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匿名さん
20/09/04 10:15(更新日時)

フィクション

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No.2993615 20/01/26 19:52(スレ作成日時)

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No.120 20/09/04 10:15
匿名さん0 

怖い...
初めてそう思った。

芸能界から遠ざかっていたし、私の事なんて忘れさられていたと思っていたのに。

吐き気すら感じた。


「では、失礼します」
加納はそう言って頭を下げた。


またやって来るに違いない。


もしかしたら実家も調査済みなの?
実家にも迷惑がかかるの?

怖い....怖い....

帰らなきゃ...でも何処へ?

ベビーカーを押し始めるも足が思う様に動かない。

今度は子供の顔を確認するのかな?

そしたら誰の子?と、好き勝手に書かれてしまう?

ぼんやりと考え足が止まった時、加納が戻って来た。


「もしよろしければこれだけ払いますよ。お考え下さい。では」


三奈の左手には殴り書きのメモ。
映画の出演料より遥かに高い金額が記されていた。


後ろを振り返り加納が居ない事を確認し、再び歩き始めた。

ベビーカーを押す左手に挟まれているメモ紙。

話すだけでこんなに貰えるの?


記された金額を見て気持ちが動いた。

芸能界で稼いだお金なんてとっくの昔に使い果たした。


話すだけでこんなに....


この子の為に少し欲しいな。

そして、これをきっかけにまた芸能界に復帰出来るかな。

また、あのきらびやかな世界に入ってちやほやされたいな。


三奈の表情が変わっていった。








No.119 20/08/30 10:05
匿名さん0 


健太郎とふっくらとしたお腹の私。

腕を組み温泉街を歩いている写真だった。


「?!...これって...」

あぁ、これ△△温泉の時だわ。
撮られているなんて知らなかった。


それにしても私の顔。
幸せの絶頂期ね。

あの時はこんな顔してたんだ。


「私、◯△雑誌の加納と申します。ずっと追いかけてたんですよね。舞台挨拶にも雑誌のインタビューにもどこにも出てこない。あなたの評価は高かったのに、その後もさっぱり」


「....」

黙ってうつむいたまま動く事が出来ない三奈。

「事務所側は体調不良と発表してましたね。けど、それにしても変というか....なんかおかしいなーって思いましてね」


「......」

「撮影から帰国した時も、私空港まで行ってるんです。その時のお二人...,なんて言うか....ピーンと来たって言うか」


子供がぐずり始めた。


記者がベビーカーを覗いた。


「やめて!警察を呼びますよ!」

「おっと、これは申し訳ない。たが、また来ます。この写真の説明が未だですのでね。では、これで」






No.118 20/08/26 22:33
匿名さん0 

「こんにちは」

「...?」

ペコリと頭を下げるも知らない人だ。

「櫻井三奈さんですよね?」

「?!い・いいえ!違います」

「澤乃井健太郎さんと一緒に海外で撮影されてましたよね?」

「ひ・人違いです」

誰?誰?この人、私を知っている。
映画を見たファンかしら?

それでも今はいい気がしない。
なにより子供がいる。

ベビーカーを握る手が汗ばむ。

「出産されたんですか?」

しつこい!
なんなのよ、一体!

「いい加減にして下さい」

足早に立ち去りたかったがベビーカーが憚る。

「もしかして舞台挨拶も試写会の挨拶にも出席されなかったのは妊娠してたからですか?」


「.....」

「その子の父親は?まさか....あの澤乃井健太郎ですか!?それで表舞台に出てこれなかったんですか?」

もしかしてこの人は記者なの?
なんで今頃?

もう私の事なんて忘れさられていたと思ってたのに。

記者だとしたら....

何て言おうか...
けど、あの時は事務所が体調不良って発表したはず。


けど、何も言わないと適当に書かれてしまう?


健太郎さんに連絡しようかしら?
いえ、駄目ね。彼の子供を産んだ訳じゃないもの。

どうしよう...
誰に相談すれば?



「これ...」


三奈の目の前に一枚の写真。

三奈の足が止まった。








No.117 20/08/24 22:50
匿名さん0 

健を寝かしつけた後、そっとテーブルに移動した。

バッグから優子さんから借りた週刊紙を取り出した。
読む事にまだためらいはあった。

澤乃井健太郎の文字を見ただけで胸元がざわつく。

もう私には関わりを持たない人達だと思っていたが、健太郎は突然私達の前に現れた。

何故今更私を探し始めたのだろうか。理由がここに書かれているのか。


もう一度健の寝顔を見てコーヒーを入れた。



数本の映画出演をし、引退発表もなく、忽然と消えた櫻井三奈をこの週刊紙の記者が追っていたようだった。

健太郎との共演作品での三奈の評価は高かった。

期待の新人扱いだった。



ある日、実家近くでベビーカーを押している櫻井三奈に記者は声をかけた。



No.116 20/08/19 11:58
匿名さん0 

健を見た。

健の目に入れたくなかった。
まだひらがなしか読めないけど、それでも澤乃井健太郎の文字を無意識にでも健の頭に残したくなかった。

健は夢中で苺を食べていた。


「今日さ、例のほら、あの映画のビデオをレンタルしに行ってきたのよ。それでね、その間、旦那は本を立ち読みしてたんだけど、その時に見つけたらしくて」


確か、健太郎と三奈の事務所がバレない様、あちこちに手を回していたはず。
それが今頃に?

しおりは週刊紙を手に取った。

澤乃井健太郎不倫!?
その横に櫻井三奈インタビューと書かれてた。

「どうする?しおりさん」

「どうするって....」

「読んでみる?」

「私がですか?」

「そう!しおりさんの話と違う事とか書いてあるかもよ?」

「......」

家にテレビは置いていない。
健太郎は俳優だし、ふいにつけた番組に出演でもしてたりするのかと思うと購入には至らなかった。
ましてや、週刊紙なんて....。



別居3年程で離婚は成立するんじゃ?

健太郎は私との離婚を発表して三奈さんと結婚してないの?

私の籍を抜いてないの?

突然の健太郎の訪問に三奈のインタビュー。

今までのように、これからもそっとしておいて欲しかったのに。



「優子さん、これ、預かってもいいかしら?」


No.115 20/08/19 11:28
匿名さん0 

2名様 共感をありがとうございました。
共感をどう解釈すればよいのか分からなかったのですが、とりあえず続けてみます。
ありがとうございました。




「こんにちは。優子さん?しおりです」

「来た来た!中に入って」

「ほら!健....ごあいさつは?」

「....こんにちは」

「あら?元気ないね。具合悪かった?」

「いえ、公園へ行きたいのを私が....あの...また居そうな気がして、それで」

「あ~、成る程。いや、それより早く座って!健君、ショートケーキあるよ。健君の大好きな苺だよー食べる?」

うつむいていた健はぱぁぁぁっと満面の笑み返し


「うん!たべるたべる」


自らテーブルにいつもの定位置に座った。


「しおりさんコーヒーでいいわね」

キッチンにいる優子に向かって

「何かあったんですか?もしかして優子さんの家まで...?」

「違う違う」

コーヒーと一緒にテーブルに置いた物。



「これよ、これ」

え?・・・これって!?


コーヒーの隣には一冊の週刊紙。

表紙には大きく澤乃井健太郎不倫!?と書かれていた。






No.114 20/08/15 00:39
匿名さん0 

突っ込みどころ満載のフィクションですが、おもしろいですか?

大丈夫ですか?

なんか突然気になりまして。

No.113 20/08/15 00:06
匿名さん0 

翌日、健を迎えに保育園へ行った。

お遊戯室でみんながお迎えを待っている中、健と美佳ちゃんが何やら話込んでいた。

「健~、お待たせ~帰るよ!」

「あ!ママーきたー!」

健は満面の笑みで駆けてきた。


「ママ、あのね、きょうもみかちゃんとこうえんにいくのー」

「え?今日も?」

「ねえ、いいでしょ~?」

本当は健太郎がまた公園に居そうで避けたかった。

「健、今日はママと一緒にお買い物に行こう。お菓子買ってもいいよ!」

健の隣で美佳ちゃんがじっと健を見つめてた。

健がなんて返事をするのか気になっている様だ。

美佳ちゃんの視線を感じてか健は

「んでもね、みかちゃんがいっしょにあそぼって」

「健、お願いだから今日はママとお買い物に行こう!ね!お願い」


このやり取りを見てた美佳ちゃんママが気をきかしてくれて

「美佳、公園へは別のお友達にしたら?ほら、もう誰か公園に居るかもしれないよ?健君とは明日園で遊べばいいじゃん?」

美佳ちゃんママがしおりにウインクした。


「健君、また明日美佳と遊んでね。ほら、美佳、健君にバイバイは?」

「....ばいばーい」

「じゃあね、しおりさん。また明日」

半ば引きずられ気味に美佳ちゃんが先に帰っても


「あーん、こうえんいきたいーー」

健は駄々をこねていた。


玄関で靴を履いていた時、優子さんから着信が入った。


「もしもし?優子さん、昨日は遅くまでありがとう。何かありました?」

「ちょっと!今から家においでよ。見せたい物があるの。時間ない?」


「見せたい物?なんだろう?今保育園なので、今から向かいます」

「待ってるから!」

こんなに興奮した優子さんの声は珍しい。きっと何かあったんだわ。

もしかして健太郎が優子さんの家まで?

段々と私の大切なものが健太郎に犯されていく気がした。


「健、優子さんちに行くよ」

公園じゃないことで健はまた頬を膨らませた。






No.112 20/08/13 17:02
匿名さん0 

ふと時計を見た。
8時を過ぎていた。

「優子さんごめんなさい。遅くなっちゃったね」

「あら、本当だ。健君お腹空いたでしょ?先生の家でごはん食べていく?」

健はわーい\(^-^)/と飛んでいたが

「いえ、帰ります。明日も保育園だし」

ちぇッと呟き健はまたテレビを観始めた。


「そっかー、あー、じゃ旦那に送らせるから。ね、そうして!また元旦那が現れると嫌じゃない?」

「助かります。お願いします」

優子さんの旦那さんに送ってもらった。


健を寝かしつけている時


「健?ママとお約束して!」

「なぁに?」

「知らない人とお話しない!」

コクンと頷く健。

「知らない人が一緒に行こうって言ってきても、ついて行かない!ね?約束できる?ママと」


「うん。わかった。ママとやくそくす
る」


「ゆびりげんまん」

ゆびりげんまんうそついたらはりせんぼんのーます。ゆびきった!

「約束ね。ママは健の事が大好き」

「ママだーいすき」



健は健太郎の話をしてこなかった。

このひとだれ?

その返事をまだしていない。


優子さんに話したから僕はもう関係ないとか思っているのかな?

再び聞かれたらなんて答えようかと考えてたけど、その必要も無さそうだった。



色んな意味で疲れた今日


直ぐ眠りに落ちた。




No.111 20/08/13 16:38
匿名さん0 


しおりは今までの経緯を、思い出せる限り話は出来たと思った。


「しかし聞けば聞くほど酷い男だねぇ!....私には理解出来ないよ」

「そう思うのが普通ですよね」
しおりは目線を落とした。

「芸能人だからって、好き勝手してもいいのか?その女の子だって被害者みたいなもんじゃない。その、澤乃井健太郎だっけ?その人の子供さえ産んでくれる人なら誰でもいい、みたいな!あー感じ悪いっ!」

反論は出来なかった。

優子さんはボソボソと
(あとで映画をレンタルして女の顔を拝んでやる!)
と、息巻いていた。


実際健が出来てみると、健太郎の子供を欲しがった気持ちも分からなくはなかった。

まぁ、健太郎の場合は自分の子は道具、子供の話を共演者としてみたい的な、あくまで自己都合。

そして三奈は結婚は望んではいないと言っていたっけ。


優子さんに説明した後、振り返ってまた考えてみると、悔しさより、情けないと思えた。

そうよね、私には追い出す事も出来たかも。
逃げる必要もなかったのかも。

三奈と旅行に出掛けた健太郎を家で待っていれば良かったのかしらね。

実際、健から父親を奪ってしまった。

健に心から謝る日
父親の日

保育園では健は園長先生の似顔絵を書いている。


健も三歳になったことだし、そのうちどうして僕にはお父さんがいないの?と、聞いてくるかしらね。

健太郎と三奈と二人の子供から逃げた情けない私。

テレビを観ている健の小さな背中を眺めた。



No.110 20/08/12 15:40
匿名さん0 

「もしかして、健君のお父さん?」

声に出してしまうと泣いてしまいそうで、うんうんと頷いた。


渇ききった口の中をスッキリさせたくてお茶を一口飲んだ。


「え?でも健君の事知らないんだよね?もしかしてしおりさんに会いに?」


お茶を一口飲んで少しは落ち着きを取り戻した。

首を左右に振り
「違うと思うわ。私に今更用事なんて...だってあの人には....」

「別の女性とその間に出来た子供がいるんだっけ?」


「そうなの。だから、私は....」

「ここで独り産んだんたよね。妊娠も告げずに、ね」


頭がモヤモヤしはじめた。
何故今更?
ここから逃げなくちゃ。
でも今度は何処に?

私1人ならなんとでも出来るけど今は健がいる。


「でも何故今更来たのかしらね?何か思い当たる事はないの?」

首を横に振った。


「あの.....」

「ん?なに?」

「まだ言ってない事が....」

「言ってみて」

「健の父親は...澤乃井健太郎なの」

「澤乃井健太郎?....どっかで聞いた名前だなー」


「優子さん、ごめんなさい。健に聞こえちゃう」

「あー、ごめんごめん....ん?待って!....もしかしてあの?」

しおりは頷いた。

「まじかー!有名人かー、だから。成る程ねーしおりさんから聞いてた話も理解出来たわ」


腕を組み椅子に仰け反った。

「でもさ、しおりさんが本妻さんでしょ?なんで逃げたのよ?そんな奴ら追い出せば良かったじゃない」


優子は続けた。

「もう少し詳しく話してくれない?私も何が何やらでさ。分からないと相談にものれないしアドバイス出来ないよ」


しおりは今までの経緯を話した。




No.109 20/08/12 15:12
匿名さん0 

「優子さんごめんなさい、ちょっといいですか?」

「はーい!....あれあれ、どうしたの?」

「ゆうこせんせー、こんにちはー」
健はしおりの手をほどき、我が物顔で中に入って行った。


「はーい!いらっしゃい....あら?顔色悪いわね。中入って」


健はすでに椅子に座り、保育園で借りてきた絵本を読み始めてた。


たどたどしい健の音読。
絵本を見つめるその横顔に思わず涙が溢れた。

守りたい!この子を、今を、健太郎から守りたい!

そう思えぱ思う程、恐怖心が襲ってきた。


「どした?まずは座ろうよ」
優子にお茶と健太郎にジュースを出した。


長い間忘れていた健太郎の突然の出現にかなり動揺している事に気が付く。

息が荒くなり、優子さんに何からはなせばいいのだろうと考えるも

「あの、....あの」


「しらないおじさんとママがお話してたの」

いつの間にかジュースを飲みはじめた健が言った。


健にとってよほど印象深い出来事だったのか、それとも、普段と違うしおりを感じ取って優子に話たのかは分からない。


「ふ~ん、んじゃ健君、その知らないおじさんはママを叩いてた?」

「たたいてないよ。でも、ママの顔は怖い顔をしていたよ」

「そっかぁ、教えてくれてありがとう。先生とても助かったぞ!偉い偉い!」

優子は健の頭を撫で、それで満足したのか健はジュースを飲み終え、テレビの前へと移動した。






No.108 20/08/10 16:33
匿名さん0 


健太郎の体が健を追いかけそうになった時、17時を告げるメロディーが流れた。

田舎ではよくある町全体のスピーカーから流れるメロディー。

しおりはベンチから立ち上がり

「健~、帰る時間だよー」

さっきとは考えられないくらい機敏に動いた体。

ブランコに乗ってる健の腕をつかみ
美佳ちゃんママと他数人、グループになってみんなで公園の出口に向かった。


ママさん達は、健太郎の事は思いの他、気になっていないようだった。

みんなと少し離れて座っていたのがよかったのかもしれない。

(あ~、今から夕飯作らなきゃ。みんな何にするのー?.....)


