最後の恋
赤い糸がちぎれそうな時、あなたはどうするんだろう--
現在と未来の中で、流れていく二人の想い。
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慎也と別れてから、たしかに、私の運気はかなり下降していた。
イヤなことばっかり起こった。バイト先は突然クビになるし、よくわからない所からHなメールが何回も届くし、ささいな事で女友達とケンカしてずっと口をきいてくれないし、もうなんだか、生きていくのがイヤになりそうな毎日だった。
それでも、惰性のように毎朝起きて、とにかく家と大学を往復していたけど、かつてないくらいに、私の心の中はムシャクシャして、荒れ果てていた。
そんな時、最悪な事が起こった。点滅する青信号を悠然と渡っていたら、勢いをつけて左折してきた大型トラックに、あっという間にひかれてしまったのだ。
最初、気がついたら、病室の中だった。
すっぽりと、白い帽子やマスクで顔を覆(おお)い、やけに険しい目付きの人達が、じっと、私を見下ろしている。
ぼんやりしているうちに、だんだんとひかれた時の記憶が戻ってきて、とりあえず、ゆっくりと体を起こしてみた。
なんだか、妙な違和感を感じる。
よく見ると、ベッドの足元のほうに、白衣や帽子やマスクに身を包んだお父さんとお母さんがいる。
お母さんの目は、泣きはらしたような、にぶく充血した目だ。
お母さん、と言おうとして、私は、またもや違和感を感じた。
母親の視線は、起き上がった私を見ていない。
思わず、体をひねって後ろをふりむくと、そこに、私が横たわっていた。
酸素マスクを口にあて、髪を切られて、いろいろなチューブで体を取り囲まれている。
夢なのかな、と思ったけど、私をとりまいているものは、すべて、現実的に動いている。
せわしなく動きまわる医師や看護師たちのピリピリした緊張感が、伝わってくる。
そこではじめて、実体がないのは、私だ、ということに気がついた。
、、、、幽体離脱?
死にかけてるのか、私、と思い、立ち上がると、その抵抗感のなさに、びっくりした。ふわりと、体が宙に浮かんでいく。
みんなの頭上をただよいながら、私を取り囲む集中治療室の様子を、見る。
心電図の画面は、かなり弱々しいリズムを打っている。
ふらつくお母さんの肩を、お父さんが右腕で支えている。
ーーこのまま、私、死んじゃうのかなぁ、
空中で、ぼんやりと考える。
ーー死んだら、かなり、親不孝だよな、お母さん、大丈夫かな、
私が死んだなんて知ったら、みんな、驚くよなあ、、、、
ーーでも、まあ、別に、生きてても、大して楽しいこともないし、最近調子悪かったし、未練という未練もないし、もう、いいかなぁ。どうせいつか死ぬんだったら、早く死ぬのもいいかも、、、、
あ、大恋愛、してないな。死ぬ前に、一回、ものすごい大恋愛、してみたかったな。
でも、もう、いいか。今度生まれかわったら、運命の人と、運命の恋を、したいな。
これが、私の運命だったんだ。短かったけど、しょうがないや。お父さん、お母さん、ごめんね。
とりとめもなく、そんなことを考えているうちに、だんだん意識が遠くなり、それと同時にすごい勢いで、私の体は、上空へと舞い上がっていったーー
次に、気がついたら、慎也の部屋にいた。
ちょっとそっけない感じの、見慣れた風景。でも、電気はついてるのに、なんだか、部屋の中がうすぼんやりと暗い。
慎也とうまくいってた時は、しょっちゅう、ここに入りびたってた。一人暮らしだから、簡単な料理を作ったり、掃除してあげたこともあった。
くだらない会話でも二人でもりあがったし、バカみたいに笑いころげたりした。
あの頃は、部屋の中が、キラキラ輝いてるように見えたけど、気持ちがはなれたら、こんなに部屋の中のトーンが、暗く見えてしまうものなのかな。
私は、ただよいながら、部屋の中を見回し、とりあえず女の気配がないことに、ホッとしていた。
ーーやだ、なんで今さら、私がホッとしなきゃいけないの?もう関係ないじゃん。第一、私、もう死んじゃうんだし。
慎也は、向こうを向いて、セミダブルのベットに腰かけている。深緑の大きなTシャツを着て、右の耳に、金色のリングのピアスを、二個、つけている。
なんだか、すごく、せつない後ろ姿だった。落ち込んでるみたい。
これで、見納めなのかな。
そう思うと、胸の中が、わけのわからない感情でいっぱいになってきた。死んだ後も、こういう気持ちになるんだなと、ぼんやりと考える。
真奈美、、、、
ふいに、私を呼ぶ慎也の声が聞こえてきて、びっくりした。
慎也は、依然、向こう向きでベットに腰かけている。
今、どうしてる?真奈美。まだ、オレのこと怒ってるのかな。
