続・ブルームーンストーン
ブルームーンストーンの続編です。
内容は4人で遊んでいた頃の話のブルームーンストーンとは違い、
職場中心の話になってしまいますが、
これも懐かしい思い出日記の様に書いていけたらなと思います。
どうぞよろしくお願い致します。
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亜美ちゃんと飲んできた。
「美優ちゃん、ここオススメの店だから。」
という亜美ちゃんイチオシの店で飲む所は昔と変わっていないが、いつの頃からか呼び方が「美優ちゃん」に変わり、敬語も無くなっていった。
「亜美ちゃん、実はあるサイトに小説を投稿しててね、みんなのことや亜美ちゃんのことも身バレしない程度に書かせてもらってるんだ。」
「へえ、面白そう!私の他に誰と誰が出てくるの?」
興味を持ってくれた亜美ちゃんに登場人物名を告げ、共通の知り合いのことを書いている内容だけ軽く話す。
「あははは、懐かしい~」
亜美ちゃんが可笑しそうに笑う。
「そうだよね。自分でも思い出して懐かしくなったよ。」
そう相槌を打つ私に、
「神谷さんのことも書いてるって言ってたけど、神谷さんと美優ちゃんってそんなに仲良いの?」
と亜美ちゃんにあらためて聞かれた。
亜美ちゃんは牧田君とは関わる事が多かったが、大ちゃんのことは名前くらいしか知らなかった。
だから私と大ちゃんが付き合っていた事は知らないし、私も特に話もしていない。
「数年ほど一緒に仕事したよ。」
と、サラッと流そうとした私に、
「神谷さんって本社の人でしょ?
前に私のいる店に来たことあったけど、あんまり良い感じの人じゃなかったな。」
と亜美ちゃんが顔をしかめてそう言い出した。
またか…
即座に思う。
「えっ?!なんで?何があったの?!」
なんて思わない。
またか…
それなのである。
大ちゃんが店長の頃までに彼に知り合った人達は、なんだかんだいっても大ちゃんを好きな人が多い。
もちろん「狂犬」とあだ名をつけられるほどだから当然アンチもいるわけだが、それでも割合的には大ちゃんを好きだったり慕う人の方が多かった。
それがブロック長になった頃から彼の「やり手」の評判と共に「悪名」が一気に高まりアンチの割合が増え、嫌われる(いや正確には恐れ近寄らない)という極力関わりを避けたがる人が増えた。
亜美ちゃんも大ちゃんをよく知るようになったのはこの「後半部分」からなので、穏やかな性質を好む亜美ちゃんが大ちゃんに負の感情を持つのも無理からぬ事ではあった。
「何か嫌な事でも言われたの?」
さり気なさを装いながら聞いてみるが段々と気が重くなり始める。
大ちゃんの悪名…
ここにも何回か書いているが、織田信長に例えられる程の激しい気性。
私のいた地区はむしろ大ちゃんに惚れ込むタイプが多かったため特に悪い噂はなかったのだが、他県の比較的ずっと穏やかにやってきていた地区の場合、ついていけずに潰れる人も多かったと聞く。
遂には社長が自ら、
「お前は扱い方1つで良薬にも猛毒にもなる。」
と大ちゃんを現場から離し、ご自分の目の届く本社に置かれた。
社長により首輪を付けられたかに見えた狂犬。
相当嫌がったらしいが、本社には田上さん始め、部長、専務クラスの猛者がゴロゴロいる。
部長など大ちゃんのあしらい方を昔からよく心得ており、まるで一流の猛獣使いの様であった。
そのおかげかそのうち上手くおさまり、本社でも彼はメキメキと頭角を表していったが、ますます近寄り難く怖い存在となっていったのは仕方がないと言わざるを得ない。
現場には直接関わる事が少なくなり、潰れる人も出なくなったのだから。
そのうち社長の大胆な社内改革により、新しい部署が幾つか出来た。
私が昔配属された「お試し」の小部署とは異なり、社運をかけるレベルの規模であり、大ちゃんはそのうちの1つに配属された。