(うちはねー....)

みんな話に夢中だ。


この輪の中にいても後方の健太郎が気になって仕方がなかった。


家まで追いかけられる?
家がばれたらどうしよう?

硬く握ったしおりの手に反応したのか、健は後ろを振り向き健太郎にバイバイと、手を振った。


「あのね、美佳ちゃんママ。お願いがあるんだけど」

「なになに?どーした?」

「優子さんちまで車で乗せてって欲しいんだけど」

「あー、いいよ。帰り道の途中だしお安い御用!さー、乗って乗って」


「ありがとう。助かります」


健太郎につけられないよう優子さんの家で時間稼ぎをしようと考えた。


この3年間、健が産まれてからも今も何かとお世話になっている。

この町で唯一信頼できるのは優子さんと旦那さんだけ。

おおまかな事情は話してあるが、相手があの澤乃井健太郎だとは言ってない。

その健太郎がここを調べてやって来たのだ。

この3年間で

やっとこの地で落ち着いてきた矢先の出来事。


優子さんに相談したかった。








No.107 20/08/09 00:50
匿名さん0 

「たける君かぁ、かっこいい名前だね。何歳になったのかな?おじさんに教えてくれる?」


健はしおりを抱えたまま、じっと知らないおじさんの顔を見つめ

駄目よ、健。
ねぇ、ママと知らない人に声をかけられても話をしないと約束したじゃない!

声にならない自分が歯がゆい。

そんなしおりの気持ちを知ってか知らずか、健は

「....さん...」

指三本を差し出した時

「たけるくーん!」

さっきまで一緒に遊んでいた美佳ちゃんが、ブランコから降りて健を呼んだ。

「あーそーぼー」

その美佳ちゃんの声に助けられたしおりは突然の出来事の呪縛から解き放たれ


「ほ・ほら、健。美佳ちゃんが呼んでるよ!さぁ、はら、行っといで」

腰に回っていた健の腕をほどいた。

それにつられて健もこの場から去って行ってくれた。


ほっとしたのもつかの間


「....僕の子?」

「違うわ」

「そうかなぁ?僕にそっくりだ」

健太郎の声は嬉しい時のトーンだった。


「違います!違うに決まってるでしょ!」

健太郎が立ち上がった。

健を追いかける?
連れ去る?


嫌だ!

誰にも渡さない!







No.106 20/08/07 12:34
匿名さん0 

「ママー!」

健は駆け足でこっちに向かっている。

健を止めなきゃ...
顔を見られてしまう....

健の手を取って逃げなくては....

頭ではそう考えながらも体は動かない....

あ!...

すでに健はしおりの腕の中に飛び込んでいた。


「ママー」
しおりの体に顔を埋め腰回りを抱きしめた。


「ママ、このおじさん、だれ?」

健は顔を上げた。


しおりの左隣にいた健太郎は一歩前に出て、目線を健の身長に合わせた。


「こんにちは」

「....こんにちは」
知らない見たこともないおじさん。

強ばった表情のしおりの顔を再び見て

「ねぇだれなの?」
小さい声でまた聞いた。

さぁ、ママも知らないわ...,

そう答えたいのに声にならない。
自分の体なのに自由が効かない。

まるで催眠術にでもかかった気分だった。


「お名前は?なんていうの?」

「たける」

「そうか、たける君かぁ」

懐かしい健太郎の声。
仕事柄声帯は鍛えられている。

この声を毎日聞いていた日を思い出した。


しおりの視界にはぼんやりと健太郎が写り込んでいた。





No.105 20/08/07 00:08
匿名さん0 

それから三年の月日が流れた。

健は3才になった頃、それは突然やってきた。




「しおり」



しおりと健は保育園から帰宅途中の公園で遊んでいた。



「ママー」


しおり?背後から私を呼ぶ懐かしい声。

嫌いじゃない....

ベンチに座っている私めがけて健が走ってくる。


「しおり」


背後からまた声がした。

今度は背筋が凍った。


「ママーママー」


健!来ちゃだめ!
来ないで!
だめ!健



「しおり」

背後から聞こえた声の主は私の左隣に立っていた。




No.104 20/08/06 23:59
匿名さん0 

しおりを探し始めて1ヶ月が過ぎた頃。
健太郎はまた海外で撮影のオファーが入っていた。

本当は日本に留まりしおりを探したかったが、妻が行方不明なんてマスコミが嗅ぎ付けると、三奈の事とかも含め色々と面倒だと思い、ヨーロッパ地方の特集番組出演を引き受けた。

スケジュール的にも3ヶ月は日本に戻れないだろう。

日本の探偵は優秀で出発前には見つかると思っていたが、それでも見つからなかった。



健太郎が日本を出国したその日の夜、しおりは男の子を出産した。


名前は健。

健太郎から一文字をもらった。


健、ごめんね。
ママはあなたからパパを奪ってしまった。

パパを知らずにあなたはこれから生きていかなきゃいけない。



本当にごめんなさい。

これはパパからの贈り物。




その証として。











No.103 20/07/31 12:08
匿名さん0 

いやいや、違う違う。

だって撮影で海外に行ってたし、撮影から帰ってきた時には既に三奈がいて、そして旦那様は三奈と三奈のお腹の赤ちゃんにしか興味が無かったんだもの。


三奈に付きっきりで過ごしてて....


多分同じ事を考えたと思った重子と真美子は


「まさかねー」

二人向かい合い笑った。


だが、真美子は真美子でもしかしてと思い
重子は重子で、しおり奥様もまさか旦那様以外の人と?それで極秘出産の為の長期旅行を?と思っていた。


そして健太郎はしおりの行方を探している。


一体どうなっているのか?


二人は無言でサラダを作っていた。


No.102 20/07/31 12:00
匿名さん0 

「例えばどんな?」

重子はレタスをちぎる手を止めた。


「んーと、まずは毎日欠かさず飲んでいた珈琲をオレンジジュースに変わった。まあ、これは三奈さんの安産祈願とか言ってました。あとは...,太られたし....まあ、これも夏バテで食欲が落ちその反動かと....あー!そういえば、重子さん、これ重要です。多分ですけど、夏バテと三奈さんの出現のショックで生理が止まって通院されてましたが止まったままでした」


あ~ん、奥様リフレッシュできてるのかなー。

「電話1本寄越さないなんてねー」


しばしの沈黙


「ん?」
「....ん?」


二人は顔を見合せた。


もしかして?
えええええええ??

いやいや、まさか、ね。


二人は正面をじっと見つめ再び無言になった。



No.101 20/07/31 11:48
匿名さん0 

真美子は興奮気味に続けた。

「だいたい三奈さんとの旅行から帰ってきた時点で居なくなっている事に気が付くもんですけどねー!

あぁぁぁぁ、私だって同じ事されたら奥様の様にふらっと出掛けたくもなりますよ!」


三奈がこの家に来てからの事を思い返すと、しおりに対する健太郎の行動に段々と腹が立ってきて


「そういえば、奥様の旅行も長くなりましたねぇ。今何処にいらっしゃるんだろう....もう三奈さんも居ないし、帰ってくればいいのに。
そうよ!三奈さんが産んだ赤ちゃんは違う人の子だったって!早くお知らせしたーい!」
口を尖らせた。

重子は、こんな事なら旅行から帰って来た時に、無理にでも健太郎の耳に入れておけばよかったと後悔していた。

けど、本当に奥様は旅行なのだろうか?
旦那様に連絡もせず、こんなに長い旅行は考えられなかった。


「あのね、真美子さん。奥様が旅行に出る前、なにか変わった様子とかなかった?」


「んー....そうですねぇ....特に変わった様子とかは...」


再び宙を見つめ


「私も長く奥様にお仕えしてきましたからね....何かあれば気がつきますって」

「....そぅ...」


「あ!でも、三奈さんが来てからの変化なら分かりますよ」


No.100 20/07/31 11:25
匿名さん0 

翌日、真美子が出勤すると、キッチンからいい匂いがしていた。

おそらく健太郎の朝食を用意している最中だったのだろう。

真美子はキッチンに向かった。

「重子さん、おはようございます。珍しいですねぇ、この時間に....」

「おはよう真美子さん」

「あれ?もしかして旦那様戻られました?そのカップ旦那様のですよね?」

真美子は健太郎がいることに驚いた。

「あぁ、三奈さん出て行かれましたからね~それで帰ってこられたんだ」


真美子は洗いたてのミニトマトを口に含み、芝を刈っている徳さんに手を振った。

重子はスクランブルエッグを作りながら
「それがね、旦那様の様子が変だったなのよ」

「変?様子がですか?風邪でも引かれたとか?」

「違うのよ。深夜にね、突然連絡もなく帰って来たかと思えば、それからずっと家中何かを探し回っててね」

「あははは!奇行はいつもの事じゃないですかー!だいたいですよ?三奈さんを家に連れて来た事だって....ましてやしおり奥様がいらっしゃるってのに...普通あり得ませんて!」

「...まぁね」
さすがに重子もこればかりは擁護出来なかった。

「三奈さんと赤ちゃんが出て行ったか確認してたんじゃないですか?」

卵をかき回してた手を止め

「それが違うんだって。しおり奥様を探してたのよ」

「え?なんで今頃?なんでですか?」


「それが分からないのよ。しおりは何処に行った?いつ戻る?旅行に出掛けたと言ったらクレジット会社に問い合わせしろ、だの」

「本当ですかー?それ。信じられないんですけど?!
だいたい旦那様は三奈さんに付きっきりでしおり奥様の事なんてほったらかしだったじゃないですかー!」





No.99 20/07/28 00:22
匿名さん0 


しおり

ごめんよ。

僕のせいだね

安定期に入った頃って

僕と三奈が旅行に出た後かな

言いたくても
話したくても

僕は君の側に居なかったんだね

一緒に喜びを分かち合いたかったのに


君になんて事をしてしまったんだろう

ごめんよ。

戻ってきてくれよ。


お願いだ....しおり


No.98 20/07/28 00:10
匿名さん0 

「あの、もうそろそろお戻りになられる頃ではないですかね?旦那様も戻られた事ですし、三奈様の子と会うのはお辛かったでしょうが....事情もまだご存じではありませんし」


「旅行先っていつ戻るとか、何処とか聞いてないのか?」


「はい。気分転換にと、特にどちらとか、いつまでとか、は...」

「....そういえば、お金....引き落としとか、カード決済とかで、何処で使用されてないか明日にでも調べてくれないか!」


「あの....実は...」

「今度はなんだ?これ以上僕をがっかりさせないでくれよ」

「クレジット会社からの通知内容は毎月確認はしておりますが、しおり様が使われた形跡はございませんでした」

「本当なのか?カードも使わずにどうやって旅行するんだ?あり得ないだろ?」


「ですから、お洋服にブランド物のバッグをお売りになられた現金ではないでしょうか。真美子さんから聞いた話ですが、宝石や貴金属類も処分なさった様です」


はぁぁぁ....
健太郎はこれ以上にない位大きくため息をついた。

他に何か案はないか?
どうやってしおりの居場所を調べる?


しおりが居た痕跡がないこの部屋で
健太郎は....

違う....
旅行じゃない....

もう、帰って来ないだろう....

そう感じざるを得なかった。


「もう休んでいいよ。ありがとう」

「申し訳ございません」

重子は自分の部屋へ戻った。


健太郎は久しぶりに夫婦のベッドに
独り眠った。


洗いたてのシーツの匂いはホテルと同じ匂いがした。






No.97 20/07/27 23:31
匿名さん0 

「あの?奥様の...しおり様の事ですか、ね?」

「何言ってんだ!当たり前だろ!何故何も無いんだ?化粧品も服もカバンも!何もかもだ!ったく....」

働かない頭を抱えた。
最後に見たのはいつだ?

何故消えてしまったんだ?
何故妊娠した事を黙ってたんだ?

「あ・あの、お召し物はお太りになられたとかで、処分なさった様です。それと、ブランドバッグも....なんと申し上げましょうか....その、心機一転とでも....」


「そんなもんはどうでもいい!しおりは?しおりは何処に行ったんだ?」

「しおり様もご旅行中でございます」

「旅行?」
「はい。その様に伺っております」

「それ、3ヶ月位前になる?」

「え?は・はい。左様ですが、どうしてそれを?」

はぁぁぁ....

高須医師の話とぴったり合った。

6ヶ月を期にこの家から出たんだ。

そして、そろそろ産まれるんだな。

はぁぁぁ...

健太郎はうつむいたまま何度もため息をついた。



No.96 20/07/26 10:28
匿名さん0 

「だ・旦那様!ゲストルームにはもう....」


健太郎はその隣の部屋、健太郎としおりの部屋のドアを開けた。


「健太郎さま?」


「しおり!!」

ベッドはシーツが綺麗に掛けられ、室内は使われている様子はなかった。

ドレッサーの上も、右側にあるカバンの棚は空になっていた。

更にその奥に進み足が止まる。
クローゼットも全て。
一枚も何も、しおりの存在を示す物が無かった。

「...え?....え?」

アルコールも手伝ってか、健太郎の心臓は激しさを増していた。

吹き出る汗。
現状を飲み込めない麻痺した脳。

いつから?
一体いつからしおりを見ていない?

ふらふらとベッドの縁に座り込んだ。


「あ・あの?旦那様....」

「何処に行ったんだ?」

「....あの、そ・....」


「一体いつから?」

「それは・です・ね」

「いつから居ないんだ!?」

重子は重子で、何故突然しおりを気にしだしたのか不思議だった。


撮影とはいえ、長い海外生活。
突然の三奈の出現。
おまけに妊娠していると聞かされ、
ついこの間まで、臨月近くまで三奈と旅行をしていたではないか!


旅行から帰ってきても、しおりが居ない事すら気にも止めていなかったはず。

なのに、何故突然に?



No.95 20/07/26 10:06
匿名さん0 

「重子さーん....どこだ?重子さーん」


玄関から久しぶりに聞こえる懐かしい声。

キッチン横の自分の部屋に居た重子は、健太郎の突然の帰宅で驚いた。

「?!はーい。はい。....だ・旦那様?」

と、同時に重子は2階へ意識を一瞬向けた。


約束の2週間は過ぎた。
三奈と赤ちゃんはもういない。
部屋も片付けた。

よし!大丈夫。

「おかえりなさいませ」

重子は声が聞こえる方へ出向いたが、
健太郎は何かを探すかのように落ち着きがなかった。


「旦那様?」


一通り1階を見て回り

「....部屋か?」

そう呟き階段を駆け上がった。


「だ・旦那様!三奈様はもう...」

もはや、重子の声など届いてはいない感じだ。

「旦那様!」

慌てて重子も健太郎の後を追った。




No.94 20/07/23 22:31
匿名さん0 


「しおり?....しおり...ねぇ」

歯切れの悪い健太郎の返事をじっと待つ。


だが、なかなか答えない。

不思議でしょうがなかった高須は考えた。


もしかして....
しおり様との間に子を授からなかったから、他の女性と関係を?

それで何も告げずにしおり様は出て行ったのか?

こりゃ参った!
安定期云々など言ってる場合じゃなかった。

まさか、それが原因で?

まずい....まずいぞ。

しおり様になんて事をしてしまったんだ。

高須は段々落ち着きがなくなり、返事を待たずに早々とこの場を立ち去る事を考えはじめた。

何か...何か言い訳を

「あぁ、そういえば、明日の医師会の準備がまだでした。で、では、澤乃井様....」


健太郎は突然立ち上がり

「そうだ!思い出した!」

「え?は...はい?」


「あの日だ!そうだよ。あの日だ!」

更に何がなんだか分からない高須は

「え?え?」


「高須先生、申し訳ないが先に失礼する」


そう言い残し健太郎はバーを後にした。


No.93 20/07/22 21:17
匿名さん0 


高須は高須で、つじつまが合わない会話で理解が出来ないでいた。


健太郎の子ではない出産の話をしていた。

その出産はしおりだと思っていたが、しおりの妊娠すら知らなかった感じだ。


しおりと暮らしていたら大きくなったお腹に気がつく筈だが。


一緒に暮らしていないのか?


