快楽の果て
その時、私はベッドの上で
不安な気持ちを抑えていました。
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「失礼しまーす」
職員室に入ると、すぐに担任の加納先生がこちらを向いた。
「おお、野村。悪い、準備室の方に行ってくれ。プリントは置いてある」
「はーい」
加納は化学教師だ。
私は化学準備室に向かった。
準備室に入ると、埃っぽい臭いがした。
棚にはなんだか分からない古い本がぎっしりと並んでいる。
スチールの机にはフラスコとかビーカーが乱雑に置かれていた。
「野村、具合はどうだ?」
加納がそう言いながら入ってきた。
後ろ手でドアを閉めながら、もう一方の手でネクタイを緩めている。
あーちゃん…
あーちゃんってば!
誰かが呼んでる…?
「あーちゃん!なに、ぼーっとしてんの?」
「ああ…ナナ」
「大丈夫?ねえ、昨日、病院に行ったんでしょ?どうだった?」
「結果は来週だって」
担任が大声で私を呼んだ。
「おーい、野村朝陽。今日、当番だろ?職員室にプリント取りにきてくれ」
「はーい。ナナ、行ってくるね」
私は席を立って廊下に出た。
高校に入学して、もうすぐ半年。
暑い季節が終わろうとしている。
「忘れ物ないように、ね」
私は起き上がってジャケットを引き寄せた。
「すぐに終わったでしょ?」
「怖くてお腹が痛くなりそうでした」
「かなり緊張してたみたいだね」
「ネットでは、採血とか献血したら気持ちよくなるってあったのに…」
「ああ。体の中の血液が入れ替わって気持ちいいって思う人もいるみたいだね」
「ふーん。…アルコール消毒って、あんなにするものなんですか?」
「用意してたのが乾いちゃったからね。じゃあ結果は来週出るから、予約入れて帰ってください」
男はゴムチューブや血液が入ったガラス管をカチャカチャと鳴らせながら入ってきたドアから出ていった。
不思議と、もう痛みはなかった。
私は身を任せていた。
「やっと…力を抜いてくれたね」
男の声に対する不快感も薄れた。
あ…ん…
これって、気持ちいいってことなのかな?
もっと
してほしい…
そう思った時、男が「終わったよ」と言った。
ただ、時間が過ぎるのを待った。
それが終わるのを待った。
早く、やめて。
もう、いやだ。
そう思ってるはずなのに、
ああ…
歯を食いしばっているはずなのに、私の唇から声が漏れ出た。
男は私の顔をちらっと見ると、
「もう少し…だから」
そう言った。
もう、だめ…
無意識にベッドの端を強く握った。
「怖がらないで…、僕は上手いから大丈夫だよ」
男があまりにも優しい声に変わっていて、私は薄目を開けて見た。
うそっ。
あんなに太いの?
無理!ムリムリムリ!
ぜったい、あんなの入らない!
痛いっ!
痛みに、思わず足を突っ張らせて体をよじった。
「動いちゃだめだよ!」
再び男の声がきつくなった。
「動かないで…!」
男がこれまでになく強い口調に変わった。
私は委縮した。
「もうちょっと…湿らせた方がいいかな」
そう言って、上下に指を動かしているのが目をつむっていてもわかる。
私、なんか…変。
体中の力が抜けてきたみたい…
「いい?入れるよ?」
あ…
だめ、怖い…
慣れた手つきで男は私の腕をきつく縛った。
「力を抜いて」と、またささやくように言われたが、私の体は硬直したままだ。
恐怖。
不安。
ぎゅっと目をつむった。
「そうだね。目を閉じてていいよ。すぐ終わるから…」
男は何かをカチャカチャと鳴らせている。
その音が止んだ。
そして「いい?」と聞いた。
私はまた、小さくうなずいた。
壁の色よりも白い顔に細いフレームの眼鏡が光って見えた。
口元は笑みを含んでいるが、眼鏡の奥に見える目は笑っていなかった。
「ね、上…脱いでくれる?」
私はのろのろと上半身を起こしてジャケットのボタンに手を掛けた。
すぐそばに立って、男が見ている。
脱ぐ姿をじっと見られていることに、私の下腹部はきゅっとなる。
「じゃあ、横になってくれる?」
私は黙って男に従った。
男は「緊張してるんだね」と、言いながらいきなり私の腕を掴んだ。
男の手が触れ、私は小さくびくっと体を縮ませた。
男の手は驚くほど冷たかった。
ドアの方にゆっくりと顔を向けると、男が入ってくるのが見えた。
「こんにちは」
男は小さな声でそう言うと、手に持つ何かをカチャカチャと鳴らしながら、薄笑いを浮かべている。
私は口の中がからからになってるにも関わらず、残りの水分を全部集めたようにごくりと喉を鳴らせた。
男が近付いて来ながら小声で、でも慣れた口調で「初めて、なのかな?」と薄笑いのまま続けた。
私は小さくうなずいた。
私はベッドの上で仰向けになっていた。
部屋の壁が不気味なほど白い。
天井の蛍光灯で照らし出され、白さが際立って見える。
静かだが、耳をすますことに集中すると、部屋の外に人の気配を感じることができた。
ひとり…ふたり…?
違う。もっと多くの人だ。
ベッドのマットが硬い。
だけど、私は身動きせずにじっとしていた。
恐怖心は大きかったが、「ここにいなければいけない」という強い考えがあって、動くことができなかった。
その時、小さくドアを2回ノックする音が聴こえた。
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