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神社仏閣珍道中・改

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旅人( 匿名 )
19-05-25 02:05(更新日時)

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 [神社仏閣珍道中]  御朱印帳を胸に抱きしめ


人生いろいろ、落ち込むことの多い年頃を迎え、自分探しのクエストに旅にでました。
いまの自分、孤独感も強く本当に空っぽな人間だなと、マイナスオーラ全開でして┉。
自分は生きていて、何か役割があるのだろうか。
やりたいことは何か。


ふと、思いました。
神様や仏様にお会いしにいこう!




┉そんなところから始めた珍道中、神社仏閣の礼儀作法も、何一つ知らないところからのスタートでした。
初詣すら行ったことがなく、どうすればいいものかをネットで調べて、ようやく初詣をしたような人間であります。
未だ厄除けも方位除けもしたことがなく、お盆の迎え火も送り火もしたことがない人間です。


そんなやつが、自分なりに神様のもと、仏様のもとをお訪ねいたします。
相も変わらず、作法がなっていないかもしれない珍道中を繰り広げております。


神様、仏様、どうかお導きください。







No.2796560 19/02/13 05:40(作成日時)
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No.1 19-02-14 23:32
旅人0 ( 匿名 )

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明日、2月15日は『涅槃会(ねはんえ)』であります。
せっかくあらたな珍道中録を始めるのに、お釈迦さまの亡くなられた日から始める?と思われるかと思うのですが、私、2月15日生まれ、なもので、そんな節目にもあるものですから。

涅槃会とはお釈迦様の命日に、お釈迦様の遺徳を偲ぶ法要を意味し、お釈迦様の最期を描いた「(釈迦)涅槃図」を掲げて、遺教経(ゆいきょうきょう)というお釈迦様の最期の言葉をまとめたというお経を読経するのだそうです。


涅槃会の法要は宗派や、お寺さんのお考えでその規模もだいぶ異なるようです。
涅槃図を掲げ、御住職が朝、遺教経┉正式には「仏垂般涅槃略説教誡教」(ぶっしはつねはんりゃくせつきょうかいきょう)をあげて終わられるとか、その地区の仏教会の御住職がその年の担当となったお寺さんに集まって、そのお寺の涅槃図を前に遺教経をあげて法要をされるとか、旧暦の3月に行うお寺さんもあるようです。
檀家や一般の方にむけての法要を営まれるお寺さんもあり、涅槃団子とよばれるものをまいたり、配ったりするところもあるようで、せっかく(?)涅槃会という日に生まれたのだから、一生に一度くらいは涅槃会に参列して、涅槃団子というものをいただいてみたい。


と、いうことで昨年はなぜか希望者が多くて休みがとれなかった2月15日、明日、お休みをとって、一般にむけての涅槃会法要を営まれるというお寺さんにうかがう予定であります。
けっして食い意地がはっているからではありません。

そんな珍道中ではありますが、どうかお見守りください。

No.2 19-02-15 16:46
旅人 ( 匿名 )

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涅槃会の法要に参列させていただきました。
念のためあらかじめお電話を差し上げて、一般の参列が可能かどうかを確認し、うかがいました。

お教えいただいた時刻より少し早めにうかがい、御本堂に上がらせていただくと、それは見事な大きな涅槃図が掲げられておりました。
中央にお釈迦さまが横たわれ、それを多くの人たちが取り囲む、┉ 仏教に縁なく育ち、縁なく生きてきた私でも、見たことのある絵であります。

涅槃図を前に机几をおき、御祈祷などに使われる仏具が置かれておりました。その隣に置かれた机几に涅槃団子とよばれるパステルカラーのかわいらしいお団子がお供えされております。
お団子は単色ではなく、金太郎飴のように何色かを合わせて、伸して、包丁で切ったような、そんなお団子でありました。

副住職さまが参列の人たち一人一人に、一般の者向けの振り仮名付きの経本を手渡し「みなさまにも般若心経を一緒に唱えていただきますので」とおっしゃって経本が配り終えるとすぐに、
仏具の置かれた机几の前で御住職が、その斜め後ろで副住職さまがおすわりになり、いくつかの真言を唱えて法要が始まりました。



No.3 19-02-16 00:11
旅人 ( 匿名 )