「一体....どなたのお話ですか?しおり様はお元気でいらっしゃいますか?」




No.92 20/07/22 21:01
匿名さん0 


まてよ?

三奈と同じ時期の出産?

三奈がうちに来た時は既に妊娠2ヶ月だったぞ?


三奈が来てからは、しおりとはまともに相手もしてなかったじゃないか?


という事は、しおりの妊娠の相手は誰なんだ?

ぼうっとする意識の中、頭をフル回転させてみるも、答えが出ない。


「それならば、澤乃井様。先程の出産のお話は一体....どなたの?」


高須医師が健太郎に愚問を投げた。

そうだ....高須医師は三奈を知らない。

高須医師はしおりも診ているので避けたのだった。


「...あ?...あぁ....」


どう説明したものか。

言葉を濁し、再び黙り込む。


いや、それよりしおりを妊娠させたのは誰なんだ!?

No.91 20/07/22 20:48
匿名さん0 


産まれてきた子供の事で頭がいっぱいだった健太郎は高須医師の話を飲み込めないでいた。

「しおりが妊娠?しおり...が?」

手の内のグラスへと目線を向けた。

しおりが妊娠...

酔いと睡魔とで高須医師の言葉を理解出来ない。

見つめたグラスからはカウンターの蝋燭の火がゆらゆらと揺れているのが見えた。

その揺らめきは更に健太郎の思考を惑わしていた。


「ご存知無かったのですね。私が診察した時期は妊娠初期でしたので....安定期に入ってからは知り合いの専門医師を紹介させて頂きました」


高須医師は続けて話をした。

「それはもう、しおり様は大変な喜びようでした。待ちに待った妊娠でしたから。早く澤乃井様に伝えたいとおっしゃってましたが....何分、長い不妊治療を私は知っておりましたので....安定期に入るまではご内密にと申し上げたのです」



三奈と暮らしてからは、しおりの事などまともに相手にしていなかった事を思い出した。

ふと、しおりの喜ぶ顔が浮かんだ。


「万が一流産されてしまいますと...その悲しみは計り知れませんからねぇ。ご内密の件はしおり様からもご理解頂けましたよ」


しおり....

蝋燭の火をじっと見つめた。









No.90 20/07/17 11:57
匿名さん0 


「?!....今なんと?」

驚きのあまり、口に含んだビールを吹き出しそうになった。


健太郎はピスタチオを貪っている。


「だーかーらー、俺の子じゃなかったんだって!」

高須はあまりの衝撃に固まって動けなくなった。


あのしおり様が?
いや、七年もの付き合いだ。
あのしおり様に限って....


そうだ!思い出した。
途中で婦人科医に変え、その紹介先からも6ヶ月以降は診察に来なくなったと聞いた。


そうか....そうなんだ。
しおりもお腹に居る子は健太郎の子ではない事を知って、それで私の紹介先から消えたのか。

「澤乃井様。今分かりましたよ。途中から診察に来なくなった理由が、ね。そんな理由があったとは思ってもみませんでしたよ」


「....ん?診察に来なくなった?誰が?なんの話だ?それ」


酔いが回り、今となっては怒りしかない話だったが、高須の謎が溶けた晴れやかな顔を見て


「あのさ、俺の子じゃなかったんだぞ?なんだよ、その顔は。もうほっといてくれよ。独りで呑みたいんだよ」

「あぁ~申し訳ありませんでした」


こんな飲み方をしている健太郎に同情さえした。

「それでは失礼します。しおり様にもお体には十分お気をつけ下さいとお伝え願います」

「あー、ちょっと待て。さっきの話。誰が診察に来なくなったって?」


「え?しおり様の話ですよ?あれ?聞いてなかったんですか?妊娠の事を」






No.89 20/07/17 11:29
匿名さん0 


その頃の健太郎はというとホテルから仕事に向かいホテルへ帰るという生活を送っていた。


毎晩飲み歩き酔い潰れては帰宅する毎日だった。

三奈が産んだ赤ん坊が頭から離れなかい。

何度ちくしょうと呟いた事か。

それが今も続いていた。

今宵も一人、ちくしょうと呟きながらバーで呑んでいた。


「あれ?澤乃井様。こんな所で珍しい。お一人ですか?」

カウンターに座っていた健太郎の横に主治医の高須医師が座った。

健太郎は虚ろな表情で、既に酔いが回っている感じだった。

「....あ~、先生」

チラッと高須を見て
バーテンダーに「同じのを」
グラスを返した。

ショットのグラスをみて

「何かありました?そんな飲み方は良くはないですよ?」


「はははっ。何かありました?はははっ」

何かありましただとよ(笑)
向かいに立つバーテンダーは苦笑いしながらグラスを差し出した。


毎晩ここで呑んでいるので悪態は知っている。


「私はビールをお願いします」

高須は仕事で何かあったのかと思い、特に話かける事もしなかった。


相変わらずぼそぼそと健太郎はちくしょうを繰り返している。


「あ!そういえばもうそろそろお産まれになられる時期では?」

酔い潰れる為に呑んでいる健太郎の耳に、産まれるというキーワードは敏感に届いた。

「んぁ?...産まれる?...はぁぁぁ...産まれるねぇ...」

カウンターに肘をつき、空になったグラスをぼんやり眺め

「産まれましたけど何か?」

ピスタチオに手を伸ばした。

「おおお、おめでとうございます。待ちに待ったお子さんでしたから。良かったですねぇ。それで?男の子女の子どちらでした?」

「...はぁぁぁぁぁ....」

男か女かだって?
次元の違う話だろ。

「俺の子じゃなかったんだよ!!」





No.88 20/07/17 10:40
匿名さん0 

「あの、おいくらですか?」

「ん?んー....そうねぇ、二千円かな」


「え?いや、そんなはずはないですよ。日用品だけでも軽く二千円は越えてますって」

「そお?」

「あの、今までも安く請求をされてはいませんでしたか?何度か買い物をお願いをしているうちに、なんとなく安いかなって」

「あ~ぁ、食料品とかは私達からのお裾分け。だから気にしないで」

「いえ、そんな訳にはいかないです。ただでさえ色々お世話になっているのに」

しおりは一万円札を出した。

「すみませんでした。今までの分も含めてこれでお願いします」

頭を下げた。


優子さんはその一万円札をみて

「あのさ、この際だから聞くけど、生活費とかどうしてるの?働いてないでしょ?産まれたら産まれたでもっと働く事は難しくなるよ?」

「それは....分かってます」

「資産家なの?お金持ちなの?

それか、遺産が入ったとか?
家賃収入があるとか?」

プライベートな事は今まで何も聞かなかった。訳ありなんだろうと思っていたからだ。


正直、家を購入で半分以上無くなった。

「心配して下さってありがとうございます。確かに収入が無いので蓄えを切り崩しながらの生活です。でも、優子さんにこれ以上ご迷惑をかける訳には....」


初めてしおりを見た時は出産を楽しみにしている感じはなかった。

優子が今まで出会った妊婦とは違っていた。

深い闇でも背負っているように感じたから何も聞かなかった。

「まあまあ、そのうち返してくれればいいわよ!とりあえず私達に頼ってくれれば良いから」

「あ!でも....」


「それじゃ私達帰るから。なんかあったら連絡してね。いつ産まれてもおかしくない状態だし」

優子はしおりのお腹に手を当て


「じゃあね。いつでも出ておいで~。今日お母さんはご馳走を食べるよ~」

そう言って帰って行った。




No.87 20/07/12 00:02
匿名さん0 

しおりもそろそろ臨月を迎えようとしていた。

季節は冬本番だった。

街からは外れた場所に住んでいるしおり。車も無ければ、今となっては自転車にも乗れない。

早めにベビー用品を揃えておいて良かったと実感していた。


しかし日用品などは毎日の生活で消耗される訳で、重い荷物などは優子さんや旦那さんが買ってきて運んでくれていた。

知らない町に越してきて、今だに頼れるのは優子さんとその旦那だけ。

申し訳ないと思いつつ、今は頼らざるを得ないでいた。

車の音がした。


「しおりさーん!居る?」

「あ!優子さん」


「日用品や食料買ってきたよ!
じゃじゃーん!」

「?!えええええー?」

苦手なレバーだった。

「刺身でもいける程新鮮だよ!」

「あ~ぁ、...はぃ...」

苦笑いするしおりの顔を見て

「ちょっと貧血気味だし、焼いてでもいいから食べてね。

あ、それから、トイレットペーパーに...」

あっという間にテーブルの上はいっぱいになった。

続けて優子さんの旦那さんが入って来た。

「あ!いつもすいません。本当に助かります」


「あぁ、いいよいいよ。気にしないで。それより何か不便な事は無いかい?隙間風が入るとか」

「そうですね....ん~今は特に」


「遠慮しなくていいわよ!なんでもうちの旦那に言って構わないから」


旦那さんはとても器用な方で趣味はDIY。
この家を購入した時にリフォームはしたが、やはり不便な箇所もあった。


優子さんが毎月の診察時にそのつど見つけ、そのつど優子さんの旦那さんが直してくれた。

No.86 20/07/09 18:49
匿名さん0 

「健太郎さんには申し訳ない事をしたわ」

健太郎にしおりがいるのを知っていた。


たまたま長い海外の撮影で意気投合し、三奈の妊娠が発覚しただけの事。

健太郎はしおりと離婚する意思が無い事は三奈も分かっていた。


「健太郎さんの事は、好きは好きだったの。でも、しおりさんから奪うつもりはなかったのよ?」

「.....」

隣のしおりに、当て付けの様に毎日ハイテンションで騒いでいた三奈からは想像も出来ない内容で、思わず重子さんも言葉を失った。


「同じ芸能の世界で、こんなスキャンダルは良くないのは分かっていたわ。だから、子供も作るとか、そんな事考えてなかった。ただ、楽しければそれで良かったし、しかも、好きな健太郎さんだったから....」

「三奈様」


「ねぇ、重子さん。私、撮影終了後は表舞台には出てないから、事実上、引退みたいなものよね?」


妊娠で試写会にも現れず、おまけに健太郎と不倫

それに付け加え、どこの誰の知らない男の子を産んだ。

格好のゴシップネタになる。

けど、私の事よりこれ以上健太郎さんに迷惑はかけたくない。


それに駆け出しの若手女優なんて、いくらでもいるわ。


「重子さん。あたしね、この子を大事に育てる。女優としてじゃなく、母親として頑張るわね」


「三奈様!」

横たわる三奈の側に寄った。


「まずはお元気になられる事です。赤ちゃんの為にもご自身の為にも」

「あのね、母に連絡したの。そしたら帰ってこいって!簡単だけど、事情も説明してあるから....だから、元気になるから、あと少しだけお願いします」

No.85 20/07/09 18:13
匿名さん0 


健太郎が出て行ってから10日目。

「三奈様。ちょっとお話がございまして」

「...どうぞ」

三奈はこっちが見るのも辛い程、憔悴しきっていた。


「...あのう、三奈様。お体の調子も戻っていらっしゃらない時に....こんな事を言うのもなんですが....その...」


「ねえ?重子さん。...健太郎さんは....私が家を出て行くまで戻らないつもりかしら?」


天井を見つめながら、ゆっくり瞬いた。


虚ろな眼差しは色っぽくさえ見えた。


「申し訳ございません。旦那様とは2週間の約束でしたので....もうそろそろ....」

「.....」

こんな状態の人と産まれたばかりの赤ちゃんを追い出すなんて、いや、やはり


「あの、三奈様。やはりもう少しここにいらっしゃら....」

「重子さん」

三奈はゆっくり重子さんの方へ顔を向け


「重子さん。私、きっとバチが当たったのね」


「?!三奈様」

「しおりさん、だったかしら?」


「奥様ですか?」

「ごめんなさいと伝えて下さらない?」

「三奈様」

「重子さんも、本当に今までありがとう。お世話になりました」

頷く様に頭を下げた。


「いえ、せめてあと2週間位は....私の方から旦那様に....」


「いえ、いいの。健太郎さんの赤ちゃんを産まなかった私が悪いの」




No.84 20/07/06 19:45
匿名さん0 


「赤ちゃんは旦那様の子ではなかったのよ」


「.....んと、いま何て?」


「産まれたのは産まれたけど、別の人の子だったんだよ」


「.......えええええええー?うわぁぁぁぁぁぁ....」

興味津々の真美子さんの顔は段々青ざめていき、手で顔を覆った。

「まあね、それで旦那様が出て行ったんだよ」


「うわぁ、最悪だー。」

今度は頭を抱える。

「え?ということは、三奈様と赤ちゃんは?」

「出産直後だし、少しはここで安静にしてもらうからね。私がお世話をするからね。だから、真美子さんはあの部屋には行かないで頂戴」

「えーー?なんでですか?あたしも赤ちゃん見たいぃ~」


「あのね、三奈様の精神状態が良くないから。あまり刺激しないであげて」


そうだった。
旦那様の子供を産むつもりだったのに産まれてきたのは旦那様の子じゃなかった。

しかも旦那様は家を出てしまった。


あの三奈様なら半狂乱ものだろう。

本当は見たくて仕方ないのだが、重子さんの言う通りだ。


「はーい、分かりました」

渋々返事をした。




No.83 20/07/06 19:30
匿名さん0 


「おはよう、真美子さん」

「おはようございます。ねー、一体何があったの?」

目を輝かせ重子さんの返事を待つ。


三奈の陣痛が始まったのは、真美子さんが帰ってからだ。不思議に思って

「何故何かあったと思うの?」


真美子は、聞きたい事をすんなり言わない事に少しイラッとしたが

「だって、旦那様の車が無いですよ?三奈様の出産が近いこの時期に朝早くから出かけるなんてありえませんて!だから、何かあったのかなって」


重子さんは躊躇した。
だが、どのみち分かる事。
下手に嘘もつけない。

かといって、可愛い赤ちゃんを面白おかしく答えるのには忍びない。

はて、どうしたものか。


No.82 20/07/02 22:12
匿名さん0 

「いや!いやよ!健太郎さんに会いたい!話がしたいの!ねぇ、重子さん。重子さんも私を助けてよ!」


「....,それは...いくら私でも無理でございます。私が出来る事といえばお世話くらいでして」

三奈も諦めきれない。
けど、どうする事も出来ない。

思わず

うぁぁぁぁぁぁ

すすり泣きが号泣に変わった。

隣の部屋で待機していた看護師が
飛んできた。
このままでは精神的にもよくないと感
じたのか、点滴に何かの薬を混ぜた。



睡眠薬だったのか。

そのうち三奈は落ち着きを戻しウトウトし始めた。


その様子を確認し、重子さんは部屋を出た。


階下には真美子さんが待ち受けていた。


「ちょっとちょっと重子さん。産まれたんでしょ?でも何かあったんでしょ?ねー、何があったの?」




No.81 20/07/02 21:58
匿名さん0 


コンコン...

「三奈様。失礼します。朝食はいかがですか?何かお飲み物でもお持ちしますか?」


うぅぅぅ...うぅぅぅ...


重子さんがベッドを覗くと三奈は泣いていた。

無理もない。
産まれてみないと分からない非常事態。

三奈にとっては大誤算だっただろう。

重子さんは軽くため息をつき、赤ちゃんへと目線を変えた。


数時間前にこの世に生を受けた赤ちゃんは横のベビーベッドでスヤスヤ眠っていた。

重子さんが用意したベビーベッド。


誰の子であれ、この子に罪はない。

健太郎に仕え婚期を逃した重子さんには可愛いく見えたのである。

そっと赤ちゃんの頭を撫でた。

「可愛い....」
無意識に微笑んだ。


「健太郎さんは?」

突然の三奈の呼び掛けに少し驚き

「旦那様はお出かけになりました」

「....いつ戻るの?」

「さぁ、分かりません」

うぅぅぅ....