今ではその部署のナンバー2として部下を何人も従え各地を飛び回っている。
流石にもう現場の人間を潰すことはないが「吠える」のは健在で、各地で物凄い勢いで吠えまくるため現場が凍るという状況になるらしい。
そうやって自ら「悪名を各地に広める」大ちゃん。
本人にはもちろん全くその気はないのだが…
「何か嫌な事でも言われたの?」
「言われた訳じゃないんだけど…むしろ話すらしてないし…だって取り巻き引き連れて何か偉そうにしてて、何様?みたいな感じで近寄りがたかったし…」
私の質問に対してあまりにも素直で正直な亜美ちゃんの答えには、流石の私も目眩を覚えた。
「じゃあまたね!」
「は~い!おやすみ~!」
にこやかに声をかけ合い亜美ちゃんと別れるも、駅へと向かった私の足取りはやや重かった。
う~ん。
大ちゃんに敵が多いのは重々承知だけど、友達が大ちゃんに悪印象持ってるのを知るのはちょいとグッサリだな…
何となく重い気分のまま改札を抜けホームに降りる階段を降りきった途端、マナーモードにしている携帯が上着のポケットの中で震えた。
ちょうどタイミング良く来た電車に乗り、ガラガラの座席の端に座ると携帯をチェックする。
亜美ちゃんからのLINEだ。
「美優ちゃん今日はありがとう。
大事なことを言い忘れてました。
牧田さんがエリア長になったって!」
「おいおい笑それは最重要レベルの内容だぞ?」
冗談ぽく返信をし、LINEを眺めながら牧田君のことを思った。
エリア長。
私のいた会社では 店舗数が多いため、幾つかのエリアに区切り、それを更に地区ごとに分け、
エリア長→地区長→店長
といった感じの制度を取っている。
言わばエリア長はエリア内のトップの存在である。
あのスーパーサイヤ人みたいな男の子が現場のトップか…
頑張ったんだね、
頑張ってたよね、
牧田君を凄いなと思うのと同時に時の流れをしみじみと感じる。
あ、そうだ。
牧田君にLINEしとこう。
私はおめでたいスタンプと共に「昇進おめでとう」のメッセージを牧田君に送った。
「ありがとございま~す!
しばらく忙しくなるけど嬉しいで~す!」
いつも返事の遅い牧田君から珍しく早くに返信があった。
たまたま時間が空いていたらしく、
忙殺され気味な彼にしては珍しくメッセージのラリーが続いた。
今度の人事移動に関する共通の知人の話で盛り上がった後、
「またみんなで飲みにでも行こうね。」
と〆の言葉の様に出した私のメッセージに、
「その件だけど、まだまだ神谷さんは忙しいみたいだよ。」
と泣き顔のスタンプと共にそう返事が返ってきた。
あ~
それ確か去年の秋頃に言ってた話じゃなかったっけ?
私は少し苦笑した。
牧田君、加瀬君、ユッキー、私、そして大ちゃんで久しぶりに集まりたいという話が牧田君とユッキーとの話の中で出て、幹事をやってくれる牧田君が大ちゃんに直ぐに伺いの連絡を取ってくれたが出張の予定が詰まり暫くは無理との事で、また頃合を見て牧田君が誘い直すという予定になっていた。
「そうなんだ。夏頃まで忙しいのかな?」
「さあ、何せまた社長からの新しいプロジェクト任されたとかで更に忙しくなったとボヤいてはったし。」
そっか。
頑張ってるんだね。
「そのうち会えたらいいのにね。」
私の言葉に、
「姉さん、僕も忙しくなるから幹事はちょっと無理そう。だから申し訳ないけど幹事を姉さんにお願いできるかな?」
牧田君がサラリと返事を返してきた。
「了解!でも牧田君も暫く大変でしょ?5、6月以降くらいに企画しようか?」
「僕はそれくらいがありがたいけど、
先ずは神谷さんに都合聞いてみて。」
えっ…
「決めてから、報告じゃダメ?」
「ダメに決まってるでしょ。あ~あ神谷さん、僕が最初に誘った時に本当に会いたそうで残念がってはったのに…」
えっ、会いたそう?