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(涅槃会の続き)

いくつかの真言を唱え、いくつかのお経を唱えていかれます。
あるときは、副住職の読経の合間、住職が真言をささやくように唱えられ、あるときは御住職と副住職さまが呼び掛けのように御経を合わせられたり。
その間も細く長い┉例えるなら太い箸を伸ばしたかのような杖で金色の聖水の入った容器をかきまぜるような所作などを行いながら、涅槃会の法要儀式を営まれていかれます。
そして、木魚に合わせて一般の参拝の者たちと般若心経の唱和を。
さらにいくつかの真言や御経を唱えられ、立ち上がって踵をそろえて踵をあげると同時に膝を曲げては伸ばしという動作をされて、法要を終えられました。

その後、御住職さまからの講話がありました。
涅槃会、お釈迦さまの最期について。
涅槃図がお釈迦さまの最期の様子を描かれたものでありますので、涅槃図を使ってお話くださるため、大変分かりやすいものとなります。

悟りをひらかれた後も、生きた肉体を持たれているとお釈迦様であられてもどこか煩悩があり┉それは生きていることにより営む衣食住などに基づく、人として当たり前のものではあるのですが┉死を迎えることでようやく真の悟りをひらくことができるのだから、死は悲しむことではないと、集まったものたちすべてに最期の説法をされたという。
お釈迦様の最期を悲しむものは人間だけではなく、動物や植物も悲しみ、お釈迦様が息を引き取ると沙羅の樹は枯れてしまうほどであったという。
お釈迦様の生母マーヤ様が天界から駆けつけておられる姿も描かれております。お釈迦様が不老不死となり、更なる教えを広められるようにと不老不死の薬を持って現れたものの、薬はお釈迦様のもとに届くことなく、沙羅の樹の枝に引っかかってしまい、お釈迦様は亡くなられてしまった。
お釈迦様のような方でも不老不死の身体を与えられることはなく、死は必ず訪れるものである、という真実を、身をもってお教えになられたということになります。

    

No.4 19-02-16 07:01
旅人 ( 匿名 )

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(涅槃会の続き)

そんな涅槃図、
沙羅の樹は足元のものは白く枯れてしまうのですが、
お釈迦様の頭の上には生い茂った沙羅の樹が描かれており、そのうち一本にお釈迦様の生母マーヤ夫人がお投げになった不老不死の薬袋が引っかかっております。

御住職さまいわく、「たくさんの動物が集まるなか、この中に猫とねずみは描かれていないのですよ」
┉?
なんでも、ねずみはその不老不死の薬袋を取ろうと沙羅の樹に登り、そこを猫が追いかけねずみを食べてしまったから、だというのです。
食べられちゃたねずみは当然いなくなりますが、猫は?
┉その場から追放されたとのことでありました。
さらにお話の続きがありまして、あえて猫を描かれた涅槃図もあり、いろいろな涅槃図をみて、猫を探すのを楽しみのひとつにしている方もいるとか!


涅槃図は本当にたくさんの登場人物がおられ、それぞれに逸話があるためかいつまんでのお話となりますが、とお話くださいました。


最後に一人一人御焼香させていただき、「好きなだけお持ちください」とのことで、まんまるな真っ白なごく一般言われるお団子と、
涅槃団子をスプーンですくって、いただいた袋に詰めてまいりました。


いつもお縁日には平日であろうと大勢の人たちで大変賑わうこちらのお寺さん。
涅槃会にお集まりになられていたのは全部で二十名強くらいでありました。一月のお縁日でいただいたお寺の寺報にご案内があったので、存じ上げていたくらいだったのですが、そんなにはお集まりにならないものなのだなぁと思いました。とても心が穏やかになる大変ありがたい法要でありました。
来年も誕生日休暇、とれたらいいな。
┉来年はもしかして土曜日、かしら✨


No.5 19-02-16 07:34
旅人 ( 匿名 )

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(もうひとつの涅槃会、その1)


えぇ?また涅槃会のお話ぃ?
すみません。笑
┉じつは15日、父たち二人の月命日なのであります。休みをとってお寺さんにうかがうのに、父たちの眠るお寺さんにお墓参りに行かないというのはなんとも気が引けるものであったので、お寺さん巡りとなりました。
誕生日にお墓参り。ほんの何年か前には考えもつかなかったことであります。


