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神社仏閣巡り珍道中・改

レス275 HIT数 6169 あ+ あ-

旅人さん
20/11/15 17:39(更新日時)

 [神社仏閣珍道中]  御朱印帳を胸に抱きしめ


人生いろいろ、落ち込むことの多い年頃を迎え、自分探しのクエストに旅にでました。
いまの自分、孤独感も強く本当に空っぽな人間だなと、マイナスオーラ全開でして┉。
自分は生きていて、何か役割があるのだろうか。
やりたいことは何か。


ふと、思いました。
神様や仏様にお会いしにいこう!




┉そんなところから始めた珍道中、神社仏閣の礼儀作法も、何一つ知らないところからのスタートでした。
初詣すら行ったことがなく、どうすればいいものかをネットで調べて、ようやく初詣をしたような人間であります。
未だ厄除けも方位除けもしたことがなく、お盆の迎え火も送り火もしたことがない人間です。


そんなやつが、自分なりに神様のもと、仏様のもとをお訪ねいたします。
相も変わらず、作法がなっていないかもしれない珍道中を繰り広げております。


神様、仏様、どうかお導きください。



No.2982625 20/01/08 07:18(スレ作成日時)

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No.1 20/01/08 07:31
旅人さん0 

本日は一月八日。令和初の初薬師さまであります。
仕事を休むことができなかったため、朝一番、六時からの群馬県みどり市【光栄寺】さんの御護摩法要に参列してまいりました。

本堂のなかはすでに満員状態。少しくじけそうになった自分を叱咤して、参列してよかった。
学校前の小学生さんも参列していました。信心深いご家庭におかれ、素直に育っておられるのだなぁと思わず感心して笑みがこぼれた私でありました。





年齢、性別の表示を義務化されるとのご案内を受け、もうすでにバレバレでありながらも、わずかに残った女心で、義務化の前にスレを建ててみました。  (〃 ̄ー ̄〃)
新スレッドもよろしければおつきあい下さい。

No.2 20/03/10 06:31
旅人さん0 

前スレの五百レスまで、一年強。長いような短かったような。とりあえず、3度目のスタートとなります。
スレ立てに年齢明記することになる、の一文を見ただけで、あわてて新スレを立ち上げましたが、勘違いにすぎず、しかもよく見ると前回、前々回とタイトルが微妙に異なっている!さすが相変わらず珍道中を繰り広げるおばさんであります。(;つД`)

前々回、前回とタイトルが多少異なったことが、すこしでも前進につながるとよいのですが┉自国語すら怪しい駄文の進化はもはや期待できず、あわててスレタイトルは間違う、年齢明記と思いこむあたりからも、珍道中になるとしか思えませんが、よろしければ今後ともおつきあいいただければ幸いです。


どうぞあらたな珍道中もお見守りください。



No.3 20/03/10 18:13
旅人さん0 

昨日、走行している道で、ナビの示す画面に同じ名前の神社さんがあることに気づきました。?! 【長良神社】さんであります。
わずかの距離でありますのに、まるで同じ名前で、しかもある地点では、なんと三ヶ所の長良神社さんの名前が! 私には、あまり聞き覚えのない名前であります。

夜の七時頃で、走行している道路上に鎮座されているわけではなかったため、参拝はおろか、外観すら見てくることはできませんでしたが、気になって、帰宅後調べてみましたところ、な、なんと!
群馬県邑楽郡に24社、館林市に11社、太田市に4社、埼玉県羽生市に2社で計41社と、近距離の土地に集中して鎮座されているようであります。
長良神社さん┉長良さんとおっしゃる方をお祀りしたもの?

帰宅後すぐにGoogle先生にお聞きしますと、やはり長良さんとおっしゃる方を御祭神としている神社のようで、【藤原長良公】という方のようです。


【藤原長良公】は太政大臣正一位藤原冬嗣公の長子、陽成天皇の外祖父にあたる方で、常に民衆を憐れみ、高潔な人柄で、心が広く情け深い一方で度量もあった方のようで、平安時代初期に亡くなられたとされています。
死後、娘の藤原高子が清和天皇の女御となり、高子所生の貞明親王が即位(陽成天皇)したことに伴い、左大臣正一位、太政大臣の称号を贈られ、さらに神格を得、大和国春日大社の末社に列せられたようです。