おまえに会いたい。すごく、会いたい。会ってもう一度話したいけど、もう無理かなぁ、、、、
その声は、慎也の心から、私の心へ、直接響いてきた。慎也は、今、私のことを、考えてたんだ。
オレもいいかげん、かるいヤツだから、今までいろんな女とつきあってきたけど、会えなくてこんなにつらいのは、おまえだけだよ、真奈美。
ーーもう一度、おまえと抱きあいたいよ。このベットで、おまえが腕の中にいる時は、ものすごくうれしくて、しあわせだった。
あんなセックスは、おまえとしかできねえよ。
後輩の女の子と飲みに行って、酔った勢いで、そのままホテルに行ったけど、はっきりいって、何がなんだか、よくわかんないうちに終わってたよな。
あれは、とにかく、オレが悪かった。おまえ、ものすごく怒りまくってたよな。オレが何言っても、聞く耳持たなかったし。
あんな形で別れたけど、オレ、ものすごく反省してるんだぜ。
かつてないくらい、真剣に反省して、後悔してる。
おまえをなくすなんて耐えられないけど、でも、オレ、いいかげんなヤツだし、もっとまじめで、ちゃんとした男とつきあったほうが、おまえのためなのかもな。
ごめんな、真奈美。ほんとにごめん。
できれば、もう一度会いたいよ。
おまえの笑顔が見たい。
本気で好きになったのは、おまえだけだよ、真奈美。
私は、もう心の中がいっぱいになって、涙があふれだしてきた。
ーー私も、慎也だけだよ。あんなに好きになったのは、慎也ひとりだけ。
それなのに、慎也はもてるから、私、不安で、自分に自信がなくなってた。
最後に会った時、私、怒ってひどいこといっぱい言ったよね。でも、慎也は、言い訳はしたけど、言い返すことはなかったよね。
いつもそうだった。慎也って、絶体怒らないんだよね。
私はすごくわがままだったけど、あなたはいつも、そんな私を受けとめてくれてた。
女の子には、みんなそうしてるのかなと思ってたけど、もしかして、私だから、そうだったの?
私だから、大切にしてくれてたの?
私だって、慎也が好きで好きでたまらないのに、慎也はそうじゃないと思ってたから、なんだか悲しくて、別れたほうがいいと思ったのに、でも、ほんとは、ちがうの?
あれからも、ずっと、私のことを、好きでいてくれてたの?
ごめんね、慎也。あなたのことをわかってあげられなくて。
私も、あなたのことが大好きだよ。
この世界の中で、誰よりも。
しあわせになってね、慎也。今度好きになる人は、どうか、大切にしてあげてね。
私、ずっと、慎也のことを見守ってるよ。
ごめんね、慎也。そしてーー
私のことを好きになってくれて、ありがとう。
その時、ベットのすみにあった慎也のスマホから、ヒット曲の着信音が流れ出した。
「、、、、はい。うん。今?家だけど、、
、、、、え?何?、、、、真奈美が?マジで?
、、、、うそだろ、何でそんな、、、、うん、
、、わかった、中央病院?すぐ行く」
スマホの電源を切ると、慎也は、立ち上がった。
それと同時に、私の意識も、みるみるうちに、慎也の部屋から、遠ざかっていった。
耳もとから、規則的な電子音が聞こえてくる。
ざわめいた空気が、少しずつ伝わってくる。
ゆっくりと目を開けると、真っ白くて、まぶしい天井が見えてきた。
「、、、、土谷さん?土谷、真奈美さん?わかります?」
看護士が、私をのぞき込み、呼びかける。
まだもうろうとした意識の中で、あ、これは、まぎれもない自分の体だ、と実感する。
「土谷さん、苦しくない?大丈夫だったら、うなずいて」
私は、ゆっくりとうなずく。
「お父さんたちと、話す?」
私がうなずくと、看護士は、酸素マスクを取ってくれた。
そして、ドアの外から、お父さんとお母さんが入ってきた。
「真奈美、、、、」
泣き出すお母さん。お父さんは、なんだか、疲れきった表情をしている。
「お母さん、、、、」
私は、かすれた声を出した。
「慎也が来てると思うの。会わせて。会って、話がしたいの」
白衣をつけた慎也が、入ってきた。
慎也のまっすぐな瞳を見ると、なんだか、また、涙が出そうになってきた。
慎也は、黙って、私の左手を両手で握りしめた。
しばらくの間、二人きりで見つめあった。
左手のぬくもりから、慎也のやさしさが伝わっきて、死にかけてた私の心も体も、どんどん蘇生されていく。
「好きだよ、真奈美」
私がうなずくと、涙が、頬にこぼれおちた。
これから先、何が起こるか、どうなるのかわからないけど、この、慎也の両手のぬくもりは、きっと、死ぬまで忘れないと、心から、思った。
〈End〉
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