義父の眠るお寺さん。涅槃会はこれといって一般向けの法要はないとおっしゃっておられたのですが、第1、第2駐車場に車が置けないくらいのたくさんの車で、御本堂でなにやら大勢の人が移動する気配がいたします。
檀家代表の方の涅槃会の法要がちょうど終られたのかもしれません。
私の気配に気づいて、お寺の女のかたがお声をかけてくださったのをいいことに、「月命日でお墓参りにまいりましたが、よろしければこちらのお寺さんの涅槃図を拝見させていただくことはできますか?」
┉義父が生きていたら、頭をこずかれそうな図々しい申し出であります。
それでも、笑顔ですぐに、「どうぞ是非ご覧になってやってください。今しか見られないものですから、せっかくの機会です、どうぞどうぞ」と御本堂にご案内いただき、拝見させていただくことができました。
こちらの涅槃図はコンパクトなサイズで、だからこそ、ひとつひとつに目が届く。┉本当にお寺さんお寺さんでいろいろな涅槃図が伝承されているようです。
こちらにお供えされていた涅槃団子は直径が大きな、すべてが同じサイズに整えられたものだけを並べた、お花の柄を作ったお団子でありました。

冷や汗かいてるだろう義父のお墓にお参りして、
┉お寺さんのはしごであります。


No.6 19-02-16 10:51
旅人 ( 匿名 )

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(もうひとつの涅槃会、その2)


┉「もうひとつの」と銘打ったら、あとひとつはおかしいでしょ。と、みなさん思われるかとは思われますが、神社仏閣の参拝初心者のみならず、日本語もいまいちな情けない人間でありまして。
┉そんなやつの拙い文章でお目汚しをさせて、すみません。


三ヶ所目のお寺さんは、婦人会の方々が毎年涅槃団子をお作りになるという、地元では知る人ぞ知る涅槃会を開かれるということであります。もちろん、私が知らなかったことはいうまでもありません。
こちらのお寺さんはこれで五回目の参拝となりますが、涅槃会のご紹介をいただいたのは、こちらのお寺さんではなく、地元仏教会会長さんの、ちがうお寺の御住職さま。御自分のお寺は涅槃図を掲げて朝方御住職がお一人で読経されるだけだと話しながら、こちらの涅槃会を教えてくださいました。
お電話を差し上げたところ、「写経もありますし、手作りの涅槃団子やお汁粉のふるまいもありますので、どうぞお友だちをお誘いになって、是非お出かけください」とおっしゃってくださいました。
じつは写経も、お寺さんで全文を書かせていただいたことがなく、またとない機会だと、喜びいさんで向かわせていただいた次第であります。
┉ですが、本来涅槃会はお釈迦様の亡くなられた日。決して喜びいさんで出かけてはいけないので、そこはきちんと反省して。

早めに到着したので、写経から始めさせていただくことができました。写経の最後に『為』という文字があり、納経の際は仏さまにお願いしたいことがあればそちらにお願いを記すようであります。決まった文言(四文字)から選ばせていただくことが一般的なようですが、私の隣で写経なさっていた方は、菩提を弔うためとおっしゃっておられました。
みなさん、文鎮やmy筆ペン持参で、お寺さんのおっしゃってくださった言葉通りに手ぶらで気軽に出かけてまいった自分が情けなく恥ずかしかったです。以前写仏させていただいた折に、文鎮の必要性を痛切に感じたのに┉。相も変わらず未熟なままであります。


No.7 19-02-16 18:03
旅人 ( 匿名 )

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(もうひとつの涅槃会、その2)続き


こちらは1600~1700年に建てられたという御本堂や山門、鐘楼などの建築物が残る、由緒あるお寺でありますが、涅槃図についてはいつ頃誰が描いたものかはわかっていないということでありました。大変大きなもので、大きなお寺さんの壁一面すらも超える大きさであります。