「私、どうすればいいの?」

どうすれば?
本当にどうすればいいんだろう。

「私だって...私だって....こんな予定じゃなかったんだもの。ぅぅぅ....なんでこんな事に....うぅぅぅ」

今更どうする事も出来ない。
産まれたのだから。


「旦那様には2週間程、私がお世話をしますと伝えました。ともかく安心してお休み下さいませ」


No.80 20/06/27 21:18
匿名さん0 


「はあ?2週間?」

三奈への怒りは重子さんへと向けられた。


「俺の子供じゃなかったんだぞ!?
誰の子かも知らない奴の子を産んだ三奈を何故この家に2週間も置いとくんだ?おい!一体誰の味方なんだよ?」


何を言っても無駄なのは重子さんも分かっていた。

あんなに楽しみにしていた出産。
欲しくてたまらなかった我が子。

無理もない。

健太郎の落胆は、重子さんの落胆でもあった。


「しかし旦那様。誰の子であれ、三奈様はご出産されたのです。出産はどんなに大変か旦那様も側におられて分かっていらっしゃるはず。そんな三奈様とその子を追い出すのは....あまりにも酷い事ではないでしょうか?」


「......くっそぉ....」



「せめて2週間。私からお願いします。旦那様にご迷惑を掛けぬ様私がお世話を致しますので」

「....分かった。2週間だな?」


「はい、お願いします」


「よし!いいだろう。そのかわり」


「そのかわり?」


「僕がこの家を出る。あとは頼んだぞ」



「健太郎様!」


健太郎は本当に夜明けとともに家を出て行った。



No.79 20/06/27 21:02
匿名さん0 


「くっそぉ~!騙しやがって」

健太郎はリビングでウイスキーをストレートでがぶ飲みしていた。

ガラスのコップを叩きつける様に置く音は、健太郎の怒りと比例しているようだった。

「贅沢三昧させてやったのによ、なんだよ!あいつは!くっそぉ」

ボトルが1本空きそうになった頃、重子さんが入ってきた。


「旦那様、お体によくありませんよ」

「うるさい!ほっとけ!」

「そんな飲み方はよくありません」

「....うぅぅっ....ちっくしょぉ...」

コップを投げそうになるのを重子さんが止めた。


「旦那様。夜が明ける前に、もう1度お休みになられては?ささ、お部屋へ」


「はあ?部屋?あいつとその子供が居る部屋へ戻れってか?ぜってー嫌だ!そうだ!早く追い出せ!この家から追い出すんだ!あのやろう、許せねえからな!」


アルコールも入り、興奮している健太郎が本当に追い出しそうで、思わず重子さんは立ち上がろうとする健太郎を止めた。


「だ・旦那様。今は無理でございます。せめて、2週間程はこの家でお休みになって頂かないと可哀想でございます」











No.78 20/06/25 20:03
匿名さん0 


健太郎と三奈の子ではないのは確かだった。

ふと思い出した。


健太郎が1人撮影していた時に、寂しくて向かったショットバー。


その時、好奇心も手伝って、ノリに任せて1度だけ寝た男の特徴に似ていた。

いやああああああああ....

なんで!?なんであの男の子供を?

今すぐ健太郎の所へ飛んで行きたい。
けど、体がいうことを効かない。

焦る気持ちが無意識に頭の毛をかきむしる。

こんな子いらない....

ちっとも母性が働かない....

今すぐ投げ飛ばしたい....


ガクガクと体が震える。


「尿道に管を通して尿を排出しておきますね」

排尿の感覚もない。

けど、看護師は無表情で軽くお腹を抑えながら尿を促す。


他に何か言うことないの?

本当はおかしくて笑いたいんでしょ?


早く独りになりたかった。

看護師に八つ当たりをしてしまいそうだった。


No.77 20/06/25 17:02
匿名さん0 

「一体どなたの子を宿されたのですか?」


「....え?...ハァハァ...な・なんの事?」


本気でわからない。

ハァハァ

呼吸はまだ乱れていた。


こんなにもお腹を痛めて苦しい思いをして出産したのに.....。


健太郎は怒っているし、重子さんは変な事を私に聞く。
何なのよ一体!

上下に揺れる胸元をぼんやり眺めた。


足元で、医師が無言で切開部分を縫っていた。

縫っている痛みは感じたが、それ程気にもならない。


そうよ!
「赤ちゃん!私の赤ちゃんは?」


重子さんは質問の答えを聞かず部屋から出て行った。


そのタイミングで、綺麗になった赤ちゃんを看護師が連れてきた。

「さぁ、あなたのママですよー」
私の胸元に置く。


「?!....いやああああああああ」

嘘!嘘よ!こんな...こんな事って。

「いや!いやよ!私の赤ちゃんじゃない!健太郎さん!健太郎さんを呼んで頂戴!」


No.76 20/06/18 18:21
匿名さん0 


「おめでとうございます!
女の子です!澤乃井様」


誰もがその声を待っていた。


「三奈!ありがとう!よく頑張ったな!」

誰もが健太郎はそう叫ぶと思っていた。

取り上げた医師も、健太郎も、看護師も
みんな赤ちゃんを見て凍りついていた。


「え?ね・ねぇ、ハァハァ...健太郎さん?...ハァハァ」


「・・・・・」

慌てて医師がへその尾を切り、看護師が赤ちゃんの沐浴に連れて行く。


「ハァハァ...ねぇ、どっちだったの?...ハァハァ...ねぇ、みんなどうしたの?」



健太郎の顔はみるみる赤くなり、手は握りこぶしで、ぶるぶる震えていた。


何?何?


「今すぐこの家から出て行けーー!」

「え?何?何を言ってるの?」

健太郎は赤ん坊も抱かず、三奈に労いの言葉も掛けず、部屋から出て行った。


「三奈様」

重子さんは、健太郎に代わり三奈の手を握った。


「いったい、どなたの子を宿されたのですか?」


No.75 20/06/18 18:05
匿名さん0 


「三奈・三奈・頑張れ!」

三奈の細い腕からは考えられないくらいの力に圧倒される。

「三奈!三奈!頑張れ」

思わず健太郎も力が入る。


「ふぅふぅ
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

ひぃぃぃぃぃ

ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

陣痛の間隔が一分刻みになり
初産の三奈には耐え難い痛みが繰り返し襲いかかってくる。


「お母さんも苦しいでしょう。でも赤ちゃんも苦しいんですよ。さあ頑張って。ひっひっふぅーひっひっふぅー」



「ふーふーうわぁぁぁぁぁぁぁ」


ハサミが入った感じがした。

でもそんな痛みより赤ちゃんを出さないと。

赤ちゃんが呼吸出来ない。

本能でそう思った。

「ゆっくり。ゆっくり息を吐いて!」


「ふぅふぅ

ひぃぃぃぃぃー

あぁぁぁぁぁー」





おぎゃあぁぁぁぁ

No.74 20/06/18 17:49
匿名さん0 

「痛い痛い痛い痛い痛いああああああぁぁぁぁぁ....ふぅふぅふぅ....痛い痛い!んん~ん」

三奈は痛みに耐えきれずのたうちまわる。

どうにかこの痛みを逃がそうと必死だ。


「三奈。え?三奈?え?」

「痛い痛いああああああぁぁぁぁぁ」

「だ・旦那様!お医者様が到着しました」


看護師は陣痛の間隔は15分刻みだと告げ

医者は陣痛の合間に
「三奈様、おしるし等ございました?」

「ハァハァ...おしるし?ハァハァ...そういえば....血が混じっていたかも」


「ご主人様。このまま順調に産道が開けば、明け方には産まれますよ」

不安な表情から一気に笑顔になった。


「やっと....やっと産まれるのか。やったーー!」


「よろしかったら三奈様の手を握り、励ましてあげて下さい。お二人で乗り越えましょう」

「は・はい!三奈!頑張れ!僕が側に居るぞ!」


「ふぅふぅ...健太郎さん(泣)
うん頑張る!...っ痛ったーーー!」





No.73 20/06/18 17:32
匿名さん0 

「んん~...ん~...ふぅふぅ...んん~」

隣で寝ていた三奈のうめき声で起きた。


「みー...なー...んー?
どうしたー?」

寝ぼけまなこで眼をこすった。

三奈は体を九の字に曲げ苦しそうに呻いていた。


「え?!あ?!...だ・大丈夫なのか?」

三奈の背中を擦る健太郎。


「痛い!痛いの。もしかしたら陣痛が始まったかも」

顔は真っ赤に、額は汗ばんでいた。

健太郎は突然始まった陣痛に心の準備も儘ならない。

「た・大変だー!重子さん!重子さん!」


階下に居る重子さんに向かって叫んだ。


何事かと、駆け足で駆けつける。

苦しそうな三奈の背中をみて

「す・直ぐにお医者様をお呼びします!」

「痛い痛い!....ふぅふぅ
痛ったーいいいい!!ふぅふぅ」


「み・み・三奈!頑張れ。今医者を呼んだから。あぁ、そ・そうだ!
三奈!ひっ・ひっ・ふぅ~だよ!」

ひっひっふぅ~
ひっひっふぅ~

「腰!ふぅ....腰を擦ってよ!」

「え?あ?腰?」










No.72 20/06/12 14:47
匿名さん0 

三奈のお腹が下がってきたようだ。

今まで赤ちゃんが胃を圧迫していたので、その事によって三奈の食欲が増し、起きがけからお腹が空いたと重子さんに声を掛けるようになっていた。

「そろそろ看護師を常駐させるかな」


健太郎は重子さんに相談した。


「待ちに待った瞬間が目の前だ。あともうちょっとだ」

「私も楽しみでございます」

「念願の父親になれるんだよ。
男の子かな?女の子かな?
あぁ~早く会いたい」

ニヤける健太郎


「ですが、旦那様。差し出がましい様ですが、世間にはどの様にご説明をお考えですか?ご職業柄色々面倒かと...」



「ん?あぁ、、、まあ、別に考えてもいないよ!事務所が解決してくれるだろう!
さーて、そろそろ名前を考えないとな!」

健太郎は浮き足だって書斎に向かった。


重子さんは軽くため息をつき、今、何をお話をしても無駄だと感じていた。

ましてや、しおり奥様が居ない事すら気にもしていない。



旦那様の今の全ては三奈のお腹にある。

邪魔をしてはいけない。

しおり奥様とは、7年間は一緒が暮らした人なので、それなりの情はあるが....。


しおり奥様の話は余計な事だろう。


書斎の反対側のキッチンに向かった。










No.71 20/06/12 14:19
匿名さん0 


優子さんを見送った後。


山の麓から見えた夕日は1日の終わりを告げようとしていたが、私の決心の始まりでもあった。


ここで子供と一生一緒に住む。

私の安住の地。

誰にも邪魔はさせない。
誰にも頼らない。

大丈夫よ、私があなたを守るから。

少し大きくなったお腹を撫でながら、これから訪れるであろう不安と、楽しみと、そして決心が揺るがぬ様、地平線から消えるまで太陽を見送った。


「さて、夕飯にしますか!」

薄暗い外で、ご飯の炊ける匂いを嗅いだ。








No.70 20/06/08 19:06
匿名さん0 

家の中が落ちついてきたので早速助産師に連絡をし、我が家に来て頂いた。

家で産みたい....そう電話で伝えると、家の中の状態が見たいと言う事だった。


優子さんは、今妊娠6ヶ月という事
、今の私の体調、母子手帳の確認以外
特に何も聞いてはこなかった。


縁もゆかりも無いこの土地で、身寄りも無い私が突然引っ越し、そして出産すると言っている。

噂の格好のネタになりそうなのに。
最初こっちに来ると言った時は身構えたけど、単なる部屋の状態確認だったようだ。


赤ちゃんの心音を聞きながら優子さんはウンウンと頷いた。


「で?この家で出産希望なの?」

お腹を出して横になっていた身を起こし

「はい。出来れば....あの、優子さんは助産師で、産婆さんですよね?」

カルテのようなメモをとりながら

「えぇ!昔は何度かご家庭で取り上げた事あるわよ?病院も遠いからね~」



「そうなんですね。安心しました。家でお願いします」


「でも、あなた初産でしょ?
ん~ん、

まぁ、何か不安な事とか聞きたい事とか、いつもと違う症状の時とか、いつでもいいからここに連絡してね」

優子さんは家の電話とケータイの番号が記入されたメモを私に渡した。


家で出産の場合、旦那さんが側に居たり兄姉が居たりで、みんなで赤ちゃんの誕生を喜び分かち合うものなのだか、この家には私1人しかいない。

産む時も1人なのだ。

訳ありの妊婦だと思っているのだろう。

帰り際も
「いつでもいいからね」

念を押し帰って行った。









No.69 20/06/08 18:33
匿名さん0 

その頃

健太郎の家を出たしおりは、以前に購入していたとある場所の一軒家にいた。


元々は別荘用に建てられた、ちょっと人里離れた山の麓

平屋の我が家に身を寄せていた。

別荘用という事もあって傷みは激しかったが、水回りはリフォーム済みで、とりあえず住める状態だった。

本当は出産準備にベビーベッドやクーハン、色々揃えたかったけど、冷蔵庫や電化製品の購入が最優先と思い、ここは赤ちゃんには申し訳ないけど我慢してもらった。


少し下りた町の入り口に助産婦さんが住んでいた。

ここを選んだ理由の一つでもあった。


彼女の名前は優子さん。


名前の通り優しい人だった。


No.68 20/06/05 10:24
匿名さん0 


コンコン

「失礼しまーす」

大量の荷物を重子さんと真美子さんが部屋に運んだ。


殆どが洋服であろうトランクケースが5つ。

女性が2階まで運ぶには相当な重労働ではあったが、中身を確認するには指示がいる。



「旦那様全てクリーニングにお出ししますか?」

そんな二人を知ってか知らず知らずか


「ねぇねぇ、健太郎さん。脚がだるいわぁ」

仰向けやうつ伏せになれない三奈の体は、ベッドに寄りかかり脚を投げ出していた。


「三奈様、私が...」

真美子さんが言った。


「大丈夫!僕が擦るさ。だって毎日擦ってるもんなー」

ケラケラと笑う三奈とニヤける健太郎。

ぽっこりお腹とは裏腹な白く細い脚の上に股がる健太郎の姿はこっちが恥ずかしくなる程だった。


「で・では、クリーニングにお出ししときます。失礼しました」


部屋に運び入れたトランクケースをまた部屋から出した。


「いやだぁ、くすぐったい~」


三奈の甘えた声が部屋の外まで聞こえた。


せっかく部屋まで運んだのに、また1階まで降ろす元気もなく、重子さんと真美子さんは廊下でトランクケースを開け、大量の洋服の仕分け作業をした。


「私達のお土産どっかに入ってないのかなー」

真美子さんがつぶやいた。


No.67 20/06/05 09:40
匿名さん0 


健太郎と三奈は、しおりが家を出た1ヶ月後に帰って来た。


「ただいま~!あー、楽しかったわー🎵」

臨月間近の三奈は、ふぅふぅ息を吐き重い体を右へ左へと揺らし歩く。

「おいおい、足元に気をつけろよ」

「お帰りなさいませ」

重子さんが出迎えた。


「重子さーん!見て見て!大きくなったでしょう?」
まんまるなお腹をさすって見せる。

「まぁまぁ三奈様、お帰りなさいませ。身重のお体で大変心配しておりました」

重子さんは頭を下げた。

「三奈、2階でゆっくり休むといい。何か欲しい物があったら重子さんに頼みなさい」

「はーい!
うわぁー、懐かしいわ!やっと帰って来たのね」

「子供みたいだな!ハハッ。さ、僕の腕に捕まって」

「ありがとう。健太郎さん」

「あの、旦那様、、実は」


「あぁ、重子さん。僕達は少し休むから荷物を頼むよ」

「....かしこ参りました」


重子さんは、しおりが旅行に出かけ半年は戻らない事を健太郎に報告しようとしたが、とりあえずは休んだ後にしよう。まずは、三奈様が無事に出産出来る様、配慮しなければ.....。

聞かれたら答えればいい。

まずは、旦那様の待ちに待ったお世継ぎを....。









No.66 20/05/28 22:22
匿名さん0 


「あら?あくびよ。泣く訳ないじゃない。永遠の別れでもないのに」


「それでは、旦那様が戻られましたらその様にお伝えします」

淡々と重子さんは話をまとめた。


「そうね、そうして頂戴。さて、荷物をまとめるとするかな」

「お手伝いします」
一緒に立ち上がろうとする真美子さん。

「大丈夫よ。持って出る物なんてそう無いから。だってあのクローゼットを見たでしよ?(笑)」

「あぁ、なるほど」

「お休みのところ、ごめんなさいね。では...お休みなさい」




気丈に振る舞えたかしら?

