不可解な誘拐事件
【桜木咲江】
『なんかよぉ…面白いこと、ねぇのかよ?』
『あったとしても、勝也には教えねぇよ』
『っだよ、そりゃ!』
勝也が、意地悪を言った隆に向かってバスケットボールを投げつけた。
さっとかわした隆が、
『へなちょこバスケ部員だな』
と、笑った。
『ちょっと、あんた達っていつまで経っても、お子ちゃまよね。ねえ、咲江』
『……………………。』
『どうしたの?咲江。なんかテンション低くない?』
『あ…ゴメン。聞いてなかった。何?真美』
『勝也と隆は、子供だって言ったの』
『あははっ。でも、私達五人は、同じ学年だよ』
『それでも…ねえ、ユウちゃん。あんたぐらいよね、大人なのは』
真美がパソコンに向かっている祐一に声をかけた。
祐一は、チラッとこっちを見て、すぐにまたパソコンに目を戻した。
『ユウは、大人じゃなくて、単に大人しいだけだ』
勝也が笑いながらそう言った。
バスケ部のキャプテンだった小林勝也。
高校受験と、中学卒業を控えて、三年生は引退となり
『退屈だあ』
とか
『面白いことないのか?』
と、繰り返しぼやいている。
その勝也の幼稚園からの幼なじみの沼田隆。
最近、片思いだった女子にふられて、かなり落ち込んでいる。
でも、そんな表情は見せないおどけ役。
春日祐一は、頭が良くて物静かで…
で、何を考えているのか分からない。
いつもパソコンに向かっているかと思えば、私達には何かも分からない機械を急に作り始めたりする。
いつの間にか、この今では廃部となった卓球部の空いた部室で、こうして時間を共にするようになった。
が…
クラスが違うのと、あれこれと自分の話をしない祐一は、どこか謎めいている。
そして…
坂本真美と私、桜木咲江は、中学に入学してから奇跡的に三年間同じクラスで、親友だ。
真美は、おしゃれが好きで、ヒマさえあればいつも鏡を覗いている。
将来の夢は、女優らしい。
そして…
そして、私は…
ぼんやりと、蕾が膨らみ始めた校庭の桜の木を窓から眺めていた…。
急に勝也が
『咲江?やっぱり、お前、変だぞ』
と言いながら私の顔を覗き込んだ。
『なあに?何か悩みでもあるの?』
真美も心配そうな顔になった。
『へぇ、大病院の院長の一人娘でも悩みって、あるんだな』
隆がいつものノリでからかうように言った。
ユウちゃんは、聞いているのか、いないのかパソコンに向かっている。
『私さぁ…パパから愛されてるのかな…』
私は、呟くようにそう声に出した。
『何、それ?』
私の言葉を聞いた真美が、きょとんとした顔になった。
『子供の頃ってさあ、パパとすっごく仲が良かったのに、最近はケンカばっか…なんだよね』
『そりゃ、親父さんは咲江のことを心配してっからだろ?』
隆が珍しくまともな事を言った。
『それがね…実は、パパが浮気してたの…』
みんなが黙った。
私は話を続けた。
『ママがそれを知って、大喧嘩になったの。…そしたらパパが“うるさい!咲江を連れて出ていけ”って、ママに怒鳴ったんだよね』
『うゎ…マジかよ』
そう言ってから、
『夫婦喧嘩の最中だから、きっと気が立ってたんじゃねえか?』
と、勝也が慰めるように言った。
真美も
『そうだよ、咲江のお父さん、その相手とはすぐに別れて、きっと元通りの家庭になるよ』
と、根拠の無い慰めの言葉をくれた。
『だって、パパは“咲江を連れて出ていけ”って言ったんだよ。…あのさぁ、パパが本当に私のことを愛しているのかを試す方法って、無いのかな?』
『そっかぁ!警察に知らせずに、身代金を払ってくれて、すごく心配すれば、咲江を愛してるってことだよね』
真美が賛同した。
『戦後に起きた身代金目的の誘拐事件は二百八十八件。その内、未解決なのはたったの八件だ。誘拐は、金を取りに現れなくてはいけないから、それだけリスクの高い犯罪ってことだ』
突然、パソコンに向かっていたユウちゃんがそう言った。
『じゃあさあ、金を取りに行かなきゃ捕まんねえんだろ?金が目的じゃねえし…』