あ、みんなにか…
ははっ
………
「わかった。とりあえず聞いてみるよ。お仕事がんばって!」
「は~い!」
牧田君とのLINEが終了した。
さて。
どうしよう。
いやいや、どうしようも何も幹事としてご都合伺いの連絡するだけじゃない。
なまじ小説で大ちゃんの事を書きまくってるから変に意識してしまってるみたいだ。
あ~やばいな。
緊張する。
どうしよう。
既読スルーとか未読スルーとかされたら凹むな。
何でこいつから連絡が来るんだ?
と思われたり。
いやっ、だ~か~ら~
幹事として連絡するだけだって!
返事が来なかったら牧田君に代わりに連絡取ってもらえばいいだけだってば!
うん、大丈夫。
嫌がられることはしてないはずだ。
というかそもそも誕生日メール以外の関わり無い。
あっ!!
小説のネタが出来たと思えばいいんだ!!
よ~しよし、これでOK。
うん…
今夜は遅いから明日以降に連絡しよう。
散々悩んだ末、私はまた携帯をポケットに入れた。
え~と…
ドキドキする気持ちを抑えてLINEを開く。
何でこんなに緊張するんだろう。
かつて私達は恋人同士だった。
なのに緊張だなんて。
これではまるで初告白の中学生みたいだよ…
苦笑しながら「大ちゃん」とのトーク画面を久しぶりに眺めた。
「お誕生日おめでとう。」
のメッセージとスタンプ。
「ありがとう」
のメッセージとスタンプ。
ほぼそれの繰り返しのみ。
こんな中にいきなり何てメッセージを送ったら良いのだろう。
ドキドキドキドキ
緊張しながら入力する。
「お疲れ様です。お忙しいと聞いていますが忙しいですか?ご都合が合う良い時に飲みに行きたいと思い」
ここで、固すぎるかな?と気になる。
というか、それ以前に文章が詐欺メールの日本語なみにかなりおかしい。
あ~
もう嫌になってきた。
これが私の大きな欠点の1つである。
嫌だなと思ったらもう面倒臭くなってきてやめたくなる。
ウンザリしかけながらふと大ちゃんのトプ画に目をやると、私の大好きなアニメのキャラがかっこよくポーズを決めていた。
おっ?!
興味が沸き、もっとよく見ようとして拡大しようとした途端、
あ…
途中なのに送ってしまった…
LINEあるある。
慌てて削除しようとしたが、即座に既読がつく。
そして既読が付くや否や、
「おつ~!5月頃なら大丈夫だと思う!」
凄まじい早さで返事が来た。
あ………
早いなおいっ!!
さっきまでの初々しい?ドキドキは一気に吹き飛び、携帯に向かってツッコミを入れる。
はっ!
あっ!!
あああっ!!!
そういえば大ちゃんは昔からこうだった!!!!
唐突に思い出す。
パターンとしては、
①誘う→②OK!の返事がすぐ来る。→③暇があるんだとコチラは思う→④なのに当日2時間程でバタバタ解散→⑤実はとっても忙しいと知る→⑥なら言ってくれれば誘わなかった「と言う」→⑦怒らせる
ざっとまあこんな流れだったのを
年数が経ち少し賢くなった私は⑥の「 」部分を改善し口には出さない様にしたのだが、
⑥なら言ってくれれば誘わなかった「と思う」→⑦怒らせる
うん。
全く意味が無かった。
どうやらエスパーなみの能力で心を読まれていた様だ…
そうだ。
「忙しいのに誘って悪かった無理に来させてしまった。」と気を使ったんだけどそれが逆に怒らせどうしていいのかわからなくなったりしたんだ。
でもあんなに揉めたはずなのに忘れかけていた…
う~ん。どうしよう。
でも他のメンバーは私と違って「大ちゃん寄り」タイプばかりだから私の分も上手く対処してくれるかな?