No.4 20/03/11 05:44
旅人さん0 

藤原朝臣長良公を祭ったという【長良神社】さん。館林の長良神社さんは館林城主が創建したとのことで館林総鎮守の神社であるようで、870年の創建と伝えられています。

御祭神の藤原長良公のお名前は申し訳ないことに存じ上げなかったのですが、【藤原高子】といえばなにやら聞き覚えがあり、┉清和天皇の女御でありながら、【在原業平】との恋愛で有名な高子さんだ!
さらに調べていくと、人臣初の摂政となり藤原北家繁栄の礎となった【藤原良房】のお兄さんでありました。私でも存じ上げる方々のお名前がつらつらと!長良公はそんな弟の出世にも常に穏やかに、兄弟間の仲もよく、天皇を常に第一と考え、民衆の視線に立って物事を考えるお方だったようです。

館林においては、1720年に正一位長良大明神を賜って【長良神社】となったようです。

その藤原長良公がこの地で御祭神になった逸話は、千代田町の民話として残っているようです。
『昔、赤岩には大きな沼があって、沼には主の大蛇が住みついて、毎年娘たちをさらって行きました。困っていた村人達はその頃丁度都から桐生にきていた弓の名人・藤原長良という人に退治をお願いしました。 長良は村人達の話を聞くと早速赤岩に行き、自慢の弓矢で大蛇の眼を射、見事仕止めることに成功しました。

No.5 20/03/11 07:10
旅人さん0 

(┉前レスより続く) その大蛇の死体をさらわれた娘の数に合わせて十八に切って近隣の村々に分け、娘の冥福と、長良の偉業をたたえるため、千代田町の瀬戸井を中心に十八社の長良神社が鎮座するようになりました。」(「ふるさとの民話 館林」参照)という伝承です。

長良神社本宮は、大和国春日神社の末社に列祀された藤原長良公の余徳を敬い、佐貫荘長柄郷瀬戸井村(邑楽郡千代田町)に遷宮されたのが始まりのようです。
一説によると長良公がこの地を治めたとあるようですが、それは否定されているようですが、いずれにしてもいまなお、多くの長良神社さんが残っているだけでも、この土地で長良公を崇拝する方々が長きにわたっておられる事実だけでも、長良公の人柄が偲ばれました。


長良神社さんは今回初めてナビの画面によって偶然知りえた神社さんなので、いまだ参拝もはたしてはおりませんが、是非、そのいくつかを辿って参拝させていただきたいと、強く思っております。


        令和二年三月九日

No.6 20/03/11 07:35
旅人さん0 


3・11を迎えました。九年の時が流れたようです。

私の住まうところは震度五強というの地でありましたが、本当にありがたいことにすべての家族、親戚、知人が命を落とすこともなく済みました。職場のパソコンはそのすべてが床に落ち、ガラスは割れ、壁には大きなヒビが入りましたが、倒壊するようなこともなく、今、何事もなかったかのような時が流れています。

そんな私ですら、先日、あの日の、津波の押し寄せる画像を目にしたとき、涙が止まらなくなりました。
津波の被害や、家屋の倒壊で、命を落とされた方々。
津波の被害にあい、家屋を、何よりも大切な大切なかけがえのない存在を亡くされた多くの方々のやりどころのない、無念はいかばかりでありましょう。

息子は震災のあと、まだ道路すら寸断された状態のときに、ボランティアとして東北に、夜も寝ずに運転して向かっていきました。
私の心配を思って、一緒に行った仲間の一人が、眠れずに過ごす私に無事到着したことを電話してくれました。

息子はその後何度も何度も東北に向かうのですが、何一つ私に話すことも、写真一枚も見せることはありませんでした。そんな思いになる、現場だったのは、テレビの画面からも何万分の一かであっても伝わってきましたが┉。


┉いまなお、復興は遠く、私にできることはやはり祈ること。
┉祈ることでありました。

No.7 20/03/11 13:19
旅人さん0 


┉どうして、よりにもよって今日、この日に、かの地で震度4の地震を┉。

祈る先も神仏。

┉。

No.8 20/03/14 01:25
旅人さん0 

昨日は十三日の金曜日。職場でも朝一番に「あー、今日は十三日の金曜日じゃない!」という声があがりました。
そのくらい日本でも『不吉な日』として忌み嫌われていますが、キリスト教徒でもなければ別段忌むべき日ではありません。もっとも、X'mas好きの日本においてはやはり一緒に忌むべきなのでしょうかね?
とはいえ、実際には十三日の金曜日を不吉な日とするのは、英語圏と独、仏であって、伊では十七日の金曜日のようですし、スペイン語圏では十三日の火曜日のようです。