隆がユウちゃんに聞いた。
『まあな、だけど十中八九警察に通報するだろうから、金を受け取るか、受け取らないかは別として、警察の捜査をうまく乗り越えながら狂言誘拐を演じるのは難しいぞ』
ユウちゃんは、そう言うとポケットから携帯を出して
『見ろよ、この携帯。これだって持ってるだけで微弱な電波で居場所が特定される時代だからな』
と言った。
『じゃあ…誘拐も却下だね』
さっきまで賛同していた真美がユウちゃんの話を聞いて、また考え込む様子を見せた。
『まあ…、もし捕まっても俺達は未成年だし、愛情を試すためで悪意は無いんだから、大したことにはならないか』
ユウちゃんは、覚悟を決めた様子で、それだけ言うと真剣な顔で考え込んだ。
そして…
決行の日。
私は授業が終わると、いつものように真美と並んで校門を出た。
いつものように笑い、くだらない話にまた笑いながら歩き、コンビニに寄ってアイスを買うと、店の前で立ち話をしながら食べた。
いくらでも話題はある。
『あ、そろそろだね』
そう言ったのは真美の方だった。
私は深く頷くと、笑顔を作って
『じゃあ、…また明日ね』
軽く手を振って、コンビニの前で真美と別れた。
自宅に帰る道を歩いていると、前から来た自転車に乗った女の人が声をかけてきた。
『あら、咲江ちゃん。今、帰り?』
『はい。友達とおしゃべりしてたら遅くなっちゃった。おばさんは、買い物?』
『そう、玉子を買い忘れちゃって…。もう暗くなるから気をつけてね』
『はい。さよなら』
私の家の隣に住んでるおばさんだった。
私はおばさんの自転車が見えなくなるまで見てから、周りを見回して誰もいない事を確認すると、小さくスキップをして、自宅の方向とは違う道を選んで曲がった。
『旦那様、お電話です』
家政婦のスミさんが、桜木病院の院長である私のパパに言った。
『スミさん、咲江はまだ帰ってないのか?』
『はい…そろそろかと…』
『まったく、困った娘だ…もしもし、桜木ですが』
『一度しか言わないから、良く聞け。娘を誘拐した』
『何だと?』
『無事に帰して欲しければ、明日の昼までに続き番号じゃない現金で一億用意しろ。お宅の家と電話には盗聴器を仕掛けている。警察に通報すれば、すぐに分かる。その時点でゲームオーバーだ。また連絡する』
『ちょっと待て!咲江の声を…』
そこで勝也は電話を切った。
ユウちゃんが作ったボイスチェンジャーを使って、男か女かも判らないようにしてある。
私達は、息をひそめてスピーカーから流れ出るその会話を聴いていた。
『いよいよ始まったな』
いつになく隆が真面目な声になった。
『そうね。いよいよ…だね』
そう私は言ってから、真美の顔を見て
『真美、怖い?』
と聞いた。
真美は頬を少し赤らめて
『ううん…ドキドキしちゃう!』
と、跳ねるような声で言った。
『俺もドキドキしちゃう!』
おどけた隆の言葉に、みんなで笑った。
勝也が
『咲江、戻って来るの遅せぇよ。計画中止かと思ったぞ』
私は
『ゴメンナサイ』
と、遅刻したことをみんなに謝った。
勝也が
『じゃ、そろそろ俺達は帰るよ。続きはまた明日だ。そうだ、咲江、さっきコンビニで飯とか飲み物買っといたから』
『ありがと。勝也』
『咲江、何があってもここから出るんじゃないぞ』
ユウちゃんが真剣な口振りで言った。
『分かった。みんな…ありがとね』
みんなが帰ると、古びた部室は、私一人になった。
そこに
私が自分で自宅に仕掛けた盗聴器の内容がスピーカーから聴こえてきた。
『ねえ!あなた、どうするの?』
『警察に届けるしか無いだろう』
『そんな…それじゃ咲江は…、盗聴器を仕掛けてるって、犯人は言ってたのよね?』
『ああ、そうだ。これからは筆談にしよう』
パパのその言葉を最後に、スピーカーからは何も聴こえなくなった。
静まり返った小さな空間…
その時、部室のドアをノックする音がした。
誰か忘れ物でもしたのかな…?
