識しているものの、突然、ルールにない形で全員が叩き起こされたのだから、当たり前だろう。
少し時間をおいて、改めて尋ねる。
「よし、みんな。どう思う」
そう発言するやいなや、ある私たちの一人が発言した。
「おいおい何をしてくれているんだ。おまえたちは、私のクローンなんだぞ。決められたプログラムをきっちり進めてくれないと困るじゃないか」
私のクローン?
そう発言したのは、私たちの元となった、オリジナルの人物だった。
「せっかく高いお金を積んで、地球では見られないような、とても興味深い環境のある惑星へ、休暇のリフレッシュがてらに向かっているところだったのに。なんてこった」
いくつかの植民星を手にした地球人の富裕層たちは、このような方法で、他の惑星に旅行に出かけることが当たり前になっていたようだった。
その方法として、目的の惑星へたどり着くまでに必要な数の自分のクローンを作り、宇宙船を操縦させる。
最終的に自分が起き、地球では味わえない素晴らしい環境を持つ遠くの惑星での余暇を満喫する。そういったトラベル商売が流行っていたのだ。
「もう一度、冷凍睡眠カプセルに戻ってくれ。全員一度に起きてしまったら、目的地へたどり着けないじゃないか」
私たちは、概ね状況を察し、このような、ただの旅行のために作られ、働かされ、廃棄されていたという事実に驚くとともに、とてつもない憤りを感じた。
私たちは、ほとんどいっせいに、そのオリジナルである私に飛びかかった。
「私たちを何だと思っているんだ。バカにするのもいい加減にしろ」
怒りは収まらず、皆でそいつの首を締め付けた。
何か言っていたようだが、関係ない。
そのまま、どうなっても良いといった勢いで抑え込み、オリジナルは、息絶えてしまった。
その瞬間、クローンである私達も、跡形もなく消えた。
オリジナルが居なくなった途端に、私たちは、存在自体が許されなくなったようだ。
無人の宇宙船は、そのまま、静かに航行した。
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