サダメ

「そちらこそ、最近はどうなんですか？　どんな仕事も、今の状況じゃぁ大変でしょう？」

「そうですね。以前よりは見通しが立たないですけど、なんとかやれてます」

「それなら良かったですね。最近お見えになられないから、心配してたんですよ」

そのまましばらく適当な雑談だったり、特にしゃべることのないまま店内にあるテレビを観たり、いつもどおりの感じで、少しだけ時間が進みました。

「そういえば、ママ、先日の花園神社の酉の市、行きました？」

花園神社とは、確か関ケ原の合戦があった１６００年よりも前から、今の新宿にあった総鎮守みたいなものです。酉の市は、今も、毎年１１月に３回ほど、商売繁盛を祈念するイベントとして行われています。毎年、お客様に前の年よりも大きな熊手を買ってもらうことで、さらに商売が飛躍するといった話もあるようで、僕も過去に何度か熊手購入資金を出したこともあります。

「行ったけど、自分で熊手買っちゃったわよ。だぁれも来ないんだもの。花園もいつもよりも閑散としてたわよ。それよりも、ママって呼ぶのやめてくださいよ。ノゾミさん、とかでいいんだから」

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「ママ、付き合って欲しいです」

他にお客様がいなかったこともありますが、会話の流れなどなにも関係なく、唐突にそんなことを言ってしまいました。

それを、今日、伝えようと思って来たわけではなかったのですが、なぜだか自然と口から出てしまったのです。

前から恋心を寄せていたのは間違いないのですが。

しばらくの沈黙が流れました。

「なにに付き合えばいいの？」

「……男女としてのお付き合いの話です」

「なに馬鹿なこと言ってるんです？ 笑っちゃいますよ。もしかして、もうだいぶん飲んで来たんじゃないんですか。今日はほどほどにしてくださいね。それで、もう一回だけ言いますけど、ママと呼ぶのはやめてくださいね。ノゾミさんで。それに本当の愛の告白だとして、ママって言われたりしたら、おかしくなっちゃってまともには受け止められないですよ。本当、面白い人」

そう言いながら、洗い物に取り掛かる、少しだけ歳上のママ、いや、ノゾミさん。

しばらく、ガチャガチャと食器を洗う音だけが流れました。

ノゾミさんのことを想っていたことは事実ですし、ふとしたタイミングで口から出てしまった言葉でもありました。

言うつもりはなかったのですが、衝動的に口走ってしまったようです。

この反応は、フラれたのでしょうか。

お店でこういった話をするのはタブーだとも、もちろん分かっていたのですが。

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「そろそろ閉めますよ」

そのまま、先程の告白のようなものはなかったかのように、お互いにそれには触れることなく、いつもの他愛もない話をし続け、僕は結局、最後まで居たのでした。

「はい、分かりました。お会計をお願いします」

途中何人かの一見さんのお客様が入っては、出て行ったのですが、新宿ゴールデン街って、１時間とかそこらで切り上げて数軒はしごするのが普通だったりして、ひとつのお店で、ずっと長居する僕のような客の方が稀だったりします。

お金を払い、席を立とうとしました。

「あ、ちょっと待って。明日というか、今日？　仕事とか予定がないのだったら、お寿司でも食べに行かない？」

まさか、ノゾミさんの方から誘ってもらえるとは思っていなかったので、少し興奮しつつ即答しました。

「なんの予定もありません！　ぜひぜひ」

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店じまいを少しだけ手伝い、二人でそのまま、新宿区役所通り沿いにあるお寿司屋さんへ行きました。

こんな遅い時間にも営業してくださっているので、とてもありがたい。ここのお店は、どのネタも美味しいのです。

「今日は来てくれてほんと助かったわー。ぜんっぜん、誰も来ないんだもの。ホント。これじゃぁお店続けらんないわよ」

営業モードを終えたノゾミさんは、いつもより少しくだけた感じで話していました。

「僕は二人きりでお話できる時間が長かったので嬉しかったですよ。売上は、察しますが……」

お店で二人きりになることはしょっちゅうあったのですが、ノゾミさんと、お店の営業後にどこかへというのは初めてのことでした。

少し緊張していたので、たぶん、お寿司の味は、ほとんど分かっていなかったと思います。

「ところでさ、さっき最初に言ってたコト、本気？」

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頭が真っ白になりました。

すっかり、なかったものとして扱われていたのだと思っていたのです。

僕自身も、少し、というか随分と恥ずかしくって、飲んで忘れて、今までのように、また、時々顔を出す程度の、いつもの常連客になろうと努めようとしていたのです。

それなのに、ノゾミさんが蒸し返すように、そんな問いかけをしてくるなんて。

ふざけているようには見えないし、どう答えてよいのか、なにが正解なのか分からなかったのですが、とにかく、正直な気持ちを口にしました。

「僕、本気です。じゃないと、少しぐらい酔っていたとしても、あんなことを言ったりしません」

ノゾミさんは、少しだけなんだか困ったような表情をしているように見えました。
それはそうだろうと思います。ただのお客さんだったはずの僕が、本当に唐突に、想いを伝えてしまったのですから。