「大丈夫!日本だから」と笑ってみせると、みんな「そうだよね」と言って笑顔になりました。それほど『十三日の金曜日は不吉な日』として浸透しており、病院などでも4・9・13という数字の部屋は存在しないくらい不吉な数字として人々の間に浸透しているようです。

仏教徒であるならば、十三日はむしろありがたい【虚空蔵菩薩さま】のお縁日、であります。

縁日とは、もともとは「有縁の日(うえんのひ)」や「結縁の日(けちえんのひ)」の略した言葉であり、神仏がこの世に縁(ゆかり)を持つ日のことで、結縁の日は、神仏が世の人々を救うために手を伸ばして、特定の神仏と人が縁を結ぶことができる日のことを言います。
神仏に縁のある日に、参詣することを意味し、この日に特定のお寺や神社に参詣すれば、特にご利益があると信じられているものであります。


No.9 20/03/14 07:57
旅人さん0 

【虚空蔵菩薩】さまは菩薩の一尊。「明けの明星」は虚空蔵菩薩の化身・象徴とされ、知恵の菩薩とも評され、人々に知恵を授けてくれるともいわれています。明星天子、大明星天王とも呼ばれるようです。

【虚空蔵菩薩】とは広大な宇宙のような無限の智恵と慈悲を持った菩薩、という意味で、そのため智恵や知識、記憶といった面での利益をもたらす菩薩として信仰され、その修法「虚空蔵求聞持法」は、一定の作法に則って真言を百日間かけて百万回唱えるというもので、これを修した行者は、あらゆる経典を記憶し、理解して忘れる事がなくなるといわれています。
空海が室戸岬の洞窟 御厨人窟に籠もって虚空蔵求聞持法を修したという伝説はよく知られており、日蓮もまた12歳の時、仏道を志すにあたって虚空蔵菩薩に21日間の祈願を行ったといいます。
また、京都嵐山の法輪寺では、13歳になった少年少女が虚空蔵菩薩に智恵を授かりに行く【十三詣り】という行事が行われています。


像容は『右手に宝剣、左手に如意宝珠を持つ』ものと、『右手は掌を見せて下げる与願印(よがんいん)の印相とし、左手に如意宝珠を持つ』ものとがあるようです。


また、【虚空蔵菩薩】さまは、丑寅年の守り本尊さまとされていますので、丑寅年生まれの方は十三日の金曜日はありがたい日、と思っていただいてよいのかもしれません。

No.10 20/03/15 08:21
旅人さん0 

前回、丑寅年生まれの守り本尊さまについて書かせていただいて、他の年の生まれの守り本尊さまについて触れないでいるのも、なんとなく落ちつかず、あらためて守り本尊さまについて書かせていただきま
す。


『子は千手、丑寅としは虚空蔵、辰巳は普賢、卯は文殊也

  午は勢至、未と申は大日よ、酉は不動に、戌亥阿弥陀ぞ』

江戸時代の書には、早覚えとしてこんな歌があったようですが、うーん、これ、早覚えになるのかなぁ(^-^; 



丑・虎年生まれの方(立春から翌年の節分まで)  
【虚空蔵菩薩さま】

辰・巳年生まれの方(立春から翌年の節分まで)
【普賢菩薩さま】

未・申年生まれの方(立春から翌年の節分まで)
【大日如来さま】

戌・亥年生まれの方(立春から翌年の節分まで)
【阿弥陀如来さま】

卯年生まれの方(立春から翌年の節分まで)
【文殊菩薩さま】

午年生まれの方(立春から翌年の節分まで)
【勢至菩薩さま】

酉年生まれの方(立春から翌年の節分まで)
【不動明王さま】

子年生まれの方(立春から翌年の節分まで)
【千手観音さま】

となっているようです。地方によっては、毎年その守り本尊さまをお祀りしているお寺や御堂をお参りするところもあるようですが、私の住む地方ではそのような風習は残ってはおりません。
今、私は、珍道中で出会えた守り本尊さまの御守りを毎日首にかけております。

No.11 20/03/15 21:10
旅人さん0 

花の(?)五十代、新型コロナウイルスに感染したら重症化しやすいと言われるお年頃きは┉どうする?
不要不急の外出を避ける?感染してしまったときに備えて、いろいろ準備をしておく?
今、したいことをしておく┉?(*-ω-)ウンウン