部屋に入り、枕に顔を押し付け、声を殺して泣いた。

初めて気がついた。

ここは居心地が良かったのだという事を。

当たり前じゃない事を当たり前の事の様に思ってた。

気持ちが落ちついたら簡単な荷造りをしよう。

感謝の気持ちを込めて、せめて綺麗にして出なくては....


みんなが起きる前に....



No.65 20/05/28 22:05
匿名さん0 


決行する前夜。
1日の仕事が終わり、くつろいでいる重子さんと真美子さんをリビングに呼んだ。

「あのね、私、明日から旅行にでも行こうかと思ってるの」

重子さんと真美子さんは顔を見合せた。

「どちらにご旅行ですか?」

重子さんが聞いてきた。

「んー、とりあえず国内なんだけど、自由気まま、気の赴くままで行こうかと。特に決めてないの」

また2人は顔を見合せた。

「お一人でですか?よろしければ私もご同行しますよ?」


真美子さんは心配そうに、そう言てくれた。

一瞬涙が出そうになった。


「やだわ!大丈夫よ。それに1人だから行くんじゃない」


「...でも...奥様...」

「健太郎が居ないこの家に、私1人居ても重子さんも真美子さんも窮屈なだけでしょ?...それに....」


「......」


「そろそろ三奈さんの予定日じゃなくて?健太郎はこの家で出産させるそうじゃない」


「...えぇ、まぁ...」

健太郎の居場所を私に教えない重子さんは、三奈の出産の為に色々買い揃えていた。


「ね?そんな時、私がこの家に平気でいられると思う?」


「.....はい、...」

「私の気持ちも考えて頂戴」


「いつお戻りの予定日ですか?やはり、私もご一緒します!」

ずっと私のお世話をしてくれた真美子さん。
この7年間を色々思い出す。

感謝の気持ちが込み上げてきて唇が震えた。

「そう...ね、まぁ、半年は戻らないつもりよ。ゆっくり、そうね、日本全国津々浦々....って感じかな!」

「奥様!」


重子さん、いつも美味しいお料理をありがとう。

真美子さん、辛い時、悲しい時、いつも側に居てくれてありがとう。
あなたには、本当に助けてもらったわ。

徳さん、私の薔薇たちをお願いね。
頼んだわね。

「あれ?奥様....泣いていらっしゃいます?」


心の中のつぶやきで泣いてしまった。

本当は声に出して感謝したいのに。

独りで産むと決めたからには、旅行という嘘の形でお別れしなければならない。

本当に、本当にお世話になりました。

健太郎と三奈と、2人の赤ちゃんをお願いね。


本当にありがとうございました。





No.64 20/05/28 21:21
匿名さん0 


そろそろこの家を出た方がいいかしら?


1ヶ月ごとにお腹は大きくなるだろう。

庇いきれないかもしれない。


6ヶ月目に入ったら決行しよう。


赤ちゃんと住む家も買った。


あとは私がここを出るだけだ。




No.63 20/05/28 21:18
匿名さん0 

しめしめ....

我ながらとっさについた嘘だけど、真美子さんは信じたようね。

安堵のため息が出た。


「ん?...」


「ん?今度は何?」


不思議そうな、何か違和感を感じた真美子さんは、私の手を握ったまま頭から足先までなめ回す様に見つめる。


「やだ!奥様。もしかして....お太りになられましたぁ?」

クスクスと笑う真美子さん。

「え?あぁ、そう?」

そういえば最近の食欲はすごいかも。

空腹は異常に早くなってるかもしれない。

「夏バテでお痩せになられましたからねぇ。ただ、ん~、痩せているよりは良いと思うのですが....ちょっと....お腹が出始めていらっしゃいますねぇ」

私の全身を品定めする。


「え?お腹?」

握っていた手を自分のお腹に当てた。
お腹が出る月齢じゃない。

ちょっと食べ過ぎかしら?
次回の検診までは気を付けなくちゃ。


「あぁ~それでですかぁ? 」


「え?何が?」

「お太りになられたからオートクチュールもスーツもお売りになられたんですかぁ?」


今度は呆れた感じで笑う真美子さん。

「そ・そうなのよ(笑)食欲の秋だし、痩せる気がしなくて....ハハッ」


「お売りになられたお気持ち、お察しします」

ウンウンと良き理解者の感じで頷く。

思わず吹き出しそうになった。


あのね、真美子さん。

私、妊娠してるの。

三奈が産んだ後に私も産むのよ?


No.62 20/05/27 21:39
匿名さん0 

「あ、えっと、バッグ?」

「はい。シャネルやヴィトン、バレンシアガも、まだ他にもありませんでした?あら?ヴィトンのトランクも無い」

「あー、そ・そうね...」

「バッグ以外は?どうなのかしら?」

バッグ用の棚の奥にあるウォークインクローゼットへ向かって行く。

「あ!ちょ・ちょっと真美子さん」

お腹の赤ちゃんを忘れて慌てて駆け寄る。

「あのね、真美子さん。ちょっと聞いて頂戴!

健太郎も三奈さんと何処かに行っちゃって、しかも所在すら教えて貰えないんだもの。なんだかむしゃくしゃしちゃってね。気分を一新したくて全部売っちゃったのよ」


10畳程のウォークインクローゼットにはシャネルのスーツやディオールのカクテルドレスなど100着以上はあったが、それもほとんど売ってしまった。

ガランとしたクローゼットを見渡した真美子さんはちょっと驚き、私の話は耳に届いていないのかいるのか

「....え?あぁ....なるほど...そ・そうです...よ、ね」

呆気に取られて私の説明を呑み込めない感じだった。


「また新しいのを買うわ。それ位しか楽しみがないんだもの。ね?そうでしょ?真美子さん」

真美子さんの手を取った。

「まぁ、そうです、ね。はい」


三奈の出産予定日はもうすぐだ。

あと2~3ヶ月で産まれてくるだろう。

つまり、1ヶ月後位になると出産準備の為に帰ってくるはずだ。
その前に売ってお金にしたかった。



健太郎も、重子さんも、この家の人みんな待ち望んでいた赤ちゃんがもうすぐそこに。

欲しくて欲しくてたまらなかった赤ちゃんは三奈が産むのよ?

バッグや服を売り払って新しく買い替えたっていいじゃない!

その気持ちを分かってよ!

まぁ、表向きは、ね。


真美子さんは

「そうですね。奥様」

うっすら涙を浮かべながら私の手をギュッと握りかえした。

No.61 20/05/27 21:04
匿名さん0 


ゴホッゴホッ....

喉に栗が詰まり噎せた。

全て売り払ったのはマズかったかしら。

「大丈夫ですか?」

真美子さんが心配そうに覗き込み、水を差し出した。

「だ・大丈夫・よ」

どうしよう、聞かれたらなんて答える?

動揺する気持ちを押さえる為に水を一口飲んだ。


落ちついてきた私を確認した真美子さんは、またクローゼットの中をキョロキョロしだした。

「あらー?バーキンの他にも色々なバッグが....えーーーー?おかしいなぁ....」

ぶつぶつと独り言を言っている。


「あのう、奥様....」

クルリと向きを変え、私に答えを求めてきた感じがした。


No.60 20/05/22 17:17
匿名さん0 

真美子さんがデザートを持って寝室にきた。


「奥様、最近よく出かけてますねー。ご友人の所ですかー?」

さすがに出かけ過ぎたかしら?

「え?...そ・そうなの。今度は友達が体調が良くないらしいの」

「あー、それで体に良い料理の本を読んでいらっしゃるんだー。お優しい!ご友人に作って差し上げるのですか?」


本当はこの家を出るからなんだけどね。

「そうなのよ。私、ずっと重子さんに作って頂いてたから何も分からなくって。それで読んでいたの」

「ご心配ですね。あ!そうだわ、重子さんにお聞きになられては如何ですか?重子さんの料理、本当に上手ですよ?」

「そうね、後で聞いてみるわ」

話を広げたくなくて、運ばれてきたデザートを手に取った。

重子さんが作ったであろうマロングラッセを丸ごと一口にした時


「あら?ここにあったエルメスのバッグ....あれー?10個はあったと...えー?おかしいな....」

真美子さんがクローゼットの棚をがさがさしだした。

思わず栗が飛び出そうになって急いで噛み砕いたら今度は噎せた。


「大丈夫ですか?お水をお持ちしましょうか」




No.59 20/05/16 11:06
匿名さん0 

健太郎もそうだけど、私にとっても初めての経験をこれから沢山する事になる。

想像しただけでも、喜びより計り知れない不安の方が強い。

私が不安になるとお腹の赤ちゃんも不安になるのかしら?

胎教に良くないわね。


まずは独りでも安心して出産育児できる場所を探さなくては.....


都会?田舎?
アパート?一軒家?

産院で産む?家で産む?

産後って...どんな感じになる?


ますはやっぱり場所を決めないと始まらない。

譲れないポイントがあった。


健太郎に絶対会わない場所。
探されても見つからない場所。

まぁ、探される事は無いわね。

だって健太郎は三奈とその赤ちゃんが居れば私なんて必要ないんだもの。



ひっそりと確実に
私とお腹の子が幸せになれる場所


安定期に入り体調も申し分ないくらい元気だったので、とにかくよく出かけ、何度も足を運び、都会でもなく田舎でもない、ここ△△に決めた。



No.58 20/05/11 22:15
匿名さん0 


とにかく売りまくった。

どれくらいの価値があるのかも分からなかったが、言い値で取引をした。

ぼったくられてもかまわない。

どうせ要らない物だもの。


以前何かの本で読んだが、愛情を与える代わりに物やお金で解決をすると。


まさに健太郎そのものだったわ。
その証拠がこれらの数々。

とりあえずこれで少しは役にたちそうな金額になった。

その次に診察して頂いていた山口医院を変えよう。

高須先生から健太郎に連絡がいくと困るからだ。

決行は妊娠6ヶ月後。

出産までの4ヶ月の間に住まいを決めなくちゃ。
赤ちゃんを安心して育てられる環境を作らなくちゃ。


揃える物だって沢山あるんだもの。

どこへ引っ越そうかしら?

どこにしようかしら?







No.57 20/05/11 21:58
匿名さん0 


それからは規則正しい生活を送った。

主無き隣の部屋も、真美子さんが時々空気の入れ替えに入るくらいで、三奈のかん高い笑い声も聞こえなくなった。

以前に戻った。
そんな毎日だった。


ぼんやり外を眺めながら考えた。

1人で産むにはお金がいるわね。

独身時代の貯蓄では足りない。

住む場所もいるし、当面は働けない。

しかも、健太郎からはカードを3枚だけ。

現金は持ち合わせていない事に気がついた。

どうすればいいの?

ふと目に入ったのは健太郎からのジュエリーやブランドバッグ。

子育てには必要ないわよね。


売ったらお金になるのかな?


とにかくお金を用意しなきゃ。


No.56 20/05/11 21:49
匿名さん0 


1階へ降りてキッチンにいる重子さんに軽めの食事を用意してもらった。

12人がけの大きなテーブルに独り

いつもの同じ風景

独り座って待っていると、トーストにベーコンエッグ、オニオンスープ、オレンジジュース、サラダと次々に並んだ。


「ありがとう。頂きます」


以前は当たり前の様に食べていたけど、今日はなんだか本当にありがたみを感じた。

毎日私1人の為に作ってたのね。

感謝もせず申し訳なかったわ。

重子さん、あと少しだから。

もうちょっと宜しくね。

No.55 20/05/08 21:58
匿名さん0 


少しうとうとして目が覚めた。


泣いていたのか、枕が濡れていた。


1番に目に飛び込んできたのは診察時に持って行ったバッグ。

あの中には母子手帳が入っている。

そう思っただけで、健太郎が消えた絶望が和らいだ気がした。


今何時かしら?

何か食べなきゃ元気が出ないわ。


夏バテかつわりか分からないけどガリガリに痩せてしまい、魅力のないこの体には1つの命が宿っている。

1人で産むと決めたからには色々と考えないと。


お腹に手をあて、ゆっくりと起き上がった。


No.54 20/05/05 17:19
匿名さん0 


1番に健太郎に報告したかったのに。


噛んだくちびるの痛みで我に返った。

このままここに居ても健太郎は現れない。

三奈と荷物と健太郎は突然消えた。



部屋に戻って少し横になった。

窓から見える木々の間から鳥の囀ずりが聞こえた。

おめでとう....そう言ってくれてるの?

ありがとう....待ちに待った妊娠だったのよ?



不思議だった。
あんなに不妊治療を頑張っても出来なかったのに。

三奈の出現のこのタイミングで妊娠だなんて。

私の方が先だったら....


健太郎と三奈が突然消えたダメージは想像以上に私を苦しめていた。

誰にも祝って貰えない私の赤ちゃん。


まだぺしゃんこのお腹に手をあて

大丈夫よ。私があなたを守るから。

今日もあなたの心音をこの耳ではっきりと聞いたのよ。


あなたに会うまで頑張るから。
その日を楽しみに頑張るから。

だからね、誰にも言わないわ。

1人で産むわ。





No.53 20/05/02 23:51
匿名さん0 

「申し訳ありません」

そう言い、重子さんは頭を下げて部屋から出て行った。


健太郎と三奈が過ごしていたこの空間。

主無き薄暗いこの空間を見渡していると、段々と私の呼吸は荒くなり、この部屋にある物全て窓から放り投げたくなった。


2人が使っていたベッド
三奈が我が物顔で使っていた1人描けのソファー
三奈が選んだカーテン


何もかもめちゃくちゃにしたい。

想像しただけで過呼吸気味になり。思わず倒れそうになった。


いけない...いけない....

赤ちゃんに酸素が行き渡らなくなる。


赤ちゃんを守らなきゃ。


落ち着いて....深呼吸して....



泣くもんか。


何故、今日なの?


泣く...もん..か。


下唇をギュッと噛んだ。







No.52 20/04/30 16:10
匿名さん0 

えっと....。

今朝は居たかしら?

中に一歩も踏み込めないでいた。


カーテンは締められて薄暗かったけど、ベッド周りは整頓されていて、ドレッサーには山ほどあった化粧品が1つも無かった。


私妊娠したの!

健太郎達が突然居なくなるなんて想像もしてなかった。

健太郎がどんなに喜ぶか。
それしか頭になかったから、突然のこの状況がなかなか理解出来ずにいた。


そのまま突っ立っていると背後から重子さんが洗いたてのシーツを持ってやって来た。


「ねぇ、健太郎さんは?」

重子さんは無言で私の横を通りすぎた。


「ねぇ!!2人とも何処に行ったの?」

知りたい...いや、それ以上に重子さんの態度に腹がたち....

いや、私だけ除け者なの?そんな感情からか声を荒げてしまった。

重子さんへ八つ当たりしてしまった。


重子さんは私の方へ向きを変え


「....奥様...大変申し訳ないのですが...」
目線は伏気味の重子さん。


この日をどれだけ待っていたか。

「あの...奥様」

私、赤ちゃんが出来たの。

「....」


重子さんが何も言わないという事は、健太郎に止められているのね。


誰にも言うな!ってね。

それって....私もなんだね。


状況が分かり少し落ちついた私は

「いえ、いいの。何も言わなくていいわ。大丈夫よ」











No.51 20/04/26 13:53
匿名さん0 


それからしばらくして私も安定期に入った。



診察が終わった後、自宅へ急いで向かった。


「健太郎ー?」


おっと危ないわ(笑)
気持ちが急ぎ過ぎで走ってしまいそう。


ゆっくり階段を登る。



コンコン....



「健太郎?私よ、しおり」


コンコン....


「ねぇ、話があるの!お願いだから、開けてくれない?」


ねぇ、、お願いよ!


早く言いたい。
ずっとずっとこの日を待って我慢してきた。


健太郎に。
あなたに。


「ねぇ、居ないの?」


ドアノブを回した。


ドアが開いた。


誰も居なかった。

誰も...三奈も...
荷物も...