一応、念の為にユッキーに確認しておくか…
ユッキーにはちょうど亜美ちゃんとの女子会の連絡をする予定がある。
私は質問の内容を少し考え、女子会の詳しいお知らせと共にユッキーにLINEを送った。
「大ちゃん変わらないね。」
ユッキーが了解!のスタンプと共にそう返してきた。
「大ちゃん変わってない?」
フォローよろしくねと頼むつもりが、まるで違う質問を私はユッキーに送った。
「会社での立場とか年齢のこととかそういう面では変わって見えると思うけど、本質っていうか根っこの部分は変わらないと思うよ。」
大ちゃんのまま?
「ユッキー、大ちゃん誘ってよかったのかな?まだ昔の様に誘いを喜んでくれてるのかな?」
「じゃあもし逆に美優ちゃんが誘われたとしたらどう?」
「嬉しい…」
「でしょ?大ちゃんは美優ちゃんの何倍も嬉しいと思うよ?」
「何倍は言い過ぎでしょ。」
「そう?でも大ちゃんは昔からずっとそうでしょ。」
「そっか。ありがとう。
ところで話は変わるけど…」
ユッキーにそう言われて嬉しかったのに、気恥ずかしくなった私は早々に話を変えてしまい、
その後は亜美ちゃんとの女子会の話をしてLINEは終わった。
さてと…
次は亜美ちゃんにLINEをする。
数時間後に亜美ちゃんから返事があり女子会OKの返事と共に、
「美優ちゃん、神谷さんのことは雲の上の存在みたいな人だから…って意味のつもりだったの、ごめんね。」
と謝りの言葉が添えられていた。
「え?何も怒ったりしてないよ?」
驚いてそう返した私に、
「怒ってるというより、美優ちゃんが悲しそうな顔になったから、そんなつもりじゃなかっただけに。言い方悪かったよ。ごめんね。」
素直な亜美ちゃんが更に謝る。
「謝らなくていいって。神谷さんが万人受けしないのは彼のキャラみたいなものだし。」
おどけたスタンプと共にそう返した私に、
「そっか。でも神谷さんはきっと美優ちゃんは自分のことを受け入れてくれてて、ずっと自分の味方でいてくれるって思ってると思う。そんな気がする。」
とニッコリ笑顔のスタンプと共に亜美ちゃんがそう返してきた。
5月に大ちゃんに会える。
そう思っていたけれど、
コロナの騒動が大きくなり、幹事の私は早々に飲み会中止を決めた。
またすれ違っちゃったね…
今度はいつ会えるのだろう。
でももしまた会えた時にはあの頃の様にみんなで楽しく過ごしたいな。
離れていても私はずっとずっとあなたの味方でいます。
だからどうぞ無理をしないで体に気をつけて。
大ちゃん。
またね。
棚卸し
小売や製造、その他、多くの人が経験している重要な仕事の1つ。
その実施頻度は様々だが、私の勤めていた会社では2ヶ月に1回、そのうちの年に2回の半期決算と決算時にはかなり神経を尖らせピリピリとしたムードの中行うなのが常であった。
「……と、いうことで半期決算の今月の棚卸しは各自気を引き締めてカウントミスのないように。」
朝礼で大ちゃんがピリリとした口調でそう告げる。
「今からカウント場所の各担当を指示するから、名前を呼ばれたら田村さんの所に行って端末などを受けとり直ぐに作業を開始するように。」
そうやって大ちゃんに名指しされカウント場所を告げられたスタッフが次々と私の元に来る。
「雑貨部門は加瀬くんと牧田くんの2人?じゃあ1番通路と2番通路をそれぞれやっていって途中で合流…」
「沖さんは医薬品ですね。いつもの通りでよろしくお願いします…」
業務用端末を渡し店内見取り図を指し示しながら簡単な指示を出していく。
店内見取り図には事細かに棚ごとの番号が書き込まれ、各自カウントが済んだ棚番号にサインをしていく。