「じゃあ、付き合おっか。前みたいなことにならないようにがんばろ」

予期せぬ返事に、確実に、自分史上最高に困惑していたと思います。

前みたいなこと。

それだけがひっかかりました。元カレと何か嫌なことでもあったのでしょうか。

よく分からなかったのですが、とにかく混乱して、どういう感じで会話を続ければ良いかすら判断できないまま、ぐだぐだな感じで食事を終え、お寿司屋さんを後にしました。

スマートな対応でなかったことだけは確かなのですが、それでも、とにかく僕達は付き合うことになったのです。

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僕は昼の仕事をしていて、ノゾミさんは夜のお仕事。

デートをする時間を作るのもなかなか難しかったのですが、僕がお店に行けば、もうそれが二人のデートでもあったりもします。

お店でいただいたお酒の代金は、ノゾミさんに還元されるわけだし、一人で、あるいは友達とどこかへ遊びに行くよりも、よっぽど有意義なお金の使い方だなぁなんて思うのです。

お付き合いしていることを内緒にしながら、ただの普通のお客さん風に過ごすことも、優越感というとよくはないのですが、ちょっとだけ、楽しく思っていたことは内緒です。

そういう楽しみ方もあるでしょう？

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とはいえ、毎回お店でのデートというのも味気ないですし、たまには二人で外に出かけることもあります。

「そういえば、私たちって東京に住んでるけど、東京スカイツリーって行ったことなくない？」

東京の観光スポットのトップ5ぐらいには入るんじゃないかなぁと思うのですが、確かにスカイツリーには行ったことがありませんでした。実は東京タワーにも行ったことはないのですが。

「確かにないですね。建設中に、近くを通ったことはあった気がしますけど。展望台とか、凄い景色なんでしょうね。今度行ってみましょう」

相変わらず、ノゾミさんには敬語で喋ってしまうのですが、三つ子の魂なんとやらというか、最初からの関係性は、やっぱり続いてしまいます。

そんな話をしてから二週間ほど経った日曜日、二人で向かいました。

壮大にそびえ立つスカイツリー。

「遠くからは何度もみたことあるけど、実際間近に見るとおっきいねー」

スカイツリーも、もちろん、すごかったのですが、少しウキウキとしていたノゾミさんの方に僕は目を奪われていました。

チケットを購入し、展望台へ登るエレベーターへ乗り込みます。

エレベーターの中でもちょっとしたガイドがアナウンスされ上に到着します。

東京をくまなく見渡せるこの高さは、さすがに凄い。高所恐怖症の僕でも、怖さを忘れ、ちょっとだけ興奮しました。

たくさんの人でごった返していたので、あまり立ち止まることとなく、順路に従って、ぐるっと一周して下へ降り、お土産屋さんなどを覗き、一通り満喫してから、ソラマチと呼ばれているショッピングモールまで下っていきました。

休憩がてらにクレープを食べたりなんかして、少し学生時代の頃の彼女とのデートを思い出します。

夜は、予め予約をしておいた浅草の鉄板焼屋さんへ行きました。

ここは、とっておきの時にしか来ないお店です。なんといっても、お値段が……。

石垣牛のステーキをメインにしていて、とても美味しいのですが、メニューはコースのみで、出していただく品数も半端なく多くて、デザートに辿り着く前に、もう、ふたりともお腹いっぱいでした。

でも、こういったデートは本当に久しぶりで、いつも顔をあわせているはずのノゾミさんが、また、全く違う表情を見せてくれたりして、幸せな気分に包まれます。

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そんな月日を重ね、このまま結婚とかしたりして、家族というものになるのかなぁって思っていたりもしたんです。

「ずっと一緒に居たいと考えています。結婚、結婚してもらえませんか？」

そんな言葉が出てくるのは、当然の成り行きだったと思います。

むしろ、そうでなくては不自然な状況だとも思っていました。

ノゾミさんは、少しだまってしまいました。

「こうやって、楽しくお付き合いしてるし、ずっと一緒に居たいんだけど、私たちは無理なのよ。ごめんね」

随分と困惑した表情を浮かべ、ついにこのときが来たのかと悟ったように、ノゾミさんはそのように言ったのです。たしかにそうに言いました。

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僕は振られたのでしょうか。

振られる原因もわからず、もちろん諦めることはできませんから、強引にかもしれないのですが、もう一度伝えました。

「僕と結婚してください！　まずいところがあるのであれば、頑張って直しますし、ノゾミさんのことを好きに想っているのは、世界で僕が一番のはずです」

諦めきれるわけがなかったのです。どうしてもこの人としか。

「嫌いなところはないし、好きに想ってくれてるのも分かってるよ。でも、私たちがくっついちゃうと、また元に戻ってしまうの」

なにを言っているのか、よく分からなかった。元に戻るってどういうことなんでしょう。

「どういうことですか？」

しばらくの沈黙があったのですが、ノゾミさんを逃してはいけないという気持ちが勝り、唇を奪い押し倒してしまいました。

ノゾミさんは、少し目に涙を浮かべていました。

「なんだか分かんないんだけど、毎回このシーンが来てしまうと、元に戻っちゃうの。多分、またやり直しになっちゃうよ。なんなんだろ。本当に。意味分かんない」

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「あら、久しぶりね」

少しだけ笑顔で、なぜか、ちょっとだけ悲しそうな面持ちで迎えてくれた。

幾度となく通ってきた新宿ゴールデン街、そしてこのお店、ここのママ、ノゾミさん。

「たまたま仕事で近くに寄ったんです。ママ、元気にしてましたか？」

なんでしょうか。ずっと、ここに居続けられるような、ずっと、居たような、そんな気がします。

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ーーーおしまいーーー

ちょっと違うテイストで書いてみました。

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