何もかも無くなっていた。




No.50 20/04/26 13:41
匿名さん0 


その頃の三奈は安定期に入ったという事もあって、庭から奥に続く散歩道に出かけたり、とにかく軽めに身体を動かし始めていた。

奥へ入って行く二人をバルコニーから見かけると、真美子さんは必ず私に報告した。


「本当に健太郎様はお優しいですよねー。いつもご一緒に行動されて...ご心配なんでしょうねぇ」

さして興味もなくなった私は

「...そうね」

本当に優しかったらこんな仕打ちを私にはしない筈だけど?

以前はそう思っても真美子さんにでさえ言えなかった。


「ご出産に向けて体力作りですかねー?あと数ヶ月ですからねー🎵」

真美子さんは続けて言った。


思わず鼻で笑ってしまった。


どうやら段々と太ってきて、スレンダーな体型が崩れていくのが許せなかったらしい。


時々隣から三奈のイライラした大きな声が聞こえてくるようになった。

健太郎があれ駄目これ駄目と、制限し過ぎで三奈も限界だったのだろう。


私はあと少しだけ安静にするわ....

待っててね、健太郎。

あなたを奪い返す。



No.49 20/04/21 23:14
匿名さん0 

季節がら、純毛の毛糸が手に入らず、仕方なく手ぶらで帰宅。


早速真美子さんが部屋にやって来た。


「お帰りなさいませ。診察ははどうでした?」


「ただいま。先生?うん!大丈夫よ。ストレスを溜めず普通に生活していればそのうち生理も始まるでしょうって」


主治医が代わった事を告げてはいない。

まだ内緒にしておきたかった。


「本当にですかー?それならまだ安心ですけど。
まぁ、生理が止まってしまう程のストレスの原因は、分かる気もしますが...」


「でしょう?でも、もう大丈夫よ。健太郎が父親になるんだもの。私も応援しなきゃと心を決めたの。腹をくくったというか、ね」

真美子さんは大袈裟にため息をつき

「奥様の心中お察しします。奥様だっていっぱい努力をなさったのに...
なんでこんな事になったのか」


大丈夫よ。もうすぐあなたはビックリするから!
待ってて!

「とにかく喉が乾いたわ。レモンウォーターが飲みたい」

「かしこ参りました。今すぐご用意しますね」


そう言って部屋を出て行った。


私は真美子さんが触らないジュエリーケースの奥底に母子手帳を隠した。


もうすぐ8月が終わろうとしていた。

けど、まだまだ暑い日が続きそうだ。


体調に気をつけて、赤ちゃんの為にもストレスを溜めない様にしなくちゃ。

山口先生の注意事項を思い返した。






No.48 20/04/21 22:48
匿名さん0 

山口先生の所に診察に行き、体調も良かったので、そのまま母子手帳の交付に行った。

母子手帳。
表紙には、お母さんが赤ちゃんを抱っこしている挿し絵。

帰りのハイヤーの中で何度も出しては開いて、そして眺めた。

母子手帳は、母になれる、そんな気にさせてくれた。

いつ、みんなに発表しようかな...

みんなビックリするだろうな....

みんなのリアクションが楽しみ!

みんなの喜ぶ顔を想像するだけで、私の気持ちはとても穏やかになった。


予定日は1月の後半と言っていたわね。

赤ちゃんの為に毛糸でおくるみでも編もうかしら!?

ミントも、靴下も、そうよ!帽子だって。


みんなには三奈の赤ちゃんに...
なんて。嘘つけば大丈夫よね。


「あ!運転手さん。手芸洋品店に向かって頂戴」






No.47 20/04/16 22:41
匿名さん0 

2週間後、再び高須医院を訪れた。


「3ヶ月にはなるでしょうから、専門の産婦人科に移った方が良いでしょうから、紹介状を用意しますね」

そう言われ、高須先生の知り合いの山口先生を紹介して貰った。


山口産婦人科医院は同じ市内にある。


あさってには紹介状を持って伺うとしよう。


高須先生には本当にお世話になりました。
ありがとうございましたと何度も言い、クリニックを後にした。



まさか、三奈の主治医じゃないでしょうね?!

帰り際ふと不安が過った。


高須先生に聞いてみようか....


いや、高須先生は三奈の事を知らないはず。


健太郎が帰国後、高須先生の所に行くと聞いた事もないし、高須先生がうちに来た事もない。


多分大丈夫よね。

三奈に私の幸せをこれ以上邪魔されたくない。


大丈夫.,..大丈夫....


No.46 20/04/16 22:24
匿名さん0 

私のお腹に赤ちゃんがいる。

それだけでとても幸せだった。

ドラえもんのポケットみたいに
宝物が私のお腹にある。

かけがえのない命。

お金では買えない宝物。

私が欲しくて欲しくてたまらなかったものがここに...,


もう、隣から楽しげな声が聞こえてきても羨ましいとか寂しいとか、そんな事気にもならないわ。

私は世界一幸せな妊婦さん!

神様ありがとう。


No.45 20/04/13 22:50
匿名さん0 


どなたか存じませんが共感をありがとうございました。

今気がつきました。


お礼が遅くない申し訳ございません。


宜しければ引き続き暇潰しにお付き合い下さいませ。



No.44 20/04/13 22:47
匿名さん0 

部屋で横になっていると真美子さんが入ってきた。


「奥様、いかがでしたか?お薬は私が管理しますから出して下さい」


「あぁ、真美子さん。大丈夫よ!ただの夏バテらしいから...薬も出でないのよ。次回は再来週だって」


「やっぱり夏バテですか。んー、何か口当たりのいい物....アイスクリームとかいかがです?」


言いたい!真美子さんに!

一緒に喜んで欲しい。

あー、駄目駄目。安定期に入るまでは。安定期に入ったら!


「あぁ、そうだ。コーヒーは止めるわ。明日からはグレープジュースとか、、オレンジジュースとかにして頂戴」


「え?!珍しいー。フルーツ系なんて滅多にお召し上がりにならないのに。そもそも酸っぱいの苦手でしたよ?夏はアイスコーヒーしか召し上がらなかったんですよ?本当に大丈夫なんですか?」

そうよね。コーヒー好きの私の口からコーヒーを止めるだなんて。
この7年間一度も言った事無いかも。


そうなの!妊娠したから好みが変わっちゃって...

あー、駄目駄目。喋ってしまう。


「健太郎に初めての子供が出来るのよ?その願掛けの為よ」

「願掛け....です、か?なるほどー」


真美子さんは納得してない感じだったけど、まあ、いいわ。あと1ヶ月もしたら真美子さん、あなたビックリするから!









No.43 20/04/13 22:28
匿名さん0 

帰路の途中

車窓から見える親子連れ

今までは妊婦さんはおろか、赤ちゃんやベビーカーすら見る事も辛かったのに、今日は知らない人の子でさえ愛しい。

待ちに待った妊娠。
自然とお腹に手がいく。
自然と微笑む自分。


「夏バテもあるかと思いますが、悪阻も考えられますね。栄養は気にせず、食べれる物、食べたい物で結構ですよ。あ!水分はこまめに、イオンウォーターがいいでしょう」


悪阻かぁ。
聞いた事はあるな。

家に帰って色々調べなきゃ。

この子を守るのは私しかいないもん。


ふふっ。こうやって母はたくましくなるのかしら。

なんだかくすぐったい....



「ただいまー」

ゆっくりと階段を上がる私。

背後から真美子さんの


「お帰りなさいませ」の声。


真美子さん。

私、とうとうやりましたよ。


まだ教えませんけどね。




No.42 20/04/10 22:11
匿名さん0 

「えっと、、誰が妊娠ですって?」

ピンと来なかった。

だって今までずっと「残念ですが」か「次回また頑張りましょう」しか言われなかったんだもの。


「澤乃井様。良かったですね~。待ちに待った瞬間ですね。私も嬉しいですよ」


「え?え?.....えーーー?!」

思わず手で顔を抱えた。
その手は震えていた。

信じられない。
嘘よ!
今まであんなに頑張っても駄目だったのに。

いつ?え?いつの事?


あ!あの日だ。
あの日、私は健太郎に抱かれた。

そうよ!あの時の子だわ。

知らぬ間に涙が流れていた事に
最初に気が付いたのは顔を抱えていた私の手だった。

声をあげて泣きたい気分だった。

「おそらく7週から8週といったところでしょうか。まだまだ安定期に入るまでは流産の危険性もありますので用心して下さいね」


高須先生の笑顔が眩しく感じた。

涙のせいかな。

ありがとう。ありがとう。

何度も何度も頭を下げ診察室をでた。

早く健太郎に言いたい。
健太郎のびっくりする顔が見たい。
喜ぶ顔が見たい。


けど、流産してしまったら取り返しがつかない。

私だってこれ以上傷つきたくない。
不妊からも、三奈からも。


安定期に入るまでは内緒にしておこうか。

ニヤケたり悩んだり、私の頭と顔。


とりあえず帰ろう。

私のおうちに....


この子を連れて.....








No.41 20/04/06 19:35
匿名さん0 


「先生、検査結果です」

看護師が何かの紙を持ってきた。

高須先生は私の顔を見て

「確かに元気がなさそうですな」

そう言いながら、先程の紙に視線を落とした。


「あのね、生理が止まった理由は他にもあるんです。実は健太郎に..こ..」


「澤乃井様、最終の生理はいつだったか覚えてますか?」

「え?えっと、んー....確か6月は普通にあったと思うけど....それより、先生。聞いて欲しい事が....」


「では、最後の性行為は?いつです?」

なんで話を遮るの?聞いて欲しいのに...

ちょっと呆れ気味に

「性行為?!性行為ねーーー、そう、ね....えっと...」

そんな事何故聞くの?
また不妊治療に来たと思ってる?

不思議に思いながら

「先生。生理が止まったのよ?それで来ただけだから。お薬を出して欲しいの」


ニコニコと笑顔で高須先生は

「おめでとうございます。妊娠されてますよ!」


「....ん?今...,なんて?」









No.40 20/04/01 17:53
匿名さん0 

「こんにちは。高須先生」

「おやおや、これはお久しぶりですな澤乃井様。今日はどうされました?」

真っ白な病院と違って、重厚な木目調のデスクに椅子。

古めかしい書物が並んでいる、どこかノスタルジックな部屋で、ネクタイを身に付けた医者はくるりと私の方へ体を向けた。


「夏バテかしらね....最近は食欲もなく、おまけに生理も止まったらしいの」



「そうでしたか。それはご心配でしたね」

高須先生は健太郎の主治医。

役柄に合わせて体重を落としたり増やしたり、病気にならない様、色々体については相談をしていた。

一応医者という事もあって不妊治療なども、健太郎と2人足蹴く通った。

以前は、ね。

私が夏バテで、しかも生理が止まった理由....三奈のせい....言おうかしら。

どうせ三奈の主治医は高須先生じゃないみたいだし。


こんな事誰にも言えない。

どんな痛みにも耐えた治療。
それでも妊娠しなかった私の体。


それをあっさり三奈はやってのけた悔しさ。

高須先生ならわかってくれるかもしれない。


「....あの、ね、先生...実は」


No.39 20/03/26 22:30
匿名さん0 

「奥様ー。明日の10時に予約入れておきましたー」


「え?何?なんの話?」

突然入って来た。


「え?だって奥様。最近元気がないし、生理も遅れてますからね。一度病院へ行かれた方がいいですって!」

「何勝手な事してんのよ。呆れた」

真美子さんに背を向けた。


私なんてどーでもいいのに。


「重子さんもその方がいいって言ってましたよー。重子さんも心配してるんです」

私の顔を覗き込んでいるようだ。


「重子さんも?」

タオルケットから顔を出した。


「明日の10時ですからね。ハイヤー呼んでおきますね」

真美子さんの心配そうな顔を見て


「わかりました」

そう答えた。


真美子さんは私が嫁いた日から
この家にいる。

年齢も重子さんより近いこともあって留守がちな健太郎に代わり私の良き理解者になっていた。


なかなか妊娠出来ず落ち込む私をいつも助けてくれてたのは真美子さんだった。

いつもと変わらず接っしてくれる真美子さん。


そうね。あなたの為にも
病院に行くわね。




No.38 20/03/26 22:11
匿名さん0 


この映画の撮影に私も一緒に行ってたら...,

三奈じゃなく私の方が妊娠してたかもしれない。

もしかしたら....

映画の試写会には、ふっくらしたお腹でカメラマンの前に私は健太郎と立っていたかもしれない。


一緒に行けば良かった。
無理にでもついて行けば良かった。

今更悔やんでも悔やみきれない。

阻止出来なかった。
他人の妊娠。

不妊治療の健太郎の消極的さは
私達の夫婦仲にも影響していた。


生理が止まったら妊娠すら出来ない。


いや、もう健太郎は私を見ていない。

私を抱く事もない。


もう、どうだっていいや。


私なんて....








No.37 20/03/21 22:58
匿名さん0 

そういえば最後にきた生理っていつだった?

視線を真美子さんから天井へと向きを変えた。


覚えがない。

あれ?いつだっけ?

「今日も暑くなりそうですねー」

そう言って真美子さんは出て行った。


三奈の出現としたたかな言動、追い討ちをかける様に健太郎の冷たい態度で、私の生活はこの数ヶ月で一変していた。


おまけにこの暑さで食欲も出ないでいた。

まさか、止まっちゃったの?

情けなくなって眼をぎゅっと閉じた。

三奈が、健太郎が、私を苦しめる。

悔しい‼


明日にでも不妊治療でお世話になった先生の所に行こうかしら?

健太郎も一緒に行った不妊治療。

二人共、何処にも異常は無いと言われた。


タイミングの問題ですかねー?

医師はそう言った。


仕事柄不規則な健太郎は


結婚生活4年目頃からだんだんと消極的になった。




No.36 20/03/16 01:20
匿名さん0 

試写会では、半年に渡る海外での撮影という事もあって、前評判と同じ位評価は高かった様で、記者会見がニュースやバラエティー番組で毎日の様に放送されていた。

TVは観ていない私に、その様子を真美子さんは逐一報告してくれた。


「奥様~!旦那様の映画!評判は最高ですよー。辛口のコメンテーターでさえ、澤乃井健太郎、復活!!だなんて(笑)落ちぶれてもいないのに~失礼な言い方ですよね~」

「....そう...」

返事すらだるい。

「奥様もご覧になればいいのに....」

2人が恋人になった映画なんて興味もなければ観たくもないわ。


「そういえば、櫻井三奈さんも話題になっているみたいですよ?」


「話題?」


「舞台挨拶にも、記者会見にも、その他インタビューにも、何処にも出ていらっしゃらないって...聞かれる度に旦那様や監督さんが色々説明なさってましたけど...まぁ、仕方ないですよねー。お腹が大きいんじゃ。ワイドショーの標的ですもんね。せっかくの映画が台無しになっちゃいますもんね」


相変わらずあの2人は隣の部屋で毎日楽しそうだし、真美子さんの話だって、本当は聞きたくも無い。

「そう」適当に返事をする。


「あ!そうそう奥様。今月の生理遅れてますよ?」


「え?そう?」

No.35 20/03/08 23:35
匿名さん0 


そうよね、三奈のお腹の話題ばかり目立ってしまってはせっかくの映画が台無しになる。

映画の内容より父親が誰だとか、

もしかしたら健太郎が疑われる、
間違いないわ。

だって映画の中では二人は恋人の役だったもの。


疑われたら否定する?

どうする?健太郎


私、健太郎が主演の舞台挨拶の時には毎回エスコートしてもらって出席してたのよ?

一緒にインタビューも受けた事があるのよ?


だって、私達夫婦なんだもの。

世間体では、ね。


面白いじゃない。


三奈抜きと私抜き


どちらにワイドショーが注目するのか楽しみだわ。







No.34 20/03/08 23:20
匿名さん0 

「ともかく、試写会の舞台挨拶は三奈は体調不良と言う事で記者達には説明するから」


「そんなぁ....つまんない。楽しみにしてたのにぃ...」


「三奈?こっち向いて。僕は君と赤ちゃんを守りたいんだ。分かるだろ?君のお腹には二人の大切な赤ちゃんがいるんだよ?ゴシップ記者達から守らないと!」


「....うん、そうね、残念だけど...我慢する」


「ありがとう!三奈。分かってくれたんだね」


「フフッッ、本当はこのお腹をみんなに見せたかったんだけど。まぁね、それじゃ違う番宣になりそう。

あ~ぁ、早く観たいな。私達の映画!健太郎さんカッコいいだろうなぁ~」



映画....完成したんだ。

試写会には必ず私をエスコートして連れて行ってくれた。


もしかして今夜にでも誘ってくれるのかしら?