棚卸しが終わると店内見取り図はカウント者全員のサインで埋め尽くされ
皆で頑張った!というちょっとした達成感が味わえた。
「予定としては3時にカウント終了。
そこから4時からのバイトが来るまでに精算を終わらせる。」
大ちゃんの絶対的とも言うべき言葉に再びピリッとした緊張が走り、全員がそそくさと自分の持ち場に散っていった。
「うちはロスが少なくて優秀だから今日中には棚卸しが完了するかもしれないな。」
大ちゃんがニヤリと笑ってさり気なく私にプレッシャーをかける。
「そ、そうですね、うちは逆ロスもほとんどありませんし…」
しどろもどろになりながらも何とか言葉を探して答える。
ロスとは、仕入れた商品(理論在庫)
と実際にある商品の数が合っているか調べた時に、実際の在庫が少ない場合のマイナスロス、逆に多い場合の逆ロスの2種類がある。
マイナスロスは万引きやその他諸々の理由で何となくわかるが、なぜプラスになる逆ロスと言うものが存在するのか?
答えは単純にカウントミス、仕入れ伝票の未処理等が主である。
厳密に言うと、メーカーさんが「オマケ」にとしてくれた商品等、プラスアルファの商品がある場合などもあるが、これはその都度伝票処理をするしさほど影響があるでもなく、細かく言うとキリがないので細かな事情は省かせて頂く。
販売業というものは悲しいかな万引きというものなどがつきもので、それを見越してある程度の「許容範囲」の金額設定が各店舗の売上や理論在庫に応じて設定されている。
対して逆ロスの「許容範囲」もあるにはあるが、逆ロスの原因のほとんどが先述の理由であり、要は「その店舗の社員がしっかり仕事をこなせていない」と見なされやすいため、逆ロスをいかに出さないようにするかは大切な課題の1つでもあった。
「休憩行ってきます!」
12時からの休憩組がぞろぞろ揃って私に端末を渡しに来る。
「は~い!ごゆっくり。」
端末を受け取った私は端末に入っている棚卸しデータをパソコンに取り込んだ。
端末を使った棚卸し作業は単純なもので、商品のバーコードをスキャンし数量を入力する。
ただひたすらその地味な作業を繰り返し、 休憩などで一旦作業を中止する時などに端末を社員に渡して社員がそのデータをパソコンに取り込み集計…
「田村さん!それは俺がやっておくから。それよりも化粧品のカウントがほとんど手付かずだから頼む!」
大ちゃんの少し慌てた声で私の作業はいきなり中断された。
「あ、はい!わかりました!」
慌てて店内に入り化粧品コーナーに向かうと、化粧品担当のパートさんがお客様の対応に追われ忙しそうにしている。
あ~…
化粧品キャンペーンだからな~…
私はそっと彼女に目配せすると化粧品カウンターの上に置きっぱなしになっていた端末を手に取った。
決算月には化粧品の売り上げなどアップさせるためにポイント倍や景品プレゼント等、普段よりもお得な販促大作戦を展開する。
今でこそポイント〇倍デーなんてさして珍しくも何ともないが、当時は一気にお客様が押し寄せて下さったものである。
化粧品メーカーの景品もなかなか良さげな物を提供してくれていて、それを楽しみにまとめ買いをして下さるお客様も少なくなかった。
思い起こせば良い時代であった。
さて、長時間放置されていて電源が自動オフした端末の電源を再び入れると、棚卸し件数100件
と表示された。
うっ
まだ100…
化粧品アイテムは確か1500くらいあるんだよな……
ちらりと時計を見る。
12時過ぎか…
15時まで3時間弱…
接客がどれくらい入るからわからないけど休憩を後回しにすれば何とかギリギリには…
