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作家
18/03/24 00:38(更新日時)

ある一人の若者の変貌とそれを取り巻く家族の崩壊を描いた小説です。

これが実話か作り話かは不明。

No.2614818 18/03/12 17:28(スレ作成日時)

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No.1 18/03/12 18:11
作家0 

昭和30年代後半、山賀誠司は実家の熊本県八代市を後にし神奈川県の大学を卒業し大阪で就職をした。そして、同じ職場の事務でバイトし、夜間大学に通う響子と結婚をし新居は当時では珍しくない文化住宅に新居を構えて、そこで長男裕司をもうけることになる。

No.2 18/03/12 18:59
作家 

山賀誠司
6人兄弟の末っ子
長男、次男、長女、次女、三男、そして四男の誠司である。

誠司の父親は元々学校の教育者であり熊本県の八代市ではちょっと名を馳せた家柄でもあるが故に誠司含めた6人の子供は全員大学出身であった。

特に長男は医者になっており本家の横で山賀医院を開業していた。
それを他の兄弟は誇らしげにはしていたが誠司の父親は医者の世界に関心なく、寧ろ「子供達には普通のサラリーマンになって小さな家でいいから暖かい家庭を持ってほしい」
が口癖であった。

結局は
長男は医者
次男は作家
三男は起業家
長女は医者に嫁ぎ、次女は弁護士に嫁いだ。

誠司だけが大学卒業し中小企業に就職をした。

No.3 18/03/12 20:10
作家 

誠司は凄く働き者ではあったが大酒飲みでもあった。酒癖は決して良いとは言えないが普段から無口で酔っ払って会話するくらいで、大声出したり暴力には縁のない男だった。
大阪で結婚式をあげ翌年、裕司が生まれた後誠司の会社から転勤命令が出た。

熊本県熊本市である。

誠司は喜んだ。

サラリーマンの転勤はいわば出世に必要な事、ましてや生まれ育った熊本県である。

誠司も喜び妻響子も、これからも上向きに行くだろうと淡い期待を寄せて。

No.4 18/03/12 21:52
作家 

熊本に帰り誠司の実家八代市で両親との同居で生活がスタートした。

それからというもの誠司は八代駅から熊本駅までの電車通勤。
妻響子は専業主婦で誠司の両親とも仲良く楽しい毎日を過ごしていた。
響子は義理とはいえ両親を好いていたし、尊敬をしていた。

やがて誠司と響子の間には長男の裕司の他、次男信二、長女由美と3人の子供に恵まれた。

No.5 18/03/13 18:17
作家 

誠司の妻響子は嫁姑の関係は良好だった。

というのも響子はそもそも裕福な家庭で育ったわけではなかった。

勉強は出来たものの響子の父は昔ではよくある『女は大学に行く必要はない、早く結婚しろ』という考えであった。

それでも響子は父の反対を押し切り昼間はOL、夜は大学という生活をしていたがその父の急死により響子は夜間大学を断念した。

やがて誠司との結婚前提に両家顔合わせした際、響子は母子家庭な上、財産もなく引け目を感じていたのだが
誠司の父が響子の母に

「お母さんとお話しして響子さんがどんな女性かわかります。誠司を宜しくお願いします」

それからというもの響子は誠司の両親を敬愛し、人格者として尊敬もしていた。

No.6 18/03/15 20:52
作家 

誠司は仕事をひたすらに頑張り、30歳過ぎで既に部長候補とまで言われるようになった。

とは言っても会社は中小企業、だが誠司夫婦は社長夫婦に可愛がって貰い、日曜日はよく家族で社長宅に遊びに行くなど何を取っても順風満帆な日々を送った。
数年が経ち、息子裕司が11歳の時にある転機が訪れた。

父、誠司の会社独立だった。

No.7 18/03/24 00:38
作家 

今となっては何故独立を望んだかわからないが、一花咲かせたいという気持ちがあったのであろう。

そして誠司は商売を大阪で始めたいと
昭和50年初頭、家族を連れ大阪にある堺市に移ることになった。
裕司が中学の頃である。

そもそも誠司の
大阪で商売をしたい、その気持ちが全ての始まりになった。

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