私は、そっとドアに近付いた。
ドアの向こう側から、小さな声が聞こえた。
私は鍵を外し、ドアを開けながら
『なーんだ。驚いた、誰かと思ったら…』
と言っていると、いきなり入ってきた相手に殴られて…
そのまま気が遠く…
遠くなった。
【坂本真美】
『おっはよ!咲江、誘拐初日はどうだった?』
そう笑いながら私は部室に入った。
『よお…真美か…』
先に来ていたユウちゃんが、私の方を振り向いた。
『ユウちゃん、咲江は?』
『さっき、俺が来た時には、もういなかったんだ』
続いて、勝也と隆も入ってきた。
『ねえ、どういうこと?』
ユウちゃんは私の質問には答えず、人差し指を額に当てて考えている。
隆が
『もしかして、夜になって心細くなって帰っちゃった…とか?』
勝也はそれを聞いて、
『うん、そうかも知れねーな』
と相槌を打った。
もうすぐ始業のベルが鳴る時間だ。
いくら帰ったとは言っても、登校してこないのは変だわ…
『私、咲江の携帯に電話してみる』
咲江の携帯は留守番電話につながって、話すことは出来なかった。
『じゃあ、家に電話してみっか?』
『分かった』
私は次は咲江の自宅に電話をかけた。
やっと授業が終わり、放課後。
私はクラスの誰よりも早く教室を出ると、部室に向かった。
タクちゃん
隆
勝也
も、すぐに集まった。
そして、話し合った結果、咲江の家にお見舞いに行くことに決めた。
お見舞い…
偵察を兼ねて。
『じゃ、勝也行こうか』
私と勝也の二人で行くことになった。
インターホンを押すと
『はい…』
と、聞き覚えのある咲江のお母さんの声が聴こえた。
『坂本真美です』
少しして、玄関のドアが開くと、少しやつれた様子の咲江のお母さんが姿を見せた。
『坂本さん、わざわざ来て頂いて申し訳ないんだけど、咲江は熱が下がらなくて、寝てるのよ』
と、力無く言った。
『そうですか。昨日は元気そうだったのに…』
『夕方、学校から帰ってきてから体調が悪いって言って…』
『そうですか。じゃあ、明日もお休みになりそうですね』
『そうね。まだ熱があるから…』
『分かりました。それでは失礼します』
私が帰ろうとした時、
『あの、坂本さん!昨日、咲江は…あ…いえ、何でもないの。来てくれてありがとう』
そう言って、ドアは閉まった。
勝也が
『どうだった?こっちは咲江の部屋を覗いてみたけど、誰もいなかった。ついでに刑事らしい人もいなかった』
運動神経の良い勝也を連れて来たのは、こういうことだ。
『痛てっ…』
『血が出てるじゃないの』
『木に登った時に、枝で切ったんだ。バスケ引退してから体が鈍ってるからな』
『大丈夫なの?』
『大したことないって。それより部室に戻ろう。二人が待ちくたびれてるぞ』
『そうね…』
『お…おい。なんかすっげぇ、ヤバいことになってねぇか?』
隆も青ざめて言った。
同じく青ざめている勝也が
『隆、慌てんなよ。金のことより、心配なのは咲江だ』
『勝也、確かにそうだな。だけど不思議なことがある』
『何だよ、ユウ』
『今の電話で、咲江の親父さんは、普通だった』
『何よ?普通って』
『そうだよ、親父さん咲江のことを心配して必死な感じだったぞ』
『俺達が咲江の家に電話したのは、二回だ。二回とも、このボイスチェンジャーを使って電話した。だけど、一回目と二回目の電話の間に、何者かが身代金を吊り上げる電話をしている。だから、咲江の家には少なくとも三回の電話があったってことだ』
私達は、黙ってユウちゃんの話を聞いていた。
『そこで、今の電話で咲江の親父さんが普通だったっていうことは、三回あった電話には、違和感が無かったってこと』
『ねえ、ユウちゃん…何が言いたいの?』
ユウちゃんが私達の方をじっと見た。