綺麗に咲いた春の花々を愛でずしてどうする!梅の花、桃の花、菜の花、土筆、コブシ、もくれん、気の早い桜はもう咲こうとしているというのに。そうそう、一時期流行った『令和初の』春の花です。
┉と、いうわけで、さしたるストレスもたまっていないくせに、春を愛でに出かけてみました。

向かったのは群馬県みどり市にあります【草木ダム】。
神社でもお寺でもない草木ダムのドライブインであります。(ドライブイン! すでに死語になっているか思っておりました) こちらのドライブイン、な、なんと、寝釈迦の石像があるのです。

同じくみどり市にある草木ダムにほど近い【袈裟丸山】と呼ばれる山の中腹にある寝釈迦像のレプリカをうたっているものです。
脚力、体力ともに自信のない私たち夫婦は未だその袈裟丸山にある寝釈迦さまには参拝することができずにおりますが、写真を見ると⁉ ┉似ても似つかないものであります。

まあ、寝釈迦像は寝釈迦像でありますし、春の景色も楽しめるのでは?と向かってみた次第であります。道々には梅の花が咲いております。



No.12 20/03/15 23:23
旅人さん0 

草木ダムのドライブインは六~七割方車が停まっております。晴れた春の日曜日、考えることは同じ、ということでしょうか。バイクも二十台ほど停まっていました。

うーん、ここは万が一コロナウイルスにでも罹患したらいけないと、人混みを避けようとした主旨に反することになりますし、なにより喧騒を避けたい気持ちもあって、がらがらのもうひとつの駐車場に移動しました。
ほんの少し離れているだけなのに、冬枯れのダム湖の景色を貸し切りです。しかももうじき開きそうな桜のつぼみもみられました。

さて、このあとはわたらせ渓谷鉄道の神戸駅をめざします。
なんでも【ハナモモ】という花が線路の両わきに並木を作って植えられているとか。例年だと四月上旬が花の見頃を迎えるようです。

ダム湖にかかる橋を渡って、道なりに進み、橋を渡って┉「待って!滝だよ、ちょっとした滝がある!」┉そう、いつものように夫の運転です。橋をいったん渡りきり、Uターンしてもらって滝をめざします。滝、好きなんですよね(^-^;
【不動の滝入口】とあります!「と、停まって!」
どうやら滝のそばまで降りていけそうです。
すると息子が「この先もう少し行くと大きな草鞋が掛けてあるお堂があるんだよ」( ;゜o゜)えっ?
┉こんなとこにも来てたんだ。びっくりだなぁ。私なんて初めて来たところです。滝の存在を知らなかった夫も同様ですよね。
ふーん┉。



No.13 20/03/17 17:26
旅人さん0 

春の陽射しのなか、軽やかな(あくまで本人の感覚、ですが)足取りで、お堂があるという方角に向かいます。
ん?工事現場、でしょうか?その右手方向下方に目をやると、ありました、ありました。お堂が、ふたつ。ひとつは息子が申しておりました、草鞋が奉納されたお堂であります。
お堂には立派な石碑が建ち、『この地域には古くから各辻々に大わら草履を吊るして疫病の侵入を封じたと伝えられていたそうです。しかし、そんな迷信的なことはやめようということで一時期その風習をやめたところ、その年に伝染病が発生し多くの者が隔離されたとかで、その後再び毎年七月一日に当番が奉納することとなったようで、今なお続けられています。手を合わせて祈願することにより、悪病を追い祓い、身体の健康と幸運な生活が守られると言われています』

┉なんという巡り合わせでしょう!まさに世界中で新型コロナウイルスにより、多くの、患者となられた方々が隔離に近い状態に置かれておられています。
神であろうか仏であろうかわからない大草履ではありますが、手を合わせ、コロナウイルスの鎮静化と終息を祈らずにはいられませんでした。

そのお隣は不動堂でありました。
お不動さまは、水辺であったり、山の登り口であったりをお護り下さるお力をお持ちであるため、そういう土地にお祀りされていると、お坊さんにお聞きしたことがあります。ここはまさにそんな土地といえます。


No.14 20/03/17 18:27
旅人さん0 

不動堂は扉を開けることができ、直接お祀りされている不動明王さまを拝むことができました。いかにも大切にお祀りされていると思われるお不動さまで、きっと一年の間のいつの日かのお縁日にか、お正月かにご祈祷等をされる日があるのかと思われます。お参りに訪れた方々がどこからきた者かを記帳するノートも用意されており、絵馬も掛けられておりました。
通りからは外れたところにありますが、河原への道もそれなりに整備されており、あずまやも用意されております。