よしっとにかくやるか。
私は自分自身に気合いを入れると、
今までにないくらいの集中力とスピードで棚卸しを開始した。
14:00
棚卸しカウント終了予定の1時間前。
「こちらの棚終わりました。」
「こちらももう少しで終わります。」
他の担当部所が早めに終わったスタッフ達が途中から手伝ってくれたおかげで1時間も早く終わらせることができた。
はあ疲れたはあ疲れた。
心の中で疲れたを繰り返しながら
自分の端末の件数を見ると、
棚卸し件数1010となっている。
1000件超えてるよ…
元々入っていた100件を差し引いても2時間で910件カウントしたことになる。
これはすごい我ながらすごい。
心の中で自画自賛を繰り返しながら
「じゃあデータを流して来るね。」
と手伝ってくれたスタッフ達に声をかけ端末を受け取ろうとした。
コーーーーーーン
あ…
「あ~~~っ!!!」
端末を受け取ろうとして自分の端末を落とす。
落ちた端末は床に直撃し電源が落ちた。
うっわ…
どうか電源入りますように…
祈る様な気持ちで再び電源を入れると
棚卸しモードに設定されたままの画面がすぐに表れた。
良かった~っ
ほっとして事務所に向かい端末からデータ移行しようとした時、その異変に気づいた私は一瞬目の前が暗くなり、続いて頭の中は真っ白になった。
「どうした?早くデータを流せ。」
タイミング悪く事務所に入ってきた大ちゃんの声が真っ白な頭の中に響く。
「あの…」
「ん?なに?」
「あの…店長…すみま…せん…」
おずおずと差し出した端末を大ちゃんは私の手から半ばひったくるようにして取る。
「棚卸し件数0」
端末の画面には「0」という数字が無情にもしっかりと表示されていた。
「………」
「あの…店長…」
「なんで何も入ってないデータを流そうとした?」
「あの…すみま…」
この時点で既に察しの良い大ちゃんは気づいていたのであろう。
顔つきがみるみる変わり、凄まじい表情で手にした端末と私の顔を交互に睨んだ。
くっきりとした切れ長の二重、彫りの深い顔立ち、意志の強そうな口元。
優しく笑うと「イケメン」と言われる部類なのであろうが、この顔が怒りに打ち震えると瞬殺されそうな「逝けメン」顔になる。
「何をした?」
逝けメンが地獄の底から響くような声を出して威嚇を開始した。
「あの…端末を…床に…」
「は?誰が?」
「私…です…それで…データが飛んだと…すみま…せん…」
「田村さんの役職は何だったっけ?」
「副店長…です…」
「副店長ならこの端末がかなり高価で繊細だって知ってるよな?
それに今日は夜のバイトの人数も少ないから3時までに全部終わらせる予定は知ってるよな?
他のスタッフ達が頑張って終わらせようとしてくれてるのに副店長が足引っ張ってどうするつもりなんだ?」
「すみません…あの…私のお手伝いをしてくれたバイトちゃん達が2人いるんで…3人なら何とか3時までにやり直せると…だから…」
「その子らは今から休憩だろ?!
自分の都合でスタッフの休憩の邪魔をするのか!!それでも社員か?!
飛ばしたデータは何件だ?!」
「……1000件です…」
私の言葉に大ちゃんは少し目を向くと時計を見た。
「もう1時間もないか…」
大ちゃんは素早く店内見取り図に目を落とすと、
「ちっ、他のスタッフはまだ終了してないな…」
と呟き、
「俺の代わりに棚卸しデータ集計と店を回しとけ。」
と一言吐き捨てる様に言うと、端末を握りしめ店内に入って行った。
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