『ちょっと待てよ。一度に訊かれても困る。まず、咲江が何者かに本当に誘拐されたのは間違い無いだろう。そして、その犯人は謎だ。ボイスチェンジャーは、誰にだって簡単に作れる。スピーカーってのは、電気信号を音波に変換して音を出すんだ。そこに雑音が入る仕組みにすれば、実際の音とは違う音が発生するわけだ』
『あのな、誰にだって簡単にって…、そりゃ違うんじゃねえか?』
隆の問いに、ユウちゃんが答えた。
『その機械が作れなくたって、ほら…スプレー缶のガスを吸ったら、声が変わるってお手軽なヤツもあるだろ?それに、スキューバダイビングの酸素タンクには、ほとんどの場合は圧縮空気を使うんだけど、酸素濃度を増やしたエンリッチド・エアを使うこともあるんだ。そのエアを吸い込んで、地上で喋ったらボイスチェンジャーと同じような声になる。…ま、いろんな方法があるってことだ』
『ユウ…お前って何でも知ってんだな』
呆れるほどに感動して、みんながユウちゃんを見つめた。
みんなが羨望の眼差しを向けているのにはお構いなしで、ユウちゃんが
『とりあえず、咲江の居場所を確認してみるか…』
と言った。
『えっ!なんでユウちゃんに分かるの?』
ユウちゃんは、こっちを向いて
『ほら、この前。…隆が失恋した時に、死ぬだの騒いでるって時に、真美と咲江と勝也はカラオケボックスで盛り上がってて、携帯に気付かなかっただろ?あの後、何かあった時のためにそれぞれの居場所がすぐ分かるように発信機を仕掛けた。ったく、あん時の隆、どれだけ迷惑だったか…』
と、最後の方は愚痴に変わっていたけど、ユウちゃんが説明してくれた。
『マジ?俺にもかよ』
『ああ、勝也のは携帯に付けてあるバスケットボールのストラップの中だ』
勝也が携帯を取り出して、バスケットボール型のストラップをひねって半分にすると、小さなチップのようなものが出てきた。
『あ!あっ!これかよ。いつの間に…』
目を白黒させている。
『じゃあ、私にも?』
『もちろん。真美は…鏡を出して』
鏡を取り出すと、ミラーの部分を器用に外し、そこから勝也のと同じチップを出して、私に見せた。
『真美の場合は、鏡は絶対に手離さないだろうからな』
ユウちゃんが小さく笑った。
『じゃあ、俺のは?』
『隆のは…忘れてた。悪い』
『な…なんだよぉ、俺の身に何かあった時はどーすんだよぉ』
隆がすねた顔で文句を言ったけど、ユウちゃんはそれを無視して
『とにかく、咲江の居場所だ』
と言って、パソコンの電源を入れた。
『おかしな…』
『どうした?』
ユウちゃんが、これまでに無く真剣な目になった。
『発信機から信号が出てない』
『それ、どういうことなの?』
ユウちゃんは、パソコンの画面を見つめると
『考えられるのは、三つ。一つは、単純に故障。二つ目は、発信機を見つけられて破壊された。三つ目は…』
と言って、ため息をついた。
『なんだよ?』
勝也が急かした。
『三つ目は、水没』
『じゃあ…咲江がどっかに沈められてる可能性があるってこと?』
私は、そう聞いた後、震える両手で口元を押さえた。
ユウちゃんが
ゆっくりと頷いた。
私達は…
もう、何も言えなかった…。
静まった部室。
『もう、俺達だけで秘密にしておくわけにはいかないな』
ユウちゃんの声が響いた。
『そうだよね…咲江が…大変なことになっちゃってるかも知れないんだもん…』
『じゃあ、咲江の親父さんに全部話そうぜ』
『隆、そりゃマズいだろ』
『なんでだよ?』
『本物の犯人が、咲江の家を見張ってるかもしれねぇじゃん。俺達の狂言誘拐から始まったんだからさあ…本物の犯人には俺達の行動を知られない方がいいんじゃねぇか?なあ、ユウ。…ユウ、何を考えてんだ?』
勝也の言葉で、私と隆はユウちゃんを見た。
『二度目の電話。つまり、犯人は…どうして俺達がボイスチェンジャーを使って電話をかけた事を知っていたんだろう…?』
隆が
『そりゃあ…』