思いもよらぬところでお目にかかることができました不動明王さま。どこかお優しい眼差しをなさっておられました。なんとも心の安らぐ不動堂でありました。



あずまやへの道を下っていくと、ぐるっと小さな川を囲むように歩道が作られています。もしかして、滝へと続いている? 冬の、何の花も咲かぬ歩道を歩いて、歩いて┉。結構歩いた頃に、滝だ!ようやく滝が見えました。滝をめざして走り出す私を、まるで子どもに言うように「危ないよ、走らなくてもいいだろうに」と諭す夫。┉聞くわけもありません。
「わあぁ、すごいすごい!」
落差二十メートル、あまり雨も降らなかったこの時期においても、勢いある、かなりの水量で絶えなく落ちていく滝であります。
橋のうえから見たときより、ずっとずっと迫力のある滝であります。
うーん♪ すっかり幸せな気分です。

No.15 20/03/18 03:23
旅人さん0 

思えば滝見のドライブや滝見の旅行を、何度夫に頼んできたことか┉。思いもよらず滝を間近で見ることができ、お不動さまにもお参りをすることができました。なんとありがたいことでありましょう。
すっかり気を良くした私は、当初の目的などすっかり忘れて、もう帰るつもりでおりましたところ、なにやら夫がナビを操作しております。「まだどこかに行くの?」
「┉」「┉ハナモモを見にきたんだよね」

┉そうでした。お不動さま、草鞋さま、どうかこの頭の病もお治しください。

わたらせ渓谷鉄道というローカル線の駅舎のそばに、ハナモモという木が線路沿いに三百本を超える数植えられていて、その花の時期には一斉にピンクの花道となるという話を聞きつけ、ハナモモとやらを見てみたいと言ったのは、他ならぬこの私でありました。
わたらせ渓谷鉄道に乗る機会などはほぼなくて、子どもに体験させてみようとほんのなん駅か乗ってみたことが一度か二度あったかどうかというくらいですが、上皇陛下御夫妻がこのわたらせ渓谷鉄道には何度かお乗りになられていらっしゃるとか。┉ 一度くらいは乗ってみましょうかね。

おすすめはまさにそのハナモモの頃かアジサイの頃か、はたまた紅葉の頃かとうかがいました。わざわざ車で駅まで来て電車に乗るかどうか┉うーん。そんな下見を兼ねてのハナモモのお花見でありました。

No.16 20/03/18 03:51
旅人さん0 

『ハナモモまつり』というのが毎年開催されているようですが、今年はコロナの影響で中止になったとうかがいました。それが本来なら四月の上旬。つまり、その頃にハナモモ真っ盛りとなるのでしょう。下見をするなら、このくらいの時期がいいのかと出かけたのでありますが┉。
素晴らしい!
映画の1シーンのような駅舎です。
小さな、古い駅舎。山と、咲き始めのハナモモ、まさにあと少しで咲かんとしてまんまるなつぼみとなったハナモモが艶やかな桃色で辺りを色づけています。
これはすごい!
電車に乗ったらどんなだろう!
あ、わたらせ渓谷鉄道さん、電車じゃないんだ。ディーゼルなんだ。
電車通らないかなぁ?しばらく駅、及び駅周辺におりましたが、列車を見ることはできませんでした。
なんでもトロッコ列車とかお座敷列車とかもあるようです。
これはおすすめ!
かもしれません。私は列車を利用してはおりませんので、列車の感想はお書きできないのですが┉。


      令和二年三月十六日

No.17 20/03/18 05:38
旅人さん0 

この前の、十三日の金曜日からの十三日の虚空蔵菩薩さまの御縁日についてふれたことから、その後それぞれ十二支の守り本尊さまについて書きましたが、後々読み返しそれもまた片手落ちであったことに気づきました。
そう、御縁日について、であります。
こんなやつのいたらぬ駄文をお読みくださっておられる方のために、追記させていただきます。


子年   千手観音さま  ・・・毎月17日
丑・寅年 虚空蔵菩薩さま ・・・毎月13日
卯年   文殊菩薩さま  ・・・毎月25日
辰・巳年 普賢菩薩さま  ・・・毎月24日
丑年   勢至菩薩さま  ・・・毎月23日
未・申年 大日如来さま  ・・・毎月 8日
酉年   不動明王さま  ・・・毎月28日
亥・戌年 阿弥陀如来さま ・・・毎月15日