少し胸が弾んだ。



「それじゃ健太郎さん!誰もエスコートしないでよ!約束してね!監督と二人でインタビューとか取材とか受けてよね!私抜きなんだから、それくらいしてくれなくちゃ」


「あぁ、分かっているさ。大丈夫」


「う~ん、だから健太郎さん大好き~」


あ、そうなんだ。

三奈抜きだけじゃなく私も抜きなんだ。

三奈の言いなりダサい健太郎。



No.33 20/03/08 22:48
匿名さん0 


弱っていく私とは反比例して健太郎と三奈は日増しに元気になっていった。

朝早くから窓が開いているのだろう。

嫌がらせの様な三奈の甲高い笑い声が毎日耳障りだった。

真美子さんによれば、三奈はクーラーが苦手だそうで、暑がりの健太郎は我慢しているらしい。


いつでも三奈が1番なのね...

いいえ、三奈のお腹にいる赤ちゃんの為なんだろう。


三奈が楽しそうだと健太郎も嬉しそうだった。

二人のはしゃぐ声はセミより煩い。

ますます体調が悪くなる。

そんなある日、来週に映画の完成試写会が行われると聞こえてきた。


「三奈は舞台挨拶はお休みだからね」

「えー!?どうして?私主演女優よ?健太郎さんと一緒に出たい!健太郎さんと一緒に赤い絨毯を歩きたーい!」

その甘えた声どうにかならない?
母親になるんでしょ?


「駄目駄目。そのふっくらしたお腹をどうするの?映画より君のお腹に注目がいくでしょ?」

「大丈夫よ!まだそんなに大きくなっていないもん。それに、ゆったりしたドレスを着ればばれないって!だから、ね!お願いー」


「三奈を出さないって監督と話を合わせてるんだ。ともかく無事に産まれるまでは我慢して欲しい」

「えー?!監督も?そんなぁ。嫌よ!嫌」










No.32 20/03/02 21:56
匿名さん0 

あれから段々と心身共に弱っていった。

赤ちゃんとここで一緒に暮らす...

リフレインの様に頭の中をぐるぐると回って、思い出す度にため息が出た。



真美子さんはそんな私を知ってか知らずか、相変わらず毎朝カーテンを開けて空気の入れ替えをする。


季節は初夏から真夏に変わりつつあった。

「奥様~おはよーございます。朝からもう気温が高いですよー。日中はもっと暑くなりそうですよねー。いやあ、こう毎日暑いと嫌になりますよね」

真美子さんは既に汗ばんでいる様だ。


眩しくて自然と薄目になる。

昨日は眠れたのかしら..

横になりながらぼんやりと窓の外へ視線を向けた。


「大丈夫ですかー?奥様。ここ2~3日元気がないのは夏バテなんですかー?」

私の顔を覗き込んでくる。

「重子さんも心配してましたよ?
お食事もほとんど手を付けてらっしゃらないって。珈琲だってほとんど残っているって」


あれから一度も部屋から出る事はなかった。

私独りでも部屋から出て、下のダイニングで食事していたのに。


降りて来ない私に食事はどうするのか
真美子さんに聞いてこいと重子さんが指示をしていたのだろう。


三奈と同じく私の部屋にも食事を運んできていた。

重子さんの愚痴が聞こえてきそうだった。











No.31 20/02/26 23:04
匿名さん0 


他に行く場所もなく自分の部屋に戻った。

カーテンは開けられ、眩しいくらいの日差しが部屋を明るくしていたけど、私の気分はどんよりした曇り空。


部屋の掃除と同時に替えられた新しいシーツが少し慰めになった。


そういえば...時折送られてきた写真。


毎回違うお洒落なレストラン。
美味しそうな料理の数々を前に楽しそうな健太郎。


この写真...三奈さんが撮ったんだ。

マネージャーかスタッフが写してたと思っていた。


それに、普段選びそうもない色のシャツを着ていたね。

三奈さんの好みなんだ。


その顔、お気に入りの表情なの?

キメ顔の健太郎....それ、私に向けて作っていたのではなかったんだね。


そうやって三奈さんを誘っていたんだ。



涙が溢れてきた。

思い出せば出す程に。


真美子さんが取り替えてくれた真っ白な枕カバーには涙のシミが出来ていた。


明日真美子さんなんて言うかな....


ヨダレのシミと勘違いされるかな...




No.30 20/02/25 23:37
匿名さん0 

「嘘よ!そんな事ない。健太郎が....健太郎からあなたを誘うなんて... 」


「あら?私が嘘ついているとでも?....まぁ、いいわ。でもね、本当なのよ?」


寒くは無いのに背中がゾクゾクした。



「健太郎さんも私と同じ気持ちだったんじゃないかしら?遠い異国の地で。

それに、既婚者とか彼女持ちとか、私そんなの気にしないし。フィーリングが合えば....ね」


「気にしないっ..て...」


分かっていた。

あの日あなたは健太郎に大事そうに抱えられここに来た。


その時から健太郎はあなたから片時も離れなかった。


あなたはその軽いノリで神様から子を授かったの?


不公平だ。

酷いよ、健太郎...


三奈に返す言葉もなかった。


寒気が軽い吐き気に変わり、もうここには居られない。


「お邪魔しました」

そう言って立ち上がると


「しおりさん?」


そのまま背を向けた。

「結婚はしないから。安心して。認知はして貰うけど」


振り返る気力がなかった。

「このままここで子供と健太郎さんと一緒に暮らせればそれでいいの。分かってね。しおりさん」


無言でドアを締めた。








No.29 20/02/23 23:47
匿名さん0 

ティーカップに落とされていた目線が徐々に正面の私に向けられた。

「....そうですよ?」

そう言ってまた目線を下に落とした。


何か問題でも?
と、言いたげな質問の返事とそのふてぶてしい態度に思わず腰を浮かしそうになったが、


「あの....彼が私と結婚して...既婚者だって事は知ってるわよね?」


あの時は大々的にニュースやワイドショーで放送され、週刊誌にもどんな相手だとか、何処で知り合ったとか、色々賑わっていたわ。

ましてや、去年の結婚記念日なんて記者に追われてゆっくり楽しめやしなかったのに。


「ええ、知ってはいました。でも...」


「でも?」


「誘ってきたのは健太郎さんの方ですよ?」

そう言い放った瞬間、両端の口角が上がったのを見過ごさなかった。


「健太郎が?あなたを誘った?」

「ええ。まあ、半年も恋人役を見知らぬ街で、ましてや海外で演じてましたからね。まぁ、私の方もそんな気分になったというか....途中から演技なんか忘れて、いつの間にか本当の恋人の様な気がして...ウフフ」

にやけたその顔にイラついた。




No.28 20/02/20 22:31
匿名さん0 

「どうぞ!お掛けください」


「...え?..あ、...ど、どうも」


私の方が軽く会釈をして座った。
彼女も向かい合わせで座った。


座ったけど、なんだか変な気分だ。

....そうよ!ここは 私と健太郎の家。

そのソファーだって私が健太郎と一緒に選んだ物。

なのに、彼女は我が物の様に1人がけにゆったりと座った。


「何か飲み物でも頂きます?私はいつものハーブティーを頂くけど、、しおりさんは?」

「いえ、結構よ」

「あら?そう?それじゃ」

彼女は内線を回し重子さんに頼んた。

「あの?いつもそうやって重子さんに頼んでいるの?」

「ええ、そうだけど。何か?」


そうだった。健太郎が階段が危ないからって食事を運ばせていたんだっけ。


ソファーも重子さんも、そして健太郎も私の物.....

お腹に子を宿した彼女からそんな声が聞こえてきそうだった。

「そういえばご用件はなんでしょうか?」

「....あぁ....そうだったわね。ごめんなさい。突然お伺いして....あの、真美子さんからとか色々聞いてるんだけど、赤ちゃんが居るのかしら?その...あなたのお腹に」


待ってましたと言わんばかりに大きな目を更に大きくし、


「あら、しおりさんもご存知でしたの?ええ、そうなんです。もう少しで5ヶ月に入るんですよー」

大きな目を下に落とし、いとおしそうにお腹を擦った。


「....あの...,あの、その子の父親って.....もしかして...」


コンコン...


「あら!重子さんかしら?どうぞ!」

「お茶をお持ちしました」

そう言って入ってきた重子さんは
私が居ることにビックリした様子だった。


「...あの、奥様の分は....」

そうよね。頼まれたのは三奈さんのハーブティーだけなんだものね。


「いえ、いいの。直ぐに出るから」

「そうですか...でわ」


そう言って部屋を出て行った。


彼女はティーカップを持ち

「あぁー美味しい!重子さんが入れたハーブティーは格別ねー....あ!そういえばお話の途中でしたわね。えっと...」


気温と緊張と彼女の堂々とした態度で、私は喉がカラカラになっていた。


「率直に聞くわ。その子の父親は誰?もしかして健太郎なの?」




No.27 20/02/14 23:24
匿名さん0 

「お加減はいかかが?今少しいいかしら?」


彼女自身が持つオーラに負けそうで思わず声がうわずった。

否応なしに緊張してきた。

だめよ、扉を開けたのは私の方なのよ....堂々としてなくちゃ....

背筋を伸ばした。


大丈夫。健太郎の妻は私よ!





「初めてまして。櫻井三奈です。私の方こそ、ご挨拶が遅れて申し訳ありません」


そう挨拶して頭を下げた彼女は、私に対して悪びれる様子も、申し訳なく思っている感じもなくニッコリ微笑んだ。



ゆったりとしたワンピース
きゃしゃな体つきに似合わない
少しふっくらとしたお腹が目立った。


私が欲しかったもの


そこにあるのね....


目線が彼女のお腹から離れない。

健太郎が欲しがった家族がそこにある。


私ではなく三奈さんの体の中に....


何かを感じとったかの様に


「どうぞ!お掛けください」
と、ソファーの方へ促された。















No.26 20/02/12 21:30
匿名さん0 

階段を上がって右に曲がるとゲストルーム。その奥が私達の寝室。


ゲストルームの前で足が止まった。

健太郎は出掛けた。

重子さんはキッチン。

真美子さんは私達の部屋の掃除をしている。


今がチャンスかもしれない....

ベランダに出ていたんだから起きているはずよね?

三奈さん、あなた何者?
うちの夫とはどういう関係?
こんなチャンスはもう無いわ!

聞きたい....
あなたの口から聞いてみたい...,

勇気を出してノックした。


コンコン....

コンコン....


「....はい?」

小さな声が聞こえた。

私の方からドアを開けた。

「おはよう。三奈さん。今大丈夫かしら?」


中を覗くとゆったりとしたワンピース姿の彼女が立っていた。

数ヶ月前、健太郎に抱き抱えられ具合が悪そうな彼女の横顔しか見ていなかったから、初めて真正面から見た。


透き通った肌に整った顔立ち、立ち姿も美しく、思わず息を飲んだ。

「おはようございます」

ニッコリ微笑む彼女は、つわりもなくなり元気そうに見えた。


「....あ、は、初めてまして。家内のしおりです。ご挨拶が遅れまして」



何を聞こう....
どれから聞こう....


緊張してきた。


No.25 20/02/08 22:21
匿名さん0 


今日もまた1人で朝食を頂いていたら
階段を下りてくる健太郎の声がした。


え?健太郎を見れる?

そう、健太郎に会える....ではなく見れる....そう思った。


食事中で行儀が悪いと思う前に席を立った。


紺色の麻のスーツ姿の健太郎。


相変わらず格好いいと思った。

「健太郎。おはよう!出掛けるの?」


なんだ、居たのか....そんな声がしてきそうな健太郎の表情。



「....あぁ、しおり。おはよう。
この前の撮影した映像の最終チェックなんだ。ちょっと行ってくるよ 」

「そうなの?でも朝食くらい取ったら?私のコーヒーとトーストあるわよ?あげるから」

「いや、向こうに着いたら何か軽く食べるから心配ないよ」

腕時計に目をやる。

「そう....なら、気をつけて行ってらっしゃい」


「あぁ、じゃ行ってくるよ」
そう言っておでこにキスをしてくれた。


後を追い玄関までお見送りした。

後部座席から後ろを向き手を振る健太郎。


私に?

ううん....違った。

目線は2階に向いていた。


きっと三奈さんがベランダから
手を振っていたのだろう。


食欲も失せた。

途中になっていた朝食はもう要らないと重子さんに言う気持ちもなくなり、そのまま2階に上がった。

足取りは重い。

朝なのに....


久しぶりの健太郎だったのに.....


健太郎の目線の矛先で、台無しの1日のスタートだった。






No.24 20/02/06 22:30
匿名さん0 

あれからも変わらす健太郎は部屋から出てこないでいる。


朝食もランチもディナーも部屋まで重子さんに運ばせ、あの女の人と一緒に食べている。

安定期に入ったんじゃないの?



時折隣の部屋から二人の笑い声が聞こえるとイライラしてくる。



「病人じゃあるまいし、下で一緒に食事すればいいのに。少し図々しいんじゃないかしら?」

健太郎との一夜をまだ引きずっていた。


またここへ来てくれるかと待っていた。


ドレッサーの前で髪を整えながら、部屋の掃除をしている真美子さんに思わず愚痴をこぼした。



「あら?奥様。ご存知ないのですか?旦那様の言い付けですよ」

「え?なんの言い付け?」


「なんでも階段が危ないとか、で。
もし、踏み外して流産でもされたらたまったもんじゃないと。なんか、そんな話を重子さんがしてましたよ」


ブラッシングの手が止まった。


「旦那様も産まれるのを本当に楽しみにしてるんですねー」

私も楽しみなんですよー、みたいな顔をして話す。


思わず鏡越しに真美子さんを睨んだ。


「あ!いえ....あ、ではこれで....」


慌てた様に部屋から出て行った。



真美子さんも楽しみなんだ....

重子さんも、きっと徳さんまで....

健太郎の子供の誕生が待ち遠しいんだろう。

健太郎が独身の時からお世話をしてきた人達だもの。

当然よね....

誰が産もうと健太郎の子には変わりはない。




老け込んだ自分の顔を眺めた。

疲れてないのに、疲れた顔をしている。

健太郎の帰りを楽しみに待っていたあの頃の私は、どんな顔をしていたのだろう。


健太郎がまた不意に来るかもしれないわ...,

綺麗にしなくちゃ.....

健太郎にがっかりされてしまうわ....



綺麗に....




















No.23 20/02/03 22:35
匿名さん0 


お昼近くに目が醒めた。

テーブルには薬と水が置かれていたが
もう頭痛も収まっていた。


真美子さん来たんだ....と、同時にぎゅるぎゅるとお腹が鳴った。


重子さんにお願いしてブランチとでも
いきますか!


Tシャツと短パンに着替え、健太郎と三奈さんがいる部屋の前を通った。

気になって気になって仕方がなかった部屋だったが、昨晩の余韻とお腹の空き具合も手伝って、今はそんなに気にもならないでいた。


「重子さーん。朝はごめんなさい。軽い食事をお願いできる?」

わざと大きめの声で話す。


私は平気よ。

だって正妻だもの。


法が私を守ってくれるわ。



けど、大きなテーブルに私1人分の食事。


これを見ると食欲も失せ気分も落ち込んだ。






No.22 20/01/31 21:59
匿名さん0 

布団から微かだけど彼の匂いがしてくる。

真美子さんに気付かれやしないかドキドキしたけど、もう少し彼を感じていたい。

中に潜り込み深呼吸。


「奥様?大丈夫ですか?
二日酔いで吐きそうなんですかー?」


心配そうにベッドに近寄ってきた。


んもう....今いいところなのに...