納経後、御本堂の涅槃図の飾られているお部屋に行くと、涅槃図の前にお手製とうかがっていた涅槃団子がお供えされています。
やはりまんまるなものではなく、金太郎飴のように切り揃えられた、きれいなピンク色の可愛らしいお花の模様です。
三十年以上前から、こちらの婦人会で考えて作るようになった涅槃団子だそうです。 
こちらのお寺は婦人会の方々の活動が大変活発なようであります。お揃いの支度で、お揃いの仏具をお持ちになって涅槃会の御詠歌(┉こちらのお寺さん独自のものか、曹洞宗のものなのかは、私が素人過ぎてわかりません。「へぇー、涅槃会の御詠歌もあるんだぁ」とただ感心して帰ってきたものですから)を奉詠されていました。
もっとも、私が生まれてはじめての涅槃会への参列でありましたので、すべてが目新しいものであります。御詠歌もはじめてお聴きしたくらいですので (^^;


奥さまお手製のお汁粉もご用意いただき、甘さもちょうどいいおいしいおいしいものでありました。


境内には小さなものではありますが、自然の滝もあり、大好きなお寺さんのひとつであります。



   平成三十一年二月十五日  涅槃会参列







No.8 19-02-17 15:25
旅人 ( 匿名 )

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涅槃図はお寺、お寺でその図柄はさまざまでありました。
どうしてもこの絵におさめなければならない方々や、
例えばお釈迦様の横たわる御姿、
例えば沙羅の樹など、決まりごとはかなりあるとはいえ、猫は描かれない、という点に関してはさしてお釈迦様の終焉において大きな意味をなしてはいないので、描き手によってあえて描いてみたりと、ある程度の自由はあるためかと思われます。

今年、三幅の涅槃図を拝する機会をもつことができ、ふと気づいたのは、そのうち一幅の涅槃図はお釈迦様の真上に満月が描かれていたという点であります。
御住職さまたちが異口同音にお釈迦様が亡くなられた日そのものが、2/15であったということも定かではないこととおっしゃっておられましたし、なにより当時は旧暦であり現在の2/15とは一ヵ月ほども異なることになります。お寺さんによっては三月に涅槃会法要を営まれるところもあるようです。
旧暦は新月を朔日=1日とするため、15日は必ず望月、満月を迎えます。今年の旧暦の2/15は3/21の春分の日に当たり、当然のことながら満月であります。


【願わくは花のもとにて春死なむその如月の望月の頃】と平安の頃の僧、西行が詠んでいましたが、それはまさに釈迦入滅の日に、ということ。
この寒さの中亡くなられたと考えるより、あたたかな花の頃入滅されたと考えると、お釈迦様が亡くなられる時季までお選びになられて亡くなられたように思えて、少し心があたたかくなりました。

大きな満月が描かれた一幅の涅槃図が、こんなことを私に語りかけ、考えさせてくれました。




ちなみに2/19はスーパームーンのようです。その大きな大きな満月の下、私はなにを思うのかなぁ。

No.9 19-02-17 19:39
旅人 ( 匿名 )

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夫からの誕生日のプレゼントは【ピーターラビットの御朱印帳】でした。
「これ、秩父三十四観音巡礼用?」と聞くと、
「いや、秩父は専用の御朱印帳じゃないと」

 

いったい、いつこの御朱印帳を使うというのだろう?



 

No.10 19-02-20 23:09
旅人 ( 匿名 )

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いつも見守ってくださっている、仕事先のすぐそばの稲荷神社さまに、お昼休みを利用して参拝して参りました。


石段を何段登るのだろう。参道の一番下からでは拝殿は見えません。
見晴らしのよい小高いところに建つお社であります。

こちらの神社さんは、今の勤め先になって知ったのですが、本当に仕事にいく私を見守ってくださっているように感じる神社さんであります。
人間関係に疲れた時や仕事につまずいた時など、まさに困ったときの神頼み、で訪れております。
仕事を終えて前を通るときは、下からで申し訳ないのですが、
心のなかで今日もありがとうございました、とお声がけさせていただくのが日課となっております。
もうずっと拝殿に詣でていないことが気がかりで、昨日から今日は絶対、お参りしようと思って仕事に向かいました。

あたたかで爽やかな風がそよいで、気持ちのよい境内でありました。
よい昼休みにしていただいて、それもまた感謝いたしました。


登りはキツくて息が乱れた┉身体のなまった私でありました。が、お参りのあとは、それが嘘のように軽やかに下ることができ、
バタバタと忙しかった仕事も一つ一つしっかりこなすことができました。



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