No.18 20/03/19 04:38
旅人さん0 

春のお彼岸となりました。が、仕事があるため未だお墓参りには行けておりません。
義母の入居している老人ホームは、現在、家族が面会すらできないくらいの徹底したコロナ対策をおこなっており、お彼岸のお墓参りに連れ出してあげようこともできません。(お年寄りからお彼岸のお墓参りを取りあげてどうする!)と思ったりもするのですが、実際は私の義母はお墓参りにはまるで関心がないお方ですので、なんとも説得力はないのでありますが┉。義母ばかりがお墓参りに関心がないように書くと義母に申し訳ないことで、実母も全く関心がありません。

さきの東日本大震災で甚大な被害のなか、「なんとか位牌だけは持って逃げることができた」とおっしゃる方々が多かったことを、私は忘れることができません。それほどに大切にされるお位牌。
私の二人の母親たちにとって、位牌は到底そんな存在でなく思えます。かく言う私とて、跡継ぎでないため、位牌どころか守るべき墓もなく、当然のこと檀家寺もないありさまであります。
もちろん、先祖があるのだから、まつるべき位牌を持つことも希望すれば叶うことであります。しかし、私たちの代からの仏壇や位牌を持つことは、跡を継ぐ者がなくしては、私たち亡きあと結局厄介な不用品となってしまうことは目にみえています。
お墓も新時代を迎えようとしているのかもしれません。

No.19 20/03/21 00:06
旅人さん0 

わが家には仏壇はないのですが、仏壇もどきとして手を合わせているコーナーがあります。檀那寺もないので、宗派もなく、宗派を定めなければ当然、御本尊となられる仏さまが定まりません。御本尊をお祀りしていない仏壇はどんなに立派な仏壇を購入しても、仏壇とは言えないのだということすら知らずに育って、知らないままおばさんになってしまっていた私であります。

そもそも実家の仏壇が、御本尊のまつられていない仏壇でありました。
何年かまえに母が自分が死んだ後のことを考えて、母の実家のお寺さんに墓所を購入したのですが、それまで実家自体に檀那寺がない状態だったので、当然といえば当然なのかもしれません。
よそ様のお宅で御仏壇に手を合わせることもあまりあることではなく、仏壇には、必ず御本尊さまがおられるのだということを知ったのは、実にこの珍道中を始めてから、なのでした。

もともと私の両親は教会で結婚式をあげたくらいでしたから、教会に通わなくなった時点で無宗教なわけで、教会に通っていた人間がそう簡単に仏教徒になるはずもなく。
そうは言っても、父の親┉祖父母は仏教徒でしたので仏壇がありましたし、母の親┉祖母は早くして亡くなった夫と、幼くして逝ってしまった子供たちのお墓があり、その大切な存在をまつった仏壇がありました。

そもそも母はなぜ仏壇を買おうと思ったのか。誰かが亡くなったわけでもなかったのでありますが┉。

No.20 20/03/21 07:28
旅人さん0 

実家に仏壇がきた頃って┉そ、そうだ、両親が離婚した頃でありました。唐突に狭い居間に無理やり置かれた仏壇は、今思えば、無理をしてでも欲しかった、母の心のよりどころだったのかもしれません。
ただ┉実際は、居間にごろごろしている小物の、格好の収納先となっていましたし、ちょっとした貴重品入れという扱いに近かったようにも思えたのですが┉(・・;)
私同様に檀那寺もなく、仏さまの扱いも知らない母が、誰に相談することもなく、購入した物だったのかもしれません。
それでも、【先祖代々之霊】と金字で書かれた位牌が置かれていた分、私の仏壇もどきよりはれっきとした(?)仏壇に近いもの、でしょう。
┉などと書いていて思い出したのですが、そうだ、その位牌、高校の帰りに仏具屋さんから受け取って来るように言われたのだった!おそれおおい位牌という物を、何故そんなついでのように、学生カバンでかごいっぱいの自転車通学の娘に平気で頼むのかと、母の感性を子どもながらに疑ったものでありました。
今なら、それはまだ、御霊の入っていない位牌という商品の受け取りにすぎなかったことがわかるのですが┉ それにしても、いくら仕事が忙しかったと言われてもやっぱり母は変わっていますよね。高校の帰りに仏具屋に寄って位牌を受け取って帰ったという経験をした人はなかなかいないのではないでしょうか。

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