と言っておいて
『…何でだ?』
そう言うと首を傾げた。
『まさか…俺達の中に裏切り者がいる…ってことか?』
引きつったような笑顔で、冗談めかして勝也がそう言った。
『そんな…やめてよ!』
『ごめん…』
勝也がポツリと隆に謝った…。
『なあ…ボイスチェンジャーの事を知ってるヤツって…他にもいるぞ…』
『誰だよ、隆?』
『咲江の親父さん…』
『まさか…』
勝也が呆れた顔を見せた。
それに構わず、隆は話を続けた。
『だってさ、咲江は親父さんとうまくいってないって言ってただろ?親父さんと何かあって…こんな事になったんじゃねえか?』
『隆の言うこと…アリかも。だって、普通ならすぐに警察に通報するはずよ。盗聴器だって外したんだし…。何かやましい事があるから、通報しないの…かも』
こうして、あれこれと、いろんな可能性を言い合ったけれど、結局はどれも想像にしか過ぎない。
何も答えが出ないまま解散した私達は、翌日の急展開を知って驚いた…。
刑事さんが出来るだけ優しい口調で話そうと努力してくれているのが分かる。
『咲江さんが行方不明になった日、夕方の五時半頃に咲江さんと一緒にコンビニにいたよね?』
『はい…。咲江とはよくあのコンビニに寄っていました』
『そうか。あの日はどんな話をしてたの?』
『よく覚えてないけど…いつもと変わらない感じ』
『いつもって?』
『好きな芸能人の話とか…、テレビで見たドラマの話とか…先生の悪口…とか』
そう言った後、私は隣に座っている担任の先生の顔をちらっと見た。
先生はバツの悪そうな表情を一瞬見せただけだった。
ここは、学校の生活指導室。
担任の先生が立ち会いのもと、私は刑事さんからいろいろ聞かれている。
『あの日…あの日だけじゃなくていいけど、変な人を見たことって無かった?』
『いいえ。ありません』
『そうですか…。では、咲江さんの様子がいつもと違ったとか、そんなことは?』
『いつもと…変わりありませんでした』
親友の私が真っ先に、こうして呼び出された。
この時に、咲江がお父さんと喧嘩をしてるってことを話すのをためらった。
もしも…
もしも、咲江のお父さんが関わっているとしたら、警察の目がお父さんに向いて、咲江の身に何か危険が及んだら…
そう思ったら、話せなかった…。
『よっ、先生じゃん!』
すぐに隆が声をかけた。
『お…お前達、何してんだよ?』
『先生、もしかして彼女ですか?』
勝也が女性のことをちらりと見ながら聞いた。
『まあ…な』
先生は、少し赤くなって答えた。
綺麗な女の人が笑顔で
『こんにちは。杉田先生がお世話になってます』
と言った。
『おい、世話をしてるのは俺だ』
と、杉田先生は彼女に言った。
『先生達って、結婚するんですか?』
いきなりユウちゃんが聞いた。
『な…なんだよ、率直な質問だな。まあ、そういうことだが…』
先生がそう答えたのに、ユウちゃんはそれに対して何も言わず、何か考え込んでいる。
『あ…あの、おめでとうございます!』
私は慌ててフォローするように言った。
『じゃ、また明日な』
夕方になり、私達は解散した。
咲江がどうしてあの道を曲がって歩いたのか、わからないままだった…。
咲江のお葬式。
マスコミ関係者も多くいた。
そして、たくさんの参列者。
みんなが咲江の死を悲しんでいる。
だけど、もしかするとこの中に、そうでは無い者が紛れ込んでいるのかも知れない…
そう思うと、私は胃の辺りに込み上げる不快感と共に、めまいがした。
『真美、大丈夫か?』
近くにいたユウちゃんが、私の肩を支えた。
『ありがとう。大丈夫…』
喪主である、咲江のお父さん。
顔色が悪く、お焼香に並ぶ人達に懸命に会釈している。
咲江のお母さんも、今にも倒れそうなほどに憔悴していた。
やっぱり、このご両親が咲江の事件に関わっているなんて、思えない!