「吐かないけど、もう少し寝たいわ」

布団の中から返事をした。


もうちょっと健太郎を感じていたい。


「わかりました。重子さんにそう伝えておきます。後でお薬とお水を持ってきますねー」



そう言って真美子さんは部屋を出て行った。



1人になってふと昨夜の事を思い返した。


さっきまでの幸せな時間から一気に奈落の底に落ちた気分になった。

あの人、三奈さんだっけ?


ここで一緒に暮らすんだ。


私、普通にいられるのかな?

どうしよう....


ズキズキする頭と不安と彼の匂いで混乱の中、また眠りに落ちた。








No.21 20/01/31 21:29
匿名さん0 


ごめんなさいm(__)m

季節は初夏なのに予定日が10月なんておかしいですね。

12月の終わり頃に予定日とします。

すみませんでした。


読み返してみると支離滅裂な文章でお恥ずかしい限りですが、とりあえず完成まで投稿します。






No.20 20/01/30 22:39
匿名さん0 


「おはようございます。奥様」


真美子さんがいつもの様にカーテンを開けた。


はっ!!....夢?


う"ぅ"...眩しいー!


「あら?珍しいですねーお酒呑まれたんですか?」


部屋が明るくなった事でテーブルの上のワインの空き瓶に気がついたようだ。


「.......」

頭が痛い....二日酔いかなぁ。


「あれ?奥様!もしかして二日酔いですかー?(笑)」


横目でテーブルの方を見たら、一瓶が空になっていた。

え?もしかして1人で一本空けたの?
覚えてないわ....

しかも、健太郎がこの部屋来た夢までみるなんて....あたし...どうかしてるわ。

ズキズキする頭に手をやる。


「あらやだ!奥様ったら(笑)体が熱くなって.....服まで脱いでますよ(笑)」


真美子さんが私の胸元を見てクスクスと笑っている。


え?!

布団を捲って覗き込んだ。


夢じゃない。


彼は昨日ここにきて、私は彼に抱かれたんだ。


酔いは醒めているはずなのに、身体中が熱くなる。

恥ずかしくなって布団の中に散乱している衣服を探した。









No.19 20/01/29 19:35
匿名さん0 

「...ねぇ、健太郎...」


「ん?なんだい?言ってごらん」


健太郎の顔は穏やかな表情をしている。

いつもの優しい健太郎だ。


「健太郎の子供が産まれるの?」


健太郎の目が大きく見開き、髪を撫でていた手が私の頬を包んだ。


「そうなんだよ!しおり。僕は父親になるんだよ。あぁ、この日をどんなに待ち望んだ事か!しおりも知っているだろう?」


口角が上がっている。


「......私との子供じゃなくてもいいの?健太郎の子供なら....健太郎の子供を産んでくれる人なら....誰でもいいんだ...」


「.......うん....まあ、僕達も頑張ったけど、ね。さすがに7年にもなると.,..無理なのかなって、さ」


「夫婦二人で生きていっても良かったじゃない。そんなに子供にこだわらなくても...」

「いや、さ。周りのみんな、子供の話をする人達が多いんだよね。そしたらさ、僕は中に入れないんだよ。分かる?この僕が除け者になるんだよ?

しかも、まだですかー?とか、周りが煩いし。......それに...」



「それに?」


「それに、どっちかが....」


「どっちかが?」


「悪いんだろうって...」


「そんな...そんな酷い事を」

「ま!でも、子供は出来たんだ!
やっと安定期に入ったし、予定日は10月だよ。
しおり、彼女とは結婚はしないよ。だってしおりが居るからね。だけど、子供の母親は三奈だから三奈とも一緒に暮らすよ。頼んだよ!しおり」


そんな事、平気で私に話すんだね。

聞かされた私がどんな気持ちになるのかも考えずに

涙が溢れて止まらなかった。

私だって欲しかった。
けど、出来なかった。

病院にも行った。

でも、出来なかった。


健太郎が涙を拭いてくれる。

そして、キスをしてくれた。




No.18 20/01/28 23:37
匿名さん0 


健太郎が私の後を追って部屋に入ってきた。


「どうした?しおり.....大丈夫かい?」


元々は夫婦の部屋。

健太郎が入って来ても違和感はない。


「慣れないワインで酔ったのかい?」



ベッドで横になっている私の背後に健太郎も横たえる。


彼の息、手が私の髪を優しく撫でてくる。


だんだんと心臓は激しさを増す。


違う....アルコールのせいよ....


うぅん......違う



ずっとこうして欲しかった。

抱きしめて欲しかった。


帰ってきたあの日から.....


私はくるりと健太郎の方に向きを変えた。






No.17 20/01/28 22:55
匿名さん0 

その晩、久しぶりにワインを呑んだ。


ボトル一本空いている。
1人で一本空けた事はない。


けど、酔った感覚もない。

もっともっと呑んで酔いつぶれなくちゃ。

何も考えたくない。

アルコールで火照った体を冷やしにフラフラとベランダに出た。


ふと、横を見ると健太郎がいた。

こっちを見ていた。




「お?しおりじゃないかー。なんだ?珍しいなー!呑んでいるのか?」


陽気な健太郎。

1人で祝杯なの?


嬉しいんだね。
帰ってきてから初めて見る笑顔だね。


その笑顔を作った人って私じゃないんだね。

言いたい事聞きたい事沢山あるんだよ?健太郎


健太郎の笑顔を見て涙が溢れてきた。


「健太郎.....」



悔しくて悔しくて悲しくて情けなくて

私は部屋の中に戻った。



No.16 20/01/28 22:25
匿名さん0 

いやだ!いやだ!

私以外の知らない人が健太郎の子供を産むなんて....

絶対に嫌!


いつからその人と関係を?

もしかして、今度の撮影で一緒だったの?


聞きたい....

沢山聞きたい事がある....



その人を愛しているの?

その人との子供を望んでいたの?



健太郎は医師の見送りで下にいる。


ゲストルームに入ろうか...

健太郎が教えてくれない事を彼女から聞こうか....



ドアノブに手をかけた。


けど、深呼吸をして止めた。




健太郎と私は、家庭は持てたけど血の繋がった家族はまだいない。


長い間待ち望んでいた妊娠。



嵐の様に現れた彼女の顔を正気で見れる自信が無かった。






No.15 20/01/28 18:22
匿名さん0 

ありがとう!ありがとう!

これでやっと僕は父親になれる!

よく頑張ったな!三奈

あぁ、本当に嬉しいよ!


やったー!



え?父親?
誰が?

誰の子の父になるの?



ベランダ越しの窓がカタカタと揺れるくらい私の手は震えていた。


隣に向かおうとドアを開けたら健太郎と医師と重子さんが出てきた。


医師だけが私の方を見て頭を下げてくれた。


高笑いの健太郎の後ろ姿。

手を伸ばし腕を捕まえたい衝動にかられる。


それを見透かした重子さんが、遮る様に間に入ったように感じた。




No.14 20/01/27 17:23
匿名さん0 


何故健太郎が彼女の妊娠を喜んでいるの?


それなら、健太郎じゃなくて彼女のご主人が喜ぶべきじゃない。


私に説明もなくその女性に付きっきりだった健太郎。


最近は彼女の具合が良くなったからなのか朝から窓が開いているようだ。


二人の会話が良く聞こえてくる。


楽しそうだ。


そのうちに、耳を疑う様な会話がしてきた。








No.13 20/01/27 17:08
匿名さん0 


真美子さんに中の様子を聞いても
お休みになっておられます。

それしか言わない。

真美子さんも何も分からない感じだった。

重子さんも余計な事は何も言ってはくれない。




健太郎と私の部屋の隣がゲストルームだ。


寝室に居ても、隣のゲストルームの中の二人の様子をあれこれと考えてしまう。


ベランダから隣の様子を伺っても何も見えないし聞こえない。


自分だけ除け者の感じがしてきた。


私だけ。

私は健太郎の何なの?
結婚したからには夫婦でしょ?

何故健太郎はその女性と毎日一緒にいるの?



何もわからないまま半月が過ぎた頃、やっと医師が来た。



[もう大丈夫ですよ。安定期に入りました。おめでとうございます。澤乃井様]



季節は初夏。


窓が開いていたせいか、健太郎の喜びの声が隣から聞こえてきた。







No.12 20/01/27 16:52
匿名さん0 


急いで階段を降りた。

外にある焼却炉に向かったが、重子さんはもう居なかった。


重子さん?どこ?


[重子さーん!重子さーん!]



キッチンの奥から重子さんが出てきた。

[ご用はなんでしょうか?]

[あの、、、さっき焼却炉の前に居たでしょ?]

[はい。それが何か?]

[見間違いなら申し訳ないんだけど、もしかして薔薇も捨ててたかしら?]


[......あぁ....はい。旦那様の言い付けで,...それが何か?]


[え?健太郎さんの言い付け?
なんで?]

[なんでもお連れ様がどうしても匂いが受け付けないとかで....]

[匂い?でもあの薔薇はそんなにキツい匂いはしないはずよ?]



一礼をし、重子さんはキッチンへ向かった。


匂い?


そういえば真美子さんは健太郎と違うメニューの食事をゲストルームまで運んでいるわ。


そうよ。昨日は粥だった。


わずか20畳程の狭い部屋で毎日何をしているのかしら。

寝たきり?

健太郎さんのせいで彼女の具合が悪いの?


一体何があったというの?









No.11 20/01/26 23:13
匿名さん0 


その数時間後

2階の窓から重子さんが見えた。

重子さんは焼却炉の前にいた。

いつもなら気にも止めないシチュエーション

だけど、今日は違った。


重子さんの手には白とピンクの花束


ゴミと一緒に放り投げていた。


びっくりした。
そして、悲しくなった。

なぜそんなひどい事を?

聞かずにはいられない。


何もかも....


No.10 20/01/26 22:43
匿名さん0 


コンコン....

何て言おう...

薔薇は口実。

本当は健太郎の顔が見たい。


コンコン...

もう一度ノックした。




ドアが開いた。



[.....何?...何か用?]


健太郎だった。
でも、その表情は健太郎ではなかった。


また不意を食らった。


[あ!....あの、....こ、これ、...
お見舞いなの。]


[...ふうん、ありがと。渡しておくよ]



ニッコリ笑った健太郎を見てちょっといつもの自分に戻った私は



[あ、あの、...具合はどう?
病院へ行かなくても....]


私がまだ話をしている途中なのに、奥からの呼び声に反応した健太郎は
そのままドアを閉めた。






No.9 20/01/26 22:25
匿名さん0 


健太郎が帰って来た。

半年間待ち望んでいたこの日を
自分が思い描いていたのと違う
事についていけず、早くこの場から立ち去りたかった。


ダイニングルームの横には芝生が広がっている。
既に徳さんが手入れをしていた。


[徳さん。おはようございます]


[奥様、おはようございます。良い天気ですね~]



健太郎が留守の間は徳さんと重子さんが家を守ってきた。


私が嫁いだ時、大好きな薔薇を沢山育てたくて、芝生の奥を分けてもらい、小さな薔薇コーナーを作った。

病気になりやすい薔薇。
徳さんにアドバイスしてもらったっけ。


[そうだわ!徳さん。ちょっと手伝って]


あの女の人に薔薇を届けてあげましょう。

少しでも具合が良くなればいいわね。


トゲを綺麗に落とし、白とピンクの花束を作った。





No.8 20/01/26 22:02
匿名さん0 


ダイニングルームには重子さんがいた。


重子さんは私が嫁ぐ前からいる。
独身の健太郎の世話をしていた人だ。




[ねえ、重子さん。健太郎さんとそのお客様の食事は用意しないの?急に起きて来られても食器のセットが用意出来ないんじゃないかしら?]

いつものように重子さんは私の方もみず、テーブルに語りかけるように


[ご心配は無用です、奥様。
旦那様とお客様はお部屋でお召し上がりでございます]


[部屋で?そんなに具合が悪いの?
それなら家じゃなくて病院へ行けばいいんじゃない?]


[ですが、奥様。旦那様のいいつけ通りに従っておりますので]

そう言って一礼をし、奥へ引っ込んだ。

[あっ!....]



重子さんに聞きたい事沢山あるのに。

あの女性は誰なの?
何故具合が悪いの?
何故健太郎が側にいなくちゃいけないの?


コーヒーを一口飲み、12人掛けの大きなテーブルを見渡した。


このテーブルは健太郎と二人で選んだものだ。

俳優仲間達といつでも食事が出来る様に12人掛けを選んだのだ。


打ち上げの時、結束を深めたい時、監督や俳優人達と演技でぶつかりあって打ち解けたい時など、色んなシーンで活用してきた。

普段は画面でしか見ることが出来なかった有名人があの席に座っていたっけ.....



がっかりした気持ちがぼんやりとさせた。


半年間同じシーン。

大きなテーブルに私独り。











No.7 20/01/26 21:07
匿名さん0 

[奥様。おはようございます。今日も良い天気ですよー!

御加減は如何ですか?]


真美子さんはいつものようにカーテンを開ける。


[ん~...おはよう....なんだか興奮してて...寝たのか寝てないのか、よく分からないわ....

レースのカーテン越しの日射しが眩ししく感じた。



あ!そうだ!....]


健太郎が帰って来たんだった!



綺麗にしなくちゃ!久しぶりの一緒の朝食だもん!寝ぼけた顔なんか見せれないわ!]



最近お気に入りのアップ髪にし、最近買った白いTシャツを選んだ。



コーヒーの香りが階段を伝って感じる。

薄化粧をし、ダイニングルームへ向かった。



12人が座れる大きなテーブルには


昨日までと同じ
私1人ぶんの食事が用意されていた。


あら?

彼の朝食は?

そしてもう1人
女の人の朝食は?



No.6 20/01/26 20:42
匿名さん0 


ふうん、、、そっか。

なら、しょうがない。


そうね。彼も疲れているだろうし

明日の朝食時にでも、女の人を紹介して貰おっと!


今日は諦めたわ。

そうだ!彼にがっかりされない為に肌のお手入れをしなきゃ🎵

[ねー真美子さん手伝って~]


あわただしく荷物を運んでいる
お手伝いの真美子さんを呼んだ。


No.5 20/01/26 20:34
匿名さん0 

コンコン....



コンコン....


[...ねえ、けん...た..]


ゲストルームのドアが少しだけ開いた。


[しおり、ごめん。後で説明するよ。
彼女ちょっと具合が悪くてさ。本当にごめん]

小声で話す彼。


[あ!ねえ、ちょっ.,..]


言いたい事だけ言った彼は私の声を遮るように直ぐに扉を閉める。

中の女の人に聞かせたくなかったのか?



だか、再びノックは出来ない。

彼は鍵をかけた。



No.4 20/01/26 20:22
匿名さん0 

健太郎!

まだ、ただいまのキスもしていないよ!

お帰りのハグもしていない!


お土産は?無いの?


半年間に及ぶ海外での撮影の話を聞きたいよ!


顔をもっと見せて!
あなたの匂いを嗅がせてよ!



ねえ、その人 誰?







No.3 20/01/26 20:15
匿名さん0 

[....あっ!...来た...]


慌てて階段を駆け降りた。



[おかえりー!けんた....ろう]


あれ?女の人もいる。
なんだか、具合が悪そうね。

健太郎が優しく、いえ、大事そうに
女性を抱き抱えていた。


誰?

[ねえ、健太郎。その女の人大丈夫?
具合悪いの?]


健太郎は私の問いかけに
いや、、、私の存在すら眼中に無い感じだった。



二人はそのまま2階のゲストルームに向かって行った。


二人の後ろ姿を私は全身で見送り

いつの間にか私の周りは二人の荷物に囲まれていた。


No.2 20/01/26 20:03
匿名さん0 

夫の仕事は俳優だ。

撮影で家を長期空ける。

仕事だから仕方ない。

その夫が今日帰ってくると連絡がきた。


夫を乗せた車の到着をまだかまだかと2階から眺めていた。


No.1 20/01/26 19:56
匿名さん0 

夫と結婚して7年目。

まだ、子供はいない。



夫は子供を欲しがった。
家族を欲しがった。


家庭は持った。

あとは、血の繋がった家族だけだった。


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