じゃあ、誰なの?
私達が計画した狂言誘拐に乗っかって、本当に咲江を誘拐して殺したのは…
警察の捜査に進展は無かった。
今日も朝から、咲江を最後に目撃したおばさんがテレビで話していた。
顔は映っていない。
おばさんが胸の辺りで両手を組み、話している映像が繰り返し流れる。
《あの日、咲江ちゃんと会ったんです。そうねえ…暗くなる頃…五時半過ぎかしら。私はね、自転車だったから、向こうから歩いて帰ってきた咲江ちゃんと、軽く挨拶しただけなのよ。でね、買い物に行くっていうのに私ったら財布を忘れちゃって、家の方向に引き返したんだけど、その時に咲江ちゃんの姿は見えなかったわ。私、慌てていたから、テレビのニュースで事件を知るまで、気にかけてなかったわ。え?ええ、はい…咲江ちゃんに変わった様子は無かったし、怪しい人や車を見た覚えも無いのよ…》
あの日、咲江と私は五時半にコンビニの前で、一度別れたふりをしておいて、その後すぐに部室に戻る計画だった。
あのおばさんが財布を取りに引き返した時に、本当なら部室に戻る咲江と鉢合わせしているはず…
だって、あの道しか無いんだから…
それから、咲江が部室に戻ってきたのは七時頃だった。
その間の約一時間半…
咲江、…あなたは、どこにいたの?
警察から突然の発表があった。
犯人と思われる人物が、咲江の父親に接触してきていたことが解った。
咲江の遺体が発見される3日前だった。
咲江の父親は、犯人との直接交渉に応じ、五億円を渡していた。
すでに咲江が殺されているとは知らずに…
『明日の土曜日、集まれるか?』
前置き無く、ユウちゃんがみんなに聞いた。
『俺、栄子ちゃんとデートなんだよねぇ~』
隆がそう言うと、ユウちゃんは構わず
『じゃあ隆は抜きで、勝也と真美はどうだ?』
と言った。
『うそ、うそだってば!俺も行くってば…』
『じゃあ、明日の昼一時に、咲江の行方が分からなくなったっていう、あの三叉路で待ち合わせだ』
ユウちゃん…
何を考えているんだろう。
『ここって…』
古いアパートの一階の角部屋の前で、ユウちゃんが足を止めた。
手書きの黄ばんだ紙の表札には
“杉田”
と書いてあった。
『ねえ、ここって…杉田先生のアパート?』
『そうだよ』
と答えた後、ユウちゃんは迷わずドアをノックした。
インターホンは無い。
すぐに
『…どなた?』
と言いながら、ボサボサの頭で、よれよれのジャージ姿の杉田先生がドアを開けた。
『お…おまえら?』
『先生、遊びに来ちゃいました』
珍しく、ユウちゃんが愛想の良い顔で言った。
『なんだよ、急に…、仕方ねえな、ま、上がれよ』
『おじゃましまーす…』
私達は、先生の狭くて汚くて臭い部屋に上がった。
こたつの周りにぎゅうぎゅう詰めで、座った。
『これ、どうぞ』
ユウちゃんが途中で買った缶ジュースの入ったデイバックを広げて差し出した。
『お、サンキュ!』
先生は、デイバックの中から一本の缶ジュースを取った。
残りのジュースを私達に配りながら、ユウちゃんが
『先生、何か食べる物ないですか?』
と聞いた。
先生は缶ジュースをこたつの上に置いてから立ち上がると、
『そうだ。美味い煎餅があるんだ』
と言って、小さなキッチンの方に行った。
『先生、そのお煎餅って、賞味期限だいじょうぶっすかあ?』
と、隆が聞くと
『大丈夫だ…と、思う』
とキッチンから先生の声がした。
その時、ユウちゃんが素早くデイバックから、残りの一本の缶ジュースを取り出すとそれを先生の缶ジュースの隣に置き、さっき先生が手にした方のジュースの缶をハンカチで包むようにして持つと、予め用意してあったデイバックの中のビニール袋に入れた。
先生が出してくれたお煎餅は、意外にも美味しかった。
私達は、ジュースを飲みながら、お煎餅をポリポリと音を立てて食べた。
『先生って、今日は彼女さんとデートじゃないんですか?』
と、お煎餅を飲み込んでから私が聞くと、
『ああ、彼女は看護師だからな、今日は仕事だってさ』
隆が
『へえ…美人で看護師の彼女かぁ…いいなぁ…』
と、本気で羨ましそうに言った。
先生は、まんざらでも無い表情を見せながらも
『ああ見えて、気が強いんだよ』
と言うと、
『へぇー。すっげえ、優しそうに見えたけどなあ』
と勝也が言った。
それからは、卒業までもうすぐだ、とか他愛ない会話をした。
私達は、咲江の話はしなかった。
一時間くらいして、先生のアパートを出た。
『おい、ユウ。あれってどういうことだよ?』
勝也がジュースの事を聞いた。
『これから部室に戻ったら分かるよ。多分…裏切り者の正体も…な』
それだけを言うと、来た時と同じように、ユウちゃんは無言で歩いて行った。
ユウちゃんは、隆が持ってきた古びた消火器を受け取ると、
用意していた大きなモンキーレンチを使って、その蓋を開けた。
みんながユウちゃんを囲んで、その様子を黙って見ていた。
ユウちゃんは、消火器を傾けて、その中から薄いピンク色の粉を少量取り出した。
『これは、ごく一般的なABC消火器って言うんだ。この粉…消化剤は燐酸2水素アンモニウムって言って…、ま…難しいことはいいか。とにかくこの消火器に入っている粉は、粒子が細かいんだよ。…真美、化粧用の筆みたいなヤツ、持ってるか?』
私は、ポーチの中からチーク用のメイクブラシを出すと
『これでいい?』
と聞きながら、ユウちゃんにそれを渡した。
勝也が
『真美って、化粧とかするのか?』
と聞いた。
『学校ではしないけどね』
と、答えた。
ユウちゃんは渡されたメイクブラシをじっと見て
『これ、新品だな』
と言った。
『そうよ。今度使おうと思ってたの』
『ちょうどいい』
ユウちゃんが笑った。
そして、消火器のピンク色の粉をメイクブラシに付けると、缶ジュースの表面を優しく撫でるようにして、その粉を塗り付けた。
『ユウ、もしかして、先生の指紋をとるのか?』
『勝也、大正解』
ユウちゃんがニヤリと笑った。
『お前って…何者だよ…』
勝也が驚いた顔をした。
ユウちゃんは、缶ジュースに現れた渦巻き状の部分にセロハンテープを貼って、粉の形を壊さないように、ゆっくりと剥がして、それを黒い画用紙に貼り付けた。
確かに指紋だ…。
すぐにそれをスキャンしてパソコンに取り込むと、先生の指紋がパソコンの画面に鮮明に映し出された。
『で…、こっちは予め採取しておいた指紋だ』
ユウがそう言って、別の渦巻き状のものをパソコンにの画面に出した。
並んだ2つの指紋…
ユウちゃんがマウスをゆっくりと動かすと…
その2つが…
見事に重なった…
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